説明

バイオマスの糖化方法

【課題】リグニン含量の高いリグノセルロース系バイオマスに適用でき、糖化に用いた酵素を高い回収率で回収可能な酵素回収工程を含むリグノセルロース系バイオマスの糖化方法を提供する。
【解決手段】リグノセルロース系バイオマスを酵素で糖化する糖化工程と、糖化工程終了後に酵素を回収する酵素回収工程を含むリグノセルロース系バイオマスの糖化方法であって、酵素回収工程が、以下の(A)および(B)の工程のうち少なくとも1つを含むことを特徴する糖化方法。
(A)糖化反応スラリーにアルカリを添加して、糖化反応残渣に吸着した酵素を脱着させた後、糖化反応スラリーの固液分離を行って酵素を含有する酵素回収液を回収する工程
(B)糖化反応スラリーの固液分離により得られた糖化反応残渣にアルカリを添加して、糖化反応残渣に吸着した酵素を脱着させて酵素を含有する酵素回収液を回収し、その際、酵素回収液のpHが漸増するように糖化反応残渣にアルカリを添加する工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマスの糖化方法に関するものであり、より詳細には、リグノセルロース系バイオマスを酵素で糖化する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リグノセルロース系バイオマスを糖化し、発酵原料となる単糖類を得る技術は、食料と競合しない非可食性のバイオマスの資源・エネルギー利用という観点から、極めて重要な技術である。リグノセルロース系バイオマスを糖化する方法は、硫酸等の酸を用いて加水分解する酸糖化法と、酵素を用いて加水分解する酵素糖化法に大別される。酸糖化法はバイオマスとの反応性が高いという利点があるが、耐酸性の反応器を必要とし、使用後の酸を中和・回収する工程が必要となる点で課題を有する。一方、酵素糖化法は、比較的マイルドな反応条件で分解反応が進行するので、酸糖化法と比較して設備コストが低い、あるいは反応時における安全性が高いという利点を有する。しかしながら、酵素は非常に高価であり、酵素コストが実用上の大きな課題となっている。
【0003】
酵素コストを低減する方策として酵素リサイクルが試みられているが、問題となるのは糖化反応残渣(糖化反応後の残渣)への酵素の吸着である。すなわち、リグノセルロース系バイオマスを糖化するために使用される酵素は、未分解の糖質およびリグニンに対して高い吸着性を示すため、糖化反応残渣に吸着する。この吸着現象が、酵素をリサイクルする上で大きな課題となっている(非特許文献1参照)。一方、酵素処理後の糖化反応液からの酵素の回収は、一般に膜分離法(限外ろ過)、またはリグノセルロース系バイオマスへの再吸着により行えることが知られており、比較的高い回収率が見込める。
【0004】
糖化反応残渣に吸着した酵素の回収・リサイクル方法としては、例えば、以下の(a)〜(d)などが知られている。
(a)酵素が吸着した糖化反応残渣をそのまま次回の酵素糖化反応に再利用する方法(特許文献1、非特許文献2参照)
(b)界面活性剤を使用して糖化反応残渣から酵素を脱着・回収する方法(非特許文献3参照)
(c)アルカリで糖化反応残渣から酵素を脱着・回収する方法(非特許文献3、4、5参照)
(d)酸性〜中性の高濃度のバッファーで糖化反応残渣から酵素を脱着・回収する方法(非特許文献6、7参照)
【0005】
上記(a)の方法は、リグニンを多く含むリグノセルロース系バイオマスを原料とする場合は、リグニンが蓄積するため適用することができない。一般に、リグニンを除去するには多大のコスト(多量のアルカリや酸等)を必要とするため、リグニン含量の高いリグノセルロース系バイオマスに適用可能な低コストのリサイクル方法が望まれる。
上記(b)の方法は、酵素脱着効果が十分でなく酵素回収率が低いこと、界面活性剤を使用するためコスト高になることなどの課題を有している。
上記(c)の方法は、アルカリによる酵素の失活が課題であり、また、高い回収率で酵素を回収した例は知られていない。
上記(d)の方法は、高濃度のバッファー(例えば、0.5Mリン酸バッファー)を大量に使用するため、コスト高になるという課題を有している。
【0006】
また、リグノセルロースはセルロースのみでなくヘミセルロースも含むため、糖化酵素としてセルラーゼとヘミセルラーゼを同時に作用させ、かつ、同時にリサイクルできることが望ましい。しかし、上記(a)〜(d)の方法は、セルラーゼの回収・リサイクルに適用されており、ヘミセルラーゼ、またはセルラーゼとヘミセルラーゼの混合物に関する回収・リサイクルの報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−98951号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Biotechnology and Bioengineering, 51, 375-383 (1996)
【非特許文献2】Biotechnology and Bioengineering, 45, 328-336 (1995)
【非特許文献3】Biotechnology and Bioengineering, 34, 291-298 (1989)
【非特許文献4】Biotechnology Letters, 6(6), 369-374 (1984)
【非特許文献5】Applied Biochemistry and Biotechnology, 143, 93-100 (2007)
【非特許文献6】Applied Biochemistry and Biotechnology, 8, 25-29 (1983)
【非特許文献7】Enzyme Microb. Technol, 6, 338-340 (1984)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、リグニン含量の高いリグノセルロース系バイオマスに適用でき、糖化に用いた酵素を高い回収率で回収可能な酵素回収工程を含むリグノセルロース系バイオマスの糖化方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の発明を包含する。
[1]リグノセルロース系バイオマスを酵素で糖化する糖化工程と、糖化工程終了後に酵素を回収する酵素回収工程を含むリグノセルロース系バイオマスの糖化方法であって、
酵素回収工程が、以下の(A)および(B)の工程のうち少なくとも1つを含むことを特徴する糖化方法。
(A)糖化反応スラリーにアルカリを添加して、糖化反応残渣に吸着した酵素を脱着させた後、糖化反応スラリーの固液分離を行って酵素を含有する酵素回収液を回収する工程
(B)糖化反応スラリーの固液分離により得られた糖化反応残渣にアルカリを添加して、糖化反応残渣に吸着した酵素を脱着させて酵素を含有する酵素回収液を回収し、その際、酵素回収液のpHが漸増するように糖化反応残渣にアルカリを添加する工程
[2]糖化工程の前に、リグノセルロース系バイオマスの酵素糖化効率を高める処理を行う前処理工程を有することを特徴とする前記[1]に記載の糖化方法。
[3]酵素がセルラーゼおよびヘミセルラーゼの混合物である前記[1]または[2]に記載の糖化方法。
[4]セルラーゼが少なくともセロビオヒドロラーゼ、β−グルカナーゼおよびβ−グルコシダーゼを含み、ヘミセルラーゼが少なくともキシラナーゼおよびβ−キシロシダーゼを含むことを特徴とする前記[3]に記載の糖化方法。
[5](B)の工程において、pH漸増の終点における酵素回収液のpHが7〜13の範囲内であることを特徴とする前記[1]〜[4]のいずれかに記載の糖化方法。
[6]酵素回収工程において、酵素回収液を回収後速やかに、酵素回収液のpHを弱酸性〜中性に調整することを特徴とする前記[1]〜[5]のいずれかに記載の糖化方法。
[7]前処理工程が、リグノセルロース系バイオマスをアルカリ処理するものであり、その際に生じたアルカリ廃液を、酵素回収工程のアルカリとして用いることを特徴とする前記[2]〜[6]のいずれかに記載の糖化方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、リグニン含量の高いリグノセルロース系バイオマスに適用でき、糖化に用いた酵素を高い回収率で回収可能な酵素回収工程を含むリグノセルロース系バイオマスの糖化方法を提供することができる。回収した酵素をリサイクル使用して糖化工程を行うことにより、酵素使用量を減らし、酵素コストを大幅に低減することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、リグノセルロース系バイオマスの糖化方法を提供する。本発明の糖化方法は、リグノセルロース系バイオマスを酵素で糖化する糖化工程と、糖化工程終了後に酵素を回収する酵素回収工程を必須の工程として含むものであればよい。好ましくは、糖化工程の前に、リグノセルロース系バイオマスの酵素糖化効率を高める処理を行う前処理工程を含む。
【0013】
本発明の糖化方法の原料は、リグノセルロース系バイオマスを含むものであればよい。リグノセルロース系バイオマスは、主としてセルロース、ヘミセルロースおよびリグニンから構成されており、木本植物、草本植物、それらの加工品、それらの廃棄物などが該当する。具体的には、例えば、木材、間伐材、製材残材、建築廃材、樹皮、果房、果実殻、茎葉、稲わら、麦わら、バガス、古紙などが挙げられる。好ましくは、アブラヤシ、ナツメヤシ、サゴヤシ、ココヤシ等のヤシ類(幹、茎葉、空果房、果実繊維)、サトウキビ(バガス、葉)、トウモロコシ(穂軸、茎葉)、稲わら、麦わら、スウィッチグラス、および、ユーカリ、ポプラ、スギ等の木材(樹皮、木部)である。より好ましくはヤシ類の空果房、サトウキビバガス、トウモロコシ穂軸、稲わら、麦わら、ユーカリ、スギであり、さらに好ましくはアブラヤシの空果房である。リグノセルロース系バイオマスの大きさ、形状等は特に限定されないが、各工程における反応効率を向上させる観点から、予め粉砕され、チップ状にされたものが好ましい。
【0014】
前処理工程では、リグノセルロース系バイオマスの酵素糖化効率を高める処理を行う。前処理を行うことにより、セルロースおよびヘミセルロースへの酵素の接触が容易となり、酵素反応の効率が向上する。リグノセルロース系バイオマスの酵素糖化効率を高める処理としては、例えば、リグニンを可溶化する処理、セルロースおよびヘミセルロースとリグニンとの結合を切断する処理、セルロースおよびヘミセルロースの表面積を増大させる処理、セルロースの結晶性を低下させる処理などが挙げられる。本発明の糖化方法において前処理工程は必須ではなく、例えば古紙等のようにリグニン含量の低いリグノセルロース系バイオマスを用いる場合には省略することができる。前処理方法は、公知の方法から適宜選択することができる。例えば、アルカリ処理、酸処理、水熱処理、爆砕処理、有機溶媒処理、イオン性液体処理、マイクロ波処理、白色腐朽菌などのリグニン分解菌による処理、粉砕処理などが挙げられ、好ましくはアルカリ処理、酸処理、水熱処理であり、さらに好ましくはアルカリ処理である。
【0015】
前処理がアルカリ処理の場合、アルカリとしては、ナトリウム、カルシウム、カリウム、マグネシウムの水酸化物、酸化物、炭酸塩、炭酸水素塩、アンモニアなどが使用でき、好ましくは水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、アンモニアであり、さらに好ましくは水酸化ナトリウム、水酸化カルシウムである。アルカリは液状物(アルカリ液、好ましくはアルカリ水溶液)を用いてもよく、固状物を用いてもよい。固状のアルカリを用いる場合は、別途水を添加することが好ましい。アルカリ添加量は特に限定されないが、好ましくはリグノセルロース系バイオマスを含む原料に対して約1〜30wt%、より好ましくは約5〜15wt%添加する。なお、原料に対するwt%は原料の乾燥重量(絶乾重量)に対するwt%とし、以下も同様とする。処理温度は特に限定されないが、好ましくは約20〜200℃、より好ましくは約50〜150℃である。処理時間は特に限定されないが、好ましくは約0.1〜100時間、より好ましくは約1〜30時間である。アルカリ処理後に、ろ過、遠心分離等により固液分離し、固形分を糖化工程に供する。分離後の固形分は、水等で洗浄してアルカリおよび可溶化リグニンを除去することが好ましい。また、洗浄後に乾燥させてもよいが、乾燥させずに糖化工程に供することが好ましい。また、リグニン分解を促進させるために、アントラキノン、スルホン化アントラキノンなどのアントラキノン類を添加してアルカリ処理を行ってもよい。
【0016】
前処理が酸処理の場合は、硫酸、塩酸、硝酸、酢酸、リン酸等の酸類が使用でき、水溶液で用いるのが好ましく、希硫酸がさらに好ましい。酸添加量は特に限定されないが、好ましくはリグノセルロース系バイオマスを含む原料に対して約0.1〜10wt%添加する。処理温度は特に限定されないが、好ましくは約100〜200℃である。処理時間は特に限定されないが、好ましくは約0.1〜10時間である。固液分離、洗浄を行い、糖化工程に供する。
【0017】
前処理が水熱処理の場合は、リグノセルロース系バイオマスを含む原料に水を添加し、高温高圧下で処理する。水の添加量は特に限定されないが、好ましくはリグノセルロース系バイオマスを含む原料に対して約1〜20倍の重量を添加する。処理温度は特に限定されないが、好ましくは約100〜250℃である。処理時間は特に限定されないが、好ましくは約0.1〜10時間である。固液分離、洗浄を行ってもよいが、水熱処理の場合は、固液分離、洗浄を行わずに、糖化工程に供することもできる。
【0018】
これらの中でも、アルカリ処理が好ましい。後述するように、前処理工程におけるアルカリ処理により生じたアルカリ廃液を酵素回収工程のアルカリとして用いることにより、酵素回収の効率が向上することが確認されている(実施例7、実施例10参照)。
【0019】
糖化工程では、リグノセルロース系バイオマスを酵素で糖化する。糖化工程の原料には、上記前処理工程後のリグノセルロース系バイオマスを用いることが好ましい。用いる酵素は、セルロースを単糖(グルコース)に加水分解できる酵素、またはヘミセルロースを単糖(キシロース、マンノース、アラビノース等)に加水分解できる酵素を含むものであればよい。このような酵素は、一般にセルラーゼ、ヘミセルラーゼと称され、複数の酵素で構成される。本発明の糖化方法に用いる酵素は、セルラーゼまたはヘミセルラーゼを含むものであればよいが、糖化効率を向上させるために、両者の混合物を用いることが好ましい。セルラーゼとしては、セロビオヒドロラーゼ、β−グルカナーゼおよびβ−グルコシダーゼを含むものであることが好ましい。ヘミセルラーゼとしては、キシラナーゼおよびβ−キシロシダーゼを含むものであることが好ましい。他のヘミセルラーゼとしては、アセチルキシランエステラーゼ、α−アラビノフラノシダーゼ、マンナナーゼ、α−ガラクトシダーゼ、キシログルカナーゼ、ペクトリアーゼ、ペクチナーゼなどが挙げられる。また、植物細胞壁分解に関わる他の酵素、例えば、フェルラ酸エステラーゼ、クマル酸エステラーゼ、プロテアーゼなどを含んでいてもよい。これらの酵素を含有しているか否かは、各酵素の基質を用いて酵素活性を調べることにより、確認することができる。
【0020】
酵素の由来としては特に限定されないが、トリコデルマ(Trichoderma)属、アクレモニウム属(Acremonium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ファネロケエテ(Phanerochaete)属、フーミコラ(Humicola)属、バチルス(Bacillus)属の微生物などに由来する酵素が挙げられ、好ましくはトリコデルマ属、アクレモニウム属、アスペルギルス属由来の酵素であり、さらに好ましくはトリコデルマ属由来の酵素である。
【0021】
これらの酵素は市販されており、本発明の糖化方法に好適に用いることができる。市販の酵素製剤としては、ノボザイムズ社製のCellicシリーズ(CTec2、HTec2、CTec、Htec)、ノボザイム188、Celluclast、Pulpzyme、ジェネンコア社製のAccelleraseシリーズ(Duet、1500、XY、XC、BG)、Multifectシリーズ、明治製菓社製のメイセラーゼ、ヤクルト社製のオノズカ、アマノエンザイム社製のセルラーゼ(A、T)などが挙げられる。好ましくはCellic CTec2、Cellic HTec2、AccelleraseDuetである。これらの酵素製剤はセロビオヒドロラーゼ、β−グルカナーゼ、β−グルコシダーゼ、キシラナーゼ、β−キシロシダーゼを含んでおり、原料のリグノセルロース系バイオマスの組成や含有酵素活性を考慮して、単独、あるいは複数を組み合わせて用いることができる。セルラーゼ活性の高い酵素製剤とヘミセルラーゼ活性の高い酵素製剤を組み合わせて用いる方法は本発明の好適な実施形態であり、特にCellic CTec2とCellic HTec2を組み合わせて混合して用いることが好ましい。
【0022】
また本発明ではアルカリで酵素を回収して再利用することから、高いアルカリ安定性、および熱安定性を有する酵素を使用することが好ましい。酵素を化学的、あるいは遺伝子工学的(タンパク質工学的)に修飾してもよい。修飾することで、酵素安定性を高めたり、糖化反応残渣への吸着性を低減させたり、酵素回収効率を高めることができるため、本発明で好適に用いることができる。
【0023】
糖化工程において、リグノセルロース系バイオマスを酵素処理して糖化する方法は特に限定されず、リグノセルロース系バイオマスを含む原料(以下「バイオマス原料」という。)と酵素が接触して単糖が生成される方法であればどのようなものでもよい。例えば、バイオマス原料に酵素および水を添加してスラリーを調製し、攪拌しながら反応させる方法が挙げられる。スラリーを攪拌せずに静置状態で反応を行ってもよいが、糖化反応促進のため攪拌することが好ましい。酵素の使用量としては特に限定されないが、好ましくはバイオマス原料に対して、酵素活性成分の重量として、約0.01〜10wt%、より好ましくは約0.05〜3wt%添加する。水の添加量としては特に限定されないが、好ましくはバイオマス原料(乾燥重量)に対して約1〜20倍、さらに好ましくは2〜10倍量添加する。反応系には、酵素反応の妨げとならない限りバイオマス原料および酵素以外のものが添加されてもよい。例えば、テトラサイクリン塩酸塩、シクロヘキシミドなどの抗生物質を雑菌による糖消費の抑制の目的で添加してもよい。
【0024】
反応条件は、酵素による加水分解が進行する条件であれば特に限定されない。反応温度は通常約20〜80℃、好ましくは約30〜60℃である。反応時間は通常約1〜300時間、好ましくは約10〜100時間である。反応pHは酵素の至適pHに従って設定すればよいが、通常pH約3〜7、好ましくはpH約4.5〜6である。pHコントロールのために、酢酸、クエン酸、コハク酸、リン酸などのバッファー成分を添加してもよい。pH調整には、酸、アルカリを適宜選択して用いることができる。一般に前処理工程としてアルカリ処理を行った場合には、バイオマス原料がアルカリ性になっているため、酸を使用して糖化に適したpHに調整する。この場合、使用する酸としては特に限定されないが、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸、酢酸、クエン酸、コハク酸、二酸化炭素などが挙げられ、好ましくは硫酸、塩酸、酢酸、二酸化炭素である。また酵素のバイオマス原料への非特異的吸着を低減させるために、添加剤を添加してもよい。このような添加剤としては、タンパク質、界面活性剤、リグニン分解物などが挙げられ、好ましくは真菌や細菌などの微生物を培養して得られるタンパク質(菌体由来、および菌体外分泌タンパク質)、非イオン性界面活性剤、および脂肪酸由来の界面活性剤である。酵素の非特異的吸着を低減させることで、糖化速度の向上、酵素回収率の向上などが見込めるため、このような添加剤を添加することは本発明の好適な実施形態の一つである。
【0025】
糖化工程により、酵素糖化反応の反応生成物である糖化反応スラリー(以下、単に「反応スラリー」という。)が得られる。この反応スラリーを、次の酵素回収工程に供する。反応スラリーは、糖化反応液(以下、単に「反応液」という。)と糖化反応残渣(以下、単に「反応残渣」という。)との混合物である。反応液には、グルコース、キシロース、マンノース、アラビノース等の単糖類および遊離の酵素が含まれている。反応残渣は反応液回収後の残りかすであり、未分解の糖質、リグニン、これらに吸着した酵素などが含まれている。
【0026】
酵素回収工程では、反応残渣に吸着した酵素を、アルカリを添加することで脱着させて回収する。本発明者らは、反応残渣と酵素との吸着/脱着状態は、系のpHに依存して変化することを見出した。すなわち、pHを高くすると脱着率が高くなり(吸着率が低くなり)、pHを低くすると吸着率が高くなる(脱着率が低くなる)ことを見出した。これは、反応残渣中のイオン性残基(カルボキシル基やフェノール性水酸基など)が、高pHではイオン化されて親水化し、酵素/反応残渣の疏水的相互作用が弱まるためと考えられる。酵素の脱着率は、基本的には系のpHを高めるほど高くなるが、高いpHではアルカリによる酵素の失活が問題となる。そこで、本発明者らは、アルカリとの接触を制限しながら効率的に酵素回収を行うことが重要であると認識し、鋭意検討した結果、以下の(A)および(B)の工程のうち少なくとも1つを含む酵素回収方法を見出した。
(A)糖化反応スラリーにアルカリを添加して、糖化反応残渣に吸着した酵素を脱着させた後、糖化反応スラリーの固液分離を行って酵素を含有する酵素回収液を回収する工程
(B)糖化反応スラリーの固液分離により得られた糖化反応残渣にアルカリを添加して、糖化反応残渣に吸着した酵素を脱着させて酵素を含有する酵素回収液を回収し、その際、酵素回収液のpHが漸増するように糖化反応残渣にアルカリを添加する工程
本発明の糖化方法における酵素回収工程は、好ましくは工程(B)を含むものであり、より好ましくは工程(A)および工程(B)を含むものである。
【0027】
背景技術で述べたリサイクル方法(c)(非特許文献3、4、5参照、以下「方法(c)」という。)は、本発明の酵素回収工程と同様にアルカリを用いて酵素回収を行うものである。しかしながら、方法(c)は、固液分離後の反応残渣にアルカリを添加し酵素回収を行うのに対して、本発明の酵素回収工程における工程(A)は、固液分離前の段階でアルカリを添加し酵素回収を行う点で異なっている。また、方法(c)では、一定pHのアルカリ液を用いて単一の酵素回収を行うのに対して、本発明の酵素回収工程における工程(B)は、低いpHから高いpHへ酵素回収液のpHを漸増させて酵素回収を行う点で異なっている。方法(c)での酵素回収率は最大50%程度にとどまっているが(pH10付近)、これは、高いpHで単一のアルカリ処理をすることにより、酵素が失活しているためと考えられる。本発明の糖化方法における酵素回収工程は、よりマイルドな条件で酵素回収を行うものであるため、アルカリ失活することなく、高い酵素回収率を達成できるという点で優位である。
【0028】
工程(A)は、糖化工程で得られた反応スラリーに対して、まずアルカリを添加して反応スラリーのpHをアルカリ側にシフトさせ、反応残渣に吸着した酵素を一部脱着させて遊離の酵素を増加させる。続いて、pHをシフトさせた反応スラリーの固液分離を行い、反応残渣を分離し、酵素回収液(=反応液、単糖と遊離酵素を含む)を回収する。この操作により、遊離の酵素を増加させて単糖類と共に酵素回収液(=反応液)中に回収できるため、より簡便に(酵素回収液を増加させずに)酵素回収率を高めることができる。すなわち、工程(A)は、糖化工程後の反応液と反応残渣の固液分離の段階で酵素回収率を高めることができるという点が特徴であり、メリットである。酵素回収率をさらに高めたい場合は、分離した反応残渣からさらに酵素回収を行ってもよい。分離した反応残渣からさらに酵素を回収する方法は特に限定されないが、水洗浄、アルカリ添加が好ましく、さらに好ましくは後述する工程(B)の方法である。
【0029】
工程(A)で反応スラリーに添加するアルカリとしては、アルカリ液が好ましく、アルカリ水溶液がより好ましい。アルカリ液またはアルカリ水溶液のpHは特に限定されないが、pHが約7〜14の範囲が好ましく、さらに好ましくはpH約8〜13の範囲である。アルカリとしては、ナトリウム、カルシウム、カリウム、マグネシウムの水酸化物、酸化物、炭酸塩、炭酸水素塩、アンモニアなどが使用でき、好ましくは水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、アンモニアであり、さらに好ましくは水酸化ナトリウム、水酸化カルシウムである。ホウ酸、リン酸などのバッファー成分を含んでいてもよい。またアルカリ液は酵素脱着を促進させるための添加剤を含んでいてもよい。このような添加剤としては、タンパク質、界面活性剤、リグニン分解物などが挙げられ、好ましくは真菌や細菌などの微生物を培養して得られるタンパク質(菌体由来、および菌体外分泌タンパク質)、非イオン性界面活性剤、および脂肪酸由来の界面活性剤である。
【0030】
工程(A)におけるアルカリ添加後の反応スラリーのpHは、中性〜弱アルカリ性であることが好ましい。これはアルカリによる酵素失活を抑制するためである。具体的には、pH約6〜10であるのが好ましく、pH約6.5〜9であるのがさらに好ましい。添加するアルカリの量は、上記pHを達成できる量であればよいが、アルカリ液として添加する場合は、反応スラリーの重量に対して約0.001〜100wt%の範囲が好ましく、約0.01〜10wt%の範囲がさらに好ましい。アルカリ添加後、反応残渣からの酵素脱着を促進させるために、攪拌、加熱等を行ってもよい。脱着時の温度は、約5〜60℃の範囲が好ましく、約10〜40℃がさらに好ましい。脱着時間(アルカリ添加から固液分離までの時間)は、温度との兼合いで脱着率が最大化する時間を適宜設定すればよいが、一般的には約0.01〜10時間の範囲であり、約0.1〜3時間が好ましい。酵素脱着後の反応スラリーの固液分離方法は特に限定されず、例えば、ろ過、遠心分離、遠心ろ過、サイクロン、フィルタープレス、デカンターなどを使用することができる。工程(A)においてアルカリ添加を行う反応スラリーは、糖化工程で得られる反応スラリーの全部でもよく、一部でもよい。工程(A)における酵素回収は、回分式で行うことが好ましい。すなわち、アルカリ添加、脱着および固液分離は、段階的に行うことが好ましい。
【0031】
工程(B)は、まず糖化工程で得られた反応スラリーの固液分離を行い、反応液と反応残渣を分離する。続いて、得られた反応残渣に対して、アルカリを添加して酵素脱着を行い、酵素を含有する酵素回収液を回収する。工程(B)は、この反応残渣からの酵素回収において、回収された酵素を含む酵素回収液のpHが漸増するように反応残渣にアルカリを添加することを特徴する。pHが漸増するとは、低いpHから高いpHへ徐々に変化することを意味する。この変化は連続的であっても、段階的であってもよいが、低いpHから酵素回収を開始し、pHを増しながら酵素回収を行うことが重要である。セルラーゼおよびヘミセルラーゼはそれぞれ複数の酵素で構成されているが、個々の酵素が異なる反応残渣吸着特性および安定性(特にアルカリに対して)を有していることを本発明者らは確認している。pHを漸増させて酵素回収を行うことで、アルカリとの接触を制限しながら、個々の酵素の特性に合ったpH領域で酵素回収が行えるため、失活することなく高い酵素回収率を得ることができる。
【0032】
工程(B)における反応スラリーの固液分離は、上記工程(A)で述べた方法と同様の方法で行うことができる。反応スラリーとしては、糖化工程で得られた反応スラリーをそのまま用いてもよいが、工程(A)によってアルカリ性に調整された反応スラリーを用いてもよい。反応残渣へのアルカリの添加は、反応残渣を適当な容器に入れ、アルカリを添加して反応残渣に吸着した酵素を脱着させる。容器は、糖化工程で用いた反応器をそのまま用いてもよい。添加するアルカリは、上記工程(A)で述べたものと同様のものを用いることができ、添加剤も同様のものを用いることができる。アルカリと水とを別々に反応残渣に添加してもよいが、その場合は混合させて得られる溶液をアルカリ液として考える。また本発明者らは、塩濃度が高すぎると反応残渣からの酵素脱着が阻害されることを見出した。塩濃度は、アルカリ液中の塩濃度として、約0.0001〜200mMであることが好ましく、さらに好ましくは約0.001〜50mMである。添加するアルカリ液の総量としては、反応残渣(乾燥重量)に対して約1〜500倍の範囲が好ましく、約3〜100倍の範囲がさらに好ましい。アルカリ添加後、反応残渣からの酵素脱着を促進させるために、攪拌、加熱等を行ってもよい。脱着の条件は上記工程(A)で述べた条件と同様の条件で行うことができる。続いて、ろ過、遠心分離等によりアルカリ脱着後の反応残渣を分離し、脱着した酵素を含む液を酵素回収液として回収する。回収した酵素回収液のpHが漸増していることは、酵素回収液を経時的に採取してpHを測定することで確認することができる。少なくともアルカリ添加後最初に採取した酵素回収液のpHより後に採取した酵素回収液のpHが高ければ、回収した酵素回収液のpHが漸増していると認められる。
【0033】
工程(B)での反応残渣からの酵素回収は、連続式で行ってもよく、回分式で行ってもよい。連続式の方が、より少ないアルカリ液の量で効率的に酵素回収を行えるため、好ましい。工程(B)を連続式で行う場合は、アルカリ液の添加および脱着した酵素を含む酵素回収液の回収を、いずれも連続的に行うことができる。連続的に添加するアルカリ液の組成、pHは、添加開始から添加終了まで一定でもよく、変化してもよい。変化する場合は、添加開始時のpHより添加終了時のpHが高いことが好ましい。アルカリ液のpHの変化は連続的であってもよく、段階的であってもよい。酵素回収液のpHが漸増していることは、例えば、回収開始時、回収途中、回収終了時の酵素回収液を適宜採取してpHを測定することで確認することができる。測定した酵素回収液のpHが、回収開始時<回収途中<回収終了時となっていればよい。
【0034】
工程(B)を回分式で行う場合は、反応残渣へのアルカリ液の添加および脱着した酵素を含む酵素回収液の回収を少なくとも2回以上繰り返す。1回目に添加するアルカリ液の組成、pHと、2回目以後に添加するアルカリ液の組成、pHは同じでもよく、異なってもよい。1回目と2回目以後に異なるpHのアルカリ液を添加する場合は、後の回のアルカリ液のpHが前の回のアルカリ液のpHより高いことが好ましい。酵素回収液のpHが漸増していることは、各回の酵素回収液のpHを測定することにより確認することができる。後の回の酵素回収液のpHが、前の回の酵素回収液のpHより高くなっていればよい。
【0035】
工程(B)において、反応残渣にアルカリを添加後、pH漸増の終点における酵素回収液のpHは、約7〜13であることが好ましく、約7.5〜11であることがより好ましい。当該pH範囲で酵素回収を終了することで、十分に高い酵素回収率を得ることができる。「pH漸増の終点」とは、酵素回収液のpHを漸増させて酵素回収を行う区間の終点を意味する。通常、酵素回収区間の全範囲が酵素回収液のpHを漸増させて酵素回収を行う区間に該当するので、pH漸増の終点における酵素回収液は酵素回収終了時の酵素回収液を意味することになる。すなわち、通常pH漸増の終点における酵素回収液は、連続式で酵素回収液を回収する場合には、酵素回収終了時の回収液を含み、pH測定が可能となる一定量(通常約10〜100mL)の酵素回収液を意味し、回分式で酵素回収液を回収する場合には、最終回の酵素回収液を意味する。ただし、酵素回収工程の途中または終了時にpHを低下させる操作を行う場合には、pHを低下させる操作を行う前に存在する酵素回収液のpH漸増区間の終点が、「pH漸増の終点」になる。
酵素回収工程における工程(B)の特徴は、反応残渣からの酵素回収において酵素回収液のpHを漸増させることであるので、酵素回収開始時の酵素回収液のpHは、酵素回収終了時よりも低いpHであればよく、特に限定されない。反応残渣からの酵素回収開始時の酵素回収液のpHは、pH約4〜11であることが好ましく、pH約5〜9であることがより好ましい。また、酵素回収工程において、アルカリ添加による酵素回収区間の途中または終了後に、水などを用いて反応残渣を洗浄し、残存する酵素を回収してもよい。
【0036】
リグノセルロース系バイオマスから単糖への糖化効率を高めるために、糖化工程で用いる酵素として複数のセルラーゼおよび複数のヘミセルラーゼの混合物を用いることが好ましいが、個々の酵素が糖化反応残渣から脱着し易いpHはそれぞれ異なることが確認されている。例えば、セルラーゼ活性を有するβ−グルコシダーゼはpHが10を超えるような領域のほうが脱着しやすく、同じくセルラーゼ活性を有するセロビオヒドロラーゼはより低いpHの領域でも脱着することを、本発明者らは確認している(実施例2〜5参照)。また一方、アルカリ安定性に関しては、β−グルコシダーゼは高く、セロビオヒドロラーゼは低いという違いがあることも、本発明者らは確認している。酵素回収工程における工程(B)は、酵素回収液のpHが漸増するように反応残渣にアルカリを添加するものであるため、脱着容易なpHおよび安定性が異なる複数の酵素混合物(例えば、複数のセルラーゼおよび複数のヘミセルラーゼの混合物)を糖化酵素として使用した場合でも高い酵素回収率を実現することができる点で、非常に有用である。
【0037】
前処理工程がアルカリ処理の場合、前処理工程においてリグノセルロース系バイオマスをアルカリ処理して生じたアルカリ廃液を、酵素回収工程における工程(A)および/または工程(B)のアルカリとして用いることが好ましい。本発明者らは、前処理工程で生じたアルカリ廃液を、酵素回収工程のアルカリ液に対して10wt%添加して酵素回収を行うことにより、アルカリ廃液を添加していないアルカリ液で酵素回収を行う場合より酵素回収効率が向上すること(実施例6参照)を見出した。また、前処理工程で生じたアルカリ廃液を、酵素回収工程のアルカリ液に対して5wt%添加して酵素回収を行うことにより、アルカリ廃液を添加していないアルカリ液で酵素回収を行う場合より少ない処理回数で同等の酵素回収率が得られること(実施例10)を見出した。このアルカリ廃液の添加効果は、廃液中のリグニン水溶化物などの疎水性化合物によって、酵素の反応残渣からの脱着が促進されるため、回収効率が向上すると考えられる。酵素回収工程のアルカリとして、前処理工程で生じたアルカリ廃液のみ(アルカリ廃液100wt%)を用いてもよいが、前処理工程で生じたアルカリ廃液の添加量は、酵素回収工程のアルカリ液に対して約50wt%以下が好ましく、約25wt%以下がより好ましい。さらに好ましくは、酵素回収工程のアルカリ液に対して約1〜10wt%である。
【0038】
工程(A)および/または工程(B)で得た酵素回収液は、回収後速やかに酸を添加してpHを弱酸性〜中性に調整することが好ましい。酸を添加後の酵素回収液のpHとしては、pH4〜7であるのが好ましく、pH4.5〜6であるのがさらに好ましい。酵素回収液は回収後、速やかに酸を添加することが好ましいが、酸を添加するまでの時間としては、0〜24時間であることがより好ましく、0〜10時間であることがさらに好ましい。このような方法で酵素回収液を管理することで、アルカリによる酵素失活を防ぐことができる。添加する酸としては、例えば、硫酸、塩酸、硝酸、酢酸、クエン酸、コハク酸、リン酸などが挙げられる。
【0039】
得られた酵素回収液は、糖化工程に再利用することができる。必要に応じて、酵素回収液を限外ろ過などの方法で濃縮してから再利用する。また反応スラリーを固液分離して得られた反応液も遊離の酵素(および単糖類)を含むため、限外ろ過などの方法で酵素と単糖類とを分離して酵素を再利用することが好ましい。またバイオマス原料への吸着現象を利用して、酵素を簡便に再利用することもできる。すなわち、単糖類などを含む反応液、もしくは酵素回収液をフレッシュのバイオマス原料と接触させる。バイオマス原料には酵素のみが吸着するため、固液分離によって単糖類と酵素(バイオマス原料に吸着した状態)を分離することができる。また、単糖類を発酵原料として用いる場合には、単糖類を含む酵素回収液をそのまま発酵に供してもよい。この場合、得られる発酵液から菌体および発酵生産物を除去した後、発酵液残渣(酵素を含む)を糖化工程に利用することで、簡便に酵素の再利用を行うことができる。酵素回収液を糖化反応に再利用する際は、フレッシュな酵素を一部追加してもよい。追加する酵素は、初回に使用した酵素組成と同様でもよいが、回収酵素は酵素構成が変化している場合があるので、回収酵素の活性に合わせて、適宜追加の酵素を選択することが好ましい。例えば、β−グルコシダーゼは反応残渣に吸着しやすく、他の酵素に比べて回収率が低くなる場合があるため、そのような場合はβ−グルコシダーゼを多く含む酵素液を追加することが好ましい。
【0040】
得られた単糖類の用途は特に限定されないが、発酵原料、化学品原料、飼料、肥料などに好適に用いることができる。発酵原料として用いる場合には、エタノール、1−ブタノール、イソブタノール、2−プロパノール、乳酸、コハク酸、酢酸、3−ヒドロキシプロピオン酸、ピルビン酸、クエン酸、1,3−プロパンジオールなどの化学品の発酵生産に好適に用いることができる。
【0041】
各工程で用いる装置は特に限定されないが、前処理工程、および糖化工程で用いる反応器は、例えばバッチ式、連続式、半連続式の装置などを用いることができる。具体的には、フィルターを備えたバッチ式反応槽、スクリューフィーダー式の連続反応器、原料添加と反応液抜き出しを連続的に行う半連続式反応槽、カラム式の充填反応槽などが挙げられる。固液分離装置としては、フィルタープレス、遠心分離、遠心ろ過、サイクロン、デカンターなどを用いることができる。酵素回収工程では、糖化工程と同様の装置(反応器)を用いることができるが、好ましくはアルカリ液の添加と酵素回収液の抜き出しを連続的に行うことができる装置である。糖化工程の装置をそのまま用いてもよい。
【0042】
本発明の糖化方法を用いて回収される酵素の回収率(糖化工程で使用した酵素の酵素活性に対する回収された酵素の酵素活性)は非常に高いので、回収された酵素を有効にリサイクル使用することができる。本発明の糖化方法において、反応残渣から回収される酵素と、反応液から回収される酵素を合わせると、糖化工程で使用した酵素量に対して、酵素活性として少なくとも約50%以上、条件により約70%以上が回収可能である。したがって、本発明の糖化方法は、リグノセルロース系バイオマスの糖化に用いる酵素の使用量を減らし、酵素コストを大幅に低減することができる点で、非常に有用な技術である。
【実施例】
【0043】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0044】
〔実験材料〕
(1)バイオマス
リグノセルロース系バイオマスとして、パーム油を生産する際に排出されるアブラヤシの空果房(以下「EFB」という。)を原料に用いた(産地インドネシア)。
(2)糖化酵素
ノボザイムズ社の酵素液Cellic CTec2(以下「CTec」という。)およびCellic HTec2(以下「HTec」という。)を用いた。これらの酵素液は、セルラーゼとしてセロビオヒドロラーゼ(以下「CBH」という。)、β−グルコシダーゼ(以下「GLD」という。)、β−グルカナーゼ(以下「CMC」という。)を含有し、ヘミセルラーゼとしてキシラナーゼ(以下「XYN」という。)、キシロシダーゼ(以下「XLD」という。)を含有している。
【0045】
〔分析方法〕
酵素活性の測定、および酵素回収率の算出は、以下のようにして行った。なお、ここで使用したバッファーは0.1M、pH5.0の酢酸バッファーである。
(1)CBH活性
p−ニトロフェニル−β−D−セロビオシド(PNP−CB)を基質とした比色法により測定した。すなわち、1.5mlのマイクロチューブに215μlのバッファーをとり、酵素含有のサンプル溶液を10μl加えた。これに基質溶液(PNP−CBの1.25wt%バッファー溶液)を25μl加えて酵素反応を開始し、水浴上で40℃、1時間保温して酵素反応を行った。1時間経過後、0.1Mのグリシン水溶液(pH10.0)を500μl添加し、酵素反応の停止と発色を行った。得られたサンプルの吸光度(波長405nm)を測定し、酵素活性の指標とした。測定は、吸光度が1.5を越えない範囲で、適宜バッファーで希釈したサンプル溶液を用いて行った。酵素回収液、および糖化反応に使用したものと同じ酵素液(初期投入酵素液)の酵素活性を測定し、以下の式に従って回収酵素活性(=酵素回収率)を算出した。
回収酵素活性(%)=[酵素回収液中の酵素活性総量/初期投入酵素液中の酵素活性総量]×100
(2)GLD活性
p−ニトロフェニル−β−D−グルコピラノシド(PNP−GP)を基質とした比色法により測定した。CBH活性と全く同様の方法で、ただし基質をPNP−GP、酵素反応条件を40℃、30分に変え、測定を行った。
【0046】
(3)CMC活性(β−グルカナーゼ)
カルボキシメチルセルロース(CMC)を基質とした比色法により測定した。還元糖量の測定にはDNS(ジニトロサリチル酸)法を用いた。すなわち、1.5mlのマイクロチューブに180μlの基質溶液(カルボキシメチルセルロースナトリウム塩、シグマ社製C5678の4wt%バッファー溶液)をとり、酵素含有のサンプル溶液を20μl加えて酵素反応を開始し、水浴上で50℃、1時間保温して酵素反応を行った。1時間経過後、300μlのDNS溶液A(1%3,5−ジニトロサリチル酸、0.2%フェノール、1%水酸化ナトリウム、0.05%亜硫酸ナトリウムの水溶液)および100μlのDNS溶液B(40%ロッシェル塩水溶液)を加え、沸騰水中で10分間加熱して発色させ、水冷後、600μlの水を加えて希釈した。得られたサンプルの吸光度(波長540nm)を測定した(吸光度1)。サンプル中の初期含有糖量を差し引くために、酵素反応を行わないサンプル(酵素サンプルをDNS溶液の後に加える)を同様に調製し、発色を行って吸光度を測定した(吸光度2)。吸光度1と吸光度2の差を酵素活性の指標とした。測定は各吸光度が1.5を越えない範囲で、適宜バッファーで希釈したサンプル溶液を用いて行った。回収酵素活性はCBH活性と同様に算出した。
【0047】
(4)XYN活性
可溶性キシランを基質とした比色法により測定した。CMC活性と全く同様の方法で、ただし基質を可溶性キシラン(2wt%キシラン、シグマ社製X0502、のバッファー溶液を調製し、不溶分を遠心分離で取り除いた上清画分を使用)、および酵素反応条件を40℃、30分に変え、測定を行った。
(5)XLD活性
p−ニトロフェニル−β−D−キシロピラノシド(PNP−XP)を基質とした比色法により測定した。CBH活性と全く同様の方法で、ただし基質をPNP−XPに変え、測定を行った。
【0048】
糖化反応における生成糖類の定量分析は、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)を使用して行った。カラムは東ソー社TSKgel Amide−80を用い、示差屈折計(RI)にて検出を行った。移動相としてはアセトニトリル/水=75/25(体積比)を用い、カラム温度は80℃にて分析を行った。
糖類の収率は重量基準で算出した。すなわち、以下の式で算出した。
糖収率(wt%)=[生成糖の重量/原料バイオマスの乾燥重量]×100
【0049】
〔実施例1〕
(1)前処理工程(アルカリ前処理、10wt%NaOH)
100mlの高圧反応器に、粉砕処理(1mmスクリーン)を施した原料EFB(6.0g、含水率7.3%)、水酸化ナトリウム(0.6g=10wt%対原料EFB)、および水(29.4g)を加えて密閉した。反応器を120℃のオイルバスで3時間加熱し、冷却後、ろ過により固液分離を行い、さらに固形分を水洗浄した。得られた固形分を105℃で3時間乾燥し、前処理EFB−1(4.1g、含水率8.7%、絶乾基準の重量収率67.3%)を取得した。
【0050】
(2)糖化工程
10mlのガラス容器に、前処理EFB−1(0.44g)を加え、さらに酵素溶液(CTec3mg/ml、HTec3mg/ml、酢酸バッファー(pH5.5)0.05M、テトラサイクリン塩酸塩40μg/ml、シクロヘキシミド30μg/mlを含有)を6ml加え、密閉した。これを恒温振とう機で振とうしながら、45℃で24時間、糖化反応を行い、反応スラリーを得た。
【0051】
(3)酵素回収工程(工程(B))
得られた反応スラリーを遠心ろ過カラム(モビテック社のモビコール、フィルター細孔径30μm)に入れ、遠心分離にかけ、反応液と反応残渣に固液分離した(以下、各実施例の番号を付して「反応液1」、「反応残渣1」等という。)。反応液1を分析したところ、グルコース収率は43.1wt%、キシロース収率は15.5wt%で合計58.6wt%の単糖類の生成が確認された(前処理EFB基準)。なお未処理の原料EFB基準に換算すると、グルコース収率は29.0wt%、キシロース収率は10.4wt%で合計39.4wt%となる。
得られた反応残渣1にpH8.0のアルカリ液(0.05Mホウ酸ナトリウムバッファー)を5ml添加し、室温で30分間攪拌混合して吸着酵素の脱着処理を行った。遠心ろ過を行い、酵素回収液1−1(pH7.1)と残渣に分離した。次にpH9.0のアルカリ液(0.05Mホウ酸ナトリウムバッファー)5mlを用いて同様に脱着処理を行い、酵素回収液1−2(pH8.8)と残渣を得た。続いてpH10.0のアルカリ液(0.05Mホウ酸ナトリウムバッファー)5mlを用いて同様に脱着処理を行い、酵素回収液1−3(pH9.8)と残渣を得た。なお酵素回収液には速やかに酢酸バッファーを添加し、pHを5〜7の範囲に調整して保存した。
【0052】
反応液1、酵素回収液1−1〜3に含まれる5種の酵素活性(CBH、GLD、CMC、XYN、XLD)を測定し、回収酵素活性(初期投入量に対する%で表示)を表1に示した。表1の結果から、アルカリ液のpHを徐々に上げてアルカリ処理することで酵素回収液のpHを徐々に上げることにより、高い酵素回収率が得られることが分かった。特に、吸着率の高いGLDも高い割合で回収可能であることが分かった。
【0053】
【表1】

【0054】
(4)酵素再利用工程
反応液1、酵素回収液1−1〜3を混合し、限外ろ過を行った。すなわち、遠心分離式の限外ろ過装置(クラボウ社のセントリカット、限外ろ過膜の材質はポリスルホン、分画分子量1万)を用い、回収酵素液を濃縮した。さらに酢酸バッファー(0.05M、pH5.5)で洗浄を行い、最終的に酵素液を約4mlに調整し、酵素回収液1−4を得た。続いて、上記初回の糖化工程と同様の方法で前処理EFB−1の糖化反応を行った。ただし、酵素溶液としては、酵素回収液1−4に初回の20%分のフレッシュ酵素(CTecとHTeCの比率は1対1)を補充したものを使用した。45℃、24時間の糖化反応で、グルコース収率は43.0wt%、キシロース収率は13.5wt%、合計56.5wt%(前処理EFB基準)であり、100%フレッシュ酵素を用いた初回の反応と同等の糖収率が得られた。すなわち、酵素使用量の80%が削減できた。
【0055】
〔実施例2〕
(1)前処理工程、糖化工程
実施例1と同様に前処理工程を行い、EFB前処理品を得た。糖化工程においては、酵素濃度をCTec4.8mg/ml、HTec1.2mg/ml(割合にして8対2)に変更し、反応温度および時間を50℃、72時間に変更した以外は実施例1と同様に行い、反応スラリーを得た。
【0056】
(2)酵素回収工程(工程(B))
続いて、実施例1と同様に得られた反応スラリーを遠心ろ過にかけ、反応液2と反応残渣2に分離した。反応液2を分析したところ、グルコース収率は46.8wt%、キシロース収率は23.3wt%で合計70.1wt%の単糖類の生成が確認された(前処理EFB基準)。得られた反応残渣2にpH9.0のアルカリ液(0.1Mホウ酸ナトリウムバッファー)を5ml添加し、室温で30分間攪拌混合して吸着酵素の脱着処理を行った。遠心分離を行い、上澄みの酵素回収液(pH8.4)と残渣に分離した。再度、pH9.0のアルカリ液(0.1Mホウ酸ナトリウムバッファー)5mlを用いて同様に脱着処理を行い、酵素回収液(pH8.8)と残渣を得た。再び、pH9.0のアルカリ液(0.1Mホウ酸ナトリウムバッファー)5mlを用いて同様に脱着処理を行い、酵素回収液(pH9.0)と残渣を得た。得られた3つの酵素回収液は混合し、酵素回収液2とした。
【0057】
反応液2および酵素回収液2のGLD活性およびCBH活性を測定した。GLDは、反応液2中に5%、酵素回収液2中に51%の回収酵素活性が確認された。CBHは、反応液2中に60%、酵素回収液2中に22%の回収酵素活性が確認された。アルカリ処理のpHパターン(酵素回収液のpH)と共に表2に回収酵素活性をまとめた。pHが同じアルカリ液を用いて脱着処理を3回繰り返した場合、酵素回収液のpHは段階的に上がり、高い酵素回収率が得られることが分かった。
【0058】
〔実施例3〜5〕
実施例2と同様に前処理、糖化、酵素回収工程(工程(B))を実施した。ただし酵素回収工程では、アルカリ液として、実施例3ではpH9.5、実施例4ではpH10.0、実施例5ではpH10.5の0.1Mホウ酸ナトリウムバッファーを用いて、それぞれ3回の脱着処理を行い酵素回収液3〜5を得た。酵素回収液中のGLD活性およびCBH活性を測定し、得られたGLDおよびCBHの回収酵素活性と、3回のアルカリ処理のpHパターンを表2に示した。
実施例2〜5の結果から、GLDに関しては高いpHの方がより高い回収率が得られ、CBHに関しては低いpHの方がより高い回収率が得られることが分かった。このように、酵素種によって脱着しやすいpH条件が異なることが分かった。
【0059】
【表2】

【0060】
〔実施例6〕
実施例2と同様に前処理、糖化、酵素回収工程(工程(B))を実施した。ただし酵素回収工程では、アルカリ液として、前処理工程で得られたアルカリ廃液(固液分離後のろ液原液)を0.1Mホウ酸バッファーに対して10wt%添加した溶液(pH9.0)を用い、3回の脱着処理(アルカリ処理のpHパターンは実施例2と同じ)を行って酵素回収液6を得た。GLD活性を測定したところ、酵素回収液6中に58%の活性が確認された。同pH条件の実施例2と比較して(51%)、回収率の向上が観察され、前処理液に酵素脱着促進効果が有ることが分かった。
【0061】
〔実施例7〕
(1)前処理工程(アルカリ前処理、7.5wt%NaOH)
100mlの高圧反応器に、実施例1で用いた原料EFB粉砕品を1.00g、水酸化ナトリウムを75mg(=7.5wt%対原料EFB)、および水10.0gを加えて密閉した。反応器を150℃のオイルバスで3時間加熱し、冷却後、ろ過により固液分離を行い、さらに固形分を水洗浄して前処理EFB−2(水ウェット体)を得た。得られた固形分は乾燥工程を経ずに次の糖化工程に供した。
【0062】
(2)糖化工程
20mlのガラス容器に、前処理EFB−2を全量、CTecを30mg、HTecを30mg、0.1M酢酸バッファー(pH5.5)を5ml、テトラサイクリン塩酸塩を400μg、シクロヘキシミドを300μg加えた。10%酢酸水溶液でpHを5.5に調整した後、最後に反応液の重量を水で11.0gに調整した。これを振とうしながら、45℃で44時間糖化反応を行い、反応スラリーを得た。
【0063】
(3)酵素回収工程(工程(B))
続いて、実施例1と同様に得られた反応スラリーを遠心ろ過にかけ、反応液7と反応残渣7に分離した。反応液7を分析したところ、グルコース収率は32.7wt%、キシロース収率は12.7wt%で合計45.4wt%の単糖類の生成が確認された(未処理の原料EFB基準)。得られた反応残渣7に水を5ml加え、攪拌混合してスラリーとした。続いて、スラリーのpHを測定しながら、0.1%のNaOH水溶液(pH12.4)を適量添加し、スラリーpHを6.6に調整した。これを30℃で30分間振とうし、アルカリ液による酵素脱着操作を行った。続いて遠心ろ過を行い、酵素回収液7−1(pH6.6)と残渣を得た。残渣に対して更に同様の操作を2回繰り返し(表3に示したpHに調整)、酵素回収液7−2(pH7.1)および酵素回収液7−3(pH8.2)を得た。本実施例では、0.1%NaOH水溶液を用いて、処理液のpHを段階的に上げる方法で脱着操作を行った。
【0064】
反応液7、酵素回収液7−1〜3に含まれる5種の酵素活性を測定し、回収酵素活性(初期投入量に対する%で表示)を表3に示した。
【0065】
【表3】

【0066】
〔実施例8〕
実施例7と同様に、前処理、糖化、酵素回収工程(工程(B))を行った。ただし酵素回収工程では、アルカリ処理pHを表4に示したpHパターンに変えて、3回の脱着操作を行った。得られた反応液8、回収酵素液8−1〜3に含まれる5種の酵素活性を測定し、回収酵素活性(初期投入量に対する%で表示)を表4に示した。
【0067】
【表4】

【0068】
〔実施例9〕
実施例7と同様に、前処理、糖化、酵素回収工程(工程(B))を行った。ただし酵素回収工程では、0.1%NaOHの代わりに、0.1%Ca(OH)水溶液を用いて、pHの調整を行った。また、アルカリ処理pHは、表5に示したpHパターンで3回の脱着操作を行った。得られた反応液9、回収酵素液9−1〜3に含まれる5種の酵素活性を測定し、回収酵素活性(初期投入量に対する%で表示)を表5に示した。
【0069】
【表5】

【0070】
〔実施例10〕
実施例7と同様に、前処理、糖化、酵素回収工程(工程(B))を行った。ただし酵素回収工程では、アルカリ液として、前処理工程で得られたアルカリ廃液(固液分離後のろ液原液)を0.1%のNaOH水溶液に対して5wt%添加した溶液(pH12.4)を用いた。また脱着操作は3回ではなく、2回に変更した。得られた反応液10、回収酵素液10−1、2に含まれる5種の酵素活性を測定し、回収酵素活性(初期投入量に対する%で表示)を表6に示した。この結果から、前処理液を添加することで、2回の脱着操作で3回の脱着操作(実施例7)と同等の回収率が得られることが分かった。
【0071】
【表6】

【0072】
〔実施例11〕酵素回収工程:工程(A)
実施例7と同様に、前処理、糖化工程を行った。得られた反応スラリー(pH5.5)に1%水酸化ナトリウム水溶液を適量加え、pHを7.9に上げて、吸着酵素の一部脱着を行った。続いて、実施例7と同様に遠心ろ過で固液分離を行い、酵素回収液11−1と反応残渣11を得た。反応残渣11に水を5ml加え、攪拌混合して30℃で30分間振とうし、水による洗浄操作を行った。遠心ろ過を行い、酵素回収液11−2(pH8.2)と残渣を得た。
【0073】
酵素回収液11−1〜2に含まれる5種の酵素活性を測定し、回収酵素活性を表7に示した。実施例7と比較して、反応液(酵素回収液11−1)中に含まれる酵素活性が増加しており、反応スラリーのpHを上げることで遊離の酵素量を増やすことができ、より効率的に酵素回収を行うことができることが分かった。
【0074】
【表7】

【0075】
〔実施例12〕
(1)前処理工程(アルカリ前処理、10wt%NaOH、アントラキノン添加)
実施例7と同様に行った。ただしここでは、加えるNaOHの量を100mg(=10wt%対原料EFB)に変更し、さらに助剤としてアントラキノン−2−スルホン酸ナトリウム1水和物(東京化成)を10mg加え、加熱条件を120℃、3時間にして実験を行い、前処理EFB−3を得た。得られた前処理品は乾燥工程を経ずに次の糖化工程に供した。
【0076】
(2)糖化工程
実施例7と同様に行った。ただしここでは、糖化反応時間を48時間に変更して実験を行い、反応スラリー11.0gを得た。反応スラリーのpHは5.6であった。反応スラリーから反応液を少量抜き出し(反応液12とする)、分析したところ、グルコース収率は33.5wt%、キシロース収率は14.9wt%で合計48.3wt%の単糖類の生成が確認された(未処理の原料EFB基準)。
【0077】
(3)酵素回収工程(工程(A)と工程(B)の組み合わせ)
反応スラリーに、1%NaOH水溶液を0.45ml加えてアルカリ側にpHをシフトさせ、30℃で30分間振とうし、一部の吸着酵素を遊離させる操作を行った。振とう後の糖化反応スラリーのpHは6.9であった。続いて、実施例7と同様に遠心ろ過を行い、酵素回収液12−1(pH6.9)約10gと反応残渣12約1gを得た。さらに、連続的酵素回収を模擬した方法で酵素回収を行った。すなわち遠心カラム中で、反応残渣12に50ppmのNaOH水溶液(pH9.1)を1.2ml加え、混合して30℃で20分間振とうした。続いて遠心ろ過を行い、酵素回収液と残渣を得た。この酵素回収操作(1.2mlの50ppmNaOH水溶液での脱着および遠心ろ過)を合計5回行い、各酵素回収液を混合して、酵素回収液12−2を得た(合計約6g)。さらに2回、酵素回収操作を繰り返し、酵素回収液12―3を得た(合計約2g)。酵素回収液のpHは、酵素回収操作1回目でpH7.2、3回目でpH7.7、5回目でpH8.4、最終7回目でpH8.6と漸増していた。なお得られた酵素回収液12−1〜3には、速やかに極微量の硫酸を加え、pHを5.0に調製し、保管した。
酵素回収液12−1〜3に含まれる5種の酵素活性を測定した。回収酵素活性を表8に示す。少量のアルカリ液(1.2ml×7=8.4ml)でも高い酵素回収率を得ることができた。
【0078】
【表8】

【0079】
(4)酵素再利用工程
実施例1と同様に、酵素回収液12−1の限外ろ過を行った。約10gの液量を約0.5gまで限外ろ過で濃縮し、つづいて酵素回収液12−2を加え、液量を約1gまで濃縮し、さらに酵素回収液12−3を加え、液量を約1gまで濃縮して、最終的に酵素回収液12−4を得た。続いて、上記初回の糖化工程と同様の方法で、前処理EFB−3の糖化反応を行った。ただし、添加する酵素としては、酵素回収液12−4に初回の20%分のフレッシュな酵素(CTec6mg、HTec6mg)を補充したものを使用した。45℃、48時間の糖化反応で、グルコース収率は35.5wt%、キシロース収率は13.9wt%、合計49.4wt%(未処理の原料EFB基準)であり、100%フレッシュ酵素を用いた初回の反応と同等の糖収率が得られた。すなわち、酵素使用量の80%が削減できた。
【0080】
〔比較例1〕
実施例7と同様に、前処理、糖化、酵素回収工程を行った。ただし酵素回収工程では、処理液として非特許文献7に記載の0.5Mのリン酸バッファー(pH7.0)を用いて、同じ脱着操作を計2回行った。得られた反応液11、回収酵素液11−1、2に含まれる5種の酵素活性を測定し、回収酵素活性(初期投入量に対する%で表示)を表7に示した。表7から明らかなように、0.5Mリン酸バッファー(pH7.0)によるpHを変えない脱着方法では、残渣からの酵素回収率は極めて低かった。
【0081】
【表9】

【0082】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグノセルロース系バイオマスを酵素で糖化する糖化工程と、糖化工程終了後に酵素を回収する酵素回収工程を含むリグノセルロース系バイオマスの糖化方法であって、
酵素回収工程が、以下の(A)および(B)の工程のうち少なくとも1つを含むことを特徴する糖化方法。
(A)糖化反応スラリーにアルカリを添加して、糖化反応残渣に吸着した酵素を脱着させた後、糖化反応スラリーの固液分離を行って酵素を含有する酵素回収液を回収する工程
(B)糖化反応スラリーの固液分離により得られた糖化反応残渣にアルカリを添加して、糖化反応残渣に吸着した酵素を脱着させて酵素を含有する酵素回収液を回収し、その際、酵素回収液のpHが漸増するように糖化反応残渣にアルカリを添加する工程
【請求項2】
糖化工程の前に、リグノセルロース系バイオマスの酵素糖化効率を高める処理を行う前処理工程を有することを特徴とする請求項1に記載の糖化方法。
【請求項3】
酵素がセルラーゼおよびヘミセルラーゼの混合物である請求項1または2に記載の糖化方法。
【請求項4】
セルラーゼが少なくともセロビオヒドロラーゼ、β−グルカナーゼおよびβ−グルコシダーゼを含み、ヘミセルラーゼが少なくともキシラナーゼおよびβ−キシロシダーゼを含むことを特徴とする請求項3に記載の糖化方法。
【請求項5】
(B)の工程において、pH漸増の終点における酵素回収液のpHが7〜13の範囲内であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の糖化方法。
【請求項6】
酵素回収工程において、酵素回収液を回収後速やかに、酵素回収液のpHを弱酸性〜中性に調整することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の糖化方法。
【請求項7】
前処理工程が、リグノセルロース系バイオマスをアルカリ処理するものであり、その際に生じたアルカリ廃液を、酵素回収工程のアルカリとして用いることを特徴とする請求項2〜6のいずれかに記載の糖化方法。