説明

ヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒

【課題】ヒドラジン、その誘導体等のヒドラジン化合物の電気化学的酸化反応に対して有効な触媒であって、特に、ヒドラジン化合物を燃料とする固体高分子形燃料電池において、アノード触媒として良好な活性を有する低コストの触媒を提供する。
【解決手段】金属成分として8族元素又は9族元素を含み、配位子として窒素含有多環式化合物を含む金属錯体からなる、ヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池としては、アルカリ型燃料電池、固体高分子形燃料電池、固体電解質型燃料電池、リン酸型燃料電池、溶融炭酸塩型燃料電池などの各種のものが知られており、特に最近は、比較的低温で運転が可能な固体高分子形燃料電池の性能向上が著しく、車載用燃料電池の最有力候補として脚光を浴びている。
【0003】
燃料電池池用の燃料としては、水素ガスやメタノールが広く用いられているが、近年、ヒドラジンが、液体燃料であるために充填時の取り扱い性が容易であって、炭酸ガスを生成せず、エネルギー密度が高く、合成可能な循環型燃料として注目を集めている。
【0004】
固体高分子形燃料電池についても、ヒドラジンを燃料とする燃料電池が知られており(下記特許文献1参照)、ヒドラジンを燃料とする燃料電池のアノード触媒としてコバルトを用いることが報告されている(下記特許文献2参照)。その他に、ヒドラジンを燃料とする燃料電池のアノード触媒としては、コバルト、白金、ニッケル等が報告されている(下記非特許文献1、2参照)。しかしながら、これらの触媒は、バルク状の金属や金属粉末を用いるものであり、特に、白金などの貴金属触媒は、高価であるために、工業的実用性に乏しいという問題点がある。
【0005】
更に、ヒドラジンは、気化吸引、皮膚への接触等により中毒症状を起こしやすいことも知られており、安全性への対策が必要である。このため、ヒドラジンをそのまま用いることなく、より毒性の低いヒドラジン誘導体として、燃料電池用の燃料とすることが期待される。
【0006】
しかしながら、従来知られているヒドラジン用金属触媒は、ヒドラジン誘導体に対する酸化活性が不十分であり、ヒドラジン誘導体を燃料とする燃料電池は実用化には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭61-42875
【特許文献2】特開2006-244961
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】J. Power Sources 191 (2009) 362-365
【非特許文献2】Angew. Chem. Int. Ed. 46 (2007) 8024-8027
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記した従来技術の現状に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、ヒドラジン、その誘導体等のヒドラジン化合物の電気化学的酸化反応に対して有効な触媒であって、特に、ヒドラジン化合物を燃料とする固体高分子形燃料電池において、アノード触媒として良好な活性を有する低コストの触媒を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記した目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、金属成分として8族元素又は9族元素を含み、配位子として窒素含有多環式化合物を含む金属錯体が、ヒドラジンだけでなく、ヒドラジン誘導体に対しても電気化学的酸化触媒として良好な活性を有し、ヒドラジン化合物を燃料とする固体高分子形燃料電池のアノード触媒として有効に作用することを見出し、ここに本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明は、下記のヒドラジン化合物に対する電気化学的酸化用触媒及びその用途を提供するものである。
項1. 金属成分として8族元素又は9族元素を含み、配位子として窒素含有多環式化合物を含む金属錯体からなる、ヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒。
項2. 金属成分が、鉄、ルテニウム、コバルト又はロジウムであり、配位子がポルフィリン化合物、フタロシアニン化合物又はサレン化合物である上記項1に記載のヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒。
項3. 金属錯体が導電性担体に担持されたものである上記項1又は2に記載のヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒。
項4. ヒドラジン化合物が、ヒドラジン、ヒドラジン水和物、及びヒドラジン誘導体からなる群から選ばれた少なくとも一種の化合物である、上記項1〜3のいずれかに記載のヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒。
項5. ヒドラジン誘導体が、一般式
【0012】
【化1】

【0013】
(式中、X1は、水素原子又は低級アルキル基を示す。)で表されるカルバジン酸エステル、及び一般式
【0014】
【化2】

【0015】
(式中、X2及びX3は、同一又は異なって、-NH2、水素原子又は低級アルキル基を示す。)で表されるカルバジン酸アミドからなる群から選ばれた少なくとも一種の化合物である上記項4に記載のヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒。
項6. ヒドラジン化合物を燃料とする固体高分子形燃料電池のアノード極用触媒である上記項1〜5のいずれかに記載の触媒。
項7. 上記項6の触媒をアノード極用触媒として含む、ヒドラジン化合物を燃料とする固体高分子形燃料電池。
【0016】
以下、本発明のヒドラジン化合物に対する電気化学的酸化用触媒について具体的に説明する。
【0017】
ヒドラジン化合物の電気化学的酸化触媒
本発明のヒドラジン化合物に対する電気化学的酸化用触媒は、金属成分として、8族元素又は9族元素を含み、配位子として窒素含有多環式化合物を含む金属錯体である。
【0018】
これらの内で、8族元素としては、鉄、ルテニウムなどを例示でき、9族元素としては、コバルト、ロジウムなど例示できる。また、配位子として用いる窒素含有多環式化合物としては、ポルフィリン化合物、フタロシアニン化合物、サレン化合物等を例示できる。
【0019】
これらの特定の金属錯体は、ヒドラジン化合物の電気化学的酸化反応に対して良好な活性を有し、特に、従来の金属触媒では電気化学的酸化反応を効率よく進行させることが困難であったヒドラジン誘導体に対しても十分な活性を示し、電極酸化反応を効率良く進行させることができる。
【0020】
このため、本発明の触媒を、固体高分子形燃料電池におけるアノード触媒として用いることによって、ヒドラジン誘導体を燃料として用いる場合にも、効率よく燃料電池を作動させることができる。また、本発明の触媒は、金属錯体を有効成分とするものであり、バルク状態の金属を有効成分とする触媒と比較して安価な触媒である。
【0021】
本発明の触媒は、8族元素又は9族元素を金属成分として含み、配位子として、窒素含有多環式化合物を含む金属錯体であればよく、配位子の具体的な構造については特に限定的ではない。
【0022】
以下、本発明の触媒の有効成分である金属錯体について、好ましい具体例を示す。
【0023】
(1)化学式:
【0024】
【化3】

【0025】
(式中、R〜R12は、同一又は異なって、それぞれ、アルキル基、置換基を有することのあるアリール基、水素原子又はハロゲン原子を示し、Mは、8族元素又は9族元素を示す。)で表される金属ポルフィリン錯体。
【0026】
上記化学式において、Mで表される中心金属元素は、8族元素又は9族元素であり、具体例として、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウムなどを挙げることができる。
【0027】
〜R12は、同一又は異なって、それぞれ、アルキル基、置換基を有することのあるアリール基、水素原子又はハロゲン原子を示す。これらの内で、アルキル基としては、メチル、エチル、イソプロピル、n−プロピル、t−ブチル、sec−ブチル、n−ブチル、イソブチル、n−ペンチルなどの炭素数1〜5程度の直鎖状又は分岐鎖状の低級アルキル基が好ましい。また、ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素などが好ましい。置換基を有することのあるアリール基としては、フェニル基、置換基を有するフェニル基、ピリジル基、置換基を有するピリジル基等が好ましい。
【0028】
これらの内で、R、R、R及びR10が全て置換基を有することのあるアリール基である場合には、メソ位が化学的に保護されているために、酸化反応などに対する安定性が高くなる。
【0029】
置換基を有するアリール基の内で、置換基を有するピリジル基としては、1−メチルピリジル基等を例示できる。置換基を有するフェニル基における置換基としては、低級アルコシキ基、低級アルキル基、ハロゲン原子、−SO(式中、Mは水素原子、アルカリ金属又は−NHである)、−COOM(式中、Mは水素原子、アルカリ金属、−NH又はアルキル基である)、−OCH−COOM(式中、Mは水素原子、アルカリ金属、−NH又はアルキル基である)等を例示できる。
【0030】
これらの内で、置換基として低級アルコキシ基を有するフェニル基としてはパラ-メトキシフェニル基等、置換基として低級アルキル基を有するフェニル基としては、パラ-メチルフェニル基、2,4,6-トリメチルフェニル基等、置換基としてハロゲン原子を有するフェニル基としてはペンタフルオロフェニル基等を例示できる。
【0031】
フェニル基の置換基の内で、−SOでは、Mは水素原子、アルカリ金属又は−NHである。これらの内で、アルカリ金属としては、K、Na等を例示できる。フェニル基の置換基の内で、−COOMでは、Mは水素原子、アルカリ金属、−NH又はアルキル基である。これらの内で、アルカリ金属としては、K、Na等を例示できる。アルキル基としては、上記した基と同様の基を例示できる。また、フェニル基の置換基の内で、−OCH−COOMでは、Mは水素原子、アルカリ金属、−NH又はアルキル基である。これらの内で、アルカリ金属としては、K、Na等を例示できる。アルキル基としては、上記した基と同様の基を例示できる。
【0032】
−SO、−COOM、−OCH−COOM等の置換基は、例えばフェニル基の4位に置換することができるが、これに限定されるものではない。
【0033】
上記化学式で表されるポルフィリン錯体の代表例として、R1, R4, R7及びR10が置換基を有することのあるフェニル基であって、R2, R3, R5, R6, R8, R9, R11及びR12が水素原子であるテトラフェニルポリフィリン錯体; R1, R4, R7及びR10が水素原子であって、R2, R3, R5, R6, R8, R9, R11及びR12が低級アルキル基であるオクタアルキルポリフィリン錯体等を挙げることができる。
【0034】
(2)化学式
【0035】
【化4】

【0036】
(式中、R〜Rは、同一又は異なって、それぞれ、水素原子、アルキル基、ヒドロキシアルキル基、アルケニル基、基:-SO3M1(式中、M1は、水素原子、アルカリ金属又は−NHである)、又は基:−R−COOM2(式中、Rは直鎖状又は分岐鎖状のアルキレン基であり、Mは水素原子、アルカリ金属又はアルキル基である)を示すか、或いは、R1とR2、R3とR4、R5とR6、R7とR8の各組み合わせの少なくとも一組は互いに結合して、これらの各基が結合する炭素原子と共に、置換基を有することのある芳香族環を形成してもよい。Mは、8族元素又は9族元素を示す。但し、R〜Rの少なくとも一つは、基:−R−COOM2である)で表される金属ポルフィリン錯体。
【0037】
上記化学式において、Mで表される中心金属元素は、8族元素又は9族元素であり、具体例として、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウムなどを挙げることができる。
【0038】
上記化学式において、アルキル基としては、メチル、エチル、イソプロピル、n−プロピル、t−ブチル、sec−ブチル、n−ブチル、イソブチル、n−ペンチルなどの炭素数1〜5程度の直鎖状又は分岐鎖状の低級アルキル基が好ましい。
【0039】
ヒドロキシアルキル基のアルキル基部分としては、メチル、エチル、イソプロピル、n−プロピル、t−ブチル、sec−ブチル、n−ブチル、イソブチル、n−ペンチルなどの炭素数1〜5程度の直鎖状又は分枝鎖状の低級アルキル基を例示できる。ヒドロキシ基は、該アルキル基の任意の炭素原子に置換することができる。
【0040】
アルケニル基としては、例えばビニル、アリル、2−ブテニル、3−ブテニル、1−メチルアリル、2−ペンテニル、2−ヘキセニル基等の炭素数2〜6の直鎖又は分枝鎖状アルケニル基を挙げることができる。
【0041】
基:-SO3M1において、M1は水素原子、アルカリ金属又は−NHである。これらの内で、アルカリ金属としては、K、Na等を例示できる。
【0042】
基:−R−COOM2において、R9で表されるアルキレン基としては、例えばメチレン、エチレン、トリメチレン、2−メチルトリメチレン、2,2−ジメチルトリメチレン、1−メチルトリメチレン、メチルメチレン、エチルメチレン、テトラメチレン、ペンタメチレン、ヘキサメチレン基等の炭素数1〜6の直鎖又は分枝鎖状アルキレン基を例示できる。M2で表されるアルキル基とアルカリ金属は、上記したものと同様である。
【0043】
(3)化学式
【0044】
【化5】

【0045】
(式中、R〜R16は、同一又は異なって、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシル基、ハロゲン原子又はスルホン酸基を示すか、或いは、RとR、RとR、R10とR11、R14とR15の各組み合わせの少なくとも一組は互いに結合して、これらの各基が結合する炭素原子と共に、置換基を有することのある芳香族環を形成してもよい。また、Mは、8族元素又は9族元素を示す。)で表される金属フタロシアニン錯体。
【0046】
上記化学式において、Mで表される中心金属元素は、8族元素又は9族元素であり、具体例として、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウムなどを挙げることができる。
【0047】
上記化学式において、R〜R16は、同一又は異なって、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシル基、ハロゲン原子又はスルホン酸基を示す。更に、これらの内で、RとR、RとR、R10とR11、R14とR15の各組み合わせの少なくとも一組は互いに結合して、これらの各基が結合する炭素原子と共に、置換基を有することのある芳香族環を形成してもよい。
【0048】
これらの内で、アルキル基としては、メチル、エチル、イソプロピル、n−プロピル、t−ブチル、sec−ブチル、n−ブチル、イソブチル、n−ペンチルなどの炭素数1〜5程度の直鎖状又は分岐鎖状の低級アルキル基が好ましい。アルコキシ基としては、例えば、メトキシ、エトキシ、n−プロポキシ、イソプロポキシ、n−ブトキシ、tert−ブトキシ、n−ペンチルオキシ、n−ヘキシルオキシ基等の炭素数1〜6の直鎖又は分枝鎖状アルコキシル基が好ましい。また、ハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素などが好ましい。
【0049】
また、RとR、RとR、R10とR11、R14とR15の各組み合わせが互いに結合して、これらの各基が結合する炭素原子と共に、置換基を有することのある芳香族環を形成した化合物として、下記化学式
【0050】
【化6】

【0051】
で表される化合物を例示できる。上記化学式において、R17〜R32は、同一又は異なって、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシル基、ハロゲン原子又はスルホン酸基を示す。これらの各基の具体例は、R〜R16と同様である。
【0052】
(4)化学式:
【0053】
【化7】

【0054】
(式中、Mは、8族元素又は9族元素を示す。)で表される金属サレン錯体。
【0055】
上記化学式において、Mで表される中心金属元素は、8族元素又は9族元素であり、具体例として、鉄、ルテニウム、コバルト、ロジウムなどを挙げることができる。
【0056】
尚、上記したサレン錯体では、サレン環上に任意の置換基が存在しても良い。
【0057】
金属錯体の製造方法
上記した金属錯体は、例えば、目的とする錯体の配位子となる化合物と金属化合物を溶媒中に溶解し、加熱することによって製造することができる。
【0058】
溶媒としては、配位子となる化合物と金属化合物を溶解できる溶媒を用いればよく、例えば、エタノール、ジメチルフォルムアミドなどを用いることができる。加熱温度については、例えば、使用する溶媒の還流温度とすればよい。
【0059】
担持触媒
上記した金属錯体は、導電性担体に担持させることにより、ヒドラジン化合物の電気化学的酸化反応に対して高い触媒活性を有するものとすることができる。
【0060】
導電性担体としては、特に限定はなく、例えば、従来から固体高分子形燃料電池用の触媒担体等として用いられている各種の担体を用いることができる。この様な担体の具体例としては、カーボンブラック、活性炭、黒鉛等の炭素質材料を挙げることができる。これらの内で、カーボンブラックは、導電性に優れ、比表面積も大きいために、導電性担体として特に好ましい物質である。
【0061】
導電性担体の形状などについては特に限定はないが、例えば、平均粒径が0.1〜100μm程度、好ましくは1〜10μm程度のものを用いることができる。また、カーボンブラックを用いる場合には、例えば、BET法による比表面積が100〜800m/g程度の範囲内にあるものが好ましく、200〜300 m/g程度の範囲内にあるものがより好ましい。この様なカーボンブラックの具体例としては、Vulcan XC-72R(Cabot社製)の商標名で市販されているものを挙げることができる。
【0062】
導電性担体に担持させる方法としては、例えば、溶解乾燥法、気相法などの公知の方法を適用できる。
【0063】
例えば、溶解乾燥法では、金属錯体を有機溶媒に溶解させ、この溶液に導電性担体を加えて、例えば、数時間撹拌して、該担体に金属錯体を吸着させた後、有機溶媒を乾燥させればよい。また、有機溶媒中に金属錯体が多量に含まれる場合には、平衡に達するまで金属錯体を導電性担体に吸着させた後、濾過することによって、導電性担体に吸着していない金属錯体を除去して、該担体と相互作用している金属錯体のみを該担体の表面に残すことができる。
【0064】
この方法では、有機溶媒としては、金属錯体を溶解できるものであれば、特に限定なく使用できる。例えば、ジクロロメタン、クロロホルム等の塩素系炭化水素やエタノールなど低級アルコールを好適に用いることができる。
【0065】
濾過によって得られた分散物を、さらに有機溶媒を用いて洗浄液が透明になるまで洗浄すれば、導電性担体との相互作用の弱い金属錯体を洗い流すことができ、導電性担体に強固に吸着している金属錯体のみを含む高活性な触媒を得ることができる。
【0066】
気相法で担持させる場合には、例えば、プラズマ蒸着法、CVD法、加熱蒸着法などを公知の方法を採用できる。
【0067】
導電性担体上に担持させる金属錯体の量については、特に限定はないが、例えば、導電性担体1gに対して、金属錯体を10μmol〜1000μmol程度担持させることが好ましく、20μmol〜100μmol程度担持させることがより好ましい。
【0068】
本発明触媒の用途
上記した金属錯体は、ヒドラジン化合物の電気化学的酸化反応に対して優れた触媒活性を有するものである。
【0069】
本発明の触媒については、電気化学的酸化反応の対象となるヒドラジン化合物は、特に限定的ではなく、ヒドラジン、ヒドラジン水和物の他、各種のヒドラジン誘導体に対して良好な電気化学的酸化活性を示す。
【0070】
ヒドラジン誘導体の具体例としては、下記一般式
【0071】
【化8】

【0072】
(式中、X1は、水素原子又は低級アルキル基を示す。)で表されるカルバジン酸エステル、下記一般式
【0073】
【化9】

【0074】
(式中、X2及びX3は、同一又は異なって、-NH2、水素原子又は低級アルキル基を示す。)で表されるカルバジン酸アミドなどを挙げることができる。
【0075】
上記各一般式において、低級アルキル基としては、炭素数1〜5程度の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基を挙げることができ、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、イソブチル、tert−ブチル、sec−ブチル、n−ペンチル、1−エチルプロピル、イソペンチル、ネオペンチル等を例示できる。
【0076】
上記一般式で表されるカルバジン酸エステルの具体例としては、メチルカルバゼート等を挙げることができ、カルバジン酸アミドの具体例としては、カルボヒドラジド等を挙げることができる。
【0077】
本発明の触媒を用いることによって、低い過電圧で上記した各種のヒドラジン化合物の電気化学的酸化反応を進行させることができる。本発明の触媒は、この様な優れた特性を利用して、ヒドラジン化合物の電気化学的酸化反応を利用する各種の用途に用いることができる。
【0078】
例えば、ヒドラジン化合物を燃料とする固体高分子形燃料電池におけるアノード極用触媒として本発明の触媒を用いることによって、該燃料電池を有効に作動させることが可能となり、バルク状の金属触媒を用いる場合と比較すると、低コストの燃料電池とすることができる。特に、従来の金属触媒では十分な活性が得られなかったヒドラジン誘導体を燃料とする場合にも、本発明の触媒を用いることによって固体高分子形燃料電池を有効に作動させることが可能となり、安全性の高い燃料電池とすることができる。
【0079】
ヒドラジン化合物を燃料とする固体高分子形燃料電池の構造については、特に限定的ではなく、例えば、高分子イオン交換膜を電解質層として用い、該電解質層を挟んで対向配置される燃料側電極(アノード極)と酸素側電極(カソード極)とを備えた構造とすることができる。本発明の触媒は、この様な構造の固体高分子形燃料電池におけるアノード極用触媒として有効に利用できる。この場合、高分子イオン交換膜としては、アニオン交換膜及びカチオン交換膜のいずれも用いることが可能であるが、特に、アニオン交換膜を電解質層として用いる場合には、カソードで生成するOHが膜中を移動して燃料極において、ヒドラジン化合物の酸化反応を進行させることができ、アノード極で生じるヒドラジン化合物の分解物が膜中を移動することを防止でき、効率の良い発電が可能となる。
【0080】
アニオン交換膜の種類については特に限定されず、目的とする電池性能を発揮させるために十分な陰イオン交換容量を有し、十分な耐久性と強度を有するものであればよい。例えば、四級アンモニウム基、ピリジニウム基、イミダゾリウム基、ホスホニウム基、スルホニウム基などの陰イオン交換基を有する炭化水素系樹脂(例えば、ポリスチレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレン、ポリベンズイミダゾール、ポリイミド、ポリアリーレンエーテル等)、フッ素系樹脂などの固体高分子からなる陰イオン交換膜を用いることができる。
【0081】
カソード極に使用する触媒としては、従来から電極触媒として知られている金属、金属合金、金属錯体などの各種の触媒を用いることができる。例えば、金属種としては、従来の固体高分子形燃料電池で使用される白金、パラジウム、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、金などの貴金属の他、ニッケル、銀、コバルト、鉄、銅、亜鉛などの卑金属を用いることができる。これらの金属の中から選ばれた単一の金属触媒や金属錯体、あるいは二種以上の金属の任意の組合せからなる合金や金属錯体の複合体等を使用することができる。また、上記から選ばれる金属触媒と別の金属酸化物との複合触媒、触媒微粒子をカーボンや金属酸化物などの担体上に分散させた担持触媒として使用することも可能である。
【0082】
アノード極及びカソード極における触媒成分の量については、特に限定的ではなく、アノード反応とカソード反応が円滑に進行するように適宜決定すればよい。
【0083】
本発明の触媒を用いる燃料電池の具体的な構造については、前述した通り、イオン交換膜を電解質層として用い、該電解質層を挟んで対向配置される燃料側電極(アノード極)と酸素側電極(カソード極)とを備えた構造であればよく、具体的な構造については、公知の燃料電池と同様の構造とすればよい。例えば、カソード及びアノードとなるそれぞれの電極層と電解質層は、従来の燃料電池と同様に接合体として用いることができる。電極層と電解質膜との接合体は、公知の方法により作製できる。例えば、触媒粉末と樹脂溶液とを混合して作製した触媒インクを薄膜化させた後、電解質膜上にホットプレスする方法や直接電解質膜上に塗布・乾燥するなどの方法を適用できる。
【発明の効果】
【0084】
以上の通り、本発明の触媒は、ヒドラジン化合物の電気化学的酸化反応に対して優れた活性を有するものであり、ヒドラジン化合物を燃料として用いる固体高分子形燃料電池におけるアノード触媒として有効に使用できる。
【0085】
特に、本発明の触媒は、従来の金属触媒では活性が低いヒドラジン誘導体の電気化学的酸化反応に対しても良好な活性を有するものであり、ヒドラジンと比較して安全性の高いヒドラジン誘導体を燃料として、固体高分子形燃料電池を有効に作動させることができる。また、本発明触媒の有効成分である金属錯体は、バルク状の金属と比較して少ない金属成分量で十分な活性を有するものであり、該金属錯体をアノード触媒として用いることによって、固体高分子形燃料電池の低コスト化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】実施例1で測定したヒドラジンに対するサイクリックボルタモグラムの測定結果を示すグラフ。
【図2】実施例1で測定したカルボヒドラジドに対するサイクリックボルタモグラムの測定結果を示すグラフ。
【図3】実施例1で測定したメチルカルバゼートに対するサイクリックボルタモグラムの測定結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0087】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
【0088】
実施例1
(i)担持カーボン触媒の作製
下記表1に示す各金属錯体を触媒成分として用い、各金属錯体を溶媒中に溶解させた後、この溶液にカーボンブラック(比表面積250 m/g、商標名:Vulcan XC 72R、Cabot社製)を30 mg加えた。溶媒としては、実施例1, 3, 6, 7, 8においてはジクロロメタン、実施例2においては蒸留水、実施例4,5においてはジメチルフォルムアミド、実施例9においてはエタノールを用い、溶媒の使用量はすべて20mLとした。各溶液における金属錯体の添加量は0.9マイクロモルとした。
【0089】
次いで、カーボンブラックを懸濁させた各溶液について、超音波洗浄機を用いてカーボンブラックをよく分散させた後、ロータリーエバポレーターによって溶媒を留去することにより、各金属錯体をカーボンブラックに担持させた。
【0090】
(ii)触媒活性の評価
上記した方法で各金属錯体をカーボンブラックに担持させた触媒を乳鉢で破砕し、5 mgを0.5 mLの混合溶媒(水:エタノール = 1 : 1)に懸濁させたのち、5 μLの5 % Nafion溶液 (Aldrich製)を加えた。この懸濁液を5分間超音波洗浄器に掛けることで、よく分散させた後、回転ディスク電極(直径3mm)の上に2 μLのせて乾燥させた。
【0091】
ヒドラジン化合物に対する各触媒の酸化活性評価は、エー・エル・エス製のポテンショスタット(ALS model 711B)を用いて行った。触媒を塗布したグラッシーカーボンの回転ディスク電極を作用電極とし、白金電極を対極、Ag/AgCl/KCl(sat.)電極を参照電極として用いた。
【0092】
ヒドラジン化合物としては、ヒドラジン、カルボヒドラジド、及びメチルカルバゼートを用い、電解液としては、1 M NaOHを用いた。この電解液に、1mol/Lとなるように各ヒドラジン化合物を加え、アルゴンをバブリングすることによって溶存酸素を除去した後、掃引速度10 mV/sでサイクリックボルタモグラムを測定した。測定中は、溶液の上部にアルゴンガスを吹き付けることにより酸素が混入しないようにした。
【0093】
実施例1のコバルトオクタエチルポルフィリンをカーボンブラックに担持させた触媒について、ヒドラジン、カルボヒドラジド、及びメチルカルバゼートの各ヒドラジン化合物を溶解した電解液中でのサイクリックボルタモグラムの測定結果を図1〜図3に示す。尚、図1〜3のサイクリックボルタモグラムでは、酸化電流を負の値で示す。
【0094】
図1は、ヒドラジンについての測定結果を示すものであり、-0.6 V付近から酸化電流が流れ始め、電位が正になるに従って酸化電流は急速に上昇し-0.4 Vのときの電流値は1.7 mA(電流密度では24 mA/cm2)を越えた。図2はカルボヒドラジドについての測定結果を示すものであり、-0.6 V付近から酸化電流が流れ始め、-0.4 Vのときの電流値は1.5 mA(電流密度では21 mA/cm2)を越えた。図3はメチルカルバゼートについての測定結果を示すものであり、-0.5 V付近から電流が流れ始め、-0.4 Vのときの電流値は0.13 mA(電流密度では1.8 mA/cm2)を越えた。
【0095】
以上の結果から明らかなように、コバルトオクタエチルポルフィリンをカーボンブラックに担持させた触媒は、ヒドラジン、カルボヒドラジド、及びメチルカルバゼートの各ヒドラジン化合物に対して酸化電流を与え、これらの化合物を電気化学的に酸化できることが明らかになった。
【0096】
下記表1に、実施例1〜実施例9における各金属錯体を触媒成分として、上記担持カーボン触媒の作製方法と同様の方法で得られた担持触媒について、上記した触媒活性の評価方法で求めた-0.4 Vのときの金属1gあたりの電流値(A/g)を示す。この結果から、実施例1〜9の各金属錯体は、ヒドラジン、カルボヒドラジド、及びメチルカルバゼートに対して電気化学的酸化反応用触媒として有効に作用することが確認できた。
【0097】
【表1】

【0098】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属成分として8族元素又は9族元素を含み、配位子として窒素含有多環式化合物を含む金属錯体からなる、ヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒。
【請求項2】
金属成分が、鉄、ルテニウム、コバルト又はロジウムであり、配位子がポルフィリン化合物、フタロシアニン化合物又はサレン化合物である請求項1に記載のヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒。
【請求項3】
金属錯体が導電性担体に担持されたものである請求項1又は2に記載のヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒。
【請求項4】
ヒドラジン化合物が、ヒドラジン、ヒドラジン水和物、及びヒドラジン誘導体からなる群から選ばれた少なくとも一種の化合物である、請求項1〜3のいずれかに記載のヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒。
【請求項5】
ヒドラジン誘導体が、一般式
【化1】

(式中、X1は、水素原子又は低級アルキル基を示す。)で表されるカルバジン酸エステル、及び一般式
【化2】

(式中、X2及びX3は、同一又は異なって、-NH2、水素原子又は低級アルキル基を示す。)で表されるカルバジン酸アミドからなる群から選ばれた少なくとも一種の化合物である請求項4に記載のヒドラジン化合物の電気化学的酸化用触媒。
【請求項6】
ヒドラジン化合物を燃料とする固体高分子形燃料電池のアノード極用触媒である請求項1〜5のいずれかに記載の触媒。
【請求項7】
請求項6の触媒をアノード極用触媒として含む、ヒドラジン化合物を燃料とする固体高分子形燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−101826(P2013−101826A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−244820(P2011−244820)
【出願日】平成23年11月8日(2011.11.8)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】