説明

パルスフォトメータ及び脈拍数特定方法

【課題】脈拍とすべき周波数が見落とされることが無い脈拍数特定方法を提供すること。
【解決手段】測定された信号の周波数スペクトルから、周波数スペクトルの全てのピークにおける周波数Lと振幅Aとを得る周波数スペクトル変換部10aと、周波数スペクトルの全てのピークにおける周波数Lと、所定の時間帯の直前の脈拍の周波数である前回脈拍周波数Loとの差分からピーク毎の周波数相関度ldを算出する周波数相関度算出部10bと、周波数スペクトルの全てのピークにおける振幅Aからピーク毎の振幅相関度aを算出する振幅相関度算出部10cと、ピーク毎の周波数相関度ldとピーク毎の振幅相関度aからピーク毎の総合相関度Disを算出する総合相関度算出部10dと、総合相関度Disが最大となるピークの周波数を所定の時間帯の脈拍数M(t)と特定する脈拍数特定部10eとを有し、特定された脈拍数の周波数を次回の前回脈拍周波数Loとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2つの信号を処理して共通の信号成分を抽出する信号処理方法に関し、パルスフォトメータにおける脈拍数特定方法及びこれを用いたパルスフォトメータに関する。
【背景技術】
【0002】
動脈血の酸素飽和度を測定することのできるパルスフォトメータとしてオキシメータが知られている。このオキシメータは、赤外線と赤色光の波長の異なる光を照射する発光ダイオードと、受光した光に応じて電気信号を出力するフォトダイオードを有するプローブを備える。このプローブを被験者の指先や耳朶に装着し、発光ダイオードから被験者の生体組織に異なる波長の光を間欠的に照射し、生体組織からの透過光又は反射光をフォトダイオードで受光して電気信号(脈波)を得て生体組織による吸光度を測定する。
【0003】
動脈血中に多く含まれる酸化ヘモグロビンは赤外光(波長940nm)をよく吸収し、静脈血中に多く含まれる還元ヘモグロビンは赤色光(波長660nm)をよく吸収する。したがって、生体組織から透過或いは反射してきたこれらの波長の光を測定することで、酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの相対濃度を測定することができる。また、酸化ヘモグロビンを多く含む動脈血は心臓の鼓動(拍動)により送り出されるので、吸光度を測定すると、吸光度の変動から脈拍数を測定することができる。
【0004】
このようなオキシメータでは、測定中に被験者が動く等の体動が起こると、電気信号に脈拍以外の周波数が混入することになる。この体動による電気信号の振幅は脈拍による振幅と同程度かそれよりも大きな振幅であることも多く、単に電気信号の周波数スペクトルのうち最大の振幅をもつ周波数を脈拍数と特定することができず、脈拍数の特定を困難にさせていた。
【0005】
そこで、特許文献1等に記載されているように、電気信号中に含まれるノイズを低減して脈拍数の特定を容易にし、特定された脈拍数の信頼性を高めようとする様々な試みが従来よりなされている。
【0006】
ところで、このようにノイズの低減された電気信号から脈拍数を特定する際は以下のように脈拍数を特定していた。まず、脈拍数は瞬間的に大きく変動しないという前提のもとで、時刻tにおける脈拍数は、その直前の時刻t−1における脈拍数の±10%以内にあると仮定し、時刻tで得られた電気信号の周波数スペクトルのうち、時刻t―1における脈拍数の±10%の範囲内の周波数スペクトルのみを考慮し、そのスペクトルピークが最大の周波数を時刻tにおける脈拍と特定していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4352315号公報
【特許文献2】特許第4196209号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記の脈拍数の特定方法では、不整脈等で脈拍数が直前の脈拍数から10%以上変動した場合には脈拍とすべき周波数が見落とされる場合や、アーチファクト(ノイズ)が電気信号に重畳し、偽スペクトルピークが真スペクトルピークより振幅が大きい場合には、誤った周波数が脈拍数として特定される虞があった。
【0009】
そこで、本発明は、脈拍とすべき周波数が見落とされることのなく信頼性の高い脈拍数特定方法及びこれを用いたパルスフォトメータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば上記目的を達成するために、以下が提供される。
(1) 異なる2つの波長の光を生体組織に照射する発光部と、
前記発光部から発生し生体組織を透過又は反射した光に応じて信号を発生させる受光部とを備えたパルスフォトメータにおいて、
所定の時間帯に測定された前記信号を周波数解析して得られた周波数スペクトルから、前記周波数スペクトルの全てのピークにおける周波数と振幅とを得る周波数スペクトル変換部と、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記周波数と、前記所定の時間帯の直前の脈拍の周波数である前回脈拍周波数との差から前記ピーク毎の周波数相関度を算出する周波数相関度算出部と、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記振幅から前記ピーク毎の振幅相関度を算出する振幅相関度算出部と、
前記ピーク毎の前記周波数相関度と前記ピーク毎の前記振幅相関度から前記ピーク毎の総合相関度を算出する総合相関度算出部と、
前記総合相関度に基づき前記所定の時間帯の脈拍数と特定する脈拍数特定部を備えることを特徴とするパルスフォトメータ。
(2) 前記脈拍数特定部は、前記総合相関度が最大となる前記ピークの周波数を前記所定の時間帯の脈拍数と特定することを特徴とする(1)のパルスフォトメータ。
(3) 前記パルスフォトメータは、特定された前記脈拍数の周波数を次回の前記前回脈拍周波数とすることを特徴とする(1)又は(2)のいずれかのパルスフォトメータ。
(4) 前記周波数相関度算出部は、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記周波数と前記前回脈拍周波数との差の絶対値を得て、
前記差の絶対値の最大値が1となるように前記差の絶対値を正規化し、
1から正規化された前記差の絶対値を減じた値を前記周波数相関度とすることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかのパルスフォトメータ。
(5) 前記振幅相関度算出部は、前記振幅の最大値が1となるように前記振幅を正規化した値に、重み付け係数を乗じた値を前記振幅相関度とすることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかのパルスフォトメータ。
(6) 前記総合相関度は、前記周波数相関度の自乗と前記振幅相関度の自乗の和であることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかのパルスフォトメータ。
(7) 前記パルスフォトメータは、
異なる2つ波長の光に応じた前記受光部からの2つの前記信号からノイズを低減する前処理部を有すること
を特徴とする(1)〜(6)のいずれかのパルスフォトメータ。
(8) 前記前処理部は、前記受光部からの2つの前記信号に少なくとも回転法、二重回転法のいずれかを適用することを特徴とする(7)のパルスフォトメータ。
【0011】
また、本発明によれば上記目的を達成するために以下が提供される。
(9) 異なる2つの波長の光を生体組織に照射する発光部と、
前記発光部から発生し生体組織を透過又は反射した光に応じて信号を発生させる受光部とを備えたパルスフォトメータにおいて、
所定の時間帯に測定された前記信号を周波数解析して得られた周波数スペクトルから、前記周波数スペクトルの全てのピークにおける周波数と振幅とを得る周波数スペクトル変換工程と、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記周波数と、前記所定の時間帯の直前の脈拍の周波数である前回脈拍周波数との差から前記ピーク毎の周波数相関度を算出する周波数相関度算出工程と、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記振幅から前記ピーク毎の振幅相関度を算出する振幅相関度算出工程と、
前記ピーク毎の前記周波数相関度と前記ピーク毎の前記振幅相関度から前記ピーク毎の総合相関度を算出する総合相関度算出工程と、
前記総合相関度に基づき前記所定の時間帯の脈拍数と特定する脈拍数特定工程を備え、前記の工程が順に実行されることを特徴とする脈拍数特定方法。
(10) 前記脈拍数特定工程において、前記総合相関度が最大となる前記ピークの周波数を前記所定の時間帯の脈拍数と特定することを特徴とする(9)の脈拍数特定方法。
(11) 前記パルスフォトメータは、特定された前記脈拍数の周波数を次回の前記前回脈拍周波数とすることを特徴とする(9)又は(10)のいずれかの脈拍数特定方法。
(12) 前記周波数相関度算出工程において、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記周波数と前記前回脈拍周波数との差の絶対値を得て、
前記差の絶対値の最大値が1となるように前記差の絶対値を正規化し、
1から正規化された前記差の絶対値を減じた値を前記周波数相関度とすることを特徴とする(9)〜(11)のいずれかの脈拍数特定方法。
(13) 前記振幅相関度算出工程において、前記振幅の最大値が1となるように前記振幅を正規化した値に、重み付け係数を乗じた値を前記振幅相関度とすることを特徴とする(9)〜(12)のいずれかの脈拍数特定方法。
(14) 前記総合相関度は、前記周波数相関度の自乗と前記振幅相関度の自乗の和であることを特徴とする(9)〜(13)のいずれかの脈拍数特定方法。
(15) 異なる2つ波長の光に応じた前記受光部からの2つの前記信号からノイズを低減する前処理工程が前記周波数スペクトル変換工程の前に実行されることを特徴とする(9)〜(14)のいずれかの脈拍数特定方法。
(16) 前記前処理工程において、前記受光部からの2つの前記信号に少なくとも回転法、二重回転法のいずれかを適用することを特徴とする(15)の脈拍数特定方法。
【発明の効果】
【0012】
上記の本発明に係るパルスフォトメータ及び脈拍数特定方法によれば、所定の時間帯に得られた信号を周波数解析して得られた周波数スペクトルの全てのピークを考慮している。したがって、脈拍とすべき周波数が見落とされることがないので高い信頼性で脈拍数を特定することができる。また、周波数のみに注目するのではなく、信号強度を示す振幅も考慮にいれた総合相関度によって脈拍数を特定しているので、得られた脈拍数の信頼性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態に係る脈拍数特定方法を適用可能なオキシメータの概略構成図である。
【図2】図1のオキシメータにおける処理部の機能ブロック図である。
【図3】図2の処理部により実行される処理のフローチャートである。
【図4】赤外光による信号IRと赤色光Rによる信号IRのタイムチャートである。
【図5】図4に示す信号をFFT解析したスペクトルを示す図である。
【図6】総合相関度Disの概念を表す模式図である。
【図7】信号IRに本発明の実施形態による脈拍数測定方法を適用して得られた脈拍数の時間経過を示す図である。
【図8】信号IRに従来の脈拍数測定方法を適用して得られた脈拍数の時間経過を示す図である。
【図9】前処理を施した信号Z1に本発明の実施形態による脈拍数測定方法を適用して得られた脈拍数の時間経過を示す図である。
【図10】前処理を施した信号Z1に従来の脈拍数測定方法を適用して得られた脈拍数の時間経過を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態に係るパルスフォトメータ及び脈拍数特定方法を、パルスフォトメータの一種であるオキシメータを例に挙げて説明する。
【0015】
<オキシメータの全体構造>
オキシメータは、吸光度の異なる2種類の波長の光を生体組織に照射し、その透過光あるいは反射光を測定することで動脈血酸素飽和度及び脈拍数を測定するものである。なお、本実施形態に係る脈拍数特定方法は、オキシメータの受光素子によって取得した信号から脈拍数を特定し、表示部に表示するものである。
【0016】
図1はオキシメータの概略構成図を示す。駆動回路3により駆動される赤外光発光素子1、赤色光発光素子2(発光部)から交互に連続的に発光されたそれぞれの光は、生体組織4を通過し、透過光がフォトダイオード(受光部)5で受光される。なお、赤外光として波長940nmの光が赤外光発光素子1から発光され、赤色光として赤色光発光素子2から波長660nmの光が発光される。なお、透過光に代えて反射光をフォトダイオード5が受光するように構成してもよい。
【0017】
フォトダイオード5は受光した光量に応じた電気信号を出力し、増幅器6で増幅される。増幅器6で増幅された電気信号はマルチプレクサ7で赤外光による信号と赤色光による信号とに分離され、それぞれの信号に応じたフィルタ8−1,8―2でフィルタリングされてノイズが低減され、A/D変換器9に入力されて信号をデジタル化し、赤外光による信号IRと赤色光による信号Rとが得られる。
【0018】
デジタル化された各信号IR,Rは処理部10に入力され、ROM12に格納されているプログラムにより処理部10を図2に示すような周波数スペクトル変換部10a、周波数相関度算出部10b、振幅相関度算出部10c、総合相関度算出部10d、脈拍数特定部10eとして機能させ、図3に示す信号処理を施して、処理部10で特定された脈拍数が表示部11に表示される。
【0019】
<脈拍数の特定>
以下、処理部10により実行される脈拍数の特定方法について詳述する。まず、処理部10は上述のように生体組織4から透過してきた赤外光及び赤色光を受光素子6で受光して電気信号として出力された信号IR,Rを取得する(ステップS0)。
【0020】
図4は、処理部10が取得した信号IR及び信号Rのタイムチャートを示している。なお、A/D変換器9は、これらの信号IR,Rを16msのサンプリング周期でサンプリングしており、図4は1000点の信号の集合を示している。図4のうち、実線は赤外光の信号IR、二点鎖線は赤色光の信号Rを表し、横軸は時間[s]であり、縦軸は振幅(信号強度)[mV]である。
【0021】
A/D変換器9で得られた信号IRは処理部10に入力される。処理部10は信号IRを基に、以下に詳述するように周波数相関度ldと振幅相関度aとから総合相関度Disを算出して脈拍数を特定する。なお、以下では説明を簡単にするために脈拍周波数[Hz]という語を用いる。脈拍数[回/分]=脈拍周波数[Hz]×60という関係が成立する。以下、図2〜6を参照して本実施形態に係る脈拍数特定方法を詳述する。
【0022】
以下に説明する脈拍数特定方法は、発明者による以下の知見(1)〜(3)によって見出された方法である。
(1)時刻tにおける脈拍周波数M(t)は、時刻tのページPtにおける信号のFFTスペクトルに現れる複数のピークのうちの一つの周波数である。
(2)時刻tにおける脈拍周波数M(t)は、その直前の時刻tprにおける脈拍周波数M(tpr)の近傍の値である可能性が高い。
(3)なお、その直前の時刻tprにおける脈拍周波数M(tpr)から離れた周波数であっても、その振幅が大きければ、時刻tにおける脈拍周波数M(t)の可能性が高い。
【0023】
なお、ここでいうページPとは例えばサンプリング周期16msで信号をサンプリングした1000点の集まり、すなわち16[s]分のサンプル点の集合である。例えば図4のタイムチャートは1ページ分の信号として16秒間の信号を示している。時刻tにおけるページPtとは、時刻t−16[s]から時刻t[s]までの間の信号の1000点のサンプリング点の集合である。なお、サンプリング周期は16msに限られず、任意のサンプリング周期に設定してもよい。
【0024】
まず、A/D変換器9から出力された信号IRは周波数スペクトル変換部10aに入力される。周波数スペクトル変換部10aは、時刻tのページPtにおける信号IRのFFTスペクトルを得て(ステップS1)、FFTスペクトルに現れるピークの周波数Lと振幅Aを特定する(ステップS2)。具体的には、周波数スペクトル変換部10aは、図5に示すような時刻tにおけるページPtにおける信号IRのFFTスペクトルを得て、このスペクトルに含まれる全てのピークを特定し、それぞれのピークの周波数(L1〜Ln)と振幅(A1〜An)を取得する。
【0025】
知見(1)に基づいて、これらの特定された複数のピークの周波数Lのいずれか一つが時刻tにおける脈拍周波数M(t)であるはずである。なお、全てのピークを評価するとは言っても、脈拍周波数とはなりえない周波数は考慮する必要はない。人体の脈拍数を考慮すると、例えば図5のように周波数0.5〜7[Hz](脈拍数に換算して30〜420回/分)を考慮すれば充分である。
【0026】
次に、周波数スペクトル変換部10aからの出力のうちピークの周波数Lは周波数相関度算出部10bに入力される。周波数相関度算出部10bは、知見(2)に基づいて、時刻tにおけるページPtに含まれる全てのピークの周波数Lについて、時刻tの直前の時刻tprにおける脈拍周波数Lo=M(tpr)(以降、前回脈拍周波数Lo)からどのくらい離れているかを評価する(ステップS3)。なお本実施形態では、時刻tの直前の時刻tprとは、サンプリング周期である16msだけ時刻t[s]より前の時刻として設定している。
【0027】
周波数相関度算出部10bは、周波数スペクトル変換部10aで取得した各ピークの周波数L=(L1,L2,L3,・・・,Ln)と前回脈拍周波数Loとの差の絶対値Laを求める。
La=|L―Lo|=(|L1―Lo|,|L2―Lo|,|L3―Lo|,・・・,|Ln―Lo|)
【0028】
なお、知見(2)によれば前回脈拍周波数Loに近い周波数ほど時刻tにおける脈拍周波数M(t)である可能性が高い。しかし、ここで得られた指標Laは前回脈拍周波数Loから離れた周波数ほど大きな値を示すので、周波数相関度算出部10bは、前回脈拍周波数Loから近い周波数ほど大きな値を示すように周波数相関度ldを以下のように算出する。
【0029】
まず、Laのうち最も大きな差が1となるようにLaの最大値で各Laを除して正規化しlaを求め、求めたlaを1から減じた値を周波数相関度ldと定義する。
la=La/max(La)
ld=1−la
【0030】
このようにして得られた周波数相関度算出部10bの出力する各ピークの周波数相関度ldはいずれも0〜1の範囲の値を取り、周波数相関度ldが1に近い値を持つ周波数ほど前回脈拍周波数Loに近く、時刻tにおける脈拍周波数M(t)である可能性が高いことを示す。しかしながら、被験者の状態(例えば不整脈等)によって脈拍が急変する場合には、時刻tの脈拍数は前回脈拍周波数と近い値とは限らない。
【0031】
そこで、脈拍が急変した時には、周波数は急変してもその振幅は大きな値を示すことに着目し、知見(3)に基づいて以下のように、振幅の大きな周波数も時刻tにおける脈拍周波数M(t)の候補として考慮するように振幅相関度算出部10cによって振幅相関度aを求める。
【0032】
振幅相関度算出部10cには、周波数スペクトル変換部10aの出力のうち振幅Aが入力され、時刻tにおけるページPtに含まれる全てのピークの信号強度を評価する。具体的には、振幅相関度算出部10cは、時刻tにおけるページPtにおける信号Z1のFFTスペクトルに現れる全てのピークの振幅A=(A1,A2,A3,・・・,An)を周波数スペクトル変換部10aから取得する。次に振幅相関度算出部10cは以下の式の如く、振幅Aのうちの最大値が1となるように振幅Aの最大値max(A)で各Aを除して正規化し、正規化された値A/max(A)に重み付け係数wを乗算して正規化振幅a=(a1,a2,a3,・・・,an)を出力する(ステップS4)。
a=w・(A/max(A))
【0033】
なお、上式における重み付け係数wは、総合相関度Disを求める際に、周波数相関度ldに対して振幅相関度aをどのくらい総合相関度Disに反映させるかを決定している。つまり、重み付け係数wによって知見(2)と(3)のバランスを定めている。本実施形態ではwに0.7を設定している。
【0034】
次に、知見(2),(3)を勘案して、総合相関度算出部10dは、時刻tにおけるページPtに含まれる全ての周波数について時刻tにおける脈拍周波数M(t)となる可能性の高さを表す総合相関度Disを取得する。
【0035】
本実施形態では、図6に示すように、横軸を周波数相関度ld、縦軸を振幅相関度aとしたグラフ上に、各ピークをプロットした時に、プロット点と原点Oとの距離として総合相関度Disが現れると考えられる。距離が大きいほど総合相関度Disが大きく、時刻tにおける脈拍周波数M(t)である可能性が高い。
【0036】
そこで総合相関度算出部10dに、周波数相関度算出部10bからの周波数相関度ldと振幅相関度算出部10cからの振幅相関度aとが入力され、総合相関度Disを以下のように、周波数相関度ldの自乗と振幅相関度aの自乗との和の平方根として出力する(ステップS5)。
Dis={ld+a1/2
【0037】
総合相関度算出部10dで求めた各ピークの総合相関度Disは脈拍数特定部10eに入力され、脈拍数特定部10eは総合相関度Disのうちから、最も大きいDisを示す周波数を時刻tにおける脈拍周波数と特定し、脈拍周波数M(t)を出力する(ステップS6)。
M(t)=max(Dis)
【0038】
なお、以上の本実施形態では重み付け係数wは0.7程度に設定していたが、重み付け係数wは任意の値に設定することができる。w=1に設定すれば周波数と振幅は総合相関度に同程度の影響を与えることになり、直前の時刻における周波数と同程度の割合で、振幅の大きい周波数を時刻tにおける脈拍周波数M(t)として特定することになる。このようにwを設定すると、被験者の脈拍が大きく変動するようなことが事前に想定される場合に有効である。逆に、wを0に近い値に設定すれば、時刻tにおける脈拍周波数M(t)が振幅よりも周波数によって定まる度合いを大きくすることができる。
【0039】
なお、重み付け係数wを1より大きい値に設定することもできるが、このように設定すると、周波数よりも振幅を重視することになり、脈拍よりも振幅の大きい体動等のノイズが発生しやすいオキシメータにおける脈拍の特定には現実的ではない。したがって、通常は重み付け係数wは0から1の範囲から設定する。また、重み付け係数wは本実施形態のように0.7といった固定値にすることもできるし、周波数に応じてwを直線的に変化させてもよいし、曲線的に変化させてもよい。
【0040】
以上の重み付け係数wはプログラム中に前もって設定しておいてもよいし、オキシメータに重み付け係数wの操作部を設けて測定毎に重み付け係数wを設定できるようにしておいてもよい。
【0041】
以上のステップS0〜S6を通じて、時刻tにおけるページPtの信号Z1から得られる周波数ピークのうち、周波数について前回脈拍周波数Loの近傍で、かつ、振幅の大きな周波数ピークが、時刻tにおける脈拍周波数M(t)として特定される。このようにして特定された脈拍周波数M(t)は60倍されて処理部10の脈拍数特定部10eから表示部11に入力され、60倍された脈拍周波数M(t)を脈拍数として表示部11に表示する(ステップS7)。
【0042】
なお、上述のようにして求めた総合相関度Disについて、各周波数の総合相関度Disの総和で各総合相関度Disを正規化して確率密度関数としてnor(Dis)を求め、このnor(Dis)中の最大値を示す周波数を現ページPtの脈拍周波数M(t)と特定してもよい。
【0043】
また、上述の例では総合相関度Disは周波数相関度ldの自乗と振幅相関度aの自乗との和の平方根と定義したが、周波数相関度ldの自乗と振幅相関度aの自乗との和や周波数相関度ldと振幅相関度aの和として総合相関度を評価しても良い。
【0044】
以上のステップS0〜ステップS7によって脈拍数を特定した後、今回特定した脈拍数を次回の(例えば時刻t+16[ms])脈拍数の特定における処理に前回脈拍周波数Loとして用いて周波数相関度ldを求めて総合相関度Disを評価し、継続的に信頼性の高い脈拍数の特定ができる。
【0045】
なお、測定開始直後の脈拍周波数は、既知のいずれの方法を用いても特定しても構わない。例えば、(1)脈拍数の変動として取りうる周波数の範囲内からピークとなっている周波数を脈拍数とする、(2)統計的に見て脈拍数の基本周波数であるならばスペクトル値として出現するであろう十分な閾値を設け、この閾値をスペクトル値が越える周波数のうち、最も周波数の低い周波数から脈拍数を求める、等の方法がある。
【0046】
<総合相関度を用いた脈拍数特定方法の効果>
図7,8を用いて、本実施形態に係る脈拍数特定方法の効果を従来の方法と比較して確かめる。
【0047】
図7は上述のように総合相関度Disを用いて特定された脈拍数の時間経過を示したものである。一方、図8は従来の如く、時間tの直前の時刻tprにおける脈拍数に相当する周波数の±10%の範囲内の周波数スペクトルから、その周波数スペクトルのピークの振幅が最大の周波数を、時刻tにおける脈拍数と特定した場合の脈拍数の時間推移を示したものである。
【0048】
図8に見られる脈拍数の急激な変動は、前回の脈拍数に相当する周波数の±10%の範囲内に、体動等による大きな振幅の周波数がノイズとして混入してしまったことにより、この大きな振幅の周波数を脈拍周波数と特定してしまったものと思われる。
【0049】
ところが、図7に示す本実施形態に係る脈拍数特定方法のように、周波数の近さの度合いと振幅の大きさの度合いを両方考慮すれば、脈拍数の急激な変動は極めて少なく、体動等の大きな振幅のノイズに惑わされずに信頼性の高い脈拍数の特定ができることが確認できる。
【0050】
また、本実施形態に係る脈拍数特定方法によれば、前回脈拍周波数から±10%以内の周波数のみを考慮するのではなく、全ての周波数を脈拍周波数の候補としているので、本来の脈拍周波数を見落とす虞が少なく、信頼性の高い脈拍数を表示することができる。しかも、上述のように本実施形態に係る脈拍数特定方法は主に加算、減算により脈拍を特定することができ、複雑な計算を要しないので計算処理の負担が重くならず、オキシメータを安価に構成することができる。
【0051】
以上のように、本実施形態に係る脈拍数特定方法を用いたオキシメータは、より信頼性の高い脈拍数を表示することができる。
【0052】
なお、本実施形態に係る脈拍数の特定方法によれば、総合相関度Disに周波数相関度aが大きく影響するので、特定される脈拍数は特定直前の脈拍数に大きく影響される。したがって測定開始直後(図7の1,2回目のプロット)においては、脈拍数の初期値に大きく依存するため、適切な設定がされていない場合、必ずしも脈拍数を正確に測定できない場合があった。
【0053】
そこで、処理部10の周波数スペクトル変換部10aに入力される信号から予めノイズ成分を取り除いておくと、初期の段階から信頼性の高い脈拍数を継続的に特定することができる。具体的には、A/D変換器9からの信号を前処理部に出力し、前処理部でノイズを低減した信号を周波数スペクトル変換部10aに入力するとよい。前処理部では、回転法(特許文献1)や二重回転法(特許文献2)などをはじめ当業者が知りうる、公知のノイズ低減方法を実行することができる。
【0054】
図9は、前処理として特許文献1に記載の回転法を信号IRと信号Rに適用し、得られた信号Z1に本実施形態に係る脈拍数特定方法を適用し、得られた脈拍数の時間経過を示した図である。
【0055】
図10は比較例として、前処理として特許文献1に記載の回転法を信号IRと信号Rに適用し、得られた信号Z1に従来の時間tの直前の時刻tprにおける信号IRの±10%の範囲内の周波数スペクトルから、その周波数スペクトルのピークが最大の周波数を時刻tにおける脈拍数と特定した場合の脈拍数の時間推移を示したものである。
【0056】
まず、前処理を施していない信号IRに本実施形態に係る脈拍数特定方法を適用した図7と、前処理を施した信号Z1に本実施形態に係る脈拍数特定方法を適用した図8とを比較すると、測定開始直後における脈拍数の初期値に依存した急激な変動が抑制され、初期の段階から信頼性の高い脈拍数を特定できていることが確かめられる。
【0057】
また、単に前処理として回転法を用いて得られた信号Z1に従来の脈拍数の特定方法を適用した図10には脈拍数の急激な変動が見られるが、前処理を施した信号Z1に本実施形態に係る脈拍数特定方法を適用した図9では脈拍数の急激な変動は見られず、継続的に信頼性の高い脈拍数を特定できていることが確かめられる。
【符号の説明】
【0058】
1,2::発光素子、4:生体組織、5:受光素子、6:増幅器、7:マルチプレクサ、8−1,8−2:フィルタ、9:A/D変換器、10:処理部、11:表示部、12:ROM、13:RAM、IR:赤外光による信号、R:赤色光による信号ld:周波数相関度、a:振幅相関度、Dis:総合相関度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
異なる2つの波長の光を生体組織に照射する発光部と、
前記発光部から発生し生体組織を透過又は反射した光に応じて信号を発生させる受光部とを備えたパルスフォトメータにおいて、
所定の時間帯に測定された前記信号を周波数解析して得られた周波数スペクトルから、前記周波数スペクトルの全てのピークにおける周波数と振幅とを得る周波数スペクトル変換部と、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記周波数と、前記所定の時間帯の直前の脈拍の周波数である前回脈拍周波数との差から前記ピーク毎の周波数相関度を算出する周波数相関度算出部と、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記振幅から前記ピーク毎の振幅相関度を算出する振幅相関度算出部と、
前記ピーク毎の前記周波数相関度と前記ピーク毎の前記振幅相関度から前記ピーク毎の総合相関度を算出する総合相関度算出部と、
前記総合相関度に基づき前記所定の時間帯の脈拍数と特定する脈拍数特定部を備えることを特徴とするパルスフォトメータ。
【請求項2】
前記脈拍数特定部は、前記総合相関度が最大となる前記ピークの周波数を前記所定の時間帯の脈拍数と特定することを特徴とする請求項1に記載のパルスフォトメータ。
【請求項3】
前記パルスフォトメータは、特定された前記脈拍数の周波数を次回の前記前回脈拍周波数とすることを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載のパルスフォトメータ。
【請求項4】
前記周波数相関度算出部は、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記周波数と前記前回脈拍周波数との差の絶対値を得て、
前記差の絶対値の最大値が1となるように前記差の絶対値を正規化し、
1から正規化された前記差の絶対値を減じた値を前記周波数相関度とすることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のパルスフォトメータ。
【請求項5】
前記振幅相関度算出部は、前記振幅の最大値が1となるように前記振幅を正規化した値に、重み付け係数を乗じた値を前記振幅相関度とすることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のパルスフォトメータ。
【請求項6】
前記総合相関度は、前記周波数相関度の自乗と前記振幅相関度の自乗の和であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のパルスフォトメータ。
【請求項7】
前記パルスフォトメータは、
異なる2つ波長の光に応じた前記受光部からの2つの前記信号からノイズを低減する前処理部を有すること
を特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のパルスフォトメータ。
【請求項8】
前記前処理部は、前記受光部からの2つの前記信号に少なくとも回転法、二重回転法のいずれかを適用することを特徴とする請求項7に記載のパルスフォトメータ。
【請求項9】
異なる2つの波長の光を生体組織に照射する発光部と、
前記発光部から発生し生体組織を透過又は反射した光に応じて信号を発生させる受光部とを備えたパルスフォトメータにおいて、
所定の時間帯に測定された前記信号を周波数解析して得られた周波数スペクトルから、前記周波数スペクトルの全てのピークにおける周波数と振幅とを得る周波数スペクトル変換工程と、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記周波数と、前記所定の時間帯の直前の脈拍の周波数である前回脈拍周波数との差から前記ピーク毎の周波数相関度を算出する周波数相関度算出工程と、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記振幅から前記ピーク毎の振幅相関度を算出する振幅相関度算出工程と、
前記ピーク毎の前記周波数相関度と前記ピーク毎の前記振幅相関度から前記ピーク毎の総合相関度を算出する総合相関度算出工程と、
前記総合相関度に基づき前記所定の時間帯の脈拍数と特定する脈拍数特定工程を備え、前記の工程が順に実行されることを特徴とする脈拍数特定方法。
【請求項10】
前記脈拍数特定工程において、前記総合相関度が最大となる前記ピークの周波数を前記所定の時間帯の脈拍数と特定することを特徴とする請求項9に記載の脈拍数特定方法。
【請求項11】
前記パルスフォトメータは、特定された前記脈拍数の周波数を次回の前記前回脈拍周波数とすることを特徴とする請求項9又は10のいずれかに記載の脈拍数特定方法。
【請求項12】
前記周波数相関度算出工程において、
前記周波数スペクトルの全てのピークにおける前記周波数と前記前回脈拍周波数との差の絶対値を得て、
前記差の絶対値の最大値が1となるように前記差の絶対値を正規化し、
1から正規化された前記差の絶対値を減じた値を前記周波数相関度とすることを特徴とする請求項9〜11のいずれかに記載の脈拍数特定方法。
【請求項13】
前記振幅相関度算出工程において、前記振幅の最大値が1となるように前記振幅を正規化した値に、重み付け係数を乗じた値を前記振幅相関度とすることを特徴とする請求項9〜12のいずれかに記載の脈拍数特定方法。
【請求項14】
前記総合相関度は、前記周波数相関度の自乗と前記振幅相関度の自乗の和であることを特徴とする請求項9〜13のいずれかに記載の脈拍数特定方法。
【請求項15】
異なる2つ波長の光に応じた前記受光部からの2つの前記信号からノイズを低減する前処理工程が前記周波数スペクトル変換工程の前に実行されることを特徴とする請求項9〜14のいずれかに記載の脈拍数特定方法。
【請求項16】
前記前処理工程において、前記受光部からの2つの前記信号に少なくとも回転法、二重回転法のいずれかを適用することを特徴とする請求項15に記載の脈拍数特定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−20063(P2012−20063A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162095(P2010−162095)
【出願日】平成22年7月16日(2010.7.16)
【出願人】(000230962)日本光電工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】