説明

パラフィン包埋標本の解析法

【課題】パラフィン包埋された標本からの質量分析イメージングに有用な脱パラフィン法を提供する。
【解決手段】生体試料がパラフィンに包埋された標本を、加熱条件下で、パラフィンと互いに相溶性がある有機溶剤に晒し、前記パラフィンを融解及び前記有機溶剤へ溶解させることによって、前記生体試料を露出させる工程と、前記パラフィンが溶解した有機溶剤と、前記露出した生体試料とを分離することによって、前記標本から前記パラフィンを除去する工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞生物学、病理学、生化学等の医学・生物学分野に属する。本発明は、パラフィン包埋標本の前処理法、より具体的には、パラフィン包埋標本の脱パラフィン法(Method for Deparaffinization of Paraffin-Embedded Specimen)に関する。また、本発明は、パラフィン包埋標本の解析法(Method for Analysis of Paraffin-Embedded Specimen)、とりわけ、パラフィン包埋標本の質量分析イメージング法に関する。
【背景技術】
【0002】
<パラフィン包埋標本>
今日、病理診断などで用いた数多くのパラフィン包埋生体組織が保存されている。それらから、生体分子の情報を取得することが可能になることは、過去の症例を用いて、診断法、治療法、病理所見、予後などをレトロスペクティブ(retrospective)に検討することを可能にすることであり、疾患の発生病理の研究や新薬の開発などにおいて大きな利点となると認識されている。
【0003】
パラフィン包埋標本の解析に際しては、パラフィンを標本から除去する前処理が行われる(脱パラフィン)。脱パラフィンの方法としては、通常、常温環境下で、通常キシレンによりパラフィンを溶解・除去する処理が行われる。キシレンによりパラフィンを溶解・除去する処理は、通常複数回(例えば2〜4回程度)繰り返して行われる。また、他の脱パラフィンの方法として、日本国特開2005−221511号公報に、有機溶剤を使用せずに、パラフィンと不混和性である脱パラフィン化及び細胞コンディショニング試薬を用いて、包埋媒体を溶融して分離する方法が記載されている。
【0004】
<バイオイメージング>
近年、生体内での生命現象を視覚的に捉えるために、細胞や生体組織を直接観測するバイオイメージング技術が開発され、発展している。バイオイメージング技術は、生体分子を、生体内での位置情報を保ったまま検出することを可能にする。バイオイメージング技術においては、生体組織標本の薄切片(例えば凍結切片やパラフィン包埋切片など)が試料として用いられる。
【0005】
バイオイメージングにおける手段としては、多くは顕微鏡法が用いられる。
顕微鏡法によるイメージングの例として、例えばタンパク質分子などの生体分子を見る場合は、一般的に免疫組織化学的手法が用いられる。この手法においては、例えば、組織切片に含まれる標的の生体分子を、特異抗体を介して標識し、その標識の発色、発光、蛍光等を検出することによってイメージングを行うことが出来る。
【0006】
免疫組織化学的手法の場合、組織切片としては、抗原性の維持という観点からは凍結切片が、目的組織の形態保持という観点からはパラフィン包埋切片が用いられる傾向にある。パラフィン包埋切片を用いる場合は、脱パラフィン処理及び抗原賦活処理が施される。具体的に、脱パラフィン処理としては、上述したように、常温環境下で、通常キシレンによりパラフィンを溶解・除去する処理が行われる。
【0007】
また、バイオイメージングにおける他の手段としては、質量分析法が用いられることもある(すなわち質量分析イメージング)。
質量分析イメージングの例としては、例えば、組織切片に含まれるタンパク質分子を、適宜、消化などの処理を行った後、組織切片表面の複数の位置について質量分析し、組織切片表面の各位置について得られたマススペクトルから画像を構成する。
【0008】
質量分析イメージングにおいては、通常、生体組織の凍結切片が試料として用いられている。
例えば、Stoeckli, M.; Chaurand, P.; Hallahan, E. D.; Caprioli, M. R. Nature Med. 7, 493-496 (2001)、Chaurand, P.; Schwartz, A. S.; Caprioli, M. R. Anal. Chem., 76, 86A-93A (2004)、及び、Chaurand, P.; Schwartz, A. S.; Billheimer, D.; Xu, J. B; Crecelius, A.; Caprioli, M. R. Anal. Chem., 76, 1145-1155 (2004)などにおいて、凍結生体組織切片をMALDI質量分析に供し、MSスペクトルを取得したことが報告されている。
【0009】
さらに、日本国特開2004−347594号公報にも、凍結生体組織切片をMALDI質量分析に供し、MSスペクトルを取得したことが報告されている。
【0010】
ごく最近では、生体組織のパラフィン切片を用いて質量分析イメージングを行ったことの報告もされている。具体的には、54th ASMS Conference on Mass Spectrometryプログラム集、p147(Session: Imaging MS II Code: ThP18 Time Slot/Poster Number: 333のアブストラクト)において、パラフィン切片に対し、通常の免疫細胞化学的手法によって処理を行い、reactive matrixを用いて直接的にMALDIイメージングを行ったことが報告されている。
【0011】
一方、生体組織に対して直接的に質量分析をおこなった例ではないが、BIO VIEW(タカラバイオ株式会社), 03/12, No.44, P13-16において、パラフィン切片からレーザーキャプチャーマイクロダイセクションなどで特定の細胞を採取処理し、採取した細胞から抽出したタンパク質を酵素処理し、LC/MS解析したことが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2005−221511号公報
【特許文献2】特開2004−347594号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】ストックリ・M(Stoeckli, M.)、ショーラン・P(Chaurand, P.)、ハラハン・E・D(Hallahan, E. D.)、及びカプリオーリ・M・R(Caprioli, M. R.)、「ネイチャー・メディスン(Nature Medicine)」第7巻、p.493−496、2001年
【非特許文献2】ショーラン・P(Chaurand, P.)、シュワルツ・A・S(Schwartz, A. S.)、及びカプリオーリ・M・R(Caprioli, M. R.)、「アナリティカル・ケミストリー(Analytical Chemistry)」、第76巻、p.86A−93A、2004年
【非特許文献3】ショーラン・P(Chaurand, P.)、シュワルツ・A・S(Schwartz, A. S.)、ビルハイマー・D(Billheimer, D.)、スー・J・B(Xu, J. B.)、クレセリウス・A(Crecelius, A.)、及びカプリオーリ・M・R(Caprioli, M. R.)、「アナリティカル・ケミストリー(Analytical Chemistry)」、第76巻、p.1145−1155、2004年
【非特許文献4】54th ASMS Conference on Mass Spectrometryプログラム集、p147
【非特許文献5】「BIO VIEW(バイオ・ビュー)」、タカラバイオ株式会社、2003年12月、第44巻、p.13〜16
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
発明の目的
パラフィン包埋切片を試料とするバイオイメージング技術は、凍結切片を試料とする場合よりも、レトロスペクティブ・スタディ(retrospective study)が可能で汎用性のある病理診断等でも有効であるという点で優れている。
【0015】
質量分析法を用いたバイオイメージング技術は、生体分子そのものを同定するため、生体分子を直接的に且つ定量結果に基づいて捉えることができる。一方、顕微鏡法を用いたバイオイメージング技術は、生体分子を間接的に捉えるものである。このことから、質量分析イメージングは、解析結果の正確性がより大きいという点で優れている。
従って、パラフィン包埋切片を用いて質量分析イメージングを行うことが可能になれば、大変有用な技術となる。
【0016】
上述の54th ASMS Conference on Mass Spectrometryプログラム集、p147のアブストラクトでは、質量分析イメージングをパラフィン包埋切片により行ったことが報告されている。このアブストラクトにおいては、パラフィン切片に対し通常の免疫組織化学的手法によって処理を行ったことが記載されていることから、具体的には、常温条件下で、通常キシレンを用いて脱パラフィン処理が行われたものであることがおのずと考えられる。
【0017】
しかしながら、このような従来の脱パラフィン処理法は、免疫組織化学的に有意な解析結果を満足するとして常識的に許容されてきた方法であって、同様に質量分析学的にも許容される方法とはいえない。その理由のひとつとして、質量分析法を用いる場合、生体試料に残存するパラフィンが解析結果に与える影響は、顕微鏡法における影響よりも大きいと考えられる。すなわち、残存パラフィンが、標的の生体分子に関して情報量の少ないマススペクトルを与える原因となり、解析のクオリティに悪影響を及ぼすことになる。
【0018】
従って、上記のアブストラクトに記載された方法は、十分な情報量のマススペクトルが得られないため、イメージングのクオリティは低い。
このことから、より情報量に優れたマススペクトルを得て、クオリティの高い質量分析イメージングを行うために、パラフィン除去後の生体試料の状態(例えば露出の程度)について、より厳格な条件が課されるべきである点に、本発明者らは着目した。
【0019】
そこで、本発明の目的は、パラフィン包埋された標本からの質量分析イメージングに有用な脱パラフィン法を提供することにある。また、本発明の目的は、パラフィン包埋された標本から高いクオリティの質量分析イメージングを行うことが可能な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
発明の概要
本発明は、以下の(1)〜(14)を含む。下記(1)〜(7)は、パラフィン包埋標本の脱パラフィン法に向けられ、下記(8)〜(14)は、パラフィン包埋標本の解析法に向けられる。
【0021】
本発明において「パラフィン」とは、形態学的、免疫組織化学的及び酵素組織化学的な解析を含むあらゆる解析において用いられる、生体試料の包埋媒体を広くいうものである。すなわち、本発明におけるパラフィンは、石油系パラフィンワックス単体であってもよいし、当該石油系パラフィンワックスを基剤とし、包埋媒体の品質向上などの目的で加えられ得るあらゆる他の成分を含んだものであってもよい。ここで、石油系パラフィンワックスは、石油に由来する、常温で固形の炭化水素類の混合物をいう。
【0022】
<パラフィン包埋標本の脱パラフィン法>
(1)生体試料がパラフィンに包埋された標本を、加熱条件下で、パラフィンと互いに相溶性がある有機溶剤に晒し、前記パラフィンを融解及び前記有機溶剤へ溶解させることによって、前記生体試料を露出させる工程と、
前記パラフィンが溶解した有機溶剤と、前記露出した生体試料とを分離することによって、前記標本から前記パラフィンを除去する工程と、
を含む、パラフィン包埋標本の脱パラフィン法。
上記(1)において、「相溶性がある」とは、物質同士(具体的には、パラフィンの液体と有機溶剤)が相分離することない程度の溶解性を示すことをいう。また、生体試料の「露出」とは、生体試料がパラフィンに包埋された標本から、パラフィンが溶出して、生体試料が露出することをいう。
【0023】
下記(2)は、具体的操作からみた本発明の脱パラフィン法の一形態に向けられる。
(2)前記生体試料を露出させる工程において、前記生体試料がパラフィンに包埋された標本を、加熱された前記有機溶剤中に浸漬及び保持し、
前記パラフィンを除去する工程において、前記有機溶剤中に保持した前記標本を前記有機溶剤から引き上げる、(1)に記載のパラフィン包埋標本の脱パラフィン法。
【0024】
(3)前記加熱条件は、45〜70℃の温度条件である、(1)又は(2)に記載のパラフィン包埋標本の脱パラフィン法。
【0025】
(4)前記有機溶剤は、キシレン、クロロホルム、ジエチルエーテル、レモゾール、及びアルコール類からなる群から選ばれる、(1)又は(2)に記載のパラフィン包埋標本の脱パラフィン法。
上記(4)において、アルコール類には、メタノール、イソプロピルアルコールなどが含まれる。
【0026】
(5)前記標本は、電気伝導性支持体の表面上に保持されている、(1)〜(4)のいずれかに記載のパラフィン包埋標本の脱パラフィン法。
上記(5)の方法は、特に、パラフィン包埋標本からの質量分析を行う場合に、有用な前処理法として用いることが可能になる。
【0027】
(6)前記標本は、癌、アルツハイマー病、パーキンソン病、虚血性脳疾患、及び虚血性心疾患からなる群から選ばれる疾病を罹患した生体に由来するものである、(1)〜(5)のいずれかに記載のパラフィン包埋標本の脱パラフィン法。
【0028】
(7)前記標本は、薬物動態を解析するための標本である、(1)〜(6)のいずれかに記載のパラフィン包埋標本の脱パラフィン法。
上記(7)において、「薬物動態を解析するための標本」とは、体内動態(吸収、分布、代謝、及び排泄)の観点から薬剤としての可能性を検証・評価するための標本で、具体的には薬物を投与された生体に由来する標本である。
【0029】
本発明の脱パラフィン法においては、パラフィン包埋標本が、長期間にわたって保存されていたものであっても良い。
【0030】
<パラフィン包埋標本の解析法>
(8)上記(1)〜(7)のいずれかに記載の方法を用いて、生体試料がパラフィンに包埋された標本から前記パラフィンを除去する工程と、
前記生体試料を質量分析装置によって測定する工程と、
を含む、パラフィン包埋標本の解析法。
本発明は、上記(1)〜(7)のいずれかに記載の方法を用いた脱パラフィン処理において加熱を行うため、脱パラフィン後の生体試料に付着していた有機溶剤が、熱により気化する。このため、下記(9)に記載のように、従来、消化処理の前に行われてきた水和処理を行わなくとも、消化処理が可能になる。
【0031】
下記(9)は、消化工程をさらに行う、本発明の解析法の一形態に向けられる。
(9)前記パラフィンを除去する工程の後、前記質量分析装置によって測定する工程の前に、前記生体試料を消化処理する工程をさらに含む、(8)に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
上記(9)に記載の消化処理によって、生体試料中のタンパク質が分解され、より多くのマススペクトルピークを得ることが可能になる。
【0032】
下記(10)及び(11)は、水和処理をさらに行う、本発明の解析法の一形態に向けられる。
(10)前記パラフィンを除去する工程の後、前記質量分析装置によって測定する工程の前に、前記生体試料を水和処理する工程をさらに含む、(8)に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
上記(10)に記載の水和処理によって、脱パラフィン後に微量に残存しうるパラフィンが効果的に洗い去られ、より多くのマススペクトルピークを得ることが可能になる。
【0033】
下記(11)は、水和処理を行う本発明の解析法の一形態において、さらに酵素処理を行う形態に向けられる。
(11)前記パラフィンを除去する工程の後、前記質量分析装置によって測定する工程の前に、前記生体試料を水和処理及び消化処理する工程をさらに含む、(8)に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
【0034】
下記(12)〜(14)は、MALDI質量分析装置を用いる、本発明の解析法の一形態に向けられる。
(12)前記質量分析装置によって測定する工程において、前記質量分析装置として、マトリックス支援レーザー脱離イオン化型質量分析装置を用いる、(8)〜(11)のいずれかに記載のパラフィン包埋標本の解析方法。
【0035】
(13)マトリックスとして2,5−ジヒドロキシ安息香酸を用い、前記マトリックスの40mg/ml〜飽和濃度溶液を、インクジェット機構を用いて前記生体試料に滴下し、マトリックス支援レーザー脱離イオン化型質量分析装置を用いて測定を行う、(12)に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
上記(13)の方法によって、マトリックスの微小結晶を均一に堆積させることができるため、測定すべき生体分子を効果的にイオン化することが可能になる。
【0036】
(14)前記マトリックスの溶液を、100〜200μmのピッチで滴下する、(13)に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
上記(14)の方法によって、生体試料上に、マトリックスの微小結晶を均一に堆積させることができるため、生体試料上における測定すべき生体分子を、安定且つ効率的にイオン化することができ、緻密な位置情報と共にその局在を知ることが可能になる。(また、均一な結晶ができていることの目視確認が不要になるため測定条件の制約が不要になる。)
【発明の効果】
【0037】
本発明によれば、パラフィン包埋された標本からの質量分析、とりわけ質量分析イメージングに有用な、脱パラフィン法を提供することができる。
また、本発明によれば、パラフィン包埋された標本からの質量分析、とりわけ質量分析イメージングを、クオリティ良く行うことが可能な方法を提供することができる。さらに、過去から長期間保存されている病理検体から本発明の方法を用いてデータをとることで、発現タンパク質についてプロファイリングができ、タンパク質の発現パターンと病気との関連付けを行うことが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】図1は、従来の脱パラフィン法を用いた、パラフィン切片からの質量分析(比較例1)の結果と、本発明の脱パラフィン法(加熱時間:10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例1)によって得られた結果とを、脱パラフィン時の温度とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図2】図2は、本発明の脱パラフィン法(加熱温度:60℃)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例2)の結果を、脱パラフィン時の加熱時間とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図3】図3は、本発明の脱パラフィン法(加熱条件:60℃−10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例3)の結果を、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図4】図4は、水和処理を行った本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析(実施例3)の結果と、水和処理を行わなかった本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析の結果(実施例4)とを、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。
【図5】図5は、(a)本発明の解析法による、パラフィン切片からの質量分析(実施例3:脱パラフィン条件は60℃、10分)の結果得られたマススペクトルと;(b)従来の解析法による、凍結切片からの質量分析(比較例2)の結果得られたマススペクトルである。
【図6】図6は、(a)本発明で解析を行ったパラフィン切片の実画像と、(b)マトリックス分注後のパラフィン切片の実画像である。
【図7】図7は、本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分、水和処理:あり、マトリックス溶液分注ピッチ:150μm)によって当該パラフィン切片を質量分析イメージングして得られた画像(a)〜(f)である。
【図8】図8は、図6のマトリックス分注後の実画像(b)と、図7の画像(a)〜(f)とを重ね合わせた画像(a’)〜(f’)である。
【図9】図9は、(a)高濃度(50mg/ml)のマトリックス溶液を、マイクロピペットによって滴下して生成した結晶の写真と、(b)高濃度(50mg/ml)のマトリックス溶液を、インクジェット機構によって滴下して生成した結晶の写真である。
【図10】図10は、(a)低濃度(10mg/ml)のマトリックス溶液から生成した結晶と、(b)高濃度(50mg/ml)のマトリックス溶液から生成した結晶の写真である。
【図11】図11は、生体試料上にマトリックスが2次元的に分注された様子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
[1.パラフィン包埋標本]
[1−1.パラフィン]
本発明におけるパラフィン包埋標本としては、形態学的、免疫組織化学的および酵素組織化学的解析を含むあらゆる解析において研究ターゲットとなる標本であって、通常パラフィン切片としての形態のものが対象となる。本発明におけるパラフィンは、そのようなあらゆる解析において包埋媒体として用いられるものが含まれる。
【0040】
本発明におけるパラフィン包埋標本の一例としては、石油系パラフィンワックス単体を包埋媒体として作成された標本が挙げられる。ここで、石油系パラフィンワックスは、石油に由来する、常温で固形の炭化水素類の混合物をいう。また炭化水素類とは、通常、平均炭素数20〜35程度の直鎖状炭化水素(ノルマルパラフィン)を主成分とする分子量300〜500程度の飽和炭化水素をいう。
【0041】
本発明におけるパラフィン包埋標本の他の一例としては、上記の石油系パラフィンワックスを基剤としさらに他の成分を含んだものを包埋媒体として作成された標本が挙げられる。当該他の成分は、包埋媒体の品質向上などの目的で加えられ得るあらゆる成分が許容される。他の成分が配合された包埋媒体の例としては、薄切りの際の作業性や低温での耐ひび割れ性等を向上させる目的で、石油系マイクロクリスタリンワックス、ポリイソブチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体及びポリブテンを他の成分として配合した包埋媒体(例えば日本国特開2002−107354号公報);融点を低下させ、且つ薄切りの際の作業性及び低温での耐ひび割れ性を向上させる目的で、ポリイソブチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、及び飽和脂肪酸を他の成分として配合した包埋媒体(例えば日本国特開2004−212391号公報)などが挙げられる。
【0042】
本発明のパラフィン包埋標本に用いられているパラフィンの融点は、その成分及び組成にもよるが、例えば45〜70℃(JIS K−2235に準拠して測定された値)程度である。
【0043】
[1−2.生体試料]
上述したように、本発明におけるパラフィン包埋標本としては、形態学的、免疫組織化学的および酵素組織化学的解析を含むあらゆる解析において研究ターゲットとなる標本が対象となる。多くは、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)された生体試料の薄切標本である。従って、当該標本は、いかなる生物に由来するものであっても良い。動物であれば、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類など幅広く許容され、特に哺乳類に由来する標本であることが好ましい。この中でも、マウスやヒトに由来する標本であることがさらに好ましい。また、当該生体の全身標本、臓器標本、組織標本、胚子標本及び細胞標本を問わない。さらに、当該標本が病理検体である場合、当該生体が罹患している疾病としては、癌、アルツハイマー病、パーキンソン病、虚血性脳疾患、虚血性心疾患を問わない。
【0044】
上述の標本は、薬物動態を解析するための標本であっても良い。薬物動態を解析するための標本とは体内動態(吸収、分布、代謝、及び排泄)の観点から薬剤としての可能性を検証・評価するための標本で、具体的には薬物を投与された生体に由来する標本である。このような標本の解析においては、例えば薬剤が結合する生体分子を検出することによって、標的部位に到達した薬剤の存在を調べる。
【0045】
[1−3.支持体]
前記標本は、ガラス製支持体、樹脂製支持体、金属製支持体等の支持体の表面に保持させるか、又は電気的に、樹脂製支持体、例えばメンブレンに転写させておくと良い。メンブレンとしては、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)、ニトロセルロース、ポリアミド、ポリエチレン等の有機合成高分子及びその誘導体を挙げることができる。ポリアミドとしては、ナイロン等が挙げられる。標本を保持或いは転写するためのこれら支持体は、標本を本発明の方法によって脱パラフィン処理した後にどのような解析に供するかによって、当業者が適宜決定することができる。
【0046】
脱パラフィン処理後に質量分析法を用いた解析を行う場合は、支持体としては、電気伝導性を有するものを用いることができる。このような電気伝導性支持体としては、例えば金属製支持体である質量分析用サンプルプレートがしばしば使用されるが、これに限定されず、電気伝導性物質がコーティングされた支持体も使用することができる。この場合、コーティングされた支持体の素材としては特に限定されず、具体的には上に例示したものが含まれる。また電気伝導性物質としても特に限定されず、具体的にはインヂウムチンオキサイド(ITO)などが含まれる。電気伝導性物質がコーティングされた支持体のより具体的な例としては、インヂウムチンオキサイテッドコーティングスライドグラスやインヂウムチンオキサイテッドコーティングシートなどが挙げられる。
【0047】
標本は、このような電気伝導性支持体の表面に、貼り付けることなどにより保持するか、又は、標本が、樹脂製支持体、例えばメンブレンに転写されたものを電気伝導性支持体に貼り付ける等行うことによって保持して使用することができる。保持のためには、導電性両面粘着テープ等を用いた固定を行うことができる。また、電気伝導性支持体自体がシートの形態である場合は、標本が保持された電気伝導性シートを、さらにプレートなどの支持体にはりつけて使用することができる。
本発明においては、標本が、電気伝導性支持体の表面に保持されていることが特に好ましい。
【0048】
[2.脱パラフィン処理]
[2−1.脱パラフィン操作]
本発明の脱パラフィン法は、生体試料がパラフィンに包埋された標本を、加熱条件下、パラフィンに相溶性がある有機溶剤に晒し、前記パラフィンを融解及び前記有機溶剤へ溶解させることによって、前記生体試料を露出させる工程と;前記パラフィンが溶解した有機溶剤と、前記露出した生体試料とを分離することによって、前記標本から前記パラフィンを除去する工程とを含む。上記の2つの工程は、ステップワイズに行われてもよいし、いちどきに行われても良い。具体的操作の例としては、以下が挙げられる。
【0049】
例えば、前記生体試料を露出させる工程において、生体試料がパラフィンに包埋された標本を、加熱された有機溶剤中に浸漬及び保持し;その後、前記パラフィンを除去する工程において、有機溶剤中に保持した前記標本を前記有機溶剤から引き上げるという操作を行うことができる。
この例においては、パラフィン包埋標本を加熱された有機溶剤中に浸漬する前に、あらかじめパラフィン包埋標本を熱してパラフィンを融解させておいても良い。また、加熱された有機溶剤は、温水浴を用いて有機溶剤を加熱することにより用意すると良い。
【0050】
また例えば、前記生体試料を露出させる工程において、生体試料がパラフィンに包埋された標本を、有機溶剤中に浸漬し、有機溶剤の温度を上げていき、適切な温度で保持し;その後、前記パラフィンを除去する工程において、有機溶剤中に保持した前記標本を前記有機溶剤から引き上げるという操作を行うこともできる。
【0051】
本発明においては、パラフィンの溶出が効率よく行われるため、上記の有機溶剤中への浸漬及び引き上げの操作は、通常は1回でよい。加熱温度などを考慮することにより、
上記操作を複数回行うことも許容される。
【0052】
さらに例えば、生体試料がパラフィンに包埋された標本に、加熱した有機溶剤を流しかけ続けることなどを行うことによって、前記生体試料を露出させる工程と前記パラフィンを除去する工程とをいちどきに行っても良い。
この例においては、パラフィン包埋標本に加熱した有機溶剤をかける前に、あらかじめパラフィン包埋標本を熱してパラフィンを融解させておいても良い。また、加熱された有機溶剤は、温水浴を用いて有機溶剤を加熱することにより用意すると良い。
【0053】
さらに、上に例示した操作を行った後に、温めた有機溶剤(パラフィンが溶解していないもの)中に浸漬及び保持するか、或いは温めた有機溶剤を流しかけることで、更なる洗浄を行い、それにより前記パラフィンを除去する工程をより厳格に行っても良い。
【0054】
[2−2.加熱条件]
本発明では、加熱条件ないし温度制御条件としては、パラフィンの融点近辺の温度条件とする。このような温度に設定することにより、パラフィン自体の溶融現象を生じさせることができるため、溶融パラフィンを有機溶剤へ溶解(相溶)させることができる。このため、固体パラフィンを有機溶剤へ溶解させる従来法に比べ、生体試料内に浸透していたパラフィンを効率よく除去することができると考えられる。すなわち、パラフィンに包埋されていた生体試料が、従来に比べてより好ましく露出する。このために、後に生体試料を解析する際に、残存パラフィンの影響が従来に比べて少なくなる。このことは、引き続く生体試料の解析において質量分析法を用いる場合に特に良い結果として現れる。
【0055】
具体的な加熱温度については、パラフィンによって融点が異なるため、特に限定されるものではなく、当業者が適宜決定することができる。例えば、上述のように、パラフィンの融点が例えば45〜70℃程度であることから、加熱条件としても45〜70℃とすることができる。さらに、55〜65℃とすることが好ましい場合もある。実施例には、加熱条件を55〜65℃として本発明の脱パラフィン処理を行い、その後、脱パラフィン処理した標本について、質量分析を行った場合に、情報量の多いマススペクトルを得られていることが実証されている。上記範囲を下回ると、パラフィンの融解が効果的に起こらないため脱パラフィンが十分に起こらず、情報量の少ないマススペクトルが得られる傾向にあり、上記範囲を上回ると、生体試料自身の損傷を引き起こしやすくなる傾向にある。
【0056】
また、加熱時間については、特に限定されず、加熱温度、包埋物質などの諸要因を考慮し、当業者が適宜決定することができる。例えば、5〜20分程度、より好ましくは10〜15分程度とすることができる。60℃程度の温度条件では、10〜15分程度が特に好ましい場合がある。上記範囲を下回ると、脱パラフィンが十分に起こらず、情報量の少ないマススペクトルが得られる傾向にあり、上記範囲を上回ると、生体試料自身の損傷を引き起こしやすくなる傾向にある。
【0057】
[2−3.有機溶剤]
有機溶剤としては、パラフィンに相溶性がある有機溶剤、より具体的には、パラフィンの液体(すなわち溶融パラフィン)と相分離することない程度の溶解性を示す有機溶剤であれば、特に限定されない。例えば、パラフィン包埋作業において、生体試料中の水分を脱水剤と交換した後、生体試料にパラフィンを浸透させる前に、生体試料内の脱水剤と交換するための中間剤として用いられる有機溶剤を用いることができる。本発明における有機溶剤の例としては、キシレン、クロロホルム、ジエチルエーテル、レモゾール、及びアルコール類(例えばメタノールやイソプロピルアルコールなど)などから選ぶことができる。これらの有機溶剤は、単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いても良い。
【0058】
[3.脱パラフィン処理された生体試料]
上記の本発明の脱パラフィン法によって、パラフィン包埋標本からパラフィンが効果的に除去されるため、それによって得られた生体試料はよく露出している。本発明における脱パラフィン処理時の加熱条件は、当該処理によって得られた生体試料において、生体試料の露出という物理的に好ましい効果だけでなく、それ以外のたとえば生化学的に好ましい効果をもたらしている可能性もある。
【0059】
さらに、本発明の脱パラフィン処理時の加熱条件によって、用いた有機溶剤が効率的に気化する。そのため、従来の脱パラフィン法によって得られた生体試料と異なり、本発明の脱パラフィン法によって得られた生体標本は、有機溶剤が効果的に除去されている。従って、染色処理や消化処理などの水性試薬を用いる処理を行う場合に、当該処理に先立って、従来から通常的に行われてきた水和処理が、必ずしも必要でなくなる。このように、本発明における脱パラフィン処理時の加熱条件は、当該処理によって得られた生体試料の作業性という観点からも好ましい効果をもたらす。
【0060】
本発明の脱パラフィン法が行われて得られた生体試料は、その後、どのような解析に用いられても良い。例えば、DNA解析、mRNA解析、タンパク質解析などが挙げられる。また、それらの解析手法としては、形態学的、免疫組織化学的及び酵素組織化学的を問わずあらゆる観点からアプローチすることができる。
本発明の脱パラフィン法が行われて得られた生体試料を解析に供する場合は、必要に応じ、さらに解析のための前処理が当業者によって適宜行われる。そのような処理としては、例えば、消化処理や水和処理などが挙げられる。
【0061】
特に、質量分析法を用いてタンパク質などの生体分子を解析する場合に、本発明の脱パラフィン法は前処理法として有用である。本発明は、このような場合における解析法も提供する。すなわち本発明は、上記の脱パラフィン法を用いて、生体試料がパラフィンに包埋された標本から前記パラフィンを除去する工程と;前記生体試料を質量分析装置によって測定する工程とを含む、パラフィン包埋標本の解析法である。
本発明の解析法においては、脱パラフィン工程及び質量分析工程の間に、適宜、水和工程及び/又は消化工程がさらに行われて良い。水和工程と消化工程との両方がさらに行われる場合は、水和工程の後に消化工程が行われる。
【0062】
[4.消化処理]
消化処理を行う場合、その具体的操作及び諸条件は、当業者が適宜決定することができる。例えば、トリプシンなどのタンパク質消化酵素溶液を添加し、湿潤条件下にてインキュベートすることができる。
【0063】
このような消化処理を行うことによって、生体試料を質量分析に供する場合に、標的の生体分子に由来するピークをより多く含むマススペクトルを得ることができる。具体的には、少なくとも、凍結切片について消化処理を行って質量分析を行った場合に得られる程度の情報量を有するマススペクトルを確保することができる。
【0064】
なお、消化工程では、生体試料への試薬の供給方法として、分注(すなわち微量液滴の供給)を行ってよい。分注操作により、生体試料の微小な領域へ試薬を供給することができる。分注を行うためには、試薬溶液の微量供給が可能である装置を特に限定することなく用いることができる。特に、インクジェット機構を備えた分注装置を用いると良い。具体的なインクジェット機構としては、ピエゾ素子を利用した機構などが挙げられる。このような分注装置としては、ケミカルプリンタChIP−1000(島津製作所製)などが挙げられる。
【0065】
[5.水和処理]
水和処理を行う場合、その具体的操作及び諸条件は、当業者が適宜決定することができる。通常、上記脱パラフィンに用いた有機溶剤(すなわちパラフィンに相溶性の有機溶剤)と水との両方に相溶性の有機溶剤を用いる。そのような水和処理用の有機溶剤としては、多くは、アルコールが用いられる。具体的には、水和処理用の有機溶剤及びそれに引き続き当該有機溶剤を段階希釈した水溶液を用い、生体試料を水和していくことができる。
【0066】
このような水和処理を行うことによって、上記脱パラフィン後、生体試料中に残存しうる、気化しきれなかった脱パラフィン用有機溶剤が、効果的に洗い去られる。このため、生体試料を質量分析に供する場合に、標的の生体分子に由来するピークをより多く得ることができる。
【0067】
[6.質量分析]
本発明の解析法においては、上記脱パラフィン処理を行って得られた生体試料或いは、さらに適宜上記消化処理及び/又は水和処理が行われた生体試料は、質量分析工程に供される。この工程において用いられる質量分析装置としては、マトリックス支援レーザー脱離イオン化型(MALDI)質量分析装置が好ましい。例えば、MSの二乗以上の多段階MSが可能などの点で好ましい装置としては、AXIMA−QIT(島津製作所製)等が挙げられる。MSの二乗以上の多段階MSが可能な質量分析装置を用いることで、測定分子の同定が可能になる。
【0068】
MALDI質量分析装置を用いる場合、マトリックスとしては特に限定されない。タンパク質について解析する場合は、例えば、例えば、2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(α−CHCA)、3,5−ジメトキシ−4−ヒドロキシケイ皮酸(シナピン酸)等を用いることができる。これらマトリックスは、適当な溶媒に溶解し、マトリックス溶液として用いる。マトリックスを溶解するための溶媒及びその組成は、当業者が適宜決定することができるが、アセトニトリル(ACN)−トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液などが良く用いられる。アセトニトリル(ACN)−トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液の組成も、当業者が適宜決定することができる。例えば、25〜50(v/v)% ACN−0.05〜1(v/v)% TFAを含む水溶液、とすることができる。
【0069】
[6−1.高濃度DHBの微量分注]
しかしながら、DHBをマトリックスとして用いる場合は、従来から当業者によって広く用いられていた濃度よりも高濃度で用いることが特に好ましい。例えば、40mg/ml〜飽和濃度、より好ましくは50mg/ml程度とすると良い。当該範囲を下回ると、均一に堆積した結晶ができにくくなる傾向にある。 なお、上記飽和濃度は、作業環境の温度における飽和濃度である。作業環境としては、通常室温といわれる温度であり、具体的には15〜30℃、好ましくは20〜25℃である。
【0070】
なおかつ、このような高濃度のDHB溶液を用いる場合は、インクジェット機構を備えた分注装置によって生体試料へマトリックスを供給することが好ましい。インクジェット機構を備えた分注装置については、上記項目4.消化処理において述べたとおり、ピエゾ素子を利用した機構などが挙げられ、このような分注装置としては、ケミカルプリンタChIP−1000(島津製作所製)などが挙げられる。
【0071】
インクジェット機構を備えた分注装置は、微小領域にピコリットルレベルの液滴を分注することができる。具体的には、1回の吐出につき分注される試薬量を例えば100pl程度に制御することができるが、インクジェットの機構によっては、さらに少ない量に制御することもできる。例えば100pl程度の吐出によって直径100μm程度の極小の分注範囲を生じる。
【0072】
DHBは、高濃度に調製され、且つインクジェット法により微小範囲に分注されると、均一に堆積した結晶が生成する。同じ箇所にDHB溶液を重ねて分注して結晶を作っても良い。このように重ねて分注する場合は、1箇所につき5〜80回、好ましくは15〜40回程度重ねることができる。
【0073】
微小範囲における結晶は、本発明のようなパラフィン切片の脱パラフィンにより得られた生体試料の場合でも、凍結切片の場合でも生成するが、パラフィン切片からの生体試料の場合のほうが、凍結切片の場合よりも、液滴が広がりにくく、微小範囲に結晶を作りやすい傾向にある。
【0074】
MALDI質量分析において、結晶の均一性は、分析の質(例えば定量性や再現性)に大きく関わる要因である。従って、高濃度DHB溶液をインクジェット法によって分注することは、測定分子のイオン化を効率的に起こすのに好ましい、マトリックスが均一に堆積した結晶を作ることができるので、定量性及び再現性に優れたマススペクトルを得られるという点で好ましい。さらに、この点は自動分析において特に重要である。しかも、DHBは、α−シアノ−ヒドロキシ桂皮酸などと異なり、高濃度溶液であってもインクジェットノズルが詰まりにくい。このため、高濃度DHB溶液をインクジェット法によって分注することは、作業性に優れるという点でも好ましい。また、DHBは、上述のAXIMA−QIT(島津製作所製)のような装置を用いた解析において特に有効である。このような装置では、MSの2乗以上の多段階MSを行うことができる。このため、測定分子の同定を行うことが可能になる。
【0075】
[6−2.分注ピッチ]
上記の分注操作を、生体試料の一定の範囲にわたって2次元的に行うことによって、標的とする生体分子の質量分布に基づいたイメージング、すなわち質量分析イメージングが可能になる。
【0076】
ここで、図11に、生体試料1及びマトリックスの結晶(又は液滴)2の模式図を示す。例えば、同じ分注ピッチaであれば、結晶(又は液滴)径が大きくなるほど、結晶(又は液滴)同士の間の間隔bが狭くなる。同じ結晶(又は液滴)径であれば、分注ピッチaが小さくなるほど、結晶(又は液滴)同士の間の間隔bが狭くなる。このように、試料上に、図11における上下方向及び左右方向に並べられた複数のマトリックス結晶が作られるが、このためには、1箇所ずつ分注することを繰り返してもよいし、複数のインクジェットノズルを有する手段を用いて、1度に複数箇所を分注してもよい。
【0077】
本発明の解析法において、質量分析イメージングを行う場合は、分注ピッチを適切に設定することで、生体試料上のどの位置においてもまんべんなく、マトリックスが均一に堆積した結晶を作ることが可能である。そのような分注ピッチとしては、100〜200μm、より好ましくは125〜200μm、さらに好ましくは150〜175μmである。本発明では、図11における上下方向及び左右方向のピッチを、そのような範囲に設定することができる。当該範囲を下回ると、液滴の間隔が狭くなりすぎて、分注操作により滴下された液滴が互いに合わさって大きな液滴となるため、不均一な結晶になる傾向にある。当該範囲を上回ると、結晶分布が疎になりすぎて、測定時にレーザーが当たってもイオン化されない領域が増え、情報量の少ない解析結果が得られる傾向にある。
【0078】
このような分注ピッチにすることにより、生体試料上における測定すべき生体分子を、まんべんなく且つ効率的にイオン化することができ、緻密な位置情報と共にその局在を知ることが可能になる。このことは、本発明の方法が、特に複雑な構造を有する脳を解析の対象とした場合などに、大変有用であることがいえる。
【0079】
従来法によるマトリックス分注を行った場合は、均一な結晶が生じている部分をCCDカメラ等で目視確認し、確認した位置へレーザーを当てるという作業がしばしば行われる。しかしながら本発明においては、上記のようなピッチで高濃度DHBを分注し、生体試料上のどの位置においてもマトリックスが均一に堆積した結晶を作ることが可能になる。このことは、どの位置においても均一にイオン化が起こるということであり、目視確認及び測定条件の制約が不要になり作業性に優れるという点でも好ましい。
【実施例】
【0080】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。しかしながら本発明は、これら実施例に限定されるものではない。以下において、%で表される量は、特に断りがないかぎり、体積を基準とした量である。
【0081】
[比較例1:従来の脱パラフィン法を用いた、パラフィン切片からの質量分析]
マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。従来からの脱パラフィン処理として、100%キシレン処理を5分間3回行った。次いで水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0082】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0083】
[実施例1:本発明の脱パラフィン法(加熱時間:10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析]
マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が、検討条件として定めた温度になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、10分間静置した。キシレンの温度としては、55℃、60℃、及び65℃の条件を検討した。次いで、水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0084】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所) を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0085】
〔図1:脱パラフィンの温度条件の検討〕
図1に、上記比較例1及び上記実施例1の結果を示す。具体的には、図1は、従来の脱パラフィン法を用いた、パラフィン切片からの質量分析(比較例1)の結果と、本発明の脱パラフィン法(加熱時間:10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例1)によって得られた結果とを、脱パラフィン時の温度とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図1においては、横軸に脱パラフィン時の温度(℃)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。この結果により、加熱を行うことによって、より多数のピーク数が検出されたことが示された。
【0086】
[実施例2:本発明の脱パラフィン法(加熱温度:60℃)を用いた、パラフィン切片からの質量分析]
マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が60℃になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、静置した。静置時間としては、5分、10分、15分の条件を検討した。次いで、水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0087】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所) を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1.5mm x 1.5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0088】
〔図2:脱パラフィンの時間条件の検討〕
図2に、上記実施例2の結果を示す。具体的には、本発明の脱パラフィン法(加熱温度:60℃)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例2)の結果を、脱パラフィン時の加熱時間とマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図2においては、横軸に脱パラフィン時の加熱時間(分)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。
【0089】
[実施例3:本発明の脱パラフィン法(加熱条件:60℃−10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析]
マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が60℃になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、10分間静置した。水和処理として、100%エタノール処理を5分間2回、90%エタノール処理を5分間、80%エタノール処理を5分間、70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0090】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、検討条件として定めたピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。分注ピッチとしては、200μm、175μm、150μm、125μm、及び100μmの条件を検討した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0091】
〔図3:分注ピッチの検討〕
図3に、上記実施例3の結果を示す。具体的には、図3は、本発明の脱パラフィン法(加熱条件:60℃−10分)を用いた、パラフィン切片からの質量分析(実施例3)の結果を、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図3においては、横軸に分注ピッチ(μm)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。
【0092】
[実施例4:水和処理を行わない本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析]
マウス脳のパラフィンブロックよりミクロトームで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、伸展器(50℃、1時間)で伸展乾燥をした。あらかじめ、キシレン入り染色壺をウォーターバスで暖めておき、キシレンの温度が60℃になったところで、乾燥したパラフィン切片を染色壺に入れて、10分間静置した。壺から取り出し、キシレンを気化させた。
【0093】
得られた脱パラフィン切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、検討条件として定めたピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。分注ピッチとしては、200μm、175μm、150μm、125μm、及び100μmの条件を検討した。指標として、Bradykinin (1pmol/1 .5mm x 1 .5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0094】
〔図4:水和処理の有無の比較検討〕
図4に、上記実施例4の結果を、実施例3に相当する結果(すなわち、実施例3と同じ操作を、別途行って得られた結果)とともに示した結果を示す。水和処理を行った本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析(実施例3)の結果と、水和処理を行わなかった本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分)による、パラフィン切片からの質量分析の結果(実施例4)とを、マトリックス溶液の分注ピッチとマススペクトルのピーク数との関係にして示したグラフである。図4においては、横軸に分注ピッチ(μm)を、縦軸にピーク数(Number of Peaks)を示す。
【0095】
[比較例2:従来の解析法による、凍結切片からの質量分析]
マウス脳の凍結ブロックよりクリオスタットで10μm厚の切片を作製し、インヂウムチンオキサイドコーテッドスライドグラス8-12ohms(Aldrich)に張り付け、風乾させた。70%エタノール処理を5分間、室温で行った後、デシケータ内で乾燥させた。
【0096】
凍結切片に、ChIP-1000(島津製作所)を用い、100μg/mlトリプシン(10mM NaHCO3水溶液中)を分注し、37℃インキュベーターで3時間反応させた。次に、切片に、ChIP-1000を用い、50mg/ml DHB(和光純薬)(50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液中)を、150μmのピッチで分注及び重層した。具体的には、1箇所(1spot)につき、5滴×15サイクル、合計7500pL分を分注及び重層した。指標として、Bradykinin (1pmol/1.5mm x 1.5mm)をDHB溶液に含めた。続いて、AXIMA-QIT(島津製作所)にて450μm x 450μmを50μmピッチで100spot、各spotを2profileずつ計200profileの条件で測定した。その結果を、Mascot Distiller(マトリックスサイエンス社)でピークピッキングを行った。
【0097】
〔図5:凍結切片とパラフィン切片とから得られたマススペクトルの比較検討〕
図5に、(a)本発明の解析法による、パラフィン切片からの質量分析(実施例3:脱パラフィン条件は60℃、10分)の結果得られたマススペクトルと;(b)従来の解析法による、凍結切片からの質量分析(比較例2)の結果得られたマススペクトルとを示す。図5(a)及び図5(b)においては、横軸に質量/電荷(Mass/Charge)を、縦軸にイオン強度を示す。図5が示すように、本発明の方法によって、パラフィン切片からの試料でも、凍結切片の場合と同レベルの質、或いは情報量においては凍結切片以上の質のマススペクトルを得ることが可能になる。
【0098】
〔図6〜8:質量分析イメージング〕
図6に、(a)本発明で解析を行ったパラフィン切片の実画像と、(b)マトリックス分注後のパラフィン切片の実画像を示す。
【0099】
図7に、実施例3の本発明の解析法(脱パラフィン条件:60℃−10分、水和処理:あり、マトリックス溶液分注ピッチ:150μm)によって当該パラフィン切片を質量分析イメージングして得られた画像(a)〜(f)を示す。図7において、(a)は指標のBradykinin、(b)はB-Actinのm/z=1132.60の成分、(c)はB-Actinのm/z=976.51の成分、(d)はTublin a 3のm/z=1457.91の成分、(e)はm/z=1053.65の成分(f)はm/z=1515.85の成分を、マススペクトルのピークの強度(Intensity)ごとに色分けして示す。
【0100】
図8に、図6のマトリックス分注後の実画像(b)と、図7の画像(a)〜(f)のそれぞれとを重ね合わせた画像(a’)〜(f’)を示す。
【0101】
[参考例1:脱パラフィン切片におけるマトリックス結晶の調製]
実施例3に記載の脱パラフィン法によって、マウス脳パラフィン切片を脱パラフィンして得られた切片に、以下のようにしてマトリックスの結晶を調製した。
50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液を溶媒として、50mg/mlの2,5−ジヒドロキシ安息香酸溶液を調製した。調製された高濃度マトリックス溶液を、マイクロピペットを用いて、脱パラフィン切片上へ滴下した。これにより生成した結晶の写真を図9(a)に示す。また、調製された高濃度マトリックス溶液を、ケミカルプリンタChIP-1000(島津製作所) を用い、脱パラフィン切片上へ滴下した。これにより生成した結晶の写真を図9(b)に示す。
【0102】
50%アセトニトリル−0.1%トリフルオロ酢酸水溶液を溶媒として、10mg/mlの2,5−ジヒドロキシ安息香酸溶液を調製した。調製された低濃度マトリックス溶液を、ケミカルプリンタChIP-1000を用い、脱パラフィン切片上へ滴下した。これにより生成した結晶の写真を図10(a)に示す。例えば丸で囲った部分に着目すると、結晶のでき方が不均一であることがわかる。
図10(b)は、上記50mg/mlの高濃度マトリックス溶液をChIP-1000を用い、脱パラフィン切片上へ滴下して得られた結晶で、上記図9(b)の一部を図10(a)と同じスケールに引き伸ばしたものである。
これらの写真が示すように、高濃度のマトリックス溶液をインクジェット機構によって滴下すると、均一な結晶が、まんべんなくできることがわかる。
【0103】
上記実施例においては、本発明の範囲における具体的な形態について示したが、本発明は、これらに限定されることなく他のいろいろな形態で実施することができる。このため、上記実施例はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、請求の範囲の均等範囲に属する変更は、すべて本発明の範囲内である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料がパラフィンに包埋された標本を、加熱条件下で、前記パラフィンと互いに相溶性がある有機溶剤に晒し、前記パラフィンを融解及び前記有機溶剤へ溶解させることによって、前記生体試料を露出させる工程と、
前記パラフィンが溶解した有機溶剤と、前記露出した生体試料とを分離することによって、前記標本から前記パラフィンを除去する工程と、
前記生体試料を質量分析装置によって測定する工程と、
を含む、パラフィン包埋標本の解析法。
【請求項2】
前記生体試料を露出させる工程において、前記生体試料がパラフィンに包埋された標本を、加熱された前記有機溶剤中に浸漬及び保持し、
前記パラフィンを除去する工程において、前記有機溶剤中に保持した前記標本を前記有機溶剤から引き上げる、請求項1に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
【請求項3】
前記加熱条件は、45〜70℃の温度条件である、請求項1又は2に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
【請求項4】
前記有機溶剤は、キシレン、クロロホルム、ジエチルエーテル、レモゾール、及びアルコール類からなる群から選ばれる、請求項1又は2に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
【請求項5】
前記標本は、電気伝導性支持体の表面上に保持されている、請求項1〜4のいずれか1項に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
【請求項6】
前記標本は、癌、アルツハイマー病、パーキンソン病、虚血性脳疾患、及び虚血性心疾患からなる群から選ばれる疾病を罹患した生体に由来するものである、請求項1〜5のいずれか1項に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
【請求項7】
前記標本は、薬物動態を解析するための標本である、請求項1〜6のいずれか1項に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
【請求項8】
前記パラフィンを除去する工程の後、前記質量分析装置によって測定する工程の前に、前記生体試料を消化処理する工程をさらに含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
【請求項9】
前記パラフィンを除去する工程の後、前記質量分析装置によって測定する工程の前に、前記生体試料を水和処理する工程をさらに含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
【請求項10】
前記パラフィンを除去する工程の後、前記質量分析装置によって測定する工程の前に、前記生体試料を水和処理及び消化処理する工程をさらに含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
【請求項11】
前記質量分析装置によって測定する工程において、前記質量分析装置として、マトリックス支援レーザー脱離イオン化型質量分析装置を用いる、請求項1〜10のいずれか1項に記載のパラフィン包埋標本の解析方法。
【請求項12】
マトリックスとして2,5−ジヒドロキシ安息香酸を用い、前記マトリックスの40mg/ml〜飽和濃度溶液を、インクジェット機構を用いて前記生体試料に滴下し、マトリックス支援レーザー脱離イオン化型質量分析装置を用いて測定を行う、請求項11に記載のパラフィン包埋標本の解析法。
【請求項13】
前記マトリックスの溶液を、100〜200μmの間隔で滴下する、請求項12に記載のパラフィン包埋標本の解析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−32402(P2012−32402A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−221229(P2011−221229)
【出願日】平成23年10月5日(2011.10.5)
【分割の表示】特願2008−536467(P2008−536467)の分割
【原出願日】平成19年9月21日(2007.9.21)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】