説明

ハイブリッド駆動装置の制御装置

【課題】EV走行モードの領域を広げることを可能とし、もって燃費向上を図ることが可能なハイブリッド駆動装置の制御装置を提供する。
【解決手段】ハイブリッド駆動装置1の制御装置100は、EV走行モードからエンジン走行モードに変更された際に、エンジン始動制御手段105がクラッチ4を係合制御しつつエンジン9の回転数を上昇させてエンジン9を始動させると共に、始動時アップシフト制御手段107が該エンジン9の回転上昇に合わせて変速機構3の変速比をアップシフト変速して該変速機構3にてイナーシャトルクTiを発生させる。EV走行モードとエンジン走行モードとを選択するモード選択手段106が、変速機構3の変速比及び入力軸6の回転数、即ちエンジン始動時に発生するイナーシャトルクTiに応じて、EV走行モードを選択する領域を広げる。これにより、エンジン走行モードの領域が減少して燃費向上が図られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば変速機構と、入力部材に駆動連結されたモータと、エンジンと入力部材との間に介在するクラッチとを制御するハイブリッド駆動装置の制御装置に係り、詳しくは、該クラッチを解放してモータの駆動力を用いて走行する第1走行モードと、該クラッチを係合してエンジンの駆動力を用いて走行する第2走行モードと、を選択しつつ走行するハイブリッド駆動装置の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題の取り組み等から、車両の燃費向上を図ったハイブリッド車両が種々開発されている。このようなハイブリッド車両においては、モータの駆動力だけで走行するEV走行モードと、主にエンジンの駆動力で走行するエンジン走行モード(モータによるアシストも含む)と、の2種類の走行モードを選択的に使分けて走行している。
【0003】
一般に、このEV走行モードにあっては、モータの駆動力だけによって運転者の要求駆動力(即ちアクセル開度)に応じる必要があるため、モータの出力性能限界に基づいてEV走行モードで走行可能な領域(以下、単に「EV走行モードの領域」という)が決まっているものが多いが、このEV走行モードの領域を変更するものも提案されている(特許文献1参照)。
【0004】
この特許文献1のものは、モータの温度上昇や経年劣化等によるモータの効率低下を推定し、その推定されたモータの効率低下に応じて、EV走行モード(第1走行モード)とエンジン走行モード(第2走行モード)との境界ラインを変更し、つまりモータの出力性能の低下に応じてEV走行モードの領域を縮小して(低アクセル開度側に変更して)、エンジン始動タイミングを早めることで、運転者の要求駆動力に応じられるように(走行性能や加速性を確保するように)構成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−143263号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1のものは、EV走行モードの領域を変更するものであるが、該EV走行モードの領域の変更は、モータの効率低下に応じて設定しているため、EV走行モードの領域を広げることはできず、燃費の向上が図れるものではない。また特に、ハイブリッド駆動装置の構造として、モータの出力を用いてエンジンを始動する構造を採用するものでは、EV走行モードにおいてエンジンを始動するための余力を残しておく必要も生じ、その分、EV走行モードの領域が縮小されるため、EV走行モードの領域を広げることによる燃費向上が望まれる。
【0007】
そこで本発明は、EV走行モードの領域を広げることを可能とし、もって燃費向上を図ることが可能なハイブリッド駆動装置の制御装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は(例えば図1乃至7参照)、入力部材(6)と駆動車輪(10)に駆動連結される出力部材(39r,39l)との間の変速比を変速する変速機構(3)を変速制御する変速制御手段(101)と、
前記入力部材(6)に駆動連結されるモータ(2)を駆動制御するモータ制御手段(102)と、
エンジン(9)と前記入力部材(6)との間に介在するクラッチ(4)を係合制御するクラッチ制御手段(103)と、
前記クラッチ(103)を解放して前記モータ(2)の駆動力(Tm)を用いて走行する第1走行モードと、前記クラッチ(4)を係合して前記エンジン(9)の駆動力(Te)を用いて走行する第2走行モードと、を選択するモード選択手段(106)と、
前記モード選択手段(106)による選択が前記第1走行モードから前記第2走行モードに変更された際に、前記クラッチ制御手段(103)に指令して前記クラッチ(4)を係合制御しつつ該クラッチ(4)のトルク容量(Tc)を上昇していくことで前記入力部材(6)の回転に基づき前記エンジン(9)の回転速度を上昇させ、前記エンジン(9)の燃焼を開始させるエンジン始動制御手段(105)と、
前記エンジン始動制御手段(105)による前記クラッチ(4)の係合制御に合わせて、前記変速制御手段(101)に指令して前記変速機構(3)の変速比をアップシフト変速して前記入力部材(6)の回転速度を低下させることで、前記変速機構(3)にてイナーシャトルク(Ti)を発生させる始動時アップシフト制御手段(107)と、を備え、
前記モード選択手段(106)は、前記変速機構(3)の変速比及び前記入力部材(6)の回転数に応じて、前記第1走行モードを選択する領域(例えばB)を変更することを特徴とするハイブリッド駆動装置(1)の制御装置(100)で構成される。
【0009】
また、本発明は(例えば図1、図3、及び図4参照)、前記変速機構(3)の変速比及び前記入力部材(6)の回転数から、前記始動時アップシフト制御手段(107)の制御によって前記変速機構(3)にて発生可能なイナーシャトルク(Ti)を算出する発生イナーシャトルク算出手段(109)を備え、
前記モード選択手段(106)は、前記発生イナーシャトルク算出手段(109)により算出された前記発生可能なイナーシャトルク(Ti)の大きさに基づき、前記第1走行モードを選択する領域(例えばB)を変更することを特徴とする。
【0010】
さらに、本発明は(例えば図1、図3、及び図4参照)、運転者の要求トルク(Tr)を検出する要求トルク検出手段(108)を備え、
前記モード選択手段(106)は、前記要求トルク(Tr)が、前記モータ(2)が出力し得る限界トルク(Tm−max)から前記エンジン始動制御手段(105)により前記エンジン(9)の回転速度を上昇させるためのエンジン始動必要トルク(Tst−en)を減算した値(即ち、Tm−EVmin)と、前記発生イナーシャトルク算出手段(109)により算出された前記発生可能なイナーシャトルク(Ti)と、を加算した値未満である状態を、前記第1走行モードを選択する領域(B)とすることを特徴とする。
【0011】
また具体的に本発明は(例えば図2参照)、前記変速機構は、無段変速機構(3)からなることを特徴とする。
【0012】
さらに具体的に係る本発明は(例えば図2参照)、前記無段変速機構(3)は、
前記入力部材(6)に接続される円錐形状のインプットコーン(22)と、
前記出力部材(39r,39l)に接続されると共に該インプットコーン(22)と平行な軸線上に配置されかつ大径側と小径側とが軸方向逆向きになるように配置された円錐形状のアウトプットコーン(23)と、
前記インプットコーン(22)又は前記アウトプットコーン(23)を囲むように配置されかつ該インプットコーン(22)と該アウトプットコーン(23)が対向する傾斜面に挟持されるリング(25)と、を有するコーンリング式無段変速機構からなることを特徴とする。
【0013】
なお、上記カッコ内の符号は、図面と対照するためのものであるが、これは、発明の理解を容易にするための便宜的なものであり、特許請求の範囲の構成に何等影響を及ぼすものではない。
【発明の効果】
【0014】
請求項1に係る本発明によると、モード選択手段が、変速機構の変速比及び入力部材の回転数に応じて、第1走行モードを選択する領域を変更するので、つまりエンジンを始動する駆動トルクに充当できる分としての、エンジンの始動時に変速機構のアップシフトによって発生するイナーシャトルクに応じて、第1走行モードを選択する領域を広げることができ、それによってエンジンを始動する第2走行モードの領域を減少することができて、車両の燃費向上を図ることができる。
【0015】
請求項2に係る本発明によると、モード選択手段が、発生イナーシャトルク算出手段により算出された発生可能なイナーシャトルクの大きさに基づき、第1走行モードを選択する領域を変更するので、エンジンの始動時に変速機構のアップシフトによって発生するイナーシャトルクに応じて、第1走行モードを選択する領域を広げることを可能とすることができる。
【0016】
請求項3に係る本発明によると、モード選択手段は、要求トルクが、モータが出力し得る限界トルクからエンジン始動制御手段によりエンジンの回転速度を上昇させるためのエンジン始動必要トルクを減算した値と、発生イナーシャトルク算出手段により算出された発生可能なイナーシャトルクと、を加算した値未満である状態を、第1走行モードを選択する領域とするので、第1走行モードの領域を、エンジンの始動が可能である範囲内で、かつ最大限の大きさまで広げることができる。
【0017】
請求項4に係る本発明によると、変速機構が無段変速機構であるので、アップシフト変速の変速速度を適宜に制御することを可能とすることができ、適宜なイナーシャトルクを発生させることを可能とすることができる。
【0018】
請求項5に係る本発明によると、無段変速機構がコーンリング式無段変速機構であるので、例えばベルト式無段変速機等に比してイナーシャトルクが大きくなる構造の変速機構であり、その比較的大きなイナーシャトルクを用いる分について、第1走行モードを選択する領域を広げることができるので、より大きな車両の燃費向上の効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本実施の形態に係るハイブリッド駆動装置の制御装置の概略構成を示すブロック図。
【図2】本ハイブリッド駆動装置の構成を示すスケルトン図。
【図3】EV走行モードの領域の算出を示すフローチャート。
【図4】EV走行モード領域とモード変更領域とエンジン走行モード領域とを示す説明図。
【図5】本ハイブリッド駆動装置の制御装置による制御を示すメインフローチャート。
【図6】アップ変速処理の制御を示すサブフローチャート。
【図7】エンジン始動時における走行例を示すタイムチャート。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[ハイブリッド駆動装置の概略構成]
以下、本発明に係る実施の形態を図1乃至図7に沿って説明する。まず、本発明に係るハイブリッド駆動装置1を搭載した車両の駆動系を図1及び図2に沿って説明する。図1に示すように、ハイブリッド駆動装置1は、エンジン(E/G)9と駆動車輪10との間に介在するように配置されており、入力軸(入力部材)6とディファレンシャル装置5を介して駆動車輪10に駆動連結されるアスクル軸(出力部材)39r,39lとの間の変速比を変速する変速機構(T/M)3と、該入力軸6に駆動連結されるモータ・ジェネレータ(M/G)2と、エンジン9と入力軸6との間に介在するクラッチ4とを備えて構成されている。
【0021】
詳細には、図2に示すように、クラッチ4は、乾式単板クラッチからなり、エンジン出力軸54に連結されているクラッチディスク4a、及び入力軸6にダンパスプリング55を介して連結されている出力側となるプレッシャプレート4bを有し、プレッシャプレート4bは、ダイヤフラムスプリング56により常時クラッチディスク4aに接続するように付勢されている。また、レリーズベアリング57が上記プレッシャプレート4bの中心部分に回転自在に当接しており、該ベアリング57がレリーズフォーク58により押圧されることにより、上記クラッチ4が切操作される。レリーズフォーク58は、ロッド53を介してウォームホイール50に連結されており、該ホイール50には電動アクチュエータである電気モータA1の出力軸に連動されているウォーム52が噛合している。
【0022】
上記電気モータA1、ウォーム52、ウォームホイール50及びロッド53は、クラッチ操作部51を構成しており、上記電動アクチュエータ(電気モータ)A1に基づく該クラッチ操作部51の操作により上記クラッチ4を係合・解放操作すると共に、上記非可逆機構からなるウォーム52及びウォームホイール50が介在して、電気モータA1が停止した状態でのクラッチ4の操作位置(係合又は解放)に保持される。
【0023】
モータ・ジェネレータ(以下、単に「モータ」という)2は、ステータ(不図示)とモータ出力軸8に設けられたロータ(不図示)とを有し、モータ出力軸8は、両端部が不図示のケース部材にベアリングを介して回転自在に支持されている。モータ出力軸8の一方側には、歯車(ピニオン)からなる出力ギヤ16が形成されており、該出力ギヤ16はアイドラ歯車17を介して入力軸6に設けられた中間ギヤ19に噛合して、これら出力ギヤ16、アイドラ歯車17、及び中間ギヤ19によってモータ2と入力軸6とを駆動連結するギヤ伝動装置7を構成している。
【0024】
変速機構3は、いわゆる無段変速機構であるコーンリング式CVTからなり、入力軸6に接続されて入力側となる円錐形状のインプットコーン22と、出力側となる同じく円錐形状のアウトプットコーン23と、金属製のリング25とからなる。アウトプットコーン23は、インプットコーン22と平行な軸線上に配置されかつ大径側と小径側とが軸方向逆向きになるように配置されており、上記リング25が、これら両コーン22,23の対向する傾斜面に挟持されるようにかつ両コーンのいずれか一方(本実施の形態ではインプットコーン22)を取囲むように配置されている。
【0025】
両摩擦車の少なくとも一方には大きなスラスト力が作用しており、上記リング25は上記スラスト力に基づく比較的大きな挟圧力により挟持されている。具体的には、アウトプットコーン23と無段変速装置出力軸24との間には軸方向で対向する面にボールを介在した傾斜カム機構からなる軸力付与機構28が配設されており、該軸力付与機構28は、アウトプットコーン23に、伝達トルクに応じたスラスト力を付与し、該スラスト力に対抗する方向に支持されているインプットコーン22との間でリング25に大きな挟圧力を付与する。
【0026】
上記リング25は、例えば電動アクチュエータである電気モータA2によって軸方向に移動駆動されると共に該リング25を回転自在に支持する移動部材を備えた変速操作機構60によって、両コーン22,23に対する軸方向位置が位置制御され、それによって、両コーン22,23に対する接触半径を変更することで、両コーン22,23の間で変速比を変更する。
【0027】
そして、上記アウトプットコーン23に駆動連結された無段変速装置出力軸24にはギヤ(ピニオン)44が形成されており、該歯車44にはディファレンシャル装置5のデフリングギヤ41が噛合している。ディファレンシャル装置5は、該デフリングギヤ41に伝達された回転を、左右の差回転を吸収しつつ左右のアクスル軸39l,39rに出力し、それらアクスル軸39l,39rに駆動連結された左右駆動車輪10に伝達する。
【0028】
[ハイブリッド駆動装置の制御装置について]
ついで、本発明に係るハイブリッド駆動装置1の制御装置100について図1に沿って説明する。図1に示すように、本ハイブリッド駆動装置1の制御装置(制御部(ECU))100は、変速制御手段101、モータ制御手段102、クラッチ制御手段103、エンジン制御手段104、エンジン始動制御手段105、モード選択手段106、始動時アップシフト制御手段107、要求トルク検出手段108、発生イナーシャトルク算出手段109などを備えている。
【0029】
また、制御部100には、エンジン回転数Neを検出するエンジン回転数センサ91、入力軸6の回転数(モータ2の回転数)を検出する入力軸(モータ)回転数センサ92、アスクル軸39r,39l或いは無段変速装置出力軸24の回転数(即ち車速)を検出する出力軸回転数(車速)センサ93、不図示のアクセルペダルの踏込量(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサ94などが接続されている。
【0030】
なお、本実施の形態では、便宜的に、変速制御手段101、モータ制御手段102、クラッチ制御手段103、エンジン制御手段104などを同じ制御部(ECU)100内に備えたものとして説明しているが、各手段を2個以上の制御部(ECU)で相互に通信可能に構成してもよく、それぞれ個別の制御部(ECU)を備えているような形態であってもよい。
【0031】
上記変速制御手段101は、走行中にあって、例えば出力軸回転数センサ93により検出される車速とアクセル開度センサ94により検出されるアクセル開度(要求トルク検出手段108により検出される運転者の要求トルクTr)とに基づき、エンジン9における燃料消費やモータ2における電力消費が最適となるように(要求された駆動力を出力しつつ燃費が良好となるように)あらかじめ準備された不図示のマップ等を参照することで、随時最適な変速比を判定し、上記電気モータA2を駆動制御して変速機構3の変速比を変速制御する。
【0032】
上記モータ制御手段102は、モータ2の駆動力のみを用いて走行するEV走行モード(第1走行モード)中にあっては、要求トルク検出手段108により検出される運転者の要求トルクTrが駆動車輪10から出力されるようにモータ2の駆動トルク(以下、「モータトルク」という)Tmの大きさを制御し、また、エンジン9の駆動力を用いて走行するエンジン走行モード(第2走行モード)中にあっては、エンジン9の出力トルク(以下、「エンジントルク」という)TeとモータトルクTmとの合計が駆動車輪10から出力される要求トルクTrとなるように、モータトルクTmの大きさ(力行・回生を含む)を制御する。なお、モータ制御手段102は、モータ2を定電力制御することで、モータ回転数(変速機構3の変速比)に拘らず、駆動車輪10に出力するモータトルクTmの大きさを一定に制御し得る。
【0033】
上記クラッチ制御手段103は、上記EV走行モード中にあっては、上記電気モータA1を駆動制御してクラッチ4を解放するように制御し、上記エンジン走行モード中にあっては、上記電気モータA1を駆動制御してクラッチ4を係合するように制御する。また、詳しくは後述するように、エンジン9の始動時には、クラッチ4をスリップ制御して該クラッチ4の伝達トルク容量(以下、「クラッチトルク」)Tcを制御し、エンジン回転数Ne(エンジン9の回転速度)を上昇させるように制御する。なお、本ハイブリッド駆動装置1にあって後進走行する場合には、クラッチ4は解放制御して、モータ2を逆転回転させることで駆動車輪10の後進回転を達成する。
【0034】
上記エンジン制御手段104は、エンジン走行中にあって、エンジン9におけるスロットル開度や燃料噴射量の制御などを行って、エンジントルクTeやエンジン回転数Neを自在に制御する。また、エンジン制御手段104は、詳しくは後述するエンジン始動時にあって、エンジン始動制御手段105からの指令に基づきエンジン9の点火制御を行う。
【0035】
上記モード選択手段106は、図示を省略したバッテリの充電残量、出力軸回転数センサ93により検出される車速やアクセル開度センサ94により検出されるアクセル開度(要求トルク検出手段108により検出される運転者の要求トルクTr)等に基づき、モータ2のトルク(駆動力)のみを用いて走行するEV走行モード、又はエンジン9のトルク(駆動力)を用いて走行するエンジン走行モード(モータ2によるアシストや回生は適宜行ってよい)、のどちらかを択一的に選択する。
【0036】
即ち、このEV走行モードとエンジン走行モードとの選択は、基本的には、例えばバッテリ充電残量が十分にあることを前提として、モータ2の駆動トルクで要求トルクTrに応じることが可能な領域(EV走行モードの領域)にあるか否かによって判断される。また、バッテリ充電残量が少ない(EV走行には足りない)状態では、当然であるが、エンジン走行モードが選択される。なお、バッテリ充電残量が十分にある場合におけるEV走行モードの領域は、後述するようにエンジン始動時におけるアップシフトによって生じるはずのイナーシャトルクに基づき変更される。このEV走行モードの領域の変更については、詳しくは後述する。
【0037】
上記エンジン始動制御手段105は、上記モード選択手段106による選択がEV走行モードからエンジン走行モードに変更された際に、クラッチ制御手段103に指令してクラッチ4を係合制御しつつ該クラッチ4のトルク容量を上昇していくことで入力軸6の回転に基づきエンジン回転数Neを上昇させ、エンジン制御手段104に指令してエンジン9の燃焼(点火)を開始させる。
【0038】
上記始動時アップシフト制御手段107は、詳しくは後述するように、エンジン始動制御手段105からクラッチ制御手段103に指令されたクラッチ4の係合制御に合わせて、変速制御手段101に指令して変速機構3の変速比をアップシフト変速して入力軸6の回転数を低下させることで、ハイブリッド駆動装置1の入力側の回転部材(即ちインプットコーン22、入力軸6、ギヤ伝動装置7、モータ出力軸8、及びモータ2のロータなど)にてイナーシャトルクを発生させる。
【0039】
上記発生イナーシャトルク算出手段109は、上記始動時アップシフト制御手段107がエンジン始動時(クラッチ4の係合制御時)に行うアップシフト変速によって発生するはずのインプットイナーシャトルクTiを算出する。この発生するイナーシャトルクの算出については、以下に説明する図3のフローチャートに沿って詳述する。
【0040】
[EV走行モードの領域の算出について]
ついで、EV走行モードの領域の算出について図3及び図4に沿って説明する。なお、このEV走行モードの領域の算出に関する制御は、上述したように、バッテリ充電残量が十分に残っている状態における制御であることを前提としているものである。バッテリ充電残量が少ない場合には、本制御による算出を行うことは不要であり、直ちにエンジン走行モードが選択される。
【0041】
本EV走行モードの領域の算出制御を開始すると、まず、モード選択手段106は、入力軸6の回転数(以下、「インプット回転数」ともいう)がエンジン9を始動(点火)する際のエンジン始動目標回転数よりも高いか低いかを判定する(S2)。インプット回転数がエンジン始動目標回転数よりも低い場合は(S2のNO)、始動時アップシフト制御手段107の制御によりエンジン始動に伴って変速機構3をアップシフトすることができない(インプット回転数を下げることができない)ので、ステップS6に進み、アップ変速しない時のEV走行可能モータトルクの算出を行う。
【0042】
このアップ変速しない時のEV走行可能モータトルクの算出では、図4に示すように、モータ2の出力性能の限界であるモータ性能限界トルクTm−maxから、エンジン9を始動するために該エンジン9を回転上昇させるための駆動力であるエンジン始動必要トルクTst−enを減算すると、EV走行可能なモータトルクのうちの最少トルク(EV走行可能モータ最少トルク)Tm−EVminとなり、それをEV走行中に出力可能なモータトルク(EV走行可能モータトルク)Tmとする。つまり、変速機構3でアップシフトができないためにイナーシャトルクを発生させることができないので、EV走行可能モータトルクTmとしては、エンジン9を始動する余力(この場合は、エンジン始動必要トルクTst−enであり、エンジン始動時モータ上乗せトルクTm−upでもある)を残したものとし、いつでもエンジン9をモータ2によって始動できるような状態を維持するための演算を行う。
【0043】
これにより、EV走行モードの領域は、従来のハイブリッド駆動装置と同じ、図4に示すEV走行モード領域Aだけということになる。このようにEV走行モードの領域を算出すると、この算出を終了し(S7)、モード選択手段106は、運転者の要求トルクTrがこの算出されたEV走行モード領域Aの範囲内にあることに基づきEV走行モードを選択し、それ以外(領域B、領域C)では、エンジン走行モードを選択することになる。
【0044】
一方、図3に示すように、ステップS2において、インプット回転数がエンジン始動目標回転数よりも高い場合は(S2のYES)、始動時アップシフト制御手段107の制御によりエンジン始動に伴って変速機構3をアップシフトすることができる(インプット回転数を下げることができる)ので、ステップS3に進み、まず、インプット回転数とエンジン始動目標回転数との差分を、エンジン9を始動する際のエンジン回転上昇時間(予め設定された所定時間)で除算することで、つまりエンジン始動に伴って変速機構3をアップシフトする際における入力軸6のインプット角加速度(減速加速度)を算出する。
【0045】
次に、ステップS4において、上記算出されたインプット角加速度をインプットイナーシャ(上述した変速機構3の入力側の回転部材の重量)に乗算して、単位系(例えば毎分を毎秒に合わせるために60を乗算し、角加速度をトルクに合わせるために2πを乗算する)を整えて、つまりエンジン9を始動する際に発生するインプットイナーシャトルクを算出する。
【0046】
続いて、ステップS5において、エンジン始動時にアップシフト変速する時のEV走行可能モータトルクの算出を行う。即ち、図4に示すように、モータ2の出力性能の限界であるモータ性能限界トルクTm−maxから、エンジン9を始動するための駆動力であるエンジン始動必要トルクTst−enを減算すると、EV走行可能モータ最少トルクTm−EVminとなり、つまり上述したようにアップシフト変速ができなくてイナーシャトルクを得られない場合にモータ2が出力可能なモータトルク(通常のEV走行モード領域A)となる。
【0047】
このEV走行可能モータ最少トルクTm−EVminに、上記のように算出したインプットイナーシャトルクTi(S4において算出)を加算した値を、EV走行中に出力可能なモータトルク(EV走行可能モータトルク)Tmとする。つまり、エンジン始動時に変速機構3でアップシフトができるためにイナーシャトルクを発生させることができるので、エンジン9を始動するためのエンジン始動必要トルクTst−enとしては、インプットイナーシャトルクTiとモータの性能限界まで上乗せして出力するエンジン始動時モータ上乗せトルクTm−upとを加算した値を用いることができる。言い換えると、インプットイナーシャトルクTiの分、モータ2がEV走行可能モータトルクTmを出力してしまっても、エンジン9を始動する余力を得ることができ、つまり、いつでもエンジン9を、モータ2の上乗せトルクTm−upとインプットイナーシャトルクTiとによって始動できるような状態が維持できる。
【0048】
これにより、EV走行モードの領域は、インプットイナーシャトルクTiの分(図4に示すモード変更領域Bの範囲内)について広げることができる。このようにEV走行モードの領域を算出すると、この算出を終了し(S7)、モード選択手段106は、運転者の要求トルクTrがこの算出されたEV走行モード領域A及びモード変更領域Bの範囲内にあることに基づきモータ2が出力できる範囲でEV走行モードを選択し、それ以外(領域C)では、エンジン走行モードを選択することになる。
【0049】
なお、図4において、EV走行可能モータ最大トルクTm−EVmaxは、インプットイナーシャトルクTiを最大限の大きさで得られる際に、モータ2でEV走行できる最大トルクであり、インプットイナーシャトルクTiを最大限の大きさで得られる状態とは、変速機構3の変速比が最大(最もダウンシフトされた状態)であって、アップシフトできるレシオ範囲が最大ということである。従って、変速機構3が最もダウンシフトされた状態で、EV走行モードの領域Bを最大限に広げることができるという意味である。
【0050】
反対に、EV走行可能モータ最少トルクTm−EVminは、インプットイナーシャトルクTiを得られない際におけるモータ2でEV走行できるモータトルクであり、インプットイナーシャトルクTiを得られない状態とは、変速機構3の変速比が最少(最もアップシフトされた状態)であって(上記ステップS2のNo)、EV走行モードの領域は、従来のEV走行モード領域Aになるという意味である。
【0051】
以上のように、モード選択手段106が、図3のフローチャートの制御周期で、随時モータ2により走行可能なEV走行可能モータトルクTmを算出することで、EV走行モードの領域が領域Aから変更領域Bの範囲内で広げられた形で、運転者の要求トルクTrに基づき、EV走行モードかエンジン走行モードかが選択される。言い換えると、モード選択手段106が、変速機構3の変速比及び入力軸6の回転数(インプット回転数)に応じて(つまりエンジン始動時に発生するイナーシャトルクに応じて)、運転者の要求トルクTrに基づきEV走行モードを選択する領域を随時変更することになる。
【0052】
[エンジン始動時のアップシフト制御について]
ついで、エンジン始動時の制御について、図1を参照しつつ図5及び図6のフローチャートに沿って説明する。なお、図5において、図中左方側の「A」は図中右方側の「A」に、図中左方側の「B」は図中右方側の「B」に、それぞれ接続されているものとする。
【0053】
図5に示すように、例えば車両走行が開始された状態、特にEV走行状態にあっては、本エンジン始動時制御が開始され(S10)、モード選択手段106によりエンジン走行モードが選択されていない場合は、該モード選択手段106からエンジン始動要求フラグが出力されないので(フラグOFFであるので)(S11のNO)、そのままリターンして(S28)、モード選択手段106によりEV走行モードからエンジン人走行モードにモード選択が変更されるまで待機する。
【0054】
上述のように、要求トルク検出手段108により検出される運転者の要求トルクTrが、EV走行モードの領域A或いはモード変更領域Bの範囲内(図4参照)を超えると、モード選択手段106によりエンジン走行モードが選択されてエンジン始動が判定され、該モード選択手段106はエンジン始動要求フラグをONし(S11のYES)、ステップS12に進む。
【0055】
{エンジン回転上昇フェーズ}
ステップS12に進むと、エンジン始動制御手段105は、入力軸6の回転数(インプット回転数Nin)とエンジン回転数Neとの差回転が所定の係合判定差回転数(クラッチ4が略々係合状態にあると判定できる回転数)より小さいか否かを判定し、ここではエンジン9が停止したEV走行状態であるので、インプット回転数Ninとエンジン回転数Neとの差回転が上記係合判定差回転より大きい(クラッチ4が解放状態にあって差回転が大きい)ので(S12のNO)、「エンジン回転上昇フェーズ」に入り、クラッチ制御手段103によりクラッチ4のクラッチトルクTcを制御する「クラッチトルク制御」(S13,S14)に進む。
【0056】
「クラッチトルク制御」に進むと、クラッチ制御手段103は、クラッチトルクTcの大きさをエンジン9のフリクショントルク(エンジン9の内部摩擦抵抗やエンジンイナーシャトルク)よりも僅かに大きいエンジン始動用クラッチトルクTefに設定し(S13)、該設定されたクラッチトルクTcの大きさに上昇するまでのクラッチトルクレート(クラッチトルクの上昇率)をエンジン始動用クラッチトルクレート(エンジン始動用のクラッチトルクの上昇率)に設定する(S14)。
【0057】
このようにクラッチトルクレートが設定されると、クラッチ制御手段103は、電気モータA1に指令して該設定されたクラッチトルクレートでクラッチトルクTcが上昇するようにクラッチ4を徐々にスリップ係合制御する。これにより、クラッチトルクTcがエンジン9のフリクショントルクよりも大きくなるので、徐々にエンジン回転数Neが入力軸6の回転によって上昇されることになる。
【0058】
上記「クラッチトルク制御」に続いて、モータ制御手段102によりモータトルクTmを制御する「モータトルク制御」(S15)が行われる。即ち、モータ制御手段102は、モータトルクTmを、要求トルク検出手段108により検出される要求トルクTrに上記設定されたクラッチトルクTcを加算した値に設定し、モータ2に対して該設定したモータトルクTmを出力するように指令するが、実際には、モータ2の出力性能限界があるので、EV走行していた際のモータトルクTmに出力性能の限界までエンジン始動時モータ上乗せトルクTm−upを加算した、モータ性能限界トルクTm−maxを出力することになる(図4参照)。
【0059】
上記「モータトルク制御」に続いて、始動時アップシフト制御手段107により変速機構3の変速比をアップシフト制御する「変速制御」が行われる。即ち、この「変速制御」においては、図6に示すように、始動時アップシフト制御手段107によって「アップ変速処理」の制御が行われる。
【0060】
「アップ変速処理」が開始されると(S101)、まず、始動時アップシフト制御手段107は、入力軸6の回転数(インプット回転数Nin)がエンジン始動目標回転数よりも大きいか否かを判定する(S102)。インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数よりも小さい場合は(S102のNO)、つまりこれ以上アップシフトしてしまうと、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数よりも低くなって、クラッチ4を係合した際に、エンジン9が低回転となってエンジン始動が困難となるので、アップシフトは行わず、ステップS106に進む。
【0061】
ステップS106に進んだ場合は、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数となるように、該エンジン始動目標回転数を実際のアウトプット回転数Noutで除算した値を、変速比の指令値(レシオ指令値)として設定し、変速制御手段101によって電気モータA2に指令する形で、変速機構3の変速比を該設定したレシオ指令値となるように制御する。この場合、インプット回転数Ninの大きさによっては、ダウンシフトすることもある。
【0062】
一方、上記ステップS102において、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数よりも大きい場合は(S102のYES)、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数になるまでアップシフトすることが可能である。この場合は、まず、要求トルクTr及びクラッチトルクTcを加算したトルクがモータ最大トルク(モータ性能の限界トルクTm−max)よりも大きいか否かを判定する(S103)。
【0063】
要求トルクTr及びクラッチトルクTcを加算したトルクがモータ最大トルクよりも小さい状態では(S103のNO)、とりあえず変速機構3によりインプットイナーシャトルクTiを出力する必要がないので、アップシフトは行わず、原レシオを維持する(S107)。
【0064】
しかし、上述したように、始動時アップシフト制御手段107が変速機構3をアップシフトして発生するインプットイナーシャトルクTiの分を見越して、既にモータ2がインプットイナーシャトルクTiの分だけEV走行モードの領域を広げた形でEV走行可能な領域までモータトルクTmを出力しているので、該モータ2がエンジン始動時モータ上乗せトルクTm−upを出力しても、クラッチ4の係合が進行してクラッチトルクTcが大きくなることで、上記モータ2の出力性能限界によって要求トルクTr及びクラッチトルクTcを加算したトルクに対してモータ最大トルクが不足する(S103のYES)。その不足分をアップシフト時のインプットイナーシャトルクTiで補うため、アップシフトする際のレシオ指令値の算出し、変速制御手段101から電気モータA2に指令する形で、変速機構3の変速比を制御する。
【0065】
詳細には、ステップS104において、まず、現在のモータトルクTm(EV走行していた際のモータトルクに出力性能の限界まで上乗せトルクを加算したモータトルク)から、要求トルク検出手段108により検出される要求トルクTrを減算した値を、さらに上記クラッチトルクTcから減算し、つまり必要なインプットイナーシャトルクTiを算出する。そして、その必要なインプットイナーシャトルクTiをインプットイナーシャ(即ちインプットコーン22、入力軸6、ギヤ伝動装置7、モータ出力軸8、及びモータ2のロータなどの重量)で除算すると共に2πで除算して、アップシフトする際のインプット角加速度を算出する。
【0066】
そして、ステップS105において、実インプット回転数Ninと上記インプット角加速度に所定の制御周期(ステップS105が繰り返される周期)Δtを乗算した値とを加算した値を、実アウトプット回転数Noutで除算することで、次に変速機構3に指令すべきレシオ指令値を算出し、この算出したレシオ指令値を、変速制御手段101から電気モータA2に指令する形で変速機構3に指令し、変速比を不足分のトルクを補うインプットイナーシャトルクTiが出力されるようにアップシフト制御する。
【0067】
以上の制御を、インプット回転数Ninとエンジン回転数Neとの差回転が所定の係合判定差回転数より小さくなるまで(つまりクラッチ4の差回転が略々無くなって係合状態となるまで)繰り返すことで(即ち図5のS10,S11のYES,S12のNO、S13,S14,S15,S100,S28)、運転者の要求トルクTrにクラッチトルクTc(エンジンフリクショントルク)が加わった値に対してモータトルクTm(EV走行時のモータトルクに上乗せトルクTm−upを加算したトルク)で不足したトルクを、アップシフト変速の変速速度を制御する形で(変速比を制御周期毎に変更することで)、随時インプットイナーシャトルクTiによって補うことができるので、駆動車輪10から出力される出力トルクToutが要求トルクTr通り出力され、かつエンジン9がエンジン始動目標回転数まで上昇される。
【0068】
{クラッチ完全係合フェーズ}
図5に示すように、上記ステップS12において、インプット回転数Ninとエンジン回転数Neとの差回転が所定の係合判定差回転数より小さくなったことを判定すると(S12のYES)、ステップS16に進み、クラッチトルクTcがクラッチ完全係合トルクであるか否かが判定され、ここでは、上記ステップS13においてクラッチトルクTcがエンジン始動用クラッチトルクに制御されており、クラッチ完全係合トルクまで上昇されていないので(S16のNO)、「クラッチ完全係合フェーズ」に入り、クラッチ制御手段103によりクラッチ4のクラッチトルクTcを上昇して完全係合に制御する「クラッチトルク制御」(S17,S18)に進む。
【0069】
「クラッチトルク制御」に進むと、クラッチ制御手段103は、クラッチトルクTcの大きさをクラッチ4が完全係合となるクラッチ完全係合トルクに設定し(S17)、該設定されたクラッチトルクTcの大きさに上昇するまでのクラッチトルクレート(クラッチトルクの上昇率)をクラッチ完全係合トルクレートに設定する(S18)。このようにクラッチトルクレートが設定されると、クラッチ制御手段103は、電気モータA1に指令して該設定されたクラッチトルクレートでクラッチトルクTcが上昇するようにクラッチ4を係合していき、完全係合状態に制御する。これにより、エンジン9が変速機構3に対して完全に駆動連結され、エンジン走行可能な状態となる。
【0070】
上記「クラッチトルク制御」に続いて、モータ制御手段102によりモータトルクTmを制御する「モータトルク制御」(S19)が行われる。即ち、この状態では、エンジン回転数を上昇させるトルクが生じないので、モータトルクTmによってEV走行が可能となればよいので、モータ制御手段102は、モータトルクTmを、要求トルク検出手段108により検出される要求トルクTrに設定し、モータ2に対して該設定したモータトルクTmを出力するように指令する。
【0071】
上記「モータトルク制御」に続いて、変速制御手段101により変速機構3の変速比を制御する「変速制御」が行われる。即ち、この「変速制御」においては、エンジン9をエンジン始動目標回転数に維持するため、エンジン始動目標回転数を上記出力軸回転数センサ93により検出される実アウトプット回転数で除算した値を、次に変速機構3に指令すべきレシオ指令値として算出し、変速制御手段101から変速機構3に指令して、つまり入力軸6の回転数が車速に応じてエンジン始動目標回転数となるように変速制御される。
【0072】
{エンジン始動フェーズ}
図5に示すように、上記ステップS16において、前回の制御ルーチンにおけるステップS17で指令したクラッチトルクTcがクラッチ完全係合トルクとなると(S16のYES)、ステップS21に進み、エンジン9が始動しているか(点火しているか)否かが判定され、ここでは、クラッチ4が完全係合された状態であって、エンジン9が始動されていないので、「エンジン始動フェーズ」に入り、エンジン始動制御手段105によりエンジン9を点火して始動する「エンジン点火制御」(S22,S23,S24)に進む。
【0073】
「エンジン点火制御」に進むと、エンジン始動制御手段105は、まず、エンジン点火フラグをONし(S22)、エンジントルクTeを運転者の要求トルクTrに設定する(S23)。続いて、エンジントルクレート(エンジントルクTeの上昇率)を、上記エンジントルクTeが要求トルクTrに上昇するように、所定の上昇率であるエンジントルク上昇レートに設定し(S24)、これを受けてエンジン制御手段104は、エンジン9が該エンジントルク上昇レートでエンジントルクTeが上昇するように、エンジン9の例えばスロットル開度や燃料噴射量等を調節する。
【0074】
上記「エンジン点火制御」に続いて、モータ制御手段102によりモータトルクTmを制御する「モータトルク制御」(S25)が行われる。即ち、この状態では、運転者の要求トルクTrが例えば一定であるのに、エンジントルクTeが上昇していくので、それに合わせてモータトルクTmを設定する必要があり、つまり要求トルクTrからエンジントルクTeを減算した値をモータトルクTmとして設定し、モータ2に対して該設定したモータトルクTmを出力するように指令する。
【0075】
上記「モータトルク制御」に続いて、クラッチ制御手段103によりクラッチトルクTcを制御する「クラッチトルク制御」が行われる。即ち、この「クラッチトルク制御」においては、上述したステップS17,S18で上昇して完全係合状態にしたクラッチトルクTcの値がそのまま維持され、そのままクラッチ4が完全係合状態となるように制御される(S26)。
【0076】
上記「クラッチトルク制御」に続いて、変速制御手段101により変速機構3の変速比を制御する「変速制御」が行われる。即ち、この「変速制御」においては、上記ステップS20と同様に、エンジン9をエンジン始動目標回転数に維持するため、エンジン始動目標回転数を上記出力軸回転数センサ93により検出される実アウトプット回転数で除算した値を、次に変速機構3に指令すべきレシオ指令値として算出し、変速制御手段101から変速機構3に指令して、つまり入力軸6の回転数が車速に応じてエンジン始動目標回転数となるように変速制御される。
【0077】
以上の制御を、エンジン9の点火(始動)が終わるまで(目標エンジントルクが出力される)まで繰り返すことで(即ち図5のS10,S11のYES、S12のYES、S16のYES,S21のNO,S22,S23,S24,S25,S26,S27,S28)、運転者の要求トルクTrを出力する駆動源として、徐々にモータ2からエンジン9に切換り、エンジントルクTeによって要求トルクTrが出力されるようになり、つまりEV走行からエンジン走行に切換えられていく。
【0078】
その後は、ステップS21においてエンジン9の始動が判定され(S21のYES)、モード選択手段106によりエンジン始動要求フラグがOFFされ、ステップS11においてエンジン始動要求フラグのONが検出されなくなり(S11のNO)、つまりEV走行からエンジン走行に完全に切換えられた状態となる。
【0079】
[エンジン始動時における走行例]
ついで、エンジン始動時における走行例を、図7のタイムチャートに沿って説明する。
【0080】
例えば運転者がアクセル開度を一定に踏み込んだEV走行中にあって、要求トルク検出手段108により一定の要求トルクTrが検出されている状態では、モータ制御手段102によりモータ2が制御されて該要求トルクTrに応じてモータトルクTmが出力されるため、車両が加速して車速が上昇していくと共に、インプット回転数(入力軸回転数)Nin(モータ回転数)も上昇していく。
【0081】
インプット回転数Nin(モータ回転数)が上昇していくと、エンジン始動時に発生できるインプットイナーシャトルクTiの大きさに応じて決まるEV走行モード領域としての境界、即ちEV走行可能モータトルクTm−EV(図4参照)が降下してくるため、時点t1において、要求トルクTrがEV走行可能モータトルクTm−EVとなる(或いは超える)。
【0082】
この際、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数よりも大きく、つまりエンジン始動時にアップシフトすることができ、インプットイナーシャトルクTiを出力することができるので、その分、EV走行モードの領域が広がっている。つまり、従来であれば、要求トルクTrが図7中の破線で示すEV走行可能モータ最少トルクTm−EVminを超えた時点でエンジン走行モードが選択されてエンジン始動が行われているはずであったが、EV走行モードの領域が広がっている分、時点t1までエンジン走行モードへの選択が遅くなり、EV走行が多くなって、燃費向上に寄与する。
【0083】
上記時点t1において、要求トルクTrがEV走行可能モータトルクTm−EVとなると、モード選択手段106は、EV走行モードからエンジン走行モードに選択を変更し、エンジン始動要求フラグをONにする(S11のYES)。すると、エンジン始動制御手段105は、インプット回転数Ninとエンジン回転数Neとの差回転数が、クラッチ4が係合しているか否かを判定する係合判定差回転数よりも大きいので(つまりクラッチ4が係合していないので)(S12のNO)、「エンジン回転上昇フェーズ」を開始する。
【0084】
すると、クラッチ制御手段103は「クラッチトルク制御」を行って(S13,S14)、クラッチトルクTcがエンジン9のフリクショントルクよりも僅かに大きなエンジン始動用クラッチトルクとなるようにクラッチ4をスリップ係合し、続けてモータ制御手段102が「モータトルク制御」を行って(S15)、要求トルクTrに基づき出力していたモータトルクTm−EVに加えて、モータ2の性能限界トルクTm−maxまでエンジン始動時上乗せトルクTm−upを上乗せしたトルクを出力する。
【0085】
また、時点t2になると、続けて始動時アップシフト制御手段107が変速制御手段101に指令する形で「変速制御」を行って「アップ変速処理」を開始し(S100)、クラッチトルクTcが上昇したことに伴って、要求トルクTrとクラッチトルクTcとを加算したトルクがモータ性能限界トルクTm−max(モータ最大トルク)を上回って(S103のYES)、インプット角加速度を演算して(S104)、それに応じてインプットイナーシャトルクTiの上昇を開始し(S105)、不足分のトルクに見合うインプットイナーシャトルクTiが出力されるように変速機構3をアップシフト変速する。このため、入力軸回転数Ninが低下していくと共に変速比も下降していき、インプット角加速度も低下され、そして、エンジン回転数Neが上昇されていく。
【0086】
この際の出力トルクは、クラッチ4を係合してエンジン9のフリクショントルクが負方向に作用し、かつモータ2の上乗せトルクTm−upによって上昇され、さらにハイブリッド駆動装置1の入力側の回転系におけるインプットイナーシャトルクTiによって不足分トルク分が補われるので、エンジン始動必要トルクTst−enが補われて、要求トルクTr通りに出力されることになる。
【0087】
言い換えると、従来のEV走行モードの領域と同等となるEV走行可能モータ最少トルクTm−EVminからモータ性能限界トルクTm−maxを出力して、図7中破線で示すエンジン始動必要トルクTst−enを補ったとしても、モータ性能の限界でエンジン始動を行うことになるので、総合的に出力されるトルクは、インプットイナーシャトルクTiの分だけ少なくなり、要求トルクTrに応じるためには、EV走行モードの領域を広げられないことになる。
【0088】
時点t3になると、インプット回転数Ninとエンジン回転数Neとの差回転数が係合判定差回転数よりも小さくなり(S12のYES)、つまりクラッチ4の差回転数が小さくなって略々係合状態となっているので、「クラッチ完全係合フェーズ」を開始する。
【0089】
すると、クラッチ制御手段103は「クラッチトルク制御」を行って(S17,S18)、クラッチトルクTcが完全係合状態となるクラッチ完全係合トルクとなるようにクラッチ4の係合を強めていき、続けてモータ制御手段102が「モータトルク制御」を行って(S19)、要求トルクTrに基づいたモータトルクTmを出力する。
【0090】
この際は、エンジン回転数Neがエンジン始動目標回転数に到達しており、変速機構3のアップシフトが終了してインプットイナーシャトルクTiが無くなるが、エンジン回転数Neを上昇するための駆動トルクも不要となるので、モータトルクTmの上乗せ分Tm−upも不要となる状態である。また、変速制御手段101は、「変速制御」を行って(S20)、車速(実アウトプット回転数)に基づき入力軸回転数がエンジン始動目標回転数となるように変速比を維持する。
【0091】
その後、時点t4において、クラッチトルクの前回の指令値(S17における指令値)がクラッチ完全係合トルクとなると(S16のYES)、つまりクラッチ4が完全係合状態となっているので、「エンジン始動フェーズ」を開始する。
【0092】
すると、エンジン制御手段104が「エンジン点火制御」を行って、エンジン9を点火し(S22)、時点t5までにエンジントルクTeを目標エンジントルクまで上昇する(S23,S24)。なお、エンジン9を点火した瞬間は、図5中の破線で示すように、点火に伴うエンジントルクTeの僅かな上昇が生じる場合もあるが、その分、モータトルクTmを減じるなどして、そのトルク上昇分を吸収し、車両にショックが生じることを防止してもよい。
【0093】
時点t5に向けてエンジントルクTeが上昇されていくと、モータ制御手段102は「モータトルク制御」を行って(S25)、モータトルクTmを要求トルクからエンジントルクを減算した値に制御し、つまり出力トルクToutが要求トルクTr通りとなるようにモータトルクTmを制御する。
【0094】
また、時点t4から時点t5までは、クラッチ制御手段103は「クラッチトルク制御」にあって(S26)、完全係合状態を維持し、変速制御手段101は、「変速制御」を行って(S27)、車速(実アウトプット回転数)に基づき入力軸回転数がエンジン始動目標回転数となるように変速比を維持する。
【0095】
以上のように、発生イナーシャトルク算出手段109によって算出される、エンジン始動時に発生するインプットイナーシャトルクTiの分だけEV走行モードの領域を広げて、従来のエンジン走行モードの領域に入る形でモータ2によるEV走行を行っても、モータ2の上乗せトルクTm−upとアップシフトに伴うインプットイナーシャトルクTiとによってエンジン9をエンジン始動目標回転数まで上昇して、エンジン9の始動を行うことができる。つまりインプットイナーシャトルクTiの分は、何ら問題なくEV走行モードの領域を広げてモータ2を用いてEV走行することができるようになる。
【0096】
[本実施の形態のまとめ]
以上説明したように、本ハイブリッド駆動装置1の制御装置100によると、モード選択手段106が、変速機構3の変速比及び入力軸6の回転数に応じて、EV走行モードを選択する領域(例えば図4の領域B)を変更するので、つまりエンジン9を始動する駆動トルクに充当できる分としての、エンジン9の始動時に変速機構3のアップシフトによって発生するインプットイナーシャトルクTiに応じて、EV走行モードを選択する領域を広げることができ、それによってエンジン9を始動するエンジン走行モードの領域Cを減少することができて、車両の燃費向上を図ることができる。
【0097】
また、モード選択手段106が、発生イナーシャトルク算出手段109により算出された発生可能なインプットイナーシャトルクTiの大きさに基づき、EV走行モードを選択する領域を変更するので、エンジン9の始動時に変速機構3のアップシフトによって発生するインプットイナーシャトルクTiに応じて、EV走行モードを選択する領域を広げることを可能とすることができる。
【0098】
さらに、モード選択手段106は、要求トルクTrが、モータ2が出力し得るモータ性能限界トルクTm−maxからエンジン始動制御手段105によりエンジン回転数Neを上昇させるためのエンジン始動必要トルクTst−enを減算した値と、発生イナーシャトルク算出手段109により算出された発生可能なインプットイナーシャトルクTiと、を加算した値未満である状態を、EV走行モードを選択する領域とするので、EV走行モードの領域を、エンジン9の始動が可能である範囲内で、かつ最大限の大きさまで広げることができる。
【0099】
また、変速機構3が無段変速機構であるので、アップシフト変速の変速速度(レシオ値)を適宜に制御することを可能とすることができ、適宜なインプットイナーシャトルクTiを発生させることを可能とすることができる。
【0100】
そして、無段変速機構がコーンリング式無段変速機構であるので、例えばベルト式無段変速機等に比してイナーシャトルクが大きくなる構造の変速機構であり、その比較的大きなイナーシャトルクを用いる分について、EV走行モードを選択する領域を広げることができるので、より大きな車両の燃費向上の効果を得ることができる。
【0101】
なお、以上説明した本実施の形態においては、変速機構3がコーンリング式無段変速機構であるものを説明したが、これに限らず、ベルト式無段変速機構やトロイダル式無段変速機構であってもよく、更には、有段式の自動変速機構であっても変速進行率等を調整するような形でイナーシャトルクを調整できるものであればよく、つまりアップシフト変速が制御可能な変速機構であれば、どのような変速機構であってもよい。
【0102】
また、本実施の形態においては、モータ2をエンジン9と変速機構3との間に1つ備えたハイブリッド駆動装置1を一例に説明したが、これに限らず、例えば出力軸24等に駆動連結された第2モータを備えたり、駆動車輪10にインホイールモータを備えたようなハイブリッド駆動装置であっても構わない。
【符号の説明】
【0103】
1 ハイブリッド駆動装置
2 モータ
3 変速機構、無段変速機構
4 クラッチ
6 入力部材(入力軸)
9 エンジン
10 駆動車輪
22 インプットコーン
23 アウトプットコーン
25 リング
39r,39l 出力部材(アスクル軸)
100 ハイブリッド駆動装置の制御装置(制御部)
101 変速制御手段
102 モータ制御手段
103 クラッチ制御手段
105 エンジン始動制御手段
106 モード選択手段
107 始動時アップシフト制御手段
108 要求トルク検出手段
109 発生イナーシャトルク算出手段
Tc トルク容量(クラッチトルク)
Ti イナーシャトルク
Tm モータの駆動トルク
Tm−max 限界トルク(モータ性能限界トルク)
Tst−en エンジン始動必要トルク
Tr 要求トルク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力部材と駆動車輪に駆動連結される出力部材との間の変速比を変速する変速機構を変速制御する変速制御手段と、
前記入力部材に駆動連結されるモータを駆動制御するモータ制御手段と、
エンジンと前記入力部材との間に介在するクラッチを係合制御するクラッチ制御手段と、
前記クラッチを解放して前記モータの駆動力を用いて走行する第1走行モードと、前記クラッチを係合して前記エンジンの駆動力を用いて走行する第2走行モードと、を選択するモード選択手段と、
前記モード選択手段による選択が前記第1走行モードから前記第2走行モードに変更された際に、前記クラッチ制御手段に指令して前記クラッチを係合制御しつつ該クラッチのトルク容量を上昇していくことで前記入力部材の回転に基づき前記エンジンの回転速度を上昇させ、前記エンジンの燃焼を開始させるエンジン始動制御手段と、
前記エンジン始動制御手段による前記クラッチの係合制御に合わせて、前記変速制御手段に指令して前記変速機構の変速比をアップシフト変速して前記入力部材の回転速度を低下させることで、前記変速機構にてイナーシャトルクを発生させる始動時アップシフト制御手段と、を備え、
前記モード選択手段は、前記変速機構の変速比及び前記入力部材の回転数に応じて、前記第1走行モードを選択する領域を変更する、
ことを特徴とするハイブリッド駆動装置の制御装置。
【請求項2】
前記変速機構の変速比及び前記入力部材の回転数から、前記始動時アップシフト制御手段の制御によって前記変速機構にて発生可能なイナーシャトルクを算出する発生イナーシャトルク算出手段を備え、
前記モード選択手段は、前記発生イナーシャトルク算出手段により算出された前記発生可能なイナーシャトルクの大きさに基づき、前記第1走行モードを選択する領域を変更する、
ことを特徴とする請求項1記載のハイブリッド駆動装置の制御装置。
【請求項3】
運転者の要求トルクを検出する要求トルク検出手段を備え、
前記モード選択手段は、前記要求トルクが、前記モータが出力し得る限界トルクから前記エンジン始動制御手段により前記エンジンの回転速度を上昇させるためのエンジン始動必要トルクを減算した値と、前記発生イナーシャトルク算出手段により算出された前記発生可能なイナーシャトルクと、を加算した値未満である状態を、前記第1走行モードを選択する領域とする、
ことを特徴とする請求項2記載のハイブリッド駆動装置の制御装置。
【請求項4】
前記変速機構は、無段変速機構からなる、
ことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか記載のハイブリッド駆動装置の制御装置。
【請求項5】
前記無段変速機構は、
前記入力部材に接続される円錐形状のインプットコーンと、
前記出力部材に接続されると共に該インプットコーンと平行な軸線上に配置されかつ大径側と小径側とが軸方向逆向きになるように配置された円錐形状のアウトプットコーンと、
前記インプットコーン又は前記アウトプットコーンを囲むように配置されかつ該インプットコーンと該アウトプットコーンが対向する傾斜面に挟持されるリングと、を有するコーンリング式無段変速機構からなる、
ことを特徴とする請求項4記載のハイブリッド駆動装置の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−228960(P2012−228960A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−98550(P2011−98550)
【出願日】平成23年4月26日(2011.4.26)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】