説明

ヒト幹細胞から高活性の幹細胞を分離する方法及びその方法により分離された高活性の幹細胞

本発明は、ヒト幹細胞から高活性幹細胞を分離する方法、該方法によって分離された高活性幹細胞、該幹細胞を含む細胞治療剤、及び特定のサイトカインを含む幹細胞から高活性幹細胞を分離するための培地に関するものである。
本発明によると、本発明の方法を用いる際、種々の起源の間葉系幹細胞から高活性幹細胞を分離するのに非常に有用であり、また他の条件で培養されている種々の起源の幹細胞においても適用可能であるため、高活性の細胞治療剤を開発する上で、非常に有用に用いられ得る。体外で種々の継代により増大する老化された幹細胞を効果的に分離することができるため、幹細胞の活性を回復する方法として提示され得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト幹細胞から高活性の細胞を分離する方法、その方法によって分離された幹細胞、その幹細胞を含む細胞治療剤及び特定の培地に関する。
【背景技術】
【0002】
幹細胞(stem cell)は、生物の組織を構成する種々の細胞に分化できる細胞であり、胚、胎児及び成体の各組織から得られる分化する前の未分化細胞の総称である。幹細胞は、分化刺激(環境)によって特定の細胞に分化し、また、細胞分裂が停止した分化細胞とは異なり、細胞分裂によって自身と同一の細胞を産生することにより増殖(proliferation: expansion)できる特性があり、異なる環境又は異なる分化刺激によって異なる細胞にも分化でき、分化に柔軟性(plasticity)を有していることが特徴である。
【0003】
幹細胞は、胚から得られ、全ての細胞種に分化され得る潜在力である多能性(pluripotency)を有する胚性幹細胞(embryonic stem cell, ES cell)と、各組織から得られる万能性(multipotency)を有する成体幹細胞(adult stem cell)とに大きく分けられる。胚盤胞期の初期胚の内部細胞塊(inner cell mss )は、将来胎児を形成する部分であり、内部細胞塊から形成された胚性幹細胞は、理論的に1つの個体を構成する全ての組織の細胞に分化され得る潜在力を有する。すなわち、胚性幹細胞は無制限に増殖可能な未分化細胞であり、全ての細胞種に分化することができ、成体幹細胞とは異なり胚細胞(germ cell)を生成することができて次世代に受け継がれ得る。
【0004】
ヒト胚性幹細胞は、ヒト胚盤胞(blastocyst)の形成時に、内部細胞塊のみを分離して培養することによって生成されるが、現在、全世界的に作られたヒト胚性幹細胞は、不妊治療後に余った冷凍胚から得られている。この細胞は、全ての細胞種に分化可能な潜在力を有していて、あらゆる組織の細胞にも分化でき、また、死滅せずに未分化状態で培養可能であり、胚細胞の生成も可能なため、次世代に受け継がれ得る特徴を有している(Thomson et al., Science, 282: 1145-1147, 1998, Reubinoff et al., Nat. Biotechnol., 18: 399-404, 2000)。
【0005】
種々の細胞への分化能を有するヒト胚性幹細胞を細胞治療剤として用いるための種々の試みは、未だ癌化及び免疫拒否反応の問題を完全に制御できない状況である。
【0006】
近年、このような問題を克服するための代替案として、免疫調節機能を有していると報告されている間葉系幹細胞を用いることが提示されている。間葉系幹細胞は脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞、筋細胞、神経細胞及び心筋細胞への分化が可能な多能性を有する細胞であり、免疫反応を調節する機能も有していると報告されている。それは種々の組織から分離及び培養が可能だが、各起源により能力は少しずつ異なり、細胞表面のマーカーも異なっており、現在、間葉系幹細胞は、骨細胞、軟骨細胞及び筋細胞に分化可能であり、螺旋状の形態であり、基本的な細胞表面マーカーの発現はSH2(+)、SH3(+)、CD34(-)及びCD45(-)であると定義されている。
【0007】
細胞治療及び再生医学において、必要最小限の細胞の数は1×109個程度である。しかし、条件を定め基準を決める実験まで含むとその量はさらに増える。既存の種々の起源の間葉系幹細胞をこの程度の量だけ供給しようとすると、インビトロで最低10回以上の継代が必要となる。細胞は老化及び変形し、治療に適当でなくなる。これは、現在、間葉系幹細胞の培養システムが抱えている解決すべき問題の1つである。また、細胞によって条件及び基準を決めたとしても、治療に用いる際には、既にこの細胞を使い切り、他の起源の間葉系幹細胞を用いなければならない場合が生じ、この場合、他の細胞を用いるための付加的な実験を再び行わなければならない。既存の間葉系幹細胞を細胞治療剤として用いるためには、このような問題を解決できる新しい方法の提示が必要である。
【0008】
韓国特許公開第2008-3418号には胚性幹細胞の膵臓細胞への誘導方法が提示され、韓国特許登録第10-593397号には間葉系幹細胞及び/又はサブスタンスPを含有する傷の治癒又は傷の治癒促進剤、又は細胞治療剤が提示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記のような要求を満たすために、既存の生成されたヒト幹細胞の体外培養の制限を克服し、老化した細胞の再活性化を維持し、種々の遺伝的背景を有する幹細胞に有効である、細胞治療及び再生医学に必要な細胞を生成する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記のような課題を解決するために、本発明は、ヒト幹細胞から高活性の幹細胞を分離する方法を提供する。
【0011】
本発明は上記方法によって分離された幹細胞を提供する。
【0012】
また、本発明は上記幹細胞を含む細胞治療剤を提供する。
【0013】
さらに、本発明は幹細胞から高活性幹細胞を分離するための特定の培地を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、細胞治療剤の最も良い材料である間葉系幹細胞として、既存の確立された間葉系幹細胞を用いることができ、また、本発明に係る方法は、一般に用いられる種々の条件により培養された種々の起源のヒトの間葉系幹細胞に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の方法により細胞凝集体(sphere)を形成した結果である。
【図2】本発明の方法により分離された幹細胞の細胞周期の結果(FACS)であり、活発な増殖力を示す合成期であるS期の増大を確認することができる。
【図3】本発明の方法により分離された幹細胞のサイトカインの分泌能を分析した結果であり、IL-6、GM-CSF、VEGF、HGF、IL-8、IFN-g及びbFGFが有意的に増大することを示すグラフである。
【図4】本発明の方法による幹細胞性の増大を確認した結果であり、多能性細胞のマーカーであるOCT-4及びE-カドヘリン(E-cadherin)の増大を示すグラフである。
【図5】本発明の方法を図式化したものである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
上記の目的を達成するために、本発明は、ヒト幹細胞から細胞凝集体(sphere)を形成する工程を含むヒト幹細胞から高活性幹細胞の分離する方法を提供する。上記方法は、より具体的に、
ヒト幹細胞から細胞凝集体を形成する工程(a)と、
上記形成された細胞凝集体を、細胞凝集体に含まれていない細胞から分離する工程(b)とを含む。
【0017】
本発明の方法により、上記工程(a)は、ウシ血清を含まない培地と低接着ペトリ皿とを用いることにより行われる。上記ウシ血清を含まない培地は、ウシ血清を含まないDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)と20%の血清代替物(Serum Replacement, SR)とを含む培地であることが好ましい。低接着ペトリ皿は、接着型成長細胞を5%未満の効率で接着させるペトリ皿をいう。
【0018】
好ましくは、上記工程(a)は、ヒト幹細胞をタンパク質分解酵素により処理した後、ウシ血清を含まないDMEMと20%のSRとを含む培地において20時間〜28時間の間、好ましくは24時間、低接着ペトリ皿に浮遊培養させることによって行われる。
【0019】
上記タンパク質分解酵素は、トリプシンを例に挙げられるが、これに限定されない。
【0020】
上記工程(b)は、上記形成された細胞凝集体を、ストレーナを用いて細胞凝集体を形成していない細胞から分離することができるが、これに限定されない。
【0021】
上記幹細胞は、好ましくは間葉系幹細胞である。
【0022】
本発明で用いられる用語である「幹細胞」は、組織及び器官の特殊化された細胞を形成するように非制限的に再生できるマスター細胞を称す。幹細胞は、万能性(multipotent)又は多能性(pluripotent)を有する細胞である。幹細胞は2個の娘幹細胞、又は1つの娘幹細胞と1つの移行細胞(transit cell)とに分裂し、その後に成熟し、完全な組織の細胞として増殖する。
【0023】
本発明で用いられる用語である「間葉系幹細胞」は、骨細胞、軟骨細胞及び筋細胞等に分化が可能であり、渦巻き状の形態であり、基本的な細胞表面のマーカーの発現はSH2(+)、SH3(+)、CD34(-)及びCD45(-)である。
【0024】
本発明の方法は、ヒト幹細胞の細胞凝集体の形成のために、ウシ血清を含まない培地と低接着ペトリ皿とを用いてヒト幹細胞を培養することを含む。この処理工程において、細胞凝集体の形成に用いられるウシ血清を含まない培地は、DMEM基本培地とSR等との組み合わせである。場合により、培地に種々のサイトカインを添加できることは、当業者に容易に認識され得る。
【0025】
本発明の方法に用いられるSRは、動物由来の因子を除去するために、ウシ血清の代わりにヒト胚性幹細胞の培養に用いられる。本発明では、接着細胞の接着率を維持するウシ血清の代わりに、接着を促進しないSRを栄養分供給及び浮遊培養の2つの目的で用いる。
【0026】
本発明は、本発明の方法によって分離された高活性幹細胞を提供する。分離された幹細胞は、サイトカインの分泌能が向上し、幹細胞の遺伝子発現率、細胞生存力及び細胞増殖率が向上している(図2乃至図4を参照。)。
【0027】
上記方法を用いて分離された幹細胞は、それぞれ異なる起源の幹細胞においても同一の結果を示しており、これは蛍光細胞分析器(FACS)、抗原抗体反応(ELISA)及びリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(リアルタイムPCR)によって確認された。
【0028】
本発明は、本発明の方法によって分離された幹細胞を含む細胞治療剤を提供する。具体的には、上記細胞治療剤は、脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞、筋細胞、神経細胞及び心筋細胞の形成等に用いることができる。
【0029】
本発明で用いられる用語である「細胞治療剤」は、ヒトからの分離、培養及び特殊な操作を用いて生成された細胞及び組織を含む治療、診断及び予防の目的で用いられる医薬品(米国FDA規定)であり、細胞又は組織の機能を回復させるために、自己、同種若しくは異種の細胞を体外で増殖若しくは選別すること、又は細胞の生物学的な特性を変化させることを含む方法により生成される、治療、診断及び予防の目的で用いられる医薬品を称す。細胞治療剤は、細胞の分化の程度によって大きく体細胞治療剤と幹細胞治療剤とに分類され、本発明は、特に幹細胞治療剤に関するものである。
【0030】
本発明は、SR等を含む幹細胞から高活性幹細胞を分離するための培地を提供する。その培地は、好ましくはウシ血清を含まないDMEMと20%のSRとを含むことができる。上記幹細胞は、好ましくは間葉系幹細胞である。
【0031】
上記培地には、幹細胞から高活性幹細胞を分離することを補助するための他の成分が含まれ得ることは、当業者は容易に認識することができる。
【0032】
以下に実施例を挙げ、本発明の実施形態を具体的に説明するが、下記実施例は本発明を例示するのに過ぎず、本発明の内容が下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
細胞凝集体(sphere)の形成
体外で培養されていたヒト幹細胞をタンパク質分解酵素(0.25% trypsin/EDTA)で処理した後、ウシ血清培地を含まないDMEM(Dulbecco’s Modified Eagles’s Medium, ウェルジン(WelGENE Inc.))+20%SR(ギブコ)培地において24時間、低接着ペトリ皿(SPL)を用いて浮遊培養させた。
【0034】
細胞凝集体の分離
24時間浮遊培養して得られた細胞凝集体を、ストレーナを用いて細胞凝集体に含まれていない他の細胞から分離した。
【0035】
分離された細胞の特性分析
1.リアルタイムPCRによる遺伝子発現の定量
分離された細胞のRNAから合成されたcDNAと、幹細胞に関連する遺伝子のプライマー(primer)を用いてリアルタイムPCRを行った。
【0036】
2.抗原抗体反応を用いたサイトカイン分泌能の確認
分離された細胞の培養液に対して、抗体を用いた分析を行い、種々のサイトカインの分泌能を確認した。
【0037】
3.蛍光細胞分析器を用いた細胞周期の分析
分離された細胞の核染色を行い、細胞周期による変化を確認した。
【0038】
実施例1:ヒト臍帯血由来の間葉系幹細胞から高活性幹細胞の分離
本発明の方法を用いて、ヒト臍帯血由来の間葉系幹細胞から高活性の間葉系幹細胞を分離した。体外培養によって培養されていた幹細胞をタンパク質分解酵素(0.25% trypsin/EDTA)で処理した後、ウシ血清を含まないDMEM+20%SR培地において、低接着ペトリ皿を用いて24時間浮遊培養させた。24時間浮遊培養して得られた細胞凝集体を、ストレーナを用いて細胞凝集体に含まれていない他の細胞から分離した。分離された細胞のRNAを用いてcDNAを合成した後、幹細胞関連の遺伝子のプライマーを用いて、リアルタイムPCRを行い、幹細胞のマーカーに関連する遺伝子の発現量を確認した。種々のサイトカインの分泌能は、分離された細胞の培養液に対して抗体を用いて確認され、また、細胞の核染色により細胞周期の変化を確認した。細胞凝集体の形成後、幹細胞関連遺伝子の発現率は増大し、合成期であるS期が有意的に増大することを観察した。血管形成及び成長関連サイトカインも有意的に増大することを確認した。
【0039】
実施例2:ヒト胚性幹細胞由来の間葉系幹細胞から高活性幹細胞の分離
本発明の方法を用いて、ヒト胚性幹細胞由来の間葉系幹細胞から高活性の間葉系幹細胞を分離した。体外培養によって培養されていた幹細胞をタンパク質分化酵素(0.25% trypsin/EDTA)で処理した後、ウシ血清を含まないDMEM+20%SR培地において、低接着ペトリ皿を用いて24時間浮遊培養させた。24時間浮遊培養をして得られた細胞凝集体を、ストレーナを用いて細胞凝集体に含まれていない他の細胞から分離した。分離された細胞のRNAを用いてcDNAを合成した後、幹細胞関連の遺伝子のプライマーを用いて、リアルタイムPCRを行い、幹細胞のマーカー関連する遺伝子の発現量を確認した。種々のサイトカインの分泌能は、分離された細胞の培養液に対して抗体を用いて確認され、また、細胞の核染色により細胞周期の変化を確認した。細胞凝集体の形成後、幹細胞関連遺伝子の発現率は増大し、合成期であるS期が有意的に増大することを観察した。血管形成及び成長関連サイトカインも有意的に増大することを確認した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト幹細胞を培養して細胞凝集体(sphere)を形成する工程(a)と、
上記細胞凝集体を、該細胞凝集体に含まれていない細胞から分離する工程(b)とを備えているヒト幹細胞から高活性幹細胞を分離する方法。
【請求項2】
請求項1において、
上記工程(a)は、ウシ血清を含まない培地と低接着ペトリ皿とを用いて行われる方法。
【請求項3】
請求項2において、
上記ウシ血清を含まない培地は、ウシ血清を含まないDMEM(Dulbecco’s Modified Eagel’s Medium)と20%の血清代替物(Serum Replacement, SR)とを含む培地である方法。
【請求項4】
請求項1において、
上記工程(a)は、ヒト幹細胞をタンパク質分解酵素により処理した後、処理された細胞を、ウシ血清を含まないDMEMと20%の血清代替物とを含む培地において、20時間以上且つ28時間以下の間、低接着ペトリ皿を用いて浮遊培養させることによって行われる方法。
【請求項5】
請求項1において、
上記幹細胞は、間葉系幹細胞である方法。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかの方法によって分離された高活性幹細胞。
【請求項7】
請求項6の高活性幹細胞を含む脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞、筋細胞、神経細胞又は心筋細胞形成に用いられる細胞治療剤。
【請求項8】
ウシ血清を含まないDMEMと20%の血清代替物とを含む、ヒト幹細胞から高活性幹細胞を分離するための培地。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2011−529340(P2011−529340A)
【公表日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−521015(P2011−521015)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【国際出願番号】PCT/KR2009/003954
【国際公開番号】WO2010/013906
【国際公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【出願人】(504314133)ソウル ナショナル ユニバーシティ ホスピタル (3)
【Fターム(参考)】