説明

ヒト肺癌細胞株

【課題】新規な形態的特徴を有するヒト肺癌細胞株を提供する。
【解決手段】ヒト肺癌細胞株は、培養細胞が付着型及び浮遊型の両方の形態をとり得る受領番号がFERM AP−21694であるヒト肺癌細胞株。抗癌剤候補物質の存在下で培養した該ヒト肺癌細胞株と、候補物質の非存在下で培養した該ヒト肺癌細胞株とについて、それぞれ上記生細胞数等の測定を行う。そして、候補物質の非存在下で培養した細胞株に比べて、候補物質の存在下で培養した細胞株の方が生細胞数が少ない場合は、当該候補物質は増殖抑制活性を有する物質(抗癌剤)であるとして選択する抗癌剤のスクリーニングに使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト肺癌細胞株に関する。詳しくは、培養細胞が付着型及び浮遊型のいずれの細胞形態もとり得るヒト肺癌細胞株に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、大細胞性肺癌の組織学的診断のための分類がWHOにより確立されているが、その大部分は、現在、大細胞性神経内分泌癌(LCNEC)として分類されている。LCNECは、急激な増殖性、及び化学療法や放射線療法に対する抵抗性を有するため、一般的には予後不良の腫瘍である。
LCNECのセルラインとしては、LCN1と称されるもの等が既に知られているが(非特許文献1)。
大細胞神経内分泌癌のセルラインは、一般的に、培養液中で培養した場合は、いわゆる浮遊型の細胞形態を示すものであり、コラーゲンゲルなどをコーティングした培養容器(デッシュ)等に移して培養した場合は、いわゆる付着型の細胞形態を有するものであることが知られている(非特許文献1)。
【0003】
【非特許文献1】落合淳志 著,"16-16 生体組織を用いた消化器がん・肺がんの治療感受性予知法および治療効果判定法の確立に関する研究",[on line],平成16年(2004年),国立がんセンターがん対策情報センター がん情報サービス 厚生労働省がん研究助成金 平成16年度がん研究助成金研究報告 平成16年度がん研究助成金研究課題一覧 研究計画,インターネット<http://ganjoho.ncc.go.jp/pro/mhlw-cancer-grant/2004/keikaku/16-16.pdf>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、培養液に浮遊して集塊を形成する細胞形態と、培養容器内壁面に付着してコロニーを形成する細胞形態との両方の細胞形態を自発的にとり得るヒト肺癌細胞株を提供することにある。
さらに、当該ヒト肺癌細胞株及びそれを移植した免疫不全マウスを用いた抗癌剤のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)培養細胞が付着型及び浮遊型の両方の形態をとり得ることを特徴とする、ヒト肺癌細胞株。
本発明のヒト肺癌細胞株としては、例えば、前記付着型及び浮遊型の両方の形態を自発的にとり得るものが挙げられ、また、当該両方の形態を交互にとり得るものが挙げられる。
さらに、本発明のヒト肺癌細胞株としては、例えば、前記付着型及び浮遊型の形態をそれぞれ同一の培養条件下でとり得るものが挙げられる。
(2)受領番号がFERM AP−21694である、ヒト肺癌細胞株。
【0006】
(3)上記(1)又は(2)記載のヒト肺癌細胞株を用いることを特徴とする、抗癌剤のスクリーニング方法。
(4)候補物質の存在下で上記(1)又は(2)記載のヒト肺癌細胞株を培養し、該細胞株の増殖抑制活性を測定し、得られる測定結果を指標として抗癌剤をスクリーニングする方法。
(5)上記(1)又は(2)記載のヒト肺癌細胞株を移植した免疫不全マウスを用いることを特徴とする、抗癌剤のスクリーニング方法。
(6)上記(1)又は(2)記載のヒト肺癌細胞株を移植した免疫不全マウスに候補物質を投与し、該細胞株由来の腫瘍の増殖抑制活性若しくは転移抑制活性又は該マウスの生存期間延長活性を測定し、得られる測定結果を指標として抗癌剤をスクリーニングする方法。
上記(5)及び(6)の方法において、前記移植としては、例えば、同所移植が挙げられる。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、培養細胞が付着型及び浮遊型の両方の形態を自発的にとることができるヒト肺癌細胞株を提供することができる。
本発明のヒト肺癌細胞株及び当該細胞株を移植した免疫不全マウスは、抗癌剤等の悪性腫瘍の新規治療薬を開発するための有用なツールとなる点で、極めて実用性の高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
なお、本明細書において引用された全ての先行技術文献および公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【0009】

1.ヒト肺癌細胞株
本発明のヒト肺癌細胞株は、前述した通り、培養細胞が付着型及び浮遊型の両方の形態をとり得ることを特徴とするものである。
ここで、本発明において、培養細胞とは、任意の培養条件下で培養されている(増殖過程にある)又は培養された(増殖された)状態の細胞のことを言う。
また、本発明において、浮遊型とは、培養容器内の培養液に浮遊しながら細胞の集塊を形成する細胞形態のことを言い、付着型とは、培養液が入った培養容器の内壁に付着してコロニーを形成する細胞形態のこと言う。
【0010】
本発明のヒト肺癌細胞株は、上述した付着型及び浮遊型の両方の細胞形態を、自発的にとり得るものである。詳しくは、浮遊型と付着型とで、別の培養条件(培養系)を設定することを必要とせずに、両方の細胞形態を同一の培養条件下で任意にとり得るものであることが好ましい。例えば、培養液に浮遊して集塊を形成している培養細胞の一部が、同培養系においてそのまま培養容器の内壁に付着し増殖してコロニーを形成したり、また、培養容器の内壁にコロニーを形成している培養細胞の一部が、同培養系においてそのまま培養液に浮遊して増殖し集塊を形成したりすることができるものであることが好ましい。ただし、同一の培養条件に関し、培地(培養液)の種類(培地組成)については、変更があってもよいものとする。例えば、浮遊型の場合は無血清培地が好ましく、付着型の場合は血清培地が好ましい。
【0011】
さらに、本発明のヒト肺癌細胞株は、上述した付着型及び浮遊型の両方の細胞形態を交互にとり得るものであることが好ましい。具体的には、例えば、一旦、浮遊型の形態から同培養系において付着型の形態になった培養細胞が、その後さらに再び一部が遊離して培養液中で浮遊型の細胞形態を形成することができるものが好ましく挙げられる。また、これとは逆に、付着型から浮遊型になった後、再度付着型の形態になるものや、このような形態変化を任意の回数繰り返すものも、好ましく挙げられる。さらに、付着型又は浮遊型として、一旦培養系から単離した後、あらためて同様の培養条件下で培養したときに、単離時に付着型であったものは浮遊型に、浮遊型であったものは付着型に、形態を変化させ得るもの、及びこのような形態変化を任意の回数繰り返すものも、好ましく挙げられる。
本発明のヒト肺癌細胞株において、細胞形態が付着型であるか浮遊型であるかの同定は、限定はされないが、目視によるほか、より詳細に、光学顕微鏡等の各種顕微鏡を用いて確認することができる。また、本発明のヒト肺癌細胞株を同定する方法、すなわち他のヒト肺癌細胞株(従来公知のものも含む)と区別して特定する方法としては、例えば、DNAマイクロアレイ、プロテオミクス及びグリコプロテオミクス等の分析・解析技術を用いた手法により得られた結果を指標とする方法が好ましく挙げられる。
【0012】
本発明のヒト肺癌細胞株としては、例えば、「Human Lung Cancer Cell Line, TMU-1」と称し、2008年9月25日付で、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305−8566 茨城県つくば市東1−1−1 中央第6)に寄託されたもの(受領番号:FERM AP−21694)が、具体例として好ましく挙げられる。
【0013】

2.抗癌剤のスクリーニング方法
(1)in vitroスクリーニング
本発明の抗癌剤のスクリーニング方法(in vitro)は、前述した通り、本発明のヒト肺癌細胞株を用いることを特徴とする方法であり、具体的には、本発明のヒト肺癌細胞株を培養し、該細胞株の増殖抑制活性を測定し、得られる測定結果を指標として抗癌剤をスクリーニングする方法である。
当該スクリーニング方法としては、詳しくは、例えば、候補物質の存在下で本発明のヒト肺癌細胞株を一定期間培養した後、培養細胞について、MTT法(Carmichael et al., Cancer Res., vol. 47, pp. 936-942, 1987)等により生細胞数を測定することで、当該細胞株の増殖抑制活性を有する物質(抗癌剤)をスクリーニングする方法が好ましく挙げられる。
【0014】
ここで、当該スクリーニングの指標となる増殖抑制活性については、まず、候補物質の存在下で培養したヒト肺癌細胞株と、候補物質の非存在下で培養したヒト肺癌細胞株とについて、それぞれ上記生細胞数等の測定を行う。そして、候補物質の非存在下で培養した細胞株に比べて、候補物質の存在下で培養した細胞株の方が生細胞数が少ない場合は、当該候補物質は増殖抑制活性を有する物質(抗癌剤)であるとして選択することができる。
【0015】
(2)in vivoスクリーニング
本発明の抗癌剤のスクリーニング方法(in vivo)は、前述した通り、本発明のヒト肺癌細胞株を移植した免疫不全マウスを用いることを特徴とする方法であり、具体的には、本発明のヒト肺癌細胞株を移植した免疫不全マウスに候補物質を投与し、該細胞株由来の腫瘍の増殖抑制活性若しくは転移抑制活性又は当該マウスの生存期間延長活性を測定し、得られる測定結果を指標として抗癌剤をスクリーニングする方法である。
ここで、免疫不全マウスへのヒト肺癌細胞株の移植は、限定はされないが、同所移植(肺への移植)であることが好ましい。また、免疫不全マウスとしては、限定はされないが、例えば、サイクロスポリン処理したヌードマウス等が好ましく用いられる。
当該スクリーニング方法としては、詳しくは、例えば、本発明のヒト肺癌細胞株を移植し発癌(腫瘍)が確認された免疫不全マウスに、常法により一定期間候補物質を投与して、当該腫瘍の大きさ、転移巣の数やその大きさ、及び当該マウスの生死等を測定又は観察することで、抗癌剤をスクリーニングする方法が好ましく挙げられる。
【0016】
ここで、当該スクリーニングの指標となる、腫瘍の増殖抑制活性若しくは転移抑制活性又は当該マウスの生存期間延長活性については、まず、候補物質を投与した免疫不全マウスと、候補物質を投与していない免疫不全マウスとについて、それぞれ上記腫瘍の大きさ等の測定又は観察を行う。そして、候補物質を投与していないマウスに比べて、候補物質を投与したマウスの方が、腫瘍の大きさが小さい、転移巣の数が少なく、その大きさも小さい、又は生存数が多い場合は、当該候補物質は上記各種活性を有する抗癌剤であるとして選択することができる。
【0017】

以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0018】
1.ヒト肺癌細胞の採取及び培養
インフォームドコンセント(informed consent)が得られた大細胞神経内分泌肺癌患者の肺癌組織から、癌組織の小片(5mm大)を摘出して抗生物質(ペニシリン)で処理した後、鋏で細かく切断した。
その後、この組織片をフラスコ内の培養液に入れ、37℃で240時間培養した。培養液としては、無血清培地を用いた。培養開始当初、癌細胞は培養液に浮遊し集塊を形成していたが、その後、培地を血清培地に変更した以外は同培養条件下において、浮遊型の集塊の一部がフラスコの内壁に接着し付着型の細胞コロニーを形成した。このコロニーから細胞を分離してさらに培養し、一部を継代して、本発明のセルライン(ヒト肺癌細胞株)を樹立した。
【0019】
樹立したセルラインは、「Human Lung Cancer Cell Line, TMU-1」と称し、2008年9月25日付で、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305−8566 茨城県つくば市東1−1−1 中央第6)に寄託した(受領番号:FERM AP−21694)。
【0020】

2.結果、考察
樹立したセルライン(ヒト肺癌細胞株)は、図1に示した通り、形態学的に付着型及び浮遊型の2つのパターンを示すものであった。これら2つの形態は、個々に独立して存在するものではなく、付着型の細胞がフラスコ内壁面でコロニーを形成していくとともに、その一部が浮遊型に変化し、また他の部位に接着して新たに付着型のコロニーを形成するものであった。
一般的に、神経内分泌肺癌の代表である肺小細胞癌のセルラインは、主に浮遊型の形態的特徴を有し、腺癌や扁平上皮癌などの非小細胞癌のセルラインは、主に付着型の形態的特徴を有し、大細胞神経内分泌癌のセルラインは浮遊型及び付着型の両方の形態的特徴を有し得ることが知られているが、本発明において樹立したセルラインの細胞形態も浮遊型及び付着型の両方のパターンを示すものであった。ただし、従来知られている大細胞神経内分泌癌のセルラインは、浮遊型の形態のものを付着型の形態のものにするには、別途、コラーゲンゲル等をコーティングした培養容器に移して培養するなど、付着型の形態をとりやすいように予め培養条件を整える必要があったが、本発明のセルラインは、浮遊型の形態をとる培養条件下のままで自発的に付着型の形態をとることができ、さらに再び浮遊型の形態をとることができるものである点で、両者は明らかに異なる特徴を有するものであった。
【0021】
なお、本発明において樹立したセルラインは、神経内分泌物質(CD56)の免疫組織学的検査の結果(図2)や電子顕微鏡(SEM)による観察の結果(図3)等からみても、大細胞神経内分泌肺癌と同様の性質を有するものであることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明のヒト肺癌細胞株について、実体顕微鏡により観察した結果を示す写真である。Aが浮遊型の細胞形態、Bが付着型の細胞形態を示す。
【図2】本発明のヒト肺癌細胞株について、CD56(NCAM-1)による免疫組織染色後、生物顕微鏡(共焦点レーザ走査顕微)により観察した結果を示す写真である。
【図3】本発明のヒト肺癌細胞株について、電子顕微鏡(SEM)により観察した結果を示す写真である。矢印で示した箇所は、神経内分泌顆粒である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養細胞が付着型及び浮遊型の両方の形態をとり得ることを特徴とする、ヒト肺癌細胞株。
【請求項2】
前記両方の形態を自発的にとり得るものである、請求項1記載のヒト肺癌細胞株。
【請求項3】
前記付着型及び浮遊型の形態を交互にとり得るものである、請求項1又は2記載のヒト肺癌細胞株。
【請求項4】
前記付着型及び浮遊型の形態を同一の培養条件下でとり得るものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のヒト肺癌細胞株。
【請求項5】
受領番号がFERM AP−21694である、ヒト肺癌細胞株。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のヒト肺癌細胞株を用いることを特徴とする、抗癌剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
候補物質の存在下で請求項1〜5のいずれか1項に記載のヒト肺癌細胞株を培養し、該細胞株の増殖抑制活性を測定し、得られる測定結果を指標として抗癌剤をスクリーニングする方法。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のヒト肺癌細胞株を移植した免疫不全マウスを用いることを特徴とする、抗癌剤のスクリーニング方法。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のヒト肺癌細胞株を移植した免疫不全マウスに候補物質を投与し、該細胞株由来の腫瘍の増殖抑制活性若しくは転移抑制活性又は該マウスの生存期間延長活性を測定し、得られる測定結果を指標として抗癌剤をスクリーニングする方法。
【請求項10】
前記移植が同所移植である、請求項8又は9記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−81918(P2010−81918A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−257803(P2008−257803)
【出願日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】