説明

ヒドロキシプロペニレン化合物の製造方法

【課題】Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体を触媒として用いた新たな製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の製造方法は、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の存在下、プロペニレン化合物を酸化して、3−ヒドロキシプロペニレン化合物を得る工程を有する。プロペニレン化合物の酸化反応は、水含有溶媒中でも行うことができる。プロペニレン化合物としてはシクロヘキセンまたはその誘導体を用いることが好ましく、その結果、3−ヒドロキシプロペニレン化合物として2−シクロヘキセン−1−オールまたはその誘導体が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2−シクロヘキセン−1−オール等のヒドロキシプロペニレン化合物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ゼオライト空孔内に固定された鉄錯体の触媒への適用が様々検討されている。ゼオライト空孔内に固定された鉄錯体はいわゆる不均一系触媒として使用することができ、液相または気相の反応系から触媒を分離することが容易である。従って、このような触媒は工業的に非常に有用である。
【0003】
ゼオライト空孔内に固定された鉄錯体の触媒への適用に関し、例えば、非特許文献1には、触媒としてY型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体を用い、過酸化水素によりシクロヘキサンやトルエンを酸化させる方法が開示されている。非特許文献2には、触媒としてY型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(5,7,12,14−テトラメチル−1,4,8,11−テトラアザシクロテトラデカ−4,6,11,13−テトラエン)錯体を用い、PhIOによりシクロヘキセンを酸化させる方法が開示されている。
【0004】
このように、ゼオライトに内包された鉄錯体は不均一系触媒として使用可能であることから、鉄錯体をそのまま用いる場合と比べて、触媒としての工業的適用可能性が期待される。しかし、実際にどのような反応に適用可能であるか、その報告例は限られている。特に、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体は製造が比較的容易であり、その触媒用途が様々確認されれば工業的に非常に有用となる可能性を有しているにも関わらず、実際に確認された触媒用途は限られているのが実情である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】K. Moriら、ザ・ジャーナル・オブ・フィジカル・ケミストリー・シー(The Journal of Physical Chemistry C)、2008年、第112巻、p.2593−2600
【非特許文献2】J. C. Medinaら、ジャーナル・オブ・モレキュラー・カタリシス・エー(Journal of Molecular Catalysis A)、1997年、第115巻、p.233−239
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は前記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の酸化触媒としての新たな用途を提供し、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体を触媒として用いた新たな製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った。その結果、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体を触媒として用いることにより、プロペニレン化合物を酸化させて3−ヒドロキシプロペニレン化合物を高選択率で生成できることを見出した。つまり、本発明の製造方法は、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の存在下、プロペニレン化合物を酸化して、3−ヒドロキシプロペニレン化合物を得る工程を有するところに特徴を有する。
【0008】
本発明の製造方法は、有機溶媒中でも水含有溶媒中でも酸化反応を行うことができる。例えば、溶媒の一部または全部として水を用いれば、有機溶媒の使用量を減らすことができ、環境負荷の低い製造プロセスを実現できる。従って、このような点から、本発明の製造方法では、酸化反応を、水を20質量%以上含有する溶媒中で行うことが好ましい。
【0009】
本発明の製造方法では、前記プロペニレン化合物としてシクロヘキセンまたはその誘導体を用い、前記3−ヒドロキシプロペニレン化合物として2−シクロヘキセン−1−オールまたはその誘導体を得ることが好ましい。また本発明の製造方法では、前記3−ヒドロキシプロペニレン化合物を75%以上の選択率で得るようにすることが、製造効率を高める点で好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の製造方法によれば、プロペニレン化合物から3−ヒドロキシプロペニレン化合物を高選択率で製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の製造方法は、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の存在下、プロペニレン化合物を酸化して、3−ヒドロキシプロペニレン化合物を得る工程を有するものである。本発明の製造方法によれば、プロペニレン化合物を酸化反応させることにより、3−ヒドロキシプロペニレン化合物を高選択率で得ることができる。本発明では、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体が酸化触媒として用いられる(以下、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体を、「本発明の錯体」と称する場合がある)。
【0012】
本発明の触媒に用いられるY型ゼオライトはゼオライトの一種であり、ゲスト分子を内包可能な空孔を有している。本発明では、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体がゲスト分子としてY型ゼオライトの空孔中に固定され、その結果、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の酸化触媒としての触媒性能(例えば、反応選択性等)が高められる。
【0013】
Y型ゼオライトは、負電荷を有するアルミノシリケートからなる格子構造中に対カチオンが挿入された構造を有しており、一般に、MmAlnSi192-n384・xH2O(Mは対カチオンを表し、m,xは正の実数を表し、nは48〜76の範囲内の実数を表す)の組成を有する。前記組成式において、mはnおよびMの価数に応じて決められ、例えばMが1価のカチオンである場合、mはnに等しくなる。Y型ゼオライトにおいては、nは代表的には56となる。Y型ゼオライトは、ゼオライトの中でも比較的大きな空孔(スーパーケージ)を有するものであり、スーパーケージの内部空間の直径が約1.3nm、スーパーケージ入口の最大直径が約0.74nmあるとされている。本発明の触媒では、このスーパーケージの内部空間に、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体が挿入されている。
【0014】
Y型ゼオライトに内包される鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体は、下記化学式(1)に示されるように、Fe(II)に2,2’−ビピリジンが3個配位した構造を有するものである。
【0015】
【化1】

【0016】
鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体のFe(II)は触媒の活性点として作用する。そして、Fe(II)に2,2’−ビピリジンが3個配位することにより、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体がY型ゼオライトのスーパーケージ内に固定されることとなる。つまり、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体は、Y型ゼオライトのスーパーケージの内部空間に収まるとともに、このスーパーケージの入口よりも大きい大きさを有しているため、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体がY型ゼオライトに内包されることとなる。本発明の触媒は、触媒活性点として作用するFe(II)がY型ゼオライトのスーパーケージ内に固定されているため、反応基質(酸化反応を受ける分子)が触媒活性点であるFe(II)へ接近する距離が制御され、反応選択性が高度に制御される。さらに、有機溶媒中でも水中でも高い触媒活性を有するようになる。
【0017】
本発明の触媒の調製方法としては、(1)ゼオライトの空孔内で配位子の合成とFe(II)錯体の合成を行うシップインボトル法、(2)予め合成された配位子を用いて、ゼオライトの空孔内でFe(II)錯体を合成するフレキシブルリガンド法、(3)Fe(II)錯体を合成した後、その周りを囲むようにゼオライトを合成するゼオライト合成法等を採用することができる。なかでも、本発明の触媒は、Fe(II)と配位子である2,2’−ビピリジンがY型ゼオライトのスーパーケージの入口よりも小さいため、フレキシブルリガンド法により触媒を調製することが簡便で好ましい。
【0018】
フレキシブルリガンド法により本発明の触媒を調製するには、例えば、次のような方法採用すればよい。まず、Y型ゼオライトをFe(II)イオン含有溶液(例えば、硝酸鉄(II)水溶液)に浸漬してFe(II)イオン交換Y型ゼオライトを得る。この際、Y型ゼオライトは、Fe(II)イオン含有溶液に浸漬する前に、硝酸ナトリウム溶液等のナトリウムイオン含有溶液に浸漬して、Naイオン交換をしておくことが好ましい。Y型ゼオライトのFe(II)イオン含有溶液への浸漬は、例えば、室温で2時間〜48時間程度行えばよい。また、Y型ゼオライトは、Fe(II)イオン含有溶液へ浸漬する際、Fe(II)イオン含有溶液中で撹拌させることが好ましい。このようにして得られたFe(II)イオン交換Y型ゼオライトを、2,2’−ビピリジン水溶液に浸漬して加熱還流すれば、本発明の触媒である鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体が得られる。加熱還流は、2,2’−ビピリジン水溶液の沸点以上で行えばよく、通常は100℃前後で行われる。加熱還流は6時間〜72時間程度行えばよい。
【0019】
本発明の触媒は、プロペニレン化合物を酸化するのに用いられる。つまり、本発明の製造方法は、本発明の触媒の存在下でプロペニレン化合物を酸化する工程を有するものであり、その結果、3−ヒドロキシプロペニレン化合物が高選択性で得られる。
【0020】
本発明の製造方法において、プロペニレン化合物の酸化にはラジカル反応が関与していると考えられる。なぜなら、本発明の触媒とともに、ラジカルトラップ剤である2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾールが存在する条件下でプロペニレン化合物の酸化を試みたところ、プロペニレン化合物が全く反応しなかったためである。
【0021】
本発明の製造方法において、プロペニレン化合物を酸化させるためには、ラジカル酸化反応を起こすことができる酸化剤を共存させればよい。そのような酸化剤としては、分子状酸素、オゾン、過酸化水素等を用いることができ、特に酸化剤として過酸化水素および/または分子状酸素を用いることが好ましい。さらに、ラジカル開始剤の存在下で酸化反応を行ってもよく、ラジカル開始剤としてはアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)等の公知のラジカル開始剤を用いることができる。
【0022】
プロペニレン化合物は、プロペニレン骨格(−C=C−C−)を有する化合物であれば特に限定されない。プロペニレン骨格には、アリル基(2−プロペニル基)、1−プロペニル基、イソプロペニル基も含まれる。プロペニレン化合物の酸化反応により生成する3−ヒドロキシプロペニレン化合物は、3−ヒドロキシプロペニレン骨格(−C=C−C(OH)−)を有する化合物となる。つまり、本発明の製造方法によれば、プロペニレン化合物が酸化されて、プロペニレン骨格の二重結合炭素の隣接炭素原子に水酸基が結合した3−ヒドロキシプロペニレン化合物が得られることとなる。
【0023】
プロペニレン骨格を構成する炭素原子には任意の置換基が結合していてもよいが、ラジカル酸化反応によりプロペニレン化合物から3−ヒドロキシプロペニレン化合物が生成するために、プロペニレン骨格の二重結合炭素の隣接炭素原子には少なくとも1つの水素原子が結合していることが好ましい。すなわち、プロペニレン化合物としては、下記化学式(2)に示す骨格を有する化合物を用いることが好ましい。
−C=C−CH− ・・・ (2)
【0024】
本発明の製造方法では、プロペニレン化合物としてシクロヘキセンまたはその誘導体を用い、3−ヒドロキシプロペニレン化合物として2−シクロヘキセン−1−オールまたはその誘導体を得るようにすることが好ましい。プロペニレン化合物としてシクロヘキセンまたはその誘導体を用いれば、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体のFe(II)とプロペニレン化合物との接近距離が好適に制御されやすくなる。すなわち、Y型ゼオライトのスーパーケージ入口周辺の立体障害により、プロペニレン化合物が、Y型ゼオライトのスーパーケージ内のFe(II)に対する接近距離が好適に制御されるようになる。その結果、本発明の触媒によりプロペニレン化合物(シクロヘキセンまたはその誘導体)の酸化反応が好適に進行しやすくなるとともに、3−ヒドロキシプロペニレン化合物(2−シクロヘキセン−1−オールまたはその誘導体)が高い選択性で生成しやすくなる。なお、シクロヘキセン誘導体とは、シクロヘキセンの二重結合炭素の一方の隣接炭素原子を除く任意の炭素原子に置換基を有する化合物であればよい。
【0025】
プロペニレン化合物の酸化反応に用いられる溶媒は特に限定されないが、プロペニレン化合物や酸化剤の溶媒への溶解性を考慮すると極性が高い溶媒を用いることが好ましい。溶媒としては、例えば、炭素数1〜3のアルコール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド(DMF)等の有機溶媒や水を用いることが好ましい。これらの溶媒は単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0026】
なお溶媒の一部または全部として水を用いれば、有機溶媒の使用量を減らすことができ、環境負荷の低い製造プロセスを実現できる。この点、本発明の製造方法では、溶媒の一部または全部に水を用いても触媒性能を維持することができるため、環境に優しく高効率な化合物製造を実現することが可能となる。本発明の製造方法において、プロペニレン化合物の酸化反応は水を任意の割合で含有する溶媒中で行うことができるが、環境負荷を低減する観点から、プロペニレン化合物の酸化反応に用いられる溶媒は水を20質量%以上含有することが好ましく、水を50質量%以上含有することがより好ましく、溶媒として水を用いることがさらに好ましい。
【0027】
プロペニレン化合物の酸化反応を行う雰囲気は特に限定されず、窒素やアルゴン等の不活性ガス中(不活性雰囲気)で行ってもよいし、純酸素や空気等の分子状酸素含有ガス中(酸素雰囲気)で行ってもよい。例えば、酸素雰囲気で酸化反応を行う場合は分子状酸素が酸化剤として作用しうるため、別途酸化剤を添加しなくてもプロペニレン化合物を酸化させることも可能となる。
【0028】
プロペニレン化合物の酸化反応を行う際の溶媒の温度は特に限定されないが、例えば、15℃〜80℃(好ましくは35℃〜65℃)の範囲の温度で行えばよい。
【0029】
プロペニレン化合物の酸化反応の反応時間も特に限定されないが、反応時間が長いほどプロペニレン化合物の反応率(消失率)と3−ヒドロキシプロペニレン化合物の生成率が高くなる傾向となる。プロペニレン化合物の酸化反応の反応時間はプロペニレン化合物の反応率や3−ヒドロキシプロペニレン化合物の生成率の経時変化を見ながら適宜設定すればよく、例えば、6時間〜120時間(好ましくは12時間〜72時間)とすればよい。
【0030】
本発明の製造方法によれば、プロペニレン化合物から3−ヒドロキシプロペニレン化合物を75%以上の選択率で得ることが可能となる。なお、前記選択率は物質量(モル)基準により、下記式により算出される。
3−ヒドロキシプロペニレン化合物の選択率(%)=(生成した3−ヒドロキシプロペニレン化合物のモル量(mol))/(全生成物モル量(mol))×100
【実施例】
【0031】
以下に、実施例を示すことにより本発明を更に詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0032】
(1) 触媒の調製
(1−1) Fe(II)イオン交換Y型ゼオライト(Fe−Y)の調製
Y型ゼオライト(東ソー株式会社製、HSZ−320NAA、SiO2/Al23=5.5)5gをイオン交換水中で30分間撹拌後、一晩放置し、デカンテーションで上澄みの不純物を除去した。次いで、これを2時間煮沸した後、ろ過により残渣を回収し、回収したろ過残渣を0.1M硝酸ナトリウム水溶液に入れ、24時間撹拌した。撹拌後、これをろ過し、回収したろ過残渣を0.2mM硫酸鉄(II)水溶液に入れて12時間撹拌した。撹拌後、さらにこれをろ過し、ろ過残渣を蒸留水で洗浄し、真空乾燥することによりFe(II)イオン交換Y型ゼオライトを得た。
【0033】
(1−2) Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体([Fe(bpy)32+@Y)の調製
蒸留水100mLに2,2’−ビピリジン(和光純薬株式会社製、純度99.5%)3.0mmolを加え、これを約100℃まで加熱して2,2’-ビピリジンを完全に溶解させた。このようにして得られた2,2’-ビピリジン水溶液に、上記(1−1)項で得られたFe(II)イオン交換Y型ゼオライト1.0gを加え、20時間還流を行った。還流後、これを吸引ろ過し、ろ過残渣を回収した。このろ過残渣には、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体がY型ゼオライトに内包されて存在していると考えられたが、Y型ゼオライトの外側表面に存在しうる鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体等を除去するために、ソックスレー抽出器を用いてメタノールと蒸留水によりそれぞれ20時間洗浄し、その後真空乾燥した。その結果、精製されたY型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体が得られた。
【0034】
得られたY型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体をICP−AES測定を行ったところ、0.88質量%のFe原子が含まれていることが確認され、これはゼオライトのイオン交換率に直すと10.8%であった。また、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体にはNa原子が5.38質量%含まれていることが確認され、これはゼオライトのイオン交換率に直すと80.0%であった。
【0035】
(1−3) 鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の過塩素酸塩([Fe(bpy)3](ClO42)の調製
蒸留水200mLに2,2’−ビピリジン(和光純薬株式会社製、純度99.5%)6.4mmolを加え、加熱することにより2,2’-ビピリジンを完全に溶解させ、溶液Aを得た。別途、蒸留水200mLに、硫酸鉄(II)3.2mmolと過塩素酸ナトリウム0.02molを加え、加熱することにより硫酸鉄(II)を完全に溶解させ、溶液Bを得た。溶液Aと溶液Bを混合し、この混合溶液を撹拌しながら約1時間80℃で加熱し、その後室温まで冷却した。冷却後、これを吸引ろ過し、ろ過残渣を真空乾燥させ、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の過塩素酸塩の粗生成物を得た。この粗生成物をアセトニトリル中に溶解させ、ジエチルエーテルにより再結晶させることで、精製された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の過塩素酸塩を得た。
【0036】
(2) シクロヘキセン(プロペニレン化合物)の酸化反応
(2−1) 手順
触媒として、上記(1)項で調製したFe(II)イオン交換Y型ゼオライト、Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体、または、鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の過塩素酸塩を用いた。各触媒をFe量が7.9μmolとなるようにパイレックス(登録商標)ガラス製の反応管に入れ、そこに溶媒(アセトニトリル、水、またはその混合物)10mLと反応基質としてシクロヘキセン7.9mmolを加えた。なおシクロヘキセンは、市販品(和光純薬株式会社製、純度97.0%)を活性アルミナで乾燥(脱水)したものを用いた。触媒、溶媒、およびシクロヘキセンが入った反応管を密封し、真空脱気を3回行い、アルゴンガスを封入した(アルゴン雰囲気)。あるいは、前記反応管を密封し、そこに純酸素を封入した風船を取り付け、反応管内に酸素を供給できるようにした(酸素雰囲気)。反応管を外部から50℃に保温しながら、反応管内に30%過酸化水素を0.8mmol(触媒中のFeに対して100倍モル当量に相当)加えて反応溶液を撹拌し、酸化反応を所定時間進行させた。反応の際、反応管は遮光した。なお、酸素雰囲気で反応を行った場合、過酸化水素を加えずに酸化反応を進行させた実験も行った。所定時間酸化反応を行った後、反応溶液にトリフェニルホスフィンを加えて反応を終結させた。
【0037】
(2−2) 生成物の分析方法
シクロヘキセンの酸化反応による生成物の分析は、1−オクタノールを外部標準液として用いて、ガスクロマトグラフ質量分析計(株式会社島津製作所製、GC−MS−QP5050A)により行った。ガスクロマトグラフ質量分析の測定条件は下記の通りである。
カラム:アギレントテクノロジーズ製DB−1MS
カラム槽温度:85℃
気化室温度:150℃
インターフェイス温度:230℃
キャリアガス圧力:27.0kPa
昇温プログラム:85℃,10min−30℃/minで昇温−220℃,5min
【0038】
(2−3) 評価指標
触媒反応における反応基質の生成物への変換数を表す触媒ターンオーバー数(TON)を、下記式に従い算出した。
TON(%)=(生成物モル量(mol))/(触媒中のFe原子モル量(mol))×100
シクロヘキセンの酸化反応における各生成物の選択率を、下記式に従い算出した。
選択率(%)=(各生成物モル量(mol)/(全生成物モル量(mol))×100
反応前後における反応溶液中の過酸化水素の定量を硫酸セリウム(IV)アンモニウムによる酸化還元滴定により行った。この定量結果より、下記式に従いH22消費率とH22有効利用率を求めた。
22消費率(%)=(消費されたH22モル量(mol))/(供給されたH22モル量(mol))×100
22有効利用率(%)=(全生成物モル量(mol))/(消費されたH22モル量(mol))×100
【0039】
(3) 結果
(3−1) 有機溶媒中での反応結果
各触媒を用いて、アセトニトリル中でシクロヘキセンの酸化反応を行った結果を表1〜表3に示す。表1は、アルゴン雰囲気下で過酸化水素を添加して酸化反応を行った結果を示す。表2は、酸素雰囲気下で過酸化水素を添加して酸化反応を行った結果を示す。表3は、酸素雰囲気下で過酸化水素を添加せずに酸化反応を行った結果を示す。なお下記表において、[Fe(bpy)32+@YはY型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体を表し、[Fe(bpy)3](ClO42は鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の過塩素酸塩を表し、Fe−YはFe(II)イオン交換Y型ゼオライトを表す。
【0040】
いずれの触媒を用いた場合も、一部の結果を除き、シクロヘキセン(プロペニレン化合物)から2−シクロヘキセン−1−オール(3−ヒドロキシプロペニレン化合物)が生成するとともに、条件に応じて2−シクロヘキセン−1−オン、シクロヘキセンオキシドが生成し、さらにcis−1,2−シクロヘキサンジオール等が極少量生成する場合があった。なお、触媒を添加しない場合は、シクロヘキセンの酸化反応は全く進行しなった。
【0041】
触媒として[Fe(bpy)32+@Yを用いた場合、反応雰囲気や酸化剤の種類(H22、O2)によらず、シクロヘキセンから2−シクロヘキセン−1−オールが高選択率で得られた。酸素雰囲気下で過酸化水素を添加した場合は、シクロヘキセンの酸化反応が速やかに進んだ。いずれの条件においても、2−シクロヘキセン−1−オールの選択率75%以上を実現できた。
【0042】
一方、触媒として[Fe(bpy)3](ClO42を用いた場合、シクロヘキセンの酸化反応の反応速度は、触媒として[Fe(bpy)32+@Yを用いた場合に比べて高くなったものの、2−シクロヘキセン−1−オールとともに2−シクロヘキセン−1−オンも多量に生成し、2−シクロヘキセン−1−オールの選択率が低下した。
【0043】
触媒としてFe−Yを用いた場合、酸化剤として過酸化水素を添加することによりシクロヘキセンから2−シクロヘキセン−1−オールが高選択率で得られたが、過酸化水素を添加せずに酸素雰囲気で反応を行った場合、シクロヘキセンの酸化反応は全く起こらなかった。
【0044】
[Fe(bpy)32+を有する触媒を用いた場合に、過酸化水素が添加されない酸素雰囲気中でもシクロヘキサンの酸化反応が進行したのは、bpy配位子の効果と考えられた。すなわち、[Fe(bpy)32+錯体はd6の低スピン状態であるため、結晶場安定化エネルギーが最大となり、置換不活性となる。また酸化還元電位がII価側によっているため、III価の状態よりもII価の状態の方が安定であり、II価であることが分子状酸素と反応できる条件であることが知られている。そのため、分子状酸素を酸化剤として酸化反応が進行したと考えられる。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【0047】
【表3】

【0048】
表4には、表1に示した反応時間24時間の結果に関し、H22消費率とH22有効利用率、反応選択率の結果をさらに示した。触媒として[Fe(bpy)3](ClO42やFe−Yを用いた場合は、添加した過酸化水素がほとんど消費され、シクロヘキセンの酸化反応以外に消費された過酸化水素の割合が高くなった。一方、触媒として[Fe(bpy)32+@Yを用いた場合は、シクロヘキセンの酸化に過酸化水素が有効に用いられることが明らかになった。さらに[Fe(bpy)32+@Yは、アセトニトリル中では少なくとも3回は、触媒活性および反応選択性を高く維持したまま、繰り返し使用できた。
【0049】
【表4】

【0050】
(3−2) 水含有溶媒中での反応結果
各触媒を用いて、水、アセトニトリル、または水とアセトニトリルの混合溶媒中でシクロヘキセンの酸化反応を行った結果を表5に示す。反応は、アルゴン雰囲気下で過酸化水素を添加して行った。なお表5では水とアセトニトリルの混合比は容量基準で記載したが、これを質量基準の水含有率に換算すると、H2O/CH3CN容量比0.19/0.81と0.38/0.62はそれぞれ、水含有率(質量基準)で23質量%と44質量%に相当する。
【0051】
触媒として[Fe(bpy)3](ClO42やFe−Yを用いた場合、溶媒中の水の割合が増えるに従い、2−シクロヘキセン−1−オールのTONすなわち生成量が大きく低下した。一方、触媒として[Fe(bpy)32+@Yを用いた場合は、溶媒中の水の割合が増えても、2−シクロヘキセン−1−オールのTONは大きく低下せず、2−シクロヘキセン−1−オールの選択性も高く維持されたままであった。
【0052】
【表5】

【0053】
表6には、表5に示したH2O/CH3CN容量比1.00/0.00の結果に関し、H22消費率とH22有効利用率、反応選択率の結果をさらに示した。表6に示すように溶媒として水のみを用いた場合も、表4に示した溶媒としてアセトニトリルを用いた場合と同様の傾向が見られた。すなわち、触媒として[Fe(bpy)32+@Yを用いた場合は、シクロヘキセンの酸化に過酸化水素が有効に用いられた。
【0054】
[Fe(bpy)32+@Yが水含有溶媒中でも触媒活性が維持されたのは、次のようなメカニズムが推測される。すなわち、Y型ゼオライトのスーパーケージには、[Fe(bpy)32+が存在する疎水性のスーパーケージと、Na+が存在する親水性のスーパーケージがあると推測され、疎水性のスーパーケージにはシクロヘキセン等の反応基質が集まりやすく、親水性のスーパーケージには水や過酸化水素が集まりやすくなったと考えられる。その結果、反応基質と過酸化水素が近接して存在できる環境が整えられて、水含有溶媒中でも酸化反応が進行したと考えられる。
【0055】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、プロペニレン化合物から3−ヒドロキシプロペニレン化合物を製造するのに適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Y型ゼオライトに内包された鉄(II)トリス(2,2’−ビピリジン)錯体の存在下、プロペニレン化合物を酸化して、3−ヒドロキシプロペニレン化合物を得る工程を有することを特徴とするヒドロキシプロペニレン化合物の製造方法。
【請求項2】
前記酸化反応を、水を20質量%以上含有する溶媒中で行う請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記プロペニレン化合物としてシクロヘキセンまたはその誘導体を用い、前記3−ヒドロキシプロペニレン化合物として2−シクロヘキセン−1−オールまたはその誘導体を得る請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記3−ヒドロキシプロペニレン化合物を75%以上の選択率で得る請求項1〜3のいずれか一項に記載の製造方法。

【公開番号】特開2012−240968(P2012−240968A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−112799(P2011−112799)
【出願日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年2月16日に国立大学法人愛媛大学大学院理工学研究科発行の理工学研究科物質生命工学専攻応用化学コース修士論文発表会要旨にて発表
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】