説明

バイノール−Sおよびこれを用いたテトラヒドロバイノール−Sの製造方法

【課題】バイノール−Sからテトラヒドロバイノール−Sを高収率で安定に製造するための方法を提供することを課題とする。
【解決手段】リン含量が100ppm以下であることを特徴とするバイノール−S。当該バイノール−Sを金属触媒の存在下に水素と反応させることを特徴とするテトラヒドロバイノール−Sの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイノール−S(Binor−S、ドデカヒドロ−1,2,4:5,6,8−ジメテノ−S−インダセン)およびこれを用いたテトラヒドロバイノール−Sの製造方法に関するものである。とくに本発明は、当該バイノール−Sを用い、水素ガスと金属触媒を用いた水素化開裂反応により、テトラヒドロバイノール−S(tetrahydro−Binor−S)を安定に製造する方法に関するものである。テトラヒドロバイノール−Sはジアマンタン誘導体の合成中間体として有用である。
【背景技術】
【0002】
アダマンタン誘導体は耐熱性に優れ、透明性も高い等、他の有機化合物にない特殊な性能を有するため、その性能を利用して種々の用途に開発研究がなされている。ジアマンタン誘導体は、アダマンタン誘導体と類似の骨格構造を有しているため、ジアマンタン誘導体もアダマンタン誘導体同様に様々な用途を有している。例えば、電子材料分野においては、高集積化、多機能化、高性能化の進行に伴い、回路抵抗や配線間のコンデンサー容量が増大し、消費電力や遅延時間の増大を招いている。この遅延時間を減少させてデバイスの高速化を図るべく、寄生抵抗や寄生容量の低減が求められており、この寄生抵抗を低減するための具体策の一つとして、配線の周辺を低導電性の層間絶縁膜で被覆することが試みられている。また層間絶縁膜は実装基板製造時の薄膜形成工程に耐えることができる、優れた耐熱性が要求される。ジアマンタンは電子分極が小さく、かつリジッドなダイヤモンド状の飽和炭化水素構造を有しているため、低誘電率で耐熱性の高い層間絶縁膜の構成要素として有用である事が知られている。この例として特許文献1を参照する事ができる。
【0003】
ジアマンタンの合成法としては、例えば非特許文献1では、多環式炭化水素化合物であるテトラヒドロバイノール−S(tetrahydro−Binor−S)から、塩化アルミニウム触媒存在下、炭素骨格転移反応を行い、ジアマンタンが製造できることが開示されている。
【0004】
また非特許文献2では、テトラヒドロバイノール−Sから、臭化アルミニウムを触媒として、ジアマンタンを合成している。
【0005】
これらの公知例で知られるように、テトラヒドロバイノール−Sがジアマンタンの合成において重要な合成中間体となっている。
【0006】
テトラヒドロバイノール−Sの合成方法としては、前記非特許文献1、非特許文献2に記載されているように酸化白金触媒存在下での水素ガスによるバイノール−Sの水素化開裂反応が、また非特許文献3、非特許文献4には白金触媒(白金−炭素、白金黒)存在下、Ni触媒存在下、さらには非特許文献5、非特許文献6には白金触媒存在下での水素ガスによるバイノール−Sの水素化開裂反応が知られている。
【0007】
しかしながら、バイノール−Sに前記金属触媒存在下での水素ガスによる水素化開裂反応を実行したとき、水素ガス吸収が反応途中で止まり、テトラヒドロバイノール−Sの収率が低かったり、場合によっては殆ど反応が進行しないことがあった。このような状況ではテトラヒドロバイノール−S製造が安定しているとは言えず、ジアマンタン製造の安定化・高収率化ためにはバイノール−Sの水素化開裂反応によるテトラヒドロバイノール−S合成工程の安定化・高収率化が強く求められていた。
【特許文献1】米国特許出願公開第2005/0276964号明細書
【非特許文献1】J.Chem−Soc. Perkin I, 2691 (1972)
【非特許文献2】Organic−Syntheses, Col.Vol.6, p.378
【非特許文献3】Eurasian Chem.Tech.J.、 vol.4、277 (2002)
【非特許文献4】Neftekhimiya, vol.36 506 (1996)
【非特許文献5】J.Amer.Chem−Soc., vol.88、4890 (1968)
【非特許文献6】J.Org.Chem., vol.39, 2979 (1974)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これらの従来技術での問題点を考慮して、本発明はバイノール−Sからテトラヒドロバイノール−Sを高収率で安定に製造するための方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に使用するバイノール−Sは、例えば非特許文献1、または非特許文献2に従い、コバルト触媒としてビス(トリフェニルホスフィン)ジクロロコバルト(II)を使用して、トリフルオロホウ素・エーテラート存在下、トルエン溶媒中でノルボルナジエンを反応させることにより、容易に合成できる。
【0010】
前記方法で製造したバイノール−Sには、その製造工程に使用したコバルト触媒配位子のリン化合物であるトリフェニルホスフィンが僅かに混入する場合がある。本発明者らは、このリン化合物の混入がテトラヒドロバイノール−Sの反応進行を不安定にして、収率の低下を招くという現象を見出した。更には、バイノール−Sに混入したリン化合物の混入量を100ppm(0.01質量%)以下に、好ましくは30ppm以下、更に好ましくは10ppm以下にすることで、テトラヒドロバイノール−Sを高収率で安定に得られることを見出した。
【0011】
本発明者らは、検討を重ねた結果、上記課題が下記1)の品質を有するバイノール−S、及び2)から5)の方法により達成できることを見出し、本発明に到達した。
【0012】
1) リン含量が100ppm以下であることを特徴とするバイノール−S。
2) 前記1)に記載のバイノール−Sを金属触媒の存在下に水素と反応させることを特徴とするテトラヒドロバイノール−Sの製造方法。
3) 前記金属触媒が、VIII族に属する金属を含む金属触媒であることを特徴とする前記2)に記載のテトラヒドロバイノール−Sの製造方法。
4)前記金属触媒が、ニッケル化合物、ルテニウム化合物、ロジウム化合物、パラジウム化合物、イリジウム化合物および白金化合物からなる群より選択される少なくとも1つであることを特徴とする前記2)または3)に記載のテトラヒドロバイノール−Sの製造方法。
5)前記金属触媒が、酸化白金または白金黒であることを特徴とする前記4)に記載のテトラヒドロバイノール−Sの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、特定値以下のリン化合物の混入量であるバイノール−Sを用いることにより、テトラヒドロバイノール−Sを高収率で安定に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。なお、バイノール−Sは下記構造を有する。
【0015】
【化1】

【0016】
本発明で使用する金属触媒としては、周期律表VIII族に属する金属を含む金属触媒が使用されるのがよい。具体的には、ニッケル化合物、ルテニウム化合物、ロジウム化合物、パラジウム化合物、イリジウム化合物、白金化合物があるが、好ましくはニッケル、パラジウムまたは白金、を含む金属触媒であり、更に好ましくは白金を含む金属触媒であり、特に好ましくは白金黒、酸化白金が使用される。
【0017】
本発明で使用する金属触媒量としては、反応時に仕込むバイノール−Sに対して質量比で1/10000〜1/10が使用される。好ましくは1/1000〜1/20であり、さらに好ましくは1/250〜1/40である。金属触媒は反応仕込時に全量を添加しても良いが、反応仕込時のほかに残量を何回かに分割して反応途中で添加してもよい。
【0018】
本発明で使用する溶媒としては、脂肪族炭化水素、脂肪族カルボン酸及びそのエステル、水等が使用される。好ましくは脂肪族炭化水素、脂肪族カルボン酸であり、更に好ましくはヘキサン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、酢酸等が使用される。最も好ましくは酢酸が使用される。
【0019】
本発明の反応時には、酸を添加しても良い。添加する酸としては有機酸、無機酸がある。好ましくは無機酸であり、更に好ましくは、塩酸、臭化水素酸が使用される。
【0020】
本発明の反応時に使用する水素圧としては0.1メガパスカル(MPa)〜50MPaが使用される。好ましくは0.1MPa〜30MPaであり、特に好ましくは0.5MPa〜10MPaである。反応開始後に水素圧が低下した場合には、水素ガスを注加して水素圧を上げても良い。
【0021】
水素化開裂反応時の反応温度は0℃〜300℃であり、好ましくは0℃〜200℃である。更に好ましくは室温〜120℃である。
【0022】
本発明において、リン含量が100ppm以下であるバイノール−Sを調製する方法としては、有機化学で通常使用される精製方法を用いることができるが、例えば、再結晶、蒸留、吸着剤の使用、カラムクラマトグラフィー、またはそれらのうちの2つ、またはそれ以上を組み合わせた方法等が挙げられる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例、比較例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。実施例と比較例との比較で、本発明ではテトラヒドロバイノール−S生成率が高いことが分かる。
【0024】
バイノール−Sに含まれるリン含量の測定方法: リン含量はICP測定(有機溶剤モード)により検出、定量した。
測定溶液調製方法: 試料1gを精秤し、ジメチルアセトアミドで溶解して50mlの溶液とする。
ICP測定条件: 有機溶媒条件、検出波長 213.620nm
【0025】
テトラヒドロバイノール−S生成率の測定例:バイノール−Sの水素化開裂反応により生成したテトラヒドロバイノール−Sの生成率はガスクロマトグラフィー(GC)により求めた。
GC条件:
カラム:DB−5MS,0.25mmφ×0.25μm×30m
カラム条件: 40℃(5min)−昇温 10℃/min − 280℃(10min)
キャリアガス:He、流量:0.55ml/min、入り口圧:50kPa、ソプリット比:20
注入口温度:280℃、検出器:FID、検出温度:300℃
【0026】
参考例(低リン含量のバイノール-Sの調製)
ノルボルナジエン 43.4g、ジブロモビス(トリフェニルホスフィン)コバルト(II)18.7g、トルエン 1000mlの混合物中にトリフルオロホウ素・エーテラート 4.8mlを室温で添加した後、105℃まで加熱した。この混合物中にノルボルナジエン 434gを滴下し、滴下終了後3時間反応した。室温まで冷却後、酢酸エチル400ml、水1000mlを添加し、分液操作により有機相を取り出し、水500mlで2回洗浄後、酢酸エチルを留去した。残渣にメタノールを加え、析出した結晶を濾過することによりバイノール−S 334g(リン含量280ppm)を得た。
前記操作によって得たバイノール−S 200gを減圧蒸留(沸点100−105℃/1.5mmHg)してバイノール−Sを193g(P含量150ppm)得た。これを更にアセトン(バイノール−Sの2倍量使用)から再結晶を2回実施することによりバイノール−S 124g(リン含量10ppm以下)を得た。
【0027】
実施例1
バイノール−S 150g(リン含量10ppm以下)、酸化白金触媒 1.1g、酢酸500ml を圧力反応容器(オートクレーブ)に仕込み、水素圧 1.5MPa、温度70℃の条件下で攪拌しながら3時間反応させた。反応終了後、反応混合物を濾過して触媒を除き、濾液を水に注入した。この混合物を酢酸エチルで抽出し、有機相を水洗後濃縮してテトラヒドロバイノール−S 148gを得た(収率97%、ガスクロマトグラフィーによるテトラヒドロバイノール−S含量は96%であった)。
【0028】
実施例2〜13
下記表1に示すバイノール−Sのリン含量および反応条件に変更したこと以外は、実施例1と同様である。テトラヒドロバイノール−S生成率を表1に併せて示す。
【0029】
【表1】

【0030】
比較例1
バイノール−S 50g(リン含量282ppm)、酸化白金触媒 1.1g 、酢酸200ml を圧力反応容器(オートクレーブ)に仕込み、水素圧 7.4MPa、温度80℃ の条件下で攪拌しながら3時間反応させた。反応終了後、反応混合物を濾過して触媒を除き、濾液を水に注入した。この混合物を酢酸エチルで抽出し、有機相をガスクロ
マトグラフィーにより測定し、テトラヒドロバイノール−Sの生成率を求めると21%であった。
【0031】
比較例2〜7
下記表1に示すバイノール−Sのリン含量および反応条件に変更したこと以外は、実施例1と同様である。テトラヒドロバイノール−S生成率を表1に併せて示す。
【0032】
【表2】

【0033】
実施例では、バイノール−Sのリン含量がいずれも100ppm以下であるため、テトラヒドロバイノール−S生成率が高い。これに対し、比較例では、バイノール−Sのリン含量がいずれも100ppmを超えているため、テトラヒドロバイノール−S生成率が実施例に比べて大きく劣った。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン含量が100ppm以下であることを特徴とするバイノール−S。
【請求項2】
請求項1に記載のバイノール−Sを金属触媒の存在下に水素と反応させることを特徴とするテトラヒドロバイノール−Sの製造方法。
【請求項3】
前記金属触媒が、VIII族に属する金属を含む金属触媒であることを特徴とする請求項2に記載のテトラヒドロバイノール−Sの製造方法。
【請求項4】
前記金属触媒が、ニッケル化合物、ルテニウム化合物、ロジウム化合物、パラジウム化合物、イリジウム化合物および白金化合物からなる群より選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項2または3に記載のテトラヒドロバイノール−Sの製造方法。
【請求項5】
前記金属触媒が、酸化白金または白金黒であることを特徴とする請求項4に記載のテトラヒドロバイノール−Sの製造方法。

【公開番号】特開2009−96763(P2009−96763A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−270539(P2007−270539)
【出願日】平成19年10月17日(2007.10.17)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】