説明

バイポーラ膜及びその製造方法

【課題】膜電圧の上昇を伴わずに、アニオン交換膜とカチオン交換膜との接着性が向上したバイポーラ膜を提供する。
【解決手段】カチオン交換膜とアニオン交換膜とが接合されたバイポーラ膜において、前記交換膜の少なくとも一方が、塩素化ポリオレフィンを含有しているバイポーラ膜。前記塩素化ポリオレフィンの塩素含有率は20〜80重量%が好ましく、また、前記交換膜中における塩素化ポリオレフィンの含有率は0.01〜50重量%が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カチオン交換膜とアニオン交換膜とが貼り合わされたバイポーラ膜及びその製造方法に関するものであり、より詳細には、カチオン交換膜とアニオン交換膜との接着性、即ち耐剥離性が著しく高められたバイポーラ膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイポーラ膜は、カチオン交換膜とアニオン交換膜が貼り合わされた複合膜であり、水をプロトンと水酸化物イオンに解離することができる機能を有する。
バイポーラ膜のこの特殊機能を利用して、カチオン交換膜及び/またはアニオン交換膜とともに電気透析装置に組み込み、電気透析を行うことにより、中性塩から酸とアルカリを製造することができることから、種々の応用が提案されている(非特許文献1)。
【0003】
上記のようなバイポーラ膜では、特にカチオン交換膜とアニオン交換膜との間に高い接着性が要求され、例えば長期にわたる電気透析に供した場合にも、膜の膨潤が有効に防止され、膜の剥がれを生じることなく安定に電気透析を行うことが望まれている。
【0004】
このために、種々の製造方法が提案されている。例えば、その代表的な製造方法としては、カチオン交換膜とアニオン交換膜とを、ポリエチレンイミン−エピクロルヒドリンの混合物で張り合わせ硬化接着する方法(特許文献1)、カチオン交換膜とアニオン交換膜とをイオン交換性接着剤で接着させる方法(特許文献2)、カチオン交換膜或いはアニオン交換膜に微粉のイオン交換樹脂(アニオンまたはカチオン交換樹脂と熱可塑性物質とのペースト状混合物)を塗布して両者を圧着させる方法(特許文献3)、カチオン交換膜の表面にビニルピリジンとエポキシ化合物からなる糊状物質を塗布しこれに放射線照射することによって製造する方法(特許文献4)、アニオン交換膜の表面にスルホン酸型高分子電解質とアリルアミン類を付着させた後、電離性放射線を照射架橋させる方法(特許文献5)などが提案されている。
【0005】
しかしながら、これらの膜は、膜の接着性は向上しているものの、バイポーラ電圧が高く工業的に有用なものではなかった。バイポーラ電圧(V)は、バイポーラ膜を構成するカチオン交換樹脂層とアニオン交換樹脂層との界面で生じる水解離に必要な水解電圧(V´)と各層の電気抵抗に関係して発生する電位差(VC、VA)の総和で表わされる。水解電圧V´の理論電圧は約0.83Vであり、バイポーラ電圧を構成する水解電圧V´を理論電圧にできるだけ近づけることによりバイポーラ電圧を低減する試みがなされてきた。その試みは、主として水解離を促進させる触媒的機能を有する化学物質を水解離の発生場所である両層界面に存在させる手法であり、バイポーラ電圧の低減に貢献した。
例えば、重金属イオンを両層の界面に存在させたもの(非特許文献2、特許文献6)、3級ピリジンを有する層を中間層として両層の間に形成させたもの(非特許文献3)、無機イオン交換体を両層の界面に存在させたもの(特許文献7,8)などが提案されている。
【0006】
【非特許文献1】Journal of Membrane Science, 61(1991)239−252
【特許文献1】特公昭32−3962号公報
【特許文献2】特公昭34−3961号公報
【特許文献3】特公昭35−14531号公報
【特許文献4】特公昭38−16633号公報
【特許文献5】特公昭51−4113号公報
【特許文献6】特開平4−228591号公報
【非特許文献2】Journal of Membrane Sci.,78(1993),13−23
【非特許文献3】Desalination,68(1988),272−292
【特許文献7】特開平7−258878号公報
【特許文献8】特開平7−222915号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような膜の技術改良により、バイポーラ電圧の低いバイポーラ膜の調製が可能となり、いくつかのプロセスが実用化に至っている。しかしながら、アニオン交換膜とカチオン交換膜との接着性は十分でなく、さらなる向上が求められている。また、製造コストの点でも、従来公知のバイポーラ膜は満足し得るものではなく、容易に且つ安価な製造方法が求められている。
さらに、現在では、効率的な実用的工業規模での酸・アルカリの製造が望まれており、例えば高温条件で電気透析を実行することにより酸・アルカリを製造することも行われているが、従来公知のバイポーラ膜は耐熱性が低く、高温条件で電気透析を実行すると、膜の剥がれを生じ易くなってしまい、電気透析の条件が低い温度に制限されているという問題点もあった。
【0008】
従って本発明の目的は、膜電圧の上昇を伴わずに、アニオン交換膜とカチオン交換膜との接着性が向上したバイポーラ膜を提供することにある。
本発明の他の目的は、上記のバイポーラ膜を容易に且つ安価に製造することが可能なバイポーラ膜の製造方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、耐熱性にも優れており、高温下での電気透析を実行する場合においても高い接着性が維持され、膜の剥がれを生じることなく、安定して電気透析を実行することが可能なバイポーラ膜及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、カチオン交換膜とアニオン交換膜とが貼り合わされたバイポーラ膜において、
前記交換膜の少なくとも一方が、塩素化ポリオレフィンを含有していることを特徴とするバイポーラ膜が提供される。
【0010】
本発明のバイポーラ膜においては、
1.前記塩素化ポリオレフィンの塩素含有率が20乃至80重量%の範囲にあること、
2.前記塩素化ポリオレフィンを含有している交換膜は、補強材を有していること、
3.前記補強材が、70℃以上の軟化点を有する樹脂であること、
4.前記塩素化ポリオレフィンが、前記アニオン交換膜またはカチオン交換膜中に0.01乃至50重量%の量で含まれていること、
5.前記塩素化ポリオレフィンが前記補強材を含むイオン交換膜に含まれていること、
が好適である。
【0011】
また、本発明によれば、
イオン交換樹脂形成用の重合硬化性成分と塩素化ポリオレフィンとを有機溶媒に溶解した重合性溶液を、重合硬化して塩素化ポリオレフィンを含むイオン交換膜を作製し、
前記イオン交換膜の表面に、反対荷電を有するカウンターイオン交換樹脂の極性有機溶媒溶液もしくはカウンターイオン交換基を導入可能な反応基を有するカウンターイオン交換樹脂前駆体の極性有機溶媒溶液を塗布し、
次いで、極性有機溶媒を除去することにより、前記イオン交換樹脂膜の表面に、カウンターイオン交換樹脂膜もしくはカウンターイオン交換樹脂前駆体の膜を形成し、必要により、カウンターイオン交換樹脂前駆体にカウンターイオンを導入することを特徴とするバイポーラ膜の製造方法が提供される。
【0012】
本発明の製造方法においては、
1.前記重合硬化性成分として、カチオン交換樹脂形成用のものを使用すること、
2.前記重合性溶液は、増粘剤としてポリオレフィン粉末を含有していること、
が好適である。
【発明の効果】
【0013】
本発明のバイポーラ膜では、カチオン交換膜及びアニオン交換膜の少なくとも何れか一方に塩素化ポリオレフィンが配合されていることが重要な特徴であり、このような塩素化ポリオレフィンの配合により、カチオン交換膜とアニオン交換膜との接着性、即ち耐剥離性が著しく向上している。
【0014】
即ち、本発明のバイポーラ膜は、カチオン交換膜或いはアニオン交換膜の何れか一方を基材交換膜とし、このような基材交換膜の一方の表面に、カウンターイオン交換膜形成用の塗布液をコーティングし、コーティング層から溶媒除去などの処理を行ってカウンターイオン交換膜を形成するものであるが、塩素化ポリオレフィンは、例えば基材交換膜を形成する際に用いるモノマー成分(例えばスチレン、ジビニルベンゼン、各種アミン等)やイオン交換樹脂に対する親和性が高く、しかも各種の極性溶媒に対しても高い相溶性を示す。このことから理解されるように、基材交換膜或いはカウンターイオン交換膜の何れの側に配合されている場合においても、その高分子鎖(特に非晶部)がイオン交換樹脂の高分子鎖と絡み合って該交換樹脂から脱離し難い構造となり、しかもカウンターイオン交換膜形成に際して、塗布液中に含まれる極性溶媒によって基材交換膜中に存在する塩素化ポリオレフィンの一部が塗布液へ移行する、或いは塗布液中の塩素化ポリオレフィンが極性溶媒と共に基材交換膜へ浸透することとなり、従って、基材交換膜とカウンターイオン交換膜との間の界面に両膜と絡み合うような形で塩素化ポリオレフィンが存在することとなり、この結果、塩素化ポリオレフィンによって高いアンカー効果が発現し、両膜の接着性が著しく向上することとなるのである。
【0015】
また、上記のように塩素化ポリオレフィンの使用により、基材交換膜とカウンターイオン交換膜との間の界面に特別の接着層を設ける必要が無いため、バイポーラ膜の膜電圧を増大させることもない。
【0016】
さらに、本発明においては、軟化点の高い塩素含有率が20乃至80重量%の塩素化ポリオレフィンを用いることでバイポーラ膜の耐熱性を向上させ、高温下においても高い接着性を維持することが可能となり、高温下での電気透析に適用した場合にも、膜剥がれを生じることなく、長期間にわたって安定して電気透析を実行することができる。即ち、塩素化ポリオレフィンは酸水溶液或いはアルカリ水溶液に浸漬した場合にも膨潤せず、この結果、軟化点が高い塩素化ポリオレフィンを使用することで、高温下での膜剥がれを有効に防止することができる。例えば塩素化ポリオレフィンの代わりに塩化ビニル樹脂を用いた場合には、その軟化点が低く、また、膨潤し易いため、高い接着性を維持することができず、さらには、膨潤によって膜がルーズとなってしまい、バイポーラ膜のイオンの選択的透過性が大きく低下してしまい、バイポーラ膜としての特性が大きく損なわれてしまう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明のバイポーラ膜は、上記でも述べたように、カチオン交換樹脂膜或いはアニオン交換樹脂膜を基材交換膜として使用し、この基材交換膜の一方の面に、カウンターイオン交換膜形成用の塗布液をコーティングし、コーティング層から溶媒を除去してカウンターイオン交換膜を形成することにより製造されるが、基材交換膜或いはカウンターイオン交換膜の少なくとも何れかに塩素化ポリオレフィンが配合されているものである。
【0018】
<塩素化ポリオレフィン>
本発明において使用される塩素化ポリオレフィンは、各種のポリオレフィン、例えば、エチレン、プロピレン、1−ブテン、1−ペンテン、1−ヘキセン、3−メチル−1−ブテン、4−メチル−1−ペンテン、5−メチル−1−ヘプテン等のα−オレフィンの単独重合体又は共重合体を塩素化することにより得られるものであるが、特に好ましくは、コスト等の観点からポリエチレンを塩素化したものが好適である。
【0019】
また、塩素化ポリオレフィンの塩素含有率は、20乃至80重量%、特に40乃至75重量%の範囲であることが好適である。即ち、塩素含有率がこの範囲内のものは、極性溶媒に対する親和性が高いため、前記接着機構において有利に作用する。
また、耐熱性の観点から、軟化点が高い(例えば140℃より高く特に150℃以上、更に好ましくは170℃以上)ものが好適である。上記範囲に適合するものは、高温下でも高い接着性を保持することができ、バイポーラ電圧も低いため、高温条件下での電気透析に際しても、膜剥がれを生じることなく、安定して電気透析を行うことが可能となるからである。
【0020】
また、用いる塩素化ポリオレフィンの分子量は特に制限されないが、一般的には、ポリスチレン換算での数平均分子量が50000以上、特に100000以上の範囲にあるものが好ましい。即ち、塩素化ポリオレフィンの分子鎖が長いほど、イオン交換樹脂等の分子との絡み合いの程度が大きく、高い接着性が得られ、バイポーラ電圧の低いバイポーラ膜を得ることができるからである。
【0021】
本発明のバイポーラ膜において、塩素化ポリオレフィンは、基材交換膜或いはカウンター交換膜の何れか、もしくはその両膜に含まれていてもよいが、何れの含有形態においても、該アニオン交換膜またはカチオン交換膜中に0.01乃至50重量%、特に0.1乃至10重量%の量で塩素化ポリオレフィンが配合されていることが好適である。即ち、塩素化ポリオレフィンの量が上記範囲よりも少ない場合には、基材交換膜とカウンターイオン交換膜との接着性が低下し、また、上記範囲よりも多量に使用すると、イオン交換特性が低下し、例えば膜電圧が上昇するなどの不都合を生じやすい。
【0022】
<基材交換膜の製造>
本発明において、基材交換膜としては、それ自体公知のカチオン交換膜或いはアニオン交換膜を使用することができるが、基材交換膜は、一定の膜強度を確保するために、補強材を含有していることが好ましい。このような補強材としては、一定の強度が得られる限り、任意の材料を使用することができるが、特に耐熱性の観点から、70℃以上の軟化点を有する高分子材料が好ましく、特に酸、アルカリ等と接触するような過酷な条件下で使用されても良好な耐久性を有するポリエーテルエーテルケトン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリイミド、ポリエーテルイミドなどの芳香族縮合系高分子、ポリエチレンやポリプロピレンなどのポリオレフィン、フッ素樹脂などが好適である。また、補強材の形態は、織布、不織布、多孔質フィルム等、任意の形態を有するものであってよいが、特に強度の観点から織布を用いるのが良い。
【0023】
上述したイオン交換樹脂は、それ自体公知のものであり、例えば、炭化水素系又はフッ素系の基材樹脂に陽イオン交換基或いは陰イオン交換基が導入されているものである。炭化水素系の基材樹脂としては、スチレン系樹脂、アクリル系樹脂等が、また、フッ素系の基材樹脂としては、パーフロオロカーボン系樹脂等が挙げられる。
【0024】
また、上記基材樹脂に導入されているイオン交換基は、水溶液中で負又は正の電荷となり得る官能基なら特に制限されるものではない。例えば、カチオン交換基としては、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基等が挙げられ、一般的に、強酸性基であるスルホン酸基が好適である。また、アニオン交換基としては、1〜3級アミノ基、4級アンモニウム基、ピリジル基、イミダゾール基、4級ピリジニウム基等が挙げられ、一般的に、強塩基性基である4級アンモニウム基や4級ピリジニウム基が好適である。
【0025】
上記のようなイオン交換膜を成型する方法は、特に制限されないが、代表的な方法としては、下記の方法が挙げられる。
【0026】
即ち、ポリオレフィン等の織布にイオン交換基を有する単量体、架橋性単量体(例えばジビニルベンゼンなど)、および重合開始剤を含有する単量体組成物を含浸、スプレー或いは塗布等により充填せしめた後、該単量体組成物を重合せしめてイオン交換樹脂を生成することにより、目的とする基材交換膜を得ることができる。また、前記単量体として、イオン交換基導入可能な官能基を有する単量体を用いた場合には、上記と同様にして重合を行ってイオン交換樹脂前駆体を生成し、この前駆体にカチオン交換膜であればスルホン化、クロルスルホン化、ホスホニウム化、加水分解などの処理、アニオン交換膜であればアミノ化、アルキル化等の処理により所望のイオン交換基を導入して、目的とする基材交換膜を得ることができる。
【0027】
また、本発明において、基材交換膜中に塩素化ポリオレフィンを含有する場合には、上記の単量体組成物(或いはイオン交換基含有高分子の溶媒溶液)に、前述した量で塩素化ポリオレフィンを配合しておけばよい。
【0028】
さらに、上記の単量体組成物或いはイオン交換基含有高分子の溶媒溶液には、必要により増粘剤としてポリオレフィン粉末を配合することが好ましい。即ち、このようなポリオレフィン粉末の使用により、成膜作業に際しての垂れを効果的に防止し得るような範囲に粘度調整を行うことができるばかりか、塩素化ポリオレフィンとの相性が良好であり、より高い膜強度や寸法安定性を得ることができる。このようなポリエチレン粉末の平均粒径は、一般に、レーザ回折散乱法で測定して10μm以下の範囲にあるのが、単量体組成物等の液中に均一分散させる上で好適である。
【0029】
上記のようにして製造される基材交換膜の厚みは10乃至200μmの範囲にあることが好適である。即ち、この厚みがあまり薄いと、基材交換膜の強度が大きく低下してしまうおそれがある。また、厚みが過度に厚いと、膜電圧が上昇するなどの不都合を生じてしまうからである。
【0030】
基材交換膜のイオン交換容量は、電圧降下や輸率など、バイポーラ膜としての膜特性の観点から、一般に、0.1乃至4meq/g、特に0.5乃至2.5meq/gの範囲にあるのがよい。
【0031】
<カウンターイオン交換膜の形成>
本発明においては、上記のようにして形成された基材交換膜の上に、コーティング法によりカウンターイオン交換膜を形成する。例えば、カウンターイオンを導入可能な反応基を有するカウンターイオン交換樹脂前駆体を含む塗布液を基材交換膜の表面に塗布し、次いで乾燥して塗布液中の溶媒を除去し、さらに、カウンターイオン交換樹脂前駆体にカウンターイオンを導入することにより、基材交換膜の上にカウンターイオン交換膜が形成されたバイポーラ膜が得られる。また、カウンターイオン交換樹脂を含む塗布液を基材交換膜の表面に塗布し、次いで乾燥することにより、一段でカウンター交換樹脂膜を形成することともできる。何れの場合においても、カウンターイオン交換膜中に前述した塩素化ポリオレフィンを含有させるときには、上記のカウンターイオン交換樹脂前駆体を含む塗布液或いはカウンターイオン交換樹脂を含む塗布液に、塩素化ポリオレフィンを含有させればよい。
【0032】
本発明においては、基材交換膜の上にカウンターイオン交換膜を形成するに先立って、基材交換膜の表面(カウンターイオン交換膜を形成する側の面)を粗面化処理することが好ましく、例えば、その算術平均表面粗さRaを0.1乃至2.0μm、特に0.2乃至1.8μmの範囲に調整するのがよい。即ち、このような粗面上に、基材交換膜とは対のイオン交換基を有するカウンターイオン交換膜を形成することにより、膜の密着性が高められ、アンカー効果が増大し、接着性がより高いバイポーラ膜を得ることができる。
【0033】
尚、上記のような算術平均表面粗さRaは、後述する実施例に示されているように、超深度形状測定顕微鏡を用いて撮影された表面画像を画像処理して算出することができる。
【0034】
また、粗面加工は、それ自体公知の方法で行うことができ、例えば、基材交換膜の表面(接合面)を直接サンドペーパー等で研磨したり、砂などの硬質粉粒体を吹付けたりすることなどにより行うことができる。また、基材交換膜として、一般的なコーティング法などにより形成されたイオン交換膜を用いる場合には、該イオン交換膜を製造する際に、上記のような粗面が形成されたポリエチレンテレフタレート等の基材フィルムを用い、該基材フィルム上でイオン交換膜を製造後、基材フィルムを剥離することにより、上記のような粗面を形成することもできる。
【0035】
上記の粗面加工された基材交換膜は、乾燥された後、カウンターイオン交換樹脂膜の形成に賦される。
【0036】
カウンターイオン交換樹脂膜は、通常、二段のプロセスで製造される。即ち、カウンターイオン交換基を導入可能な反応基を有する高分子からなるカウンターイオン交換樹脂前駆体を含む塗布液を、基材交換膜の表面にコーティングし、次いで溶媒を除去し、該前駆体の膜を形成し、この後、該前駆体にカウンターイオン交換基が導入される。
【0037】
上記の反応基を有する高分子、即ち、カウンターイオン交換樹脂前駆体としては、カチオン交換樹脂膜をカウンターイオン交換樹脂膜とする場合には、スチレン、ビニルトルエン、ビニルキシレン、α−メチルスチレン、ビニルナフタレン、α−ハロゲン化スチレンなどのカチオン交換基導入可能な単量体単位を有する高分子、また、アニオン交換樹脂膜をカウンターイオン交換樹脂膜とする場合には、クロロメチルスチレン、ビニルピリジン、ビニルイミダゾールなどのアニオン交換基を導入可能な単量体単位を有する高分子が好適に用いられる。
【0038】
上記のような前駆体を含む塗布液の形成に用いる有機溶媒としては、下層の基材交換膜の特性に影響を与えず且つ次のイオン交換基の導入に悪影響を与えないものが使用され、アルコール、エチレンクロライド、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドンなどの極性溶媒が使用される。
【0039】
塗布液中の前駆体濃度は、コーティング性を考慮して適宜の濃度に設定すればよい。また、この塗布液中に塩素化ポリオレフィンを配合する場合には、最終的に形成されるカウンターイオン交換膜中の塩素化ポリオレフィンの量が前述した範囲となるように、その量を設定すればよい。
【0040】
上記の塗布液のコーティング層を必要により乾燥し、イオン交換基を導入する。即ち、カウンターイオン交換膜としてカチオン交換膜を形成する場合には、スルホン化、クロルスルホン化、ホスホニウム化、加水分解等の処理を行い、また、カウンターイオン交換膜としてアニオン交換膜を形成する場合には、アミノ化、アルキル化等の処理によりイオン交換基を導入する。
【0041】
上記のようにして製造されるカウンターイオン交換膜の厚みは、1乃至200μmの範囲にあることが好適である。また、かかるカウンターイオン交換膜のイオン交換容量は、基材交換膜と同様、バイポーラ膜としての膜特性の観点から、一般に、0.1乃至4meq/g、特に0.5乃至2.5meq/gの範囲にあるのがよい。従って、前述したカウンターイオン交換膜あるいはその前駆体膜のコーティング厚みや該前駆体膜を形成する熱可塑性樹脂の組成(反応基を有する単量体単位の含有割合)或いはイオン交換基の導入に用いる化合物の量などは、上記のような厚みやイオン交換容量が得られるように設定される。
【0042】
また、本発明においては、上記のようなカウンターイオン交換膜は、カウンターイオン交換基を有するイオン交換樹脂を所定の極性有機溶媒に溶解させた塗布液を用いてのコーティング及び乾燥により、イオン交換基の導入を行わず、一段で形成することができる。このような場合に、カウンターイオン交換膜に塩素化ポリオレフィンを含ませる場合には、この塗布液に所定量の塩素化ポリオレフィンを配合することとなる。
【0043】
しかるに、本発明においては、前述した一段法でカウンターイオン交換膜を形成することが製造工程を短縮し、製造コストを低減させる上で好適である。即ち、一段法によりカウンターイオン交換膜を形成する場合には、カウンターイオン交換樹脂の形成とカウンター交換膜の形成とを一括で行うことができ、両工程を別個に行う場合に比して、生産性を高めることができるからである。
【0044】
尚、上記のように基材交換膜の表面にカウンターイオン交換膜を形成した後は、適宜、熱処理を行うのが良く、これにより、基材交換膜の粗面にカウンターイオン交換膜が食い込み、この結果、基材交換膜とカウンターイオン交換膜との密着乃至接合強度が著しく向上することとなる。
このような熱処理は、例えば基材交換膜中の補強材の軟化点よりも高温で行うことが好ましく、また、粗面によるアンカー効果を高めるために加圧下で行うのがよく、例えば、前記温度範囲に加熱された鉄板に挟む、或いはローラ間に通すことにより加圧することができる。
【0045】
<バイポーラ膜>
上記のようにして製造される本発明のバイポーラ膜は、基材交換膜及びカウンターイオン交換膜の何れかに塩素化ポリオレフィンが配合されているため、基材交換膜とカウンターイオン交換膜とが高い接着性で接合しており、特に所定の塩素含有率を有する塩素化ポリオレフィンが使用されているものは、耐熱性にも優れており、高温条件下での電気透析に賦した場合にも、膜剥がれを生じることなく、長期間にわたって安定して電気透析を行うことができ、特に酸・アルカリの製造などに際して、幅広い製造条件を採用することが可能となる。
【0046】
また、本発明において、塩素化ポリオレフィンは、基材交換膜及びカウンターイオン交換膜の何れに配合されていてもよいが、基本的には、基材交換膜に配合されている方が、より高い接着性が得られる上で好適である。即ち、基材交換膜には、通常、高強度化の観点から架橋構造が導入されており、このため、カウンターイオン交換膜を形成するための塗布液中に塩素化ポリオレフィンを配合する場合には、基材交換膜側への塩素化ポリオレフィンの浸透が制限される。一方、基材交換膜中に塩素化ポリオレフィンが配合されている場合には、基材交換膜中に存在する塩素化ポリオレフィンがカウンターイオン交換膜の形成に際して、塗布液に含まれる極性有機溶媒によって抽出され、効果的にカウンターイオン交換膜側(特に両膜の界面)に確実に移行することとなり、確実に高い接着性を実現できるからである。
【0047】
また、本発明で用いる塩素化ポリオレフィンは、スチレン等の単量体成分やジビニルベンゼン等の架橋剤成分に対しての親和性が極めて高いため、カチオン交換膜中に配合されていること、特にスチレン−ジビニルベンゼン共重合体をスルホン化したカチオン交換樹脂を有するカチオン交換膜中に配合されていることが好ましい。即ち、このようなカチオン交換膜では、塩素化ポリオレフィンが単量体成分や架橋剤成分に相溶した状態で重合が行われるため、イオン交換樹脂の分子鎖に絡み合った状態で塩素化ポリオレフィンが存在することとなり、塩素化ポリオレフィンの脱離が効果的に防止され、特に高い接着性を得ることができる。
【0048】
尚、本発明において、バイポーラ膜の両層界面に水解離用の触媒作用を有する重金属イオンや3級アミンなどを導入して、バイポーラ電圧を低減させる公知の方法は、必要に応じて適宜用いることができる。
【実施例】
【0049】
本発明の優れた効果を次の例で説明する。
なお、実施例、比較例においてバイポーラ膜の特性は、次のような測定により求めた。
即ち、バイポーラ電圧の測定は、以下の構成を有する4室セルを使用した。
陽極(Pt板)(1mol/L−NaOH)/ネオセプタBP−1E(株式会社アストム製)/(1mol/L−NaOH)/バイポーラ膜/(1mol/L−HCl)/ネオセプタBP−1E(株式会社アストム製)/(1mol/L−HCl)陰極(Pt板)液温80℃、電流密度10A/dm2の条件で行った。バイポーラ電圧はバイポーラ膜を挟んで設置した白金線電極によって測定した。
【0050】
バイポーラ膜の接着性は、バイポーラ膜を6Nの水酸化ナトリウム水溶液に80℃で1時間浸漬した後、膜を取り出して25℃の純水中に1時間浸漬した。膜を純水中から取り出したあと、画像処理システム(旭エンジニアリング株式会社製、IP−1000PC)で解析して膜1cm2中の正常部(ブリスターの発生していない部分)の割合を高温接着性(%)として算出した。
【0051】
イオン交換膜表面の算術平均粗さ(Ra)は、次の方法によって求めた値である。超深度形状測定顕微鏡VK−8500(株式会社キーエンス社製)を用い、100倍の対物レンズで各膜サンプル表面を観察する。光量データとCCDカメラのカラーデータをもとに画像を合成すると同時に、表面凹凸形状データを得た。長さ100μm程度の不純物のない適切な場所を選択し、そこの凹凸形状データから粗さ曲線f(x)を求め、下記数式(1)から中心線平均粗さRaを求める。この操作を数回繰り返し、誤差が±5%以内であることを確認した。
【0052】
【数1】

【0053】
<実施例1>
スチレン90重量部、ジビニルベンゼン(57%品)10重量部、ベンゾイルパーオキサイド5重量部、ジオクチルフタレート10重量部、ポリエチレン粉末100重量部、塩素化ポリエチレン(塩素含有率68%、分子量350000)15重量部よりなる単量体組成物を調製し、これにポリエチレン製の織布(50デニール、200目)を大気圧下、25℃で10分浸漬し、単量体組成物を含浸させた。
【0054】
続いて、織布を単量体組成物中から取り出し、帝人デュポンフィルム株式会社製テイジンテトロンフィルム(タイプS、ポリエチレンテレフタレート)100μmを剥離材として膜の両側を被覆した後、0.3MPaの窒素加圧下、80℃で5時間加熱重合した。
得られた膜状物を98%濃硫酸と純度90%以上のクロロスルホン酸の混合物中に40℃で60分間浸漬し、スルホン酸型陽イオン交換膜を得た。続いて、サンドペーパーにより処理して一方の表面に凹凸を設け、Ra=1.2μmの基材交換膜を得た。
得られた基材交換膜を2wt%の塩化第一鉄水溶液に60分浸漬して、室温で風乾した。この膜の粗面化した表面に4級アンモニウム基の交換容量0.87meq/gの部分アミノ化ポリスチレン(スチレンとクロロメチルスチレンのモノマーのモル比10:1をトルエン中で70℃、重合開始剤ベンゾイルパーオキシドの存在下に10時間共重合し、次いで反応液をメタノール中に注ぎ、共重合体を得て、この共重合体のクロロメチル基をテトラメチルエチレンジアミンにて4級アンモニウム基化したもの)を15wt%でテトラヒドロフランに溶解したものを塗布し、室温にて乾燥し、バイポーラ膜を得た。この膜のバイポーラ特性は表1に示す通りであった。
【0055】
上記、バイポーラ電圧は3ヶ月経過後も変化なく、バイポーラ膜の中にブリスター(水泡)の発生は全くなかった。
【0056】
<実施例2〜3>
実施例1で、表1に示した補強材を使用した他は全く同一の手順でバイポーラ膜を得た。この膜のバイポーラ特性は表1に示す通りであった。
上記、バイポーラ電圧は3ヶ月経過後も変化なく、バイポーラ膜の中にブリスター(水泡)の発生は全くなかった。
【0057】
<実施例4>
クロロメチルスチレン90重量部、ジビニルベンゼン10重量部、ベンゾイルパーオキサイド5重量部、ポリエチレン粉末100重量部、塩素化ポリエチレン(塩素含有率68%、分子量200000)15重量部よりなる単量体組成物を調整し、これにポリエチレン製の織布(50デニール、200目)を大気圧下、25℃で10分浸漬し、単量体組成物を含浸させた。
続いて、織布を単量体組成物中から取り出し、帝人デュポンフィルム株式会社製テイジンテトロンフィルム(タイプS、ポリエチレンテレフタレート)100μmを剥離材として膜の両側を被覆した後、0.3MPaの窒素加圧下、80℃で5時間加熱重合した。
得られた膜状物を30重量%トリメチルアミン水溶液10重量部、水50重量部、アセトン5重量部よりなるアミノ化浴中、室温で1日反応せしめ、更に0.5mol/lHCl水溶液に浸漬した後、イオン交換水で5回洗浄して4級アンモニウム型アニオン交換膜を得た。続いて、サンドペーパーにより処理して一方の表面に凹凸を設け、Ra=1.3μmの膜を得た。
得られた基材交換膜を2wt%の塩化第一鉄水溶液に60分浸漬して、室温で風乾した。この膜の粗面化した表面にスルホン酸基の交換容量1.0meq/gのスルホン化ポリエーテルエーテルケトンを15wt%でテトラヒドロフランに溶解したものを塗布し、室温にて乾燥し、バイポーラ膜を得た。この膜のバイポーラ特性は表1に示す通りであった。
上記、バイポーラ電圧は3ヶ月経過後も変化なく、バイポーラ膜の中にブリスター(水泡)の発生は全くなかった。
【0058】
<実施例5〜8>
実施例1で、表1に示した塩素化ポリオレフィンを使用した他は全く同一の手順でバイポーラ膜を得た。この膜のバイポーラ特性は表1に示す通りであった。
上記のバイポーラ電圧は3ヶ月経過後も変化なく、バイポーラ膜の中にブリスター(水泡)の発生は全くなかった。
【0059】
<比較例1>
実施例1で、塩素化ポリオレフィンに代わり表1に示したPVC粉を使用した他は全く同一の手順でバイポーラ膜を得た。この膜のバイポーラ特性は表1に示す通りであった。
上記バイポーラ膜は、バイポーラ電圧測定中にブリスターが発生したため、バイポーラ電圧が3.7Vと高く、また接着性試験においても、バイポーラ膜の中にブリスター(水泡)の発生が認められた。
【0060】
<比較例2>
実施例1で、塩素化ポリオレフィンを使用しなかった他は全く同一の手順でバイポーラ膜を得た。この膜のバイポーラ特性は表1に示す通りであった。
上記のバイポーラ膜は、バイポーラ電圧測定中にブリスターが発生したため、バイポーラ電圧が5.2Vと高く、また接着性試験においても、バイポーラ膜の中にブリスター(水泡)の発生が認められた。
【0061】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン交換膜とアニオン交換膜とが接合されたバイポーラ膜において、
前記交換膜の少なくとも一方が、塩素化ポリオレフィンを含有していることを特徴とするバイポーラ膜。
【請求項2】
前記塩素化ポリオレフィンの塩素含有率が20乃至80重量%の範囲にある請求項1に記載のバイポーラ膜。
【請求項3】
前記塩素化ポリオレフィンを含有している交換膜は、補強材を有している請求項1または2に記載のバイポーラ膜。
【請求項4】
前記補強材が、70℃以上の軟化点を有する樹脂である請求項3に記載のバイポーラ膜。
【請求項5】
前記塩素化ポリオレフィンが、前記アニオン交換膜またはカチオン交換膜中に0.01乃至50重量%の量で含まれている請求項1乃至3の何れかに記載のバイポーラ膜。
【請求項6】
イオン交換樹脂形成用の重合硬化性成分と塩素化ポリオレフィンとを有機溶媒に溶解した重合性溶液を、重合硬化して塩素化ポリオレフィンを含むイオン交換膜を作製し、
前記イオン交換膜の表面に、反対荷電を有するカウンターイオン交換樹脂の極性有機溶媒溶液もしくはカウンターイオン交換基を導入可能な反応基を有するカウンターイオン交換樹脂前駆体の極性有機溶媒溶液を塗布し、
次いで、極性有機溶媒を除去することにより、前記イオン交換樹脂膜の表面に、カウンターイオン交換樹脂膜もしくはカウンターイオン交換樹脂前駆体の膜を形成し、必要により、カウンターイオン交換樹脂前駆体にカウンターイオンを導入することを特徴とするバイポーラ膜の製造方法。
【請求項7】
前記重合硬化性成分として、カチオン交換樹脂形成用のものを使用する請求項6に記載のバイポーラ膜の製造方法。
【請求項8】
前記重合性溶液は、増粘剤としてポリオレフィン粉末を含有している請求項6に記載のバイポーラ膜の製造方法。

【公開番号】特開2010−132829(P2010−132829A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−312023(P2008−312023)
【出願日】平成20年12月8日(2008.12.8)
【出願人】(503361709)株式会社アストム (46)
【Fターム(参考)】