説明

ヒト肝細胞を担持するキメラ非ヒト動物

【課題】非ヒト動物の細胞による薬物代謝の影響を抑制または欠失させた、ヒトの肝細胞集団を体内に有するキメラ非ヒト動物を提供する。
【解決手段】(i)免疫不全であること、(ii)肝障害を受けていること、および(iii)内在性のCyp3a遺伝子の機能が欠失していること、を特徴とする非ヒト動物に、ヒト肝細胞を移植することを含む、該非ヒト動物の薬物代謝系が欠失または抑制され、かつ該ヒト肝細胞による薬物代謝系を備えるキメラ非ヒト動物の作出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非ヒト動物の細胞による薬物代謝の影響を抑制または欠失させた、ヒト肝細胞集団を体内に有するキメラ非ヒト動物、ならびにその作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
今日の医薬開発の分野においては、多くの化学物質から医薬品候補を選択するために、マウス、ラット、イヌ、サルなどの非ヒト動物を用いて、薬効試験や安全性試験が行われている。これら動物を用いた試験において有効性および安全性が確認された候補医薬品について、臨床試験が実施される。しかし、動物とヒトでは、化学物質や薬物の代謝能力が大きく異なっていることが知られている。そのため、動物試験において有効性および安全性が確認された候補医薬品であっても、臨床試験において薬効がみられなかったり、毒性があらわれたりすることがあり、医薬開発の分野においては大きな問題となっている。
【0003】
化学物質の体内における代謝には、酸化や還元などを触媒する様々な酵素が関与するが、最も重要な酵素の一つとしてシトクロムP450(以下、「CYP」または「Cyp」と記載)と称される酸化酵素が挙げられる。CYPは主に肝臓に存在し、ヒトや動物の体内における化学物質や薬物の代謝に重要な役割を果たしている。
【0004】
現在までに様々な種類のCYPが確認されており、そのアミノ酸配列の相同性に基づいて、ファミリー、さらにサブファミリーに分類される(非特許文献1)。
【0005】
CYPは、同じサブファミリーに属していても、ヒトと動物では性質が異なり、基質となる物質や代謝産物に違いが認められており、ある化学物質や薬物の代謝について動物で得られた情報をそのままヒトに適用することはできないとされる。
【0006】
このような問題から、米国Food and Drug Administrationは前臨床試験において、ヒトの培養肝細胞を用いたin vitro試験を推奨している。しかしながら、培養肝細胞は、生体内にある肝臓と同等の機能を有するものではないために、in vitro試験系から、ヒト生体内の化学物質や薬物の代謝を正確に予測することは困難である。
【0007】
そこで、ヒト肝細胞を動物に移植したin vivo試験系が開発されている(特許文献1、非特許文献2−6)。しかしながら、当該in vivo試験系においては、移植したヒト肝細胞により、ホスト動物の肝臓を完全に置き換えることは出来ないため、残存しているホスト肝細胞による影響を受ける。そのため、これらのin vivo試験系は、ヒト肝細胞の化学物質や薬物に対する代謝を正確に評価するための動物モデルとしては不十分である。
【0008】
ゆえに、当該分野においては依然として、薬物や化学物質に対するヒトの代謝系を反映する、新たな試験系の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002-45087号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Nelsonら, Pharmacogenetics,6:1, 1996
【非特許文献2】Rhim JAら、Proc Natl Acad Sci USA, 1995, 92: 4942-4946
【非特許文献3】Dandri Mら、Hepatology, 2001, 34:824-833
【非特許文献4】Dandri Mら、Hepatology, 2001, 33:981-988
【非特許文献5】Mercer DFら、Nat Med, 2001, 7:927-933
【非特許文献6】Tateno Cら、Am J Pathol 165:901-912, 2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、非ヒト動物の内在性の細胞による薬物代謝の影響を抑制または欠失させた、ヒトの肝細胞集団を体内に有するキメラ非ヒト動物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、内在性のCyp遺伝子の機能を欠失または抑制させた非ヒト動物の肝臓における肝細胞集団を、ヒトの肝細胞集団に置換することによって、ヒトの薬物代謝系を反映するキメラ非ヒト動物が得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明は以下を包含する。
[1] (i)免疫不全であること、(ii)肝障害を受けていること、および(iii)内在性のCyp3a遺伝子の機能が欠失していること、を特徴とする非ヒト動物に、ヒト肝細胞を移植することを含む、該非ヒト動物の薬物代謝系が欠失または抑制され、かつ該ヒト肝細胞による薬物代謝系を備えるキメラ非ヒト動物の作出方法。
[2] 前記非ヒト動物がマウスである、[1]の方法。
[3] 前記非ヒト動物が、遺伝的免疫不全症の非ヒト動物またはその子孫、遺伝的に肝障害を有する非ヒト動物またはその子孫、ならびに内在性のCyp3a遺伝子の機能が遺伝的に欠失している非ヒト動物またはその子孫を用いて三元交配する工程を含む作出方法により得られる、[1]または[2]の方法。
[4] 前記非ヒト動物が、遺伝的免疫不全症であり、かつ遺伝的に肝障害を有する非ヒト動物またはその子孫と内在性のCyp3a遺伝子の機能が遺伝的に欠失している非ヒト動物またはその子孫を用いて交配する工程を含む作出方法により得られる、[1]または[2]の方法。
[5] 前記非ヒト動物が、uPA(+/+)/SCID(+/+)マウスとcyp3a(KO/KO)マウスを用いて交配する工程、ならびに各遺伝的要素をホモに有する動物をスクリーニングする工程を含む作出方法により得られる、[1]〜[4]のいずれかの方法。
[6] 前記非ヒト動物が、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウスである、[1]〜[5]のいずれかの方法。
[7] [1]〜[6]のいずれかの方法によって得られる、キメラ非ヒト動物。
[8] 内在性のCyp3a遺伝子の機能が欠失しており、かつヒト肝細胞を体内に担持することを特徴とするキメラ非ヒト動物。
[9] 非ヒト動物の薬物代謝系が欠失または抑制されており、かつヒト肝細胞による薬物代謝系を備える、[8]のキメラ非ヒト動物。
[10] 前記非ヒト動物がマウスである、[8]または[9]のキメラ非ヒト動物。
[11] [7]〜[10]のいずれかのキメラ非ヒト動物に、被験物質を投与する工程、および該被験物質がヒト肝細胞に与える影響を評価する工程を含む、該被験物質の毒性試験方法。
[12] [7]〜[10]のいずれかのキメラ非ヒト動物に、被験物質を投与する工程、および該被験物質に対するヒト肝細胞の代謝能を評価する工程を含む、ヒト肝細胞の該被験物質に対する代謝能試験方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、非ヒト動物の細胞による薬物代謝の影響を抑制または欠失させた、ヒトの肝細胞集団を体内に有するキメラ非ヒト動物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]およびPXBマウスの血中ヒトアルブミン(h-Alb)濃度(a)および体重(b)を示す。
【図2−1】図2は、PXBマウス、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]および非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の肝臓におけるヒトCYP1A2、2B6、2C8、2C9、2C19、2D6および3A4をコードするmRNA発現量(平均値±SD(n=3)値)を示す。各発現量は、PXBマウスの発現量を1とする相対的発現量を示す。未検出はND(not detected)として示す。
【図2−2】図2−1の続き。
【図3−1】図3は、PXBマウス、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]および非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の肝臓におけるマウスCyp1a2、2b10、2c29、2c37、2c55および3a11をコードするmRNA発現量(平均値±SD(n=3)値)を示す。各発現量は、PXBマウスの発現量を1とする相対的発現量を示す。未検出はND(not detected)として示す。
【図3−2】図3−1の続き。
【図4】図4は、PXBマウス、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]および非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の小腸におけるマウスCyp2b10、2c55および3a11をコードするmRNA発現量(平均値±SD(n=3)値)を示す。各発現量は、PXBマウスの発現量を1とする相対的発現量を示す。未検出はND(not detected)として示す。
【図5】図5は、PXBマウス(a)およびcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1](b)の肝臓における、ヒト特異的サイトケラチン8/18(hCK8/18)抗体およびマウスCyp3a抗体を用いた免疫染色の結果を示す。
【図6】図6は、PXBマウス(a)およびcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1](b)の小腸における、マウスCyp3a抗体およびヘキスト(核染色)を用いた免疫染色の結果を示す。
【図7】図7は、PXBマウス、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]および非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の肝臓(a)および小腸(b)に由来するミクロソームを用いたミダゾラム(MDZ)代謝活性(平均値±SD(n=3)値)の測定結果示す。
【図8−1】図8は、ヒト肝細胞が移植されたcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1]の血中ヒトアルブミン(h-Alb)濃度(a)、体重(b)およびh-Albと肝臓のヒト肝細胞による置換率[RI(%)]の相関グラフ(c)を示す。
【図8−2】図8−1の続き。
【図9−1】図9は、ヒト肝細胞が移植されたcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1]、PXBマウスおよびSCID(+/+)マウスにおけるネファゾドンの血漿(a)および尿(b)中の代謝物プロファイルを示す。ヒトに特徴的な代謝物を(ヒト型代謝物)と示す。
【図9−2】図9−1の続き。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明におけるキメラ非ヒト動物は、(i)免疫不全であること、(ii)肝障害を受けていること、(iii)内在性の一または複数のCyp遺伝子の機能が欠失していること、を特徴とする非ヒト動物に、ヒト肝細胞を移植することによって作製することができる。
【0017】
ここで「非ヒト動物」としては、ヒトを除く哺乳動物が挙げられ、好ましくはげっ歯類に属する哺乳動物である。げっ歯類に属する哺乳動物としては、マウス、ラットなどが挙げられるがこれらに限定はされない。好ましくは、本発明において「非ヒト動物」はマウスである。
【0018】
本明細書において「免疫不全」とは、異種動物由来の細胞(特に肝細胞)に対して拒絶反応を示さないことを意味する。免疫不全は、当該非ヒト動物に対して、免疫抑制剤の投与や胸腺摘出などの免疫不全処置を施すことによって後天的に獲得されたものであっても良いが、当該非ヒト動物が先天的に免疫不全であることが好ましい。すなわち、当該非ヒト動物は、遺伝的免疫不全症の動物またはその子孫であることが好ましい。「遺伝的免疫不全症の動物」としては、T細胞およびB細胞系不全を示す重症複合免疫不全症(SCID:severe combined immunodeficiency)の動物、遺伝的な胸腺の欠損によりT細胞機能を失った動物、RAG2遺伝子を公知のジーンターゲッティング法(Science,244:1288-1292,1989)によりノックアウトした動物などが挙げられるが、これらに限定はされない。例えば、SCIDマウス、NUDEマウス、RAG2ノックアウトマウスなどが挙げられ、好ましくはSCIDマウスである。
【0019】
本明細書において「肝障害を受けている」とは、非ヒト動物本来の肝臓の細胞(特に、肝細胞)の少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%またはそれ以上が障害を受けている、増殖が抑制されている、および/または壊死を生じていることを意味する。非ヒト動物が肝障害を受けていることによって、移植されたヒト肝細胞は効率的に生着・増殖することができる。肝障害は、非ヒト動物に対して、四塩化炭素、黄リン、D-ガラクトサミン、2-アセチルアミノフルオレン、ピロロジンアルカロイドのような肝障害誘発物質の投与や、肝臓の部分切除による外科的処置などの肝障害誘発処置を施すことによって後天的に獲得されたものであっても良いが、当該非ヒト動物が先天的に肝障害を有する動物であることが好ましい。すなわち、当該非ヒト動物は、遺伝的に肝障害を有する動物またはその子孫であることが好ましい。「遺伝的に肝障害を有する動物」としては、肝細胞特異的に発現するタンパク質のエンハンサーおよび/またはプロモーターの制御下において、肝障害誘発タンパク質を発現するトランスジェニック動物や、肝機能を担う遺伝子をノックアウトした動物などが挙げられるが、これらに限定はされない。例えば、ウロキナーゼプラスミノーゲンアクチベーター(uPA)、ティッシュープラスミノーゲンアクチベーター(tPA)、チミジンキナーゼ (tk)などを肝臓特異的に発現するトランスジェニックマウスや、フマリルアセト酢酸ヒドラーゼ(Fah)遺伝子のノックアウトマウスなどが挙げられる。遺伝的に肝障害を有する動物には、必要に応じて、肝障害を惹起するための薬物を投与しても良い(例えば、チミジンキナーゼ(tk)を肝臓特異的に発現するトランスジェニックマウスに対して、ガンシクロビル(GCV)を投与することができる)。
【0020】
本明細書において「内在性の一または複数のCyp遺伝子の機能が欠失している」とは、非ヒト動物の内在性の一または複数のCyp遺伝子における塩基の置換、欠失、付加または挿入などの変異により、当該Cyp遺伝子にコードされる機能性タンパク質の正常な発現および/または機能が喪失していることを意味する。すなわち、当該非ヒト動物は、内在性の一または複数のCyp遺伝子の機能が遺伝的に欠失している動物またはその子孫である。
【0021】
CYPは大きく4群に分類されるスーパーファミリーを形成しており、そのアミノ酸配列により、ファミリー、さらにはサブファミリーへと分類される。本発明において、「Cyp遺伝子」とは、このスーパーファミリー、ファミリーまたはサブファミリーより選択することができる。本発明において「Cyp遺伝子」とは、医薬品や化学物質などの代謝に寄与するCyp遺伝子が挙げられ、例えば、Cyp1遺伝子、Cyp2遺伝子、Cyp3遺伝子、Cyp4遺伝子などが挙げられる。好ましくは、Cyp1a遺伝子、Cyp1b遺伝子、Cyp1e遺伝子、Cyp2a遺伝子、Cyp2c遺伝子、Cyp2d遺伝子、Cyp3a遺伝子、Cyp4a遺伝子であり、さらに好ましくはCyp3a遺伝子である。CYP3Aは、多くの医薬品や化学物質などの代謝に寄与する代表的な薬物代謝酵素として知られている。
【0022】
一般的に、Cyp遺伝子は、複数の分子種をコードする遺伝子クラスターの構造を有しており、Cyp遺伝子にコードされる分子種の数は、用いる非ヒト動物によって、またスーパーファミリーやファミリーによって様々であり得る。本発明においては、選択されたCyp遺伝子にコードされる全ての分子種の発現および/または機能が欠失していても良いし、コードされる分子種のうちの一部の発現および/または機能が欠失していても良い。例えば、非ヒト動物がマウスである場合、Cyp3a遺伝子には、Cyp3a11、Cyp3a13、Cyp3a16、Cyp3a25、Cyp3a41、Cyp3a44、Cyp3a57、Cyp3a59などの分子種がコードされており、この内の1,2,3,4,5,6,7,8またはそれ以上の分子種の発現および/または機能を欠失させることができる。例えば、少なくとも、Cyp3a11、Cyp3a13、Cyp3a25、およびCyp3a44の発現および/または機能を欠失させる。好ましくは、Cyp3a遺伝子にコードされる全ての分子種の発現および/または機能を欠失させる。
【0023】
Cyp遺伝子の機能の欠失は、当該分野において一般的に用いられるジーンターゲティング法などを用いて行うことができる。当該遺伝子機能の欠失は、当業者に公知である一般的な手法によって確認することができ、例えば、得られた非ヒト動物より抽出したゲノムDNAを用いたサザン解析、PCR等により内在性のCyp遺伝子における塩基の置換、欠失、付加または挿入などの変異を確認することにより行うことができる。また、RT-PCR法を用いて、標的とするCyp遺伝子の発現が欠失していることを確認することにより行うことができる。
【0024】
上記(i)〜(iii)の形質を有する非ヒト動物は、上記遺伝的免疫不全症の動物またはその子孫、遺伝的に肝障害を有する動物またはその子孫、ならびに内在性のCyp遺伝子の機能が遺伝的に欠失している動物またはその子孫について、同種のものを交配させる、すなわち、三元交配させる、ことによって得ることができる。各動物における各形質はそれぞれ、メンデルの法則に従って次の世代へと遺伝的要素が受け継がれる。交配に用いる動物は、各形質に関する遺伝的要素についてホモ接合体であっても、ヘテロ接合体であっても良い。交配の組み合わせには、様々なパターンが含まれるが、例えば以下の方法によって上記(i)〜(iii)の形質を有する非ヒト動物を得ることができる(ただし、これに限定はされない)。
【0025】
すなわち、遺伝的免疫不全症の動物またはその子孫と、遺伝的に肝障害を有する動物またはその子孫を交配して仔を得て、常法に従って、一または複数回の自家交配および戻し交配を行い、各形質に関する遺伝的要素をホモ接合体またはヘテロ接合体に有する動物を得る。続いて、得られた動物と内在性のCyp遺伝子の機能が遺伝的に欠失している動物またはその子孫を交配して仔を得る。必要に応じて、常法に従って、一または複数回の自家交配、および戻し交配を行い、最終的に各種形質についてホモ接合体である動物を選択する。本発明者らは既に、免疫不全肝障害マウスであるuPA(+/+)/SCID(+/+)マウスを作製し、報告している(WO2008/001614)。また、本発明者らは既に、内在性のCyp3a遺伝子の機能が遺伝的に欠失しているマウスcyp3a(KO/KO)マウスを作製し、報告している(WO2009/063722)。上記交配においては、これらのマウスを好適に利用することができる。
【0026】
上記(i)〜(iii)の形質を有する非ヒト動物への移植に用いるヒト肝細胞は、従来公知の手法に基づいて調製することができる。すなわち、正常なヒト肝臓組織から、コラゲナーゼ灌流法を用いて単離することができる。ヒト肝細胞は、様々な年齢のヒトより単離したものを利用することが可能であるが、好ましくは14歳以下の小児のヒトの肝細胞を利用する。14歳以下の小児のヒトの肝細胞は、移植後のキメラ非ヒト動物の肝組織において良好に増殖できヒト肝細胞の割合を高めることができる。
【0027】
ヒト肝細胞として、in vivoにおいて高い増殖能を示す増殖性ヒト肝細胞を利用しても良い。「増殖性ヒト肝細胞」とは、培養条件下(in vitro)において、単一細胞種の集団からなるコロニーを形成しながら増殖(クローン性増殖)するヒト肝細胞を意味する。増殖性ヒト肝細胞は、継代培養によって細胞数を増加することが可能であり、継代培養によって細胞数を十分に増やした後に移植に用いることができる。
【0028】
増殖性ヒト肝細胞としては、ヒト小型肝細胞(特開平10-179148号公報)が挙げられる(これに限定はされない)。ヒト小型肝細胞は、高い増殖能を有するとともに、比較的未分化な細胞であるために様々な肝機能を持つ肝細胞に分化する能力を有する。ヒト小型肝細胞は、移植された非ヒト動物の体内で急速に増殖し、正常な肝機能を発揮しうるヒト肝細胞集団を短時間で形成することができる。
【0029】
ヒト小型肝細胞は、従来公知の手法に基づいて調製することができ、すなわち、遠心分離を用いた方法、エルトリエーターやFACS等の細胞分画装置を用いた方法、ヒト小型肝細胞を特異的に認識するモノクローナル抗体を用いた免疫学的手法などを利用することができる(特開平10-179148号公報、特開平8-112092号公報、特開平8-112092号公報)。
【0030】
また、移植に用いるヒト肝細胞としては、肝炎ウイルス感染細胞または遺伝的疾患を有する患者由来の肝細胞を利用することができる。このような肝細胞を移植して得られたキメラ非ヒト動物は、当該患者と同様の症状を呈するため、肝炎やその他の疾患に関する「病態モデル動物」として利用することができ、抗ウイルス剤や疾患に対する薬剤の開発試験において有用である。
【0031】
この他、移植に用いるヒト肝細胞としては、in vitroで増殖させたヒト肝細胞、凍結保存肝細胞、テロメラーゼ遺伝子等の導入により不死化させた肝細胞、これらの肝細胞と非実質細胞を混合させたものも利用できる。
【0032】
調製されたヒト肝細胞は、以下の手法により上記非ヒト動物に移植することできる。
ヒト肝細胞は、上記非ヒト動物の脾臓または門脈に注入することによって、脾臓または門脈を経由して非ヒト動物の肝臓へ移植することができる。移植に用いるヒト肝細胞の数は、約1〜200万個、好ましくは約10万〜100万個とすることができる。移植したヒト肝細胞のうち約5〜15%、好ましくは約10%が非ヒト動物の類洞から肝細胞索へ侵入し、生着・増殖する。
【0033】
上記ヒト肝細胞が移植される非ヒト動物の日齢は、特に限定されないが、好ましくは低日齢または低週齢のものを用いる。低日齢または低週齢の非ヒト動物にヒト肝細胞を移植することによって、移植されたヒト肝細胞は良好に生着・増殖することができる。非ヒト動物がマウスである場合には、生後0〜48日程度、好ましくは、生後約8〜28日のマウスを使用する。
【0034】
ヒト肝細胞が移植されたキメラ非ヒト動物は、常法により、飼育することができる。移植後、40〜200日間程度飼育することにより、肝臓における肝細胞の50%、60%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、99%またはそれ以上がヒト肝細胞に置換される。ヒト肝細胞の検出は、当該分野において公知の手法によって行うことができ、例えば、ヒト肝細胞に特異的な抗体を用いた免疫学的手法によって行うことができる。
【0035】
本発明のキメラ非ヒト動物における肝臓は、肝臓における肝細胞の50%、60%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、99%またはそれ以上がヒト肝細胞からなり、非ヒト動物の非実質細胞(類洞内皮細胞、星細胞、クッパー細胞など)も一部に含む。
【0036】
本発明のキメラ非ヒト動物における肝臓は、ヒトの薬物代謝酵素を発現している。「ヒトの薬物代謝酵素」としては、CYP等が挙げられ、例えば、少なくともCYP1A2、CYP2B6、CYP2C8、CYP2C9、CYP2C19、CYP2D6、CYP3A4等の分子種を検出することができる(これらに限定はされない)。当該分子種の検出は、RT-PCRやノーザンブロッティングなど核酸解析において一般的に用いられる方法によって行うことができる。
【0037】
また、本発明のキメラ非ヒト動物における肝臓は、非ヒト動物の内在性の一または複数のCyp遺伝子の機能が欠失している。さらに、本発明のキメラ非ヒト動物における肝臓においては、一部のCyp遺伝子の機能が欠失することにより生じる、その他のCyp遺伝子の代償的な発現増加が顕著に抑制されている。一般的に、Cyp3aノックアウトマウスにおいては、Cyp2遺伝子をはじめとする様々な内在性のCyp遺伝子の発現量が増加することが知られている(van Waterschoot RAら、Mol Pharmacol, 2008, 73:1029-1036)。一方、下記実施例にて詳述するとおり、Cyp3a遺伝子を欠失している非ヒト動物(マウス)を用いて得られたキメラ非ヒト動物の肝臓においては、非ヒト動物の内在性のCyp3a遺伝子にコードされる複数の分子種の発現が欠失されているとともに、Cyp3a ノックアウトマウスと比べて、他の内在性Cyp遺伝子の発現量が顕著に低い。
【0038】
上記のとおり、本発明のキメラ非ヒト動物における肝臓は、ヒトの薬物代謝酵素を発現する一方、非ヒト動物の内在性のCyp分子種の干渉を低減または排除することができるために、よりヒト肝臓に近い、またはヒト肝臓と同一の生理学的特徴、特に薬物代謝プロファイルを備える。
【0039】
本発明のキメラ非ヒト動物の肝臓が、ヒト肝臓型の薬物代謝プロファイルを有することは、以下の手法により確認することができる。すなわち、特定の化合物を、上記キメラ非ヒト動物、ならびにヒトおよび/または非ヒト動物に投与し、それぞれに由来するサンプル中の当該化合物の代謝産物を検出・同定し、当該キメラ非ヒト動物に由来するサンプル中にて検出・同定された代謝産物と、ヒトおよび/または非ヒト動物に由来するサンプル中にて検出・同定された代謝産物とを比較して、当該キメラ非ヒト動物の代謝様式がヒト型であるか、非ヒト動物型であるかを決定する。
【0040】
上記方法に用いる化合物としては、ネファゾドン(Mayol RF et al, Drug Metab Dispos 22(2): 304-11, 1994)などが挙げられるが、これに限定はされない。ヒトまたは非ヒト動物においてその代謝様式が既に公知である化合物を利用しても良い。サンプルとしては、血液(血漿、血清)、尿、リンパ液、胆汁などの体液や、肝臓、その他の臓器、糞などを利用することができる。サンプル中の代謝産物の検出および同定は、当該分野において公知である各種クロマトグラフィーや質量分析法を適宜組み合わせて用いることができる。例えば、下記実施例にて詳述するとおり、本発明のキメラ非ヒト動物にネファゾドンを投与した場合、非ヒト動物(マウス)よりヒト型に近い代謝様式を示している。したがって、代謝様式がヒト型であるか、非ヒト動物型であるかは容易に、判断することができる。
【0041】
肝臓と同じく、小腸にもCYPが存在しており、薬物代謝に関与している。本発明のキメラ非ヒト動物における小腸は、非ヒト動物の内在性の一または複数のCyp遺伝子の機能が欠失している。さらに、本発明のキメラ非ヒト動物における小腸においては、一部のCyp遺伝子の機能が欠失することにより生じる、その他のCyp遺伝子の代償的な発現増加が顕著に抑制されている。一般的に、Cyp3aノックアウトマウスにおいては、Cyp2遺伝子をはじめとする様々な内在性のCyp遺伝子の発現量が増加することが知られている(上記)。一方、下記実施例にて詳述するとおり、Cyp3a遺伝子を欠失している非ヒト動物(マウス)を用いて得られたキメラ動物の小腸においては、非ヒト動物の内在性のCyp3a遺伝子にコードされる複数の分子種の発現が欠失されているとともに、Cyp3aノックアウトマウスと比べて、他の内在性Cyp遺伝子の発現量が顕著に低い。
【0042】
上記のとおり本発明のキメラ非ヒト動物は、ヒト肝細胞を体内に担持すると共に、非ヒト動物の内在性の一または複数のCyp遺伝子の機能の欠失により、非ヒト動物の内在性の薬物代謝系が欠失または抑制されている。このため、本発明のキメラ非ヒト動物は、ヒト肝細胞による薬物代謝系を備え、薬物代謝試験や毒性試験などにおける実験モデルとして好適に利用することができる。
【0043】
薬物代謝試験や毒性試験の方法は、一般的な手法により行うことができる。すなわち本発明のキメラ非ヒト動物に被験物質(医薬品、化学物質など)を投与し、ヒト肝細胞のこの投与物質に対する代謝能や、ヒト肝細胞に対するこの投与物質の毒性を評価することにより行う。被験物質は、キメラ非ヒト動物に対して経口投与または非経口投与(静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、経皮投与、経鼻投与、経肺投与など)することができる。
【0044】
キメラ非ヒト動物におけるヒト肝細胞の被験物質に対する代謝能は、当該分野において一般的な手法によって評価・測定を行うことができ、すなわち、被験物質投与後のキメラ動物よりサンプル(例えば、血液(血漿、血清)、尿、リンパ液、胆汁などの体液、肝臓、その他の臓器、糞など)を採取し、代謝物の検出、同定および/または測定を行う。代謝物の検出、同定および測定には、各種クロマトグラフィーや質量分析法を用いることができる。
【0045】
被験物質のヒト肝細胞に対する毒性は、当該分野において一般的な手法によって評価することができる。すなわち、被験物質投与後のキメラ非ヒト動物の肝臓の一部(肝細胞集団)を採取して、顕微鏡観察により肝臓の状態を評価する。あるいは、被験物質投与後のキメラ動物より血液(全血、血漿、血清)サンプルを採取して、血液中に含まれる肝細胞機能の指標となるタンパク質や化合物の増減を指標として評価することができる。「肝細胞機能の指標となるタンパク質や化合物」としては、アルブミン、コリンエステラーゼ、コレステロール、γ-グロブリン、IV型コラーゲン、ヒアルロン酸、血小板などが挙げられるが、これらに限定はされない。
【実施例】
【0046】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
実施例1:Cyp3a遺伝子がノックアウトされた、免疫不全肝障害マウスの作製
本発明者が作製したcyp3a(KO/KO)マウス(WO2009/063722)の凍結精子を融解し、本発明者が作製したuPA(+/+)/SCID(+/+)マウス(WO2008/001614)の未受精卵と人工授精後、仮腹に戻した。生まれた子マウスのうち、遺伝子型がcyp3a(KO/wt)/uPA(+/wt)/SCID(+/wt)マウス[F1]を選択し、自然交配にてuPA(+/+)/SCID(+/+)マウスに2度目のバッククロスを行い、cyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2]を得た。
【0048】
uPA遺伝子型およびSCID遺伝子型の識別は、従来公知の手法に従って行った(特開WO 2008/001614)。すなわち、uPA遺伝子型の識別はuPA遺伝子に特異的な配列を含むプライマーを用いたゲノムPCR法により、また、SCID遺伝子型の識別は、PCR-RFLP法により行った。Cyp3a遺伝子型の識別は、子マウスの尾よりゲノムDNAを抽出し、ゲノムPCR法により行った((株)クロモセンターに委託)。ゲノムPCR法の結果から、相同染色体交差のないcyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウスおよび/またはcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウスを選択した。尚、N2の相同染色体交差による組み換え率は、12%であった。
【0049】
次に、得られたcyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2]同士を交配させ、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)[N2F1]を得て、以下のヒト肝細胞の移植実験に用いた。
【0050】
また、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]へのヒト肝細胞の生着、置換率が低かったため、cyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)[N2]マウスをさらに、自然交配でuPA(+/+)/SCID(+/+)マウスに2回バッククロスし、cyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N3、N4]を得、さらに、cyp3a(KO/wt)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4]同士を掛け合わせ、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1]を得た。得られたcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1]についても、以下のヒト肝細胞の移植実験に用いた。尚、相同染色体交差による組み換え率は、N2F1にて12%、N3にて0%、N4にて36%、N4F1にて24〜29%であった。
【0051】
実施例2:ヒト肝細胞移植1
ヒト肝細胞としては、BD Gentest社より購入した肝細胞(Lot No.BD85、男児、2才)を使用した。この凍結肝細胞を、従来公知の手法(Chise Tatenoら、Am J Pathol 165:901-912, 2004)に従って融解して用いた。
【0052】
実施例1にて得られたcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1](生後2〜4週齢)29匹をエーテルで麻酔し、左腹部を約5 mm切開し、脾頭より2.5〜10.0×105個のヒト肝細胞を注入した後、脾臓を腹腔に戻し縫合した。また、対照として、uPA(+/+)/SCID(+/+)マウスにも、同様にヒト肝細胞を移植した。
【0053】
移植後3週、6週、その後は毎週、マウス尾静脈より2 uLの血液を採取し、LX-Buffer (栄研化学株式会社)200 uLに添加した。免疫比濁法により自動分析装置JEOL BM6050(日本電子)を用いて、マウス血中のヒトアルブミン濃度を測定した。その結果、ヒト肝細胞を移植したcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス(以下、「cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス」と記載)ではヒトアルブミンの増加が認められ、ヒトアルブミン>7 mg/mlのものが6匹認められた(21%、図1(a))。ヒト肝細胞を移植したuPA(+/+)/SCID(+/+)マウス(以下、「PXBマウス」と記載)においては、約80%のマウスでヒトアルブミン>7 mg/mlを示すことから、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスにおけるヒト肝細胞の生着および置換率は、PXBマウスと比べて低いことを示唆する。また、いずれのマウスも順調な体重増加が観察された(図1(b))。
【0054】
移植後10〜11週(14週齢)に各キメラマウスおよび非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]を解剖し、肝臓、小腸、血液を採取した。採取した肝臓および小腸は適当な大きさにカットした後、1 mLのRNA Later (Life Technologies Corporation, Cat No. AM7020)中に浸漬して4℃で1昼夜保存した後、-80℃で保存した。また、1部の肝臓、小腸は凍結切片作製用としてOCTコンパウンド(ティッシュテック)に封入し、液体窒素で凍結保存した。余った小腸および肝臓から遠心分離等の操作によりミクロソームを調製した。調製したミクロソームは-80℃で保存した。
【0055】
実施例3:RT-PCR法による肝臓におけるヒトおよびマウスCyp mRNA発現解析
上記実施例2で作製したcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]およびPXBマウスならびに非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の肝臓における、ヒトまたはマウスの各種CYPおよびβ-actin(補正遺伝子)をコードするmRNAの発現量を、RT-PCR法を用いて測定した。
【0056】
肝臓におけるヒトCYP1A2、2B6、2C8、2C9、2C19、2D6および3A4をコードするmRNA発現量の解析結果を、図2に示す。
肝臓におけるこれらCYPをコードするmRNAの発現量について、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]とPXBマウスを比較した場合、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]における発現量は、PXBマウスにおける発現量のおよそ70%〜117%であり、ほぼ同程度の遺伝子発現量が認められた。
【0057】
次に、肝臓におけるマウスCyp1a2、2b10、2c29、2c37、2c55および3a11をコードするmRNA発現量の解析結果を、図3に示す。
cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]および非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]においては、マウスにおいて代表的なCyp3a分子種であるCyp3a11をコードするmRNA発現は検出されなかった(図3(f))。cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]とPXBマウスを比べた場合、Cyp1a2、2b10および2c37をコードするmRNA発現量は、両者においてほぼ同程度であり(図3(a)、(b)、(d))、Cyp2c29および2c55をコードするmRNA発現量はcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]の方が、PXBマウスよりも高値を示した(図3(c)、(e))。また、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]と非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]を比べた場合、非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の方が、Cyp1a2、2b10、2c29、2c37および2c55をコードするmRNAについていずれも高い発現量を示した(図3(a)−(e))。
【0058】
実施例4:RT-PCR法による小腸におけるマウスCYP mRNA発現解析
上記実施例2で作製したcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]およびPXBマウスならびに非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の小腸における、マウスの各種CYPをコードするmRNAの発現量を、RT-PCR法を用いて測定した。
【0059】
小腸におけるマウスCyp2b10、2c55および3a11をコードするmRNA発現量の解析結果を、図4に示す。
cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]および非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]においては、マウスにおいて代表的なCyp3a分子種であるCyp3a11をコードするmRNA発現は検出されなかった(図4(c))。また、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]と非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]を比べた場合、非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]の方が、Cyp2b10および2c55をコードするmRNAがいずれも高い発現量を示した(図4(a)、(b))。
【0060】
実施例5:免疫染色法による肝臓におけるマウスCyp3a発現解析
上記実施例2で作製したcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]およびPXBマウスの外側左葉の凍結切片を作製し、ヒト特異的サイトケラチン8/18(hCK8/18)抗体(PROGEN)およびマウスCyp3a抗体(SANTA CREUZ)を用いて、肝臓の免疫染色を行った。
【0061】
結果を、図5に示す。
肝臓においては、PXBマウスでは、hCK8/18陰性のマウス肝細胞に一致してマウスCyp3aが陽性であった(図5(a))。一方、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]では、hCK8/18陰性のマウス肝細胞においてマウスCyp3aは陰性であった(図5(b))。
【0062】
実施例6:免疫染色法による小腸におけるマウスCyp3a発現解析
上記実施例2で作製したcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]およびPXBマウスの小腸の凍結切片を作製し、マウスCyp3a抗体を用いて、小腸の免疫染色を行った。
【0063】
結果を、図6に示す。
小腸においては、PXBマウスでは、小腸上皮においてマウスCyp3aが陽性であった(図6(a))。一方、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]では、マウスCyp3aは陰性であった(図6(b))。
【0064】
実施例7:肝臓および小腸におけるミダゾラム(MDZ)代謝活性
上記実施例2にて調製した各マウスの肝臓および小腸に由来するミクロソームを用いてMDZ代謝活性を測定した。肝ミクロソームを用いた実験では、終濃度50 umol/LのMDZを終濃度0.1 mg/mL肝ミクロソーム中にて37℃下で5分間インキュベーションさせた。小腸ミクロソームを用いた実験では、終濃度50 umol/LのMDZを終濃度0.5 mg/mL小腸ミクロソーム中にて37℃で10分間インキュベーションさせた。MDZの1’位および4位水酸化代謝物はLC-MS/MSを用いて測定した。
【0065】
結果を図7に示す。
cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]とPXBマウスを比べた場合、肝ミクロソーム中のMDZ代謝活性は両者において同程度であった(図7(a))。一方、小腸ミクロソーム中のMDZ代謝活性については、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N2F1]は、PXBマウスよりも低く、非移植のcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]とほぼ同程度であった(図7(b))。cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスではPXBマウスに比べ、小腸におけるマウスCyp3aによる代謝が抑制されていることが示された。
【0066】
実施例8:ヒト肝細胞移植2
上記実施例2と同様にヒト肝細胞を調製し、実施例1にて得られたcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1](生後2〜4週齢)8匹に、上記実施例2と同様に5.0×105個のヒト肝細胞を移植した。
【0067】
移植後3週、6週、その後は毎週、マウス尾静脈より2 ulの血液を採取し、LX-Buffer 200 ulに添加した。免疫比濁法により自動分析装置JEOL BM6050(日本電子)を用いて、マウス血中のヒトアルブミン濃度を測定した。その結果、ヒトアルブミンの増加が認められ、ヒトアルブミン>7 mg/mlのものが5匹認められた(図8(a))。そのうち、4匹のキメラマウス(雄2匹、雌2匹)を用いて、以下の試験を実施した。また、これらのマウスは順調な体重増加を示した(図8(b))。
【0068】
マウス血中ヒトアルブミン濃度より、移植したヒト肝細胞の生着および置換率は、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N2F1]と比べて、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1]に移植した場合において高いと考えられた。このように、得られたマウスをuPA(+/+)/SCID(+/+)マウスへバッククロスすることにより、ヒト肝細胞の生着、置換率の上昇が認められた。
【0069】
cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N4F1]を11または14週で解剖し、各葉の肝臓の凍結切片を作製した。凍結切片をhCK8/18抗体で染色し、マウス肝臓切片当たりのhCK8/18抗体陽性面積を求め、ヒト肝細胞による置換率[RI(%)]とした。解剖時のマウス血中ヒトアルブミンの濃度と置換率をプロットしたところ、PXBマウスと同様の相関を示した(図8(c))。
【0070】
実施例9:塩酸ネファゾドンの代謝試験
上記実施例8で得られた、ヒト肝細胞が移植されたcyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウス[N4F1](移植後8週(11週齢))4匹(雄2匹、雌2匹)に用量10 mg free/kg b.w. になるよう、0.5%メチルセルロースに懸濁した8 mg free/mL塩酸ネファゾドンを5 mL/kg b.w.の容量で2回強制経口投与した。
【0071】
塩酸ネファゾドンの1回目の経口投与後、動物を直ちに代謝ケージに収容し、投与後0〜8時間および8〜24時間までの尿をそれぞれ室温下にて採取した。尿採取後、2回目の塩酸ネファゾドンの経口投与を行い、投与1時間後に採血ならびに小腸および肝臓の採取を行った。採血後は速やかに遠心分離 (1000 × g, 4℃にて10分間)を行い血漿を調製した。採取後の尿および血漿はただちに-80℃で保存した。PXBマウスおよびSCID(+/+)マウスも同様に処理し、血漿および尿を得た。
【0072】
得られた血漿および尿に等量のアセトニトリルを加えて除タンパクした後、遠心ろ過し(遠心ろ過チューブ: Ultrafree-MC, 0.45 μm, 9500×g, 2 min, 4℃)、ろ液を分析試料とした。
【0073】
上記の試料を分析した結果、PXBマウスおよびSCID(+/+)マウスの血漿中にはネファゾドンの未変化体が検出されず、代謝物としてTriazoledione体のみが検出された。一方で、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N4F1]の血漿中には未変化体およびTriazoledione体に加えてヒト型代謝物であるOH-NEFおよびp-OH-NEF(Mayol RFら、 Drug Metab Dispos 22(2): 304-11, 1994)が検出された(図9(a))。
【0074】
また、PXBマウスおよびSCID(+/+)マウスの尿中には代謝物として代謝産物Cのみが検出されたのに対して、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウス[N4F1]の尿中には代謝産物Cに加えて、ヒト型代謝物2種(mCPPおよび代謝産物D)(Mayol RFら、 Drug Metab Dispos 22(2): 304-11, 1994)を含む6種の代謝物が検出された(図9(b)。
【0075】
以上の実施例の結果より、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスの肝臓および小腸においては、マウスCyp3aの発現が欠失していることに加え、各種マウスCypの発現量の増加が抑制されている。一方、移植されたヒト肝細胞は肝臓に生着・増殖し、各種ヒトCYPを発現していることが明らかとなった。これらの結果は、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスは、ヒト肝細胞に基づくヒト代謝系を備え、マウス細胞による内在性の肝代謝および消化管代謝が有意に抑制または欠失されていることを示す。実際、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスの塩酸ネファゾドンの代謝様式は、PXBマウスやSCID(+/+)マウスと異なり、ヒト薬物代謝系を反映していることが明らかとなった。したがって、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)キメラマウスは、ヒトin vivo薬物動態の予測モデル動物として有用であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明によれば、非ヒト動物の内在性の細胞による薬物代謝の影響を抑制または欠失させた、ヒトの肝細胞集団を体内に有するキメラ非ヒト動物を提供することができる。当該キメラ非ヒト動物においては、肝臓および小腸における非ヒト動物の細胞による薬物代謝の影響が抑制または欠失しており、ヒト肝臓における薬物代謝の様態を正確に評価することができる。したがって、本発明におけるキメラ非ヒト動物は、ヒトの薬物代謝試験や毒性試験などにおける実験モデルとして利用することができ、薬剤開発等の分野において貢献することが期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)免疫不全であること、(ii)肝障害を受けていること、および(iii)内在性のCyp3a遺伝子の機能が欠失していること、を特徴とする非ヒト動物に、ヒト肝細胞を移植することを含む、該非ヒト動物の薬物代謝系が欠失または抑制され、かつ該ヒト肝細胞による薬物代謝系を備えるキメラ非ヒト動物の作出方法。
【請求項2】
前記非ヒト動物がマウスである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記非ヒト動物が、遺伝的免疫不全症の非ヒト動物またはその子孫、遺伝的に肝障害を有する非ヒト動物またはその子孫、ならびに内在性のCyp3a遺伝子の機能が遺伝的に欠失している非ヒト動物またはその子孫を用いて三元交配する工程を含む作出方法により得られる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記非ヒト動物が、遺伝的免疫不全症であり、かつ遺伝的に肝障害を有する非ヒト動物またはその子孫と内在性のCyp3a遺伝子の機能が遺伝的に欠失している非ヒト動物またはその子孫を用いて交配する工程を含む作出方法により得られる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
前記非ヒト動物が、uPA(+/+)/SCID(+/+)マウスとcyp3a(KO/KO)マウスを用いて交配する工程、ならびに各遺伝的要素をホモに有する動物をスクリーニングする工程を含む作出方法により得られる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記非ヒト動物が、cyp3a(KO/KO)/uPA(+/+)/SCID(+/+)マウスである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法によって得られる、キメラ非ヒト動物。
【請求項8】
内在性のCyp3a遺伝子の機能が欠失しており、かつヒト肝細胞を体内に担持することを特徴とするキメラ非ヒト動物。
【請求項9】
非ヒト動物の薬物代謝系が欠失または抑制されており、かつヒト肝細胞による薬物代謝系を備える、請求項8に記載のキメラ非ヒト動物。
【請求項10】
前記非ヒト動物がマウスである、請求項8または9に記載のキメラ非ヒト動物。
【請求項11】
請求項7〜10のいずれか1項に記載のキメラ非ヒト動物に、被験物質を投与する工程、および該被験物質がヒト肝細胞に与える影響を評価する工程を含む、該被験物質の毒性試験方法。
【請求項12】
請求項7〜10のいずれか1項に記載のキメラ非ヒト動物に、被験物質を投与する工程、および該被験物質に対するヒト肝細胞の代謝能を評価する工程を含む、ヒト肝細胞の該被験物質に対する代謝能試験方法。

【図1】
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【図2−1】
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【図2−2】
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【図3−1】
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【図3−2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8−1】
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【図8−2】
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【図9−1】
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【図9−2】
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