説明

ヒアルロン酸およびフラビンアデニンジヌクレオチドを組み合わせたことを特徴とする角膜上皮細胞死の抑制剤

【課題】紫外線照射および/または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞死を抑制する薬剤を探索すること。
【解決手段】ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩の組み合わせは、紫外線照射または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞の生細胞数の低下を顕著に抑制することから、紫外線照射および/または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞死の抑制剤となりうる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒアルロン酸またはその塩(以下、これらを総称して「ヒアルロン酸等」ともいう」)およびフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD:Flavin Adenine Dinucleotide)またはその塩(以下、これらを総称して「FAD等」ともいう)を組み合わせたことを特徴とする角膜上皮細胞死の抑制剤であって、該角膜上皮細胞死が紫外線照射および/または乾燥によって誘発される、抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
角膜は外界と直接接している組織である故、紫外線、乾燥などの種々のストレスに曝露されている。
【0003】
紫外線には、紫外線A波(波長:320nm以上400nm未満)、紫外線B波(波長:290nm以上320nm未満)、および紫外線C波(波長:200nm以上290nm未満)の3種が知られている。日本眼科紀要, 57, 734−738(2006)(非特許文献1)には、紫外線B波(以下、「UV−B」ともいう)および紫外線C波(以下、「UV−C」ともいう)は角膜上皮で吸収されること、および、UV−Cはオゾン層において吸収されるので問題とはならない一方、臨床的に問題になるのはUV−Bであることが記載されている。さらに、Exp. Eye Res., 90(2), 216−22(2010)(非特許文献2)には、UV−Bによって角膜上皮細胞のアポトーシス(細胞死)が誘発されることが開示されており、実際、前記非特許文献1には、UV−Bが角膜上皮損傷、角膜浮腫・混濁などを導くことが開示されている。
【0004】
また、British Journal of Ophthalmology, 85(5), 610−612(2001)(非特許文献3)には、乾燥によって誘発される角膜上皮細胞死の結果として、細胞が剥離し、角膜潰瘍などが生じることが開示されている。
【0005】
前記非特許文献1には、UV−B照射による角膜上皮細胞の活性酸素産生増加およびCaspase−3/7活性化を、ヒアルロン酸等が抑制することが開示されているが、実際に紫外線照射によって誘発される角膜上皮細胞死をヒアルロン酸等が抑制するか否かについては記載されていない。また、前記非特許文献3には、ヒアルロン酸等が乾燥によって誘発される角膜上皮細胞の細胞死を抑制しないことが記載されている。
【0006】
さらに、FADについても、紫外線照射によって誘発される角膜上皮細胞の細胞死を実際に抑制するか否かは明らかとなっていない。また、特開平11−263729号公報(特許文献1)には、FAD等が涙液分泌促進作用を有することは記載されているが、乾燥によって誘発される角膜上皮細胞の細胞死を直接抑制するのか否かについては明らかではない。
【0007】
以上のように、ヒアルロン酸等またはFAD等が、紫外線照射および/または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞死を抑制するのかについては明らかとなっておらず、当然に、ヒアルロン酸等およびFAD等を組み合わせた場合にそのような効果を奏するのかも不明である。
【0008】
なお、国際公開第2005/027893号(特許文献2)、特開2005−330276号公報(特許文献3)、特開2005−298448号公報(特許文献4)には、ヒアルロン酸等とFAD等とを含むように配合された点眼剤が開示されてはいるが、該点眼剤が紫外線照射および/または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞死を抑制するのか否かについては、記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−263729号公報
【特許文献2】国際公開第2005/027893号
【特許文献3】特開2005−330276号公報
【特許文献4】特開2005−298448号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】日本眼科紀要, 57, 734−738(2006)
【非特許文献2】Exp. Eye Res., 90(2), 216−22(2010)
【非特許文献3】British Journal of Ophthalmology, 85(5), 610−612(2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上のように、紫外線照射および/または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞死を抑制する薬剤を探索することは興味深い課題である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、紫外線照射および/または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞死を抑制する薬剤を探索するため鋭意研究を行ったところ、ヒアルロン酸またはその塩とフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩の組み合わせ(以下、「本組み合せ」ともいう)が顕著な細胞死抑制効果を有することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、ヒアルロン酸またはその塩(ヒアルロン酸等)およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩(FAD等)を組み合わせたことを特徴とする角膜上皮細胞死の抑制剤であって、該角膜上皮細胞死が紫外線照射および/または乾燥によって誘発される、抑制剤(以下、「本剤」ともいう)である。
【0014】
また、本発明の他の態様は、ヒアルロン酸等およびFAD等を組み合わせたことを特徴とする角膜上皮細胞死の抑制剤であって、該角膜上皮細胞死が紫外線B波照射によって誘発される、抑制剤である。
【0015】
また、本発明の他の態様は、ヒアルロン酸等の濃度が0.02〜1%(w/v)であり、FAD等の濃度が0.01〜1%(w/v)である、本剤である。
【0016】
また、本発明の他の態様は、ヒアルロン酸等の濃度が0.02〜0.5%(w/v)であり、FAD等の濃度が0.02〜0.5%(w/v)である、本剤である。
【0017】
また、本発明の他の態様は、ヒアルロン酸等の濃度が0.05〜0.3%(w/v)であり、FAD等の濃度が0.05%(w/v)である、本剤である。
【0018】
また、本発明の他の態様は、投与形態が点眼投与である、本剤である。
また、本発明の他の態様は、剤形が点眼剤である、本剤である。
【発明の効果】
【0019】
後述するように、本組み合わせは、紫外線照射または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞の生細胞数の低下を顕著に抑制することから、紫外線照射および/または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞死の抑制剤となりうる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】UV−B照射(80mJ/cm、約1分間)前に角膜上皮細胞を本組み合わせで処置した場合の生存率を示すグラフである。
【図2】UV−B照射(80mJ/cm、約1分間)後に角膜上皮細胞を本組み合わせで処置した場合の生存率を示すグラフである。
【図3】乾燥負荷前に角膜上皮細胞を本組み合わせで処置した場合の生存率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
ヒアルロン酸は、下記一般式(1)で示される化合物である。
【0022】
【化1】

【0023】
[式中、mは自然数を示す]
本発明における「ヒアルロン酸」として好ましいのは、平均分子量が50万〜390万のヒアルロン酸であり、さらに好ましいのは、平均分子量が50万〜120万のヒアルロン酸である。
【0024】
フラビンアデニンジヌクレオチドは、下記式(2)で示される化合物である。
【0025】
【化2】

【0026】
ヒアルロン酸またはフラビンアデニンジヌクレオチドの塩としては、医薬として許容される塩であれば特に制限はなく、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硝酸、硫酸、リン酸などの無機酸との塩、酢酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、クエン酸、酒石酸、アジピン酸、グルコン酸、グルコヘプト酸、グルクロン酸、テレフタル酸、メタンスルホン酸、乳酸、馬尿酸、1,2−エタンジスルホン酸、イセチオン酸、ラクトビオン酸、オレイン酸、パモ酸、ポリガラクツロン酸、ステアリン酸、タンニン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、硫酸ラウリルエステル、硫酸メチル、ナフタレンスルホン酸、スルホサリチル酸などの有機酸との塩;臭化メチル、ヨウ化メチルなどとの四級アンモニウム塩;臭素イオン、塩素イオン、ヨウ素イオンなどのハロゲンイオンとの塩;リチウム、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属との塩;カルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属との塩;鉄、亜鉛などとの金属塩;アンモニアとの塩;トリエチレンジアミン、2−アミノエタノール、2,2−イミノビス(エタノール)、1−デオキシ−1−(メチルアミノ)−2−D−ソルビトール、2−アミノ−2−(ヒドロキシメチル)−1,3−プロパンジオール、プロカイン、N,N−ビス(フェニルメチル)−1,2−エタンジアミンなどの有機アミンとの塩などが挙げられる。
【0027】
本発明における「ヒアルロン酸の塩」として好ましいのはナトリウム塩であり、下記一般式(3)で示されるナトリウム塩(以下、「ヒアルロン酸ナトリウム」ともいう)が特に好ましい。
【0028】
【化3】

【0029】
[式中、nは自然数を示す]
本発明における「フラビンアデニンジヌクレオチドの塩」として好ましいのはナトリウム塩であり、下記式(4)で示される二ナトリウム塩(以下、「フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩」ともいう)が特に好ましい。
【0030】
【化4】

【0031】
また、ヒアルロン酸またはその塩(ヒアルロン酸等)、フラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩(FAD等)は、水和物または溶媒和物の形態をとっていてもよい。
【0032】
ヒアルロン酸またはフラビンアデニンジヌクレオチドに幾何異性体または光学異性体が存在する場合は、当該異性体またはそれらの塩も本発明の範囲に含まれる。また、ヒアルロン酸またはフラビンアデニンジヌクレオチドにプロトン互変異性体が存在する場合には、当該互変異性体またはそれらの塩も本発明の範囲に含まれる。
【0033】
ヒアルロン酸、フラビンアデニンジヌクレオチドまたはそれらの塩(水和物または溶媒和物の形態をとる場合を含む)に、結晶多形および結晶多形群(結晶多形システム)が存在する場合には、それらの結晶多形体および結晶多形群(結晶多形システム)も本発明の範囲に含まれる。ここで、結晶多形群(結晶多形システム)とは、それら結晶の製造、晶出、保存などの条件および状態(なお、本状態には製剤化した状態も含む)により、結晶形が変化する場合の各段階における個々の結晶形およびその過程全体を意味する。
【0034】
ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩は、有機合成化学の分野における通常の方法に従って製造することもできるし、Sigma社などにより市販されているものを用いることもできる。
【0035】
本発明おいて「紫外線照射および/または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞死の抑制」とは、紫外線照射および/または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞の生細胞数の低下を抑制することを意味するのみならず、該生細胞数の低下(すなわち、角膜上皮細胞死)を伴う角膜上皮損傷、角膜浮腫・混濁などを予防または治療することをも意味する。
【0036】
本発明において、「紫外線」とは、紫外線A波(波長:320nm以上400nm未満)、紫外線B波(波長:290nm以上320nm未満)、および紫外線C波(波長:200nm以上290nm未満)の3種を意味する。背景技術の項で説明したように、角膜上皮細胞死を誘発するものとして臨床的に問題になるのは「紫外線B波(UV−B)」であることが知られている。
【0037】
本剤は、ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩の組み合わせに、他の有効成分および医薬として許容される添加剤を混合し、汎用されている技術を用いて、3種類以上の有効成分を含有する眼科用剤として製剤化することもできるし、また、ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩の組み合わせに、医薬として許容される添加剤を加え、汎用されている技術を用いて、ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩のみを有効成分として含有する眼科用剤として製剤化することもできる。
【0038】
本発明において、本剤は眼局所に投与される。本剤の投与形態としては、例えば、点眼投与(眼軟膏の点入も含むものとする)、結膜下投与、結膜嚢内投与、テノン嚢下投与などが挙げられるが、点眼投与が特に好ましい。
【0039】
本剤の剤形は、眼局所投与に用いられるものであれば特に限定はされないが、例えば、点眼剤、眼軟膏、注射剤、貼布剤、ゲル、挿入剤などが挙げられ、中でも点眼剤が好ましい。なお、これらは当該分野で汎用されている通常の技術を用いて調製することができる。さらに、本治療剤は、これらの製剤の他に眼内インプラント用製剤やマイクロスフェアーなどのDDS(ドラッグデリバリーシステム)化された製剤にすることもできる。
【0040】
点眼剤は、塩化ナトリウム、塩化カリウム、濃グリセリンなどの等張化剤;リン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、イプシロン−アミノカプロン酸などの緩衝化剤;ポリオキシエチレンソルビタンモノオレート、ステアリン酸ポリオキシル40、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などの界面活性剤;クエン酸ナトリウム、エデト酸ナトリウムなどの安定化剤;ベンザルコニウム塩化物、パラベンなどの防腐剤などから必要に応じて選択して用い、調製することができ、pHは眼科製剤に許容される範囲内にあればよいが、通常4〜8の範囲内が好ましい。
【0041】
眼軟膏は、白色ワセリン、流動パラフィンなどの汎用される基剤を用い、調製することができる。
【0042】
注射剤は、塩化ナトリウムなどの等張化剤;リン酸ナトリウムなどの緩衝化剤;ポリオキシエチレンソルビタンモノオレートなどの界面活性剤;メチルセルロースなどの増粘剤などから必要に応じて選択して用い、調製することができる。
【0043】
挿入剤は、生体分解性ポリマー、例えばヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシビニルポリマー、ポリアクリル酸などの生体分解性ポリマーを本化合物とともに粉砕混合し、この粉末を圧縮成型することにより、調製することができ、必要に応じて、賦形剤、結合剤、安定化剤、pH調整剤などを用いることができる。
【0044】
眼内インプラント用製剤は、生体分解性ポリマー、例えば、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸・グリコール酸共重合体、ヒドロキシプロピルセルロースなどの生体分解性ポリマーを用い、調製することができる。
【0045】
本剤の用量は、剤型、投与すべき患者の症状の軽重、年齢、体重、医師の判断などに応じて適宜変えることができるが、例えば、点眼剤を選択した場合には、0.02〜5%(w/v)ヒアルロン酸またはその塩および0.005〜5%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を含有する本剤を1回に1〜2滴、好ましくは、0.02〜1%(w/v)ヒアルロン酸またはその塩および0.01〜1%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を含有する本剤を1回に1〜2滴、より好ましくは、0.02〜0.5%(w/v)ヒアルロン酸またはその塩および0.02〜0.5%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を含有する本剤を1回に1〜2滴、さらに好ましくは、0.05〜0.3%(w/v)ヒアルロン酸またはその塩および0.05%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を含有する本剤を1回に1〜2滴点眼する。
【0046】
なお、上述のヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩の濃度は、ヒアルロン酸(フリー体)およびフラビンアデニンジヌクレオチド(フリー体)の濃度でもありうるし、それらの塩の濃度でもありうる。
【0047】
本剤の用法は、剤型、投与すべき患者の症状の軽重、年齢、体重、医師の判断などに応じて適宜変えることができるが、例えば、剤形として点眼剤を選択した場合には、1日1〜10回、好ましくは1日2〜8回、より好ましくは1日3〜6回、さらに好ましくは1日5〜6回に分けて眼局所に投与することができる。
【0048】
本発明において、「(a)ヒアルロン酸またはその塩、および(b)フラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を組み合わせたことを特徴とする」とは、ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を含有する配合眼科用剤を一度に投与することのみならず、ヒアルロン酸またはその塩を含有する眼科用剤とフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を含有する眼科用剤を別々且つ連続的に投与することをも意味する。
【0049】
なお、我が国では、0.1%(w/v)または0.3%(w/v)の濃度のヒアルロン酸ナトリウムのみを有効成分として含有する「ヒアレイン(登録商標)点眼液0.1%」、「ヒアレイン(登録商標)点眼液0.3%」など、0.05%(w/v)の濃度のフラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩のみを有効成分として含有する「フラビタン(登録商標)点眼液0.05%」などが市販されている。
【0050】
なお、本剤は角膜が紫外線に曝露される前および/または角膜が乾燥する前に予防的に眼局所に投与されてもよいし、角膜が紫外線に曝露された後および/または角膜が乾燥した後に治療的に投与されることもできる。
【0051】
以下に、薬理試験および製剤例の結果を示すが、これらの例は本発明をよりよく理解するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0052】
[薬理試験1]
紫外線(UV−B)照射前に角膜上皮細胞を本剤で処置した場合に、紫外線照射による生細胞数の低下が抑制されるか否かを評価した。
【0053】
(試験方法)
SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE−T:理化学研究所、バイオリソースセンター、Cell No.:RCB2280、実施例において以下同じ)を96ウェルプレートに播種(1×10個/ウェル)し、10%FBS含有DMEM/F−12培地で1日培養した。翌日、前記10%FBS含有DMEM/F−12培地を0.1%(w/v)ヒアルロン酸ナトリウムを含有するPBS、0.05%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩を含有するPBS、0.1%(w/v)ヒアルロン酸ナトリウムおよび0.05%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩を含有するPBS、または被験物質を含有しないPBSに交換した(以下、それぞれ、「0.1% HA群」、「0.05% FAD群」、「0.1% HA/0.05% FAD群」または「基剤群」ともいう)。その後、角膜上皮細胞にUV−B照射(80mJ/cm)を約1分間行った。各群の培地をDMEM/F−12培地に交換してから、37℃で24時間培養した後、CellTiter96(登録商標) AQueous One Solution Cell Proliferation Assay(Promega社製、カタログ番号:G3580、実施例において以下同じ)を用いて生細胞数を測定し、下記式1に従って、生存率を算出した。なお、本試験で用いたヒアルロン酸ナトリウムおよびフラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩は、それぞれキューピー株式会社および協和発酵バイオ株式会社から購入した。
【0054】
[式1]
生存率(%)=(各群の生細胞数/UV−B非照射群の生細胞数)×100
(結果)
試験結果を図1に示す。なお、図1中、値は平均値±標準誤差を示す(N=3)。
【0055】
(考察)
図1から明らかなように、UV−B照射前に角膜上皮細胞を本剤で前処置しておいた場合、生存率はほぼ100%であった。すなわち、角膜が紫外線に曝露される前に、ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を組み合わせて予防的に眼局所投与した場合、紫外線照射によって誘発される角膜上皮細胞死を効果的に抑制されることが示された。
【0056】
[薬理試験2]
UV−Bの照射条件を変更して、薬理試験1と同様の試験を行った。
【0057】
(試験方法)
薬理試験1と同様の操作を行った後、10%FBS含有DMEM/F−12培地を0.05%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩を含有するPBS、0.05%(w/v)ヒアルロン酸ナトリウムを含有するPBS、0.05%(w/v)ヒアルロン酸ナトリウムおよび0.05%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩を含有するPBS、0.3%(w/v)ヒアルロン酸ナトリウムを含有するPBS、0.3%(w/v)ヒアルロン酸ナトリウムおよび0.05%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩を含有するPBS、または被験物質を含有しないPBSに交換した(以下、それぞれ、「0.05% FAD群」、「0.05% HA群」、「0.05% HA/0.05% FAD群」、「0.3% HA群」、「0.3% HA/0.05% FAD群」または「基剤群」ともいう)。次に、角膜上皮細胞にUV−B照射(120mJ/cm)を約2分間行い、再び薬理試験1と同様の操作を行った。その後、前記式1に従って、生存率を算出し、さらに、下記式2に従って、各群の細胞死抑制率を算出した。
【0058】
[式2]
細胞死抑制率(%)=各群の生存率−基剤群の生存率
(結果)
試験結果を表1に示す。なお、表1中、値は各群の細胞死抑制率の平均値(N=3)を示す。
【0059】
【表1】

【0060】
(考察)
表1から明らかなように、ヒアルロン酸ナトリウムは、単独ではUV−B照射(120mJ/cm、約2分間)による角膜上皮細胞死をほとんど抑制できないにも関わらず、フラビンアデニンジヌクレオチドナトリウムと併用した場合には、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩の細胞死抑制効果を顕著に増強させることが示された。すなわち、角膜が紫外線に曝露される前に、ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を組み合わせて予防的に眼局所投与した場合、両者は相乗的に作用して、紫外線照射によって誘発される角膜上皮細胞死を効果的に抑制することが示された。
【0061】
[薬理試験3]
紫外線(UV−B)照射後に角膜上皮細胞を本剤で処置した場合に、紫外線照射による生細胞数の低下が抑制されるか否かを評価した。
【0062】
(試験方法)
SV40不死化ヒト角膜上皮細胞を96ウェルプレートに播種(1×10個/ウェル)し、10%FBS含有DMEM/F−12培地で1日培養した。翌日、角膜上皮細胞にUV−B照射(80mJ/cm)を約1分間行った。その後、前記10%FBS含有DMEM/F−12培地を0.1%(w/v)ヒアルロン酸ナトリウム含有するPBS、0.05%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩を含有するPBS、0.1%(w/v)ヒアルロン酸ナトリウムおよび0.05%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩を含有するPBS、または被験物質を含有しないPBSに交換した後、37℃で60分間培養した(以下、それぞれ、「0.1% HA群」、「0.05% FAD群」、「0.1% HA/0.05% FAD群」または「基剤群」ともいう)。その後、各群の培地を10% FBS含有DMEM/F−12培地に交換してから、37℃で24時間培養した後、CellTiter96(登録商標) AQueous One Solution Cell Proliferation Assayを用いて生細胞数を測定し、下記式3に従って、生存率を算出した。なお、本試験で用いたヒアルロン酸ナトリウムおよびフラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩の購入先は、薬理試験1と同様である。
【0063】
[式3]
生存率(%)=(各群の生細胞数/UV−B非照射群の生細胞数)×100
(結果)
試験結果を図2に示す。図2中、値は平均値±標準誤差を示す(N=3)。
【0064】
(考察)
図2から明らかなように、UV−B照射後に角膜上皮細胞をヒアルロン酸ナトリウムまたはフラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩で処置した場合、角膜上皮細胞死の抑制はほとんど認められなかった。一方で、角膜上皮細胞をヒアルロン酸ナトリウムおよびフラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩で処置した場合には、驚くべきことに、有意な角膜上皮細胞死の抑制作用が確認された。すなわち、角膜が紫外線に曝露された後であっても、ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を組み合わせて眼局所投与すれば、紫外線によって誘発される角膜上皮細胞死を抑制し得ることが明らかとなった。
【0065】
[薬理試験4]
乾燥負荷前に角膜上皮細胞を本剤で処置した場合に、乾燥による生細胞数の低下が抑制されるか否かを評価した。
【0066】
(試験方法)
SV40不死化ヒト角膜上皮細胞を96ウェルプレートに播種(1×10細胞/ウェル)し、10%FBS含有DMEM/F−12培地で1日培養した。翌日、培地を0.1%(w/v)ヒアルロン酸ナトリウム含有するD−MEM/F12培地、0.05%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩をD−MEM/F12培地、0.1%(w/v)ヒアルロン酸ナトリウムおよび0.05%(w/v)フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩を含有するD−MEM/F12培地、または被験物質を含有しないD−MEM/F12培地に交換した後、37℃で60分間培養した(以下、それぞれ、「0.1% HA群」、「0.05% FAD群」、「0.1% HA/0.05% FAD群」または「基剤群」ともいう)。培養後、各群の培地を除去してから、乾燥負荷を15分間行った。負荷後、CellTiter96(登録商標) AQueous One Solution Cell Proliferation Assayを用いて、生細胞数を測定し、下記式4に従って、生存率を算出した。なお、本試験で用いたヒアルロン酸ナトリウムおよびフラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩の購入先は、薬理試験1と同様である。
【0067】
[式4]
生存率(%)=(各群の生細胞数/乾燥負荷未実施群の生細胞数)×100
(結果)
試験結果を図3に示す。図3中、値は平均値±標準誤差を示す(N=6)。
【0068】
(考察)
図3から明らかなように、0.1% HA群では角膜上皮細胞死の抑制作用が認められたが、0.05% FAD群では同作用は確認されなかった。一方で、0.1% HA/0.05% FAD群では、0.1% HA群を凌ぐ顕著な角膜上皮細胞死抑制作用が認められた。前述したように、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩の単独投与では角膜上皮細胞死の抑制作用が全く認められなかったことを勘案すれば、これは驚くべき結果である。以上の結果から、ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を組み合わせて眼局所投与すれば、乾燥による角膜上皮細胞死を顕著に抑制し得ることが明らかとなった。
【0069】
[製剤例]
製剤例を挙げて本発明の薬剤をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの製剤例にのみ限定されるものではない。
【0070】
(処方例1)
点眼剤(ヒアルロン酸ナトリウム濃度:0.1%(w/v)、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩濃度:0.05%(w/v)) 100ml中
ヒアルロン酸ナトリウム 0.1g
フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩 0.05g
塩化ナトリウム 0.9g
リン酸水素ナトリウム水和物 適量
滅菌精製水 適量
滅菌精製水にヒアルロン酸ナトリウム、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩およびそれ以外の上記成分を加え、これらを十分に混合して点眼剤を調製する。ヒアルロン酸ナトリウムおよびフラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩の添加量を変えることにより、ヒアルロン酸ナトリウムの濃度が0.05%(w/v)、0.3%(w/v)または0.5%(w/v)であり、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩の濃度が0.01%(w/v)または0.1%(w/v)である点眼剤を調製できる。
【0071】
(処方例2)
眼軟膏(ヒアルロン酸ナトリウム濃度:0.1%(w/w)、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩濃度:0.05%(w/w)) 100g中
ヒアルロン酸ナトリウム 0.1g
フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩 0.05g
流動パラフィン 10g
白色ワセリン 適量
均一に溶融した白色ワセリンおよび流動パラフィンに、ヒアルロン酸ナトリウムおよびフラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩を加え、これらを十分に混合した後に徐々に冷却することで眼軟膏を調製する。ヒアルロン酸ナトリウムおよびフラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩の添加量を変えることにより、ヒアルロン酸ナトリウムの濃度が0.05%(w/w)、0.3%(w/w)または0.5%(w/w)であり、フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩の濃度が0.01%(w/w)または0.1%(w/w)である眼軟膏を調製できる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩の組み合わせは、紫外線照射または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞の生細胞数の低下を顕著に抑制することから、紫外線照射および/または乾燥によって誘発される角膜上皮細胞死の抑制剤となりうる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を組み合わせたことを特徴とする角膜上皮細胞死の抑制剤であって、該角膜上皮細胞死が紫外線照射および/または乾燥によって誘発される、抑制剤。
【請求項2】
ヒアルロン酸またはその塩およびフラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩を組み合わせたことを特徴とする角膜上皮細胞死の抑制剤であって、該角膜上皮細胞死が紫外線B波照射によって誘発される、抑制剤。
【請求項3】
ヒアルロン酸またはその塩の濃度が0.02〜1%(w/v)であり、フラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩の濃度が0.01〜1%(w/v)である、請求項1または2に記載の抑制剤。
【請求項4】
ヒアルロン酸またはその塩の濃度が0.02〜0.5%(w/v)であり、フラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩の濃度が0.02〜0.5%(w/v)である、請求項1または2に記載の抑制剤。
【請求項5】
ヒアルロン酸またはその塩の濃度が0.05〜0.3%(w/v)であり、フラビンアデニンジヌクレオチドまたはその塩の濃度が0.05%(w/v)である、請求項1または2に記載の抑制剤。
【請求項6】
投与形態が点眼投与である、請求項1または2に記載の抑制剤。
【請求項7】
剤形が点眼剤である、請求項6に記載の抑制剤。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−82697(P2013−82697A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−212576(P2012−212576)
【出願日】平成24年9月26日(2012.9.26)
【出願人】(000177634)参天製薬株式会社 (177)
【Fターム(参考)】