説明

ビタミンK低生産性新規納豆菌

【課題】 ワルファリン等の抗血液凝固作用を実質的に阻害しないビタミンK低生産性新規納豆菌の選抜方法と、このビタミンK低生産性新規納豆菌で製造されたビタミンK低含有納豆を提供する。
【解決手段】 抗生物質を添加した培地で変異誘導処理が施された納豆菌からビタミンK低生産性新規納豆菌が選抜され、このビタミンK低生産性新規納豆菌を使用してビタミンK低含有納豆を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワルファリン等の抗血液凝固作用を阻害しないビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法並びにビタミンK低生産性新規納豆菌と、このビタミンK低生産性新規納豆菌で製造されたビタミンK低含有納豆に関する。
【背景技術】
【0002】
納豆は原料として大豆を使用し、稲ワラや枯れ草等に多く生息する枯草菌(Bacillus subtilis)の一種である納豆菌(B. subtilis natto)を繁殖させて作った発酵食品であって、その粘性から糸引き納豆ともいわれている。そして、納豆は良質なたんぱく質やイソフラボン等の有効成分を豊富に含み、その性質と食品としての機能性が多く報告されてきた。例えば、特許文献1には、血栓溶解酵素活性が高く、かつ粘質物生産量が高い納豆とその製造方法、及びこれを製造するための納豆菌が示されている。
【特許文献1】特開2001−238667号公報
【特許文献2】特開平3−297358号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上述のような有効成分を含有し、高い血栓溶解酵素活性を示す納豆は、血液凝固因子等の生成に必要なビタミンK(主にビタミンK2(メナキノン))を生産することが知られている。このビタミンKは、ワルファリン等の抗血液凝固作用を有する医薬と拮抗し、医薬の抗血液凝固作用を低下させる等の悪影響を及ぼすおそれがある。また、ビタミンKを生産する納豆菌は、人が摂取した後も腸内でビタミンKを高生産してしまうという問題点があった。従って、ワルファリン等の抗血液凝固作用を有する医薬を服用する血栓塞栓症患者等は、有効成分を豊富に含み、かつ高い血栓溶解酵素活性を示すナットウキナーゼ等を含む納豆を食したい場合であっても、納豆中に含まれるビタミンKのために納豆の厳格な食餌制限がなされているという問題を抱えている。
【0004】
一方、特許文献2に記載のビタミンK低含有量の納豆の製造方法では、抗生物質及び変異原性物質で納豆菌を変異させるものであるが、ビタミンK低産化の効果は十分なものではなかった。
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、ワルファリン等の抗血液凝固作用を実質的に阻害しないビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法と、このビタミンK低生産性新規納豆菌で製造されたビタミンK低含有納豆を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1の発明に係るビタミンK低生産性新規納豆菌は、抗生物質を添加した培地で変異誘導処理が施された納豆菌から選抜された。
【0007】
請求項2の発明に係るビタミンK低生産性新規納豆菌は、請求項1記載のビタミンK低生産性新規納豆菌が接種されたビタミンK添加培地で選抜された。
【0008】
請求項3の発明は、請求項1又は請求項2に記載のビタミンK低生産性新規納豆菌において、培地に対する抗生物質の添加量が、1〜200ppmである
請求項4の発明は、請求項2又は請求項3に記載のビタミンK低生産性新規納豆菌において、培地に対するビタミンKの添加量が、1〜10μg/mlである。
【0009】
請求項5の発明は、請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載のビタミンK低生産性新規納豆菌において、変異誘導処理が紫外線照射である。
【0010】
請求項6の発明は、請求項1乃至請求項5のいずれか一項に記載のビタミンK低生産性新規納豆菌において、新規納豆菌がFERM P−20269またはFERM P−20268である。
【0011】
請求項7の発明は、請求項1乃至請求項6のいずれか一項に記載の納豆菌を使用して製造された納豆である。
【0012】
請求項8の発明は、請求項1乃至請求項6のいずれか一項に記載の納豆菌を使用する納豆の製造方法である。
【0013】
請求項9の発明に係るビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法は、抗生物質添加培地に納豆菌を接種し、該納豆菌に変異誘導処理を施した後に選抜する。
【0014】
請求項10の発明に係るビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法は、請求項9記載の製造方法により製造されたビタミンK低生産性新規納豆菌を、ビタミンK添加培地に接種した後に選抜する。
【0015】
請求項11の発明は、請求項9又は請求項10に係るビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法において、変異誘導処理が紫外線照射である。
【0016】
請求項12の発明に係るビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法は、納豆菌が生育可能な培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該培地に納豆菌を接種し、該培地に接種された納豆菌に紫外線を照射し、該紫外線を照射した該納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程を含む。
【0017】
請求項13の発明に係るビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法は、納豆菌が生育可能な培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該培地に納豆菌を接種し、該培地に接種された納豆菌に紫外線を照射し、該紫外線を照射した該納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程と、前工程から得られた納豆菌をビタミンK添加培地で培養し、培養された納豆菌から増殖可能な納豆菌を選抜する工程と、を含む。
【0018】
請求項14の発明に係るビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法は、納豆菌が生育可能な第1の培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該第1の培地に納豆菌を接種し、該第1の培地に接種された納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程と、前工程で選抜された納豆菌が生育可能な第2の培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該第2の培地に納豆菌を接種し、該第2の培地に接種された納豆菌に紫外線を照射し、該紫外線を照射した該納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程と、を含む。
【0019】
請求項15の発明に係るビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法は、納豆菌が生育可能な第1の培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該第1の培地に納豆菌を接種し、該第1の培地に接種された納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程と、前工程から得られた納豆菌をビタミンK添加培地で培養し、培養された納豆菌から増殖可能な納豆菌を選抜する工程と、前工程で選抜された納豆菌が生育可能な第2の培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該第2の培地に納豆菌を接種し、該第2の培地に接種された納豆菌に紫外線を照射し、該紫外線を照射した該納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程と、を含む。
【0020】
請求項16の発明は、請求項12乃至請求項15のいずれかに記載の納豆菌を使用して製造された納豆である。
【0021】
請求項17の発明は、請求項16に記載のビタミンK低生産性新規納豆菌を使用して製造された納豆である。
【発明の効果】
【0022】
以上説明したように本発明によれば、ビタミンK生産性の低い新規納豆菌を製造し、ビタミンK含有量の低い納豆を選抜することができる。従って、ワルファリン等の抗血液凝固作用を有する医薬を服用する血栓塞栓症患者等でも安心して本発明の納豆を食し、納豆に含まれる豊富な蛋白質、ビタミンB2、ビタミンB6、レシチン等の栄養素やナットウキナーゼ、プロテアーゼ、イソフラボン等の生理活性物質を摂取することができる。また、本発明のビタミンK低生産性新規納豆菌は、腸内においてもビタミンKの生産は低いまま保たれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明は、(1)抗生物質添加培地中で納豆菌試料を培養後選抜する工程、(2)ビタミンK添加培地中で生育し、コロニーが増大した納豆菌のみを選抜する工程、(3)納豆を製造し、粘性試験により粘性を示した納豆菌のみを選抜する工程、(4)納豆菌を抗生物質添加培地中に接種し、この納豆菌に紫外線を照射して変異処理し、抗生物質添加培地中で培養後選抜する工程、をそれぞれ組み合わせた選抜工程によりビタミンK低生産性新規納豆菌を製造する。
【0024】
また、本発明は、上記(1)乃至(4)を組み合わせた工程で製造されたビタミンK低生産性新規納豆菌によってビタミンK低含有納豆を製造する。このビタミンK低含有納豆は、まず、大豆を水に浸漬して水切りした後に蒸煮し、そして、得られた大豆にビタミンK低生産性新規納豆菌を接種した後、発酵及び熟成させて得られる。
【0025】
本発明に用いる納豆菌は、市販されている納豆菌、市販されている納豆から分離して得られる納豆菌、その他所定の研究施設に保存していた納豆菌、または、例えば自然界、具体的には土壌、落ち葉、枯れ草花、及び稲ワラ等より分離されて得られる納豆菌を用いてもよい。また、本発明における納豆菌は、通常の納豆菌と同様にナットウキナーゼの生産が認められる。これにより、ビタミンK低生産性とともに血栓溶解性も示すので、血栓予防にも効果を示す。
【0026】
本発明に用いる抗生物質は、納豆菌に作用するものであれば良く、特に制限されない。例えば、アミノグルコシド系抗生物質としては、ストレプトマイシン、シソマイシン、アルベカマイシン、ゲンタマイシン、アストロマイシン、ベカナマイシン、リボスタマイシン、カナマイシン等の抗生物質が挙げられる。
【0027】
また、ニューキノロン系抗生物質として、ノルフロキサシン、エノキサシン、オフロキサシン、シプロフロキサシン等の抗生物質が挙げられる。
【0028】
また、ペニシリン系抗生物質として、メチシリン、ピペラシリン等の抗生物質が挙げられる。
【0029】
また、セフェム系抗生物質として、セフピロム、セファゾリン、セフォチアム、セファレキシン等の抗生物質が挙げられる。
【0030】
また、グリコペプチド系抗生物質として、バンコマイシン、アボバルジン、テイコプラニン等の抗生物質が挙げられる。
【0031】
さらに、マクロライド系抗生物質として、エリスロマイシン、クラリスロマイシン、ロキシスロマイシン、ミデカマイシン、キタサマイシン等の抗生物質が挙げられる。
【0032】
さらにその上、テトラサイクリン系抗生物質として、ミノサイクリン、ドキシサイクリン、テトラサイクリン等の抗生物質が挙げられる。
【0033】
他にも、ホスホマイシン、クロラムフェニコール、チアンフェニコール等の抗生物質が挙げられる。
【0034】
上記に挙げた抗生物質の中で、より好ましくは、メチシリン、ドキシサイクリン、シプロフロキサシン、クロラムフェニコール、ストレプトマイシン等である。
【0035】
また、本発明に用いる抗生物質の濃度は、1ppm〜200ppmの範囲が好ましく、より好ましくは5ppm〜80ppmの範囲であり、さらに好ましくは10ppm〜60ppmの範囲である。さらに、本発明に用いる抗生物質は、1種又は2種以上を混合したものを用いることができる。
【0036】
本発明における培地は、ビオチンを含む細菌用寒天培地であることが好ましい。また、本発明におけるビタミンK添加培地は、ビタミンK3(メナジオン)添加TBAB(Tryptose blood agar base)培地であることが好ましい。尚、本実施形態では、ビタミンK3(メナジオン)を培地に添加したがこれに限られず、フィロキノン、メナキノンを添加しても良い。
【0037】
ビタミンK低生産性とは、当該納豆菌を使用して製造した納豆中において、ワーファリン等の医薬の作用を実質的に阻害しない程度のビタミンKしか生産しないことを意味する。納豆中のビタミンK生産量は、500μg/100g納豆以下であり、好ましくは300μg/100g納豆以下、さらに好ましくは100μg/100g納豆以下である。
【0038】
当該納豆菌を使用して製造した納豆は、粘性を有していても良いし、粘性が無くても良い。粘性を有するビタミンK低含有納豆の場合は、特有の糸引きが見られ、市販されている納豆と何ら変わりない。また、粘性の無いビタミンK低含有納豆の場合は、納豆の粘性が苦手な人にとっても食べ易い上に、加工食品への応用が容易になる等の利点をもつ。また、粘性の有無に関係なく、当該納豆菌を使用して製造した納豆は、ワルファリン等の抗血液凝固作用を阻害せず、薬効の低減を抑制することができる。
【0039】
本発明における生理学同定試験は、メチルレッド試験、グラム染色、カタラーゼ試験、デンプンの分解、レシチナーゼ試験、硝酸塩の還元、ヒスチジンの資化、ビオチン要求性、及びヒートショック試験からなる。これらの試験からなる生理学同定試験によって、自然界から得られた菌株の属種が明確になる。
【0040】
さらに、本発明における分子生物学的同定試験は、16SrRNAの塩基配列を解析するものであり、その相同性から菌種を同定することができる。
【0041】
以下、実施例を挙げて本発明を説明する。この実施例のメナキノンの数値は納豆菌の種類等によって変動するものであり、本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0042】
まず、東京都内2カ所(採取場所A、B)、愛知県1カ所(採取場所C)の土壌、落ち葉、枯れ草花または稲ワラから採取した納豆菌分離源から0.1gを秤量し蒸留水にて10倍希釈後、加熱温度80℃〜120℃、加熱時間3分間の条件下で納豆菌分離源を加熱処理した。その後、予備培養でコロニーの形状から納豆菌と考えられるものを選抜した。後述のスクリーニングに供給する試料数を表1に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
以下、採取場所Aより得られた納豆菌試料を納豆菌試料A、採取場所Bより得られた納豆菌試料を納豆菌試料B、採取場所Cより得られた納豆菌試料を納豆菌試料Cとする。
【0045】
また、本実施例は、上記した自然界から分離した納豆菌試料A〜Cの他に、市販されている納豆菌D(15株)と、その他所定の研究施設に保存していた納豆菌E(6株)を用いて実験をおこなった。
【0046】
第1スクリーニング工程を説明する。すなわち、まず、上述した各納豆菌試料A〜Cを100倍希釈した。また、上述した各納豆菌(コロニー)D、Eを前培養として12時間〜14時間振とう培養(回転数125rpm、培養温度37℃)を行った。これら各納豆菌試料A〜C及び納豆菌D、Eの各懸濁液を培養温度37℃、培養時間24時間の条件下で、乾燥ブイヨン1.5%、ビオチン100μg、ストレプトマイシンとクロラムフェニコールを等量ずつ混合した抗生物質20ppm、寒天1.5%を含む抗生物質添加ブイヨン培地(第1の培地)にて培養し、生育できた納豆菌試料及び納豆菌(いずれもコロニー)のみを選抜した。第1スクリーニング工程後の各納豆菌試料及び納豆菌のコロニー数は、表2に示す。
【0047】
【表2】

【0048】
続いて、第2スクリーニング工程を説明する。すなわち、第1スクリーニング工程で選抜された各納豆菌試料(コロニー)A〜C及び納豆菌株(コロニー)D、Eを、5μg/mlのビタミンK3(第一化学薬品株式会社製)を添加したTBAB培地及び無添加TBAB培地にそれぞれ接種した。そして、各培地のコロニーの生育差を比較して、ビタミンK3添加TBAB培地にて0.2mm以上の生育増大を示したコロニーを選抜した。また、第2スクリーニング工程後のビタミン要求性の納豆菌試料及び納豆菌のコロニー数は、表2に示すとおりである。
【0049】
ここで、自然界から採取し、第1スクリーニング工程及び第2スクリーニング工程で選抜した納豆菌試料A〜Cから、食品微生物に適した納豆菌を選抜するために第3スクリーニング工程乃至第6スクリーニング工程を行った。なお、納豆菌D、Eに関しては、事前に納豆菌としての特性を有することが確認されているので、第3スクリーニング工程乃至第6スクリーニング工程は行わなかった。
【0050】
まず、第3スクリーニング工程を説明する。すなわち、第2スクリーニング工程で選抜された各納豆菌試料A〜Cを用いて、生理学的同定試験を行った。この生理学的同定試験により、ヒスチジンの資化のみが陰性を示し、且つヒスチジンの資化以外の試験では陽性を示す納豆菌試料(コロニー)のみを選抜した。この選抜した納豆菌試料を用いて、加熱温度80℃、加熱時間30分間の条件下でヒートショック試験を行った。その後、吸光度計を用いて波長660nmにおける細菌試料の濁度を測定した。その結果、ヒートショック試験前後の生菌濁度の差が0.5以上の納豆菌試料のみを選抜した。第3スクリーニング工程後の各納豆菌試料の株数は、表2に示すとおりである。
【0051】
次に、第3スクリーニング工程で選抜した各納豆菌試料A〜Cを用いて納豆を製造した。まず、大豆1kgを約4℃の水に12時間浸漬して水切りした後、1時間蒸煮する。ここで、浸漬する際の水は大豆の3倍量を用いた。蒸煮した大豆に第3スクリーニング工程で選抜した納豆菌試料の懸濁液を5ml接種して、発酵温度37℃、発酵時間24時間の条件下で発酵させた。そして、発酵後の各納豆の熟成条件は、4℃、24時間にて熟成させた。
【0052】
そして、第4スクリーニング工程を説明する。すなわち、第3スクリーニング工程で選抜した各納豆菌試料A〜Cを用いて製造した納豆を試料とする粘性試験を行い、糸引きを示した納豆の製造に使われた各納豆菌試料のみを選抜した。この第4スクリーニング工程により、第1スクリーニング工程乃至第3スクリーニング工程を経た自然界より得られた納豆菌試料から、粘性(糸引き)を有する納豆を製造することができる納豆菌株を選抜することが可能である。第4スクリーニング工程後の各納豆菌試料の株数は、表2に示すとおりである。
【0053】
また、第5スクリーニング工程を説明する。すなわち、第4スクリーニング工程で選抜した各納豆菌試料A〜Cを用いて、分子生物学的同定試験を行った後、メナキノン生産量の測定と粘性の確認を行う。まず、第4スクリーニング工程で選抜した各納豆菌試料A〜Cの16SrRNA法にて塩基配列を解析して、枯草菌の塩基配列と実質的に相同性を示す納豆菌試料を選抜した。続いて、これらの菌株を使用して納豆を製造し、納豆中のメナキノンを定量し、メナキノン生産性が低く、且つ粘性を有する納豆菌試料を選抜した。第5スクリーニング工程後の各納豆菌試料の株数は、表2に示すとおりである。
【0054】
さらに、第6スクリーニング工程を説明する。すなわち、第5スクリーニング工程で選抜した各納豆菌試料A〜Cの中から、納豆菌標準株と同等のプロテアーゼ生成能とナットウキナーゼ生成能を有する納豆菌試料を選抜した。第6スクリーニング工程後の各納豆菌試料の株数は、表2に示すとおりである。
【0055】
上記、第1乃至第6スクリーニング工程を行うことによって、納豆菌3株を選抜し、それぞれ、N−56、B−14、B−17とした。
【0056】
また、表2に示すように、上記第1及び第2スクリーニング工程によって納豆菌Dから21株を分離した。この21株の中から、前述した方法でメナキノン生産量の測定を行い、メナキノン含有量の特に低かった2株を選抜し、一方の納豆菌DをM1−12、他方の納豆菌DをM13−21とした。さらに、表2に示すように、上記第1及び第2スクリーニング工程によって納豆菌Eから12株を分離した。この12株の中から、前述した方法でメナキノン生産量の測定を行い、メナキノン含有量の特に低かった1株を選抜し、この納豆菌EをS68−2とした。
【0057】
その後、第7スクリーニング(選抜)工程を行った。すなわち、上記第1乃至第6スクリーニング工程によって分離した各納豆菌を親株として、培養温度37℃、培養時間5時間、振とう数125rpmの条件下でビオチン添加液体ブイヨン培地にて各納豆菌の振とう培養を行う。この振とう培養を行った培養液100μlを、乾燥ブイヨン1.5%、ビオチン100μg、ストレプトマイシンとクロラムフェニコールを等量ずつ混合した抗生物質40ppm、寒天1.5%を含む抗生物質添加ブイヨン培地(第2の培地)に塗沫接種した。そして、抗生物質添加ブイヨン培地に塗沫接種した納豆菌試料に、照射距離3cm、照射時間3分間の条件下、GL15形の殺菌ランプにより紫外線を照射して納豆菌変異株を作出した。そして、紫外線照射後の納豆菌変異株を、上記と同様に抗生物質40ppmを添加したブイヨン培地中で培養温度37℃、培養時間48時間の条件下にて培養し、生育できた納豆菌変異株のみを選抜した。また、第7スクリーニング工程後の各納豆菌変異株の株数は、表3に示す。
【0058】
【表3】

【0059】
続いて、第8スクリーニング工程を説明する。すなわち、第7スクリーニング工程で選抜した納豆菌変異株を、5μg/mlのビタミンK3(第一化学薬品株式会社製)を添加したTBAB培地及び無添加TBAB培地にそれぞれ接種する。そして、培養温度37℃、培養時間48時間の条件下にて培養し、各培地のコロニーの生育差を比較して、ビタミンK3添加TBAB培地にて0.2mm以上の生育増大を示した納豆菌変異株を選抜した。第8スクリーニング工程後の各ビタミンK要求性納豆菌変異株の株数は、表3に示すとおりである。
【0060】
その後、第1スクリーニング工程乃至第8スクリーニング工程により製造されたビタミンK要求性納豆菌変異株よりなるビタミンK低生産性新規納豆菌を用いて納豆を製造した。まず、大豆1kgを約4℃の水に12時間浸漬して水切りした後、1時間蒸煮する。この大豆に第1スクリーニング工程乃至第8スクリーニング工程で選抜したビタミンK低生産性新規納豆菌懸濁液を5ml接種して、37℃、24時間の条件下で発酵させた。次に、発酵後の納豆を、4℃、24時間の条件下で熟成させて、納豆を製造した。
【0061】
さらに、第9スクリーニング工程を説明する。すなわち、第1スクリーニング工程乃至第8スクリーニング工程で選抜したビタミンK低生産性新規納豆菌を用いて製造した納豆を試料とする粘性試験を行い、糸引きを示した納豆の製造に使われたビタミンK低生産性新規納豆菌のみを選抜した。第9スクリーニング工程後の各ビタミンK低生産性新規納豆菌の株数は、表3に示すとおりである。
【0062】
最後に、第1スクリーニング工程乃至第9スクリーニング工程により得られたビタミンK低生産性新規納豆菌で製造された各納豆を用いて、納豆中のメナキノン含有量の測定を行った。
【0063】
納豆中のメナキノン含有量の測定方法について説明する。熟成後に得られた納豆5gに蒸留水20mlを添加後、温度100℃、時間10分間から15分間の条件下熱水抽出を行った。さらに、得られた各抽出液を、遠心分離(回転数3000rpm、回転時間20分間)を行った。その後、遠心分離により得られた各沈殿物にアセトン5ml及びポリエチレングリコール1mlを添加した後、その上澄み液をメタノールで適宜希釈した。最後に、紫外部吸収スペクトル(波長240nm〜270nm)によって、各納豆中のメナキノン含有量を測定した。
【0064】
その結果を図1に示す。図1に示すように、第1スクリーニング工程乃至第9スクリーニング工程により得られたビタミンK低生産性新規納豆菌のメナキノン含有量は、全てのビタミンK低生産性新規納豆菌において親株のメナキノン含有量よりも低下していた。特に、納豆菌標準株(IFO3009)で製造された納豆は1034μg/100gものメナキノン含有量を示したが、本実施例におけるビタミンK低生産性新規納豆菌の株N−56、B−17から製造された納豆は、それぞれ68、65μg/100gのメナキノンを含有していた。
【0065】
本実施例によれば、ワルファリン等の抗血液凝固作用を有する医薬を服用する血栓塞栓症患者等でも安心して、本実施例におけるビタミンK低生産性新規納豆菌から製造されたビタミンK低含有納豆を摂取することができる。
【0066】
本実施例のビタミンK低生産性新規納豆菌のうち、B−17の中で低メナキノン含有量を示したBU17−49は、FERM P−20269として、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託されている。
【0067】
尚、本実施例は、第2スクリーニング工程と第8スクリーニング工程の2工程においてビタミンK3添加TBAB培地によりビタミン要求性納豆菌変異株を選抜した。しかしながら、ビタミン要求性納豆菌変異株を選抜することができるのであれば、ビタミンK3添加TBAB培地によるスクリーニング工程は複数回ではなく1回行うだけでも良い。これにより、作業時間の効率化を図ることができる。
【実施例2】
【0068】
本実施例では、第1スクリーニング工程乃至第9スクリーニング工程の後に第10スクリーニング工程及び第11スクリーニング工程をおこなった。すなわち、第1スクリーニング工程乃至第9スクリーニング工程により製造した各ビタミンK低生産性新規納豆菌から4株を選抜し、これを親株として、更に抗生物質を添加した培地に接種し、紫外線を照射した。
【0069】
第1スクリーニング工程乃至第9スクリーニング工程に関しては、上記実施例1と同様であるので省略する。また、各ビタミンK低生産性新規納豆菌から選抜した4株とは、実施例1において、N−56の中から低メナキノン含有量を示した2株(NU56−6、NU56−29)、B−17の中から低メナキノン含有量を示した1株(BU17−49)、及び、S68−2の中から低メナキノン含有量を示した1株(SU682−12)のことである。
【0070】
具体的には、まず、第1スクリーニング工程乃至第9スクリーニング工程によって製造したビタミンK低生産性新規納豆菌4株を、培養条件37℃、5時間、振とう数125rpmにてビオチン添加液体ブイヨン培地で各納豆菌の振とう培養を行う。ここで、この振とう培養を行い、第10スクリーニング工程前の培養液100μl中に含まれる各ビタミンK低生産性新規納豆菌の株数を表4に示す。
【0071】
【表4】

【0072】
この振とう培養を行った培養液100μlを、乾燥ブイヨン1.5%、ビオチン100μg、ストレプトマイシンとクロラムフェニコールを混合した抗生物質40ppm、寒天1.5%を含む抗生物質添加ブイヨン培地に塗沫接種した。そして、抗生物質添加ブイヨン培地に塗沫接種した納豆菌試料に、照射距離3cm、照射時間3分間の条件下、GL15形の殺菌ランプにより紫外線を照射して第2納豆菌変異株とした。
【0073】
この第2納豆菌変異株を、そのまま抗生物質添加ブイヨン培地中で培養条件37℃、48時間にて培養し、生育できた納豆菌のみを選抜した。また、第10スクリーニング工程後の各第2納豆菌変異株の株数は、表4に示すとおりである。
【0074】
さらに、第11スクリーニング工程を説明する。すなわち、第10スクリーニング工程で選抜した第2納豆菌変異株を、5μg/mlのビタミンK3(第一化学薬品株式会社製)を添加したTBAB培地及び無添加TBAB培地にそれぞれ接種する。そして、培養条件37℃、48時間にて培養し、各培地のコロニーの生育差を比較して、ビタミンK3添加TBAB培地にて0.2mm以上の生育増大を示したコロニーを選抜した。第11スクリーニング工程後の各第2ビタミンK要求性納豆菌株の株数は、表4に示すとおりである。
【0075】
以上、第1スクリーニング工程乃至第11スクリーニング工程により、第2ビタミンK低生産性納豆菌変異株よりなるビタミンK低生産性新規納豆菌が得られた。
【0076】
その後、第1スクリーニング工程乃至第11スクリーニング工程により得られたビタミンK低生産性新規納豆菌を用いて納豆を製造した。まず、大豆1kgを約4℃の水に12時間浸漬して水切りした後、1時間蒸煮する。この大豆に第1スクリーニング工程乃至第11スクリーニング工程で選抜したビタミンK低生産性新規納豆菌懸濁液を5ml接種して、発酵条件37℃、24時間にて発酵させた。次に、発酵後の納豆を、熟成条件4℃、24時間の条件下で熟成させて、納豆を製造した。
【0077】
最後に、第1スクリーニング工程乃至第11スクリーニング工程により得られたビタミンK低生産性新規納豆菌で製造された納豆を用いて、各納豆中のメナキノン含有量の測定を行った。まず、熟成後に得られた納豆5gに蒸留水20mlを添加後、温度100℃、時間10分間から15分間の条件下熱水抽出を行った。さらに、得られた各抽出液を、遠心分離(回転数3000rpm、回転時間20分間)を行った。その後、遠心分離により得られた各沈殿物にアセトン5ml及びポリエチレングリコール1mlを添加した後、その上澄み液をメタノールで適宜希釈した。最後に、紫外部吸収スペクトル(波長240nm〜270nm)によって、各納豆中のメナキノン含有量を測定した。
【0078】
その結果を図2に示す。図2に示すように、第1スクリーニング工程乃至第11スクリーニング工程により得られたビタミンK低生産性新規納豆菌のメナキノン含有量は、全てのビタミンK低生産性新規納豆菌において親株のメナキノン含有量よりも低下していた。特に、納豆菌標準株(IFO3009)で製造された納豆は1034μg/100gものメナキノン含有量を示したが、本実施例におけるビタミンK低生産性新規納豆菌の株BU17−49から製造された納豆は11μg/100gのメナキノンを含有していた。
【0079】
本実施例のビタミンK低生産性新規納豆菌のうち、BU17−49の中で低メナキノン含有量を示したBU17−49Aは、FERM P−20268として、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託されている。
【0080】
尚、実施例2は、第2スクリーニング工程、第8スクリーニング工程、及び第11スクリーニング工程の3工程においてビタミンK3添加TBAB培地によりビタミン要求性納豆菌変異株を選抜した。しかしながら、ビタミン要求性納豆菌変異株を選抜することができるのであれば、ビタミンK3添加TBAB培地によるスクリーニング工程の回数を削減しても良い。これにより、作業時間の効率化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明の実施例1に係る各納豆菌株のメナキノン含有量を示すグラフ
【図2】本発明の実施例2に係る各納豆菌株のメナキノン含有量を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗生物質を添加した培地で変異誘導処理が施された納豆菌から選抜されたビタミンK低生産性新規納豆菌。
【請求項2】
請求項1記載のビタミンK低生産性新規納豆菌が接種されたビタミンK添加培地で選抜されたビタミンK低生産性新規納豆菌。
【請求項3】
培地に対する前記抗生物質の添加量が、1〜200ppmであることを特徴とする請求項1又は請求項2記載のビタミンK低生産性新規納豆菌。
【請求項4】
培地に対するビタミンKの添加量が、1〜10μg/mlであることを特徴とする請求項2又は請求項3記載のビタミンK低生産性新規納豆菌。
【請求項5】
前記変異誘導処理が紫外線照射であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載のビタミンK低生産性新規納豆菌。
【請求項6】
FERM P−20269またはFERM P−20268であることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか一項に記載のビタミンK低生産性新規納豆菌。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれか一項に記載のビタミンK低生産性新規納豆菌を使用して製造された納豆。
【請求項8】
請求項1乃至請求項6のいずれか一項に記載のビタミンK低生産性新規納豆菌を使用する納豆の製造方法。
【請求項9】
抗生物質添加培地に納豆菌を接種し、該納豆菌に変異誘導処理を施した後に選抜することを特徴とするビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法。
【請求項10】
請求項9記載の製造方法により製造されたビタミンK低生産性新規納豆菌を、ビタミンK添加培地に接種した後に選抜することを特徴とするビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法。
【請求項11】
変異誘導処理が紫外線照射であることを特徴とする請求項9又は請求項10記載のビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法。
【請求項12】
納豆菌が生育可能な培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該培地に納豆菌を接種し、該培地に接種された納豆菌に紫外線を照射し、該紫外線を照射した該納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程を含む
ことを特徴とするビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法。
【請求項13】
納豆菌が生育可能な培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該培地に納豆菌を接種し、該培地に接種された納豆菌に紫外線を照射し、該紫外線を照射した該納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程と、
前工程から得られた納豆菌をビタミンK添加培地で培養し、培養された納豆菌から増殖可能な納豆菌を選抜する工程と、を含む
ことを特徴とするビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法。
【請求項14】
納豆菌が生育可能な第1の培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該第1の培地に納豆菌を接種し、該第1の培地に接種された納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程と、
前工程で選抜された納豆菌が生育可能な第2の培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該第2の培地に納豆菌を接種し、該第2の培地に接種された納豆菌に紫外線を照射し、該紫外線を照射した該納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程と、を含む
ことを特徴とするビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法。
【請求項15】
納豆菌が生育可能な第1の培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該第1の培地に納豆菌を接種し、該第1の培地に接種された納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程と、
前工程から得られた納豆菌をビタミンK添加培地で培養し、培養された納豆菌から増殖可能な納豆菌を選抜する工程と、
前工程で選抜された納豆菌が生育可能な第2の培地に、納豆菌の生育を阻害する限界濃度の上限以下の濃度範囲の抗生物質を添加し、該抗生物質が添加された該第2の培地に納豆菌を接種し、該第2の培地に接種された納豆菌に紫外線を照射し、該紫外線を照射した該納豆菌から生育可能な納豆菌を選抜する工程と、を含む
ことを特徴とするビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法。
【請求項16】
請求項12乃至請求項15のいずれか一項に記載のビタミンK低生産性新規納豆菌の製造方法で得られたビタミンK低生産性新規納豆菌。
【請求項17】
請求項16記載のビタミンK低生産性新規納豆菌を使用して製造された納豆。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−230253(P2006−230253A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−47868(P2005−47868)
【出願日】平成17年2月23日(2005.2.23)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り [発行者名]社団法人日本生物工学会 [刊行物名]平成16年度(2004年) 日本生物工学会大会講演要旨集 [発行年月日]平成16年8月25日
【出願人】(000000217)エーザイ株式会社 (102)
【出願人】(597177633)あみ印食品工業株式会社 (3)
【Fターム(参考)】