説明

ヒトMLQを免疫原として得られたポリクローナル抗体

【課題】本発明の目的は、高等真核生物におけるミトコンドリアの内膜に局在するタンパク質であるMLQタンパク質を特異的に認識する、高感度のポリクローナル抗体や、その作製方法を提供することである。
【解決手段】本発明者らは、大腸菌タンパク質発現システムを利用し、大腸菌で発現させた配列番号1に示されるアミノ酸からなるポリペプチドを抗原としてポリクローナル抗体を作製することにより、MLQタンパク質を特異的に認識する、高感度のポリクローナル抗体を提供できることを見いだし、本発明を完成するに至った。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトMLQを免疫原として得られたポリクローナル抗体や、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
MLQ(6.8 kDa proteolipidとも呼ばれる)は、ウシの心筋から単離・同定されたタンパク質であり(非特許文献1)、またミトコンドリア内膜においてFATP(アデノシン3リン酸)合成酵素に結合していることが報告され(非特許文献2、3)、細胞内エネルギー生産制御に関与すると考えられる。生体におけるエネルギーの保存及び消費は、「エネルギー通貨」とも呼ばれるATPにより行われているが、細胞内のATP量は常に監視され、ATPの合成も制御されている。ATPの過剰や枯渇は、様々な疾患の発症につながる原因になると考えられており、ATP合成酵素の制御に関わる可能性があるMLQは、虚血等のATP枯渇による細胞死にも関与する可能性が考えられる。
【0003】
従来の技術では、MLQタンパク質配列にタグ配列を付加した人工タンパク質を細胞内で強制的に発現し、そのタグに対する抗体で強制発現したMLQタンパク質を検出することができたが、この方法では、内在性のMLQを検出することはできなかった。そこで、ウシMLQタンパク質の配列からなるペプチドを抗原としてニワトリやウサギに免疫し、MLQタンパク質を認識する抗体の作製が試みられたが、いずれもその特異性や検出感度が不十分であり、内在性のMLQタンパク質を認識するには不十分であるなどの問題があった(非特許文献2、3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Terzi E et al., FEBS Letters, 260, 122-126 (1990)
【非特許文献2】Meyer et al., Molecular & Cellular Proteomics, 6, 1690-1699 (2007)
【非特許文献3】Chen et al., FEBS Letters, 581, 3145-3148 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、高等真核生物におけるミトコンドリアの内膜に局在するタンパク質であるMLQタンパク質を特異的に認識する、高感度のポリクローナル抗体や、その製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、配列番号1に示されるアミノ酸からなるペプチドを、大腸菌タンパク質発現システムを利用して作製して抗原とし、かかる抗原を用いてポリクローナル抗体を作製することにより、MLQタンパク質を特異的に認識する、高感度のポリクローナル抗体を提供できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は大腸菌で発現させた、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる組換えポリペプチドを抗原として用いることにより得られる、MLQタンパク質を特異的に認識するポリクローナル抗体に関する。
【0008】
また、本発明はヒトMLQ遺伝子を大腸菌で発現させて得られる配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを抗原としてウサギに注射して免疫し、その後免疫したウサギの血清を得ることを特徴とする、MLQタンパク質を特異的に認識するポリクローナル抗体の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、特異性が非常に高く、MLQ以外のタンパク質には反応しない、抗MLQポリクローナル抗体を提供することができる。また、本発明の手法によって特異性の高い抗MLQポリクローナル抗体を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】作製した抗MLQポリクローナル抗体の抗体価をELISA法により検定した結果を示す図である。01、02は2羽のウサギを、免疫前は免疫前のウサギの血清を、全採血は免疫後のウサギの抗血清のサンプルであることを表す。
【図2】作製した抗MLQポリクローナル抗体が、ウェスタンブロッティングによってHeLa細胞のMLQタンパク質を特異的に検出できることを示した図である。Cytosolは細胞質画分を、mitochondriaはミトコンドリア画分を表す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者は、配列番号1に示されるヒトMLQタンパク質を抗原としてウサギに免疫することにより、特異性が高く感度が高い抗MLQポリクローナル抗体を作製することができることを見いだした。以下、本発明の実施の形態についてさらに具体的に説明する。
【0012】
本発明の大腸菌で発現させた、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる組換えポリペプチド(以下「本発明の抗原ポリペプチド」ということもある)は、その塩基配列情報により、遺伝子工学的手法を用いて大腸菌に導入して、常法にて調製することができる。このようにして得られる本発明のポリペプチドは、通常の方法に従って、例えばイオン交換樹脂、分配クロマトグラフィー、ゲルクロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、向流分配法等のペプチド化学の分野で汎用されている方法に従って、適宜その精製を行うことができる。
【0013】
本明細書において「抗体」とは、MLQタンパク質、その断片/部分ペプチドなど(以下の抗体に関する説明では、これらを総称して、「MLQタンパク質」という)に対して特異的に結合する抗体を包含する。ここで、「特異的に結合する」とは、上記抗体のMLQタンパク質に対する親和性が、他のアミノ酸配列からなるタンパク質に対する親和性と比較して実質的に高いことを意味しており、より具体的には、所定の測定装置によって、MLQタンパク質を他のアミノ酸配列から区別して検出することが可能な程度に高い親和性を上記抗体が有すること意味している。上記「高い親和性」とは、典型的には、結合定数(Ka)が少なくとも10−1、好ましくは、少なくとも10−1、より好ましくは、10−1、さらにより好ましくは、1010−1、1011−1、1012−1またはそれより高い、例えば、最高で1013−1またはそれより高いものであるような結合親和性を意味する。なお、本発明の抗MLQポリクローナル抗体は、そのクラスとして、IgG、IgM、IgA、IgD、IgE等のいずれのアイソタイプを含むのであってもよい。
【0014】
本発明の抗MLQポリクローナル抗体の製造方法としては、本発明の抗原ポリペプチドを抗原として作製される抗体であれば特に制限されないが、以下の例を挙げることができる。まず、本発明の抗原ポリペプチドを免疫用の動物に免疫する。免疫用の動物としては、ウサギ、マウス、ラット、ニワトリ、ブタ、ヤギ、ヒツジなどを挙げることができるが、中でもウサギが好ましい。抗原の動物1匹当たりの投与量は、動物の体の大きさに合わせて適宜調節することができるが、ウサギの場合でアジュバントを用いないときは0.1〜100mgであり、アジュバントを用いるときは10〜1000μgを好適に例示することができる。上記アジュバントとしては、特に制限されるものではないが、フロイント完全アジュバント(FCA)、フロイント不完全アジュバント(FIA)、水酸化アルミニウムアジュバント等を例として挙げることができる。免疫は、主として静脈内、皮下又は腹腔内等に注入することにより行うことができ、免疫の間隔や回数は特に限定されず、数日から数週間間隔、好ましくは5日〜5週間間隔、さらに好ましくは1〜3週間間隔で、1〜10回、好ましくは2〜6回免疫を行う。そして、最終の免疫日から6〜60日後に、抗血清を得る。血清中の抗体価は、価酵素免疫測定(ELISA)法、放射性免疫測定(RIA)法等で測定し、抗血清を得る時期を適宜調製することができる。得られた抗体の精製が必要とされる場合は、硫安塩析法、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過、アフィニティークロマトグラフィーなどの公知の方法を適宜選択して、単独又はこれらの方法を組み合わせて抗体を精製することができる。
【0015】
本発明の抗体は必要に応じて標識物質により標識することができ、上記標識物質としては、例えば、フルオレセインイソシアネート(FITC)ローダミン、フィコエリトリン、フルオレスカミン等の蛍光物質や、125I、32P、14C、35S、H等の放射性物質や、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ等の酵素を挙げることができる。また、本発明の抗体と、マーカータンパク質/マーカーペプチドとを融合させた融合タンパク質を作製することもでき、上記マーカータンパク質/マーカーペプチドとしては、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)、シアン蛍光タンパク質(CFP)、ルシフェラーゼ(luciferase)等の蛍光タンパク質や、HA、FLAG、Myc等のエピトープタグなどを挙げることができる。これらの標識化抗体を用いることにより、MLQタンパク質の生体内における局在や濃度を検討することができるほか、MLQタンパク質の機能解析を行うこともできる。上記標識化抗体を用いた免疫学的測定方法としては、例えば、ELISA法、RIA法、ウエスタンブロット法、免疫沈降法、プラーク法、スポット法、血球凝集反応法、オクタロニー法等の方法を挙げることができる。
【実施例】
【0016】
[抗原の準備・抗血清の回収]
ヒトMLQの配列はGenbank(NP_004885)より入手し、HeLa細胞からillustra RNAspin Mini RNA Isolation Kit(GE Healthcare社製)を用いて抽出したmRNAを鋳型として、配列番号1に示されるアミノ酸配列のヒトMLQ遺伝子をPCR法により増幅、分離した。このDNA配列をpETベクター(メルク社製)に組み込み、pETシステム(メルク社製)により大腸菌でタンパク質を発現させ、SDS−PAGE法により目的の配列番号1に示される58アミノ酸からなるタンパク質を単離した。このタンパク質(1mg)を日本白色種ウサギ2匹に週1回、全6回注射して免疫した後、最終の免疫から1週間後にその全血を採取し、血清を全回収した。この抗血清には保存料として0.09%のアジ化ナトリウムを加えた。
【0017】
[抗体価の検定]
抗体価の検定はELISA法により行った。この方法は、96穴プレートに抗原ペプチドを固相化し、血清(免疫前ウサギ血清と免疫後のウサギ抗血清の希釈系列(100倍、500倍、2,500倍、12,500倍、62,500倍、血清なし))を反応させ、洗浄後、POD(Peroxidase)標識抗ウサギ抗体(MBL社製、CODE458)と反応させた。これを洗浄後、TMB One Solution(プロメガ社製)にて呈色反応を行い、反応停止後、450nmにおける吸光度(OD450nm)を測定することで検定をおこなった。450nmにおける吸光度(OD450nm)の測定値を表1に、そのグラフを図1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
その結果、2羽のウサギ(01又は02)いずれから採取した免疫前の血清は、いずれの希釈倍率においても抗体価は見られなかったが、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチドを抗原として免疫した2羽のウサギ(01又は02)から採取した抗血清を用いた場合(全採血)は、希釈倍率に依存した抗体力価が見られ、希釈倍率2,500においても高い抗体力価を保持していることが確認された。この結果から、本発明の方法を用いることによって、抗MLQポリクローナル抗体を作製することができることが示された。
【0020】
[ウェスタンブロッティングによる単離ミトコンドリアのMLQタンパク質の検出]
作製した抗MLQポリクローナル抗体を用いて、ウェスタンブロッティングによってMLQタンパク質を検出した。HeLa細胞よりPallotti F, L. G. (2007) Methods Cell Biol. 80, 3-44に記載の方法を用いて細胞質画分及びミトコンドリア画分を単難し、SDS−PAGE(ポリアクリルアミドゲル電気泳動)法によりポリアクリルアミドゲル上でタンパク質を分子量で分離した。このタンパク質をポリアクリルアミドゲルからPVDF膜(Bio-Rad社製)に転写させ、ブロッキング液(2% ECL Advance blocking agent in TNT(GE Healthcare社製))でブロッキングした後、一次抗体として抗MLQポリクローナル抗体を反応させた。一次抗体は上記の抗血清をブロッキング液でそれぞれ5,000倍、10,000倍、50,000倍に希釈して用いた。TNTで洗浄後、10万倍に希釈したHRP(horseradish peroxidase)標識抗ウサギ抗体を二次抗体として用い、検出はECL Advance(GE Healthcare社製)により蛍光検出した(図2)。
【0021】
その結果、ミトコンドリア画分(mitochondria)のレーンにのみ、一次抗体が反応したバンドが一本だけ検出され、その分子量はMLQタンパク質の分子量に相当した。MLQタンパク質はミトコンドリアに局在し、細胞質へは局在していないタンパク質であるため、この結果は作製した抗MLQポリクローナル抗体が確かにMLQタンパク質のみを特異的に検出していることを示している。また、全ての希釈倍率において、希釈倍率50,000倍の一次抗体を用いた場合にもはっきりとMLQタンパク質のバンドが検出されていることは、本発明の抗MLQポリクローナル抗体が高い感度をもつ抗体であることを示している。すなわち、本発明の方法によって作製された本発明の抗MLQポリクローナル抗体が、高い親和性と特異性を持つことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0022】
MLQはFATP合成酵素に含まれており、細胞内エネルギー生産制御に関与する可能性があり、細胞内で枯渇するエネルギーの効率のよい再生産に関与する可能性のある因子である。虚血等の疾患においては細胞内のATPが枯渇する現象が知られており、MLQは虚血による細胞の壊死にも関与する可能性がある。従って、本発明のポリクローナル抗体は疾患基礎研究での用途にとどまらず、疾患マーカーとしての研究への応用も期待され、診断薬として用いることにより、疾患マーカーの測定キットとしての工業化も可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大腸菌で発現させた、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる組換えポリペプチドを抗原として用いることにより得られる、MLQタンパク質を特異的に認識するポリクローナル抗体。
【請求項2】
ヒトMLQ遺伝子を大腸菌で発現させて得られる配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを抗原としてウサギに注射して免疫し、その後免疫したウサギの血清を得ることを特徴とする、MLQタンパク質を特異的に認識するポリクローナル抗体の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−184210(P2012−184210A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−49980(P2011−49980)
【出願日】平成23年3月8日(2011.3.8)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】