説明

パンの製造方法

【課題】焼成等の時に火どおりがよく、パンの皮を薄くでき、きめが細かくなり、弾力性や、保水性に優れたパンを製造することができるパンの品質改良技術を提供する。
【解決手段】小麦粉、糖質及び水を原料として、エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)、及びラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)により発酵させて得られた乳酸菌中種を、パン生地原料に添加してイースト発酵させ、所定形状に成形した後、焼成、油ちょう又は蒸煮することにより、パンを製造する。エンテロコッカス・フェシウムとしては、Enterococcus faecium 第507050115-001号分離菌a(FERM AP−21407)を用いることが好ましく、ラクトバシラス・ファーメンタムとしては、Lactobacillus fermentum 第507050115-001号分離菌d(FERM AP−21408)を用いることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌発酵物を利用したパンの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
パンの食感や風味を改善するために様々な技術が知られている。例えば、原料中に特定の澱粉、食物繊維、乳化剤などを添加して、焼き上がりのボリュームや食感を改善できることが知られている。また、乳酸菌の発酵作用を利用して、パンの食感や風味を改善しようとする試みもある。
【0003】
下記特許文献1には、乳酸菌ラクトバチルス サンフランシスコを小麦粉と食塩と水とからなる培地に接種して培養して得た乳酸菌培養物を、食パン製造用生地に添加し、常法によって処理することを特徴とする食パンの品質改良法が開示されている。そして、この方法によって得られたパンは、内相色白く、肌目は均一でスダチもよく伸び、触感もビロードの肌ざわりとなり、パンのフレーバーにマイルドな酸味、酸臭を与え、より豊かなものとなると記載されている。
【0004】
下記特許文献2には、生米等の乳酸菌発酵物を磨砕して得た乳液状の発酵種を、パンの第一次原料粉に添加混捏し、乳酸発酵のみを先行させ、生地中に重量比0.5%以上の乳酸を生成させた乳酸生地を製造し、前記乳酸生地に新たに第二次原料粉、イースト、砂糖、食塩、油脂等のパン生地に必要とする原料を所定量加えて本練りを行いパン生地とし、常法どおり、発酵、分割、ねかし、整型、焼成等の必要とする各工程により製造することを特徴とするサワーブレッドの製造方法が開示されている。
【0005】
下記特許文献3には、食物繊維を含む小麦素材を乳酸発酵させたことを特徴とする小麦乳酸発酵物を、パンの品質改良剤として用いることが開示されている。乳酸菌としては、ラクトバチルス属のものが挙げられている。
【特許文献1】特公昭59−15604号公報
【特許文献2】特開平11−266775号公報
【特許文献3】特開2006−191881号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
いわゆるパンの耳は、パンの外皮部であってパンの内部よりも加熱及び/又は水分除去の程度か進んで固くなった部分であり、この部分をおいしいと言う人もいるが、一般に、固く食べずらく美味しくないので、嫌われる。パンの耳の厚さを薄くでき、なお且つ、耳までもおいしいものができれば、商品価値を著しく高めることができる。従来用いられてきたパンの品質改良技術は、そのような課題に対して、必ずしも満足のいくものではなかった。
【0007】
したがって、本発明の目的は、焼成等の時に火どおりがよく、パンの皮を薄くでき、きめが細かくなり、弾力性や、保水性に優れたパンを製造することができるパンの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意研究し、植物性乳酸菌であるエンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)とラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、特にEnterococcus faecium 第507050115-001号分離菌a(FERM AP−21407)とLactobacillus fermentum 第507050115-001号分離菌d(FERM AP−21408)とを併用して乳酸発酵させて乳酸菌中種を得、その乳酸菌中種をパン生地に配合してパンを製造することにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明のパンの製造方法は、小麦粉、糖質及び水を原料として、エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)、及びラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)により発酵させて得られた乳酸菌中種を、パン生地原料に添加してイースト発酵させ、所定形状に成形した後、焼成、油ちょう又は蒸煮することを特徴とする。
【0010】
本発明においては、小麦粉と、糖質と、水と、エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)と、ラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)とを含む原料を発酵させた後、小麦粉及び水を追加して更に発酵させることにより、前記乳酸菌中種を得ることが好ましい。
【0011】
また、前記パン生地原料として、少なくとも小麦粉、水、糖質、塩、及びイーストを含むものを用い、該パン生地原料中の小麦粉100質量部に対して、前記乳酸菌中種を1〜200質量部混合して、イースト発酵させることが好ましい。
【0012】
更に、前記エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)が、Enterococcus faecium 第507050115-001号分離菌a(FERM AP−21407)であり、前記ラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)が、Lactobacillus fermentum 第507050115-001号分離菌d(FERM AP−21408)であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、小麦粉、糖質及び水を原料として、エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)及びラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)により発酵させた乳酸菌中種をパン生地に配合してパンを製造することにより、パン生地になめらかさが付与されて、焼成等の加熱時に火どおりがよくなり、加熱後のきめが細かく、弾力性や、保水性に優れ、皮が薄くて食べやすいパンを得ることができる。
【0014】
そして、特にEnterococcus faecium 第507050115-001号分離菌a(FERM AP−21407)とLactobacillus fermentum 第507050115-001号分離菌d(FERM AP−21408)とを併用することにより、上記効果を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のパンの製造方法の適用対象とされるパン類は、例えば、食パン、フランスパン、ロールパン、コッペパン、デニッシュ、クロワッサン等のパンの他、あんパン、ジャムパン、クリームパン等の菓子パン、カレーパン、ドーナツ等の揚げパン、更には中華饅頭等の蒸パン等を含む。
【0016】
パンの原料としては、小麦粉、水、糖質、塩、及びイースト、更に必要に応じてイーストフードを基本原料とするが、ライ麦粉、米粉等の穀粉を小麦粉の一部に相当する原料として用いてもよい。糖質は、モルト、砂糖、ブドウ糖、異性化糖等の糖類を用いることができる。また、副原料として、イースト発酵前、又はイースト発酵後に、バター、マーガリン、ラード、ショートニング、植物油脂等の油脂、全乳、全粉乳、脱脂粉乳、加糖練乳、無糖練乳、ホエイなどの乳原料、全卵、卵黄、卵白、ビタミンC、脂肪酸エステル等の乳化剤、増粘多糖類、pH調整剤、香料などを添加することができる。
【0017】
本発明においては、パンの原料を混練してパン生地を調製する際に、乳酸菌中種を添加することを特徴とする。この乳酸菌中種は、少なくとも小麦粉、水、糖質、エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)、及びラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)とを混合し、乳酸発酵させて得ることができる。
【0018】
乳酸菌中種の原料としては、小麦粉、水、糖質、植物性乳酸菌であるエンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)、及び植物性乳酸菌であるラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)を基本原料とするが、ライ麦粉、米粉等の穀粉を小麦粉の一部に相当する原料として用いてもよい。糖質は、モルト、砂糖、ブドウ糖、異性化糖等の糖類を用いればよく、モルト又は砂糖を用いることが好ましい。エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)としては、特に、Enterococcus faecium 第507050115-001号分離菌a(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター寄託番号FERM AP−21407)が好ましく用いられ、ラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)としては、特に、Lactobacillus fermentum 第507050115-001号分離菌d(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター寄託番号FERM AP−21408)が好ましく用いられる。これらの菌株を組み合わせて用いることにより、より高い効果が得られる。
【0019】
本発明においては、乳酸菌としてエンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)及びラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)を併用することが必要であり、いずれか一方しか用いない場合には効果が乏しくなる。更に、乳酸菌中種の副原料として、上記パンの原料のうちのいずれかを添加してもよいが、乳酸発酵を妨げない範囲で添加することが必要であり、通常は、上記乳酸菌中種の基本原料以外何も添加しないことが好ましい。
【0020】
乳酸発酵は、乳酸菌中種の原料を混練して、好ましくは室温〜40℃、より好ましくは30〜40℃、更により好ましくは30〜35℃下に1時間〜1日程度静置することにより行うことができる。
【0021】
本発明においては、エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)と、ラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)とによる乳酸発酵を十分に行うために、一度乳酸発酵を経たもの(1次乳酸発酵を経たもの)に、更に、少なくとも小麦粉及び水を追加して乳酸発酵(2次乳酸発酵)させて、上記乳酸菌中種を得ることが好ましい。
【0022】
このようにして得られた乳酸菌中種には、パン生地になめらかさを与えて、続いてイースト発酵及び焼成等されて得られるパンを改良する成分が十分に生成される。なお、加える乳酸菌の菌数は、乳酸菌の活性や乳酸発酵条件により適宜選択すればよい。
【0023】
本発明のパンの製造方法においては、前記パン生地原料に、そのパン生地原料中の小麦粉100質量部に対して、上記乳酸菌中種を好ましくは1〜200質量部、より好ましくは5〜100質量部、最も好ましくは10〜100質量部混合して、イースト発酵させることが好ましい。
【0024】
そして、上記乳酸菌中種をパン生地に添加する以外は、常法に従ってパンを製造すればよい。すなわち、例えば、乳酸菌中種を添加したパン生地を直捏法又は中種法によって発酵させ、分割、丸目、ねかし、整形、型詰、焙炉、焼成などの工程を経てパンを製造することができる。なお、パン生地を所定形状に成形した後の加熱手段としては、焼成の他、油ちょう、蒸煮などを採用することもできる。
【実施例】
【0025】
以下実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0026】
<乳酸菌中種>
下記の方法により乳酸菌中種を得た。
【0027】
(A)1番種の調製
・1)水を煮沸させて殺菌する。
・2)上記1)の湯温が40℃に冷めてからEnterococcus faecium 第507050115-001号分離菌a(FERM AP−21407)(菌数2.3×10)と、Lactobacillus fermentum 第507050115-001号分離菌d(FERM AP−21408)(菌数1.2×10)との乾燥体(以下、「LBPLドライ乳酸菌」という。)を添加し懸濁させる。
・3)強力粉と液体モルトを上記2)に添加し混ぜ合わせる。
・4)雑菌が入らないように注意し、タッパなどに密封する。
・5)室温または保管器に30℃〜35℃の温度環境下で約24時間保存する。
(B)2番種の調製
・6)更に強力粉と湯を添加して混ぜ合わせ、タッパなどに密封して、上記5)と同じ保管温度条件で約24時間保存する。なお、「LBPLドライ乳酸菌」は上記2)の時点から経過72時間以降は死滅していく。
【0028】
この乳酸菌中種の調製にあたっては、「LBPLドライ乳酸菌」は、開封後は密封し、冷蔵保管することが好ましい。また、使用する計量器具・保管器具・手指等はアルコール消毒して作業に供することが好ましい。
【0029】
上記1番種及び2番種の配合を下記表1に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
<製造例1>
下記表2の実施例1の配合で、常法に従い食パンを製造した。なお、食パンの製造は、捏ね上げ温度26℃、生地分割前のフロアタイム60分、生地分割後の室温静置30分とし、成形型投入後のホイロ温度38℃、ホイロ湿度80%、ホイロタイム60分とし、焼成温度は、上火200℃、下火230℃、焼成時間は40分の各条件で行った。また、比較のために、乳酸菌中種の代わりに市販のヨーグルトを配合した食パンを製造し比較例1のパンとした。更に、これらを配合しない食パンを対照のパンとした。
【0032】
【表2】

【0033】
<試験例1>
ベテランのパネラー5名により、得られた食パンの焼き上がりを比較し、目の細かさ、外皮の薄さ、匂い、やわらかさについて評価した。評価は各パネラーの平均で表した。また、一般のパネラー100人に食べ比べてもらい、食べたときの感想を記載してもらった。この結果を下記表3に記載する。更に、実施例1、比較例1、対照のそれぞれの焼き上がりの状態を示す写真を、図1、図2、図3にそれぞれ示した。
【0034】
【表3】

【0035】
表3に示すように、本発明による乳酸菌中種を添加して製造した食パンは、添加しない対照の食パンに比べて、よりキメが細かく、外皮が薄く、やわらかいパンであった。また、各年齢層から耳が美味しいという感想が多く得られた。一方、乳酸菌中種を添加する代わりに、市販のヨーグルトを添加した食パンについては、対照に比べて若干優れた官能試験結果が得られたものの、本発明による乳酸菌中種を添加した食パンに比べると劣っていた。
【0036】
<製造例2>
下記表4の配合で、スイーツパンを製造した。なお、スイーツパンの製造は、捏ね上げ温度26〜28℃、生地分割前のフロアタイム30分、生地分割後の室温静置30分とし、成形型投入後のホイロ温度38℃、ホイロ湿度80%、ホイロタイム60分とし、焼成温度は、上火200℃、下火190℃、焼成時間は10〜15分の各条件で行った。
【0037】
【表4】

【0038】
このスイーツパンは、ソフトで甘い菓子パンであり、乳酸菌中種を添加しないものと比べて、皮が薄く、こしもちがよく、歯切れが優れていた。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の一実施形態のパンの焼きあがり時の写真(a)及び拡大写真(b)である。
【図2】乳酸菌中種を添加する代わりに、市販のヨーグルトを添加した比較例1のパンの焼きあがり時の写真(a)及び拡大写真(b)である。
【図3】乳酸菌中種も市販のヨーグルトも添加しない対照のパンの焼きあがり時の写真(a)及び拡大写真(b)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小麦粉、糖質及び水を原料として、エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)、及びラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)により発酵させて得られた乳酸菌中種を、パン生地原料に添加してイースト発酵させ、所定形状に成形した後、焼成、油ちょう又は蒸煮することを特徴とするパンの製造方法。
【請求項2】
小麦粉と、糖質と、水と、エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)と、ラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)とを含む原料を発酵させた後、小麦粉及び水を追加して更に発酵させることにより、前記乳酸菌中種を得る、請求項1記載のパンの製造方法。
【請求項3】
前記パン生地原料として、少なくとも小麦粉、水、糖質、塩、及びイーストを含むものを用い、該パン生地原料中の小麦粉100質量部に対して、前記乳酸菌中種を1〜200質量部混合して、イースト発酵させる請求項1又は2記載のパンの製造方法。
【請求項4】
前記エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)が、Enterococcus faecium 第507050115-001号分離菌a(FERM AP−21407)であり、前記ラクトバシラス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)が、Lactobacillus fermentum 第507050115-001号分離菌d(FERM AP−21408)である請求項1〜3のいずれか1つに記載のパンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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