説明

ハイブリッド車両用動力伝達装置の制御装置

【課題】電動機が長時間停止した状態であっても摩擦式トルクリミッタに潤滑油が行き渡った状態でエンジンを始動することができるハイブリッド車両用動力伝達装置の制御装置を提供する。
【解決手段】第1電動機MG1の非回転状態が予め設定されている許容停止時間ta以上続いている状態からエンジン14を始動させる場合には、エンジン始動前に予め第1電動機MG1によってトルクリミッタ22を予め設定されている所定回転だけ回転させることで、トルクリミッタ22に潤滑油が行き渡った状態となる。この状態で、エンジン14が始動されるので、トルクリミッタ22を所望のリミッタトルクTlimで滑らすことができる。従って、トルクリミッタ22が滑ることで、回転軸や軸受に過大なトルクが伝達されないので、結果として回転軸および軸受の軽量化、小型化が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハイブリッド車両用動力伝達装置の制御装置に係り、特に、動力伝達装置内部に設けられている摩擦式トルクリミッタの潤滑に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電動機の回転軸上に摩擦式トルクリミッタを備え、その電動機がその摩擦式トルクリミッタを介してエンジンに動力伝達可能に接続されているハイブリッド車両用動力伝達装置が知られている。例えば特許文献1の駆動力伝達装置がその一例である。特許文献1の駆動力伝達装置は、第1モータジェネレータ15(電動機)と動力分配機構17(遊星歯車装置)のサンギヤ27との間に、トルクリミッタ機構31(摩擦式トルクリミッタ)が設けられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−254230号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、特許文献1の駆動力伝達装置において、車両停止状態でエンジン11が停止した状態では、第1モータジェネレータ15が回転しない。このような状態が長時間続くと、トルクリミッタ機構31の摩擦材に付着する潤滑油が自重によって下方に流れ落ちるため、摩擦材の摩擦係数が走行時よりも高くなる。従って、摩擦式トルクリミッタのリミッタトルクが規定値以上に高くなり、滑らせたいトルクが伝達されても滑らなくなる可能性があった。このように、摩擦式トルクリミッタの潤滑油が不足した状態でエンジンが始動されると、エンジン始動時において、エンジン回転速度が共振回転速度域を通過する際に発生する過大トルクが、予め設定されている規定値を超えてもトルクリミッタが滑らずトルクが伝達される可能性があった。従って、その過大トルクの伝達を考慮して、回転軸や軸受の強度を予め大きくする必要が生じ、結果として、回転軸や軸受の重量が増加する問題があった。
【0005】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、電動機の回転軸上に摩擦式トルクリミッタを備え、その電動機がその摩擦式トルクリミッタを介してエンジンに動力伝達可能に接続されているハイブリッド車両用動力伝達装置において、電動機が長時間停止した状態であっても摩擦式トルクリミッタに潤滑油が行き渡った状態でエンジンを始動することができるハイブリッド車両用動力伝達装置の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するための、請求項1にかかる発明の要旨とするところは、(a)電動機の回転軸上に摩擦式トルクリミッタを備え、その電動機がその摩擦式トルクリミッタを介してエンジンに動力伝達可能に接続されているハイブリッド車両用動力伝達装置の制御装置において、(b)前記摩擦式トルクリミッタは、下部が潤滑油に浸漬される摩擦係合要素を備えており、(c)前記電動機の非回転状態が予め設定されている所定時間以上続いた後、エンジンの始動指令が出力された場合には、その電動機を予め設定されている所定回転だけ回転させた後、その電動機を用いて前記エンジンを始動させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
このようにすれば、電動機の非回転状態が予め設定されている所定時間以上続いている状態からエンジンを始動させる場合には、エンジン始動前に予め電動機によって摩擦式トルクリミッタを予め設定されている所定回転だけ回転させることで、摩擦式トルクリミッタに潤滑油が行き渡った状態となる。この状態で、エンジンが始動されるので、摩擦式トルクリミッタを所望のリミッタトルクで滑らすことができる。従って、エンジン始動時において、例えば共振回転速度域の通過中に過大トルクが発生しても、摩擦式トルクリミッタが滑ることで、回転軸や軸受に過大なトルクが伝達されない。従って、回転軸や軸受の強度を過度に上げる必要もなくなり、結果として回転軸および軸受の軽量化、小型化が可能となる。
【0008】
また、好適には、(a)前記摩擦式トルクリミッタは、前記摩擦係合要素を内周側に収容し、一方が開口する有底円筒状のドラムを含んで構成されており、(b)前記摩擦係合要素の下部は、そのドラムと、そのドラムの開口部内周側に嵌め着けられてその摩擦係合要素の該開口部側への移動を阻止するスナップリングとによって、そのドラム内の下部に形成される潤滑油貯留空間に貯留された潤滑油に浸漬される。このようにすれば、電動機の非回転状態が長時間続いて状態であっても、潤滑油貯留空間に潤滑油が貯留され、その貯留された潤滑油によって摩擦係合要素を潤滑することができる。また、潤滑油貯留空間は、ドラムとスナップリングによって形成されるので、従来に対して特別な設計変更することなく潤滑油貯留空間を容易に構成することができる。
【0009】
また、好適には、前記所定時間は、前記電動機が停止した時点から、その摩擦式トルクリミッタのリミッタトルクが予め設定されている規定値を越えるトルク値となるまでの、予め実験的に求められた許容停止時間である。このようにすれば、トルクリミッタを潤滑するために第1電動機を回転させる頻度を減らすことができるため、第1電動機の駆動による電力消費量を低減することができる。
【0010】
また、好適には、前記所定回転は、少なくとも一回転である。このようにすれば、摩擦式トルクリミッタ全体に潤滑油を行き渡らせることができる。
【0011】
また、好適には、前記電動機を回転させる際の回転速度は、前記エンジンがそのエンジンの共振回転速度域よりも低い回転速度で回転する値に設定されている。このようにすれば、第1電動機を回転させた際のエンジン共振現象の発生を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明が適用されたハイブリッド車両用動力伝達装置の構造を説明するための断面図である。
【図2】図1のトルクリミッタの拡大図である。
【図3】図1の動力伝達装置を制御する電子制御装置において、本発明に係る制御作動の要部を説明するための機能ブロック線図である
【図4】図2のトルクリミッタの外周側ドラムを矢印A側(開口部側)から見た矢視図である。
【図5】図3の電子制御装置の制御作動の要部すなわち、エンジン始動時において、電動機が長時間停止していた場合であっても、トルクリミッタの摩擦係合要素に充分な潤滑油が行き渡った状態でエンジン始動することができる制御作動を説明するためのフローチャートである。
【図6】車両停止状態で第1電動機が長時間停止した状態からエンジンを始動させる作動を説明するタイムチャートであり、図5のフローチャートの作動結果に対応している。
【図7】図6の(a)、(b)における、動力分配機構の回転状態を説明する共線図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施例を図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【実施例】
【0014】
図1は、本発明が適用されたハイブリッド車両用動力伝達装置10(HV車両用動力伝達装置10)の構造を説明するための断面図の一部である。ハイブリッド車両用動力伝達装置10(以下、HV車両用動力伝達装置10)は、複数のケース部材で構成されるトランスアクスルケース12(以下、アクスルケース12)内に、複数の回転軸心(C1〜C3)を備えている。第1軸心C1上には、エンジン14側から軸方向にダンパ装置16、後述するカウンタ軸26に動力を伝達する第1ドライブギヤ18、遊星歯車装置で構成される動力分配機構20、トルクリミッタ22、第1電動機MG1(本発明の電動機に対応)、およびオイルポンプ24が回転可能に配置されている。第2軸心C2上には、カウンタ軸26が回転可能に配置されている。第3軸心C3上には、動力伝達軸28および第2電動機MG2が回転可能に配置されている。
【0015】
ダンパ装置16は、エンジン14と第1ドライブギヤ18内を貫通する入力軸30との間に介挿され、エンジン14のトルク変動を吸収しつつ入力軸30に動力を伝達する。入力軸30は、第1軸心C1まわりに軸受を介してアクスルケース12に回転可能に支持されている。
【0016】
第1ドライブギヤ18は、後述する動力分配機構20のリングギヤRに接続され、動力分配機構20の出力部材として機能する。この第1ドライブギヤ18の外周歯は、カウンタ軸26に設けられているドリブンギヤ32に噛み合わされている。
【0017】
動力分配機構20は、第1軸心C1まわりに回転可能なサンギヤSおよびリングギヤRとそれらと噛み合うピニオンギヤを自転および公転可能に支持するキャリヤCAとから成る、シングルピニオン型の遊星歯車装置によって主に構成されている。サンギヤSは、トルクリミッタ22の後述する内周側ドラム34(図2参照)に接続され、キャリヤCAは、入力軸30から径方向に伸びる鍔部30aに接続され、リングギヤRが第1ドライブギヤ18に接続されている。
【0018】
トルクリミッタ22は、第1電動機MG1と同回転軸上に配置され、動力分配機構20のサンギヤSと第1電動機MG1のロータ軸36との間に介挿されている摩擦式のトルクリミッタである。図2は、トルクリミッタ22の拡大図である。トルクリミッタ22は、サンギヤSに接続されている内周側ドラム34と、第1電動機MG1のロータ軸36に接続されている外周側ドラム38と、内周側ドラム34の外周側と外周側ドラム38の内周側との間に収容されている摩擦係合要素40と、摩擦係合要素40を外周側ドラム38の開口部側に向かって押圧するコーン状の皿バネ42と、摩擦係合要素40の外周側ドラム38の開口部側への移動を阻止する円環板状のスナップリング46とを、含んで構成されている。なお、トルクリミッタ22が本発明の摩擦式トルクリミッタに対応している。
【0019】
内周側ドラム34は、軸方向の一方が開口する有底円筒状に形成されており、内周端がサンギヤSに接続されている円盤部34aと、円盤部34aの外周端から第1電動機MG1側に向かって軸方向に伸びる円筒部34bとから構成されている。
【0020】
外周側ドラム38は、軸方向の一方が開口する有底円筒状に形成されており、摩擦係合要素40を内周側に収容している。また、外周側ドラム38は、内周端が第1電動機MG1のロータ軸36にスプライン嵌合されている円盤部38aと、円盤部38aの外周端より動力分配機構20側に向かって軸方向に伸びる円筒部38bとから構成されている。この外周側ドラム38は、内周側ドラム34よりも大径に形成されている。なお、外周側ドラム38が本発明のドラムに対応している。
【0021】
摩擦係合要素40は、内周側ドラム34の円筒部34bの外周側に相対回転不能、且つ、軸方向の移動可能にスプライン嵌合されている複数枚(本実施例では2枚)の円板環状の内側摩擦板40aと、外周側ドラム38の円筒部38bの内周側に相対回転不能、且つ、軸方向の移動可能スプライン嵌合されている複数枚(本実施例では3枚)の円板環状の外側摩擦材40bとが、相互に積層されることにより構成されている。
【0022】
皿バネ42は、内周側端部が外周側ドラム38の円盤部38aに当接し、外周側端部が摩擦係合要素40の外側摩擦板40bに当接した状態で予め設定されている予荷重状態で介挿されている。従って、皿バネ42は、その弾性復帰力によって摩擦係合要素40を外周側ドラム38の開口部側に向かって押圧している。
【0023】
スナップリング46は、外周側ドラム38の開口部内周側側、すなわち摩擦係合要素40の皿バネ42側とは反対側に軸方向への移動不能に嵌め着けられている。そして、摩擦係合要素40がスナップリング46に隣接することにより、摩擦係合要素40の開口部側への移動が阻止されている。
【0024】
上記のようにトルクリミッタ22が構成されることにより、皿バネ42の皿バネ荷重(予荷重)によって摩擦係合要素40が常時係合された状態となる。また、皿バネ42の皿バネ荷重F、摩擦係合要素40を構成する内側摩擦板40aと外側摩擦板40bとの間の摩擦係数μ、摩擦係合要素40の作動半径(有効径)等に基づいてリミッタトルクTlimが決定される。そして、リミッタトルクTlimを越えるトルクがトルクリミッタ22に伝達されると、摩擦係合要素40において滑りが生じ、そのリミッタトルクTlimを越えるトルク伝達が防止される。
【0025】
また、外周側ドラム38と、その外周側ドラム38の円盤部38bの開口部内周側に嵌め着けられるスナップリング46とによって、外周側ドラム38の下部に潤滑油貯留空間48が形成される。具体的には、スナップリング46が潤滑油の開口部側への流出を阻止する障壁として機能することで、外周側ドラム38の円筒部38bの内周下部、円盤部38a、スナップリング46で囲まれた、潤滑油を貯留可能な潤滑油貯留空間48が形成される。また、摩擦係合要素40の下部が、この潤滑油貯留空間48に貯留される潤滑油に常時浸漬されている。
【0026】
図1に戻り、トルクリミッタ22とオイルポンプ24との間には、第1電動機MG1が配置されている。第1電動機MG1は、トルクリミッタ22、動力分配機構20、およびダンパ装置16を介してエンジン14に動力伝達可能に接続されている。第1電動機MG1は、ステータ50、ステータ50の軸方向両端に配置されているコイルエンド52、ステータ50の内周側に配置されているロータコア54、およびロータコア54の内周部に接続されているロータ軸36とを含んで構成されている。
【0027】
ステータ50は、複数枚の円板鋼板が積み重なって構成される環状の部材であり、ボルトによってアクスルケース12に回転不能に固定されている。ステータ50の内周側に、複数枚の円板鋼板が積み重なって構成される環状のロータコア54が配置されている。ロータコア54の内周部がロータ軸36に接続されており、ロータコア54とロータ軸36とが一体的に回転する。従って、第1電動機MG1の回転が、ロータ軸36を介してトルクリミッタ22の外周側ドラム38に伝達される。また、第1電動機MG1のオイルポンプ24側には、ロータ軸36の回転速度すなわち第1電動機MG1の回転速度Nmg1を検出するレゾルバ56が設けられている。
【0028】
本実施例のオイルポンプ24は、ドライブギヤとドリブンギヤから成る歯車ポンプで構成され、アクスルケース12を構成する円盤状のアクスルカバー12aとポンプカバー58との間に収容されるように設けられている。オイルポンプ24は、エンジン14によって駆動され、トランスアクスルケース12下部に設けられている図示しないオイルパンに貯留されている油を汲み上げ、円筒部材60内部を経由してトルクリミッタ22や動力分配機構20等に供給する。
【0029】
第2軸心C2上に配置されているカウンタ軸26は、その両端が軸受を介してアクスルハウジング12に回転可能に支持されている。カウンタ軸26には、第1ドライブギヤ18および動力伝達軸28に形成されている後述する第2ドライブギヤ62と噛み合うドリブンギヤ32がスプライン嵌合されている。さらに、カウンタ軸26には、図示しないデフギヤのファイナルドリブンギヤと噛み合うファイナルドライブギヤ64が一体成形されている。
【0030】
第3軸心C3上に配置されている動力伝達軸28は、軸受を介してアクスルケース12に回転可能に支持されている。この動力伝達軸28の外周部にドリブンギヤ32と噛み合う第2ドライブギヤ62が一体成形されている。また、動力伝達軸28の一端には第2電動機MG2のロータ軸66が相対回転不能にスプライン嵌合されている。
【0031】
第2電動機MG2は、ステータ68、ステータ68の軸方向両端に配置されているコイルエンド70、ステータ68の内周側に配置されているロータコア72、ロータコア72の内周部に接続されているロータ軸66とを、含んで構成されている。
【0032】
ステータ68は、複数枚の円板鋼板が積み重なって構成される環状の部材であり、ボルトによってアクスルケース12に回転不能に固定されている。ステータ68の内周側には、複数枚の円板鋼板が積み重なって構成される環状のロータコア72が配置されている。このロータコア72の内周部がロータ軸66に接続されており、ロータコア72とロータ軸66とが一体的に回転する。従って、第2電動機MG2の回転がロータ軸66を介して動力伝達軸28に伝達される。また、第2ロータ軸22の回転速度すなわち第2電動機MG2の回転速度を検出するためのレゾルバ74が設けられている。
【0033】
このように構成されるHV車両用動力伝達装置10において、エンジン14が駆動される場合、その駆動力が動力分配機構20によって第1電動機MG1および第1ドライブギヤ18に分配され、第1電動機MG1による発電が実施されると共に、第1ドライブギヤ18から出力される駆動力が、ドリブンギヤ32、ファイナルドライブギヤ64等を介して図示しない駆動輪に伝達される。また、エンジン停止時(モータ走行時)においては、第2電動機MG2から出力される駆動力が第2ドライブギヤ62、ドリブンギヤ32、ファイナルドライブギヤ64等を介して図示しない駆動輪に伝達される。
【0034】
ところで、エンジン14が停止した状態で、第1電動機MG1の非回転状態が長時間続くと、トルクリミッタ22の摩擦係合要素40に付着した潤滑油が自重によって下方へ流れ落ちるので、摩擦係合要素40を構成する内側摩擦板40aおよび外側摩擦板40bとの間の潤滑油量が不足する。このような状態では、トルクリミッタ22の内側摩擦板40aと外側摩擦板40bとの間の摩擦係数μが規定値よりも高い値となる。そして、このような状態でエンジン14が始動されると、トルクリミッタ22のリミッタトルクTlimが予め設定されている規定値Taよりも高くなるため、そのリミッタトルクTlimのばらつきを見越して各回転軸の軸径や軸受の強度を大きくする必要があった。例えばエンジン始動時において、エンジン14が共振回転速度領域まで上昇すると、トルクリミッタ22の規定値を超える過大なトルクが伝達されることがあるが、トルクリミッタ22の潤滑油量が不足した状態では、トルクリミッタ22が滑らずに過大なトルクが伝達される可能性が生じる。このような過大なトルク伝達を見越して、各回転軸の軸径や軸受の強度を大きくする必要が生じる。なお、トルクリミッタ22の規定値Taは潤滑油が充分に供給された状態を基準として設定されている。これに対して、本実施例では、以下に説明する制御を実行することにより、エンジン始動時において、予めトルクリミッタ22に潤滑油を行き渡らせた状態でエンジン始動を実行する。
【0035】
図3は、HV車両用動力伝達装置10を制御する電子制御装置100において、本発明に係る制御作動の要部を説明する機能ブロック線図である。図3においては、本発明の要部である、エンジン始動時の制御に関する各手段について示されている。
【0036】
図3において、エンジン始動制御手段102は、エンジン停止時からのエンジン始動制御を実行する。エンジン始動制御手段102は、エンジン14を始動させる指令が出力されると、電動機制御手段103によって第1電動機MG1を回転させることにより、動力分配機構20の差動作用によってエンジン14の回転速度Neを自律運転可能な回転速度まで引き上げる。そして、自律運転可能な回転速度に到達すると、エンジン14を点火させる指令をエンジン14の点火装置に出力する。
【0037】
エンジン始動制御手段102は、エンジン始動に際して車両停止判定手段104によって車両が停止した状態か否かを判定させる。車両停止判定手段104は、車両が停止した状態か否かを、例えば車速センサ106から出力される車速信号に基づいて判定する。車両停止判定手段104は、車速センサ106によって検出された車速Vが、車両停止状態と判断される予め設定されている閾値以下である場合、車両が停止した状態であるものと判定する。なお、車両の停止判定は、例えばブレーキペダルの踏み込み信号など、他の信号情報に基づいて判定しても構わない。
【0038】
電動機停止判定手段108は、第1電動機MG1が停止しているか否か、すなわち第1電動機MG1が非回転状態か否かを判定する。電動機停止判定手段108は、例えば第1電動機MG1の回転速度Nmg1を検出するレゾルバ56から出力される回転速度信号に基づいて、第1電動機MG1が停止しているものと判定する。また、電動機停止判定手段108は、第1電動機MG1が停止したものと判定すると、その時点から第1電動機MG1が停止状態(非回転状態)にある停止時間tの計測を開始する。なお、電動機停止判定手段108は、第1電動機MG1が回転したことを検出すると、その停止時間tを零にリセットする。
【0039】
電動機停止時間判定手段110は、電動機停止判定手段108によって計測されている停止時間tが、予め設定されている許容停止時間ta(本発明の所定時間に対応)を越えたか否かを判定する。なお、許容停止時間taは、予め実験的に求められており、トルクリミッタ22の摩擦係合要素40(内側摩擦板40a、外側摩擦板40b)に付着する潤滑油が自重によって流れ落ちる時間、すなわち、トルクリミッタ22のリミッタトルクTlimが、トルクリミッタ潤滑状態において予め設定されている規定値Taを越える時間に設定されている。
【0040】
電動機停止時間判定手段110によって第1電動機MG1が停止してからの停止時間tが前記許容停止時間taを越えたものと判定されると、電動機制御手段103は、第1電動機MG1を所定回転だけ回転速度N1で回転させる。第1電動機MG1が回転させられると、第1電動機MG1に接続されているトルクリミッタ22の外周側ドラム38が回転させられるので、トルクリミッタ22の潤滑油貯留空間48に貯留されている潤滑油によって摩擦係合要素40が潤滑させられる。
【0041】
図4は、トルクリミッタ22の外周側ドラム38を図2の矢印A側(開口部側)から見たA矢視図である。図4(a)は、外周側ドラム38の回転が停止した状態すなわち第1電動機MG1が停止している状態(非回転状態)を示している。図4(a)に示すように、外周側ドラム38およびスナップリング46によって構成される潤滑油貯留空間48に潤滑油が貯留され、摩擦係合要素40の下部側の一部がその潤滑油に浸漬された状態となっている。
【0042】
図4(b)は、電動機制御手段103によって第1電動機MG1を45°(1/4回転)だけ回転させることで、外周側ドラム38が45°(1/4回転)だけ回転させられた状態を示している。外周側ドラム38が1/4回転だけ回転させられると、内側摩擦板40aおよび外側摩擦板40bが1/4回転だけ潤滑油貯留空間48内を通過するので、斜線で示す範囲の内側摩擦板40aおよび外側摩擦板40bが潤滑される。
【0043】
本実施例では、電動機制御手段103は、第1電動機MG1を所定回転として1回転させる。第1電動機MG1が1回転すると、外周側ドラム38も同様に1回転するので、トルクリミッタ22の摩擦係合要素40全体に潤滑油が行き渡ることとなる。なお、必ずしも1回転に限定されず、1回転以上であれば摩擦係合要素40(内側摩擦板40a、外側摩擦板40b)全体に潤滑油を行き渡らせることが可能となる。また、第1電動機MG1を回転させる際の回転速度N1は、予め実験的に求められ、第1電動機MG1を回転させる際に動力分配機構20の差動作用によって回転させられるエンジン14の回転速度Neが、共振回転速度域よりも低い回転速度となる値に設定されている。これにより、第1電動機MG1を回転させた際の共振現象の発生が防止される。さらに、回転速度N1は、上記に加えて、遠心力による潤滑油貯留空間48内の潤滑油の飛び散りが抑制され、潤滑油貯留空間48を摩擦係合要素40が通過した際に潤滑油が充分に行き渡る範囲の回転速度に設定されている。
【0044】
エンジン始動制御手段102は、電動機制御手段103によって第1電動機MG1を所定回転として1回転させると、エンジン14を始動させるため、第1電動機MG1の回転速度をさらに引き上げて、エンジン14の回転速度Neを自律運転可能な回転速度N2まで引き上げる。そして、エンジン14の回転速度Neが回転速度N2に到達すると、点火装置を作動させてエンジン14の燃焼を開始する。
【0045】
図5は、電子制御装置100の制御作動の要部すなわち、エンジン始動時に際して、車両停止状態で電動機MG1が長時間停止していた場合であっても、トルクリミッタ22の摩擦係合要素40に充分な潤滑油が行き渡った状態でエンジン始動することができる制御作動を説明するためのフローチャートであって、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。
【0046】
先ず、車両停止判定手段104に対応するステップS1(以下、ステップを省略)において、車両が停止した状態か否かが判定される。SA1が否定される場合、エンジン始動制御手段102に対応するS5において、エンジン14の始動が許可され、第1電動機MG1によって、エンジン14の回転速度Neが自律運転可能な回転速度N2まで引き上げられ、その後、点火装置によってエンジンの燃焼が開始される。なお、車両走行状態では、動力分配機構20のリングギヤRが回転し、動力分配機構20の差動作用によってエンジン14等も回転するため、オイルポンプ24が駆動するなどして、トルクリミッタ22に充分な潤滑油が行き渡った状態となる。
【0047】
S1が肯定される場合、電動機停止判定手段108に対応するS2において、第1電動機MG1が停止したか否かが判定される。S2が否定される場合、S5に進み、エンジン14の始動が許可され、エンジン14の燃焼が開始される。S2が肯定される場合、その時点を基準として、第1電動機MG1の停止時間tが計測される。
【0048】
次いで、電動機停止時間判定手段110に対応するS3において、計測されている第1電動機MG1の停止時間tが、予め設定されている許容停止時間taを越えたか否かが判定される。S3が否定される場合、S5に進み、エンジン14の始動が許可され、エンジン14の燃焼が開始される。なお、停止時間tが許容停止時間ta未満では、摩擦係合要素40に潤滑油が行き渡っている状態に相当する。
【0049】
一方、S3が肯定される場合、摩擦係合要素40の潤滑油が不足した状態と判断され、電動機制御手段103に対応するS4において、第1電動機MG1が回転速度N1で1回転させられることによって、外周側ドラム38も同様に1回転させられる。これより、内側摩擦板40aおよび外側摩擦板40b共に潤滑油貯留空間48内を通過するため、これらの摩擦板40a、40b全体に潤滑油が行き渡ることとなる。そして、エンジン始動制御手段102に対応するS5において、エンジン14の始動が許可され、第1電動機MG1によって、エンジン14の回転速度Neが自律運転可能な回転速度N2まで引き上げられ、その後、点火装置によってエンジンの燃焼が開始される。
【0050】
図6は、車両停止状態で第1電動機MG1が長時間停止した状態からエンジン14を始動させる作動を説明するタイムチャートであり、図5のフローチャートの作動の一態様に対応している。なお、横軸は時間を示し、縦軸は上から順番に、エンジン回転速度Ne、第1電動機MG1の回転速度Nmg1、第2電動機MG2の回転速度Nmg2を示している。図6において、t1時点において車両および第1電動機MG1が停止され、許容停止時間taが経過したt2時点でエンジン14を始動させる指令が出力されると、第1電動機MG1によってエンジン14を自律運転可能な回転速度N2まで引き上げるのに先だって、第1電動機MG1を回転速度N1で1回転させる(t2時点〜t3時点)。このときの動力分配機構20の回転状態は、図7(a)に示す各回転部材の回転速度を表す共線図に対応している。図7において、Sが動力分配機構20を構成するサンギヤSの回転速度すなわち第1電動機MG1の回転速度Nmg1に対応し、CがキャリヤCAの回転速度すなわちエンジン14の回転速度Neに対応し、RがリングギヤRの回転速度すなわち第1ドライブギヤ18の回転速度に対応している。図7(a)に示すように、車両停止状態にあるため、リングギヤRは零となっている。そして、第1電動機MG1が回転速度N1で回転させられることにより、トルクリミッタ22も同様に回転速度N1で回転させられる。なお、第1電動機MG1が回転速度N1で回転するに伴って、エンジン14の回転速度Neも回転速度N1よりも低い回転速度で引き摺られるようにして回転する。このエンジン14が回転することにより、エンジン14によって駆動されるオイルポンプ24も駆動する。
【0051】
そして、第1電動機MG1が回転速度N1で1回転させられると、t3時点において、エンジン14の始動が許可され、エンジン14を始動させるため、第1電動機MG1によってエンジン回転速度Neが自律運転可能な回転速度N2まで引き上げられ、その後、点火装置による燃焼が開始される(エンジン始動)。このとき、エンジン14が共振回転速度域を通過する際に過大なトルクが入力されても、トルクリミッタ22が予め設定されている規定値Taで滑りが生じるので、その過大なトルクの伝達が防止される。なお、このときの動力分配機構20の回転状態は、図7(b)に共線図に対応している。図7(b)に示すように、エンジン14は駆動状態(自律運転状態)となり、エンジン14の駆動力によって車両が走行される。
【0052】
上述のように、本実施例によれば、第1電動機MG1の非回転状態が予め設定されている許容停止時間ta以上続いている状態からエンジン14を始動させる場合には、エンジン始動前に予め第1電動機MG1によってトルクリミッタ22を予め設定されている所定回転だけ回転させることで、トルクリミッタ22に潤滑油が行き渡った状態となる。この状態で、エンジン14が始動されるので、トルクリミッタ22を所望のリミッタトルクTlimで滑らすことができる。従って、エンジン始動時において、例えば共振回転速度域の通過中に過大なトルクが発生しても、トルクリミッタ22が滑ることで、回転軸や軸受に過大なトルクが伝達されない。従って、回転軸や軸受の強度を過度に上げる必要もなくなり、結果として回転軸および軸受の軽量化、小型化が可能となる。
【0053】
また、本実施例によれば、潤滑油貯留空間48が、外周側ドラム38とスナップリング46によって、外周側ドラム38下部に形成される。このようにすれば、第1電動機MG1の非回転状態が長時間続いて状態であっても、潤滑油貯留空間48内に潤滑油が貯留され、その貯留された潤滑油によって摩擦係合要素40を潤滑することができる。また、潤滑油貯留空間48は、外周側ドラム38とスナップリング46によって形成されるので、従来構成に対して特別な設計変更することなく構成することができる。
【0054】
また、本実施例によれば、許容停止時間taは、第1電動機MG1が停止した時点から、そのトルクリミッタのリ22ミッタトルクが予め設定されている規定値を越えるトルク値となるまでの、予め実験的に求められた時間である。このようにすれば、トルクリミッタ22を潤滑するために第1電動機MG1を回転させる頻度を減らすことができるため、第1電動機MG1の駆動による電力消費量を低減することができる。
【0055】
また、本実施例によれば、第1電動機MG1の回転は、少なくとも1回転である。このようにすれば、トルクリミッタ22全体に潤滑油を行き渡らせることができる。
【0056】
また、本実施例によれば、第1電動機MG1を回転させる際の回転速度N1は、エンジン14がそのエンジン14の共振回転速度域よりも低い回転速度で回転する値に設定されている。このようにすれば、第1電動機MG1を回転させた際のエンジン共振現象の発生を防止することができる。
【0057】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
【0058】
例えば、前述の実施例では、電動機制御手段103は、第1電動機MG1を1回転させるとしたが、必ずしも1回転に限定されず、例えば1回転以上回転させても構わない。第1電動機MG1を少なくとも1回転させれば、摩擦係合要素40全体に潤滑油を行き渡らせることができため、1回転以上の回転が好ましい。また、1回転未満の回転であっても摩擦係合要素40がある程度潤滑されるので、1回転未満の回転であっても構わない。
【0059】
また、前述の実施例では、トルクリミッタ22の摩擦係合要素40の下部が、潤滑油貯留空間48に浸漬されていたが、必ずしも潤滑油貯留空間48に浸漬される構造に限定されない。例えば、トルクリミッタ22を覆うカバーに潤滑油が貯留され、その貯留されている潤滑油内にトルクリミッタ22の摩擦係合要素40が一部浸漬されている構造であっても構わない。
【0060】
また、前述の実施例では、オイルポンプ24は、歯車ポンプで構成されるが、例えばベーン式ポンプなど他の形式のオイルポンプが使用されても構わない。
【0061】
また、前述の実施例では、潤滑油貯留空間48が外周側ドラム38とその外周側ドラム38に嵌め着けられるスナップリング46によって形成されるとしたが、スナップリング46に代わって、外周側ドラム38の円筒部38bに円板環状の部材を溶接して潤滑油貯留空間48を形成しても構わない。
【0062】
また、前述の実施例では、第1電動機MG1および第2電動機MG2が異なる回転軸上に配置されていたが、第1電動機MG1および第2電動機MG2が同回転軸上に配置されていても構わない。
【0063】
なお、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0064】
10:ハイブリッド車両用動力伝達装置
14:エンジン
22:トルクリミッタ(摩擦式トルクリミッタ)
38:外周側ドラム(ドラム)
40:摩擦係合要素
46:スナップリング
48:潤滑油貯留空間
100:電子制御装置(制御装置)
MG1:第1電動機(電動機)
ta:許容停止時間(所定時間)
Tlim:リミッタトルク
Ta:規定値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動機の回転軸上に摩擦式トルクリミッタを備え、該電動機が該摩擦式トルクリミッタを介してエンジンに動力伝達可能に接続されているハイブリッド車両用動力伝達装置の制御装置であって、
前記摩擦式トルクリミッタは、下部が潤滑油に浸漬される摩擦係合要素を備えており、
前記電動機の非回転状態が予め設定されている所定時間以上続いた後、前記エンジンの始動指令が出力された場合には、該電動機を予め設定されている所定回転だけ回転させた後、該電動機を用いて前記エンジンを始動させることを特徴とするハイブリッド車両用動力伝達装置の制御装置。
【請求項2】
前記摩擦式トルクリミッタは、前記摩擦係合要素を内周側に収容し、一方が開口する有底円筒状のドラムを含んで構成されており、
前記摩擦係合要素の下部は、該ドラムと、該ドラムの開口部内周側に嵌め着けられて該摩擦係合要素の該開口部側への移動を阻止するスナップリングとによって、該ドラム内の下部に形成される潤滑油貯留空間に貯留された潤滑油に浸漬されることを特徴とする請求項1のハイブリッド車両用動力伝達装置の制御装置。
【請求項3】
前記所定時間は、前記電動機が停止した時点から、該摩擦式トルクリミッタのリミッタトルクが予め設定されている規定値を越えるトルク値となるまでの、予め実験的に求められた許容停止時間であることを特徴とする請求項1または2のハイブリッド車両用動力伝達装置の制御装置。
【請求項4】
前記所定回転は、少なくとも一回転であることを特徴とする請求項1または2のハイブリッド車両用動力伝達装置の制御装置。
【請求項5】
前記電動機を回転させる際の回転速度は、前記エンジンが該エンジンの共振回転速度域よりも低い回転速度で回転する値に設定されていることを特徴とする請求項1または2のハイブリッド車両用動力伝達装置の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−18374(P2013−18374A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−153370(P2011−153370)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】