説明

ビリルビンオキシダーゼ(BOD)の被覆方法

【課題】ビリルビンオキシダーゼ(BOD)の新規被覆方法を提供すること。
【解決手段】ビリルビンオキシダーゼ(BOD)分子の表面に重合性官能基を導入する重合性官能基導入工程と、該重合性官能基と重合性モノマーが共重合をおこす共重合工程と、を17℃以下で行うビリルビンオキシダーゼ(BOD)の被覆方法を提供する。該被覆方法を用いれば、被覆したビリルビンオキシダーゼ(BOD)の酵素活性の低下を抑制しつつ、熱や有機溶媒に対する安定性を向上させることができる。該方法を用いて被覆したビリルビンオキシダーゼ(BOD)は、燃料電池の酵素電極に好適に用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)の被覆方法に関する。より詳しくは、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)を、酵素活性の低下を抑制しつつ被覆する方法、該被覆方法を利用したビリルビンオキシダーゼ(BOD)安定化方法、前記被覆方法により被覆されたビリルビンオキシダーゼ(BOD)、該ビリルビンオキシダーゼ(BOD)を固定化した酵素電極、及び該酵素電極を用いた燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
ビリルビンオキシダーゼ(Bilirubin oxidase(BOD))は、マルチ銅オキシダーゼ(複数の銅イオンを活性中心に持つ酵素の総称)に属する酵素の一種であり、ビリルビンからビルベルジンへの酸化反応を触媒する酵素である。この酵素は、従来から臨床検査の場面における肝機能等の検査試薬(血清中のビリルビンの測定試薬)として広く使用されている。例えば、特許文献1には、100mM〜800mMのカリウムイオン共存下において、試料にビリルビンオキシダーゼを作用させ、該試料の光学的変化により試料中の直接型ビリルビンを測定する方法が開示されている。
【0003】
ビリルビンオキシダーゼ(BOD)のような酵素は、通常、生体内において、生命の維持に係わる多くの反応を温和な条件下で円滑に進める生体内触媒であるが、近年、このような酵素を生体外で利用する技術が注目されている。例えば、有用物質の生産、エネルギー関連物質の生産、測定又は分析、環境保全、医療などの様々な技術分野におおける酵素の利用や、燃料電池の一種である酵素電池、酵素電極、酵素センサー(酵素反応を利用して化学物質を計測するセンサー)などの技術も開発されつつある。
【0004】
ビリルビンオキシダーゼ(BOD)も、酵素電池のカソード(Cathode、正極)側において、酸素の電気化学的4電子還元反応を実現する触媒として注目されている。例えば、引用文献2には、正極にビリルビンオキシダーゼを固定した燃料電池が開示されている。
【0005】
ビリルビンオキシダーゼ(BOD)のような酵素はタンパク質なので、熱やpHの程度、有機溶媒などの影響により変性し易い性質を有する。このため、酵素は、金属触媒などの他の化学的触媒に比べて生体外での安定性が低い。従って、酵素を生体外で利用する場合は、活性を維持しつつ、安定性を高めることが重要である。
【0006】
ビリルビンオキシダーゼ(BOD)の安定化方法としては、例えば、特許文献3には、BOD含有溶液中にペンタシアノ鉄錯塩および/またはヘキサシアノ鉄錯塩、および第3級アミン類を含有させるBODの安定化方法が、特許文献4には、リチウム化合物又はホモシスチンを安定化剤として用いるビリルビンオキシダーゼの安定化方法が、引用文献5には、遺伝子工学的手法により製造した耐熱性ビリルビンオキシダーゼが開示されている。
【0007】
ここで、本発明に関連する被覆技術について説明する。
近年、医薬分野、化粧品分野、食品分野に至る幅広い分野において、タンパク質等の生理活性物質をポリマー等で被覆する技術が開発されている。ドラッグデリバリーシステム等が代表的な一例である。これらの技術は、活性部位の制御、生体内の運搬、安定性・保存性の向上、反応性の制御など様々な目的で用いられている。具体的には、生理活性物質等をポリマー等で被覆し、目的の活性部位などで生理活性物質等を遊離させて活性反応を起こさせるという技術である。
【0008】
これらの技術に続く新たな技術として、非特許文献1には、酵素活性を維持したまま耐熱性と有機溶媒耐性を向上し得るホースラディッシュペルオキシダーゼ(horseradish peroxidase(HRP))を1分子単位でナノゲルに封入する技術が開示されている。 この技術は、酵素を1分子単位でナノゲル封入し、封入後も酵素活性を低下させないという特徴を有するが、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)以外の生理活性物質への応用が可能であるかは不明であり、更なる研究の途が残されていた。
【特許文献1】特開2004−194670号公報。
【特許文献2】特開2007−87627号公報。
【特許文献3】特開2000−83661号公報。
【特許文献4】特開2000−253873号公報。
【特許文献5】特開2004−89042号公報。
【非特許文献1】J.AM.CHEM.SOC.2006,128,11008-11009
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ビリルビンオキシダーゼ(BOD)の酵素活性の低下を抑制しつつ、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)を被覆する新規な方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者らは、前記非特許文献1の技術に基づき、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)の被覆を試みたところ、被覆には成功したものの、酵素活性の著しい低下がみられた。そこで、本願発明者らは、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)を被覆する方法について鋭意研究した結果、被覆時における技術常識の発想を転換することで、酵素活性の低下を抑制しつつ、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)を被覆する新規な方法を見出した。
【0011】
本発明では、まず、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)分子の表面に重合性官能基を導入する重合性官能基導入工程と、該重合性官能基と重合性モノマーが共重合を起こす共重合工程と、を17℃以下で行うビリルビンオキシダーゼ(BOD)の被覆方法を提供する。
従来、各工程、特に共重合工程は、一定以上の高温でしか反応が進まないのが技術常識であったが、本発明では、その発想を大きく転換し、17℃以下という比較的低温で各工程を行う方法に成功した。
本各工程は、17℃以下で行うが、4℃以上17℃以下で行うとより好適である。
前記重合性官能基は、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)分子の表面に導入可能な重合性官能基であれば特に限定されないが、一例としては、アクリロイル基が挙げられる。
前記重合性モノマーは、前記重合性官能基と重合可能な重合性モノマーであれば特に限定されないが、一例としは、アクリルアミドが挙げられる。
本発明に係る被覆方法を用いれば、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)を安定化することができる。
例えば、耐熱性を向上させることにより、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)を安定化させることが可能である。
また、有機溶媒耐性を向上させることにより、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)を安定化させることが可能である。前記有機溶媒は特に限定されないが、例えば、メタノール耐性を向上させることにより、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)を安定化させることが可能である。
本発明では、また、本発明に係る被覆方法を用いて被覆されたビリルビンオキシダーゼ(BOD)を提供する。
該ビリルビンオキシダーゼ(BOD)は、公知のあらゆる用途に用いることができるが、一例を挙げると、酵素電極に固定化して触媒として用いることができる。
本発明では、更に、前記酵素電極を少なくとも用いた燃料電池を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る被覆方法を用いれば、酵素活性の低下を抑制しつつ、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)を1分子単位で被覆することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0014】
図1は、本発明に係るビリルビンオキシダーゼ(BOD)の被覆方法の概要を示す図である。符号Iは、本発明に係る被覆方法の重合性官能基導入工程を、符号IIは、共重合工程をそれぞれ示す。また、符号1はビリルビンオキシダーゼ(BOD)分子、符号2は重合性官能基、符号12は重合性官能基が表面に導入されたビリルビンオキシダーゼ(BOD)分子、符号13は被覆されたビリルビンオキシダーゼ(BOD)分子をそれぞれ示す。
【0015】
<重合性官能基導入工程I>
本発明に係る被覆工程では、まず、ビリルビンオキシダーゼ(以下「BOD」と称する。)分子の表面に重合性官能基2を導入する工程を行う。重合性官能基2の導入方法は、公知のあらゆる方法を用いることができる。例えば、BOD表面に存在するアミノ基に、重合性官能基2を有する有機化合物等を共有結合させることで、BOD分子表面に重合性官能基2を導入することができる。
【0016】
重合性官能基導入工程Iは、17℃以下で行う。BODの酵素活性の低下を抑制するためである。従来、重合性官能基2の導入は、30℃前後で行うことが常識であった。しかし、本発明では、従来技術の発想を大きく転換し、比較的低温の17℃以下で重合性官能基2の導入を行うことにより、BODの酵素活性の低下を抑制することに成功した。
【0017】
重合性官能基導入工程Iは17℃以下で行えば、BODの酵素活性の低下を産業上利用可能な範囲に抑制することができるが、生産性を考えると、好ましくは4℃以上、より好ましくは4℃以上8℃以下で行うとよい。4℃未満になると、化学反応の進行が著しく遅くなるためである。
【0018】
重合性官能基2は、BOD分子の表面に導入可能な重合性官能基2であれば特に限定されない。例えば、ラジカル重合性、カチオン重合性、アニオン重合性、付加重合性、縮合重合性のいずれであってもよい。具体的な重合性官能基2としては、アクリロイル基、メタクリロイル基、ビニル基、アリル基、プロペニル基、アクリルアミド基、ビニルアミド基、ビニリデン基、ビニレン基等が挙げられる。一例として、BOD分子にアクリロイル基を導入する場合の重合性官能基導入工程Iを下記の化学式1で示す。なお、BOD分子表面のアミノ基とアクリルロイル基の共有結合の状態を分かりやすくするために、BOD分子表面のアミノ基を具体的に記載する。
【化1】

【0019】
重合性官能基導入工程Iでは、必要に応じて、BODの安定剤を加えることも可能である。安定剤は特に限定されないが、例えば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA(ethylenediaminetetraacetic acid))、ジメチルアミノアンチピリン、アスパラギン酸をBODの安定剤として用いることができる。BODの活性中心イオンである銅イオンの安定化やプロテアーゼを阻害するためである。
【0020】
<共重合工程II>
本発明に係る被覆工程では、重合性官能基導入工程Iを経た後、導入した重合性官能基2と重合性モノマーの共重合反応を起こさせる工程を行う。共重合工程IIにおける共重合反応は、公知のあらゆる方法を用いることができる。例えば、分子表面に重合性官能基2を導入したBODに重合開始剤や反応促進剤を加え、BOD分子表面での重合性官能基2同士の共重合を開始させ、そこへ重合性モノマーと架橋剤を加えることにより行うことができる。
【0021】
共重合工程IIは、17℃以下で行う。BODの酵素活性の低下を抑制するためである。従来、共重合反応は、25℃前後で行うことが常識であった。しかし、本発明では、従来技術の発想を大きく転換し、比較的低温の17℃以下で共重合反応を進行させることにより、BODの酵素活性の低下を抑制することに成功した。
【0022】
共重合工程IIは17℃以下で行えば、BODの酵素活性の低下を産業上利用可能な範囲に抑制することができるが、生産性を考えると、好ましくは4℃以上、より好ましくは4℃以上8℃以下で行うとよい。4℃未満になると、共重合反応の進行が著しく遅くなるためである。
【0023】
共重合工程IIにおいて、BOD分子表面に導入した重合性官能基2と共重合を進行させる重合性モノマーは、前記重合性官能基との共重合が可能であれば特に限定されない。例えば、アクリルアミド、アクリル酸、メタクリル酸、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)、N-イソプロピルアクリルアミド、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、N-ビニルピロリドン、2-アミノエチルメタクリレート等が挙げられる。
【0024】
共重合工程IIでは、必要に応じて、重合開始剤、反応促進剤、架橋剤等を用いることができる。重合開始剤としては例えば、硫酸アンモニウム、過酸化ベンゾイル(benzoyl peroxide(BPO))、アゾビスイソブチロニトリル (azobisisobutyronitrile, azobisisobutylonitrile(AIBN))、テトラメチルエチレンジアミン(tetramethylethylenediamine(TMED))等が挙げられる。反応促進剤としては例えば、テトラメチルエチレンジアミン(tetramethylethylenediamine(TMED))等が挙げられる。架橋剤としては例えば、N,N'-メチレンビスアクリルアミド(N,N’-methylene bisacrylamide(MBAAm))、エチレングリコールジメタクリレート(ethyleneglycoldimethacrylate(EDMA))等が挙げられる。
【0025】
本発明に係るBODの被覆方法は、BODの酵素活性の低下を抑制しつつ、BOD分子を被覆し、安定化することができる。従来の被覆方法は、安定化のために酵素をポリマー等で被覆すると、酵素活性が低下してしまった。しかし、本発明に係る被覆方法では、BODの酵素活性の低下を抑制しつつ、BOD分子を被覆し、安定化させるため、高安定で高い酵素活性を有するBODを作製できるというメリットが生じる。
【0026】
本発明に係る被覆方法は、BOD分子を1分子単位で被覆するため、様々な面で安定化が図れるが、例えば、耐熱性を向上させることによるBODの安定化を図ることができる。本発明でいう耐熱性の向上は、熱処理温度を上昇させた場合にも、熱処理時間を長くした場合にも発揮される。
【0027】
また、有機溶媒耐性を向上させることによるBODの安定化を図ることもできる。この場合の有機溶媒は特に限定されないが、例えば、メタノールなどのアルコール類、エーテル類、アセトン、ヘキサン、テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサンなどが挙げられる。
【0028】
本発明に係る被覆方法で被覆したBODは、酵素活性を示しつつ、熱や有機溶媒等に対し安定性が高い。従って、公知のあらゆる用途に好適に用いることができる。特に、発熱を伴う用途や、BODを有機溶媒に溶解させて用いる用途などには有効に用いることができる。
【0029】
具体的な一例としては、酵素電池のカソード(Cathode、正極)側に固定することにより、酸素の電気化学的4電子還元反応を実現する触媒として用いることができる。本発明における酵素電極は、本発明に係る被覆方法で被覆したBODを少なくとも固定していれば、他の構造、機能は特に制限されない。
【0030】
本発明に係るBODは被覆されているため、安定性が高く、電極に固定化した際の酵素活性の低下も抑制することができる。例えば、本発明に係るBODは熱に対する安定性が高いため、酵素電極の耐久性を向上させることができる。
【0031】
また、従来、BODは、酵素活性の低下が懸念されるために有機溶媒に溶解して電極上に固定化することが難しかった。しかし、本発明に係るBODは、有機溶媒に対する安定性も高いため、有機溶媒を用いた酵素固定化法を用いることもできるといったメリットがある。
【0032】
本発明に係る酵素電極は、公知のあらゆる燃料電池に用いることができる。該燃料電池は、本発明に係る酵素電極を少なくとも使用できるものであれば、燃料の種類、構造、機能などは制限されない。
【0033】
本発明に係る燃料電池の酵素電極に用いるBODは、熱や有機溶媒等に対する安定性が高いため、燃料電池自体の安定性や耐久性を向上させることが可能である。
【実施例1】
【0034】
実施例1では、従来技術と同様の方法によりビリルビンオキシダーゼ(以下「BOD」と称する。)を被覆した場合の酵素活性、及び耐熱性の変化を調べた。
【0035】
<重合性官能基の導入>
本実施例では、重合性官能基の一例として、アクリロイル基の導入を行った。
まず、10mgのBODと、安定剤として1mgの4−ジメチルアミノアンチピリンを100mMのホウ酸溶液(pH9.3)3.8mLに溶解した。次に、0.2mLのジメチルスルホキシド(DMSO(dimethyl sulfoxide))に4.0mgのN−アクリロキシスクシンイミドを溶解し、前記ホウ酸緩衝液にゆっくりと加え、30℃で2時間反応させた。その後、セファデックスG25カラムを用いて、アクリロイル基を導入したBOD(以下「アクリロイル化BOD」と称する。)を精製した。
【0036】
<BODのアクリルロイル化率の測定>
0.1mg/mLフルオレスアミン(1.5mLのアセトンに溶解)に対し、前記で精製したアクリロイル化BOD(0.1Mのリン酸緩衝液pH8.0に溶解)を0.5mL加え、25℃で7分間反応させた。その後、分光蛍光光度計を用い、励起波長390nm、発光波長483nmにおける蛍光強度を測定した。未反応のアミン残基の量を測定するために、重合性官能基が導入されていないBOD(以下「フリーBOD」と称する。)をコントロールとして用いた。前記で導入したアクリルロイル化BODのアクリルロイル化率は55.9%であった。
【0037】
<共重合>
バイアルの中で、全体が3.5mLになるようにアクリロイル化BODと4−ジメチルアミノアンチピリンを混ぜ、窒素を除去した。次に、硫酸アンモニウム(3mg)を除酸素した脱イオン水30μLに溶解した溶液と、N,N,N',N'-テトラメチルエチレンジアミン3μLをバイアルの中に加え、アクリロイル化BODの表面において重合を開始した。
【0038】
その後、アクリルアミドとN,N'-メチレンビスアクリルアミドをモル比10:1で混合したものを除酸素した脱イオン水0.5mLに溶解し、前記アクリロイル化BOD溶液に均一に加え60分間反応させた。更に、窒素存在下で60分間反応させた。最後にセファデックスG75カラムを用いて、被覆されたBOD(以下「被覆BOD1」と称する。)を精製した。なお、被覆BOD1のアクリルアミドとN,N'-メチレンビスアクリルアミドの混合物と、BODのモル比は400:1であった。
【0039】
精製した被覆BOD1を用い、アクリルアミドとN,N'-メチレンビスアクリルアミドの混合物と、BODをモル比400:1で更に上記の方法を繰り返し行い、被覆されたBOD(以下「被覆BOD2」と称する。)を得た。
【0040】
コントロールとして、被覆を行わず、被覆BOD2を作製する過程と同時間、4℃下で保存したBOD(以下「フリーBOD1」と称する。)を用いた。
【0041】
<酵素活性の測定>
上記で得た被覆BOD1、2、及びフリーBOD1のミカエリス定数(K)、反応速度定数(kcat)を、以下の表1の条件下で測定した。基質にはABTS(2,2′-Azino-bis(3-ethylbenzothiazoline-6-sulfonic acid) diammonium salt)を用いた。なお、各BODのタンパク量は、BCA colorimetric protein assayを用いて標準タンパク質のBSAの検量線から求めた。
【表1】

【0042】
結果を図2に示す。図2は、ミカエリスメンテン式でフィッティングを行った被覆BOD1、2、及びフリーBOD1の基質濃度と酵素活性の関係を示す図面代用グラフである。また、図2から得られた被覆BOD1、2、及びフリーBOD1のミカエリス定数(K)、反応速度定数(kcat)を表2に示す。
【表2】

【0043】
被覆BOD1、2とフリーBOD1のミカエリス定数(K)、及び反応速度定数(kcat)を比較してみると、ミカエリス定数(K)には大きな差は見られないが、反応速度定数(kcat)に関しては、被覆BOD1がフリーBOD1の約23分の1倍、被覆BOD2がフリーBOD1の約122分の1倍になってしまうことが分かった。
【0044】
<耐熱性試験―熱処理時間依存性>
46.5mM、pH7.0のリン酸ナトリウム溶液に、それぞれ被覆BOD1を2.46μM、被覆BOD2を11.8μM、フリーBOD1を1.07μM溶解し、65℃のホットプレート上で熱処理を行った。熱処理後、表3に記載の条件の下、酵素活性を測定した。
【表3】

【0045】
ここで、タンパク質の熱変性反応は下記反応式2で示されるが、k>>k-1と仮定した場合、タンパク質の熱変性反応は下記反応式3で表され、1次反応の速度解析式は下記数式1とすることができる。そこで、下記数式1の速度解析式を用い、フィッティングを行った。
【化2】

【化3】

【数1】

【0046】
結果を図3及び図4に示す。図3は、数式1の速度解析式でフィッティングを行った被覆BOD1、2、及びフリーBOD1の熱処理時間と酵素活性の関係を示す図面代用グラフである。図4は、数式1の速度解析式でフィッティングを行った被覆BOD1、2、及びフリーBOD1の熱処理時間と残存活性の関係を示す図面代用グラフである。
【0047】
被覆BOD1、2とフリーBOD1の熱処理時間60分における残存活性を比較してみると、フリーBOD1は約0%の残存活性であるのに対し、被覆BOD1、2は約15%の残存活性を示していた。
【0048】
実施例1では、BODを従来技術と同様の方法を用いて被覆することにより、耐熱性は向上するが、酵素活性が著しく低下してしまうことが分かった。
【実施例2】
【0049】
実施例2では、実施例1の被覆方法中、重合性官能基の導入工程と共重合工程を4℃で行った場合のBODの酵素活性、及び耐熱性の変化を調べた。
【0050】
<重合性官能基の導入>
本実施例では、重合性官能基の一例としてアクリロイル基の導入を行った。
まず、40mgのBODと、安定剤として1mgのエチレンジアミン四酢酸(EDTA(ethylenediaminetetraacetic acid))を100mMのホウ酸溶液(pH9.3)3.8mLに溶解した。次に、0.2mLのDMSOに6.0mgのN−アクリロキシスクシンイミドを溶解し、前記ホウ酸緩衝液にゆっくりと加え、4℃で10時間反応させた。その後、4℃下において、セファデックスG25カラムを用いて、アクリロイル基を導入したアクリロイル化BODを精製した。
【0051】
<BODのアクリルロイル化率の測定>
実施例1と同様の方法でBODのアクリルロイル化率を測定したところ、前記で導入したアクリルロイル化BODのアクリルロイル化率は60.6%であった。
【0052】
<共重合>
4℃下において、バイアルの中で全体が3.5mLになるようにアクリロイル化BODとEDTAを混ぜ、窒素を除去した。次に、硫酸アンモニウム(3mg)を除酸素した脱イオン水30μLに溶解した溶液と、N,N,N',N'-テトラメチルエチレンジアミン3μLをバイアルの中に加え、アクリロイル化BODの表面において重合を開始した。
【0053】
その後、4℃下において、アクリルアミドとN,N'-メチレンビスアクリルアミドをモル比10:1で混合したものを除酸素した脱イオン水0.5mLに溶解し、前記アクリロイル化BOD溶液に均一に加え60分間反応させた。更に、4℃、窒素存在下で60分間反応させた。最後にセファデックスG75カラムを用いて、被覆されたBOD(以下「被覆BOD3」と称する。)を精製した。なお、被覆BOD3のアクリルアミドとN,N'-メチレンビスアクリルアミドの混合物と、BODのモル比は400:1であった。
【0054】
精製した被覆BOD3を用い、アクリルアミドとN,N'-メチレンビスアクリルアミドの混合物と、BODをモル比400:1で更に上記の方法を繰り返し行い、被覆されたBOD(以下「被覆BOD4」と称する。)を得た。
【0055】
コントロールとして、被覆を行わず、被覆BOD4を作製する過程と同時間、25℃下で保存したBOD(以下「フリーBOD2」と称する。)、及び、被覆BOD4を作製する過程と同時間、4℃下で保存したBOD(以下「フリーBOD3」と称する。)を用いた。
【0056】
<酵素活性の測定>
上記で得た被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3のミカエリス定数(K)、反応速度定数(kcat)を、以下の表4の条件下で測定した。基質にはABTS(2,2′-Azino-bis(3-ethylbenzothiazoline-6-sulfonic acid) diammonium salt)を用いた。なお、各BODのタンパク量は、BCA colorimetric protein assayを用いて標準タンパク質のBSAの検量線から求めた。
【表4】

【0057】
結果を図5に示す。図5は、ミカエリスメンテン式でフィッティングを行った被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3の基質濃度と酵素活性の関係を示す図面代用グラフである。また、図5から得られた被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3のミカエリス定数(K)、反応速度定数(kcat)を表5に示す。
【表5】

【0058】
被覆BOD3、4とフリーBOD2、3のミカエリス定数(K)、反応速度定数(kcat)を比較してみると、ミカエリス定数(K)に関しては、被覆BOD3、4がフリーBOD2、3の約2倍になり、反応速度定数(kcat)に関しては、被覆BOD3、4がフリーBOD2の約3分の1倍、フリーBOD3の約4分の1倍になったことが確認できた。
【0059】
<耐熱性試験―熱処理時間依存性>
46.5mM、pH7.0のリン酸ナトリウム溶液に、それぞれ被覆BOD3を1.14μM、被覆BOD4を1.98μM、フリーBOD2を0.362μM、フリーBOD3を0.377μM溶解し、65℃のホットプレート上で熱処理を行った。熱処理後、表6に記載の条件の下、酵素活性を測定した。
【表6】

【0060】
結果を図6、図7に示す。図6は、上記数式1の速度解析式でフィッティングを行った被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3の熱処理時間と酵素活性の関係を示す図面代用グラフである。図7は、数式1の速度解析式でフィッティングを行った被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3の熱処理時間と残存活性の関係を示す図面代用グラフである。
【0061】
図7に示す通り、被覆BOD3、4の熱処理時間増加に伴う残存活性の曲線は、フリーBOD2、3の熱処理時間増加に伴う残存活性の曲線に比べ、グラフ中時間軸増加方向にずれていることが分かる。即ち、被覆BOD3、4は、熱処理時間に対する耐熱性が向上していることが確認できた。
【0062】
<耐熱性試験―熱処理温度依存性>
46.5mM、pH7.0のリン酸ナトリウム溶液に、被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3を溶解し、それぞれ約1.9μMになるように調整した。調整溶液を25、40、50、55、60、65、70、75、80℃の各温度のホットプレート上で、10分間熱処理を行った。熱処理後、上記表6に記載の条件の下、酵素活性を測定した。
【0063】
結果を図8、図9、図10に示す。図8は、被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3の熱処理温度と酵素活性の関係を示す図面代用グラフである。図9は、被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3の熱処理温度と残存活性の関係を示す図面代用グラフである。図10は、図9の50℃〜70℃の範囲を拡大した図面代用グラフである。
【0064】
図9に示す通り、被覆BOD3、4の熱処理温度増加に伴う残存活性の曲線は、フリーBOD2、3の熱処理温度増加に伴う残存活性の曲線に比べ、熱処理温度が増加するにつれてグラフ中温度軸増加方向にずれていることが分かる。即ち、被覆BOD3、4は、熱処理温度に対する耐熱性が向上していることが確認できた。
【0065】
また、残存活性が50%になる熱処理温度をTm(変性中点)と定義し、図10より各BODのTm(変性中点)を求めた。結果を表7に示す。
【表7】

【0066】
表7に示す通り、Tm(変性中点)は、被覆BOD3、4の方がフリーBOD2、3に比べ、高温になっていることが分かる。即ち、被覆BOD3、4は、熱処理温度に対する耐熱性が向上していることが確認できた。
【0067】
実施例1の方法(従来技術)でBODを被覆した場合も実施例2の方法でBODを被覆した場合も、耐熱性の向上は認められた。しかし、実施例1の方法(従来技術)でBODを被覆した場合は、酵素活性の著しい低下が認められたのに対し、実施例2の方法でBODを被覆した場合は、酵素活性の低下を抑制することが確認できた。
【0068】
従って、BODの被覆方法において、重合性官能基の導入工程と共重合工程を低温で行えば、BODの酵素活性の低下を抑制しつつ、耐熱性を向上させることが可能であることが分かった。
【実施例3】
【0069】
実施例3では、本発明に係るBODの被覆方法の温度の上限を計算した。
【0070】
実施例1で示した通り、25℃においてBODの被覆を行うと、BODの酵素活性が約100分の1と著しく減少した。一方、実施例2で示した通り、4℃においてBODの被覆を行うと、酵素活性の低下を約4分の1に抑制することができた。そこで、BOD被覆の過程の温度T(℃)とBODの残存活性の割合に図11のような関係があると仮定できた。
【0071】
そして、産業上利用可能なBOD活性減少量を10分の1倍とすると、BOD被覆の過程の温度T(℃)の上限は約17℃と設定できた。更に、より好適な温度としては、BOD活性減少量を5分の1倍とすると、BOD被覆の過程の温度T(℃)の上限は約8℃と設定できた。
【実施例4】
【0072】
実施例4では、本発明に係る被覆方法を用いて被覆を行ったBODの有機溶媒耐性を調べた。
【0073】
15%のメタノールを含んだ46.5mM、pH7.0のリン酸ナトリウム溶液に、実施例2で得た被覆BOD3、4、及びフリーBOD2をそれぞれ1.6μM溶解し、60℃で10分間熱処理を行った。熱処理後、下記表8に記載の条件の下、酵素活性を測定した。
【表8】

【0074】
結果を図12に示す。図12に示す通り、フリーBOD2の有機溶媒処理後の残存活性は約12%であるのに対し、被覆BOD3は約14%、被覆BOD4は約20%であった。この結果から、有機溶媒耐性は、フリーBOD2に対し、被覆BOD3は約2%、被覆BOD4は約8%上昇することが分かった。
【0075】
実施例4では、本発明に係る被覆方法を用いてBODを被覆することにより、BODの有機溶媒耐性を向上させることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明に係る被覆方法を用いれば、被覆したビリルビンオキシダーゼ(BOD)の酵素活性の低下を抑制しつつ、熱や有機溶媒に対する安定性を向上させることができる。
【0077】
本発明に係る被覆方法を用いて被覆したビリルビンオキシダーゼ(BOD)を燃料電池の酵素電極に用いれば、安定性、耐久性の高い燃料電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】本発明に係るビリルビンオキシダーゼ(BOD)の被覆方法の概要を示す図である。
【図2】ミカエリスメンテン式でフィッティングを行った被覆BOD1、2、及びフリーBOD1の基質濃度と酵素活性の関係を示す図面代用グラフである。
【図3】数式1の速度解析式でフィッティングを行った被覆BOD1、2、及びフリーBOD1の熱処理時間と酵素活性の関係を示す図面代用グラフである。
【図4】数式1の速度解析式でフィッティングを行った被覆BOD1、2、及びフリーBOD1の熱処理時間と残存活性の関係を示す図面代用グラフである。
【図5】ミカエリスメンテン式でフィッティングを行った被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3の基質濃度と酵素活性の関係を示す図面代用グラフである。
【図6】数式1の速度解析式でフィッティングを行った被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3の熱処理時間と酵素活性の関係を示す図面代用グラフである。
【図7】数式1の速度解析式でフィッティングを行った被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3の熱処理時間と残存活性の関係を示す図面代用グラフである。
【図8】被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3の熱処理温度と酵素活性の関係を示す図面代用グラフである。
【図9】被覆BOD3、4、フリーBOD2、及び3の熱処理温度と残存活性の関係を示す図面代用グラフである。
【図10】図9の50℃〜70℃の範囲を拡大した図面代用グラフである。
【図11】BOD被覆の過程の温度T(℃)とBODの残存活性の割合を示す図面代用グラフである。
【図12】有機溶媒処理後の各BODの残存活性を示す図面代用グラフである。
【符号の説明】
【0079】
1 ビリルビンオキシダーゼ(BOD)分子
2 重合性官能基


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビリルビンオキシダーゼ(BOD)分子の表面に重合性官能基を導入する重合性官能基導入工程と、
該重合性官能基と重合性モノマーが共重合を起こす共重合工程と、
を17℃以下で行うビリルビンオキシダーゼ(BOD)の被覆方法。
【請求項2】
4℃以上17℃以下で行うことを特徴とする請求項1記載の被覆方法。
【請求項3】
前記重合性官能基は、アクリロイル基であることを特徴とする請求項1記載の被覆方法。
【請求項4】
前記重合性モノマーは、アクリルアミドであることを特徴とする請求項1記載の被覆方法。
【請求項5】
請求項1記載の被覆方法を用いたビリルビンオキシダーゼ(BOD)の安定化方法。
【請求項6】
耐熱性を向上させることを特徴とする請求項5の安定化方法。
【請求項7】
有機溶媒耐性を向上させることを特徴とする請求項5記載の安定化方法。
【請求項8】
前記有機溶媒は、メタノールであることを特徴とする請求項7記載の安定化方法。
【請求項9】
請求項1記載の被覆方法を用いて被覆されたビリルビンオキシダーゼ(BOD)。
【請求項10】
請求項9のビリルビンオキシダーゼ(BOD)を少なくとも固定化した酵素電極。
【請求項11】
請求項10の酵素電極を少なくとも用いた燃料電池。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−44997(P2009−44997A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−213512(P2007−213512)
【出願日】平成19年8月20日(2007.8.20)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】