説明

パーオキシナイトライト測定用試薬

パーオキシナイトライトのプリカーサーであるスーパーオキサイド及び一酸化窒素とは反応せず、パーオキシナイトライトと特異的に反応する下記の一般式(I):


(式中、Rはアミノ基又はヒドロキシ基を示し;Rは2−カルボキシフェニル基を示し;X及びXはそれぞれ独立に水素原子又はハロゲン原子を示す)で表される化合物(例えば2−[6−(4’−ヒドロキシ)フェノキシ−3H−キサンテン−3−オン−9−イル]安息香酸又は2−[6−(4’−アミノ)フェノキシ−3H−キサンテン−3−オン−9−イル]安息香酸)又はその塩を含むパーオキシナイトライトの測定用試薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明はパーオキシナイトライトの測定用試薬に関するものである。
【背景技術】
一酸化窒素(NO)は、血管弛緩因子、神経情報伝達の調節、細胞死の制御、発ガンなど、様々な機能をもつ内在性生理活性物質であることが近年明らかになってきた。一方、NOは、それ自身の反応性は比較的弱く、生体内で同時に発生する種々の活性酸素種、金属イオンなどとの反応により、高い反応性を持つ種々の活性窒素種(RNS)に変換されて細胞障害を引き起こすと考えられている。さらに最近では、RNSによるタンパクの修飾により、様々な情報伝達経路の制御が行われているとの報告も多く、NOばかりでなくRNSにも大きな注目が集まっている。
パーオキシナイトライト(ONOO)はRNSの代表的存在であり、NOとスーパーオキサイドが反応することにより生成する。この生成反応速度はほぼ拡散律速であり、NADPHオキシダーゼなどにより生成するスーパーオキサイドとNO合成酵素(NOS)により生成するNOが共存すると、速やかにONOOが生成する。ONOOは、芳香環の水酸化も可能であるなど高い酸化能を有し、またチロシンのニトロ化を効率よく行うなど、特徴的な反応性を有する。最近の報告によれば、チロシンがニトロ化されることにより、チロシンのリン酸化が阻害され、MAPK、PI3K/Aktカスケードなどの情報伝達に重要な影響を及ぼすことが指摘されている。
これまでに開発されたONOOの検出方法は、(1)チロシンがニトロ化されて生成するニトロチロシンに対する抗体を用いて染色する方法、(2)ONOOがHと反応することで生成する一重項酸素を1.3μmの発光で検出する方法が挙げられる。(1)の方法は特異性が高く汎用されているが、抗体染色を行うため生細胞系に適用してリアルタイムにONOOを検出することはできないという問題がある。上記2法に加え、(3)ルミノールを用いた化学発光法、(4)2’,7’−ジクロロジヒドロフルオレセイン(DCFH)など活性酸素種全般を検出する蛍光プローブを用いた蛍光検出法も用いられる。しかしながら、これらの方法は特異性が全くなく、各種阻害剤を用いたとしても信頼性ある検出は望めない。例えば、(4)の方法ではDCFHがNO及びスーパーオキサイドとも反応して蛍光の増大が観測されるため、ONOOを検出しているのか、NO又はスーパーオキサイドを検出しているのか区別することは不可能である。
一方、アリール化されたフルオレセイン誘導体が活性酸素測定用試薬として有用であることが知られているが(国際公開WO01/64664号パンフレット)、この刊行物には、該フルオレセイン誘導体がパーオキシナイトライトと反応性を有することは示唆ないし教示されていない。
【発明の開示】
本発明の課題は、パーオキシナイトライトを特異的に検出するための手段を提供することにある。特にパーオキシナイトライトのプリカーサーであるNO及びスーパーオキサイドには反応せず、パーオキシナイトライトに対して特異的に反応することができるパーオキシナイトライトの測定用試薬を提供することが本発明の課題である。本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、下記の一般式(I)で表される化合物が上記の特性を有しており、パーオキシナイトライトの特異的検出試薬として有用であることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、下記の一般式(I):

(式中、Rは置換若しくは無置換のアミノ基又はヒドロキシ基を示し;Rは置換基を有していてもよい2−カルボキシフェニル基を示し;X及びXはそれぞれ独立に水素原子又はハロゲン原子を示す)で表される化合物又はその塩を含むパーオキシナイトライトの測定用試薬を提供するものである。この発明の好ましい態様によれば、2−[6−(4’−ヒドロキシ)フェノキシ−3H−キサンテン−3−オン−9−イル]安息香酸又は2−[6−(4’−アミノ)フェノキシ−3H−キサンテン−3−オン−9−イル]安息香酸である上記の測定用試薬が提供される。
別の観点からは、パーオキシナイトライトの測定方法であって、下記の工程:(A)上記一般式(I)で表される化合物又はその塩とパーオキシナイトライトとを反応させる工程、及び(B)上記工程(A)で生成した脱フェニル化合物(上記一般式(I)においてRが置換するフェニル基が水素原子で置き換えられた化合物)又はその塩の蛍光を測定する工程を含む方法が提供される。さらに別の観点からは、上記のパーオキシナイトライトの測定用試薬の製造のための上記一般式(I)で表される化合物の使用が本発明により提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
上記一般式(I)において、Rは置換若しくは無置換のアミノ基又はヒドロキシ基を示す。アミノ基上の置換基としては、例えばメチル基、エチル基などのC1−4アルキル基(アルキル基は直鎖状、分枝鎖状、環状、又はそれらの組み合わせのいずれでもよい)、ベンジル基、フェネチル基などのアラルキル基などを例示することができるが、これらに限定されることはない。アミノ基上に2個の置換基が存在する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アミノ基は無置換であることが好ましい。Rが示すアミノ基又はヒドロキシ基の置換位置は特に限定されないが、パラ位であることが好ましい。Rは置換基を有していてもよい2−カルボキシフェニル基を示すが、無置換の2−カルボキシフェニル基が好ましい。
及びXはそれぞれ独立に水素原子又はハロゲン原子を示すが、X及びXが水素原子であることが好ましい。X及びXがハロゲン原子である場合には、それらは同一でも異なっていてもよいが、例えばフッ素原子、塩素原子などが好ましく用いられる。
上記一般式(I)の塩の種類は特に限定されないが、例えば塩基付加塩、酸付加塩、アミノ酸塩など本発明の測定用試薬として用いることができる。塩基付加塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などの金属塩、アンモニウム塩、又はトリエチルアミン塩、ピペリジン塩、モルホリン塩などの有機アミン塩を挙げることができ、酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの鉱酸塩、メタンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩などの有機酸塩を挙げることができる。アミノ酸塩としてはグリシン塩などを例示することができる。これらのうち、生理学的に許容される水溶性の塩は、本発明の測定用試薬及び測定方法に好適に使用できる。また、遊離形態の一般式(I)で表される化合物又はその塩は、水和物又は溶媒和物として存在する場合もあるが、水和物又は溶媒和物を本発明の測定用試薬として用いてもよい。溶媒和物を形成する溶媒の種類は特に限定されないが、例えば、エタノール、アセトン、イソプロパノールなどの溶媒を例示することができる。
一般式(I)で表される化合物は、アミノ基が置換基を有する場合には、その置換基の種類に応じて1個または2個以上の不斉炭素を有する場合があり、光学異性体又はジアステレオ異性体などの立体異性体が存在する場合がある。純粋な形態の立体異性体、立体異性体の任意の混合物、ラセミ体などを本発明の測定用試薬として用いてもよい。また、一般式(I)で表される化合物は分子内でラクトン環を形成することがあるが、ラクトン環を形成した化合物も本発明の範囲に包含されることは言うまでもない。また、上記ラクトン形成に基づく光学活性体も本発明の範囲に包含される。なお、上記一般式(I)で表される化合物は、国際公開WO01/64664号パンフレットに記載された方法により容易に入手できる。特に好ましい化合物として、上記一般式(I)においてRが置換するフェニル基がp−ヒドロキシフェニル基である化合物(2−[6−(4’−hydroxy)phenoxy−3H−xanthen−3−on−9−yl]benzoic acid:以下、本明細書でHPFと呼ぶ場合がある)又はp−アミノフェニル基である化合物(2−[6−(4’−amino)phenoxy−3H−xanthen−3−on−9−yl]benzoic acid:以下、本明細書でAPFと呼ぶ場合がある)を挙げることができるが、これらについては、それぞれss−1F及びss−3Fとして具体的合成方法が上記刊行物の実施例に開示されている。
上記一般式(I)で表される化合物又はその塩は、緩和な条件下、例えば生理的条件下でパーオキシナイトライトと反応して、脱フェニル体であるフルオレセイン化合物(一般式(I)においてRが置換するフェニル基が水素原子で置き換えられた化合物に相当する)又はそれらの塩を与える性質を有している。一般式(I)で表される化合物又はその塩は実質的に非蛍光性であり、一方、脱フェニル化されたフルオレセイン化合物又はそれらの塩は高強度の蛍光を発する性質を有している。従って、上記式(I)で表される化合物又はその塩をパーオキシナイトライトと反応させた後、脱フェニル化された化合物又はその塩の蛍光を測定することによって、パーオキシナイトライトを高感度に測定することが可能である。
また、上記一般式(I)で表される化合物又はその塩は、上記の条件下ではパーオキシナイトライトのプリカーサーであるNO又はスーパーオキサイドとは実質的に反応性を有しないという特徴がある。従って、上記一般式(I)で表される化合物又はその塩を用いることにより、生理的条件下でNO又はスーパーオキサイドの影響なしにパーオキシナイトライトのみを特異的に測定することが可能である。例えば、一般式(I)で表される化合物又はその塩を測定用試薬として用いることにより、個々の細胞や特定の組織中に局在するパーオキシナイトライトを正確にかつ簡便に測定できる。
本明細書において用いられる「測定」という用語は、定量、定性、又は診断などの目的で行われる測定、検査、検出などを含めて、最も広義に解釈しなければならない。本発明のパーオキシナイトライトの測定方法は、一般的には、(A)上記一般式(I)で表される化合物又はその塩とパーオキシナイトライトとを反応させる工程、及び(B)上記工程(A)で生成した脱フェニル化合物(上記一般式(I)においてRが置換するフェニル基が水素原子で置き換えられた化合物に相当する)又はその塩の蛍光を測定する工程を含んでいる。
脱フェニル化された化合物又はその塩の蛍光の測定は通常の方法で行うことができ、インビトロで蛍光スペクトルを測定する方法や、バイオイメージングの手法を用いてインビボで蛍光スペクトルを測定する方法などを採用することができる。例えば、定量を行う場合には、常法に従って予め検量線を作成しておくことが望ましい。本発明の測定用試薬は細胞内に容易に取り込まれる性質を有しており、個々の細胞内に局在するパーオキシナイトライトをバイオイメージング手法により高感度に測定できる。
本発明の測定用試薬としては、上記一般式(I)で表される化合物又はその塩をそのまま用いてもよいが、必要に応じて、試薬の調製に通常用いられる添加剤を配合して組成物として用いてもよい。例えば、生理的環境で試薬を用いるための添加剤として、溶解補助剤、pH調節剤、緩衝剤、等張化剤などの添加剤を用いることができ、これらの配合量は当業者に適宜選択可能である。これらの組成物は、粉末形態の混合物、凍結乾燥物、顆粒剤、錠剤、液剤など適宜の形態の組成物として提供される。
【実施例】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。以下の実施例において用いたHPF及びAPFは、それぞれ国際公開WO01/64664号パンフレットにss−1F及びss−3Fとして記載された化合物であり、上記明細書に記載された方法に従って製造したものを用いた。
例1
(A)パーオキシナイトライトの調製
文献記載の方法(Pryor,W.A.,et al,Free Rad.Biol.Med.18,75−83,1995)に従ってパーオキシナイトライトを調製した。アジ化ナトリウム138mg(2.06mmol)を二頚コルベン入れ、水10mLを加えて溶かし、さらに2N NaOH水溶液を極少量加えてpHを12に調整した。二頚コルベンを氷浴につけて、オゾネーターで調製したオゾンをアジ化ナトリウム水溶液中に吹き込むと、時間とともに溶液が黄色を呈するようになった。黄色が薄くなり始めたところで(9分間バブルした後)オゾンの吹き込みをやめ、得られた溶液を試験管2本に分注した。試験管をドライアイス/アセトンバス中につけ、均一になるように凍結した。この試験管を室温に放置し、凍結物の一部が溶け出した溶液約500μLをエッペンドルフチューブに入れパーオキシナイトライト溶液のストック溶液とした。得られたパーオキシナイトライト溶液の濃度はε302=1670(M−1cm−1)より検定した。
(B)HPF及びAPFとパーオキシナイトライトとの反応
パーオキシナイトライトのストック溶液を0.01N NaOH水溶液で希釈することにより500μMのパーオキシナイトライト溶液を調製した。また、比較のため、2’,7’−ジクロロジヒドロフルオレセイン(DCFH)を2’,7’−ジクロロジヒドロフルオレセインジアセテート(DCFH−DA)を0.01N NaOH水溶液中で遮光して30分間インキュベーションすることにより調製した(Hempel,S.L.,et al.,Free Rad.Biol.Med.,27,146−159,1999)。各被験化合物溶液を調製する際に、最終濃度が0.1wt%になるように共溶媒としてジメチルホルムアミドを添加した。蛍光セルに各被験化合物の緩衝液溶液(最終濃度=10μM;0.1M sodium phosphate buffer(pH7.4))を入れて蛍光強度を測定した。次に500μMのパーオキシナイトライト溶液を最終濃度が3μMになるように加え、よく混ぜてから再び蛍光強度を測定し、パーオキシナイトライト添加前後での蛍光強度の増大を調べた。なお、上記の操作は全て37℃で行った。
NOC13(1−hydroxy−2−oxo−3−(3−aminopropyl)−3−methyl−1−triazoleをNO発生系として用い(Hrabie,J.A.,et al.,J.Org.Chem.,58,1472−1476,1993)、100μMのNOC13を各被験化合物の緩衝液溶液(最終濃度=10μM;0.1M sodium phosphate buffer(pH7.4))に加えて37℃で30分間攪拌して蛍光セル中でNOを発生させ、蛍光強度を測定した。また、KO(100μM)を各被験化合物の緩衝液溶液(最終濃度=10μM;0.1M sodium phosphate buffer(pH7.4))に加えて37℃で30分間攪拌して蛍光セル中でスーパーオキサイド(O)を発生させ、蛍光強度を測定した。励起波長/蛍光波長はHPF及びAPFに関しては490nm/515nm、DCFHに関しては500nm/520nmとした。
結果を表1に示す。本発明の測定用試薬(HPF及びAPF)はパーオキシナイトライトとの反応により蛍光の増加を与えたが、スーパーオキサイド及びNOとは反応せず、実質的に蛍光の増加は認められなかった。一方、DCFHはパーオキシナイトライトとの反応により強い蛍光の増加を与えたものの、スーパーオキサイド及びNOの両者との反応によっても蛍光の増加を与えた。この結果から、本発明の測定試薬を用いることにより、スーパーオキサイド又はNOの影響を受けずにパーオキシナイトライトのみを特異的に測定できることが明らかである。

【産業上の利用可能性】
本発明のパーオキシナイトライト測定用試薬は、パーオキシナイトライトのプリカーサーであるスーパーオキサイド及びNOとは反応せず、パーオキシナイトライトのみを特異的に測定できるという特徴がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I):

(式中、Rは置換若しくは無置換のアミノ基又はヒドロキシ基を示し;Rは置換基を有していてもよい2−カルボキシフェニル基を示し;X及びXはそれぞれ独立に水素原子又はハロゲン原子を示す)で表される化合物又はその塩を含むパーオキシナイトライトの測定用試薬。
【請求項2】
2−[6−(4’−ヒドロキシ)フェノキシ−3H−キサンテン−3−オン−9−イル]安息香酸又は2−[6−(4’−アミノ)フェノキシ−3H−キサンテン−3−オン−9−イル]安息香酸である請求項1に記載の測定用試薬。
【請求項3】
パーオキシナイトライトの測定方法であって、下記の工程:
(A)上記一般式(I)で表される化合物又はその塩とパーオキシナイトライトとを反応させる工程、及び
(B)上記工程(A)で生成した脱フェニル化合物又はその塩の蛍光を測定する工程を含む方法。

【国際公開番号】WO2004/040296
【国際公開日】平成16年5月13日(2004.5.13)
【発行日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−548020(P2004−548020)
【国際出願番号】PCT/JP2003/013179
【国際出願日】平成15年10月15日(2003.10.15)
【出願人】(595108044)
【出願人】(390037327)第一化学薬品株式会社 (111)
【Fターム(参考)】