説明

パン用冷蔵生地及びパン類の製造法

【構成】 サッカロミセス属に属し低温感受性かつパン生地を冷蔵貯蔵しても発酵力が低下しないパン酵母を用いて、パン生地を前発酵した後、冷蔵貯蔵せしめることを特徴とするパン用冷蔵生地とパン類の製造法に関する。
【効果】 低温感受性かつパン生地を冷蔵貯蔵しても発酵力が低下しないパン酵母を用いることにより、従来よりも優れた冷蔵パン生地がえられ、品質、風味の良好なパンを製造できる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、パン生地及びパン類の製造法に関する。さらに詳しくは、本発明は低温感受性かつパン生地を冷蔵貯蔵しても発酵力が低下しない性質を有するサッカロミセス属に属するパン酵母を含有するパン生地とパン類の製造法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】通常のパン製造過程は、生地の混捏、前発酵、生地分割、成型、焙炉(ほいろ)発酵、及び焼成の各工程からなり、従来からこの製パン工程において、パン生地を冷凍保存し、この冷凍貯蔵されたパン生地を解凍後、焼成することにより短時間で焼き立てパンを供給する、といった工程の合理化が行われている。そして前記パン生地冷凍方法においては、生地分割または成型冷凍が殆どである。焙炉発酵をとった後のパン生地を冷凍すると、これを解凍してそのまま焼成した場合には、焼成後のパン製品の表面にしわができたり、ボリュームの低下、風味、食感の悪化等の問題が発生する。そこで従来においては、生地を分割した段階、またはこれを成型した段階等、焙炉をとる前のパン生地を冷凍し、解凍後十分に焙炉をとることによりパン生地を再び膨張させ、前記如き冷凍障害による焼成後のパン製品におけるボリューム感の低下やシワの発生等の品質の劣化を最小限度に押さえようとするものであった。
【0003】しかしながら、前記如き焙炉前の冷凍であっても、かつ原料配合、製法等を改良しても、大なり小なりパン生地及びイーストに冷凍障害がおこり、十分に焙炉をとったとしても焼き上げたパンはこの冷凍障害によりなし肌(斑点)や、表面のしわが発生したり、または生地内の含有ガス量が減少することによりボリュームが低下するなどの冷凍障害による品質劣化の問題が残る。そこでパン生地を冷凍することなく低温冷蔵が可能であれば上記の如き冷凍障害の問題は全くなくなるのであるが、従来のパン生地では冷蔵貯蔵はできなかった。
【0004】更に、通常の冷凍方法の場合、冷凍貯蔵されたパン生地は、室温で3〜5時間、または冷蔵庫で一夜程度の解凍操作が必要である。そこで、パン生地を冷凍せず、これを冷蔵貯蔵可能あれば上記の如き冷凍障害の恐れがないばかりか、貯蔵後の解凍操作も不要で製パン工程を省力化、合理化しうるのである。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、従来からの製造工程や配合割合を変更する事なく使用できるパン生地を冷蔵しても発酵力が低下しないパン酵母を用いたパン用冷蔵生地及びパン類の製造方法を検討し、従来の冷凍方法の如き冷凍障害の恐れがなく、貯蔵後の解凍操作を不要として製パン工程の省力化、合理化を達成することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者は、温度の感受性の違いが冷蔵生地の発酵力と関わりをもつのではないかと考え、種々検討した結果、低温感受性かつ冷蔵貯蔵した後においても発酵力が低下しない株を用いることにより、従来よりも優れた冷蔵パン生地が得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0007】すなわち、本発明は、サッカロミセス属に属し、低温感受性かつパン生地を冷蔵貯蔵した後においても発酵力が低下しない性質を有するパン酵母を用いて、パン生地を前発酵した後、冷蔵貯蔵せしめることを特徴とするパン用冷蔵生地及び該冷蔵生地を用いたパン類の製造法に関する。
【0008】本発明で使用するパン酵母は、サッカロミセス属に属する酵母である。代表的な例としては、サッカロミセス・セレビシエ、サッカロミセス・ウバルム、サッカロミセス・シェバリエリ等があげられる。なお、サッカロミセス属以外のパン酵母であるトルラスポラ属(例えばトルラスポラ・デルブルツキ(旧名サッカロミセス・ロゼイ))や、クルベロマイセス・サーモトレランス等についても、本発明への適用が可能である。
【0009】更に、本発明で用いるパン酵母は、サッカロミセス属に属するもののうち、低温感受性かつパン生地を冷蔵貯蔵しても発酵力が低下しない性質を有するものでなければならない。ここでいう低温感受性とは、通常の培地において15℃以下では生育しないかまたは著しく生育が抑制される性質をさす。また、本発明でいう冷蔵貯蔵とは、−5℃〜15℃の低温域で貯蔵することをさす。本発明で用いられる具体的なパン酵母として、例えば、サッカロミセス・セレビシエ FERM P−12916があげられる。本株は、市販パン酵母(オリエンタル酵母(株)製FD株)から分離し、YEASTS : Characteristics and identification (J.A.BARNETT,R.W.PAYNE & D.YARROW /Cambridge University Press 1983)に基づいて同定した結果、サッカロミセス・セレビシエと同定したものを親株として変異処理によって得たものである。変異処理の親株としては、通常パン生地用、高糖生地用、冷凍生地用、無糖生地用などの市販パン酵母や、自然界から分離した酵母のいずれでもよい。変異処理法としては、通常のエチルメタンスルホネート(EMS)処理法の他、UV処理法、ニトロソグアニジン(NTG)処理法等も用いることができる。また自然変異によっても安定な本発明の変異株を取得することが可能である。本発明の変異株の取得方法の一実験例を以下に記述する。
【0010】
【実験例】低温感受性変異株の取得は、市販パン酵母(オリエンタル酵母(株)製FD株)を親株として、EMSを用いた変異処理を施すことにより達成された。これには、まず親株をFowellの胞子形成培地(酢酸ナトリウム0.4%、寒天2%、pH6.7)で28℃、2日間培養し、子のう胞子を形成させた。これを、57℃、10分の熱処理により栄養細胞を死滅させて、単相株のみを得た。この単相株をYM寒天培地(グルコース1%、酵母エキス0.3%、麦芽エキス0.3%、ポリペプトン0.5%、寒天2%、pH5.0)上で28℃、2日間培養した後、EMS処理(3%EMS、90分、28℃)を行った。次いで、最終濃度が5%となるように次亜硫酸ナトリウムを加えEMSを中和し、菌体を洗浄後、適宜希釈してYM寒天培地(マスタープレート)にまいた。28℃、2日間培養して生育してきたコロニーをレプリカ法にて別のYM寒天培地(レプリカプレート)に移し、10℃で2週間培養した。この10℃のレプリカプレート上で生育できないコロニーをマスタープレートよりひろいあげることにより、低温感受性単相株を取得した。この低温感受性単相株を低温感受性でない他の単相株と接合させて2倍体の株を得、更に上記の変異処理をこの2倍体株について繰り返すことにより2倍体の低温感受性変異株サッカロミセス・セレビシエFERM P−12916を取得した。
【0011】さて、次に、パン酵母発酵用培地としては、パン酵母が通常利用し得る炭素源、窒素源、無機塩類、その他酵母の生育に必要な成分を適宜配合した合成培地、天然培地が用いられる。培養方法としては、通常のパン酵母で行われている糖密使用による糖流加培養法によって、大量に製造できる。酵母は、凍結乾燥により得られた乾燥酵母、圧搾して得られた圧搾酵母のいずれでもよい。
【0012】本発明のパン類は、食パン、菓子パン、デニッシュペストリ−のほか、中華まんじゅう、イーストドーナツ等膨張剤としてパン酵母を使用するものをすべて含有するものである。小麦粉に対するパン酵母の使用量は通常1〜5%であり、パン酵母以外の成分は通常のパン生地の場合と同様にパン酵母本来の活性を損なわないような成分であればなんでも適量加えることができる。具体的には、該成分として砂糖や油脂等がある。これらは、パン酵母に対し保護効果があるので、従来の冷凍耐性株には該成分リッチな冷凍生地での利用に限られていた。しかしながら、本発明の冷蔵生地では、該成分リーンな生地でも冷蔵貯蔵後の発酵力が低下しない。冷蔵パン生地は、パン生地を混合し、前発酵を行ったのち、必要に応じて分割、成形してから急冷し−5℃〜10℃に冷蔵貯蔵される。製パンに関しては冷蔵パン生地を焙炉(ほいろ)発酵を行って焼き上げられる。
【0013】本発明の冷蔵パン生地を常法の手段により製造したパンは、通常のパン酵母含有の冷蔵パン生地を使用して製造したパンに比べ、外観、品質、風味ともに優れている。
【0014】次に、実施例により本発明を具体的に説明する。
【実施例1】パン酵母としてサッカロミセス・セレビシエの低温感受性変異株FERM P−12916を使用しパン生地を調製した。パン生地組成、生地調製条件は下記に示す通りである。なお、対照として市販の冷凍耐性酵母(オリエンタル酵母(株)製FD株)を用いて同様の調製をした。
【0015】
配合:強力粉 200g 100% 砂糖 10g 5% 食塩 4g 2% パン酵母(水分65〜67%) 4g 2% 水 120g 62%
【0016】生地調製条件混捏時間:15〜18分(中速)
捏ね上げ温度:28〜30℃
【0017】上述の如く調製したパン生地について、下記に示すような方法で冷蔵生地の発酵力を調べた。
【0018】(冷蔵区)50gの生地玉2個を30℃で2時間発酵(前発酵)した後ガス抜きし、厚さ1cm、直径6〜7cm程度に麺棒で延ばし、アルミホイルに包んでー20℃に15分保存して急冷しその後5℃にて冷蔵保存した。30℃に30分間置いた後、丸めファーモグラフで30℃・3時間の炭酸ガス発生量を測定した。
【0019】(非冷蔵区)50gの生地玉2個を直ちにファーモグラフで30℃・3時間の炭酸ガス発生量を測定した。
【0020】表1に低温感受性株FERM P−12916と対照株(オリエンタル酵母(株)製FD株)の炭酸ガス発生量を示した。冷蔵生地の発酵保持率は非冷蔵区の3時間発酵で生成した炭酸ガス量(A)に対する冷蔵区の3時間発酵で生成した炭酸ガス量(B)の百分率、すなわちB/A*100で表わした。
【0021】
【表1】


【0022】表1からあきらかなように、低温感受性株を用いて調製したパン生地は、市販の冷凍耐性パン酵母(対照株)を用いて調製したパン生地よりも冷蔵生地における発酵力が優れていた。
【0023】
【実施例2】実施例1で使用した低温感受性株及び市販の冷凍耐性酵母を用いて冷蔵パン生地を調製した。配合、工程を下記に示した。
【0024】
配合: 中種 本捏 小麦粉(強力粉) 700g 300g 砂 糖 − 50g 食 塩 − 20g ショートニング − 50g イーストフード 1g − 酵 母 20g − 水 400g 250g
【0025】工程:中種混捏 L:3分 M:3分混捏温度 28℃前発酵時間 4時間本捏・混捏 L:4分 M:9分捏上温度 28℃フロアータイム 20分ベンチタイム 15分
【0026】調製したパン生地を成形した後,−20℃で15分急冷した後5℃で貯蔵した。5日間の貯蔵後、焙炉(ほいろ)発酵(40℃、RH85%、70分)、焼成(210℃、23分)を行ない、パンを製造した。
【0027】官能テストによると、低温感受性株による冷蔵パン生地を使用して製造したパンは、市販の冷凍耐性酵母を使用して製造したパンよりも、パンの品質、風味ともに優れているものであった。
【0028】
【発明の効果】本発明の方法によれば、冷蔵貯蔵後での発酵力が優れ、品質・風味の良好なパンを製造できることから、産業上の利用価値が高いものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 サッカロミセス属に属し、低温感受性かつパン生地を冷蔵貯蔵しても発酵力が低下しない性質を有するパン酵母を用いてパン生地を前発酵した後、冷蔵貯蔵せしめることを特徴とするパン用冷蔵生地の製造法。
【請求項2】 請求項1の製造法で得られるパン用冷蔵生地を焙炉(ほいろ)発酵した後、焼成せしめるパン類の製造法。