説明

ハイブリッド駆動装置の制御装置

【課題】運転者に違和感を感じさせずに、素早くエンジンを始動可能なハイブリッド駆動装置の制御装置を提供する。
【解決手段】ハイブリッド駆動装置1は、変速機構3と、入力軸6に駆動連結されるモータ2と、エンジン9と入力軸6との間に介在するクラッチ4とを備えており、EV走行中におけるエンジン始動時には、クラッチ4を係合してエンジン9の回転上昇を行う。ハイブリッド駆動装置1の制御装置100は、エンジン始動時に変速機構3をアップシフトしてイナーシャトルクを発生させる始動時アップシフト制御手段107と、クラッチトルク補正手段109とを備えており、クラッチトルク補正手段109は、始動時アップシフト制御手段107によるアップシフト時に、クラッチ4のトルク容量をイナーシャトルクに応じて増加補正し、エンジン9の回転数を素早く上昇させると共に、駆動車輪10へのイナーシャトルクの伝達を防止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば変速機構と、入力部材に駆動連結されたモータと、エンジンと入力部材との間に介在するクラッチとを制御するハイブリッド駆動装置の制御装置に係り、詳しくは、エンジンの始動時にクラッチを係合して該エンジンの回転上昇を行うハイブリッド駆動装置の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題の取り組み等から、車両の燃費向上を図ったハイブリッド駆動装置が種々開発されている。このようなハイブリッド駆動装置の中には、変速機構と、該変速機構の入力部材に駆動連結されたモータと、エンジンと該入力部材との間に介在するクラッチとを備えた、いわゆる1モータ・パラレル型のハイブリッド駆動装置が提案されている。
【0003】
上記1モータ・パラレル型のハイブリッド駆動装置は、クラッチを解放してエンジンを切離した状態で、モータによるEV走行を行うことを可能としており、例えばこのEV走行中においてエンジンの始動要求があった場合には、クラッチを滑らしながら係合して停止状態のエンジンの回転数を所定回転数(始動回転数)まで引き上げてからエンジンを始動させるようになっている。
【0004】
このように1モータ・パラレル型のハイブリッド駆動装置は、クラッチを滑らしながら係合してエンジンの回転数を引き上げるため、エンジンを始動する際には、入力部材の回転数とエンジンの始動回転数との回転数差を少なくすることが求められる。そこで、従来、入力部材の回転数がエンジンの始動回転数よりも高い状態でエンジンを始動させる場合、上記変速機構をアップシフト変速させて入力部材の回転数をエンジンの始動回転数に近づけるハイブリッド駆動装置が案出されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平2007−69789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上述した特許文献1記載のようなハイブリッド駆動装置において、エンジンを素早く始動させるためには、上記アップシフト変速をできるだけ早く終わらせて、入力部材の回転数をエンジンの始動回転数に近づける必要がある。
【0007】
ここで、上記アップシフト変速を早く終わらせる方法として変速速度を速めることが考えられるが、変速速度を早くすると、イナーシャトルクが急に発生し、このイナーシャトルクが車輪に伝達されて、運転者に違和感(押し出し感)を感じさせてしまうという問題があった。
【0008】
そこで本発明は、クラッチのトルク容量を、変速機構のアップシフト変速によって生じるイナーシャトルクに応じて増加補正することによって、上記課題を解決したハイブリッド駆動装置の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は(例えば、図1参照)、入力部材(6)と駆動車輪(10)に駆動連結される出力部材(39r,39l)との間の変速比を変速する変速機構(3)を変速制御する変速制御手段(101)と、
前記入力部材(6)に駆動連結されるモータ(2)を駆動制御するモータ制御手段(102)と、
エンジン(9)と前記入力部材(6)との間に介在するクラッチ(4)を係合制御するクラッチ制御手段(103)と、
車両走行中に前記クラッチ(4)を解放して前記エンジン(9)を停止している状態から、前記エンジン(9)の始動を判定するエンジン始動判定手段(105)と、
前記エンジン始動判定手段(105)により前記エンジン(9)の始動が判定された際に、前記クラッチ制御手段(103)に指令して前記クラッチ(4)を係合制御しつつ該クラッチ(4)のトルク容量(Tc)を上昇させることで前記入力部材(6)の回転に基づき前記エンジン(9)の回転数を上昇させ、前記エンジンの燃焼を開始させるエンジン始動制御を行うエンジン始動制御手段(105)と、
前記エンジン始動制御時(105)に、前記変速制御手段(101)に指令して前記変速機構(3)の変速比をアップシフト変速して前記入力部材(6)の回転数を低下させることで、イナーシャトルク(Ti)を発生させる始動時アップシフト制御手段(107)と、
前記始動時アップシフト制御手段(107)によって、前記変速機構(3)がアップシフト変速された際に、前記クラッチ(4)のトルク容量(Tc)を、前記イナーシャトルク(Ti)に応じて、増加補正するクラッチトルク補正手段(109)と、を備えた、ハイブリッド駆動装置(1)の制御装置(100)を特徴とする。
【0010】
また(例えば図5参照)、前記クラッチトルク補正手段(109)は、前記クラッチ(4)のトルク容量(Tc)を、前記モータ(2)により前記エンジン(9)を始動するために増加出力されるエンジン始動用モータトルク(Tmup)と、前記イナーシャトルク(Ti)と、を加算した値となるように、増加補正する、と好適である。
【0011】
更に(例えば図1及び図2参照)、前記変速機構(3)は、無段変速機構からなる、と好適である。
【0012】
また(例えば図1及び図2参照)、前記無段変速機構(3)は、
前記入力部材(6)に接続される円錐形状のインプットコーン(22)と、
前記出力部材(39r,39l)に接続されると共に該インプットコーン(22)と平行な軸線上に配置されかつ大径側と小径側とが軸方向逆向きになるように配置された円錐形状のアウトプットコーン(23)と、
前記インプットコーン(22)又は前記アウトプットコーン(23)を囲むように配置されかつ該インプットコーン(22)と該アウトプットコーン(23)が対向する傾斜面に挟持されるリング(25)と、を有するコーンリング式無段変速機構からなる、と好適である。
【0013】
なお、上記カッコ内の符号は、図面と対照するためのものであるが、これは、発明の理解を容易にするための便宜的なものであり、特許請求の範囲の構成に何等影響を及ぼすものではない。
【発明の効果】
【0014】
請求項1に係る発明によると、エンジン始動制御手段によってアップシフト変速が行われた際に、クラッチトルク補正手段によって、このアップシフト変速によって発生したイナーシャトルクに応じて、クラッチのトルク容量を増加補正する。これにより、発生したイナーシャトルクをクラッチトルクの増加分によって吸収することができ、駆動車輪にイナーシャトルクが伝達されることが防止され、運転操作にイナーシャトルクが与える影響を低減することができる。また、イナーシャトルクがクラッチトルクによって吸収されるため、変速機構によるアップシフト変速の変速速度を速くすることができる。更に、クラッチトルクが増加することによって、エンジンに伝達されるトルクが増加し、エンジン回転数を素早く上昇させることができることできるため、エンジンを素早く始動回転数まで上昇させることができる。即ち、エンジンを素早く始動させることができる。
【0015】
請求項2に係る発明によると、クラッチトルク補正手段は、モータによって増加出力されるエンジン始動用モータトルクと、変速機構のアップシフト変速によって生じるイナーシャトルクとを加算した値だけ、クラッチのトルク容量を増加させるため、車輪へのイナーシャトルクの伝達を防止しつつ、素早くエンジンを始動させることができる。
【0016】
請求項3に係る本発明によると、変速機構が無段変速機構であるので、アップシフト変速の変速速度を適宜に制御することを可能とすることができ、適宜なイナーシャトルクを発生させることを可能とすることができる。
【0017】
請求項4に係る本発明によると、無段変速機構がコーンリング式無段変速機構であるので、例えばベルト式無段変速機等に比してイナーシャトルクが大きくなる構造の変速機構であり、その比較的大きなイナーシャトルクによって、素早くエンジンの回転数を上昇させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態に係るハイブリッド駆動装置の制御装置の概略構成を示すブロック図。
【図2】本発明の実施の形態に係るハイブリッド駆動装置の構成を示すスケルトン図。
【図3】本発明の実施の形態に係るハイブリッド駆動装置の制御装置による制御を示すメインフローチャート。
【図4】変速処理の制御を示すサブフローチャート。
【図5】クラッチトルク算出処理の制御を示すサブフローチャート。
【図6】エンジン始動時における走行例を示すタイムチャート。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[ハイブリッド駆動装置の概略構成]
以下、本発明に係る実施の形態を図1乃至図6に沿って説明する。まず、本発明に係るハイブリッド駆動装置1を搭載した車両の駆動系を図1及び図2に沿って説明する。図1に示すように、ハイブリッド駆動装置1は、エンジン(E/G)9と駆動車輪10との間に介在するように配置されており、入力軸(入力部材)6とディファレンシャル装置5を介して駆動車輪10に駆動連結されるアスクル軸(出力部材)39r,39lとの間の変速比を変速する変速機構(T/M)3と、該入力軸6に駆動連結されるモータ・ジェネレータ(M/G)2と、エンジン9と入力軸6との間に介在するクラッチ4とを備えて構成されている。
【0020】
詳細には、図2に示すように、クラッチ4は、乾式単板クラッチからなり、エンジン出力軸54に連結されているクラッチディスク4a及び入力軸6にダンパスプリング55を介して連結されている出力側となるプレッシャプレート4bを有し、プレッシャプレート4bは、ダイヤフラムスプリング56により常時クラッチディスク4aに接続するように付勢されている。また、レリーズベアリング57が上記プレッシャプレート4bの中心部分に回転自在に当接しており、該ベアリング57がレリーズフォーク58により押圧されることにより、上記クラッチ4が切操作される。レリーズフォーク58は、ロッド53を介してウォームホイール50に連結されており、該ウォームホイール50には電動アクチュエータである電気モータA1の出力軸に連動されているウォーム52が噛合している。
【0021】
上記電気モータA1、ウォーム52、ウォームホイール50及びロッド53は、クラッチ操作部51を構成しており、上記電動アクチュエータ(電気モータ)A1に基づく該クラッチ操作部51の操作により上記クラッチ4を係合・解放操作すると共に、上記非可逆機構からなるウォーム52及びウォームホイール50が介在して、電気モータA1が停止した状態でのクラッチ4の操作位置(係合又は解放)に保持される。
【0022】
モータ・ジェネレータ(以下、単に「モータ」という)2は、ステータ(不図示)とモータ出力軸8に設けられたロータ(不図示)とを有し、モータ出力軸8は、両端部が不図示のケース部材にベアリングを介して回転自在に支持されている。モータ出力軸8の一方側には、歯車(ピニオン)からなる出力ギヤ16が形成されており、該出力ギヤ16はアイドラ歯車17を介して入力軸(入力部材)6に設けられた中間ギヤ19に噛合して、これら出力ギヤ16、アイドラ歯車17、及び中間ギヤ19によってモータ2と入力軸6とを駆動連結するギヤ伝動装置7を構成している。
【0023】
変速機構3は、いわゆる無段変速機構であるコーンリング式CVTからなり、入力軸6に接続されて入力側となる円錐形状のインプットコーン22と、出力側となる同じく円錐形状のアウトプットコーン23と、金属製のリング25とからなる。アウトプットコーン23は、インプットコーン22と平行な軸線上に配置されかつ大径側と小径側とが軸方向逆向きになるように配置されており、上記リング25が、これら両コーン22,23の対向する傾斜面に挟持されるようにかつ両コーンのいずれか一方(本実施の形態ではインプットコーン22)を取囲むように配置されている。
【0024】
両摩擦車の少なくとも一方には大きなスラスト力が作用しており、上記リング25は上記スラスト力に基づく比較的大きな挟圧力により挟持されている。具体的には、アウトプットコーン23と無段変速装置出力軸24との間には軸方向で対向する面にボールを介在した傾斜カム機構からなる軸力付与機構28が配設されており、該軸力付与機構28は、アウトプットコーン23に、伝達トルクに応じたスラスト力を付与し、該スラスト力に対抗する方向に支持されているインプットコーン22との間でリング25に大きな挟圧力を付与する。
【0025】
上記リング25は、例えば電動アクチュエータである電気モータA2によって軸方向に移動駆動されると共に該リング25を回転自在に支持する移動部材を備えた変速操作機構60によって、両コーン22,23に対する軸方向位置が位置制御され、それによって、両コーン22,23に対する接触半径を変更することで、両コーン22,23の間で変速比を変更する。
【0026】
そして、上記アウトプットコーン23に駆動連結された無段変速装置出力軸24にはギヤ(ピニオン)44が形成されており、該歯車44にはディファレンシャル装置5のデフリングギヤ41が噛合している。ディファレンシャル装置5は、該デフリングギヤ41に伝達された回転を、左右の差回転を吸収しつつ左右のアクスル軸39l,39rに出力し、それらアクスル軸39l,39rに駆動連結された左右の駆動車輪10に伝達する。
【0027】
[ハイブリッド駆動装置の制御装置について]
ついで、本発明に係るハイブリッド駆動装置1の制御装置100について図1、図3及び図4に沿って説明する。図1に示すように、本ハイブリッド駆動装置1の制御装置(制御部(ECU))100は、変速制御手段101、モータ制御手段102、クラッチ制御手段103、エンジン制御手段104、エンジン始動制御手段105、エンジン始動判定手段106、始動時アップシフト制御手段107、要求トルク検出手段108、クラッチトルク補正手段109などを備えている。
【0028】
また、制御装置100には、エンジン回転数Neを検出するエンジン回転数センサ91、入力軸6の回転数(モータ2の回転数)を検出する入力軸(モータ)回転数センサ92、アスクル軸39r,39l或いは無段変速装置出力軸24の回転数(即ち車速)を検出する出力軸回転数(車速)センサ93、不図示のアクセルペダルの踏込量(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサ94などが接続されている。
【0029】
なお、本実施の形態では、便宜的に、変速制御手段101、モータ制御手段102、クラッチ制御手段103、エンジン制御手段104などを同じ制御部(ECU)100内に備えたものとして説明しているが、各手段を2個以上の制御部(ECU)で相互に通信可能に構成してもよく、それぞれ個別の制御部(ECU)を備えているような形態であってもよい。
【0030】
上記変速制御手段101は、走行中にあって、例えば出力軸回転数センサ93により検出される車速とアクセル開度センサ94により検出されるアクセル開度(要求トルク検出手段108により検出される運転者の要求トルクTr)とに基づき、エンジン9における燃料消費やモータ2における電力消費が最適となるように(要求された駆動力を出力しつつ燃費が良好となるように)あらかじめ準備された不図示のマップ等を参照することで、随時最適な変速比を判定し、上記電気モータA2を駆動制御して変速機構3の変速比を変速制御する。
【0031】
上記モータ制御手段102は、モータ2の駆動力のみを用いて走行するEV走行中にあっては、要求トルク検出手段108により検出される運転者の要求トルクTrが駆動車輪10から出力されるようにモータ2の駆動トルク(以下、「モータトルク」という)Tmの大きさを制御し、また、エンジン9の駆動力を用いて走行するエンジン走行中にあっては、エンジン9の出力トルク(以下、「エンジントルク」という)TeとモータトルクTmとの合計が駆動車輪10から出力される要求トルクTrとなるように、モータトルクTmの大きさ(力行・回生を含む)を制御する。なお、モータ制御手段102は、モータ2を定電力制御することで、モータ回転数(変速機構3の変速比)に拘らず、駆動車輪10に出力するモータトルクTmの大きさを一定に制御し得る。
【0032】
上記クラッチ制御手段103は、上記EV走行中にあっては、上記電気モータA1を駆動制御してクラッチ4を解放するように制御し、上記エンジン走行中にあっては、上記電気モータA1を駆動制御してクラッチ4を係合するように制御する。また、詳しくは後述するように、エンジン9の始動時には、クラッチ4をスリップ制御して該クラッチ4の伝達トルク容量(以下、「クラッチトルク」)Tcを制御し、エンジン回転数Ne(エンジン9の回転速度)を上昇させるように制御する。なお、本ハイブリッド駆動装置1にあって後進走行する場合には、クラッチ4は解放制御して、モータ2を逆転回転させることで駆動車輪10の後進回転を達成する。
【0033】
上記エンジン制御手段104は、エンジン走行中にあって、エンジン9におけるスロットル開度や燃料噴射量の制御などを行って、エンジントルクTeやエンジン回転数Neを自在に制御する。また、エンジン制御手段104は、詳しくは後述するエンジン始動時にあって、エンジン始動制御手段105からの指令に基づきエンジン9の点火制御を行う。
【0034】
上記エンジン始動判定手段106は、クラッチ4を解放してエンジン9を停止している状態のEV走行中(車両走行中)にあって、要求トルク検出手段108により検出される運転者の要求トルクTr(つまりアクセル開度)が、例えば不図示のマップ等により参照されるモータ2により走行可能なEV走行可能領域を超えた場合に、エンジン9の駆動力が必要と判断し、エンジン始動を判定する。
【0035】
上記エンジン始動制御手段105は、エンジン始動判定手段106によりエンジン9の始動が判定された際に、クラッチ制御手段103に指令してクラッチ4を係合制御しつつ該クラッチ4のトルク容量を上昇していくことで入力軸6の回転に基づきエンジン回転数Neを上昇させ、エンジン制御手段104に指令してエンジン9の燃焼(点火)を開始させるエンジン始動制御を行う。
【0036】
上記始動時アップシフト制御手段107は、詳しくは後述するように、上記エンジン始動制御時に、変速制御手段101に指令して変速機構3の変速比をアップシフト変速して入力軸6の回転数を低下させることで、ハイブリッド駆動装置1の入力側の回転部材(即ちインプットコーン22、入力軸6、ギヤ伝動装置7、モータ出力軸8、及びモータ2のロータなど)にてイナーシャトルクTiを発生させる。
【0037】
上記クラッチトルク補正手段109は、始動時アップシフト制御手段によって、変速機構3がアップシフト変速された際に、クラッチトルク(トルク容量)Tcを、上記イナーシャトルクに応じて、増加補正する。
【0038】
[エンジン始動時のアップシフト制御について]
ついで、上記制御装置100によるエンジン始動時の制御について、図1を参照しつつ図3乃至図5のフローチャートに沿って詳細に説明する。なお、図3において、図中左方側の「A」は図中右方側の「A」に、図中左方側の「B」は図中右方側の「B」に、それぞれ接続されているものとする。
【0039】
図3に示すように、例えば車両走行が開始された状態、特にEV走行状態にあっては、本エンジン始動時制御が開始され(S1)、エンジン始動判定手段106がエンジン9の始動を判定していない場合は、該エンジン始動判定手段106からエンジン始動要求フラグが出力されないので(フラグOFFであるので)(S2のNO)、そのままリターンして(S18)、エンジン始動判定手段106によりエンジン始動が判定されるまで待機する。
【0040】
上述のように、要求トルク検出手段108により検出される運転者の要求トルクTrが、モータ2により走行可能なEV走行可能領域を超えると、エンジン始動判定手段106によりエンジン始動が判定され、該エンジン始動判定手段106はエンジン始動要求をONし(S2のYES)、ステップS3に進む。
【0041】
{エンジン回転上昇フェーズ}
ステップS3に進むと、エンジン始動制御手段105は、入力軸6の回転数(インプット回転数Nin)とエンジン回転数Neとの差回転が所定の係合判定差回転数(クラッチ4が略々係合状態にあると判定できる回転数)より小さいか否かを判定し、ここではエンジン9が停止したEV走行状態であるので、インプット回転数Ninとエンジン回転数Neとの差回転が上記係合判定差回転より大きい(クラッチ4が解放状態にあって差回転が大きい)ので(S3のNO)、「エンジン回転上昇フェーズ」に入り、モータ制御手段102によりモータトルクTmを制御する「モータトルク制御」(S4)に進む。
【0042】
「モータトルク制御」に進むと、モータ制御手段102は、モータトルクTmを、要求トルク検出手段108により検出される要求トルクTrに、エンジン9を始動するために増加出力されるエンジン始動用モータトルクTmupを加算した値に設定し、モータ2に対して該設定したモータトルクTmを出力するように指令する。なお、上記モータ2は、少なくともEV走行時においては、常にこのエンジン始動用モータトルクTmupを出力するができる範囲内(EV走行可能領域)で走行するように設定されている。
【0043】
上記「モータトルク制御」に続いて、変速制御手段101により変速機構3の変速比を制御する「変速制御」が行われる。図4に示すように、「変速制御」が開始されると(S5−1)、変速制御手段101によって、入力軸6の回転数(インプット回転数Nin)が、エンジン始動目標回転数になるように、任意の変速速度で変速機構3が変速させられる(S5−2)。
【0044】
具体的には、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数よりも小さい場合は、これ以上アップシフトしてしまうと、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数よりも低くなって、クラッチ4を係合した際に、エンジン9が低回転となってエンジン始動が困難となるので、アップシフトは行わず、任意の速度でインプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数となるように、所定の変速比の指令値(レシオ指令値)を設定する。なお、この場合、インプット回転数Ninの大きさによっては、ダウンシフトすることもある。
【0045】
一方、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数よりも大きい場合は、始動時アップシフト制御手段107によって、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数になるまでアップシフトが可能であればアップシフト変速するようにレシオ指令値(例えば、エンジン始動目標回転数を上記出力軸回転数センサ93により検出される実アウトプット回転数で除算した値)が設定される。
【0046】
そして、上記レシオ指令値が設定されると、このレシオ指令値を変速制御手段101によって電気モータA2に指令する形で変速機構3に指令し、所定の変速速度で変速機構3を変速させる。
【0047】
また、始動時アップシフト制御手段107は、この時、所定の制御周期(ステップ5−2が繰り返される周期)Δt後のインプット回転数NinPを算出し、この算出したインプット回転数NinPから現在のインプット回転数Ninを減算した値を、制御周期Δtで除算することによって、インプット角加速度αinを求める(S5−3)。
【0048】
上記「変速制御」に続いて、クラッチ制御手段103によりクラッチ4のクラッチトルクTcを制御する「クラッチトルク制御」(S100)が行われる(図3参照)。図5に示すように、「クラッチトルク制御」に進むと(S100−1)、まずクラッチトルク補正手段109は、インプット回転数Ninが、エンジン始動目標回転数よりも大きいか否かを判定する(S100−2)。
【0049】
この時、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数よりも小さい場合は(S100−2のNo)、これ以上アップシフトしてしまうと、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数よりも低くなって、クラッチ4を係合した際に、エンジン9が低回転となってエンジン始動が困難となるので、クラッチトルク補正手段109は、アップシフト変速はできないと、クラッチトルク補正手段109は判断する。そして、クラッチトルクTcの値は、エンジン始動のためにモータ2が要求トルクTrに上乗せして出力するエンジン始動用モータトルクTmupの値と同じに、クラッチトルク補正手段109によって補正されずに、エンジン始動制御手段105によって設定される(S100−4)。
【0050】
このように、エンジン始動用モータトルクTmupと同じ値にクラッチトルクTcが設定されると、クラッチ制御手段103は、電気モータA1に指令して、モータ2のエンジン始動用モータトルクTmupの出力に合わせてクラッチトルクTcを上昇させ、クラッチ4をスリップ係合させる。これにより、クラッチトルクTcがエンジン9のフリクショントルクよりも大きくなるので、徐々にエンジン回転数Neが入力軸6の回転によって上昇されることになる。
【0051】
一方、インプット回転数Ninが、エンジン始動目標回転数よりも大きい場合(S100−2のYES)、クラッチトルク補正手段109は、変速機構3がアップシフト変速されてイナーシャトルクTiが発生すると判断し、エンジン始動制御手段105によって設定されるクラッチトルクTcの設定値を増加補正する(S100−3)。
【0052】
具体的には、クラッチトルク補正手段109は、上記エンジン始動用モータトルクTmupと、変速機構3のアップシフト変速によって発生したイナーシャトルクTiと、を加算した値にクラッチトルクTcが設定されるように、その値を増加補正する。なお、このイナーシャトルクTiは、モータ2のロータにて生じるモータイナーシャImと、インプットコーン22にて生じるインプットコーンイナーシャIicとを加算したインプットイナーシャIiに、上述した変速制御において求めたインプット加速度αinを乗算することによって算出される。
【0053】
このように、エンジン始動用モータトルクTmupにイナーシャトルクTiが上乗せされた値に、クラッチトルクTcが設定されると、クラッチ制御手段103は、電気モータA1に指令して、変速機構3のアップシフト変速に合わせてクラッチトルクTcを上昇させ、クラッチ4をスリップ係合制御する。これにより、イナーシャトルクTiが上乗せされた分だけクラッチトルクTcが大きくなり、エンジン9に伝達されるトルクも大きくなるため、エンジン回転数Neが素早く上昇する。
【0054】
また、発生したイナーシャトルクTiは、上記クラッチトルクTcの増加分によって吸収されるため、入力軸6及び変速機構3を介して、駆動車輪10に伝達されることはなく、駆動車輪10に駆動連結されるアスクル軸(出力部材)39r,39lの回転数は、要求トルクTrに応じた回転数に保持される。
【0055】
以上の制御を、インプット回転数Ninとエンジン回転数Neとの差回転が所定の係合判定差回転数より小さくなるまで(つまりクラッチ4の差回転が略々無くなって係合状態となるまで)繰り返すことで(即ち図3のS1,S2のYES、S3のNO、S4,S5,S100,S18)、アップシフト変速によって発生したイナーシャトルクTiを、クラッチトルクTcを増加補正する形で吸収することができるので、駆動車輪10にイナーシャトルクTiが伝達されず、要求トルクTr通りの出力トルクToutが出力され、押出し感が生じることが防止される。
【0056】
{クラッチ完全係合フェーズ}
図3に示すように、上記ステップS3において、インプット回転数Ninとエンジン回転数Neとの差回転が所定の係合判定差回転数より小さくなったことを判定すると(S3のYES)、ステップS4に進み、クラッチトルクTcがクラッチ完全係合トルクであるか否かが判定され、ここでは、上記ステップS4においてクラッチトルクTcがエンジン始動用モータトルクTmupもしくは、このエンジン始動用クラッチトルクTmupにイナーシャトルクTiが上乗せされた値に制御されており、クラッチ完全係合トルクまで上昇されていないので、「クラッチ完全係合フェーズ」に入り(S6のNo)、クラッチ制御手段103によりクラッチ4のクラッチトルクTcを上昇して完全係合に制御する「クラッチトルク制御」(S8,S9)に進む。
【0057】
「クラッチトルク制御」に進むと、エンジン始動制御手段105は、クラッチトルクTcの大きさをクラッチ4が完全係合となるクラッチ完全係合トルクに設定し(S8)、該設定されたクラッチトルクTcの大きさに上昇するまでのクラッチトルクレート(クラッチトルクの上昇率)をクラッチ完全係合トルクレートに設定する(S9)。このようにクラッチトルクレートが設定されると、クラッチ制御手段103は、電気モータA1に指令して該設定されたクラッチトルクレートでクラッチトルクTcが上昇するようにクラッチ4を係合していき、完全係合状態に制御する。これにより、エンジン9が変速機構3に対して完全に駆動連結され、エンジン走行可能な状態となる。
【0058】
上記「クラッチトルク制御」に続いて、モータ制御手段102によりモータトルクTmを制御する「モータトルク制御」(S10)が行われる。即ち、この状態では、エンジン回転数を上昇させるトルクが生じないので、モータトルクTmによってEV走行が可能となればよいので、モータ制御手段102は、モータトルクTmを、要求トルク検出手段108により検出される要求トルクTrに設定し、モータ2に対して該設定したモータトルクTmを出力するように指令する。
【0059】
上記「モータトルク制御」に続いて、始動時アップシフト制御手段107が変速制御手段101に指令することにより変速機構3の変速比を制御する「変速制御」が行われる。即ち、この「変速制御」においては、インプット回転数Ninがエンジン始動目標回転数となるように任意の変速速度で変速制御される(図4のS5−2)。
【0060】
以上の制御を、クラッチ4の完全係合が終わるまで(電気モータA1を係合側の最端位置に移動駆動する)まで繰り返すことで(即ち図3のS1,S2のYES、S3のYES、S6のNO,S8,S9,S10,S5,S18)、クラッチ4を完全係合させてエンジン回転数を始動回転数まで引き上げることが出来る。
【0061】
また、上記「エンジン回転フェーズ」において、アップシフト変速され、このアップシフト変速中のクラッチトルクTcがイナーシャトルクTi分だけ上乗せされることによって、エンジン回転数Neが素早く上昇したため、「エンジン回転上昇フェーズ」を短くして、早く「クラッチ完全係合フェーズ」に移行してくるため、クラッチ4を完全係合させるまでの時間を短くすることができる。更に、上述したように、アップシフト変速によって生じたイナーシャトルクTiは、クラッチトルクTcの増加によって吸収され、駆動車輪10に伝達されないため、アップシフト変速の変速速度(変速レート)は、出来るだけ早く設定されることも、上記「エンジン回転上昇フェーズ」の短縮に寄与する。
【0062】
即ち、「エンジン回転フェーズ」が短縮されて「クラッチ完全係合フェーズ」が終了するまでの時間を短くすることができるため、後述する「エンジン始動フェーズ」へ移行するまでの時間が短くなり、エンジン9を素早く始動させることができる。
【0063】
{エンジン始動フェーズ}
図3に示すように、上記ステップS6において、前回の制御ルーチンにおけるステップS8で指令したクラッチトルクTcがクラッチ完全係合トルクとなると(S6のYES)、ステップS11に進み、エンジン9が始動しているか(点火しているか)否かが判定され、ここでは、クラッチ4が完全係合された状態であって、エンジン9が始動されていないので、「エンジン始動フェーズ」に入り、エンジン始動制御手段105によりエンジン9を点火して始動する「エンジン点火制御」(S12,S13,S14)に進む。
【0064】
「エンジン点火制御」に進むと、エンジン始動制御手段105は、まず、エンジン点火フラグをONし(S12)、エンジントルクTeを目標エンジントルクに設定する(S13)。続いて、エンジントルクレート(エンジントルクTeの上昇率)を、上記エンジントルクTeが目標エンジントルクに上昇するように、所定の上昇率であるエンジントルク上昇レートに設定し(S14)、これを受けてエンジン制御手段104は、エンジン9が該エンジントルク上昇レートでエンジントルクTeが上昇するように、エンジン9の例えばスロットル開度や燃料噴射量等を調節する。
【0065】
上記「エンジン点火制御」に続いて、モータ制御手段102によりモータトルクTmを制御する「モータトルク制御」(S15)が行われる。即ち、この状態では、運転者の要求トルクTrが例えば一定であるのに、エンジントルクTeが上昇していくので、それに合わせてモータトルクTmを設定する必要があり、つまり要求トルクTrからエンジントルクTeを減算した値をモータトルクTmとして設定し、モータ2に対して該設定したモータトルクTmを出力するように指令する。
【0066】
上記「モータトルク制御」に続いて、クラッチ制御手段103によりクラッチトルクTcを制御する「クラッチトルク制御」が行われる。即ち、この「クラッチトルク制御」においては、上述したステップS8,S9で上昇して完全係合状態にしたクラッチトルクTcの値がそのまま維持され、そのままクラッチ4が完全係合状態となるように制御される(S16)。
【0067】
上記「クラッチトルク制御」に続いて、変速制御手段101により変速機構3の変速比を制御する「変速制御」が行われる(S5)。即ち、この「変速制御」においては、エンジン9をエンジン始動目標回転数に維持するため、エンジン始動目標回転数を上記出力軸回転数センサ93により検出される実アウトプット回転数で除算した値を、次に変速機構3に指令すべきレシオ指令値として算出し、変速制御手段101から変速機構3に指令して、つまり入力軸6の回転数が車速に応じてエンジン始動目標回転数となるように変速制御される。
【0068】
以上の制御を、エンジン9の点火(始動)が終わるまで(目標エンジントルクが出力される)まで繰り返すことで(即ち図3のS1,S2のYES、S3のYES、S6のYES,S11のNO,S12,S13,S14,S15,S16,S17,S18)、運転者の要求トルクTrを出力する駆動源として、徐々にモータ2からエンジン9に切換り、エンジントルクTeによって要求トルクTrが出力されるようになり、つまりEV走行からエンジン走行に切換えられていく。
【0069】
その後は、ステップS11においてエンジン9の始動が判定され(S11のYES)、エンジン始動判定手段106おけるエンジン始動要求フラグがOFFされ、ステップS2においてエンジン始動要求フラグのONが検出されなくなり(S2のNO)、つまりEV走行からエンジン走行に完全に切換えられた状態となる。
【0070】
[エンジン始動時における走行例]
ついで、エンジン始動時における走行例を、図1乃至図5を参照しつつ図6のタイムチャートに沿って説明する。
【0071】
例えば運転者がアクセル開度を一定に踏み込んだEV走行中にあって、要求トルク検出手段108により一定の要求トルクTrが検出されている状態では、モータ制御手段102によりモータ2が制御されて該要求トルクTrに応じてモータトルクTmが出力されるため、車両が加速して車速が上昇していくと共に、インプット回転数(入力軸回転数)Nin(モータ回転数Nm)も上昇していく。
【0072】
時点t1において、所定の車速に到達すると、エンジン始動判定手段106がモータ2の出力限界に基づきエンジン9の始動を判定し、エンジン始動要求フラグをONにする(S2のYES)。すると、エンジン始動制御手段105は、インプット回転数Ninとエンジン回転数Neとの差回転数が、クラッチ4を係合させられるか否かを判定する係合判定差回転数よりも大きいので(S3のNO)、「エンジン回転上昇フェーズ」を開始する。
【0073】
すると、モータ制御手段102は、「モータトルク制御」を行って(S4)、要求トルクTrに基づき出力していたモータトルクTmに加えて、エンジン始動用モータトルクTmupを出力する。また、変速制御手段101によって「変速制御」が行われる(S5)。この時、入力軸6の回転数はエンジン目標回転数よりも大きいので、始動時アップシフト制御手段107によって、変速機構3が任意の変速速度で、入力軸6がエンジン始動目標回転数になることを目指して、アップシフト変速される。
【0074】
一方、クラッチトルク補正手段109は、上記エンジン始動用モータトルクTmupだけではなく、変速機構3のアップシフト変速によって入力軸6にイナーシャトルクTiが生じることを検出し、「クラッチトルク制御」(S100)において、イナーシャトルクTiを算出すると共に、クラッチトルクTcを、エンジン始動用モータトルクTmupに相当する第1クラッチトルクTc1に、算出したイナーシャトルクTiに相当する第2クラッチトルクTc2を加算した値に、増加補正する。
【0075】
また、クラッチトルク補正手段109は、時点t2において、上記始動時アップシフト制御手段によるアップシフト変速の終わりを検出すると、クラッチトルクTcの増加補正を解除し、クラッチトルクTcは、エンジン始動制御手段105によって第1クラッチトルクTc1に設定される。
【0076】
そのため、上記「モータトルク制御」及び「変速制御」によって生じたエンジン始動用モータトルクTmup及びイナーシャトルクTiは、クラッチトルクTcによって吸収され、エンジン回転フェーズにおける駆動車輪10に駆動連結されている無段変速装置出力軸24の回転数Noutは、運転者からの駆動要求に応じた値に維持される。
【0077】
また、上記アップシフト変速中(時点t1〜t2)は、アップシフト変速終了後(時点t2〜t3)に比して、クラッチトルクTcがイナーシャトルクTiに対応した第2クラッチトルクTc2分だけ増加補正されているため、エンジン回転数Neは、アップシフト変速中の方がアップシフト変速終了後よりも早い率で上昇する。即ち、アップシフト変速中のエンジン回転数上昇レートm1の方が、アップシフト変速後のエンジン回転数上昇レートm2よりも大きくなる(m1>m2)。
【0078】
時点t3において、インプット回転数Ninとエンジン回転数Neとの差回転数が係合判定差回転数よりも小さくなると(S3のYES)、つまりクラッチ4の差回転数が小さくなって略々係合状態となっているので、「クラッチ完全係合フェーズ」を開始する。
【0079】
すると、クラッチ制御手段103は「クラッチトルク制御」を行って(S8,S9)、クラッチトルクTcが完全係合状態となるクラッチ完全係合トルクとなるようにクラッチ4の係合を強めていき、続けてモータ制御手段102が「モータトルク制御」を行って(S10)、要求トルクTrに基づいたモータトルクTmを出力する(Tm=Tmq)。この際は、エンジン回転数Neがエンジン始動目標回転数に到達しており、エンジン回転数Neを上昇するためのエンジン始動用モータトルクtmupが不要となる。
【0080】
時点t4において、クラッチトルクの前回の指令値(S8における指令値)がクラッチ完全係合トルクとなると(S6のYES)、つまりクラッチ4が完全係合状態となっているので、「エンジン始動フェーズ」を開始する。すると、エンジン制御手段104が「エンジン点火制御」を行って、エンジン9を点火し(S12)、時点t5までにエンジントルクTeを目標エンジントルクまで上昇する(S13,S14)。
【0081】
時点t5に向けてエンジントルクTeが上昇されていくと、モータ制御手段102は「モータトルク制御」を行って(S15)、モータトルクTmを要求トルクからエンジントルクを減算した値に制御し、つまり出力トルクToutが要求トルクTr通りとなるようにモータトルクTmを制御する。
【0082】
なお、この間も、クラッチ制御手段103は「クラッチトルク制御」にあって(S16)、完全係合状態を維持し、変速制御手段101は、「変速制御」を行って(S17)、車速(実アウトプット回転数)に基づき入力軸回転数がエンジン始動目標回転数となるように変速比を維持する。
【0083】
[本実施の形態のまとめ]
以上説明したように、本ハイブリッド駆動装置1の制御装置100によると、エンジン始動制御手段105によってアップシフト変速が行われた際に、クラッチトルク補正手段109によって、このアップシフト変速によって発生したイナーシャトルクTiに応じて、クラッチ4のトルク容量Tcを増加補正する。これにより、発生したイナーシャトルクTiをクラッチトルクTcの増加分によって吸収することができ、駆動車輪10にイナーシャトルクTiが伝達されることが防止され、運転操作にイナーシャトルクが与える影響を低減することができる。また、イナーシャトルクTiがクラッチトルクTcによって吸収されるため、変速機構3によるアップシフト変速の変速速度を速くすることができる。更に、クラッチトルクTcが増加することによって、エンジン9に伝達されるトルクが増加し、エンジン回転数Neを素早く上昇させることができることできるため、エンジン9を素早く始動回転数まで上昇させることができる。即ち、エンジン9を素早く始動させることができる。
【0084】
更に、変速機構3がいわゆる無段変速機構であるので、アップシフト変速の変速速度を適宜に制御することを可能とすることができ、適宜なイナーシャトルクを発生させることを可能とすることができる。特に、この無段変速機構がコーンリング式無段変速機構であるので、イナーシャトルクTiが大きくなる構造の変速機構であり、その比較的大きなイナーシャトルクTiによって、素早くエンジン9の回転数を上昇させることができる。
【0085】
なお、以上説明した本実施の形態において、イナーシャトルクTiを算出する際に、発生するイナーシャがインプットコーン22やモータ2のロータに比して小さい為、入力軸6や、ギヤ伝動装置7などの他のハイブリッド駆動装置1の入力側の回転部材に生じるイナーシャは近似しているが、これらの回転部材に生じるイナーシャを含めてイナーシャトルクを算出しても良い。
【0086】
また、変速処理時(S5―2)における入力軸6の目標回転数は、エンジン始動目標回転数から所定値だけ増減させたエンジン始動インプット回転数としても良い。更に、クラッチトルク算出処理時において、アップシフト変速可能であるか否かを判断するのに、インプット回転数Ninのエンジン始動目標回転数との大小を比較せず、始動時アップシフト変速手段からのアップシフト信号などによって判断しても良い。
【0087】
また、クラッチトルク補正手段109は、ダウンシフト変速時は、ダウンシフト変速hによって生じた負のイナーシャトルクに応じて、クラッチ4のトルク容量Tcを減縮補正しても良い。
【0088】
更に、本実施の形態において、変速機構3がコーンリング式無段変速機構であるものを説明したが、これに限らず、ベルト式無段変速機構やトロイダル式無段変速機構であってもよく、更には、有段式の自動変速機構であっても変速進行率等を調整するような形でイナーシャトルクを調整できるものであればよく、つまりアップシフト変速が制御可能な変速機構であれば、どのような変速機構であってもよい。
【0089】
また、本実施の形態においては、モータ2をエンジン9と変速機構3との間に1つ備えたハイブリッド駆動装置1を一例に説明したが、これに限らず、例えば出力軸24等に駆動連結された第2モータを備えたり、駆動車輪10にインホイールモータを備えたようなハイブリッド駆動装置であっても構わない。
【符号の説明】
【0090】
1 ハイブリッド駆動装置
2 モータ
3 変速機構
4 クラッチ
6 入力部材(入力軸)
9 エンジン
10 駆動車輪
22 インプットコーン
23 アウトプットコーン
39r,39l 出力部材(アスクル軸)
100 ハイブリッド駆動装置の制御装置(制御部)
101 変速制御手段
102 モータ制御手段
103 クラッチ制御手段
105 エンジン始動制御手段
106 エンジン始動判定手段
107 始動時アップシフト制御手段
109 クラッチトルク補正手段
Tc トルク容量(クラッチトルク)
Ti イナーシャトルク
Tmup エンジン始動用モータトルク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力部材と駆動車輪に駆動連結される出力部材との間の変速比を変速する変速機構を変速制御する変速制御手段と、
前記入力部材に駆動連結されるモータを駆動制御するモータ制御手段と、
エンジンと前記入力部材との間に介在するクラッチを係合制御するクラッチ制御手段と、
車両走行中に前記クラッチを解放して前記エンジンを停止している状態から、前記エンジンの始動を判定するエンジン始動判定手段と、
前記エンジン始動判定手段により前記エンジンの始動が判定された際に、前記クラッチ制御手段に指令して前記クラッチを係合制御しつつ該クラッチのトルク容量を上昇させることで前記入力部材の回転に基づき前記エンジンの回転数を上昇させ、前記エンジンの燃焼を開始させるエンジン始動制御を行うエンジン始動制御手段と、
前記エンジン始動制御時に、前記変速制御手段に指令して前記変速機構の変速比をアップシフト変速して前記入力部材の回転数を低下させることで、イナーシャトルクを発生させる始動時アップシフト制御手段と、
前記始動時アップシフト制御手段によって、前記変速機構がアップシフト変速された際に、前記クラッチのトルク容量を、前記イナーシャトルクに応じて、増加補正するクラッチトルク補正手段と、を備えた、
ことを特徴とするハイブリッド駆動装置の制御装置。
【請求項2】
前記クラッチトルク補正手段は、前記クラッチのトルク容量を、前記モータにより前記エンジンを始動するために増加出力されるエンジン始動用モータトルクと、前記イナーシャトルクと、を加算した値となるように、増加補正する、
請求項1記載のハイブリッド駆動装置の制御装置。
【請求項3】
前記変速機構は、無段変速機構からなる、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のハイブリッド駆動装置の制御装置。
【請求項4】
前記無段変速機構は、
前記入力部材に接続される円錐形状のインプットコーンと、
前記出力部材に接続されると共に該インプットコーンと平行な軸線上に配置されかつ大径側と小径側とが軸方向逆向きになるように配置された円錐形状のアウトプットコーンと、
前記インプットコーン又は前記アウトプットコーンを囲むように配置されかつ該インプットコーンと該アウトプットコーンが対向する傾斜面に挟持されるリングと、を有するコーンリング式無段変速機構からなる、
ことを特徴とする請求項3記載のハイブリッド駆動装置の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−228961(P2012−228961A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−98551(P2011−98551)
【出願日】平成23年4月26日(2011.4.26)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】