説明

ヒト一本鎖抗体遺伝子断片の効率的な新規調製法

【課題】ヒト抗体のScFv断片を大量に得ることができる、効率的な調製方法を提供する。
【解決手段】それぞれPCR法により、抗体重鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(重鎖断片)及び軽鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(軽鎖断片)を増幅し、これら重鎖断片と軽鎖断片を重鎖断片−重鎖リンカー配列−制限酵素XbaI認識配列を含む重鎖複合断片と、制限酵素NheI認識配列−軽鎖リンカー配列−軽鎖断片を含む軽鎖複合断片として増幅し、重鎖複合断片を制限酵素XbaIで、前記軽鎖複合断片を制限酵素NheIで、それぞれ消化した後に、ライゲーションにより連結させ、ライゲーション産物を制限酵素XbaIと制限酵素NheIで消化した後、重鎖断片−リンカー配列−軽鎖断片からなるヒトScFv断片として増幅する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトScFv(single chain Fragment of variable region)断片(ヒト一本鎖抗体遺伝子断片)の効率的な新規な調製方法や、該調製方法により得られるヒト一本鎖抗体遺伝子断片や、該ヒト一本鎖抗体遺伝子断片が組み込まれたファージミドベクター又はファージベクターや、該ファージミドベクター又はファージベクターにより形質転換された大腸菌や、該大腸菌を用いて作製されたファージディスプレイヒト一本鎖抗体ライブラリーに関する。
【背景技術】
【0002】
抗体は、生物が進化の過程で獲得した最も高度な生体防御分子の一つであり、生体の防御機構(免疫系)の中心に位置する。抗体蛋白をコードする遺伝子は、ゲノム上の広範な領域に極めて多数の種類がクラスターとして存在し、免疫系B細胞においてのみ分化の過程で体細胞遺伝子組換えを起こして各細胞に固有な抗体遺伝子が形成される。生体は本質的にありとあらゆる分子に対する抗体の産生が可能であるが、この驚異的な多様性/柔軟性の成因は多種の抗体遺伝子の組合わせと、さらに、形成された固有な遺伝子に変異を生じさせる生体機構の働きである。抗体は各種哺乳動物や鶏に抗原を投与(免疫)してポリクローナル(多価)抗体として作製されてきたが、免疫マウス脾臓細胞と骨髄腫細胞の融合細胞、ハイブリドーマによるモノクローナル(単価)抗体の作製技術が確立して以来、同抗体は生命科学の発展に計り知れない恩恵をもたらしてきた。モノクローナル抗体は、極めて多様性が高く、病原因子の排除に有効な抗体だが、医薬品としての開発にはさらに多くの年月を要した。主な原因は、ヒト抗体の作製技術の欠如と倫理的な問題(抗体取得を目的としたヒトの免疫は通常行えない)である。近年の分子生物学手法の発達は、試験管内における抗体蛋白の機能の再構築を可能にした。その方法はファージ抗体法と呼ばれる。
【0003】
ファージ抗体法は、Winterら(例えば、非特許文献1参照)によって1991年に報告されて以来、世界中で数多くの研究で用いられてきた。この方法では、B細胞で発現する重鎖及び軽鎖抗体遺伝子の可変領域のみをそれぞれPCR(Polymerase Chain Reaction)を用いてクローニングし、両遺伝子を人為的に結合、線維状バクテリオファージM13の外殻蛋白g3pとの融合蛋白として発現させる。抗原に対し、B細胞で産生された抗体が重鎖−軽鎖の四量体として達成していた親和性及び特異性を試験管内で再構築する方法である。多種多様なソースのB細胞から作製が可能であるが、ある抗原と特異的に結合するクローンを得るためにライブラリーと呼ばれる多種類の遺伝子配列/組み合わせをもつ母集団を作出し、この中から目的とするものを選抜する。一般にこのライブラリーに必要な多様性は、10種類以上とされている(例えば、非特許文献2参照)。
【0004】
ファージ抗体法は、様々な意味で大変有用かつ有効な方法であるが、欧米に比べて我国における本法の普及・進展の度合いはかなり劣るものと思われる。実際、欧米の企業が本法で得られた遺伝子由来の抗体医薬を開発のパイプラインに乗せているのに対し、我国の企業ではここ数年、本法に基礎を置くシステムの使用権利を莫大な金額で購入する事例が相次いで報道されている。我国における本法発展の妨げとなった原因のひとつは、方法的な困難さであろう。実際に手掛けてみると、高い多様性をもつライブラリーの作出は大変難しく、多くの時間と労力を要することが実感される。その最初の関門と言えるのがPCRによる一本鎖抗体遺伝子断片(Single Chain Fv Fragment;ScFv断片)の調製である。
【0005】
【非特許文献1】Nature 348, 552-554, 1990
【非特許文献2】Phage Display, Clackson T and Lowman HB ed. pp. 243-288, Oxford University Press, 2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、ヒトScFv断片を大量に得ることができる効率的なScFv断片の新規な調製方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、抗体重鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(重鎖断片)及び軽鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(軽鎖断片)をPCR法により増幅し、これら重鎖断片と軽鎖断片をPCR法によりそれぞれ重鎖断片−重鎖リンカー配列−制限酵素XbaI認識配列を含む重鎖複合断片と、制限酵素NheI認識配列−軽鎖リンカー配列−軽鎖断片を含む軽鎖複合断片として増幅し、重鎖複合断片を制限酵素XbaIで、前記軽鎖複合断片を制限酵素NheIで、それぞれ消化した後に、ライゲーションにより連結させ、ライゲーション産物を制限酵素XbaIと制限酵素NheIで消化した後、重鎖断片−リンカー配列−軽鎖断片からなるヒトScFv断片としてPCR法により増幅すると、ヒトScFv断片を大量かつ効率よく調製しうることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)以下の(A)〜(E)の工程を順次備えたことを特徴とするヒトScFv断片の調製方法。
(A)ヒト抗体重鎖遺伝子を、抗体重鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(HVセンス配列)及びアンチセンスプライマー配列(HVアンチセンス配列)からなるプライマー対を用いたPCR反応、並びに、ヒト抗体軽鎖遺伝子を、抗体軽鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(LVセンス配列)及びアンチセンスプライマー配列(LVアンチセンス配列)からなるプライマー対を用いたPCR反応により、それぞれ抗体重鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(重鎖断片)及び軽鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(軽鎖断片)として増幅する工程;
(B)前記重鎖断片を、前記HVセンス配列を含むセンスプライマーと、制限酵素XbaI認識配列、重鎖リンカー配列[I]及び前記HVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応、並びに、前記軽鎖断片を、制限酵素NheI認識配列、軽鎖リンカー配列[I]及び前記LVセンス配列を含むセンスプライマーと、前記LVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応により、それぞれ重鎖断片−重鎖リンカー配列[I]−制限酵素XbaI認識配列を含む重鎖複合断片と、制限酵素NheI認識配列−軽鎖リンカー配列[I]−軽鎖断片を含む軽鎖複合断片として増幅する工程;
(C)前記重鎖複合断片を制限酵素XbaIで、前記軽鎖複合断片を制限酵素NheIで、それぞれ消化した後に、ライゲーションにより連結させる工程;
(D)ライゲーション産物を、制限酵素XbaIと制限酵素NheIで消化する工程;
(E)前記HVセンス配列を含むセンスプライマーと、前記LVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応により、重鎖断片−リンカー配列−軽鎖断片からなるヒトScFv断片を増幅する工程;
(2)以下の(A)〜(E)の工程を順次備えたことを特徴とするヒトScFv断片の調製方法。
(A)ヒト抗体重鎖遺伝子を、抗体重鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(HVセンス配列)及びアンチセンスプライマー配列(HVアンチセンス配列)からなるプライマー対を用いたPCR反応、並びに、ヒト抗体軽鎖遺伝子を、抗体軽鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(LVセンス配列)及びアンチセンスプライマー配列(LVアンチセンス配列)からなるプライマー対を用いたPCR反応により、それぞれ抗体重鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(重鎖断片)及び軽鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(軽鎖断片)として増幅する工程;
(B)前記軽鎖断片を、前記LVセンス配列を含むセンスプライマーと、制限酵素XbaI認識配列、軽鎖リンカー配列[II]及び前記LVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応、並びに、前記重鎖断片を、制限酵素NheI認識配列、重鎖リンカー配列[II]及び前記HVセンス配列を含むセンスプライマーと、前記HVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応により、それぞれ軽鎖断片−軽鎖リンカー配列[II]−制限酵素XbaI認識配列を含む軽鎖複合断片と、制限酵素NheI認識配列−重鎖リンカー配列[II]−重鎖断片を含む重鎖複合断片として増幅する工程;
(C)前記軽鎖複合断片を制限酵素XbaIで、前記重鎖複合断片を制限酵素NheIで、それぞれ消化した後に、ライゲーションにより連結させる工程;
(D)ライゲーション産物を、制限酵素XbaIと制限酵素NheIで消化する工程;
(E)前記LVセンス配列を含むセンスプライマーと、前記HVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応により、軽鎖断片−リンカー配列−重鎖断片からなるヒトScFv断片を増幅する工程;
(3)ヒトScFv断片が、両端部に、制限酵素XbaI認識配列及び制限酵素NheI認識配列以外の、制限酵素認識配列を有することを特徴とする上記(1)又は(2)記載のScFv断片の調製方法。
【0009】
(4)抗体重鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(HVセンス配列)が、配列番号1〜6に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(5)抗体重鎖可変部領域に特異的なアンチセンスプライマー配列(HVアンチセンス配列)が、配列番号7〜10に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(6)抗体軽鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(LVセンス配列)が、配列番号11〜16及び22〜28に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列であることを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(7)抗体軽鎖可変部領域に特異的なアンチセンスプライマー配列(LVアンチセンス配列)が、配列番号17〜21及び29〜31に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列であることを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(8)HVセンス配列を含むセンスプライマーとして、配列番号32〜37に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする上記(1)及び(3)〜(7)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(9)制限酵素XbaI認識配列、重鎖リンカー配列[I]及び前記HVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとして、配列番号38〜41に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする上記(1)及び(3)〜(8)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(10)制限酵素NheI認識配列、軽鎖リンカー配列[I]及び前記LVセンス配列を含むセンスプライマーとして、配列番号42〜47及び53〜59に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする上記(1)及び(3)〜(9)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(11)LVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとして、配列番号48〜52及び60〜62に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする上記(1)及び(3)〜(10)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(12)LVセンス配列を含むセンスプライマーとして、配列番号63〜68及び74〜80に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする上記(2)〜(11)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(13)制限酵素XbaI認識配列、軽鎖リンカー配列[II]及び前記LVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとして、配列番号69〜73及び81〜83に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする上記(2)〜(12)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(14)制限酵素NheI認識配列、重鎖リンカー配列[II]及び前記HVセンス配列を含むセンスプライマーとして、配列番号84〜89に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする上記(2)〜(13)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(15)HVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとして、配列番号90〜93に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする上記(2)〜(14)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【0010】
(16)PCRに、ポリメラーゼとして、改変型Taqポリメラーゼとproof-reading活性を持つ酵素であるPfuポリメラーゼを混合したタイプの酵素(PicoMaxx High Fidelity PCR system、STRATAGENE社)を用いることを特徴とする上記(1)〜(15)のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
(17)上記(1)〜(16)のいずれか記載の調製方法により得られることを特徴とするヒトScFv断片。
(18)上記(17)記載のヒトScFv断片が組み込まれたことを特徴とするファージミドベクター又はファージベクター。
(19)上記(18)記載のファージミドベクター又はファージベクターにより形質転換されたことを特徴とする大腸菌。
(20)上記(19)記載の大腸菌を用いて作製されたことを特徴とするファージディスプレイヒト一本鎖抗体ライブラリー。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、ヒトScFv断片を大量かつ効率よく調製しうることができ、その結果、多様性に富んだファージディスプレイヒト一本鎖抗体ライブラリーを効率よく構築することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のヒトScFv断片の調製方法は、重鎖断片−リンカー配列−軽鎖断片からなるヒトScFv断片の調製方法と、軽鎖断片−リンカー配列−重鎖断片からなるヒトScFv断片の調製方法からなり、2つの調製方法は基本的に同じ方法であるが、以下、前者を調製方法[I]、後者を調製方法[II]ということがある。
【0013】
本発明のヒトScFv断片の調製方法[I]及び[II]に共通する工程(1)、すなわち、抗体重鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(重鎖断片)及び軽鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(軽鎖断片)を増幅する工程における、抗体重鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(HVセンス配列)及びアンチセンスプライマー配列(HVアンチセンス配列)、並びに、抗体軽鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(LVセンス配列)及びアンチセンスプライマー配列(LVアンチセンス配列)を有する各プライマーは、抗体ライブラリー作製のためのヒト抗体可変領域遺伝子クローニング用プライマーとしてすでに報告(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー(J. Mol. Biol.)、222巻、3号、581〜597頁及びプロシーディングス オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンス(Proc. Natl. Acad. Sci.)95巻、6157〜6162頁参照)されているものであれば、1種又は2種以上を特に制限されることなく用いることができ、例えば、HVセンス配列として配列番号1〜6に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列、好ましくは6種の配列を、HVアンチセンス配列として配列番号7〜10に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列、好ましくは4種の配列を、LVセンス配列として配列番号11〜16及び22〜28に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列、好ましくは13種の配列を、LVアンチセンス配列として配列番号17〜21及び29〜31に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列、好ましくは8種の配列を、具体的に挙げることができる。
【0014】
本発明のヒトScFv断片の調製方法[I]の工程(2)の重鎖断片−重鎖リンカー配列[I]−制限酵素XbaI認識配列を含む重鎖複合断片を増幅する工程における、重鎖断片増幅用のセンスプライマーとしては、前記HVセンス配列を含むプライマーであれば特に制限されないが、制限酵素XbaI認識配列及び制限酵素NheI認識配列以外の制限酵素の認識配列を有するプライマーが好ましく、例えば、それぞれ制限酵素NcoIの認識配列を有する配列番号32〜37に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上、好ましくは6種のプライマーを挙げることができ、また、重鎖断片増幅用のアンチセンスプライマーとしては、制限酵素XbaI認識配列、重鎖リンカー配列[I]及び前記HVアンチセンス配列を含むプライマーであれば特に制限されず、例えば、配列番号38〜41に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上、好ましくは4種のプライマーを挙げることができる。
【0015】
また、本発明のヒトScFv断片の調製方法[I]の工程(2)の制限酵素NheI認識配列−軽鎖リンカー配列[I]−軽鎖断片を含む軽鎖複合断片を増幅する工程における、軽鎖断片増幅用のセンスプライマーとしては、制限酵素NheI認識配列、軽鎖リンカー配列[I]及び前記LVセンス配列を含むプライマーであれば特に制限されず、例えば、配列番号42〜47及び53〜59に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上、好ましくは13種のプライマーを挙げることができ、また、軽鎖断片増幅用のアンチセンスプライマーとしては、前記LVアンチセンス配列を含むプライマーであれば特に制限されないが、制限酵素XbaI認識配列及び制限酵素NheI認識配列以外の制限酵素の認識配列を有するプライマーが好ましく、例えば、それぞれ制限酵素NotIの認識配列を有する配列番号48〜52及び60〜62に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上、好ましくは6種のプライマーを挙げることができる。
【0016】
本発明のヒトScFv断片の調製方法[II]の工程(2)の軽鎖断片−軽鎖リンカー配列[II]−制限酵素XbaI認識配列を含む軽鎖複合断片を増幅する工程における、軽鎖断片増幅用のセンスプライマーとしては、前記LVセンス配列を含むプライマーであれば特に制限されないが、制限酵素XbaI認識配列及び制限酵素NheI認識配列以外の制限酵素の認識配列を有するプライマーが好ましく、例えば、それぞれ制限酵素NcoIの認識配列を有する配列番号63〜68及び74〜80に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上、好ましくは13種のプライマーを挙げることができ、また、軽鎖断片増幅用のアンチセンスプライマーとしては、制限酵素XbaI認識配列、軽鎖リンカー配列[II]及び前記LVアンチセンス配列を含むプライマーであれば特に制限されず、例えば、配列番号69〜73及び81〜83に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上、好ましくは8種のプライマーを挙げることができる。
【0017】
また、本発明のヒトScFv断片の調製方法[II]の工程(2)の制限酵素NheI認識配列−重鎖リンカー配列[II]−重鎖断片を含む重鎖複合断片を増幅する工程における、重鎖断片増幅用のセンスプライマーとしては、制限酵素NheI認識配列、重鎖リンカー配列[II]及び前記HVセンス配列を含むプライマーであれば特に制限されず、例えば、配列番号84〜89に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上、好ましくは6種のプライマーを挙げることができ、また、重鎖断片増幅用のアンチセンスプライマーとしては、前記HVアンチセンス配列を含むプライマーであれば特に制限されないが、制限酵素XbaI認識配列及び制限酵素NheI認識配列以外の制限酵素の認識配列を有するプライマーが好ましく、例えば、それぞれ制限酵素NotIの認識配列を有する配列番号90〜93に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上、好ましくは4種のプライマーを挙げることができる。
【0018】
上記重鎖リンカー配列[I]、軽鎖リンカー配列[I]、軽鎖リンカー配列[II]及び重鎖リンカー配列[II]としては特に制限されるものではないが、目的とする重鎖断片−リンカー配列−軽鎖断片や軽鎖断片−リンカー配列−重鎖断片とした場合におけるリンカー配列の長さが5残基程度から20残基程度となるものが好ましく、かかるリンカー配列として、グリシン4残基とセリン1残基を1単位(GS配列)として3単位タンデムに繰り返す配列からなるGSリンカーを好適に例示することができるが、水溶性を上げるためArgを導入したものなども用いることができる。また、重鎖リンカー配列[I]と軽鎖リンカー配列[II]、及び/又は軽鎖リンカー配列[I]と重鎖リンカー配列[II]を同じ配列とすることもできる。
【0019】
本発明のヒトScFv断片の調製方法[I]の工程(3)において、重鎖複合断片を制限酵素XbaIで、軽鎖複合断片を制限酵素NheIで、それぞれ消化した後に、ライゲーションにより連結させたり、本発明のヒトScFv断片の調製方法[II]の工程(3)において、軽鎖複合断片を制限酵素XbaIで、重鎖複合断片を制限酵素NheIで、それぞれ消化した後に、ライゲーションにより連結させると、連結部から制限酵素XbaI及びNheIの認識配列が消失し、制限酵素XbaI及びNheIで切断することができないライゲーション産物(重鎖断片−リンカー配列−軽鎖断片と軽鎖断片−リンカー配列−重鎖断片)が得られることになる。なお、上記ライゲーション産物には、重鎖断片同士の連結産物(重鎖断片−リンカー配列−制限酵素認識配列−リンカー配列−重鎖断片)や軽鎖断片同士の連結産物(軽鎖断片−リンカー配列−制限酵素認識配列−リンカー配列−軽鎖断片)も含まれる。
【0020】
本発明のヒトScFv断片の調製方法[I]及び[II]に共通する工程(4)、すなわち、ライゲーション産物を、制限酵素XbaIと制限酵素NheIで消化する工程により、ライゲーション産物中の上記重鎖断片同士の連結産物及び上記軽鎖断片同士の連結産物は切断されるが、目的とするライゲーション産物(重鎖断片−リンカー配列−軽鎖断片と軽鎖断片−リンカー配列−重鎖断片)は切断されることなく、次工程でPCR反応により目的とするライゲーション産物のみが増幅されることになる。
【0021】
本発明のヒトScFv断片の調製方法[I]の工程(5)において、前記HVセンス配列を含むセンスプライマーと、前記LVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応により、重鎖断片−リンカー配列−軽鎖断片からなるヒトScFv断片が増幅され、また、本発明のヒトScFv断片の調製方法[II]の工程(5)において、前記LVセンス配列を含むセンスプライマーと、前記HVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応により、軽鎖断片−リンカー配列−重鎖断片からなるヒトScFv断片が増幅される。
【0022】
本発明のヒトScFv断片の調製方法[I]及び[II]におけるPCRの反応条件は特に限定されるものではないが、ポリメラーゼとして、改変型Taqポリメラーゼとproof-reading活性を持つ酵素であるPfuポリメラーゼを混合したタイプの酵素(PicoMaxx High Fidelity PCR system、STRATAGENE社)を用いることが増幅効率の点で好ましい。
【0023】
本発明はまた、本発明のヒトScFv断片の調製方法により得られるヒトScFv断片自体や、このヒトScFv断片が組み込まれたファージミドベクター又はファージベクターや、これらファージミドベクター又はファージベクターにより形質転換された大腸菌や、この大腸菌を用いて作製されたファージディスプレイヒト一本鎖抗体ライブラリーに関する。上記ファージミドベクターやファージベクターは、ファージディスプレイに用いられるが、上記ファージミドベクターを好適に用いることができる。ファージミドベクターは、ファージへのパッケージングシグナルを含んだプラスミドベクターであり、繊維状ファージゲノムの一部を含むようにして作製されたプラスミドであるために、ファージミドベクターを用いて大腸菌を形質転換した後、更にヘルパーファージに感染させる必要があり、これによって粒子形成のためのコート蛋白質が供給されて、ヘルパーファージ粒子とファージミド粒子が混合したファージが得られる。他方、ファージゲノムを改良してベクター化したファージベクターの場合には、一つのベクター内にファージの全ゲノムを含み、単独でファージを形成することができ、ファージベクターを大腸菌に感染させることによって直接ファージを得ることが可能であり、ヘルパーファージを使用する必要はないが、余計なファージ構成タンパクが発現されることになる。
【0024】
本発明のヒトScFv断片である重鎖断片−リンカー配列−軽鎖断片又は軽鎖断片−リンカー配列−重鎖断片を、ファージミドベクター又はファージベクターにインテグレイトすることにより、ヒト一本鎖抗体遺伝子ライブラリーを作製することができる。例えば、ファージミドベクターpCANTAB5E(アマシャム)を用いる場合、制限酵素NcoI(あるいはSfiI)と制限酵素NotIとで、本発明のヒトScFv断片である重鎖断片−リンカー配列−軽鎖断片又は軽鎖断片−リンカー配列−重鎖断片と、ファージミドベクターpCANTAB5Eをそれぞれ処理した後、ライゲーションすることにより、ヒトScFv断片が組み込まれたファージミドベクターからなるヒト一本鎖抗体遺伝子ライブラリーを得ることができる。
【0025】
このヒト一本鎖抗体断片が組み込まれたファージミドベクターの大腸菌への導入は、Davisら(BASIC METHODS IN MOLECULAR BIOLOGY, 1986)及びSambrookら(MOLECULAR CLONING: A LABORATORY MANUAL, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, N.Y., 1989)などの多くの標準的な実験室マニュアルに記載される方法、例えば、エレクトロポレーション、リン酸カルシウムトランスフェクション、DEAE−デキストラン媒介トランスフェクション、トランスベクション(transvection)、マイクロインジェクション、カチオン性脂質媒介トランスフェクション、形質導入、スクレープローディング (scrape loading)、弾丸導入(ballistic introduction)、感染等により行うことができる。
【0026】
本発明のファージディスプレイヒト一本鎖抗体ライブラリーとしては、多数の抗体を含むライブラリーであれば特に制限されるものではないが、理論的にはあらゆるタンパク質上の抗原エピトープに対応しうる、10程度の多種多様なファージミド抗体又はファージ抗体からなるファージミド抗体ライブラリー又はファージ抗体ライブラリー(ファージディスプレイライブラリー)が好ましい。このファージディスプレイヒト一本鎖抗体ライブラリーは、例えば、前記増幅したヒトScFv断片が組み込まれたファージミドベクターからなるヒト一本鎖抗体遺伝子が、そのコートタンパクpIII遺伝子の枠内に挿入されたM13ファージ等の繊維状ファージ(ファージミドベクター)をエレクトロポレーション法等により大腸菌に導入し、この大腸菌にVCS−13等のヘルパーファージを感染させることにより、ScFV抗体ライブラリーとして構築することができる(H.R.Hoogenboom et al., Immunotechnology, 4, 1-20(1998))。かかるライブラリーとして構築された個々のファージディスプレイヒト一本鎖抗体は、通常の抗体分子に準ずる抗原との反応性を有する。この場合、ScFVを発現しているM13は、ファージ粒子内にScFVの遺伝子を、ファージミドの形で持っている偽ウイルス粒子となっている。
【0027】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0028】
[ヒト抗体遺伝子の重鎖及び軽鎖可変領域遺伝子断片の作製]
メラノーマの樹状細胞ワクチンを受けた2人のがん患者ドナーより末梢リンパ球を採取し、核酸抽出用スピンカラム(Nucleospin RNA II;Macherey-Nagel社製)を用いて全RNAを抽出した。Oligo−dtプライマーを用いた逆転写反応により全RNAからcDNAを合成し、配列番号1〜6に示すセンスプライマーと配列番号7〜10に示すアンチセンスプライマーを用いたPCR反応によりヒト抗体遺伝子重鎖可変領域を増幅し、配列番号11〜16及び22〜28に示すセンスプライマーと配列番号17〜21及び29〜31に示すアンチセンスプライマーを用いたPCR反応によりヒト抗体遺伝子軽鎖可変領域を増幅した。これらのプライマーは、抗体ライブラリー作製のためのヒト抗体可変領域遺伝子クローニング用プライマーとしてすでに報告されているものである(ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー(J. Mol. Biol.)、222巻、3号、581〜597頁及びプロシーディングス オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンス(Proc. Natl. Acad. Sci.)95巻、6157〜6162頁参照)。このようにして得られた多種類の重鎖及び軽鎖可変領域遺伝子断片(以下、重鎖断片及び軽鎖断片)を、リンカーペプチド配列を挟んでランダムに結合させることにより、一本鎖抗体遺伝子(ScFv)の多様性を生み出すことが可能となる。
【0029】
[アセンブリーPCRによるScFv断片の作製]
これまでに報告されているScFv断片調製方法を図1及び図2に示す(以下各々「従来法1」及び「従来法2」と呼ぶ)。これらの従来法は、いずれもアッセンブリーPCR法を用いてDNA断片を〈重鎖−リンカー−軽鎖〉の順に連結させるものであり、従来法1は重鎖、軽鎖及びリンカー配列をコードする3つのDNA断片を、従来法2はリンカー配列の約半分を重鎖3’端及び軽鎖5’端にそれぞれ付与した2つのDNA断片をPCR法で連結させるものである。
【0030】
具体的には、従来法1では重鎖断片及び軽鎖断片とフレキシブル・リンカー配列と呼ばれるアミノ酸のグリシン4残基とセリン1残基を1単位(GS配列)とし、これが3単位タンデムに繰り返す配列を仲立ちとして計3種類のDNA断片をPCRにより結合する。重鎖断片の3’端とリンカーの5’端、リンカーの3’端と軽鎖断片の5’端のそれぞれ一部が相補的な配列となるように設計されており、それぞれのDNA断片がプライマーとして働き、伸長反応の結果一本鎖のDNA断片が合成される。また、従来法2は、PCR反応により重鎖3’端及び軽鎖5’端にリンカー配列の約半分の配列を付与し、かつそれぞれの一部が相補的配列を含むよう設計されたプライマーを用いて増幅を行い、計2種類のDNA断片をアセンブリーPCRにより結合する方法である。
【0031】
図4のA及びBに両従来法により調製したScFv断片のアガロースゲル電気泳動像を示す。従来法1では非特異的反応の生成物と考えられるバンドが多数かつ多量に存在し、目的バンドの反応生成物全体に対する割合は低い(A)。従来法2によっては低分子量側の非特異的反応生成物は減少したものの、高分子側にスメアとなる反応生成物が多量に存在し、目的バンドの目視は困難であった(B)。従来法2を用いて、PCR反応の際のアニーリング温度の上昇(C)及び三回目のPCRに用いるプライマー長を長くして特異性の向上を図った(D)が十分量の目的生成物を得ることは困難であった。
【実施例2】
【0032】
[ライゲーション反応によるScFv断片調製法の検討]
そこで、効率よく目的とするPCR反応物を得るために重鎖及び軽鎖断片の結合方法を根本的に変える方法を考案、これを試行した。図3に本法(方法3)の概略を示す。方法3では、2回目のPCRの際に用いるプライマーのうち重鎖3’プライマーでは2単位のGS配列と制限酵素認識配列、軽鎖5’プライマーは制限酵素認識配列と1単位のGS配列を含む。この重鎖及び軽鎖断片の2回目のPCR産物をそれぞれ制限酵素で消化し、ライゲーション反応によりリンカーを含む両断片を結合し、3回目のPCRでScFv断片として増幅した。
【0033】
[制限酵素の選択]
本法の特色のひとつは用いる制限酵素にある。方法3に用いる制限酵素は以下の条件を満たす必要がある。
1)重鎖及び軽鎖断片を切断しない酵素であること。抗体産生細胞では、抗体遺伝子のV−D−Jの体細胞組換えとaffinity maturationと呼ばれる遺伝子変異を起こすことにより生体にとって有益な特異性と親和性をもつ抗体を産生するクローンが選抜される。各クローンがそれぞれに独自の配列を有すると考えられるため、存在するであろう全ての抗体遺伝子に関して制限酵素認識配列の有無を調べることはできないが、少なくともゲノムに存在する抗体遺伝子に関して解析し、これらを切断しない制限酵素を選び出すことは必要最低条件となる。
2)重鎖同士又は軽鎖同士のライゲーションを防ぐ為に、酵素の切断面が平滑断面でないこと。
3)対合断片(異なる酵素でライゲーション可能な切断片)を生じる制限酵素の組合せであること。
以上の条件を全て満たす制限酵素を検索した結果、方法3に使用する制限酵素としてXbaIとNheIの組合せを決定した。
【実施例3】
【0034】
[重鎖断片−リンカー−軽鎖断片の連結]
配列番号32〜37に示すセンスプライマーと配列番号38〜41に示すアンチセンスプライマーを用いたPCR反応により、実施例1で作製した重鎖断片の5’末端にNco1認識配列を、3’末端にXbal認識配列とリンカー配列の一部をそれぞれ付加した。また、配列番号42〜47及び53〜59に示すセンスプライマーと配列番号48〜52及び60〜62に示すアンチセンスプライマーを用いたPCR反応により、実施例1で作製した軽鎖断片の5’末端にNhe1認識配列とリンカー配列の一部を、3’末端にNot1認識配列をそれぞれ付加した。重鎖断片のPCR産物をXbaIで、軽鎖断片のPCR産物をNheIで消化した後、ライゲーション反応により結合させた。
【実施例4】
【0035】
[軽鎖断片−リンカー−重鎖断片の連結]
軽鎖断片−リンカー−重鎖断片からなる一本鎖抗体遺伝子断片を作製する場合、配列番号63〜68及び74〜80に示すセンスプライマーと配列番号69〜73及び81〜83に示すアンチセンスプライマーを用いたPCR反応により、実施例1で作製した軽鎖断片の5’末端にNco1認識配列を、3’末端にXbal認識配列とリンカー配列の一部をそれぞれ付加する。また、配列番号84〜89に示すセンスプライマーと配列番号90〜93に示すアンチセンスプライマーを用いたPCR反応により、実施例1で作製した重鎖断片の5’末端にNhe1認識配列とリンカー配列の一部を、3’末端にNot1認識配列をそれぞれ付加する。軽鎖断片のPCR産物をXbaIで、重鎖断片のPCR産物をNheIで消化した後、ライゲーション反応により結合させる。
【実施例5】
【0036】
[一本鎖抗体遺伝子断片の増幅]
実施例3で作製した一本鎖抗体遺伝子断片を、再度XbaIとNheIにより消化することにより、重鎖断片のPCR産物同士又は軽鎖断片のPCR産物同士の結合断片を消化し、目的とする重鎖断片−軽鎖断片の結合断片のみを調製した(図5)。このようにして得られた重鎖断片−リンカー−軽鎖断片からなる一本鎖抗体遺伝子断片を配列番号32〜37、48〜52、60〜62に示すプライマーを用いたPCR反応により増幅させた(図4E)。
【実施例6】
【0037】
[最適なポリメラーゼの選択]
さらに、本法により得られた一本鎖抗体遺伝子断片の塩基配列を解析した(以下の全ての実験において大腸菌DH5αを宿主とした形質転換体10〜12コロニーについて検討した。)。前述の如く、発現する抗体遺伝子塩基配列はゲノム上の遺伝子からはある程度逸脱しており、単純ではあるが実験系の目的に則した以下の基準を設けた。
(1)配列が〈重鎖−リンカー−軽鎖〉の組合せになっていること。
(2)蛋白コード配列中の塩基欠失又は挿入によるフレームシフトを生じないこと。
(3)リンカー配列が健常であること(設計通りの配列になっていること)。
(4)重鎖及び軽鎖断片中の読み枠にストップコドンの出現しないこと。
【0038】
PCR反応の全てのステップを一般に広く使用されているTaqDNAポリメラーゼを用いて行った場合、ライブラリーに使用可能な、上記(1)〜(4)の基準を満たす一本鎖抗体遺伝子断片の生成率は20%であった(2/10クローン)。ライブラリー作製に使用可能な一本鎖抗体遺伝子断片の生成率を向上させるためには、PCR増幅反応の正確性を向上させることが必要であると考えられたため、最適な耐熱性DNAポリメラーゼを選出するための実験を行った。この実験では重鎖及び軽鎖断片を増幅させるためのPCR反応(1回目のPCR)において数種類のポリメラーゼを用いて検討を行い、PCR産物量をアガロース電気泳動法にて比較した。
【0039】
その結果、PCR反応に複数のプライマーを用いる本実験系においては、正確性の高いproof-reading酵素(PR酵素)は重鎖断片の増幅効率が悪く、十分な量のPCR産物を得ることができなかった。一方、TaqポリメラーゼとPR酵素であるPfuポリメラーゼを混合したタイプの酵素(混合酵素:PicoMaxx High Fidelity PCR system、STRATAGENE社)で十分な増幅の起きることが判明した(図10)。全てのPCR反応を混合酵素で行った場合について一本鎖抗体遺伝子断片の塩基配列を上記と同様な基準で評価したところ、66.7%(8/12クローン)であった。即ち、全てのステップに混合酵素を用いた場合、約3倍の精度向上が認められ、本実験系には混合型酵素の使用が適すると判断された。
【実施例7】
【0040】
[方法3によるヒト一本鎖抗体遺伝子ライブラリーの作製]
これまでに確立した系を用いてヒト一本鎖抗体遺伝子断片を作製し、制限酵素サイトNcoI及びNotIを利用してファージミドベクター(pCANTAB5E;アマシャム社製)に組み込み、一本鎖抗体遺伝子ライブラリーを作製した。このライブラリーを大腸菌(TG1又はJM109)にエレクトロポレーション法により導入した結果、図9に示すように、0.2μgのベクターあたり約3x10のコロニーが得られた。
【実施例8】
【0041】
[ファージライブラリーの作製]
ファージライブラリーの作製は、BradburyとMarks(Phage Display, Edited by Tim Clackson and Henry B. Lawman, Oxford University Press, Chapter 13 Phage antibody libraries, Andrew R. M. Bradbury and James D. Marks, P.243-288)などの標準的な実験室マニュアルに記載される方法に準じて行うことができる。例えば、ファージミドベクターを導入した大腸菌を2%グルコース及び100μg/mlのアンピシリンを含む2xYT寒天培地にプレーティングし30℃にて一晩培養する。これを2%グルコース及び100μg/mlのアンピシリンを含む2xYT液体培地とスクレーパーを用いて寒天培地よりかきとり、終濃度15%となるようにグリセリンを加えて−80℃にて保存する。形質転換した大腸菌のプレーティング時に同時にその希釈系列を作製、別な寒天培地にプレーティングしてコロニー数を算出し、形質転換効率を算定しておく。実験の目的に応じて、必要なコロニー数が獲得されるまで同様な手順を繰り返し、十分なサイズのライブラリーを作出する。用いる大腸菌としてはTG1、XL1−Blueなどのストレインのエレクトロコンピテントセルを用いることが望ましい。M13KO7などのヘルパーファージを用いることで、ファージの外殻蛋白g3pの一部に一本鎖抗体タンパクを発現する線維状ファージを発現させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】従来技術によるScFv断片調製方法(従来法1;3断片結合法)を示す図である。
【図2】従来技術によるScFv断片調製方法(従来法2;2断片結合法)を示す図である。
【図3】本発明のScFv断片調製方法(方法3;ライゲーションによる2断片結合法)を示す図である。
【図4】従来技術のScFv断片調製方法(3断片結合法及び2断片結合法)と本発明のScFv断片調製方法(ライゲーションによる2断片結合法)との比較結果を示す図である。
【図5】本発明の重鎖及び軽鎖断片のライゲーションによる結合フローを示す図である。
【図6】本発明の実行操作フローチャートを示す図である。
【図7】本発明の1回目のPCRに供するプライマーの塩基配列を示す図である。
【図8】本発明の2回目及び3回目のPCRに供するプライマーの塩基配列を示す図である。
【図9】がん患者抹消リンパ球からの本発明のファージ抗体ライブラリーの作製方法を示す図である。
【図10】本発明のPCRに用いる耐熱性ポリメラーゼの検討結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)〜(5)の工程を順次備えたことを特徴とするヒトScFv断片の調製方法。
(1)ヒト抗体重鎖遺伝子を、抗体重鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(HVセンス配列)及びアンチセンスプライマー配列(HVアンチセンス配列)からなるプライマー対を用いたPCR反応、並びに、ヒト抗体軽鎖遺伝子を、抗体軽鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(LVセンス配列)及びアンチセンスプライマー配列(LVアンチセンス配列)からなるプライマー対を用いたPCR反応により、それぞれ抗体重鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(重鎖断片)及び軽鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(軽鎖断片)として増幅する工程;
(2)前記重鎖断片を、前記HVセンス配列を含むセンスプライマーと、制限酵素XbaI認識配列、重鎖リンカー配列[I]及び前記HVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応、並びに、前記軽鎖断片を、制限酵素NheI認識配列、軽鎖リンカー配列[I]及び前記LVセンス配列を含むセンスプライマーと、前記LVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応により、それぞれ重鎖断片−重鎖リンカー配列[I]−制限酵素XbaI認識配列を含む重鎖複合断片と、制限酵素NheI認識配列−軽鎖リンカー配列[I]−軽鎖断片を含む軽鎖複合断片として増幅する工程;
(3)前記重鎖複合断片を制限酵素XbaIで、前記軽鎖複合断片を制限酵素NheIで、それぞれ消化した後に、ライゲーションにより連結させる工程;
(4)ライゲーション産物を、制限酵素XbaIと制限酵素NheIで消化する工程;
(5)前記HVセンス配列を含むセンスプライマーと、前記LVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応により、重鎖断片−リンカー配列−軽鎖断片からなるヒトScFv断片を増幅する工程;
【請求項2】
以下の(1)〜(5)の工程を順次備えたことを特徴とするヒトScFv断片の調製方法。
(1)ヒト抗体重鎖遺伝子を、抗体重鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(HVセンス配列)及びアンチセンスプライマー配列(HVアンチセンス配列)からなるプライマー対を用いたPCR反応、並びに、ヒト抗体軽鎖遺伝子を、抗体軽鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(LVセンス配列)及びアンチセンスプライマー配列(LVアンチセンス配列)からなるプライマー対を用いたPCR反応により、それぞれ抗体重鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(重鎖断片)及び軽鎖可変部領域をコードする遺伝子断片(軽鎖断片)として増幅する工程;
(2)前記軽鎖断片を、前記LVセンス配列を含むセンスプライマーと、制限酵素XbaI認識配列、軽鎖リンカー配列[II]及び前記LVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応、並びに、前記重鎖断片を、制限酵素NheI認識配列、重鎖リンカー配列[II]及び前記HVセンス配列を含むセンスプライマーと、前記HVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応により、それぞれ軽鎖断片−軽鎖リンカー配列[II]−制限酵素XbaI認識配列を含む軽鎖複合断片と、制限酵素NheI認識配列−重鎖リンカー配列[II]−重鎖断片を含む重鎖複合断片として増幅する工程;
(3)前記軽鎖複合断片を制限酵素XbaIで、前記重鎖複合断片を制限酵素NheIで、それぞれ消化した後に、ライゲーションにより連結させる工程;
(4)ライゲーション産物を、制限酵素XbaIと制限酵素NheIで消化する工程;
(5)前記LVセンス配列を含むセンスプライマーと、前記HVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとを用いたPCR反応により、軽鎖断片−リンカー配列−重鎖断片からなるヒトScFv断片を増幅する工程;
【請求項3】
ヒトScFv断片が、両端部に、制限酵素XbaI認識配列及び制限酵素NheI認識配列以外の、制限酵素認識配列を有することを特徴とする請求項1又は2記載のScFv断片の調製方法。
【請求項4】
抗体重鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(HVセンス配列)が、配列番号1〜6に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項5】
抗体重鎖可変部領域に特異的なアンチセンスプライマー配列(HVアンチセンス配列)が、配列番号7〜10に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項6】
抗体軽鎖可変部領域に特異的なセンスプライマー配列(LVセンス配列)が、配列番号11〜16及び22〜28に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項7】
抗体軽鎖可変部領域に特異的なアンチセンスプライマー配列(LVアンチセンス配列)が、配列番号17〜21及び29〜31に示される塩基配列の1種又は2種以上の配列であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項8】
HVセンス配列を含むセンスプライマーとして、配列番号32〜37に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする請求項1及び3〜7のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項9】
制限酵素XbaI認識配列、重鎖リンカー配列[I]及び前記HVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとして、配列番号38〜41に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする請求項1及び3〜8のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項10】
制限酵素NheI認識配列、軽鎖リンカー配列[I]及び前記LVセンス配列を含むセンスプライマーとして、配列番号42〜47及び53〜59に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする請求項1及び3〜9のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項11】
LVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとして、配列番号48〜52及び60〜62に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする請求項1及び3〜10のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項12】
LVセンス配列を含むセンスプライマーとして、配列番号63〜68及び74〜80に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする請求項2〜11のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項13】
制限酵素XbaI認識配列、軽鎖リンカー配列[II]及び前記LVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとして、配列番号69〜73及び81〜83に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする請求項2〜12のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項14】
制限酵素NheI認識配列、重鎖リンカー配列[II]及び前記HVセンス配列を含むセンスプライマーとして、配列番号84〜89に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする請求項2〜13のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項15】
HVアンチセンス配列を含むアンチセンスプライマーとして、配列番号90〜93に示される塩基配列からなるプライマーの1種又は2種以上を用いることを特徴とする請求項2〜14のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項16】
PCRに、ポリメラーゼとして、改変型Taqポリメラーゼとproof-reading活性を持つ酵素であるPfuポリメラーゼを混合したタイプの酵素(PicoMaxx High Fidelity PCR system、STRATAGENE社)を用いることを特徴とする請求項1〜15のいずれか記載のヒトScFv断片の調製方法。
【請求項17】
請求項1〜16のいずれか記載の調製方法により得られることを特徴とするヒトScFv断片。
【請求項18】
請求項17記載のヒトScFv断片が組み込まれたことを特徴とするファージミドベクター又はファージベクター。
【請求項19】
請求項18記載のファージミドベクター又はファージベクターにより形質転換されたことを特徴とする大腸菌。
【請求項20】
請求項19記載の大腸菌を用いて作製されたことを特徴とするファージディスプレイヒト一本鎖抗体ライブラリー。

【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−245601(P2008−245601A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−92968(P2007−92968)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(590002389)静岡県 (173)
【Fターム(参考)】