説明

バルク超伝導体の臨界電流密度制御方法、及びアンジュレータ用バルク超伝導体の製造方法

【課題】 バルク体全体の臨界電流密度の向上および制御により疑似永久磁石等の性能を大幅に改善でき、また、現存の加速器により実施可能で、しかも、複数のバルク体の臨界電流密度のばらつきを抑制してアンジュレータの性能向上も図れるバルク超伝導体の臨界電流密度制御方法、及びアンジュレータ用バルク超伝導体の製造方法を提供すること。
【解決手段】 バルク状の第二種超伝導体に対し、エネルギーが前記バルク体を透過可能な大きさで、かつ、柱状欠損の生成閾値よりも低い粒子ビームを照射して臨界電流密度の制御を行った。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導体の臨界電流密度制御の改良、詳しくは、バルク(塊)体全体の臨界電流密度の向上及び制御を行うことができ、また、現存の加速器により実施することが可能で、しかも、複数のバルク体において臨界電流密度のばらつきを抑制することもできるバルク超伝導体の臨界電流密度制御方法、及びアンジュレータ用バルク超伝導体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
周知のとおり、バルク超伝導体は、その特性を活かして幅広い分野(例えば、疑似永久磁石や電流リード等)で実用化が進んでおり、近年では、シンクロトロン放射光の挿入光源として使用されるアンジュレータ(電子蛇行装置)に永久磁石の代わりにバルク超伝導体を利用する研究も進められている。
【0003】
また、バルク超伝導体に関しては、臨界電流密度(単位断面積当たりの超伝導体中に抵抗ゼロで流すことのできる最大の電流値)が性能を左右する重要な要素となっており、この臨界電流密度は、バルク体の内部にピン止め中心(不純物や空孔等の欠陥)を形成することによって実用化レベルまで高めることができる。
【0004】
ゆえに、バルク超伝導体を製造する際には、REBaCuO系(RE:希土類元素)超伝導体の場合だと超伝導相である123相に常伝導相である211相を分散させたり、希土類元素の一部を非超伝導を示す物質と置換したりしてピン止め中心の導入が行われる(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
しかしながら、上記の方法だけでは、臨界電流密度の制御が難しいだけでなく、同じ方法で製造した複数の超伝導体間でも臨界電流密度にばらつきが出やすい。そして、この臨界電流密度のばらつきは、そのままアンジュレータ磁場振幅のばらつきとなってアンジュレータの性能低下にも繋がる(非特許文献1参照)。
【0006】
一方、ピン止め中心を形成する方法としては、超伝導薄膜に高エネルギー重イオンを照射して柱状欠陥を導入する方法も知られているが(非特許文献2参照)、数mm以上の厚さを持つバルク材を対象とする場合には、極めて高いエネルギーのビーム照射が必要となるため現実的な方法とはいえない。
【0007】
また、従来においては、バルク超伝導体に電子線を照射して臨界電流密度を高める技術も開示されているが(特許文献2参照)、この文献に記載された実施例のエネルギーでは、せいぜい表面から1mm程度の浅い範囲にしか欠陥が生成されないため、体積効果の大きい疑似永久磁石や臨界電流密度×断面積で性能が決まる電流リード等において大幅な性能向上を見込めない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−280424号公報(第1−16頁、第1−4図)
【特許文献2】特開昭64−33006号公報(第14頁、第32−33図)
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】L.Civale,et al.,Phys.Rev.Lett.67(1991)648.
【非特許文献2】T.Kii,et al.,”VARIATION OF UNDULATOR FIELD IN BULK HTSC STAGGERED ARRAY UNDULATOR”,In Proceedings of Particle Accelerator Society Meeting 2009,pp.344-346
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記の如き問題に鑑みて為されたものであり、その目的とするところは、バルク体全体の臨界電流密度の向上および制御により疑似永久磁石等の性能を大幅に改善でき、また、現存の加速器により実施可能で、しかも、複数のバルク体の臨界電流密度のばらつきを抑制してアンジュレータの性能向上も図れるバルク超伝導体の臨界電流密度制御方法、及びアンジュレータ用バルク超伝導体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者が上記課題を解決するために採用した手段を説明すれば次のとおりである。
【0012】
即ち、本発明は、バルク状の第二種超伝導体に対し、エネルギーが前記バルク体を透過可能な大きさで、かつ、柱状欠損の生成閾値よりも低い粒子ビームを照射して臨界電流密度を向上・制御する点に特徴がある。
【0013】
また、本発明では、上記エネルギーがバルク体を透過可能な大きさで、かつ、柱状欠損の生成閾値よりも低い粒子ビームをバルク体全体に照射した後、若しくは照射する前に、バルク体の一部に、所定エネルギーの粒子ビームを重点的に照射して部分的に臨界電流密度を高めることもできる。
【0014】
一方、本発明においては、アンジュレータに複数並べて設置されるバルク超伝導体の製造方法において、バルク状の第二種超伝導体の全体に、エネルギーが前記バルク体を透過可能な大きさで、かつ、柱状欠損の生成閾値よりも低い粒子ビームを照射して臨界電流密度を向上・制御することにより、各バルク超伝導体の臨界電流密度のばらつきを抑制することもできる。
【0015】
また、本発明では、アンジュレータの性能を向上するために、上記手段においてエネルギーがバルク体を透過可能な大きさで、かつ、柱状欠損の生成閾値よりも低い粒子ビームをバルク体全体に照射した後、若しくは照射する前に、アンジュレータの電子ビーム通路の近くに配置されるバルク体の一部に、所定エネルギーの粒子ビームを重点的に照射して部分的に臨界電流密度を高めることもできる。
【0016】
また更に、本発明では、アンジュレータの性能を更に向上するために、上記手段において電子ビーム通路に向けて配置されるバルク体の外周面から深さ2mm程度の部分まで欠陥が生じるように粒子ビームを重点的に照射することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明では、バルク超伝導体の臨界電流密度の制御及び向上に、バルク体を透過可能な粒子ビームを照射する方法を採用したことにより、図3に示すようなモデルでピン止め中心をバルク体全体に形成することができるため、超永久電流が全体に流れて磁場が生成される疑似永久磁石や全体に電流を流す電流リード等の性能を大幅に向上することが可能となる。
【0018】
また本発明では、上記粒子ビームをバルク超伝導体に部分的または重点的に照射して一部の性能を向上することもでき、それによって、一定の材料強度が求められるバルク体の形状加工を行わずに磁束密度の分布を変化させることができる。
【0019】
しかも、上記のように粒子ビームを照射して臨界電流密度を制御すれば、複数のバルク超伝導体間の臨界電流密度のばらつきも抑制可能となるため、複数の超伝導体を利用するアンジュレータにおいても、周期交代磁場分布を均一化して装置性能を改善することができる。
【0020】
そしてまた、本発明で使用する粒子ビームは、柱状欠陥が生じる程の大きなエネルギーを必要としないため、多少厚みのあるバルク材を対象とする場合でも現存する加速器で充分に対応することができる。
【0021】
したがって、本発明により、バルク超伝導体及びその応用製品の性能を向上することができ、しかも、バルク超伝導体の利用を精密な磁場生成を必要とする応用分野へと広げることのできるバルク超伝導体の臨界電流密度制御方法を提供できることから、本発明の実用的利用価値は頗る高い。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施例1における最大捕捉磁場の比較データである。
【図2】本発明の実施例2におけるバルク超伝導体を利用したアンジュレータを表す説明図である。
【図3】本発明におけるピン止め中心の生成モデルを表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
『実施例1』
まず本発明の実施例1について以下に説明する。この実施例1では、粒子ビームに陽子線を選択し、加速器(シンクロトロン)から厚さ2.5mm、直径25.2mmの半円状のバルク超伝導体(組成:DyBa2Cu3O7-δ)全体に200MeVの陽子線を照射した。また照射時における雰囲気温度は25度(室温)で、照射粒子密度は1.0×1012個/cm2であった。
【0024】
なお、上記陽子線のエネルギー(200MeV)については、同組成のバルク体を数センチ透過し、かつ、柱状欠損も生じない大きさであることを確認した上で選択している。
【0025】
そして、上記陽子線を照射した後、バルク超伝導体を液体窒素中で冷却し最大捕捉磁場の計測を行った。その結果、図1に示すように最大捕捉磁場が0.11Tから0.19Tにまで向上していることが観測された。この結果は、77Kにおける臨界電流密度に換算して70%以上向上したことを意味する。
【0026】
また上記結果から、粒子ビームの照射によってバルク超伝導体の臨界電流密度の大幅な向上が見込めるだけでなく、粒子ビームのエネルギー、強度、照射量の調節によって臨界電流密度の精密な制御も期待できる。
【0027】
『実施例2』
次に本発明の実施例2について以下に説明する。この実施例2では、実施例1と同様に陽子線をバルク超伝導体全体に照射した後、図2に示すアンジュレータの電子ビーム通路の近くに配置されるバルク体の一部に更に粒子ビームの照射をして臨界電流密度を部分的に向上した。
【0028】
また、上記粒子ビームを重点的に照射する際、バルク体の外周面から深さ2mm程度の部分まで欠陥が生成されるようにビーム照射を行った。そしてこれにより、複数のバルク超伝導体の周期磁場を均一化すると共に、個々のバルク超伝導体の捕捉磁場分布を最適化してアンジュレータの性能向上を図った。
【0029】
本発明は、概ね上記の方法を採用するが、上記実施例に限定されるものではなく、「特許請求の範囲」の記載内において種々の変更が可能であって、例えば、超伝導体に照射する粒子ビームには、陽子線以外の電子線や中性子線、重イオン線等を採用できる。また、バルク超伝導体に関しても、REBaCuO系超伝導体でなくても他の高温超伝導体や低温超伝導体を対象とすることができる。
【0030】
一方、粒子ビームのエネルギーについては、粒子ビームの種類やバルク体の密度・組成等の諸条件によって設定できるエネルギー範囲が変わるが、バルク体を透過可能で柱状欠損が生成されない大きさであれば自由に設定できる。
【0031】
他方また、粒子ビームの部分照射は、機械加工なしで発生磁場分布を変える場合やバルス着磁方式において任意の場所(性能の低い場所)から磁束を侵入させる場合にも有効であり、また部分照射を全体照射の前に行ってもよく、何れも本発明の技術的範囲に属する。
【産業上の利用可能性】
【0032】
近年、エネルギー問題の視点からも超伝導技術の重要性は高まっており、性能向上に資する技術の開発は実用化に不可欠なものとなっている。また、バルク超伝導体を利用して電子ビームの軌道制御を行うスタガードアレイアンジュレータ(Bulk HTSC Staggered Array Undulator)においても、臨界電流密度の制御は装置性能を向上するための重要な課題である。
【0033】
そのような中で、本発明のバルク超伝導体の臨界電流密度制御方法、及びアンジュレータ用バルク超伝導体の製造方法は、疑似永久磁石や電流リードの性能を大幅に向上でき、またアンジュレータにおける周期磁場のばらつきの課題も克服できる有用な技術であるため、産業上の利用価値は非常に高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バルク状の第二種超伝導体に対し、エネルギーが前記バルク体を透過可能な大きさで、かつ、柱状欠損の生成閾値よりも低い粒子ビームを照射することを特徴とするバルク超伝導体の臨界電流密度制御方法。
【請求項2】
エネルギーがバルク体を透過可能な大きさで、かつ、柱状欠損の生成閾値よりも低い粒子ビームをバルク体全体に照射した後、若しくは照射する前に、バルク体の一部に、所定エネルギーの粒子ビームを重点的に照射することを特徴とする請求項1記載のバルク超伝導体の臨界電流密度制御方法。
【請求項3】
アンジュレータに複数並べて設置されるバルク超伝導体の製造方法において、バルク状の第二種超伝導体の全体に、エネルギーが前記バルク体を透過可能な大きさで、かつ、柱状欠損の生成閾値よりも低い粒子ビームを照射して各バルク超伝導体の臨界電流密度のばらつきを抑制することを特徴とするアンジュレータ用バルク超伝導体の製造方法。
【請求項4】
エネルギーがバルク体を透過可能な大きさで、かつ、柱状欠損の生成閾値よりも低い粒子ビームをバルク体全体に照射した後、若しくは照射する前に、アンジュレータの電子ビーム通路の近くに配置されるバルク体の一部に、所定エネルギーの粒子ビームを重点的に照射して部分的に臨界電流密度を高めることを特徴とする請求項3記載のアンジュレータ用バルク超伝導体の製造方法。
【請求項5】
アンジュレータの電子ビーム通路に向けて配置されるバルク体の外周面から深さ2mm程度の部分まで欠陥が生じるように粒子ビームを重点的に照射することを特徴とする請求項4記載のアンジュレータ用バルク超伝導体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−124369(P2012−124369A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−274776(P2010−274776)
【出願日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【出願人】(397022885)財団法人若狭湾エネルギー研究センター (36)
【Fターム(参考)】