説明

バナナ等抽出物を有効成分とする非エンベロープウイルスに対する抗ウイルス剤

【課題】非エンベロープウイルスの不活性化作用に優れかつ人体に対する安全性も高い有効成分を含有し、様々な形態でそれらのウイルスの消毒や感染予防等のために使用することのできる抗ウイルス剤を提供する。
【解決手段】タンニン様物質を含有するバショウ属(Musa)の植物の抽出物を有効成分とする抗ウイルス剤。前記抽出物は、たとえばバナナ(Musa spp.)の果実から得られたものが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非エンベロープウイルス(たとえばノロウイルス)に対する抗ウイルス剤、およびバナナ抽出物等を有効成分とする抗ウイルス剤に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的にウイルス病は、抗生物質などが効果を示さないため治療が困難であり、ヒトや家畜などの動物に対して大きな問題となっている。近年、SARSや鳥インフルエンザが話題となったことは記憶に新しいところであり、また、養殖魚でもウイルス病が大きな問題となっている。しかしながら、SARSや鳥インフルエンザなど、エンベロープを有するウイルス(エンベロープウイルス)に対しては界面活性剤やアルコールが治療や予防に有効であるのに対し、エンベロープを有さないウイルス(非エンベロープウイルス)にはそのような成分は有効ではなく、ワクチンによる予防が主な対策となっている。
【0003】
たとえば、非エンベロープウイルスの一種であるノロウイルス(Norovirus)は、カリシウイルス科ノロウイルス属に分類される、直径が約30nmのプラス鎖の一本鎖RNAウイルスである。1968年に米国で食中毒・急性胃腸炎の病原体として発見されて以来、世界各国で検出され、日本においてもノロウイルスに起因する食中毒の発生が毎年多数報告されている。感染源としては、カキなどの二枚貝を原因食とする食材からの感染と患者の吐物・排泄物からの二次感染があり、特に後者が感染拡大の大きな原因となっている。また、ノロウイルスは感染力が極めて強く、10個以上のウイルスで感染するともいわれている。
【0004】
かつて、ノロウイルスに対するワクチンや治療薬はなく、原因食品の加熱および調理器具や手の消毒によりノロウイルスの感染を予防することが唯一の対処法とされていた。ところが、飲食店、給食施設、工場など食品を調理加工する場において抗菌剤として汎用されていた塩化ベンザルコニウムやエタノール類にはノロウイルスに対する効果が認められておらず、塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム等)、ヨード剤(ポピドンヨード等)、アルデヒド剤(グルタラール等)などがある程度有効とされていた。しかしながら、人体に対する安全性への配慮から作業者の手指や調理器具類にこれらの薬剤類を用いることは適当とはいえず、まして食品に直接触れさせることはできない。
【0005】
これに対して、本発明者らはこれまでに、タンニンを含有するカキノキ属(Diospyros)の植物の抽出物がノロウイルスを初めとする様々な非エンベロープウイルスに対する有効成分となることを見いだし、それらのウイルスに対する抗ウイルス剤およびこれを用いた抗ノロウイルス性組成物を提案している(特許文献1,2)。しかしながら、ここで抗ウイルス剤の原料として用いている柿は秋にしか収穫されず、そのため季節を問わずに年間を通して、いつでも入手することができない。
【0006】
一方、バナナから抽出したレクチンが、エイズを引き起こすウイルスであるHIV(エンベロープウイルス)の細胞侵入を阻害する抗ウイルス剤として有望であることが報告されている(非特許文献1)。
【0007】
また、有効成分としてのグリチルリチン酸等の他に、任意成分としてバナナポリフェノールを含む「風邪またはインフルエンザ用組成物」も提案されている(特許文献3)。しかしながら、バナナポリフェノール自体がインフルエンザウイルスや、いわゆる風邪の症状を引き起こすその他のウイルスに対して予防または治療効果を発揮しうることは、何ら開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開WO2008/153077号
【特許文献2】国際公開WO2009/123183号
【特許文献3】特開2001−172184号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J. Biol. Chem. 285, 8646-8655, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、季節を問わず年間を通していつでも入手することのできる原料を用いて作製することのできるものであって、非エンベロープウイルスの不活性化作用に優れかつ人体に対する安全性も高い有効成分を含有し、様々な形態でそれらのウイルスの消毒や感染予防等のために使用することのできる抗ウイルス剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、バナナに代表されるバショウ属の植物の抽出物、特にその果実の抽出物が、ノロウイルスを初めとする広範な非エンベロープウイルスに対して顕著な抗ウイルス活性を有することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は下記の発明を包含する。
【0013】
[1] バショウ属(Musa)の植物から得られるタンニン様物質を含有する抽出物を有効成分として含有することを特徴とする、非エンベロープウイルスに対する抗ウイルス剤。
【0014】
[2]前記抽出物がバナナ(Musa spp.)の果実から得られるものである、[1]に記載の抗ウイルス剤。
【0015】
[3]さらに、ボケ属(Chaenomeles)の植物から得られるタンニン様物質を含有する抽出物を有効成分として含有することを特徴とする、[1]または[2]に記載の抗ウイルス剤。
【0016】
[4]前記抽出物がカリン(Chaenomeles sinensis)の果実から得られるものである、[3]に記載の抗ウイルス剤。
【0017】
[5]前記抽出物が、植物原料の搾汁または抽出液を、加熱またはアルコールで処理することにより、その中に含有されていた当該植物に由来する酵素を失活させたものである、[1]〜[4]のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【0018】
[6]前記抽出物(固形分換算)の含有量が、抗ウイルス剤全体に対して0.01〜5重量%である、[1]〜[5]のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【0019】
[7]さらに、アルコール、有機酸および/またはその塩(前記抽出物中に元から含有されているものを除く。)ならびに界面活性剤からなる群より選択される少なくとも一種を含有する、[1]〜[6]のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【0020】
[8]前記非エンベロープウイルスが、ノロウイルス属に属する非エンベロープウイルスである、[1]〜[7]のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【0021】
[9][1]〜[8]のいずれかに記載の抗ウイルス剤を、非エンベロープウイルスが存在する可能性のある部位(ヒトを除く。)に適用することを特徴とする、非エンベロープウイルスの消毒または感染予防方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明の抗ウイルス剤の有効成分として用いるバナナ等抽出物は、ノロウイルスを初めとする非エンベロープウイルスに対して顕著な作用効果を発揮し、それらのウイルスを95%以上消滅させることも可能である。なお、本発明による抗ウイルス作用は、実施例に示すようにリアルタイムPCR法で確認されたものであり、単に非エンベロープウイルスウイルスの感染・増殖能力を喪失させるのみならず(いわゆる不活性化)、当該ウイルス(の遺伝子)を消滅させる効果を有する。また、バナナ等は食品等として長年利用されており、その抽出物は人体に対する安全性が高いと考えられる。このようなバナナ等抽出物を有効成分として含有する本発明の抗ウイルス剤は、様々な形態の製品(たとえばアルコール製剤)として製造することができ、食品を取り扱う状況下や医療機関などにおいて、非エンベロープウイルスの消毒、感染予防等のために使用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
− 抗ウイルス剤 −
本発明による「抗ウイルス剤」は、非エンベロープウイルスに対する効果を意図して製造される、少なくともバナナ等抽出物を有効成分として含有する製品であって、その態様は特に限定されるものではない。たとえば、本発明の抗ウイルス剤は、バナナ等抽出物のみからなるもの、あるいは溶媒や担体等、それ自体は特段の作用効果を発揮しない物質と混合したバナナ等抽出物からなるものであってもよいし、必須の有効成分であるバナナ等抽出物に加えて、任意の有効成分であるカリン等抽出物や、アルコール、界面活性剤、有機酸および/またはその塩、その他公知の抗ウイルス用製品に用いられているような一般的な成分から選ばれる所望の成分を含有する組成物であってもよい。さらに、本発明の抗ウイルス剤は、非エンベロープウイルスに起因する感染症の治療または予防のために使用される医薬組成物として製造することも可能である。
【0024】
<植物抽出物>
本発明では、「バショウ属の植物の抽出物」に対して、そのような植物の代表例であるバナナにちなんで「バナナ等抽出物」という用語を用いることがある。また、「ボケ属の植物の抽出物」に対して、そのような植物の代表例であるカリンにちなんで「カリン等抽出物」という用語を用いることがある。そして、これらのカリン等抽出物およびバナナ等抽出物の総称として「植物抽出物」という用語を用いることがある。
【0025】
・バナナ等抽出物
本発明では、非エンベロープウイルスに対する有効成分として、バナナ等抽出物、すなわちタンニン様物質を含有するバショウ属(Musa)の植物の抽出物を使用する。換言すれば、本発明は、上記バナナ等抽出物を非エンベロープウイルスに対する有効成分として使用する方法、特に非エンベロープウイルスに対する抗ウイルス剤の製造において使用する方法を提供する。
【0026】
バショウ属の植物には、Musa. acuminataとMusa balzakbisianaを原種とし、果実が食用(デザート用または料理用)とされているバナナ(Musa spp.)と総称される品種群や、バショウ(Musa basjoo)などが含まれ、得られる抽出物の抗ウイルス作用の強さや生産量などを考慮しながら適切な植物(品種)を選択することができるが、広く栽培されていて、特にその果実から抗ウイルス作用に優れた抽出物が得られるバナナは好適なものの一つである。
【0027】
また、バナナ等抽出物を得るための原料とする部位としては、効率的かつ経済的に抗ウイルス作用に優れた抽出物が得られることから、果実を用いることが好適であるが、抗ウイルス作用を有する抽出物が得られる限りにおいて、葉身や葉鞘など果実以外の部位を原料とすることも可能である。果実は、不要であれば種子等の部分を除去した上で用いてもよい(バナナの野生種には種子が含まれているが、一般的なバナナの栽培種には種子は含まれていない)。なお、栽培種のバナナの果実は、一般的に未成熟な果実に豊富にタンニン様物質が含まれている。また、成熟した果実にもタンニン様物質が豊富に含まれるバナナの品種もあり(いわゆる苦バナナ)、そのようなバナナは、果皮にも果肉にもタンニン様物質が豊富に含まれている。このように、バナナの品種や、果実の成熟の度合いおよび部位によってタンニン様物質の含有量が変動しうることを考慮しながら、適切な植物原料を用いてバナナ等抽出物を得るようにすればよい。
【0028】
・カリン等抽出物
本発明では、非エンベロープウイルスに対する有効成分として、上述のような必須のバナナ等抽出物に加えて、任意でカリン等抽出物、すなわちタンニン様物質を含有するボケ属(Chaenomeles)の植物の抽出物を使用することができる。換言すれば、本発明は、前記バナナ等抽出物に加えて、上記カリン等抽出物を非エンベロープウイルスに対する有効成分として使用する方法、特に非エンベロープウイルスに対する抗ウイルス剤の製造において使用する方法を提供する。バナナ等抽出物とカリン等抽出物を併用した場合、非エンベロープウイルスに対する相乗的な効果が期待できる。
【0029】
ボケ属の植物には、ボケ(Chaenomeles speciosa)、クサボケ(Chaenomeles japonica、英名Japanese quince)、カリン(Chaenomeles sinensis、Pseudocydonia sinensisと表記される場合もある、英名Chinese Quince)などが含まれ、得られる抽出物の抗ウイルス作用の強さや生産量などを考慮しながら適切な植物(品種)を選択することができるが、広く栽培されていて、特にその果実から抗ウイルス作用に優れた抽出物が得られるカリンは好適なものの一つである。
【0030】
また、カリン等抽出物を得るための原料とする部位としては、効率的かつ経済的に抗ウイルス作用に優れた抽出物が得られることから、果実を用いることが好適であるが、抗ウイルス作用を有する抽出物が得られる限りにおいて、葉や樹皮など果実以外の部位を原料とすることも可能である。果実は、不要であれば種子等の部分を除去した上で用いてもよい。なお、カリンの果実は、未成熟果および成熟果のいずれもタンニン様物質を豊富に含んでおり、カリン等抽出物の原料とすることができる。
【0031】
・植物抽出物の成分(タンニン様物質)および配合量
上述のように、本発明で用いる植物抽出物には、収斂性や金属イオンと結合するなど所定の性質を有し、渋味を感じさせる原因となる物質である、タンニン様物質(ポリフェノール)が含まれている。本発明における非エンベロープウイルスに対する抗ウイルス性の発現には、これらの植物抽出物中に含まれる(水または抽出溶媒に対する溶解性を有する)タンニン様物質が少なくとも関与しているものと推測されるが、タンニン様物質に加えてその他の成分が関与している可能性も何ら排除されるものではない。
【0032】
本発明の抗ウイルス剤中の植物抽出物の含有量は、非エンベロープウイルスに対する抗ウイルス性が発現される範囲において、植物抽出物中の成分(タンニン様物質等)の含有量や、抗ウイルス剤の態様等に応じて適宜調整することができる。バナナ等抽出物の含有量は、抗ウイルス剤全体に対して、通常は0.01〜5重量%、好ましくは0.1〜2重量%、より好ましくは0.2〜2重量%である。また、任意で併用されるカリン等抽出物の含有量は、抗ウイルス剤全体に対して、通常は0.01〜5重量%、好ましくは0.1〜2重量%、より好ましくは0.2〜2重量%であるが、バナナ等抽出物の含有量に応じて適宜調整する(たとえば、バナナ等抽出物とカリン等抽出物の合計の含有量が、抗ウイルス剤全体に対して、通常は0.01〜5重量%、好ましくは0.1〜2重量%、より好ましくは0.2〜2重量%となるよう調整して、カリン等抽出物の必要量を抑制しつつ、同等以上の効果を保持させる)ことも可能である。
【0033】
なお、上記の植物抽出物の含有量は「固形分換算量」、すなわち揮発成分が除去された成分の重量に基づくものである。抗ウイルス剤の製造原料として用いる植物抽出物が乾燥もしくは凍結乾燥粉末のような揮発成分を含まない固形物質として用意されている場合には、その重量を植物抽出物の重量として扱うことができる。一方、植物抽出物が搾汁や抽出液のような揮発成分を含む溶液状の物質として用意されている場合には、その液状物中の固形分量(必要に応じて別途測定しておく)を考慮しながら、固形分の重量が上記条件を満たすものとなるよう、液状物の添加量を調節することが適切である。
【0034】
・植物抽出物の調製および処理
本発明で用いる植物抽出物の調製方法は特に限定されるものではなく、公知の手法を用いて行うことができる。たとえば、新鮮な植物原料を粉砕、圧搾等により搾汁として回収する方法、あるいは植物原料(必要に応じてあらかじめ凍結乾燥粉末化しておいたものでもよい。)を抽出溶媒に適切な時間浸漬することにより抽出液として回収する方法などを用いることができる。抽出溶媒としては、水、メタノール、エタノール、n−プロパノール、n−ブタノール等の低級アルコール、プロピレングリコール、グリセリン等の多価アルコール、その他エーテル、エステル(たとえば酢酸エチル)、ケトン(たとえばアセトン)など、植物原料から抽出液を調製する際に用いられている一般的な溶媒が挙げられるが、抗ウイルス剤の効果や生体への安全性を考慮すると、水、エタノール、またはこれらの混合物を用いることが好ましい。
【0035】
また、植物抽出物を調製する際には、加熱またはアルコールを用いた処理を行うことが望ましい。このような処理は、植物抽出物の腐敗、着色、臭気の発生などを抑制することができ、保存性が高く工業的に利用しやすい植物抽出物を得る上でも有用であるとともに、植物原料に由来する酵素を失活させて抗ウイルス性を検証するための測定(実施例参照)が阻害されるおそれも低減できる。
【0036】
加熱またはアルコールを用いた処理の条件は、上記のような効果を考慮しながら、製造工程の態様に応じて適宜調整することができる。
【0037】
加熱処理の条件は通常、温度は通常60〜130℃、時間は通常5秒〜30分の範囲で調整され、たとえば、120℃〜130℃で5〜10秒間、あるいは約85℃で5〜15分間などの条件で加熱処理を行うことができる。加熱処理の態様は特に限定されるものではなく、たとえば植物原料から得られた搾汁を加熱(殺菌)処理したり、乾燥粉末化したりすることを通じて、上記のような加熱処理を行うことができる。
【0038】
一方、アルコール処理には、通常10〜100v/v%、好ましくは30〜80v/v%のアルコール(たとえばエタノール)が用いられる。たとえば、抽出溶媒として30〜80v/v%のエタノールを用いたり、植物原料から得られた搾汁に95v/v%のエタノールを同量程度添加することによって、上記のようなアルコール処理を行うことができる。アルコール処理の態様も特に限定されるものではなく、たとえば、抽出溶媒としてアルコールを用いたり、植物原料から得られた搾汁にアルコールを添加すること(本発明の抗ウイルス剤の代表的な態様の一つであるアルコール製剤を製造するための一工程として行われるものであってもよい。)を通じて、上記のようなアルコール処理を行うことができる。
【0039】
植物抽出物に対しては、上記のような処理の他に、あるいは上記のような処理に加えて、本発明の作用効果を阻害しない範囲で、濃縮、乾燥または凍結乾燥による固形化ならびに粉砕による粉末化、あるいはイオン交換樹脂等を用いた精製などの処理を施してもよい。
【0040】
<植物抽出物以外の成分>
本発明の抗ウイルス剤を組成物として製造する場合、当該組成物は、非エンベロープウイルスに対する有効成分となる植物抽出物の他に、公知の抗ウイルス剤に配合されている一般的な成分をさらに含有することができる。
【0041】
このような任意の成分としては、以下に具体的に説明するアルコール、有機酸および/またはその塩、界面活性剤などが代表例として挙げられるほか、酸化防止剤(ビタミンC等)、抗菌剤、化粧品用成分(保湿剤、油脂類等)、香料、色素なども挙げられる。
【0042】
また、本発明の抗ウイルス剤を、液剤、シロップ剤、錠剤、トローチ剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤などの経口投与型、あるいは注射剤などの非経口投与型の医薬組成物として製造する場合は、その剤形に応じた適切な添加剤、たとえば製剤様担体、賦形剤、結合材、溶剤、分散剤、乳化剤、希釈剤、安定化剤、保存剤などを配合することができる。
【0043】
・アルコール
アルコールは、エンベロープウイルスや細菌類に対して有効成分となり得ることが知られており、また各種の成分を溶解する性質を有し、タンニン様物質の溶解性の向上にも寄与する。このようなことから、本発明の抗ウイルス剤にはアルコールを配合してもよい。
【0044】
本発明で用いることのできるアルコールとしては、たとえばメタノール、エタノール、n−プロパノール、n−ブタノール等の低級アルコールが挙げられるが、食品添加物としても認められているエタノールおよびプロパノールが好ましい。これらのアルコールは、いずれか1種を単独で用いてもよいし、複数の種類を併用してもよい。
【0045】
アルコールの添加量は、上記のような作用を考慮しながら、アルコールの種類などに応じて適宜調整することができるが、抗ウイルス剤全体に対して、通常は10〜80重量%、好ましくは30〜70重量%である。
【0046】
なお、植物抽出物と混合した状態にある前述のようなアルコール処理に用いたアルコールを、抗ウイルス剤に配合するアルコールとして用いてもよい。その場合、アルコール処理に用いたアルコールの量が抗ウイルス剤に対するアルコールの添加量よりも少なければ、その不足分を補うように新たなアルコールを添加して抗ウイルス剤を調製すればよい。
【0047】
・有機酸および/またはその塩
有機酸および/またはその塩は、一部の非エンベロープウイルスに対して単独で有効成分となることが知られており、本発明における抗ウイルス剤の有効成分である植物抽出物と併用することによりその効果を一層高めることができる場合がある。また、有機酸および/またはその塩は、エンベロープウイルスや細菌類に対しても有効成分となり得ることが知られており、pHの調整によってタンニン様物質の溶解性を高めることができるほか、タンニン様物質が鉄と接触したときの着色を防止するキレート剤としても作用する。このようなことから、本発明の抗ウイルス剤には有機酸および/またはその塩を配合してもよい。
【0048】
本発明で用いることのできる有機酸および/またはその塩としては、たとえば乳酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、サリチル酸、コハク酸、フマル酸、イタコン酸、フェルラ酸および/またはそれらの塩が挙げられ、とくにクエン酸および/またはその塩、フェルラ酸および/またはその塩が好ましい。また、有機酸の塩としては、上記有機酸のナトリウム塩、カリウム塩等が好ましい。これらの有機酸および/またはその塩は、いずれか1種を単独で用いてもよいし、複数の種類を併用してもよい。
【0049】
有機酸および/またはその塩の添加量は、上記のような作用を考慮しながら、有機酸および/またはその塩の種類などに応じて適宜調整することができるが、抗ウイルス剤全体に対して、通常は0.01〜5.0重量%、好ましくは0.05〜2.5重量%の割合である。あるいは、抗ウイルス剤のpHが、通常は6.0〜2.0となる量で、好ましくは5.0〜3.0となる量で配合すればよい。
【0050】
・界面活性剤
界面活性剤は、エンベロープウイルスや細菌類に対して単独で有効成分となり得ることが知られており、また各種の成分を乳化する乳化剤としても作用する。このようなことから、本発明の抗ウイルス剤には界面活性剤を配合してもよい。
【0051】
本発明で用いることのできる界面活性剤としては、たとえば、石けん(高級脂肪酸のアルカリ塩)、モノアルキル硫酸塩、アルキルポリオキシエチレン硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、モノアルキルリン酸塩などのアニオン性界面活性剤、ならびに、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、多価アルコール(グリセリン、糖アルコール等)の脂肪酸部分エステル、脂肪酸ジエタノールアミドなどの非イオン性界面活性剤が挙げられる。これらの界面活性剤のうち、グリセリン脂肪酸部分エステル、ソルビタン脂肪酸部分エステル、ショ糖脂肪酸部分エステルなど食品添加物として認められている非イオン性界面活性剤は、食品、食器、調理器具に付着しても問題にならない点で特に好ましい。
【0052】
界面活性剤の添加量は、添加する目的や用いる界面活性剤の種類などを考慮しながら適宜調整することができるが、抗ウイルス剤全体(溶媒等、有効成分以外の成分を含む。)に対して、通常は0.05〜5.0重量%、好ましくは0.1〜2.5重量%である。
【0053】
<製造方法および使用方法>
本発明の抗ウイルス剤は、前述したような方法により調製することのできる植物抽出物を非エンベロープウイルスに対する有効成分として使用し、必要に応じてその他の成分(たとえばアルコール、有機酸および/またはその塩、界面活性剤)も使用した上で、従来の抗ウイルス剤の製造方法に準じた工程および製造装置により製造することができる。
【0054】
また、本発明の抗ウイルス剤は、その態様に応じて、従来の抗ウイルス剤と同様の方法で使用することができる。抗ウイルス剤を適用する部位は、ヒト以外の部位(ヒト以外の動物の体内および体表を含む。)であってもよいし、ヒトの部位(体内および体表)であってもよい。
【0055】
たとえば、抗ウイルス剤を噴霧剤、ハンドソープ等として調製した場合は、従来と同様の方法で、非エンベロープウイルスが存在する可能性のある部位(食品、食器、調理器具、作業従事者の手指や着衣等)に適用すればよい。また、抗ウイルス剤は、マスク、エアコンフィルター、衣類、ウェットティッシュ等に含浸させるための液剤として調製することや、使用時に適切な濃度となるよう希釈して用いる濃縮型の液剤として調製することも可能である。
【0056】
本発明の抗ウイルス剤が医薬組成物の形態をとる場合、その投与量および投与方法(投与経路、投与スケジュール等)は、患者の年齢、体重、症状なども考慮しながら、剤型に応じて適切な範囲内で決定すればよい。なお、医薬組成物としての本発明の抗ウイルス剤の適用(投与)対象はヒトに限定されるものではなく、非エンベロープウイルスが感染しうるヒト以外の動物を適用(投与)対象とすることもできる。
【0057】
− 非エンベロープウイルス −
本発明の抗ウイルス剤は、以下に挙げるような広範にわたる非エンベロープウイルスに対して適用することができるが、特にノロウイルスに対して適用することが好ましい。
【0058】
非エンベロープウイルスとしては、イリドウイルス科、アデノウイルス科、ポリオーマウイルス科、パピローマウイルス科(以上dsDNAを有する);サーコウイルス科、パルボウイルス科(以上ssDNAを有する);レオウイルス科、ビルナウイルス科(以上dsRNAを有する);ピコルナウイルス科、カリシウイルス科、ヘパウイルス科、アストロウイルス科、ノダウイルス科(以上ポジティブセンス鎖ssRNAを有する)などに属するウイルスが挙げられる。
【0059】
たとえば、ピコルナウイルス科のエンテロウイルス属(たとえばコクサッキーウイルス、エンテロウイルス、ポリオウイルス、エコーウイルス)、ヘパトウイルス属(たとえばA型肝炎ウイルス)、ライノウイルス属(たとえばライノウイルス);カリシウイルス科のサポウイルス属(たとえばサポウイルス);アストロウイルス科のママストロウイルス属(たとえばヒトアストロウイルス);パピローマウイルス科のパピローマウイルス属(たとえばパピローマウイルス);ポリオーマウイルス科のポリオーマウイルス属(たとえばポリオーマウイルス);アデノウイルス科のマストアデノウイルス属(たとえばヒトアデノウイルス);レオウイルス科のロタウイルス属(たとえばロタウイルス);カリシウイルス科のノロウイルス属(たとえばノロウイルス)などに属する非エンベロープウイルスは、ヒト病原ウイルスなどとして知られている。
【0060】
また、カリシウイルス科のベシウイルス属(たとえばネコカリシウイルス)などはヒト以外の哺乳類の病原ウイルスなどとして知られており、ノダウイルス科のベータノダウイルス属(ウイルス性神経壊死症ウイルス(NNV: Nervous Necrosis Virus)等);ビルナウイルス科のアクアビルナウイルス属(伝染性膵臓壊死ウイルス等);レオウイルス科のアクアレオウイルス属;イリドウイルス科のラナウイルス属(マダイイリドウイルス(RSBI: Red Sea Bream Iridovirus)等)、あるいはパルボウイルス科(伝染性皮下造血器壊死症ウイルス(IHHNV: Infectious Hypodermal and Hematopoietic Necrosis Virus)等);ジシストロウイルス科(マスストロベリー病ウイルス、タウラ症候群ウイルス等)などに属する非エンベロープウイルスは、魚病ウイルスなどとして知られている。
【実施例】
【0061】
(1)抗ノロウイルス効果の試験方法
試験に使用したウイルス:患者の糞便由来のウイルスの懸濁液を精製保存して使用した。ウイルスの濃度は106〜107/mLであった。
【0062】
抗ノロウイルス効果の判定方法:上記のノロウイルス懸濁液1に対し、試験液9の比率(体積)で混合し、2分間室温で反応させる。この混合液の一部を取り、その100〜400倍のPBSを加えて希釈し、反応を止める。この液からウイルスRNAを抽出し、DNase処理を行い、次にcDNA合成を行ってから、通常のやり方でリアルタイムPCR方により残存ウイルス量を測定し、コントロールに対する残存比率(%)で表示した。なお、結果の判定には3回の実験の平均値を用いた。
【0063】
(2)タンニン様物質の定性反応と定量
定性反応:タンニン類が鉄イオンと反応して青紫色を呈することを利用した。試験液をろ紙上に、約1cmの円となるように滴下又は塗布し、自然乾燥後、0.5%塩化第二鉄の水溶液を噴霧し、次いで1%重曹水溶液を噴霧する。タンニン様物質の量に比例して呈色する。
【0064】
定量方法:フォーリン・デニス法に従った。タンニン類の構造特性であるフェノール性水酸基が、アルカリ性下でフォーリン・デニス試薬(リンタングステン酸、モリブデン酸)を還元して生じる青色を分光光度計で測定した。
【0065】
[実施例1]
(凍結乾燥粉末からのバナナ抽出物の調製)
ベトナム産苦バナナの未成熟果(11kg)の両端部分を切除し(4.8kg)、果皮を付けたまま約3cm角にカットした後、24時間凍結乾燥した。その乾燥物をミキサーで処理して疎粉末(2.5kg)を得た。
【0066】
つづいて、乾燥凍結粉末(1kg)を容器に取り、50%エタノール(15kg)を加え、室温で3日間放置した後、布袋で搾汁し、微黄褐色の液体(13.5kg)を得た。
【0067】
(タンニン様物質の定性と定量)
前記方法に従い、タンニン様物質の定性と定量を行った。上記バナナ抽出液はタンニン鉄反応により強い青紫色を示した。また、上記バナナ抽出液100g中、タンニン酸換算で170mgのタンニン様物質が含まれていた。
【0068】
(抗ノロウイルス効果)
上記バナナ抽出液を水でさらに10倍に希釈したものを試験液とし、前記方法に従って抗ノロウイルス効果を試験した。ウイルスゲノムの残存率はコントロールに対して20.37%であった。
【0069】
[実施例2]
(生バナナからのバナナ抽出物の調製)
ベトナム産苦バナナの未成熟果(長さ約9cm、80g)の両端部分を切除し(70g)、果皮を付けたまま厚さ約3mmの幅にスライスした。これに50%エタノール(140g)を加え、室温で3日間放置した後、上澄みを濾取し、微黄褐色の透明の液体(129g)を得た。
【0070】
(タンニン様物質の定性と定量)
前記方法に従い、タンニン様物質の定性と定量を行った。上記バナナ抽出液はタンニン鉄反応により強い青紫色を示した。また、上記バナナ抽出液100g中、タンニン酸換算で180mgのタンニン様物質が含まれていた。
【0071】
(抗ノロウイルス効果)
上記抽出液を試験液とし、前記方法に従って抗ノロウイルス効果を試験した。ウイルスゲノムの残存率はコントロールに対して3.6%であり、完全な抑制率を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バショウ属(Musa)の植物から得られるタンニン様物質を含有する抽出物を有効成分として含有することを特徴とする、非エンベロープウイルスに対する抗ウイルス剤。
【請求項2】
前記抽出物がバナナ(Musa spp.)の果実から得られるものである、請求項1に記載の抗ウイルス剤。
【請求項3】
さらに、ボケ属(Chaenomeles)の植物から得られるタンニン様物質を含有する抽出物を有効成分として含有することを特徴とする、請求項1または2に記載の抗ウイルス剤。
【請求項4】
前記抽出物がカリン(Chaenomeles sinensis)の果実から得られるものである、請求項3に記載の抗ウイルス剤。
【請求項5】
前記抽出物が、植物原料の搾汁または抽出液を、加熱またはアルコールで処理することにより、その中に含有されていた当該植物に由来する酵素を失活させたものである、請求項1〜4のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【請求項6】
前記抽出物(固形分換算)の含有量が、抗ウイルス剤全体に対して0.01〜5重量%である、請求項1〜5のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【請求項7】
さらに、アルコール、有機酸および/またはその塩(前記抽出物中に元から含有されているものを除く。)ならびに界面活性剤からなる群より選択される少なくとも一種を含有する、請求項1〜6のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【請求項8】
前記非エンベロープウイルスが、ノロウイルス属に属する非エンベロープウイルスである、請求項1〜7のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の抗ウイルス剤を、非エンベロープウイルスが存在する可能性のある部位(ヒトを除く。)に適用することを特徴とする、非エンベロープウイルスの消毒または感染予防方法。

【公開番号】特開2013−87102(P2013−87102A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−230876(P2011−230876)
【出願日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(000101684)アルタン株式会社 (3)
【Fターム(参考)】