説明

ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶、その製造方法、及びファラデー回転子

【課題】有害性が大きいとされる鉛を実質的に含有せず、結晶特性に優れ、かつ、ファラデー回転子としたときの光透過性やファラデー回転能の劣化が見られないビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を提供することを目的とする。
【解決手段】ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶であって、該ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶は、組成式
(BiR)3−aM1Fe5−b−c−dAlPtM212
(R:ランタノイド金属及びYのうちから選択される一種または二種以上の元素、
M1:Ca及びSrから選択される一種または二種の元素、
M2:Ge及びSiから選択される一種または二種の元素、
0.01<a<0.1,0.15≦b+d≦0.6,0.01≦c≦0.04,a=c+d)
で表されるものであることを特徴とするビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、光アイソレータ、光サーキュレータ、光アッテネータなどの磁気光学素子に用いられるビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光アイソレータなどの磁気光学素子については、従来、液相エピタキシャル法で基板結晶に成長させたビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶が用いられているが、ガーネット結晶中には、製造の際に用いられるフラックス成分としての酸化鉛から鉛が混入していた。
【0003】
近年では環境に対する規制が厳しくなってきており、鉛の含有量の規制は、例えば、RoHS指令「電気電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する欧州議会および理事会指令」で実質的に非含有とみなされる1000ppm以下とすることが求められている。
【0004】
そのため、この問題を解決する方法として、融液を構成する酸化鉛のモル濃度を減らす方法(特許文献1)が提案されているが、酸化鉛のモル濃度を減らした分、融液を構成する酸化ビスマスの濃度が増加し、一般的に坩堝材として使われる白金の溶解が進むという欠点が生じる。
【0005】
融液中に白金が溶解するということは、単に坩堝材が減肉するだけでなく、白金はPt4+となりガーネット単結晶中に混入し、本来Fe3+であるべき鉄イオンの価数を、Fe2+といったファラデー素子で使う波長域で光吸収を持つイオン種に変化させてしまう(課題1)。さらに、Pt4+はガーネット単結晶の[a]サイトに入るため、飽和磁化を大きくし、これを抑えるために非磁性元素を多く添加するとファラデー回転能が低下するといった不都合が生じる(課題2)。
【0006】
この白金坩堝の溶解による問題を防ぐ方法として、例えば特許文献2では、坩堝材として金を用いることが提案されている。しかし、金の融点は1063℃であり、結晶成分を完全に溶解する温度として採用される1000℃程度に近いため、坩堝が変形したり、時には破損するという不都合がある。この結晶成分を完全に溶解する温度を、坩堝の損傷を避けるために1000℃以下とすると、結晶成分が完全にガーネット構造になりきることができていないため、「異物」が生じ、育成されるビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶の結晶性が悪くなり、結晶が割れやすくなり、育成結晶の消光性能が劣化するなどの問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−165668号公報
【特許文献2】特開2008−273776号公報
【特許文献3】特開2011−011944号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
課題1のファラデー素子で使う波長域での光吸収を抑えるために、少量のPbOを添加したり、NaなどのI族元素やMgなどのII族元素を酸化物の形態などで添加することも行なわれている(特許文献2,3)。しかし、融液内部で生じるFe2+が少量であり、かつ、ガーネットエピタキシャル膜を育成中にも白金坩堝や白金ジグの溶解によりFe2+が次々と生じるために、添加すべきPbO、NaOH、MgOの量を決めるのは不可能に近く、結果として300μm以上といった厚膜が必要とされる光通信用のファラデー素子の光吸収を安定して抑えることは困難であった。また、有害物や劇物とされるPbOやNaOHを取り扱うには危険が伴うことより、できれば避けたいという要求がある。
【0009】
次に、課題2について詳述する。
ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶はガーネット結晶構造であり、この結晶構造は{c}、[a]、(d)で示される3種の陽イオンサイトで構成され、{c}サイトは組成式の式量で3.0、[a]サイトは組成式の式量で2.0、(d)サイトは組成式の式量で3.0となり、ビスマス元素や希土類元素は{c}サイトに位置し、Fe元素は[a]サイトと(d)サイトに位置するとともに反強磁性的に結合している。[a],(d)サイトが全てFe元素で占められているときは、[a]サイトには式量で2.0、(d)サイトには式量で3.0のFe元素が入り、反強磁性的に結合していることより、3.0−2.0、つまり差し引き式量で1.0の磁気モーメントが飽和磁化の大きさと関係する。なお、光の偏光面を回転させる能力であるファラデー回転能には、サイトに関わらず式量で5.0のFe元素が関与する。
【0010】
前述したように酸化ビスマス量を増やすことで融液中のPt4+の量が増加し、このPt4+はビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶中の[a]サイトに入るため、(d)サイト−[a]サイトで与えられる磁気モーメントは大きくなり、つまり、飽和磁化は増加する。ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶は、ファラデー回転子として周囲に配置される磁石で磁気的に飽和させた状態で使われるため、飽和させるための磁場が大きくなることは、周囲に配置する磁石の形状の増大につながり、市場の要求である小型化に反し、好ましくない。
このため、一般的には、Feイオンに近似しているがやや小さなイオン半径を持つGa元素を添加することで、主に(d)サイトのFe元素を置換して飽和磁化を下げるといったことが行なわれる。しかし、Gaイオンは[a]サイトのFe元素を置換するため、Ga元素の添加量は多くなり、添加量の増加はFe元素量の希釈につながり、ファラデー回転能の劣化が生じる。ファラデー回転能の劣化は、ファラデー回転子として一般的に要求される偏光面を45度回転させるための厚みを増加させることになり、つまり、ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶のエピタキシャル膜の厚さを増加させることになるため、結晶成長が困難となる。
【0011】
ファラデー回転能の劣化を抑える方法として、特許文献3では、二価となるCa元素を添加したうえで、Al元素といった比較的イオン半径が小さな元素を選択することで、優先的に(d)サイトの置換を進める、つまり、[a]と(d)サイトの合計のFe元素量の減少を抑えながら、(d)サイトの置換量を上げることで飽和磁化を下げるといった手法が開示されている。ただ、特許文献3では実施例に記載されているように、CaOの添加と共にPbOを多量に添加しており、鉛を実質的に含有しないという技術ではない。これは、CaOの添加だけでは安定して光吸収損失を抑えることができないため、PbOを添加したものと思われる。
【0012】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであって、有害性が大きいとされる鉛を実質的に含有せず、結晶特性に優れ、かつ、ファラデー回転子としたときの光透過性やファラデー回転能の劣化がみられないビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明は、ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶であって、該ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶は、組成式
(BiR)3−aM1Fe5−b−c−dAlPtM212
(R:ランタノイド金属及びYのうちから選択される一種または二種以上の元素、
M1:Ca及びSrから選択される一種または二種の元素、
M2:Ge及びSiから選択される一種または二種の元素、
0.01<a<0.1,0.15≦b+d≦0.6,0.01≦c≦0.04,a=c+d)
で表されるものであることを特徴とするビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を提供する。
【0014】
このようなビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶であれば、鉛を実質的に含有せず、かつ、ファラデー回転子としたときの光透過性及びファラデー回転能の劣化や、飽和磁化の増大がほとんど無い。このため、結晶の厚みを抑えることができ、結晶特性が優れたものとなる。従って、有害性が無い、高品質のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶となる。
【0015】
このとき、前記組成式において前記Rが、TbとYb、TbとHo、あるいはTbとGdであることが好ましい。
このような元素であれば、飽和磁化がより低く、磁化処理を行なうと角形ヒステリシスを持つビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶となる。
【0016】
また、本発明のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶から構成されたものであることを特徴とする厚さ700μm以下のファラデー回転子を提供する。
このように本発明のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶から構成されたものであれば、厚さ700μm以下で十分なファラデー回転能を有し、容易に作製できるファラデー回転子となる。
【0017】
また、本発明のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶から構成されたファラデー回転子であって、飽和磁化が200ガウス以下であり、角型ヒステリシスを持つものであることを特徴とするファラデー回転子を提供する。
このように組成式においてRが、TbとYb、TbとHo、あるいはTbとGdである本発明のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶から構成されたものであれば、飽和磁化が200ガウス以下であり、角型ヒステリシスを持つ高品質のファラデー回転子となる。
【0018】
また、液相エピタキシャル法により、白金坩堝内で溶融したフラックス組成物中でビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を成長させるビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶の製造方法であって、組成式
(BiR)3−aM1Fe5−b−c−dAlPtM212
(R:ランタノイド金属及びYのうちから選択される一種または二種以上の元素、
M1:Ca及びSrから選択される一種または二種の元素、
M2:Ge及びSiから選択される一種または二種の元素、
0.01<a<0.1,0.15≦b+d≦0.6,0.01≦c≦0.04,a=c+d)
で表される前記ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を成長させることを特徴とするビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶の製造方法を提供する。
【0019】
このようにビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を製造することで、鉛を実質的に含有せず、かつ、ファラデー回転子としたときの光透過性及びファラデー回転能の劣化や、飽和磁化の増大がほとんど無い結晶を製造できる。このため、結晶の厚みを抑えることができ、結晶特性が優れたものを容易に製造できる。また、白金坩堝を用いることができるため、成長温度における坩堝の変形等の問題が生じない。従って、有害性が無い、高品質のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を安定して製造できる。
【発明の効果】
【0020】
以上のように、本発明によれば、有害性が大きいとされる鉛を実質的に含有せず、結晶特性に優れ、かつ、ファラデー回転子としたときの光透過性やファラデー回転能の劣化がみられないビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
従来のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を製造する際に、環境に影響を与える鉛の結晶中への混入や、製造されるガーネット結晶の光吸収やファラデー回転能の劣化等が問題となっていた。
【0022】
本発明者は、上記のような問題に対して、酸化鉛を全く含有しない融液から白金坩堝を用いて液相エピタキシャル法によって成長させて得られるビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶について種々検討した。
その結果、融液中に二価となる炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、酸化カルシウム、あるいは酸化ストロンチウムおよび四価となる酸化ゲルマニウムあるいは酸化ケイ素を含有させることで、得られたビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶の特性が優れたものであることを確認して、本発明を完成させた。
【0023】
以下、本発明について、実施態様の一例として詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
本発明のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶は、組成式
(BiR)3−aM1Fe5−b−c−dAlPtM212
(R:ランタノイド金属及びYのうちから選択される一種または二種以上の元素、
M1:Ca及びSrから選択される一種または二種の元素、
M2:Ge及びSiから選択される一種または二種の元素、
0.01<a<0.1,0.15≦b+d≦0.6,0.01≦c≦0.04,a=c+d)
で表されるものである。
なお、(BiR)3−aは、Bi量とR量の合計が3−aになることを表す。
【0024】
このようなビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶であれば、鉛を実質的に含有せず、エピタキシャル膜の厚みを抑えることができるため結晶特性が優れたものとなる。また、結晶を育成するときに坩堝材である白金の溶解に伴い発生するPt4+により生成するFe2+を、二価の陽イオンとなりかつガーネット結晶構造の{c}サイトに位置する元素であるM1を含むことで、Fe元素の希釈に至らずにFe2+の生成を抑えることができ、光吸収を小さくできる。さらに、四価の陽イオンとなりかつガーネット結晶構造の主に(d)サイトに位置する元素であるM2を含むことで、飽和磁化の調整が可能となり、M1と組み合わせることで安定的に光吸収を抑え、かつ、Fe元素の希釈を抑えることができる結晶となる。
【0025】
本発明では、上記組成式においてRは、光学特性と磁気特性を考慮し、かつ、育成基板との格子定数の適合性等を考慮して、ランタノイド金属あるいはY(イットリウム)より選択される1種または2種以上の元素とすればよい。これらの中でも、光通信波長帯域で光吸収がないY、Gd、Tb、Ho、Yb、Luが好ましく用いられる。特には、Rとして、TbとYb、TbとHo、あるいはTbとGdを選択すれば、Al元素の添加量を増やして飽和磁化を200ガウス以下にでき、5Kエルステッド程度の外部磁界下で磁化処理を行なうことで角型ヒステリシスを持つファラデー回転子とすることができる。
【0026】
また、M1は二価の陽イオンとなる元素のなかでも比較的イオン半径が大きく、ガーネット結晶構造の{c}サイトに入るCaやSrより選択される。
M2は四価の陽イオンとなる元素の中でも比較的イオン半径が小さく、ガーネット結晶構造の主に(d)サイトに入るGeやSiより選択される。
【0027】
また、本発明で結晶に含有させる二価元素となるM1は、ガーネット結晶構造の{c}サイトに入り、M2は主に(d)サイトに入ることで、Fe元素の希釈を最小限とすることができ、ファラデー回転能の劣化を最小限に抑えつつ、飽和磁化を所望とされる800ガウス以下に調整することができるという優位性を持っている。
一方、従来用いられていたPbは、1種の元素でPb2+とPb4+の両方になることができ、光学特性の改善には非常に好都合の元素であったが、その有害性のために使用できない。
【0028】
また、本発明では、Fe元素との置換量を0.15≦b+d≦0.6,0.01≦c≦0.04とする。
ファラデー回転子の厚さが700μmを超えると、その回転子を製造するための結晶は、ラップ代や研磨代が必要なため750μm以上の厚さが必要となり、これほど厚い結晶のエピタキシャル成長は非常に困難なものとなる。従って、本発明の結晶の組成が上記範囲であれば、厚さ300μm〜700μmのファラデー回転子を提供することができる。
【0029】
ここで、本発明では、結晶における電荷が中性になるためにa=c+dが要求され、酸化鉛を実質的に含まない酸化ビスマスでフラックスを構成する融液から結晶を成長させると、Pt量のcは0.01≦c≦0.04と、不純物とはいえない大きな値となる。この四価のPtイオンを中和させるCaやSrの量は、Ptイオンの量よりわずかでも多くすることでM2で示されるGeやSiを結晶に必ず含ませ、白金以外で、二価と四価の陽イオンを融液中に共存させる。これにより、成長させるエピタキシャル膜の厚さが厚い場合、つまり、結晶成長が長時間にわたって続いた場合でも、Fe3+の価数が変化せずにファラデー回転子としたときの光吸収損失を抑えることができる。
【0030】
以上のような本発明のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶は、例えば、以下の本発明の製造方法で製造することができる。
本発明の製造方法では、ガーネット結晶を構成する各金属の酸化物を白金坩堝内で溶融した融液(ガーネット結晶を製造するためのフラックス組成物)中に、白金製のジグに保持したガーネット単結晶基板を挿入し、液相エピタキシャル法により、組成式
(BiR)3−aM1Fe5−b−c−dAlPtM212
(R:ランタノイド金属及びYのうちから選択される一種または二種以上の元素、
M1:Ca及びSrから選択される一種または二種の元素、
M2:Ge及びSiから選択される一種または二種の元素、
0.01<a<0.1,0.15≦b+d≦0.6,0.01≦c≦0.04,a=c+d)
で表されるビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を成長させる。
【0031】
本発明のガーネット結晶膜を成長させるために使用されるガーネット単結晶基板は、例えば、サマリウム・ガリウム・ガーネット(以下、SGGと略記する)、ネオジム・ガリウム・ガーネット(以下、NGGと略記する)、ガドリニウム・ガリウム・ガーネット(以下、GGGと略記する)に、Ca、Mg、Zr、Yの少なくとも1つを添加し、置換したGGG系のSOG、NOG[いずれも信越化学工業(株)製、商品名]とすればよい。これらの基板は、Sm、Nd、Gdまたは必要に応じて、CaO、MgO、ZrOなどの置換剤を、それぞれGaの所定量と共に坩堝に仕込み、高周波誘導炉で各々の融点以上に加熱して溶融したのち、この溶液からチョクラルスキー法で単結晶を引き上げることによって得ることができる。
【0032】
また、融液(フラックス組成物)は、希土類元素酸化物、Bi、Fe、および鉄元素と置換できる元素であるAl、および二価の陽イオンとなる元素でも比較的イオン半径が大きなCa2+やSr2+となるCaCOやSrCOといった炭酸塩、および四価の陽イオンとなる元素でもFe3+よりイオン半径の小さなSi4+やGe4+となるSiOやGeOといった酸化物を白金製の坩堝に仕込み、1000〜1200℃に加熱してこれを溶解させて得ることができる。そして、この過冷却状態の融液から液相エピタキシャル法で700〜950℃の成長温度で、挿入したガーネット単結晶基板表面に単結晶を成長させることができる。
【0033】
このように一般的な酸化ビスマス、酸化鉄および鉄元素と置換可能な上記特性をもつ非磁性金属元素の炭酸塩や酸化物を、ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶に混入するPt量と飽和磁化とファラデー回転能、つまり、偏光面を45度回転させるために必要な厚さ、を所望の値になるように調整した融液組成から、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を育成することで、厚さ300μm〜700μmのビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を得ることができる。すなわち、フラックス中の組成が前記式を満足するようにし、これからビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を成長させることで、本発明のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を製造することができる。そして、これを用いて例えば、波長1.3〜1.6μm帯の光アイソレータに組み込まれるファラデー回転子を得ることができる。
【0034】
本発明では、フラックス成分として鉛を含有するPbOやPbFを微量もしくは全く使用していないため、そこから成長して得られるガーネット単結晶にも鉛が規制値である1000ppmを超えて含有されることはない。
【実施例】
【0035】
以下、実施例及び比較例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
(実施例1)
液相エピタキシャル法により、本発明のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を成長させた。
ガーネット単結晶基板として、格子定数が12.496Åで、厚さが1.2mmである直径76.2mmのNOGウェーハ(信越化学工業(株)商品名)を用いた。また、ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を成長させるための金属酸化物として、酸化ビスマス(Bi)9000g、酸化ホウ素(B)128g、酸化第二鉄(Fe)465g、酸化テルビウム(Tb)80g、酸化ユーロピウム(Eu)10g、酸化アルミニウム(Al)23g、酸化ゲルマニウム(GeO)2g及び酸化カルシウム(CaO)5gを白金坩堝に仕込み、1100℃に加熱してこれを溶融させた。そして、この融液から上記したNOGウェーハに成長温度760〜770℃でビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を液相エピタキシャル法で成長させた。この成長において、融液に微小結晶が析出することはなく、膜厚が680μmで結晶性の良好なビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を得ることができた。
【0036】
このビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶をICP発光分析法で分析した結果、これは式Bi1.00Tb1.76Eu0.20Ca0.04Fe4.56Al0.40Pt0.03Ge0.0112で示されるものであった。
この単結晶を切断して研磨加工し、波長1.55μmでファラデー回転角45度となるように仕上げた結果、厚さは550μmであった。さらに、SiOとTiからなる無反射コーティングを施した後、大きさを1.0×1.0mmとし、これに6000エルステッドの磁界を加えて単一に磁化した状態で、波長1.55μmにおける光吸収損失を調べたところ、0.08dBと低損失であった。また、飽和磁化の値を測定した結果、650ガウスであった。
【0037】
(実施例2)
液相エピタキシャル法により、本発明のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を成長させた。
ガーネット単結晶基板として、格子定数が12.496Åで、厚さが1.2mmである直径76.2mmのNOGウェーハを用いた。また、ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を成長させるための金属酸化物として、酸化ビスマス(Bi)9500g、酸化ホウ素(B)83g、酸化第二鉄(Fe)450g、酸化テルビウム(Tb)68g、酸化イッテルビウム(Yb)15g、酸化アルミニウム(Al)60g、酸化ゲルマニウム(GeO)2g及び炭酸ストロンチウム(SrCO)7.4gを白金坩堝に仕込み、1100℃に加熱してこれを溶融させた。この融液から上記したNOGウェーハに成長温度760〜770℃で、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を液相エピタキシャル法で成長させた。この成長において、融液に微小結晶が析出することはなく、膜厚が690μmで結晶性の良好なビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を得ることができた。
【0038】
このビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶をICP発光分析法で分析した結果、これは式Bi1.15Tb1.64Yb0.15Sr0.06Fe4.40Al0.55Pt0.04Ge0.0212で示されるものであった。
この単結晶を切断して研磨加工し、波長1.55μmでファラデー回転角45度となるように仕上げた結果、厚さは600μmであった。さらに、SiOとTiからなる無反射コーティグを施した後、大きさを1.0×1.0mmとし、これに6000エルステッドの磁界を加えて単一に磁化した状態で、波長1.55μmにおける光吸収損失を調べたところ0.07dBであり、極めて低損失であった。また、飽和磁化を測定した結果は45ガウスであった。この1.0×1.0mmのチップを、5000エルステッドの外部磁界下で磁化処理を行なった後、磁化方向と逆方向へ磁界を印加し、保持力Hcを測定した結果、1400エルステッドであり、角型ヒステリシスを持った材料であることが確認できた。
【0039】
(実施例3〜4、比較例1〜3)
実施例1及び2と同様に、ただし、ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶の結晶成分を様々に変えて表1の組成で実施例3〜4、比較例1〜3のガーネット結晶を成長させ、波長1.55μmで45度回転角となる厚さ、光吸収損失、飽和磁化を実施例1及び2と同様に調べた。
測定結果をあわせて表1に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
比較例1、2では、本発明の組成式の「3−a」、「5−b−c−d」を満たしておらず、エピタキシャル成長後にエピタキシャル膜にワレが多く見られた。これはエピタキシャル膜の厚さが増加して結晶成長が難しくなったためである。
比較例3では、本発明の組成式の「M2」を含まず、光吸収損失が増加した。このエピタキシャル膜の表面側より研磨を続けていくと次第に光吸収損失は小さくなったことより、結晶成長に伴い光吸収損失が増えていることが確認できた。
【0042】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶であって、該ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶は、組成式
(BiR)3−aM1Fe5−b−c−dAlPtM212
(R:ランタノイド金属及びYのうちから選択される一種または二種以上の元素、
M1:Ca及びSrから選択される一種または二種の元素、
M2:Ge及びSiから選択される一種または二種の元素、
0.01<a<0.1,0.15≦b+d≦0.6,0.01≦c≦0.04,a=c+d)
で表されるものであることを特徴とするビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶。
【請求項2】
前記組成式において前記Rが、TbとYb、TbとHo、あるいはTbとGdであることを特徴とする請求項1に記載のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶から構成されたものであることを特徴とする厚さ700μm以下のファラデー回転子。
【請求項4】
請求項2に記載のビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶から構成されたファラデー回転子であって、飽和磁化が200ガウス以下であり、角型ヒステリシスを持つものであることを特徴とするファラデー回転子。
【請求項5】
液相エピタキシャル法により、白金坩堝内で溶融したフラックス組成物中でビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を成長させるビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶の製造方法であって、組成式
(BiR)3−aM1Fe5−b−c−dAlPtM212
(R:ランタノイド金属及びYのうちから選択される一種または二種以上の元素、
M1:Ca及びSrから選択される一種または二種の元素、
M2:Ge及びSiから選択される一種または二種の元素、
0.01<a<0.1,0.15≦b+d≦0.6,0.01≦c≦0.04,a=c+d)
で表される前記ビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶を成長させることを特徴とするビスマス置換希土類鉄ガーネット結晶の製造方法。


【公開番号】特開2013−95608(P2013−95608A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−236910(P2011−236910)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】