説明

ビニル基含有化合物二量体の製造方法

【課題】 高価な触媒や煩雑な製造工程を必要とせずに、高い収率かつ高い選択率でビニル基含有化合物二量体を製造することができ、工業的なビニル基含有化合物二量体の製造に好適なビニル基含有化合物二量体の製造方法を提供する。
【解決手段】 ビニル基含有化合物から二量体を製造する方法であって、該製造方法は、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基含有化合物を反応させて二量体化する工程を含み、芳香族スルフィン酸塩が芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を必須とすることを特徴とするビニル基含有化合物二量体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビニル基含有化合物二量体の製造方法に関する。より詳しくは、医薬、農薬を初めとする各種有機化合物、塗料用ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂製造用の原料やその他重合体の原料として用いられるビニル基含有化合物二量体の製造に好適に用いられる製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ビニル基含有化合物の二量体(ダイマー)は、医薬、農薬を初めとする各種有機化合物、塗料用ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂製造用の原料やその他重合体の原料等、様々な用途に有用なものである。このようなビニル基含有化合物の二量体の1つに、ジカルボン酸ジエステルがある。ジカルボン酸ジエステルは、カルボキシル基を2つ有することに起因して、通常のカルボン酸モノエステルとは異なる特性を発揮することが期待され、例えば、ジカルボン酸ジエステルから得られるジカルボン酸を原料としてポリカルボン酸系重合体を製造した場合、側鎖にカルボキシル基を2つ有する重合体となり、これを洗剤ビルダーとして用いると、カルシウム等のキレート能に優れた重合体となると考えられる。ジカルボン酸ジエステルは、このような分散剤、水処理剤、洗剤用のビルダーの原料としてだけでなく、様々な分野への利用が期待されている。このように、ビニル基含有化合物二量体は、各種用途において利用が期待される有用な化合物である。
【0003】
ビニル基含有化合物二量体の製造方法としては、アクリル酸エステルを基質に、触媒として1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)やトリアルキルホスフィンを用いたジカルボン酸ジエステルの製造方法が開示されている(例えば、非特許文献1参照。)。また、トリアルキルホスフィンを配位子として有するルテニウムの錯体を触媒として用いたアクリル酸系化合物の二量化反応が開示されている(例えば、非特許文献2参照。)。更に、カリウム−ベンジルカリウムを塩基性触媒として用いたアクリル酸エステルの二量化反応や、ナトリウムアルコキサイドを触媒として用いたアクリル酸エステルの二量化反応が開示されている(例えば、非特許文献3、4参照。)。その他、触媒として芳香族スルフィン酸アルカリ金属塩若しくはアルカリ土類金属塩又は芳香族セレン酸アルカリ金属塩若しくはアルカリ土類金属塩を用いたアクリロニトリルの二量化反応が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭60−132946号公報(第353頁)
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】エンゲルバート・シガネク(Engelbert Ciganek)、「オーガニック リアクションズ(Organic Reactions)」、1997年、第51巻、p.201−350
【非特許文献2】チェ エス・イ(Chae S. Yi)外1名、「ジャーナル オブ オーガノメタリック ケミストリー(Journal of Organometallic Chemistry)」、1998年、第553巻、p.157−161
【非特許文献3】ジョセフ・シャブタイ(Joseph Shabtai)外2名、「ジャーナル オブ オーガニック ケミストリー(Journal of Organic Chemistry)」、1978年、第43巻、第21号、p.4086−4090
【非特許文献4】ビー・エー・フェイト(B.A.Feit)、「ヨーロピアン ポリマージャーナル(European Polymer Journal)」、1967年、第3巻、p.523−534
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、ビニル基含有化合物二量体の製造方法として、いくつかの方法が開示されている。しかしながら、トリアルキルホスフィンを触媒として用いる方法では、トリアルキルホスフィンが高価であることに加え、ホスフィンが空気中では酸化されやすいことから、その酸化を防ぐために窒素又はアルゴン雰囲気下で反応を行うことが必要であり、製造工程が煩雑なものとなる。また、DABCOを触媒として用いた製造では、基質として用いられているカルボン酸エステルは入手困難なフェニルエステル等に限定されており、ルテニウムとトリアルキルホスフィンとの錯体を触媒として用いた製造については、触媒が高価である。更に、カリウム−ベンジルカリウムを塩基性触媒として用いた場合には、基質として用いられているアクリル酸エステルは特定の種類のものに限定されており、嵩高いエステル基をもたないアクリル酸エステルでは、二量化で反応が止まらずにポリマー化するものの割合が高く、二量体の選択率が低くなっている。更に、ナトリウムアルコキサイドを触媒として用いた場合では、カルボン酸エステルの二量体の末端にオキシアルキレン基が付加した化合物の割合が高くなっており、カルボン酸エステルの二量体の選択率が充分に高いとはいえない結果となっている。また、ポリマー化の進行もみられる。
このように上記いずれの方法においても、触媒が高価であったり、製造工程が煩雑となったり、ビニル基含有化合物二量体を高い選択率で得ることができない等、ビニル基含有化合物二量体の工業的な製造を効率的に実施できるようにするために解決すべきいくつかの課題があった。ビニル基含有化合物二量体の製造を工業的に好適なものにするためには、製造コストを抑え、煩雑な工程を必要としない製造方法であることが必要であり、また、ビニル基含有化合物の二量体に三量体が混ざっていると、重合体の原料とした場合に、重合性が悪くなることから、二量体を高い選択率で製造できることが必要となる。このため、これらの課題を解決することができるビニル基含有化合物二量体の製造方法が求められている。
【0007】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、高価な触媒や煩雑な製造工程を必要とせずに、高い収率かつ高い選択率でビニル基含有化合物二量体を製造コストを抑えて製造することができ、工業的なビニル基含有化合物二量体の製造に好適なビニル基含有化合物二量体の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、ビニル基含有化合物二量体を高収率、高選択率で製造することができる方法について検討し、ビニル基含有化合物の二量化反応に最適な触媒について種々検討したところ、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を触媒として用いると、ビニル基含有化合物の二量体を高い収率かつ高い選択率で得られることを見出した。
芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩は、触媒として用いられる化合物の中でも、高価な化合物ではなく、二量化反応を窒素やアルゴン雰囲気下で行う必要もない。また、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩は、上述したカリウム−ベンジルカリウムやナトリウムアルコキサイド等と同様に塩基性触媒であるが、同じ塩基性触媒でも、カリウム−ベンジルカリウムは、反応性が高過ぎてポリマーの生成が多くなり、また、ナトリウムアルコキサイドを用いた場合には、二量体の末端にオキシアルキレン基が付加した化合物が多く生成したりする不具合があるが、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を用いた場合には、高い収率かつ高い選択率でビニル基含有化合物二量体を製造することができる。また、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を用いた場合には、基質としてカルボン酸エステルを用い、そのエステル部分の嵩が低いものを用いた場合であっても、高い収率かつ高い選択率でジカルボン酸ジエステルを製造することができ、カリウム−ベンジルカリウムを用いた場合よりも基質の適用範囲が広い。
【0009】
また本発明者は、特に、反応基質としてビニル基含有化合物の中でも、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを用いた場合に、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を触媒として用いることで適度に反応が促進される結果、二量化反応よりも多量化(三量体、四量体の生成など)する反応が進行する割合が低くなるため、より顕著に高い収率かつ高い選択率で二量体であるジカルボン酸ジエステルを得ることができることを見出した。更に、本発明者は、反応基質としてカルボン酸エステルを用いた場合には、反応時に溶媒を用いない無溶媒系で反応を行うことが可能であり、これによって、二量化反応がより効率的に進行し、更に顕著に高い収率かつ高い選択率でジカルボン酸ジエステルを得ることができることを見出した。このような無溶媒系での反応を行うと、二量化反応後に溶媒を除去する工程が不要となり、また、溶媒系の反応を行う場合に比べて小型の反応容器を用いて製造できることから、製造工程をより簡単なものとし、製造コストを抑えて製造することが可能となる。
このように、ビニル基含有化合物の二量体を製造することを目的として、従来はこのようなビニル基含有化合物の二量体を製造する反応の触媒として用いられていなかった芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を反応触媒として用いることで、ビニル基含有化合物の二量体が高い収率かつ高い選択率で、製造コストを抑えて製造できることを見出し、上記課題をみごとに解決することができることに想到し、本発明に到達したものである。特に本発明によって、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルと、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩とを組み合わせることが好適であることを見出したことによって効率的なジカルボン酸ジエステルの製造が達成されたものである。
【0010】
すなわち本発明は、ビニル基含有化合物から二量体を製造する方法であって、上記製造方法は、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基含有化合物を反応させて二量体化する工程を含み、芳香族スルフィン酸塩が芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を必須とすることを特徴とするビニル基含有化合物二量体の製造方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0011】
本発明のビニル基含有化合物二量体の製造方法は、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基含有化合物を反応させて二量体化する工程を含むものであるが、この工程を含む限り、その他の工程を含んでいてもよい。すなわち、他の原料を用いてビニル基含有化合物を中間体として生成させてビニル基含有化合物二量体を製造する場合であっても、ビニル基含有化合物を反応させて二量体化する工程を含む限り、本発明のビニル基含有化合物二量体の製造方法に該当することになる。
なお、本発明の製造方法において、芳香族スルフィン酸塩、ビニル基含有化合物は、それぞれ1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
【0012】
上記芳香族スルフィン酸塩は、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を必須とするものである。ビニル基含有化合物の二量化反応を芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩の存在下で行うことによって、高い収率かつ高い選択率でビニル基含有化合物の二量体を得ることができる。また、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩は、種々の溶媒への溶解性が高いことから、二量化反応を溶媒中で行う場合には、溶媒の選択肢の幅が広い、ということも触媒として芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を用いる利点の一つである。
【0013】
上記芳香族スルフィン酸塩は、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を含む限り、アンモニウム塩、ホスホニウム塩以外の塩を含んでいてもよいが、芳香族スルフィン酸塩100質量%中、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を40〜100質量%含むものであることが好ましい。このような範囲であると、ビニル基含有化合物の二量化反応において、ビニル基含有化合物二量体を高い収率かつ高い選択率で得ることができる、という本発明の効果をより充分に得ることができる。より好ましくは、芳香族スルフィン酸塩100質量%中、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を60〜100質量%含むことであり、更に好ましくは、80〜100質量%である。
【0014】
上記芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩とは、芳香環とスルフィン酸基とを有する化合物のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩であれば、特に制限されず、芳香環やスルフィン酸基は、1つであってもよく、2つ以上であってもよく、その他の官能基を有していてもよい。また、芳香環としては、置換基があってもよい。
【0015】
上記芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩は、下記一般式(1);
【0016】
【化1】

【0017】
(式中、Xは、芳香環の置換基を表す。mは、芳香環の置換基の数を表し、0〜5の整数である。Yは、窒素原子及び/又はリン原子を表す。Rは、同一若しくは異なって、水素原子又は炭素数1〜18の有機基を表す。)で表される構造を有する化合物であることが好ましい。
【0018】
上記一般式(1)におけるXは、芳香環の置換基を表すが、置換基としては、炭素数1〜10のアルキル基、炭素数1〜10のアルコキシ基、ハロゲン基、ニトロ基、シアノ基、水酸基が好ましい。
上記一般式(1)におけるmは、芳香環の置換基の数を表し、0〜5の整数であって、芳香環が置換基を有する場合、置換基は1個のみでも、複数個あってもよい。このような芳香族スルフィン酸としては、例えば、ベンゼンスルフィン酸、p−トルエンスルフィン酸、o−トルエンスルフィン酸、p−t−ブチルベンゼンスルフィン酸、2,4,6−トリメチルベンゼンスルフィン酸、p−メトキシベンゼンスルフィン酸、p−シアノベンゼンスルフィン酸、p−クロロベンゼンスルフィン酸、p−ブロモベンゼンスルフィン酸、p−ヨードベンゼンスルフィン酸、p−ニトロベンゼンスルフィン酸等が挙げられる。中でも、ベンゼンスルフィン酸、p−トルエンスルフィン酸、p−t−ブチルベンゼンスルフィン酸、p−メトキシベンゼンスルフィン酸が好ましく、p−トルエンスルフィン酸、p−メトキシベンゼンスルフィン酸がより好ましく、p−メトキシベンゼンスルフィン酸が更に好ましい。
【0019】
上記一般式(1)におけるYは、窒素原子及び/又はリン原子を表し、Yが窒素原子である場合には、上記一般式(1)で表される化合物は、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩を表すこととなり、Yがリン原子である場合には、上記一般式(1)で表される化合物は、芳香族スルフィン酸のホスホニウム塩を表すこととなる。
【0020】
上記一般式(1)におけるRは、同一若しくは異なって、水素原子又は炭素数1〜18の有機基を表すが、4つのRのうち、少なくとも1つが炭素数1〜18の有機基であることが好ましい。すなわち、上記アンモニウム塩、ホスホニウム塩としては、それぞれ、窒素原子に、炭素数1〜18の有機基が少なくとも1つ結合した構造、リン原子に、炭素数1〜18の有機基が少なくとも1つ結合した構造であることが好ましい。より好ましくは、4つのRのうち、炭素数1〜18の有機基が2つであることであり、更に好ましくは、3つであり、最も好ましくは、4つ全てが炭素数1〜18の有機基であることである。
【0021】
上記炭素数1〜18の有機基としては、炭素数1〜18の鎖状飽和炭化水素基、炭素数3〜18の脂環式炭化水素基、炭素数6〜18の芳香族炭化水素基等が挙げられる。これらの基は、置換基を有していてもよく、すなわち、これらの基を構成する炭素原子に結合する水素原子の少なくとも一部を置換基で置き換えた置換鎖状飽和炭化水素基、置換脂環式炭化水素基、置換芳香族炭化水素基であってもよい。中でも、置換基を有していてもよい炭素数1〜18の鎖状飽和炭化水素基が好ましい。
上記炭素数1〜18の有機基の炭素数としては、12以下であることが好ましく、より好ましくは、10以下であり、更に好ましくは、8以下である。
【0022】
上記一般式(1)におけるRとしては、上述したものの中でも、炭素数1〜18のアルキル基、フェニル基、ベンジル基が好ましい。Rがこのようなものであると、ビニル基含有化合物の二量体をより高い収率かつ高い選択率で得ることができる。より好ましくは、炭素数1〜12のアルキル基、ベンジル基である。これらの中でも、メチル基、ブチル基、オクチル基等の炭素数1〜8のアルキル基、ベンジル基が好ましい。
そして、上記アンモニウム塩としては、上述した形態の中でも、アンモニウム塩の水素原子全てがブチル基で置換されている形態であることが特に好適である。
また、上記ホスホニウム塩としては、ホスホニウム塩の水素原子全てがブチル基で置換されている形態であることが特に好適である。
【0023】
上記芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩の具体例としては、上述した芳香族スルフィン酸とアンモニウム塩又はホスホニウム塩とを組み合わせたものが挙げられ、具体的には、p−トルエンスルフィン酸テトラメチルアンモニウム、p−トルエンスルフィン酸テトラプロピルアンモニウム、p−トルエンスルフィン酸テトラブチルアンモニウム、p−トルエンスルフィン酸テトラオクチルアンモニウム、p−トルエンスルフィン酸ベンジルトリメチルアンモニウム等の炭素数1〜18のアルキル基及びベンジル基を有するp−トルエンスルフィン酸テトラアルキルアンモニウム;p−トルエンスルフィン酸テトラメチルホスホニウム、p−トルエンスルフィン酸テトラプロピルホスホニウム、p−トルエンスルフィン酸テトラブチルホスホニウム、p−トルエンスルフィン酸テトラオクチルホスホニウム、p−トルエンスルフィン酸ベンジルトリメチルホスホニウム等の炭素数1〜18のアルキル基及びベンジル基を有するp−トルエンスルフィン酸テトラアルキルホスホニウム;ベンゼンスルフィン酸テトラブチルアンモニウム等の炭素数1〜18のアルキル基を有するベンゼンスルフィン酸テトラアルキルアンモニウム;ベンゼンスルフィン酸テトラブチルホスホニウム等の炭素数1〜18のアルキル基を有するベンゼンスルフィン酸テトラアルキルホスホニウム;p−クロロベンゼンスルフィン酸テトラブチルアンモニウム等の炭素数1〜18のアルキル基を有するp−クロロベンゼンスルフィン酸テトラアルキルアンモニウム;p−クロロベンゼンスルフィン酸テトラブチルホスホニウム等の炭素数1〜18のアルキル基を有するp−クロロベンゼンスルフィン酸テトラアルキルホスホニウム;p−メトキシベンゼンスルフィン酸テトラブチルアンモニウム等の炭素数1〜18のアルキル基を有するp−メトキシベンゼンスルフィン酸テトラアルキルアンモニウム;p−メトキシベンゼンスルフィン酸テトラブチルホスホニウム等の炭素数1〜18のアルキル基を有するp−メトキシベンゼンスルフィン酸テトラアルキルホスホニウムが挙げられる。
また、これらは結晶水を含んでいてもよい。
これらの芳香族スルフィン酸塩は例えば、芳香族スルフィン酸と、該芳香族スルフィン酸とアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を形成する塩基性化合物とを反応させ、生成する水を留去することにより合成することができる。芳香族スルフィン酸とアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を形成する塩基性化合物としては、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、テトラプロピルアンモニウムヒドロキシド、テトラブチルアンモニウムヒドロキシド、テトラオクチルアンモニウムヒドロキシド、ベンジルトリメチルアンモニウムヒドロキシド、テトラメチルホスホニウムヒドロキシド、テトラブチルホスホニウムヒドロキシド、テトラオクチルホスホニウムヒドロキシド等が挙げられる。
【0024】
本発明のビニル基含有化合物二量体の製造方法においては、上記芳香族スルフィン酸塩を反応系中に加えてもよいし、芳香族スルフィン酸と該芳香族スルフィン酸とアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を形成する塩基性化合物とを反応系中に加え、系中で芳香族スルフィン酸塩を生成させて触媒として用いてもよい。ただし、系中で芳香族スルフィン酸塩を生成させる場合には、塩基性化合物を加える際に、塩基性化合物を安定して供給するために必要である塩基性化合物用溶媒が塩基性化合物と共に反応系中に投入されることとなるが、後述するように、無溶媒系で反応を行うことができる場合には、無溶媒系で反応を行う方がビニル基含有化合物二量体の収率、選択率を高めるために好ましい。よって、本発明の製造方法においては、上記芳香族スルフィン酸塩を反応系中に加えるほうが好ましい。
なお、触媒として、芳香族スルフィン酸と該芳香族スルフィン酸とアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を形成する塩基性化合物とを反応系中に加え、系中で芳香族スルフィン酸塩を生成させたものを用いる場合には、後述する溶媒を用いて二量体化工程を行うことが好ましい。
【0025】
上記反応系中で芳香族スルフィン酸塩を生成させる場合、芳香族スルフィン酸としては上記のものを用いることができる。芳香族スルフィン酸とアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を形成する塩基性化合物としては、上述した化合物が挙げられ、これらの中でも、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド、テトラブチルアンモニウムヒドロキシド、テトラオクチルアンモニウムヒドロキシド、テトラブチルホスホニウムヒドロキシドが好ましい。より好ましくは、テトラブチルアンモニウムヒドロキシドである。
【0026】
本発明の製造方法においては、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基含有化合物を反応させて二量体化することになるが、二量体化工程において、芳香族スルフィン酸塩が存在していれば、反応系中に、反応基質であるビニル基含有化合物、芳香族スルフィン酸塩、基質が反応して得られるビニル基含有化合物の二量体及び三量体以上の多量体、後述する溶媒、並びに、プロトン供与性化合物以外のその他の化合物が存在していてもよい。
上記芳香族スルフィン酸塩の使用量は、ビニル基含有化合物100モル%に対して、0.01〜50モル%であることが好ましい。芳香族スルフィン酸塩が0.01モル%より少ないと、ビニル基含有化合物二量体の収率を充分に高めることができないおそれがある。50モル%より多いと、触媒にかかる費用が高くなり、経済的に好ましくない。芳香族スルフィン酸塩の使用量は、より好ましくは、0.1〜40モル%であり、更に好ましくは、1〜30モル%である。
【0027】
上記ビニル基含有化合物としては、ビニル基を含有していれば特に制限されないが、ビニル基に直接官能基が結合した構造を有するものであることが好ましい。
上記官能基としては、ニトリル基、カルボニル基、カルボキシル基等が挙げられる。この中でも、本発明の効果がより顕著に現れることから、ビニル基含有化合物としては、アクリロニトリル等のビニル基に直接ニトリル基が結合した構造を有するもの、メチルビニルケトン、エチルビニルケトン等のビニル基に直接カルボニル基が結合した構造を有するもの、後述するカルボン酸エステルのようなビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するものが好ましい。特に好ましくは、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造である。ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するものを用いると、二量体をより高い収率かつ選択率で得ることができる。これは、カルボン酸エステルがアクリロニトリルやビニルケトンといった化合物に比べて、反応性が低いものであり、その反応性に起因して二量化反応よりも多量化する反応の進行が抑制されているためと推察される。
すなわち、ビニル基含有化合物がビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルであることは、本発明の好適な実施形態の1つである。
なお、ビニル基含有化合物としてビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを用いて本発明における二量体化工程を行うと、ビニル基含有化合物二量体としてジカルボン酸ジエステルが製造されることとなる。ここで、本発明において、ジカルボン酸ジエステルとは、カルボン酸エステル2分子から得られる化合物を意味し、カルボン酸エステル2分子以外の化合物由来の構造部分をもつ化合物は含まれない。
【0028】
上記カルボン酸エステルとしては、カルボン酸エステルであって、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するものであれば特に制限されず、下記一般式(2);
【0029】
【化2】

【0030】
(式中、R、Rは、同一若しくは異なって、水素原子又は炭素数1〜30の有機基を表す。Rは、炭素数1〜30の有機基を表す。)で表される構造を有するいずれの化合物も用いることができる。
、Rの有機基は、直鎖状であっても分岐鎖状であってもよく、また、環状であってもよい。
、Rが炭素数1〜30の有機基である場合、有機基としては、炭素数1〜18の有機基が好ましい。より好ましくは、炭素数1〜12の有機基であり、更に好ましくは、炭素数1〜8の有機基である。
の有機基は、直鎖状であっても分岐鎖状であってもよく、また、環状であってもよい。好ましい炭素数としては、1〜18であり、より好ましくは、1〜12であり、更に好ましくは、1〜8である。最も好ましくは、1〜4である。上述したように、カリウム−ベンジルカリウムを塩基性触媒として用いた場合には、嵩高いエステル基をもたないアクリル酸エステルでは、二量化で反応が止まらずにポリマー化するものの割合が高いが、芳香族スルフィン酸塩を触媒として用いた場合には、エステル部分が嵩高いものでなくても、高い収率かつ高い選択率で二量体が得られることになる。このため、このようなエステル部分が炭素数の小さい有機基であるカルボン酸エステルを基質として用いる形態は、本発明の好ましい実施形態の1つであるといえる。
【0031】
上記R、Rの有機基としては、水素原子、鎖状飽和炭化水素基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基が好ましい。中でも、水素原子、鎖状飽和炭化水素基が好ましい。水素原子が最も好ましい。
上記Rにおける有機基としては、例えば、鎖状飽和炭化水素基、脂環式炭化水素基又は芳香族炭化水素基であることが好ましい。これらの基は、置換基を有していてもよく、すなわち、これらの基を構成する炭素原子に結合する水素原子の少なくとも一部を置換基で置き換えた置換鎖状飽和炭化水素基、置換脂環式炭化水素基又は置換芳香族炭化水素基であってもよい。中でも、置換基を有していてもよい鎖状飽和炭化水素基が好ましい。
【0032】
上記鎖状飽和炭化水素基としては、メチル、エチル、n−プロピル、i−プロピル、n−ブチル、s−ブチル、t−ブチル、n−アミル、s−アミル、t−アミル、n−ヘキシル、s−ヘキシル、n−ヘプチル、n−オクチル、s−オクチル、t−オクチル、2−エチルヘキシル、カプリル、ノニル、デシル、ウンデシル、ラウリル、トリデシル、ミリスチル、ペンタデシル、セチル、ヘプタデシル、ステアリル、ノナデシル、エイコシル、セリル、メリシル等の基が好適である。
また鎖状飽和炭化水素基を構成する炭素原子に結合する水素原子の少なくとも一部をアルコキシ基、ヒドロキシ基、ハロゲン原子等で置換したものであってもよく、例えば、アルコキシ基置換鎖状飽和炭化水素基、ヒドロキシ基置換鎖状飽和炭化水素基、ハロゲン基置換鎖状飽和炭化水素基等が好適なものとして挙げられる。
上記アルコキシ基置換鎖状飽和炭化水素基としては、例えばメトキシエチル、メトキシエトキシエチル、メトキシエトキシエトキシエチル、3−メトキシブチル、エトキシエチル、エトキシエトキシエチル、フェノキシエチル、フェノキシエトキシエチル等の基が好適なものとして挙げられる。上記ヒドロキシ基置換鎖状飽和炭化水素基としては、例えばヒドロキシエチル、ヒドロキシプロピル、ヒドロキシブチル等の基が好適なものとして挙げられる。上記ハロゲン基置換鎖状飽和炭化水素基としては、ハロゲン原子がフッ素原子又は塩素原子であることが好ましく、例えばフルオロエチル、ジフルオロエチル、クロロエチル、ジクロロエチル、ブロモエチル、ジブロモエチル等の基が好適なものとして挙げられる。
【0033】
上記脂環式炭化水素基としては、シクロペンチル、シクロヘキシル、4−メチルシクロヘキシル、4−t−ブチルシクロヘキシル、トリシクロデカニル、イソボルニル、アダマンチル、ジシクロペンタジエニル等の基が好適なものとして挙げられる。これについても、構成する炭素原子に結合する水素原子の少なくとも一部をアルコキシ基、ヒドロキシ基やハロゲン原子等で置き換えた置換脂環式炭化水素基であってもよい。
【0034】
上記芳香族炭化水素基としては、フェニル、メチルフェニル、ジメチルフェニル、トリメチルフェニル、4−t−ブチルフェニル、ベンジル、ジフェニルメチル、ジフェニルエチル、トリフェニルメチル、シンナミル、ナフチル、アントラニル等の基が好適なものとして挙げられる。これについても、構成する炭素原子に結合する水素原子の少なくとも一部をアルコキシ基、ヒドロキシ基やハロゲン原子等で置き換えた置換芳香族炭化水素基であってもよい。
上述した置換基としては、他にも、カルボキシル基、カルボニル基、水酸基、アセトキシ基、アミノ基、ジアルキル基、ニトロ基、メルカプト基、スルホン基等が挙げられる。
【0035】
上記カルボン酸エステルの具体例としては、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n−プロピル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸t−ブチル、アクリル酸ヒドロキシエチル、アクリル酸シクロヘキシル等のアクリル酸エステル;クロトン酸メチル、クロトン酸エチル、3,3−ジメチルアクリル酸メチル、マレイン酸ジメチル、マレイン酸ジエチル、フマル酸ジメチル、フマル酸ジメチル等が挙げられる。これらの中でも、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n−プロピル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸t−ブチル等のアクリル酸エステルが好ましい。より好ましくは、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸t−ブチル、アクリル酸ヒドロキシエチル、等のアクリル酸エステルである。
【0036】
上記ビニル基含有化合物を反応させて二量体化する反応の反応温度は、10〜150℃であることが好ましい。反応温度が10℃より低いと反応が遅く、時間がかかってしまう。また、150℃より高いと原料の重合が起こりやすい。より好ましくは、30〜120℃であり、更に好ましくは、50〜100℃である。
反応時間は0.1〜240時間であることが好ましい。より好ましくは、0.5〜160時間であり、更に好ましくは、1〜80時間である。
また、反応は、0.01〜1MPaの圧力条件下で行われることが好ましい。より好ましくは、0.02〜0.5MPaであり、更に好ましくは、0.03〜0.2MPaである。
【0037】
上記二量体化工程は、溶媒を用いて行ってもよいし、用いずに行ってもよいが、特にビニル基含有化合物としてビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを用いる場合には、溶媒を用いずに無溶媒系で行うことが好ましい。基質となるビニル基含有化合物の反応性が高い場合には、無溶媒系で反応を行うと、二量化反応で止まらずに、更に三量体以上の多量体の生成が増えるため、二量体の収率、選択率が低下することになるが、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルは反応性が低く、無溶媒系で反応を行うことで適度に反応が促進されるため、二量体の収率、選択率を高めることができる。したがって、本発明のビニル基含有化合物二量体の製造方法において、ビニル基含有化合物としてビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを用いる場合には、溶媒中で二量体化工程を行うよりも、溶媒を用いずに無溶媒系で二量体化工程を行った方が、高い収率かつ高い選択率でビニル基含有化合物二量体であるジカルボン酸ジエステルを得ることができる。更には、溶媒を用いないことから、ビニル基含有化合物二量体を製造した後に、溶媒を除去する作業が不要となる、反応原料を仕込む際に溶媒を仕込む必要がないことから、仕込み量が少なくて済み、その分反応容器が小さくてよい等製造工程をより簡潔にすることができ、そして従来の方法よりも小型の装置を使用して従来と同じ量のビニル基含有化合物二量体を製造することが可能となる。その結果、製造コストを小さくすることができる。
すなわち、本発明のビニル基含有化合物二量体の製造方法は、二量体化工程が、無溶媒系で行われることは、本発明の好適な実施形態の1つである。
ここで、本発明において、無溶媒系とは、反応系中に溶媒としての機能を発揮することができる化合物(溶媒成分)が溶媒としての機能を発揮することができる程度の量存在しない場合、すなわち、溶媒成分が実質的に存在しない場合だけでなく、溶媒としての機能を発揮することができる化合物であっても、後述するプロトン供与性化合物のように、溶媒としての機能以外の反応に関与する他の機能を発揮する場合には、そのような化合物を反応系中に含む場合も含む。すなわち、本発明において、無溶媒系とは、反応系中に溶媒としての機能のみしか有さない化合物が実質的に含まれていないことを意味する。
具体的には、反応系中に溶媒としての機能のみしか有さない化合物の含有量が、ビニル基含有化合物100質量%に対して、1質量%以下であることを表している。更に本発明においては、後述するように、二量体化工程をプロトン供与性化合物を添加して行うこともまた、好適な実施形態の1つであるが、二量体化工程をプロトン供与性化合物を添加して無溶媒系で行う場合には、プロトン供与性化合物以外の溶媒成分の含有量がビニル基含有化合物100質量%に対して、1質量%以下で行うことが好ましい。
【0038】
上記二量体化工程は、溶媒を用いて行ってもよい。ビニル基含有化合物としてビニル基に直接ニトリル基が結合した構造を有するものやビニル基に直接カルボニル基が結合した構造を有するものを用いる場合には、これらはビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルに比べて反応性が高いために二量体化工程において三量体以上の多量体が生成し易いが、溶媒中で二量化反応を行うことにより、多量体の生成を抑制し二量体を製造することが可能となる。このことから、特に、ビニル基含有化合物としてビニル基に直接ニトリル基が結合した構造を有するものやビニル基に直接カルボニル基が結合した構造を有するものを用いる場合には、上記二量体化工程を溶媒を用いて行うことが好ましい。
【0039】
上記溶媒としては、ヘキサン、ベンゼン、トルエン、酢酸エチル、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、テトラヒドロフラン、ヘキサメチルリン酸トリアミド、アセトン、アセトニトリル等の非プロトン性の溶媒が挙げられる。これらの中でも、非プロトン性極性溶媒を用いて行われることが好ましい。後述するように、ビニル基含有化合物の二量化反応は、ビニル基の炭素原子上にアニオンが発生することによって進行するが、プロトン性溶媒を用いると、ビニル基含有化合物のビニル基の炭素原子上に発生したアニオンの周りに、プロトン供与性化合物が多量に存在することになり、二量化反応がおこる前にプロトンの供与により失活してしまうビニル基含有化合物が多くなり、二量化反応が充分におこらないおそれがある。非プロトン性溶媒を用いると、溶媒が原因となる反応活性種の失活がおこらないため、充分に二量化反応を進めることができる。非プロトン性溶媒を用いることで、ビニル基含有化合物の二量体の収率、選択率を高めることができる。非プロトン性極性溶媒としては、好ましくは、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドであり、より好ましくは、ジメチルスルホキシド(DMSO)である。
溶媒は、1種又は2種以上を用いることができる。
【0040】
上記二量体化工程において溶媒を用いる場合の、溶媒の使用量としては、ビニル基含有化合物100質量%に対して、1〜1000質量%であることが好ましい。溶媒がこのような量であると、二量化反応を充分に進めることができる。より好ましくは、50〜750質量%であり、更に好ましくは、100〜500質量%である。
【0041】
本発明のビニル基含有化合物二量体の製造方法において、二量体化工程は、プロトン供与性化合物を添加して行われることが好ましい。
芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を必須とする芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基含有化合物を反応させて二量体化する工程の反応機構は以下のように考えられる。芳香族スルフィン酸塩にアニオンが生じ、これがビニル基含有化合物のビニル基の炭素と結合して、ビニル基を形成していたもう一方の炭素原子上にアニオンが発生する。このアニオンが、別のビニル基含有化合物のビニル基の炭素と結合して二量体が生じる。なお、その際、当該別のビニル基含有化合物のビニル基を形成していたもう一方の炭素原子上にアニオンが発生するが、プロトン供与性化合物が適量存在する場合では分子内のプロトン移動が起こり、触媒が遊離しやすくなり、二量化で止まる。しかしながら、プロトン供与性化合物の存在しない場合では、分子間で更に別のビニル基含有化合物にアニオンが攻撃して、三量体以上が生成しやすくなる場合がある。このように、プロトン供与性化合物を添加して二量体化工程を行うことによって、ビニル基含有化合物二量体の選択率を高めることが可能となる。
プロトン供与性化合物は、1種又は2種以上を用いることができる。
なお、下記反応機構の図においては、ビニル基含有化合物としてビニル基に直接官能基が結合した構造を有する化合物を用いて説明しているが、ビニル基含有化合物はこれに限定されるものではない。
【0042】
【化3】

【0043】
上記プロトン供与性化合物としては、プロトンを供与することができる化合物であれば特に制限されないが、アルコール、アミン、チオール等を用いることができる。これらの中でも、アルコールが好ましい。より好ましくは、3級アルコールである。すなわち、プロトン供与性化合物が、3級アルコールであることは、本発明の好適な実施形態の1つである。3級アルコールとしては、t−ブタノール、t−アミルアルコール等を用いることができる。
【0044】
上記プロトン供与性化合物の添加量としては、ビニル基含有化合物に対して、0.001〜2当量であることが好ましい。プロトン供与性化合物が0.001当量より少ないと、ビニル基含有化合物二量体の選択率を充分に高めることができないおそれがある。2当量より多いと、上記プロトン性極性溶媒を用いた場合と同様に、二量化反応がおこる前にビニル基含有化合物が失活し、ビニル基含有化合物二量体の収率が低くなりすぎるおそれがある。プロトン供与性化合物の使用量は、より好ましくは、0.002〜1.5当量であり、更に好ましくは、0.005〜1当量である。特に好ましくは、0.01〜0.5当量である。
【0045】
本発明のビニル基含有化合物二量体の製造方法は、反応原料であるビニル基含有化合物や、生成物であるビニル基含有化合物二量体の重合を抑制するために、重合禁止剤や分子状酸素を用いることが好ましい。
【0046】
上記重合禁止剤としては、アクリル系単量体やビニル系単量体の重合禁止剤として用いられるものであればよく、例えば、o−メトキシフェノール、m−メトキシフェノール若しくはp−メトキシフェノール(メトキノン)等のメトキシフェノール、又は、該メトキシフェノールがメチル基、t−ブチル基若しくは水酸基等の1個若しくは2個以上の置換基を有するメトキシフェノール類;ヒドロキノン、ベンゾキノン、p−tert−ブチルカテコール等のキノン類;2,6−ジ−tert−ブチルフェノール、2,4−ジ−tert−ブチルフェノール、2−tert−ブチル−4,6−ジメチルフェノール、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール、2,4,6−トリ−tert−ブチルフェノール等のアルキルフェノール類;アルキル化ジフェニルアミン、N,N′−ジフェニル−p−フェニレンジアミン、フェノチアジン、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、4−ベンゾイルオキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、1,4−ジヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン、1−ヒドロキシ−4−ベンゾイルオキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン等のアミン類;ジメチルジチオカルバミン酸銅、ジエチルジチオカルバミン酸銅、ジブチルジチオカルバミン酸銅等のジチオカルバミン酸銅類;2,2,6,6−テトラメチルピペリジン1−オキシル、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン1−オキシル、4−ベンゾイルオキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン1−オキシル、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン1−オキシルのエステル等の1−オキシル類等が挙げられ、これらの1種又は2種以上を用いることができる。
【0047】
上記重合禁止剤の使用量としては、収率、重合抑制、経済性の観点から、ビニル基含有化合物等の重合性をもつ原料及び/又は中間体の全量に対して、0.01ppm以上とすることが好ましく、0.1ppm以上がより好ましく、1ppm以上が更に好ましく、10ppm以上が特に好ましい。また、5000ppm以下とすることが好ましく、3000ppm以下がより好ましく、2000ppm以下が更に好ましく、1500ppm以下が特に好ましい。
上記二量体化工程に関しては、ビニル基含有化合物および生成物であるビニル基含有化合物二量体のそれぞれの全量に対して、上記の範囲とすることがより好ましい。
【0048】
本発明のビニル基含有化合物二量体の製造方法に用いられるビニル基含有化合物としては、上述したように、アクリル酸エステルを好適に用いることができ、その場合、2−メチレングルタル酸ジエステルを製造することができる。このように、本発明のビニル基含有化合物二量体の製造方法が、アクリル酸エステルから2−メチレングルタル酸ジエステルを製造する方法であることは、本発明の好適な実施形態の1つである。
【0049】
上記製造方法により製造された2−メチレングルタル酸ジエステルは、更に加水分解することにより、2−メチレングルタル酸モノエステル、2−メチレングルタル酸や2−メチレングルタル酸塩等の2−メチレングルタル酸系化合物とすることができる。このような、アクリル酸エステルから上述の方法により製造された2−メチレングルタル酸ジエステルを加水分解してメチレングルタル酸系化合物を得るメチレングルタル酸系化合物の製造方法もまた本発明の1つである。そして更に、このようにして得られた2−メチレングルタル酸系化合物は、重合体の原料等として好適に用いることができるものであり、このような、本発明のビニル基含有化合物二量体の製造方法により製造された2−メチレングルタル酸ジエステルを加水分解して得られるメチレングルタル酸系化合物もまた、本発明の1つである。
【発明の効果】
【0050】
本発明のビニル基含有化合物二量体の製造方法は、上述の構成よりなり、ビニル基含有化合物からビニル基含有化合物二量体を高い収率かつ高い選択率で製造することができる方法であって、高価な触媒や煩雑な反応条件を必要としないことから、各種工業用途への利用が期待されるビニル基含有化合物二量体の工業的な製造に好適に使用することのできる製造方法である。
【発明を実施するための形態】
【0051】
以下に実施例を掲げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」は「重量部」を、「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0052】
[評価方法]
(反応収率及び基質転化率)
反応の収率及び基質転化率は、ガスクロマトグラフ(GC−2014(商品名)、SHIMADZU社製、キャピラリーカラム InertCap Pure−Wax(商品名)長さ30m×内径0.25mm、膜厚0.25μm)を使用して測定し、事前に作成した検量線を使用して求めた。
(選択率)
二量体の選択率は、以下の式から求めた。
(二量体の選択率)={(二量体の収率)/(基質転化率)}×100
【0053】
実施例1
20mL蓋付き試験管にアクリル酸メチル0.86g、触媒としてp−トルエンスルフィン酸テトラブチルアンモニウム199mgを仕込んで攪拌した。上記反応液内を1atm(0.1MPa)、80℃に保ちながら6時間攪拌させて、反応を完了させた。反応終了後、ガスクロマトグラフィーで分析したところ2−メチレングルタル酸ジメチルの収率は36モル%で、原料であるアクリル酸メチルの転化率は59モル%であった。そして、二量体の選択率は、62モル%であった。
【0054】
実施例2
反応時間を21時間とした以外は実施例1と同様に実施した。結果は表1に記載した。
実施例3〜20、参考例1〜4
基質や触媒の種類、触媒量、プロトン供与性化合物の添加の有無、溶媒の添加の有無、及び、反応時間を表1のようにした以外は、実施例1と同様の方法により反応を行い、ガスクロマトグラフィーで二量体、三量体の収率及び基質転化率を測定し、二量体の選択率を算出した。なお、実施例12、13においては、芳香族スルフィン酸塩のかわりに、芳香族スルフィン酸であるp−トルエンスルフィン酸と塩基性化合物であるテトラブチルアンモニウムヒドロキシドとを添加し、反応系中で芳香族スルフィン酸テトラブチルアンモニウムを生成させ、反応を行った。結果を表1に示す。
【0055】
【表1】

【0056】
実施例21
実施例1の反応液を蒸留することで得られた2−メチレングルタル酸ジメチル10.3g、水酸化ナトリウム7.20g、メタノール30mL、水30mLを100mLフラスコに仕込んで攪拌した。上記反応液内を80℃に保ちながら3時間攪拌させて反応を完了させた。反応液に12N塩酸水溶液を加え酸性にした後、メタノールを留去した。続いて、反応液を酢酸エチルを用いて抽出し、有機層を無水硫酸マグネシウムを用いて乾燥後、酢酸エチルを留去し、2−メチレングルタル酸8.3g(収率96モル%)を得た。
【0057】
実施例の結果から、基質として、ビニル基含有化合物を用い、触媒として芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を用いることで、二量化反応が進行し、二量体が高い収率かつ高い選択率で得られることが確認された。
実施例1、2と参考例1、2との比較から、アクリル酸メチル等のようなビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを基質として用いる時に、触媒として芳香族スルフィン酸ナトリウムを用いた場合に比べて、芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を用いることで、無溶媒系の反応で高い収率かつ高い選択率で二量体を得られることが確認され、短い反応時間でより反応が進行することも確認された。なお、参考例3の結果から、触媒として芳香族スルフィン酸ナトリウムを用いた場合には、無溶媒系では二量体を製造することができないことも確認された。
また、基質としてアクリル酸メチルを用いた実施例1〜18と、基質としてアクリロニトリルを用いた実施例19、20との比較から、本発明の製造方法は、基質としてアクリル酸メチル等のようなビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルを基質として用いた場合に、高い選択率で二量体を得ることができる製造方法であり、特に、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルから二量体を製造する方法として好適な方法であることが確認された。
実施例1〜4、14〜17の結果から、反応時間を長くしたり、基質に対する触媒量を最適化したりすることで、二量体の収率、基質の転化率が高くなることが確認され、実施例1と実施例5、6との比較、実施例7と実施例8との比較、及び、実施例14と実施例16との比較から、プロトン供与性化合物を適当な量添加して反応を行うことで、二量体の収率を低下させることなく、二量体の選択率が向上することが確認された。
実施例1と実施例9〜11、14、18との比較から、芳香族スルフィン酸塩の中でも、p−トルエンスルフィン酸テトラブチルアンモニウム、p−メトキシベンゼンスルフィン酸テトラブチルアンモニウムがビニル基含有化合物二量体を製造する場合の触媒として好ましく、二量体の選択率、収率の点で、p−メトキシベンゼンスルフィン酸テトラブチルアンモニウムが特に好ましいことが確認された。
実施例12と実施例13との比較から、触媒として、芳香族スルフィン酸と該芳香族スルフィン酸とアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を形成する塩基性化合物とを反応系中に加え、系中で芳香族スルフィン酸塩を生成させたものを用いた場合には、溶媒中で二量化反応を行うことにより二量体を製造することが可能となることが確認された。
また、基質としてアクリロニトリルを用いた実施例19、20及び参考例4について、表1からは、三量体の収率が低く、二量体が選択的に生成しているようにも見えるが、基質としてアクリロニトリルを用いた場合には基質の転化率が高く、基質が4つ以上結合した多量体が多く生成しており、二量体の選択率は低い結果となった。また、実施例19と実施例20との比較から、基質としてアクリロニトリルを用いた場合には、溶媒中で二量化反応を行うことにより二量体を製造することが可能となることが確認された。
なお、上記実施例においては、基質、触媒、プロトン供与性化合物、及び、溶媒として特定の化合物を用いて反応を行った例が示されているが、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基含有化合物を反応させて二量体化する機構は、すべて同様であることから、上記実施例の結果から、本発明の技術的範囲全般において、また、本明細書において開示した種々の形態において本発明が適用でき、有利な作用効果を発揮することができるといえる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビニル基含有化合物から二量体を製造する方法であって、
該製造方法は、芳香族スルフィン酸塩の存在下でビニル基含有化合物を反応させて二量体化する工程を含み、芳香族スルフィン酸塩が芳香族スルフィン酸のアンモニウム塩及び/又はホスホニウム塩を必須とすることを特徴とするビニル基含有化合物二量体の製造方法。
【請求項2】
前記ビニル基含有化合物は、ビニル基に直接カルボキシル基が結合した構造を有するカルボン酸エステルであることを特徴とする請求項1に記載のビニル基含有化合物二量体の製造方法。
【請求項3】
前記製造方法は、二量体化工程が、無溶媒系で行なわれることを特徴とする請求項1又は2に記載のビニル基含有化合物二量体の製造方法。
【請求項4】
前記製造方法は、アクリル酸エステルから2−メチレングルタル酸ジエステルを製造する方法であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のビニル基含有化合物二量体の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法により製造された2−メチレングルタル酸ジエステルを加水分解してメチレングルタル酸系化合物を得ることを特徴とするメチレングルタル酸系化合物の製造方法。

【公開番号】特開2012−1521(P2012−1521A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−140840(P2010−140840)
【出願日】平成22年6月21日(2010.6.21)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】