ヒストンメチル化酵素活性の測定方法
【課題】ヒストンメチル化酵素活性の測定方法や、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法や、ヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キットや、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キットを提供する。
【解決手段】以下の一般式(I)
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2は色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩を用いる。
【解決手段】以下の一般式(I)
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2は色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩を用いる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒストンメチル化酵素活性の測定方法や、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法や、ヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キットや、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
真核生物の染色体DNAはタンパク質と複合体を形成しており、かかる複合体はクロマチンと呼ばれている。より詳細に述べると、クロマチンは、ヌクレオソームの繰り返し構造がらせん状につながったものであり、ヌクレオソームは、H2A、H2B、H3、H4の4種類のヒストンタンパク質を2分子ずつ含むヒストンコア(ヒストン8量体)に、146塩基対のDNAが1.75回転巻き付いた構造をとっている。DNAとヒストンの結合は転写に対して阻害的に働く。転写が活性な遺伝子座の染色体では、ヌクレオソームが緩んだり、ヒストンが解離していることが知られている。ヒストンは球形のカルボキシル末端と、直鎖状のアミノ末端(ヒストンテール)からなっており、ヒストンテールのリシン残基やアスパラギン残基は、アセチル化、メチル化、リン酸化、SUMO化などの様々な化学修飾を受けることが知られている。ヒストンのリシン残基のタンパク質翻訳後修飾のうち、アセチル化とメチル化についての概要を図1に示す。図1から分かるように、アセチル化の場合は、アセチル化の程度は1段階(アセチル化リシン(ε−N−アセチルリシン))であるのに対し、メチル化の場合は、メチル化の程度は通常3段階(モノメチル化リシン(ε−N−メチルリシン)、ジメチル化リシン(ε−N,N−ジメチルリシン)、トリメチル化リシン(ε−N,N,N−トリメチルリシン))である。
【0003】
メチル化修飾は、転写の制御・サイレンシング・クロマチン凝縮などを引き起こすことが知られている。ヒストンのメチル化は、ヒストンメチル化酵素(histone methyltransferase:HMT)によって誘導される。これまでに知られているヒトのヒストンメチル化酵素名、該酵素がメチル化するリシンサイト(リシン部位)、及び、そのリシンサイトのメチル化による転写への影響(転写促進又は転写抑制)を図2に示す。ヒストンメチル化は、様々な疾患との関連が知られている。例えば、非特許文献1には、腫瘍の発達にSUV39H1、EZH2、MLL、NSD1、RIZ等の様々なヒストンメチル化酵素が関与することが記載されている。また、非特許文献2や3には、がん細胞で発現が抑制されているがん抑制遺伝子のプロモーター領域で、DNAのメチル化の増加やヒストンのアセチル化の減少と共に、ヒストンH3K9、及び、ヒストンH3K27のメチル化が認められることが記載されている。さらに、非特許文献4には、多くのがんに共通して、ヒストンH4K20のメチル化の増加が認められることが記載されている。また、非特許文献5には、ヒストンのメチル化により誘導されるヘテロクロマチン形成が、筋緊張性ジストロフィーやフリードライヒ運動失調症といった神経変性疾患に関わっていることが記載されている。また、非特許文献6には、Oct4/Klf2と遺伝子導入したマウス胚繊維芽細胞にL型カルシウムチャネルのアゴニストであるBayK8644、及びヒストンメチル化酵素G9aの阻害剤であるBIX-01294を添加することでiPS細胞へ誘導されたことが記載されている。
【0004】
そのため、ヒストンメチル化酵素の阻害剤は、がんや神経変性疾患といった疾患への治療薬や、iPS細胞を用いた再生医療への応用が期待されている。そこで、ヒストンメチル化酵素阻害剤のスクリーニングが試みられている。例えば、非特許文献7には、メチル基がトリチウムラベルされたS−アデノシルメチオニン(S‐(5’-Adenosyl)-L-methionine:SAM)である[メチル−3H]−SAMと、ヒストンH3のアミノ酸番号1−19のアミノ酸配列から成るペプチド(ヒストンH3(1−19)ペプチド)と、ヒストンメチル化酵素とを混合して反応させた後、ヒストンH3(1−19)ペプチドの放射活性を測定することによって、リシンに転移したメチル基の量を測定し、それにより、該ヒストンメチル化酵素のヒストンメチル化活性を測定する方法(いわゆるRI法)が記載されている(図3)。また、非特許文献8には、Elisa法により、ヒストンメチル化酵素阻害剤をスクリーニングする方法が記載されている(図4)。しかし、RI法は、放射性同位体を用いるため安全性が十分とは言えない点や、反応生成物の濾紙への吸着、濾紙の洗浄といった実験操作数が比較的多く、煩雑である点などの問題点があった(図5)。また、図5にも示されているように、Elisa法は、洗浄操作といった実験操作数が極めて多く、所要時間も長いという問題点があった。このような状況下、ヒストンメチル化活性の評価系であって、安全性に問題がなく、かつ、実験操作が簡便で所要時間も短い評価系が求められていた。
【0005】
一方、ヒストン脱アセチル化酵素活性の簡便な測定方法として、X−X−Lys(Ac)−(色素)で表される基質ペプチド(すなわち、特許文献1にてX−X−(Ac)Lys−(色素)で表される基質ペプチド)(式中Xは任意のアミノ酸残基を表し、Lys(Ac)はεアミノ基(ε位のアミノ基)がアセチル化されたリシン残基を表し、(色素)は該リシン残基に結合した色素標識を表す)を利用した方法が知られている(特許文献1参照)。この方法は、前述の基質ペプチドがアセチル化されたままの状態では、ある種のペプチダーゼによる切断活性が低下したままであるのに対し、前述の基質ペプチドが脱アセチル化されると、該ペプチダーゼによる切断活性が上昇する性質を利用している。
【0006】
また、リシンのε位のメチル化に関していえば、非特許文献9や10には、ペプチドのリシン残基のε位をメチル化すると、メチル化していないものよりも、トリプシンに分解され難くなることが記載されている。しかし、リシンのε位のメチル化は、アセチル化とは違って3段階(モノメチル化、ジメチル化、トリメチル化)あることや、前述の特許文献1における脱アセチル化とは逆に、反応の進行によってある種のペプチダーゼによる切断活性が低下することなどから、ヒストンメチル化酵素活性の測定方法に実際に用い得るかどうか不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4267043号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】TRENDS in Biochemical Sciences, 27, 396-402, 2002.
【非特許文献2】Nature Review Cancer, 6, 107-116, 2006.
【非特許文献3】Nature Review Drug Discovery, 5, 37-50, 2006.
【非特許文献4】Nature Genetics, 37, 391-400, 2005.
【非特許文献5】Nature, 422, 909-913, 2003.
【非特許文献6】Cell Stem Cell, 3, 568-574, 2008.
【非特許文献7】Nature Chemical Biology, 1, 143-145, 2005.
【非特許文献8】Molecular Cell, 25, 473-481, 2007.
【非特許文献9】Biochim Biophys Acta, Vol.581 No.2, 360-362, 1979
【非特許文献10】J Biol Chem, Vol.258 No.3, 1844-1850, 1983
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、ヒストンメチル化酵素活性の測定方法や、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法や、ヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キットや、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するべく、リシン残基のεアミノ基がメチル化することによって色素の検出強度が上昇するような評価系などの構築を様々試みたが、簡便かつ高感度な評価系を構築することはできなかった。しかし、本発明者らはさらに鋭意研究を続けたところ、前述の一般式(I)で表される基質化合物を用いると、リシン残基のεアミノ基がメチル化することによって色素の検出強度が低下するような評価系であっても、ヒストンメチル化酵素活性を実際に高感度で測定し得ることを見い出し、本発明を完成するに至った。さらに、本発明者らは研究を進め、適切な励起波長及び蛍光波長を利用することによって、リシン残基のεアミノ基がメチル化すると色素の検出強度が上昇するような評価系であって、簡便且つ高感度な評価系を構築し得ることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、(1)次の(a)〜(e)の工程を含むことを特徴とする、試料中のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法;
(a)以下の一般式(I)
【化1】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下する基質化合物又はその塩を準備する工程;
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩と試料とを、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記基質化合物又はその塩にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記基質化合物又はその塩を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程;及び、
(e)工程(d)におけるメチル化レベルの上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価する工程;や、
(2)工程(d)における前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度の測定が、
前記基質化合物又はその塩におけるアミド結合がペプチダーゼによって切断されて、蛍光特性又は発色特性が変化した色素標識を測定することによりなされるか;又は
前記基質化合物又はその塩におけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されて、アミド結合がペプチダーゼによって切断されなかった色素標識を測定することによりなされる;
ことを特徴とする上記(1)に記載の方法や、
(3)次の(a)〜(e)の工程を含むことを特徴とする、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法;
(a)以下の一般式(I)
【化2】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下する基質化合物又はその塩を準備する工程;
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩と、ヒストンメチル化酵素とを、被検化合物の存在下、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記基質化合物又はその塩にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記基質化合物又はその塩を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程;及び、
(e)工程(d)における基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度が、被検化合物の非存在下における基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度と比較して、少ない被検化合物を選択する工程;や、
(4)ペプチダーゼが、リシルエンドペプチダーゼ、エンドプロテイナーゼLys-C、プラスミン、カルパイン、及び、トリプシンからなる群から選択される少なくとも1種のペプチダーゼである上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法に関する。
【0012】
また、本発明は、(5)以下の一般式(I)
【化3】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩や、
(6)ヒストンメチル化酵素が、X−Kからなるペプチドの配列に応じた基質特異性を有するヒストンメチル化酵素であり、基質化合物又はその塩におけるX−Kからなるペプチドの配列が、該ヒストンメチル化酵素に対して基質特異性を示す配列であることを特徴とする上記(5)に記載の基質化合物又はその塩に関する。
【0013】
さらに、本発明は、(7)以下の(a)及び(b)の要素を含む、ヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キット;
(a)以下の一般式(I)
【化4】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩;及び、
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩を切断するペプチダーゼであって、該ペプチダーゼは基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇に伴って切断活性が低下するペプチダーゼや、
(8)ペプチダーゼが、リシルエンドペプチダーゼ、エンドプロテイナーゼLys-C、プラスミン、カルパイン、及び、トリプシンからなる群から選択される少なくとも1種のペプチダーゼである上記(7)に記載の試薬キットや、
(9)上記(7)又は(8)に記載の試薬キットと、ヒストンメチル化酵素とを含む、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キットに関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ヒストンメチル化酵素活性を測定することや、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物をスクリーニングすることが、非常に簡便にかつ高感度で可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】ヒストンのリシン残基のアセチル化(図1上)やメチル化(図1下)の概要を示す図である。
【図2】ヒトのヒストンメチル化酵素名、該酵素がメチル化するリシンサイト、そのリシンサイトのメチル化による転写への影響を示す図である。
【図3】従来のヒストンメチル化活性の測定方法(RI法)の概要を示す図である。
【図4】従来のヒストンメチル化活性の測定方法(Elisa法)の概要を示す図である。
【図5】従来法であるRI法やElisa法の問題点を示す図である。
【図6】BocLysMCAを用いた場合のヒストンメチル化酵素活性の測定方法の概要を示す図である。
【図7】本発明の基質化合物のメチル化による、ペプチダーゼに対する感受性の低下を確認した試験の結果を示す図である。図7の左パネルは、トリプシンに対する感受性(トリプシンとの反応性)を示した結果であり、右パネルは、リシルエンドペプチダーゼに対する感受性(リシルエンドペプチダーゼとの反応性)を示した結果である。
【図8】本発明の基質化合物とペプチダーゼとの反応への、トリプシン阻害剤の影響を確認した試験の結果を示す図である。
【図9】本発明の基質化合物を用いたヒストンメチル化酵素活性の測定の結果を示す図である。なお、本発明の基質化合物の濃度と、ヒストンメチル化酵素の濃度を変化させている。
【図10】本発明の基質化合物を用いたヒストンメチル化酵素活性の測定の結果を示す図である。なお、メチル基供与体であるSAMの濃度を変化させている。
【図11】ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイ(ヒストンメチル化酵素であるG9a非存在下)における反応のLC/MSによる解析の結果を示す図である。一番上のパネルは、ペプチダーゼを用いていない場合(無処理)の解析結果を表し、中央のパネルは、ペプチダーゼとしてトリプシンを用いた場合(+トリプシン)の解析結果を示し、一番下のパネルは、ペプチダーゼとしてリシルエンドペプチダーゼを用いた場合(+LEP)の解析結果を示す。
【図12】ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイ(ヒストンメチル化酵素であるG9a存在下)における反応のLC/MSによる解析の結果を示す図である。一番上のパネルは、ペプチダーゼを用いていない場合(無処理)の解析結果を表し、中央のパネルは、ペプチダーゼとしてトリプシンを用いた場合(+トリプシン)の解析結果を示し、一番下のパネルは、ペプチダーゼとしてリシルエンドペプチダーゼを用いた場合(+LEP)の解析結果を示す。
【図13】本発明の基質化合物におけるXが1個以上のアミノ酸残基(ペプチド)を示すペプチジル基質化合物のXペプチドのアミノ酸配列等を示す図である。
【図14】ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す図である。縦軸はメチル化されていないペプチジルMCAの割合(%)を示し、横軸はGST−mG9a又はHis−Set9の濃度(μg/μL)を示す。図14左パネル:ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合の結果を示す。図14右パネル:ヒストンメチル化酵素としてSet9を用いた場合の結果を示す。
【図15】本発明の基質化合物におけるXが1個以上のアミノ酸残基(ペプチド)を示すペプチジル基質化合物のXペプチドのアミノ酸配列等を示す図である。
【図16】ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す図である。縦軸はメチル化されていないペプチジルMCAの割合(%)を示し、横軸はGST−mG9a又はHis−Set9の濃度(μg/μL)を示す。図16左パネル:ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合の結果を示す。図16右パネル:ヒストンメチル化酵素としてSet9を用いた場合の結果を示す。
【図17】ヒストンメチル化酵素活性阻害剤の活性を評価するウエスタンブロットの結果を示す図である。
【図18】ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤(グリオトキシン)の活性評価の結果を示す図である。図18左パネル:ヒストンメチル化酵素Set9と、Ac-p53 (369-372)-MCAを用いた場合のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す。図18中央パネル:ヒストンメチル化酵素G9aと、Ac-histone H3 (1-9)-MCAを用いた場合のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す。図18右パネル:図18の左パネル及び中央パネルの結果から算出した、グリオトキシンによるメチル化阻害率(%)を示す。
【図19】ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤(S−アデノシル−L−ホモシステイン:SAH)の活性評価の結果を示す図である。図19左パネル:ヒストンメチル化酵素G9aと、Ac-histone H3 (1-9)-MCAを用いた場合のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す。図19右パネル:図19の左パネルの結果から算出した、SAHによるメチル化阻害率(%)を示す。
【図20】BocLys(Me)nMCA(n=0,1,2,3)とAMCの吸収スペクトル及び蛍光スペクトルを示す図である。
【図21】BocLys(Me)nMCA(n=0,1,2,3)とAMCの蛍光スペクトルを示す図である。
【図22】BocLys(Me)nMCAのメチル化による、トリプシンに対する感受性の低下を確認した試験の結果を示す図である。図22の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、BocLys(Me)nMCA(n=0,1,2,3)の蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図23】BocLys(Me)nMCAのメチル化による、リシルエンドペプチダーゼに対する感受性の低下を確認した試験の結果を示す図である。図23の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、BocLys(Me)nMCA(n=0,1,2,3)の蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図24】BocLysMCAとAMCの混合液の蛍光スペクトルを示す図である。図24の左パネルは、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した結果を表し、右パネルは、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果を表す。
【図25】ペプチジルMCA(Ac-histone H3 (1-9)-MCA)を用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す図である。図25の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、ペプチジルMCAの蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図26】ペプチジルMCA(Ac-ERa(299-302)-MCA)を用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す図である。図25の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、ペプチジルMCAの蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図27】ペプチジルMCA及びG9aを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤(グリオトキシン)の活性評価の結果を示す図である。図27の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、ペプチジルMCAの蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図28】ペプチジルMCA及びSet7/9を用いたヒストンメチル化酵素阻害剤(グリオトキシン)の活性評価の結果を示す図である。図28の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、ペプチジルMCAの蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図29】ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素活性の検出の概要を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.本発明の「基質化合物又はその塩」
本発明の基質化合物又はその塩(以下、単に「本発明の基質化合物等」とも表示する。)としては、上記一般式(I)(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、前記基質化合物又はその塩は、前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記基質化合物又はその塩は、前記リシン残基のεアミノ基がヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩である限り特に制限されるものではない。かかる本発明の基質化合物等と試料とをヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させ、次いで、ペプチダーゼを作用させた後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、前記基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出し、メチル化レベルの上昇の程度を試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価することができる。このように、本発明の基質化合物等を利用することにより、試料中のヒストンメチル化酵素活性を非常に簡便にかつ高感度で測定することができる。前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定する際の測定対象としては、前記基質化合物等におけるアミド結合がペプチダーゼによって切断されて、蛍光特性又は発色特性が変化した色素標識(以下、「色素標識A」とも表示する。)であってもよいし、前記基質化合物等におけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されて、アミド結合がペプチダーゼによって切断されなかった色素標識(以下、「色素標識B」とも表示する。)であってもよい。本発明の基質化合物等として、BocLysMCAを用いた場合のヒストンメチル化酵素活性の測定方法の概要を図6に示す。図6から分かるように、本発明の基質化合物等がメチル化されていないと、そのアミド結合がペプチダーゼによって切断されて、蛍光特性が変化した色素標識(AMC)となるのに対し、前記基質化合物等におけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されると、そのアミド結合がペプチダーゼによって切断されず、色素標識(MCA基)の蛍光特性はそれほど変化しない。なお、AMC等の色素標識Aを測定する場合は、その色素標識Aの低下量からヒストンメチル化酵素活性を測定することができ、MCA基等の色素標識Bを測定する場合は、その色素標識Bの増加量からヒストンメチル化酵素活性を測定することができる。
【0017】
上記R1としては、水素原子又はアミノ末端の保護基であればどのようなものでもよく、アミン末端の保護基としては、−HCO、−CH3CO、−CH3CH2CO、Boc(t-butyloxycarbonyl)基、ベンジル基、プロピオニル基、トシル基等を具体的に例示することができる。また、上記R2としては、一般式(I)におけるリシン残基(K)のカルボニル末端とアミド結合した色素標識であって、該アミド結合(リシン残基とR2間のアミド結合)がペプチダーゼによって切断されると色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化する色素標識である限り特に制限されない。前述のリシン残基(K)のカルボニル末端とアミド結合した色素標識であって、該アミド結合の切断によって蛍光特性の変化する基としては、MCA(4-methyl-coumaryl-7-amide)基、ANS(2-aminonaphtharene-6-sulfonic acid)基、CMCA(7-amino-4-chloromethylcoumarin)基、FMCA(7-amino-4-trifluoromethylcoumarin)基、AMP(2-amino-7-mathylpurine-6-thiol)基、R110(rhodamine 110)基、R110モノアミド(rhodamine 110 monoamido)基等を具体的に挙げることができ、ここでMCA基、ANS基、CMCA基、FMCA基、AMP基、R110基、R110モノアミド基は、以下の[化5]に示される置換基を意味する。なお、[化5]に示されるR110モノアミド基におけるペプチド基は特に制限されず、任意のペプチド基とすることができる。
【0018】
【化5】
【0019】
また、前述のリシン残基(K)のカルボニル末端とアミド結合した色素標識であって、該アミド結合の切断によって発色特性の変化する基としてはpNA(p-nitroaniline)基,βAN(β-amino naphtharene)基等を具体的に挙げることができ、βAN基にはβANとFast Garnet GBC,Fast Blue等との2次反応物等が便宜上含まれ、ここでpNA基,βAN基,Fast Garnet GBC,Fast Blueは、以下の[化6]に示される置換基等を意味する。
【0020】
【化6】
【0021】
なお、前述の蛍光特性の変化の有無や変化量は、蛍光強度測定機等を用いて検出や定量することができ、前述の発色特性の変化の有無や変化量は、分光光度計等を用いて検出や定量することができる。その際、前述の色素標識Aや前述の色素標識Bの吸収波長や蛍光波長を解析し、いずれかを特異的に検出・定量し得るような励起波長及び蛍光波長を選択することが好ましい。本発明の基質化合物等における色素標識としてMCA基を用いているときに、AMCを特異的に測定する場合は、MCA基を励起せずAMCを励起する波長(例えば360nm〜400nm、好ましくは385nm〜395nm、特に好ましくは390nm)を照射し、AMCが発する蛍光波長(例えば400nm〜500nm、好ましくは440nm〜480nm、特に好ましくは460nm)を検出・測定することが好ましく、MCA基を特異的に測定する場合は、MCA基を励起する波長(例えば260nm〜350nm、好ましくは300nm〜340nm、特に好ましくは330nm)を照射し、AMCは発さずMCA基が発する波長(例えば350nm〜385nm、好ましくは365nm〜385nm、特に好ましくは380nm)を検出・測定することが好ましい。これらの波長を用いることで、ヒストンメチル化酵素活性をより簡便且つ高感度で測定することができる。
【0022】
上記一般式(I)におけるXは、0又は1個以上、好ましくは1〜30個、さらに好ましくは1〜10個のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示す。そして、一般式(I)におけるX−Kは、ヒストンH3、ヒストンH2A、ヒストンH2B、ヒストンH4、p53、エストロゲン受容体α(ERα)、アンドロゲン受容体(AR)、グルココルチコイド受容体(GR)等に由来するペプチドである。ヒストンH3に由来するX−Kとしては、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号1−4のアミノ酸残基からなるペプチド(ARTK;配列番号1)や、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号5−9のアミノ酸残基からなるペプチド(QTARK;配列番号2)や、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号1−9のアミノ酸残基からなるペプチド(ARTKQTARK;配列番号3)や、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号7−9又は25−27のアミノ酸残基からなるペプチド(ARK)や、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号23−27のアミノ酸残基からなるペプチド(KAARK;配列番号4)や、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号19−27のアミノ酸残基からなるペプチド(QLATKAARK;配列番号5)を好適に例示することができ、p53に由来するX−Kとしては、ヒトのp53のアミノ酸番号369−372のアミノ酸残基からなるペプチド(LKSK;配列番号6)や、ヒトのp53のアミノ酸番号367−372のアミノ酸残基からなるペプチド(SHLKSK;配列番号7)を好適に例示することができ、ERαに由来するX−Kとしては、ヒトのERαのアミノ酸番号299−302のアミノ酸残基からなるペプチド(KRSK;配列番号8)や、ヒトのERαのアミノ酸番号297−302のアミノ酸残基からなるペプチド(MIKRSK;配列番号9)を好適に例示することができ、ARに由来するX−Kとしては、ヒトのARのアミノ酸番号630−633のアミノ酸残基からなるペプチド(RKLK;配列番号10)や、ヒトのARのアミノ酸番号628−633のアミノ酸残基からなるペプチド(GARKLK;配列番号11)を好適に例示することができ、GRに由来するX−Kとしては、ヒトのGRのアミノ酸番号491−494のアミノ酸残基からなるペプチド(RKTK;配列番号12)や、ヒトのGRのアミノ酸番号489−494のアミノ酸残基からなるペプチド(EARKTK;配列番号13)を好適に例示することができる。なお、ヒトのヒストンH3のアミノ酸配列を配列番号14に示し、ヒトのヒストンH2Aのアミノ酸配列を配列番号15に示し、ヒトのヒストンH2Bのアミノ酸配列を配列番号16に示し、ヒトのヒストンH4のアミノ酸配列を配列番号17に示し、ヒトのp53のアミノ酸配列を配列番号18に示し、ヒトのERαのアミノ酸配列を配列番号19に示し、ヒトのARのアミノ酸配列を配列番号20に示し、ヒトのGRのアミノ酸配列を配列番号21に示す。
【0023】
本発明の基質化合物の塩としては、本発明の基質化合物をヒストンメチル化酵素活性測定用基質としてヒストンメチル化酵素活性を測定した測定値と同等な測定値を与える化合物の塩であればどのようなものでもよく、無機塩基との塩(例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩等)、有機塩基との塩(例えばトリエチルアミン塩、ジイソプロピルエチルアミン塩等)、無機酸付加塩(例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、リン酸塩等)、有機カルボン酸若しくはスルホン酸付加塩(例えばギ酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩等)のような塩基との塩又は酸付加塩を具体的に挙げることができる。
【0024】
本発明の基質化合物等の中でも特に好適なものとして、Boc−K−MCA(BocLysMCA)、Ac−ARTK−MCA(Ac-histone H3 (1-4)-MCA)、Ac−QTARK−MCA(Ac-histone H3 (5-9)-MCA)、Ac−ARTKQTARK−MCA(Ac-histone H3 (1-9)-MCA)、Ac−ARK−MCA(Ac-hisotne H3 (7-9/25-27)-MCA)、Ac−KAARK−MCA(Ac-histone H3 (23-27)-MCA)、Ac−QLATKAARK−MCA(Ac-histone H3 (19-27)-MCA)、Ac−LKSK−MCA(Ac-p53 (369-372)-MCA)、Ac−SHLKSK−MCA(Ac-p53(367-372)-MCA)、Ac−KRSK−MCA(Ac-ERα(299-302)-MCA)、Ac−MIKRSK−MCA(Ac-ERα(297-302)-MCA)、Ac−RKLK−MCA(Ac-AR(630-633)-MCA)、Ac−GARKLK−MCA(Ac-AR(628-633)-MCA)、Ac−RKTK−MCA(Ac-GR(491-494)-MCA)、Ac−EARKTK−MCA(Ac-GR(489-494)-MCA)を具体的に例示することができる。
【0025】
前記の本発明の基質化合物等は、前記リシン残基のεアミノ基がヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下する。感受性の低下の好ましい程度としては、例えば、本発明の基質化合物等のリシン残基のεアミノ基の水素原子が1分子メチル化した本発明の基質化合物等(Me)と、本発明の基質化合物等とで、以下の混合アッセイにおける色素標識A量(色素標識Aのシグナル強度、好適には蛍光強度、さらに好適にはAMCの蛍光強度)を比較したときに、本発明の基質化合物等(Me)の色素標識A量が、本発明の基質化合物等の色素標識A量に対して、割合として、30%以下、好適には20%以下、より好適には10%以下、さらに好適には5%以下、より好適には3%以下、さらに好適には1%以下であることを例示することができる。このように、低下の程度が著しい本発明の基質化合物等を用いると、ヒストンメチル化酵素活性の測定を著しく高感度で行うことが可能となる。
【0026】
(混合アッセイ)
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)及び1μLの本発明の基質化合物等溶液に、蒸留水を添加して20μLになるように調整する。その溶液に30μLのペプチダーゼ溶液(好適には、20mg/mL トリプシン、又は、20mAU/mL リシルエンドペプチダーゼ)を添加して混合した後、37℃で15分インキュベートする。次いで、その溶液中の色素標識A量を測定する。また、同様の方法で、本発明の基質化合物等(Me)の色素標識A量を測定する。なお、色素標識A量がAMCの蛍光強度である場合は、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで蛍光強度を測定することが好ましい。この波長は、本発明の基質化合物等のLysとMCAの間のアミド結合が切断されて遊離したAMC(7−アミノ−4−メチルクマリン)を検出する波長である。
【0027】
本明細書における「ヒストンメチル化酵素」としては、ヒストンのリシン残基のεアミノ基をメチル化する酵素である限り特に制限されないが、SET1、MLL、SET9、SMYD3、Meisetz、SUV39H1、G9a、GLP、ESET/SETDB1、RIZ、MES−2、EZH2、NSD1、SMYD2、DOT1L、SUV4−20H、NSD1、SET8/PR−SET7等を好適に例示することができ、中でもSet9、G9aをより好適に例示することができる。なお、SET1、MLL、SET9、SMYD3、Meisetzは、ヒストンH3のアミノ酸番号4のリシン残基(ヒストンH3K4)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写促進に寄与する酵素であり、SUV39H1、G9a、GLP、ESET/SETDB1、RIZは、ヒストンH3のアミノ酸番号9のリシン残基(ヒストンH3K9)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写抑制に寄与する酵素であり、MES−2、EZH2、G9aは、ヒストンH3のアミノ酸番号27のリシン残基(ヒストンH3K27)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写抑制に寄与する酵素であり、NSD1、SMYD2は、ヒストンH3のアミノ酸番号36のリシン残基(ヒストンH3K36)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写促進に寄与する酵素であり、DOT1Lは、ヒストンH3のアミノ酸番号79のリシン残基(ヒストンH3K79)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写促進に寄与する酵素であり、SUV4−20H、NSD1、SET8/PR−SET7は、ヒストンH4のアミノ酸番号20のリシン残基(ヒストンH4K20)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写抑制に寄与する酵素である。なお、SET9と呼ばれる酵素と、SET7と呼ばれる酵素は同一の酵素であるため、本願明細書では、SET7/9と表示する場合もある。
【0028】
本発明の基質化合物等におけるKとR2間のアミド結合を切断するヒストンメチル化酵素として、X−Kからなるペプチドの配列に応じて基質特異性を有するヒストンメチル化酵素を例示することができる。このようなヒストンメチル化酵素は、該酵素に特異的なX−Kからなるペプチドを有する本発明の基質化合物等のみをメチル化するため、Xペプチドの配列が様々な本発明の基質化合物等との反応を確認することによって、該ヒストンメチル化酵素の基質特異性を調べることができる。また、Xが所定の配列のペプチドである本発明の基質化合物等と、様々なヒストンメチル化酵素との反応を確認することによって、該基質化合物等に特異的なヒストンメチル化酵素を調べることができる。なお、本発明の基質化合物等におけるヒストンメチル化酵素としては、X−Kからなるペプチドの配列に応じて基質特異性を有するヒストンメチル化酵素であり、かつ、該本発明の基質化合物等におけるX−Kからなるペプチドの配列は、該ヒストンメチル化酵素に対して基質特異性を示す配列である本発明の基質化合物等を好適に例示することができる。
【0029】
本発明の基質化合物等は、公知の方法によって合成することができる。例えば、R1−X−OHと、K−R2の酸性塩とを反応させることによって、一般式(I)で表される基質化合物を合成することができる。
【0030】
本発明における「ペプチド」とは、2個以上のアミノ酸がペプチド結合により結合した化合物を意味し、その鎖長は特に制限されない。本発明における「メチル化酵素」とは、メチル基をその構造の一部に有する物質(例えば、S−アデノシルメチオニン:SAM)からメチル基をペプチドに転移させる反応を触媒する酵素を意味する。また、本発明における「ペプチダーゼ」とは、タンパク質を含むペプチド群に作用して、ペプチド結合を加水分解する酵素であって、本発明の基質化合物等のリシン残基のεアミノ基がメチル化されると、該基質化合物等に対する切断活性が低下する酵素を意味する。したがって、いわゆる「タンパク質分解酵素」、「プロテアーゼ(protease)」、「プロテイナーゼ(proteinase)」、「ペプチドヒドロラーゼ(peptidehydrolase)」等はいずれも、本発明における「ペプチダーゼ」に含まれる。本発明における「ペプチダーゼ」の具体例として、リシルエンドペプチダーゼ、エンドプロテイナーゼLys-C、プラスミン、カルパイン、トリプシンを例示することができ、中でも、リシルエンドペプチダーゼ、トリプシンを好適に例示することができる。本発明における「ペプチド切断活性」とは、基質となるペプチド中のペプチド結合を、加水分解する活性を意味する。
【0031】
2.本発明の「ヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キット」
本発明のヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キットは、以下の(a)及び(b)の要素を含むキットである限り特に制限されるものではない。
(a)本発明の基質化合物等;及び、
(b)本発明の基質化合物等を切断するペプチダーゼであって、該ペプチダーゼは前述の本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇に伴って切断活性が低下するペプチダーゼ;
【0032】
本発明のヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キットは、後述の「試料中のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法」と同様の方法で使用することができる。
【0033】
3.本発明の「ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キット」
本発明のヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キットは、本発明のヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キットと、ヒストンメチル化酵素とを含むキットである限り、特に制限されるものではない。該キットに含まれるヒストンメチル化酵素としては、本発明の基質化合物等のX−Kからなるペプチドの配列に応じて基質特異性を有するヒストンメチル化酵素であり、かつ、該本発明の基質化合物等におけるX−Kからなるペプチドの配列は、該ヒストンメチル化酵素に対して基質特異性を示す配列であるものを好適に例示することができる。
【0034】
本発明のヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キットは、後述の「ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法」と同様の方法で使用することができる。
【0035】
4.本発明の「試料中のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法」
本発明の試料中のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法としては、次の(a)〜(e)の工程を含む限り特に制限されない。
(a)本発明の基質化合物等を準備する工程;
(b)本発明の基質化合物等と試料とを、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記の本発明の基質化合物等にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することによって、前記の本発明の基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程;及び、
(e)工程(d)におけるメチル化レベルの上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価する工程;
【0036】
かかる方法により、試料中のヒストンメチル化酵素活性を非常に簡便にかつ高感度で測定することができる。上記工程(a)としては、本発明の基質化合物等を準備する工程である限り特に制限されず、本発明の基質化合物等を調製する工程も含まれる。上記工程(b)としては、本発明の基質化合物等と試料とを、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程である限り特に制限されないが、本発明の基質化合物等と試料とをヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件を備えた溶液中で接触させることを好適に例示することができる。かかる条件は、当業者が適宜選択することができ、S−アデノシルメチオニン(SAM)等のメチル基供与体を含むという条件や、ヒストンメチル化酵素がヒストンメチル化酵素活性を発揮できるような条件を含む。工程(b)の好適な例としては、10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、2μLのBSA溶液(30μg/mL)、及び、所定の濃度のヒストンメチル化酵素溶液に、蒸留水を添加して16μLとなるように調整し、室温で1時間インキュベートしてから、そこに2μLのSAM及び2μLの本発明の基質化合物等を添加して37℃で1時間インキュベートする工程を挙げることができる。
【0037】
上記工程(c)としては、工程(b)の後、前記の本発明の基質化合物等にペプチダーゼを作用させる工程である限り特に制限されず、例えば、ペプチダーゼ溶液を添加して37℃で15分間インキュベートする工程を好適に例示することができる。
【0038】
上記工程(d)としては、工程(c)の後、本発明の基質化合物等のKとR2間のアミド結合の切断によって生じ得る前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、本発明の基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程である限り特に制限されない。色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度の測定方法は、色素標識において変化する特性の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、色素標識において変化する特性が蛍光特性である場合は、蛍光強度測定機等を用いて、蛍光特性の変化の有無を検出したり、変化量を測定することができる。また、色素標識において変化する特性が発色特性の変化である場合は、分光光度計等を用いて、発色特性変化の有無を検出したり、変化量を測定することができる。
【0039】
工程(d)で測定した、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度から、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出する方法としては、まず、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度から、本発明の基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度を求め、その程度から、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出する方法を好適に例示することができる。前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度から、本発明の基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度を求める方法としては、測定対象とした色素標識が前述の色素標識A(前記基質化合物等におけるアミド結合がペプチダーゼによって切断されて、蛍光特性又は発色特性が変化した色素標識)である場合、色素標識A量(色素標識Aのシグナル強度)が、コントロールの場合の色素標識A量(色素標識Aのシグナル強度)と比較してどの程度低下しているかを求める方法を好適に例示することができ、測定対象とした色素標識が前述の色素標識B(前記基質化合物等におけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されて、アミド結合がペプチダーゼによって切断されなかった色素標識)である場合、色素標識B量(色素標識Bのシグナル強度)が、コントロールの場合の色素標識B量(色素標識Bのシグナル強度)と比較してどの程度増加しているかを求める方法を好適に例示することができる。ここで、「コントロールの場合の色素標識A量又は色素標識B量(色素標識A又はBのシグナル強度)」とは、工程(b)で用いた本発明の基質化合物等を試料に接触させないまま(すなわち、本発明の基質化合物等におけるリシン残基のεアミノ基をメチル化させないまま)、同様にペプチダーゼを作用させた場合の色素標識A量又は色素標識B量(色素標識A又はBのシグナル強度)を意味する。また、本発明の基質化合物等はメチル化レベル(Kのεアミノ基のメチル化の程度)が上昇すると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するので、前述のペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づいて、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出することができる。
【0040】
上記工程(e)としては、工程(d)におけるメチル化レベルの上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価する工程である限り特に制限されない。工程(d)におけるメチル化レベルの上昇の程度は、試料中のヒストンメチル化酵素活性によるものなので、メチル化レベルの上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価することができる。
【0041】
5.本発明の「ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法」
本発明のヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法としては、次の(a)〜(e)の工程を含む限り特に制限されない。
(a)本発明の基質化合物等を準備する工程;
(b)本発明の基質化合物等と、ヒストンメチル化酵素とを、被検化合物の存在下、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記の本発明の基質化合物等にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記の本発明の基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程:及び、
(e)工程(d)における本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度が、被検化合物の非存在下における本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度と比較して、少ない被検化合物を選択する工程:
【0042】
かかる方法により、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物を、非常に簡便にかつ高感度でスクリーニングすることができる。ヒストンメチル化酵素の阻害剤は、がんや神経変性疾患といった疾患への治療薬や、iPS細胞を用いた再生医療への応用が強く期待されているため、このスクリーニング方法の意義は大きい。
【0043】
上記工程(a)としては、本発明の基質化合物等を準備する工程である限り特に制限されず、本発明の基質化合物等を調製する工程も含まれる。
【0044】
上記工程(b)としては、本発明の基質化合物等と、ヒストンメチル化酵素とを、被検化合物の存在下、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程である限り特に制限されないが、本発明の基質化合物等と、ヒストンメチル化酵素とを、被検化合物の存在下、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件を備えた溶液中で接触させることを好適に例示することができる。ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件は、4.の項目で前述したとおりである。被検化合物としては、特に制限されないが、東京大学の生物機能制御化合物ライブラリー機構などの化合物ライブラリーの化合物を好適に利用することができる。上記工程(c)や工程(d)は、4.の項目で記載した工程(c)や工程(d)と同様である。
【0045】
上記工程(e)としては、工程(d)における本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度(以下、「程度A」とも表示する。)が、被検化合物の非存在下における本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度(以下、「程度B」とも表示する。)と比較して、少ない被検化合物を選択する工程である限り特に制限されない。このような被検化合物は、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物と評価することができる。程度Aが、程度Bと比較して少ない程度としては、特に制限されないが、被検化合物の濃度が10μMであるときの程度Aが程度Bに対して、割合として、80%以下、好適には70%以下、より好適には60%以下、さらに好適には50%以下、より好適には40%以下、さらに好適には30%以下、より好適には20%以下、さらに好適には10%以下であることを好ましく例示することができる。
【0046】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0047】
[本発明の基質化合物のメチル化による、ペプチダーゼに対する感受性の低下1]
本発明の基質化合物がメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が実際に低下するかどうかを確認するために、本発明の基質化合物とペプチダーゼの混合アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0048】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)及び1μLのBocLysMCA溶液に、蒸留水を添加して20μLになるように調整した。その溶液に30μLのペプチダーゼ溶液(20mg/mL トリプシン、又は、20mAU/mL リシルエンドペプチダーゼ)を添加して混合した後、37℃で15分インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。この波長は、BocLysMCAのLysとMCAの間のアミド結合が切断されて遊離したAMC(7−アミノ−4−メチルクマリン)を検出する波長である。また、前述の方法において、BocLysMCAに代えて、モノメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)MCA」)、ジメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)2MCA」)、又は、トリメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)3MCA」)を用いたこと以外は同じ方法にて混合アッセイを行い、AMCの蛍光強度を同様に測定した。
【0049】
これらの混合アッセイにおける蛍光強度の測定結果を図7に示す。図7の左パネルは、トリプシンに対する感受性(トリプシンとの反応性)を示した結果であり、右パネルは、リシルエンドペプチダーゼに対する感受性(リシルエンドペプチダーゼとの反応性)を示した結果である。図7の結果から分かるように、BocLysMCAは、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼのいずれを添加した場合であっても、ペプチダーゼ濃度依存的にAMCの蛍光強度が増加した。それに対して、3種のメチル化BocLysMCAは、いずれのペプチダーゼを添加した場合であっても、BocLysMCAを用いた場合と比較して、AMCの蛍光強度が著しく弱かった。例えば、1000μMのBocLys(Me)nMCA(ただしn=0,1,2,又は3)とトリプシンを用いた場合、BocLysMCAを用いたときの蛍光強度を100%としたときのBocLys(Me)MCA、BocLys(Me)2MCA、BocLys(Me)3MCAの蛍光強度は順に、僅か2.7%、0.12%、0.24%であり、1000μMのBocLys(Me)nMCA(ただしn=0,1,2,又は3)とリシルエンドペプチダーゼを用いた場合、BocLysMCAを用いたときの蛍光強度を100%としたときのBocLys(Me)MCA、BocLys(Me)2MCA、BocLys(Me)3MCAの蛍光強度は順に、僅か0.096%、0.053%、0.25%であった。
【0050】
以上の結果から、本発明の基質化合物に含まれるBocLysMCAは、そのリシン残基(のεアミノ基)がメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が著しく低下することが示された。
【実施例2】
【0051】
[本発明の基質化合物とペプチダーゼとの反応への、トリプシン阻害剤の影響]
次に、実施例1の混合アッセイで得られた、AMCの蛍光強度が、ペプチダーゼ活性に依存したものであるかを確認するために、混合アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0052】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、1μLのBocLysMCA溶液、及び、5μLのトリプシン阻害剤(trypsin inhibitor)溶液に、蒸留水を添加して20μLになるように調整した。その溶液に30μLのペプチダーゼ溶液(20mg/mL トリプシン、又は、20mAU/mL リシルエンドペプチダーゼ)を添加して混合した後、37℃で15分インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。
【0053】
これらの混合アッセイにおける蛍光強度の測定結果を図8に示す。図8の結果から分かるように、トリプシン阻害剤を添加すると、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼのいずれについても、トリプシン阻害剤濃度が一定以上になると、AMCの蛍光強度が著しく低下した。
【0054】
以上の結果から、実施例1の混合アッセイで得られた、AMCの蛍光強度は、ペプチダーゼ活性に依存したものであることが確認された。
【実施例3】
【0055】
[本発明の基質化合物とペプチダーゼとの反応性の確認]
実施例1の混合アッセイにおける、本発明の基質化合物とペプチダーゼとの反応の詳細を分析するために、LC/MSによる解析を行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0056】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)及び1μLのBocLysMCA溶液に、蒸留水を添加して20μLになるように調整した。その溶液に30μLのペプチダーゼ溶液(20mg/mL トリプシン、又は、20mAU/mL リシルエンドペプチダーゼ)を添加して混合した後、37℃で15分インキュベートした。次いで、その溶液を液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)にアプライして解析を行った。また、前述の解析において、BocLysMCAに代えて、モノメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)MCA」)、ジメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)2MCA」)、又は、トリメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)3MCA」)を用いたこと以外は同じ方法にて解析を行った。また、前述のペプチダーゼ溶液に代えて、同量の蒸留水を用いたこと以外は同じ方法でも解析を行った。
【0057】
この解析の結果、BocLysMCAに対してペプチダーゼを用いなかった場合は、BocLysMCAのピークが検出されたのに対し、トリプシンを用いた場合や、リシルエンドペプチダーゼを用いた場合は、BocLysMCAのピークが消失し、代わりにBocLysのピークと、AMCのピークが検出された。これにより、ほとんどのBocLysMCAが、トリプシンやリシルエンドペプチダーゼによって、BocLysとAMCに加水分解されていることが確認された。一方、BocLysMCAにおけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されたBocLys(Me)MCAや、BocLys(Me)2MCAや、BocLys(Me)3MCAは、トリプシンやリシルエンドペプチダーゼで処理しても、分解産物のピークはほとんど検出されず、加水分解がほとんど生じていないことが示された。
【実施例4】
【0058】
[本発明の基質化合物を用いたヒストンメチル化酵素活性の測定]
本発明の基質化合物が、インビトロにおけるヒストンメチル化酵素活性の測定に実際に用い得るかどうかを調べるために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを試みた。具体的には、以下のような方法で行った。
【0059】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、2μLのBSA溶液(30μg/mL)、及び、所定の濃度(終濃度0,0.015,0.05,又は,0.15μg/μL)のヒストンメチル化酵素(G9a)溶液に、蒸留水を添加して16μLになるように調整した。その後、室温で1時間インキュベートした。次いで、そこに2μLのS−アデノシルメチオニン(SAM)(10mM)及び2μLのBocLysMCA(終濃度0.009mM,0.03mM,又は,0.09mM)を添加して混合した後、37℃で1時間インキュベートした。次いで、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。
【0060】
このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにおける蛍光強度の測定結果を図9に示す。図9の結果から分かるように、BocLysMCAが0.009mM〜0.09mMの濃度域で、ヒストンメチル化酵素G9aの濃度依存的にAMCの蛍光強度が低下した。すなわち、AMCの蛍光強度の低下の程度(ペプチダーゼであるトリプシンの切断活性の低下の程度)を指標として、ヒストンメチル化酵素G9aのメチル化活性を測定し得ることが示された。
【0061】
次に、前述のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにおいて、メチル基供与体であるSAMを各種濃度で用いた場合の蛍光強度の測定結果を図10に示す。図10の結果から分かるように、ヒストンメチル化酵素G9aを添加した場合(+G9a)は、SAM濃度の濃度依存的にAMCの蛍光強度が低下したのに対し、G9aを添加しなかった場合(−G9a)は、SAM濃度の濃度によるAMCの蛍光強度の変化は見られなかった。
【0062】
以上の結果から、本発明の基質化合物が、インビトロにおけるヒストンメチル化酵素活性の測定に実際に用い得ること、しかも、その測定は非常に簡便でかつ高感度であることが示された。
【実施例5】
【0063】
[ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにおける反応の確認]
実施例4のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにおける反応の詳細を分析するために、LC/MSによる解析を行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0064】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、2μLのBSA溶液(30μg/mL)、及び、所定の濃度(終濃度0.15μg/μL)のヒストンメチル化酵素(G9a)溶液に、蒸留水を添加して16μLになるように調整した。その後、室温で1時間インキュベートした。次いで、そこに2μLのS−アデノシルメチオニン(SAM)(10mM)及び2μLのBocLysMCA(終濃度0.09mM)を添加して混合した後、37℃で1時間インキュベートした。次いで、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)又はリシルエンドペプチダーゼ溶液(20mAU/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液を液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)にアプライして解析を行った(+SAM/+G9a)。また、前述の解析において、SAM溶液に代えて蒸留水を用いた解析(−SAM/+G9a)、G9a溶液に代えて蒸留水を用いた解析(+SAM/−G9a)、SAM溶液とG9a溶液に代えて蒸留水を用いた解析(−SAM/−G9a)についても行った。さらに、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼのいずれも用いなかった場合の解析についても行った。
【0065】
−SAM/−G9aの場合の解析結果を図11の左パネルに示し、+SAM/−G9aの場合の解析結果を図11の右パネルに示し、−SAM/+G9aの場合の解析結果を図12の左パネルに示し、+SAM/+G9aの場合の解析結果を図12の右パネルに示す。なお、図11及び12において、一番上のパネル(上パネル)は、ペプチダーゼを用いていない場合の解析結果を表し、中央のパネル(中央パネル)は、ペプチダーゼとしてトリプシンを用いた場合の解析結果を示し、一番下のパネル(下パネル)は、ペプチダーゼとしてリシルエンドペプチダーゼを用いた場合の解析結果を示す。図11及び12の結果から分かるように、SAM又はG9aのいずれかを欠いている場合(−SAM/−G9a、+SAM/−G9a、−SAM/+G9a)、ペプチダーゼを添加しないときは、BocLysMCAのピークが検出され、ペプチダーゼ(トリプシン又はリシルエンドペプチダーゼ)を添加したときは、BocLysとAMCのピークが検出された。一方、SAM及びG9aの両方を添加した場合(+SAM/+G9a)、ペプチダーゼを添加しないときは、BocLysMCAの他、BocLys(Me)MCAや、BocLys(Me)2MCAのピークが検出され、ペプチダーゼを添加したときは、メチル化していないBocLysMCAのピークのみが消失し、BocLys(Me)MCAや、BocLys(Me)2MCAのピークが残存していた。
【0066】
以上の結果から、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにおいて、発明者の想定通りの反応が生じていることが示された。すなわち、BocLysMCAがメチル化すると、ペプチダーゼにより切断されないのに対し、BocLysMCAはペプチダーゼにより切断されてBocLysとAMCが生成することが示された。
【実施例6】
【0067】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素の基質特異性の検討1]
本発明の基質化合物におけるXが1個以上のアミノ酸残基(ペプチド)を示すペプチジル基質化合物(ペプチジルMCA)を利用したヒストンメチル化酵素活性測定アッセイによって、ヒストンメチル化酵素の基質特異性を調べることができるかどうかを確認するために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0068】
まず、図13に示されているようなペプチジルMCAを作製した。Ac-histone H3 (1-4)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号1−4のアミノ酸残基からなるペプチド(ARTK;配列番号1)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-histone H3 (5-9)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号5−9のアミノ酸残基からなるペプチド(QTARK;配列番号2)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-histone H3 (1-9)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号1−9のアミノ酸残基からなるペプチド(ARTKQTARK;配列番号3)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-hisotne H3 (7-9/25-27)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号7−9又は25−27のアミノ酸残基からなるペプチド(ARK)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-histone H3 (23-27)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号23−27のアミノ酸残基からなるペプチド(KAARK;配列番号4)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-histone H3 (19-27)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号19−27のアミノ酸残基からなるペプチド(QLATKAARK;配列番号5)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-p53 (369-372)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−Kがヒトのp53のアミノ酸番号369−372のアミノ酸残基からなるペプチド(LKSK;配列番号6)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物である。なお、G9aは、ヒストンH3のアミノ酸番号9のリシン残基(ヒストンH3K9)やアミノ酸番号27のリシン残基(ヒストンH3K27)をメチル化サイトとしており、Set9は、ヒストンH3のアミノ酸番号4のリシン残基(ヒストンH3K4)や、p53タンパク質のアミノ酸番号372のリシン残基(p53K372)をメチル化サイトとしている。
【0069】
ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4.5μLのGST−mG9a(0,0.022−0.66μg/μL)、及び、1.1μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、2μLのSAM(10mM)及び2μLのペプチジルMCA溶液(0.6mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるGST−mG9aの終濃度は、0,0.005,0.015,0.05,又は,0.15μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図14の左パネルに示す。図14の左パネルの結果から分かるように、Ac-histone H3 (1-4)-MCAやAc-p53 (369-372)-MCAを用いた場合は、メチル化がほとんど生じなかったが、Ac-histone H3 (5-9)-MCA、Ac-histone H3 (1-9)-MCA、Ac-hisotne H3 (7-9/25-27)-MCA、Ac-histone H3 (23-27)-MCA、Ac-histone H3 (19-27)-MCAを用いた場合は、メチル化が生じているものが多いことが示された。
【0070】
一方、ヒストンメチル化酵素としてSet9を用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、2μLのBSA溶液(30μg/mL)、3μLのHis−Set9(0,0.33−10μg/μL)、及び、1μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、2μLのSAM(10mM)及び2μLのペプチジルMCA溶液(0.6mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるHis−Set9の終濃度は、0,0.05,0.15,0.5,又は,1.5μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図14の右パネルに示す。図14の右パネルの結果から分かるように、Ac-histone H3 (5-9)-MCA、Ac-histone H3 (1-9)-MCA、Ac-hisotne H3 (7-9/25-27)-MCA、Ac-histone H3 (23-27)-MCA、Ac-histone H3 (19-27)-MCAを用いた場合は、メチル化がほとんど生じなかったが、Ac-histone H3 (1-4)-MCAやAc-p53 (369-372)-MCAを用いた場合は、メチル化が生じているものが多いことが示された。
【0071】
図14の左パネル及び右パネル結果から、ペプチジルMCAにおけるMCAとアミド結合しているKがヒストンメチル化酵素のメチル化サイトである場合は、そのKにおいてメチル化が多く生じたのに対し、そのKがヒストンメチル化酵素のメチル化サイトでない場合は、そのKにおいてメチル化がほとんど生じなかったことが示された。すなわち、リシン残基(K)のN末端側にペプチドを付加したペプチジルMCAを用いて、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行うことにより、そのヒストンメチル化酵素の基質特異性を評価し得ることが示された。
【実施例7】
【0072】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素の基質特異性の検討2]
これまでに、核内受容体の一つであるエストロゲン受容体α(estrogen receptor α;ERα)のアミノ酸番号302のリシン残基(K302)がSet9によりメチル化されることが報告されている (Molecular Cell. 30. 336-347. 2008)。そこで、ERαのK302付近の配列や、該配列と相同性を有する他の核内受容体(アンドロゲン受容体やグルココルチコイド受容体)由来の配列を用いて、Set9の基質特異性を評価するために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0073】
まず、図15に示されるようなペプチジルMCAを作製した。Ac-ERα(299-302)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのERαのアミノ酸番号299−302のアミノ酸残基からなるペプチド(KRSK;配列番号8)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-ERα(297-302)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのERαのアミノ酸番号297−302のアミノ酸残基からなるペプチド(MIKRSK;配列番号9)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-AR(630-633)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−Kがヒトのアンドロゲン受容体(androgen receptor;AR)のアミノ酸番号630−633のアミノ酸残基からなるペプチド(RKLK;配列番号10)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-AR(628-633)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのARのアミノ酸番号628−633のアミノ酸残基からなるペプチド(GARKLK;配列番号11)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-GR(491-494)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−Kがヒトのグルココルチコイド受容体(glucocorticoid receptor;GR)のアミノ酸番号491−494のアミノ酸残基からなるペプチド(RKTK;配列番号12)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-GR(489-494)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのGRのアミノ酸番号489−494のアミノ酸残基からなるペプチド(EARKTK;配列番号13)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-p53(369-372)-MCAは前述のとおりであり、Ac-p53(367-372)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−Kがヒトのp53のアミノ酸番号367−372のアミノ酸残基からなるペプチド(SHLKSK;配列番号7)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-histone H3 (1-9)-MCAは前述のとおりである。
【0074】
ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、3.6μLのGST−mG9a(0,0.028,0.083,0.28,0.83μg/μL)、及び、4μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(20mM)及び1μLのペプチジルMCA溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるGST−mG9aの終濃度は、0,0.005,0.015,0.05,又は,0.15μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図16の左パネルに示す。
【0075】
ヒストンメチル化酵素としてSet9を用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、5.9μLのHis−Set9(0,0.051,0.17,0.51,1.7μg/μL)、及び、1.7μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(20mM)及び1μLのペプチジルMCA溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるHis−Set9の終濃度は、0,0.015,0.05,0.15,又は,0.5μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図16の右パネルに示す。
【0076】
図16の右パネルの結果から分かるように、Set9との反応性が高い順に、Ac-ERα(299-302)-MCA、Ac-ERα(297-302)-MCA、Ac-p53 (369-372)-MCA、Ac-GR (491-494)-MCA、Ac-p53 (367-372)-MCA又はAc-AR (628-633)-MCA、Ac-AR (630-633)-MCA又はAc-GR (489-494)-MCAの順であった。一方、図16の左パネルの結果から分かるように、Ac-histone H3 (1-9)-MCAとは異なり、p53や核内受容体由来のペプチジルMCAは、G9aとは反応しなかった。これらのことから、ERα由来のペプチジルMCAは、Set9に対する特異性が非常に高く、Set9の活性評価に非常に適していることが示された。また、Set9がメチル化することが知られているERαのK302を含むペプチジルMCAは、Set9と特に高い反応性を示したことから(図16の右パネル)、本発明のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイが極めて高感度であることも示された。
【実施例8】
【0077】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤の活性評価1]
ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにより、ヒストンメチル化酵素活性阻害剤の活性を評価し得るかどうかを調べるために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを試みることとした。ただし、このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイに先立ち、ヒストンメチル化酵素活性阻害剤であるグリオトキシンの活性をウエスタンブロットにより評価した。グリオトキシンは、Set9のメチル化活性は阻害しないが、G9aのメチル化活性を阻害することが知られている。ウエスタンブロットの結果を図17に示す。グリオトキシンは、その知られている性質のとおり、Set9のメチル化は阻害しなかったものの、G9aのメチル化を阻害した(図17)。このウエスタンブロットと同様の結果がヒストンメチル化酵素活性測定アッセイでも得られるかどうかを調べるために、以下のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。
【0078】
ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、2μLのGST−mG9a(0,0.5μg/μL)、1μLのグリオトキシン(各種濃度)、及び、2.6μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、2μLのSAM(10mM)及び2μLのペプチジルMCA(Ac-histone H3 (1-9)-MCA)溶液(0.6mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるGST−mG9aの終濃度は、0.05μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図18の中央のパネルに示す。図18の中央のパネルの結果から分かるように、グリオトキシンがメチル化を阻害するG9aを用いた場合は、グリオトキシンの濃度が上昇するにつれて、AMCの蛍光強度(すなわち、ペプチジルMCAのメチル化阻害の程度)が上昇した。
【0079】
一方、ヒストンメチル化酵素としてSet9を用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4.5μLのHis−Set9(0,2.25μg/μL)、1μLのグリオトキシン(各種濃度)、及び、0.1μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、2μLのSAM(10mM)及び2μLのペプチジルMCA(Ac-p53 (369-372)-MCA)溶液(0.6mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるHis−Set9の終濃度は、0.5μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図18の左パネルに示す。図18の左パネルの結果から分かるように、グリオトキシンがメチル化を阻害しないSet9を用いた場合は、ペプチジルMCAのメチル化が依然として生じており、グリオトキシンの濃度を変化させてもAMCの蛍光強度(すなわち、ペプチジルMCAのメチル化阻害の程度)に変化はなかった。
【0080】
図18の左パネル及び中央パネルの結果から、グリオトキシンによるメチル化阻害率(%)を算出した。すなわち、「“ペプチダーゼ、グリオトキシンのいずれも添加したときのAMCの蛍光強度”から“ペプチダーゼは添加したがグリオトキシンは添加しなかったときのAMCの蛍光強度”を引いた値」を、「“ペプチダーゼ、グリオトキシンのいずれも添加しなかったときのAMCの蛍光強度”から“ペプチダーゼは添加したがグリオトキシンは添加しなかったときのAMCの蛍光強度”を引いた値」で割って100をかけた値(%)を算出した。グリオトキシンによるメチル化阻害率(%)を図18の右パネルに示す。この結果から、グリオトキシンのG9aに対するIC50は2.8μMであり、Set9に対するIC50は少なくとも100μMより高いことが示された。図18のこれらの結果は、図17のウエスタンブロットの結果と同様であり、グリオトキシンはSet9のメチル化活性を阻害しないのに対し、G9aのメチル化活性を特異的に阻害することを示している。
【実施例9】
【0081】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤の活性評価2]
ヒストンメチル化酵素阻害剤が低分子の場合であっても、ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにより、ヒストンメチル化酵素活性阻害剤の活性を評価し得るかどうかを調べるために、以下のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを試みることとした。
【0082】
具体的には、上記実施例8において、ペプチダーゼとしてG9aを用いた方法において、グリオトキシンに代えてS−アデノシル−L−ホモシステイン(S-Adenosyl-L-homocysteine:SAH)を用いたこと以外は同様の方法にて、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。なお、SAHは、メチル化反応の副生成物であって、ヒストンメチル化酵素をネガティブフィードバック的に阻害することが知られている。前述のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図19に示す。図19の左パネルの結果から分かるように、SAHの濃度が上昇するにつれて、AMCの蛍光強度(すなわち、ペプチジルMCAのメチル化阻害の程度)が上昇した。図19の左パネルの結果から、SAHによるメチル化阻害率(%)を算出した。その結果を図19の右パネルに示す。この結果から、SAHのG9aに対するIC50は0.49mMであることが示された。これにより、本発明のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイは、低分子化合物の阻害活性をも高感度に評価し得ることが実証された。
【実施例10】
【0083】
[MCAを含む本発明の基質化合物と、AMCの蛍光スペクトル]
より高感度な測定アッセイ系を構築するために、本発明の基質化合物(BocLys(Me)nMCA)、AMCの蛍光スペクトルの解析を試みた。具体的には、以下のような方法で行った。
【0084】
1μLのBocLys(Me)MCA(2mM)と、49μLの蒸留水とを混合して、混合液を調製した。また、BocLys(Me)MCAに代えて、BocLys(Me)2MCA、BocLys(Me)3MCA、又は、AMCを用いて、同様に混合液を調製した。各混合液について、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した結果を図20に示す。図20から分かるように、BocLys(Me)nMCAの極大吸収波長は320nmであり、その吸収波長領域に330nmは含まれるが、390nmは含まれなかった。また、BocLys(Me)nMCAの極大蛍光波長は395nmであり、その蛍光波長領域に380nmが含まれた。一方、AMCの極大吸収波長は340nmであり、その吸収波長領域には330nmが含まれ、また、吸収の程度は低いものの390nmも含まれた。また、AMCの極大蛍光波長は450nmであり、その蛍光波長領域には460nmが含まれ、380nm以下の波長がほとんど含まれなかった。これらの結果から、330nmの光を照射した場合、BocLys(Me)nMCAと同時にAMCの励起も不可避であるが、AMCの蛍光波長が含まれない380nmで蛍光を捉えれば、AMCの蛍光を検出することなく、BocLys(Me)nMCAの蛍光のみを検出できることが示された。また、図20の結果から、390nmの光を照射した場合、BocLys(Me)nMCAはその波長を吸収波長に含まないため励起されず、蛍光を発しないが、AMCはその波長を吸収波長に含むため励起されて蛍光を発し、その結果、AMCの所望の蛍光波長(例えば460nm)でAMCのみを検出できることが示された。
【0085】
なお、この図20から吸収スペクトルの波形を除き、また、励起波長が330nmの場合と390nmの場合で分けた図を図21に示す。すなわち、前述の各混合液について、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=350−550nmで蛍光強度を測定した結果を図21の上パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=420−600nmで蛍光強度を測定した結果を図21の下パネルに示す。330nmの光を照射した場合、BocLys(Me)nMCAと同時にAMCの励起も不可避であるが、AMCの蛍光波長が含まれない380nmで蛍光を捉えれば、AMCの蛍光を検出することなく、BocLys(Me)nMCAの蛍光のみを検出できることが、図21上パネルからも理解できる。また、390nmの光を照射した場合、BocLys(Me)nMCAはその波長を吸収波長に含まないため励起されず、蛍光を発しないが、AMCはその波長を吸収波長に含むため励起されて蛍光を発し、その結果、AMCの所望の蛍光波長(例えば460nm)でAMCのみを検出できることが、図21の下パネルからも理解できる。
【実施例11】
【0086】
[本発明の基質化合物のメチル化による、ペプチダーゼに対する感受性の低下 2]
本発明の基質化合物がメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が実際に低下することは、前述の実施例1における本発明の基質化合物とペプチダーゼの混合アッセイで示されたとおりである。かかる混合アッセイでは、メチル化されていない基質化合物から分離したAMCの蛍光強度の低下量を指標として、ヒストンメチル化酵素を測定した。そこで、かかる測定が、メチル化された基質化合物におけるMCAの蛍光強度の増加量を指標としても可能であるかを調べるために、混合アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0087】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)及び1μLのBocLysMCA溶液に、蒸留水を添加して20μLになるように調整した。その溶液に30μLのペプチダーゼ溶液(20mg/mL トリプシン)を添加して混合した後、37℃で15分インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した。この波長は、前述の実施例10で示したように、AMCの蛍光を検出することなく、BocLys(Me)nMCAの蛍光のみを検出する波長である。また、前述の方法において、BocLysMCAに代えて、BocLys(Me)MCA、BocLys(Me)2MCA、又は、BocLys(Me)3MCAを用いたこと以外は同じ方法にて混合アッセイを行い、MCA基の蛍光強度を同様に測定した。また、BocLys(Me)nMCAを全く添加しなかったものについても、蛍光強度を測定した。これらの結果を図22の右パネルに示す。なお、比較のために、前述の実施例1にて、同様の溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果(図7の左パネル)を図22の左パネルに示す。
【0088】
BocLysMCAはトリプシンにより切断されてBocLysとAMCが生成するため(図6)、BocLysMCAの濃度依存的に遊離したAMCの蛍光強度は増加した(図22左パネル)。一方、メチル化BocLysMCA(BocLys(Me)nMCA)はトリプシンによる切断は生じないため(図6)、AMCの蛍光強度は増加せず(図22左パネル)、残存するメチル化BocLysMCAの蛍光強度が、その濃度依存的に増加した(図22右パネル)。そして、図22右パネルから分かるように、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで蛍光強度を測定することにより、メチル化BocLysMCAを高感度に測定することができた。
【0089】
また、前述の混合アッセイにおけるペプチダーゼ溶液(20mg/mL トリプシン)に代えて、ペプチダーゼ溶液(20mAU/mL リシルエンドペプチダーゼ)を用いた混合アッセイにおいて、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmにて、各溶液のMCAの蛍光強度を測定した。その結果を図23の右パネルに示す。なお、比較のために、前述の実施例1にて、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmにて、各溶液のAMCの蛍光強度を測定した結果(図7の右パネル)を図23の左パネルに示す。
【0090】
図22右パネルの場合と同様に、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで蛍光強度を測定することにより、メチル化BocLysMCAを高感度に測定することができた(図23右パネル)。すなわち、本発明の基質化合物のメチル化による、ペプチダーゼに対する感受性の低下が、AMCの蛍光強度の低下量ではなく、メチル化ペプチジルMCAにおけるMCAの蛍光強度の増加量を指標として、高感度で行えることが示された。
【実施例12】
【0091】
[蛍光波長の違いを利用したBocLysMCAとAMCの検出]
励起波長と蛍光波長を調整することにより、BocLysMCAのみ、あるいはAMCのみを検出し得ることは、前述の実施例10で示したとおりである。そこで、BocLysMCAとAMCの混合液の場合であっても、BocLysMCAのみ、あるいはAMCのみを検出できるかを調べるために、蛍光測定アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0092】
2μLのBocLysMCA(2mM)と48μLの蒸留水を混合して、50μLの溶液(BocLysMCA 40μM)を調製した。また、1μLのBocLysMCA(2mM)と、1μLのAMC(2mM)と、48μLの蒸留水を混合して、50μLの溶液(BocLysMCA 20μM+AMC 20μM)を調製した。また、2μLのAMC(2mM)と48μLの蒸留水を混合して、50μLの溶液(40μM)を調製した(AMC 40μM)。
【0093】
これら3種類の溶液の蛍光強度を、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=350−550nmで測定した結果を図24の左パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=420−600nmで測定した結果を図24の右パネルに示す。図24の結果から分かるように、BocLysMCAとAMCの混合液であっても、それぞれの固有の励起波長、蛍光波長、すなわち、BocLysMCAの場合は励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nm、AMCの場合は励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定することで、BocLysMCA又はAMCの濃度をそれぞれ定量的に測定できることが示された。
【実施例13】
【0094】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素の基質特異性の検討4]
ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素の基質特異性の評価が、AMCの蛍光強度の低下量ではなく、ペプチジルMCAにおけるMCAの蛍光強度の増加量を指標としても行えるかどうかを調べるために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0095】
ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4μLのGST−mG9a(0,0.025−0.75μg/μL)、及び、3.6μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(終濃度1mM)及び1μLのペプチジルMCA溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間、インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nm、又は、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるGST−mG9aの終濃度は、0,0.005,0.015,0.05,又は,0.15μg/μLであった。
【0096】
また、ヒストンメチル化酵素としてSet7/9を用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4μLのHis−Set7/9(0,0.025−0.75μg/μL)、及び、3.6μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(終濃度0.1mM)及び1μLのペプチジルMCA溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間、インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nm、又は、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるHis−Set7/9の終濃度は、0,0.005,0.015,0.05,又は,0.15μg/μLであった。
【0097】
ペプチジルMCAとして、Ac-histone H3 (1-9)-MCAを用い、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した結果を図25の右パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果を図25の左パネルに示す。また、ペプチジルMCAとして、Ac-ERα(299-302)-MCAを用い、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した結果を図26の右パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果を図26の左パネルに示す。なお、図25及び26の各パネルにおける色の薄い棒グラフは、GST−mG9aを用いた場合の結果を表し、色の濃い棒グラフは、His−Set7/9を用いた場合の結果を表す。
【0098】
GST−mG9aはAc-histone H3 (1-9)-MCAをメチル化するため、トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)はGST−mG9aの濃度依存的に減少し(図25左パネル)、残存するメチル化ペプチジルMCAの蛍光強度は増加した(図25右パネル)。一方、His−Set7/9はAc-histone H3 (1-9)-MCAをメチル化しないため、トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)はほとんど変化せず(図25左パネル)、また、ペプチジルMCAの蛍光強度もほとんど変化しなかった(図25右パネル)。
【0099】
また、His−Set7/9はAc-ERa(299-302)-MCAをメチル化するため、トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)はHis−Set7/9の濃度依存的に減少し(図26左パネル)、残存するメチル化ペプチジルMCAの蛍光強度は増加した(図26右パネル)。一方、GST−mG9aはAc- ERa(299-302) -MCAをメチル化しないため、トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)はほとんど変化せず(図26左パネル)、また、ペプチジルMCAの蛍光強度もほとんど変化しなかった(図26右パネル)。
【0100】
そして図25及び26の結果から分かるように、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで蛍光強度を測定することにより、ペプチジルMCAを高感度に測定することができた。すなわち、ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素の基質特異性の評価が、AMCの蛍光強度の低下量ではなく、ペプチジルMCAにおけるMCAの蛍光強度の増加量を指標として、高感度で行えることが示された。
【実施例14】
【0101】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤の活性評価3]
ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤の活性の評価が、AMCの蛍光強度の低下量ではなく、ペプチジルMCAにおけるMCAの蛍光強度の増加量を指標としても行えるかどうかを調べるために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0102】
ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4μLのGST−mG9a(0,0.25μg/μL)、1μLのグリオトキシン(各種濃度)、及び、2.6μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(20mM)及び1μLのペプチジルMCA(Ac-histone H3 (1-9)-MCA)溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nm、又は、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるGST−mG9aの終濃度は、0μg/μL又は0.05μg/μLであった。
【0103】
その溶液を励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した結果を図27の右パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果を図27の左パネルに示す。トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)は、グリオトキシンの濃度を上昇させると、増加し(図27左パネル)、残存するメチル化ペプチジルMCAの蛍光強度は増加した(図27右パネル)。このことから、グリオトキシンがG9aのメチル化を阻害することが確認できた。また、図27右パネルの結果から、グリオトキシンのG9aに対するIC50を算出したところ、2.8μMであった。この値は、図27左パネルの結果から算出したそのIC50の値(1.8μM)とほぼ同じ値であった。
【0104】
また、ヒストンメチル化酵素としてHis−Set7/9を用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4μLのHis−Set7/9(0,0.25μg/μL)、1μLのグリオトキシン(各種濃度)、及び、2.6μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(2mM)及び1μLのペプチジルMCA(Ac-ERα(299-302)-MCA)溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nm、又は、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるHis−Set7/9の終濃度は、0μg/μL又は0.05μg/μLであった。
【0105】
その溶液を励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した結果を図28の右パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果を図28の左パネルに示す。グリオトキシンはG9aのメチル化を阻害しないため、トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)は、グリオトキシンの濃度を上昇させてもあまり変化せず(図28左パネル)、残存するメチル化ペプチジルMCAの蛍光強度もあまり変化しなかった(図28右パネル)。このことから、グリオトキシンがG9aのメチル化を阻害しないことが確認できた。また、図28右パネルの結果から、グリオトキシンのHis−Set7/9に対するIC50を算出したところ、100μMより高いことが示された。この値は、図27左パネルの結果から算出したそのIC50の値(>100μM)と同じであった。
【0106】
図27や図28の結果から分かるように、ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤の活性の評価が、AMCの蛍光強度の低下量ではなく、ペプチジルMCAにおけるMCAの蛍光強度の増加量を指標としても、高感度で行えることが示された。
【0107】
(本発明のまとめ)
本発明の基質化合物等としてペプチジルMCAを用い、ペプチダーゼとしてトリプシンを用いた場合を例に、本発明のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法の好適な態様をまとめた内容を図29に示す。ヒストンメチル化酵素を含む試料を、ペプチジルMCAに接触させると、通常は一部のペプチジルMCAのリシンがメチル化され、反応液中にメチル化ペプチジルMCAと、非メチル化ペプチジルMCAが共存した状態となる。この反応液に大過剰量のトリプシンを添加する。トリプシンは、「メチル化ペプチジルMCA」に対しては作用できないので、「メチル化ペプチジルMCA」は反応液に残存する。但し、厳密に言えば、「メチル化ペプチジルMCA」のペプチド部分にトリプシンの切断部位が含まれている場合は、その切断部位で切断された分子も併存しているが、本願明細書においては便宜上、そのような分子も「メチル化ペプチジルMCA」というように特に区別せずに表示する。
【0108】
一方、トリプシンは、「非メチル化ペプチジルMCA」に対しては作用でき、「AMC」と「非メチル化ペプチド」を生成させる。非メチル化ペプチドのペプチド部分にトリプシンの切断部位が含まれている場合は、その切断部位で切断された分子も併存することになる。なお、トリプシンを十分作用させた反応液中に、「非メチル化ペプチジルMCA」が残存していないことは、前述の実施例5(図11及び12)に示した通りである。そこで、反応液中に共存する「非メチル化ペプチジルMCA」と「AMC」のいずれかを選択的に定量し、「メチル化ペプチジルMCA」のMCA基の蛍光強度の増加量、又は、「AMC」の蛍光強度の低下量から、ペプチジルMCAのメチル化レベルの上昇の程度を算出し、その上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価することができる。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明は、ヒストンメチル化酵素活性の測定に関する分野や、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニングに関する分野において好適に利用することができる。この他にも、本発明を利用することにより、特定のヒストンメチル化酵素の基質特異性を調べたり、特定のペプチドに特異的なヒストンメチル化酵素を調べたりすることもできる。また、本発明によりスクリーニングしたヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物は、がんや神経変性疾患といった疾患への治療薬や、iPS細胞を用いた再生医療への応用が強く期待されている。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒストンメチル化酵素活性の測定方法や、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法や、ヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キットや、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
真核生物の染色体DNAはタンパク質と複合体を形成しており、かかる複合体はクロマチンと呼ばれている。より詳細に述べると、クロマチンは、ヌクレオソームの繰り返し構造がらせん状につながったものであり、ヌクレオソームは、H2A、H2B、H3、H4の4種類のヒストンタンパク質を2分子ずつ含むヒストンコア(ヒストン8量体)に、146塩基対のDNAが1.75回転巻き付いた構造をとっている。DNAとヒストンの結合は転写に対して阻害的に働く。転写が活性な遺伝子座の染色体では、ヌクレオソームが緩んだり、ヒストンが解離していることが知られている。ヒストンは球形のカルボキシル末端と、直鎖状のアミノ末端(ヒストンテール)からなっており、ヒストンテールのリシン残基やアスパラギン残基は、アセチル化、メチル化、リン酸化、SUMO化などの様々な化学修飾を受けることが知られている。ヒストンのリシン残基のタンパク質翻訳後修飾のうち、アセチル化とメチル化についての概要を図1に示す。図1から分かるように、アセチル化の場合は、アセチル化の程度は1段階(アセチル化リシン(ε−N−アセチルリシン))であるのに対し、メチル化の場合は、メチル化の程度は通常3段階(モノメチル化リシン(ε−N−メチルリシン)、ジメチル化リシン(ε−N,N−ジメチルリシン)、トリメチル化リシン(ε−N,N,N−トリメチルリシン))である。
【0003】
メチル化修飾は、転写の制御・サイレンシング・クロマチン凝縮などを引き起こすことが知られている。ヒストンのメチル化は、ヒストンメチル化酵素(histone methyltransferase:HMT)によって誘導される。これまでに知られているヒトのヒストンメチル化酵素名、該酵素がメチル化するリシンサイト(リシン部位)、及び、そのリシンサイトのメチル化による転写への影響(転写促進又は転写抑制)を図2に示す。ヒストンメチル化は、様々な疾患との関連が知られている。例えば、非特許文献1には、腫瘍の発達にSUV39H1、EZH2、MLL、NSD1、RIZ等の様々なヒストンメチル化酵素が関与することが記載されている。また、非特許文献2や3には、がん細胞で発現が抑制されているがん抑制遺伝子のプロモーター領域で、DNAのメチル化の増加やヒストンのアセチル化の減少と共に、ヒストンH3K9、及び、ヒストンH3K27のメチル化が認められることが記載されている。さらに、非特許文献4には、多くのがんに共通して、ヒストンH4K20のメチル化の増加が認められることが記載されている。また、非特許文献5には、ヒストンのメチル化により誘導されるヘテロクロマチン形成が、筋緊張性ジストロフィーやフリードライヒ運動失調症といった神経変性疾患に関わっていることが記載されている。また、非特許文献6には、Oct4/Klf2と遺伝子導入したマウス胚繊維芽細胞にL型カルシウムチャネルのアゴニストであるBayK8644、及びヒストンメチル化酵素G9aの阻害剤であるBIX-01294を添加することでiPS細胞へ誘導されたことが記載されている。
【0004】
そのため、ヒストンメチル化酵素の阻害剤は、がんや神経変性疾患といった疾患への治療薬や、iPS細胞を用いた再生医療への応用が期待されている。そこで、ヒストンメチル化酵素阻害剤のスクリーニングが試みられている。例えば、非特許文献7には、メチル基がトリチウムラベルされたS−アデノシルメチオニン(S‐(5’-Adenosyl)-L-methionine:SAM)である[メチル−3H]−SAMと、ヒストンH3のアミノ酸番号1−19のアミノ酸配列から成るペプチド(ヒストンH3(1−19)ペプチド)と、ヒストンメチル化酵素とを混合して反応させた後、ヒストンH3(1−19)ペプチドの放射活性を測定することによって、リシンに転移したメチル基の量を測定し、それにより、該ヒストンメチル化酵素のヒストンメチル化活性を測定する方法(いわゆるRI法)が記載されている(図3)。また、非特許文献8には、Elisa法により、ヒストンメチル化酵素阻害剤をスクリーニングする方法が記載されている(図4)。しかし、RI法は、放射性同位体を用いるため安全性が十分とは言えない点や、反応生成物の濾紙への吸着、濾紙の洗浄といった実験操作数が比較的多く、煩雑である点などの問題点があった(図5)。また、図5にも示されているように、Elisa法は、洗浄操作といった実験操作数が極めて多く、所要時間も長いという問題点があった。このような状況下、ヒストンメチル化活性の評価系であって、安全性に問題がなく、かつ、実験操作が簡便で所要時間も短い評価系が求められていた。
【0005】
一方、ヒストン脱アセチル化酵素活性の簡便な測定方法として、X−X−Lys(Ac)−(色素)で表される基質ペプチド(すなわち、特許文献1にてX−X−(Ac)Lys−(色素)で表される基質ペプチド)(式中Xは任意のアミノ酸残基を表し、Lys(Ac)はεアミノ基(ε位のアミノ基)がアセチル化されたリシン残基を表し、(色素)は該リシン残基に結合した色素標識を表す)を利用した方法が知られている(特許文献1参照)。この方法は、前述の基質ペプチドがアセチル化されたままの状態では、ある種のペプチダーゼによる切断活性が低下したままであるのに対し、前述の基質ペプチドが脱アセチル化されると、該ペプチダーゼによる切断活性が上昇する性質を利用している。
【0006】
また、リシンのε位のメチル化に関していえば、非特許文献9や10には、ペプチドのリシン残基のε位をメチル化すると、メチル化していないものよりも、トリプシンに分解され難くなることが記載されている。しかし、リシンのε位のメチル化は、アセチル化とは違って3段階(モノメチル化、ジメチル化、トリメチル化)あることや、前述の特許文献1における脱アセチル化とは逆に、反応の進行によってある種のペプチダーゼによる切断活性が低下することなどから、ヒストンメチル化酵素活性の測定方法に実際に用い得るかどうか不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4267043号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】TRENDS in Biochemical Sciences, 27, 396-402, 2002.
【非特許文献2】Nature Review Cancer, 6, 107-116, 2006.
【非特許文献3】Nature Review Drug Discovery, 5, 37-50, 2006.
【非特許文献4】Nature Genetics, 37, 391-400, 2005.
【非特許文献5】Nature, 422, 909-913, 2003.
【非特許文献6】Cell Stem Cell, 3, 568-574, 2008.
【非特許文献7】Nature Chemical Biology, 1, 143-145, 2005.
【非特許文献8】Molecular Cell, 25, 473-481, 2007.
【非特許文献9】Biochim Biophys Acta, Vol.581 No.2, 360-362, 1979
【非特許文献10】J Biol Chem, Vol.258 No.3, 1844-1850, 1983
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、ヒストンメチル化酵素活性の測定方法や、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法や、ヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キットや、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するべく、リシン残基のεアミノ基がメチル化することによって色素の検出強度が上昇するような評価系などの構築を様々試みたが、簡便かつ高感度な評価系を構築することはできなかった。しかし、本発明者らはさらに鋭意研究を続けたところ、前述の一般式(I)で表される基質化合物を用いると、リシン残基のεアミノ基がメチル化することによって色素の検出強度が低下するような評価系であっても、ヒストンメチル化酵素活性を実際に高感度で測定し得ることを見い出し、本発明を完成するに至った。さらに、本発明者らは研究を進め、適切な励起波長及び蛍光波長を利用することによって、リシン残基のεアミノ基がメチル化すると色素の検出強度が上昇するような評価系であって、簡便且つ高感度な評価系を構築し得ることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、(1)次の(a)〜(e)の工程を含むことを特徴とする、試料中のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法;
(a)以下の一般式(I)
【化1】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下する基質化合物又はその塩を準備する工程;
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩と試料とを、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記基質化合物又はその塩にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記基質化合物又はその塩を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程;及び、
(e)工程(d)におけるメチル化レベルの上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価する工程;や、
(2)工程(d)における前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度の測定が、
前記基質化合物又はその塩におけるアミド結合がペプチダーゼによって切断されて、蛍光特性又は発色特性が変化した色素標識を測定することによりなされるか;又は
前記基質化合物又はその塩におけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されて、アミド結合がペプチダーゼによって切断されなかった色素標識を測定することによりなされる;
ことを特徴とする上記(1)に記載の方法や、
(3)次の(a)〜(e)の工程を含むことを特徴とする、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法;
(a)以下の一般式(I)
【化2】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下する基質化合物又はその塩を準備する工程;
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩と、ヒストンメチル化酵素とを、被検化合物の存在下、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記基質化合物又はその塩にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記基質化合物又はその塩を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程;及び、
(e)工程(d)における基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度が、被検化合物の非存在下における基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度と比較して、少ない被検化合物を選択する工程;や、
(4)ペプチダーゼが、リシルエンドペプチダーゼ、エンドプロテイナーゼLys-C、プラスミン、カルパイン、及び、トリプシンからなる群から選択される少なくとも1種のペプチダーゼである上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法に関する。
【0012】
また、本発明は、(5)以下の一般式(I)
【化3】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩や、
(6)ヒストンメチル化酵素が、X−Kからなるペプチドの配列に応じた基質特異性を有するヒストンメチル化酵素であり、基質化合物又はその塩におけるX−Kからなるペプチドの配列が、該ヒストンメチル化酵素に対して基質特異性を示す配列であることを特徴とする上記(5)に記載の基質化合物又はその塩に関する。
【0013】
さらに、本発明は、(7)以下の(a)及び(b)の要素を含む、ヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キット;
(a)以下の一般式(I)
【化4】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩;及び、
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩を切断するペプチダーゼであって、該ペプチダーゼは基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇に伴って切断活性が低下するペプチダーゼや、
(8)ペプチダーゼが、リシルエンドペプチダーゼ、エンドプロテイナーゼLys-C、プラスミン、カルパイン、及び、トリプシンからなる群から選択される少なくとも1種のペプチダーゼである上記(7)に記載の試薬キットや、
(9)上記(7)又は(8)に記載の試薬キットと、ヒストンメチル化酵素とを含む、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キットに関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ヒストンメチル化酵素活性を測定することや、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物をスクリーニングすることが、非常に簡便にかつ高感度で可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】ヒストンのリシン残基のアセチル化(図1上)やメチル化(図1下)の概要を示す図である。
【図2】ヒトのヒストンメチル化酵素名、該酵素がメチル化するリシンサイト、そのリシンサイトのメチル化による転写への影響を示す図である。
【図3】従来のヒストンメチル化活性の測定方法(RI法)の概要を示す図である。
【図4】従来のヒストンメチル化活性の測定方法(Elisa法)の概要を示す図である。
【図5】従来法であるRI法やElisa法の問題点を示す図である。
【図6】BocLysMCAを用いた場合のヒストンメチル化酵素活性の測定方法の概要を示す図である。
【図7】本発明の基質化合物のメチル化による、ペプチダーゼに対する感受性の低下を確認した試験の結果を示す図である。図7の左パネルは、トリプシンに対する感受性(トリプシンとの反応性)を示した結果であり、右パネルは、リシルエンドペプチダーゼに対する感受性(リシルエンドペプチダーゼとの反応性)を示した結果である。
【図8】本発明の基質化合物とペプチダーゼとの反応への、トリプシン阻害剤の影響を確認した試験の結果を示す図である。
【図9】本発明の基質化合物を用いたヒストンメチル化酵素活性の測定の結果を示す図である。なお、本発明の基質化合物の濃度と、ヒストンメチル化酵素の濃度を変化させている。
【図10】本発明の基質化合物を用いたヒストンメチル化酵素活性の測定の結果を示す図である。なお、メチル基供与体であるSAMの濃度を変化させている。
【図11】ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイ(ヒストンメチル化酵素であるG9a非存在下)における反応のLC/MSによる解析の結果を示す図である。一番上のパネルは、ペプチダーゼを用いていない場合(無処理)の解析結果を表し、中央のパネルは、ペプチダーゼとしてトリプシンを用いた場合(+トリプシン)の解析結果を示し、一番下のパネルは、ペプチダーゼとしてリシルエンドペプチダーゼを用いた場合(+LEP)の解析結果を示す。
【図12】ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイ(ヒストンメチル化酵素であるG9a存在下)における反応のLC/MSによる解析の結果を示す図である。一番上のパネルは、ペプチダーゼを用いていない場合(無処理)の解析結果を表し、中央のパネルは、ペプチダーゼとしてトリプシンを用いた場合(+トリプシン)の解析結果を示し、一番下のパネルは、ペプチダーゼとしてリシルエンドペプチダーゼを用いた場合(+LEP)の解析結果を示す。
【図13】本発明の基質化合物におけるXが1個以上のアミノ酸残基(ペプチド)を示すペプチジル基質化合物のXペプチドのアミノ酸配列等を示す図である。
【図14】ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す図である。縦軸はメチル化されていないペプチジルMCAの割合(%)を示し、横軸はGST−mG9a又はHis−Set9の濃度(μg/μL)を示す。図14左パネル:ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合の結果を示す。図14右パネル:ヒストンメチル化酵素としてSet9を用いた場合の結果を示す。
【図15】本発明の基質化合物におけるXが1個以上のアミノ酸残基(ペプチド)を示すペプチジル基質化合物のXペプチドのアミノ酸配列等を示す図である。
【図16】ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す図である。縦軸はメチル化されていないペプチジルMCAの割合(%)を示し、横軸はGST−mG9a又はHis−Set9の濃度(μg/μL)を示す。図16左パネル:ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合の結果を示す。図16右パネル:ヒストンメチル化酵素としてSet9を用いた場合の結果を示す。
【図17】ヒストンメチル化酵素活性阻害剤の活性を評価するウエスタンブロットの結果を示す図である。
【図18】ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤(グリオトキシン)の活性評価の結果を示す図である。図18左パネル:ヒストンメチル化酵素Set9と、Ac-p53 (369-372)-MCAを用いた場合のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す。図18中央パネル:ヒストンメチル化酵素G9aと、Ac-histone H3 (1-9)-MCAを用いた場合のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す。図18右パネル:図18の左パネル及び中央パネルの結果から算出した、グリオトキシンによるメチル化阻害率(%)を示す。
【図19】ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤(S−アデノシル−L−ホモシステイン:SAH)の活性評価の結果を示す図である。図19左パネル:ヒストンメチル化酵素G9aと、Ac-histone H3 (1-9)-MCAを用いた場合のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す。図19右パネル:図19の左パネルの結果から算出した、SAHによるメチル化阻害率(%)を示す。
【図20】BocLys(Me)nMCA(n=0,1,2,3)とAMCの吸収スペクトル及び蛍光スペクトルを示す図である。
【図21】BocLys(Me)nMCA(n=0,1,2,3)とAMCの蛍光スペクトルを示す図である。
【図22】BocLys(Me)nMCAのメチル化による、トリプシンに対する感受性の低下を確認した試験の結果を示す図である。図22の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、BocLys(Me)nMCA(n=0,1,2,3)の蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図23】BocLys(Me)nMCAのメチル化による、リシルエンドペプチダーゼに対する感受性の低下を確認した試験の結果を示す図である。図23の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、BocLys(Me)nMCA(n=0,1,2,3)の蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図24】BocLysMCAとAMCの混合液の蛍光スペクトルを示す図である。図24の左パネルは、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した結果を表し、右パネルは、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果を表す。
【図25】ペプチジルMCA(Ac-histone H3 (1-9)-MCA)を用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す図である。図25の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、ペプチジルMCAの蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図26】ペプチジルMCA(Ac-ERa(299-302)-MCA)を用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を示す図である。図25の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、ペプチジルMCAの蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図27】ペプチジルMCA及びG9aを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤(グリオトキシン)の活性評価の結果を示す図である。図27の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、ペプチジルMCAの蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図28】ペプチジルMCA及びSet7/9を用いたヒストンメチル化酵素阻害剤(グリオトキシン)の活性評価の結果を示す図である。図28の左パネルは、AMCの蛍光強度を測定した結果を表し、右パネルは、ペプチジルMCAの蛍光強度を測定したを示した結果を表す。
【図29】ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素活性の検出の概要を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.本発明の「基質化合物又はその塩」
本発明の基質化合物又はその塩(以下、単に「本発明の基質化合物等」とも表示する。)としては、上記一般式(I)(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、前記基質化合物又はその塩は、前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記基質化合物又はその塩は、前記リシン残基のεアミノ基がヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩である限り特に制限されるものではない。かかる本発明の基質化合物等と試料とをヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させ、次いで、ペプチダーゼを作用させた後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、前記基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出し、メチル化レベルの上昇の程度を試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価することができる。このように、本発明の基質化合物等を利用することにより、試料中のヒストンメチル化酵素活性を非常に簡便にかつ高感度で測定することができる。前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定する際の測定対象としては、前記基質化合物等におけるアミド結合がペプチダーゼによって切断されて、蛍光特性又は発色特性が変化した色素標識(以下、「色素標識A」とも表示する。)であってもよいし、前記基質化合物等におけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されて、アミド結合がペプチダーゼによって切断されなかった色素標識(以下、「色素標識B」とも表示する。)であってもよい。本発明の基質化合物等として、BocLysMCAを用いた場合のヒストンメチル化酵素活性の測定方法の概要を図6に示す。図6から分かるように、本発明の基質化合物等がメチル化されていないと、そのアミド結合がペプチダーゼによって切断されて、蛍光特性が変化した色素標識(AMC)となるのに対し、前記基質化合物等におけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されると、そのアミド結合がペプチダーゼによって切断されず、色素標識(MCA基)の蛍光特性はそれほど変化しない。なお、AMC等の色素標識Aを測定する場合は、その色素標識Aの低下量からヒストンメチル化酵素活性を測定することができ、MCA基等の色素標識Bを測定する場合は、その色素標識Bの増加量からヒストンメチル化酵素活性を測定することができる。
【0017】
上記R1としては、水素原子又はアミノ末端の保護基であればどのようなものでもよく、アミン末端の保護基としては、−HCO、−CH3CO、−CH3CH2CO、Boc(t-butyloxycarbonyl)基、ベンジル基、プロピオニル基、トシル基等を具体的に例示することができる。また、上記R2としては、一般式(I)におけるリシン残基(K)のカルボニル末端とアミド結合した色素標識であって、該アミド結合(リシン残基とR2間のアミド結合)がペプチダーゼによって切断されると色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化する色素標識である限り特に制限されない。前述のリシン残基(K)のカルボニル末端とアミド結合した色素標識であって、該アミド結合の切断によって蛍光特性の変化する基としては、MCA(4-methyl-coumaryl-7-amide)基、ANS(2-aminonaphtharene-6-sulfonic acid)基、CMCA(7-amino-4-chloromethylcoumarin)基、FMCA(7-amino-4-trifluoromethylcoumarin)基、AMP(2-amino-7-mathylpurine-6-thiol)基、R110(rhodamine 110)基、R110モノアミド(rhodamine 110 monoamido)基等を具体的に挙げることができ、ここでMCA基、ANS基、CMCA基、FMCA基、AMP基、R110基、R110モノアミド基は、以下の[化5]に示される置換基を意味する。なお、[化5]に示されるR110モノアミド基におけるペプチド基は特に制限されず、任意のペプチド基とすることができる。
【0018】
【化5】
【0019】
また、前述のリシン残基(K)のカルボニル末端とアミド結合した色素標識であって、該アミド結合の切断によって発色特性の変化する基としてはpNA(p-nitroaniline)基,βAN(β-amino naphtharene)基等を具体的に挙げることができ、βAN基にはβANとFast Garnet GBC,Fast Blue等との2次反応物等が便宜上含まれ、ここでpNA基,βAN基,Fast Garnet GBC,Fast Blueは、以下の[化6]に示される置換基等を意味する。
【0020】
【化6】
【0021】
なお、前述の蛍光特性の変化の有無や変化量は、蛍光強度測定機等を用いて検出や定量することができ、前述の発色特性の変化の有無や変化量は、分光光度計等を用いて検出や定量することができる。その際、前述の色素標識Aや前述の色素標識Bの吸収波長や蛍光波長を解析し、いずれかを特異的に検出・定量し得るような励起波長及び蛍光波長を選択することが好ましい。本発明の基質化合物等における色素標識としてMCA基を用いているときに、AMCを特異的に測定する場合は、MCA基を励起せずAMCを励起する波長(例えば360nm〜400nm、好ましくは385nm〜395nm、特に好ましくは390nm)を照射し、AMCが発する蛍光波長(例えば400nm〜500nm、好ましくは440nm〜480nm、特に好ましくは460nm)を検出・測定することが好ましく、MCA基を特異的に測定する場合は、MCA基を励起する波長(例えば260nm〜350nm、好ましくは300nm〜340nm、特に好ましくは330nm)を照射し、AMCは発さずMCA基が発する波長(例えば350nm〜385nm、好ましくは365nm〜385nm、特に好ましくは380nm)を検出・測定することが好ましい。これらの波長を用いることで、ヒストンメチル化酵素活性をより簡便且つ高感度で測定することができる。
【0022】
上記一般式(I)におけるXは、0又は1個以上、好ましくは1〜30個、さらに好ましくは1〜10個のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示す。そして、一般式(I)におけるX−Kは、ヒストンH3、ヒストンH2A、ヒストンH2B、ヒストンH4、p53、エストロゲン受容体α(ERα)、アンドロゲン受容体(AR)、グルココルチコイド受容体(GR)等に由来するペプチドである。ヒストンH3に由来するX−Kとしては、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号1−4のアミノ酸残基からなるペプチド(ARTK;配列番号1)や、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号5−9のアミノ酸残基からなるペプチド(QTARK;配列番号2)や、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号1−9のアミノ酸残基からなるペプチド(ARTKQTARK;配列番号3)や、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号7−9又は25−27のアミノ酸残基からなるペプチド(ARK)や、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号23−27のアミノ酸残基からなるペプチド(KAARK;配列番号4)や、ヒトのヒストンH3のアミノ酸番号19−27のアミノ酸残基からなるペプチド(QLATKAARK;配列番号5)を好適に例示することができ、p53に由来するX−Kとしては、ヒトのp53のアミノ酸番号369−372のアミノ酸残基からなるペプチド(LKSK;配列番号6)や、ヒトのp53のアミノ酸番号367−372のアミノ酸残基からなるペプチド(SHLKSK;配列番号7)を好適に例示することができ、ERαに由来するX−Kとしては、ヒトのERαのアミノ酸番号299−302のアミノ酸残基からなるペプチド(KRSK;配列番号8)や、ヒトのERαのアミノ酸番号297−302のアミノ酸残基からなるペプチド(MIKRSK;配列番号9)を好適に例示することができ、ARに由来するX−Kとしては、ヒトのARのアミノ酸番号630−633のアミノ酸残基からなるペプチド(RKLK;配列番号10)や、ヒトのARのアミノ酸番号628−633のアミノ酸残基からなるペプチド(GARKLK;配列番号11)を好適に例示することができ、GRに由来するX−Kとしては、ヒトのGRのアミノ酸番号491−494のアミノ酸残基からなるペプチド(RKTK;配列番号12)や、ヒトのGRのアミノ酸番号489−494のアミノ酸残基からなるペプチド(EARKTK;配列番号13)を好適に例示することができる。なお、ヒトのヒストンH3のアミノ酸配列を配列番号14に示し、ヒトのヒストンH2Aのアミノ酸配列を配列番号15に示し、ヒトのヒストンH2Bのアミノ酸配列を配列番号16に示し、ヒトのヒストンH4のアミノ酸配列を配列番号17に示し、ヒトのp53のアミノ酸配列を配列番号18に示し、ヒトのERαのアミノ酸配列を配列番号19に示し、ヒトのARのアミノ酸配列を配列番号20に示し、ヒトのGRのアミノ酸配列を配列番号21に示す。
【0023】
本発明の基質化合物の塩としては、本発明の基質化合物をヒストンメチル化酵素活性測定用基質としてヒストンメチル化酵素活性を測定した測定値と同等な測定値を与える化合物の塩であればどのようなものでもよく、無機塩基との塩(例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩等)、有機塩基との塩(例えばトリエチルアミン塩、ジイソプロピルエチルアミン塩等)、無機酸付加塩(例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、リン酸塩等)、有機カルボン酸若しくはスルホン酸付加塩(例えばギ酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩等)のような塩基との塩又は酸付加塩を具体的に挙げることができる。
【0024】
本発明の基質化合物等の中でも特に好適なものとして、Boc−K−MCA(BocLysMCA)、Ac−ARTK−MCA(Ac-histone H3 (1-4)-MCA)、Ac−QTARK−MCA(Ac-histone H3 (5-9)-MCA)、Ac−ARTKQTARK−MCA(Ac-histone H3 (1-9)-MCA)、Ac−ARK−MCA(Ac-hisotne H3 (7-9/25-27)-MCA)、Ac−KAARK−MCA(Ac-histone H3 (23-27)-MCA)、Ac−QLATKAARK−MCA(Ac-histone H3 (19-27)-MCA)、Ac−LKSK−MCA(Ac-p53 (369-372)-MCA)、Ac−SHLKSK−MCA(Ac-p53(367-372)-MCA)、Ac−KRSK−MCA(Ac-ERα(299-302)-MCA)、Ac−MIKRSK−MCA(Ac-ERα(297-302)-MCA)、Ac−RKLK−MCA(Ac-AR(630-633)-MCA)、Ac−GARKLK−MCA(Ac-AR(628-633)-MCA)、Ac−RKTK−MCA(Ac-GR(491-494)-MCA)、Ac−EARKTK−MCA(Ac-GR(489-494)-MCA)を具体的に例示することができる。
【0025】
前記の本発明の基質化合物等は、前記リシン残基のεアミノ基がヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下する。感受性の低下の好ましい程度としては、例えば、本発明の基質化合物等のリシン残基のεアミノ基の水素原子が1分子メチル化した本発明の基質化合物等(Me)と、本発明の基質化合物等とで、以下の混合アッセイにおける色素標識A量(色素標識Aのシグナル強度、好適には蛍光強度、さらに好適にはAMCの蛍光強度)を比較したときに、本発明の基質化合物等(Me)の色素標識A量が、本発明の基質化合物等の色素標識A量に対して、割合として、30%以下、好適には20%以下、より好適には10%以下、さらに好適には5%以下、より好適には3%以下、さらに好適には1%以下であることを例示することができる。このように、低下の程度が著しい本発明の基質化合物等を用いると、ヒストンメチル化酵素活性の測定を著しく高感度で行うことが可能となる。
【0026】
(混合アッセイ)
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)及び1μLの本発明の基質化合物等溶液に、蒸留水を添加して20μLになるように調整する。その溶液に30μLのペプチダーゼ溶液(好適には、20mg/mL トリプシン、又は、20mAU/mL リシルエンドペプチダーゼ)を添加して混合した後、37℃で15分インキュベートする。次いで、その溶液中の色素標識A量を測定する。また、同様の方法で、本発明の基質化合物等(Me)の色素標識A量を測定する。なお、色素標識A量がAMCの蛍光強度である場合は、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで蛍光強度を測定することが好ましい。この波長は、本発明の基質化合物等のLysとMCAの間のアミド結合が切断されて遊離したAMC(7−アミノ−4−メチルクマリン)を検出する波長である。
【0027】
本明細書における「ヒストンメチル化酵素」としては、ヒストンのリシン残基のεアミノ基をメチル化する酵素である限り特に制限されないが、SET1、MLL、SET9、SMYD3、Meisetz、SUV39H1、G9a、GLP、ESET/SETDB1、RIZ、MES−2、EZH2、NSD1、SMYD2、DOT1L、SUV4−20H、NSD1、SET8/PR−SET7等を好適に例示することができ、中でもSet9、G9aをより好適に例示することができる。なお、SET1、MLL、SET9、SMYD3、Meisetzは、ヒストンH3のアミノ酸番号4のリシン残基(ヒストンH3K4)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写促進に寄与する酵素であり、SUV39H1、G9a、GLP、ESET/SETDB1、RIZは、ヒストンH3のアミノ酸番号9のリシン残基(ヒストンH3K9)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写抑制に寄与する酵素であり、MES−2、EZH2、G9aは、ヒストンH3のアミノ酸番号27のリシン残基(ヒストンH3K27)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写抑制に寄与する酵素であり、NSD1、SMYD2は、ヒストンH3のアミノ酸番号36のリシン残基(ヒストンH3K36)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写促進に寄与する酵素であり、DOT1Lは、ヒストンH3のアミノ酸番号79のリシン残基(ヒストンH3K79)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写促進に寄与する酵素であり、SUV4−20H、NSD1、SET8/PR−SET7は、ヒストンH4のアミノ酸番号20のリシン残基(ヒストンH4K20)をメチル化する酵素であって、該メチル化によって転写抑制に寄与する酵素である。なお、SET9と呼ばれる酵素と、SET7と呼ばれる酵素は同一の酵素であるため、本願明細書では、SET7/9と表示する場合もある。
【0028】
本発明の基質化合物等におけるKとR2間のアミド結合を切断するヒストンメチル化酵素として、X−Kからなるペプチドの配列に応じて基質特異性を有するヒストンメチル化酵素を例示することができる。このようなヒストンメチル化酵素は、該酵素に特異的なX−Kからなるペプチドを有する本発明の基質化合物等のみをメチル化するため、Xペプチドの配列が様々な本発明の基質化合物等との反応を確認することによって、該ヒストンメチル化酵素の基質特異性を調べることができる。また、Xが所定の配列のペプチドである本発明の基質化合物等と、様々なヒストンメチル化酵素との反応を確認することによって、該基質化合物等に特異的なヒストンメチル化酵素を調べることができる。なお、本発明の基質化合物等におけるヒストンメチル化酵素としては、X−Kからなるペプチドの配列に応じて基質特異性を有するヒストンメチル化酵素であり、かつ、該本発明の基質化合物等におけるX−Kからなるペプチドの配列は、該ヒストンメチル化酵素に対して基質特異性を示す配列である本発明の基質化合物等を好適に例示することができる。
【0029】
本発明の基質化合物等は、公知の方法によって合成することができる。例えば、R1−X−OHと、K−R2の酸性塩とを反応させることによって、一般式(I)で表される基質化合物を合成することができる。
【0030】
本発明における「ペプチド」とは、2個以上のアミノ酸がペプチド結合により結合した化合物を意味し、その鎖長は特に制限されない。本発明における「メチル化酵素」とは、メチル基をその構造の一部に有する物質(例えば、S−アデノシルメチオニン:SAM)からメチル基をペプチドに転移させる反応を触媒する酵素を意味する。また、本発明における「ペプチダーゼ」とは、タンパク質を含むペプチド群に作用して、ペプチド結合を加水分解する酵素であって、本発明の基質化合物等のリシン残基のεアミノ基がメチル化されると、該基質化合物等に対する切断活性が低下する酵素を意味する。したがって、いわゆる「タンパク質分解酵素」、「プロテアーゼ(protease)」、「プロテイナーゼ(proteinase)」、「ペプチドヒドロラーゼ(peptidehydrolase)」等はいずれも、本発明における「ペプチダーゼ」に含まれる。本発明における「ペプチダーゼ」の具体例として、リシルエンドペプチダーゼ、エンドプロテイナーゼLys-C、プラスミン、カルパイン、トリプシンを例示することができ、中でも、リシルエンドペプチダーゼ、トリプシンを好適に例示することができる。本発明における「ペプチド切断活性」とは、基質となるペプチド中のペプチド結合を、加水分解する活性を意味する。
【0031】
2.本発明の「ヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キット」
本発明のヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キットは、以下の(a)及び(b)の要素を含むキットである限り特に制限されるものではない。
(a)本発明の基質化合物等;及び、
(b)本発明の基質化合物等を切断するペプチダーゼであって、該ペプチダーゼは前述の本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇に伴って切断活性が低下するペプチダーゼ;
【0032】
本発明のヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キットは、後述の「試料中のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法」と同様の方法で使用することができる。
【0033】
3.本発明の「ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キット」
本発明のヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キットは、本発明のヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キットと、ヒストンメチル化酵素とを含むキットである限り、特に制限されるものではない。該キットに含まれるヒストンメチル化酵素としては、本発明の基質化合物等のX−Kからなるペプチドの配列に応じて基質特異性を有するヒストンメチル化酵素であり、かつ、該本発明の基質化合物等におけるX−Kからなるペプチドの配列は、該ヒストンメチル化酵素に対して基質特異性を示す配列であるものを好適に例示することができる。
【0034】
本発明のヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キットは、後述の「ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法」と同様の方法で使用することができる。
【0035】
4.本発明の「試料中のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法」
本発明の試料中のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法としては、次の(a)〜(e)の工程を含む限り特に制限されない。
(a)本発明の基質化合物等を準備する工程;
(b)本発明の基質化合物等と試料とを、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記の本発明の基質化合物等にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することによって、前記の本発明の基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程;及び、
(e)工程(d)におけるメチル化レベルの上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価する工程;
【0036】
かかる方法により、試料中のヒストンメチル化酵素活性を非常に簡便にかつ高感度で測定することができる。上記工程(a)としては、本発明の基質化合物等を準備する工程である限り特に制限されず、本発明の基質化合物等を調製する工程も含まれる。上記工程(b)としては、本発明の基質化合物等と試料とを、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程である限り特に制限されないが、本発明の基質化合物等と試料とをヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件を備えた溶液中で接触させることを好適に例示することができる。かかる条件は、当業者が適宜選択することができ、S−アデノシルメチオニン(SAM)等のメチル基供与体を含むという条件や、ヒストンメチル化酵素がヒストンメチル化酵素活性を発揮できるような条件を含む。工程(b)の好適な例としては、10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、2μLのBSA溶液(30μg/mL)、及び、所定の濃度のヒストンメチル化酵素溶液に、蒸留水を添加して16μLとなるように調整し、室温で1時間インキュベートしてから、そこに2μLのSAM及び2μLの本発明の基質化合物等を添加して37℃で1時間インキュベートする工程を挙げることができる。
【0037】
上記工程(c)としては、工程(b)の後、前記の本発明の基質化合物等にペプチダーゼを作用させる工程である限り特に制限されず、例えば、ペプチダーゼ溶液を添加して37℃で15分間インキュベートする工程を好適に例示することができる。
【0038】
上記工程(d)としては、工程(c)の後、本発明の基質化合物等のKとR2間のアミド結合の切断によって生じ得る前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、本発明の基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程である限り特に制限されない。色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度の測定方法は、色素標識において変化する特性の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、色素標識において変化する特性が蛍光特性である場合は、蛍光強度測定機等を用いて、蛍光特性の変化の有無を検出したり、変化量を測定することができる。また、色素標識において変化する特性が発色特性の変化である場合は、分光光度計等を用いて、発色特性変化の有無を検出したり、変化量を測定することができる。
【0039】
工程(d)で測定した、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度から、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出する方法としては、まず、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度から、本発明の基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度を求め、その程度から、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出する方法を好適に例示することができる。前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度から、本発明の基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度を求める方法としては、測定対象とした色素標識が前述の色素標識A(前記基質化合物等におけるアミド結合がペプチダーゼによって切断されて、蛍光特性又は発色特性が変化した色素標識)である場合、色素標識A量(色素標識Aのシグナル強度)が、コントロールの場合の色素標識A量(色素標識Aのシグナル強度)と比較してどの程度低下しているかを求める方法を好適に例示することができ、測定対象とした色素標識が前述の色素標識B(前記基質化合物等におけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されて、アミド結合がペプチダーゼによって切断されなかった色素標識)である場合、色素標識B量(色素標識Bのシグナル強度)が、コントロールの場合の色素標識B量(色素標識Bのシグナル強度)と比較してどの程度増加しているかを求める方法を好適に例示することができる。ここで、「コントロールの場合の色素標識A量又は色素標識B量(色素標識A又はBのシグナル強度)」とは、工程(b)で用いた本発明の基質化合物等を試料に接触させないまま(すなわち、本発明の基質化合物等におけるリシン残基のεアミノ基をメチル化させないまま)、同様にペプチダーゼを作用させた場合の色素標識A量又は色素標識B量(色素標識A又はBのシグナル強度)を意味する。また、本発明の基質化合物等はメチル化レベル(Kのεアミノ基のメチル化の程度)が上昇すると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するので、前述のペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づいて、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出することができる。
【0040】
上記工程(e)としては、工程(d)におけるメチル化レベルの上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価する工程である限り特に制限されない。工程(d)におけるメチル化レベルの上昇の程度は、試料中のヒストンメチル化酵素活性によるものなので、メチル化レベルの上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価することができる。
【0041】
5.本発明の「ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法」
本発明のヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法としては、次の(a)〜(e)の工程を含む限り特に制限されない。
(a)本発明の基質化合物等を準備する工程;
(b)本発明の基質化合物等と、ヒストンメチル化酵素とを、被検化合物の存在下、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記の本発明の基質化合物等にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記の本発明の基質化合物等を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程:及び、
(e)工程(d)における本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度が、被検化合物の非存在下における本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度と比較して、少ない被検化合物を選択する工程:
【0042】
かかる方法により、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物を、非常に簡便にかつ高感度でスクリーニングすることができる。ヒストンメチル化酵素の阻害剤は、がんや神経変性疾患といった疾患への治療薬や、iPS細胞を用いた再生医療への応用が強く期待されているため、このスクリーニング方法の意義は大きい。
【0043】
上記工程(a)としては、本発明の基質化合物等を準備する工程である限り特に制限されず、本発明の基質化合物等を調製する工程も含まれる。
【0044】
上記工程(b)としては、本発明の基質化合物等と、ヒストンメチル化酵素とを、被検化合物の存在下、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程である限り特に制限されないが、本発明の基質化合物等と、ヒストンメチル化酵素とを、被検化合物の存在下、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件を備えた溶液中で接触させることを好適に例示することができる。ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件は、4.の項目で前述したとおりである。被検化合物としては、特に制限されないが、東京大学の生物機能制御化合物ライブラリー機構などの化合物ライブラリーの化合物を好適に利用することができる。上記工程(c)や工程(d)は、4.の項目で記載した工程(c)や工程(d)と同様である。
【0045】
上記工程(e)としては、工程(d)における本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度(以下、「程度A」とも表示する。)が、被検化合物の非存在下における本発明の基質化合物等のメチル化レベルの上昇の程度(以下、「程度B」とも表示する。)と比較して、少ない被検化合物を選択する工程である限り特に制限されない。このような被検化合物は、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物と評価することができる。程度Aが、程度Bと比較して少ない程度としては、特に制限されないが、被検化合物の濃度が10μMであるときの程度Aが程度Bに対して、割合として、80%以下、好適には70%以下、より好適には60%以下、さらに好適には50%以下、より好適には40%以下、さらに好適には30%以下、より好適には20%以下、さらに好適には10%以下であることを好ましく例示することができる。
【0046】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0047】
[本発明の基質化合物のメチル化による、ペプチダーゼに対する感受性の低下1]
本発明の基質化合物がメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が実際に低下するかどうかを確認するために、本発明の基質化合物とペプチダーゼの混合アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0048】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)及び1μLのBocLysMCA溶液に、蒸留水を添加して20μLになるように調整した。その溶液に30μLのペプチダーゼ溶液(20mg/mL トリプシン、又は、20mAU/mL リシルエンドペプチダーゼ)を添加して混合した後、37℃で15分インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。この波長は、BocLysMCAのLysとMCAの間のアミド結合が切断されて遊離したAMC(7−アミノ−4−メチルクマリン)を検出する波長である。また、前述の方法において、BocLysMCAに代えて、モノメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)MCA」)、ジメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)2MCA」)、又は、トリメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)3MCA」)を用いたこと以外は同じ方法にて混合アッセイを行い、AMCの蛍光強度を同様に測定した。
【0049】
これらの混合アッセイにおける蛍光強度の測定結果を図7に示す。図7の左パネルは、トリプシンに対する感受性(トリプシンとの反応性)を示した結果であり、右パネルは、リシルエンドペプチダーゼに対する感受性(リシルエンドペプチダーゼとの反応性)を示した結果である。図7の結果から分かるように、BocLysMCAは、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼのいずれを添加した場合であっても、ペプチダーゼ濃度依存的にAMCの蛍光強度が増加した。それに対して、3種のメチル化BocLysMCAは、いずれのペプチダーゼを添加した場合であっても、BocLysMCAを用いた場合と比較して、AMCの蛍光強度が著しく弱かった。例えば、1000μMのBocLys(Me)nMCA(ただしn=0,1,2,又は3)とトリプシンを用いた場合、BocLysMCAを用いたときの蛍光強度を100%としたときのBocLys(Me)MCA、BocLys(Me)2MCA、BocLys(Me)3MCAの蛍光強度は順に、僅か2.7%、0.12%、0.24%であり、1000μMのBocLys(Me)nMCA(ただしn=0,1,2,又は3)とリシルエンドペプチダーゼを用いた場合、BocLysMCAを用いたときの蛍光強度を100%としたときのBocLys(Me)MCA、BocLys(Me)2MCA、BocLys(Me)3MCAの蛍光強度は順に、僅か0.096%、0.053%、0.25%であった。
【0050】
以上の結果から、本発明の基質化合物に含まれるBocLysMCAは、そのリシン残基(のεアミノ基)がメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が著しく低下することが示された。
【実施例2】
【0051】
[本発明の基質化合物とペプチダーゼとの反応への、トリプシン阻害剤の影響]
次に、実施例1の混合アッセイで得られた、AMCの蛍光強度が、ペプチダーゼ活性に依存したものであるかを確認するために、混合アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0052】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、1μLのBocLysMCA溶液、及び、5μLのトリプシン阻害剤(trypsin inhibitor)溶液に、蒸留水を添加して20μLになるように調整した。その溶液に30μLのペプチダーゼ溶液(20mg/mL トリプシン、又は、20mAU/mL リシルエンドペプチダーゼ)を添加して混合した後、37℃で15分インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。
【0053】
これらの混合アッセイにおける蛍光強度の測定結果を図8に示す。図8の結果から分かるように、トリプシン阻害剤を添加すると、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼのいずれについても、トリプシン阻害剤濃度が一定以上になると、AMCの蛍光強度が著しく低下した。
【0054】
以上の結果から、実施例1の混合アッセイで得られた、AMCの蛍光強度は、ペプチダーゼ活性に依存したものであることが確認された。
【実施例3】
【0055】
[本発明の基質化合物とペプチダーゼとの反応性の確認]
実施例1の混合アッセイにおける、本発明の基質化合物とペプチダーゼとの反応の詳細を分析するために、LC/MSによる解析を行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0056】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)及び1μLのBocLysMCA溶液に、蒸留水を添加して20μLになるように調整した。その溶液に30μLのペプチダーゼ溶液(20mg/mL トリプシン、又は、20mAU/mL リシルエンドペプチダーゼ)を添加して混合した後、37℃で15分インキュベートした。次いで、その溶液を液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)にアプライして解析を行った。また、前述の解析において、BocLysMCAに代えて、モノメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)MCA」)、ジメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)2MCA」)、又は、トリメチル化BocLysMCA(すなわち、「BocLys(Me)3MCA」)を用いたこと以外は同じ方法にて解析を行った。また、前述のペプチダーゼ溶液に代えて、同量の蒸留水を用いたこと以外は同じ方法でも解析を行った。
【0057】
この解析の結果、BocLysMCAに対してペプチダーゼを用いなかった場合は、BocLysMCAのピークが検出されたのに対し、トリプシンを用いた場合や、リシルエンドペプチダーゼを用いた場合は、BocLysMCAのピークが消失し、代わりにBocLysのピークと、AMCのピークが検出された。これにより、ほとんどのBocLysMCAが、トリプシンやリシルエンドペプチダーゼによって、BocLysとAMCに加水分解されていることが確認された。一方、BocLysMCAにおけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されたBocLys(Me)MCAや、BocLys(Me)2MCAや、BocLys(Me)3MCAは、トリプシンやリシルエンドペプチダーゼで処理しても、分解産物のピークはほとんど検出されず、加水分解がほとんど生じていないことが示された。
【実施例4】
【0058】
[本発明の基質化合物を用いたヒストンメチル化酵素活性の測定]
本発明の基質化合物が、インビトロにおけるヒストンメチル化酵素活性の測定に実際に用い得るかどうかを調べるために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを試みた。具体的には、以下のような方法で行った。
【0059】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、2μLのBSA溶液(30μg/mL)、及び、所定の濃度(終濃度0,0.015,0.05,又は,0.15μg/μL)のヒストンメチル化酵素(G9a)溶液に、蒸留水を添加して16μLになるように調整した。その後、室温で1時間インキュベートした。次いで、そこに2μLのS−アデノシルメチオニン(SAM)(10mM)及び2μLのBocLysMCA(終濃度0.009mM,0.03mM,又は,0.09mM)を添加して混合した後、37℃で1時間インキュベートした。次いで、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。
【0060】
このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにおける蛍光強度の測定結果を図9に示す。図9の結果から分かるように、BocLysMCAが0.009mM〜0.09mMの濃度域で、ヒストンメチル化酵素G9aの濃度依存的にAMCの蛍光強度が低下した。すなわち、AMCの蛍光強度の低下の程度(ペプチダーゼであるトリプシンの切断活性の低下の程度)を指標として、ヒストンメチル化酵素G9aのメチル化活性を測定し得ることが示された。
【0061】
次に、前述のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにおいて、メチル基供与体であるSAMを各種濃度で用いた場合の蛍光強度の測定結果を図10に示す。図10の結果から分かるように、ヒストンメチル化酵素G9aを添加した場合(+G9a)は、SAM濃度の濃度依存的にAMCの蛍光強度が低下したのに対し、G9aを添加しなかった場合(−G9a)は、SAM濃度の濃度によるAMCの蛍光強度の変化は見られなかった。
【0062】
以上の結果から、本発明の基質化合物が、インビトロにおけるヒストンメチル化酵素活性の測定に実際に用い得ること、しかも、その測定は非常に簡便でかつ高感度であることが示された。
【実施例5】
【0063】
[ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにおける反応の確認]
実施例4のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにおける反応の詳細を分析するために、LC/MSによる解析を行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0064】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、2μLのBSA溶液(30μg/mL)、及び、所定の濃度(終濃度0.15μg/μL)のヒストンメチル化酵素(G9a)溶液に、蒸留水を添加して16μLになるように調整した。その後、室温で1時間インキュベートした。次いで、そこに2μLのS−アデノシルメチオニン(SAM)(10mM)及び2μLのBocLysMCA(終濃度0.09mM)を添加して混合した後、37℃で1時間インキュベートした。次いで、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)又はリシルエンドペプチダーゼ溶液(20mAU/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液を液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)にアプライして解析を行った(+SAM/+G9a)。また、前述の解析において、SAM溶液に代えて蒸留水を用いた解析(−SAM/+G9a)、G9a溶液に代えて蒸留水を用いた解析(+SAM/−G9a)、SAM溶液とG9a溶液に代えて蒸留水を用いた解析(−SAM/−G9a)についても行った。さらに、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼのいずれも用いなかった場合の解析についても行った。
【0065】
−SAM/−G9aの場合の解析結果を図11の左パネルに示し、+SAM/−G9aの場合の解析結果を図11の右パネルに示し、−SAM/+G9aの場合の解析結果を図12の左パネルに示し、+SAM/+G9aの場合の解析結果を図12の右パネルに示す。なお、図11及び12において、一番上のパネル(上パネル)は、ペプチダーゼを用いていない場合の解析結果を表し、中央のパネル(中央パネル)は、ペプチダーゼとしてトリプシンを用いた場合の解析結果を示し、一番下のパネル(下パネル)は、ペプチダーゼとしてリシルエンドペプチダーゼを用いた場合の解析結果を示す。図11及び12の結果から分かるように、SAM又はG9aのいずれかを欠いている場合(−SAM/−G9a、+SAM/−G9a、−SAM/+G9a)、ペプチダーゼを添加しないときは、BocLysMCAのピークが検出され、ペプチダーゼ(トリプシン又はリシルエンドペプチダーゼ)を添加したときは、BocLysとAMCのピークが検出された。一方、SAM及びG9aの両方を添加した場合(+SAM/+G9a)、ペプチダーゼを添加しないときは、BocLysMCAの他、BocLys(Me)MCAや、BocLys(Me)2MCAのピークが検出され、ペプチダーゼを添加したときは、メチル化していないBocLysMCAのピークのみが消失し、BocLys(Me)MCAや、BocLys(Me)2MCAのピークが残存していた。
【0066】
以上の結果から、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにおいて、発明者の想定通りの反応が生じていることが示された。すなわち、BocLysMCAがメチル化すると、ペプチダーゼにより切断されないのに対し、BocLysMCAはペプチダーゼにより切断されてBocLysとAMCが生成することが示された。
【実施例6】
【0067】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素の基質特異性の検討1]
本発明の基質化合物におけるXが1個以上のアミノ酸残基(ペプチド)を示すペプチジル基質化合物(ペプチジルMCA)を利用したヒストンメチル化酵素活性測定アッセイによって、ヒストンメチル化酵素の基質特異性を調べることができるかどうかを確認するために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0068】
まず、図13に示されているようなペプチジルMCAを作製した。Ac-histone H3 (1-4)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号1−4のアミノ酸残基からなるペプチド(ARTK;配列番号1)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-histone H3 (5-9)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号5−9のアミノ酸残基からなるペプチド(QTARK;配列番号2)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-histone H3 (1-9)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号1−9のアミノ酸残基からなるペプチド(ARTKQTARK;配列番号3)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-hisotne H3 (7-9/25-27)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号7−9又は25−27のアミノ酸残基からなるペプチド(ARK)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-histone H3 (23-27)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号23−27のアミノ酸残基からなるペプチド(KAARK;配列番号4)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-histone H3 (19-27)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのヒストンH3のアミノ酸番号19−27のアミノ酸残基からなるペプチド(QLATKAARK;配列番号5)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-p53 (369-372)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−Kがヒトのp53のアミノ酸番号369−372のアミノ酸残基からなるペプチド(LKSK;配列番号6)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物である。なお、G9aは、ヒストンH3のアミノ酸番号9のリシン残基(ヒストンH3K9)やアミノ酸番号27のリシン残基(ヒストンH3K27)をメチル化サイトとしており、Set9は、ヒストンH3のアミノ酸番号4のリシン残基(ヒストンH3K4)や、p53タンパク質のアミノ酸番号372のリシン残基(p53K372)をメチル化サイトとしている。
【0069】
ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4.5μLのGST−mG9a(0,0.022−0.66μg/μL)、及び、1.1μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、2μLのSAM(10mM)及び2μLのペプチジルMCA溶液(0.6mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるGST−mG9aの終濃度は、0,0.005,0.015,0.05,又は,0.15μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図14の左パネルに示す。図14の左パネルの結果から分かるように、Ac-histone H3 (1-4)-MCAやAc-p53 (369-372)-MCAを用いた場合は、メチル化がほとんど生じなかったが、Ac-histone H3 (5-9)-MCA、Ac-histone H3 (1-9)-MCA、Ac-hisotne H3 (7-9/25-27)-MCA、Ac-histone H3 (23-27)-MCA、Ac-histone H3 (19-27)-MCAを用いた場合は、メチル化が生じているものが多いことが示された。
【0070】
一方、ヒストンメチル化酵素としてSet9を用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、2μLのBSA溶液(30μg/mL)、3μLのHis−Set9(0,0.33−10μg/μL)、及び、1μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、2μLのSAM(10mM)及び2μLのペプチジルMCA溶液(0.6mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるHis−Set9の終濃度は、0,0.05,0.15,0.5,又は,1.5μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図14の右パネルに示す。図14の右パネルの結果から分かるように、Ac-histone H3 (5-9)-MCA、Ac-histone H3 (1-9)-MCA、Ac-hisotne H3 (7-9/25-27)-MCA、Ac-histone H3 (23-27)-MCA、Ac-histone H3 (19-27)-MCAを用いた場合は、メチル化がほとんど生じなかったが、Ac-histone H3 (1-4)-MCAやAc-p53 (369-372)-MCAを用いた場合は、メチル化が生じているものが多いことが示された。
【0071】
図14の左パネル及び右パネル結果から、ペプチジルMCAにおけるMCAとアミド結合しているKがヒストンメチル化酵素のメチル化サイトである場合は、そのKにおいてメチル化が多く生じたのに対し、そのKがヒストンメチル化酵素のメチル化サイトでない場合は、そのKにおいてメチル化がほとんど生じなかったことが示された。すなわち、リシン残基(K)のN末端側にペプチドを付加したペプチジルMCAを用いて、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行うことにより、そのヒストンメチル化酵素の基質特異性を評価し得ることが示された。
【実施例7】
【0072】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素の基質特異性の検討2]
これまでに、核内受容体の一つであるエストロゲン受容体α(estrogen receptor α;ERα)のアミノ酸番号302のリシン残基(K302)がSet9によりメチル化されることが報告されている (Molecular Cell. 30. 336-347. 2008)。そこで、ERαのK302付近の配列や、該配列と相同性を有する他の核内受容体(アンドロゲン受容体やグルココルチコイド受容体)由来の配列を用いて、Set9の基質特異性を評価するために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0073】
まず、図15に示されるようなペプチジルMCAを作製した。Ac-ERα(299-302)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのERαのアミノ酸番号299−302のアミノ酸残基からなるペプチド(KRSK;配列番号8)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-ERα(297-302)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのERαのアミノ酸番号297−302のアミノ酸残基からなるペプチド(MIKRSK;配列番号9)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-AR(630-633)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−Kがヒトのアンドロゲン受容体(androgen receptor;AR)のアミノ酸番号630−633のアミノ酸残基からなるペプチド(RKLK;配列番号10)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-AR(628-633)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのARのアミノ酸番号628−633のアミノ酸残基からなるペプチド(GARKLK;配列番号11)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-GR(491-494)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−Kがヒトのグルココルチコイド受容体(glucocorticoid receptor;GR)のアミノ酸番号491−494のアミノ酸残基からなるペプチド(RKTK;配列番号12)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-GR(489-494)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−KがヒトのGRのアミノ酸番号489−494のアミノ酸残基からなるペプチド(EARKTK;配列番号13)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-p53(369-372)-MCAは前述のとおりであり、Ac-p53(367-372)-MCAは、一般式(I)における保護基(R1)がアセチル基であって、X−Kがヒトのp53のアミノ酸番号367−372のアミノ酸残基からなるペプチド(SHLKSK;配列番号7)であって、色素標識(R2)がMCAである基質化合物であり、Ac-histone H3 (1-9)-MCAは前述のとおりである。
【0074】
ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、3.6μLのGST−mG9a(0,0.028,0.083,0.28,0.83μg/μL)、及び、4μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(20mM)及び1μLのペプチジルMCA溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるGST−mG9aの終濃度は、0,0.005,0.015,0.05,又は,0.15μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図16の左パネルに示す。
【0075】
ヒストンメチル化酵素としてSet9を用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、5.9μLのHis−Set9(0,0.051,0.17,0.51,1.7μg/μL)、及び、1.7μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(20mM)及び1μLのペプチジルMCA溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるHis−Set9の終濃度は、0,0.015,0.05,0.15,又は,0.5μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図16の右パネルに示す。
【0076】
図16の右パネルの結果から分かるように、Set9との反応性が高い順に、Ac-ERα(299-302)-MCA、Ac-ERα(297-302)-MCA、Ac-p53 (369-372)-MCA、Ac-GR (491-494)-MCA、Ac-p53 (367-372)-MCA又はAc-AR (628-633)-MCA、Ac-AR (630-633)-MCA又はAc-GR (489-494)-MCAの順であった。一方、図16の左パネルの結果から分かるように、Ac-histone H3 (1-9)-MCAとは異なり、p53や核内受容体由来のペプチジルMCAは、G9aとは反応しなかった。これらのことから、ERα由来のペプチジルMCAは、Set9に対する特異性が非常に高く、Set9の活性評価に非常に適していることが示された。また、Set9がメチル化することが知られているERαのK302を含むペプチジルMCAは、Set9と特に高い反応性を示したことから(図16の右パネル)、本発明のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイが極めて高感度であることも示された。
【実施例8】
【0077】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤の活性評価1]
ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにより、ヒストンメチル化酵素活性阻害剤の活性を評価し得るかどうかを調べるために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを試みることとした。ただし、このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイに先立ち、ヒストンメチル化酵素活性阻害剤であるグリオトキシンの活性をウエスタンブロットにより評価した。グリオトキシンは、Set9のメチル化活性は阻害しないが、G9aのメチル化活性を阻害することが知られている。ウエスタンブロットの結果を図17に示す。グリオトキシンは、その知られている性質のとおり、Set9のメチル化は阻害しなかったものの、G9aのメチル化を阻害した(図17)。このウエスタンブロットと同様の結果がヒストンメチル化酵素活性測定アッセイでも得られるかどうかを調べるために、以下のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。
【0078】
ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、2μLのGST−mG9a(0,0.5μg/μL)、1μLのグリオトキシン(各種濃度)、及び、2.6μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、2μLのSAM(10mM)及び2μLのペプチジルMCA(Ac-histone H3 (1-9)-MCA)溶液(0.6mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるGST−mG9aの終濃度は、0.05μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図18の中央のパネルに示す。図18の中央のパネルの結果から分かるように、グリオトキシンがメチル化を阻害するG9aを用いた場合は、グリオトキシンの濃度が上昇するにつれて、AMCの蛍光強度(すなわち、ペプチジルMCAのメチル化阻害の程度)が上昇した。
【0079】
一方、ヒストンメチル化酵素としてSet9を用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4.5μLのHis−Set9(0,2.25μg/μL)、1μLのグリオトキシン(各種濃度)、及び、0.1μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、2μLのSAM(10mM)及び2μLのペプチジルMCA(Ac-p53 (369-372)-MCA)溶液(0.6mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるHis−Set9の終濃度は、0.5μg/μLであった。このヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図18の左パネルに示す。図18の左パネルの結果から分かるように、グリオトキシンがメチル化を阻害しないSet9を用いた場合は、ペプチジルMCAのメチル化が依然として生じており、グリオトキシンの濃度を変化させてもAMCの蛍光強度(すなわち、ペプチジルMCAのメチル化阻害の程度)に変化はなかった。
【0080】
図18の左パネル及び中央パネルの結果から、グリオトキシンによるメチル化阻害率(%)を算出した。すなわち、「“ペプチダーゼ、グリオトキシンのいずれも添加したときのAMCの蛍光強度”から“ペプチダーゼは添加したがグリオトキシンは添加しなかったときのAMCの蛍光強度”を引いた値」を、「“ペプチダーゼ、グリオトキシンのいずれも添加しなかったときのAMCの蛍光強度”から“ペプチダーゼは添加したがグリオトキシンは添加しなかったときのAMCの蛍光強度”を引いた値」で割って100をかけた値(%)を算出した。グリオトキシンによるメチル化阻害率(%)を図18の右パネルに示す。この結果から、グリオトキシンのG9aに対するIC50は2.8μMであり、Set9に対するIC50は少なくとも100μMより高いことが示された。図18のこれらの結果は、図17のウエスタンブロットの結果と同様であり、グリオトキシンはSet9のメチル化活性を阻害しないのに対し、G9aのメチル化活性を特異的に阻害することを示している。
【実施例9】
【0081】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤の活性評価2]
ヒストンメチル化酵素阻害剤が低分子の場合であっても、ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素活性測定アッセイにより、ヒストンメチル化酵素活性阻害剤の活性を評価し得るかどうかを調べるために、以下のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを試みることとした。
【0082】
具体的には、上記実施例8において、ペプチダーゼとしてG9aを用いた方法において、グリオトキシンに代えてS−アデノシル−L−ホモシステイン(S-Adenosyl-L-homocysteine:SAH)を用いたこと以外は同様の方法にて、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。なお、SAHは、メチル化反応の副生成物であって、ヒストンメチル化酵素をネガティブフィードバック的に阻害することが知られている。前述のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイの結果を図19に示す。図19の左パネルの結果から分かるように、SAHの濃度が上昇するにつれて、AMCの蛍光強度(すなわち、ペプチジルMCAのメチル化阻害の程度)が上昇した。図19の左パネルの結果から、SAHによるメチル化阻害率(%)を算出した。その結果を図19の右パネルに示す。この結果から、SAHのG9aに対するIC50は0.49mMであることが示された。これにより、本発明のヒストンメチル化酵素活性測定アッセイは、低分子化合物の阻害活性をも高感度に評価し得ることが実証された。
【実施例10】
【0083】
[MCAを含む本発明の基質化合物と、AMCの蛍光スペクトル]
より高感度な測定アッセイ系を構築するために、本発明の基質化合物(BocLys(Me)nMCA)、AMCの蛍光スペクトルの解析を試みた。具体的には、以下のような方法で行った。
【0084】
1μLのBocLys(Me)MCA(2mM)と、49μLの蒸留水とを混合して、混合液を調製した。また、BocLys(Me)MCAに代えて、BocLys(Me)2MCA、BocLys(Me)3MCA、又は、AMCを用いて、同様に混合液を調製した。各混合液について、吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定した結果を図20に示す。図20から分かるように、BocLys(Me)nMCAの極大吸収波長は320nmであり、その吸収波長領域に330nmは含まれるが、390nmは含まれなかった。また、BocLys(Me)nMCAの極大蛍光波長は395nmであり、その蛍光波長領域に380nmが含まれた。一方、AMCの極大吸収波長は340nmであり、その吸収波長領域には330nmが含まれ、また、吸収の程度は低いものの390nmも含まれた。また、AMCの極大蛍光波長は450nmであり、その蛍光波長領域には460nmが含まれ、380nm以下の波長がほとんど含まれなかった。これらの結果から、330nmの光を照射した場合、BocLys(Me)nMCAと同時にAMCの励起も不可避であるが、AMCの蛍光波長が含まれない380nmで蛍光を捉えれば、AMCの蛍光を検出することなく、BocLys(Me)nMCAの蛍光のみを検出できることが示された。また、図20の結果から、390nmの光を照射した場合、BocLys(Me)nMCAはその波長を吸収波長に含まないため励起されず、蛍光を発しないが、AMCはその波長を吸収波長に含むため励起されて蛍光を発し、その結果、AMCの所望の蛍光波長(例えば460nm)でAMCのみを検出できることが示された。
【0085】
なお、この図20から吸収スペクトルの波形を除き、また、励起波長が330nmの場合と390nmの場合で分けた図を図21に示す。すなわち、前述の各混合液について、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=350−550nmで蛍光強度を測定した結果を図21の上パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=420−600nmで蛍光強度を測定した結果を図21の下パネルに示す。330nmの光を照射した場合、BocLys(Me)nMCAと同時にAMCの励起も不可避であるが、AMCの蛍光波長が含まれない380nmで蛍光を捉えれば、AMCの蛍光を検出することなく、BocLys(Me)nMCAの蛍光のみを検出できることが、図21上パネルからも理解できる。また、390nmの光を照射した場合、BocLys(Me)nMCAはその波長を吸収波長に含まないため励起されず、蛍光を発しないが、AMCはその波長を吸収波長に含むため励起されて蛍光を発し、その結果、AMCの所望の蛍光波長(例えば460nm)でAMCのみを検出できることが、図21の下パネルからも理解できる。
【実施例11】
【0086】
[本発明の基質化合物のメチル化による、ペプチダーゼに対する感受性の低下 2]
本発明の基質化合物がメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が実際に低下することは、前述の実施例1における本発明の基質化合物とペプチダーゼの混合アッセイで示されたとおりである。かかる混合アッセイでは、メチル化されていない基質化合物から分離したAMCの蛍光強度の低下量を指標として、ヒストンメチル化酵素を測定した。そこで、かかる測定が、メチル化された基質化合物におけるMCAの蛍光強度の増加量を指標としても可能であるかを調べるために、混合アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0087】
10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)及び1μLのBocLysMCA溶液に、蒸留水を添加して20μLになるように調整した。その溶液に30μLのペプチダーゼ溶液(20mg/mL トリプシン)を添加して混合した後、37℃で15分インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した。この波長は、前述の実施例10で示したように、AMCの蛍光を検出することなく、BocLys(Me)nMCAの蛍光のみを検出する波長である。また、前述の方法において、BocLysMCAに代えて、BocLys(Me)MCA、BocLys(Me)2MCA、又は、BocLys(Me)3MCAを用いたこと以外は同じ方法にて混合アッセイを行い、MCA基の蛍光強度を同様に測定した。また、BocLys(Me)nMCAを全く添加しなかったものについても、蛍光強度を測定した。これらの結果を図22の右パネルに示す。なお、比較のために、前述の実施例1にて、同様の溶液の蛍光強度を励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果(図7の左パネル)を図22の左パネルに示す。
【0088】
BocLysMCAはトリプシンにより切断されてBocLysとAMCが生成するため(図6)、BocLysMCAの濃度依存的に遊離したAMCの蛍光強度は増加した(図22左パネル)。一方、メチル化BocLysMCA(BocLys(Me)nMCA)はトリプシンによる切断は生じないため(図6)、AMCの蛍光強度は増加せず(図22左パネル)、残存するメチル化BocLysMCAの蛍光強度が、その濃度依存的に増加した(図22右パネル)。そして、図22右パネルから分かるように、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで蛍光強度を測定することにより、メチル化BocLysMCAを高感度に測定することができた。
【0089】
また、前述の混合アッセイにおけるペプチダーゼ溶液(20mg/mL トリプシン)に代えて、ペプチダーゼ溶液(20mAU/mL リシルエンドペプチダーゼ)を用いた混合アッセイにおいて、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmにて、各溶液のMCAの蛍光強度を測定した。その結果を図23の右パネルに示す。なお、比較のために、前述の実施例1にて、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmにて、各溶液のAMCの蛍光強度を測定した結果(図7の右パネル)を図23の左パネルに示す。
【0090】
図22右パネルの場合と同様に、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで蛍光強度を測定することにより、メチル化BocLysMCAを高感度に測定することができた(図23右パネル)。すなわち、本発明の基質化合物のメチル化による、ペプチダーゼに対する感受性の低下が、AMCの蛍光強度の低下量ではなく、メチル化ペプチジルMCAにおけるMCAの蛍光強度の増加量を指標として、高感度で行えることが示された。
【実施例12】
【0091】
[蛍光波長の違いを利用したBocLysMCAとAMCの検出]
励起波長と蛍光波長を調整することにより、BocLysMCAのみ、あるいはAMCのみを検出し得ることは、前述の実施例10で示したとおりである。そこで、BocLysMCAとAMCの混合液の場合であっても、BocLysMCAのみ、あるいはAMCのみを検出できるかを調べるために、蛍光測定アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0092】
2μLのBocLysMCA(2mM)と48μLの蒸留水を混合して、50μLの溶液(BocLysMCA 40μM)を調製した。また、1μLのBocLysMCA(2mM)と、1μLのAMC(2mM)と、48μLの蒸留水を混合して、50μLの溶液(BocLysMCA 20μM+AMC 20μM)を調製した。また、2μLのAMC(2mM)と48μLの蒸留水を混合して、50μLの溶液(40μM)を調製した(AMC 40μM)。
【0093】
これら3種類の溶液の蛍光強度を、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=350−550nmで測定した結果を図24の左パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=420−600nmで測定した結果を図24の右パネルに示す。図24の結果から分かるように、BocLysMCAとAMCの混合液であっても、それぞれの固有の励起波長、蛍光波長、すなわち、BocLysMCAの場合は励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nm、AMCの場合は励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定することで、BocLysMCA又はAMCの濃度をそれぞれ定量的に測定できることが示された。
【実施例13】
【0094】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素の基質特異性の検討4]
ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素の基質特異性の評価が、AMCの蛍光強度の低下量ではなく、ペプチジルMCAにおけるMCAの蛍光強度の増加量を指標としても行えるかどうかを調べるために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0095】
ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4μLのGST−mG9a(0,0.025−0.75μg/μL)、及び、3.6μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(終濃度1mM)及び1μLのペプチジルMCA溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間、インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nm、又は、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるGST−mG9aの終濃度は、0,0.005,0.015,0.05,又は,0.15μg/μLであった。
【0096】
また、ヒストンメチル化酵素としてSet7/9を用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4μLのHis−Set7/9(0,0.025−0.75μg/μL)、及び、3.6μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(終濃度0.1mM)及び1μLのペプチジルMCA溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間、インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nm、又は、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるHis−Set7/9の終濃度は、0,0.005,0.015,0.05,又は,0.15μg/μLであった。
【0097】
ペプチジルMCAとして、Ac-histone H3 (1-9)-MCAを用い、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した結果を図25の右パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果を図25の左パネルに示す。また、ペプチジルMCAとして、Ac-ERα(299-302)-MCAを用い、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した結果を図26の右パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果を図26の左パネルに示す。なお、図25及び26の各パネルにおける色の薄い棒グラフは、GST−mG9aを用いた場合の結果を表し、色の濃い棒グラフは、His−Set7/9を用いた場合の結果を表す。
【0098】
GST−mG9aはAc-histone H3 (1-9)-MCAをメチル化するため、トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)はGST−mG9aの濃度依存的に減少し(図25左パネル)、残存するメチル化ペプチジルMCAの蛍光強度は増加した(図25右パネル)。一方、His−Set7/9はAc-histone H3 (1-9)-MCAをメチル化しないため、トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)はほとんど変化せず(図25左パネル)、また、ペプチジルMCAの蛍光強度もほとんど変化しなかった(図25右パネル)。
【0099】
また、His−Set7/9はAc-ERa(299-302)-MCAをメチル化するため、トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)はHis−Set7/9の濃度依存的に減少し(図26左パネル)、残存するメチル化ペプチジルMCAの蛍光強度は増加した(図26右パネル)。一方、GST−mG9aはAc- ERa(299-302) -MCAをメチル化しないため、トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)はほとんど変化せず(図26左パネル)、また、ペプチジルMCAの蛍光強度もほとんど変化しなかった(図26右パネル)。
【0100】
そして図25及び26の結果から分かるように、励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで蛍光強度を測定することにより、ペプチジルMCAを高感度に測定することができた。すなわち、ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素の基質特異性の評価が、AMCの蛍光強度の低下量ではなく、ペプチジルMCAにおけるMCAの蛍光強度の増加量を指標として、高感度で行えることが示された。
【実施例14】
【0101】
[ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤の活性評価3]
ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤の活性の評価が、AMCの蛍光強度の低下量ではなく、ペプチジルMCAにおけるMCAの蛍光強度の増加量を指標としても行えるかどうかを調べるために、ヒストンメチル化酵素活性測定アッセイを行った。具体的には、以下のような方法で行った。
【0102】
ヒストンメチル化酵素としてG9aを用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4μLのGST−mG9a(0,0.25μg/μL)、1μLのグリオトキシン(各種濃度)、及び、2.6μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(20mM)及び1μLのペプチジルMCA(Ac-histone H3 (1-9)-MCA)溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nm、又は、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるGST−mG9aの終濃度は、0μg/μL又は0.05μg/μLであった。
【0103】
その溶液を励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した結果を図27の右パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果を図27の左パネルに示す。トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)は、グリオトキシンの濃度を上昇させると、増加し(図27左パネル)、残存するメチル化ペプチジルMCAの蛍光強度は増加した(図27右パネル)。このことから、グリオトキシンがG9aのメチル化を阻害することが確認できた。また、図27右パネルの結果から、グリオトキシンのG9aに対するIC50を算出したところ、2.8μMであった。この値は、図27左パネルの結果から算出したそのIC50の値(1.8μM)とほぼ同じ値であった。
【0104】
また、ヒストンメチル化酵素としてHis−Set7/9を用いた場合は、以下のような方法を用いた。10μLの2×HMT buffer(100mM Tris−HCl(pH8.5)、20mM MgCl2、40mM KCl、20mM 2−メルカプトエタノール、500mM スクロース)、0.4μLのBSA溶液(150μg/mL)、4μLのHis−Set7/9(0,0.25μg/μL)、1μLのグリオトキシン(各種濃度)、及び、2.6μLの蒸留水を混合した後、室温で1時間インキュベートした。次いで、1μLのSAM(2mM)及び1μLのペプチジルMCA(Ac-ERα(299-302)-MCA)溶液(1.2mM)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。その後、30μLのトリプシン溶液(20mg/mL)を添加して、37℃で15分間インキュベートした。次いで、その溶液の蛍光強度を励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nm、又は、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した。なお、蛍光強度の測定時におけるHis−Set7/9の終濃度は、0μg/μL又は0.05μg/μLであった。
【0105】
その溶液を励起波長λex=330nm、蛍光波長λem=380nmで測定した結果を図28の右パネルに示し、励起波長λex=390nm、蛍光波長λem=460nmで測定した結果を図28の左パネルに示す。グリオトキシンはG9aのメチル化を阻害しないため、トリプシン添加後に遊離するAMC量(AMCの蛍光強度)は、グリオトキシンの濃度を上昇させてもあまり変化せず(図28左パネル)、残存するメチル化ペプチジルMCAの蛍光強度もあまり変化しなかった(図28右パネル)。このことから、グリオトキシンがG9aのメチル化を阻害しないことが確認できた。また、図28右パネルの結果から、グリオトキシンのHis−Set7/9に対するIC50を算出したところ、100μMより高いことが示された。この値は、図27左パネルの結果から算出したそのIC50の値(>100μM)と同じであった。
【0106】
図27や図28の結果から分かるように、ペプチジルMCAを用いたヒストンメチル化酵素阻害剤の活性の評価が、AMCの蛍光強度の低下量ではなく、ペプチジルMCAにおけるMCAの蛍光強度の増加量を指標としても、高感度で行えることが示された。
【0107】
(本発明のまとめ)
本発明の基質化合物等としてペプチジルMCAを用い、ペプチダーゼとしてトリプシンを用いた場合を例に、本発明のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法の好適な態様をまとめた内容を図29に示す。ヒストンメチル化酵素を含む試料を、ペプチジルMCAに接触させると、通常は一部のペプチジルMCAのリシンがメチル化され、反応液中にメチル化ペプチジルMCAと、非メチル化ペプチジルMCAが共存した状態となる。この反応液に大過剰量のトリプシンを添加する。トリプシンは、「メチル化ペプチジルMCA」に対しては作用できないので、「メチル化ペプチジルMCA」は反応液に残存する。但し、厳密に言えば、「メチル化ペプチジルMCA」のペプチド部分にトリプシンの切断部位が含まれている場合は、その切断部位で切断された分子も併存しているが、本願明細書においては便宜上、そのような分子も「メチル化ペプチジルMCA」というように特に区別せずに表示する。
【0108】
一方、トリプシンは、「非メチル化ペプチジルMCA」に対しては作用でき、「AMC」と「非メチル化ペプチド」を生成させる。非メチル化ペプチドのペプチド部分にトリプシンの切断部位が含まれている場合は、その切断部位で切断された分子も併存することになる。なお、トリプシンを十分作用させた反応液中に、「非メチル化ペプチジルMCA」が残存していないことは、前述の実施例5(図11及び12)に示した通りである。そこで、反応液中に共存する「非メチル化ペプチジルMCA」と「AMC」のいずれかを選択的に定量し、「メチル化ペプチジルMCA」のMCA基の蛍光強度の増加量、又は、「AMC」の蛍光強度の低下量から、ペプチジルMCAのメチル化レベルの上昇の程度を算出し、その上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価することができる。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明は、ヒストンメチル化酵素活性の測定に関する分野や、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニングに関する分野において好適に利用することができる。この他にも、本発明を利用することにより、特定のヒストンメチル化酵素の基質特異性を調べたり、特定のペプチドに特異的なヒストンメチル化酵素を調べたりすることもできる。また、本発明によりスクリーニングしたヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物は、がんや神経変性疾患といった疾患への治療薬や、iPS細胞を用いた再生医療への応用が強く期待されている。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の(a)〜(e)の工程を含むことを特徴とする、試料中のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法;
(a)以下の一般式(I)
【化1】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下する基質化合物又はその塩を準備する工程;
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩と試料とを、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記基質化合物又はその塩にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記基質化合物又はその塩を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程;及び、
(e)工程(d)におけるメチル化レベルの上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価する工程。
【請求項2】
工程(d)における前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度の測定が、
前記基質化合物又はその塩におけるアミド結合がペプチダーゼによって切断されて、蛍光特性又は発色特性が変化した色素標識を測定することによりなされるか;又は
前記基質化合物又はその塩におけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されて、アミド結合がペプチダーゼによって切断されなかった色素標識を測定することによりなされる;
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
次の(a)〜(e)の工程を含むことを特徴とする、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法;
(a)以下の一般式(I)
【化2】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下する基質化合物又はその塩を準備する工程;
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩と、ヒストンメチル化酵素とを、被検化合物の存在下、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記基質化合物又はその塩にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記基質化合物又はその塩を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程;及び、
(e)工程(d)における基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度が、被検化合物の非存在下における基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度と比較して、少ない被検化合物を選択する工程。
【請求項4】
ペプチダーゼが、リシルエンドペプチダーゼ、エンドプロテイナーゼLys-C、プラスミン、カルパイン、及び、トリプシンからなる群から選択される少なくとも1種のペプチダーゼである請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
以下の一般式(I)
【化3】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩。
【請求項6】
ヒストンメチル化酵素が、X−Kからなるペプチドの配列に応じた基質特異性を有するヒストンメチル化酵素であり、基質化合物又はその塩におけるX−Kからなるペプチドの配列が、該ヒストンメチル化酵素に対して基質特異性を示す配列であることを特徴とする請求項5に記載の基質化合物又はその塩。
【請求項7】
以下の(a)及び(b)の要素を含む、ヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キット;
(a)以下の一般式(I)
【化4】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩;及び、
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩を切断するペプチダーゼであって、該ペプチダーゼは基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇に伴って切断活性が低下するペプチダーゼ。
【請求項8】
ペプチダーゼが、リシルエンドペプチダーゼ、エンドプロテイナーゼLys-C、プラスミン、カルパイン、及び、トリプシンからなる群から選択される少なくとも1種のペプチダーゼである請求項7に記載の試薬キット。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の試薬キットと、ヒストンメチル化酵素とを含む、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キット。
【請求項1】
次の(a)〜(e)の工程を含むことを特徴とする、試料中のヒストンメチル化酵素活性を測定する方法;
(a)以下の一般式(I)
【化1】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下する基質化合物又はその塩を準備する工程;
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩と試料とを、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記基質化合物又はその塩にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記基質化合物又はその塩を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程;及び、
(e)工程(d)におけるメチル化レベルの上昇の程度を、試料中のヒストンメチル化酵素活性の程度と評価する工程。
【請求項2】
工程(d)における前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度の測定が、
前記基質化合物又はその塩におけるアミド結合がペプチダーゼによって切断されて、蛍光特性又は発色特性が変化した色素標識を測定することによりなされるか;又は
前記基質化合物又はその塩におけるリシン残基のεアミノ基がメチル化されて、アミド結合がペプチダーゼによって切断されなかった色素標識を測定することによりなされる;
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
次の(a)〜(e)の工程を含むことを特徴とする、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング方法;
(a)以下の一般式(I)
【化2】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下する基質化合物又はその塩を準備する工程;
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩と、ヒストンメチル化酵素とを、被検化合物の存在下、ヒストンメチル化酵素によるメチル化反応に必要な条件下で接触させる工程;
(c)工程(b)の後、前記基質化合物又はその塩にペプチダーゼを作用させる工程;
(d)工程(c)の後、前記色素標識の蛍光特性又は発色特性の変化の程度を測定することにより、前記基質化合物又はその塩を基質とするペプチダーゼの切断活性の低下の程度に基づき、基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度を算出する工程;及び、
(e)工程(d)における基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度が、被検化合物の非存在下における基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇の程度と比較して、少ない被検化合物を選択する工程。
【請求項4】
ペプチダーゼが、リシルエンドペプチダーゼ、エンドプロテイナーゼLys-C、プラスミン、カルパイン、及び、トリプシンからなる群から選択される少なくとも1種のペプチダーゼである請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
以下の一般式(I)
【化3】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩。
【請求項6】
ヒストンメチル化酵素が、X−Kからなるペプチドの配列に応じた基質特異性を有するヒストンメチル化酵素であり、基質化合物又はその塩におけるX−Kからなるペプチドの配列が、該ヒストンメチル化酵素に対して基質特異性を示す配列であることを特徴とする請求項5に記載の基質化合物又はその塩。
【請求項7】
以下の(a)及び(b)の要素を含む、ヒストンメチル化酵素活性の測定用試薬キット;
(a)以下の一般式(I)
【化4】
(一般式(I)中、R1は水素原子又はアミノ末端の保護基を示し、Xは0又は1個以上のアミノ酸残基からなるペプチドを示し、Kはリシン残基を示し、R2はリシン残基のカルボニル末端にアミド結合した色素標識を示す。)で表される基質化合物又はその塩であって、
前記アミド結合がペプチダーゼによって切断されると、色素標識の蛍光特性又は発色特性が変化し、また、前記リシン残基のεアミノ基が前記ヒストンメチル化酵素によりメチル化されると、ペプチダーゼに対する感受性が低下するヒストンメチル化酵素活性測定用の基質化合物又はその塩;及び、
(b)前記一般式(I)で表される基質化合物又はその塩を切断するペプチダーゼであって、該ペプチダーゼは基質化合物又はその塩のメチル化レベルの上昇に伴って切断活性が低下するペプチダーゼ。
【請求項8】
ペプチダーゼが、リシルエンドペプチダーゼ、エンドプロテイナーゼLys-C、プラスミン、カルパイン、及び、トリプシンからなる群から選択される少なくとも1種のペプチダーゼである請求項7に記載の試薬キット。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の試薬キットと、ヒストンメチル化酵素とを含む、ヒストンメチル化酵素活性を阻害する化合物のスクリーニング用キット。
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図6】
【図11】
【図12】
【図13】
【図15】
【図4】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図14】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図2】
【図3】
【図5】
【図6】
【図11】
【図12】
【図13】
【図15】
【図4】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図14】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【公開番号】特開2011−239775(P2011−239775A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−202484(P2010−202484)
【出願日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】
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