説明

ヒドロシリル化触媒及びヒドロシリル化触媒組成物

【解決手段】白金原子に、下記一般式(1)で示されるビニルアルコキシシラン
CH2=CH−SiR1a(OR23-a (1)
(R1,R2は互いに異なっていてもよい、脂肪族不飽和結合を有しない一価炭化水素基であり、aは0,1又は2である)
が配位した白金−ビニルアルコキシシラン錯体であるヒドロシリル化触媒。
【効果】本発明の白金−ビニルアルコキシシラン錯体は、ヒドロシリル化活性が高く、保存安定性にも優れたものであり、シリコーン工業におけるヒドロシリル化硬化反応の白金使用量の低減にも寄与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコーン工業において最も重要な硬化技術の一つであるヒドロシリル化反応の触媒に関するものであり、ヒドロシリル化反応用触媒として有用な新規な白金錯体であるヒドロシリル化触媒、及びこれを含有するヒドロシリル化触媒組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロシリル化反応触媒としては、一般的に白金化合物が用いられている。ヒドロシリル化反応は、単純に塩化白金酸をアルコールに溶解したもので進行させることができる。しかしながら、この方法では、実際のシリコーン工業においては、特に剥離紙用シリコーンなどの速硬化が求められる用途において、触媒活性が劣る問題があった。
【0003】
そのため、実用性のある活性の高い白金触媒として白金とアルケニル基含有シロキサンとの錯体が開発された(特公昭42−22924号公報(特許文献1))。しかしながら、塩化白金酸由来の塩酸による腐食性の問題があり、応用分野に制限が生じたため、塩酸を中和した白金−アルケニル基含有シロキサン錯体が開発された(特公昭46−28795号公報(特許文献2))。また、白金−アルケニル基含有シロキサン錯体は、経時で分解して黒く着色しやすく、このように着色したものは性能低下が見られることから、保存安定性の改良研究も進められ(特開平10−309470号公報(特許文献3)、特開平11−42436号公報(特許文献4)、特開平11−128748号公報(特許文献5))、現在、これらの改良触媒がシリコーン工業で広く使用されている。
【0004】
一方、近年の鉱物資源の価格高騰は白金にも及び、白金化合物を使用する製品は経済上の理由から使用量の低減化ができる手法の開発が望まれていた。シリコーン工業においては、付加反応を硬化手段とする多くの製品が存在し、それらの硬化触媒として白金化合物が使用されているが、商品の性能を維持し、かつ白金化合物の使用量を低減化するには、使用量が少なくても活性(触媒効率)の高い白金系ヒドロシリル化触媒の開発が強く望まれていた。
【0005】
【特許文献1】特公昭42−22924号公報
【特許文献2】特公昭46−28795号公報
【特許文献3】特開平10−309470号公報
【特許文献4】特開平11−42436号公報
【特許文献5】特開平11−128748号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ヒドロシリル化触媒として従来から使用されてきた白金−アルケニル基含有シロキサン錯体に比較して、より活性が高く、白金の使用量を低減することができ、かつ経時安定性が高い、白金錯体系のヒドロシリル化触媒及びヒドロシリル化触媒組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、ビニルアルコキシシランが、効率よく白金の配位子となって錯体を形成し、この白金−ビニルアルコキシシラン錯体が、これまでにない高活性なヒドロシリル化反応の触媒作用を示すことを見出した。
【0008】
また、白金−アルケニル基含有シロキサン錯体とは異なり、ビニルアルコキシシランは、白金源として一般的に用いられる塩化白金酸又はその塩との反応において、この塩化白金酸由来の塩素が中和剤の存在下で塩化物塩を形成する液性下、即ち、ほぼ中性の系で、白金と錯体を形成することから、ビニルアルコキシシランと塩化白金酸と中和剤との反応系から、塩化白金酸由来の塩素の大部分を、副生する塩化物塩として分離することができ、塩素含有量の少ない(即ち、腐食性の小さい)高活性なヒドロシリル化触媒、及びこれを含有する組成物として白金−ビニルアルコキシシラン錯体を用いることができること、更に、この白金錯体が、経時安定性が高く、性能低下が小さいものであることを見出し、本発明をなすに至った。
【0009】
即ち、本発明は、白金原子に、下記一般式(1)で示されるビニルアルコキシシラン
CH2=CH−SiR1a(OR23-a (1)
(R1,R2は互いに異なっていてもよい、脂肪族不飽和結合を有しない一価炭化水素基であり、aは0,1又は2である)
が配位した白金−ビニルアルコキシシラン錯体であることを特徴とするヒドロシリル化触媒を提供する。
【0010】
また、本発明は、白金原子に、上記一般式(1)で示されるビニルアルコキシシランが配位した白金−ビニルアルコキシシラン錯体を含有するヒドロシリル化触媒組成物であって、該ヒドロシリル化触媒組成物中の塩素原子の含有量が、白金原子1モルに対して0.1モル以下であることを特徴とするヒドロシリル化触媒組成物を提供する。
【0011】
このヒドロシリル化触媒組成物は、例えば、上記一般式(1)で示されるビニルアルコキシシランと、塩化白金酸又はその塩とを、中和剤の存在下で反応させ、副生した塩化物塩を分離することにより得ることができる。
【0012】
従来の白金−アルケニル基含有シロキサン錯体に使用されるアルケニル基含有シロキサンでは、1,3−ジビニルテトラメチルジシロキサン、1,3,5,7−テトラビニルメチルシクロテトラシロキサンなどのシロキサン化合物が用いられ(特公昭46−28795号公報(特許文献2))、これらのシロキサン化合物は、容易に白金の配位子となりシリコーン可溶な白金錯体を与えることが知られているが、同時にヒドロシリル化反応の遅延剤となることも当業界では良く知られている。これに対して、ビニルアルコキシシランにはヒドロシリル化反応をほとんど遅延することがなく、それ故に、本発明の白金−ビニルアルコキシシラン錯体は、極めて効率よくヒドロシリル化反応を進行させることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の白金−ビニルアルコキシシラン錯体は、ヒドロシリル化活性が高く、保存安定性にも優れたものであり、シリコーン工業におけるヒドロシリル化硬化反応の白金使用量の低減にも寄与する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のヒドロシリル化触媒は、白金原子に、下記一般式(1)で示されるビニルアルコキシシラン
CH2=CH−SiR1a(OR23-a (1)
(R1,R2は互いに異なっていてもよい、脂肪族不飽和結合を有しない一価炭化水素基であり、aは0,1又は2である)
が、好ましくは白金原子1個に対して上記ビニルアルコキシシランが4〜6個配位した白金−ビニルアルコキシシラン錯体である。
【0015】
上記一価炭化水素基は、炭素数1〜10、好ましくは炭素数1〜6の、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又はアラルキル基であることが好ましく、具体的には、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、2−エチルヘキシル基、ノニル基、デシル基等のアルキル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基等のシクロアルキル基、フェニル基、トリル基、キシリル基、ナフチル基等のアリール基、ベンジル基、フェニルエチル基等のアラルキル基などが挙げられる。
【0016】
このビニルアルコキシシランとして、具体的には、
CH2=CH−SiMe2(OMe)、
CH2=CH−SiMe(OMe)2
CH2=CH−Si(OMe)3
CH2=CH−Si(OEt)3
CH2=CH−SiMe2(OEt)、
CH2=CH−SiMe(OEt)2
CH2=CH−SiEt2(OEt)、
CH2=CH−SiEt(OEt)2
CH2=CH−SiEt2(OMe)、
CH2=CH−SiEt(OMe)2
CH2=CH−SiMe(O−iso−Pr)2
CH2=CH−SiMe(O−n−Bu)2
CH2=CH−SiPh(OMe)2
CH2=CH−SiMe(O−n−Pr)2
CH2=CH−SiMe(O−iso−Bu)2
CH2=CH−SiMe(O−tert−Bu)2
CH2=CH−Si(O−tert−Bu)3
CH2=CH−Si(O−iso−Pr)3
CH2=CH−SiPh2(OMe)
(式中、Meはメチル基、Etはエチル基、Prはプロピル基、Buはブチル基、Phはフェニル基を示す。)
などが例示できる。
【0017】
なお、白金原子には上記ビニルアルコキシシランが最大6個配位することが可能であるが、ビニルアルコキシシランの配位数が5個以下の場合、残部として、例えば塩素等の上記ビニルアルコキシシラン以外の配位子が配位していてもよい。
【0018】
本発明の白金−ビニルアルコキシシラン錯体は、上記ビニルアルコキシシランと塩化白金酸(即ち、塩化第2白金酸(H2PtCl6)及び/又は塩化第1白金酸(H2PtCl4))又はその塩とを、例えば炭酸水素ナトリウムなどの中和剤の存在下、好ましくはメタノール、エタノール等のアルコールなどの溶媒の溶液中で加熱(例えば、40〜90℃、特には50〜80℃)して、例えば0.5〜10時間、特には1〜5時間反応させることにより合成することができる。なお、錯体の生成は、白金原子の原子価(特に、d軌道電子の状態)の変化に伴う塩化白金酸からの反応溶液の変色によって容易に確認することができる。
【0019】
各原料の使用量は、塩化白金酸又はその塩を白金基準で1モルに対して、ビニルアルコキシシランを3〜10モル、特に4〜6モル用いることが好ましい。また、中和剤は、反応系を中性とする量とすることが好ましく、原料の塩化白金酸又はその塩に含まれる塩素原子に対して等モル以上、特に1.5倍モル以上とすることが好ましい。中和剤の添加量の上限は特に制限されないが、通常、100倍モル以下、好ましくは50倍モル以下、より好ましくは20倍モル以下程度とすればよい。
【0020】
この反応により白金−ビニルアルコキシシラン錯体が生成した反応液には、常温で、塩化物塩(例えば、中和剤として炭酸水素ナトリウムを用いた場合は、塩化ナトリウム)が中和塩として析出する。この中和塩をろ過等の方法で分離することにより、塩化白金酸由来の塩素を中和塩の形で取り除くことができ、必要に応じて、反応に用いた溶媒をその他の揮発成分と共に、常圧下又は減圧下で留去すれば、上記白金−ビニルアルコキシシラン錯体を主成分として含有するヒドロシリル化触媒組成物として得ることができる。
【0021】
このヒドロシリル化触媒組成物に含まれる白金−ビニルアルコキシシラン錯体は、ビニルアルコキシシランの配位数が1〜6の白金−ビニルアルコキシシラン錯体の混合物であってよく、ビニルアルコキシシランの配位数が4〜6の白金−ビニルアルコキシシラン錯体が、特には、該配位数が6の白金−ビニルアルコキシシラン錯体が、金−ビニルアルコキシシラン錯体全体の50モル%以上(50〜100モル%)、特に80〜100モル%である混合物がより好ましい。なお、ヒドロシリル化触媒組成物中の白金−ビニルアルコキシシラン錯体の含有量(錯体生成反応後、ろ過、揮発成分留去後の組成物中における錯体の含有量であり、後工程で添加する希釈溶剤、脱水剤等は含まないものとする)は50質量%以上、特に80〜100質量%であることが好ましい。
【0022】
塩化ナトリウム等の上述した中和によって生成した塩化物塩、未反応の塩化白金酸又はその塩などの含塩素化合物は、ヒドロシリル化触媒組成物中少量であれば含まれていてもかまわない。なお、ヒドロシリル化触媒組成物中の塩素原子の含有量(即ち、白金−ビニルアルコキシシラン錯体に、ビニルアルコキシシラン以外の配位子として配位している塩素、及び白金−ビニルアルコキシシラン錯体以外の含塩素化合物中の塩素原子)が、ヒドロシリル化触媒組成物中の白金原子1モルに対して0.1モル以下であることが好ましい。
【0023】
本発明のヒドロシリル化触媒組成物は、シリコーンに可溶なトルエン、キシレンなどの有機溶剤、又はジメチルシリコーンオイルなどに溶解して保存又は使用することができる。また、系内の水分によって微量のアルコールを生成する可能性があるので、触媒能力に影響を与えない範囲で脱水剤、シリル化剤、α−シリルエステル化合物などを水分の影響を抑えることができる有効量添加してもよい。
【実施例】
【0024】
以下、実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。なお、以下、室温は25℃を意味する。
【0025】
[比較例1〜3、実施例1〜4]
温度計、攪拌器を装着した三口フラスコに表1に示されるアルコキシシランを表1に示される量、エチルアルコールを68質量部、炭酸水素ナトリウムを43質量部加え、よく混合した。次いで、エチルアルコール38質量部で塩化第2白金酸(白金濃度47.60質量%)20質量部を溶解させた溶液を室温で滴下した。滴下終了後、70℃に加熱し、3時間熟成した。
【0026】
比較例1,2及び実施例1〜4にあっては、反応溶液の色が赤橙色から淡黄色に変化したことにより、白金−ビニルアルコキシシラン錯体の生成が確認された。熟成後、ろ紙により中和塩をろ別した。ろ液を室温下4mmHgに減圧して揮発成分を除去したところ表1に示される量の淡黄色液体(ヒドロシリル化触媒組成物)を得た。一方、比較例3にあっては、反応が全く進行しなかった。
【0027】
得られた液体中の白金1モルに対する塩素原子のモル数(Cl/Pt)を蛍光X線分析装置にて測定した結果、及び該塩素量から算出されるビニルアルコキシシランの白金への配位数(モル平均値)を表1に併記する。得られた液体を白金濃度1.0質量%になるようにトルエンにて希釈したものを各々錯体A〜Fとする。
【0028】
【表1】

【0029】
次に、耐熱性試験として、錯体A〜Fを50℃で7日間加熱し、加熱しないものとの外観変化を評価した。結果を表2に示す(*:ビニルシロキサンは1分子で塩素原子2個分のサイトに配位する)。
【0030】
【表2】

【0031】
次に、錯体A〜Fについて、ビニル価が0.0185mol/100gのα,ω−ジビニルジメチルポリシロキサン100質量部と、SiH価が1.66mol/100gのα,ω-ビストリメチルシリルメチルハイドロジェンポリシロキサン1.3質量部との混合物に、白金濃度が2ppmになるように、上記耐熱性試験前後の錯体A〜Fを加えて、室温で混合してシリコーン組成物を調製し、これを室温で攪拌機にて連続的に攪拌したとき、増粘により攪拌できなくなるまでの時間を測定した。耐熱性試験前の錯体Cが必要とした時間を1.0(基準値)とし、これとの比較値を表3に示す。
【0032】
【表3】

【0033】
なお、実施例3及び4のシリコーン組成物は、室温では長時間硬化しなかったが、120℃では、初期、耐熱試験後ともに、5分で完全に硬化した。このことから、実施例3及び4の錯体は長い可使時間を有するヒドロシリル化触媒であることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金原子に、下記一般式(1)で示されるビニルアルコキシシラン
CH2=CH−SiR1a(OR23-a (1)
(R1,R2は互いに異なっていてもよい、脂肪族不飽和結合を有しない一価炭化水素基であり、aは0,1又は2である)
が配位した白金−ビニルアルコキシシラン錯体であることを特徴とするヒドロシリル化触媒。
【請求項2】
上記一価炭化水素基が、炭素数1〜10の、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又はアラルキル基であることを特徴とする請求項1記載のヒドロシリル化触媒。
【請求項3】
上記白金−ビニルアルコキシシラン錯体が、白金原子1個に対して上記ビニルアルコキシシランが4〜6個配位したものであることを特徴とする請求項1又は2記載のヒドロシリル化触媒。
【請求項4】
白金原子に、下記一般式(1)で示されるビニルアルコキシシラン
CH2=CH−SiR1a(OR23-a (1)
(R1,R2は互いに異なっていてもよい、脂肪族不飽和結合を有しない一価炭化水素基であり、aは0,1又は2である)
が配位した白金−ビニルアルコキシシラン錯体を含有するヒドロシリル化触媒組成物であって、該ヒドロシリル化触媒組成物中の塩素原子の含有量が、白金原子1モルに対して0.1モル以下であることを特徴とするヒドロシリル化触媒組成物。
【請求項5】
上記一般式(1)で示されるビニルアルコキシシランと、塩化白金酸又はその塩とを、中和剤の存在下で反応させ、副生した塩化物塩を分離して得たものであることを特徴とする請求項4記載のヒドロシリル化触媒組成物。
【請求項6】
上記一価炭化水素基が、炭素数1〜10の、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又はアラルキル基であることを特徴とする請求項4又は5記載のヒドロシリル化触媒組成物。
【請求項7】
上記白金−ビニルアルコキシシラン錯体が、白金原子1個に対して上記ビニルアルコキシシランが4〜6個配位したものであることを特徴とする請求項4、5又は6記載のヒドロシリル化触媒組成物。

【公開番号】特開2008−149228(P2008−149228A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−337863(P2006−337863)
【出願日】平成18年12月15日(2006.12.15)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】