説明

ヒドロゲル化剤

【課題】水を温和な条件でゲル化し、かつ広いpH領域で安定なゲルを形成させるための化合物からなる新規なヒドロゲル化剤の提供
【解決手段】一般式[I]


[式中、Rは置換基を有していてもよいアルキル基、置換基を有していてもよいアルコキシ基、置換基を有していてもよいアラルキル基、置換基を有していてもよい複素環アルキル基、置換基を有していてもよいアリール基、置換基を有していてもよいアリールオキシ基、又は置換基を有していてもよい複素環基を表し、Xは水素原子又はアルカリ金属原子を表す。]で表されるスクアリン酸誘導体を含むヒドロゲル化剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はスクアリン酸(3,4−ジヒドロキシシクロブタ−3−エン−1,2−ジオン)誘導体を含む新規なヒドロゲル化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロゲル化剤は、古くから食品用の増粘剤として使用されているのみならず、それらが有する生体親和性や低毒性の観点から、化粧品、各種薬品製剤、芳香剤・消臭剤、創傷被覆材等の基材など、ヘルスケア・医療分野への使用が検討されている(非特許文献1参照)。
従来より提案され採用されてきたヒドロゲル化剤は高分子化合物が中心であった(非特許文献2参照)が、近年、分子構造ならびに分子量が明確である点、分子設計ならびに物性改善、生産後の品質管理の面において利点が期待される点などから、低分子化合物を使用した新規ヒドロゲル化剤の検討が行われている(非特許文献3、4参照)
【0003】
低分子化合物からなるヒドロゲル化剤を上記のようなヘルスケア・医療分野へ適用するにあたっては、ヒドロゲル化剤と共に各種界面活性剤(アニオン性及びカチオン性界面活性剤)、各種薬効成分、及び生体由来化合物(アミノ酸やタンパク質)等の各種添加剤を構成成分とし、所謂ヒドロゲル化剤の形態をなすことが想定される。このため、ヒドロゲル化剤には、(1)薬効成分や生体由来化合物を変性させない温和な条件でのゲル形成能、(2)添加物によるpH変化にも影響されない広いpH領域でのゲル形成能、等が求められる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】「ゲルハンドブック」(普及版)エヌ・ティー・エス(2003年)、第1章及び第4章。
【非特許文献2】「ゲルコントロール−ゲルの上手な作り方とゲル化の抑制−」(株)情報機構(2009年)。
【非特許文献3】Chemical Reviews、104巻、3号、1201−1217頁(2004年)。
【非特許文献4】Chemical Society Reviews、38巻、967−975頁(2009年)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように、ヘルスケア・医療分野などへの展開をなす上では様々な条件下でのゲル形成能が求められ、こうした多様な性能の迅速な改善を目指すにはヒドロゲル化能を発現する新たな分子構造や官能基の検討が必須である。
しかしながら、低分子化合物からなるヒドロゲル化剤は上述のように様々な利点が有力視されるものの、有機溶媒などの非水性媒体向けの低分子化合物からなるオイルゲル化剤に比べると、現在のところ限られた提案に留まっており、またスクアリン酸誘導体をヒドロゲル化剤として検討した例は報告されていない。
本発明は、上記の事情に基づいてなされたものであり、その解決しようとする課題は、水を温和な温度条件でゲル化でき、かつ広いpH領域で安定なゲルを形成する、新規なヒドロゲル化剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、これまで検討がなされてこなかったスクアリン酸誘導体をゲル化剤として適用したところ、驚くべきことに比較的温和な温度条件にて、また広いpH領域でヒドロゲルを形成可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち本発明は下記[1]〜[3]の新規ヒドロゲル化剤に関する。
[1]一般式[I]で表されるスクアリン酸誘導体を含む、ヒドロゲル化剤。
【化1】

[式中、Rは置換基を有していてもよいアルキル基、置換基を有していてもよいアルコキシ基、置換基を有していてもよいアラルキル基、置換基を有していてもよい複素環アルキル基、置換基を有していてもよいアリール基、置換基を有していてもよいアリールオキシ基、又は置換基を有していてもよい複素環基を表し、Xは水素原子又はアルカリ金属原子を表す。]
[2]一般式[II]で表されるスクアリン酸誘導体を含む、ヒドロゲル化剤。
【化2】

[式中、R’は置換基を有していてもよいアリール基、置換基を有していてもよいアリールオキシ基、又は置換基を有していてもよい複素環基を表し、Xは水素原子又はアルカリ金属原子を表す。]
[3]一般式[III]で表されるスクアリン酸誘導体を含む、ヒドロゲル化剤。
【化3】

[式中、R1乃至R5は、同一又は異なって、水素原子、ヒドロキシ基、カルボキシル基、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、トリフェニルメチル基、アルキル置換又は非置換のアミノ基、置換基を有していてもよいアルキル基、置換基を有していてもよいアルコキシ基、置換基を有していてもよいアラルキル基、置換基を有していてもよい複素環アルキル基、置換基を有していてもよいアリール基、置換基を有していてもよいアリールオキシ基
、又は置換基を有していてもよい複素環基を表し、Xは水素原子又はアルカリ金属原子を表す。]
【発明の効果】
【0008】
本発明のヒドロゲル化剤は60℃という比較的温和な温度条件においてもヒドロゲルを形成することができ、また、酸性領域からアルカリ性領域にわたって広いpH領域で安定なヒドロゲルを形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は試験例1における、化合物A(20wt%)の各種水溶液でのゲル化挙動を示す写真である。(a)純水、(b)HCl 1mol dm-3 水溶液、(c)NaOH 1mol dm-3 水溶液、(d)NaCl 1mol dm-3 水溶液。
【図2】図2は試験例1における、化合物A(20wt%)の各種緩衝液でのゲル化挙動を示す写真である。(a)シュウ酸緩衝液 (pH 1.68)、(b)フタル酸緩衝液 (pH 4.01)、(c)リン酸緩衝液 (pH 7.41)、(d)炭酸緩衝液 (pH 10.01)。
【図3】図3は試験例2における、化合物Aの濃度を変化させた場合の水溶液のゲル化挙動を示す写真である。化合物Aの濃度:(a)15wt%、(b)20wt%、(c)30wt%、(d)50wt%。
【図4】図4は試験例3における、化合物Aの各種濃度のNaCl水溶液及びHCl水溶液におけるゲル化挙動を示す写真である。NaClの濃度(括弧内は化合物Aの濃度):(a)1mol dm-3(5wt%)、(b)10-1mol dm-3 (10wt%)、(c)10-2mol dm-3 (15wt%)、(d)10-3mol dm-3 (15wt%)。(e)のHClの濃度は1mol dm-3 、化合物Aの濃度は2wt%。
【図5】図5は試験例4における、化合物Aの濃度を変化させて得られたヒドロゲルの走査型電子顕微鏡(SEM)写真及び透過型電子顕微鏡(TEM)写真である。化合物Aの濃度及び写真種:(a):30wt%、SEM像、(b)30wt%、SEM像、(c)30wt%、TEM像、(d)50wt%、SEM像、(e)50wt%、SEM像。
【図6】図6は化合物Aの単結晶(一水和物)(図6(a))と化合物A30wt%の純水ヒドロゲル(図6(b))のX線回折測定結果を示す図である。
【図7】図7は化合物Aの単結晶(無水物)のX線回折測定結果を示す図である:(a):化合物A(無水物)の単結晶の結晶構造、(b):該単結晶のC軸からみた図。
【図8】図8は化合物Aの単結晶(無水物)(図8(1))と、化合物A30wt%の純水ヒドロゲル(図8(2))の粉末X線回折の測定結果を示す図である。各図中、最も上側のパターンは実測値(○)および計算値(実線)を示し、その下側のパターンは実測値と計算値との差を示し、横軸上に示すラインはパターンのピークの位置を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は前記一般式[I]乃至[III]で表されるスクアリン酸誘導体を含むヒドロゲル化剤に関する。
以下、本発明を詳細に説明するが、以降、「一般式[I]で表される化合物」を「化合物[I]」とも称する。他の式番号を付した化合物についても同様に表記する。
【0011】
上記一般式[I]乃至[III]中のR、R’、R1乃至R5各基の定義において、アルキル基、及びアルコキシ基におけるアルキル部分としては、例えば、直鎖もしくは分岐状の炭素原子数1〜8のアルキル基又は炭素原子数3〜8の環状アルキル基が挙げられる。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、2−メチル
ブチル基、tert−ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基等が挙げられる。
アラルキル基としては、例えば、炭素原子数7〜15のアラルキル基が挙げられる。具体的には、ベンジル基、フェネチル基、フェニルプロピル基、ナフチルメチル基等が挙げられる。
アリール基、及びアリールオキシ基のアリール部分としては、例えば、フェニル基、ナフチル基、アントリル基等が挙げられ、中でもフェニル基が好ましい。
【0012】
複素環基、及び複素環アルキル基の複素環部分としては、芳香族複素環基又は脂環式複素環基が挙げられる。
複素環アルキル基のアルキレン部分は、前記アルキル基から水素原子を一つ除いたものと同義である。
芳香族複素環基としては、例えば窒素原子、酸素原子及び硫黄原子から選ばれる少なくとも1個の原子を含む5員又は6員の単環性芳香族複素環基、3〜8員の環が縮合した二環又は三環性で窒素原子、酸素原子及び硫黄原子から選ばれる少なくとも1個の原子を含む縮環性芳香族複素環基等が挙げられる。具体的にはピリジル基、ピラジニル基、ピリミジニル基、ピリダジニル基、キノリル基、イソキノリル基、フタラジニル基、キナゾリニル基、キノキサリニル基、ナフチリジニル基、シンノリニル基、ピロリル基、ピラゾリル基、イミダゾリル基、トリアゾリル基、テトラゾリル基、チエニル基、フリル基、チアゾリル基、オキサゾリル基、インドリル基、イソインドリル基、インダゾリル基、ベンゾイミダゾリル基、ベンゾトリアゾリル基、ベンゾチアゾリル基、ベンゾオキサゾリル基、プリニル基、カルバゾリル基等が挙げられる。
脂環式複素環基としては、例えば窒素原子、酸素原子及び硫黄原子から選ばれる少なくとも1個の原子を含む5員又は6員の単環性脂環式複素環基、3〜8員の環が縮合した二環又は三環性で窒素原子、酸素原子及び硫黄原子から選ばれる少なくとも1個の原子を含む縮環性脂環式複素環基等が挙げられる。具体的にはピロリジニル基、ピペリジル基、ピペラジニル基、モルホリニル基、チオモルホリニル基、ホモピペリジル基、ホモピペラジニル基、テトラヒドロピリジル基、テトラヒドロキノリル基、テトラヒドロイソキノリル基、テトラヒドロフリル基、テトラヒドロピラニル基、ジヒドロベンゾフラニル基、テトラヒドロカルバゾリル基、フタルイミド基、1,2,3,4−テトラヒドロキノリン環からなる置換基、インドリン環からなる置換基、1,2,3,4−テトラヒドロキノキサリン環からなる置換基等が挙げられる。
【0013】
前記アルキル基又はアルコキシ基は、同一又は異なって1〜3個の置換基を有し得る。該置換基としては、例えばヒドロキシ基、カルボキシル基、ハロゲン原子、アルコキシ基、アルコキシアルコキシ基、フッ素置換アルコキシ基等が挙げられる。ここで、アルコキシ基、ハロゲン原子、及びフッ素置換アルコキシ基はそれぞれ前記と同義である。アルコキシアルコキシ基(−O−アルキレン−O−アルキル基)のアルキル部分は前記と同義であり、アルコキシアルコキシ基のアルキレン部分は前記アルキル基から水素原子を一つ除いたものと同義である。
【0014】
前記アラルキル基、アリール基、アリールオキシ基、複素環基又は複素環アルキル基は、芳香環又は複素環において、同一又は異なって1〜5個の置換基を有し得る。該置換基としては、例えばヒドロキシ基、カルボキシル基、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、ニトロ基、シアノ基、アルキル置換又は非置換のアミノ基、フッ素置換アルキル基、フッ素置換アルコキシ基等が挙げられる。ここで、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、フッ素置換アルキル基、及びフッ素置換アルコキシ基は、それぞれ前記と同義である。アルキル置換のアミノ基のアルキル部分は前記アルキル基と同義である。なお、アルキル置換のアミノ基が2つのアルキル基で置換されたアミノ基である場合、2つのアル
キル基は同一でも異なっていてもよい。
【0015】
上記一般式[I]乃至[III]中、Xは水素原子又はアルカリ金属原子を表す。アルカリ金属原子としては、リチウム、ナトリウム又はカリウムが挙げられ、特にナトリウムが好ましい。
【0016】
本発明のヒドロゲル化剤は、前記化合物[I]の中でも、特にRが置換基を有していてもよいアリール基、置換基を有していてもよいアリールオキシ基又は置換基を有していてもよい複素環基であること、即ち前記化合物[II]であることが好ましく、さらに、Rが置換基を有していてもよいアリール基であること、即ち前記化合物[III]であることが最も好ましい。
【0017】
Rが置換基を有していてもよいアリール基である化合物[I](即ち化合物[III])は、例えば下記反応式1に従って製造される。
【化4】

【0018】
化合物(Ia)(スクアリン酸ジクロリド)は、例えば、Tetrahedoron Letters,781頁(1970年)記載の方法に準じて合成することにより得られる。
化合物(Ia)と化合物(Ib)とを、溶媒中、ルイス酸存在下、Friedel−Crafts型の反応を行うことにより反応させ、その後、反応生成物を酸性条件にて水和し、難水溶性物質を取り除くことにより、スクアリン酸誘導体である化合物(Ic)を得ることができる。その後、アルカリ金属の水酸化物で中和することにより、(Id)を得ることができる。
【0019】
上記反応において使用する溶媒としては、例えば、ジクロロメタン、ジクロロエタン、ニトロベンゼン等の溶媒、もしくはこれらの混合溶媒が用いられる。反応後、必要に応じて、目的化合物を有機合成化学で通常用いられる各種クロマトグラフィー法、再結晶法、蒸留法等により精製してもよい。
【0020】
本発明のヒドロゲル化剤として時に好ましい化合物[I]の具体例は例えば下記化合物A及びそのナトリウム塩である化合物Bが挙げられる。
【化5】

【0021】
本発明のヒドロゲル化剤は、媒体である水に対して、スクアリン酸誘導体の総量が20乃至80質量%で、好ましくは20乃至50質量%となる量で使用することが好ましい。
【0022】
本発明のヒドロゲル化剤は、ヒドロゲル化能を阻害しない範囲において、その適用用途等、必要に応じて各種添加剤(界面活性剤、水溶性高分子、又は薬効成分等)を混合することができる。
界面活性剤としては、例えば、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、及びノニオン性界面活性剤が挙げられ、低分子化合物又は高分子化合物、あるいはこれらの混合物であってもよい。
水溶性高分子としては、合成高分子としては、例えば、ポリオキシアルキレン系高分子、ポリビニルピロリドン系高分子等の中性水溶性高分子;ポリアクリル酸系高分子、ポリメタクリル酸系高分子、ポリ(2−メチル−アクリルアミドプロパンスルホン)酸系高分子等の高分子側鎖に酸性基を有する水溶性高分子;窒素カチオンを高分子主鎖骨格に有する直鎖状高分子である各種アイオネン系高分子等が挙げられる。また天然高分子としては、例えば、アガー、κ−カラギーナン等の多糖類が挙げられる。
また薬効成分としては、水溶性の化合物であれば特に制限はない。
【0023】
本発明のヒドロゲル化剤は、ジェル、クリーム、ローション、乳液、エマルションをはじめとする化粧用材料、ゲル状芳香剤用材料、経皮吸収製剤用材料、外用剤(パップ剤)用材料等の用途に有用である。
【実施例】
【0024】
以下に、実施例及び試験例により本発明をさらに具体的に説明する。
以下の実施例及び試験例で記述する試薬、溶媒は和光純薬工業(株)より入手し、そのまま使用した。純水はElix UV3 Milli−Q純水製造装置(日本ミリポア(株)製)により精製した。また以下に各種測定及び分析に用いた装置及び条件を示す。
(1)1H−NMRスペクトル
・装置:AVANCE500(500MHz) ブルカー・バイオスピン(株)製
(2)13C−NMRスペクトル
・装置:ECP−500(500MHz) 日本電子(株)製
(3)質量分析
・装置:LTQ Orbitrap(ESI FTMS) サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)製
(4)元素分析
・装置:JM10 (株)ジェイ・サイエンス・ラボ製
(5)示差走査熱量測定
・装置:EXSTAR6000 DSC セイコーインスツル(株)製
・サンプル測定にはSUS製の密封型試料容器を使用
(6)走査型電子顕微鏡写真
・装置:JSM−7400 日本電子(株)製
・加速電圧:1.0kV (導電性の物質によるサンプル処理せず)
(7)透過型電子顕微鏡写真
・装置:H−8000 (株)日立ハイテク製
・操作電圧:200kV (サンプル未処理)
(8)単結晶X線回折
・装置:SMART APEXII ULTRA ブルーカー・エイエックスエス(株)・測定条件:CuKα線を使用、−100℃にて測定
・シンクロトロン粉末X線回折:0.3mm径のサンプル管にサンプルを入れ、大型デバイ−シェラーカメラを使用し、SPring8のBL19B2ビームライン(波長1.00Å)により測定した(リートヴェルト法により精密化を行った)。
なお、ソフトウェア、“Mercury” (Cambridge Crystall
ographic Data Center製)及びDiamond 3.2(Demonstration version,Crystal Impact GbR,bonn,Germany製)により、X線回折データの可視化を行った。
【0025】
[実施例1:化合物Aの製造]
窒素雰囲気下、氷浴中、攪拌中のスクアリン酸4.00gとベンゼン2.07gを5mlのジクロロメタンに加えて溶液とし、これに、塩化アルミニウム5.31gを徐々に加え、35℃で2時間加熱攪拌した。水を加えて反応を終了させた後、混合液を飽和食塩水で洗浄した。有機層を硫酸マグネシウムで脱水した後、溶媒を留去した。残渣に酢酸/水(1/1)を加え、70℃で1時間攪拌した。溶媒を留去後、残渣を熱水に溶解し、不溶物を離別し、水を留去した(この操作を3回繰り返した)。この水溶液から水を留去することで、化合物Aを2.82g(薄黄色結晶、収率60.6%)得た。
1H−NMR(500MHz,DMSO−d6,TMS,δ,ppm):7.99−7.98(m,2H),7.49−7.38(m,3H).
13H−NMR(125MHz,DMSO−d6,δ,ppm)205.37,196.
76,173.65,130.74,130.69,129.47,129.47,125.72.
・ESI MS:calcd for C10HO3(MW=174.03):m/z=
173.02[M+−H].
・元素分析 計算値C10H6O3:C 68.97%、H 3.47%、
実測値 :C 69.08%、H 3.33%
【0026】
[実施例2:化合物Bの製造]
窒素雰囲気下、化合物A 1.00gと20mol dm-3 NaOH水溶液 0.2
86mlを含む5ml水溶液を室温で10分攪拌した。水を留去後、残渣をメタノール3mlで洗浄することで、化合物Bを775mg(薄黄色結晶、収率68.6%)得た。
1H−NMR(500MHz,DMSO−d6,TMS,δ,ppm):8.01−8.02(m,2H),7.42−7.28(m,3H).
化合物Aのナトリウム塩である化合物Bでは、1H−NMRスペクトルにおいて水のピ
ークが3.36ppmであり、化合物Aの水のピーク(5.30ppm)と比較して高磁場シフトした。これは、酸性基の水和水がナトリウム塩となったことでなくなったためであると考えられ、確かにナトリウム塩が生成していることが考えられる結果となった。
【0027】
[試験例1:化合物Aのゲル化試験]
2ccサンプル管に化合物Aと、化合物Aの添加量が20wt%となるように純水もしくは後述する各種水溶液を入れ、蓋をして、60℃の水浴につけて化合物Aの水溶液を作製した(60℃で溶解しない場合は、95℃にして溶解させた)。その後、この水溶液を
室温(およそ20℃)で放冷し、ゲル化を確認した。なお、放冷後、溶液の流動性が失われて、サンプル管を倒置しても溶液が流れ落ちない状態を「ゲル化」と判断した。
得られた結果を表1に示す。また、放冷後の各サンプルの写真を図1[(a)純水、(b)HCl 1mol/dm3水溶液、(c)NaOH 1mol/dm3水溶液、(d)NaCl 1mol/dm3水溶液]及び図2[(a)シュウ酸緩衝液、(b)フタル酸
緩衝液、(c)リン酸緩衝液、(d)炭酸緩衝液]に示す。
【表1】

【0028】
表1並びに図1及び図2に示すように、化合物Aは酸性水溶液、アルカリ性水溶液、各種濃度の塩水溶液、及び各種緩衝液に対するヒドロゲル形成能を有するという結果が得られた。
すなわち、化合物Aは温和な温度条件で且つ広いpH領域でヒドロゲル形成能を有するとともに、温和な温度条件で且つ幅広い塩濃度にてゲル形成能を有するという結果が得られた。
なお、化合物Bは純水に対して30wt%の濃度にてヒドロゲル形成能を有するという結果が得られた。
【0029】
[試験例2:化合物Aのゲル形成能の濃度依存性(1)]
次に化合物Aのゲル化挙動を検討するため、純水中での化合物Aの濃度を15wt%〜50wt%の範囲で種々変化させ、試験例1と同様の手順にて化合物のA溶液(60℃にて溶解)を作成し、その後室温で放冷し、ゲル化を確認した。放冷後の各サンプル菅の写真を図3に示す。
図3に示すように、化合物Aの配合量が20wt%未満(図3(a)、15wt%)の場合、放冷後に化合物Aが再結晶化してゲルを得ることはできなかったが、配合量が20〜40wt%(図3(b)20wt%及び(c)30wt%)ではヒドロゲルの形成が確認された。一方、化合物Aの配合量が50wt%(図3(d))では板状結晶化して固化することが確認された。すなわち、化合物Aはヒドロゲル形成能の濃度依存性を有するものであることが確認された。
【0030】
[試験例3:化合物Aのゲル形成能の濃度依存性(2)]
さらに化合物Aのゲル形成能(最低ゲル化濃度)の塩濃度依存性及び酸依存性を検討するため、水溶液中のNaCl濃度を変化させたとき及びHCl水溶液のときの化合物Aの最低ゲル化濃度を、試験例1と同様の手順にて確認した。得られた結果を試験例2の結果と合わせて表2に示す。また放冷後の各サンプル菅の写真を図4に示す。
【表2】

【0031】
表2及び図4に示すように、NaCl 1mol/dm3水溶液では化合物Aの配合量
が5wt%で、10-1mol/dm3水溶液では同10wt%で、10-2mol/dm3水溶液及び10-3mol/dm3水溶液では同15wt%で、ゲル形成が確認された。
一方、HCl 1mol/dm3水溶液では、化合物Aの配合量がわずか2wt%にお
いてもゲル形成が確認された。
すなわち、水溶液の塩濃度および酸濃度を変化させることで、化合物Aの最低ゲル化濃度を調節できることが確認された。
【0032】
[試験例4:化合物Aを用いて得られるヒドロゲルの熱挙動]
前述の試験例と同様に、純水中での化合物Aの濃度を25wt%〜50wt%の範囲で種々変化させ、同様の手順にて化合物のA溶液(60℃にて溶解)を作成し、その後室温で放冷してヒドロゲルを形成した。
次に得られた各ヒドロゲルについて、ゾル−ゲル転移温度ならびにゲル−ゾル転移温度を示差走査熱量計により測定した。得られた結果を表3に示す。
【表3】

【0033】
表3に示すように、化合物Aをゲル化剤として用いたヒドロゲルが、60℃以下でゾル−ゲル転移することが確認された。また化合物Aが高濃度であるほど、ゲル−ゾル転移温度が上昇し、よりゲル化が促進されることが確認された。
【0034】
[試験例5:化合物Aを用いて形成されるヒドロゲルの微細構造観察]
前述の試験例と同様の手順にて、化合物Aの濃度を30wt%又は50wt%としてヒドロゲルを形成させ、これらを室温にて真空乾燥させることにより得た乾燥ゲルの状態を走査型電子顕微鏡(SEM)及び透過型電子顕微鏡(TEM)にて観察した。
得られた結果を図5に示す。ここで図5(a)〜(e)は、(a):30wt%、SEM像、(b)30wt%、SEM像、(c)30wt%、TEM像、(d)50wt%、SEM像、(e)50wt%、SEM像をそれぞれ示す。
図5に示すように、化合物Aの濃度が30wt%のヒドロゲル(図5(a)〜(c))では、ミリメートル長で数マイクロメートル径のファイバーが、従来の高分子化合物を用いたヒドロゲルの場合と同様にネットワークを形成していることが確認され、これによりゲル化の実現につながったことが示唆された。また、化合物Aの濃度が50wt%のヒドロゲル(図5(d)及び(e))では板状結晶の生成が確認され、これにより固化することが分かった。
すなわち、化合物Aの配合濃度の違いによって生じた、加熱溶解・放冷後の試料(溶液)の外観の違いは、結晶の形態の違いによることが確認された。
【0035】
[試験例6:化合物AのX線回折測定]
さらに詳細を検討するためにX線回折測定を行った。化合物Aの単結晶(一水和物、アセトニトリルより再結晶)と化合物Aの濃度を30wt%として形成した純水ヒドロゲルについて、X線回折測定を行った。得られた結果を図6に示す。図6(a)は化合物Aの一水和物の結晶構造を示し、図6(b)は化合物A30wt%の純水ヒドロゲル中の化合物Aが形成する構造(後述するファイバー構造)を示す。
また化合物Aの無水物の単結晶(水より再結晶したサンプルを減圧加熱乾燥した(40℃))についてもX線回折測定を行った(SMART APEXII ULTRAを使用)。得られた結果を図7に示す。図7(a)は化合物Aの単結晶(無水物)の結晶構造を示し、図7(b)は該単結晶をc軸から見た図を示し、ここで黄色の矢印は水素結合が存在する部分を示している。
なお粉末X線回折による詳細な測定結果を図8(各図中、最も上側のパターンは実測値(○)および計算値(実線)を示し、その下側のパターンは実測値と計算値との差を示し、横軸上に示すラインはパターンのピークの位置を示すものである。(1)化合物Aの単結晶(無水物)のパターン、(2)化合物A30wt%の純水ヒドロゲルのサンプルパターン)に示す。
以下、詳細な結晶構造データを表4乃至表6に示す。
【0036】
【表4】

【表5】

【表6】

【0037】
図6に示すように、化合物Aの単結晶と化合物Aの30wt%純水ヒドロゲルは同様の格子定数を有していることが確認され、すなわち、化合物Aの30wt%純水ヒドロゲルは化合物Aの単結晶と同様の単結晶構造を有していると推察される結果となった。
また化合物Aの30wt%純水ヒドロゲル中において、化合物Aがチューブ状に集合し、これがファイバー様を形成していることが明らかとなった(図6(b))。また化合物Aの集合により形成されるチューブは、外径25Å、内径11Åであり、化合物Aの酸性基がチューブの内側を向いていることから、チューブ内部が親水性であることが示唆された。なお図6(b)中に示した円はチューブの模式図であり、外径は円の同一直径上に位置する二つの化合物Aのフェニル基の4位にある炭素原子間の距離、内径は円の同一直径上に位置する二つの化合物Aの最近接酸素原子間の距離としてそれぞれ算出した。
【0038】
また図7に示すように、化合物A(無水物)において、酸素原子間の距離が、ファンデルワールス半径の合計よりも小さな2.7Åであることが確認された。すなわち、化合物Aが純水中においてファイバーを形成するにあたり、その推進力として水素結合の寄与があることが示唆された。
【0039】
これらの結果より、化合物Aをゲル化剤として用いて得られるヒドロゲルは、そのゲル中において、化合物Aが、ミリメートルオーダーの長さと数マイクロメートルオーダーの径を有し、その内部が親水性であるチューブ状の形態を形成していることが想定され、このチューブ内に、親水性の化合物や色素を保持できる可能性が高いことから、種々の用途への応用展開が期待される結果となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[I]で表されるスクアリン酸誘導体を含む、ヒドロゲル化剤。
【化1】

[式中、Rは置換基を有していてもよいアルキル基、置換基を有していてもよいアルコキシ基、置換基を有していてもよいアラルキル基、置換基を有していてもよい複素環アルキル基、置換基を有していてもよいアリール基、置換基を有していてもよいアリールオキシ基、又は置換基を有していてもよい複素環基を表し、Xは水素原子又はアルカリ金属原子を表す。]
【請求項2】
一般式[II]で表されるスクアリン酸誘導体を含む、ヒドロゲル化剤。
【化2】

[式中、R’は置換基を有していてもよいアリール基、置換基を有していてもよいアリールオキシ基、又は置換基を有していてもよい複素環基を表し、Xは水素原子又はアルカリ金属原子を表す。]
【請求項3】
一般式[III]で表されるスクアリン酸誘導体を含む、ヒドロゲル化剤。
【化3】

[式中、R1乃至R5は、同一又は異なって、水素原子、ヒドロキシ基、カルボキシル基、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、トリフェニルメチル基、アルキル置換又は非置換のアミノ基、置換基を有していてもよいアルキル基、置換基を有していてもよいアルコキシ基、置換基を有していてもよいアラルキル基、置換基を有していてもよい複素環アルキル基、置換基を有していてもよいアリール基、置換基を有していてもよいアリールオキシ基、又は置換基を有していてもよい複素環基を表し、Xは水素原子又はアルカリ金属原子を表す。]

【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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