パラコッカス属細菌を用いた水酸基含有芳香族化合物の製造方法
【課題】
好気性条件下でリグニンを分解して有用な有機化合物を得る方法を提供することである。
【解決手段】
好気性条件下で、リグニンを含有する培地内でパラコッカス属細菌を培養することにより、リグニンを分解して水酸基含有芳香族化合物を得る工程を含むことを特徴とする水酸基含有芳香族化合物の製造方法を用いる。水酸基含有芳香族化合物が、サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸、シリンガ酸、シリンガアルデヒド、3,4−ジメトキシ−α−ヒドロキシベンゼン酢酸メチル及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましく、さらに好ましくは
水酸基含有芳香族化合物が、サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種である。
好気性条件下でリグニンを分解して有用な有機化合物を得る方法を提供することである。
【解決手段】
好気性条件下で、リグニンを含有する培地内でパラコッカス属細菌を培養することにより、リグニンを分解して水酸基含有芳香族化合物を得る工程を含むことを特徴とする水酸基含有芳香族化合物の製造方法を用いる。水酸基含有芳香族化合物が、サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸、シリンガ酸、シリンガアルデヒド、3,4−ジメトキシ−α−ヒドロキシベンゼン酢酸メチル及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましく、さらに好ましくは
水酸基含有芳香族化合物が、サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はパラコッカス属細菌を用いた水酸基含有芳香族化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、微生物によるリグニンの分解技術として、単離したリグニン分解菌により嫌気的条件下でリグニンを分解することを特徴とするリグニンの嫌気的分解方法が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−185907号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の微生物によるリグニンの分解技術では、嫌気性条件下で培養するため、微生物の増殖速度が低く、リグニンの分解速度も遅いという問題があり、さらに、嫌気性の微生物を用いるため、微生物のハンドリングが容易ではないという問題がある。
本発明の目的は、好気性条件下でリグニンを分解して有用な有機化合物を得る方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の水酸基含有芳香族化合物の製造方法の特徴は、好気性条件下で、リグニンを含有する培地内でパラコッカス属細菌を培養することにより、リグニンを分解して水酸基含有芳香族化合物を得る工程を含む点を要旨とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明の水酸基含有芳香族化合物の製造方法は、好気性条件下でリグニンを分解して有用な有機化合物を得ることができる。
得られる有機化合物には水酸基含有芳香族化合物を含み、これらは化粧品、医薬品、食品添加物、建材等の原料として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】実施例1(培養pH8.9、培養温度27℃)で得た培養液(1)の分子量測定結果及びブランクの分子量測定結果を示すチャートである。
【図2】実施例3(培養pH7.6、培養温度27℃)で得た培養液(3)の分子量測定結果、実施例4(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(4)の分子量測定結果及びブランクの分子量測定結果を示すチャートである。
【図3】実施例3(培養pH7.6、培養温度27℃)で得た培養液(3)の経日的に測定した濁度、実施例4(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(4)の経日的に測定した濁度及びブランクの濁度を示すグラフである。
【図4】実施例5(培養pH8.9、培養温度24℃)で得た培養液(5)の分子量測定結果、実施例6(培養pH8.9、培養温度30℃)で得た培養液(6)の分子量測定結果、実施例1(培養pH8.9、培養温度27℃)で得た培養液(1)の分子量測定結果及びブランクの分子量測定結果を示すチャートである。
【図5】実施例5(培養pH8.9、培養温度24℃)で得た培養液(5)の経日的に測定した濁度、実施例6(培養pH8.9、培養温度30℃)で得た培養液(6)の経日的に測定した濁度、実施例1(培養pH8.9、培養温度27℃)で得た培養液(1)の経日的に測定した濁度及びブランクの濁度を示すグラフである。
【図6】実施例1(培養pH8.9、培養温度27℃)で得た培養液(1)の分子量測定結果及び実施例3(培養pH7.6、培養温度27℃)で得た培養液(3)の分子量測定結果を示すチャートである。
【図7】実施例1(培養pH8.9、培養温度27℃)で得た培養液(1)の経日的に測定した濁度、実施例3(培養pH7.6、培養温度27℃)で得た培養液(3)の経日的に測定した濁度及びブランクの濁度を示すグラフである。
【図8】実施例7(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(7)〜(9)の分子量測定結果及びブランクの分子量測定結果を示すチャートである。
【図9】実施例7(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(7)〜(9)の分子量測定結果に関して、ピークの分子量と培地量との関係を表すグラフである。
【図10】実施例8(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(10)〜(13)の分子量測定結果及びブランクの分子量測定結果を示すチャートである。
【図11】実施例8(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(10)〜(13)の分子量測定結果に関して、ピークの分子量と培養液(PC)の接種量との関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
リグニンは、セルロース及びヘミセルロース等と共に木材等の主な成分の一つとして存在し、植物が合成するフェニルプロパノイド(リグノイド)が高度に重合した三次元網目構造を持つ高分子であるが、その化学構造は複雑であるため、必ずしも明らかにされていない。
【0009】
リグニンは、木材チップからパルプを製造するための蒸解・洗浄工程(主にクラフトパルプ製造工程)で発生する黒液から主に回収され、国内外の製紙会社{たとえば、日本製紙ケミカル株式会社、リグノブースト社(スウェーデン)等}等から供給されている。
【0010】
本発明の水酸基含有芳香族化合物の製造方法において、リグニンとしては、国内外の製紙会社や試薬会社{たとえば、東京化成工業株式会社等}等から供給される黒液や粉末状にしたリグニン等が使用できる。
【0011】
培地は、リグニンを含有し、好気性条件下で、パラコッカス属細菌を培養できるものであれば、天然培地でも合成培地でもよく、また、固体培地、液体培地のいずれでもよい。培地には、炭素源、窒素源及び無機物等が含まれる。炭素源としては、リグニン以外に、炭水化物(グルコース等)等を追加してもよい。窒素源としては、有機窒素(酵母エキス、肉エキス、ペプトン及び各種アミノ酸等)及び無機窒素(硝酸アンモニウム及び硫酸アンモニウム等)等が挙げられる。窒素源、炭素源は、いずれも単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。その他の無機物として、カリウム塩、マグネシウム塩、鉄塩、カルシウム塩等が含有できる。基本培地として、リグニン含有LB培地及びリグニン含有MSM培地が好ましく、さらに好ましくはリグニン含有MSM培地である。
【0012】
培地には、リグニンの他に、硫酸アンモニウムを含有することが好ましい。
また、培地には、リグニンの他に、グリセリンを含有することが好ましく、さらに好ましくは硫酸アンモニウム及びグリセリンを含有することである。
【0013】
パラコッカス属細菌としては、好気性条件下でリグニンを含有する培地内でを培養できれば制限なく使用でき、土壌や生物学的排水処理施設からの活性汚泥等から容易に単離できる。このようなパラコッカス属細菌は、リグニンを含有する培地を使用してスクリーニング(集積培養)することにより単離することができ、たとえば、活性汚泥に黒液をリグニン濃度が300mg/Lから3000mg/Lになるまで徐々に加えながら、約1ヶ月間集積培養を行った後、MSM培地に500mg/Lのリグニン及び50mg/Lの低分子リグニン芳香族化合物(バニリン、グアイヤコール、ケイヒ酸、シリンガ酸、p−ヒドロキシ安息香酸、フェルラ酸)を加えた選択固体培地に塗布して、30℃で10日間培養し、コロニーを形成したものを単離することにより得ることができる。単離した菌は、再び、選択固体培地に塗布・培養することによりコンタミネーションがないことを確認できる。
【0014】
単離した菌がパラコッカス属細菌であることは、16S rDNA遺伝子全長をターゲットとしてPCRを行い、PCR産物をシーケンサー(ABI PRISM310)により塩基配列を決定し、BLAST検索により相同性検索を行うことにより同定できる。
【0015】
培養方法としては、通常の微生物の培養方法と同様の方法でよく、培養pHは5〜10が好ましく、さらに好ましくは6〜9、特に好ましくは7〜9である。また、培養温度は20〜40℃が好ましく、さらに好ましくは24〜30℃、特に好ましくは24〜27℃である。また、好気条件下であれば、振盪培養又は通気攪拌培養等のいずれでもよい。また、培養日数は、リグニン濃度、培養温度等によって適宜決定できるが、2〜14日間が好ましく、さらに好ましくは3〜10日間、特に好ましくは3〜7日間である。
【0016】
リグニンを分解して得られる水酸基含有芳香族化合物としては、サリチル酸(2−ヒドロキシ安息香酸)、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸(プロトカテキュ酸)、シリンガ酸、シリンガアルデヒド、3,4−ジメトキシ−α−ヒドロキシベンゼン酢酸メチル及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種が含まれる。これらのうち、サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましい。
【0017】
従来、リグニンを分解する微生物として、担子菌(白色腐朽菌、落葉分解菌)が知られているが、これは、リグニンを完全に分解して二酸化炭素にまでしてしまうため、有用な有機化合物を得ることが困難である。一方、本発明の水酸基含有芳香族化合物の製造方法によれば、通常の培養方法であれば、多少培養期間を長くしても有用な有機化合物(水酸基含有芳香族化合物)を十分に得ることができる。
【0018】
水酸基含有芳香族化合物のうち、サリチル酸は解熱・鎮痛作用の他、抗リウマチ作用や尿結石生成防止作用等(アスピリンと同様の作用)を有する。また、サリチル酸の誘導体であるパラアミノサリチル酸は結核の治療薬として使用できる。また、バニリンは香料(天然物はバニラビーンズから単離されるため高価である)として使用できる。また、2,3−ジヒドロキシ安息香酸は感光用現像剤の添加物として使用できるほか、2,3−ジヒドキシ安息香酸を含有するウンカリア・トメントーサ樹皮抽出物にアルツハイマー病のアミロイド阻害作用があることが知られている。また、バニリン酸はポリフェノールの一種として抗酸化作用を持つ。また、3,4−ジヒドロキシ安息香酸は抗酸価機能活性を持ち、エステル体は食品添加物として利用できる。また、シリンガ酸はポリフェノールの一種として抗酸化作用を持つ。また、シリンガアルデヒドは抗アレルギー成分や食品添加物等への利用が期待される。
【実施例】
【0019】
以下、特記しない限り、%は重量%を意味する。
<リグニン含有培地を用いた集積培養によるパラコッカス属細菌の単離>
イビデン株式会社の生物処理施設から採取した活性汚泥分散液(固形分濃度4000mg/L)27mLに、黒液(広葉樹、固形分濃度75g/L;以下同じ)をリグニン濃度が300mg/Lから3000mg/Lとなるまで徐々に添加しながら、約1ヶ月間集積培養した。
ついで、黒液(酸不溶性リグニン)を500mg/Lとなるように、低分子リグニン芳香族化合物(バニリン、グアイヤコール、ケイヒ酸、シリンガ酸、p−ヒドロキシ安息香酸、フェルラ酸)を最終濃度50mg/Lとなるように、それぞれMSM培地に加えて選択固体培地を調製し、これに、集積培養して得た微生物を塗布し、30℃にて10日間培養して、コロニーを形成したものをリグニン分解菌として単離した。単離した菌を再び選択固体培地塗布してコンタミネーションがないことを確認した。
なお、固形分濃度は105℃で加熱乾燥して恒量値を求め、加熱前後の重量から算出した。
【0020】
単離したリグニン分解菌は、16S rDNA遺伝子全長をターゲットとしてPCRを行い、得られたPCR産物をDNAシーケンサー(ABI PRISM310ジェネティックアナライザ)により塩基配列を決定した(塩基配列1)。そして、この塩基配列をアポロンDB−BA BLAST及び国際塩基配列データベースBLASTで相同性検索したところ、パラコッカス属細菌であることを同定した{Paracoccus versutus(ATCC25364株、アクセッション番号AY014174)に対して相同率99.7%であった。}。
【0021】
単離したリグニン分解菌をLB寒天培地で、30℃、48時間培養して、形態観察したところ、運動性を持たないグラム陰性の短桿菌(0.8〜0.8μm×1.0〜1.2μm)で、LB寒天平板状でのコロニー色は黄色を呈し(コロニー直径2.0〜3.0mm)、グルコールを酸化せず、カラターゼ反応及びオキシターゼ反応は共に陽性を示した。また、育成温度試験では、37℃で陽性、45℃で陰性を示し、嫌気性条件下では育成せず、メタノール、エタノール、グリセリン及びガラクトースを資化し、ラクトースを資化しなかった。また、硝酸塩を還元せず、グルコースやD−マンノース等を資化せず、L−アラビノース、D−マンニトール及びグルコン酸カリウム等を資化した。
【0022】
単離したリグニン分解菌をLB液体培地に接種し、27℃で1日振盪培養して、サチュレートした培養液(PC)を得た。
【0023】
<実施例1>
500mlバッフル付き三角フラスコに入ったMSM培地250mlに、リグニン(品名:アルカリリグニン、シグマアルドリッチジャパン株式会社)を500mg/Lとなるように加え、さらに、グリセリンを10ml/L、硫酸アンモニウムを2g/Lとなるようにそれぞれ加えたリグニン含有MSM培地を調製し、このリグニン含有MSM培地に、上記の培養液(PC)が1体積%となるように接種して、培養温度27℃、培養pH8.9で、7日間振盪培養して、培養液(1)を得た。
なお、培養終了後(7日後)、pHは5.2であった。
【0024】
その後、培養液(1)を0.5M水酸化ナトリウム水溶液でpH9.4に調整した後、遠心分離(1万G、10分間)して固形物を取り除き、さらに0.2μmのメンブレンフィルターで濾過した濾液をゲル濾過クロマトグラフィー(カラム:Sepharose CL−6Bカラム、溶離液:0.5M水酸化ナトリウム水溶液、検出器:UV280nm)により、分子量を測定した結果を図1に示した(ピークの分子量:1494)。
また、リグニン含有MSM培地(ブランク)についても、分子量の測定結果を図1に併せて示す(ピークの分子量:6752)。
【0025】
培養液(1)を6N塩酸にてpH1〜2に調整した後、酢酸エチルで抽出した抽出液を蒸発乾固してから、トリメチルシリル化して、GC−MS分析(SHIMAZU GCMS−QP2010、カラム:DB−1、Φ0.32、長さ30m)したところ、サリチル酸(0.914→2.333mg/L)、バニリン(0.750→1.805mg/L)、2,3−ジヒドロキシ安息香酸(1.005→2.777mg/L)、バニリン酸(1.067→3.194mg/L)の含有量が増加することを確認した{カッコ内の数字は培養前の培地中の濃度→培養後の培地中の濃度を表す}。これにより、リグニンを分解して、水酸基含有芳香族化合物が得られたことを確認した。
【0026】
また、培養終了後(7日後)のpHが培養前のpHよりも低くなっていることから、酸が生じたと考えられることは、上記のGC−MS分析結果からも裏付けられる。
【0027】
<実施例2>
「リグニン(品名:アルカリリグニン、シグマアルドリッチ社製)」を「黒液に72%硫酸を加えてpH3.0に調整し、リグニンを沈殿させ、1200G(重力の1200倍)で10分間遠心分離した後、上澄み液を捨てて得た沈殿物を少量の蒸留水に懸濁させGS−25ガラスフィルターで濾過し、乾燥して得たリグニン」に変更したこと、「培養温度27℃」を「培養温度30℃」に変更したこと、「培養pH8.9」を「培養pH7.6(6N塩酸を用いて調整した)」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(2)を得た。そして、培養液(2)について、実施例1と同様にして、GC−MS分析したところ、水酸基含有芳香族化合物(サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸、シリンガ酸、シリンガアルデヒド、3,4−ジメトキシ−α−ヒドロキシベンゼン酢酸メチル)の存在を確認した。
なお、リグニン含有MSM培地(ブランク)について、同様にGC−MS分析したところ、水酸基含有芳香族化合物は検出できなかった。これにより、リグニンを分解して、水酸基含有芳香族化合物が得られたことを確認した。
【0028】
<実施例3>
「培養pH8.9」を「培養pH7.6(6N塩酸を用いて調整した)」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(3)を得た。そして、培養液(3)について、実施例1と同様にして分子量を測定し(ピークの分子量:1557)、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータ(ピークの分子量:5169)と共に図2に示した。
また、培養終了後(7日後)、pHは5.2であった。
【0029】
<実施例4>
「培養pH8.9」を「培養pH7.6(6N塩酸を用いて調整した)」に変更したこと、「培養温度27℃」を「培養温度30℃」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(4)を得た。そして、培養液(4)について、実施例1と同様にして分子量を測定し(ピークの分子量:2035)、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータ(ピークの分子量:5169)と共に図2に示した。
また、培養終了後(7日後)、pHは6.5であった。
【0030】
実施例3及び4の結果から、pH7.6の場合、培養温度が30℃よりも27℃の方が低分子化が進行することがわかった。
【0031】
実施例3及び4において、培養終了後(7日後)のpHが培養前のpHよりも低くなっていることから、共に酸が生じたと考えられる。また、培養温度が30℃よりも27℃の方がよりpHが低いことから、培養温度が30℃よりも27℃の方がより酸の生成量が多いと考えられる。
【0032】
実施例3及び4において、培養開始後、1日ごとに培養液の濁度(日本分光株式会社製分光光度計V−530)を測定し、測定結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)の測定結果と共に図3に示した。これらの結果から、pH7.6の場合、培養温度が30℃よりも27℃の方が微生物の増殖が活発であることがわかった。
【0033】
<実施例5>
「培養温度27℃」を「培養温度24℃」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(5)を得た。そして、培養液(5)について、実施例1と同様にして分子量を測定し(ピークの分子量:1661)、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータ(ピークの分子量:6752)及び実施例1のデータ(培養温度27℃、ピークの分子量:1494)と共に図4に示した。
また、培養終了後(7日後)、pHは5.2であった。
【0034】
<実施例6>
「培養温度27℃」を「培養温度30℃」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(6)を得た。そして、培養液(6)について、実施例1と同様にして分子量を測定し(ピークの分子量:3134)、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータ(ピークの分子量:6752)及び実施例1のデータ(培養温度27℃、ピークの分子量:1494)と共に図4に示した。
また、培養終了後(7日後)、pHは6.1であった。
【0035】
実施例1、5及び6の結果から、pH8.9の場合、培養温度が30℃よりも24℃、27℃の方が低分子化が進行することがわかった。
【0036】
実施例1、5及び6において、培養開始後、1日ごとに培養液の濁度(日本分光株式会社製分光光度計V−530)を測定し、測定結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)の測定結果と共に図5に示した。これらの結果から、pH8.9の場合、培養温度が30℃よりも24℃、27℃の方が微生物の増殖が活発であることがわかった。
【0037】
実施例1、5及び6において、培養終了後(7日後)のpHが培養前のpHよりも低くなっていることから、共に酸が生じたと考えられる。また、培養温度が30℃よりも24℃、27℃の方がよりpHが低いことから、培養温度が30℃よりも24℃、27℃の方がより酸の生成量が多いと考えられる。
【0038】
実施例1(ピークの分子量:1494)及び実施例3(ピークの分子量:1557)の結果(図6)から、培養温度27℃の場合、培養pHが相違しても、低分子化の進行に余り影響がしないことがわかった。
【0039】
実施例1及び3において、培養開始後、1日ごとに培養液の濁度(日本分光株式会社製分光光度計V−530)を測定し、測定結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)の測定結果と共に図7に示した。これらの結果から、培養温度27℃の場合、培養pHが7.6よりも8.9の方が微生物の増殖が活発であることがわかった。
【0040】
実施例1及び3において、培養後のpHに差異が認められないため(共に、5.2)、培養pHが相違しても、酸の生成量に余り影響がしないことがわかった。
【0041】
<実施例7>
「MSM培地250ml」を「MSM培地50ml」、「MSM培地100ml」又は「MSM培地250ml」に変更したこと、「培養液(PC)の接種した量1体積%」を「培養液(PC)の接種した量10体積%」に変更したこと、「培養温度27℃」を「培養温度30℃」に変更したこと、「培養pH8.9」を「培養pH7.6(6N塩酸を用いて調整した)」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(7)〜(9)を得た。そして、培養液(7)〜(9)について、実施例1と同様にして分子量を測定し、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータと共に図8に示した。
【0042】
ピークの分子量は、下表の通りであった。MSM培地の量とピークの分子量との間には高い相関が認められた(相関関数0.9977、図9)。
【0043】
【表1】
【0044】
これらの結果から、MSM培地の量が多いほど、低分子化が進行することがわかった。
【0045】
<実施例8>
「MSM培地250ml」を「MSM培地100ml」に変更したこと、「培養液(PC)の接種した量1体積%」を「培養液(PC)の接種した量1体積%」、「培養液(PC)の接種した量5体積%」、「培養液(PC)の接種した量10体積%」又は「培養液(PC)の接種した量20体積%」に変更したこと、「培養温度27℃」を「培養温度30℃」に変更したこと、「培養pH8.9」を「培養pH7.6(6N塩酸を用いて調整した)」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(10)〜(13)を得た。そして、培養液(10)〜(13)について、実施例1と同様にして分子量を測定し、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータと共に図9に示した。
【0046】
ピークの分子量は、下表の通りであった。これらの関係を図11に示した。
【表2】
【0047】
これらの結果から、培養液(PC)の接種した量が5〜20体積%の場合、培養後の分子量に大きな差異は認められず、1体積%のとき、より低分子化が進行することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の水酸基含有芳香族化合物の製造方法は、好気性条件下でリグニンを分解して有用な有機化合物を得ることができる。好気性条件下で培養できるため、嫌気性条件下での培養に比べて、微生物の増殖速度が格段に早く、リグニンの分解をより促進することができる。そして、得られる有機化合物には水酸基含有芳香族化合物を含み、これらは化粧品、医薬品、食品添加物、建材等の原料として利用できる。
【0049】
水酸基含有芳香族化合物のうち、サリチル酸は解熱・鎮痛作用の他、抗リウマチ作用や尿結石生成防止作用等(アスピリンと同様の作用)を有する。また、サリチル酸の誘導体であるパラアミノサリチル酸は結核の治療薬として使用できる。また、バニリンは香料(天然物はバニラビーンズから単離されるため高価である)として使用できる。また、2,3−ジヒドロキシ安息香酸は感光用現像剤の添加物として使用できるほか、2,3−ジヒドキシ安息香酸を含有するウンカリア・トメントーサ樹皮抽出物にアルツハイマー病のアミロイド阻害作用があることが知られている。また、バニリン酸はポリフェノールの一種として抗酸化作用を持つ。また、3,4−ジヒドロキシ安息香酸は抗酸価機能活性を持ち、エステル体は食品添加物として利用できる。また、シリンガ酸はポリフェノールの一種として抗酸化作用を持つ。また、シリンガアルデヒドは抗アレルギー成分や食品添加物等への利用が期待される。
【技術分野】
【0001】
本発明はパラコッカス属細菌を用いた水酸基含有芳香族化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、微生物によるリグニンの分解技術として、単離したリグニン分解菌により嫌気的条件下でリグニンを分解することを特徴とするリグニンの嫌気的分解方法が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−185907号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の微生物によるリグニンの分解技術では、嫌気性条件下で培養するため、微生物の増殖速度が低く、リグニンの分解速度も遅いという問題があり、さらに、嫌気性の微生物を用いるため、微生物のハンドリングが容易ではないという問題がある。
本発明の目的は、好気性条件下でリグニンを分解して有用な有機化合物を得る方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の水酸基含有芳香族化合物の製造方法の特徴は、好気性条件下で、リグニンを含有する培地内でパラコッカス属細菌を培養することにより、リグニンを分解して水酸基含有芳香族化合物を得る工程を含む点を要旨とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明の水酸基含有芳香族化合物の製造方法は、好気性条件下でリグニンを分解して有用な有機化合物を得ることができる。
得られる有機化合物には水酸基含有芳香族化合物を含み、これらは化粧品、医薬品、食品添加物、建材等の原料として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】実施例1(培養pH8.9、培養温度27℃)で得た培養液(1)の分子量測定結果及びブランクの分子量測定結果を示すチャートである。
【図2】実施例3(培養pH7.6、培養温度27℃)で得た培養液(3)の分子量測定結果、実施例4(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(4)の分子量測定結果及びブランクの分子量測定結果を示すチャートである。
【図3】実施例3(培養pH7.6、培養温度27℃)で得た培養液(3)の経日的に測定した濁度、実施例4(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(4)の経日的に測定した濁度及びブランクの濁度を示すグラフである。
【図4】実施例5(培養pH8.9、培養温度24℃)で得た培養液(5)の分子量測定結果、実施例6(培養pH8.9、培養温度30℃)で得た培養液(6)の分子量測定結果、実施例1(培養pH8.9、培養温度27℃)で得た培養液(1)の分子量測定結果及びブランクの分子量測定結果を示すチャートである。
【図5】実施例5(培養pH8.9、培養温度24℃)で得た培養液(5)の経日的に測定した濁度、実施例6(培養pH8.9、培養温度30℃)で得た培養液(6)の経日的に測定した濁度、実施例1(培養pH8.9、培養温度27℃)で得た培養液(1)の経日的に測定した濁度及びブランクの濁度を示すグラフである。
【図6】実施例1(培養pH8.9、培養温度27℃)で得た培養液(1)の分子量測定結果及び実施例3(培養pH7.6、培養温度27℃)で得た培養液(3)の分子量測定結果を示すチャートである。
【図7】実施例1(培養pH8.9、培養温度27℃)で得た培養液(1)の経日的に測定した濁度、実施例3(培養pH7.6、培養温度27℃)で得た培養液(3)の経日的に測定した濁度及びブランクの濁度を示すグラフである。
【図8】実施例7(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(7)〜(9)の分子量測定結果及びブランクの分子量測定結果を示すチャートである。
【図9】実施例7(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(7)〜(9)の分子量測定結果に関して、ピークの分子量と培地量との関係を表すグラフである。
【図10】実施例8(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(10)〜(13)の分子量測定結果及びブランクの分子量測定結果を示すチャートである。
【図11】実施例8(培養pH7.6、培養温度30℃)で得た培養液(10)〜(13)の分子量測定結果に関して、ピークの分子量と培養液(PC)の接種量との関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
リグニンは、セルロース及びヘミセルロース等と共に木材等の主な成分の一つとして存在し、植物が合成するフェニルプロパノイド(リグノイド)が高度に重合した三次元網目構造を持つ高分子であるが、その化学構造は複雑であるため、必ずしも明らかにされていない。
【0009】
リグニンは、木材チップからパルプを製造するための蒸解・洗浄工程(主にクラフトパルプ製造工程)で発生する黒液から主に回収され、国内外の製紙会社{たとえば、日本製紙ケミカル株式会社、リグノブースト社(スウェーデン)等}等から供給されている。
【0010】
本発明の水酸基含有芳香族化合物の製造方法において、リグニンとしては、国内外の製紙会社や試薬会社{たとえば、東京化成工業株式会社等}等から供給される黒液や粉末状にしたリグニン等が使用できる。
【0011】
培地は、リグニンを含有し、好気性条件下で、パラコッカス属細菌を培養できるものであれば、天然培地でも合成培地でもよく、また、固体培地、液体培地のいずれでもよい。培地には、炭素源、窒素源及び無機物等が含まれる。炭素源としては、リグニン以外に、炭水化物(グルコース等)等を追加してもよい。窒素源としては、有機窒素(酵母エキス、肉エキス、ペプトン及び各種アミノ酸等)及び無機窒素(硝酸アンモニウム及び硫酸アンモニウム等)等が挙げられる。窒素源、炭素源は、いずれも単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。その他の無機物として、カリウム塩、マグネシウム塩、鉄塩、カルシウム塩等が含有できる。基本培地として、リグニン含有LB培地及びリグニン含有MSM培地が好ましく、さらに好ましくはリグニン含有MSM培地である。
【0012】
培地には、リグニンの他に、硫酸アンモニウムを含有することが好ましい。
また、培地には、リグニンの他に、グリセリンを含有することが好ましく、さらに好ましくは硫酸アンモニウム及びグリセリンを含有することである。
【0013】
パラコッカス属細菌としては、好気性条件下でリグニンを含有する培地内でを培養できれば制限なく使用でき、土壌や生物学的排水処理施設からの活性汚泥等から容易に単離できる。このようなパラコッカス属細菌は、リグニンを含有する培地を使用してスクリーニング(集積培養)することにより単離することができ、たとえば、活性汚泥に黒液をリグニン濃度が300mg/Lから3000mg/Lになるまで徐々に加えながら、約1ヶ月間集積培養を行った後、MSM培地に500mg/Lのリグニン及び50mg/Lの低分子リグニン芳香族化合物(バニリン、グアイヤコール、ケイヒ酸、シリンガ酸、p−ヒドロキシ安息香酸、フェルラ酸)を加えた選択固体培地に塗布して、30℃で10日間培養し、コロニーを形成したものを単離することにより得ることができる。単離した菌は、再び、選択固体培地に塗布・培養することによりコンタミネーションがないことを確認できる。
【0014】
単離した菌がパラコッカス属細菌であることは、16S rDNA遺伝子全長をターゲットとしてPCRを行い、PCR産物をシーケンサー(ABI PRISM310)により塩基配列を決定し、BLAST検索により相同性検索を行うことにより同定できる。
【0015】
培養方法としては、通常の微生物の培養方法と同様の方法でよく、培養pHは5〜10が好ましく、さらに好ましくは6〜9、特に好ましくは7〜9である。また、培養温度は20〜40℃が好ましく、さらに好ましくは24〜30℃、特に好ましくは24〜27℃である。また、好気条件下であれば、振盪培養又は通気攪拌培養等のいずれでもよい。また、培養日数は、リグニン濃度、培養温度等によって適宜決定できるが、2〜14日間が好ましく、さらに好ましくは3〜10日間、特に好ましくは3〜7日間である。
【0016】
リグニンを分解して得られる水酸基含有芳香族化合物としては、サリチル酸(2−ヒドロキシ安息香酸)、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸(プロトカテキュ酸)、シリンガ酸、シリンガアルデヒド、3,4−ジメトキシ−α−ヒドロキシベンゼン酢酸メチル及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種が含まれる。これらのうち、サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましい。
【0017】
従来、リグニンを分解する微生物として、担子菌(白色腐朽菌、落葉分解菌)が知られているが、これは、リグニンを完全に分解して二酸化炭素にまでしてしまうため、有用な有機化合物を得ることが困難である。一方、本発明の水酸基含有芳香族化合物の製造方法によれば、通常の培養方法であれば、多少培養期間を長くしても有用な有機化合物(水酸基含有芳香族化合物)を十分に得ることができる。
【0018】
水酸基含有芳香族化合物のうち、サリチル酸は解熱・鎮痛作用の他、抗リウマチ作用や尿結石生成防止作用等(アスピリンと同様の作用)を有する。また、サリチル酸の誘導体であるパラアミノサリチル酸は結核の治療薬として使用できる。また、バニリンは香料(天然物はバニラビーンズから単離されるため高価である)として使用できる。また、2,3−ジヒドロキシ安息香酸は感光用現像剤の添加物として使用できるほか、2,3−ジヒドキシ安息香酸を含有するウンカリア・トメントーサ樹皮抽出物にアルツハイマー病のアミロイド阻害作用があることが知られている。また、バニリン酸はポリフェノールの一種として抗酸化作用を持つ。また、3,4−ジヒドロキシ安息香酸は抗酸価機能活性を持ち、エステル体は食品添加物として利用できる。また、シリンガ酸はポリフェノールの一種として抗酸化作用を持つ。また、シリンガアルデヒドは抗アレルギー成分や食品添加物等への利用が期待される。
【実施例】
【0019】
以下、特記しない限り、%は重量%を意味する。
<リグニン含有培地を用いた集積培養によるパラコッカス属細菌の単離>
イビデン株式会社の生物処理施設から採取した活性汚泥分散液(固形分濃度4000mg/L)27mLに、黒液(広葉樹、固形分濃度75g/L;以下同じ)をリグニン濃度が300mg/Lから3000mg/Lとなるまで徐々に添加しながら、約1ヶ月間集積培養した。
ついで、黒液(酸不溶性リグニン)を500mg/Lとなるように、低分子リグニン芳香族化合物(バニリン、グアイヤコール、ケイヒ酸、シリンガ酸、p−ヒドロキシ安息香酸、フェルラ酸)を最終濃度50mg/Lとなるように、それぞれMSM培地に加えて選択固体培地を調製し、これに、集積培養して得た微生物を塗布し、30℃にて10日間培養して、コロニーを形成したものをリグニン分解菌として単離した。単離した菌を再び選択固体培地塗布してコンタミネーションがないことを確認した。
なお、固形分濃度は105℃で加熱乾燥して恒量値を求め、加熱前後の重量から算出した。
【0020】
単離したリグニン分解菌は、16S rDNA遺伝子全長をターゲットとしてPCRを行い、得られたPCR産物をDNAシーケンサー(ABI PRISM310ジェネティックアナライザ)により塩基配列を決定した(塩基配列1)。そして、この塩基配列をアポロンDB−BA BLAST及び国際塩基配列データベースBLASTで相同性検索したところ、パラコッカス属細菌であることを同定した{Paracoccus versutus(ATCC25364株、アクセッション番号AY014174)に対して相同率99.7%であった。}。
【0021】
単離したリグニン分解菌をLB寒天培地で、30℃、48時間培養して、形態観察したところ、運動性を持たないグラム陰性の短桿菌(0.8〜0.8μm×1.0〜1.2μm)で、LB寒天平板状でのコロニー色は黄色を呈し(コロニー直径2.0〜3.0mm)、グルコールを酸化せず、カラターゼ反応及びオキシターゼ反応は共に陽性を示した。また、育成温度試験では、37℃で陽性、45℃で陰性を示し、嫌気性条件下では育成せず、メタノール、エタノール、グリセリン及びガラクトースを資化し、ラクトースを資化しなかった。また、硝酸塩を還元せず、グルコースやD−マンノース等を資化せず、L−アラビノース、D−マンニトール及びグルコン酸カリウム等を資化した。
【0022】
単離したリグニン分解菌をLB液体培地に接種し、27℃で1日振盪培養して、サチュレートした培養液(PC)を得た。
【0023】
<実施例1>
500mlバッフル付き三角フラスコに入ったMSM培地250mlに、リグニン(品名:アルカリリグニン、シグマアルドリッチジャパン株式会社)を500mg/Lとなるように加え、さらに、グリセリンを10ml/L、硫酸アンモニウムを2g/Lとなるようにそれぞれ加えたリグニン含有MSM培地を調製し、このリグニン含有MSM培地に、上記の培養液(PC)が1体積%となるように接種して、培養温度27℃、培養pH8.9で、7日間振盪培養して、培養液(1)を得た。
なお、培養終了後(7日後)、pHは5.2であった。
【0024】
その後、培養液(1)を0.5M水酸化ナトリウム水溶液でpH9.4に調整した後、遠心分離(1万G、10分間)して固形物を取り除き、さらに0.2μmのメンブレンフィルターで濾過した濾液をゲル濾過クロマトグラフィー(カラム:Sepharose CL−6Bカラム、溶離液:0.5M水酸化ナトリウム水溶液、検出器:UV280nm)により、分子量を測定した結果を図1に示した(ピークの分子量:1494)。
また、リグニン含有MSM培地(ブランク)についても、分子量の測定結果を図1に併せて示す(ピークの分子量:6752)。
【0025】
培養液(1)を6N塩酸にてpH1〜2に調整した後、酢酸エチルで抽出した抽出液を蒸発乾固してから、トリメチルシリル化して、GC−MS分析(SHIMAZU GCMS−QP2010、カラム:DB−1、Φ0.32、長さ30m)したところ、サリチル酸(0.914→2.333mg/L)、バニリン(0.750→1.805mg/L)、2,3−ジヒドロキシ安息香酸(1.005→2.777mg/L)、バニリン酸(1.067→3.194mg/L)の含有量が増加することを確認した{カッコ内の数字は培養前の培地中の濃度→培養後の培地中の濃度を表す}。これにより、リグニンを分解して、水酸基含有芳香族化合物が得られたことを確認した。
【0026】
また、培養終了後(7日後)のpHが培養前のpHよりも低くなっていることから、酸が生じたと考えられることは、上記のGC−MS分析結果からも裏付けられる。
【0027】
<実施例2>
「リグニン(品名:アルカリリグニン、シグマアルドリッチ社製)」を「黒液に72%硫酸を加えてpH3.0に調整し、リグニンを沈殿させ、1200G(重力の1200倍)で10分間遠心分離した後、上澄み液を捨てて得た沈殿物を少量の蒸留水に懸濁させGS−25ガラスフィルターで濾過し、乾燥して得たリグニン」に変更したこと、「培養温度27℃」を「培養温度30℃」に変更したこと、「培養pH8.9」を「培養pH7.6(6N塩酸を用いて調整した)」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(2)を得た。そして、培養液(2)について、実施例1と同様にして、GC−MS分析したところ、水酸基含有芳香族化合物(サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸、シリンガ酸、シリンガアルデヒド、3,4−ジメトキシ−α−ヒドロキシベンゼン酢酸メチル)の存在を確認した。
なお、リグニン含有MSM培地(ブランク)について、同様にGC−MS分析したところ、水酸基含有芳香族化合物は検出できなかった。これにより、リグニンを分解して、水酸基含有芳香族化合物が得られたことを確認した。
【0028】
<実施例3>
「培養pH8.9」を「培養pH7.6(6N塩酸を用いて調整した)」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(3)を得た。そして、培養液(3)について、実施例1と同様にして分子量を測定し(ピークの分子量:1557)、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータ(ピークの分子量:5169)と共に図2に示した。
また、培養終了後(7日後)、pHは5.2であった。
【0029】
<実施例4>
「培養pH8.9」を「培養pH7.6(6N塩酸を用いて調整した)」に変更したこと、「培養温度27℃」を「培養温度30℃」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(4)を得た。そして、培養液(4)について、実施例1と同様にして分子量を測定し(ピークの分子量:2035)、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータ(ピークの分子量:5169)と共に図2に示した。
また、培養終了後(7日後)、pHは6.5であった。
【0030】
実施例3及び4の結果から、pH7.6の場合、培養温度が30℃よりも27℃の方が低分子化が進行することがわかった。
【0031】
実施例3及び4において、培養終了後(7日後)のpHが培養前のpHよりも低くなっていることから、共に酸が生じたと考えられる。また、培養温度が30℃よりも27℃の方がよりpHが低いことから、培養温度が30℃よりも27℃の方がより酸の生成量が多いと考えられる。
【0032】
実施例3及び4において、培養開始後、1日ごとに培養液の濁度(日本分光株式会社製分光光度計V−530)を測定し、測定結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)の測定結果と共に図3に示した。これらの結果から、pH7.6の場合、培養温度が30℃よりも27℃の方が微生物の増殖が活発であることがわかった。
【0033】
<実施例5>
「培養温度27℃」を「培養温度24℃」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(5)を得た。そして、培養液(5)について、実施例1と同様にして分子量を測定し(ピークの分子量:1661)、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータ(ピークの分子量:6752)及び実施例1のデータ(培養温度27℃、ピークの分子量:1494)と共に図4に示した。
また、培養終了後(7日後)、pHは5.2であった。
【0034】
<実施例6>
「培養温度27℃」を「培養温度30℃」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(6)を得た。そして、培養液(6)について、実施例1と同様にして分子量を測定し(ピークの分子量:3134)、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータ(ピークの分子量:6752)及び実施例1のデータ(培養温度27℃、ピークの分子量:1494)と共に図4に示した。
また、培養終了後(7日後)、pHは6.1であった。
【0035】
実施例1、5及び6の結果から、pH8.9の場合、培養温度が30℃よりも24℃、27℃の方が低分子化が進行することがわかった。
【0036】
実施例1、5及び6において、培養開始後、1日ごとに培養液の濁度(日本分光株式会社製分光光度計V−530)を測定し、測定結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)の測定結果と共に図5に示した。これらの結果から、pH8.9の場合、培養温度が30℃よりも24℃、27℃の方が微生物の増殖が活発であることがわかった。
【0037】
実施例1、5及び6において、培養終了後(7日後)のpHが培養前のpHよりも低くなっていることから、共に酸が生じたと考えられる。また、培養温度が30℃よりも24℃、27℃の方がよりpHが低いことから、培養温度が30℃よりも24℃、27℃の方がより酸の生成量が多いと考えられる。
【0038】
実施例1(ピークの分子量:1494)及び実施例3(ピークの分子量:1557)の結果(図6)から、培養温度27℃の場合、培養pHが相違しても、低分子化の進行に余り影響がしないことがわかった。
【0039】
実施例1及び3において、培養開始後、1日ごとに培養液の濁度(日本分光株式会社製分光光度計V−530)を測定し、測定結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)の測定結果と共に図7に示した。これらの結果から、培養温度27℃の場合、培養pHが7.6よりも8.9の方が微生物の増殖が活発であることがわかった。
【0040】
実施例1及び3において、培養後のpHに差異が認められないため(共に、5.2)、培養pHが相違しても、酸の生成量に余り影響がしないことがわかった。
【0041】
<実施例7>
「MSM培地250ml」を「MSM培地50ml」、「MSM培地100ml」又は「MSM培地250ml」に変更したこと、「培養液(PC)の接種した量1体積%」を「培養液(PC)の接種した量10体積%」に変更したこと、「培養温度27℃」を「培養温度30℃」に変更したこと、「培養pH8.9」を「培養pH7.6(6N塩酸を用いて調整した)」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(7)〜(9)を得た。そして、培養液(7)〜(9)について、実施例1と同様にして分子量を測定し、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータと共に図8に示した。
【0042】
ピークの分子量は、下表の通りであった。MSM培地の量とピークの分子量との間には高い相関が認められた(相関関数0.9977、図9)。
【0043】
【表1】
【0044】
これらの結果から、MSM培地の量が多いほど、低分子化が進行することがわかった。
【0045】
<実施例8>
「MSM培地250ml」を「MSM培地100ml」に変更したこと、「培養液(PC)の接種した量1体積%」を「培養液(PC)の接種した量1体積%」、「培養液(PC)の接種した量5体積%」、「培養液(PC)の接種した量10体積%」又は「培養液(PC)の接種した量20体積%」に変更したこと、「培養温度27℃」を「培養温度30℃」に変更したこと、「培養pH8.9」を「培養pH7.6(6N塩酸を用いて調整した)」に変更したこと以外、実施例1と同様にして、培養液(10)〜(13)を得た。そして、培養液(10)〜(13)について、実施例1と同様にして分子量を測定し、その結果をリグニン含有MSM培地(ブランク)のデータと共に図9に示した。
【0046】
ピークの分子量は、下表の通りであった。これらの関係を図11に示した。
【表2】
【0047】
これらの結果から、培養液(PC)の接種した量が5〜20体積%の場合、培養後の分子量に大きな差異は認められず、1体積%のとき、より低分子化が進行することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の水酸基含有芳香族化合物の製造方法は、好気性条件下でリグニンを分解して有用な有機化合物を得ることができる。好気性条件下で培養できるため、嫌気性条件下での培養に比べて、微生物の増殖速度が格段に早く、リグニンの分解をより促進することができる。そして、得られる有機化合物には水酸基含有芳香族化合物を含み、これらは化粧品、医薬品、食品添加物、建材等の原料として利用できる。
【0049】
水酸基含有芳香族化合物のうち、サリチル酸は解熱・鎮痛作用の他、抗リウマチ作用や尿結石生成防止作用等(アスピリンと同様の作用)を有する。また、サリチル酸の誘導体であるパラアミノサリチル酸は結核の治療薬として使用できる。また、バニリンは香料(天然物はバニラビーンズから単離されるため高価である)として使用できる。また、2,3−ジヒドロキシ安息香酸は感光用現像剤の添加物として使用できるほか、2,3−ジヒドキシ安息香酸を含有するウンカリア・トメントーサ樹皮抽出物にアルツハイマー病のアミロイド阻害作用があることが知られている。また、バニリン酸はポリフェノールの一種として抗酸化作用を持つ。また、3,4−ジヒドロキシ安息香酸は抗酸価機能活性を持ち、エステル体は食品添加物として利用できる。また、シリンガ酸はポリフェノールの一種として抗酸化作用を持つ。また、シリンガアルデヒドは抗アレルギー成分や食品添加物等への利用が期待される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
好気性条件下で、リグニンを含有する培地内でパラコッカス属細菌を培養することにより、リグニンを分解して水酸基含有芳香族化合物を得る工程を含むことを特徴とする水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項2】
水酸基含有芳香族化合物が、サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸、シリンガ酸、シリンガアルデヒド、3,4−ジメトキシ−α−ヒドロキシベンゼン酢酸メチル及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項3】
水酸基含有芳香族化合物が、サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項4】
培養pHが6〜9である請求項1〜3のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項5】
培養温度が24〜30℃である請求項1〜4のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項6】
培養日数が3〜10日間である請求項1〜5のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項7】
培地がリグニンを含有するMSM培地である請求項1〜6のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項8】
培地が、グリセリンを含有する培地である請求項1〜7のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項9】
培地が、硫酸アンモニウムを含有する培地である請求項1〜8のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項1】
好気性条件下で、リグニンを含有する培地内でパラコッカス属細菌を培養することにより、リグニンを分解して水酸基含有芳香族化合物を得る工程を含むことを特徴とする水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項2】
水酸基含有芳香族化合物が、サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸、3,4−ジヒドロキシ安息香酸、シリンガ酸、シリンガアルデヒド、3,4−ジメトキシ−α−ヒドロキシベンゼン酢酸メチル及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項3】
水酸基含有芳香族化合物が、サリチル酸、バニリン、2,3−ジヒドロキシ安息香酸、バニリン酸及びこれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項4】
培養pHが6〜9である請求項1〜3のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項5】
培養温度が24〜30℃である請求項1〜4のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項6】
培養日数が3〜10日間である請求項1〜5のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項7】
培地がリグニンを含有するMSM培地である請求項1〜6のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項8】
培地が、グリセリンを含有する培地である請求項1〜7のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【請求項9】
培地が、硫酸アンモニウムを含有する培地である請求項1〜8のいずれかに記載の水酸基含有芳香族化合物の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−223881(P2011−223881A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−93638(P2010−93638)
【出願日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名:第54回リグニン討論会事務局(社団法人 高分子学会 共催) 刊行物名:第54回リグニン討論会 講演集 発行年月日:2009年10月15日
【出願人】(000000158)イビデン株式会社 (856)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名:第54回リグニン討論会事務局(社団法人 高分子学会 共催) 刊行物名:第54回リグニン討論会 講演集 発行年月日:2009年10月15日
【出願人】(000000158)イビデン株式会社 (856)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】
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