説明

ビアリール化合物の製造方法

【課題】ビアリール化合物に残存する芳香族ハロゲン化合物を容易に、且つ、効果的に分離する手法を提供する。
【解決の手段】芳香族ハロゲン化合物と、芳香族ボロン酸を反応させた後、還元剤を加えるビアリール化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶や有機ELなどの電子材料などの分野で有用なビアリール化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ビアリール化合物は、液晶や有機EL(Electro Luminescence)などの電子材料用途において非常に有用な化合物である。これら化合物の製造方法としては、鈴木カップリング反応を用いるのが一般的である(例えば、非特許文献1、非特許文献2参照)。しかしながら、この反応においては、微量副生物や未反応の原料がビアリール化合物中に残存することがあり、特に原料の芳香族ハロゲン化合物が残存した場合、電子材料の性能に影響を与えることが広く一般に知られている。そのため、ビアリール化合物を電子材料用途で使用する場合、残存する芳香族ハロゲン化合物を分離することが強く望まれるという課題があった。
【0003】
ビアリール化合物中に残存する芳香族ハロゲン化合物を分離する方法としては、再結晶や昇華などが一般的である(例えば、非特許文献3参照)。しかしながら、芳香族ハロゲン化合物の種類によっては、ビアリール化合物と物理的及び化学的性質が似ているため、精製が困難であった。
【0004】
このため、本発明者らは、上記の精製操作を繰り返していたが、ビアリール化合物の大幅な収率の低下、大量の有機溶媒の使用による廃棄物の増加、高価な昇華装置の導入が必要であるなど、工業的製法としては改善すべき課題があった。そのため、ビアリール化合物中の芳香族ハロゲン化合物を容易に且つ、効果的に分離する手法の開発が強く望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】鈴木章ら,「クロスカップリング反応−基礎と産業応用」,13〜14頁,シーエムシー出版発行,2010年発行
【非特許文献2】小谷 正博ら編集,「第5版実験化学講座 有機化合物の合成VI 金属を用いる有機合成」,18巻,339〜340頁,丸善株式会社発行,2004年発行
【非特許文献3】平山 令明編集,「有機化合物結晶作製ハンドブック―原理とノウハウ―」,37〜55頁,丸善株式会社発行,2008年発行
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来の技術の課題を解決すべく、ビアリール化合物に残存する芳香族ハロゲン化合物を容易に、且つ、効果的に分離する手法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するため鋭意検討を行った結果、芳香族ハロゲン化合物と芳香族ボロン酸を反応させた後、還元剤を加えることにより、残存する未反応の芳香族ハロゲン化合物を還元体に変換し、ビアリール化合物と分離できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、一般式(1)
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、Arは、置換されていてもよいアリール基又はヘテロアリール基を表し、XはCl、Br又はIを表す。)で表される芳香族ハロゲン化合物(以下「芳香族ハロゲン化合物」ともいう)と、一般式(2)
【0011】
【化2】

【0012】
(式中、Ar2は、置換されていてもよいアリール基又はヘテロアリール基を表し、Y及びYはそれぞれ独立して同一又は相異なったヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表すか、またはYとYが結合して炭素数1〜6のアルキレンジオキシル基又はカテコレート基を表す。)で表される芳香族ボロン酸(以下「芳香族ボロン酸」ともいう)を反応させた後、還元剤を加えることを特徴とする一般式(3)
【0013】
【化3】

【0014】
(式中、Arは一般式(1)に同じ、Arは一般式(2)に同じである。)
で表されるビアリール化合物(以下「ビアリール化合物」ともいう)の製造方法である。
また、本発明は、還元剤を加えて得た、一般式(4)
【0015】
【化4】

【0016】
(式中、Arは、一般式(1)に同じである。)
で表される還元体(以下「還元体」ともいう)を、ビアリール化合物と分離する、上記ビアリール化合物の製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ビアリール化合物に残存する芳香族ハロゲン化合物を容易に、且つ、効果的に分離する手法を提供することができ、これにより、高純度のビアリール化合物を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
次に、本発明について更に詳しく説明する。
上記一般式(1)及び(2)において、Ar及びArは、置換されていてもよいアリール基又はヘテロアリール基を表し、これらは相互に同一又は相異なっていてもよい。XはCl、Br、Iを表す。Y及びYはそれぞれ独立して同一又は相異なったヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表すか、またはYとYが結合して炭素数1〜6のアルキレンジオキシル基又はカテコレート基を表す。以上の芳香族ハロゲン化合物、あるいは、芳香族ボロン酸の具体例の一部を示せば、以下の化合物を挙げることができる。
【0019】
【化5】

【0020】
【化6】

【0021】
上記一般式(3)の化合物[ビアリール化合物]は、例えば有機化学化学協会誌/Vol.63/No.4/2005年4月号/312頁〜324頁や、クロスカップリング反応−基礎と産業応用/シーエムシー出版/2010刊行/鈴木章ら執筆/13頁〜14頁)に記載の条件により製造できる。
【0022】
上記還元剤の添加は、カップリング反応終了後の反応液に添加して還元反応を行ってもよいし、カップリング反応終了後に単離した粗結晶に還元剤を反応させてもよい。
【0023】
還元剤は、(1)パラジウム化合物と金属水素化化合物とを組み合わせて用いるか、あるいは、(2)a.パラジウム化合物、b.リン化合物、c.塩基、d.3級を除くアルコール、を組み合わせて用いると良い。
【0024】
上記パラジウム化合物は、ビアリール化合物を分解しないものであればよく、0〜2価パラジウム化合物類が挙げられる。具体例の一部を示せば、ヘキサクロロパラジウム酸ナトリウム四水和物、ヘキサクロロパラジウム酸カリウム、塩化パラジウム、臭化パラジウム、酢酸パラジウム、パラジウムアセチルアセトナート、ジクロロビス(ベンゾニトリル)パラジウム、ジクロロビス(アセトニトリル)パラジウム、ジクロロビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、ジクロロテトラアンミンパラジウム、ジクロロ(シクロオクタ−1,5−ジエン)パラジウム、パラジウムトリフルオロアセテート、トリス(ジベンジリデンアセトン)二パラジウム、トリス(ジベンジリデンアセトン)二パラジウムクロロホルム錯体、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム等が挙げられる。これらのうち、酢酸パラジウム、トリス(ジベンジリデンアセトン)二パラジウム、テトラキス(トリフェニルフォスフィン)パラジウムが好ましい。これらの使用量は、残存する未反応の芳香族ハロゲン化合物1モルに対し、パラジウム換算で、通常、0.01〜20モル%の範囲が好ましい。また、パラジウム化合物は、単一化合物でも2種類以上の化合物を組合せて用いてもよい。
【0025】
金属水素化化合物は、ビアリール化合物を分解しないものであればよく、ナトリウム化合物類、リチウム化合物類、アルミニウム化合物類を挙げることができる。具体例の一部を示せば、水素化ナトリウム(NaH)、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)、水素化アルミニウムリチウム(LiAlH)、水素化塩化アルミニウム(AlClH)、水素化アルミニウム(AlH)、スーパーハイドライド(登録商標)、DiBAL−H、レッドAl(登録商標)、K−セレクトライド(登録商標)、L−セレクトライド(登録商標)、KS−セレクトライド(登録商標)、LS−セレクトライド(登録商標)等が挙げられる。これらのうち、水素化ナトリウム、水素化ホウ素ナトリウム、水素化アルミニウムリチウムが好ましい。これらの使用量は、残存する芳香族ハロゲン化合物1モルに対して1〜50モルの範囲が好ましい。また、金属水素化化合物は、単一化合物でも2種類以上の化合物を組合せて用いてもよい。
【0026】
リン化合物は、ビアリール化合物を分解しないものであればよく、単座のリン化合物類や2座のリン化合物類が挙げられる。具体例の一部を示せば、トリエチルホスフィン、トリ(tert−ブチル)ホスフィン、トリ(n−ブチル)ホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、トリフェニルホスフィン、1,1’−ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン(dppf)、9,9−ジメチル−4,5−ビス(ジフェニルホスフィノ)ザンテン(XANTphos)、ビス[2−(ジフェニルホスフィノ)フェニル]エーテル(DPEphos)等が挙げられる。これらのうち、トリ(tert−ブチル)ホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、XANTphos、DPEphosが好ましい。これらの使用量は、パラジウム化合物1モルに対して1〜20モルの範囲が好ましい。また、リン化合物は、単一化合物でも2種類以上の化合物を組合せて用いてもよい。
【0027】
塩基は、ビアリール化合物を分解しないものであればよく、金属水酸化物類、金属炭酸塩類、金属リン酸塩類、金属硫酸塩類、金属アルコキシラート類が挙げられる。具体例の一部を示せば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸ルビジウム、炭酸セシウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、リン酸三カリウム、硫酸ナトリウム、硫酸水素ナトリウム、ナトリウム−メトキシド、ナトリウム−エトキシド、カリウム−メトキシド、カリウム−エトキシド、リチウム−tert−ブトキシド、ナトリウム−tert−ブトキシド、カリウム−tert−ブトキシド等を挙げることができる。これらのうち、水酸化カリウム、炭酸カリウム、リン酸三カリウム、ナトリウム−tert−ブトキシドが好ましい。これらの使用量は、残存する芳香族ハロゲン化合物1モルに対して1〜50モルの範囲が好ましい。また、塩基は、単一でも2種類以上を組合せて用いてもよい。
【0028】
3級を除くアルコールは、ビアリール化合物を分解しないものであればよく、1級アルコール類、2級アルコール類が挙げられる。具体例の一部を示せば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、2−ブタノール等が挙げられる。これらのうち、ブタノールが好ましい。これらの使用量は、残存する芳香族ハロゲン化合物1モルに対して1〜50モルの範囲が好ましい。また、アルコールは、単一でも2種類以上を組合せて用いてもよい。
【0029】
還元反応で用いる溶媒としては、反応に影響を与えないものであればよく、エーテル類、芳香族炭化水素類、脂肪族炭化水素類、アミド類が挙げられる。具体例の一部を示せば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、o−キシレン、トルエン、ヘキサン、ヘプタン、1,4−ジオキサン、1,3-ジオキサン、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAC)、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)、N−メチルピロリドン(NMP)等が挙げられる。これらのうち、o−キシレン、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAC)が好ましい。これらの使用量は、カップリング反応終了後に単離した粗結晶(粗ビアリール化合物)1モルに対して1〜100モルの範囲が好ましい。また、溶媒は、単一でも混合して用いてもよい。
【0030】
還元反応の温度は、ビアリール化合物が分解しない温度であればよく、0〜200℃の範囲が好ましいが、50〜150℃の範囲がより好ましい。かくして、未反応の残存する芳香族ハロゲン化合物は、上記一般式(4)で表される還元体に還元される。
【0031】
還元反応終了後、生成した無機塩、及び残留金属分は常法に従い、水洗及びろ過処理を行い除去する。
【0032】
還元反応により得た還元体は、精製により低減することができる。精製法としては、再結晶や昇華精製が好ましい。
【0033】
還元反応は、窒素またはアルゴン等の不活性ガス雰囲気下で行うことが望ましく、常圧または加圧下でも行うことができる。
【実施例】
【0034】
以下に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、これらの実施例は本発明の概要を示すもので、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0035】
[測定機器]
反応収率、転化率、純度の算定は、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)分析にて行った。用いた装置を以下に示す。
HPLC装置:高速液体クロマトグラフ LC−8020(東ソー製)
カラム:Inertsil ODS−3V(4.6mmI.D.×250mm)(GLサイエンス製)
検出器:紫外可視検出器(測定波長254nm)
【0036】
実施例1(NPD:N,N’−ビス(1−ナフチリル)−N,N’−ジフェニリル)ベンジジン)
温度計及びコンデンサーの付いた200mlのナスフラスコ内を窒素置換した後、N−フェニル−N−(4−ブロモフェニル)−1−ナフチルアミン 3.74g(0.010 mol)、N−フェニル−N−(4−ボロン酸フェニル)−1−ナフチルアミン 3.73g(0.011 mol)、リン酸三カリウム 10.6g(0.050 mol)、純水 20.0g(1.11 mol)、トルエン 50.0g(0.543 mol)、トリスジベンジリデンアセトン二パラジウム 0.046g(0.05 μmol)、トリ―tert―ブチルフォスフィン 0.061g(0.30 μmol)を仕込んだ。
【0037】
反応容器を85℃に加熱した後、24時間攪拌した。水 50.0gを加えた後、温度25℃まで冷却し、濾過することにより生成物である粗NPD 5.83g(単離収率:99%)を得た。
【0038】
NPD,及び残存する原料のハロゲン化合物をHPLC分析したところ、純度がそれぞれ、97.7%、1.6%であった。
【0039】
次いで、500mlのナスフラスコ内を窒素置換した後、上記NPDの粗結晶 5.83gとN,N−ジメチルアセトアミド 87.5g[15 wt.r(粗結晶に対する溶媒として15重量倍、以下同様)]とo−キシレン 87.5g(15 wt.r)を仕込んだ。
【0040】
反応容器を温度140℃に加熱した後、酢酸パラジウム 168mg(0.75 mmol)と水素化ホウ素ナトリウム 28.4mg(0.75 mmol)のN,N−ジメチルアセトアミド溶液 5.0 gを添加した後、1時間攪拌した。
【0041】
反応液を採取し、HPLC分析したところ、残存する原料ハロゲン化合物は、未検出であった。
【0042】
反応液を温度25℃まで冷却し、濾過することでNPD 5.59 g(単離収率:95%)を得た。NPD、及び残存する原料のハロゲン化合物をHPLC分析したところ、純度がそれぞれ、97.8%、未検出であった。
【0043】
次いで、得られたNPDをN,N−ジメチルアセトアミド(15 wt.r)とo−キシレン(15 wt.r)を用いて再結晶を2回実施し、NPD 5.05gを単離収率85%で得た。NPD、及び残存する原料のハロゲン化合物をHPLC分析したところ、純度がそれぞれ、99.9%、未検出であった。これらの結果を表1に示した。
【0044】
実施例2
酢酸パラジウムと水素化ホウ素ナトリウムに換えて、トリスジベンジリデンアセトン二パラジウム 6.9mg(0.0075mmol)とトリ―tert―ブチルホスフィン 1.5mg(0.0075mmol)とリン酸三カリウム 159mg(0.75mmol)とn−ブタノール 56mg(0.75mmol)を用いた以外は、実施例1と同一操作で実施した。その結果を表1に示した。
【0045】
比較例1
酢酸パラジウムと水素化ホウ素ナトリウムを使用しないこと及び再結晶回数を増やしたことを除いて、実施例1と同一操作で実施した。その結果を表1に示した。







【0046】
【表1】

【0047】
なお、表1中、還元処理は、同時に再結晶処理も兼ねている。
以上の実施例及び比較例から、次のことが分かる。
1)実施例1,2は比較例1と比べ、再結晶回数が少なくとも高純度のものが得られる。特に,比較例1においては再結晶を6回繰り返すもののハロゲン原料を未検出となるまでにはできず、実施例での少ない再結晶回数で未検出にまですることとは対照的である。
2)実施例では,比較例よりも収率が高く、効率的に製造できる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明により得られるビアリール化合物は、純度が高いので、液晶や有機ELなどの電子材料用途に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】

(式中、Arは、置換されていてもよいアリール基又はヘテロアリール基を表し、XはCl、Br又はIを表す。)で表される芳香族ハロゲン化合物と、一般式(2)
【化2】

(式中、Arは、置換されていてもよいアリール基又はヘテロアリール基を表し、Y及びYはそれぞれ独立して同一又は相異なったヒドロキシル基又は炭素数1〜4のアルコキシ基を表すか、またはYとYが結合して炭素数1〜6のアルキレンジオキシル基又はカテコレート基を表す。)で表される芳香族ボロン酸を反応させた後、還元剤を加えることを特徴とする一般式(3)
【化3】

(式中、Arは一般式(1)に同じ、Arは一般式(2)に同じである。)
で表されるビアリール化合物の製造方法。
【請求項2】
還元剤を加えて得た、一般式(4)
【化4】

(式中、Arは、一般式(1)に同じである。)
で表される還元体を、ビアリール化合物と分離する、請求項1記載のビアリール化合物の製造方法。
【請求項3】
還元剤が、(1)パラジウム化合物と金属水素化化合物との組み合わせ、あるいは、(2)a.パラジウム化合物、b.リン化合物、c.塩基、d.3級を除くアルコールの組み合わせ、のいずれかである請求項1または2記載のビアリール化合物の製造方法。



【公開番号】特開2013−18733(P2013−18733A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152277(P2011−152277)
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【出願人】(507119250)東ソー有機化学株式会社 (14)
【Fターム(参考)】