説明

パルスアーク溶接のアーク長制御方法

【課題】溶接電圧Vwの平均値が電圧設定値と略等しくなるように溶接電源の出力を制御してアーク長を適正値に維持するパルスアーク溶接のアーク長制御方法において、溶接電圧Vwに重畳する異常電圧を効率よく除去して精密なアーク長制御を行うこと。
【解決手段】本発明は、ピーク立上り期間Tupから溶接電圧Vwの積分を開始し、ピーク立下り期間Tdwの終了時点でのピーク期間積分値Spを算出し、このピーク期間積分値Spを変動積分範囲Sc±ΔSc内に制限してピーク期間積分制限値Spfを算出し、ベース期間Tb中は溶接電圧Vwを変動電圧範囲Vbc±ΔVbc内に制限して溶接電圧制限値Vftを算出し、ベース期間Tbから溶接電圧制限値Vftを積分し、この積分値とピーク期間積分制限値Spfとの加算値によって溶接電圧Vwの平均値を算出して溶接電源の出力を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接電圧に重畳するアーク長とは関係のない異常電圧をシンプルなアルゴリズムに基づいて除去することによってアーク長を精密に制御するためのパルスアーク溶接のアーク長制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図5は、消耗電極式パルスアーク溶接の電流・電圧波形図であり、同図(A)はアークを通電する溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は給電チップ・母材間に印加する溶接電圧Vwの時間変化を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0003】
同図(A)に示すように、時刻t1〜t2のピーク立上り期間Tup中は、ベース電流Ibからピーク電流Ipへと上昇する遷移電流が通電し、続いて時刻t2〜t3のピーク期間Tp中は、上記のピーク電流Ipが通電し、続いて時刻t3〜t4のピーク立下り期間Tdw中は、上記のピーク電流Ipから上記のベース電流Ibへと下降する遷移電流が通電し、続いて時刻t4〜t5のベース期間Tb中は、上記のベース電流Ibが通電する。一般的に、パルスアーク溶接用の溶接電源は定電流制御されるために、上記の各期間の電流設定値が変化して上記の各期間の溶接電流Iwが通電する。また、上記の溶接電流Iwの通電に対応して、同図(B)に示すように、上記のピーク立上り期間Tup中は、ベース電圧Vbからピーク電圧Vpへと上昇する遷移電圧が印加し、続いて上記のピーク期間Tp中は、上記のピーク電圧Vpが印加し、続いて上記のピーク立下り期間Tdw中は、上記のピーク電圧Vpから上記のベース電圧Vbへと下降する遷移電圧が印加し、続いて上記のベース期間Tb中は、上記のベース電圧Vbが印加する。上記の時刻t1〜t5の期間を1パルス周期Tfとして繰り返して溶接が行われる。ところで、溶接中のアーク長を適正値に維持するために、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwの平均値Vavが予め定めた電圧設定値(Vs)と略等しくなるように、上記のパルス周期Tfの長さがフィードバック制御される。したがって、パルス周期Tf以外の波形パラメータ(Tup、Tp、Tdw、Ip、Ib)は予め設定される。時刻t1〜t5のパルス周期Tf中の溶接電圧平均値Vavは、下式によって算出される。
Vav=(1/Tf)・∫Vw・dt
但し、積分は時刻t1〜t5の期間行う。パルス周期Tfの終了時点t5においてVav=Vsとなる。したがって、時刻t1の時点から電圧積分値Sv=∫Vw・dtを算出し、この積分値が目標積分値Sm=∫Vs・dtと等しくなった時点でパルス周期Tfを終了すればよい。これがアーク長制御のためのパルス周期変調制御の基本的な考え方である。
【0004】
ピーク立上り期間Tup及びピーク立下り期間Tdwを長く設定すると、アークはすそ野が広がった形状となり、アークの集中性が弱くなり、アーク力は弱くなり、ソフトなアーク特性になる。このために、姿勢溶接に適しており、アンダーカットの発生を抑制する効果もある。他方、ピーク立上り期間Tup及びピーク立下り期間Tdwを短く設定すると、アークはすそ野が狭い形状となり、アークの集中性が強くなり、アーク力は強くなり、ハードなアーク特性になる。このために、溶け込み深さを深くする効果がある。上記の効果以外にも、アーク特性によって溶接の作業性が変化するために、熟練した溶接作業者は、自分の好みに合ったアーク特性に調整して溶接を行うことが多い。このように、ピーク立上り期間Tup及びピーク立下り期間Tdwをワークに応じて適正化することは、溶接品質を向上させるために重要である。
【0005】
ところで、パルスアーク溶接においては、消耗電極である溶接ワイヤと母材とが短絡しその短絡が解除されてアークが再点弧したとき、母材表面の酸化皮膜の不均一に起因するアーク陰極点のふらつき現象が発生したとき等において、異常電圧が溶接電圧Vwに重畳することがある。この異常電圧はアーク長とは比例しない電圧であるので、アーク長を検出するためには溶接電圧Vwに重畳した異常電圧を除去する必要がある。この除去のための方法としては、パルス波形の基準電圧波形Vc及び変動電圧範囲ΔVcを予め設定し、溶接電圧VwがVc±ΔVcの範囲外になる部分は異常電圧であるとしてカットして制限する従来技術が提案されている。以下、この従来技術について説明する(特許文献1参照)。
【0006】
図6は、上記の基準電圧波形Vcの設定方法を示す図である。まず、溶接ワイヤの種類、送給速度等に応じて、基準ピーク電圧値Vpc、基準ベース電圧値Vbc及び変動電圧範囲ΔVcを、実験等によって予め設定する。そして、同図に示すように、ピーク立上り期間Tupの開始時点を0秒とする経過時間tによって、下式のように基準電圧波形Vcが定義される。
0≦t<Tup
Vc=((Vpc−Vbc)/Tup)・t+Vbc (11)式
Tup≦t<Tup+Tp
Vc=Vpc (12)式
Tup+Tp≦t<Tup+Tp+Tdw
Vc=((Vbc−Vpc)/Tdw)・(t−Tup−Tp)+Vpc (13)式
Tup+Tp+Tdw≦t<Tup+Tp+Tdw+Tb
Vc=Vbc (14)式
【0007】
例えば、同図に示すように、経過時間taにおける溶接電圧検出値がVd1であったとする。経過時間taはTup+Tp≦ta<Tup+Tp+Tdwのときであるので、上記(13)式に代入して、基準電圧波形の中心値Vc1は下式となる。
Vc1=((Vbc−Vpc)/Tdw)・(ta−Tup−Tp)+Vpc
したがって、経過時間taのときの溶接電圧検出値Vd1は、変動電圧範囲Vc1±ΔVc内に制限される。すなわち、Vd1≧Vc1+ΔVcのときにはVd1=Vc+ΔVcに制限され、Vd1≦Vc1−ΔVcのときにはVd1=Vc−ΔVcに制限される。このようにして算出された溶接電圧制限値Vftは、異常電圧が略除去されたアーク長に略比例する電圧値となる。
【0008】
図7は、短絡解除直後のアーク再点弧に伴う異常電圧発生時の電圧波形図である。同図(A)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(B)は基準電圧波形によって異常電圧を除去した後の溶接電圧制限値Vftの時間変化を示す。同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは基準電圧波形を中心値Vcとする変動電圧範囲Vc±ΔVc内に制限される。この結果、時刻t1〜t2の短絡期間中の溶接電圧制限値Vft=Vc−ΔVcとなり、時刻t2〜t3の異常電圧発生期間中の溶接電圧制限値Vft=Vc+ΔVcとなる。このように、異常電圧を略除去することができる。
【0009】
図8は、図6で上述した基準電圧波形Vcを自動設定する方法を説明するための溶接電圧制限値Vftの時間変化を示す図である。同図において、現時点は時刻tnであり、第n回目のパルス周期Tf(n)の開始時点である。また、第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)におけるピーク期間のみの溶接電圧制限値の平均値がピーク電圧制限値Vpf(n-1)であり、ベース期間のみの溶接電圧制限値の平均値がベース電圧制限値Vbf(n-1)である。同様に、第n−m回目のパルス周期Tf(n-m)におけるピーク期間のみの溶接電圧制限値の平均値がピーク電圧制限値Vpf(n-m)であり、ベース期間のみの溶接電圧制限値の平均値がベース電圧制限値Vbf(n-m)である。
【0010】
時刻tnにおいて、上記の第(n-1)〜第(n-m)回目のピーク電圧制限値Vpfを入力として、下式のようにピーク電圧移動平均値Vpr(n)を算出する。
Vpr(n)=(Vpf(n-1)+…+Vpf(n-m))/m
同様に、時刻tnにおいて、上記の第(n-1)〜第(n-m)回目のベース電圧制限値Vbfを入力として、下式のようにベース電圧移動平均値Vbr(n)を算出する。
Vbr(n)=(Vbf(n-1)+…+Vbf(n-m))/m
【0011】
そして、上述した(11)〜(14)式において、基準ピーク電圧値Vpcに上記のピーク電圧移動平均値Vprを代入し、かつ、基準ベース電圧値Vbcに上記のベース電圧移動平均値Vbrを代入すると、下式のように第n回目のパルス周期Tf(n)期間中の基準電圧波形が自動設定される。
0≦t<Tup
Vc(n)=((Vpr(n)−Vbr(n))/Tup)・t+Vbr(n) (21)式
Tup≦t<Tup+Tp
Vc(n)=Vpr(n) (22)式
Tup+Tp≦t<Tup+Tp+Tdw
Vc(n)=((Vbr(n)−Vpr(n))/Tdw)・(t−Tup−Tp)+Vpr(n) (23)式
Tup+Tp+Tdw≦t<Tup+Tp+Tdw+Tb
Vc(n)=Vbr(n) (24)式
【0012】
上述したように、パルス周期の開始時点ごとに、上記のピーク電圧移動平均値Vpr及びベース電圧移動平均値Vbrを算出し、上記(21)式〜(24)式によって基準電圧波形が自動設定される。上記において、ピーク電圧移動平均値Vprを算出するときに、ピーク電圧制限値Vpfを重み付け移動平均して算出しても良い。同様に、ベース電圧移動平均値Vbrを算出するときに、ベース電圧制限値Vbfを重み付け移動平均して算出しても良い。また、移動平均する期間の長さは、過去数周期〜数十周期程度に設定する。
【0013】
【特許文献1】特開2003−311409号公報
【特許文献2】特開昭62−192264号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述した従来技術においては、ピーク立上り期間Tup及びピーク立下り期間Tdwの基準電圧波形の中心値Vcを、上記(11)式及び(13)式並びに(21)式及び(23)式の直線式に基づいて経過時間tごとに算出する必要がある。ピーク期間Tp及びベース期間Tb中は、基準電圧波形の中心値Vcは、ピーク電圧基準値Vpc又はベース電圧基準値Vbcとなり、経過時間tに伴って刻々と算出する必要はない。このように、上記のピーク立上り期間Tup及びピーク立下り期間Tdwにおいて基準電圧波形の中心値Vcを刻々と算出することは、制御回路に対する処理負荷が重くなるために、高速演算が可能な高価なCPU等を使用する必要があった。
【0015】
また、図9は、特許文献2に記載するピーク電圧の立上り及び立下りが曲線状に変化するときの電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示す。同図は上述した図5と対応しており、ピーク立上り期間Tup及びピーク立下り期間Tdwの溶接電流Iw及び溶接電圧Vwの変化が直線ではなく曲線状である点が異なる。直線状ではなく曲線状に変化させることで、溶接品質をさらに向上させることができる。
【0016】
同図(B)に示す溶接電圧波形において、基準電圧波形の中心値Vcを算出する方法として、上述した(11)〜(14)式の方法又は(21)〜(24)式の方法を使用することはできない。理由は、これらの式はピーク電圧の立上り及び立下りが直線であることを前提にしているからである。したがって、同図(B)において基準電圧波形の中心値Vcを算出するためには、立上り及び立下りを2次又はそれ以上の高次の近似曲線を使用して算出する必要がある。このためには、ますます制御回路への処理負荷が重くなり、さらに演算速度の高速なさらに高価なCPU等を使用しなければならなくなる。
【0017】
そこで、本発明は、異常電圧を除去する効果はそのまま維持しつつ、除去のためのアルゴリズムを簡素化することができるパルスアーク溶接のアーク長制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、ピーク立上り期間中はベース電流からピーク電流へと曲線又は直線状に上昇する遷移電流を通電し続いてピーク期間中は前記ピーク電流を通電し続いてピーク立下り期間中は前記ピーク電流から前記ベース電流へと曲線又は直線状に下降する遷移電流を通電し続いてベース期間中は前記ベース電流を通電しこれらの通電を1パルス周期として繰り返して通電すると共に、溶接電圧の平均値が予め定めた電圧設定値と略等しくなるように溶接電源の出力を制御してアーク長を適正値に維持するパルスアーク溶接のアーク長制御方法において、
前記ピーク立上り期間の開始時点から前記溶接電圧の積分を開始し、前記ピーク期間を経過して前記ピーク立下り期間が終了した時点での前記積分値をピーク期間積分値として算出し、このピーク期間積分値を入力として予め定めた基準積分値を中心値とする予め定めた変動積分範囲内に制限してピーク期間積分制限値を算出し、
続いて前記ベース期間中は前記溶接電圧を入力として予め定めた基準ベース電圧値を中心値とする予め定めた変動電圧範囲内に制限して溶接電圧制限値を算出し、前記ベース期間の開始時点から前記溶接電圧制限値を積分し、この積分値と前記ピーク期間積分制限値との加算値に基づいて前記溶接電圧の平均値を算出して溶接電源の出力を制御する、ことを特徴とするパルスアーク溶接のアーク長制御方法である。
【0019】
また、第2の発明は、第1の発明記載の基準積分値を、前記ピーク期間積分制限値を過去所定期間にわたって移動平均して算出する、ことを特徴とするパルスアーク溶接のアーク長制御方法である。
【0020】
また、第3の発明は、第1の発明記載の基準ベース電圧値を、前記ベース期間中の前記溶接電圧制限値を過去所定期間にわたって移動平均して算出する、ことを特徴とするパルスアーク溶接のアーク長制御方法である。
【発明の効果】
【0021】
上記第1の発明によれば、ピーク電圧の立上り及び立下りが曲線又は直線状に変化する場合でも、上述したシンプルなアルゴリズムによって異常電圧を除去することができる。このために、制御回路のCPU等への処理負荷が軽減されるので、高速演算が可能な高価なCPU等を使用する必要がなく、溶接電源のコストを低減することができる。
【0022】
さらに、上記第2の発明によれば、上述した効果に加えて、異常電圧除去アルゴリズムに使用する基準積分値Scを自動設定することができるので、種々の溶接条件に応じて基準積分値Scを常に適正化することができる。このために、異常電圧の除去を確実に行うことができ、アーク長を精密に制御することができる。
【0023】
さらに、上記第3の発明によれば、上述した効果に加えて、異常電圧除去アルゴリズムに使用する基準ベース電圧値Vbcを自動設定することができるので、種々の溶接条件に応じて基準ベース電圧値Vbcを常に適正化することができる。このために、異常電圧の除去を確実に行うことができ、アーク長を精密に制御することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0025】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接のアーク長制御方法を示す波形図である。同図(A)は溶接電圧Vwの、同図(B)は溶接電圧制限値Vftの、同図(C)は電圧積分値Svの時間変化を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0026】
同図(A)は、ピーク立下り期間Tdw及びベース期間Tb中に異常電圧が重畳した例である。上述したように、精密なアーク長制御を行うためには、この異常電圧を除去しなければならない。本発明では、同図(B)に示す溶接電圧制限値Vftは、ベース期間Tb以外の期間は何らの制限も加えずにそのままの電圧値とする。すなわち、同図(A)に示すピーク立下り期間Tdwの異常電圧もそのまま同図(B)に示す溶接電圧制限値Vftに重畳したままである。他方、ベース期間Tb中は、溶接電圧Vwを基準ベース電圧値Vbcからの変動電圧範囲Vbc±ΔVbc内に制限して。溶接電圧制限値Vftを出力する。したがって、同図(B)に示すように、ベース期間Tb中の異常電圧は略除去される。上記の基準ベース電圧値Vbc及び変動電圧範囲ΔVbcは、溶接条件に応じて予め適正値に設定する。
【0027】
次に、同図(C)に示すように、アーク長制御のために上記の溶接電圧制限値Vftを各パルス周期Tfの開始時点から積分して電圧積分値Sv=∫Vft・dtを算出する。この電圧積分値Svはピーク立上り期間Tup、ピーク期間Tp及びピーク立下り期間Tdwが経過するに伴って増加し、ピーク立下り期間Tdwの終了時点でのその値がピーク期間積分値Spとなる。この値にはピーク立下り期間Tdw中の異常電圧分も含まれている。ここで、ピーク期間積分値Spを予め定めた基準積分値Scを中心値とする変動積分範囲Sc±ΔSc内に制限する。同図(C)に示すように、内部に斜線を引いた四角形の真中の横線が基準積分値Scを示し、上辺の横線が変動積分範囲の上限Sp+ΔScを示し、下辺の横線が変動積分範囲の下限Sc−ΔScを示す。したがって、ピーク期間積分値Spがこの四角形の範囲内になるように制限される。これによって、同図(C)においては、ピーク期間積分値Spは変動積分範囲の上限に制限されてピーク期間積分制限値Spf=Sc+ΔScが出力される。これによって、ピーク期間積分値Spに含まれるピーク立下り期間Tdw中の異常電圧分は除去される。
【0028】
続いてベース期間Tbに入ると、上記のピーク期間積分制限値Spfに溶接電圧制限値Vftの積分値を加算する。すなわち、電圧積分値Sv=Spf+∫Vft・dtを算出する。また、電圧設定値Vsをパルス周期の開始時点から積分した目標積分値Sm=∫Vs・dtを同時に算出する。そして、電圧積分値Svが目標積分値Smと等しくなった時点(t5)で現パルス周期Tfを終了する。
【0029】
上述したように、ピーク立上り期間Tup、ピーク期間Tp及びピーク立下り期間Tdw中の異常電圧は、ピーク期間積分値Spに一旦含めておき、その値を基準積分値からの変動積分値範囲Sc±ΔSc内に制限することによってまとめて除去している。このために、ピーク電圧の立上り及び立下りが直線又は曲線状に変化しても同一のアルゴリズムによって取り扱うことができる。かつ、ピーク期間積分値Spのみを制限してピーク期間積分制限値Spfを算出するので制御回路の処理負荷は大幅に軽減される。
【0030】
図2は、実施の形態1に係るパルスアーク溶接のアーク長制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0031】
電源主回路PMは、商用交流電源(3相200V等)を入力として、後述する電流誤差増幅信号Eiに従って、インバータ制御、チョッパ制御等の出力制御を行い、溶接に適した溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力する。溶接ワイヤ1は、ワイヤ送給装置の送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を通って送給されて、母材2との間でアーク3が発生する。
【0032】
電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧Vwを検出して、溶接電圧検出信号Vdを出力する。基準ベース電圧設定回路VBCは、予め定めた基準ベース電圧設定信号Vbcを出力する。変動電圧範囲設定回路ΔVBCは、予め定めた変動電圧範囲設定信号ΔVbcを出力する。溶接電圧制限値回路FTは、上記の溶接電圧検出信号Vdをベース期間中は上記の基準ベース電圧設定信号Vbc及び変動電圧範囲設定信号ΔVbcによって定まる変動電圧範囲内に制限して、溶接電圧制限値信号Vftを出力する。
【0033】
基準積分設定回路SCは、予め定めた基準積分設定信号Scを出力する。変動積分範囲設定回路ΔSCは、予め定めた変動積分範囲設定信号ΔScを出力する。電圧積分回路SVは、後述する経過時間信号Stを入力として、ピーク立上り期間Tupの開始時点から上記の溶接電圧制限値信号Vftの積分を開始し、ピーク立下り期間Tdw終了時点のピーク期間積分値を上記の基準積分設定信号Sc及び変動積分範囲設定信号ΔScによって定まる範囲内に制限してピーク期間積分制限値を算出する。そして、この電圧積分回路SVは、ベース期間Tbの開始時点からピーク期間積分制限値に加算して溶接電圧制限値信号Vftの積分を継続し、電圧積分信号Svを出力する。電圧設定回路VSは、予め定めた電圧設定信号Vsを出力する。比較回路CMは、上記の電圧積分値信号Svと上記の電圧設定信号Vsを積分した目標積分値とを比較して同じ値になった瞬間だけHighレベルとなるパルス周期信号Tfを出力する。すなわち、パルス周期信号Tfは、パルス周期ごとに短時間Highレベルになる信号である。
【0034】
経過時間計数回路STは、上記のパルス周期信号TfがHighレベルに変化した時点からの経過時間を計数して、経過時間信号Stを出力する。ピーク電流設定回路IPSは、予め定めたピーク電流設定信号Ipsを出力する。ベース電流設定回路IBSは、予め定めたベース電流設定信号Ibsを出力する。電流制御設定回路ISCは、上記の経過時間信号Stを入力として、ピーク立上り期間Tup中は上記のベース電流設定信号Ibsから上記のピーク電流設定信号Ipsへと上昇する電流制御設定信号Iscを出力し、その後のピーク期間Tp中は上記のピーク電流設定信号Ipsを電流制御設定信号Iscとして出力し、その後のピーク立下り期間Tdw中は上記のピーク電流設定信号Ipsから上記のベース電流設定信号Ibsへと下降する電流制御設定信号Iscを出力し、その後のベース期間Tb中は上記のベース電流設定信号Ibsを電流制御設定信号Iscとして出力する。電流検出回路IDは、上記の溶接電流Iwを検出して、電流検出信号Idを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記の電流制御設定信号Iscと電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。上記ブロックにより、上記の電流制御設定信号Iscに相当する溶接電流Iwが通電する。
【0035】
[実施の形態2]
図3は、図1で上述した基準積分値Sc及び基準ベース電圧値Vbcを自動設定する方法を説明するための溶接電圧制限値Vftの時間変化を示す図である。同図において、現時点は時刻tnであり、第n回目のパルス周期Tf(n)の開始時点である。また、第n−1回目のパルス周期Tf(n-1)におけるピーク期間積分制限値がSpf(n-1)であり、ベース期間のみの溶接電圧制限値の平均値がベース電圧制限値Vbf(n-1)である。同様に、第n−m回目のピーク期間積分制限値がSpf(n-m)であり、ベース期間のみの溶接電圧制限値の平均値がベース電圧制限値Vbf(n-m)である。
【0036】
時刻tnにおいて、上記の第(n-1)〜第(n-m)回目のピーク期間積分制限値Spfを入力として、下式のようにピーク期間積分移動平均値Spr(n)を算出する。
Spr(n)=(Spf(n-1)+…+Spf(n-m))/m
同様に、時刻tnにおいて、上記の第(n-1)〜第(n-m)回目のベース電圧制限値Vbfを入力として、下式のようにベース電圧移動平均値Vbr(n)を算出する。
Vbr(n)=(Vbf(n-1)+…+Vbf(n-m))/m
そして、上記のピーク期間積分移動平均値Spr(n)を第n回目のパルス周期Tf(n)における基準積分値Sc(n)とし、上記のベース電圧移動平均値Vbr(n)を第n回目のパルス周期Tf(n)の基準ベース電圧値Vbc(n)として設定すれば良い。
【0037】
図4は、実施の形態2に係るパルスアーク溶接のアーク長制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において上述した図2と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図2とは異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0038】
ベース電圧移動平均値算出回路VBRは、溶接電圧制限値信号Vftを入力として、過去所定周期にわたるベース電圧制限値の移動平均を行い、ベース電圧移動平均値信号Vbrを出力する。第2基準ベース電圧設定回路VBC2は、上記のベース電圧移動平均値信号Vbrを基準ベース電圧設定信号Vbcとして出力する。
【0039】
第2電圧積分回路SV2は、経過時間信号Stを入力として、ピーク立上り期間Tupの開始時点から溶接電圧制限値信号Vftの積分を開始し、ピーク立下り期間Tdw終了時点のピーク期間積分値を基準積分設定信号Sc及び変動積分範囲設定信号ΔScによって定まる範囲内に制限してピーク期間積分制限値信号Spfを出力する。そして、この第2電圧積分回路SV2は、ベース期間Tbの開始時点からピーク期間積分制限値信号Spfに加算して溶接電圧制限値信号Vftの積分を継続し、電圧積分信号Svを出力する。ピーク期間積分移動平均値算出回路SPRは、過去所定周期にわたって上記のピーク期間積分制限値信号Spfを移動平均して、ピーク期間積分移動平均値信号Sprを出力する。第2基準積分設定回路SC2は、上記のピーク期間積分移動平均値信号Sprを基準積分設定信号Scとして出力する。
【0040】
上記において、移動平均は重み付け移動平均であっても良い。また、移動平均する期間の長さは、過去数周期〜数十周期程度である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接のアーク長制御方法を示す波形図である。
【図2】本発明の実施の形態1に係る溶接電源のブロック図である。
【図3】本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接のアーク長制御方法を示す波形図である。
【図4】本発明の実施の形態2に係る溶接電源のブロック図である。
【図5】従来技術におけるパルスアーク溶接の電流・電圧波形図である。
【図6】従来技術における基準電圧波形Vcの設定方法を示す波形図である。
【図7】従来技術における異常電圧の除去方法を示す波形図である。
【図8】従来技術における基準電圧波形Vcを自動設定する方法を示す波形図である。
【図9】従来技術の課題を示すピーク電圧の立上り及び立下りが曲線状に変化するときの電流・電圧波形図である。
【符号の説明】
【0042】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
FT 溶接電圧制限値回路
Ib ベース電流
IBS ベース電流設定回路
Ibs ベース電流設定信号
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
Ip ピーク電流
IPS ピーク電流設定回路
Ips ピーク電流設定信号
ISC 電流制御設定回路
Isc 電流制御設定信号
Iw 溶接電流
PM 電源主回路
SC 基準積分設定回路
Sc 基準積分(値/設定信号)
SC2 第2基準積分設定回路
Sm 目標積分値
Sp ピーク期間積分値
Spf ピーク期間積分制限値(信号)
SPR ピーク期間積分移動平均値算出回路
Spr ピーク期間積分移動平均値(信号)
ST 経過時間計数回路
St 経過時間信号
SV 電圧積分回路
Sv 電圧積分値(信号)
SV2 第2電圧積分回路
ta 経過時間
Tb ベース期間
Tdw ピーク立下り期間
Tf パルス周期(信号)
Tp ピーク期間
Tup ピーク立上り期間
Vav 溶接電圧平均値
Vb ベース電圧
VBC 基準ベース電圧設定回路
Vbc 基準ベース電圧(値/設定信号)
VBC2 第2基準ベース電圧設定回路
Vbf ベース電圧制限値
VBR ベース電圧移動平均値算出回路
Vbr ベース電圧移動平均値(信号)
Vc 基準電圧波形
VD 電圧検出回路
Vd 溶接電圧検出信号
Vft 溶接電圧制限値(信号)
Vp ピーク電圧
Vpc 基準ピーク電圧値
Vpf ピーク電圧制限値
Vpr ピーク電圧移動平均値
VS 電圧設定回路
Vs 電圧設定(値/信号)
Vw 溶接電圧
ΔSC 変動積分範囲設定回路
ΔSc 変動積分範囲(設定信号)
ΔVBC 変動電圧範囲設定回路
ΔVbc 変動電圧範囲(設定信号)
ΔVc 変動電圧範囲


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピーク立上り期間中はベース電流からピーク電流へと曲線又は直線状に上昇する遷移電流を通電し続いてピーク期間中は前記ピーク電流を通電し続いてピーク立下り期間中は前記ピーク電流から前記ベース電流へと曲線又は直線状に下降する遷移電流を通電し続いてベース期間中は前記ベース電流を通電しこれらの通電を1パルス周期として繰り返して通電すると共に、溶接電圧の平均値が予め定めた電圧設定値と略等しくなるように溶接電源の出力を制御してアーク長を適正値に維持するパルスアーク溶接のアーク長制御方法において、
前記ピーク立上り期間の開始時点から前記溶接電圧の積分を開始し、前記ピーク期間を経過して前記ピーク立下り期間が終了した時点での前記積分値をピーク期間積分値として算出し、このピーク期間積分値を入力として予め定めた基準積分値を中心値とする予め定めた変動積分範囲内に制限してピーク期間積分制限値を算出し、
続いて前記ベース期間中は前記溶接電圧を入力として予め定めた基準ベース電圧値を中心値とする予め定めた変動電圧範囲内に制限して溶接電圧制限値を算出し、前記ベース期間の開始時点から前記溶接電圧制限値を積分し、この積分値と前記ピーク期間積分制限値との加算値に基づいて前記溶接電圧の平均値を算出して溶接電源の出力を制御する、ことを特徴とするパルスアーク溶接のアーク長制御方法。
【請求項2】
請求項1記載の基準積分値を、前記ピーク期間積分制限値を過去所定期間にわたって移動平均して算出する、ことを特徴とするパルスアーク溶接のアーク長制御方法。
【請求項3】
請求項1記載の基準ベース電圧値を、前記ベース期間中の前記溶接電圧制限値を過去所定期間にわたって移動平均して算出する、ことを特徴とするパルスアーク溶接のアーク長制御方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−167767(P2006−167767A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−365212(P2004−365212)
【出願日】平成16年12月17日(2004.12.17)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】