説明

パラフィン切片保存シート

【課題】繊維シート上にパラフィン包埋された哺乳類のパラフィン組織切片が固着されてなるパラフィン切片保存シートを提供する。
【解決手段】スライドガラスに代えて繊維シートを用いることにより、その保存時の取り扱いを簡便にするとともに、必要な場合に、この繊維シート上にパラフィン組織切片を固定したまま、水に戻し、再度スライドガラスですくい上げることにより、従来と全く同様に組織を貼り付けたスライドガラスとすることができる。パラフィン切片保存シートには、繊維シートの片面に厚さが3〜20μmのパラフィン包埋された哺乳類のパラフィン組織切片を固着して、5〜20秒間ろ過することを特徴とする。このろ過時間は、フィルターホルダー(IWAKI:GFH−47)を使用し、径47mmの円状ろ紙面において、100mlの蒸留水を真空ポンプ(BIO CRAFT BC−651)により50mmHgで吸引しろ過するに要する時間である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、繊維シート上にパラフィン包埋された哺乳類のパラフィン組織切片が固着されてなるパラフィン切片保存シートに関する。
【背景技術】
【0002】
病理診断用の組織標本は、パラフィン包埋されたパラフィン組織切片をミクロトームにより3〜20μmで薄切し、水槽に浮かべた切片をスライドグラスで拾い、温浴槽で"湯伸ばし"(切片の剥離防止のため切片のしわを伸ばす)した後、37℃で乾燥させて使用することが行なわれている。この切片は、後になってから詳細に検討するために、予め何十枚も薄切しておき、スライドグラスに貼り付けて使用時まで保管することがよく行われている。特に、脳や心臓などそのままの大きさで薄切(大割切片)する場合などは1枚の薄切作業に大変に手間がかかるため、予備の切片を準備しておくことは多くの検査室では必須である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
これらの組織切片の保管のために、組織切片をスライドグラスに貼り付けて保管する場合には、スペースやガラスの扱いなどの点で苦慮することが多かった。さらに、その多くの切片すべてが使用されることは少ないため、いずれは廃棄されることになり、その場合、廃棄に手間がかかり、かつ多くのスライドガラスが無駄となっていた。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、このように従来使用されてきたスライドガラスに代えて、繊維シートを用いることにより、その保存時の取り扱いを簡便にするとともに、必要な場合に、この繊維シート上にパラフィン組織切片を固定したまま、水に戻し、再度スライドガラスですくい上げることにより、従来と全く同様に組織を貼り付けたスライドガラスとすることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0005】
即ち、本発明は、繊維シートの片面に厚さが3〜20μmのパラフィン包埋された哺乳類のパラフィン組織切片が固着されてなるパラフィン切片保存シートであって、該繊維シートのろ過時間が5〜20秒であることを特徴とするパラフィン切片保存シートである。このろ過時間とは、フィルターホルダー(IWAKI:GFH−47)を使用し、該繊維シートの径47mmの円状シート面において、100mlの蒸留水を真空ポンプ(BIO CRAFT BC−651)により50mmHgで吸引しろ過するに要する時間をいう。
【0006】
また本発明は、水で湿潤した上記繊維シート上に載せた上記哺乳類のパラフィン組織切片を乾燥させることにより得られた上記パラフィン切片保存シートである。
更に、上記繊維シートを水槽中に浸し、上記哺乳類のパラフィン組織切片を水槽に浮かべ、水槽に浮かべた上記哺乳類のパラフィン組織切片を繊維シートで掬い取ることにより、上記水で湿潤した繊維シート上に載せた上記哺乳類のパラフィン組織切片を得ることができる。
【発明の効果】
【0007】
本発明のパラフィン切片保存シートは、保管時にスペースをとらず、廃棄する場合には、単にシートごと焼却すればすむため、廃棄が簡便である。また、必要な切片のみ使用することができるので、経費を必要最低限に抑えることができる。更に、本発明のパラフィン切片保存シートは自在にカットできるため、マイクロアレイ切片作製にも有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の「繊維シート」としては、セルロースから成るろ紙などの紙類、ガラス繊維などの無機繊維から成るシート、ナイロンなどの合成繊維から成るシートなどが挙げられる。このシートとして、織布状、不織布状、編布状若しくは網状のシート、穿孔(貫通孔)シート等が挙げられる。繊維シートとして、JIS P 3801の1種のろ紙が好ましい。更に、この繊維シートで白色以外の色で着色されたものは、パラフィン組織切片を容易に目視できるため好ましい。
この繊維シートの厚さは厚さ0.1〜0.6mmが適当である。薄いと、支持体としての強度が不足する場合がある。
【0009】
この繊維シートのろ過時間は5〜20秒であることを要する。
このろ過時間は、フィルターホルダー(IWAKI:GFH−47)を使用し、径47mmの円状ろ紙面において、100mlの蒸留水を真空ポンプ(BIO CRAFT BC−651)により50mmHgで吸引しろ過するに要する時間をいう。
このろ過時間とJIS P 3801のろ水時間との関係については、表1に挙げた測定値から推察できるが、ろ過時間5〜20秒はろ水時間約20〜60秒に相当するものと考えられる。
【0010】
また、この繊維シートの保留粒子径は0.5〜40μmであることが好ましい。
この保留粒子径は、JIS P 3801に規定された硫酸バリウムなどを自然ろ過した時の漏洩粒子径により求める。
【0011】
一方、「パラフィン組織切片」とは、人体および動物などの哺乳類の臓器(心臓、肺、肝臓、脾臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸、胃、脳など)の薄片を顕微鏡観察するためスライドグラスに貼付けられる大きさにトリミングし、固定・脱脂・中間剤を経てパラフィン包埋されたものをいい、以下のようにして調整する。
臓器を固定(ホルマリン・アルコール等)した後、アルコールにより脱脂し、キシレンによる中間剤を経てパラフィン包埋する。
「固定」の操作としては、手術および解剖にて採取した臓器を10%中性緩衝ホルマリンまたはアルコール等の固定液にて一晩から数日間浸する。
次に、パラフィン包埋されたパラフィン組織切片をミクロトームにより3〜20μmの厚さに薄切し、水槽に浮かべる。このように水に浮かべた切片を繊維シートですくい上げる。その後、必要に応じてペーパータオル等の吸湿性のシート上に置いて、乾燥させ保存する。すると、繊維シート上に重ねられたパラフィン包埋されたパラフィン組織切片は、乾燥するに伴って、繊維に微細に絡みつき、固着した状態になる。
得られたパラフィン組織切片/繊維シートを「パラフィン切片保存シート」という。
【0012】
このようにして得られたパラフィン切片保存シートは、乾燥状態に置けば、長期間そのまま保存することができる。
一定期間保存後、このパラフィン切片保存シートを、必要に応じて、水に浮かべることにより、繊維シートは所定のろ過速度を有するため、水が繊維シートの全面から適当な速度で浸透し、固着したパラフィン組織切片が均等に繊維シートから自然剥離する。このとき、ろ過速度が本発明で規定する所定範囲内に無い場合には、水が繊維シートの浸透する速度にばらつき等が生じ、パラフィン組織切片に亀裂が入ったりする。これは、パラフィン組織切片が繊維シートから均等に自然剥離することができないためと考えられる。
【実施例1】
【0013】
手術および解剖にて採取した臓器を固定(ホルマリン・アルコール等)した後、アルコールにより脱脂し、キシレンによる中間剤を経てパラフィン包埋した。次に、パラフィン包埋されたパラフィン組織切片をミクロトームにより3〜20μmの厚さで薄切し、水槽に浮かべた切片を表1に示す各種繊維シートで拾い、反り返り防止のためペーパータオル上で乾燥させ常温で保存した。このようにして得られた標本を「保存シート」という(図1(1))。
半年後、パラフィン組織切片を貼付けたろ紙を水槽に浮かべた(図1(2))。両者が剥離(パラフィン組織切片は水に浮き、ろ紙は沈む)するので(図1(3))、これをスライドグラスに貼付け湯浴式パラフィン伸展器でしわを伸ばし乾燥した。保存シートからスライドグラスに再度張り付け乾燥させるのに費やす時間は、60℃インキュベーターなら30分間以上、37℃インキュベーターなら1時間以上になる。
得られた組織を下記基準で評価した。
(1)切片の剥離を、容易・比較的容易・やや難・難・不可能の5段階で評価した。比較的容易以上が実際使用して問題無いレベルといえる。
(2)組織の亀裂の有無を目視で評価した。亀裂のあるものは標本として不適である。
亀裂の無いもの(ADVANTEC No.1を用いて作成したパラフィン切片保存シート)を図2(1)に示し、亀裂のあるもの(ADVANTEC No.2を用いて作成したパラフィン切片保存シート)を図2(2)に示す。
【0014】
結果を表1に示す。この表1から、ろ過時間が一定範囲のものは、切片の剥離が良好で、組織の亀裂も生じていないことがわかる。
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】繊維シートとしてADVANTEC No.1を用いて作成したパラフィン切片保存シートを示す図である。(1)は作成後半年経過後のパラフィン切片保存シートを示す。(2)は(1)のパラフィン切片保存シートを水に戻したところを示す。(3)は水中でパラフィン組織切片が繊維シートから剥離した様子を示す。
【図2】パラフィン切片保存シートからパラフィン組織切片をスライドグラスに再度張り付け乾燥させたものを示す図である。(1)は亀裂の無いもの(ADVANTEC No.1使用)、(2)は亀裂のあるもの(ADVANTEC No.2使用)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維シートの片面に厚さが3〜20μmのパラフィン包埋された哺乳類のパラフィン組織切片が固着されてなるパラフィン切片保存シートであって、該繊維シートのろ過時間が5〜20秒であることを特徴とする、但し、該ろ過時間とは、フィルターホルダー(IWAKI:GFH−47)を使用し、該繊維シートの径47mmの円状シート面において、100mlの蒸留水を真空ポンプ(BIO CRAFT BC−651)により50mmHgで吸引しろ過するに要する時間をいう、パラフィン切片保存シート。
【請求項2】
水で湿潤した前記繊維シート上に載せた前記哺乳類のパラフィン組織切片を乾燥させることにより得られた請求項1に記載のパラフィン切片保存シート。
【請求項3】
前記水で湿潤した該繊維シート上に載せた前記哺乳類のパラフィン組織切片が、該繊維シートを水槽中に浸し、該哺乳類のパラフィン組織切片を該水槽に浮かべ、該水槽に浮かべた前記哺乳類のパラフィン組織切片を該繊維シートで掬い取ることにより得られた請求項2に記載のパラフィン切片保存シート。
【請求項4】
前記繊維シートがJIS P 3801の1種のろ紙である請求項1〜3のいずれか一項に記載のパラフィン切片保存シート。
【請求項5】
前記繊維シートが白色以外の色に着色された請求項4に記載のパラフィン切片保存シート。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−240185(P2007−240185A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−59424(P2006−59424)
【出願日】平成18年3月6日(2006.3.6)
【出願人】(504300181)国立大学法人浜松医科大学 (96)
【Fターム(参考)】