説明

ヒトアデノウイルスの血清型の系統解析による同定法

【課題】ヒトアデノウイルスの血清型の迅速かつ簡易な同定法を提供する。
【解決手段】ヒトアデノウイルス遺伝子のヘキソン領域の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号739〜3499に相当する領域内から選ばれる、塩基番号2518〜2897に相当する領域を少なくとも含む塩基配列に基づいて分子系統解析を行うことによりヒトアデノウイルスの血清型を同定する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、ヒトアデノウイルスの血清型の系統解析による同定法に関する。
【0002】
【従来の技術】
ヒトアデノウイルスは、眼感染症や呼吸器感染症を引き起こすヒトに対して重要な病原ウイルスである。ヒトアデノウイルスは物理化学的特徴や造腫瘍性などの指標により、現在A〜Fの6種類の亜群、さらに51種類の血清型に分類されており、それぞれ多彩な感染像を示す。その中でもB亜群の3型、7型及び11型、C亜群の1型、2型及び6型、D亜群の8型、19型及び37型ならびにE亜群の4型の10血清型は、ヒトの目に感染し、結膜炎、角膜炎等を発症させる。
【0003】
ヒトアデノウイルス感染症の診断は、病巣からのウイルスの分離同定、ヒトアデノウイルス抗原検出、電子顕微鏡による形態学的検査、および、中和抗体価測定や補体結合抗体価測定などの血清学的検査で行なわれている。このうち、血清学的検査は、ヒトアデノウイルスに対する抗体を検出する間接的方法であり、分離同定、形態学的検査および抗原検出は、ヒトアデノウイルス自体を検出する直接的方法である。確実な診断手段である分離同定法では、判定までの期間が約1ヶ月と長く、また検出感度が低く、検出感度を上げようとすると培養に相当の時間が必要となり培養操作が煩雑になる。また、血清型の鑑別は、中和抗血清を用いた分離ウイルスの中和試験で行なわれているが、非特異的選択による交差反応によって、鑑別が困難になる場合がある等の問題点を有している。
【0004】
ヒトアデノウイルス遺伝子を直接検出する方法として高感度かつ特異的にDNAを増幅するPCR法を用いたヘキソン(hexon)領域の検出、E1B領域の検出(J. Med. Virol., 37, 149−157 (1992))等の報告がある。しかしながら、これらの方法では、ヒトアデノウイルス遺伝子の検出、あるいは、特定の亜群血清型(特にF亜群−下痢症疾患の原因ウイルス)のみの鑑別は可能であるが、確実な亜群、血清型鑑別は困難である。
【0005】
その後、PCR法とサザンハイブリダイゼーションを用いた、確実で迅速かつ簡便なヒトアデノウイルスの検出及び血清型の鑑別方法が開発されている(特開平7−327700)。また、PCR産物の制限酵素による特異的な切断パターンから眼感染症に関連するアデノウイルスの10血清型とその他の4血清型の血清型を鑑別する方法(PCR−RFLP法)が開発されている(J. Clin. Microbiol., 34, 2113−2116 (1996))。これらの方法は、アデノウイルスを特異的に検出し、比較的容易に、眼感染症を引き起こすアデノウイルスの血清型を同定することが可能である。しかしながら、近年、アデノウイルスの変異型が眼感染症や重篤な肺炎を引き起こすことが明らかとなってきている。これら変異型を含め全血清型のアデノウイルスを、サザンハイブリダイゼーションによる方法(特開平7−327700)やPCR−RFLP法による方法(J. Clin. Microbiol., 34, 2113−2116 (1996))で鑑別するには、その血清型の多様性からプローブ数や制限酵素数が増加し、操作が煩雑になる可能性がある。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、ヒトアデノウイルスの血清型の迅速かつ安価な同定法を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、1〜51型の血清型のヒトアデノウイルス標準株を用い、ヘキソン領域の一部の塩基配列を解析した。この結果、アデノウイルスのヘキソンをコードする遺伝子領域に、系統解析に用いたときにアデノウイルスの血清型のほとんどを同定できる配列が存在するという知見を得、この知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は、ヒトアデノウイルスゲノムの、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号739〜3499に相当する領域内から選ばれる、塩基番号2518〜2897に相当する領域を少なくとも含む塩基配列に基づいて分子系統解析を行うことを特徴とするアデノウイルスの血清型の同定方法(本発明同定方法)を提供する。
【0009】
本発明同定方法においては、前記塩基配列は、試料から得られるDNAを鋳型とし、前記塩基配列を増幅できるように設定されたプライマーを用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物の塩基配列を決定することによって得られたものであることが好ましい。また、前記PCRは、配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用いて第1のPCRを行い、ついで第1のPCRによって生成する増幅産物を鋳型とし、配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号5に示す塩基配列有するプライマーとを用いて第2のPCRを行うことにより行われることが好ましい。
【0010】
本発明同定方法において、分子系統解析に用いられる塩基配列としては、ヒトアデノウイルスゲノムの、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号2518〜3433に相当する領域の塩基配列が挙げられる。
【0011】
なお、配列番号1に示す塩基配列は、12型のヒトアデノウイルスゲノムの塩基配列(GenBank accession No. NC_001460)の塩基番号17001〜21000である。当業者であれば、ヒトアデノウイルスの他の型のゲノムについても、型間、株間等に存在し得る塩基配列の相違を考慮して、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号により特定された領域に相当する領域を容易に特定・認識することができる。
【0012】
【発明の実施の形態】
本発明同定方法は、アデノウイルス遺伝子のヘキソン領域の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号739〜3499に相当する領域内から選ばれる、塩基番号2518〜2897に相当する領域を少なくとも含む塩基配列(以下、「血清型特異的塩基配列」ともいう)に基づいて分子系統解析を行うことを特徴とする。
【0013】
血清型特異的塩基配列を得る方法は特に限定されず、例えば、試料から得られるDNAを鋳型とし、血清型特異的塩基配列を増幅できるように設定されたプライマーを用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物の塩基配列を決定することによって得る方法が挙げられる。
【0014】
試料は、アデノウイルスの一種以上を含むか又は含む可能性があるものであれば特に限定されないが、例としては、結膜拭い液や点眼薬等を挙げることができる。これらの試料から、DNAの調製のための公知の方法によりDNAを得ることができる。PCRは、試料から得られるDNAを鋳型とし、公知のPCRの方法に従って行うことができる。
【0015】
血清型の未同定のアデノウイルスを含む試料から血清型特異的塩基配列を得る場合には、上記のようにPCRによって増幅産物を得ることが好ましい。
【0016】
PCRに用いるプライマーの設定は、型間、株間等に存在し得る塩基配列の相違を考慮して、共通配列を有するように行なうことが好ましい。このように設定されたプライマーの例としては、配列番号2〜5の塩基配列を有するものがあげられる。PCRの条件は、目的の増幅産物が得られるように適宜選択される。
【0017】
PCRは、第1のPCR、及び、第1のPCRで増幅されるフラグメント内にプライマー対を設定するネステドPCRである第2のPCRを含む二段階のPCRであることが好ましい。ネステドPCRは、センスプライマー及びアンチセンスプライマーのいずれかまたは両方を第1のPCRのプライマーの内側に設定するPCRである。ここで、内側とは一部が重複していてもよく、第1のPCRのプライマー対の間の配列を1塩基でも含めば内側である。このような第2のPCRがネステドPCRである二段階のPCRを行うことにより特異性が向上する。具体例としては、PCRを、配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用いて第1のPCRを行い、ついで第1のPCRによって生成する増幅産物を鋳型とし、配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号5に示す塩基配列有するプライマーとを用いて第2のPCRを行うことが挙げられる。このプライマー対の組み合わせによれば、アデノウイルスの51血清型の全てについて増幅産物を得ることができる。
【0018】
増幅産物の取得は、アガロースゲル電気泳動で分離し、ゲルから切り出して抽出精製するなどの公知の方法で行うことができる。通常には、アデノウイルスゲノムの既知の塩基配列と、用いたプライマーの塩基配列とから予測できる長さの増幅産物を取得する。
【0019】
増幅産物の塩基配列の決定は公知の方法によって行うことができる。決定された塩基配列の内、血清型特異的塩基配列を分子系統解析に用いる。血清型特異的塩基配列は、分子系統解析において有意な結果が得られる部分であり、上記の範囲内で適切な部分を選択することは当業者であれば容易である。配列番号1に示す塩基配列の塩基番号2518〜2897に相当する領域を含まない塩基配列に基づいて分子系統解析を行った場合、分子系統解析の結果の精度が低下し、一方、塩基番号739〜3499に相当する領域を超える長さの塩基配列を用いた場合、分子系統解析の効率が低下したり、PCR等でその塩基配列を迅速に得ることが難しくなったりする。血清型特異的塩基配列の具体例としては、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号2498〜2897に相当する領域の塩基配列が挙げられる。血清型特異的塩基配列は、好ましくは配列番号1に示す塩基配列の塩基番号2518〜3433に相当する領域の塩基配列を少なくとも含むものである。
【0020】
本発明同定方法において、血清型特異的塩基配列に基づく分子系統解析は、公知の分子系統解析法によって行うことができる。このような方法としては、Higgins法、ならびに、2−パラメーター法を用いたUPGMA法及び近隣結合法などが挙げられ、また、これらの方法により分子系統解析を行うためのソフトウェアが市販されている(DNASIS(日立ソフトウェアエンジニアリング)、SINCA(富士通)など)。
【0021】
血清型は、分子系統解析においてそれぞれの種の標準株と一定値以上のホモロジーを示す、又は、一定値以上の確率で他の血清型のクラスターと区別されるか否かによって決定できる。一定値とは、分子系統解析により得られた系統樹において各血清型に属する株がそれぞれ単一のクラスターを形成するような値であればよい。
【0022】
より具体的には、シンプルホモロジー(DNASIS)で(シーケンス中の一致した塩基数)/(シーケンス長)×100の計算式より算出したホモロジーで80%以上、又は、ブーツストラップ法で他のクラスターから区別される確率が70%以上という値があげられる。
【0023】
【実施例】
次に、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、下記実施例は本発明について具体的な認識を得る一助としてのみ挙げたものであり、これによって本発明の範囲が何ら限定されるものではない。
【0024】
【実施例1】
1.材料
標準株として、国立感染症研究所及びATCCより購入したヒトアデノウイルスの51血清型の標準株を用いた。なお、以下、各血清型のアデノウイルスを、血清型を示す数字を付記して「AdV−1」のように略記する。また、臨床分離株として、中和試験により血清型の同定されたアデノウイルス分離株33株(1984〜2001年に札幌で分離されたAdV−4の23株、AdV−8の9株、AdV−37の1株)を用いた。
【0025】
2.ウイルスDNAの抽出
スマイテストEX−R&D(ゲノムサイエンス研究所)を用いて、標準株または臨床分離株のウイルス培養液の100μlからDNAを抽出し、乾固後のDNAに10μlの滅菌蒸留水を加え溶解したものをサンプルDNA溶液とした。
【0026】
3.PCR
抽出したDNAを鋳型として、W. Saitoh−Inagawa, et al.(J. Clin. Microbiol., 34, 2113−2116(1996))の方法に従い、アデノウイルスのヘキソンをコードする領域(ヘキソン領域)の3’末端側の約1/3を増幅するように、ネステドPCRを行なった。ネステドPCRの1段目のPCRでは、AdTU7 5’−GCCACCTTCTTCCCCATGGC−3’(配列番号1の塩基番号2489〜2508に相当(配列番号2))及びAdTU4’ 5’−GTAGCGTTGCCGGCCGAGAA−3’(配列番号1の塩基番号3473〜3492に相当(配列番号3))のプライマーを用い、2段目のPCRでは、AdnU−S’ 5’−TTCCCCATGGCNCACAACAC−3’(配列番号1の塩基番号2498〜2517に相当(配列番号4))及びAdnU−A 5’−GCCTCGATGACGCCGCGGTG−3’(配列番号1の塩基番号3434〜3453に相当(配列番号5))のプライマーを用いた。なお、配列番号4におけるNはA、G、C及びTの混合である。
【0027】
この結果、アデノウイルス標準株51株および分離株33株の全てにおいて、ヘキソン領域の956bpのフラグメントの増幅が確認された。
【0028】
本実施例で用いたプライマーセットは、ヘキソン領域内のアデノウイルス血清型間で極めてよく保存されている領域に設定してあるため、全ての血清型のアデノウイルスの遺伝子を増幅できると予測されたが、この予測が正しいことが確認された。従って、今後出現するであろうまたは現在未知の血清型のアデノウイルスにも対応できると思われる。
【0029】
4.系統解析
アデノウイルス標準株及び分離株のPCR増幅産物の、プライマー配列を除く916bpの領域の塩基配列(配列番号1の塩基番号2518〜3433)を、ダイレクトシーケンス法にて決定した。この結果、標準株及び分離株のヘキソンヘキソン領域の916bpの塩基配列に挿入や欠失は認められなかった。標準株51株のホモロジーは、74.1(AdV−4とAdV−18)〜100(AdV−11とAdV−35、AdV−21とAdV−51)%であった。
【0030】
標準株の塩基配列によりデータベースを作成した。この標準株データベースに、分離株の塩基配列を加え、系統樹を作成した。系統樹は、2−パラメーター法を用いたUPGMA法およびN−J法(SINCA、富士通)にて作成し、ブートストラップを1000回行い統計的評価を行った。
【0031】
標準株51株の塩基配列について系統解析を行った結果、ブートストラップ値99〜100%の確率で、A〜F群の亜群ごとに群別された。各群のホモロジーは、A群82.3(AdV−18とAdV−31)〜87.0(AdV−12とAdV−31)%、B群87.0(AdV−7とAdV−11、AdV−14、AdV−35)〜100(AdV−11とAdV−35、AdV−21とAdV−51)%、C群88.5(AdV−5とAdV−6)〜97.3(AdV−2とAdV−6)%、D群93.2(AdV−8とAdV−50)〜99.2(AdV−23とAdV−25)%、F群89.3(AdV−40とAdV−41)%であった。
【0032】
また、分離株33株の塩基配列について標準株データベースとともに系統解析を行った結果、各分離株はそれぞれの血清型の標準株と、100%の確率で単一のクラスターを形成した。AdV−11とAdV−35、及び、AdV−21とAdV−51は塩基配列が100%一致したが、それら以外の47種の血清型が同定可能であった。各分離株と標準株のホモロジーは、AdV−4の標準株と分離株との間で96.4%、AdV−8の標準株と分離株との間で99.3〜99.9%、AdV−37の標準株と分離株との間で99.6%であった。
【0033】
【実施例2】
上流プライマー(AdnU−S’)から400bpの領域(配列番号1の塩基番号2498〜2897)を用いて、データベースを作成した。この標準株データベースに、分離株の塩基配列を加え、系統樹を作成した。系統樹は、2−パラメーター法を用いたUPGMA法およびN−J法(SINCA、富士通)にて作成し、ブートストラップを1000回行い統計的評価を行った。
【0034】
標準株51株の塩基配列について系統解析を行った結果、ブートストラップ値90〜100%の確率で、A〜F群の亜群ごとに群別された。各群のホモロジーは、A群80.8〜88.3%、B群84.5〜100%、C群88.0〜99.0%、D群93.3〜99.8%、F群89.3%であった。
【0035】
【発明の効果】
本発明によれば、ヒトアデノウイルスの血清型を迅速に同定できる。本発明の方法は、ヒトアデノウイルスの流行の分子疫学的解析、新たな血清型または変異株の検出と疾患との関連の解析に有用である。
【0036】
【配列表】

















【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトアデノウイルスゲノムの、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号739〜3499に相当する領域内から選ばれる、塩基番号2518〜2897に相当する領域を少なくとも含む塩基配列に基づいて分子系統解析を行うことを特徴とするヒトアデノウイルスの血清型の同定方法。
【請求項2】
前記塩基配列が、試料から得られるDNAを鋳型とし、前記塩基配列を増幅できるように設定されたプライマーを用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物の塩基配列を決定することによって得られたものである請求項1記載の同定方法。
【請求項3】
前記PCRが、配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用いて第1のPCRを行い、ついで第1のPCRによって生成する増幅産物を鋳型とし、配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号5に示す塩基配列を有するプライマーとを用いて第2のPCRを行うことにより行われる請求項2記載の同定方法。
【請求項4】
分子系統解析に用いられる塩基配列が、アデノウイルス遺伝子のヘキソン領域の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号2518〜3433に相当する領域の塩基配列である請求項1〜3のいずれか1項に記載の同定方法。

【公開番号】特開2004−8126(P2004−8126A)
【公開日】平成16年1月15日(2004.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2002−167918(P2002−167918)
【出願日】平成14年6月7日(2002.6.7)
【出願人】(591122956)株式会社三菱化学ビーシーエル (45)
【Fターム(参考)】