バイオマス試料の由来判別方法およびコメの産地判別方法
【課題】バイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を高い精度で判別することが可能なバイオマス試料の由来判別方法、および水素安定同位体比を利用して精度の高い産地判別が可能なコメの産地判別方法を提供する。
【解決手段】複数種類のバイオマスの可食部および非食部について、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定して基準データとして予め取得し、判別対象のバイオマス試料について同様に測定した照合データを基準データと比較する。別の態様では、複数の産地におけるコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定して基準データとして予め取得し、産地判別対象のコメ試料について同様に測定した照合データを基準データと比較する。
【解決手段】複数種類のバイオマスの可食部および非食部について、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定して基準データとして予め取得し、判別対象のバイオマス試料について同様に測定した照合データを基準データと比較する。別の態様では、複数の産地におけるコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定して基準データとして予め取得し、産地判別対象のコメ試料について同様に測定した照合データを基準データと比較する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマス試料の由来判別方法およびコメの産地判別方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
バイオ燃料は植物を由来とする燃料であり、植物は成長過程で二酸化炭素を吸収するため、京都議定書の枠組みでは燃やしても二酸化炭素を排出しないと見なされる。そして原油価格の高騰や温暖化ガス対策を背景として、ガソリンの代替として用いられるバイオエタノール、軽油代替のバイオディーゼル燃料の需要が増加している。
【0003】
従来、バイオ燃料には主にトウモロコシやサトウキビ等の食料系のバイオマスが原料として用いられている。現在では世界のバイオエタノール生産の四分の三をブラジルと米国が占め、原料には主にトウモロコシやサトウキビが用いられている。
【0004】
しかし一方で、原油高や温暖化ガス対策に伴うバイオ燃料の需要急増は世界的な食料価格上昇の一因ともなっている。このような背景から食料を原料としない非食料系燃料の量産が検討され、日本政府も実用化推進を表明しており、普及に向けた国際競争が加速しつつある。例えば最近では、稲わらや雑草を原料に用いたバイオ燃料の量産も検討されている。
【0005】
このように各国は食料と競合しない植物から燃料を生産する技術の開発を急いでいる。こうした背景において、非食料系燃料の量産が行われるようになると、食料系燃料との間で、偽装品や、流通・加工過程において偶然もしくは故意にラベル等がすり替わる可能性も考えられることから、科学的根拠に基づき食料系燃料と非食料系燃料とを判別する分析技術が求められている。
【0006】
従来、科学的根拠に基づく農水産物の由来判別技術として、農水産物中の炭素、窒素、酸素等の安定同位体比に注目した「安定同位体比解析」の検討が進んでいる。安定同位体比は生物の利用した栄養や生育環境を反映することが知られていることから、DNA解析や微量無機元素解析に続く産地判別技術等への利用が期待されている。また、安定同位体比は地域間変動が緩慢でかつ国際原子力エネルギー機構(IAEA)国際公認データに示される通り明確なため、安定同位体比に基づく産地判別はDNA解析、微量無機元素解析等の既存技術では到達できない高度な識別の可能性が期待されている。
【0007】
生物は炭素を骨格として水素、窒素、酸素等から主に構成され、これら生元素には安定同位体(D/H, 13C/12C, 15N/14N, 18O/17O/16O)が存在する。安定同位体はその質量数の違いから様々な物理・化学・生物的過程において同位体分別を生じる。そのため、環境試料中に含まれる有機物の同位体組成は、起源生物や生合性過程、生育環境等の情報を保存している。そこで安定同位体比を解析する手法は、これまで物質循環の解明や食物連鎖網の構造解析、動物の食性解析といった地球化学や生態学の分野で広く用いられてきた。
【0008】
本発明者らは、炭素、窒素、酸素の安定同位体比解析により動植物の産地を判別する技術についての鋭意検討を進めており、各種の動植物の産地判別に有力であることを実証してきた(非特許文献1〜6参照)。
【0009】
しかしながら、食料系と非食料系のバイオマスの判別への安定同位体比解析の適用について具体的な検討は未だなされていない。すなわち、食料系と非食料系のバイオマスの間で生元素の安定同位体比についてどのような相関を示すか等に関する詳細な結果は得られていないのが現状である。
【0010】
一方、現在では農産物のブランド価値に便乗した偽装品が出回るなど、食品の産地偽装は社会的な大問題である。また、食品における現行の産地管理方法は、産地証明書や個体識別番号等の送付といった書類上の追跡によるシステムであるが、上述したように、流通・加工過程において、偶然もしくは故意にそのラベルがすり替わる可能性が考えられることから、科学的根拠に基づき、食品そのものを分析する産地判別技術が求められている。消費者の食の安心・安全の確保、生産者の商品力維持、悪質な食品関連業者への牽制という観点からも急務である。
【0011】
このような背景において本発明者らは、酸素同位体比、窒素同位体比、および炭素同位体比を利用した安定同位体比解析によるコメの産地判別や、コメに含まれるアミノ酸の窒素安定同位体比を利用した安定同位体比解析によるコメの産地判別について実証を行ってきた。
【0012】
そして本発明者らは、水素安定同位体比によるコメの産地判別の可能性についても検討を進めてきた。水素安定同位体比を利用した産地判別技術としては、従来、牛肉等について検討されているが(非特許文献7参照)、コメについては未だ詳細な結果は得られていない。
【0013】
しかしながら、本発明者らは、13C/12C, 15N/14N, 18O/17O/16OのGC/IRMSによる安定同位体比測定について従来行われている手法と同様に、コメ試料について凍結乾燥、粉末化して試料全体の水素安定同位体比を測定したところ、コメの産地判別を実用的なレベルの精度で行うことを考慮すると必ずしも十分な測定精度が得られないことが判明した。これは、コメ試料のD/Hでは交換性H(−OH、−NH3+、−COOH等)を測定対象として含んでいるため、これらの交換性Hが測定精度の低下に影響しているものと考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】化学、化学同人、63(11) (690) 12-17 (2008)
【非特許文献2】Food Chem., 109, 470-475 (2008)
【非特許文献3】日本食品科学工学会誌、55、250-252 (2008)
【非特許文献4】Anal. Chim. Acta, 618, 148-152 (2008)
【非特許文献5】日本食品科学工学会誌、55、191-193 (2008)
【非特許文献6】Radioisotopes, 56, 8, (2007)
【非特許文献7】K. Heaton et al., Food Chemistry (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、バイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を高い精度で判別することが可能なバイオマス試料の由来判別方法を提供することを課題としている。
【0016】
また本発明は、水素安定同位体比を利用して精度の高い産地判別が可能なコメの産地判別方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記の課題を解決するために、以下のことを特徴としている。
【0018】
第1:バイオマス試料の由来における可食部と非可部の傾向を判別する方法であって、複数種類のバイオマスの可食部および複数種類のバイオマスの非食部のそれぞれについて、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、基準データとして予め取得する工程と、判別対象のバイオマス試料について、基準データと同様に、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、照合データとして取得する工程と、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を判別する工程とを含むことを特徴とするバイオマス試料の由来判別方法。
【0019】
第2:基準データを、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とからなるマッピングデータとして取得し、マッピングデータにおいて少なくとも可食部および非食部に対応する各領域を設定し、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データと当該領域との位置関係に基づいて、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を判別することを特徴とする上記第1のバイオマス試料の由来判別方法。
【0020】
第3:バイオマスはC3植物および/またはC4植物であることを特徴とする上記第1または第2のバイオマス試料の由来判別方法。
【0021】
第4:基準データおよび照合データは、水素安定同位体比と酸素安定同位体とからなることを特徴とする上記第3のバイオマス試料の由来判別方法。
【0022】
第5:バイオマスはC3植物であり、基準データおよび照合データは水素安定同位体比と炭素安定同位体とからなることを特徴とする上記第1または第2のバイオマス試料の由来判別方法。
【0023】
第6:複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、基準データとして予め取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、照合データとして取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメ試料の産地を判別する工程とを含むことを特徴とするコメの産地判別方法。
【0024】
第7:複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定するとともに、当該コメ試料について別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を基準データとして予め取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定するとともに、当該コメ試料について別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を照合データとして取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメ試料の産地を判別する工程とを含むことを特徴とするコメの産地判別方法。
【0025】
第8:脂肪酸誘導体が不飽和脂肪酸誘導体であることを特徴とする上記第6または第7のコメの産地判別方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明のバイオマス試料の由来判別方法によれば、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを利用することで、バイオマス原料の由来における可食部と非食部の傾向を高い精度で判別することが可能となる。これにより、バイオ燃料等の分野において、食料系バイオマスと非食料系バイオマスとの間での偽装や偶然もしくは故意のすり替えを科学的に防止する手段が提供される。
【0027】
本発明のコメの産地判別方法によれば、コメ試料から脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定することで、コメ試料に含まれる交換性H(−OH、−NH3+、−COOH等)の影響を受けることがなく、測定精度を大幅に向上することが可能となり、産地判別の妥当性を高めることができる。これにより、コメの産地偽装や偶然もしくは故意のすり替えを科学的に防止する手段が提供され、ブランド保護等も可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】複数種類のバイオマスの可食部および非食部についてEA/IRMSにより水素安定同位体比、炭素安定同位体比を測定した結果を示すグラフである。
【図2】複数種類のバイオマスの可食部および非食部についてEA/IRMSにより水素安定同位体比、酸素安定同位体比を測定した結果を示すグラフである。
【図3】複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化した後、水素安定同位体比をEA/IRMSにより測定した結果と、比較としてコメ試料全体の水素安定同位体比を測定した結果を示すグラフである。
【図4】複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して脂肪酸誘導体を得た後EA/IRMSにより測定した水素安定同位体比を、コメ試料の生育水について測定した水素安定同位体比に対してプロットした結果を示すグラフである。
【図5】複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して飽和、不飽和脂肪酸誘導体をそれぞれ得た後、EA/IRMSにより測定した水素安定同位体比を、コメ試料の産地の緯度に対してプロットした結果を示すグラフである。
【図6】複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して飽和、不飽和脂肪酸誘導体をそれぞれ得た後、EA/IRMSにより測定した水素安定同位体比を、コメ試料の産地の生育期間中の平均気温に対してプロットした結果を示すグラフである。
【図7】図5のコメ試料の飽和、不飽和脂肪酸誘導体におけるEA/IRMSのチャートである。
【図8】複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して不飽和脂肪酸誘導体を得た後EA/IRMSにより測定した水素安定同位体比を、コメ試料全体について測定した酸素安定同位体比に対してプロットした結果を示すグラフである。
【図9】EA/IRMSによる元素安定同位体比の測定方法を説明する図である。
【図10】EA/IRMSによる元素安定同位体比の測定方法を説明する図である。
【図11】EA/IRMSによる炭素・窒素安定同位体比の測定方法を説明する図である。
【図12】EA/IRMSによる酸素安定同位体比の測定方法を説明する図である。
【図13】EA/IRMSによる水素安定同位体比の測定方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本明細書における用語の定義等は以下のとおりである。
【0030】
本明細書において、「C3植物」の用語には、C3光合成経路でCO2を固定する植物、例えば、稲、小麦、大麦等の単子葉植物、および大豆、ジャガイモ、サツマイモ等の双子葉植物が含まれる。
【0031】
本明細書において、「C4植物」の用語には、C4光合成経路でCO2を固定する植物、例えば、トウモロコシ、サトウキビ、ソルガム等の単子葉植物、フラベリア、アマランサス等の双子葉植物が含まれる。
【0032】
本明細書において、「可食部」の用語には、一般にヒトが栄養として摂取し、食用として経済的な流通過程に置かれているものであって、バイオマス試料としても用いられている植物等の全体または一部が含まれ、加工前後のものを含む。例えば、稲のコメ、麦の小麦粉、サトウキビの絞り汁、トウモロコシの実等が含まれる。
【0033】
本明細書において、「非食部」の用語には、一般にヒトが栄養として摂取せず、通常は食用として経済的な流通過程に置かれていないものであって、バイオマス試料として用いられている植物等の全体または一部が含まれ、加工前後のものを含む。例えば、稲わら、麦わら、サトウキビの絞りかすや外皮、トウモロコシの葉等が含まれる。
【0034】
本明細書において、「バイオマス試料」の用語には、ガソリンの代替として用いられるバイオエタノールや軽油代替のバイオディーゼル燃料等のバイオ燃料またはその加工前、加工段階、加工終了後のバイオマスが含まれ、その他、ある用途のために市場において相当規模で用いられるものであって、可食部由来のバイオマスと、非食部由来のバイオマスとが用いられる加工前、加工段階、加工終了後のものを含む。例えば、植物体、植物が種子や果実として蓄積する生産物、これらを酵素処理等で分解したもの、あるいはこれらを酵母や細菌で発酵して得られるもの等が含まれる。
【0035】
本発明において、水素安定同位体比、酸素安定同位体比、炭素安定同位体比を質量分析により測定する際には、EA/IRMS(Elemental Analysis Isotope Ratio Mass Spectrometry)を用いることができる(図9〜図13、およびChemistry Letters Vol.35, No.5 (2006)、Phytochemistry 65 (2004) 2293-2300参照)。EA/IRMSを用いた安定同位体比測定技術については、当業者であれば本発明を実施できる程度に既に多くの技術の蓄積がある。これらには、ガスクロマトグラフと質量分析を組み合わせたGC/IRMS、さらには燃焼炉を利用したGC/ combustion /IRMS、熱分解炉を利用したGC/pyrolysis/IRMSが含まれる。
【0036】
各元素の安定同位体比は標準試料からの千分率(%0)で表し、これらは次式:
δX=[(R試料/R標準)−1]×1000
によってδ値で表記する。ここでXは、水素、炭素、酸素に対してそれぞれD、13C、18Oを表し、Rはそれぞれの元素の同位体比D/H、13C/12C、18O/16Oとなる。標準試料としては国際的にデータを比較できるように国際標準試料が用いられる。標準試料として、炭素では矢石(CaCO3の化石で海水中のHCO3-とほぼ同じ値を示す;PDB)、水素、酸素は標準平均海水(Standard Mean Ocean Water;SMOW)が用いられている。
【0037】
以下、本発明を詳細に説明する。
(第1の実施形態)
本実施形態では、バイオマス試料の由来における可食部と非可部の傾向を判別する方法であって、複数種類のバイオマスの可食部および複数種類のバイオマスの非食部のそれぞれについて、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、基準データとして予め取得する第1工程と、判別対象のバイオマス試料について、基準データと同様に、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、照合データとして取得する第2工程と、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を判別する第3工程とにより、バイオマス原料の由来における可食部と非食部の傾向を判別する。
【0038】
第1工程において、基準データの取得に用いられるバイオマスの選定は、判別対象のバイオマス試料、統計的な精度等を考慮して決定される。基準データとしては、例えば、水素安定同位体比と酸素安定同位体比との組み合わせ、水素安定同位体比と炭素安定同位体比との組み合わせ、水素安定同位体比と酸素安定同位体比と炭素安定同位体比との組み合わせが挙げられる。質量分析の測定は、バイオマスの可食部の全体、およびバイオマスの非食部の全体について行うことができる。
【0039】
第2工程において、判別対象のバイオマス試料についての照合データは、基準データと同じ種類の組み合わせについて取得し、例えば基準データとして水素安定同位体比と酸素安定同位体比との組み合わせを取得した場合には、照合データについても同様に水素安定同位体比と酸素安定同位体比との組み合わせを取得する。質量分析の測定は、判別対象のバイオマス試料の全体について行うことができる。
【0040】
第3工程において、照合データと基準データとを比較する際には、例えば、基準データをマッピングデータとして取得してデータベース化しておき、これと照合データを照らし合わせることにより行うことができる。
【0041】
マッピングデータは、例えば、複数種類のバイオマスの可食部および複数種類のバイオマスの非食部のそれぞれについて予め取得した水素安定同位体比と酸素安定同位体比との組み合わせ、または水素安定同位体比と炭素安定同位体比との組み合わせからなる2次元データとして、あるいは水素安定同位体比と酸素安定同位体比と炭素安定同位体比との組み合わせからなる3次元データとして作成することができる。
【0042】
そして2次元または3次元のデータとして作成したマッピングデータにおいて可食部および非食部に対応する各領域を設定する。すなわち、複数種類のバイオマスの可食部について取得した基準データが含まれるように2次元または3次元の領域を判別精度等を考慮して適宜に設定し、同様に、複数種類のバイオマスの非食部について取得した基準データが含まれるように2次元または3次元の領域を判別精度等を考慮して適宜に設定する。これらの可食部に対応する領域および非食部に対応する領域は、後述の実施例の図1および図2にも示すような形で、判別の便宜のためにコンピュータの表示部等に可視化することができる。
【0043】
そして当該領域と、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データとの位置関係に基づいて、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非可食部の傾向を判別する。すなわち、バイオマス試料の照合データが基準データにおける可食部に対応する領域に含まれる場合には、バイオマス試料の由来は可食部と判別できる。そしてバイオマス試料の照合データが基準データにおける非食部に対応する領域に含まれる場合には、バイオマス試料の由来は非食部と判別できる。また、バイオマス試料が可食部由来のものと非食部由来のものとの混合物である場合には、バイオマス試料の照合データと、基準データにおける可食部および非食部に対応する各領域との位置関係、すなわち照合データが可食部の領域または非食部に対応する領域のいずれに包含されているか、あるいは包含されていないが各領域にどの程度近接しているかによって、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非可食部の傾向を判別することができる。
【0044】
以上の判別方法において、後述の実施例に示されるように、バイオマスがC3植物および/またはC4植物である場合には、基準データおよび照合データとして、水素安定同位体比と酸素安定同位体との組み合わせを用いることで、C3植物および/またはC4植物のバイオマス試料の由来を高い精度で判別することができる。
【0045】
また、バイオマスがC3植物である場合には、基準データおよび照合データとして、水素安定同位体比と炭素安定同位体との組み合わせを用いることで、C3植物のバイオマス試料の由来を高い精度で判別することができる。
(第2の実施形態)
本実施形態では、複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、基準データとして予め取得する第1工程と、産地判別対象のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、照合データとして取得する第2工程と、産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメ試料の産地を判別する第3工程とによりコメの産地を判別する。
【0046】
第1工程において、基準データの取得に用いられるバイオマスの選定は、判別対象のバイオマス原料、統計的な精度等を考慮して決定される。
【0047】
質量分析測定用の脂肪酸誘導体を得る際には、例えば、コメ試料を凍結乾燥し、クロロホルム/メタノール等により抽出した後、抽出成分をけん化し、メチルエステル化する。そしてシリカゲルカラム等で目的とする脂肪酸誘導体を分離することができる。
【0048】
この脂肪酸誘導体について水素安定同位体比を質量分析により測定し、基準データとして取得する。
【0049】
第2工程において、産地判別対象のコメ試料についての照合データは、基準データと同様にして取得することができる。
【0050】
第3工程において、照合データと基準データとを比較する際には、例えば、基準データをデータベース化しておき、これと照合データを照らし合わせることにより行うことができる。
【0051】
すなわち、データベースとしてコンピュータ等に格納されている複数の産地におけるコメ試料の基準データと、産地判別対象のコメ試料の照合データとを照らし合わせ、水素安定同位体比が一致あるいは最も近似している基準データに対応する産地をコメ試料の産地と判別することができる。
【0052】
データベースとして取得した基準データは、後述の実施例の図3〜図6にも示すような形で、判別の便宜のためにコンピュータの表示部等に可視化することができる。
【0053】
また、以上の工程に加えてさらに、複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を基準データとして予め取得することもできる。そして産地判別対象のコメ試料について、上述したように脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して脂肪酸誘導体を得た後、これについて水素安定同位体比を質量分析により測定するとともに、当該コメ試料について別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を照合データとして取得する。そして産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメの産地を判別することもできる。
【0054】
この場合、酸素安定同位体比は、コメ試料全体のものについて測定することができる。
【0055】
水素安定同位体比および酸素安定同位体比からなる照合データと基準データとを比較する際には、例えば、基準データを2次元データとしてデータベース化しておき、これと照合データを照らし合わせることにより行うことができる。
【0056】
すなわち、データベースとしてコンピュータ等に格納されている複数の産地におけるコメ試料の基準データと、産地判別対象のコメ試料の照合データとを照らし合わせ、水素安定同位体比および酸素安定同位体比からなる2次元データが一致あるいは最も近似している基準データに対応する産地をコメ試料の産地と判別することができる。
【0057】
このように水素安定同位体比に加えて酸素安定同位体比を比較対象とすることで、高い精度でコメ試料の産地判別を行うことができる。
【0058】
以上の判別方法によれば、後述の実施例に示されるように、コメ試料から脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して脂肪酸誘導体を得た後、これについて水素安定同位体比を質量分析により測定することで、コメ試料に含まれる交換性H(−OH、−NH3+、−COOH等)の影響を受けることがなく、判別精度を大幅に向上することが可能となり、産地判別の妥当性を高めることができる。これにより、コメの産地偽装や偶然もしくは故意のすり替えを科学的に防止する手段が提供され、ブランド保護等も可能となる。
【0059】
コメに含まれる脂肪酸のδDは産地による変動範囲が大きく、これは生育水等を反映しているものと考えられる。またコメ試料の産地の緯度や、生育期間における平均気温との相関があり、平均気温との相関は、平均気温がコメの脂肪酸の不飽和度(二重結合の数)に影響を与えること、すなわち低温になると不飽和脂肪酸が増加することとも関連していると考えられる。
【0060】
特に、コメに含まれる脂肪酸の中でも不飽和脂肪酸のδDは、飽和脂肪酸に比べてさらにコメ試料の産地の緯度や生育期間における平均気温との相関が強く、コメの酸素安定同位体比との相関も強い。そのため、特に高い精度でコメ試料の産地を判別することができる。
【実施例】
【0061】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0062】
なお、下記の実施例において水素安定同位体比、炭素安定同位体比、酸素安定同位体比の測定は図9〜図13の記載に準じて行った。
<実施例1>
複数種類のバイオマスの可食部および非食部の水素安定同位体比、炭素安定同位体比を測定した。可食部試料として、サトウキビの絞り汁、トウモロコシの実、コメ、小麦粉を用い、非食部試料として、サトウキビの絞りかす、サトウキビの外皮、トウモロコシの葉、稲わら、麦わらを用いた。
【0063】
これらの可食部試料と非食部試料は、凍結乾燥、粉末化した後、試料全体の安定同位体比をEA/IRMSで測定した。その結果を図1に示す。
【0064】
図1より、稲、麦のようなC3植物については可食部と非食部が明確に区別され、高い精度での可食部、非食部の判別が可能であることが明らかとなった。
<実施例2>
複数種類のバイオマスの可食部および非食部の水素安定同位体比、酸素安定同位体比を測定した。可食部試料として、サトウキビの絞り汁、トウモロコシの実、コメ、小麦粉を用い、非食部試料として、サトウキビの絞りかす、サトウキビの外皮、トウモロコシの葉、稲わら、麦わらを用いた。
【0065】
これらの可食部試料と非食部試料は、凍結乾燥、粉末化した後、試料全体の安定同位体比をEA/IRMSで測定した。その結果を図2に示す。
【0066】
図2より、稲、麦のようなC3植物およびサトウキビ、トウモロコシのようなC4植物の全体について可食部と非食部が明確に区別され、高い精度での可食部、非食部の判別が可能であることが明らかとなった。
<実施例3>
複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化した後、水素安定同位体比を質量分析により測定した。コメ試料は、新潟県産(2種類)、長野県産、島根県産のものを用いた。
【0067】
脂肪酸成分の抽出、誘導体化は次のようにして行った。コメ試料を凍結乾燥し、CHCl3:MeOH=2:1で抽出した。次いで抽出成分をけん化(0.5M KOH/MeOH)し、酸性成分をメチルエステル化した。その後、目的とする脂肪酸誘導体をシリカゲルカラムで分離した。以上の操作は約3日で完了した。
【0068】
得られた脂肪酸誘導体をEA/IRMSで約1時間測定した。その結果を図3に示す。なお、比較としてコメ試料全体の水素安定同位体比を測定した結果を併せて示す。
【0069】
図3より、コメ試料全体の水素安定同位体比δDに比べてコメ試料から得た脂肪酸誘導体のδDは標準偏差が大幅に小さくなり、高い精度で水素安定同位体比を測定することができた。
<実施例4>
複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化した後、水素安定同位体比を質量分析により測定した。加えて、コメ試料の生育水についても水素安定同位体比を測定した。コメ試料は、新潟県産、長野県産、島根県産、沖縄県産のものを用いた。
【0070】
脂肪酸成分の抽出、誘導体化およびEA/IRMSによる測定は実施例3と同様にして行った。その結果を図4に示す。
【0071】
図4より、コメ試料から得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比δDは産地による変動幅が大きく(-207〜-183%0)、δDは産地に対応して有意に変化した。そしてコメ試料のδDは生育水との相関を示した。
<実施例5>
複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して飽和、不飽和脂肪酸誘導体をそれぞれ得た後、これらについて水素安定同位体比を質量分析により測定した。コメ試料は、北海道産、山形県産、東京産、三重県産、沖縄県(石垣)産のものを用いた。
【0072】
脂肪酸成分の抽出、誘導体化およびEA/IRMSによる測定は実施例3と同様にして行った。飽和、不飽和脂肪酸誘導体のそれぞれについての測定結果を緯度についてプロットした結果を図5に、生育期間中の平均気温についてプロットした結果を図6に示す。またEA/IRMSのチャートを図7に示す。なお、これらの図において、16:0はパルミチン酸、18:1はオレイン酸、18:2はリノール酸、18:3はリノレン酸を示す。
【0073】
図5、図6より、飽和、不飽和脂肪酸誘導体いずれにおいても水素安定同位体比δDは産地による変動が大きく、δDは産地に対応して有意に変化した。特に、不飽和脂肪酸誘導体のδDは、コメ試料の産地の緯度と強い負の相関を示し、生育期間中の平均気温と強い正の相関を示した。
<実施例6>
複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して不飽和脂肪酸誘導体を得た後、これについて水素安定同位体比を質量分析により測定した。加えて、コメ試料全体の酸素安定同位体比を測定した。コメ試料は、北海道産、山形県産、茨城県産、三重県産、沖縄県(石垣)産のものを用いた。
【0074】
脂肪酸成分の抽出、誘導体化およびEA/IRMSによる測定は実施例3と同様にして行った。それぞれのコメ試料について不飽和脂肪酸誘導体の水素安定同位体比δDおよび酸素安定同位体比δ18Oの測定結果をプロットした結果を図8に示す。
【0075】
図8より、不飽和脂肪酸誘導体の水素安定同位体比δDは産地による変動幅が大きく、δDは産地に対応して有意に変化した。そして不飽和脂肪酸誘導体のδDは、コメ試料のδ18Oと強い正の相関を示した。
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマス試料の由来判別方法およびコメの産地判別方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
バイオ燃料は植物を由来とする燃料であり、植物は成長過程で二酸化炭素を吸収するため、京都議定書の枠組みでは燃やしても二酸化炭素を排出しないと見なされる。そして原油価格の高騰や温暖化ガス対策を背景として、ガソリンの代替として用いられるバイオエタノール、軽油代替のバイオディーゼル燃料の需要が増加している。
【0003】
従来、バイオ燃料には主にトウモロコシやサトウキビ等の食料系のバイオマスが原料として用いられている。現在では世界のバイオエタノール生産の四分の三をブラジルと米国が占め、原料には主にトウモロコシやサトウキビが用いられている。
【0004】
しかし一方で、原油高や温暖化ガス対策に伴うバイオ燃料の需要急増は世界的な食料価格上昇の一因ともなっている。このような背景から食料を原料としない非食料系燃料の量産が検討され、日本政府も実用化推進を表明しており、普及に向けた国際競争が加速しつつある。例えば最近では、稲わらや雑草を原料に用いたバイオ燃料の量産も検討されている。
【0005】
このように各国は食料と競合しない植物から燃料を生産する技術の開発を急いでいる。こうした背景において、非食料系燃料の量産が行われるようになると、食料系燃料との間で、偽装品や、流通・加工過程において偶然もしくは故意にラベル等がすり替わる可能性も考えられることから、科学的根拠に基づき食料系燃料と非食料系燃料とを判別する分析技術が求められている。
【0006】
従来、科学的根拠に基づく農水産物の由来判別技術として、農水産物中の炭素、窒素、酸素等の安定同位体比に注目した「安定同位体比解析」の検討が進んでいる。安定同位体比は生物の利用した栄養や生育環境を反映することが知られていることから、DNA解析や微量無機元素解析に続く産地判別技術等への利用が期待されている。また、安定同位体比は地域間変動が緩慢でかつ国際原子力エネルギー機構(IAEA)国際公認データに示される通り明確なため、安定同位体比に基づく産地判別はDNA解析、微量無機元素解析等の既存技術では到達できない高度な識別の可能性が期待されている。
【0007】
生物は炭素を骨格として水素、窒素、酸素等から主に構成され、これら生元素には安定同位体(D/H, 13C/12C, 15N/14N, 18O/17O/16O)が存在する。安定同位体はその質量数の違いから様々な物理・化学・生物的過程において同位体分別を生じる。そのため、環境試料中に含まれる有機物の同位体組成は、起源生物や生合性過程、生育環境等の情報を保存している。そこで安定同位体比を解析する手法は、これまで物質循環の解明や食物連鎖網の構造解析、動物の食性解析といった地球化学や生態学の分野で広く用いられてきた。
【0008】
本発明者らは、炭素、窒素、酸素の安定同位体比解析により動植物の産地を判別する技術についての鋭意検討を進めており、各種の動植物の産地判別に有力であることを実証してきた(非特許文献1〜6参照)。
【0009】
しかしながら、食料系と非食料系のバイオマスの判別への安定同位体比解析の適用について具体的な検討は未だなされていない。すなわち、食料系と非食料系のバイオマスの間で生元素の安定同位体比についてどのような相関を示すか等に関する詳細な結果は得られていないのが現状である。
【0010】
一方、現在では農産物のブランド価値に便乗した偽装品が出回るなど、食品の産地偽装は社会的な大問題である。また、食品における現行の産地管理方法は、産地証明書や個体識別番号等の送付といった書類上の追跡によるシステムであるが、上述したように、流通・加工過程において、偶然もしくは故意にそのラベルがすり替わる可能性が考えられることから、科学的根拠に基づき、食品そのものを分析する産地判別技術が求められている。消費者の食の安心・安全の確保、生産者の商品力維持、悪質な食品関連業者への牽制という観点からも急務である。
【0011】
このような背景において本発明者らは、酸素同位体比、窒素同位体比、および炭素同位体比を利用した安定同位体比解析によるコメの産地判別や、コメに含まれるアミノ酸の窒素安定同位体比を利用した安定同位体比解析によるコメの産地判別について実証を行ってきた。
【0012】
そして本発明者らは、水素安定同位体比によるコメの産地判別の可能性についても検討を進めてきた。水素安定同位体比を利用した産地判別技術としては、従来、牛肉等について検討されているが(非特許文献7参照)、コメについては未だ詳細な結果は得られていない。
【0013】
しかしながら、本発明者らは、13C/12C, 15N/14N, 18O/17O/16OのGC/IRMSによる安定同位体比測定について従来行われている手法と同様に、コメ試料について凍結乾燥、粉末化して試料全体の水素安定同位体比を測定したところ、コメの産地判別を実用的なレベルの精度で行うことを考慮すると必ずしも十分な測定精度が得られないことが判明した。これは、コメ試料のD/Hでは交換性H(−OH、−NH3+、−COOH等)を測定対象として含んでいるため、これらの交換性Hが測定精度の低下に影響しているものと考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】化学、化学同人、63(11) (690) 12-17 (2008)
【非特許文献2】Food Chem., 109, 470-475 (2008)
【非特許文献3】日本食品科学工学会誌、55、250-252 (2008)
【非特許文献4】Anal. Chim. Acta, 618, 148-152 (2008)
【非特許文献5】日本食品科学工学会誌、55、191-193 (2008)
【非特許文献6】Radioisotopes, 56, 8, (2007)
【非特許文献7】K. Heaton et al., Food Chemistry (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、バイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を高い精度で判別することが可能なバイオマス試料の由来判別方法を提供することを課題としている。
【0016】
また本発明は、水素安定同位体比を利用して精度の高い産地判別が可能なコメの産地判別方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記の課題を解決するために、以下のことを特徴としている。
【0018】
第1:バイオマス試料の由来における可食部と非可部の傾向を判別する方法であって、複数種類のバイオマスの可食部および複数種類のバイオマスの非食部のそれぞれについて、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、基準データとして予め取得する工程と、判別対象のバイオマス試料について、基準データと同様に、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、照合データとして取得する工程と、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を判別する工程とを含むことを特徴とするバイオマス試料の由来判別方法。
【0019】
第2:基準データを、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とからなるマッピングデータとして取得し、マッピングデータにおいて少なくとも可食部および非食部に対応する各領域を設定し、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データと当該領域との位置関係に基づいて、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を判別することを特徴とする上記第1のバイオマス試料の由来判別方法。
【0020】
第3:バイオマスはC3植物および/またはC4植物であることを特徴とする上記第1または第2のバイオマス試料の由来判別方法。
【0021】
第4:基準データおよび照合データは、水素安定同位体比と酸素安定同位体とからなることを特徴とする上記第3のバイオマス試料の由来判別方法。
【0022】
第5:バイオマスはC3植物であり、基準データおよび照合データは水素安定同位体比と炭素安定同位体とからなることを特徴とする上記第1または第2のバイオマス試料の由来判別方法。
【0023】
第6:複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、基準データとして予め取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、照合データとして取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメ試料の産地を判別する工程とを含むことを特徴とするコメの産地判別方法。
【0024】
第7:複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定するとともに、当該コメ試料について別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を基準データとして予め取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定するとともに、当該コメ試料について別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を照合データとして取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメ試料の産地を判別する工程とを含むことを特徴とするコメの産地判別方法。
【0025】
第8:脂肪酸誘導体が不飽和脂肪酸誘導体であることを特徴とする上記第6または第7のコメの産地判別方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明のバイオマス試料の由来判別方法によれば、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを利用することで、バイオマス原料の由来における可食部と非食部の傾向を高い精度で判別することが可能となる。これにより、バイオ燃料等の分野において、食料系バイオマスと非食料系バイオマスとの間での偽装や偶然もしくは故意のすり替えを科学的に防止する手段が提供される。
【0027】
本発明のコメの産地判別方法によれば、コメ試料から脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定することで、コメ試料に含まれる交換性H(−OH、−NH3+、−COOH等)の影響を受けることがなく、測定精度を大幅に向上することが可能となり、産地判別の妥当性を高めることができる。これにより、コメの産地偽装や偶然もしくは故意のすり替えを科学的に防止する手段が提供され、ブランド保護等も可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】複数種類のバイオマスの可食部および非食部についてEA/IRMSにより水素安定同位体比、炭素安定同位体比を測定した結果を示すグラフである。
【図2】複数種類のバイオマスの可食部および非食部についてEA/IRMSにより水素安定同位体比、酸素安定同位体比を測定した結果を示すグラフである。
【図3】複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化した後、水素安定同位体比をEA/IRMSにより測定した結果と、比較としてコメ試料全体の水素安定同位体比を測定した結果を示すグラフである。
【図4】複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して脂肪酸誘導体を得た後EA/IRMSにより測定した水素安定同位体比を、コメ試料の生育水について測定した水素安定同位体比に対してプロットした結果を示すグラフである。
【図5】複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して飽和、不飽和脂肪酸誘導体をそれぞれ得た後、EA/IRMSにより測定した水素安定同位体比を、コメ試料の産地の緯度に対してプロットした結果を示すグラフである。
【図6】複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して飽和、不飽和脂肪酸誘導体をそれぞれ得た後、EA/IRMSにより測定した水素安定同位体比を、コメ試料の産地の生育期間中の平均気温に対してプロットした結果を示すグラフである。
【図7】図5のコメ試料の飽和、不飽和脂肪酸誘導体におけるEA/IRMSのチャートである。
【図8】複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して不飽和脂肪酸誘導体を得た後EA/IRMSにより測定した水素安定同位体比を、コメ試料全体について測定した酸素安定同位体比に対してプロットした結果を示すグラフである。
【図9】EA/IRMSによる元素安定同位体比の測定方法を説明する図である。
【図10】EA/IRMSによる元素安定同位体比の測定方法を説明する図である。
【図11】EA/IRMSによる炭素・窒素安定同位体比の測定方法を説明する図である。
【図12】EA/IRMSによる酸素安定同位体比の測定方法を説明する図である。
【図13】EA/IRMSによる水素安定同位体比の測定方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本明細書における用語の定義等は以下のとおりである。
【0030】
本明細書において、「C3植物」の用語には、C3光合成経路でCO2を固定する植物、例えば、稲、小麦、大麦等の単子葉植物、および大豆、ジャガイモ、サツマイモ等の双子葉植物が含まれる。
【0031】
本明細書において、「C4植物」の用語には、C4光合成経路でCO2を固定する植物、例えば、トウモロコシ、サトウキビ、ソルガム等の単子葉植物、フラベリア、アマランサス等の双子葉植物が含まれる。
【0032】
本明細書において、「可食部」の用語には、一般にヒトが栄養として摂取し、食用として経済的な流通過程に置かれているものであって、バイオマス試料としても用いられている植物等の全体または一部が含まれ、加工前後のものを含む。例えば、稲のコメ、麦の小麦粉、サトウキビの絞り汁、トウモロコシの実等が含まれる。
【0033】
本明細書において、「非食部」の用語には、一般にヒトが栄養として摂取せず、通常は食用として経済的な流通過程に置かれていないものであって、バイオマス試料として用いられている植物等の全体または一部が含まれ、加工前後のものを含む。例えば、稲わら、麦わら、サトウキビの絞りかすや外皮、トウモロコシの葉等が含まれる。
【0034】
本明細書において、「バイオマス試料」の用語には、ガソリンの代替として用いられるバイオエタノールや軽油代替のバイオディーゼル燃料等のバイオ燃料またはその加工前、加工段階、加工終了後のバイオマスが含まれ、その他、ある用途のために市場において相当規模で用いられるものであって、可食部由来のバイオマスと、非食部由来のバイオマスとが用いられる加工前、加工段階、加工終了後のものを含む。例えば、植物体、植物が種子や果実として蓄積する生産物、これらを酵素処理等で分解したもの、あるいはこれらを酵母や細菌で発酵して得られるもの等が含まれる。
【0035】
本発明において、水素安定同位体比、酸素安定同位体比、炭素安定同位体比を質量分析により測定する際には、EA/IRMS(Elemental Analysis Isotope Ratio Mass Spectrometry)を用いることができる(図9〜図13、およびChemistry Letters Vol.35, No.5 (2006)、Phytochemistry 65 (2004) 2293-2300参照)。EA/IRMSを用いた安定同位体比測定技術については、当業者であれば本発明を実施できる程度に既に多くの技術の蓄積がある。これらには、ガスクロマトグラフと質量分析を組み合わせたGC/IRMS、さらには燃焼炉を利用したGC/ combustion /IRMS、熱分解炉を利用したGC/pyrolysis/IRMSが含まれる。
【0036】
各元素の安定同位体比は標準試料からの千分率(%0)で表し、これらは次式:
δX=[(R試料/R標準)−1]×1000
によってδ値で表記する。ここでXは、水素、炭素、酸素に対してそれぞれD、13C、18Oを表し、Rはそれぞれの元素の同位体比D/H、13C/12C、18O/16Oとなる。標準試料としては国際的にデータを比較できるように国際標準試料が用いられる。標準試料として、炭素では矢石(CaCO3の化石で海水中のHCO3-とほぼ同じ値を示す;PDB)、水素、酸素は標準平均海水(Standard Mean Ocean Water;SMOW)が用いられている。
【0037】
以下、本発明を詳細に説明する。
(第1の実施形態)
本実施形態では、バイオマス試料の由来における可食部と非可部の傾向を判別する方法であって、複数種類のバイオマスの可食部および複数種類のバイオマスの非食部のそれぞれについて、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、基準データとして予め取得する第1工程と、判別対象のバイオマス試料について、基準データと同様に、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、照合データとして取得する第2工程と、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を判別する第3工程とにより、バイオマス原料の由来における可食部と非食部の傾向を判別する。
【0038】
第1工程において、基準データの取得に用いられるバイオマスの選定は、判別対象のバイオマス試料、統計的な精度等を考慮して決定される。基準データとしては、例えば、水素安定同位体比と酸素安定同位体比との組み合わせ、水素安定同位体比と炭素安定同位体比との組み合わせ、水素安定同位体比と酸素安定同位体比と炭素安定同位体比との組み合わせが挙げられる。質量分析の測定は、バイオマスの可食部の全体、およびバイオマスの非食部の全体について行うことができる。
【0039】
第2工程において、判別対象のバイオマス試料についての照合データは、基準データと同じ種類の組み合わせについて取得し、例えば基準データとして水素安定同位体比と酸素安定同位体比との組み合わせを取得した場合には、照合データについても同様に水素安定同位体比と酸素安定同位体比との組み合わせを取得する。質量分析の測定は、判別対象のバイオマス試料の全体について行うことができる。
【0040】
第3工程において、照合データと基準データとを比較する際には、例えば、基準データをマッピングデータとして取得してデータベース化しておき、これと照合データを照らし合わせることにより行うことができる。
【0041】
マッピングデータは、例えば、複数種類のバイオマスの可食部および複数種類のバイオマスの非食部のそれぞれについて予め取得した水素安定同位体比と酸素安定同位体比との組み合わせ、または水素安定同位体比と炭素安定同位体比との組み合わせからなる2次元データとして、あるいは水素安定同位体比と酸素安定同位体比と炭素安定同位体比との組み合わせからなる3次元データとして作成することができる。
【0042】
そして2次元または3次元のデータとして作成したマッピングデータにおいて可食部および非食部に対応する各領域を設定する。すなわち、複数種類のバイオマスの可食部について取得した基準データが含まれるように2次元または3次元の領域を判別精度等を考慮して適宜に設定し、同様に、複数種類のバイオマスの非食部について取得した基準データが含まれるように2次元または3次元の領域を判別精度等を考慮して適宜に設定する。これらの可食部に対応する領域および非食部に対応する領域は、後述の実施例の図1および図2にも示すような形で、判別の便宜のためにコンピュータの表示部等に可視化することができる。
【0043】
そして当該領域と、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データとの位置関係に基づいて、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非可食部の傾向を判別する。すなわち、バイオマス試料の照合データが基準データにおける可食部に対応する領域に含まれる場合には、バイオマス試料の由来は可食部と判別できる。そしてバイオマス試料の照合データが基準データにおける非食部に対応する領域に含まれる場合には、バイオマス試料の由来は非食部と判別できる。また、バイオマス試料が可食部由来のものと非食部由来のものとの混合物である場合には、バイオマス試料の照合データと、基準データにおける可食部および非食部に対応する各領域との位置関係、すなわち照合データが可食部の領域または非食部に対応する領域のいずれに包含されているか、あるいは包含されていないが各領域にどの程度近接しているかによって、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非可食部の傾向を判別することができる。
【0044】
以上の判別方法において、後述の実施例に示されるように、バイオマスがC3植物および/またはC4植物である場合には、基準データおよび照合データとして、水素安定同位体比と酸素安定同位体との組み合わせを用いることで、C3植物および/またはC4植物のバイオマス試料の由来を高い精度で判別することができる。
【0045】
また、バイオマスがC3植物である場合には、基準データおよび照合データとして、水素安定同位体比と炭素安定同位体との組み合わせを用いることで、C3植物のバイオマス試料の由来を高い精度で判別することができる。
(第2の実施形態)
本実施形態では、複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、基準データとして予め取得する第1工程と、産地判別対象のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、照合データとして取得する第2工程と、産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメ試料の産地を判別する第3工程とによりコメの産地を判別する。
【0046】
第1工程において、基準データの取得に用いられるバイオマスの選定は、判別対象のバイオマス原料、統計的な精度等を考慮して決定される。
【0047】
質量分析測定用の脂肪酸誘導体を得る際には、例えば、コメ試料を凍結乾燥し、クロロホルム/メタノール等により抽出した後、抽出成分をけん化し、メチルエステル化する。そしてシリカゲルカラム等で目的とする脂肪酸誘導体を分離することができる。
【0048】
この脂肪酸誘導体について水素安定同位体比を質量分析により測定し、基準データとして取得する。
【0049】
第2工程において、産地判別対象のコメ試料についての照合データは、基準データと同様にして取得することができる。
【0050】
第3工程において、照合データと基準データとを比較する際には、例えば、基準データをデータベース化しておき、これと照合データを照らし合わせることにより行うことができる。
【0051】
すなわち、データベースとしてコンピュータ等に格納されている複数の産地におけるコメ試料の基準データと、産地判別対象のコメ試料の照合データとを照らし合わせ、水素安定同位体比が一致あるいは最も近似している基準データに対応する産地をコメ試料の産地と判別することができる。
【0052】
データベースとして取得した基準データは、後述の実施例の図3〜図6にも示すような形で、判別の便宜のためにコンピュータの表示部等に可視化することができる。
【0053】
また、以上の工程に加えてさらに、複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を基準データとして予め取得することもできる。そして産地判別対象のコメ試料について、上述したように脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して脂肪酸誘導体を得た後、これについて水素安定同位体比を質量分析により測定するとともに、当該コメ試料について別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を照合データとして取得する。そして産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメの産地を判別することもできる。
【0054】
この場合、酸素安定同位体比は、コメ試料全体のものについて測定することができる。
【0055】
水素安定同位体比および酸素安定同位体比からなる照合データと基準データとを比較する際には、例えば、基準データを2次元データとしてデータベース化しておき、これと照合データを照らし合わせることにより行うことができる。
【0056】
すなわち、データベースとしてコンピュータ等に格納されている複数の産地におけるコメ試料の基準データと、産地判別対象のコメ試料の照合データとを照らし合わせ、水素安定同位体比および酸素安定同位体比からなる2次元データが一致あるいは最も近似している基準データに対応する産地をコメ試料の産地と判別することができる。
【0057】
このように水素安定同位体比に加えて酸素安定同位体比を比較対象とすることで、高い精度でコメ試料の産地判別を行うことができる。
【0058】
以上の判別方法によれば、後述の実施例に示されるように、コメ試料から脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して脂肪酸誘導体を得た後、これについて水素安定同位体比を質量分析により測定することで、コメ試料に含まれる交換性H(−OH、−NH3+、−COOH等)の影響を受けることがなく、判別精度を大幅に向上することが可能となり、産地判別の妥当性を高めることができる。これにより、コメの産地偽装や偶然もしくは故意のすり替えを科学的に防止する手段が提供され、ブランド保護等も可能となる。
【0059】
コメに含まれる脂肪酸のδDは産地による変動範囲が大きく、これは生育水等を反映しているものと考えられる。またコメ試料の産地の緯度や、生育期間における平均気温との相関があり、平均気温との相関は、平均気温がコメの脂肪酸の不飽和度(二重結合の数)に影響を与えること、すなわち低温になると不飽和脂肪酸が増加することとも関連していると考えられる。
【0060】
特に、コメに含まれる脂肪酸の中でも不飽和脂肪酸のδDは、飽和脂肪酸に比べてさらにコメ試料の産地の緯度や生育期間における平均気温との相関が強く、コメの酸素安定同位体比との相関も強い。そのため、特に高い精度でコメ試料の産地を判別することができる。
【実施例】
【0061】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0062】
なお、下記の実施例において水素安定同位体比、炭素安定同位体比、酸素安定同位体比の測定は図9〜図13の記載に準じて行った。
<実施例1>
複数種類のバイオマスの可食部および非食部の水素安定同位体比、炭素安定同位体比を測定した。可食部試料として、サトウキビの絞り汁、トウモロコシの実、コメ、小麦粉を用い、非食部試料として、サトウキビの絞りかす、サトウキビの外皮、トウモロコシの葉、稲わら、麦わらを用いた。
【0063】
これらの可食部試料と非食部試料は、凍結乾燥、粉末化した後、試料全体の安定同位体比をEA/IRMSで測定した。その結果を図1に示す。
【0064】
図1より、稲、麦のようなC3植物については可食部と非食部が明確に区別され、高い精度での可食部、非食部の判別が可能であることが明らかとなった。
<実施例2>
複数種類のバイオマスの可食部および非食部の水素安定同位体比、酸素安定同位体比を測定した。可食部試料として、サトウキビの絞り汁、トウモロコシの実、コメ、小麦粉を用い、非食部試料として、サトウキビの絞りかす、サトウキビの外皮、トウモロコシの葉、稲わら、麦わらを用いた。
【0065】
これらの可食部試料と非食部試料は、凍結乾燥、粉末化した後、試料全体の安定同位体比をEA/IRMSで測定した。その結果を図2に示す。
【0066】
図2より、稲、麦のようなC3植物およびサトウキビ、トウモロコシのようなC4植物の全体について可食部と非食部が明確に区別され、高い精度での可食部、非食部の判別が可能であることが明らかとなった。
<実施例3>
複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化した後、水素安定同位体比を質量分析により測定した。コメ試料は、新潟県産(2種類)、長野県産、島根県産のものを用いた。
【0067】
脂肪酸成分の抽出、誘導体化は次のようにして行った。コメ試料を凍結乾燥し、CHCl3:MeOH=2:1で抽出した。次いで抽出成分をけん化(0.5M KOH/MeOH)し、酸性成分をメチルエステル化した。その後、目的とする脂肪酸誘導体をシリカゲルカラムで分離した。以上の操作は約3日で完了した。
【0068】
得られた脂肪酸誘導体をEA/IRMSで約1時間測定した。その結果を図3に示す。なお、比較としてコメ試料全体の水素安定同位体比を測定した結果を併せて示す。
【0069】
図3より、コメ試料全体の水素安定同位体比δDに比べてコメ試料から得た脂肪酸誘導体のδDは標準偏差が大幅に小さくなり、高い精度で水素安定同位体比を測定することができた。
<実施例4>
複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化した後、水素安定同位体比を質量分析により測定した。加えて、コメ試料の生育水についても水素安定同位体比を測定した。コメ試料は、新潟県産、長野県産、島根県産、沖縄県産のものを用いた。
【0070】
脂肪酸成分の抽出、誘導体化およびEA/IRMSによる測定は実施例3と同様にして行った。その結果を図4に示す。
【0071】
図4より、コメ試料から得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比δDは産地による変動幅が大きく(-207〜-183%0)、δDは産地に対応して有意に変化した。そしてコメ試料のδDは生育水との相関を示した。
<実施例5>
複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して飽和、不飽和脂肪酸誘導体をそれぞれ得た後、これらについて水素安定同位体比を質量分析により測定した。コメ試料は、北海道産、山形県産、東京産、三重県産、沖縄県(石垣)産のものを用いた。
【0072】
脂肪酸成分の抽出、誘導体化およびEA/IRMSによる測定は実施例3と同様にして行った。飽和、不飽和脂肪酸誘導体のそれぞれについての測定結果を緯度についてプロットした結果を図5に、生育期間中の平均気温についてプロットした結果を図6に示す。またEA/IRMSのチャートを図7に示す。なお、これらの図において、16:0はパルミチン酸、18:1はオレイン酸、18:2はリノール酸、18:3はリノレン酸を示す。
【0073】
図5、図6より、飽和、不飽和脂肪酸誘導体いずれにおいても水素安定同位体比δDは産地による変動が大きく、δDは産地に対応して有意に変化した。特に、不飽和脂肪酸誘導体のδDは、コメ試料の産地の緯度と強い負の相関を示し、生育期間中の平均気温と強い正の相関を示した。
<実施例6>
複数種類の産地のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して不飽和脂肪酸誘導体を得た後、これについて水素安定同位体比を質量分析により測定した。加えて、コメ試料全体の酸素安定同位体比を測定した。コメ試料は、北海道産、山形県産、茨城県産、三重県産、沖縄県(石垣)産のものを用いた。
【0074】
脂肪酸成分の抽出、誘導体化およびEA/IRMSによる測定は実施例3と同様にして行った。それぞれのコメ試料について不飽和脂肪酸誘導体の水素安定同位体比δDおよび酸素安定同位体比δ18Oの測定結果をプロットした結果を図8に示す。
【0075】
図8より、不飽和脂肪酸誘導体の水素安定同位体比δDは産地による変動幅が大きく、δDは産地に対応して有意に変化した。そして不飽和脂肪酸誘導体のδDは、コメ試料のδ18Oと強い正の相関を示した。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオマス試料の由来における可食部と非可部の傾向を判別する方法であって、複数種類のバイオマスの可食部および複数種類のバイオマスの非食部のそれぞれについて、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、基準データとして予め取得する工程と、判別対象のバイオマス試料について、基準データと同様に、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、照合データとして取得する工程と、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を判別する工程とを含むことを特徴とするバイオマス試料の由来判別方法。
【請求項2】
基準データを、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とからなるマッピングデータとして取得し、マッピングデータにおいて少なくとも可食部および非食部に対応する各領域を設定し、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データと当該領域との位置関係に基づいて、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を判別することを特徴とする請求項1に記載のバイオマス試料の由来判別方法。
【請求項3】
バイオマスはC3植物および/またはC4植物であることを特徴とする請求項1または2に記載のバイオマス試料の由来判別方法。
【請求項4】
基準データおよび照合データは、水素安定同位体比と酸素安定同位体とからなることを特徴とする請求項3に記載のバイオマス試料の由来判別方法。
【請求項5】
バイオマスはC3植物であり、基準データおよび照合データは水素安定同位体比と炭素安定同位体とからなることを特徴とする請求項1または2に記載のバイオマス試料の由来判別方法。
【請求項6】
複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、基準データとして予め取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、照合データとして取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメ試料の産地を判別する工程とを含むことを特徴とするコメの産地判別方法。
【請求項7】
複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定するとともに、当該コメ試料について別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を基準データとして予め取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定するとともに、当該コメ試料について別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を照合データとして取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメ試料の産地を判別する工程とを含むことを特徴とするコメの産地判別方法。
【請求項8】
脂肪酸誘導体が不飽和脂肪酸誘導体であることを特徴とする請求項6または7に記載のコメの産地判別方法。
【請求項1】
バイオマス試料の由来における可食部と非可部の傾向を判別する方法であって、複数種類のバイオマスの可食部および複数種類のバイオマスの非食部のそれぞれについて、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、基準データとして予め取得する工程と、判別対象のバイオマス試料について、基準データと同様に、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とを質量分析により測定し、照合データとして取得する工程と、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を判別する工程とを含むことを特徴とするバイオマス試料の由来判別方法。
【請求項2】
基準データを、水素安定同位体比と、酸素安定同位体比および/または炭素安定同位体比とからなるマッピングデータとして取得し、マッピングデータにおいて少なくとも可食部および非食部に対応する各領域を設定し、判別対象のバイオマス試料について取得した照合データと当該領域との位置関係に基づいて、判別対象のバイオマス試料の由来における可食部と非食部の傾向を判別することを特徴とする請求項1に記載のバイオマス試料の由来判別方法。
【請求項3】
バイオマスはC3植物および/またはC4植物であることを特徴とする請求項1または2に記載のバイオマス試料の由来判別方法。
【請求項4】
基準データおよび照合データは、水素安定同位体比と酸素安定同位体とからなることを特徴とする請求項3に記載のバイオマス試料の由来判別方法。
【請求項5】
バイオマスはC3植物であり、基準データおよび照合データは水素安定同位体比と炭素安定同位体とからなることを特徴とする請求項1または2に記載のバイオマス試料の由来判別方法。
【請求項6】
複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、基準データとして予め取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定し、照合データとして取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメ試料の産地を判別する工程とを含むことを特徴とするコメの産地判別方法。
【請求項7】
複数の産地におけるコメ試料のそれぞれについて、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定するとともに、当該コメ試料について別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を基準データとして予め取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について、脂肪酸成分を抽出しメチルエステル化して得た脂肪酸誘導体の水素安定同位体比を質量分析により測定するとともに、当該コメ試料について別途に酸素安定同位体比を質量分析により測定し、水素安定同位体比および酸素安定同位体比を照合データとして取得する工程と、産地判別対象のコメ試料について取得した照合データと、予め取得した基準データとを比較して、コメ試料の産地を判別する工程とを含むことを特徴とするコメの産地判別方法。
【請求項8】
脂肪酸誘導体が不飽和脂肪酸誘導体であることを特徴とする請求項6または7に記載のコメの産地判別方法。
【図3】
【図4】
【図7】
【図11】
【図12】
【図13】
【図1】
【図2】
【図5】
【図6】
【図8】
【図9】
【図10】
【図4】
【図7】
【図11】
【図12】
【図13】
【図1】
【図2】
【図5】
【図6】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2010−276466(P2010−276466A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−129075(P2009−129075)
【出願日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】
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