説明

バター風味水中油型乳化油脂組成物

【課題】耐熱性に優れ、バター使用量が少なくても或いは全く用いなくてもベーカリー食品において自然なバター風味が得られる呈味材として使用可能な水中油型乳化油脂組成物及びそれを用いた食品を提供すること。
【解決手段】バター由来の油溶性成分及びホエー由来の水溶性成分を含有する水中油型乳化油脂組成物であって、1重量%に希釈した水溶液を、バター香料を用いた標準物質と比較して味認識装置で測定した時に、AAEセンサーにおける電位が19〜25ミリボルトの出力範囲に、且つC00センサーにおける電位が30〜42ミリボルトの出力範囲にある水中油型乳化油脂組成物は、自然なバター風味が得られ、その風味が持続する呈味材としてベーカリー食品などに用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベーカリー食品、菓子類、加工食品などにおいて自然なバター風味が得られる呈味材として用いられる水中油型乳化油脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
牛乳、脱脂粉乳、クリーム、バターなどの乳製品を含有する油中水型乳化油脂組成物は、作業性が良く、ベーカリー食品、菓子類、加工食品などの風味付けも容易なことから、業務用マーガリン・ファットスプレッドとして、製菓製パン業界や外食産業など加工食品業界ではバターの一部置き換えや代替に幅広く使用されている。ところが最近、乳製品価格が高騰し、かつ、品薄になっているため、バターや乳脂肪、その他乳製品を呈味材として前記マーガリンなどに配合することが価格的にも困難になってきている。その一方で、消費者は本物志向がより顕著となっており、バター由来の優れたバター風味を求める傾向がますます強まってきているのが現状である。
【0003】
そこで、呈味材としてのバターや乳脂肪の使用量をできるだけ減らし、バターの代わりに香料あるいはバター酵素処理物等のバター由来成分を呈味材に使用してバター風味を向上させるのが一般的なフレーバー技術である。しかし、このような呈味材を用いる従来のフレーバー技術では、バターや生クリームを用いて作られたパンや菓子が有する自然なバター風味と異なり、所謂、取って付けたような合成的な風味のパンや菓子となるのが一般的であり、満足のいくものではない。
【0004】
食品にバター風味を付与するための他のフレーバー技術としては、マーガリンなどの油中水型乳化油脂組成物の水相部分に着目した検討もなされており、例えば、発酵バター様の呈味効果を高めるため、特定のアミノ酸を使用する方法などが提案されている(特許文献1参照)。しかし、この方法では、バターの香りが弱く、異質な感じとなり、さらに風味のバランスが悪く、バター本来の自然な、優れた風味が得られない。
【0005】
一方、近年では食品の味や匂いそのものを定量定性的に測れる装置として、味認識装置(味覚センサー)がいくつか出てきている。これらの装置により、一定の物理量でない「味」を測れるようになってきたことは、食品の開発を進める上で非常に有意義なことである。
【0006】
そもそもヒトが味を認識するメカニズムは、以下のようである。ヒトは、舌にある味蕾と呼ばれる味受容体を通して味を認識しており、味蕾には脂質が二分子状に並んだ細胞膜が形成されており、その細胞膜中にはレセプターである蛋白質が自由に動き回る形で存在している。この細胞膜に様々な呈味物質(食品が咀嚼され)が化学反応して脂質の膜電位を変化させたり、レセプターの蛋白質をイオンチャンネルとして働かせて膜電位を誘発したりしている。この時の膜電位変化量を電気信号として脳が処理することで、ヒトは味を認識していると考えられている。
【0007】
味認識装置(味覚センサー)は、これら味覚認識のメカニズムを機械で模倣した装置であり、例えば、代表的な味認識装置の一つである(株)インテリジェントセンサーテクノロジー社が上市している味認識装置「SA402B」は、先味に応答する5本のセンサー(CA0(酸味)、C00(苦味)、AE1(渋味)、AAE(旨味)、CT0(塩味))及び後味に応答する3本のセンサー(CPA(C00)、CPA(AE1)、CPA(AAE))を有している。すなわち、それぞれの味に特異的に応答する8本のセンサーが存在するマルチチャンネル型センサーである。各センサーには、それぞれ味蕾の代わりとなる人工脂質膜が取り付けられており、8本のセンサーは前記のようにそれぞれの役割が異なっている。これらのセンサーが食品成分(呈味成分)と接触することで、ヒトの味蕾と同様に人工脂質膜の膜電位変化が生じ、その変化量を出力としてコンピューターで味のパターン認識を行い、その食品の味を総合的に判断するのである。近年では、先行して味認識装置を用い、清涼飲料水の茶飲料や、麺つゆなどの商品開発に有効に利用されている。しかし、味認識装置の数値で規定された特定の範囲に技術的な意味・価値を見出した報告はなく、従ってバター風味についても過去に例を見ない。
【特許文献1】特開2007−143432号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、前記のような乳製品価格の高騰、バターの品薄な現状に鑑み、バター使用量が少なくても、或いは全く用いなくても、ベーカリー食品などにおいて自然なバター風味が得られ、その風味が持続する水中油型乳化油脂組成物及びそれを用いた食品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、前記した味認識装置を使用し、該味認識装置が備える種々のセンサーの測定値を詳細に解析し、バターをふんだんに使ったバター風味の強い美味しいパンや、バターを使わないか、バター使用量ゼロのバター風味の弱いパンの、それぞれの位置関係を確認し、数値として把握することにより、バター代替品の指標を明確にし、ベーカリー食品などにバター風味を付与するための呈味成分として水中油型乳化油脂組成物を調製するときに、公知のバター香料を用いた標準物質と比較して味認識装置で測定した際に、前記味認識装置の備える8本のセンサーのうち、AAEセンサー及びC00センサーにおける電位が特定の出力範囲にある場合に、バター使用量が少なくても、或いは全く用いなくても自然なバター風味のベーカリー食品などが得られる呈味材として利用可能な水中油型乳化油脂組成物が得られるとの知見を得た。すなわち、1重量%に希釈した水溶液を、バター香料を用いた標準物質と比較して前記味認識装置で測定したときに、AAEセンサーにおける電位が特定の出力範囲にあり、且つC00センサーにおける電位が特定の出力範囲にある水中油型乳化油脂組成物が、これを呈味材として含んだパン、菓子、ソースなどの食品において、良好なバター風味が得られ、かつその風味が持続することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明の第一は、バター由来の油溶性成分及びホエー由来の水溶性成分を含有する水中油型乳化油脂組成物であって、1重量%に希釈した水溶液を、バター香料を用いた標準物質と比較して味認識装置で測定した時に、AAEセンサーにおける電位が19〜25ミリボルトの出力範囲に、且つC00センサーにおける電位が30〜42ミリボルトの出力範囲にあることを特徴とする水中油型乳化油脂組成物に関する。好ましい実施態様は、乳蛋白質と糖質からなる複合体を含有することを特徴とする上記記載の水中油型乳化油脂組成物に関する。より好ましくは、ホエー由来の水溶性成分が、ホエー限外濾過物に乳酸菌を添加して得られる発酵代謝成分を含む水溶性成分である上記記載の水中油型乳化油脂組成物に関する。
【0011】
本発明の第二は、上記記載の水中油型乳化油脂組成物を含んでなる食品に関する。本発明の第三は、バター由来の油溶性成分及びホエー由来の水溶性成分を含有する水中油型乳化油脂組成物の製造方法であって、1重量%に希釈した水溶液を、バター香料を用いた標準物質と比較して味認識装置で測定した時に、AAEセンサーにおける電位が19〜25ミリボルトの出力範囲に、且つC00センサーにおける電位が30〜42ミリボルトの出力範囲になるように配合成分の含有量を調整することを特徴とする水中油型乳化油脂組成物の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、味認識装置の測定値を参照して配合を調製するだけで、呈味材として使用した場合に、バター使用量が少なくても或いは全く用いなくても、ベーカリー食品などにおいて自然なバター風味が得られ、その風味が持続する水中油型乳化油脂組成物及びそれを用いた食品、そしてそれらを安価に製造できる方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明につき、さらに詳細に説明する。本発明の水中油型乳化油脂組成物は、バター由来の油溶性成分及びホエー由来の水溶性成分を含有する水中油型乳化油脂組成物であって、1重量%に希釈した水溶液を、公知のバター香料を用いた標準物質と比較して味認識装置で測定した時に、AAEセンサーにおける電位が19〜25ミリボルトの出力範囲に、且つC00センサーにおける電位が30〜42ミリボルトの出力範囲にあることを特徴とする。
【0014】
本発明に用いるバター由来の油溶性成分としては、バターの精油(エッセンシャルオイル)、バターオイル、バターオイルの分画物、バターオイルをリパーゼ等の酵素で処理し分解したもの、バターをメイラード反応させ、蒸留等の操作により油溶性画分を回収したもの(バターを原料として製造された天然バター香料)、及びこれらの混合物、あるいはそれらを食用油脂、グリセリン等で希釈したものなどが挙げられる。これらバター由来の油溶性成分の使用量は、水中油型乳化油脂組成物全体中0.1〜45重量%が好ましく、より好ましくは0.5〜30重量%である。0.1重量%未満ではバター風味の発現効果に乏しい場合があり、45重量%を超えると風味が強くなりすぎる場合がある。また、ベーカリー食品などでのバター風味保持効果を高めるため、バター由来の油溶性成分に加え、バター風味の合成香料などを必要に応じて併用することは何ら問題ない。
【0015】
本発明に用いるホエー由来の水溶性成分としては、ホエー濃縮物(WPC)、ホエーの限外濾過物、ホエー限外濾過物に乳酸菌を添加して得られる発酵代謝物、ホエー限外濾過物の乳酸菌発酵代謝物を再度限外濾過したもの、及びこの限外濾過物をさらに濃縮したもの、あるいは蒸留したものなどが挙げられる。これらホエー由来の水溶性成分の使用量は、水中油型乳化油脂組成物全体中0.5〜30重量%が好ましく、より好ましくは、1〜20重量%である。また、ベーカリー食品などでのバター風味保持効果を高めるため、ホエー由来の水溶性成分に加え、水溶性の合成香料、ホエー以外の乳原料の乳酸菌発酵代謝物、その他乳製品由来の水溶性成分などを併用することは何ら問題ない。
【0016】
本発明における味認識装置とは、(株)インテリジェントセンサーテクノロジー社が上市している味認識装置「SA402B」、付帯の制御用コンピューター及び解析用アプリケーションソフト一式を意味し、ヒトの味蕾を模倣した人工脂質膜センサーを利用して味を測定することができる装置である。この味認識装置においては、基本味の表現として、旨味(AAE)、塩味(CT0)、酸味(CA0)、苦味(C00)、渋味(AE1)それぞれの専用センサーがあり、これらの味の評価は、絶対的な電位を測定することで可能である。また、センサーの特性はヒトの官能評価にマッチしているが、5基本味に対応するセンサー毎に閾値が異なり、ヒトの感覚に一致している。また、グローバルセレクティビティ(類似味)について、類似味には類似の出力、異なる味には異なる出力が可能であり、センサー出力で味の分類ができている。これらに加えて、味の相乗・抑制効果(特に薬の苦味のマスキング効果)を捉えることもでき、ヒトの官能評価値を煩雑な操作なく客観的な数値として出力することができる測定機器である。
【0017】
本発明によれば、前記味認識装置の備える各種専用センサーのうち、AAEセンサー及びC00センサーにおける測定値を参照して乳化油脂組成物を調製することで、バター風味の優れた呈味材として用いることが可能な水中油型乳化油脂組成物を容易に得ることができる。
【0018】
本発明におけるAAEセンサーとは、味認識装置の味認識部位となる人工脂質膜を持った単一センサーの1種である。膜部分は塩化ビニール樹脂に脂質を練り込み、膜成型したもので、脂質1としてTrioctylmetylammomium chlorideを用い、脂質2としてPhosphoric acid di(2−ethylhexyl) esterを、更に可塑剤としてDi−n−octylphenyl phosphonateを使用している。AAEセンサーは、センサー特性としてMSG(Monosodium Glutamate)、IMP(inosine 5’−monophosphate)、GMP(Guanosine monophosphate)などのアミノ酸、核酸から得られる旨味物質に選択的に応答する特性を持つ。
【0019】
本発明におけるC00センサーとは、前記AAE同様の人工脂質膜であるが、脂質としてTetradodecyl ammonium bromideを用い、可塑剤として2−Nitro phenyl octyl etherを用いている。C00センサーのセンサー特性は、イソα酸などのような酸性苦味物質(マイナスチャージ、すなわち測定電位がマイナス側に荷電する)に選択的に応答する特性を持ち、低濃度領域ではコク、雑味、隠し味を表現する特徴がある。
【0020】
上記2種のセンサーがこのような応答特性を有することから、味認識装置にセンサーが数種ある中にあって、上記2種のセンサー応答値はバター本来の自然な風味(旨味、コク)と整合性があり、官能評価結果とも精度良くマッチする。従って、本発明によって、前記2種のセンサーの種類を特定し、さらにそれぞれの応答値(ミリボルト値)の範囲を特定すれば、目的とするバター風味に優れ、その風味が持続する呈味材としての水中油型乳化油脂組成物が容易に得られるのである。
【0021】
本発明における味認識装置を用いた水中油型乳化油脂組成物の測定方法は、以下に示す所定の方法に基づく。基準液、洗浄液の組成、作製方法を下記に示す。基準液は、蒸留水にそれぞれ、30mM、0.3mMの塩化カリウム及び酒石酸を溶かしたものである。
【0022】
<基準液の作製>
最初に1リットルのメスフラスコに酒石酸0.045g(45mg)を添加して若干の純水で溶かす。次にKCl 2.2368gを添加して溶かす。最後に純水で1リットルにメスアップして完成。
【0023】
<洗浄液の作製>
1.プラス膜用(30v/v% EtOH+10mM KOH+100mM KCl)
(1)99.5%エタノール240gを1リットルのメスフラスコに入れる。その後、純水を1/3ほど入れてよく混ぜる。
(2)1M KOHを10ml添加してよく攪拌する。
(3)KCl 7.455gを添加してよく攪拌し、純水で1リットルにメスアップして完成。
2.マイナス膜、ブレンド膜用(30v/v% EtOH+100mM HCl)
(1)99.5%エタノール240gを1リットルのメスフラスコに入れる。その後、純水を1/3ほど入れてよく混ぜる。
(2)1M HClを100ml添加してよく攪拌し、純水で1リットルにメスアップして完成。
【0024】
<内部液の作製>
寒天電極や通常電極の内部に入れる内部液は、以下のように作る(50ml、3.33M KCl、飽和塩化銀溶液)
(1)KCl 12.415gを量り50mlメスフラスコに入れ、次に塩化銀を0.5g添加。
(2)純水で50mlにメスアップ。
【0025】
<寒天電極の作製>
寒天電極の作製(1週間に1回は新規作成)は以下に示す。
(1)1gの寒天に飽和KCl溶液を40g加えて沸騰させる。
(2)沸騰させている間に、電極として代用するガラス管を適当なビーカーに立てておく。
(3)前記(1)の寒天を加えた飽和KClが沸騰したら、ガラス管が立ててあるビーカーに注ぐ。かさは1cm程度。
(4)5分後、寒天が冷却されて乾燥されるので、干からびる前に飽和KCl溶液を適当に注いでおく。
(5)寒天電極を介してのセンサーによる汚染が考えられるので、必ずマイナス膜用、プラス膜用、ブレンド膜用センサー毎に使い分けること。また電極を挿した状態での保管は飽和KCl溶液に漬けておく。
(6)寒天電極は寿命が短く、センサー安定チェックの段階で電位が安定しない場合は、殆ど寒天電極の寿命によるものである。その場合は電極を速やかに新品に交換すること。
【0026】
<標準物質の作製>
標準物質(リファレンス)としては、世界的に最も利用されており、汎用性の高いバター香料、即ち、(株)ジボダン・ジャパン社のバターフレーバーNN21252(商品名)を下記に示す配合方法で調整し用いる。
(1)液糖(マルトースシロップ固形分75%)180gに水36gを添加しよく攪拌する。
(2)上記糖液にホエー濃縮物(WPC)を24g添加し、60℃ウオーターバス中で攪拌溶解する。
(3)(株)ジボダン・ジャパン社製バターフレーバーNN21252を60g添加し、5分攪拌し乳化する。
【0027】
<測定試料の調製>
(1)蒸留水で10倍希釈した1/10希釈基準液を用い、水中油型乳化油脂組成物を100倍に希釈した1%濃度呈味材希釈液を作り、温浴で60℃に調整する。
(2)ホモジナイザー(特殊機化製「TKホモジナイザー」)により、5000rpmで1分間分散する。
(3)得られた溶液を4℃下で3時間静置後、ろ紙でろ過。
(4)ろ液試料を味認識装置の測定試料として測定に供する。
【0028】
上記測定により得られたデータを、機器付属のソフトウエアで解析し、各センサーの出力絶対値を得、リファレンス測定値をゼロとした場合の各センサーの相対値を本発明の出力値(ミリボルト)とする。なお、味認識装置のセンサー部位は使用により経時劣化し、測定にバラツキが生じてくる。メーカー所定のセンサー保存方法に準じ、きちんと保存されたもので、かつ新規購入から一年以内のセンサーを用いるのが好ましい。また、センサーは測定前に、メーカー所定の安定化方法を用い、リファレンスと比較し確実に出力電位が±0.5ミリボルトの範囲に出力されるものを用いる。
【0029】
本発明の水中油型乳化油脂組成物は、組成物全体中、油相45重量%以下、水相55重量%以上の比率が好ましい。上記油相が45重量%を超えたり、上記水相が55重量%未満では、バター由来の油溶性成分、バター香料の香気成分の保持が十分でなくなり、耐熱性が得られない場合がある。
【0030】
また、本発明の水中油型乳化油脂組成物には、乳蛋白質及び糖質からなる複合体を含有することが、乳風味の保持や耐熱性の観点から好ましい。それは、該複合体により、バター由来の油溶性成分、必要に応じて入れる成分であるバター香料、ホエー由来の水溶性成分が安定化されるためと推察する。
【0031】
本発明の乳蛋白質と糖質からなる複合体に用いられる乳蛋白質としては、ホエー濃縮物(WPC)、ホエーパウダー、カゼインナトリウム、酸カゼインなどの精製されたものだけでなく、脱脂粉乳、全脂粉乳などの食品として流通している乳製品も挙げられ、これらの乳蛋白質のうち、耐熱性の観点からはホエー濃縮物が好ましい。乳蛋白質の配合量は、水中油型乳化油脂組成物全体中、3〜12重量%が好ましい。乳蛋白質の配合量が3重量%未満ではバター由来の油溶性成分、バター香料などの香気成分の保持効果が発揮されにくく、12重量%を超えると複合体自体の粘度が高くなって、結果として、本発明の水中油型乳化油脂組成物を呈味材として用いて油中水型乳化油脂組成物を製造する時に分散性が低下して作業性を損ねる場合がある。
【0032】
一方、本発明の乳蛋白質と糖質からなる複合体に用いられる糖質としては、異性化液糖、ソルビトール、水飴、オリゴ糖、トレハロース、エリスリトール、乳糖、キシリトール、デキストリン、澱粉糖化物、還元澱粉糖化物、還元水飴、還元乳糖、蜂蜜、黒糖、グリセリンなどが挙げられ、それらの群より選ばれる少なくとも1種を用いることができ、粉体を問わず何を使用しても差し支えないが、ベーカリー食品への糖質の風味寄与の観点からは水飴、還元澱粉糖化物などが好ましい。糖質の含有量は、固形分として水中油型乳化油脂組成物全体中20〜50重量%が好ましい。
【0033】
本発明の乳蛋白質と糖質からなる複合体は、前記のような乳蛋白質と糖質を混合し、糖質が水分を含まない場合は水も加えてから、混合物を加熱することで得られるものである。本発明において、前記乳蛋白質と糖質からなる複合体がバター由来の香気成分の保持に優れるメカニズムは明らかではないが、糖質分子間の水素架橋によってできる疎水性領域に対し、乳蛋白質分子が疎水性末端をその中心に向けて配合することにより疎水性が増強され、油溶性成分が浸透溶解して、見かけ上、可溶化されるため、安定化できるのではないかと推察する。そして、該複合体は、耐熱性にも優れるため、乳化油脂組成物の製造時、及びベーカリー食品の生産時にバター風味が保持されると推測される。
【0034】
本発明の水中油型乳化油脂組成物の製造方法の1例を挙げると、まず糖質に乳蛋白質を加えて攪拌し、加熱して複合体を製造する。次に該複合体にバター由来の油溶性成分、必要に応じてバター香料、及びホエー由来の水溶性成分を投入、攪拌混合し、ホモジナイザー、コンビミックス、フードカッター、ステファンミキサー等の乳化機により、目的とするバター風味に優れた呈味材としての水中油型乳化油脂組成物を製造できる。
【0035】
本発明の水中油型乳化油脂組成物は、バター風味の呈味材として、マーガリンなどの油中水型乳化油脂組成物に添加して用いることができる。添加量は、マーガリンなどの油中水型乳化油脂組成物全体中0.3重量%〜5重量%の範囲が好ましい。0.3重量%未満では、バター由来の油溶性成分、バター香料の香気成分の量が少なく、複合体の量も少なくなるので、バター風味が不足したり、マーガリンなどの油中水型乳化油脂組成物の乳化安定性が十分でなくなる場合がある。一方、5重量%を超えると、バター由来の油溶性成分、バター香料の量、乳蛋白質及び糖質からなる複合体の量が過剰となり、バター風味が過剰で不自然な風味になったり、油中水型乳化油脂組成物の乳化安定性も過剰で、最終加熱工程を経た後でも香気成分が十分安定化されたままになる場合があり、ベーカリー食品などの加工食品中でもバター風味が発現しなくなる場合がある。また、油中水型乳化油脂組成物製造時の作業性を考慮すると、本発明の水中油型乳化油脂組成物の添加量は、マーガリンなどの油中水型乳化油脂組成物全体中0.5重量%〜2重量%の範囲がより好ましい。
【0036】
本発明の水中油型乳化油脂組成物を呈味材として使用して得られるマーガリンなどの油中水型乳化油脂組成物において、油脂としては、バター、乳脂肪を必要に応じて使用してもよく、これら以外の油脂としては、通常マーガリン、ショートニング、クリームに使用される油脂であればいかなる油脂でも使用可能であり、例えば、サフラワー油、綿実油、菜種油、大豆油、米糠油、落花生油、オリーブ油、椰子油、パーム油、パーム核油、ヤシ油、カカオ脂、シア脂等の植物油脂、魚油、牛脂、豚脂、卵黄油等の動物油脂から選ばれる1種または2種以上の油脂が挙げられ、また、これらの油脂をエステル交換したものや、硬化、分別したもの等、通常食用に供されるすべての油脂類を用いることができる。また、通常乳化油脂組成物を製造するために添加される乳化剤を使用しても何ら問題ない。その他、必要に応じて乳製品、食塩、香料、着色料、酸化防止剤、増粘多糖類、デキストリン、酵素類、糖類等を添加することができる。
【0037】
本発明の水中油型乳化油脂組成物が配合されたマーガリンは、例えば以下のようにして製造することができる。まず、マーガリンの水相部に、呈味材としての本発明の水中油型乳化油脂組成物を添加して加熱殺菌を行った後、マーガリンの油相部中に徐々に加えて乳化し、ボテーター、コンビネーター、オンレーター等の掻き取り式チューブラー冷却機にて急冷し、ピンマシンで捏和可塑化して得られる。
【0038】
呈味材として本発明の水中油型乳化油脂組成物が配合されたマーガリンは、工業的に生産される加工食品に使用できる。例えばベーカリー食品については生地に対し、折り込んだり、練り込むことにより使用される。その後、焼成、蒸し、フライなどの加熱工程を経ることで本発明の効果が得られる。
【0039】
上記ベーカリー食品としては、具体的には食パン、デニッシュ、クロワッサン、ロールパン、クリームパン、餡パン等に代表されるパン類、クッキー、サブレ、マドレーヌ、パウンドケーキ、パイ等に代表される菓子類、ケーキドーナツ、イーストドーナツに代表されるドーナツ類などが挙げられる。そして、これら加工食品を製造する際に、付与あるいは持続したいバター風味の度合いに応じて、従来使用していたマーガリン等の油脂類の一部または全量を代替して使用することができる。
【0040】
また、本発明の水中油型乳化油脂組成物およびこれを呈味材として用いた油中水型乳化油脂組成物は、ベーカリー食品以外にも幅広く使用することができる。例えば、ホイップクリームなどのクリーム類、ホワイトソース、シチュー、グラタン、パスタソースなどの各種食品が挙げられる。
【実施例】
【0041】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。なお、実施例において「%」、「部」は重量基準である。
【0042】
<風味評価>
実施例及び比較例で得られたクロワッサン、クッキーを、熟練した10名のパネラーに食べてもらい、風味の強さと風味の質について、それぞれ官能評価(4点満点)を行い、10名のパネラーの平均値を算出し、その値を評価点とした。評価基準は、それぞれ以下の通りである。
(風味の強さ)
4点:バター風味が十分に残っている。
3点:バター風味が残っている。
2点:バター風味がなんとなく感じられる。
1点:バター風味が殆ど感じられない。
(風味の質)
4点:自然なバター風味で美味しい。
3点:自然なバター風味。
2点:やや不自然なバター風味。
1点:不自然で人工的なバター風味。
(風味総合評価)
風味の強さと風味の質のバランスについて、風味総合評価として、以下の評価基準により、◎〜×で示した。
◎:風味のバランスが絶妙であり、バター本来の自然な風味が強く残り、非常に美味しい。
○:風味のバランスが良く、バター本来の自然な風味が感じられて美味しい。
△:風味のバランスがやや悪く、バター本来の風味があまり感じられない。例えば、風味が強いだけでバターの旨味が弱く風味の質が悪い、バターの旨味、コクはあるが、香りがない、など。
×:バターの風味自体が非常に弱く、まずい。あるいは、風味の強さと質のバランスが極端に悪く、バター本来の風味からはかけ離れており、まずい。
【0043】
<味認識装置(味覚センサー)による測定>
実施例及び比較例に示す各種配合の水中油型乳化油脂組成物を、蒸留水で10倍希釈した1/10濃度基準液にて1%に希釈して測定した。
【0044】
<実施例1〜6、比較例1〜15>
表1、表2、表3に示した配合により、まず、乳蛋白質と糖質からなる複合体を含む水中油型乳化油脂組成物を製造した。即ち、まず、水飴(Brix75)にホエー濃縮物(WPC)を加えて攪拌・混合し、65℃で30分間加熱して乳蛋白質と糖質からなる複合体を作製した。そこへバター由来の油溶性成分及びバター香料を添加して撹拌し、その後さらにホエー由来の水溶性成分を添加して撹拌・混合し、呈味材としての水中油型乳化油脂組成物を得た。次に、前記水中油型乳化油脂組成物を呈味材として使用して油中水型乳化油脂組成物(マーガリン)を作製した。即ち、調合油に乳化剤を加え加熱溶解して油相とし、一方、水に本発明の水中油型乳化油脂組成物(呈味材)をマーガリン100%中、1%となるよう添加し、加熱殺菌して水相とした。そして、油相に水相を添加して油中水型乳化し、常法通りボテーター、ピンマシンにて急冷、捏和可塑化してマーガリンを得た。そして、得られたマーガリンを使い、下記のようにしてクロワッサン、クッキーをそれぞれ作製し、官能評価を行った。
【0045】
<クロワッサンの作製>
強力粉80部、薄力粉20部、上白糖10部、食塩1.6部、イースト4部、イーストフード0.1部、ショートニング10部、脱脂粉乳2部、全卵5部、水54部の生地配合にてミキシングして生地を作製し、冷蔵庫で一旦生地を休ませた。この生地100部に対し、実施例、比較例の油中水型乳化油脂組成物(マーガリン)30部を折り込み、折り込んだ生地を冷蔵庫で休ませながら3つ折り3回行い、シーターで2mm厚さに延ばして成型し、35℃のホイロで発酵後、200℃で12分間焼成し、クロワッサンを得た。得られたクロワッサンは、60分間放置して荒熱を取った後、ポリ袋に入れて密封し、2日後に風味評価を行った。評価結果を表1、表2、表3に示した。
【0046】
<クッキーの作製>
薄力粉100部、上白糖30部、食塩0.3部、脱脂粉乳3部、ベーキングパウダー2部、ショートニング30部、水10部、実施例、比較例の油中水型乳化油脂組成物(マーガリン)30部を混合し、ミキシングして生地を作製し、棒状に成型後、冷蔵庫で一旦生地を休ませた。この生地を6mm厚に輪切りし、鉄板に並べて、170℃で15分間焼成し、クッキーを得た。得られたクッキーは、60分間放置して荒熱を取った後、ポリ袋に入れて密封し、3週間室温にて保存した後、風味評価を行った。評価結果を表1、表2、表3に示した。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
表1と表2、表3の結果に示すとおり、バター由来の油溶性成分及びホエー由来の水溶性成分を含有する水中油型乳化油脂組成物であって、味認識装置で測定した時に、AAEセンサーにおける電位とC00センサーにおける電位が特定の出力範囲にある本発明の水中油型乳化油脂組成物を呈味材としてマーガリンなどに用いることで、ベーカリー食品などにおいて、従来のバター香料に比べ、自然なバター風味が得られ、その風味が持続する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バター由来の油溶性成分及びホエー由来の水溶性成分を含有する水中油型乳化油脂組成物であって、1重量%に希釈した水溶液を、バター香料を用いた標準物質と比較して味認識装置で測定した時に、AAEセンサーにおける電位が19〜25ミリボルトの出力範囲に、且つC00センサーにおける電位が30〜42ミリボルトの出力範囲にあることを特徴とする水中油型乳化油脂組成物。
【請求項2】
乳蛋白質と糖質からなる複合体を含有する請求項1に記載の水中油型乳化油脂組成物。
【請求項3】
前記ホエー由来の水溶性成分が、ホエー限外濾過物に乳酸菌を添加して得られる発酵代謝成分を含む水溶性成分である請求項1または2に記載の水中油型乳化油脂組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の水中油型乳化油脂組成物を含んでなる食品。
【請求項5】
バター由来の油溶性成分及びホエー由来の水溶性成分を含有する水中油型乳化油脂組成物の製造方法であって、1重量%に希釈した水溶液を、バター香料を用いた標準物質と比較して味認識装置で測定した時に、AAEセンサーにおける電位が19〜25ミリボルトの出力範囲に、且つC00センサーにおける電位が30〜42ミリボルトの出力範囲になるように配合成分の含有量を調整することを特徴とする水中油型乳化油脂組成物の製造方法。

【公開番号】特開2010−46036(P2010−46036A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−214827(P2008−214827)
【出願日】平成20年8月25日(2008.8.25)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】