説明

パルスアーク溶接制御方法

【課題】アーク長を周期的に変化させるパルスアーク溶接方法において、ブローホール低減効果をより大きくすること。
【解決手段】ピーク期間中のピーク電流の通電とベース期間中のベース電流の通電とをパルス周期として繰り返して通電し、溶接電圧値Vwが電圧設定値Vsと略等しくなるようにアーク長制御を行うパルスアーク溶接制御方法において、切換信号Stcに同期して電圧設定値Vsを周期的に変化させることによってアーク長Laを周期的に変化させ、かつ、切換信号Stcに同期してパルスパラメータPsを変化させ、かつ、切換信号Stcが変化してからアーク長Laの過渡変化が略収束した時点で送給速度Fsを変化させる。これにより、アーク力が大きく変化して溶融池の揺動作用が激しくなるので、ブローホール低減効果が大きくなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク長を周期的に変化させて溶融池を揺動させることによってブローホールの発生を抑制する溶接方法において溶接性能を向上させるためのパルスアーク溶接制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
パルスアーク溶接において、パルスパラメータ、溶接電圧等を周期的に変化させてアーク長を周期的に変化させることによって、溶融範囲を変化させて図8に示すようなウロコ状の美麗なビード外観を得る溶接方法(以下、アーク長変化パルスアーク溶接方法という)が慣用されている。また、このアーク長変化パルスアーク溶接では、アーク長の変化によって溶融池を揺動させることができ、ブローホールの発生を抑制することができることが知られている。主に、このアーク長変化パルスアーク溶接方法は、アルミニウム又はアルミニウム合金の溶接に使用されることが多い。これは、アルミニウム材は熱伝導が良いためにメリハリのあるウロコ状ビードが形成されるが、鉄鋼材は熱伝導が劣るためにメリハリのあるウロコ状ビードが形成されにくいからである。以下、従来技術のアーク長変化パルスアーク溶接方法について説明する(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
図9は、従来技術におけるアーク長変化パルスアーク溶接方法を示す波形図である。同図(A)は切換信号sTCを示し、同図(B)は溶接電流Iwを示し、同図(C)は溶接電圧Vwを示し、同図(D)はアーク長Laを示す。以下、同図を参照して説明する。
【0004】
同図(A)に示すように、切換信号Stcは、予め定めた高パルス期間HT中はHighレベルになり、予め定めた低パルス期間LT中はLowレベルになる。この高パルス期間HTと低パルス期間LTとを合わせた期間が、切換周期Tcとなる。
【0005】
高パルス期間HT中は、同図(B)に示すように、高ピーク期間HTp中の高ピーク電流HIp及び高ベース期間HTb中の高ベース電流HIbから成る高パルス電流群が通電する。この高ピーク期間HTpと高ベース期間HTbとを合わせて高パルス周期HTfになる。そして、この高パルス電流群の通電に対応して、同図(C)に示すように、高ピーク期間HTp中は高ピーク電圧HVpが溶接ワイヤ・母材間に印加し、高ベース期間HTb中は高ベース電圧HVbが印加する。
【0006】
低パルス期間LT中は、同図(B)に示すように、低ピーク期間LTp中の低ピーク電流LIp及び低ベース期間LTb中の低ベース電流LIbから成る低パルス電流群が通電する。この低ピーク期間LTpと低ベース期間LTbとを合わせて低パルス周期LTfになる。そして、この低パルス電流群の通電に対応して、同図(C)に示すように、低ピーク期間LTp中は低ピーク電圧LVpが溶接ワイヤ・母材間に印加し、低ベース期間LTb中は低ベース電圧LVbが印加する。
【0007】
パルスアーク溶接を含む消耗電極アーク溶接では、良好な溶接品質を得るためにアーク長を適正値に維持するアーク長制御が行われる。通常、このアーク長制御は、溶接電圧Vwがアーク長と略比例関係にあることを利用して、溶接電圧Vwが予め定めた電圧設定値に等しくなるように溶接電源の出力を制御する。同図に示すパルスアーク溶接においても同様に溶接電圧Vwをフィードバック制御して溶接電源の出力を制御する。この場合、フィードバック制御の方法によって、下記の3種類に区別することができる。
(1)溶接電圧Vwの平均値が電圧設定値と等しくなるようにパルス周期を変化させる。この場合、ピーク期間、ピーク電流値及びベース電流値がパルスパラメータとなり、予め適正値に設定される。
(2)溶接電圧Vwの平均値が電圧設定値と等しくなるようにピーク期間が変化する。この場合、ピーク電流値、パルス周期及びベース電流値がパルスパラメータとなり、予め適正値に設定される。
(3)溶接電圧Vwのピーク電圧値が電圧設定値と等しくなるようにピーク電流が変化する。この場合、ピーク期間、パルス周期及びベース電流値がパルスパラメータとなり、予め適正値に設定される。
【0008】
上述したように、パルスアーク溶接のアーク長制御では、溶接電圧Vwをフィードバック制御してパルスパラメータの1つを操作量として変化させて溶接電源の出力を制御し、他のパルスパラメータは所定値に設定する。同図においては、上記(1)に示すように、溶接電圧Vwの平均値が電圧設定値と等しくなるようにパルス周期が変化する。したがって、この場合、ピーク期間、ピーク電流及びベース電流が所定値のパルスパラメータとなる。同図に示すアーク長変化パルスアーク溶接では、高パルス期間HTと低パルス期間LTとで、図示していないが電圧設定値を変化(高電圧設定値と低電圧設定値)させている。さらに、高パルス期間HT中は高ピーク期間HTp、高ピーク電流HIp及び高ベース電流HIbに設定し、低パルス期間LT中は低ピーク期間LTp、低ピーク電流LIp及び低ベース電流LIbに設定して、パルスパラメータを変化させている。この結果、同図(D)に示すように、アーク長Laは、高アーク長HLaと低アーク長LLaとで周期的に変化する。
【0009】
【特許文献1】特許第2993174号公報
【特許文献2】特開2003−260565号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来技術のアーク長変化パルスアーク溶接では、送給速度を一定値にした上で電圧設定値及びパルスパラメータを周期的に変化させてアーク長を周期的に変化させている。この従来技術をブローホール低減効果から見ると、より激しく溶融池を揺動することができればその低減効果はさらに向上する。しかし、従来技術において、電圧設定値及びパルスパラメータをこれ以上大きく変化させるとアーク安定性が悪くなるために、溶融池の揺動作用には限界があった。
【0011】
そこで、本発明は、溶融池の揺動作用をより激しくすることによってブローホール低減効果をより大きくすることができるパルスアーク溶接制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、
溶接ワイヤを送給すると共に、ピーク期間中のピーク電流の通電とベース期間中のベース電流の通電とをパルス周期として繰り返して通電し、溶接電圧値が電圧設定値と略等しくなるようにアーク長制御を行うパルスアーク溶接制御方法において、
切換信号に同期して前記電圧設定値を周期的に変化させることによってアーク長を周期的に変化させ、
かつ、前記切換信号に同期して前記ピーク期間、前記ピーク電流又は前記パルス周期の少なくとも1つ以上のパルスパラメータを変化させ、
かつ、前記切換信号に同期して溶接ワイヤの送給速度を変化させる、
ことを特徴とするパルスアーク溶接制御方法である。
【0013】
第2の発明は、前記送給速度は、前記切換信号が変化した時点から前記アーク長の過渡変化が略収束する期間だけ遅延させた後に変化させる、ことを特徴とする第1の発明記載のパルスアーク溶接制御方法である。
【0014】
第3の発明は、前記電圧設定値及び前記パルスパラメータは、前記切換信号が変化した時点から前記送給速度の過渡変化が略収束する期間だけ遅延させた後に変化させる、ことを特徴とする第1の発明記載のパルスアーク溶接制御方法である。
【0015】
第4の発明は、前記切換信号に応じて変化する前記送給速度が遅い期間中のアーク長が、前記送給速度が速い期間のアーク長よりも長くなるように前記電圧設定値を設定して変化させる、ことを特徴とする第1〜第3の発明のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接制御方法である。
【0016】
第5の発明は、前記送給速度の変化時に傾斜を持たせる、ことを特徴とする第1〜第4の発明のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接制御方法である。
【発明の効果】
【0017】
上記第1の発明によれば、切換信号に同期して、電圧設定値、パルスパラメータ及び送給速度を変化させることによって、溶融池へのアーク力を大きく変化させることができるので、溶融池を激しく揺動させることができる。このために、ブローホール低減効果を従来技術よりも大きくすることができ、高品質な溶接が可能となる。
【0018】
上記第2の発明によれば、切換信号が変化した時点で電圧設定値及びパルスパラメータを先行して変化させ、アーク長の過渡変化が略収束した時点で遅れて送給速度を変化させる。このために、第1の発明の効果に加えて、切換時のアーク安定性を向上させることができる。
【0019】
上記第3の発明によれば、切換信号が変化した時点で送給速度を先行して変化させ、送給速度の過渡変化が略収束した時点で遅れて電圧設定値及びパルスパラメータを変化させる。このために、第1の発明の効果に加えて、切換時のアーク安定性を向上させることができる。
【0020】
上記第4の発明によれば、送給速度が速いときのアーク長が短くなり、送給速度が遅いときのアーク長が長くなるように電圧設定値を変化させることによって、アーク力をより大きく変化させることができる。このために、溶融池の揺動作用をより激しくすることができ、ブローホール低減効果をより大きくすることができる。
【0021】
上記第5の発明によれば、第1〜第4の発明の効果に加えて、送給速度の変化時に傾斜を持たせることによって、送給速度のアンダーシュート及びオーバーシュートを抑制することができる。このために、アンダーシュート及びオーバーシュートに伴うアーク不安定を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0023】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は切換信号Stcを示し、同図(B)はパルスパラメータ設定信号Psを示し、同図(C)は電圧設定信号Vsを示し、同図(D)は送給速度設定信号Fsを示し、同図(E)は溶接電流Iwを示し、同図(F)は溶接電圧Vwを示し、同図(G)はアーク長Laを示す。以下、同図を参照して説明する。
【0024】
切換信号Stcは、同図(A)に示すように、予め定めた時刻t1〜t2の低パルス期間LT中はLowレベルになり、予め定めた時刻t2〜t3の高パルス期間HT中はHighレベルになる。
【0025】
パルスパラメータ設定信号Psは、同図(B)に示すように、低パルス期間LT中は低パルスパラメータ設定値LPsになり、高パルス期間HT中は高パルスパラメータ設定値HPsになる。同図(C)に示すように、低パルスパラメータ設定値LPsは、図示していないが低ピーク期間LTp、低ピーク電流LIp及び低ベース電流LIbから形成される。同様に、高パルスパラメータ設定値HPsは、高ピーク期間HTp、高ピーク電流HIp及び高ベース電流HIbから形成される。上述したように、パルスパラメータが、ピーク電流、パルス周期及びベース電流の組合せ又はピーク期間、パルス周期及びベース電流の組合せになる場合もある。その場合、低パルス周期は周期が長くなり、高パルス周期は周期が短くなる。
【0026】
電圧設定信号Vsは、同図(C)に示すように、低パルス期間LT中は低電圧設定値LVsになり、高パルス期間HT中は高電圧設定値HVsになる。ここで、LVs<Hvsである。これらの値についてはさらに後述する。
【0027】
送給速度設定信号Fsは、同図(D)に示すように、低パルス期間LT中は低送給速度設定値LFsになり、高パルス期間HT中は高送給速度設定値HFsになる。送給速度が速いときは溶接電流Iwの平均値が大きくなる。したがって、低パルス期間LTと高パルス期間HTとで溶接電流平均値が変化する。
【0028】
溶接電流Iwは、同図(E)に示すように、低パルス期間LTと高パルス期間HTとでパルスパラメータが変化するのでそれに対応して波形が変化する。また、溶接電圧Vwは、同図(F)に示すように、溶接電流Iwの変化に対応してその波形が変化する。さらに、電圧設定信号Vsが変化するので、パルス周期も変化する。
【0029】
上述したように、低パルス期間LT中は、低パルスパラメータ設定値LPsになるので、ピーク電流による溶融池へのアーク力は弱くなる。さらに、低送給速度設定値LFsになるので、溶接電流平均値が小さくなり溶融池へのアーク力は弱くなる。ここで、低送給速度設定値LFsに対する低電圧設定値LVsをアーク長Laが長くなるように設定すれば、この低パルス期間LT中の溶融池へのアーク力は距離が長くなるのでさらに弱くなる。
【0030】
他方、高パルス期間HT中は、高パルスパラメータ設定値HPsになるので、ピーク電流による溶融池へのアーク力は強くなる。さらに、高送給速度設定値HFsになるので、溶接電流平均値が大きくなり溶融池へのアーク力は強くなる。ここで、高送給速度設定値HFsに対する高電圧設定値HVsをアーク長Laが短くなるように設定すれば、この高パルス期間HT中の溶融池へのアーク力は距離が短くなるのでさらに強くなる。
【0031】
この結果、アーク長Laは、同図(G)に示すように、低パルス期間LT中は高アーク長HLaになり、高パルス期間HT中は低アーク長LLaになる。アーク力を激しく変化させることによって、溶融池への揺動作用を大きくしてブローホール低減効果を大きくすることができる。但し、この場合には高アーク長HLaのときのアークの広がりがそれほど大きくないので、メリハリのあるウロコ状ビードは形成されにくい。したがって、このブローホールの低減効果を特に大きくしたい場合には、上記の方法は有効である。従来技術に比べて、ブローホール低減効果を大きくした上で、かつ、ウロコ状ビードも形成したい場合には、同図において、低パルス期間LTのアーク長よりも高パルス期間HT中のアーク長の方が長くなるように、電圧設定信号Vsを設定すれば良い。したがって、本実施の形態では、低パルス期間LT中のアーク長が高パルス期間HT中のアーク長よりも長くなるように設定されても又は短くなるように設定されても、そのブローホール低減効果は従来技術よりも大きくなる。
【0032】
図2は、本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0033】
電源主回路PMは、3相200V等の賞用電源を入力として、後述する電流誤差増幅信号Eiに従ってインバータ制御等の出力制御を行い、溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力する。溶接ワイヤ1は、送給モータWMに結合された送給ロール5によって溶接トーチ4内を通って送給され、母材2との間にアーク3が発生する。
【0034】
電圧検出回路VDは、溶接電圧Vwを検出して、電圧検出信号Vdを出力する。電圧平均値算出回路VAVは、この電圧検出信号Vdの平均値を算出して、電圧平均値信号Vavを出力する。
【0035】
切換信号生成回路STCは、予め定めた低パルス期間設定値LTsによって定まる期間中はLowレベルになり、予め定めた高パルス期間設定値HTsによって定まる期間中はHighレベルになる切換信号Stcを出力する。送給速度制御回路FCは、上記の切換信号StcがLowレベル(低パルス期間)のときは予め定めた低送給速度設定値LFsで溶接ワイヤ1を送給するための送給速度設定信号Fsを出力し、Highレベル(高パルス期間)のときは予め定めた高送給速度設定値HFsで溶接ワイヤ1を送給するための送給速度設定信号Fsを出力する。
【0036】
電圧設定回路VSは、上記の切換信号StcがLowレベル(低パルス期間)のときは予め定めた低電圧設定値LVsを電圧設定信号Vsとして出力し、Highレベル(高パルス期間)のときは予め定めた高電圧設定値HVsを電圧設定信号Vsとして出力する。電圧誤差増幅回路EVは、上記の電圧設定信号Vsと電圧平均値信号Vavとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。電圧/周波数変換回路VFは、この電圧誤差増幅信号Evの値に応じた周波数を有するパルス周期信号Tfを出力する。このパルス周期信号Tfは、パルス周期ごとに短時間だけHighレベルになるトリガ信号である。
【0037】
ピーク期間設定回路TPSは、上記の切換信号StcがLowレベル(低パルス期間)のときは予め定めた低ピーク期間設定値LTpsをピーク期間設定信号Tpsとして出力し、Highレベル(高パルス期間)のときは予め定めた高ピーク期間設定値HTpsをピーク期間設定信号Tpsとして出力する。ピーク期間タイマ回路TPは、上記のパルス周期信号TfがHighレベルになると上記のピーク期間設定信号Tpsの値によって定まる期間だけHighレベルになるピーク期間信号Tpを出力する。このピーク期間信号TpがHighレベルのときがピーク期間となり、Lowレベルのときがベース期間となる。
【0038】
ベース電流設定回路IBSは、予め定めたベース電流設定信号Ibsを出力する。上述した図1ではこのベース電流も変化させていたが、同図においては変化させずに一定値の場合を例示する。ピーク電流設定回路IPSは、上記切換信号StcがLowレベル(低パルス期間)のときは予め定めた低ピーク電流設定値LIpsをピーク電流設定信号Ipsとして出力し、Highレベル(高パルス期間)のときは予め定めた高ピーク電流設定値HIpsをピーク電流設定信号Ipsとして出力する。電流設定制御回路ISCは、上記のピーク期間信号TpがLowレベルのときは上記のベース電流設定信号Ibsを電流設定制御信号Iscとして出力し、Highレベルのときは上記のピーク電流設定信号Ipsを電流設定制御信号Iscとして出力する。
【0039】
電流検出回路IDは、溶接電流Iwを検出して、電流検出信号Idを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記の電流設定制御信号Iscと電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。この電流誤差増幅信号Eiに従って溶接電源の出力制御が行われることによって図1で上述した低パルス電流群及び高パルス電流群が通電する。
【0040】
上述した実施の形態1によれば、切換信号に同期して、電圧設定値、パルスパラメータ及び送給速度を変化させることによって、溶融池へのアーク力を大きく変化させることができるので、溶融池を激しく揺動させることができる。このために、ブローホール低減効果を従来技術よりも大きくすることができ、高品質な溶接が可能となる。さらに、送給速度が速いときのアーク長が短くなり、送給速度が遅いときのアーク長が長くなるように電圧設定値を変化させることによって、アーク力をより大きく変化させることができる。このために、溶融池の揺動作用をより激しくすることができ、ブローホール低減効果をより大きくすることができる。
【0041】
[実施の形態2]
図3は、本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接制御方法を示すタイミングチャートである。同図は上述した図1と対応しており、同図(A)〜(G)に示す信号は同一である。以下、図1とは異なる部分について同図を参照して説明する。
【0042】
時刻t1において、同図(A)に示すように、切換信号StcがLowレベル(低パルス期間)になると、実施の形態1と同様に、同図(B)に示すように、パルスパラメータ設定信号Psは低パルスパラメータ設定値LPsになり、同図(C)に示すように、電圧設定信号Vsは低電圧設定値LVsになる。この結果、同図(G)に示すように、アーク長Laは、低アーク長LLaから高アーク長HLaに変化し、時刻t11において過渡状態から定常状態に収束する。このアーク長Laの過渡状態が略収束した時点t11において、同図(D)に示すように、送給速度設定信号Fsは低送給速度設定値LFsに変化する。これによって、パルスパラメータ設定信号Ps、電圧設定信号Vs及び送給速度設定信号Fsが全て低パルス期間の値へと変化することになり、溶融池へのアーク力は弱い状態になる。
【0043】
時刻t2において、切換信号StcがHighレベル(高パルス期間)になる場合も上記と同様である。すなわち、アーク長Laの過渡変化が略収束する時点t21において、パルスパラメータ設定信号Ps、電圧設定信号Vs及び送給速度設定信号Fsが全て高パルス期間の値に変化する。このために、溶融池へのアーク力が大きくなる。
【0044】
上記において、切換時に送給速度だけを遅延させて変化させる理由は、以下のとおりである。すなわち、時刻t1及びt2の切換時において、パルスパラメータ設定信号Ps、電圧設定信号Vs及び送給速度設定信号Fsを同時に変化させると、アーク長Laの過渡変化期間のアーク安定性がやや悪くなる場合がある。これを改善するために、前者2つ(Ps及びVs)を先行して変化させておき、アーク長Laの過渡変化が略収束してから残り1つ(Fs)を変化させることによって、アーク安定性を改善することができる。ここで、送給速度設定信号Fsを遅延させる期間は、アーク長Laの過渡変化が略収束したことを判別して設定しても良い。この判別には、溶接電圧Vwの平滑値、ピーク電圧値等の変化から行うことができる。また、予めアーク長Laの過渡期間を測定しておき、所定値の遅延期間としても良い。
【0045】
図4は、本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において上述した図2と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図2とは異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0046】
送給速度遅延回路DLfは、溶接電圧Vwの変化からアーク長の過渡変化が略収束した時点を判別し、切換信号Stcの変化をその時点まで遅延して、第1遅延切換信号Saを出力する。この第1遅延切換信号Saによって、送給速度設定信号Fsが変化する。
【0047】
上述した実施の形態2によれば、切換信号が変化した時点で電圧設定値及びパルスパラメータを先行して変化させ、アーク長の過渡変化が略収束した時点で遅れて送給速度を変化させる。このために、実施の形態1の効果に加えて、切換時のアーク安定性を向上させることができる。
【0048】
[実施の形態3]
図5は、本発明の実施の形態3に係るパルスアーク溶接制御方法を示すタイミングチャートである。同図は上述した図1と対応しており、同図(A)〜(G)に示す信号は同一である。以下、図1とは異なる部分について同図を参照して説明する。
【0049】
時刻t1において、同図(A)に示すように、切換信号StcがLowレベル(低パルス期間)になると、実施の形態1と同様に、同図(D)に示すように、送給速度設定信号Fsは低送給速度設定値LFsになる。この結果、送給速度は高送給速度設定値HFsに相当する速度から低送給速度設定値LFsに相当する速度に変化し、時刻t12において送給速度は過渡状態から定常状態に収束する。この送給速度の過渡状態が略収束した時点t12において、同図(B)に示すように、パルスパラメータ設定信号Psは低パルスパラメータ設定値LPsに変化し、同図(C)に示すように、電圧設定信号Vsは低電圧設定値LVsに変化する。これによって、パルスパラメータ設定信号Ps、電圧設定信号Vs及び送給速度設定信号Fsが全て低パルス期間の値へと変化することになり、溶融池へのアーク力は弱い状態になる。
【0050】
時刻t2において、切換信号StcがHighレベル(高パルス期間)になる場合も上記と同様である。すなわち、送給速度の過渡変化が略収束する時点t22において、パルスパラメータ設定信号Ps、電圧設定信号Vs及び送給速度設定信号Fsが全て高パルス期間の値に変化する。このために、溶融池へのアーク力が大きくなる。
【0051】
上記において、切換時にパルスパラメータ及び電圧設定値を遅延させて変化させる理由は、以下のとおりである。すなわち、時刻t1及びt2の切換時において、パルスパラメータ設定信号Ps、電圧設定信号Vs及び送給速度設定信号Fsを同時に変化させると、アーク長Laの過渡変化期間のアーク安定性がやや悪くなる場合がある。これを改善するために、前者1つ(Fs)を先行して変化させておき、送給速度の過渡変化が略収束してから残り2つ(Ps及びVs)を変化させることによって、アーク安定性を改善することができる。ここで、遅延期間は、送給速度の過渡変化が略収束したことを判別して設定しても良い。この判別には、送給速度を検出して行うことができる。また、予め送給速度の過渡期間を測定しておき、所定値の遅延期間としても良い。
【0052】
図6は、本発明の実施の形態3に係るパルスアーク溶接制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において上述した図2と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図2とは異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0053】
パルスパラメータ・電圧設定遅延回路DLPVは、送給速度検出信号Fdの変化から送給速度の過渡変化が略収束した時点を判別し、切換信号Stcの変化をその時点まで遅延して、第2遅延切換信号Sbを出力する。この第2遅延切換信号Sbによって、パルスパラメータ設定信号Ps及び電圧設定信号Vsが変化する。送給速度設定信号Fsは、実施の形態1と同様に、切換信号Stcに同期して変化する。
【0054】
上述した実施の形態3によれば、切換信号が変化した時点で送給速度を先行して変化させ、送給速度の過渡変化が略収束した時点で遅れて電圧設定値及びパルスパラメータを変化させる。このために、実施の形態1の効果に加えて、切換時のアーク安定性を向上させることができる。
【0055】
[実施の形態4]
図7は、本発明の実施の形態4に係るパルスアーク溶接制御方法を示すタイミングチャートである。同図は上述した図1と対応しており、同図(A)〜(G)に示す信号は同一である。以下、図1とは異なる部分について同図を参照して説明する。
【0056】
時刻t1において、同図(A)に示すように、切換信号StcがLowレベル(低パルス期間)になると、同図(D)に示すように、送給速度設定信号Fsは高送給速度設定値HFsから傾斜を持って低送給速度設定値LFsに変化する。この結果、送給速度は高送給速度設定値HFsに相当する速度から傾斜を持って低送給速度設定値LFsに相当する速度に変化する。また、時刻t1において、実施の形態1と同様に、同図(B)に示すように、パルスパラメータ設定信号Psは低パルスパラメータ設定値LPsに変化し、同図(C)に示すように、電圧設定信号Vsは低電圧設定値LVsに変化する。すなわち、実施の形態1と異なる点は、送給速度設定信号Fsが変化するときに傾斜を持たせたことである。
【0057】
時刻t2において、同図(A)に示すように、切換信号StcがHighレベル(高パルス期間)になると、同図(D)に示すように、送給速度設定信号Fsは低送給速度設定値LFsから傾斜を持って高送給速度設定値HFsに変化する。この結果、送給速度は低送給速度設定値LFsに相当する速度から傾斜を持って高送給速度設定値HFsに相当する速度に変化する。また、時刻t2において、実施の形態1と同様に、同図(B)に示すように、パルスパラメータ設定信号Psは高パルスパラメータ設定値HPsに変化し、同図(C)に示すように、電圧設定信号Vsは高電圧設定値HVsに変化する。すなわち、実施の形態1と異なる点は、送給速度設定信号Fsが変化するときに傾斜を持たせたことである。
【0058】
上記において、送給速度設定信号Fsの変化時に傾斜を持たせる理由は以下のとおりである。すなわち、送給速度設定信号Fsの変化幅が大きいときにステップ状に急変させると、アンダーシュート又はオーバーシュートが大きくなりそのときにアーク状態が不安定になる場合がある。これを改善するために、送給速度設定信号Fsの変化時に傾斜を持たせることによって、アンダーシュート及びオーバーシュートを抑制している。したがって、この傾斜期間は、アンダーシュート及びオーバーシュートを抑制することができる値に設定する。また、傾斜期間を設定する代わりに、傾斜値(変化率)を設定するようにしても良い。さらに、送給速度設定信号Fsの傾斜期間に同期させて、同図(C)に示す電圧設定信号Vsの変化時にも傾斜を持たせても良い。
【0059】
上述した実施の形態4に係るパルスアーク溶接制御方法を実施するための溶接電源のブロック図は、以下に述べる点を除き図2と同一である。すなわち、送給速度制御回路FCは、切換信号StcがLowレベル(低パルス期間)のときは予め定めた低送給速度設定値LFsで溶接ワイヤ1を送給するための送給速度設定信号Fsを出力し、Highレベル(高パルス期間)のときは予め定めた高送給速度設定値HFsで溶接ワイヤ1を送給するための送給速度設定信号Fsを出力する。かつ、この送給速度制御回路FCは、低送給速度設定値LFsから高送給速度設定値HFsへの変化時及び高送給速度設定値HFsから低送給速度設定値LFsへの変化時に傾斜を持たせて変化させる。
【0060】
上記においては、実施の形態1を基礎として送給速度設定信号Fsの変化時に傾斜を持たせる場合を説明した。これに加えて、実施の形態2及び3を基礎として送給速度設定信号Fsの変化時に傾斜を持たせるようにしても良い。
【0061】
上述した実施の形態4によれば、実施の形態1〜3の効果に加えて、送給速度設定信号の変化時に傾斜を持たせることによって、送給速度のアンダーシュート及びオーバーシュートを抑制することができる。このために、アンダーシュート及びオーバーシュートに伴うアーク不安定を抑制することができる。
【0062】
上述した実施の形態1〜4の発明は、アルミニウム材、ステンレス鋼材、鉄鋼材等の種々の金属のパルスアーク溶接に適用することができる。特に、鉄鋼材のパルスアーク溶接においては、従来技術のアーク長変化パルスアーク溶接方法では溶融池の揺動作用が十分でない場合があり、ブローホール低減効果のさらなる改善が求められていた。この鉄鋼材のパルスアーク溶接に本発明を適用することによって、溶融池の揺動作用を十分に大きくすることができ、ブローホール低減効果を大きくすることができる。さらに、本発明は、交流パルスアーク溶接にも適用することができる。また、実施の形態2及び3において遅延期間を所定値に設定する場合には、その値を母材材質、溶接電流平均値、溶接ワイヤの直径、シールドガスの種類、溶接継手等に応じて適正値に変化させることが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接制御方法を示すタイミングチャートである。
【図2】本発明の実施の形態1に係る溶接電源のブロック図である。
【図3】本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接制御方法を示すタイミングチャートである。
【図4】本発明の実施の形態2に係る溶接電源のブロック図である。
【図5】本発明の実施の形態3に係るパルスアーク溶接制御方法を示すタイミングチャートである。
【図6】本発明の実施の形態3に係る溶接電源のブロック図である。
【図7】本発明の実施の形態4に係るパルスアーク溶接制御方法を示すタイミングチャートである。
【図8】従来技術によるウロコ状ビードを示す図である。
【図9】従来技術のアーク長変化パルスアーク溶接方法を示す波形図である。
【符号の説明】
【0064】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
DLf 送給速度遅延回路
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
FC 送給速度制御回路
Fd 送給速度検出信号
Fs 送給速度設定信号
HFs 高送給速度設定値
HIb 高ベース電流
HIp 高ピーク電流
HIps 高ピーク電流設定値
HLa 高アーク長
HPs 高パルスパラメータ設定値
HT 高パルス期間
HTb 高ベース期間
HTf 高パルス周期
HTp 高ピーク期間
HTps 高ピーク期間設定値
HTs 高パルス期間設定値
HVb 高ベース電圧
HVp 高ピーク電圧
HVs 高電圧設定値
IBS ベース電流設定回路
Ibs ベース電流設定信号
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
IPS ピーク電流設定回路
Ips ピーク電流設定信号
ISC 電流設定制御回路
Isc 電流設定制御信号
Iw 溶接電流
La アーク長
LFs 低送給速度設定値
LIb 低ベース電流
LIp 低ピーク電流
LIps 低ピーク電流設定値
LLa 低アーク長
LPs 低パルスパラメータ設定値
LT 低パルス期間
LTb 低ベース期間
LTf 低パルス周期
LTp 低ピーク期間
LTps 低ピーク期間設定値
LTs 低パルス期間設定値
LVb 低ベース電圧
LVp 低ピーク電圧
LVs 低電圧設定値
PM 電源主回路
Ps パルスパラメータ設定信号
Sa 第1遅延切換信号
Sb 第2遅延切換信号
STC 切換信号生成回路
sTC 切換信号
Tc 切換周期
Tf パルス周期信号
TP ピーク期間タイマ回路
Tp ピーク期間信号
TPS ピーク期間設定回路
Tps ピーク期間設定信号
VAV 電圧平均値算出回路
Vav 電圧平均値信号
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
VF 電圧/周波数変換回路
VS 電圧設定回路
Vs 電圧設定信号
Vw 溶接電圧
WM 送給モータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを送給すると共に、ピーク期間中のピーク電流の通電とベース期間中のベース電流の通電とをパルス周期として繰り返して通電し、溶接電圧値が電圧設定値と略等しくなるようにアーク長制御を行うパルスアーク溶接制御方法において、
切換信号に同期して前記電圧設定値を周期的に変化させることによってアーク長を周期的に変化させ、
かつ、前記切換信号に同期して前記ピーク期間、前記ピーク電流又は前記パルス周期の少なくとも1つ以上のパルスパラメータを変化させ、
かつ、前記切換信号に同期して溶接ワイヤの送給速度を変化させる、
ことを特徴とするパルスアーク溶接制御方法。
【請求項2】
前記送給速度は、前記切換信号が変化した時点から前記アーク長の過渡変化が略収束する期間だけ遅延させた後に変化させる、ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接制御方法。
【請求項3】
前記電圧設定値及び前記パルスパラメータは、前記切換信号が変化した時点から前記送給速度の過渡変化が略収束する期間だけ遅延させた後に変化させる、ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接制御方法。
【請求項4】
前記切換信号に応じて変化する前記送給速度が遅い期間中のアーク長が、前記送給速度が速い期間のアーク長よりも長くなるように前記電圧設定値を設定して変化させる、ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接制御方法。
【請求項5】
前記送給速度の変化時に傾斜を持たせる、ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−72826(P2009−72826A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−295016(P2007−295016)
【出願日】平成19年11月14日(2007.11.14)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】