説明

バイオフィルム形成阻害剤及び治療用器具

【課題】 大腸菌を含むあらゆる細菌の死滅、細菌の増殖を抑制することによってバイオフィルム形成を効果的かつ永続的に阻害することができる胆管ステント等の治療用器具及びその治療用器具にコーティングするのに適したステント形成阻害剤を提供する。
【解決手段】 バイオフィルム形成阻害に有効な量のカテキン類と、前記カテキンを生体内に留置される治療用器具に付着させるのに適した担体とを有することを特徴とするバイオフィルム形成阻害剤が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオフィルム形成阻害剤及びそれを適用してなる治療用器具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
進行膵癌・胆管癌は、診断及び治療が非常に困難な、いわゆる難治癌として知られている。すなわち、膵臓及び胆管は、胃・十二指腸・小腸・大腸・肝臓・胆嚢・脾臓等の他の臓器に囲まれているために癌の発見が困難であり、また、早い段階では癌に特徴的な症状が見出せない。このため、早期発見が難しく、癌であると診断された際にはすでに手遅れということも多い。
【0003】
一方、これらの癌に比較的関連した症状として、閉塞性黄疸(体が黄色になる症状)がある。これは、肝臓から十二指腸に至る膵臓頭部中の胆管(肝臓で作られた胆汁を消化管に排出する管)が癌によって閉塞してしまい胆汁の排泄が行われなくなることが原因で起こるものである。一般に、進行膵癌・胆管癌の治療の第一段階はこの閉塞性黄疸を改善することであるとされている。
【0004】
この閉塞性黄疸を改善するための手段として、胆管ステントが用いられている。この胆管ステントは筒状のプラスチックまたは金属(ステント)であり、十二指腸乳頭を経由して内視鏡的に胆管内に留置することで、胆管の細くなった部位を拡げて胆汁を流すことができる。
【0005】
しかしながら、この胆管ステントの胆汁流出部は十二指腸内に露出しているため、十二指腸液がステント内腔に逆流するということがある。その結果、この十二指腸液に含まれる種々の腸内細菌(大腸菌など)がステント内腔の表面に付着して増殖し、菌体外物質(ポリサッカライド)を産生しながら複雑な立体構造を構築することでいわゆるバイオフィルムが形成される。バイオフィルムが形成されると、その表面に胆石(ビリルビンカルシウム結石が主成分であり、その生成には細菌の産生する酵素や炎症に伴う活性酸素が関与している)が沈着してしまい内腔の閉塞をきたす。
【0006】
このバイオフィルム形成のため胆管ステント内腔は術後約3ヶ月で閉塞してしまい、新しい胆管ステントとの交換が必要となる。しかし例えば膵癌患者の平均余命は6ヶ月程しかないため、度重なる手術は患者のQOL(Quality of life)を著しく低下させるだけでなく、経済的な負担も大きい。
【0007】
さらに生体表面に形成されたバイオフィルムは、慢性気管支炎や慢性骨髄炎等の感染症をも引き起こす可能性がある。また、人工基材表面、例えば心臓の人工弁、人工関節、尿道カテーテル等にバイオフィルムが形成されると、敗血症を合併して最悪、死に至ることもある。
【0008】
現在、胆管ステント内のバイオフィルム形成を防止するため、各種抗生剤が使用(局所投与、血中投与)されている(Is prophylactic ciprofloxacin effective in delaying biliary stent blockage?,Gastrointest Endosc 52:175〜182)。しかし抗生剤の長期投与によって耐性菌が出現する可能性が高く、投与期間はせいぜい1週間程度である。一度バイオフィルムが形成されると、薬剤に対して強い抵抗性を示すため、有効な薬剤がないのが現状である
【0009】
さらにステント表面への細菌の付着を抑制するために、動物細胞の接着が少ないとされている高親水性表面のポリマー(商品名Hydromer)によるコーティングや高疎水性表面を有するフッ素系ポリマー(PFA;perfluoroalkoxy PTFE)による胆管ステントも開発されている。しかし、これらの素材は細菌の増殖を抑制できない。このため、表面にわずかに付着した増殖能の高い細菌(大腸菌の倍加時間は30分)が付着していると、その増殖を防ぐことができず、バイオフィルムの形成を阻害することはできない。
【0010】
また細菌の増殖を抑制するために、抗生剤や銀イオンを用いた薬剤徐放性ポリマーも開発されており、実験レベルでは有効性が示されている。しかし生体への毒性や影響が問題となり人体への実用化には至っていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述したように、従来、胆管ステントの内面にバイオフィルムが形成されてしまうことを防止するために抗生剤の投与やフッ素ポリマーをコーティングすることが行われてきたが、いずれも効果や安全面の点で実用的ではないということがあった。
【0012】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、大腸菌を含むあらゆる細菌の死滅、細菌の増殖を抑制することによってバイオフィルム形成を効果的かつ永続的に阻害することができる胆管ステント等の治療用器具及びその治療用器具にコーティングするのに適したステント形成阻害剤を提供することを目的とする。
【0013】
また、本発明の他の目的は、生体に対して安全かつ効率的な胆管ステント等の治療用器具及びその治療用器具にコーティングするのに適したステント形成阻害剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その第1の観点によれば、バイオフィルム形成阻害に有効な量のカテキン類と、前記カテキンを生体内に留置される治療用器具に付着させるのに適した担体とを含むことを特徴とするバイオフィルム形成阻害剤が提供される。
【0015】
カテキンは、緑茶の味(渋み)の主力成分「ポリフェノール」の一種であり、抗菌作用(Yoda Y.et al.,J Infect Chemother.2004 10(1):55〜58)、抗腫瘍作用(Tachibana H.et al.,A receptor for green tea polyphenol EGCG.Nat Struct Mol Biol.2004;11(4):380〜381.Epub 2004)、活性酸素消去作用・抗酸化作用(Kondo K.,et al.,Mechanistic studies of catechins as antioxidants against radical oxidation.Arch Biochem Biophys 1999 362:79〜86)、抗う触作用、消臭作用、コレステロール上昇抑制作用、血糖値上昇抑制作用、血圧上昇抑制作用、抗アレルギー作用、血小板凝集抑制作用などがあることが報告されている。しかし、本発明以前にはカテキン類のバイオフィルム形成に対する効果は知られていなかった。
【0016】
本発明者らは、カテキン類が大腸菌を含めあらゆる細菌の細胞膜を傷害することによる殺菌作用を有することに着目し、カテキン類がバイオフィルム形成阻害に対して効果があるという新たな知見を得、これに基づいて誠意検討、実験を重ねた結果、本発明を成すに至ったものである。すなわち、本発明のバイオフィルム形成阻害剤によれば、大腸菌を含むあらゆる細菌の死滅、細菌の増殖を抑制することで、対象治療用器具にバイオフィルムが形成されることを有効に阻害することができる。
【0017】
また、本発明のバイオフィルム形成阻害剤で用いられるカテキン類は、十二指腸から小腸、大腸を経由して体外へ排泄されるため、従来技術で用いられてきた上記薬剤などと比べて長期投与による生体への危険性が少ないと考えられる。特に、また本発明の一実施例でその効果が検証されたエピガロカテキンガレートに関しては副作用は報告されておらず、最近の研究では、エピガロカテキンガレートの高濃度長期経口投与の人体への安全性が証明されている。従ってこのような構成によれば、胆管ステントなどの各種医療製品等の表面に付着した細菌を死滅させる、若しくは増殖を抑制することによってバイオフィルム形成を完全に阻害し、生体に対して安全かつ効率的な治療用材料を得ることができる。
【0018】
また、本発明の1の実施形態によれば、上記バイオフィルムの形成を有効に阻害するために、前記カテキン類は、前記担体中に、カテキン除法量が1日当り0.22mg/cmもしくはそれ以上の量で含まれることが好ましい。なお、担体中のカテキン類の含有量を変えることにより、カテキン類の徐放量を制御することが可能であり、この除法量は、前記治療用材料を用いる形態、適用対象の様々な要因などにより、適宜選択することができる。
【0019】
さらに本発明の別の1の実施形態によれば、前記担体は親水性生分解性ポリマーである。前記親水性生分解性ポリマーは含水率が高く速やかに加水分解を受けるため、含有したカテキン類が徐放されやすくなる。さらに前記親水性生分解性ポリマーは液状であり紫外線照射で速やかに硬化するため、治療用基材表面へのコーティングを容易にすることが可能である。
【0020】
また本発明の第2の主要な観点によれば、生体内に留置される治療用器具であって、その表面にバイオフィルム形成阻害に有効な量のカテキン類がコーティングされてなることを特徴とする治療用器具が提供される。このような構成によれば、大腸菌を含むあらゆる細菌の死滅、細菌の増殖を抑制することによってバイオフィルム形成を有効に阻害できる治療用器具を製造することが可能になる。
【0021】
本発明の1の実施形態によれば、このようにして得られた前記治療用器具は、これに限定されるものではないが、胆管ステントであり、これによって進行膵癌・胆管癌に伴う閉塞性黄疸を改善・治療することが可能になる。また、
【0022】
この発明の更なる特徴及び顕著な効果は次に記載する発明の実施の形態の項の記載から当業者にとって明らかになるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
上述したように、本発明によれば、大腸菌を含むあらゆる細菌の死滅、細菌の増殖を抑制することによって対象治療用器具におけるバイオフィルムの形成を有効に阻害することができるバイオフィルム形成阻害剤及びそれを適用した治療用器具が提供される。
【0024】
本発明のカテキン類は、これに限定されるものではないが、図1の構造式(a)〜(h)で示される例えばカテキン、エピカテキン、ガロカテキン、エピガロカテキン、カテキンガレート、エピカテキンガレート、ガロカテキンガレート、エピガロカテキンガレート等を含み、中でも抗菌作用が最も強い、すなわち大腸菌に対する最小発育阻害濃度が最も低いエピガロカテキンガレート(EGCg)が特に好ましい。
【0025】
前記カテキン類は対象治療用器具にコーティングするのに適した担体中に存在させる。このような担体としては、溶媒から塗布し蒸発により被膜が形成でき、生体内で毒性を示さない生分解性材料及び非生分解性材料であれば特に限定されないが、例えばポリ乳酸、親水性ゲルを形成するポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)やポリエチレングリコール共重合体、疎水性のものとしてはポリエチレンテレフタレート、ポリアミド、酢酸セルロース等が好ましい。中でも親水性分解性ポリマーは、含水率が高く速やかに加水分解を受けるため、含有したカテキン類を徐放しやすいので最も好ましい。また前記親水性ポリマーは液体であり紫外線照射で速やかに硬化するため、本発明における治療用基材の表面へのコーティングを容易にすることが可能である。
【0026】
本発明のバイオフィルム形成阻害剤の製造方法は、特に限定されるものではなく、公知技術を用いて行われ得るものである。例えば本発明の1実施例に従うと、アセトンに溶解したエピガロカテキンガレートを液状生分解性ポリマーと混合することによって製造することができる。
【0027】
本発明のバイオフィルム形成阻害剤の適用方法は、カテキン類によりバイオフィルム形成阻害に適用する用途であれば、特に限定されるものではない。本発明の1実施例に従うと、進行膵癌・胆管癌に伴う閉塞性黄疸を改善するための胆管ステントに適用することができる。すなわち前記治療用材料の1つであるカテキン徐放性ポリマーでコーティングされた胆管ステントを用いた場合、胆管ステント表面に付着した細菌が死滅するためバイオフィルム形成が完全に阻害され、長期間生体内に留置可能な胆管ステントが開発可能である。ただし、その適用対象は胆管ステントに限定されるものではなく、他の各種治療用器具、例えば尿道カテーテル、外科手術用ドレナージチューブ、中心静脈カテーテル、ヘルニア手術用メッシュ等に使用することも可能である。
【0028】
さらに本発明で用いられるカテキン類には上述のように抗菌作用以外の様々な作用があることが知られている。従って前記治療用材料は、バイオフィルムの形成阻害に加えて、例えば胆管ステント外面に接している悪性腫瘍(膵癌、胆管癌など)の増殖抑制(カテキン類による抗腫瘍効果)や、胆管ステント内腔での胆石形成の抑制(カテキン類の活性酸素消去作用)等の目的で用いることができる。
【0029】
また、本発明の治療用器具は、上述した対象器具に本発明のバイオフィルム形成阻害剤をコーティングすることによって得られる。このような治療用器具の製造方法は特定のものに限定されるものではなく、公知技術を用いて製造され得る。例えば、前記治療用器具が胆管ステントである場合には、ステントの基材となる筒状のプラスティック物質(ポリウレタンなど)を液状のカテキン類含有ポリマーに浸漬し、表面をコーティングした後、紫外線を照射して硬化させる。そして、硬化中(約5分間)、コーティングの厚みに偏りが生じないように基材をステント内腔の軸を中心に回転させることにより、前記内部に前記バイオフィルム阻害剤がコーティングされてなる胆管ステントを得ることができる。
【0030】
なお、ステント基材としては、上記のプラスティック製の他に金属製のものがあり、この金属製のステント基材に上記バイオフィルム阻害剤を適用するにしてももちろん良い。しかしながら、金属ステントは、メッシュ状の自己拡張型ステントであり、主に腫瘍の迷入が原因で閉塞を来たしバイオフィルムが原因になることは多くないということがある。。したがって、本発明にかかるカテキン含有ポリマーは主に内腔の狭いプラスチックステントのコーティング剤として有効であると考えられる。
【0031】
なお、次に説明する実施例から、バイオフィルム形成が有意に抑制されているポリマーの内、カテキン徐放量が最も少ないのはエピガロカテキンガレート(EGCg)を生分解性ポリマー(TMC・PEG200)に20wt%含有させたものであることが分かる。そして、このポリマーの初期24時間のカテキン徐放量は0.22mg/cmであることから、前記カテキン類は、カテキン除法量が1日当り0.22mg/cmともしくはそれ以上となる量で担体中に含まれることが好ましい。なお、以下の実施例で説明するように、担体及び担体中のカテキン類の含有量を変えることにより、カテキン類の徐放量を制御することが可能であり、この除法量は、前記治療用材料を用いる形態、適用対象の様々な要因などにより、適宜選択することができる。
【0032】
次に、本発明の効果に関して、実施例を示して説明する。しかし、本発明は以下に記載された実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0033】
(実施例1)エピガロカテキンガレート(EGCg)のバイオフィルム形成における阻害効果
【0034】
直径8mmの円盤状のポリウレタンを、各種濃度(0−0.2mM)のエピガロカテキンガレート(EGCg)を混入した大腸菌懸濁液(2x103CFU/ml)とともに、培養皿の中で37℃で24時間静置培養した。培養後、ポリウレタンを取り出し穏やかにリン酸緩衝液で洗浄したのち、2mlのリン酸緩衝液中に移し超音波洗浄をかけ、付着していた大腸菌を剥離した。この液中の大腸菌生菌数を平板計数法で求めた。
【0035】
図3、図4のグラフに示すように,エピガロカテキンガレート(EGCg)は0.12mM(0.055mg/ml)以上の濃度で有意に、また0.15mM(0.069mg/ml)以上で完全にバイオフィルム形成を阻害することが証明された。
【0036】
(実施例2)カテキン徐放性ポリマーのカテキン徐放量の測定
【0037】
アセトン(Sigma‐Aldrich)に溶解したエピガロカテキンガレート(EGCg、Sigma‐Aldrich,Inc.,St.Louis,MO:図2に示す)を20wt%(wt%:重量濃度)になるように3種類の液状生分解性ポリマー(TMC/LL/PEG1k、TMC/PEG200、TMC/TMP:図5(a)〜(c)に示す)と混合した。低圧槽のなかで24時間かけてアセトンを揮発させた後,ポリマー250mgをガラス瓶の底(表面積1.1cm2)にコーティングしUV照射(SP‐V,Ushio,Inc.,Yokohama,Japan)5分間で硬化させた。ガラス瓶に1mlのリン酸緩衝液(Nissui Pharmaceutical Co.,Ltd.,Tokyo,Japan)を入れ密栓し、37℃で静置しEGCgを徐放させた。1、2、4日後にガラス瓶中の溶液100μlをとり、Folin‐Ciocalteu法でEGCg濃度を計算した。またTMC/LL/PEG1kに関しては、EGCg濃度5、10wt%について同様の実験を行った。
【0038】
その結果を、図6(a)、(b)に、ポリマー表面積あたりのEGCg徐放重量(mg/cm2)で示した。図6(a)より、いずれのポリマーにおいてもEGCgの重量が時間とともに増加しており、EGCgが4日間にわたって徐放されているのが分かる。ポリマー間で比較すると、親水性(含水性)および生分解性が最も高いLL/TMC/PEG1kで徐放量が最も多く、次いでTMC/PEG200、TMC/TMPの順であった。また図6(b)に示すように、EGCg含有量を変えたTMC/LL/PEG1kに関しても、EGCg含有量の高い順に徐放量も多く認められた。
【0039】
(実施例3)カテキン徐放性ポリマーによる大腸菌バイオフィルムの形成阻害(静的条件)
【0040】
アセトンに溶解したEGCgを0、5、10、20wt%(wt%:重量濃度)になるように3種類の液状生分解性ポリマー(TMC/LL/PEG1k、TMC/PEG200、TMC/TMP:図5(a)〜(c)に示す)と混合した。このポリマーをポリウレタン表面にスピンコーティングし、UVを5分間照射し硬化させたのち、ベルトパンチで打ち抜き直径8mmの円盤状の試料を作製した。この試料を培養皿の中で、大腸菌懸濁液(2x10CFU/ml)とともに37℃で24時間静置培養した。培養後、試料を取り出し穏やかにリン酸緩衝液で洗浄したのち、2mlのリン酸緩衝液中に移し超音波洗浄をかけ、付着していた大腸菌を剥離した。この液中の大腸菌生菌数を平板計数法で求めた。
【0041】
これらの結果を図7及び図8に示した。図7より、EGCgを含有していないポリマー単独ではTMC/LL/PEG1k、TMC/PEG200、TMC/TMPの間に大腸菌付着に関して有意差を認めなかった。図8より、EGCgを10及び20wt%含有したTMC/LL/PEG1kとEGCgを20wt%含有したTMC/PEG200では、EGCgを含有していないポリマー(0wt%)と比べて有意に大腸菌付着が阻害された。特に,EGCgを20wt%含有したTMC/LL/PEG1kに関しては、大腸菌付着が完全に阻害された。これは実施例2のカテキン徐放量に比例しており、徐放されたカテキン量に依存して大腸菌の付着が阻害されているものと示唆される。なお、大腸菌付着(%)は、それぞれのポリマーのEGCg含有濃度が0wt%の値を100%として換算した。
【0042】
さらにカテキン徐放性ポリマーEGCG/(TMC/LL/PEG1k)表面におけるバイオフィルム形成を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。上記と同様に0および20wt%のEGCgを含有したTMC/LL/PEG1kをコーティングした円盤状のポリウレタン(直径8mm)を、緑色蛍光たんぱく質を発現するように形質転換した大腸菌の懸濁液(2x103CFU/ml)とともに37℃で24時間静置培養した。バイオフィルムが形成されたポリマー表面をリン酸緩衝液で穏やかに洗浄したのち、共焦点レーザー顕微鏡(Radiance 2000; BioRed、 Hercules, CA)で観察した。図9に示すように、EGCgを含有していない(0wt%)TMC/LL/PEG1kでは緑色を呈する大腸菌が増殖し、バイオフィルムがポリマー表面に形成されているのに対し,EGCgを20wt%含有したTMC/LL/PEG1kではバイオフィルム形成が全く認められなかった。カテキン徐放性ポリマーによるバイオフィルム阻害効果が画像所見からも証明された。
【0043】
(実施例4)カテキン徐放性ポリマーによる大腸菌バイオフィルムの形成阻害(動的条件)
【0044】
本実験は図10に示すModified Robbins device(Tyler Co.,Edmonton,Canada)を用いて行った。実施例3と同様に作製した直径8mmの試料をサンプルポートにシリコン系の接着剤で接着した。流路へ1ml/minの速度で、最初に大腸菌液(2x10CFU/ml)を1時間、続いて滅菌したLB培地を23時間流し,付着した大腸菌を実施例2と同様の方法で定量した。
【0045】
その結果、EGCgを5および20wt.%含有したTMC/LL/PEG1kで、EGCgを含有していないポリマー(0wt.%)と比べて有意に大腸菌付着が阻害された(図11)。実施例2の静的条件では、EGCgを5wt.%含有したTMC/LL/PEG1kで付着が阻害されていないことから、動的条件では、より低濃度のEGCg含有ポリマーでバイオフィルム形成が阻害されるものと示唆された。
【0046】
(実施例5)バイオフィルム形成後におけるEGCgのバイオフィルム内の生菌への影響
【0047】
直径8mmの円盤状のポリウレタンを、大腸菌懸濁液(2x103CFU/ml)とともに培養皿に入れ,37℃で24時間静置培養しポリウレタン表面にバイオフィルムを形成させた。この形成されたバイオフィルム表面に各種濃度(0−50mM)のエピガロカテキンガレート(EGCg)溶液を加え、さらに24時間暴露した。ポリウレタンを取り出し穏やかにリン酸緩衝液で洗浄したのち、2mlのリン酸緩衝液中に移し超音波洗浄をかけ、付着していた大腸菌を剥離した。この液中の大腸菌生菌数を平板計数法で求めた。図12のグラフに示すように,エピガロカテキンガレート(EGCg)は8mM(3.7mg/ml)以上の濃度で有意に生菌数が減少し、50mM(23mg/ml)で完全にバイオフィルム内の大腸菌が死滅することが証明された。この濃度は、培養初期からカテキンを入れた実施例1に比べてはるかに高く、一度形成されたバイオフィルム中の大腸菌はカテキンに対して抵抗性を示すことが分かる。
【0048】
(実施例6)EGCgに対する大腸菌の感受性の検討
【0049】
EGCgに対する大腸菌の感受性を一般的な感受性試験法(希釈法)により検討した。段階希釈した(0.16,0.31,0.63,1.25,2.5,5.0mM)エピガロカテキンガレート(EGCg)溶液を混入した大腸菌懸濁液(1x107CFU/ml)を培養皿に入れ,37℃で24時間静置培養した。菌の発育が肉眼的に認められない最小のEGCg濃度をもって、最小発育阻止濃度(MIC)とした。図13に示すように、最小発育阻止濃度(MIC)は0.63mM(287μg/ml)であった。
【0050】
なお、図7及び図8の結果から、バイオフィルム形成が有意に抑制されているポリマーの内、カテキン徐放量が最も少ないのはEGCgをTMC・PEG200に20wt%含有させたものであることが分かる。そして、このポリマーの初期24時間のカテキン徐放量は0.22mg/cmであることから、前記カテキン類は、カテキン除法量が1日当り0.22mg/cmもしくはそれ以上となる量で担体中に含まれることが好ましいことが示された。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】カテキン類の構造式を示す図。
【図2】エピガロカテキンガレート(EGCg)の構造式を示す図。
【図3】EGCGのバイオフィルム形成における阻害効果を示すグラフ。
【図4】EGCGのバイオフィルム形成における阻害効果を示すグラフ。
【図5】本発明で用いた液状生分解性ポリマー(TMC/LL/PEG1k、TMC/PEG200、TMC/TMP)の構造式。
【図6】本発明で用いたカテキン徐放性ポリマーのカテキン徐放量(ポリマー種類:図6(a)、EGCG含有濃度:図6(b))を示すグラフ。
【図7】静的条件におけるEGCg非含有ポリマー(TMC/LL/PEG1k、TMC/PEG200、TMC/TMP)の大腸菌付着への影響を示すグラフ。
【図8】静的条件におけるEGCg(0、5、10、20wt%(wt%:重量濃度))含有液状生分解性ポリマー(TMC/LL/PEG1k、TMC/PEG200、TMC/TMP)の大腸菌付着への影響を示すグラフ。
【図9】カテキン含有ポリマーEGCG/(TMC/LL/PEG1k)表面におけるバイオフィルム形成の様子を示す共焦点レーザー顕微鏡写真を示す図。
【図10】Modified Robbins device及び実験手順を示す図。
【図11】動的条件におけるカテキン含有ポリマーEGCG/(TMC/LL/PEG1k)の大腸菌付着への影響を示すグラフ。
【図12】バイオフィルム形成後におけるEGCGのバイオフィルム内の生菌への影響を示すグラフ。
【図13】EGCGに対する大腸菌の(薬剤)感受性の検討を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオフィルム形成阻害に有効な量のカテキン類と、
前記カテキンを生体内に留置される治療用器具に付着させるのに適した担体と
を有することを特徴とするバイオフィルム形成阻害剤。
【請求項2】
請求項1記載のバイオフィルム形成阻害剤において、
前記カテキン類はエピガロカテキンガレートである
ことを特徴とするバイオフィルム形成阻害剤。
【請求項3】
請求項1記載のバイオフィルム形成阻害剤において、
前記担体は親水性生分解性ポリマーである
ことを特徴とするバイオフィルム形成阻害剤。
【請求項4】
請求項1記載のバイオフィルム形成阻害剤において、
前記カテキン類は、前記担体中に、カテキン除法量が1日当り0.22mg/cmもしくはそれ以上となる量で含まれるものである
ことを特徴とするバイオフィルム形成阻害剤。
【請求項5】
生体内に留置される治療用器具であって、
その表面にバイオフィルム形成阻害に有効な量のカテキン類がコーティングされてなる
ことを特徴とする治療用器具。
【請求項6】
請求項5記載の治療用器具であって、
この治療用器具は、内面にカテキン類がコーティングされた胆管ステントであることを特徴とする治療用器具。
【請求項7】
請求項6記載の治療用器具であって、
前記治療用器具は、非自己拡張型のプラスチックステントであることを特徴とする治療用器具。
【請求項8】
請求項5記載の治療用器具であって、
前記カテキン類は、カテキン除法量が1日当り0.22mg/cmもしくはそれ以上となる量で担体中に含ませた状態でコーティングされたものである
ことを特徴とする治療用器具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2006−141794(P2006−141794A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−337604(P2004−337604)
【出願日】平成16年11月22日(2004.11.22)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】