説明

バイオフィルム抑制剤

【課題】 従来にない化合物を用いたバイオフィルム抑制剤を提供すること。
【解決手段】 特に、レデン、イソレデン、バレンセン、クパレン、カミグレン、ロンギピネン、クロベン、ネオクロベン、フネブレン、イソロンギフォレン、サチベン、シクロサチベン、ロンギシクレン、ツヨプセン、ブルボネン、キュベベン、カリオフィレン、イソカリオフィレン、カジネン、コパエンから選ばれる1種以上の多環式セスキテルペン炭化水素を含有するものが望ましい。本発明は、ストレプトコッカス属(Streptococcus)に属する口腔内細菌によるバイオフィルムの形成を抑制するために用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は微生物によるバイオフィルムの形成を抑制するために用いるバイオフィルム抑制剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
バイオフィルムとは、細菌やカビ等が固体や液体の表面に付着することによって形成される微生物の集合体であり、日常の様々な環境に存在する。このバイオフィルムと呼ばれる微生物集合体は、医療や産業、さらには日常生活にも深く関与し、多くの問題を引き起こしている。例えば、台所、浴室、トイレ等の排水口に存在するぬめりもバイオフィルムであり、悪臭の原因とされている。また、産業面においては、金属製の配管材料への付着から始まり、さらには腐食することがある。このことは工場の製造過程における微生物汚染の原因となることとして示唆される。医療分野に関しては、カテーテル内部やコンタクトレンズ、義歯等にバイオフィルムが形成され、感染症を引き起こす要因となる。特に、口腔内におけるバイオフィルム(プラーク)の形成が、近年、注目されている。う蝕病原菌のひとつであるストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)は、歯の表面に存在する糖タンパクと結合し、スクロースを代謝し、グルカンと呼ばれる不溶性多糖類からなるバイオフィルムを形成する。その後、スクロースやグルコース、フルクトース等の糖類を代謝し、乳酸を生成する。この乳酸の存在により、バイオフィルム内のpHが低下し、結果として、歯の脱灰を引き起こすことが広く知られている。また、口腔内のねばりや口臭もバイオフィルムによるものであることが明らかとなってきている。
【0003】
これらのバイオフィルムは、一度形成されると浮遊菌とは異なり、薬剤の浸透率の低下や熱耐性を有するようになり、薬剤治療や加熱処理による除去が難しいとされる。最も効果的な手法としては、ブラッシング等による物理的除去とされているが、細部への物理的除去は困難とされ、問題視されているのが現状である。
【0004】
他のバイオフィルムの除去法として、ポピドンヨード、塩化ベンゼトニウム又は硫酸フラジオマイシン等の一般的な殺菌剤を用いる他に、バイオフィルム溶解物質や界面活性剤と殺菌剤の併用による手法が報告されている(特許文献1,2参照)。しかしながら、殺菌剤を多用した場合、若しくは、高濃度の殺菌剤を使用した場合、薬剤耐性菌の出現や、殺菌効果による口腔内の菌環境の変化による菌交代症の発症、副作用の発現など、人体に対して様々な影響を与える可能性がある。
【0005】
したがって、これらの問題を解決するには、バイオフィルムの形成そのものを抑制することが効果的であるといえる。このようなバイオフィルムの形成抑制方法としては、例えば、ヒスチジンキナーゼ阻害剤等を用いる方法、カテキン類を用いる方法等が開示されており(特許文献3,4参照)、幅広い化合物群から、より効果の高いバイオフィルム形成抑制剤が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−126437号公報
【特許文献2】特開2008−303188号公報
【特許文献3】特開2005−187377号公報
【特許文献4】特開2006−141794号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その主たる目的は、従来にない化合物を用いたバイオフィルム抑制剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、多環式セスキテルペン炭化水素が、ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)、ストレプトコッカス・サングイニイス(Streptococcus sanguinis)及びストレプトコッカス・サリバリウス(Streptococcus salivarius)に対して、優れたバイオフィルム形成抑制力を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
〔1〕 レデン、イソレデン、ビリディフロレン、アモルフェン、カラコレン、カダレン、エレモフィレン、ヌートカテン、ベチベン、ベチベネン、ジザエン、バレンセン、クパレン、クパレネン、カミグレン、ヒマカレン、ロンギピネン、クロベン、ネオクロベン、フネブレン、ロンギフォレン、イソロンギフォレン、サチベン、シクロサチベン、ロンギシクレン、ツヨプセン、ツヨプサジエン、イランゲン、パチョレン、ダウセン、マアリエン、パナシンセン、コメン、イソコメン、セスキツエン、シペレン、カリオフィレン、イソカリオフィレン、コパエン、カジネン、セリネン、カラメネン、ムウロレン、イタリセン、ベルガモテン、サンタレン、アコラジエン、アラスケン、キュベベン、グアイエン、ガージュネン、カマズレン、ビシクロエレメン、ビシクロゲルマクレン及びブルボネンから選ばれる1種以上の多環式セスキテルペン炭化水素を含有する、ストレプトコッカス属(Streptococcus)に属する口腔内細菌によるバイオフィルムの形成を抑制するためのバイオフィルム抑制剤。
〔2〕 前記多環式セスキテルペンが、アミリス油、ヨモギ油、ニガヨモギ油、アンゲリカ油、ショウガ油、イランイラン油、オールスパイス油、カスカリラ油、オレンジ油、グレープフルーツ油、レモン油、ライム油、カラムス油、クラリセージ油、コショウ油、ジュニパーベリー油、ペパーミント油、スペアミント油、セロリ油、ゼラニウム油、ティーツリー油、キャロット油、バジル油、パチョリ油、ヒソップ油、ベチバー油、ホップ油、マスティック油、ミルラ油、ユーカリ油、ラブダナム油、ウコン油、オリガナム油、カモミル油、ガランガ油、シナモン油、シトロネラ油、セージ油、ベイ油、ヤロー油、メリッサ油、ローズマリー油、クローブ油、ピメントベリー油及びロベージ油から選ばれる精油または該精油誘導体に含有されており、該精油または該精油誘導体を含有する、前記〔1〕記載のバイオフィルム抑制剤。
〔3〕 ストレプトコッカス属(Streptococcus)に属する口腔内細菌が、ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)、ストレプトコッカス・サングイニイス(Streptococcus sanguinis)ストレプトコッカス・サリバリウス(Streptococcus salivarius)ストレプトコッカス・オラリス(Streptococcus oralis)、ストレプトコッカス・ゴードニィ(Streptococcus gordonii)及びストレプトコッカス・サンガイス(Streptococcus sanguis)から選ばれる1種以上である、前記〔1〕または〔2〕記載のバイオフィルム抑制剤。
〔4〕 前記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載のバイオフィルム抑制剤を含有する、洗浄剤、化粧品、食品、医薬部外品又は口腔衛生製品。
〔5〕 前記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載のバイオフィルム抑制剤を含有する、口腔衛生製品。
【発明の効果】
【0010】
本発明のバイオフィルム抑制剤によれば、グラム陽性菌、より具体的にはストレプトコッカス属(Streptococcus)に属する細菌、好ましくはストレプトコッカス(Streptococcus)に属する口腔内細菌に対して優れたバイオフィルム形成抑制力を示す。このため、該バイオフィルム抑制剤を例えば、洗浄剤、化粧品、食品、医薬部外品、口腔衛生製品等のバイオフィルム抑制対象物に配合することで、バイオフィルムの形成を効率的に抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のバイオフィルム抑制剤は上述したとおり、レデン(Ledene)、イソレデン(Isoledene)、ビリディフロレン(Viridiflorene)、アモルフェン(Amorphene)、カラコレン(Calacorene)、カダレン(Cadalene)、エレモフィレン(Eremophilene)、ヌートカテン(Nootkatene)、ベチベン(Vetivene)、ベチベネン(Vetivenene)、ジザエン(Zizaene)、バレンセン(Valencene)、クパレン(Cuparene)、クパレネン(Cuparenene)、カミグレン(Chamigrene)、ヒマカレン(Himachalene)、ロンギピネン(Longipinene)、クロベン(Clovene)、ネオクロベン(Neoclovene)、フネブレン(Funebrene)、ロンギフォレン(Longifolene)、イソロンギフォレン(Isolongifolene)、サチベン(Sativene)、シクロサチベン(Cyclosativene)、ロンギシクレン(Longicyclene)、ツヨプセン(Thujopsene)、ツヨプサジエン(Thujopsadiene)、イランゲン(Ylangene)、パチョレン(Patchoulene)、ダウセン(Daucene)、マアリエン(Maaliene)、パナシンセン(Panasinsene)、コメン(Comene)、イソコメン(Isocomene)、セスキツエン(Sesquithujene)、シペレン(Cyperene)、カリオフィレン(Caryophyllene)、イソカリオフィレン(Isocaryophyllene)、コパエン(Copaene)、カジネン(Cadinene)、セリネン(Selinene)、カラメネン(Calamenene)、ムウロレン(Muurolene)、イタリセン(Italicene)、ベルガモテン(Bergamotene)、サンタレン(Santalene)、アコラジエン(Acoradiene)、アラスケン(Alaskene)、キュベベン(Cubebene)、グアイエン(Guaiene)、ガージュネン(Gurjunene)、カマズレン(Chamazulene)、ビシクロエレメン(Bicycloelemene)、ビシクロゲルマクレン(Bicyclogermacrene)及びブルボネン(Bourbonene)から選ばれる。上記化合物は、多環式セスキテルペン炭化水素であり、通常は香料として使用されている。本明細書において多環式セスキテルペン炭化水素とは、分子内に2個以上の環状構造を含むセスキテルペン炭化水素をいう。本発明では、上記多環式セスキテルペン炭化水素(以下、「特定のセスキテルペン」という場合がある)のうち、1種のみを用いてもよいし、2種以上を任意に選択して用いることができる。
【0012】
上記特定のセスキテルペンのうち、バイオフィルム形成抑制力に優れる点で、レデン(Ledene)、イソレデン(Isoledene)、バレンセン(Valencene)、クパレン(Cuparene)、カミグレン(Chamigrene)、ロンギピネン(Longipinene)、クロベン(Clovene)、ネオクロベン(Neoclovene)、フネブレン(Funebrene)、イソロンギフォレン(Isolongifolene)、サチベン(Sativene)、シクロサチベン(Cyclosativene)、ロンギシクレン(Longicyclene)、ツヨプセン(Thujopsene)、ブルボネン(Bourbonene)、キュベベン(Cubebene)、カリオフィレン(Caryophyllene)、イソカリオフィレン(Isocaryophyllene)、カジネン(Cadinene)、コパエン(Copaene)が好ましい。
【0013】
本発明では、上記特定のセスキテルペンは、化学合成によって製造されたもの、精油中から単離・精製されたものを使用してもよいし、上記特定のセスキテルペンを含有する精油のままで使用することもできる。
【0014】
上記特定のセスキテルペンを含有する精油としては、例えば、アミリス油(Amyris oil)、ヨモギ油(Mugwort oil)、ニガヨモギ油(Worm wood oil)、アンゲリカ油(Angelica oil)、ショウガ油(Ginger oil)、イランイラン油(Ylang Ylang oil)、オールスパイス油(Allspice oil)、カスカリラ油(Cascarilla oil)、オレンジ油(Orange oil)、グレープフルーツ油(grapefruit oil)、レモン油(Lemon oil)、ライム油(Lime oil)、カラムス油(Calamus oil)、クラリセージ油(Clary Sage oil)、コショウ油(Pepper oil)、ジュニパーベリー油(Juniper Berry oil)、ペパーミント油(Peppermint oil)、スペアミント油(Speamint oil)、セロリ油(Celery oil)、ゼラニウム油(Geranium oil)、ティーツリー油(Tea Tree oil)、キャロット油(Carrot oil)、バジル油(Basil oil)、パチョリ油(Patchouli oil)、ヒソップ油(Hyssop oil)、ベチバー油(Vetiver oil)、ホップ油(Hop oil)、マスティック油(Mastic oil)、ミルラ油(Myrrh oil)、ユーカリ油(Eucalyptus oil)、ラブダナム油(Labdanum oil)、ウコン油(Turmeric oil)、オリガナム油(Oregano oil)、カモミル油(Chamomile oil)、ガランガ油(Galanga oil)、シナモン油(Cinnamon oil)、シトロネラ油(Citronella oil)、セージ油(Common Sage oil)、ベイ油(Bay oil)、ヤロー油(Yarrow oil)、メリッサ油(Melissa oil)、ローズマリー油(Rosemary oil)、クローブ油(Clove oil)、ピメントベリー油(Pimento berry oil)、ロベージ油(Lovaga oil)等が挙げられる。本発明では、上記精油のうち、1種のみを用いてもよいし、2種以上を任意に選択して用いることができる。
【0015】
上記精油には、セスキテルペン炭化水素として、上記特定のセスキテルペン以外に単環式セスキテルペン炭化水素や非環式セスキテルペン炭化水素を含有する場合がある。本明細書において、単環式セスキテルペン炭化水素とは、分子内に1個の環状構造を含むセスキテルペン炭化水素をいい、非環式セスキテルペン炭化水素とは、分子内に環状構造を含まないセスキテルペン炭化水素をいう。本発明者らの検討によれば、非環式セスキテルペン炭化水素(以下、単に「非環式セスキテルペン」という場合がある)や単環式セスキテルペン炭化水素(以下、単に「単環式セスキテルペン)という場合がある)は実質的にバイオフィルム形成抑制力を示さないが、精油に上記特定のセスキテルペンが含有されていれば精油全体としてバイオフィルム形成抑制力を示す。したがって、上述したとおり、精油をそのまま使用しても問題はない。
【0016】
また、精油を用いる場合の別の実施形態として、上記精油中の非環式セスキテルペンや単環式セスキテルペンを化学合成により上記特定のセスキテルペンに変換したり、あるいは精油中の含酸素セスキテルペン化合物の脱水、還元反応により上記特定のセスキテルペンに変換したりする等、上記精油の誘導体を調製して、精油中の上記特定のセスキテルペンの含有量を高めたものを使用してもよい。
【0017】
精油中における上記特定のセスキテルペン(多環式セスキテルペン炭化水素)の含有量は、ガスクロマトグラフ質量分析法(GC/MS法)により精油を分析したときに得られるクロマトグラムにおいて、全精油成分の合計ピーク面積に対する特定のセスキテルペン(多環式セスキテルペン炭化水素)の合計ピーク面積の比率から求められる。特定のセスキテルペンの含有量は10%以上が好ましく、30%以上がさらに好ましく、40%以上が特に好ましい。
【0018】
精油成分としては、モノテルペン炭化水素(例えば、リモネン、カルボン、ピネン、サビネン、カンフェン、テルピネン、シメン、フェランドレン等)、モノテルペンアルコール(例えば、ネロール、リナロール、テルピネオール、ゲラニオール、テルピネン−4−オール、シトロネロール、ボルネオール、メントール等)、セスキテルペン炭化水素(多環式セスキテルペンとしては、例えば、ブルボネン、イソカリオフィレン、キュベベン、カリオフィレン、カジネン、コパエン、バレンセン等、単環式セスキテルペンとしては、例えば、ゲルマクレンD、フムレン等、非環式セスキテルペンとしては、例えば、ファルネセン、アロファルネセン等)、セスキテルペンアルコール(例えば、キャトロール、セドロール、エレモール、カジノールン、スパスレノール、パチュノール、サンタロール等)、エステル類(例えば、メンチルアセテート、テルペニルアセテート、酢酸リナリル、酢酸ゲラニル、酢酸ベンジル、安息香酸ベンジル等)、アルデヒド類(例えば、デカナール、シトラール、シトロネラール、ネラール、ゲラニアール等)、ケトン類(例えば、メントン、イソメントン、プレゴン)、アセタール類(例えば、デカナールジメチルアセタール等)、フェノール類(例えば、オイゲノール、メチルオイゲノール、チモール、カルバクノール等)、オキサイド類(例えば、1,8−シネオール、カリオフィレンオキサイド、)、ラクトン類(例えば、クマリン、ベルガプテン等)等が挙げられる。
【0019】
上記特定のセスキテルペンは、黄色ブドウ球菌等のグラム陽性菌に対してバイオフィルム形成抑制力に優れる。グラム陽性菌としては特に限定されないが、黄色ブドウ球菌以外では、例えば、ストレプトコッカス属(Streptococcus)に属する細菌に対して有効である。ストレプトコッカス属(Streptococcus)に属する細菌としては、例えば、口腔内細菌に分類されるストレプトコッカス属細菌群に対して有効である。ストレプトコッカス属細菌群としては、例えば、ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)、ストレプトコッカス・サングイニイス(Streptococcus sanguinis)、ストレプトコッカス・サリバリウス(Streptococcus salivarius)、ストレプトコッカス・オラリス(Streptococcus oralis)、ストレプトコッカス・ゴードニィ(Streptococcus gordonii)、ストレプトコッカス・サンガイス(Streptococcus sanguis)等が挙げられる。
【0020】
上記特定のセスキテルペンは、大腸菌等のグラム陰性菌や酵母等に対してバイオフィルム形成抑制力を有しない。また、上記特定のセスキテルペンは、上述したバイオフィルム形成抑制力に優れる細菌に対して抗菌力を実質上有しない。
【0021】
本発明のバイオフィルム抑制剤には、バイオフィルムの形成抑制力を高めることができる点で、必要に応じてキレート剤や香料を配合することができる。キレート剤としては、例えば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、コハク酸、サリチル酸、シュウ酸、リンゴ酸、乳酸、フマル酸、酒石酸、クエン酸、グルコン酸、トリポリリン酸、1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸、ポリアクリル酸、アクリル酸/マレイン酸共重合物及びそれらの塩等が挙げられる。香料としては、例えば、メントール、チモール等のモノテルペン系香料が挙げられる。
【0022】
本発明のバイオフィルム抑制剤には、必要に応じて、公知の抗菌剤や保存料を併用して配合することもできる。併用できる公知の抗菌剤や保存料としては、例えば、イソプロピルメチルフェノール、1,2−オクタンジオール、1,2−ヘキサンジオール、サリチル酸、パラベン類、フェノキシエタノール、安息香酸およびその金属塩、ソルビン酸、脂肪酸およびその金属塩、脂肪酸モノグリセリド、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、デヒドロ酢酸ナトリウム、グリシン、リゾチーム、白子タンパク質、ポリリジン、フィチン酸、エタノール、プロピレングリコール、チアベンダゾール、トリクロサン、ジンクピリチオン、クロルキシレノール、キトサン、カテキン、チモール、ヒノキチオール等が挙げられる。
【0023】
本発明のバイオフィルム抑制剤は、必要に応じて、乳化剤、固着剤、分散剤、湿潤剤、安定剤、噴射剤等を適宜添加することにより、油剤、乳剤、水和剤、噴霧剤、エアゾール剤、燻煙剤、塗布剤、洗浄剤、粉剤及び粒剤の形態として製剤化することができ、洗浄剤、化粧品、食品、医薬部外品、口腔衛生製品等に含有させることができる。
【0024】
洗浄剤としては、例えば、水回り洗浄剤、配管洗浄剤、カテーテル洗浄剤、コンタクトレンズ洗浄剤、石けん等が挙げられる。化粧品としては、例えば、化粧水、スキンパウダー、ボディーローション、サンケア剤、シェイビングローション等が挙げられる。食品としては、例えば、チューインガム、飴、錠菓等が挙げられる。医薬部外品としては、例えば、乳液、クリーム、軟膏、貼付剤、エアゾール剤等が挙げられる。口腔衛生製品としては、例えば、歯磨き剤、洗口液、口中スプレー歯磨き剤、入れ歯ケア剤等が挙げられる。
【0025】
洗浄剤、化粧品、食品、医薬部外品、口腔衛生製品等(以下、「バイオフィルム抑制対象物」という)に本発明のバイオフィルム抑制剤を含有させることにより、上記製品中におけるバイオフィルムの形成を効率的に抑制することができる。バイオフィルム抑制対象物中における上記特定のセスキテルペンの含有量は、通常0.00001〜1重量%であり、好ましくは0.0001〜0.01重量%である。
【実施例】
【0026】
以下、試験例などにより本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらによりなんら限定されるものではない。
【0027】
1.ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)に対するバイオフィルム抑制効果の確認試験(1)
(1)被検試料
以下のセスキテルペンをジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解して0.5重量%溶液としたものを被検試料とした。
A.本発明品(多環式セスキテルペン炭化水素):レデン(Fluka社製)、イソレデン(Fluka社製)、バレンセン(SIGMA-ALDRICH 社製)、クパレン(SIGMA-ALDRICH 社製)、β−カミグレン(SIGMA-ALDRICH 社製)、ロンギピネン(SIGMA-ALDRICH 社製)、クロベン(Fluka社製)、ネオクロベン(SIGMA-ALDRICH 社製)、α−フネブレン(Fluka社製)、β−フネブレン(Fluka社製)、イソロンギフォレン(SIGMA-ALDRICH 社製)、サチベン(SIGMA-ALDRICH 社製)、シクロサチベン(Fluka社製)、ロンギシクレン(SIGMA-ALDRICH 社製)、ツヨプセン(SIGMA-ALDRICH 社製)
B.比較品1(非環式セスキテルペン炭化水素):ファルネセン(東京化成工業社製)
C.比較品2(単環式セスキテルペン炭化水素):α−フムレン(Fluka社製)、比較品3(単環式セスキテルペン炭化水素):ゲルマクレンD(A.M. Todd 社製)
(2)ヒト唾液の調製
ヒト全唾液を10ml集め、遠心分離(6500rpm,20分,4℃)した後の上清をヒト唾液として試験に用いた。
(3)供試菌株
ストレプトコッカス・ミュータンス(ATCC 700610株)
(4)供試菌液
ブレインハートインフュージョン培地(DIFCO社製)に1.5%の寒天(和光純薬工業社製)を溶解し滅菌済みシャーレに分注固化した。凍結保存品の供試菌株をこの寒天培地に塗抹して、37℃にて一晩前培養した。シャーレ内の菌を一白金耳取り、ブレインハートインフュージョン液体培地5mlを分注した試験管に植菌した。ビニルテープを用いて該試験管を密閉した後に37℃にて24時間培養し、前培養液とした。次いで、ブレインハートインフュージョン培地2.7mlを含む試験管に0.3mlの前培養液を加え、37℃、5%CO条件下で3時間培養したものを供試菌液として用いた。
【0028】
(5)実験方法
ポリスチレン製の96穴平底マイクロプレート(IWAKI社製)の各ウェルに上記ヒト唾液を200μlずつ添加し、37℃で1時間静置して固相化処理を行い、次いで生理食塩水200μlで各ウェルを2回洗浄したものを唾液処理プレートとし、以下の試験に用いた。
濃度を段階的に変えた上記本発明品、比較品1〜比較品3のうち1種の被検試料及び20mMとなるようにスクロースを加えたBM培地(リン酸水素二カリウム10.102g、 リン酸二水素カリウム2.041g、硫酸アンモニウム1.321g、塩化ナトリウム2.045g、グルコース8g、カザミノ酸2g、1M硫酸マグネシウム七水和物2ml、0.04mM ニコチン酸4.9mg、ピリドキシン塩酸塩20.6mg、パントテン酸ナトリウム塩2.4mg、1%リボフラビン水溶液37.6μl、 1.0%チアミン塩酸塩水溶液10.11μl、1.0%ビオチン水溶液12.21ml、グルタミン酸0.589g、アルギニン塩酸塩0.211g、システイン塩酸塩0.228g、トリプトファン20.4mgを蒸留水にて1lにフィルアップした後に、ろ過滅菌を行った。)を該唾液処理プレートの各ウェルに100μlずつ添加した。
次に、上記スクロース含有BM培地25mlに供試菌液500μlを懸濁し、得られた菌懸濁液を上記で被検試料及びスクロース含有BM培地を100μlずつ添加した各ウェルに100μlずつ添加し、試料濃度を各ウェルのBM培地中最終濃度で1.56ppm、3.13ppm、6.25ppm、12.5ppm、25ppm、50ppmになるように調整した。
なお、セスキテルペンA〜CをDMSOに溶解した上記被検試料に代えて、DMSOのみを用いたものをコントロールとした。
その後、5%CO条件下にて37℃、1日間の培養を行った。供試菌液を除去し、ウェルに付着した菌体、分泌物及び沈着物をバイオフィルムとし、0.01重量%水溶液として調製したクリスタルバイオレット(和光純薬工業社製)水溶液50μlを添加し、バイオフィルムを染色した。次にクリスタルバイオレット液を除き、200μlの蒸留水で2回洗浄後、エタノール200μlを加え、クリスタルバイオレットを溶出させることにより、プレートに固着したバイオフィルムを定量した。具体的には、マイクロプレートリーダー(MTP−120,CORONA ELECTRIC社製)を用いて、各ウェルの600nmにおける吸光度(O.D.600)を測定した。
コントロールのバイオフィルム形成率を100%とし、そのときの吸光度(O.D.600)を基準吸光度として、各被検試料について該基準吸光度の50%に相当する濃度(すなわち、バイオフィルムの形成を50%阻止するために必要な最低濃度(以下、「50%阻害濃度」という))を算出した。
バイオフィルム抑制効果の判定は、各被検試料について算出された50%阻害濃度を比較することにより行った。表1に結果を示す。
【0029】
【表1】

【0030】
表1の結果から、S.mutansに対して、非環式セスキテルペン炭化水素であるファルネセン(比較品1)及び単環式セスキテルペン炭化水素であるフムレン(比較品2)及びゲルマクレンD(比較品3)に比べて、本発明品は全16種類ともに、非常に低い50%阻害濃度(10ppm以下)を示し、優れたバイオフィルム形成抑制力を有することが認められた。
【0031】
2.ストレプトコッカス・サングイニイス(Streptococcus sanguinis)、ストレプトコッカス・サリバリウス(Streptococcus salivarius)及び緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)に対するバイオフィルム抑制効果の確認試験
被検試料としてツヨプセン(SIGMA-ALDRICH 社製)、供試菌株としてストレプトコッカス・サングイニイス(JCM5708T株)、ストレプトコッカス・サリバリウス(JCM5707株)及び緑膿菌(NBRC13275株)を用いたことを除き、上記「1.ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)に対するバイオフィルム抑制効果の確認試験」と同様の方法により試験を行った。表2に結果を示す。
【0032】
【表2】

【0033】
被検試料として表1においてストレプトコッカス・ミュータンスに対して優れたバイオフィルム形成抑制力を示したツヨプセンを用いた。表2の結果から、50%阻害濃度が10ppm以下となり、ツヨプセンはストレプトコッカス・サングイニイス及びストレプトコッカス・サリバリウスに対しても、優れたバイオフィルム抑制力を有することが認められた。一方、ツヨプセンは緑膿菌に対しては50%阻害濃度が50ppmを上回り、バイオフィルム形成抑制力を示さないものと評価された。これは緑膿菌が、ストレプトコッカス・サングイニイス及びストレプトコッカス・サリバリウスとは異なり、グラム陰性菌であるためと考えられる。
【0034】
3.キレート剤、香料との併用効果
キレート剤としてのエチレンジアミン四酢酸(EDTA)や香料としてのメントール、チモールは、それ単独ではストレプトコッカス・ミュータンスに対してバイオフィルム形成抑制力を示さなかったが(50%阻害濃度:いずれも20ppm以上)、EDTA、メントール、チモールのいずれか1種とツヨプセンとの1:1(重量比)混合物は、ストレプトコッカス・ミュータンスに対して優れたバイオフィルム形成抑制力を示した(50%阻害濃度:いずれも2ppm未満)。
【0035】
4.ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)に対するバイオフィルム抑制効果の確認試験(2)
以下の精油および精油誘導体をDMSOに溶解して0.5重量%溶液としたものを被検試料として用いたことを除き、上記「1.ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)に対するバイオフィルム抑制効果の確認試験(1)」と同様の方法により試験を行った。表3に各被検試料について50%阻害濃度を示す。
(精油)
・オレンジ油:オレンジ セスキテルペンズ(Erich Ziegler 社製)、オレンジオイル セスキテルペンズ (NOVA 社製)
・キャロット油:カリオフィレン キャロットタイプ(井上香料社製)
・セロリ油:カリオフィレン セロリタイプ(井上香料社製)
・クローブ油:クローブ リーフ レクチ(盛香堂石田商店)、
・ピメントベリー油:テンプラー ピメント ベリー C−1533(シバタトレーディング社)
・キャラウェイ油:キャラウェイ PB(香栄興業社製)
・ピメンタ油:ピメンタオイル ホワイト(鈴木薄荷)
・ローレル油:ローレル ノーベル エキストラ(香栄興業社製)
【0036】
(精油誘導体)
イランイラン油の誘導体を以下にしたがって調製した。イランイラン油(イランイラン3rd精油、中央香料社製)を3〜5mmHg、120℃で蒸留し、収率75%でゲルマクレンD(単環式セスキテルペン)を含む主留分を得た。続いて、高圧水銀灯(H8000PL、東芝電材社製)を装着した二重釜に精油主留分10kg、トルエン90kg、光増感剤としてアセトフェノン1kgを仕込んだ。30時間、25℃で反応を行い、ガスクロマトグラフィーでゲルマクレンD(単環式セスキテルペン)がブルボネン(多環式セスキテルペン)に変換したことを確認した。反応後ヘキサン30kg、メタノール10kgを加え、ヘキサン層を分離した後、このヘキサン層の蒸留を行い、ブルボネンを高含有する誘導体を収率35%で得た。
【0037】
5.試験に使用した精油および精油誘導体に含まれるセスキテルペン含有量
上記「4.ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)に対するバイオフィルム抑制効果の確認試験(2)」で被検試料とした精油および精油誘導体について、ガスクロマトグラフィー/質量分析(GC/MS)により、精油に含まれる精油成分を特定し、多環式セスキテルペンの含有量を計算した。具体的には、各被検試料について得られたクロマトグラムから精油成分を特定し、ピーク面積を基準にして、全精油成分における多環式セスキテルペンの合計含有量(%)を求めた。表4と表5に各被検試料について、精油成分、保持時間および含有量(%)を示し、表3に各被検試料について多環式セスキテルペンの合計含有量(%)を示した。
【0038】
(GC/MS分析条件)
ガスクロマトグラフィー6890N(Agilent社製)にカラム(DB−WAX, 60m x 0.25mm id, 0.25μm,Agilent社製)のカラムを装着した。キャリアーガスはヘリウムを使用し、60℃で1ml/minになるように調節した。オーブンは初期温度を60℃とし、3℃/minで昇温を行い、230℃に達してから60分間温度を保持した。注入口は250℃に設定し、スプリット比は1:100に設定した。検出器は質量計5975N(Agilent社製)を用い、検出器のトランスファーラインの温度は250℃に設定した。被検試料はそれぞれ1μlを分析機器に注入した。
【0039】
【表3】

【0040】
【表4】

【0041】
【表5】

【0042】
表3より、多環式セスキテルペン含有量が多くなるほど50%阻害濃度が減少する傾向が見られた。具体的には、多環式セスキテルペン含有量が40〜80%の範囲にあるイランイラン油誘導体、オレンジ油、キャロット油、セロリ油は50%阻害濃度が10ppm未満となり、非常に優れたバイオフィルム形成抑制力を示した。また、多環式セスキテルペン含有量が10〜30%の範囲にあるオレンジ油、クローブ油、ピメントベリー油は50%阻害濃度が20〜40ppmとなり、優れたバイオフィルム形成抑制力を示した。さらに、多環式セスキテルペン含有量が0〜2%の範囲にあるキャラウェイ油、ピメンタ油、ローレル油は50%阻害濃度が50ppmを上回り、バイオフィルム形成抑制力を示さないものと評価された。このように、多環式セスキテルペン含有量の多い精油は優れたバイオフィルム形成抑制力を示すことが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明のバイオフィルム抑制剤による、グラム陽性菌、より具体的にはストレプトコッカス属(Streptococcus)に属する細菌、好ましくはストレプトコッカス(Streptococcus)に属する口腔内細菌に対する優れたバイオフィルム形成抑制力を利用することで、洗浄剤、化粧品、食品、医薬部外品、口腔衛生製品等のバイオフィルム抑制対象物の配合成分として好適に利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レデン、イソレデン、ビリディフロレン、アモルフェン、カラコレン、カダレン、エレモフィレン、ヌートカテン、ベチベン、ベチベネン、ジザエン、バレンセン、クパレン、クパレネン、カミグレン、ヒマカレン、ロンギピネン、クロベン、ネオクロベン、フネブレン、ロンギフォレン、イソロンギフォレン、サチベン、シクロサチベン、ロンギシクレン、ツヨプセン、ツヨプサジエン、イランゲン、パチョレン、ダウセン、マアリエン、パナシンセン、コメン、イソコメン、セスキツエン、シペレン、カリオフィレン、イソカリオフィレン、コパエン、カジネン、セリネン、カラメネン、ムウロレン、イタリセン、ベルガモテン、サンタレン、アコラジエン、アラスケン、キュベベン、グアイエン、ガージュネン、カマズレン、ビシクロエレメン、ビシクロゲルマクレン及びブルボネンから選ばれる1種以上の多環式セスキテルペン炭化水素を含有する、ストレプトコッカス属(Streptococcus)に属する口腔内細菌によるバイオフィルムの形成を抑制するためのバイオフィルム抑制剤。
【請求項2】
前記多環式セスキテルペン炭化水素が、アミリス油、ヨモギ油、ニガヨモギ油、アンゲリカ油、ショウガ油、イランイラン油、オールスパイス油、カスカリラ油、オレンジ油、グレープフルーツ油、レモン油、ライム油、カラムス油、クラリセージ油、コショウ油、ジュニパーベリー油、ペパーミント油、スペアミント油、セロリ油、ゼラニウム油、ティーツリー油、キャロット油、バジル油、パチョリ油、ヒソップ油、ベチバー油、ホップ油、マスティック油、ミルラ油、ユーカリ油、ラブダナム油、ウコン油、オリガナム油、カモミル油、ガランガ油、シナモン油、シトロネラ油、セージ油、ベイ油、ヤロー油、メリッサ油、ローズマリー油、クローブ油、ピメントベリー油及びロベージ油から選ばれる精油または該精油誘導体に含有されており、該精油または該精油誘導体を含有する、請求項1記載のバイオフィルム抑制剤。
【請求項3】
ストレプトコッカス属(Streptococcus)に属する口腔内細菌が、ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)、ストレプトコッカス・サングイニイス(Streptococcus sanguinis)ストレプトコッカス・サリバリウス(Streptococcus salivarius)ストレプトコッカス・オラリス(Streptococcus oralis)、ストレプトコッカス・ゴードニィ(Streptococcus gordonii)及びストレプトコッカス・サンガイス(Streptococcus sanguis)から選ばれる1種以上である、請求項1または2記載のバイオフィルム抑制剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のバイオフィルム抑制剤を含有する、洗浄剤、化粧品、食品、医薬部外品又は口腔衛生製品。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のバイオフィルム抑制剤を含有する、口腔衛生製品。

【公開番号】特開2012−229191(P2012−229191A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152056(P2011−152056)
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【出願人】(000208086)大洋香料株式会社 (34)
【Fターム(参考)】