パルス圧力による低圧短時間高振幅励起を提供するための線形イオントラップの動作方法
イオントラップにおいてイオンをフラグメント化する方法は、a)親イオンを選択することと、b)保持時間間隔の間、イオントラップ内に親イオンを保持することと、c)保持時間間隔内の励起時間間隔中に、RFトラップ電圧をイオントラップに提供することと、d)励起時間間隔中に、共鳴励起電圧をイオントラップに提供することと、e)保持時間間隔のうちの少なくとも一部分の間、イオントラップ内に中性ガスを供給することによって、イオントラップ内の動作圧力の少なくとも約10%の非定常状態圧力増加を提供することと、f)保持時間間隔内で、かつ励起時間間隔の後、共鳴励起電圧を終了し、イオントラップに印加するRFトラップ電圧を変更して、イオントラップ内に親イオンのフラグメントを保持するように励起レベル未満の保持レベルまでマシュー安定性パラメータqを低下させることとを伴う。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概して、線形イオントラップ質量分析計を動作する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオントラップは、分子の研究および分析に有用な科学器具である。このような器具は、イオンが閉じ込められる空間の小領域を囲繞する複数の電極を含む。振動電場および静電場を電極に印加して、トラップ電位を生成する。このトラップ電位内に移動するイオンは、トラップされ、すなわち、イオン閉じ込め領域に運動を制限される。
【0003】
トラップにイオンを保持している間、イオン化分子の収集は、種々の動作を受けてもよい(例えば、フラグメンテーションまたはフィルタリング等であるが、これらに限定されない)。次いで、イオンは、トラップから質量分析計内に送られることが可能であり、質量分析計において、イオンの収集の質量スペクトルを得ることが可能である。代替として、イオンは、質量スペクトルを直接得るためにトラップからスキャン可能である。スペクトルは、イオンの組成に関する情報を示す。本手順の後、未知の試料の化学的組成を識別することが可能になり、薬物、化学、セキュリティ、犯罪学、およびその他の分野に有用な情報が提供される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
イオンフラグメンテーションは、イオンをその構成要素の一部または全部に分解または解離する処理である。一般的に、これは、交流電位(RF電位)をトラップの電極に印加して、トラップ中のイオンに運動エネルギーを与えることによって、イオントラップにおいて実行される。加速イオンは、トラップ内の他の分子と衝突し、十分高い衝突エネルギーでは、イオンのフラグメンテーションをもたらすことが可能である。しかしながら、全てのRF電位が、イオンのフラグメンテーションをもたらすわけではない。いくつかのRF電位は、例えば、RF周波数、振幅、またはその両方に起因して、イオンがイオントラップの要素と衝突するか、またはトラップから放出されるようにイオンを軌道に置く。他の振動運動は、振幅が十分でない場合があるため、イオンのフラグメント化には不十分なエネルギーを与える場合がある。このような低振幅、低エネルギーの事例のいくつかでは、イオンは、衝突中に、エネルギーを損失する場合がある。加えて、例えば、10−3トール以上の範囲における高衝突ガス圧力および/または、例えば、600mV(グランドからピーク)以上の範囲における高励起振幅が、高フラグメンテーション効率の達成に必要であることが、当技術分野の大部分において示される。
【課題を解決するための手段】
【0005】
種々の実施形態では、従来の方法で使用するものよりも低い衝突ガス圧力および低いRF励起振幅を使用して、フラグメントイオンを産生するイオントラップを動作するための方法が提供される。種々の実施形態では、従来の方法で使用するものよりも低い衝突ガス圧力、低いRF励起振幅、および長い励起時間を使用する方法が提供される。種々の実施形態では、RF多重極を備える線形イオントラップとともに使用するための方法が提供され、この場合、多重極のロッド(半径方向閉じ込め電極)は、実質的に円形の断面を有する。
【0006】
種々の実施形態では、イオントラップは、非線形逆電位を有するイオントラップ場を産生可能である実質的に円形の断面を含むロッド(半径方向電極)を有する4重極線形イオントラップを備える。種々の実施形態では、実質的に円形の断面の電極は、トラップRF場とイオン運動との位相のずれによる電極との衝突に起因する、イオンの損失の低減を促進する。
【0007】
種々の実施形態では、補助交流電位の振幅または共鳴励起電圧振幅は、(a)約250mV(ゼロからピーク)未満、(b)約125mV(ゼロからピーク)未満、(c)約50mV(ゼロからピーク)から約250mV(ゼロからピーク)の間の範囲、(d)約50mV(ゼロからピーク)から約125mV(ゼロからピーク)の間の範囲、および/または(e)約50mVから約100mVの間の範囲のうちの1つ以上である。種々の実施形態では、補助交流電位は、(a)約10ミリ秒(ms)を超える、(b)約20ミリ秒を超える、(a)約30ミリ秒を超える、(c)約2ミリ秒から約50ミリ秒の間の範囲、および/または(d)約1ミリ秒から約150ミリ秒の間の範囲のうちの1つ以上である励起時間の間に印加される。補助交流電位の印加の持続時間は、中性ガスの供給と実質的に一致するように選択可能である。代替として、中性ガスの供給は、補助交流電位の印加開始の直前、例えば、数ミリ秒前に開始してもよい。しかしながら、補助交流電位の印加の持続時間は、依然として、中性ガスの供給と時間において実質的に重複するように選択可能である。
【0008】
種々の実施形態では、イオンがトラップに保持される間、中性ガスは、例えば、約30ミリ秒未満の持続時間の間、パルス弁によりトラップに注入することによって供給される。種々の実施形態では、中性ガスの供給は、イオン保持時間の終了前に終了する。励起時間の後、残存ガスは、イオンチャンバから排出可能であり、その結果、チャンバ内の圧力値は、さらなるイオン処理に適切な、例えば、イオン冷却、イオン選択、イオン検出、励起、冷却、および質量分析を含むがこれらに限定されない後続のイオン処理に適切な第1の復元圧力に復元する。種々の実施形態では、第1の復元圧力値は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの間の範囲にあることが可能である。
【0009】
種々の実施形態では、補助交流電位の振幅は、特定の質量範囲および/または励起されるイオンの質量範囲に対応する事前設定された範囲にあるように選択されることが可能である。例えば、励起振幅は、50Daから約500Daの間の範囲内の質量を有するイオンについて、約50ミリボルト(0−pk)から約300ミリボルト(0−pk)の間の範囲にあることが可能であり、約500Daから約5000Daの間の範囲内の質量を有するイオンについて、約100ミリボルト(0−pk)から約1000ミリボルト(0−pk)の間の範囲にあることが可能であり、その他の範囲も可能である。励起時間間隔は、補助交流電位とは逆に変動可能である。
【0010】
特定のイオンの運動は、質量分析器のマシューパラメータaおよびqによって制御される。陽イオンでは、これらのパラメータは、以下のように、端子から接地に印加される電位の特性に関連する。
【0011】
【化1】
式中、eは、イオンにおける電荷であり、mionは、イオン質量であり、Ω=2πfであって、fはRF周波数であり、Uは、極から接地までのDC電圧であり、Vは、各極から接地までのゼロからピークのRF電圧である。電位が、極の対と接地との間に異なる電圧により印加される場合、UおよびVは、それぞれ、ロッド対間のDC電圧の1/2と、ゼロからピークのAC電圧とである。xおよびyの両方の方向における安定イオン運動を提供するaおよびqの組み合わせは、通常、安定線図において示される。
【0012】
種々の実施形態では、第1の上昇圧力値は、(a)約5x10−4トール未満、(b)約3x10−4トール未満、(c)約5.5x10−5から約5x10−4トールの間の範囲、(d)約5.5x10−5から約3x10−4トールの間の範囲、および/または(e)約1x10−4トールから約5x10−4トールの間の範囲のうちの1つ以上である。水素、ヘリウム、窒素、アルゴン、酸素、キセノン、クリプトン、メタン、およびそれらの組み合わせが含まれるがこれらに限定されない多種多様の中性ガスを使用して、非定常状態圧力を生成することが可能である。
【0013】
種々の実施形態では、励起電位の終了後に、親イオンの低質量フラグメントの保持を増加させるための方法が提供される。種々の実施形態では、励起電位の終了後、トラップ交流電位(トラップRF)のq値を低下させる。RFトラップ電位のqの低下は、残存する高温(励起)親イオンが解離を継続し、かつより多くの低質量フラグメントを保持することが可能であるように低下可能である。マシュー安定性qパラメータの低下は、RFトラップ電位振幅を低下させることによって、および/またはRFトラップ電位の角周波数を増加させることによって達成可能である。種々の実施形態では、これらの方法は、低質量値へのフラグメンテーションスペクトルの質量範囲の拡張を促進する。種々の実施形態では、qは、少なくとも10%だけ、場合により少なくとも30%または60%だけ低下される。
【0014】
種々の実施形態では、本発明の方法は、親イオンの初期励起の後にq値を低下させることによって、イオントラップに保持されるイオンフラグメント質量の範囲を増加させることが可能である。例えば、親イオンは、最初に、qexcのq値で励起され、その後、qhの値までqを低下させる。値qhは、親イオンのqの高質量カットオフ値として実験的に決定され、すなわち、使用され、かつトラップに親イオンを依然として保持し得るqの最小値として実験的に決定可能である。q値の低下により、イオントラップに保持されるイオンフラグメント質量の範囲の割合の増加Δ%が、以下の量だけもたらされる。
【0015】
【化2】
式中、割合の増加は、トラップ、すなわち、m−LMCOにおいて保持されるイオンフラグメント質量の初期範囲に関連して表現される。
【0016】
種々の実施形態では、励起電位の終了後に親イオンの低質量フラグメントの保持を増加するための方法が提供される。種々の実施形態では、励起電位の終了後およびガス注入の終了後、トラップ中の圧力は低下し、トラップ交流電位(トラップRF)のq値は低下する。圧力の低下により、衝突間の平均時間が増加するため、内部の「高温」イオンがフラグメント化する時間が増える。熱化率が低下すると、励起停止後のフラグメンテーションの時間スケールは、励起が停止した後に、数ミリ秒以上延長可能になる。種々の実施形態では、RFトラップ電位のqを低下させて、残存する高温親イオンが解離を継続し、かつより多くの低質量フラグメントを保持することを可能にする。マシュー安定性qパラメータは、RFトラップ電位振幅を低下させることによって、および/またはRFトラッピング電位の角周波数を増加させることによって低下可能である。これらの方法は、低質量値へのフラグメンテーションスペクトルの質量範囲の拡張を促進する。
【0017】
種々の実施形態では、イオンをフラグメント化するための方法であって、(a)RF4重極部分を備える線形イオントラップのイオン閉じ込め領域において、RF4重極部分に関連する第1のマシュー安定性パラメータq値を有する第1のトラップ交流電位により、保持時間の間、イオンを保持するステップと、(b)第1の上昇圧力持続時間の間、約6x10−5トールから約5x10−4トールの間の範囲における第1の可変上昇圧力に、イオントラップにおける圧力を上昇させるように、保持時間間隔の少なくとも一部分の間、中性ガスをイオントラップ内に供給することによって、イオントラップ内の動作圧力の少なくとも10%の非定常状態圧力を提供するステップと、(c)励起時間の間、イオンに補助交流電場を受けさせることによって、イオン閉じ込め領域内において、イオンの少なくとも一部分を励起するステップと、(d)第1の安定性パラメータq値よりも低い第2のマシュー安定性パラメータq値を有する第2のトラップ交流電位を提供するために、第1のトラップ交流電位の振幅および角周波数のうちの1つ以上を変動させるステップと、(e)保持時間の終了時に、イオントラップからイオンを放出するステップと、を含む方法が提供される。qの減少は、時間において実質的に線形の減少、時間において実質的に区分的な減少、実質において非線形の減少、およびそれらの組み合わせのうちの1つ以上を備えることが可能である。種々の実施形態では、放出されたイオンは、さらなるイオン処理、例えば、質量分析を受けるが、他の実施形態では、イオンの放出は、さらなる質量分析段階を必要としないように、質量選択方式(MSAE:質量選択軸方向放出)で発生する。
【0018】
本発明の圧力パルス/q降下の組み合わせのさらなる実施形態に関する側面によると、質量分析計のイオントラップにおいてイオンをフラグメント化するための方法であって、a)フラグメンテーションのために親イオンを選択することと、b)保持時間間隔の間、イオントラップ内に親イオンを保持することであって、イオントラップは、約1x10−4トール未満の動作圧力を有することと、c)保持時間間隔内の励起時間間隔中に、励起レベルにおけるマシュー安定性パラメータqを提供するために、RFトラップ電圧をイオントラップに提供することと、d)親イオンを励起およびフラグメント化するために、励起時間間隔中に、共鳴励起電圧をイオントラップに提供することと、e)第1の上昇圧力持続時間の間、約6x10−5トールから約5x10−4トールの間の範囲における第1の可変上昇圧力にイオントラップにおける圧力を上昇させるように、保持時間間隔のうちの少なくとも一部分の間、イオントラップ内に中性ガスを供給することによって、イオントラップ内の動作圧力の少なくとも約10%の非定常状態圧力の増加を提供することと、f)保持時間間隔内で、かつ励起時間間隔の後、共鳴励起電圧を終了し、イオントラップに印加するRFトラップ電圧を変更して、イオントラップ内に親イオンのフラグメントを保持するように励起レベル未満の保持レベルまでマシュー安定性パラメータqを低下させることとを含み、励起時間間隔および第1の上昇圧力持続時間は、時間において実質的に重複する方法が提供される。種々の実施形態では、qの励起レベルは、a)約0.15から約0.9の間、およびb)約0.15から約0.39の間であることが可能である。種々の実施形態では、共鳴励起電圧は、マシュー安定性パラメータqを保持レベルまで低下させるように変化されるイオントラップに印加されるRFトラップ電圧に実質的に同時に終了する。
【0019】
種々の実施形態では、qの保持レベルは、0.015を超えることが可能であり、qの冷気レベル未満の少なくとも10パーセントであることが可能である。種々の実施形態では、励起時間間隔は、励起時間間隔がイオントラップにおける動作圧力とは逆に変動するように、イオントラップにおける動作圧力に少なくとも部分的に基づいて決定される。さらに、共鳴励起電圧の振幅は、共鳴励起電圧の振幅が、イオントラップにおける動作圧力とは逆に変動するように、イオントラップにおける動作圧力に少なくとも部分的に基づいて決定可能である。種々の実施形態では、qの保持レベルは、i)イオントラップ内に親イオンを保持するのに十分高くなるように、かつii)親イオンの親m/zの約5分の1未満のフラグメントm/zを有する親イオンのフラグメントをイオントラップ内に保持するのに十分低くなるように決定される。
【0020】
圧力パルス/q降下の組み合わせの上述の実施形態を含む本発明の種々実施形態では、中性ガスは、1つ以上のパルス弁から中性ガスを注入することによって供給される。本発明の種々の実施形態では、中性ガスには、水素、ヘリウム、窒素、アルゴン、酸素、キセノン、クリプトン、メタン、およびそれらの組み合わせのうちの1つ以上が含まれる。本発明の種々の実施形態では、e)励起時間間隔前に、中性ガスをイオントラップ内に供給することを開始することを含み、第1の復元圧力値は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの範囲にある。種々の実施形態では、非定常状態圧力増加は、少なくとも50%であるか、またはいくつかの実施形態では、イオントラップ内の動作圧力の100%である。
【0021】
4000 QTRAPTMシステム(Applied Biosystems|MDS Sciex)を、MSデータの収集に使用し、全ての検出は、TurbolonsprayTMを使用して陽イオンモードで実行した。また、パルス化ガスをトラップ領域に導入することを可能にする改良型器具において実験を実行した。MS3がQqLIT上で実行される場合、フラグメンテーション(MS2)の第1の段階は、衝突セルにおいて衝突誘起解離(CID)を介して発生する。衝突セルにおいて生成されるフラグメントを、所与のエネルギー(典型的には、8eV)において特定の時間量の間、LITに移動した。短い冷却時間の後、対象のフラグメントは、分解DCを印加することによって単離され、励起ステップが開始された。典型的には、移動エネルギーを使用する状態で、励起時間は、フラグメントイオンの性質に応じて、70〜100ミリ秒で変動する。フラグメントイオンの移動に使用するエネルギーが増加する場合、フラグメントイオンにおける残存内部エネルギーが十分であり、その結果、低質量フラグメントイオンの励起および捕捉に必要な時間が少なくなることが観測された(典型的には、よりエネルギーの多いフラグメンテーションに関連する)。本手法を使用して、MS3フラグメンテーションを、約20ミリ秒の励起時間で実行した。種々の実施形態では、局所的圧力を増加させるパルス弁の使用は、例えば、フラグメンテーション効率のさらなる増加の形式において便益を示した。
【0022】
出願者の教示に関するこれらの特徴および他の特徴について本明細書に記載する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
当業者は、後述する図面が例証目的のためだけのものであることを理解する。図面は、出願者の教示の範囲を限定することを決して意図されない。
【図1a】図1aは、Qトラップ線形イオントラップ質量分析計を略図において図示する。
【図1b】図1bは、QトラップQ−q−Q線形イオントラップ質量分析計を略図において図示する。
【図2a】図2aは、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる1290Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は100ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの50mVである
【図2b】図2bは、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用する1290Da親イオンについて得られるスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は50ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの50mVである。
【図3a】図3aは、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる734Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は25ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの100mVである。
【図3b】図3bは、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる734Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は100ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの50mVである。
【図4】図4は、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる1522Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は100ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの75mVである。
【図5】図5は、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる1522Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は20ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの400mVである。
【図6】図6は、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる1522Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は10ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの700mVである。
【図7】図7は、線形イオントラップ(LIT)を有するイオン分析装置の略ブロック図を図示する。
【図8A】図8Aは、4重極線形イオントラップと、中性衝突分子のガスをトラップ内に注入する装置とを概略的に示す立面側面図である。
【図8B】図8Bは、図8Aに概略的に示す4重極トラップの立面端面図である。種々の実施形態を示すために、3つのガス注入ノズルが図面に追加されている。
【図9】図9は、中性衝突ガスの注入中および注入後の、イオン閉じ込め領域内の非定常状態圧力状態を表す例証的グラフである。
【図10】図10は、圧力の関数としての、質量選択軸方向放出(MSAE)効率に関する実験的に測定されたグラフである。
【図11】図11は、(a)衝突分子のガスの注入を行なわない場合、(b)ガス注入を行なう場合の、カフェインイオン(m/z=195.2)のフラグメンテーションから得られる質量スペクトルを比較する。
【図12】図12は、衝突分子のガスの注入を行なう場合(白丸)、ガス注入を行なわない場合(黒丸)の、励起時間の関数としての、リドカインイオン(m/z=235)のフラグメンテーション効率の2つのグラフを示す。
【図13】図13は、2つの異なる時間、25ミリ秒および100ミリ秒の間に励起される異なるm/z比率のイオンについてのフラグメンテーション効率における利得を比較する。フラグメンテーション効率における最大利得は、短い励起時間および小さいm/z比率について観測される。
【図14A】図14Aは、衝突分子のガスの注入を行なう場合の、Agilentイオン、つまり、1522Daの質量を有する2,2,4,4,6,6−ヘキサヒドロ−2,2,4,4,6,6−ヘキサキス((2,2,3,3,4,4,5,5−オクタフルオロペンチル)オキシ)−1,3,5,2,4,6−トリアザトリホスホリンとして既知である均一に置換されたフッ素化トリアザトリホスホリンのフラグメンテーションから得られる質量スペクトルを示す。マシューパラメータは、0.2373であり、397Daの低質量カットオフ未満のイオンフラグメントが容易に観測された。
【図14B】図14Bは、図14Aに類似の条件に関する質量スペクトルを示すが、衝突ガスは注入されなかった。観測された低質量フラグメントの量は、大幅に低下した。
【図15A】図15Aは、パルス弁を使用してイオン励起中に衝突分子のガスを注入する場合の、質量922Daのイオンのフラグメンテーションから得られる質量スペクトルを示す。低質量イオンフラグメントがトラップに保持され、質量スペクトルにおいて観測された。
【図15B】図15Bは、図15Aで使用された条件に対応する質量スペクトルを示すが、衝突ガスは、イオン励起中にイオントラップに注入されなかった。観測された低質量イオンフラグメントは実質的に少なかった。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本教示の種々の実施形態についてさらに説明する前に、本明細書および本技術分野において使用する種々の用語の使用について説明することが、その理解に有用になり得る。
【0025】
イオンフラグメンテーション処理に関連する用語の1つとして、「フラグメンテーション効率」が挙げられ、これは、フラグメントに変換される親分子の量の測定値として定義されることが可能である。100%のフラグメンテーション効率は、全ての親分子が、1つ以上の構成要素に分裂したことを意味する。追加の関連用語には、フラグメントを産生可能である速度と、後続のイオン処理にフラグメントが利用可能になる速度とが含まれる。
【0026】
多種多様のイオントラップが知られており、そのイオントラップのうちの1つの種類として、イオンの半径方向閉じ込めのためのRF多重極と、しばしばイオンの軸方向閉じ込めのための端部電極とを備える線形イオントラップが挙げられる。RF多重極は、一般的にロッドと呼ばれる偶数の細長い電極を備え、線形イオントラップにおいてしばしば見られる端部電極と区別するために、本明細書において半径方向閉じ込め電極とも呼ばれる。4つのロッドを備えるRF多重極は、4重極と呼ばれ、6つの場合は6重極、8つの場合は8重極等と呼ばれる。これらの電極(但し、一般的にロッドと呼ばれる)の断面は、必ずしも円形ではない。例えば、双曲線状の断面の電極(対向面が双曲線形状を有する電極)も使用することが可能である。例えば、John Raymond GibsonおよびStephen Taylorによる「Prediction of quadrupole mass filter performance for hyperbolic and circular cross section electrodes 」, Rapid Communications in Mass Spectrometry, Vol. 14, Issue 18, Pages 1669 − 1673 (2000)を参照されたい。種々の実施形態では、RF多重極を使用して、多重極のロッドにDC電位およびAC電位を印加することによって、イオンをトラップ、フィルタリング、および/または誘導することが可能である。電位のAC成分は、しばしばRF成分と呼ばれ、振幅および発振周波数により説明可能である。1つを超えるRF成分をRF多重極に印加することが可能である。イオントラップに関する種々の実施形態では、トラップRF成分を印加して、保持時間間隔の間、多重極内にイオンを半径方向に閉じ込め、イオン励起時間間隔の間に多重極の2つ以上の対向ロッドに印加される補助RF成分を使用して、並進エネルギーをイオンに与えることが可能である。
【0027】
図1aを参照すると、例えば、HagerおよびLe Blancによる米国特許第6,504,148号、rapid communications of mass spectrometry, 2003, 17, 1056−1064において記載されるような、本発明の側面に従って方法を実装するための使用に適切なqトラップイオントラップ質量分析計の特定の変形例の略図が図示される。また、本発明の異なる側面に従って方法を実装するために異なる質量分析計を使用してもよいことを、当業者は理解する。
【0028】
質量分析計の動作中、イオンは、オリフィス板14およびスキマー15を通って真空チャンバ12内に入る。例えば、MALDI、NANOSPRAY、またはESI等の任意の適切なイオン源11を使用することが可能である。質量分析計システム10は、ロッドQ0およびQ1の2つの細長い組を備える。これらのロッドの組は、4重極(すなわち、4つのロッドを有し得る)、6重極、8重極であってもよく、またはいくつかの他の適切な多重極構成を有してもよい。オリフィス板IQ1は、ロッド組Q0とQ1との間に設けられる。場合によっては、ロッド組の隣り合う対の間のフリンジ電場は、イオンの流れを歪め得る。スタビロッドQ1aは、イオンの流れを細長いロッド組Q1内に収束するのに役立つことが可能である。
【0029】
図1aに示すシステムでは、Q0においてイオンを衝突で冷却することが可能であり、一方、Q1は、線形イオントラップとして動作する。典型的には、RF電圧をロッドに印加し、適切なトラップ電圧を端部開口レンズに印加することによって、線形イオンストラップにおいてイオンをトラップすることが可能である。当然ながら、オフセット電圧をQ1に印加してイオンを軸方向にトラップするように電圧差を提供する場合、端部レンズ自体に実際に電圧を提供する必要はない。
【0030】
図1bを参照すると、Q−q−Qイオントラップ質量分析計の略図が図示される。図1aまたは図1bの質量分析計システム10のどちらかを使用して、本発明の異なる側面に従って方法を実装することが可能である。明確にするために、同一の参照番号を使用して、図1aおよび図1bの質量分析計システム10の類似要素を示す。簡潔にするために、図1aの説明は、図1bに関して繰り返さない。
【0031】
図1bの線形イオントラップ質量分析計システム10の構成では、Q1は、従来の透過RF/DC4重極質量分析計として動作し、Q3は、線形イオントラップとして動作する。Q2は、イオンが衝突ガスと衝突して、質量がより小さい生成物にフラグメント化する衝突セルである。場合により、Q2は、イオン−中性反応またはイオン−イオン反応を発生させて他の種類のフラグメントまたは付加物を生成する反応セルとしても使用可能である。
【0032】
動作中、前駆イオンの群がQ0に入り、その中で冷却された後、対象の特定の前駆イオンまたは親イオンは、Q1において選択され、Q2に送られることが可能である。衝突セルQ2では、この対象の親イオンまたは前駆イオンは、例えば、フラグメント化されて、対象のフラグメントを産生し、次いで、対象のフラグメントは、Q2から線形イオントラップQ3に放出される。Q3内において、Q2からのこの対象のフラグメントは、以下により詳細に説明するように、Q3において実行する後続の質量分析において対象の親イオンになることが可能である。
【0033】
図2aおよび図2bを参照すると、質量が1290Daである親イオンのフラグメンテーションスペクトルが図示される。フラグメンテーションスペクトルは、図1bの線形イオントラップQ3により生成される。Q3において分析する親イオンは、Q1において適切な前駆イオンを選択し、次いで、Q2においてこれらの前駆イオンをフラグメント化して、他のイオンの中から質量が1290Daの親イオンを提供することによって入手され得る。次いで、この質量が1290Daの親イオンは、Q3に送られ得る。グラフに示すように、使用するフラグメンテーション時間は異なるが、同じ励起電圧100mVp−pが用いられた。グラフにおいて示されるように、図2aの質量スペクトルのフラグメンテーション時間または励起時間間隔は、100ミリ秒であり、図2bのスペクトルのフラグメンテーション時間または励起時間間隔は、50ミリ秒であった。両事例では、Q3における圧力は、約3.5x10−5トールであった。図2aおよび図2bの両方のスペクトルを得るために、1つのq値、0.236を使用した。概して、イオンは、q値が0.907を超えると不安定になる。両スペクトルの低質量カットオフは、親イオンの質量の約26%、つまり約335Daであり、これは、当技術分野の大部分について典型的である。図2bのスペクトルは、この質量閾値未満の明らかなピークを含まない。図2bのスペクトルは、335Daの低質量カットオフの前後またはそれ未満の極めて小さいピークを示すのみである。
【0034】
図3aおよび図3bを参照すると、734Daのm/zのイオンについて得られるスペクトルが図示される。図2aおよび図2bの質量スペクトルと同様に、図3aおよび図3bの質量スペクトルは、図1bの質量分析計システム10のQ3を使用して生成された。この場合、Q3は、4.5x10−5の圧力で動作した。図3aのスペクトルの場合、qは、初めに0.236の励起レベルに保持され、その後、0.16の保持レベルまで降下された。より具体的には、qは、フラグメンテーション中、25ミリ秒の間、0.236のレベルに保持され、その後、qを0.16まで降下された。フラグメンテーション中、共鳴励起電圧振幅は200mVであった。
【0035】
図3bのスペクトルは、100ミリ秒のフラグメンテーション時間の間、100mVの共鳴励起電圧振幅をQ3に提供することによって生成された。図3aのスペクトルと同様に、図3bのスペクトルを提供するために、q値は、このフラグメンテーション時間中の0.236の初期値から、0.16のqの保持値まで降下された。
【0036】
図3aおよび図3bのスペクトルの比較により、フラグメンテーション時間を減少させ、かつこのフラグメンテーション時間の後にqを低下させて低質量のイオンの保持に役立てることによって、低質量カットオフにおける有意な利得を得ることが可能であることが明らかである。したがって、図3aのスペクトルでは、191Daまたは735Daの26%を大幅に下回る158.2Daにおいて有意なピークが存在する。対照的に、qが、100ミリ秒のより長い励起時間間隔の間に、より高いレベルの0.236に保持される場合、191Da閾値未満の有意なピークは存在しない。したがって、フラグメンテーション時間または励起時間間隔を短縮し、このフラグメンテーション時間の後にqを降下させることによって、有意な利得を得ることが可能である。フラグメンテーション時間におけるこの降下により生じるフラグメンテーション効率の任意の低下は、共鳴励起電圧振幅を増加させることによってある程度補うことが可能である。すなわち、図3aおよび図3bの質量スペクトルを比較すると、ピークは、191Daの閾値を超えるとほぼ同一であり、違いは、191Daの閾値未満において、図3aのスペクトルではピークが示されるが、図3bのスペクトルには示されないことにある。
【0037】
図3aおよび図3bのスペクトルは、質量の低いイオンを保持可能にする際に、フラグメンテーション時間の短縮が有利であり得ることを示すように見えるが、フラグメンテーション時間の延長が、依然として、比較的フラグメント化しにくい強い親イオンに適切であり得る。図4を参照すると、1522Daに同等のm/zの親イオンについて得られるスペクトルがグラフにおいて図示される。図2a、図2b、図3a、および図3bに関連して上述したスペクトルと同様に、図4の親イオンは、最初に、図1bのシステムのQ1において適切な前駆イオンを選択し、Q2において、これらの選択された前駆イオンをフラグメント化し、次いで、Q3において、これらの前駆イオンのフラグメントのうちの1つ、つまり1522Daのイオンについてさらなる分析を実行することによって得られる。図4のスペクトルを生成するために、Q3は、3.5x10−5トールの圧力で動作した。フラグメンテーション時間は100ミリ秒であり、共鳴励起電圧の振幅は150mVであった。Qは、フラグメンテーション時間中、0.236の励起レベルに維持され、次いで、0.08の保持レベルまで降下した。この場合、当技術分野の大部分に典型的である低質量カットオフは、395Daであり、図4のグラフにおいて、その低質量カットオフが示される。
【0038】
図4に示すように、本スペクトルは、395Daの典型的な低質量カットオフ閾値を大幅に下回ってピークを含む。恐らく、最も有意なピークは、251Daにおいて発生する。
【0039】
比較的フラグメント化しにくい強い親イオンに適切なフラグメンテーション時間の延長に加え、より高い共鳴励起電圧を使用することも有利であり得る。図5を参照すると、1522Daに同等であるm/zの親イオンについて得られるスペクトルがグラフにおいて図示される。上述のスペクトルと同様に、図5の親イオンは、最初に、図1bのシステムのQ1において適切な前駆イオンを選択し、Q2において、これらの選択された前駆イオンをフラグメント化し、次いで、Q3において、これらの前駆イオンのフラグメントのうちの1つ、つまり1522Daイオンのさらなる分析を実行することによって得られることが可能である。図5のスペクトルを生成するために、Q3は、4.7x10−5トールの圧力で動作した。フラグメンテーション時間は、20ミリ秒であり、共鳴励起電圧の振幅は800mVであった。Qは、フラグメンテーション時間中、0.4の励起レベルに維持され、次いで、0.083の保持レベルまで降下された。この場合、比較的高い共鳴励起電圧およびq値を考慮すると、当技術分野の大部分において典型的である低質量カットオフは、672Daとなり、図5のグラフにおいて、その低質量カットオフが示される。図示するように、図5のスペクトルは、672Daの典型的な低質量カットオフ閾値を大幅に下回ってピークを含む。
【0040】
さらに大きい共鳴励起電圧振幅を使用され得る。図6を参照すると、1522Daに同等であるm/zの親イオンについて得られるスペクトルがグラフにおいて図示される。上述のスペクトルと同様に、図6の親イオンは、最初に、図1bのシステムのQ1において適切な前駆イオンを選択し、Q2において、これらの選択された前駆イオンをフラグメント化し、次いで、Q3において、これらの前駆イオンのフラグメントのうちの1つ、つまり1522Daイオンのさらなる分析を実行することによって得られることが可能である。図6のスペクトルを生成するために、Q3は、4.7x10−5トールの圧力で動作した。フラグメンテーション時間は、10ミリ秒であり、共鳴励起電圧の振幅は、ゼロからピークの700mVであった。Qは、フラグメンテーション時間中、0.703の励起レベルに維持され、次いで、0.083の保持レベルまで降下した。この場合、比較的高い共鳴励起電圧およびq値を考慮すると、当技術分野の大部分において典型的である低質量カットオフは、1181Daとなり、図6のグラフにおいてその低質量カットオフが示される。図示するように、図6のスペクトルは、1181Daの典型的な低質量カットオフ閾値を大幅に下回ってピークを含む。
【0041】
本発明のさらなる側面についてさらに分かり易くするために、本方法の種々の側面および実施形態について、図7および図8A〜図8Bに関連して説明する。図7のブロック図は、イオントラップ220を備えるイオン分析装置を概略的に示し、イオントラップ220は、イオン源210とイオン後処理要素230との間に配置される。種々の実施形態では、イオン源210は、例えば、イオン化源(例えば、エレクトロスプレイの出口)、質量分析計の出口等であることが可能であり、後処理要素230は、例えば、質量分析計、タンデム量分析計、またはイオン検出装置であることが可能である。種々の実施形態では、イオントラップは、例えば、4重極LIT等の、線形イオントラップ(LIT)を備える。例えば、イオントラップ220は、例えば連続して配置されるいくつかの類似のイオントラップを備えることが可能である。イオントラップ220は、4重極線形イオントラップ、6重極線形イオントラップ、および多重極線形イオントラップが含まれるがこれらに限定されないいくつかの種類のイオントラップのうちの1つであることが可能である。種々の実施形態では、イオントラップ220は、イオン通路205に実質的に平行に配向されるイオン閉じ込め電極を有する4重極線形イオントラップである。種々の実施形態では、4重極線形イオントラップのロッド(半径方向閉じ込め電極)は、実質的に円形の断面を有する。
【0042】
典型的には、イオントラップを有するイオン分析装置では、イオン源210から生じるイオン(典型的には、ガス形態)は、実質的にイオン通路205に沿ってイオントラップ220内に輸送される。イオン輸送の通路は、しばしばイオン軸と呼ばれ、必ずしも直線状である必要はなく、すなわち、通路は、1回以上屈曲してもよい。イオントラップを通るイオン軸は、典型的には、トラップ内において軸方向であると考えられ、トラップ内においてイオン通路に垂直な方向は、半径方向と考えられる。イオントラップを使用して、イオンを空間的に拘束すること、およびイオンをある時間の間トラップ内に保持することが可能である。この保持時間中、例えば、電気的励起、フラグメンテーション、選択、化学反応、冷却、分光測定等の1つ以上のイオン関連動作を実行することが可能である。保持時間の後、イオンは、イオントラップから、例えば、検出器、質量分析計等のイオン後処理要素230内に放出される。例えば、LITからのイオンの放出は、例えば、イオントラップの軸205に沿ってイオン集団全体の放出を介して、質量選択軸方向放出(MSAE)を介して、トラップからの半径方向放出を介して発生することが可能である。
【0043】
動作中、イオン源からイオントラップへのイオンの輸送と、イオントラップから後処理要素へのイオンの輸送とは、典型的には、例えば、イオン損失、他のガスとのイオンの反応、過剰な検出器雑音等を回避するために、約10−3トール未満の減少圧力下で発生する。この圧力は、しばしば、トラップにおいて処理動作が発生していない場合、例えば、衝突または冷却ガスがイオントラップに添加されていない場合の、イオントラップチャンバ220に存在する基準圧力または環境圧力と呼ばれる。種々の実施形態では、定常状態背景圧力は、約5x10−5トール未満である。イオントラップからの放出時のイオンの損失および/またはイオントラップから後処理要素にイオンを輸送する効率は、環境圧力に依存し得る。種々の実施形態では、トラップからのイオンの放出時に、圧力は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの間である。種々の実施形態では、圧力は、約2x10−5トールから約7.5x10−5トールの間である。種々の実施形態では、圧力は、約2x10−5トールから約10−4トールの間である。
【0044】
図8A〜図8Bを参照すると、多重LITの種々の実施形態が概略的に示される。種々の実施形態では、多重極LITは、イオン通路205に実質的に平行にあるように構成される4つのロッド状電極310、半径方向閉じ込め電極と、イオンの軸方向閉じ込めを促進するエンドキャップ電極312とを備える。DC成分およびAC成分を含む電位は、ロッド310およびエンドキャップ電極に印加可能であり、イオンをトラップ内のイオン閉じ込め領域305に閉じ込める電場を生成する。
【0045】
イオン閉じ込め領域305内に保持されるイオンは、領域305の反対側に位置するロッド310の少なくとも2つに補助交流電位を印加することによって励起可能である。補助電位は、閉じ込め領域内に交流電場を生成し、これによりトラップ内におけるイオンの振動運動を加速する。イオンは、補助電位が印加される限り、運動エネルギーを得ることが可能である。得られた運動エネルギーは、イオンが、別の分子または原子との衝突を受ける場合に、内部イオンエネルギー(例えば、振動、回転、電子励起)に変換可能である。イオンの内部エネルギーは、複数の連続的な衝突により増加することが可能である。十分な内部エネルギーが利用可能である場合、フラグメンテーションがもたらされることが可能である。ロッドまたはエンドキャップ電極との衝突により、イオンの表面支援フラグメンテーションが、もたらされることが可能であるか、またはイオンの中和および損失がもたらされる可能性が高い。
【0046】
動作中、イオン源からイオントラップへのイオンの輸送と、イオントラップから後処理要素へのイオンの輸送は、典型的には、例えば、イオン損失、他のガスとのイオンの反応等を回避するために、約10−3トール未満の減少圧力下で発生する。この圧力は、しばしば、トラップにおいて処理動作が発生していない場合、例えば、衝突または冷却ガスがイオントラップに添加されていない場合の、イオントラップチャンバに存在する基準圧力または環境圧力と呼ばれる。種々の実施形態では、定常状態背景圧力は、約5x10−5トール未満である。イオントラップからの放出時のイオンの損失および/またはイオントラップから後処理要素にイオンを輸送する効率は、環境圧力に依存し得る。種々の実施形態では、トラップからのイオンの放出時に、圧力は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの間である。2x10−5トール未満では、MSAE(質量選択軸方向放出)の効率を損なう可能性がある。5.5x10−5トールを超えると、検出器雑音が許容可能でなくなる可能性がある。
【0047】
種々の実施形態では、本方法は、イオンをイオントラップ内に閉じ込め、中性ガスをイオントラップ内に供給して、第1の上昇圧力持続時間の間、トラップの少なくとも一部分内において、約5.5x10−5トールを超え、かつ約5x10−4トール未満である非定常状態圧力を生成する。例えば、図9を参照すると、種々の実施形態では、圧力は、基準動作圧力P0からピーク値PPkに上昇する。種々の実施形態では、ピーク値は、ガス注入の終了に実質的に一致する時に到達可能であるか、またはガス供給の終了後に発生可能であり、ガス供給装置の構成と真空チャンバ幾何学的形状とに依存する。種々の実施形態では、圧力は、図9の線422、424により境界付けられる領域として概略的に示す第1の上昇圧力持続時間の間、上昇圧力値P2を超えて上昇したままであり、最終的に、圧力は、基準動作圧力P0に復元する。種々の実施形態では、イオンフラグメンテーション中に到達するピーク圧力Ppkは、約5x10−4トール未満であり、上昇圧力持続時間は、約25ミリ秒未満であり、基準動作圧力P0は、約3.5x10−5トールであることが可能であり、種々の実施形態では、実質的に定常状態である。種々の実施形態では、本方法は、約5x10−4トール未満、および/もしくは約3x10−4トール未満の中性衝突ガス圧力PPkを使用し、ならびに/または種々の実施形態では、本方法は、約1x10−4トールを超えるおよび/または約2x10−4トールを超える上昇圧力値P2を使用する。
【0048】
種々の実施形態では、補助交流電場の印加は、イオントラップにおける圧力が、第1の上昇圧力(例えば、図9における線422)に到達する時と実質的に同時に印加される。補助交流電場は、弁を開放して圧力を増加させる時と同時に発生され得る。代替として、励起または補助交流電場は、弁が開放している合計時間を操作者が認識し、かつ圧力が高過ぎない限り、圧力がいくらか増加する機会を持った後に発生させてもよい。任意選択により、補助交流電場の印加の持続時間、つまり励起時間は、上昇圧力値P2を超える圧力上昇持続時間を過ぎて延長可能である。
【0049】
種々の実施形態では、励起時間は、約10ミリ秒を超え、約20ミリ秒を越え、約30ミリ秒を越え、および/または約5ミリ秒から約25ミリ秒の範囲にある。種々の実施形態では、第1の上昇圧力持続時間は、約5ミリ秒から約25ミリ秒の間の範囲である。種々の実施形態では、第1の上昇圧力持続時間は、圧力が上昇圧力値P2以上である時間に実質的に相当する。
【0050】
種々の側面では、本教示は、イオンをフラグメント化するための方法であって、励起電位の終了後、親イオンの低質量フラグメントの保持を促進する方法を提供する。種々の実施形態では、励起電位の終了後およびガス注入の終了後、トラップ中の圧力は、低下する(例えば、衝突ガスは、トラップから排出可能である)。衝突間の平均時間は、圧力が減少するにつれて増加するため、内部の「高温」イオンがフラグメント化する時間が増える。熱化率が低下すると、励起停止後のフラグメンテーションの時間スケールは、数ミリ秒以上延長可能になる。種々の実施形態では、RFトラップ電位および親イオン質量に関連するマシュー安定性qパラメータを低下させて、残存する高温親イオンが解離を継続し、かつより多くの低質量フラグメントを保持することを可能にすることができる。マシュー安定性qパラメータの低下は、RFトラップ電位振幅を低下させることによって、および/またはRF場の角駆動周波数を増加させることによって達成可能である。本方法は、低質量値へのフラグメンテーションスペクトルの質量範囲の拡張を促進する。
【0051】
本教示の方法の種々の実施形態は、中性ガスをイオントラップ内に供給することによって、イオントラップのイオン閉じ込め領域内において非定常状態圧力増加を生成する。多種多様の手段を使用して、中性衝突ガスをイオントラップのイオン閉じ込め領域に供給して、この非定常状態圧力増加を産生することが可能である。例えば、中性ガスは、トラップのイオン閉じ込め領域の近くに位置するパルス弁によりトラップ内に供給されることが可能である。次に図8A〜図8Bを参照すると、種々の実施形態では、ガス注入ノズル322を有するパルス弁330を使用して、例えば、管320により弁に連結されるガス供給部340からガスを供給する。ノズル322は、間に管320を含まずに弁330内に組み込み可能である。
【0052】
種々の実施形態では、パルス弁は、Lee Company, Westbrook, Connecticut, U.S.により供給される種類であって、約0.25ミリ秒の応答時間、約0.35ミリ秒の最小パルス持続時間、および約250x106周期の稼動寿命を有する種類であることが可能である。図8Aを参照すると、種々の実施形態では、ノズルは、ロッド310から距離d1362を置いて位置し、かつイオン閉じ込め領域305の中心から距離d2364を置いて位置することが可能である。種々の実施形態では、d1は約10mmであり、d2は約21mmである。4重極型のトラップでは、パルス弁は、イオン閉じ込め領域の中心からロッド直径の2.25倍よりも近くに位置しない。多くの実施形態では、パルス弁は、配列からの隣接ロッドの分離の少なくとも3倍に位置することが可能である。トラップ電位への摂動は、弁がより近い場合か、または弁が変形し得る材料から構成される場合に発生することがある。
【0053】
パルス弁330を、制御電子機器により遠隔動作して、ガスのイオントラップ内への噴出を導入することが可能である。注入された中性ガスは、衝突標的物をイオンに提供する。ガス注入のタイミングは、補助交流電位の印加に実質的に一致するように選択可能である。
【0054】
種々の実施形態では、ガスをノズル322から放出する際、ノズル322は、円錐状のプルームのガスを生成することが可能である。種々の実施形態では、ガス注入のために追加される装置は、プルーム324がイオン閉じ込め領域305に実質的に作用し、注入された分子とトラップされたイオンとの効率的な混合を促進するように、位置することが可能である。種々の実施形態では、ノズル自体は、所定のプルーム形状を供給するように設計されることが可能である。
【0055】
本教示の方法の種々の実施形態は、イオン保持時間の終了時に、トラップからイオンを放出する。種々の実施形態では、例えば、さらなるイオン光学系および/または処理要素へのイオンの移動を促進するために、放出前にトラップ中の圧力を第1の復元圧力値に低下させる。種々の実施形態では、例えば、装置に存在し得るイオン検出器により課される可能な動作圧力、および/または例えば、質量選択軸方向放出(MSAE)によってトラップからのイオンの効率的な放出のために選択される値の小さいほうの圧力に、第1の復元圧力値を選択することが可能である。概して、イオン検出器は、感圧器具であり、検出器の損傷を回避するために安全動作圧力未満で動作しなければならない。この安全動作圧力は、第1の復元圧力値として選択可能である。
【0056】
再び図9を参照すると、第1の復元圧力値を、基準動作圧力、P0に実質的に同等であるように選択することが可能であり、基準動作圧力、P0は、種々の実施形態では、イオントラップと組み合わせて使用する任意のイオン検出器の安全動作圧力、P1よりも低くなることが可能である。例えば、基準動作圧力は、5x10−5トールであってもよく、安全動作圧力は、9x10−5トールであってもよい。
【0057】
放出処理、例えば、MSAEは、それ自体、圧力依存性を有することが可能である。例えば、MSAE圧力依存性の例を、図10の実験的に決定されたグラフにおいて示すことが可能である。本グラフは、概して、MSAE効率が、試験を受ける実験構成のための約3.5x10−5トール未満の圧力について減少することを示す。種々の実施形態では、約5x10−5トールを超える圧力で発生する過剰な検出器雑音は、MSAE測定に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0058】
種々の実施形態では、MSAEは、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの間の圧力の範囲で実行される。種々の実施形態では、MSAEは、約2x10−5トールから約7.5x10−5トールの間の圧力の範囲で実行される。種々の実施形態では、MSAEは約2x10−5トールから約1x10−4トールの間の圧力の範囲で実行される。
【0059】
種々の実施形態では、中性衝突ガス供給により到達するピーク圧力Ppkは、イオントラップの基準動作圧力、P0≦5x10−5トールの約10倍以内である。種々の実施形態では、ピーク圧力の減少により、同一の体積および同一の真空ポンプ速度を有するイオンチャンバについて、圧力回復時間、例えば、チャンバが圧力P1に復元する時間であって、図9における線424と線426との間の時間を短縮することが可能であるため、種々の実施形態では、ピーク圧力上昇の低下の条件下でフラグメント化されたイオンは、より急速に後続のイオン処理に利用可能になることが可能である。
【0060】
(数値シミュレーション)
理論に縛られることなく、本教示の理解をさらに伝達および促進するために数値シミュレーションを提示する。例えば、双極子励起を介するイオンのフラグメンテーション率が、複雑に相互に関連する多数の変数に依存することが可能であることを理解されたい。例えば、励起振幅、励起の持続時間、衝突相手の質量、運動エネルギーから内部エネルギーへのイオンの変換効率、背景ガスとの減衰衝突によるイオンの内部エネルギー冷却率および/または放射冷却率、イオン内における内部エネルギーの再分布、衝突ガスの密度、ならびにフラグメント化する化学結合の種類等の全てが、要因であることが可能である。本明細書において、多種多様のイオン質量、ガス注入持続時間、励起振幅、励起時間、および圧力について実行した研究からの結果が提示される。
【0061】
イオンの内部自由度(振動および回転)への付与に利用可能なエネルギー量に対する上限は、イオンと衝突相手との間の質量中心衝突エネルギーを計算することによって推定可能である。質量中心衝突エネルギーEcmは、数式、
【0062】
【化3】
により決定可能である。式中、m1は、イオンの質量であり、m2は、中性衝突相手の質量であり、Elabは、基準実験室枠におけるイオンの運動エネルギーである。双極子励起の処理中、例えば、イオントラップの電極への補助交流電位の印加中、エネルギーは、運動エネルギーの形態でイオンに供給されるが、イオンは、存在し得る衝突ガスにおける中性分子との衝突により運動エネルギーを損失して、イオンは、運動エネルギー、E’labになる可能性があり、この場合、ダッシュ記号は、導関数を示すのではなく、変数Elabにより提供される値とは電位的に異なるエネルギー値であることを示すだけである。運動エネルギー損失量は、2つの値Elab、E’labの差異であり、以下の数式を使用して決定可能である。
【0063】
【化4】
数式(2)および数式(3)を使用して、EcmのElossとの関係は、
【0064】
【化5】
として記述可能であり、
これは、m1>>m2の場合に約0.5Elossとなる。励起中、イオンは、イオンの軌道における位置に依存して、高いおよび低い運動エネルギーの両方を有することが可能である。熱エネルギー級の衝突エネルギーでの衝突、例えば、軌道の種々の低運動エネルギー領域は、イオンの内部エネルギーの増加または減少をもたらすことが可能である。内部励起に利用可能なエネルギーの量は、質量中心衝突エネルギーに比例する。
【0065】
励起処理中のイオンへのエネルギー入力率、Ecm/衝突/単位時間は、イオンのフラグメンテーション率に影響を及ぼす。熱化率よりも速くイオンへのエネルギー入力率が増加する場合、およびイオンが電極と衝突しないか、そうでなければトラップから損失されない場合、イオンのフラグメンテーション率は、増加することが可能である。電極との衝突は、例えば、イオンの大部分を中和し、その損失をもたらす。
【0066】
これらの処理および本教示についてより理解するために、イオン軌道シミュレータを使用して、イオンへのエネルギー入力率を調査した。シミュレータは、個々の衝突毎の質量中心衝突エネルギー、イオンと中性衝突ガスとの両方の熱運動速度の効果、RF閉じ込め場(トラップ交流電位)の効果、および4重極電極の円形断面形状による高次場の効果を考慮する。
【0067】
エネルギー入力率、Ecm/衝突/単位時間は、運動エネルギーからイオンの内部エネルギーに変換可能であるエネルギーの量に対して上限を提供する。この率が、トラップにおける圧力および励起振幅Vexcに依存可能であることが分かっている。励起振幅、Vexcは、本明細書において、4重極電極のうちの2つに印加される補助交流電位のゼロからピークの振幅として解釈される。イオンに関するエネルギー利得の持続時間は、励起振幅に依存することが可能であり、例えば、Vexcが高過ぎる場合、イオンは、高横断振幅に到達することが可能であり、例えば、電極と衝突することが可能であり、エネルギー利得持続時間は短縮される。
【0068】
表1は、断面が実質的に円形であるロッドを有する線形ストラップ内において、A、B、およびCと示される3つの異なる条件下におけるイオンフラグメンテーションのシミュレーションからの結果を示す。第3の列に記載される励起振幅、Vexcは、シミュレーションにおいて4重極ロッドのうちの2つに印加される補助交流電位のゼロからピークの振幅を表す。結果として生じるイオン軌道の平均持続時間は、第4の列に記載され、ロッドとの衝突前にトラップ内においてイオンが振動を受ける時間量を平均で表す。得られたエネルギー入力率、Ecm/衝突/単位時間、単位時間毎の衝突、衝突/単位時間、および質量中心衝突総エネルギー、Ecmは、隣接する列に記載される。シミュレーションについて、衝突相手には、中性窒素分子が選ばれ、イオンには、レセルピン(m/z=609)が選択された。
【0069】
事例AおよびBでは、イオン閉じ込め領域内の圧力は、3.5x10−5トールであり、可能な最大励起時間は、100ミリ秒であり、補助電位の振幅、Vexcは、それぞれ7.5mV(0−pk)および30mV(0−pk)であった。事例Cでは、圧力は、3.5x10−4トールまで上昇し、Vexcは、30mV(0−pk)であり、励起時間は、25ミリ秒であった。表の結果は、10個のイオン軌道の平均から得られ、その軌道の各々は、個々の組の初期開始条件を有する。シミュレーションについて、イオンは、トラップの軸の1.0mmの半径内でランダムに分布された。次いで、イオンは、5ミリトールの圧力で5ミリ秒の時間の間、冷却された。窒素が、中性衝突ガスとして使用され、280Åの衝突断面積が使用された。最終的な空間座標および運動エネルギーが、シミュレーションの次の段階のための入力として使用された。シミュレーションの次の段階では、衝突頻度、散乱角、および初期RF相がランダムに選択された。
【0070】
【表1】
事例Aに対応するシミュレーションでは、イオンは、電極との衝突に十分大きい横断運動を得る前に、平均で約93ミリ秒の間加速された。励起振幅を30mV(0−pk)に増加させること(事例B)は、イオンへのエネルギー入力率、Ecm/衝突/単位時間を増加させるように確認されなかった。代わりに、イオン軌道は、1.8ミリ秒後に終了するようにシミュレーションにおいて確認され、衝突に利用可能なEcmの総量は、大幅に減少した。事例Bでは、シミュレーションにおけるイオンの大部分は、トラップ内でフラグメント化するのに十分なエネルギーを受ける前にロッドと衝突した。
【0071】
シミュレーション(事例C)において、イオン励起中およびVexc=30mV(0−pk)における励起中に、圧力が3.5x10−4トールに上昇するによって、イオン軌道のいずれもが25ミリ秒の時間上限の前に4重極ロッドで終了しないことが確認された。Ecm/衝突/単位時間の量は、事例AおよびBよりも約8倍増加したことが確認された。衝突に利用可能な合計Ecmは、シミュレーションにおける最大励起時間が、事例AおよびBの100ミリ秒から事例Cの25ミリ秒に減少したにもかかわらず、事例Aよりも2倍を上回って増加し、事例Bよりも125倍を上回って増加したことが示された。イオン軌道の平均持続時間は、事例Bから事例Cにおいて増加し、これは、中性ガス分子との衝突の増加によるものと考えられる。ゆえに、理論に縛られることなく、低圧力LITにおけるフラグメンテーション中の圧力の増加が、イオンへのエネルギー入力率における増加と、トラップからの損失によるイオンの大幅な損失、例えば、電極との衝突をもたらさない高めの励起振幅の使用とを提供することが可能であると考えられる。理論に縛られることなく、衝突ガスが、イオン軌道の横断運動を弱める緩衝剤としての役割を果たすことが考えられる。
【実施例】
【0072】
(実施例)
4重極線形イオントラップにおいてイオンフラグメンテーション実験を実行した。これらの実験の詳細および結果は、例として提示される。これらの実施例は、本教示の種々の実施形態を示すが、本教示の範囲を限定するように解釈されない。
【0073】
イオンフラグメンテーション実験は、改良型Applied Biosystems 4000 Q Trap(登録商標)4重極線形イオントラップにおいて実行された。イオントラップのイオン閉じ込めロッドの断面は、実質的に円形であった。パルス弁を使用して、衝突ガス(窒素)を供給し、配置は、図2Aに示す配置と類似した。パルス弁は、Lee Company, Westbrook, Connecticut, U.S.からの弁であり、0.25ミリ秒の応答時間、2億5000万サイクルとして指定される動作寿命、および0.35ミリ秒の最小パルス持続時間を有する弁であった。ある時間の間、パルス弁を開放することにより、イオンの双極子励起中に、線形イオントラップの少なくとも一部分における圧力の増加が可能になる。実験は、5ミリ秒から100ミリ秒の範囲のガス注入パルス持続時間を使用して実行されたが、典型的な持続時間は25ミリ秒である。これらの実験では、真空と圧力との連動は、検出器を保護するために、9.5x10−5トールの真空計の数値に設定された。真空計は、LITを収容する真空チャンバに取り付けられ、ゆえに、計器で測定された圧力は、ガス注入後のLITのイオントラップ領域における圧力値よりも低かった。圧力の差異は、ガス注入源、例えば、パルス弁からの距離と、注入されたガスの分散に起因した。パルス弁は、窒素の150トールの背圧を有し、弁は、0.076mmの直径の出口開口を有した。LITチャンバにおける基準圧力は、パルス弁が閉じた状態で、3.7x10−5トールであった。パルス弁は、RFトラップ場を干渉せずに、可能な限り線形イオントラップに近くに配置した。実験では、弁のオリフィスは、4重極ロッド組立体の中心から約21mm置いて位置し、例えば、図2Aにおける距離264は、約21mmであった。種々の実施形態では、弁またはその出力オフィリスのイオン閉じ込め領域に対する近位位置は、イオン閉じ込め領域内の所望の圧力上昇に必要な注入ガスの総量を減少させることが可能である。
【0074】
質量範囲が129m/zから514.7m/zに及ぶ表2に列挙する5つの化合物についてフラグメンテーション実験を実行した。解離後、質量分析計においてイオンフラグメントを分析した。実質的に表2に示す質量範囲におけるフラグメンテーション質量スペクトルを統合することによって、化合物毎にフラグメンテーション効率を計算した。
【0075】
【表2】
(実施例1:カフェイン)
カフェインイオン、m/z=195のフラグメンテーションの中性衝突の中性衝突ガスの注入しない場合と、注入する場合との比較について図11に示す。上部のスペクトル(a)は、フラグメンテーション中に衝突ガスが注入されない条件に対応し、3.7x10−5トールの基準圧力において親イオンを12.5mV(0−pk)振幅で励起する場合に、2.1%のフラグメンテーション効率を生じる。下部のスペクトルは、衝突ガスの注入に使用されるパルス弁により同一のイオンを21.5mV(0−pk)の振幅で励起する場合の13.1%のフラグメンテーション効率を示す。各試行について、励起時間は、25ミリ秒であった。本実験では、衝突ガスの注入が、6倍を超えてフラグメンテーション効率を増加させた。
【0076】
(実施例2:リドカイン)
衝突ガスを注入しない場合、短い励起時間の間に、より少ないフラグメンテーションが観測された。図12を参照すると、衝突ガス注入を行なう場合(白丸)および注入を行なわない場合(黒丸)のリドカインイオン、m/z=235のフラグメンテーション効率が示される。10ミリ秒の励起時間では、フラグメンテーション効率は、注入を行なわない場合、約10%であり、注入を行なった場合約75%であり、フラグメンテーション効率における利得は、約7.5であった。25ミリ秒の励起時間では、効率の利得は、約2.9に降下し、100ミリ秒では、利得は、またさらに約1.3まで降下する。データによると、本イオンについてガス注入を行なう場合のフラグメンテーション効率が、約25ミリ秒を超える励起時間では大幅に改善されることはないが、一方、同一のイオンについてガス注入を行なわないフラグメンテーション効率は、最大150ミリ秒の励起時間までは、徐々に改善されることが示される。しかしながら、本教示を使用する衝突ガスを含まない場合の150ミリ秒において見られる同一の効率が、本教示を使用する衝突ガスを含む場合の約25ミリ秒において得られることが可能である。
【0077】
(実施例3:励起時間)
2つの異なる励起時間について種々のm/z比率に関するガス注入を行なわない条件に比較して、衝突ガス注入の条件下でイオンフラグメンテーション効率における利得のグラフを図13に示す。フラグメント化されたイオンは、表2に列挙されるイオンであった。2つのデータ組は、25ミリ秒(黒丸)と100ミリ秒(白丸)との励起時間に対応して示される。測定毎に、励起振幅は、親イオンのフラグメンテーションを最大化するように選択された。図13のデータでは、短い励起時間および低イオン質量について、フラグメンテーション効率における観測利得が最大であることが示される。
【0078】
(実施例4:低質量フラグメント)
励起電位の終了後、線形イオントラップにおける低質量イオンフラグメントの存在を検出するために実験を実行した。実験のマシューパラメータは、q=0.2373であった。本値では、低質量カットオフは、約397Da:LMCO=1522・0.2373÷0.908である。試行は、イオン励起中のトラップへのガス注入を行なう場合およびガス注入を行なわない場合について実行された。図14A〜図14Bの実験的に測定された質量スペクトルは、Agilentイオン、つまり、2,2,4,4,6,6−ヘキサヒドロ−2,2,4,4,6,6−ヘキサキス((2,2,3,3,4,4,5,5−オクタフルオロペンチル)オキシ)−1,3,5,2,4,6−トリアザトリホスホリンとして既知である均一に置換されたフッ素化トリアザトリホスホリン(本イオンについての特許を質量キャリブラントとして保持する米国特許第5,872,357号参照)であって、1522Daの質量を有するものについて、これらのフラグメンテーション実験から得られた。スペクトルは、秒当たりのカウントで、約150Daから約450Daの質量の範囲について、検出されたイオンからの信号強度を記録する。両方の事例での励起時間は、約20ミリ秒であった。
【0079】
(励起後のq値の低下)
図14Aのイオンフラグメンテーション測定では、パルス弁によるガス注入によって、イオン閉じ込め領域における圧力が上昇した。低質量イオンフラグメントが観測され、また、励起qを上述のように低下させた場合に、典型的なLMCO未満の質量を含むイオンも観測された。図14Bのフラグメンテーション測定では、フラグメンテーション中に衝突ガスは注入されなかった。観測された低質量フラグメントは大幅に少なかった。
【0080】
上昇圧力でのフラグメンテーション処理中に効率的に低質量イオンが生成されるため、イオントラップqパラメータを、初期LMCO値未満の質量を有するフラグメントを保持するように低下させることが可能である。qパラメータを低下させると、LMCO値は低下し、より多くの低質量イオンがトラップに保持される。上述のように、qパラメータは、トラップの電極に印加するイオントラップRF電位を低下させ、および/またはRF電位の角周波数を増加させることによって、低下させることが可能である。qの減少は、時間において実質的に線形の減少、時間において実質的に区分的な減少、実質において非線形の減少、およびそれらの組み合わせのうちの1つ以上を含むことが可能である。
【0081】
図15A〜図15Bは、イオントラップ内における低質量イオンフラグメント保持に関する別の例を提供する。本例では、質量922Daのイオンが、約0.237の初期q値で励起された。このq値により、図15Bに示すように、約240DaのLMCO値が生じる。図15Aに示す事例では、パルス弁を使用して、励起中にトラップの不活性ガスを注入した。初期LMCO未満の低質量イオンフラグメントは、質量スペクトルにおいて明確に見られる。図15Bに示す事例では、励起中に、イオントラップにガスは注入されなかった。初期LMCOを超えて観測された低質量フラグメントは、より少なく、初期LMCO未満では、低質量フラグメントは実質的に観測されなかった。したがって、励起中に不活性ガスをトラップ中に提供することを、励起後にqパラメータを減少させることと組み合わせることは、有利であり得る。
【0082】
特許、特許出願、論説、書籍、論文、およびウェブページを含むがこれらに限定されない本出願に引用する全ての文献および類似の資料は、このような文献および類似の資料の形式にかかわらず、参照によりその全体が明示的に組み込まれる。定義された用語、用語の用法、説明する技法、またはその同等物を含むがこれらに限定されない組み込まれた文献および類似の資料のうちの1つ以上が本出願とは異なるか、または本出願に矛盾する場合、本出願が支配する。
【0083】
本明細書に使用する項の表題は、構成目的のためだけのものであり、説明する主題を限定するものとして決して解釈されない。
【0084】
種々の実施形態および実施例に関連して本教示について説明したが、本教示をこのような実施形態および実施例に限定することを意図しない。逆に、本教示は、当業者が理解する種々の代替、修正、および同等物を包含する。
【0085】
請求項は、その趣旨について記述がない限り、説明する順番または要素に限定されるものとして読まれるべきではない。添付の請求項の精神および範囲から逸脱することなく、形式および詳細における種々の変更を当業者が加えてもよいことを理解されたい。以下の請求項およびその同等物の精神および範囲内で生じる全ての実施形態は、請求される。
【0086】
本発明の他の変形および修正が可能である。例えば、多くの異なる線形イオントラップ質量分析計システム(上述のシステムに加えて)を使用して、本発明の異なる実施形態の側面に従って方法を実装してもよい。加えて、全てのこのような修正または変形は、本明細書に添付する請求項により規定される本発明の領域および範囲内にあると考えられる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、概して、線形イオントラップ質量分析計を動作する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオントラップは、分子の研究および分析に有用な科学器具である。このような器具は、イオンが閉じ込められる空間の小領域を囲繞する複数の電極を含む。振動電場および静電場を電極に印加して、トラップ電位を生成する。このトラップ電位内に移動するイオンは、トラップされ、すなわち、イオン閉じ込め領域に運動を制限される。
【0003】
トラップにイオンを保持している間、イオン化分子の収集は、種々の動作を受けてもよい(例えば、フラグメンテーションまたはフィルタリング等であるが、これらに限定されない)。次いで、イオンは、トラップから質量分析計内に送られることが可能であり、質量分析計において、イオンの収集の質量スペクトルを得ることが可能である。代替として、イオンは、質量スペクトルを直接得るためにトラップからスキャン可能である。スペクトルは、イオンの組成に関する情報を示す。本手順の後、未知の試料の化学的組成を識別することが可能になり、薬物、化学、セキュリティ、犯罪学、およびその他の分野に有用な情報が提供される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
イオンフラグメンテーションは、イオンをその構成要素の一部または全部に分解または解離する処理である。一般的に、これは、交流電位(RF電位)をトラップの電極に印加して、トラップ中のイオンに運動エネルギーを与えることによって、イオントラップにおいて実行される。加速イオンは、トラップ内の他の分子と衝突し、十分高い衝突エネルギーでは、イオンのフラグメンテーションをもたらすことが可能である。しかしながら、全てのRF電位が、イオンのフラグメンテーションをもたらすわけではない。いくつかのRF電位は、例えば、RF周波数、振幅、またはその両方に起因して、イオンがイオントラップの要素と衝突するか、またはトラップから放出されるようにイオンを軌道に置く。他の振動運動は、振幅が十分でない場合があるため、イオンのフラグメント化には不十分なエネルギーを与える場合がある。このような低振幅、低エネルギーの事例のいくつかでは、イオンは、衝突中に、エネルギーを損失する場合がある。加えて、例えば、10−3トール以上の範囲における高衝突ガス圧力および/または、例えば、600mV(グランドからピーク)以上の範囲における高励起振幅が、高フラグメンテーション効率の達成に必要であることが、当技術分野の大部分において示される。
【課題を解決するための手段】
【0005】
種々の実施形態では、従来の方法で使用するものよりも低い衝突ガス圧力および低いRF励起振幅を使用して、フラグメントイオンを産生するイオントラップを動作するための方法が提供される。種々の実施形態では、従来の方法で使用するものよりも低い衝突ガス圧力、低いRF励起振幅、および長い励起時間を使用する方法が提供される。種々の実施形態では、RF多重極を備える線形イオントラップとともに使用するための方法が提供され、この場合、多重極のロッド(半径方向閉じ込め電極)は、実質的に円形の断面を有する。
【0006】
種々の実施形態では、イオントラップは、非線形逆電位を有するイオントラップ場を産生可能である実質的に円形の断面を含むロッド(半径方向電極)を有する4重極線形イオントラップを備える。種々の実施形態では、実質的に円形の断面の電極は、トラップRF場とイオン運動との位相のずれによる電極との衝突に起因する、イオンの損失の低減を促進する。
【0007】
種々の実施形態では、補助交流電位の振幅または共鳴励起電圧振幅は、(a)約250mV(ゼロからピーク)未満、(b)約125mV(ゼロからピーク)未満、(c)約50mV(ゼロからピーク)から約250mV(ゼロからピーク)の間の範囲、(d)約50mV(ゼロからピーク)から約125mV(ゼロからピーク)の間の範囲、および/または(e)約50mVから約100mVの間の範囲のうちの1つ以上である。種々の実施形態では、補助交流電位は、(a)約10ミリ秒(ms)を超える、(b)約20ミリ秒を超える、(a)約30ミリ秒を超える、(c)約2ミリ秒から約50ミリ秒の間の範囲、および/または(d)約1ミリ秒から約150ミリ秒の間の範囲のうちの1つ以上である励起時間の間に印加される。補助交流電位の印加の持続時間は、中性ガスの供給と実質的に一致するように選択可能である。代替として、中性ガスの供給は、補助交流電位の印加開始の直前、例えば、数ミリ秒前に開始してもよい。しかしながら、補助交流電位の印加の持続時間は、依然として、中性ガスの供給と時間において実質的に重複するように選択可能である。
【0008】
種々の実施形態では、イオンがトラップに保持される間、中性ガスは、例えば、約30ミリ秒未満の持続時間の間、パルス弁によりトラップに注入することによって供給される。種々の実施形態では、中性ガスの供給は、イオン保持時間の終了前に終了する。励起時間の後、残存ガスは、イオンチャンバから排出可能であり、その結果、チャンバ内の圧力値は、さらなるイオン処理に適切な、例えば、イオン冷却、イオン選択、イオン検出、励起、冷却、および質量分析を含むがこれらに限定されない後続のイオン処理に適切な第1の復元圧力に復元する。種々の実施形態では、第1の復元圧力値は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの間の範囲にあることが可能である。
【0009】
種々の実施形態では、補助交流電位の振幅は、特定の質量範囲および/または励起されるイオンの質量範囲に対応する事前設定された範囲にあるように選択されることが可能である。例えば、励起振幅は、50Daから約500Daの間の範囲内の質量を有するイオンについて、約50ミリボルト(0−pk)から約300ミリボルト(0−pk)の間の範囲にあることが可能であり、約500Daから約5000Daの間の範囲内の質量を有するイオンについて、約100ミリボルト(0−pk)から約1000ミリボルト(0−pk)の間の範囲にあることが可能であり、その他の範囲も可能である。励起時間間隔は、補助交流電位とは逆に変動可能である。
【0010】
特定のイオンの運動は、質量分析器のマシューパラメータaおよびqによって制御される。陽イオンでは、これらのパラメータは、以下のように、端子から接地に印加される電位の特性に関連する。
【0011】
【化1】
式中、eは、イオンにおける電荷であり、mionは、イオン質量であり、Ω=2πfであって、fはRF周波数であり、Uは、極から接地までのDC電圧であり、Vは、各極から接地までのゼロからピークのRF電圧である。電位が、極の対と接地との間に異なる電圧により印加される場合、UおよびVは、それぞれ、ロッド対間のDC電圧の1/2と、ゼロからピークのAC電圧とである。xおよびyの両方の方向における安定イオン運動を提供するaおよびqの組み合わせは、通常、安定線図において示される。
【0012】
種々の実施形態では、第1の上昇圧力値は、(a)約5x10−4トール未満、(b)約3x10−4トール未満、(c)約5.5x10−5から約5x10−4トールの間の範囲、(d)約5.5x10−5から約3x10−4トールの間の範囲、および/または(e)約1x10−4トールから約5x10−4トールの間の範囲のうちの1つ以上である。水素、ヘリウム、窒素、アルゴン、酸素、キセノン、クリプトン、メタン、およびそれらの組み合わせが含まれるがこれらに限定されない多種多様の中性ガスを使用して、非定常状態圧力を生成することが可能である。
【0013】
種々の実施形態では、励起電位の終了後に、親イオンの低質量フラグメントの保持を増加させるための方法が提供される。種々の実施形態では、励起電位の終了後、トラップ交流電位(トラップRF)のq値を低下させる。RFトラップ電位のqの低下は、残存する高温(励起)親イオンが解離を継続し、かつより多くの低質量フラグメントを保持することが可能であるように低下可能である。マシュー安定性qパラメータの低下は、RFトラップ電位振幅を低下させることによって、および/またはRFトラップ電位の角周波数を増加させることによって達成可能である。種々の実施形態では、これらの方法は、低質量値へのフラグメンテーションスペクトルの質量範囲の拡張を促進する。種々の実施形態では、qは、少なくとも10%だけ、場合により少なくとも30%または60%だけ低下される。
【0014】
種々の実施形態では、本発明の方法は、親イオンの初期励起の後にq値を低下させることによって、イオントラップに保持されるイオンフラグメント質量の範囲を増加させることが可能である。例えば、親イオンは、最初に、qexcのq値で励起され、その後、qhの値までqを低下させる。値qhは、親イオンのqの高質量カットオフ値として実験的に決定され、すなわち、使用され、かつトラップに親イオンを依然として保持し得るqの最小値として実験的に決定可能である。q値の低下により、イオントラップに保持されるイオンフラグメント質量の範囲の割合の増加Δ%が、以下の量だけもたらされる。
【0015】
【化2】
式中、割合の増加は、トラップ、すなわち、m−LMCOにおいて保持されるイオンフラグメント質量の初期範囲に関連して表現される。
【0016】
種々の実施形態では、励起電位の終了後に親イオンの低質量フラグメントの保持を増加するための方法が提供される。種々の実施形態では、励起電位の終了後およびガス注入の終了後、トラップ中の圧力は低下し、トラップ交流電位(トラップRF)のq値は低下する。圧力の低下により、衝突間の平均時間が増加するため、内部の「高温」イオンがフラグメント化する時間が増える。熱化率が低下すると、励起停止後のフラグメンテーションの時間スケールは、励起が停止した後に、数ミリ秒以上延長可能になる。種々の実施形態では、RFトラップ電位のqを低下させて、残存する高温親イオンが解離を継続し、かつより多くの低質量フラグメントを保持することを可能にする。マシュー安定性qパラメータは、RFトラップ電位振幅を低下させることによって、および/またはRFトラッピング電位の角周波数を増加させることによって低下可能である。これらの方法は、低質量値へのフラグメンテーションスペクトルの質量範囲の拡張を促進する。
【0017】
種々の実施形態では、イオンをフラグメント化するための方法であって、(a)RF4重極部分を備える線形イオントラップのイオン閉じ込め領域において、RF4重極部分に関連する第1のマシュー安定性パラメータq値を有する第1のトラップ交流電位により、保持時間の間、イオンを保持するステップと、(b)第1の上昇圧力持続時間の間、約6x10−5トールから約5x10−4トールの間の範囲における第1の可変上昇圧力に、イオントラップにおける圧力を上昇させるように、保持時間間隔の少なくとも一部分の間、中性ガスをイオントラップ内に供給することによって、イオントラップ内の動作圧力の少なくとも10%の非定常状態圧力を提供するステップと、(c)励起時間の間、イオンに補助交流電場を受けさせることによって、イオン閉じ込め領域内において、イオンの少なくとも一部分を励起するステップと、(d)第1の安定性パラメータq値よりも低い第2のマシュー安定性パラメータq値を有する第2のトラップ交流電位を提供するために、第1のトラップ交流電位の振幅および角周波数のうちの1つ以上を変動させるステップと、(e)保持時間の終了時に、イオントラップからイオンを放出するステップと、を含む方法が提供される。qの減少は、時間において実質的に線形の減少、時間において実質的に区分的な減少、実質において非線形の減少、およびそれらの組み合わせのうちの1つ以上を備えることが可能である。種々の実施形態では、放出されたイオンは、さらなるイオン処理、例えば、質量分析を受けるが、他の実施形態では、イオンの放出は、さらなる質量分析段階を必要としないように、質量選択方式(MSAE:質量選択軸方向放出)で発生する。
【0018】
本発明の圧力パルス/q降下の組み合わせのさらなる実施形態に関する側面によると、質量分析計のイオントラップにおいてイオンをフラグメント化するための方法であって、a)フラグメンテーションのために親イオンを選択することと、b)保持時間間隔の間、イオントラップ内に親イオンを保持することであって、イオントラップは、約1x10−4トール未満の動作圧力を有することと、c)保持時間間隔内の励起時間間隔中に、励起レベルにおけるマシュー安定性パラメータqを提供するために、RFトラップ電圧をイオントラップに提供することと、d)親イオンを励起およびフラグメント化するために、励起時間間隔中に、共鳴励起電圧をイオントラップに提供することと、e)第1の上昇圧力持続時間の間、約6x10−5トールから約5x10−4トールの間の範囲における第1の可変上昇圧力にイオントラップにおける圧力を上昇させるように、保持時間間隔のうちの少なくとも一部分の間、イオントラップ内に中性ガスを供給することによって、イオントラップ内の動作圧力の少なくとも約10%の非定常状態圧力の増加を提供することと、f)保持時間間隔内で、かつ励起時間間隔の後、共鳴励起電圧を終了し、イオントラップに印加するRFトラップ電圧を変更して、イオントラップ内に親イオンのフラグメントを保持するように励起レベル未満の保持レベルまでマシュー安定性パラメータqを低下させることとを含み、励起時間間隔および第1の上昇圧力持続時間は、時間において実質的に重複する方法が提供される。種々の実施形態では、qの励起レベルは、a)約0.15から約0.9の間、およびb)約0.15から約0.39の間であることが可能である。種々の実施形態では、共鳴励起電圧は、マシュー安定性パラメータqを保持レベルまで低下させるように変化されるイオントラップに印加されるRFトラップ電圧に実質的に同時に終了する。
【0019】
種々の実施形態では、qの保持レベルは、0.015を超えることが可能であり、qの冷気レベル未満の少なくとも10パーセントであることが可能である。種々の実施形態では、励起時間間隔は、励起時間間隔がイオントラップにおける動作圧力とは逆に変動するように、イオントラップにおける動作圧力に少なくとも部分的に基づいて決定される。さらに、共鳴励起電圧の振幅は、共鳴励起電圧の振幅が、イオントラップにおける動作圧力とは逆に変動するように、イオントラップにおける動作圧力に少なくとも部分的に基づいて決定可能である。種々の実施形態では、qの保持レベルは、i)イオントラップ内に親イオンを保持するのに十分高くなるように、かつii)親イオンの親m/zの約5分の1未満のフラグメントm/zを有する親イオンのフラグメントをイオントラップ内に保持するのに十分低くなるように決定される。
【0020】
圧力パルス/q降下の組み合わせの上述の実施形態を含む本発明の種々実施形態では、中性ガスは、1つ以上のパルス弁から中性ガスを注入することによって供給される。本発明の種々の実施形態では、中性ガスには、水素、ヘリウム、窒素、アルゴン、酸素、キセノン、クリプトン、メタン、およびそれらの組み合わせのうちの1つ以上が含まれる。本発明の種々の実施形態では、e)励起時間間隔前に、中性ガスをイオントラップ内に供給することを開始することを含み、第1の復元圧力値は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの範囲にある。種々の実施形態では、非定常状態圧力増加は、少なくとも50%であるか、またはいくつかの実施形態では、イオントラップ内の動作圧力の100%である。
【0021】
4000 QTRAPTMシステム(Applied Biosystems|MDS Sciex)を、MSデータの収集に使用し、全ての検出は、TurbolonsprayTMを使用して陽イオンモードで実行した。また、パルス化ガスをトラップ領域に導入することを可能にする改良型器具において実験を実行した。MS3がQqLIT上で実行される場合、フラグメンテーション(MS2)の第1の段階は、衝突セルにおいて衝突誘起解離(CID)を介して発生する。衝突セルにおいて生成されるフラグメントを、所与のエネルギー(典型的には、8eV)において特定の時間量の間、LITに移動した。短い冷却時間の後、対象のフラグメントは、分解DCを印加することによって単離され、励起ステップが開始された。典型的には、移動エネルギーを使用する状態で、励起時間は、フラグメントイオンの性質に応じて、70〜100ミリ秒で変動する。フラグメントイオンの移動に使用するエネルギーが増加する場合、フラグメントイオンにおける残存内部エネルギーが十分であり、その結果、低質量フラグメントイオンの励起および捕捉に必要な時間が少なくなることが観測された(典型的には、よりエネルギーの多いフラグメンテーションに関連する)。本手法を使用して、MS3フラグメンテーションを、約20ミリ秒の励起時間で実行した。種々の実施形態では、局所的圧力を増加させるパルス弁の使用は、例えば、フラグメンテーション効率のさらなる増加の形式において便益を示した。
【0022】
出願者の教示に関するこれらの特徴および他の特徴について本明細書に記載する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
当業者は、後述する図面が例証目的のためだけのものであることを理解する。図面は、出願者の教示の範囲を限定することを決して意図されない。
【図1a】図1aは、Qトラップ線形イオントラップ質量分析計を略図において図示する。
【図1b】図1bは、QトラップQ−q−Q線形イオントラップ質量分析計を略図において図示する。
【図2a】図2aは、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる1290Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は100ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの50mVである
【図2b】図2bは、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用する1290Da親イオンについて得られるスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は50ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの50mVである。
【図3a】図3aは、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる734Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は25ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの100mVである。
【図3b】図3bは、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる734Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は100ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの50mVである。
【図4】図4は、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる1522Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は100ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの75mVである。
【図5】図5は、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる1522Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は20ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの400mVである。
【図6】図6は、図1bの線形イオントラップ質量分析計システムを使用して得られる1522Da親イオンについてのスペクトルをグラフにおいて図示し、フラグメンテーションまたは励起時間間隔は10ミリ秒であり、共鳴励起電圧振幅は、ゼロからピークの700mVである。
【図7】図7は、線形イオントラップ(LIT)を有するイオン分析装置の略ブロック図を図示する。
【図8A】図8Aは、4重極線形イオントラップと、中性衝突分子のガスをトラップ内に注入する装置とを概略的に示す立面側面図である。
【図8B】図8Bは、図8Aに概略的に示す4重極トラップの立面端面図である。種々の実施形態を示すために、3つのガス注入ノズルが図面に追加されている。
【図9】図9は、中性衝突ガスの注入中および注入後の、イオン閉じ込め領域内の非定常状態圧力状態を表す例証的グラフである。
【図10】図10は、圧力の関数としての、質量選択軸方向放出(MSAE)効率に関する実験的に測定されたグラフである。
【図11】図11は、(a)衝突分子のガスの注入を行なわない場合、(b)ガス注入を行なう場合の、カフェインイオン(m/z=195.2)のフラグメンテーションから得られる質量スペクトルを比較する。
【図12】図12は、衝突分子のガスの注入を行なう場合(白丸)、ガス注入を行なわない場合(黒丸)の、励起時間の関数としての、リドカインイオン(m/z=235)のフラグメンテーション効率の2つのグラフを示す。
【図13】図13は、2つの異なる時間、25ミリ秒および100ミリ秒の間に励起される異なるm/z比率のイオンについてのフラグメンテーション効率における利得を比較する。フラグメンテーション効率における最大利得は、短い励起時間および小さいm/z比率について観測される。
【図14A】図14Aは、衝突分子のガスの注入を行なう場合の、Agilentイオン、つまり、1522Daの質量を有する2,2,4,4,6,6−ヘキサヒドロ−2,2,4,4,6,6−ヘキサキス((2,2,3,3,4,4,5,5−オクタフルオロペンチル)オキシ)−1,3,5,2,4,6−トリアザトリホスホリンとして既知である均一に置換されたフッ素化トリアザトリホスホリンのフラグメンテーションから得られる質量スペクトルを示す。マシューパラメータは、0.2373であり、397Daの低質量カットオフ未満のイオンフラグメントが容易に観測された。
【図14B】図14Bは、図14Aに類似の条件に関する質量スペクトルを示すが、衝突ガスは注入されなかった。観測された低質量フラグメントの量は、大幅に低下した。
【図15A】図15Aは、パルス弁を使用してイオン励起中に衝突分子のガスを注入する場合の、質量922Daのイオンのフラグメンテーションから得られる質量スペクトルを示す。低質量イオンフラグメントがトラップに保持され、質量スペクトルにおいて観測された。
【図15B】図15Bは、図15Aで使用された条件に対応する質量スペクトルを示すが、衝突ガスは、イオン励起中にイオントラップに注入されなかった。観測された低質量イオンフラグメントは実質的に少なかった。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本教示の種々の実施形態についてさらに説明する前に、本明細書および本技術分野において使用する種々の用語の使用について説明することが、その理解に有用になり得る。
【0025】
イオンフラグメンテーション処理に関連する用語の1つとして、「フラグメンテーション効率」が挙げられ、これは、フラグメントに変換される親分子の量の測定値として定義されることが可能である。100%のフラグメンテーション効率は、全ての親分子が、1つ以上の構成要素に分裂したことを意味する。追加の関連用語には、フラグメントを産生可能である速度と、後続のイオン処理にフラグメントが利用可能になる速度とが含まれる。
【0026】
多種多様のイオントラップが知られており、そのイオントラップのうちの1つの種類として、イオンの半径方向閉じ込めのためのRF多重極と、しばしばイオンの軸方向閉じ込めのための端部電極とを備える線形イオントラップが挙げられる。RF多重極は、一般的にロッドと呼ばれる偶数の細長い電極を備え、線形イオントラップにおいてしばしば見られる端部電極と区別するために、本明細書において半径方向閉じ込め電極とも呼ばれる。4つのロッドを備えるRF多重極は、4重極と呼ばれ、6つの場合は6重極、8つの場合は8重極等と呼ばれる。これらの電極(但し、一般的にロッドと呼ばれる)の断面は、必ずしも円形ではない。例えば、双曲線状の断面の電極(対向面が双曲線形状を有する電極)も使用することが可能である。例えば、John Raymond GibsonおよびStephen Taylorによる「Prediction of quadrupole mass filter performance for hyperbolic and circular cross section electrodes 」, Rapid Communications in Mass Spectrometry, Vol. 14, Issue 18, Pages 1669 − 1673 (2000)を参照されたい。種々の実施形態では、RF多重極を使用して、多重極のロッドにDC電位およびAC電位を印加することによって、イオンをトラップ、フィルタリング、および/または誘導することが可能である。電位のAC成分は、しばしばRF成分と呼ばれ、振幅および発振周波数により説明可能である。1つを超えるRF成分をRF多重極に印加することが可能である。イオントラップに関する種々の実施形態では、トラップRF成分を印加して、保持時間間隔の間、多重極内にイオンを半径方向に閉じ込め、イオン励起時間間隔の間に多重極の2つ以上の対向ロッドに印加される補助RF成分を使用して、並進エネルギーをイオンに与えることが可能である。
【0027】
図1aを参照すると、例えば、HagerおよびLe Blancによる米国特許第6,504,148号、rapid communications of mass spectrometry, 2003, 17, 1056−1064において記載されるような、本発明の側面に従って方法を実装するための使用に適切なqトラップイオントラップ質量分析計の特定の変形例の略図が図示される。また、本発明の異なる側面に従って方法を実装するために異なる質量分析計を使用してもよいことを、当業者は理解する。
【0028】
質量分析計の動作中、イオンは、オリフィス板14およびスキマー15を通って真空チャンバ12内に入る。例えば、MALDI、NANOSPRAY、またはESI等の任意の適切なイオン源11を使用することが可能である。質量分析計システム10は、ロッドQ0およびQ1の2つの細長い組を備える。これらのロッドの組は、4重極(すなわち、4つのロッドを有し得る)、6重極、8重極であってもよく、またはいくつかの他の適切な多重極構成を有してもよい。オリフィス板IQ1は、ロッド組Q0とQ1との間に設けられる。場合によっては、ロッド組の隣り合う対の間のフリンジ電場は、イオンの流れを歪め得る。スタビロッドQ1aは、イオンの流れを細長いロッド組Q1内に収束するのに役立つことが可能である。
【0029】
図1aに示すシステムでは、Q0においてイオンを衝突で冷却することが可能であり、一方、Q1は、線形イオントラップとして動作する。典型的には、RF電圧をロッドに印加し、適切なトラップ電圧を端部開口レンズに印加することによって、線形イオンストラップにおいてイオンをトラップすることが可能である。当然ながら、オフセット電圧をQ1に印加してイオンを軸方向にトラップするように電圧差を提供する場合、端部レンズ自体に実際に電圧を提供する必要はない。
【0030】
図1bを参照すると、Q−q−Qイオントラップ質量分析計の略図が図示される。図1aまたは図1bの質量分析計システム10のどちらかを使用して、本発明の異なる側面に従って方法を実装することが可能である。明確にするために、同一の参照番号を使用して、図1aおよび図1bの質量分析計システム10の類似要素を示す。簡潔にするために、図1aの説明は、図1bに関して繰り返さない。
【0031】
図1bの線形イオントラップ質量分析計システム10の構成では、Q1は、従来の透過RF/DC4重極質量分析計として動作し、Q3は、線形イオントラップとして動作する。Q2は、イオンが衝突ガスと衝突して、質量がより小さい生成物にフラグメント化する衝突セルである。場合により、Q2は、イオン−中性反応またはイオン−イオン反応を発生させて他の種類のフラグメントまたは付加物を生成する反応セルとしても使用可能である。
【0032】
動作中、前駆イオンの群がQ0に入り、その中で冷却された後、対象の特定の前駆イオンまたは親イオンは、Q1において選択され、Q2に送られることが可能である。衝突セルQ2では、この対象の親イオンまたは前駆イオンは、例えば、フラグメント化されて、対象のフラグメントを産生し、次いで、対象のフラグメントは、Q2から線形イオントラップQ3に放出される。Q3内において、Q2からのこの対象のフラグメントは、以下により詳細に説明するように、Q3において実行する後続の質量分析において対象の親イオンになることが可能である。
【0033】
図2aおよび図2bを参照すると、質量が1290Daである親イオンのフラグメンテーションスペクトルが図示される。フラグメンテーションスペクトルは、図1bの線形イオントラップQ3により生成される。Q3において分析する親イオンは、Q1において適切な前駆イオンを選択し、次いで、Q2においてこれらの前駆イオンをフラグメント化して、他のイオンの中から質量が1290Daの親イオンを提供することによって入手され得る。次いで、この質量が1290Daの親イオンは、Q3に送られ得る。グラフに示すように、使用するフラグメンテーション時間は異なるが、同じ励起電圧100mVp−pが用いられた。グラフにおいて示されるように、図2aの質量スペクトルのフラグメンテーション時間または励起時間間隔は、100ミリ秒であり、図2bのスペクトルのフラグメンテーション時間または励起時間間隔は、50ミリ秒であった。両事例では、Q3における圧力は、約3.5x10−5トールであった。図2aおよび図2bの両方のスペクトルを得るために、1つのq値、0.236を使用した。概して、イオンは、q値が0.907を超えると不安定になる。両スペクトルの低質量カットオフは、親イオンの質量の約26%、つまり約335Daであり、これは、当技術分野の大部分について典型的である。図2bのスペクトルは、この質量閾値未満の明らかなピークを含まない。図2bのスペクトルは、335Daの低質量カットオフの前後またはそれ未満の極めて小さいピークを示すのみである。
【0034】
図3aおよび図3bを参照すると、734Daのm/zのイオンについて得られるスペクトルが図示される。図2aおよび図2bの質量スペクトルと同様に、図3aおよび図3bの質量スペクトルは、図1bの質量分析計システム10のQ3を使用して生成された。この場合、Q3は、4.5x10−5の圧力で動作した。図3aのスペクトルの場合、qは、初めに0.236の励起レベルに保持され、その後、0.16の保持レベルまで降下された。より具体的には、qは、フラグメンテーション中、25ミリ秒の間、0.236のレベルに保持され、その後、qを0.16まで降下された。フラグメンテーション中、共鳴励起電圧振幅は200mVであった。
【0035】
図3bのスペクトルは、100ミリ秒のフラグメンテーション時間の間、100mVの共鳴励起電圧振幅をQ3に提供することによって生成された。図3aのスペクトルと同様に、図3bのスペクトルを提供するために、q値は、このフラグメンテーション時間中の0.236の初期値から、0.16のqの保持値まで降下された。
【0036】
図3aおよび図3bのスペクトルの比較により、フラグメンテーション時間を減少させ、かつこのフラグメンテーション時間の後にqを低下させて低質量のイオンの保持に役立てることによって、低質量カットオフにおける有意な利得を得ることが可能であることが明らかである。したがって、図3aのスペクトルでは、191Daまたは735Daの26%を大幅に下回る158.2Daにおいて有意なピークが存在する。対照的に、qが、100ミリ秒のより長い励起時間間隔の間に、より高いレベルの0.236に保持される場合、191Da閾値未満の有意なピークは存在しない。したがって、フラグメンテーション時間または励起時間間隔を短縮し、このフラグメンテーション時間の後にqを降下させることによって、有意な利得を得ることが可能である。フラグメンテーション時間におけるこの降下により生じるフラグメンテーション効率の任意の低下は、共鳴励起電圧振幅を増加させることによってある程度補うことが可能である。すなわち、図3aおよび図3bの質量スペクトルを比較すると、ピークは、191Daの閾値を超えるとほぼ同一であり、違いは、191Daの閾値未満において、図3aのスペクトルではピークが示されるが、図3bのスペクトルには示されないことにある。
【0037】
図3aおよび図3bのスペクトルは、質量の低いイオンを保持可能にする際に、フラグメンテーション時間の短縮が有利であり得ることを示すように見えるが、フラグメンテーション時間の延長が、依然として、比較的フラグメント化しにくい強い親イオンに適切であり得る。図4を参照すると、1522Daに同等のm/zの親イオンについて得られるスペクトルがグラフにおいて図示される。図2a、図2b、図3a、および図3bに関連して上述したスペクトルと同様に、図4の親イオンは、最初に、図1bのシステムのQ1において適切な前駆イオンを選択し、Q2において、これらの選択された前駆イオンをフラグメント化し、次いで、Q3において、これらの前駆イオンのフラグメントのうちの1つ、つまり1522Daのイオンについてさらなる分析を実行することによって得られる。図4のスペクトルを生成するために、Q3は、3.5x10−5トールの圧力で動作した。フラグメンテーション時間は100ミリ秒であり、共鳴励起電圧の振幅は150mVであった。Qは、フラグメンテーション時間中、0.236の励起レベルに維持され、次いで、0.08の保持レベルまで降下した。この場合、当技術分野の大部分に典型的である低質量カットオフは、395Daであり、図4のグラフにおいて、その低質量カットオフが示される。
【0038】
図4に示すように、本スペクトルは、395Daの典型的な低質量カットオフ閾値を大幅に下回ってピークを含む。恐らく、最も有意なピークは、251Daにおいて発生する。
【0039】
比較的フラグメント化しにくい強い親イオンに適切なフラグメンテーション時間の延長に加え、より高い共鳴励起電圧を使用することも有利であり得る。図5を参照すると、1522Daに同等であるm/zの親イオンについて得られるスペクトルがグラフにおいて図示される。上述のスペクトルと同様に、図5の親イオンは、最初に、図1bのシステムのQ1において適切な前駆イオンを選択し、Q2において、これらの選択された前駆イオンをフラグメント化し、次いで、Q3において、これらの前駆イオンのフラグメントのうちの1つ、つまり1522Daイオンのさらなる分析を実行することによって得られることが可能である。図5のスペクトルを生成するために、Q3は、4.7x10−5トールの圧力で動作した。フラグメンテーション時間は、20ミリ秒であり、共鳴励起電圧の振幅は800mVであった。Qは、フラグメンテーション時間中、0.4の励起レベルに維持され、次いで、0.083の保持レベルまで降下された。この場合、比較的高い共鳴励起電圧およびq値を考慮すると、当技術分野の大部分において典型的である低質量カットオフは、672Daとなり、図5のグラフにおいて、その低質量カットオフが示される。図示するように、図5のスペクトルは、672Daの典型的な低質量カットオフ閾値を大幅に下回ってピークを含む。
【0040】
さらに大きい共鳴励起電圧振幅を使用され得る。図6を参照すると、1522Daに同等であるm/zの親イオンについて得られるスペクトルがグラフにおいて図示される。上述のスペクトルと同様に、図6の親イオンは、最初に、図1bのシステムのQ1において適切な前駆イオンを選択し、Q2において、これらの選択された前駆イオンをフラグメント化し、次いで、Q3において、これらの前駆イオンのフラグメントのうちの1つ、つまり1522Daイオンのさらなる分析を実行することによって得られることが可能である。図6のスペクトルを生成するために、Q3は、4.7x10−5トールの圧力で動作した。フラグメンテーション時間は、10ミリ秒であり、共鳴励起電圧の振幅は、ゼロからピークの700mVであった。Qは、フラグメンテーション時間中、0.703の励起レベルに維持され、次いで、0.083の保持レベルまで降下した。この場合、比較的高い共鳴励起電圧およびq値を考慮すると、当技術分野の大部分において典型的である低質量カットオフは、1181Daとなり、図6のグラフにおいてその低質量カットオフが示される。図示するように、図6のスペクトルは、1181Daの典型的な低質量カットオフ閾値を大幅に下回ってピークを含む。
【0041】
本発明のさらなる側面についてさらに分かり易くするために、本方法の種々の側面および実施形態について、図7および図8A〜図8Bに関連して説明する。図7のブロック図は、イオントラップ220を備えるイオン分析装置を概略的に示し、イオントラップ220は、イオン源210とイオン後処理要素230との間に配置される。種々の実施形態では、イオン源210は、例えば、イオン化源(例えば、エレクトロスプレイの出口)、質量分析計の出口等であることが可能であり、後処理要素230は、例えば、質量分析計、タンデム量分析計、またはイオン検出装置であることが可能である。種々の実施形態では、イオントラップは、例えば、4重極LIT等の、線形イオントラップ(LIT)を備える。例えば、イオントラップ220は、例えば連続して配置されるいくつかの類似のイオントラップを備えることが可能である。イオントラップ220は、4重極線形イオントラップ、6重極線形イオントラップ、および多重極線形イオントラップが含まれるがこれらに限定されないいくつかの種類のイオントラップのうちの1つであることが可能である。種々の実施形態では、イオントラップ220は、イオン通路205に実質的に平行に配向されるイオン閉じ込め電極を有する4重極線形イオントラップである。種々の実施形態では、4重極線形イオントラップのロッド(半径方向閉じ込め電極)は、実質的に円形の断面を有する。
【0042】
典型的には、イオントラップを有するイオン分析装置では、イオン源210から生じるイオン(典型的には、ガス形態)は、実質的にイオン通路205に沿ってイオントラップ220内に輸送される。イオン輸送の通路は、しばしばイオン軸と呼ばれ、必ずしも直線状である必要はなく、すなわち、通路は、1回以上屈曲してもよい。イオントラップを通るイオン軸は、典型的には、トラップ内において軸方向であると考えられ、トラップ内においてイオン通路に垂直な方向は、半径方向と考えられる。イオントラップを使用して、イオンを空間的に拘束すること、およびイオンをある時間の間トラップ内に保持することが可能である。この保持時間中、例えば、電気的励起、フラグメンテーション、選択、化学反応、冷却、分光測定等の1つ以上のイオン関連動作を実行することが可能である。保持時間の後、イオンは、イオントラップから、例えば、検出器、質量分析計等のイオン後処理要素230内に放出される。例えば、LITからのイオンの放出は、例えば、イオントラップの軸205に沿ってイオン集団全体の放出を介して、質量選択軸方向放出(MSAE)を介して、トラップからの半径方向放出を介して発生することが可能である。
【0043】
動作中、イオン源からイオントラップへのイオンの輸送と、イオントラップから後処理要素へのイオンの輸送とは、典型的には、例えば、イオン損失、他のガスとのイオンの反応、過剰な検出器雑音等を回避するために、約10−3トール未満の減少圧力下で発生する。この圧力は、しばしば、トラップにおいて処理動作が発生していない場合、例えば、衝突または冷却ガスがイオントラップに添加されていない場合の、イオントラップチャンバ220に存在する基準圧力または環境圧力と呼ばれる。種々の実施形態では、定常状態背景圧力は、約5x10−5トール未満である。イオントラップからの放出時のイオンの損失および/またはイオントラップから後処理要素にイオンを輸送する効率は、環境圧力に依存し得る。種々の実施形態では、トラップからのイオンの放出時に、圧力は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの間である。種々の実施形態では、圧力は、約2x10−5トールから約7.5x10−5トールの間である。種々の実施形態では、圧力は、約2x10−5トールから約10−4トールの間である。
【0044】
図8A〜図8Bを参照すると、多重LITの種々の実施形態が概略的に示される。種々の実施形態では、多重極LITは、イオン通路205に実質的に平行にあるように構成される4つのロッド状電極310、半径方向閉じ込め電極と、イオンの軸方向閉じ込めを促進するエンドキャップ電極312とを備える。DC成分およびAC成分を含む電位は、ロッド310およびエンドキャップ電極に印加可能であり、イオンをトラップ内のイオン閉じ込め領域305に閉じ込める電場を生成する。
【0045】
イオン閉じ込め領域305内に保持されるイオンは、領域305の反対側に位置するロッド310の少なくとも2つに補助交流電位を印加することによって励起可能である。補助電位は、閉じ込め領域内に交流電場を生成し、これによりトラップ内におけるイオンの振動運動を加速する。イオンは、補助電位が印加される限り、運動エネルギーを得ることが可能である。得られた運動エネルギーは、イオンが、別の分子または原子との衝突を受ける場合に、内部イオンエネルギー(例えば、振動、回転、電子励起)に変換可能である。イオンの内部エネルギーは、複数の連続的な衝突により増加することが可能である。十分な内部エネルギーが利用可能である場合、フラグメンテーションがもたらされることが可能である。ロッドまたはエンドキャップ電極との衝突により、イオンの表面支援フラグメンテーションが、もたらされることが可能であるか、またはイオンの中和および損失がもたらされる可能性が高い。
【0046】
動作中、イオン源からイオントラップへのイオンの輸送と、イオントラップから後処理要素へのイオンの輸送は、典型的には、例えば、イオン損失、他のガスとのイオンの反応等を回避するために、約10−3トール未満の減少圧力下で発生する。この圧力は、しばしば、トラップにおいて処理動作が発生していない場合、例えば、衝突または冷却ガスがイオントラップに添加されていない場合の、イオントラップチャンバに存在する基準圧力または環境圧力と呼ばれる。種々の実施形態では、定常状態背景圧力は、約5x10−5トール未満である。イオントラップからの放出時のイオンの損失および/またはイオントラップから後処理要素にイオンを輸送する効率は、環境圧力に依存し得る。種々の実施形態では、トラップからのイオンの放出時に、圧力は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの間である。2x10−5トール未満では、MSAE(質量選択軸方向放出)の効率を損なう可能性がある。5.5x10−5トールを超えると、検出器雑音が許容可能でなくなる可能性がある。
【0047】
種々の実施形態では、本方法は、イオンをイオントラップ内に閉じ込め、中性ガスをイオントラップ内に供給して、第1の上昇圧力持続時間の間、トラップの少なくとも一部分内において、約5.5x10−5トールを超え、かつ約5x10−4トール未満である非定常状態圧力を生成する。例えば、図9を参照すると、種々の実施形態では、圧力は、基準動作圧力P0からピーク値PPkに上昇する。種々の実施形態では、ピーク値は、ガス注入の終了に実質的に一致する時に到達可能であるか、またはガス供給の終了後に発生可能であり、ガス供給装置の構成と真空チャンバ幾何学的形状とに依存する。種々の実施形態では、圧力は、図9の線422、424により境界付けられる領域として概略的に示す第1の上昇圧力持続時間の間、上昇圧力値P2を超えて上昇したままであり、最終的に、圧力は、基準動作圧力P0に復元する。種々の実施形態では、イオンフラグメンテーション中に到達するピーク圧力Ppkは、約5x10−4トール未満であり、上昇圧力持続時間は、約25ミリ秒未満であり、基準動作圧力P0は、約3.5x10−5トールであることが可能であり、種々の実施形態では、実質的に定常状態である。種々の実施形態では、本方法は、約5x10−4トール未満、および/もしくは約3x10−4トール未満の中性衝突ガス圧力PPkを使用し、ならびに/または種々の実施形態では、本方法は、約1x10−4トールを超えるおよび/または約2x10−4トールを超える上昇圧力値P2を使用する。
【0048】
種々の実施形態では、補助交流電場の印加は、イオントラップにおける圧力が、第1の上昇圧力(例えば、図9における線422)に到達する時と実質的に同時に印加される。補助交流電場は、弁を開放して圧力を増加させる時と同時に発生され得る。代替として、励起または補助交流電場は、弁が開放している合計時間を操作者が認識し、かつ圧力が高過ぎない限り、圧力がいくらか増加する機会を持った後に発生させてもよい。任意選択により、補助交流電場の印加の持続時間、つまり励起時間は、上昇圧力値P2を超える圧力上昇持続時間を過ぎて延長可能である。
【0049】
種々の実施形態では、励起時間は、約10ミリ秒を超え、約20ミリ秒を越え、約30ミリ秒を越え、および/または約5ミリ秒から約25ミリ秒の範囲にある。種々の実施形態では、第1の上昇圧力持続時間は、約5ミリ秒から約25ミリ秒の間の範囲である。種々の実施形態では、第1の上昇圧力持続時間は、圧力が上昇圧力値P2以上である時間に実質的に相当する。
【0050】
種々の側面では、本教示は、イオンをフラグメント化するための方法であって、励起電位の終了後、親イオンの低質量フラグメントの保持を促進する方法を提供する。種々の実施形態では、励起電位の終了後およびガス注入の終了後、トラップ中の圧力は、低下する(例えば、衝突ガスは、トラップから排出可能である)。衝突間の平均時間は、圧力が減少するにつれて増加するため、内部の「高温」イオンがフラグメント化する時間が増える。熱化率が低下すると、励起停止後のフラグメンテーションの時間スケールは、数ミリ秒以上延長可能になる。種々の実施形態では、RFトラップ電位および親イオン質量に関連するマシュー安定性qパラメータを低下させて、残存する高温親イオンが解離を継続し、かつより多くの低質量フラグメントを保持することを可能にすることができる。マシュー安定性qパラメータの低下は、RFトラップ電位振幅を低下させることによって、および/またはRF場の角駆動周波数を増加させることによって達成可能である。本方法は、低質量値へのフラグメンテーションスペクトルの質量範囲の拡張を促進する。
【0051】
本教示の方法の種々の実施形態は、中性ガスをイオントラップ内に供給することによって、イオントラップのイオン閉じ込め領域内において非定常状態圧力増加を生成する。多種多様の手段を使用して、中性衝突ガスをイオントラップのイオン閉じ込め領域に供給して、この非定常状態圧力増加を産生することが可能である。例えば、中性ガスは、トラップのイオン閉じ込め領域の近くに位置するパルス弁によりトラップ内に供給されることが可能である。次に図8A〜図8Bを参照すると、種々の実施形態では、ガス注入ノズル322を有するパルス弁330を使用して、例えば、管320により弁に連結されるガス供給部340からガスを供給する。ノズル322は、間に管320を含まずに弁330内に組み込み可能である。
【0052】
種々の実施形態では、パルス弁は、Lee Company, Westbrook, Connecticut, U.S.により供給される種類であって、約0.25ミリ秒の応答時間、約0.35ミリ秒の最小パルス持続時間、および約250x106周期の稼動寿命を有する種類であることが可能である。図8Aを参照すると、種々の実施形態では、ノズルは、ロッド310から距離d1362を置いて位置し、かつイオン閉じ込め領域305の中心から距離d2364を置いて位置することが可能である。種々の実施形態では、d1は約10mmであり、d2は約21mmである。4重極型のトラップでは、パルス弁は、イオン閉じ込め領域の中心からロッド直径の2.25倍よりも近くに位置しない。多くの実施形態では、パルス弁は、配列からの隣接ロッドの分離の少なくとも3倍に位置することが可能である。トラップ電位への摂動は、弁がより近い場合か、または弁が変形し得る材料から構成される場合に発生することがある。
【0053】
パルス弁330を、制御電子機器により遠隔動作して、ガスのイオントラップ内への噴出を導入することが可能である。注入された中性ガスは、衝突標的物をイオンに提供する。ガス注入のタイミングは、補助交流電位の印加に実質的に一致するように選択可能である。
【0054】
種々の実施形態では、ガスをノズル322から放出する際、ノズル322は、円錐状のプルームのガスを生成することが可能である。種々の実施形態では、ガス注入のために追加される装置は、プルーム324がイオン閉じ込め領域305に実質的に作用し、注入された分子とトラップされたイオンとの効率的な混合を促進するように、位置することが可能である。種々の実施形態では、ノズル自体は、所定のプルーム形状を供給するように設計されることが可能である。
【0055】
本教示の方法の種々の実施形態は、イオン保持時間の終了時に、トラップからイオンを放出する。種々の実施形態では、例えば、さらなるイオン光学系および/または処理要素へのイオンの移動を促進するために、放出前にトラップ中の圧力を第1の復元圧力値に低下させる。種々の実施形態では、例えば、装置に存在し得るイオン検出器により課される可能な動作圧力、および/または例えば、質量選択軸方向放出(MSAE)によってトラップからのイオンの効率的な放出のために選択される値の小さいほうの圧力に、第1の復元圧力値を選択することが可能である。概して、イオン検出器は、感圧器具であり、検出器の損傷を回避するために安全動作圧力未満で動作しなければならない。この安全動作圧力は、第1の復元圧力値として選択可能である。
【0056】
再び図9を参照すると、第1の復元圧力値を、基準動作圧力、P0に実質的に同等であるように選択することが可能であり、基準動作圧力、P0は、種々の実施形態では、イオントラップと組み合わせて使用する任意のイオン検出器の安全動作圧力、P1よりも低くなることが可能である。例えば、基準動作圧力は、5x10−5トールであってもよく、安全動作圧力は、9x10−5トールであってもよい。
【0057】
放出処理、例えば、MSAEは、それ自体、圧力依存性を有することが可能である。例えば、MSAE圧力依存性の例を、図10の実験的に決定されたグラフにおいて示すことが可能である。本グラフは、概して、MSAE効率が、試験を受ける実験構成のための約3.5x10−5トール未満の圧力について減少することを示す。種々の実施形態では、約5x10−5トールを超える圧力で発生する過剰な検出器雑音は、MSAE測定に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0058】
種々の実施形態では、MSAEは、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの間の圧力の範囲で実行される。種々の実施形態では、MSAEは、約2x10−5トールから約7.5x10−5トールの間の圧力の範囲で実行される。種々の実施形態では、MSAEは約2x10−5トールから約1x10−4トールの間の圧力の範囲で実行される。
【0059】
種々の実施形態では、中性衝突ガス供給により到達するピーク圧力Ppkは、イオントラップの基準動作圧力、P0≦5x10−5トールの約10倍以内である。種々の実施形態では、ピーク圧力の減少により、同一の体積および同一の真空ポンプ速度を有するイオンチャンバについて、圧力回復時間、例えば、チャンバが圧力P1に復元する時間であって、図9における線424と線426との間の時間を短縮することが可能であるため、種々の実施形態では、ピーク圧力上昇の低下の条件下でフラグメント化されたイオンは、より急速に後続のイオン処理に利用可能になることが可能である。
【0060】
(数値シミュレーション)
理論に縛られることなく、本教示の理解をさらに伝達および促進するために数値シミュレーションを提示する。例えば、双極子励起を介するイオンのフラグメンテーション率が、複雑に相互に関連する多数の変数に依存することが可能であることを理解されたい。例えば、励起振幅、励起の持続時間、衝突相手の質量、運動エネルギーから内部エネルギーへのイオンの変換効率、背景ガスとの減衰衝突によるイオンの内部エネルギー冷却率および/または放射冷却率、イオン内における内部エネルギーの再分布、衝突ガスの密度、ならびにフラグメント化する化学結合の種類等の全てが、要因であることが可能である。本明細書において、多種多様のイオン質量、ガス注入持続時間、励起振幅、励起時間、および圧力について実行した研究からの結果が提示される。
【0061】
イオンの内部自由度(振動および回転)への付与に利用可能なエネルギー量に対する上限は、イオンと衝突相手との間の質量中心衝突エネルギーを計算することによって推定可能である。質量中心衝突エネルギーEcmは、数式、
【0062】
【化3】
により決定可能である。式中、m1は、イオンの質量であり、m2は、中性衝突相手の質量であり、Elabは、基準実験室枠におけるイオンの運動エネルギーである。双極子励起の処理中、例えば、イオントラップの電極への補助交流電位の印加中、エネルギーは、運動エネルギーの形態でイオンに供給されるが、イオンは、存在し得る衝突ガスにおける中性分子との衝突により運動エネルギーを損失して、イオンは、運動エネルギー、E’labになる可能性があり、この場合、ダッシュ記号は、導関数を示すのではなく、変数Elabにより提供される値とは電位的に異なるエネルギー値であることを示すだけである。運動エネルギー損失量は、2つの値Elab、E’labの差異であり、以下の数式を使用して決定可能である。
【0063】
【化4】
数式(2)および数式(3)を使用して、EcmのElossとの関係は、
【0064】
【化5】
として記述可能であり、
これは、m1>>m2の場合に約0.5Elossとなる。励起中、イオンは、イオンの軌道における位置に依存して、高いおよび低い運動エネルギーの両方を有することが可能である。熱エネルギー級の衝突エネルギーでの衝突、例えば、軌道の種々の低運動エネルギー領域は、イオンの内部エネルギーの増加または減少をもたらすことが可能である。内部励起に利用可能なエネルギーの量は、質量中心衝突エネルギーに比例する。
【0065】
励起処理中のイオンへのエネルギー入力率、Ecm/衝突/単位時間は、イオンのフラグメンテーション率に影響を及ぼす。熱化率よりも速くイオンへのエネルギー入力率が増加する場合、およびイオンが電極と衝突しないか、そうでなければトラップから損失されない場合、イオンのフラグメンテーション率は、増加することが可能である。電極との衝突は、例えば、イオンの大部分を中和し、その損失をもたらす。
【0066】
これらの処理および本教示についてより理解するために、イオン軌道シミュレータを使用して、イオンへのエネルギー入力率を調査した。シミュレータは、個々の衝突毎の質量中心衝突エネルギー、イオンと中性衝突ガスとの両方の熱運動速度の効果、RF閉じ込め場(トラップ交流電位)の効果、および4重極電極の円形断面形状による高次場の効果を考慮する。
【0067】
エネルギー入力率、Ecm/衝突/単位時間は、運動エネルギーからイオンの内部エネルギーに変換可能であるエネルギーの量に対して上限を提供する。この率が、トラップにおける圧力および励起振幅Vexcに依存可能であることが分かっている。励起振幅、Vexcは、本明細書において、4重極電極のうちの2つに印加される補助交流電位のゼロからピークの振幅として解釈される。イオンに関するエネルギー利得の持続時間は、励起振幅に依存することが可能であり、例えば、Vexcが高過ぎる場合、イオンは、高横断振幅に到達することが可能であり、例えば、電極と衝突することが可能であり、エネルギー利得持続時間は短縮される。
【0068】
表1は、断面が実質的に円形であるロッドを有する線形ストラップ内において、A、B、およびCと示される3つの異なる条件下におけるイオンフラグメンテーションのシミュレーションからの結果を示す。第3の列に記載される励起振幅、Vexcは、シミュレーションにおいて4重極ロッドのうちの2つに印加される補助交流電位のゼロからピークの振幅を表す。結果として生じるイオン軌道の平均持続時間は、第4の列に記載され、ロッドとの衝突前にトラップ内においてイオンが振動を受ける時間量を平均で表す。得られたエネルギー入力率、Ecm/衝突/単位時間、単位時間毎の衝突、衝突/単位時間、および質量中心衝突総エネルギー、Ecmは、隣接する列に記載される。シミュレーションについて、衝突相手には、中性窒素分子が選ばれ、イオンには、レセルピン(m/z=609)が選択された。
【0069】
事例AおよびBでは、イオン閉じ込め領域内の圧力は、3.5x10−5トールであり、可能な最大励起時間は、100ミリ秒であり、補助電位の振幅、Vexcは、それぞれ7.5mV(0−pk)および30mV(0−pk)であった。事例Cでは、圧力は、3.5x10−4トールまで上昇し、Vexcは、30mV(0−pk)であり、励起時間は、25ミリ秒であった。表の結果は、10個のイオン軌道の平均から得られ、その軌道の各々は、個々の組の初期開始条件を有する。シミュレーションについて、イオンは、トラップの軸の1.0mmの半径内でランダムに分布された。次いで、イオンは、5ミリトールの圧力で5ミリ秒の時間の間、冷却された。窒素が、中性衝突ガスとして使用され、280Åの衝突断面積が使用された。最終的な空間座標および運動エネルギーが、シミュレーションの次の段階のための入力として使用された。シミュレーションの次の段階では、衝突頻度、散乱角、および初期RF相がランダムに選択された。
【0070】
【表1】
事例Aに対応するシミュレーションでは、イオンは、電極との衝突に十分大きい横断運動を得る前に、平均で約93ミリ秒の間加速された。励起振幅を30mV(0−pk)に増加させること(事例B)は、イオンへのエネルギー入力率、Ecm/衝突/単位時間を増加させるように確認されなかった。代わりに、イオン軌道は、1.8ミリ秒後に終了するようにシミュレーションにおいて確認され、衝突に利用可能なEcmの総量は、大幅に減少した。事例Bでは、シミュレーションにおけるイオンの大部分は、トラップ内でフラグメント化するのに十分なエネルギーを受ける前にロッドと衝突した。
【0071】
シミュレーション(事例C)において、イオン励起中およびVexc=30mV(0−pk)における励起中に、圧力が3.5x10−4トールに上昇するによって、イオン軌道のいずれもが25ミリ秒の時間上限の前に4重極ロッドで終了しないことが確認された。Ecm/衝突/単位時間の量は、事例AおよびBよりも約8倍増加したことが確認された。衝突に利用可能な合計Ecmは、シミュレーションにおける最大励起時間が、事例AおよびBの100ミリ秒から事例Cの25ミリ秒に減少したにもかかわらず、事例Aよりも2倍を上回って増加し、事例Bよりも125倍を上回って増加したことが示された。イオン軌道の平均持続時間は、事例Bから事例Cにおいて増加し、これは、中性ガス分子との衝突の増加によるものと考えられる。ゆえに、理論に縛られることなく、低圧力LITにおけるフラグメンテーション中の圧力の増加が、イオンへのエネルギー入力率における増加と、トラップからの損失によるイオンの大幅な損失、例えば、電極との衝突をもたらさない高めの励起振幅の使用とを提供することが可能であると考えられる。理論に縛られることなく、衝突ガスが、イオン軌道の横断運動を弱める緩衝剤としての役割を果たすことが考えられる。
【実施例】
【0072】
(実施例)
4重極線形イオントラップにおいてイオンフラグメンテーション実験を実行した。これらの実験の詳細および結果は、例として提示される。これらの実施例は、本教示の種々の実施形態を示すが、本教示の範囲を限定するように解釈されない。
【0073】
イオンフラグメンテーション実験は、改良型Applied Biosystems 4000 Q Trap(登録商標)4重極線形イオントラップにおいて実行された。イオントラップのイオン閉じ込めロッドの断面は、実質的に円形であった。パルス弁を使用して、衝突ガス(窒素)を供給し、配置は、図2Aに示す配置と類似した。パルス弁は、Lee Company, Westbrook, Connecticut, U.S.からの弁であり、0.25ミリ秒の応答時間、2億5000万サイクルとして指定される動作寿命、および0.35ミリ秒の最小パルス持続時間を有する弁であった。ある時間の間、パルス弁を開放することにより、イオンの双極子励起中に、線形イオントラップの少なくとも一部分における圧力の増加が可能になる。実験は、5ミリ秒から100ミリ秒の範囲のガス注入パルス持続時間を使用して実行されたが、典型的な持続時間は25ミリ秒である。これらの実験では、真空と圧力との連動は、検出器を保護するために、9.5x10−5トールの真空計の数値に設定された。真空計は、LITを収容する真空チャンバに取り付けられ、ゆえに、計器で測定された圧力は、ガス注入後のLITのイオントラップ領域における圧力値よりも低かった。圧力の差異は、ガス注入源、例えば、パルス弁からの距離と、注入されたガスの分散に起因した。パルス弁は、窒素の150トールの背圧を有し、弁は、0.076mmの直径の出口開口を有した。LITチャンバにおける基準圧力は、パルス弁が閉じた状態で、3.7x10−5トールであった。パルス弁は、RFトラップ場を干渉せずに、可能な限り線形イオントラップに近くに配置した。実験では、弁のオリフィスは、4重極ロッド組立体の中心から約21mm置いて位置し、例えば、図2Aにおける距離264は、約21mmであった。種々の実施形態では、弁またはその出力オフィリスのイオン閉じ込め領域に対する近位位置は、イオン閉じ込め領域内の所望の圧力上昇に必要な注入ガスの総量を減少させることが可能である。
【0074】
質量範囲が129m/zから514.7m/zに及ぶ表2に列挙する5つの化合物についてフラグメンテーション実験を実行した。解離後、質量分析計においてイオンフラグメントを分析した。実質的に表2に示す質量範囲におけるフラグメンテーション質量スペクトルを統合することによって、化合物毎にフラグメンテーション効率を計算した。
【0075】
【表2】
(実施例1:カフェイン)
カフェインイオン、m/z=195のフラグメンテーションの中性衝突の中性衝突ガスの注入しない場合と、注入する場合との比較について図11に示す。上部のスペクトル(a)は、フラグメンテーション中に衝突ガスが注入されない条件に対応し、3.7x10−5トールの基準圧力において親イオンを12.5mV(0−pk)振幅で励起する場合に、2.1%のフラグメンテーション効率を生じる。下部のスペクトルは、衝突ガスの注入に使用されるパルス弁により同一のイオンを21.5mV(0−pk)の振幅で励起する場合の13.1%のフラグメンテーション効率を示す。各試行について、励起時間は、25ミリ秒であった。本実験では、衝突ガスの注入が、6倍を超えてフラグメンテーション効率を増加させた。
【0076】
(実施例2:リドカイン)
衝突ガスを注入しない場合、短い励起時間の間に、より少ないフラグメンテーションが観測された。図12を参照すると、衝突ガス注入を行なう場合(白丸)および注入を行なわない場合(黒丸)のリドカインイオン、m/z=235のフラグメンテーション効率が示される。10ミリ秒の励起時間では、フラグメンテーション効率は、注入を行なわない場合、約10%であり、注入を行なった場合約75%であり、フラグメンテーション効率における利得は、約7.5であった。25ミリ秒の励起時間では、効率の利得は、約2.9に降下し、100ミリ秒では、利得は、またさらに約1.3まで降下する。データによると、本イオンについてガス注入を行なう場合のフラグメンテーション効率が、約25ミリ秒を超える励起時間では大幅に改善されることはないが、一方、同一のイオンについてガス注入を行なわないフラグメンテーション効率は、最大150ミリ秒の励起時間までは、徐々に改善されることが示される。しかしながら、本教示を使用する衝突ガスを含まない場合の150ミリ秒において見られる同一の効率が、本教示を使用する衝突ガスを含む場合の約25ミリ秒において得られることが可能である。
【0077】
(実施例3:励起時間)
2つの異なる励起時間について種々のm/z比率に関するガス注入を行なわない条件に比較して、衝突ガス注入の条件下でイオンフラグメンテーション効率における利得のグラフを図13に示す。フラグメント化されたイオンは、表2に列挙されるイオンであった。2つのデータ組は、25ミリ秒(黒丸)と100ミリ秒(白丸)との励起時間に対応して示される。測定毎に、励起振幅は、親イオンのフラグメンテーションを最大化するように選択された。図13のデータでは、短い励起時間および低イオン質量について、フラグメンテーション効率における観測利得が最大であることが示される。
【0078】
(実施例4:低質量フラグメント)
励起電位の終了後、線形イオントラップにおける低質量イオンフラグメントの存在を検出するために実験を実行した。実験のマシューパラメータは、q=0.2373であった。本値では、低質量カットオフは、約397Da:LMCO=1522・0.2373÷0.908である。試行は、イオン励起中のトラップへのガス注入を行なう場合およびガス注入を行なわない場合について実行された。図14A〜図14Bの実験的に測定された質量スペクトルは、Agilentイオン、つまり、2,2,4,4,6,6−ヘキサヒドロ−2,2,4,4,6,6−ヘキサキス((2,2,3,3,4,4,5,5−オクタフルオロペンチル)オキシ)−1,3,5,2,4,6−トリアザトリホスホリンとして既知である均一に置換されたフッ素化トリアザトリホスホリン(本イオンについての特許を質量キャリブラントとして保持する米国特許第5,872,357号参照)であって、1522Daの質量を有するものについて、これらのフラグメンテーション実験から得られた。スペクトルは、秒当たりのカウントで、約150Daから約450Daの質量の範囲について、検出されたイオンからの信号強度を記録する。両方の事例での励起時間は、約20ミリ秒であった。
【0079】
(励起後のq値の低下)
図14Aのイオンフラグメンテーション測定では、パルス弁によるガス注入によって、イオン閉じ込め領域における圧力が上昇した。低質量イオンフラグメントが観測され、また、励起qを上述のように低下させた場合に、典型的なLMCO未満の質量を含むイオンも観測された。図14Bのフラグメンテーション測定では、フラグメンテーション中に衝突ガスは注入されなかった。観測された低質量フラグメントは大幅に少なかった。
【0080】
上昇圧力でのフラグメンテーション処理中に効率的に低質量イオンが生成されるため、イオントラップqパラメータを、初期LMCO値未満の質量を有するフラグメントを保持するように低下させることが可能である。qパラメータを低下させると、LMCO値は低下し、より多くの低質量イオンがトラップに保持される。上述のように、qパラメータは、トラップの電極に印加するイオントラップRF電位を低下させ、および/またはRF電位の角周波数を増加させることによって、低下させることが可能である。qの減少は、時間において実質的に線形の減少、時間において実質的に区分的な減少、実質において非線形の減少、およびそれらの組み合わせのうちの1つ以上を含むことが可能である。
【0081】
図15A〜図15Bは、イオントラップ内における低質量イオンフラグメント保持に関する別の例を提供する。本例では、質量922Daのイオンが、約0.237の初期q値で励起された。このq値により、図15Bに示すように、約240DaのLMCO値が生じる。図15Aに示す事例では、パルス弁を使用して、励起中にトラップの不活性ガスを注入した。初期LMCO未満の低質量イオンフラグメントは、質量スペクトルにおいて明確に見られる。図15Bに示す事例では、励起中に、イオントラップにガスは注入されなかった。初期LMCOを超えて観測された低質量フラグメントは、より少なく、初期LMCO未満では、低質量フラグメントは実質的に観測されなかった。したがって、励起中に不活性ガスをトラップ中に提供することを、励起後にqパラメータを減少させることと組み合わせることは、有利であり得る。
【0082】
特許、特許出願、論説、書籍、論文、およびウェブページを含むがこれらに限定されない本出願に引用する全ての文献および類似の資料は、このような文献および類似の資料の形式にかかわらず、参照によりその全体が明示的に組み込まれる。定義された用語、用語の用法、説明する技法、またはその同等物を含むがこれらに限定されない組み込まれた文献および類似の資料のうちの1つ以上が本出願とは異なるか、または本出願に矛盾する場合、本出願が支配する。
【0083】
本明細書に使用する項の表題は、構成目的のためだけのものであり、説明する主題を限定するものとして決して解釈されない。
【0084】
種々の実施形態および実施例に関連して本教示について説明したが、本教示をこのような実施形態および実施例に限定することを意図しない。逆に、本教示は、当業者が理解する種々の代替、修正、および同等物を包含する。
【0085】
請求項は、その趣旨について記述がない限り、説明する順番または要素に限定されるものとして読まれるべきではない。添付の請求項の精神および範囲から逸脱することなく、形式および詳細における種々の変更を当業者が加えてもよいことを理解されたい。以下の請求項およびその同等物の精神および範囲内で生じる全ての実施形態は、請求される。
【0086】
本発明の他の変形および修正が可能である。例えば、多くの異なる線形イオントラップ質量分析計システム(上述のシステムに加えて)を使用して、本発明の異なる実施形態の側面に従って方法を実装してもよい。加えて、全てのこのような修正または変形は、本明細書に添付する請求項により規定される本発明の領域および範囲内にあると考えられる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析計のイオントラップにおいてイオンをフラグメント化するための方法であって、
a)フラグメンテーションのために親イオンを選択することと、
b)保持時間間隔の間、該イオントラップ内に該親イオンを保持することであって、該イオントラップは、約1x10−4トール未満の動作圧力を有する、ことと、
c)該保持時間間隔内の励起時間間隔中に、励起レベルにおけるマシュー安定性パラメータqを提供するために、RFトラップ電圧を該イオントラップに提供することと、
d)該親イオンを励起し、フラグメント化するために、該励起時間間隔中に、共鳴励起電圧を該イオントラップに提供することと、
e)第1の上昇圧力持続時間の間、約6x10−5トールから約5x10−4トールの間の範囲における第1の可変上昇圧力に、該イオントラップにおける圧力を上昇させるように、該保持時間間隔のうちの少なくとも一部分の間、該イオントラップに中性ガスを供給することによって、該イオントラップ内の該動作圧力の少なくとも約10%の非定常状態圧力増加を提供することと、
f)該保持時間間隔内で、かつ該励起時間間隔の後、該共鳴励起電圧を終了し、該イオントラップに印加する該RFトラップ電圧を変更して、該イオントラップ内に該親イオンのフラグメントを保持するように該励起レベル未満の保持レベルまで該マシュー安定性パラメータqを低下させることと
を含み、
該励起時間間隔および該第1の上昇圧力持続時間は、時間において実質的に重複する、
方法。
【請求項2】
前記励起時間間隔は、持続時間が約1ミリ秒から約150ミリ秒の間である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記励起時間間隔は、持続時間が約50ミリ秒未満である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記励起時間間隔は、持続時間が約2ミリ秒を超える、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記励起時間間隔は、持続時間が約10ミリ秒を超える、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
前記共鳴励起電圧は、ゼロからピークの約50mVから約250mVの間の振幅を有する、請求項2に記載の方法。
【請求項7】
前記共鳴励起電圧は、ゼロからピークの約50mVから約100mVの間の振幅を有する、請求項2に記載の方法。
【請求項8】
qの前記励起レベルは、約0.15から約0.9の間にある、請求項2に記載の方法。
【請求項9】
qの前記保持レベルは、約0.015を超える、請求項2に記載の方法。
【請求項10】
c)は、前記励起時間間隔が、前記イオントラップにおける前記動作圧力とは逆に変動するように、該イオントラップにおける該動作圧力に少なくとも部分的に基づいて、該励起時間間隔を決定することを含み、
d)は、該共鳴励起電圧の振幅が、該イオントラップにおける該動作圧力とは逆に変動するように、該イオントラップにおける該動作圧力に少なくとも部分的に基づいて、該共鳴励起電圧の振幅を決定することを含む、
請求項2に記載の方法。
【請求項11】
e)は、i)前記イオントラップ内に前記親イオンを保持するのに十分高くなるように、かつ、ii)該親イオンの親m/zの約5分の1未満のフラグメントm/zを有する該親イオンのフラグメントを該イオントラップ内に保持するのに十分低くなるように、qの前記保持レベルを決定することを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項12】
qの励起レベルは、約0.15から約0.39の間にある、請求項2に記載の方法。
【請求項13】
前記励起時間間隔は、約10ミリ秒を超える、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記共鳴励起電圧は、ゼロからピークの約50mVから約100mVの間の振幅を有する、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記共鳴励起電圧は、ゼロからピークの約50mVから約1000mVの間の振幅を有する、請求項2に記載の方法。
【請求項16】
前記共鳴励起電圧は、前記マシュー安定性パラメータqを前記保持レベルまで低下させるように変化する前記イオントラップに印加されるRFトラップ電圧と実質的に同時に終了する、請求項2に記載の方法。
【請求項17】
b)において、前記イオントラップは、約5x10−5トール未満の動作圧力を有する、請求項2に記載の方法。
【請求項18】
qの保持レベルは、qの励起レベルの少なくとも約10パーセント未満である、請求項2に記載の方法。
【請求項19】
前記非定常状態圧力増加は、前記イオントラップ内の前記動作圧力の少なくとも50%である、請求項2に記載の方法。
【請求項20】
前記中性ガスを供給することは、1つ以上のパルス弁から中性ガスを注入することを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項21】
前記中性ガスには、水素、ヘリウム、窒素、アルゴン、酸素、キセノン、クリプトン、メタン、およびそれらの組み合わせのうちの1つ以上が含まれる、請求項2に記載の方法。
【請求項22】
e)は、前記励起時間間隔前に、中性ガスを前記イオントラップ内に供給することを開始することを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項23】
前記第1の復元圧力値は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの範囲にある、請求項1に記載の方法。
【請求項24】
前記非定常状態圧力増加は、前記イオントラップ内の前記動作圧力の少なくとも100%である、請求項2に記載の方法。
【請求項1】
質量分析計のイオントラップにおいてイオンをフラグメント化するための方法であって、
a)フラグメンテーションのために親イオンを選択することと、
b)保持時間間隔の間、該イオントラップ内に該親イオンを保持することであって、該イオントラップは、約1x10−4トール未満の動作圧力を有する、ことと、
c)該保持時間間隔内の励起時間間隔中に、励起レベルにおけるマシュー安定性パラメータqを提供するために、RFトラップ電圧を該イオントラップに提供することと、
d)該親イオンを励起し、フラグメント化するために、該励起時間間隔中に、共鳴励起電圧を該イオントラップに提供することと、
e)第1の上昇圧力持続時間の間、約6x10−5トールから約5x10−4トールの間の範囲における第1の可変上昇圧力に、該イオントラップにおける圧力を上昇させるように、該保持時間間隔のうちの少なくとも一部分の間、該イオントラップに中性ガスを供給することによって、該イオントラップ内の該動作圧力の少なくとも約10%の非定常状態圧力増加を提供することと、
f)該保持時間間隔内で、かつ該励起時間間隔の後、該共鳴励起電圧を終了し、該イオントラップに印加する該RFトラップ電圧を変更して、該イオントラップ内に該親イオンのフラグメントを保持するように該励起レベル未満の保持レベルまで該マシュー安定性パラメータqを低下させることと
を含み、
該励起時間間隔および該第1の上昇圧力持続時間は、時間において実質的に重複する、
方法。
【請求項2】
前記励起時間間隔は、持続時間が約1ミリ秒から約150ミリ秒の間である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記励起時間間隔は、持続時間が約50ミリ秒未満である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記励起時間間隔は、持続時間が約2ミリ秒を超える、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記励起時間間隔は、持続時間が約10ミリ秒を超える、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
前記共鳴励起電圧は、ゼロからピークの約50mVから約250mVの間の振幅を有する、請求項2に記載の方法。
【請求項7】
前記共鳴励起電圧は、ゼロからピークの約50mVから約100mVの間の振幅を有する、請求項2に記載の方法。
【請求項8】
qの前記励起レベルは、約0.15から約0.9の間にある、請求項2に記載の方法。
【請求項9】
qの前記保持レベルは、約0.015を超える、請求項2に記載の方法。
【請求項10】
c)は、前記励起時間間隔が、前記イオントラップにおける前記動作圧力とは逆に変動するように、該イオントラップにおける該動作圧力に少なくとも部分的に基づいて、該励起時間間隔を決定することを含み、
d)は、該共鳴励起電圧の振幅が、該イオントラップにおける該動作圧力とは逆に変動するように、該イオントラップにおける該動作圧力に少なくとも部分的に基づいて、該共鳴励起電圧の振幅を決定することを含む、
請求項2に記載の方法。
【請求項11】
e)は、i)前記イオントラップ内に前記親イオンを保持するのに十分高くなるように、かつ、ii)該親イオンの親m/zの約5分の1未満のフラグメントm/zを有する該親イオンのフラグメントを該イオントラップ内に保持するのに十分低くなるように、qの前記保持レベルを決定することを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項12】
qの励起レベルは、約0.15から約0.39の間にある、請求項2に記載の方法。
【請求項13】
前記励起時間間隔は、約10ミリ秒を超える、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記共鳴励起電圧は、ゼロからピークの約50mVから約100mVの間の振幅を有する、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記共鳴励起電圧は、ゼロからピークの約50mVから約1000mVの間の振幅を有する、請求項2に記載の方法。
【請求項16】
前記共鳴励起電圧は、前記マシュー安定性パラメータqを前記保持レベルまで低下させるように変化する前記イオントラップに印加されるRFトラップ電圧と実質的に同時に終了する、請求項2に記載の方法。
【請求項17】
b)において、前記イオントラップは、約5x10−5トール未満の動作圧力を有する、請求項2に記載の方法。
【請求項18】
qの保持レベルは、qの励起レベルの少なくとも約10パーセント未満である、請求項2に記載の方法。
【請求項19】
前記非定常状態圧力増加は、前記イオントラップ内の前記動作圧力の少なくとも50%である、請求項2に記載の方法。
【請求項20】
前記中性ガスを供給することは、1つ以上のパルス弁から中性ガスを注入することを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項21】
前記中性ガスには、水素、ヘリウム、窒素、アルゴン、酸素、キセノン、クリプトン、メタン、およびそれらの組み合わせのうちの1つ以上が含まれる、請求項2に記載の方法。
【請求項22】
e)は、前記励起時間間隔前に、中性ガスを前記イオントラップ内に供給することを開始することを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項23】
前記第1の復元圧力値は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの範囲にある、請求項1に記載の方法。
【請求項24】
前記非定常状態圧力増加は、前記イオントラップ内の前記動作圧力の少なくとも100%である、請求項2に記載の方法。
【図1a】
【図1b】
【図2a】
【図2b】
【図3a】
【図3b】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A】
【図8B】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14A】
【図14B】
【図15A】
【図15B】
【図1b】
【図2a】
【図2b】
【図3a】
【図3b】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A】
【図8B】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14A】
【図14B】
【図15A】
【図15B】
【公表番号】特表2011−511274(P2011−511274A)
【公表日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−544544(P2010−544544)
【出願日】平成21年1月26日(2009.1.26)
【国際出願番号】PCT/CA2009/000088
【国際公開番号】WO2009/094760
【国際公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【出願人】(510075457)ディーエイチ テクノロジーズ デベロップメント プライベート リミテッド (35)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年1月26日(2009.1.26)
【国際出願番号】PCT/CA2009/000088
【国際公開番号】WO2009/094760
【国際公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【出願人】(510075457)ディーエイチ テクノロジーズ デベロップメント プライベート リミテッド (35)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]