説明

ビンカアルカロイドおよびその塩の利用

ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する薬剤は、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成及び/又は分泌を誘導することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
関連文献とのクロスリファレンス
本願は、2003年5月9日付けで出願した日本国特願2003−131256号に基づく優先権、及び2003年10月31日付けで出願した日本国特願2003−373665号に基づく優先権を主張する。これらの文献を本明細書に援用する。
[技術分野]
本発明は、ビンカアルカロイドおよびその塩の利用に関し、より詳細には、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成及び/又は分泌能を増加させる薬剤、糖尿病治療薬、血糖値低下剤、膵臓由来の非腫瘍細胞の分化を誘導する方法、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成及び/又は分泌能を増加させる方法、インスリン生成能が増加した膵臓由来の非腫瘍細胞を製造する方法、膵臓由来の非腫瘍細胞の培養方法、インスリンの製造方法、分化が誘導された膵臓由来の非腫瘍細胞、並びにインスリン生成及び/又は分泌能が増加した膵臓由来の非腫瘍細胞に関する。
【背景技術】
糖尿病は血中インスリンの不足や作用不全のため血中の糖濃度が増加し、合併症として神経障害、視覚障害、腎障害などが起こる疾患である。日本だけでも約700万人の糖尿病患者が存在する。糖尿病には1型と2型があり、1型はインスリンを生産する膵β細胞が自己免疫疾患的に破壊され、絶対的なインスリン不足により起こる。一方、2型糖尿病は、筋、脂肪、肝など標的組織のインスリン抵抗性が発現すること、および膵β細胞の機能低下による血中インスリン量の低下が原因である。そこで1型、2型いずれの糖尿病の場合も膵β細胞の作用不全によるものということができる。
従来の技術として血糖値を下げるため1型にはインスリン注射が殆どのケースで用いられている。この時、1日約4回の注射が患者にとって苦痛になっているのはいうまでもない。2型の治療には、例として、インスリン抵抗性を低減させるPPARγ阻害剤が使われているが、効果は不充分であり、副作用として肥満が指摘されている。さらにβ細胞からインスリン放出を促進するスルホニルユレア剤などが使われているが効果は充分でない。
薬剤を用いて糖尿病を治療することに対し、近年、全く新しい方法である細胞や組織の移植による治療は再生治療として期待されている。1型糖尿病患者に大量のインスリン放出能を持つ細胞を移植できれば、長期間、1日4度のインスリン注射を行わないですむ。一方、2型糖尿病でも、標的組織のインスリン抵抗性があってもインスリンが正常に生産されれば血糖値は上がらないので、インスリン放出細胞の移植は有効である。移植による効果はスルホニルユレアなど現在使われているβ細胞からインスリンを放出させる薬剤より格段に優れていることが期待される。
手に入れることの容易さや免疫学的特性などからブタ膵細胞は糖尿病再生治療への利用が期待されている細胞であるが、今までいずれの細胞系でも大量の細胞を集め、充分にインスリン生産・放出細胞に分化誘導する技術は知られていなかった。
膵臓のβ細胞は胎児期にそのほとんどが形成された後は非常にゆっくりと増殖・分化している(Herrera,P.L.らDevelopment 127:2317−2322(2000))が、膵臓がダメージを受けた場合にはその分化や増殖が活発になることが実験でも証明されており、大人のマウスにおいて膵を90%切除したマウスにおいてもアロキサンによってβ細胞を破壊し耐糖能異常を起こしたマウスにおいても膵臓の導管細胞からβ細胞の分化増殖と残存のβ細胞の増殖が起こることなどから成人の膵臓においても幹細胞が存在し、再生能力を有することが知られてきた(Bonner−Wier,S.らDiabetes 42:1715−1720(2000))。そのため、導管から幹細胞を取り出しインスリン生成細胞に分化させる実験が行われた(Ramiya,V.K.らNature Med.6:278−282(2000)及びBonner−Weir,S.らProc.Nat.Acad.Sci.USA 97:7999−8004(2000))。しかし、膵臓の幹細胞のマーカーは不明であったが、神経前駆細胞に発現するマーカーであるnestinが膵幹細胞のマーカーであると昨年報告され、成人の膵臓の導管にもあることが確認された(Hunziker,E.らBiochem.Biophys.Res.Commun.271:116−119(2000))。さらにin vitroでの培養、インスリン生成細胞を含む表現形細胞への分化に成功し(Zulewski,H.らDiabetes 50:521−533(2001))、またES細胞から膵島様の組織への分化にも成功しており(Lumelysky,N.らScience 292:1389−1394(2001))、膵臓の再生医療として臨床での応用が期待されている。
このように、膵β細胞の材料となりうる細胞の研究が進む一方、膵臓のβ細胞の分化を誘導するような生理活性物質は再生医療の分野で応用できることが期待される。現在までにβ細胞への分化を誘導する物質として知られているのはTGF−βスーパーファミリーに属するactivin A(Demeterco,C.J.らClin.Endo.85:3892−3897(2000))やEGFファミリーに属するbetacellulin(BTC)(Ishiyama,N.らDiabetologia 41:623−628(1998)及びYamamoto,K.らDiabetes 49:2021−2027(2000))、肝細胞成長因子(HGF:hepatocyte growth factor)(Ocana,A.G.らJ.Biol.Chem.275:1226−1232(2000))、basic fibroblast growth factor(bFGF)(Assady,S.らDiabetes 50:1691−1697(2001))などがある。これらはタンパク質である点から経口投与には適さず、また注射による導入は免疫的な問題や不安定さから難しい。一方、低分子化合物ではニコチンアミドがポリADPリボース合成酵素の阻害剤として働き、膵β細胞の再生を促進させること(Watanabe,T.らProc.Natl.Acad.Sci.USA 91:3589−3592(1994)及びSjohorm,A.らEndocrinology 135:1559−1565(1994))や同時に膵β細胞の増殖と分化を促進するReg蛋白(Akiyama,T.らProc.Natl.Acad.Sci.USA 98:48−53(2001))の発現を促進させることが報告されている(Watanabe,T.らProc.Natl.Acad.Sci.USA 91:3589−3592(1994))。また酪酸ナトリウム(sodium butyrate)やdexamethasone(Korsgren,O.ら、Upsala J.Med.Sci.98:39−52(1993))にもfetal porcine pancreatic islet−like cell cluster(ICC)をインスリン生成細胞に分化させることが報告されているが特異性が低いため実用化は低い。
一方、マレーシアやタイのキョウチクトウ科の植物の葉から単離されるアルカロイドのコノフィリン(Umezawa,K.ら、Anticancer Res.14:2413−2418(1994))およびコノフィリジン(Kam,T.S.ら、J.Nat.Prod.56:1865−1871(1993))の構造が図1のように知られている。コノフィリンは動物で抗癌活性を示すことが知られている(Umezawa,K.ら、Drugs Exptl.Clin.Res.22:35−40(1996))。
また、コノフィリンが膵腺房腫瘍細胞AR42J−B13のインスリン生成を誘導することが知られている(第45回日本糖尿病学会年次学術集会(東京、2002年5月18日)要旨集01−21))。しかし、この癌細胞は培地にインスリンを放出しなかった。
本発明は、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成及び/又は分泌を誘導することができる薬剤を提供することを目的とする。
【発明の開示】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意努力した結果、ビンカアルカロイドが正常な膵細胞に対してin vitroで顕著にインスリン生成・放出細胞への分化を誘導することを見い出し、本発明を完成させるに至った。
本発明の要旨は以下の通りである。
1.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリンの生成能を増加させる薬剤。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。なお、前記薬剤は、さらに、ニコチンアミド、又は、ニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを含んでいることが好ましい。
2.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩、及びニコチンアミドを有効成分として含有する、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリンの分泌能を増加させる薬剤。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。なお、前記薬剤は、さらに、肝細胞成長因子(HGF)を含んでいることが好ましい。
3.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、インスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療薬。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。また、前記インスリンの欠乏が関与する疾患は、糖尿病、動脈硬化、及びこれらの疾患による合併症からなる群から選ばれるいずれかの疾患である。なお、前記インスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療薬は、さらに、ニコチンアミド、又は、ニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを含んでいることが好ましい。
4.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、血糖値低下剤。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。なお、前記血糖値低下剤は、さらに、ニコチンアミド、又は、ニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを含んでいることが好ましい。
5.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、膵臓由来の非腫瘍細胞からインスリン生成細胞への分化誘導剤。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。なお、前記分化誘導剤は、さらに、ニコチンアミド、又は、ニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを含んでいることが好ましい。
6.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩、及びニコチンアミドを有効成分として含有する、膵臓由来の非腫瘍細胞からインスリン分泌細胞への分化誘導剤。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。なお、前記分化誘導剤は、さらに、肝細胞成長因子(HGF)を含んでいることが好ましい。
7.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩からなる、膵臓由来の非腫瘍細胞からインスリン分泌細胞への分化誘導促進剤。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。
8.膵臓由来の非腫瘍細胞を培養する際、ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩を添加することを特徴とする膵臓由来の非腫瘍細胞の分化を誘導する方法。このように、膵臓由来の非腫瘍細胞をビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩の存在下で培養することにより、膵臓由来の非腫瘍細胞は、インスリン生成細胞やインスリン分泌細胞に分化する。なお、膵臓由来の非腫瘍細胞の分化誘導は、ニコチンアミド、又はニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを用いることが好ましい。また、前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。
9.膵臓由来の非腫瘍細胞を培養する際、ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩を添加することを特徴とする膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成能を増加させる方法。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。なお、前記膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成能を増加させるために、ニコチンアミド、又はニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを添加することが好ましい。
10.膵臓由来の非腫瘍細胞を培養する際、ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩を添加することを特徴とする膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン分泌能を増加させる方法。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。なお、前記膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成能を増加させるために、ニコチンアミド、又はニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを添加することが好ましい。
11.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩の存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養することを含む、インスリン生成及び/又は分泌能が増加した膵臓由来の非腫瘍細胞を製造する方法。このように、膵臓由来の非腫瘍細胞をビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩の存在下で培養することにより、インスリン生成能が増加した膵臓由来の非腫瘍細胞(インスリン生成細胞)や、インスリン分泌能が増加した膵臓由来の非腫瘍細胞(インスリン分泌細胞)を製造することができる。なお、膵臓由来の非腫瘍細胞の分化誘導は、ニコチンアミド、又はニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを用いることが好ましい。また、前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。
12.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩、及びニコチンアミドの存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養し、培養物(培養細胞又は培養液)からインスリンを単離・精製することを含む、インスリンの製造方法。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。
13.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩、ニコチンアミド、及び肝細胞成長因子(HGF)の存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養し、培養細胞又は培養液からインスリンを単離・精製することを含む、インスリンの製造方法。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。
14.上記8に記載の方法により分化が誘導された膵臓由来の非腫瘍細胞(インスリン生成細胞又はインスリン分泌細胞)。
15.上記9に記載の方法によりインスリン生成能が増加した、膵臓由来の非腫瘍細胞。
16.上記10に記載の方法によりインスリン分泌能が増加した、膵臓由来の非腫瘍細胞。
17.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩を用いることを特徴とするインスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療方法。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。また、前記インスリンの欠乏が関与する疾患は、糖尿病、動脈硬化、及びこれらの疾患による合併症からなる群から選ばれるいずれかの疾患である。なお、前記インスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療薬は、さらに、ニコチンアミド、又は、ニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを含んでいることが好ましい。
18.ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩、及びニコチンアミドの存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養し、培養した前記膵臓由来の細胞を用いることを特徴とするインスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療方法。なお、ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩、ニコチンアミド、及び肝細胞成長因子(HGF)の存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養し、培養した前記膵臓由来の細胞を用いることとしてもよい。前記ビンカアルカロイドとしては、コノフィリンを用いることが好ましい。また、前記インスリンの欠乏が関与する疾患は、糖尿病、動脈硬化、及びこれらの疾患による合併症からなる群から選ばれるいずれかの疾患である。
本明細書において、「ビンカアルカロイド」とは、キョウチクトウ科植物Vincaroseaから単離されたビンブラスチンおよびビンクリスチン、ならびに、広義には以下の構造式:

で示す骨格を含むアルカロイドをいう。なお、アルカロイドとは植物の産生する環状化合物で環の中に窒素原子(N)を含むものをいう。ビンカアルカロイドの具体例としては、図1に示すビンブラスチン、ビンクリスチン、コノフィリン、コノフィリジン、コノフォリン、コノフィリニン、タベルハニン、パチシフィンなどを挙げることができるが、これらに限定されるわけではない。
「膵臓由来の非腫瘍細胞」とは、生物個体の膵臓に由来し、腫瘍形成能のない細胞をいい、これには、生物個体の膵臓から採取した細胞、該当する細胞を培養したもの(すなわち、培養細胞)が含まれる。培養細胞には、初代培養の細胞も継代培養の細胞も含まれる。
「細胞のインスリン生成及び/又は分泌能を増加させる」とは、インスリン生成及び/又は分泌能を持たなかった細胞がインスリン生成及び/又は分泌能を持つようになること、インスリン生成及び/又は分泌能を持つ細胞のインスリン生成及び/又は分泌能が上昇することを含む概念である。
「β細胞に分化する」とは、β前駆細胞がインスリンを生成および分泌するようになることを意味する。
前述のように、ビンカアルカロイドの一種であるコノフィリンが膵腺房腫瘍細胞AR42J−B13のインスリン生成を誘導することは知られているが、AR42J細胞はインスリンを生成するものの、細胞の外に放出することはできなかった。このように弱い作用しか知られていない条件で、細胞を膵臓由来の非腫瘍細胞に代えた場合に、ビンカアルカロイドがインスリン生成を誘導すること、さらにはインスリンを細胞外に放出させられることまでは予想できることではなかった。
また、AR42J細胞にインスリンをつくらせることができるアクチビンはブタ膵細胞では効果を示さない。ES細胞にインスリンを作らせるにはLAF(leukocyte activating factor)を含むたくさんの因子と段階が必要である。個々の細胞でインスリンをつくらせるための分化をさせる条件は異なる。従って、ビンカアルカロイドが膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成を増加させること、インスリンを細胞外に分泌させることはいかに当業者と言えども予想できることではなかった。
さらに、AR42J細胞は癌細胞であるため、そのインスリン生成能を増加させても、安全性の観点から再生医療に利用することはできなかった。本発明により、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成・分泌能を増加させる技術が確立されたことによって、再生医療に利用可能な細胞を大量に準備できるようになった。
【図面の簡単な説明】
図1は、ビンカアルカロイドに属するいくつかの化合物の化学構造式を示す。
図2は、無添加(1)、ニコチンアミド(10mM)のみ(2)、ニコチンアミド(10mM)とHGF(10ng/ml)(4)、コノフィリン(0.1μg/ml)のみ(5)、コノフィリン(0.1μg/ml)とHGF(10ng/ml)(7)、コノフィリン(0.1μg/ml)とニコチンアミド(10mM)とHGF(10ng/ml)(8)を添加した培地で3週間培養した仔ブタ膵細胞を免疫染色法で染色した結果を示す。図中、Nはニコチンアミドを、CNPはコノフィリンを意味する。
図3は、無添加(○)、ニコチンアミドとHGF(△)、コノフィリンのみ(●)、コノフィリンとニコチンアミドとHGF(▲)を添加した培地で培養した仔ブタ膵細胞が生成するインスリンの量をELISAで測定した結果を示す。図中、Nはニコチンアミドを、CNPはコノフィリンを意味する。
図4は、コノフィリンがストレプトゾトシン投与ラットの血糖値に与える効果を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J.Sambrook,E.F.Fritsch & T.Maniatis(Ed.),Molecular cloning,a laboratory manual(3rd edition),Cold Spring Harbor Press,Cold Spring Harbor,New York(2001);F.M.Ausubel,R.Brent,R.E.Kingston,D.D.Moore,J.G.Seidman,J.A.Smith,K.Struhl(Ed.),Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いている場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
以下、本発明の一態様を詳細に説明する。
1.ビンカアルカロイドおよびその塩の製造
ビンカアルカロイドに属するいくつかの化合物の化学構造式を図1に示す。
ビンブラスチンおよびビンクリスチンは、Neuss N,Gorman M,Hargrove W,et al & Manning RE(1964)J.Am.Chem.Soc.86:1440−1442に記載の方法で、Vincarosea Linnから単離精製することができる。
コノフィリンは、キョウチクトウ科の植物であるErvatamia microphyllaの葉から後述の製造例1のようにして、単離精製することができる(Umezawa,K.らAnticancer Res.14:2413−2418(1994)より改変した方法)。Ervatamia microphyllaの葉約4kgからコノフィリンの結晶約500mgが得られる。
コノフィリジンはコノフィリンと同じくErvatamia microphillaの葉から、同じ方法で製造することができる(Kam,T.S.らJ.Nat.Prod.56:1865−1871(1993))。
コノフォリンおよびパチシフィンは、Kam TS,Anuradha S.Alkaloids from Tabernaemontana divaricata.Phytochemistry(1995)40:313−6に記載の方法で製造することができる。
コノフィリニンおよびタベルハニンは、Kam TS,Pang HS,Lim TM,Biologically active indole and bisindole alkaloids from Tabernaemontana divaricata.Org.Biomol.Chem.(2003)21;1(8):1292−7に記載の方法で製造することができる。
ビンカアルカロイドの塩としては、塩酸塩、硫酸塩を挙げることができるが、これらの塩は、薬理学的に許容できるものである。これらの塩は、公知の方法で製造することができる。
2.ビンカアルカロイドおよびその塩による膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成誘導
まず、膵臓由来の非腫瘍細胞を用意する。膵臓由来の非腫瘍細胞は、哺乳動物由来のものであるとよく、哺乳動物としては、ヒト、サルなどの霊長類、ブタ、ウシ、イヌ、ラットなどの非霊長類を例示することができる。細胞は、健常な個体に由来するものであってもよいし、治療を必要としている患者に由来するものであってもよい。患者はヒトに限られるものではなく、健常でない非ヒト動物であってもよい。健常な個体に由来する非腫瘍細胞の場合、個体は、胎児、新生児(例えば、ブタの場合、生後3日以内の仔ブタ)であることが好ましい。非腫瘍細胞は、外分泌細胞であっても、内分泌細胞であってもよいが、内分泌細胞であることが好ましい。また、内分泌細胞のうち、β細胞およびβ前駆細胞がより好ましい。
健常な哺乳動物個体の膵臓から非腫瘍細胞を分離するには、例えば、以下のようにするとよい。哺乳動物から膵臓を摘出し、結合組織を剥がす。膵臓を細かく切り刻み、緩衝液を加え、攪拌する。攪拌後、上澄み液を捨て、酵素リベラーゼを加え、攪拌する。その後、遠心して、上澄み液を捨て、PBSを加える操作を繰り返す。PBSで懸濁して細胞を集め、この細胞液をHistopaqueに重層させ、遠心する。膵内分泌細胞は細胞懸濁液とHistopaqueとの境界面に白い帯状の層を形成するので、この層を採取する。その後、遠心し、上澄み液を捨て、培地を加えて懸濁したものを培養容器に移し、インキュベートする。その後、適当な時間攪拌をして、スフェロイド(細胞のゆるやかな凝集)を形成させた後、インキュベートする。培養容器から浮遊している細胞を以後の操作に用いる。
培養容器から浮遊している細胞を遠心チューブに入れ、静置してスフェロイドが底に沈んだら、上澄みを捨て、培地を加えて軽く振り、また静置しスフェロイドを底に沈ませる。この操作を2〜3回繰り返した後、遠心し、上澄みを捨てる。残った細胞を、ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩を添加した培地にて、37℃、5%COの条件下で培養する。培養は静置培養でよい。培地としては、RPMI培地などを用いるとよい。ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩の他にも、さらに、ニコチンアミド、肝細胞成長因子(HGF)を添加することがより好ましい。培地は4〜7日おきに交換し、7〜35日間培養するとよい。培養期間中の適当な時間間隔で、細胞の形態を調べておくとよい。また、培地を交換する際に培養液を回収して、培養液中に含まれるインスリン量を測定しておくとよい。
上記の細胞の分離および培養方法は、患者の膵臓に由来する非腫瘍細胞を用意する場合にも適用できる。ただし、患者の膵臓に由来する非腫瘍細胞を得るには、患者の膵臓から組織片を採取して、この組織片から上記の方法で非腫瘍細胞を分離することが考えられる。
以上のようにして、ビンカアルカロイドまたはその塩の存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養することにより、膵臓由来の非腫瘍細胞の分化を誘導することができる。好ましくは膵臓由来の非腫瘍細胞をインスリン生成・放出細胞(例えば、β細胞)に分化誘導することができる。あるいはまた、正常膵臓細胞のインスリン生成及び/又は分泌能を増加させることができる。また、ビンカアルカロイドまたはその塩の存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養することにより、培養物(培養細胞又は培養液)からは、公知の方法でインスリンを単離・精製することができる。
ビンカアルカロイドまたはその塩の存在下で培養することによりインスリン生成及び/又は分泌能が増加した、膵臓由来の非腫瘍細胞は、培地1mlあたり2.5×10個の濃度で7〜35日間培養した場合、培地1ml中に10ng以上、好ましくは25ng、より好ましくは55ng以上のインスリンを生成しうるものである。
前述のように、手に入れることの容易さや免疫学的特性などからブタ膵細胞は糖尿病再生治療への利用が期待されている細胞であるが、今までいずれの細胞系でも大量の細胞を集め、充分にインスリン生産・放出細胞に分化誘導する技術は知られていなかった。
本発明の技術を用いれば、大量の細胞を充分にインスリン生産・放出細胞に分化誘導することができる。従って、本発明の方法により得られるインスリン生産・放出細胞を糖尿病に対する再生医療に利用することができる。
本発明の方法により得られたインスリン生成・放出細胞は、溶液に懸濁させたり、支持体マトリックスに埋め込んだりしてから、被験者に投与するとよい。インスリン生成・放出細胞を懸濁させる溶液は薬理学的に許容されるキャリヤー及び希釈剤であるとよく、例えば、食塩水、緩衝水溶液などを挙げることができる。溶液には、パラオキシ安息香酸エステル、クロロブタノール、チロメサールなどの保存剤、L−アルコルビン酸などの安定剤などを添加するとよい。溶液にインスリン生成・放出細胞を懸濁させた後、滅菌処理をしておくとよい。インスリン生成・放出細胞を埋め込む支持体マトリックスは、受容者に適合性でありかつ分解して受容者に有害でない生成物になるマトリックスであるとよい。マトリックスの素材としては天然高分子、合成高分子などを採用するとよい。天然高分子としては、コラーゲン、ゼラチンなどを挙げることができる。合成高分子としては、ポリグリコール酸、ポリ乳酸などを挙げることができる。マトリックスは、フィルム状、シート状、粒子状、ペースト状などの形状をとりうるが、それらに限定されるわけではない。
3.ビンカアルカロイドを用いた薬剤・医薬品
ビンカアルカロイドおよびその薬理学的に許容される塩は、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成及び/又は分泌能を増加させることができる。また、ビンカアルカロイドおよびその薬理学的に許容される塩は、血糖値を低下させることができる。従って、これらの化合物は、医薬品(例えば、糖尿病の治療薬)として、ヒト、その他の動物に投与してもよいし、実験用の試薬として用いてもよい。これらの化合物は、単独で使用してもよいし、あるいは他の薬剤(例えば、他の糖尿病治療薬)と組み合わせて使用してもよい。なお、ビンカアルカロイドを個体に投与した場合、内在性のニコチンアミド及び/又は肝細胞成長因子(HGF)が利用されて、効果が増幅されていると考えられるが、ビンカアルカロイドを投与するに当たり、ニコチンアミド及び/又は肝細胞成長因子(HGF)を同時に投与することとしてもよい。
ビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩をヒトに投与する場合には、例えば、1日あたり約0.1〜10mg/kg(体重)の投与量で、1回または数回に分けて経口投与するとよいが、その投与量や投与回数は、症状、年齢、投与方法などにより適宜変更しうる。
ビンカアルカロイドおよびその薬理学的に許容される塩は、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤などの製剤にして、経口投与してもよいし、注射剤、坐剤などの製剤にして、腹腔内や静脈内への注射により非経口投与することもできる。製剤中のビンカアルカロイドまたはその薬理学的に許容される塩(有効成分)の含有率は、1〜90重量%の間で変動させることができる。例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤などの形態をとる場合には、有効成分を5〜80重量%含有させるのが好ましい。シロップ剤などの液剤の場合には、有効成分を1〜30重量%含有させるのが好ましい。さらに、非経口投与する注射剤の場合には、有効成分を1〜10重量%含有させるのが好ましい。
ビンカアルカロイドおよびその薬理学的に許容される塩の製剤化は、賦形剤(乳糖、白糖、ブドウ糖、マンニトールなどの糖類、バレイショ、コムギ、トウモロコシなどのデンプン、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、炭酸水素ナトリウムなどの無機物、結晶セルロースなど)、結合剤(デンプンのり液、アラビアゴム、ゼラチン、アルギン酸ナトリウム、メチルセルロース、エチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、カルメロースなど)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム、タルク、水素添加植物油、マクロゴール、シリコーン油)、崩壊剤(デンプン、寒天、ゼラチン末、結晶セルロース、CMC・Na、CMC・Ca、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、アルギン酸ナトリウムなど)、矯味矯臭剤(乳糖、白糖、ブドウ糖、マンニトール、芳香性精油類など)、溶剤(注射用水、滅菌精製水、ゴマ油、ダイズ油、トウモロコシ油、オリーブ油、綿実油など)、安定剤(窒素、二酸化炭素などの不活性ガス、EDTA、チオグリコール酸などのキレート剤、亜硫酸水素ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、L−アスコルビン酸、ロンガリットなどの還元物質など)、保存剤(パラオキシ安息香酸エステル、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェノール、塩化ベンザルコニウムなど)、界面活性剤(水素添加ヒマシ油、ポリソルベート80、20など)、緩衝剤(クエン酸、酢酸、リン酸のナトリウム塩、ホウ酸など)、希釈剤などの製剤添加物を用いて、公知の方法で行われる。
ビンカアルカロイドおよびその薬理学的に許容される塩は、インスリンの欠乏が関与する疾患(例えば、糖尿病、動脈硬化)を予防および/または治療するために利用することができる。また、膵細胞のインスリンの生成及び/又は分泌の研究に利用することもできる。さらには、血糖値低下剤、その他、高血糖状態が長く続くと起こる、眼の網膜症、腎症、神経障害、壊疽、動脈硬化などの合併症の治療薬としても利用することができる。
以下、本発明を製造例及び実験例によって具体的に説明する。なお、これらの製造例及び実験例は、本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
実施例で用いた材料と入手先は以下の通りである。
新生仔豚:高山養豚場
Roswel Park Memorial Institute(RPMI)培養液:Invitrogen
ニコチンアミド:Sigma Chemical Science (Sigma)
牛胎児血清(FBS):Sigma
生理的リン酸緩衝液(PBS)
Histopaque:Sigma
Hepatocyte Growth Factor(HGF):Sigma Chemical Science
DMEM:日水製薬株式会社
HEPES:Sigma
カナマイシン:Sigma
グルタミン:Sigma
ペニシリンG:Sigma
トリプシン:Wako
EDTA:関東化学株式会社
蛍光抗体用PBS
BSA(Bovine Serum Albmine):Sigma
α−インスリン抗体:Biogenesis
α−guinea pig−Cyanin3抗体:Jackson Immuno Research Laboratories,Inc.(West Grove,PA)
activin A:R&D Systems,Inc.(Minneapolis,MO)
Hoechst 33258:Polysciences,Inc.
【実施例1】
[製造例1]コノフィリンの調製
キョウチクトウ科の植物であるErvatamia microphyllaの葉(タイのコンケン市で採取)から以下のようにして、コノフィリンを単離精製した。
Ervatamia microphyllaの葉約4kgからクロロホルム100Lを用いて活性物質の抽出を行うと油状物質約130gが得られた。この油状物質をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにかけ(シリカゲル約500gを用いたカラムクロマトグラフィーを合計5回行うことで精製を行う)、クロロホルム−メタノール40:1,20:1の系で順次溶出した。その後、K−ras−NRK細胞の形態変化を活性の指標として、この生物活性が見られたフラクションを回収し、得られた粗精製物(約40g)をn−ヘキサン−酢酸エチル1:2,0:1の系でシリカゲルカラムクロマトグラフィー(シリカゲル(メルク社より購入)約500g使用)にかけると活性画分約1.5gが得られた。続いて活性画分をn−ヘキサン−酢酸エチル−クロロホルム9:3:1,6:3:1の系でシリカゲルカラムクロマトグラフィー(シリカゲル約150g使用)にかけ、活性画分を回収、濃縮すると結晶約500mgが得られた。得られたコノフィリンはマススペクトル及びNMRスペクトルで文献値(Umezawa,K.ら、Anticancer Res.14:2413−2418(1994))にあっていることで同定した。使用した溶媒は関東化学より購入した。
【実施例2】
[実験例I及びII]
1.方法
生後72時間以内の新生仔ブタを(高山)養豚所より入手した。手術室に搬送後、直ちに全身麻酔下にて全膵(腹側、背側膵)を摘出した。摘出膵臓のまわりの結合組織や付着血液を取り除いたのち、10mlビーカーに移し眼科用ハサミにて細切した。細切した膵組織片を100ml三角フラスコに移し、50−60mlのリン酸緩衝液(PBS)を加え、低回転スターラーにて110rpmで3分間回転させた後、静置し上清を捨てた。続いて、2.5mg/ml濃度リベラーゼPI(Roche)含有リン酸緩衝液を40ml加え低回転スターラーにて110rpmで8分間回転させた後、静置し細胞混濁上清液を集めた。この操作を5回繰り返し、集めた細胞混濁液を1200rpmで5分間遠心分離にて細胞を集めた。遠心沈渣にて集めた細胞を25−50ml PBSにて懸濁し、10ml Histopaque 1077(Sigma)に対して25ml細胞懸濁液を静かに重層させ、1800rpmで10分間遠心した。膵(内分泌)細胞は細胞懸濁液とHistopaqueの境界面に帯状の層を形成する(細胞の分離・精製法)。
境界面に集まった細胞をパスツールを用いて採取し、10mM nicotinamideおよび10%heat inactivated FBS添加RPMI1640に懸濁し、1200rpmで5分間の遠心にて細胞を集め、再度同じ培養液にて懸濁し、75ml培養フラスコにて一昼夜静置培養を行った(5%CO−incubator,37℃)。
培養条件:
フラスコに浮遊している細胞を除去し、フラスコの底面に接着している細胞をEDTA−Trypsinにて剥離・採集した。細胞をそれぞれの培養液(グループ1〜8)に懸濁し、細胞(1.25×10cells/ml)を2mlずつ、カルチャー・チャンバーにてまいて静置培養を行った(5%CO−incubator,37℃)。
培養液 グループ1:RPMI 1640 with 10%FBS(Control)
2:Control+10mM nicotinamide
3:Control+10ng/ml HGF
4:Control+0.1μg/ml コノフィリン
5:2+3
6:2+4
7:3+4
8:2+3+4
培養液は4日毎に交換し、3週間の観察を行った。この間、一週間毎に細胞の形態を観察し、ペルオキシダーゼを用いた酵素抗体法にて膵β細胞の出現を確認した(実験例I)。なお、基質として3−アミノ−9−エチルカルパゾール(AEC;0.75mg/ml)を用い、染色を行った。また、培養液を4日毎の交換時に回収し、培養液中に分泌されたインスリン量をELISA法により測定した(実験例II)。
2.結果
実験例Iの結果を図2に示す。ニコチンアミド(Akiyama,T.ら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA 98:48−53(2001))やHGF(Ocana,A.G.ら、J.Biol.Chem.275:1226−1232(2000))は限られた実験系でインスリン生成細胞の分化を促進することが報告されているが効果は弱い。図2に示すように無添加(1)、ニコチンアミド(10mM)のみ(2)、ニコチンアミドとHGF(10ng/ml)(4)、コノフィリン(0.1μg/ml)のみ(5)、コノフィリンとHGF(7)、では、3週間後、赤く染色されるインスリン生成細胞はごくわずかしかあらわれない。しかしニコチンアミドとHGFとコノフィリンの3者混合(8)では顕著に赤色で示されるインスリン生成細胞の数が増加した。なお、ニコチンアミドとコノフィリンとの混合物(6)は、上記3者混合物(8)に比べ、インスリン生成細胞の数は劣るものの、その他のものに比べ、顕著に増加していた(図には示さない)。
実験例IIの結果を図3に示す。図3に示すように、8〜20日の培養でニコチンアミドにHGFかコノフィリンが加われば、若干のインスリンを培地中に見い出すことができる。さらに、ニコチンアミド、HGFとコノフィリンを組み合わせると、ほかの組み合わせ、あるいは単独の添加に比べて、放出されたインスリンの量は顕著に増加した。
まとめ
仔ブタの膵細胞においてインスリン生成細胞の分化を誘導する技術はなかったが、コノフィリン、ニコチンアミドとHGFの組み合わせでインスリンを生産する細胞の割合を飛躍的に向上させ、インスリン放出においても大量になることがわかった。仔ブタ膵は大量の供給が可能であり、インスリンを充分に放出する移植可能な細胞を大量に準備できることになる。この技術により糖尿病の将来の期待される治療である再生医療が可能になると考えられる。
また、コノフィリジンは、コノフィリンと同様、膵腺房腫瘍細胞AR42Jのインスリン生成に関与する形態変化を誘導することを確認した。従って、コノフィリジンも、コノフィリンと同様、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成及び/又は分泌能を増加させる作用を有すると考えられる。
【実施例3】
[比較例1]ラット膵腺房腫瘍細胞AR42J−B13細胞においてコノフィリンがインスリン生成細胞を分化誘導する効果
1.方法
細胞の培養
DMEMを20mM HEPES−NaOH存在下でpH7.4に調整した後、ろ過滅菌し、100mg/lカナマイシン、0.6g/lグルタミン、100unit/mlペニシリンG、5mM NaHCO、10%FBSを加えた培養液20mlとともに、膵腺房腫瘍細胞AR42JのHGF感受性の良いサブクローンであるAR42J−B13細胞(群馬大学医学部生体調節細胞分野の小島至博士より供与)を37℃、5%COのインキュベーター中で培養した。細胞の密集による形質転換を防ぐため、また細胞の分化能を保持するために2.5〜5%中2〜3日で継代を行った。継代は、培養液を除去した後PBS(Ca2+,Mg2+−free PBS;8g/l NaCl、0.2g/l KCl、0.916g/l NaHPO、0.2g/l KHPO)で細胞を2回洗浄後、トリプシン−EDTA溶液2mlで細胞をはがし、培養液8mlで失活させた。その後、細胞を遠心分離機で1000rpm、5分間かけることで沈降させ、トリプシンを取り除き、新しい培養液10mlを加え、その2.5〜5%の細胞数で継代をおこなった。凍結は7.5%dimethyl sulfoxide(DMSO)の条件下で行った。
24wellプレートに、4×10cells/mlになるように調製した細胞を500μlずつまき、37℃、5%COの条件下でインキュベートし、翌日、コノフィリン0.1〜0.3μg/ml単独あるいはコノフィリン0.1μg/mlとHGF 100pMを添加し、37℃、5%COのインキュベーターで要時インキュベートさせた後、培地を1.5mlのエッペンドルフチューブにとり、PBS200μlで細胞を1回洗浄後、新しくPBS200μlを加え生存した細胞の形態を観察し、顕微鏡に接続したカメラで150倍の倍率で写真をとった。その後、トリプシンで細胞をはがし、その液はすべて前述のエッペンドルフチューブに移しトリパンブルー細胞外排出試験を行った。さらに細胞の形態は写真を250%に拡大し、細胞の全長が細胞直径の1.5倍以上を形態変化とし、形態変化率を算出した。
蛍光抗体法
まず8wellプラスチックプレートに2×10cells/mlになるように調製した細胞を500μlずつまき、コノフィリン0.1μg/mlあるいはコノフィリン0.1μg/mlとHGF 100pMを添加した後、37℃、5%COのインキュベーターで72時間インキュベートして分化させた、培地を取り除き、蛍光抗体用PBS(8g/l NaCl、0.45g/l NaHPO・2HO、1.28g/l NaHPO)で1回洗い、3%ホルムアルデヒドを用いてover night、4℃(または室温で30分)で細胞を固定化させた。次に、蛍光抗体用PBSで2回洗い、1%BSA(蛍光抗体用PBSの溶液)を1mlずつ加え室温で1時間静置してブロッキングし、50mM glysine(蛍光抗体用PBSの溶液)でクエンチするために、静置で5分、3回洗った。次に、プラスチックのウェルの壁面を取り除き、10倍に希釈したブロッキング液により100倍希釈したα−insulin抗体を50μlずつ細胞が乾かないようにしてのせ、室温で1時間放置した。ここで、activin A 2nMとHGF 100pMで分化させた細胞のウェルを1穴用意し、2次抗体の非特異的な結合による影響を比較するために1次抗体は乗せずに保存した。次に、スライドグラスを容器に移し、蛍光抗体用PBSで5分、3回シェーカー上でしんとうさせながら洗った。次に10倍に希釈したブロッキング液により100倍希釈したα−guinea pig−cyanin3抗体にHoechst33258を100倍希釈になるように添加し1次抗体と同様にしてのせ、遮光して室下で1時間静置し、再びスライドグラスをアルミホイルで遮光した容器に入れTNT buffer(0.1M Tris−HCl,0.15M NaCl,0.05%Tween20;pH7.5)でシェーカー上で遮光の状態で10分、3回洗った。このスライドグラスに50%グリセロール入りPBSをのせ、カバーグラスでカバーし、顕微鏡で写真を撮った。
2.結果
コノフィリン単独およびHGF併用時に、0.1〜0.3μg/mlの濃度において濃度依存的に神経細胞様の突起伸張が誘導され、さらにHGF併用時には細胞死はやや増強され、形態変化率は上昇した。
蛍光抗体法の結果、72時間後では、HGF 100pM単独ではインスリンを示す赤い染色は細胞内に見られなかったが、コノフィリン0.1μg/mlとHGF 100pM併用時には核を除いた細胞質中に赤いインスリンの染色が見られ、さらに細胞質中で顆粒中に閉じ込められているように粒々に見られた。放出に関与する細胞膜周辺にはインスリン染色はみられなかった。一方、activin A 2nMとHGF 100pM併用時では同じくインスリンの赤い染色が顆粒状に見られたが、その局在は少し異なり、2極に分かれた突起の軸に沿って見られ、突起の先端に蓄積しているものも見られた。
また、分化した細胞のインスリンの分泌をELISA法により定量化しようと試みたところ、検出外のレベルであった。
まとめ
以上のことから、コノフィリンは、ARJ42細胞の形態変化を誘導し、ARJ42細胞にインスリン生成を誘導することができるが、インスリンを細胞外に分泌させることはできないことがわかった。
【実施例4】
コノフィリンのin vivo血糖値低下効果
実施例2により、in vitroにおいてコノフィリンが膵細胞にインスリンの生成及び放出を誘導させる作用を有することが明らかになった。そこで、コノフィリンを投与することにより、in vivoにおいてもインスリン生成が誘導されるかどうかを確認するために、in vivoでコノフィリン投与による血糖値の変化を調べた。
生後一日齢のウィスター系ラット(静岡市のSLC社より購入)10匹に、膵β細胞の破壊によるインスリン産生の低下が起こって、その結果糖尿病を誘発させるストレプトゾトシン(和光純薬より購入、0.05mMクエン酸緩衝液(pH4.5)に溶解)をそれぞれ85μg/g−体重で腹腔内投与した。なお、ストレプトゾトシンを投与した日を0日と定義した。翌日(1日)より、5匹のラットに5μg/g−体重でコノフィリンの溶液(エタノール)を7日間毎日皮下注射し、随時血糖値を連日測定した。なお、対照群のラット5匹には同量の溶媒を投与した(コントロール)。その結果、図4に示すように、どのラットにおいても、ストレプトゾトシンを投与すると血糖値の著しい増加がみられたが、コノフィリンを投与したラット(●)においては、コントロール(○)に比べて明らかな血糖値の低下がみられ、コノフィリンの血糖値低下作用が示された(*:P<0.05,**P<0.01 vs コントロール)。以上のことから、コノフィリンはin vivoにおいてもインスリン生成を誘導することが明らかとなった。
また、in vitroの結果と比べた場合、コノフィリンのみで作用効果が観察されたことから、コノフィリンを体内に投与した場合、内在性のニコチンアミド及び/又は肝細胞成長因子(HGF)が利用されていると推察される。
【産業上の利用の可能性】
本発明により、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成及び/又は分泌を誘導することができる薬剤が提供された。
本発明の薬剤により、膵臓由来の非腫瘍細胞の分化を誘導することができる。
また、本発明の薬剤により、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成及び/又は分泌能を増加させることができる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリンの生成能を増加させる薬剤。
【請求項2】
さらに、ニコチンアミドを含むことを特徴とする請求項1に記載の膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリンの生成能を増加させる薬剤。
【請求項3】
さらに、ニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを含むことを特徴とする請求項1に記載の膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリンの生成能を増加させる薬剤。
【請求項4】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、及びニコチンアミドを有効成分として含有する、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリンの分泌能を増加させる薬剤。
【請求項5】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、ニコチンアミド、及び肝細胞成長因子(HGF)を有効成分として含有する、膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリンの分泌能を増加させる薬剤。
【請求項6】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、インスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療薬。
【請求項7】
前記インスリンの欠乏が関与する疾患が、糖尿病、動脈硬化、及びこれらの疾患による合併症からなる群から選ばれるいずれかの疾患であることを特徴とする請求項6に記載のインスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療薬。
【請求項8】
さらに、ニコチンアミドを含むことを特徴とする請求項6に記載のインスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療薬。
【請求項9】
さらに、ニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを含むことを特徴とする請求項6に記載のインスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療薬。
【請求項10】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、血糖値低下剤。
【請求項11】
さらに、ニコチンアミドを含むことを特徴とする請求項10に記載の血糖値低下剤。
【請求項12】
さらに、ニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを含むことを特徴とする請求項10に記載の血糖値低下剤。
【請求項13】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する、膵臓由来の非腫瘍細胞からインスリン生成細胞への分化誘導剤。
【請求項14】
さらに、ニコチンアミドを含むことを特徴とする請求項13に記載の分化誘導剤。
【請求項15】
さらに、ニコチンアミドと肝細胞成長因子(HGF)とを含むことを特徴とする請求項13に記載の分化誘導剤。
【請求項16】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、及びニコチンアミドを有効成分として含有する、膵臓由来の非腫瘍細胞からインスリン分泌細胞への分化誘導剤。
【請求項17】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、ニコチンアミド、及び肝細胞成長因子(HGF)を有効成分として含有する、膵臓由来の非腫瘍細胞からインスリン分泌細胞への分化誘導剤。
【請求項18】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩からなる、膵臓由来の非腫瘍細胞からインスリン分泌細胞への分化誘導促進剤。
【請求項19】
膵臓由来の非腫瘍細胞を培養する際、コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩を添加することを特徴とする膵臓由来の非腫瘍細胞からインスリン生成細胞への分化誘導方法。
【請求項20】
膵臓由来の非腫瘍細胞を培養する際、コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、及びニコチンアミドを添加することを特徴とする膵臓由来の非腫瘍細胞からインスリン分泌細胞への分化誘導方法。
【請求項21】
膵臓由来の非腫瘍細胞を培養する際、コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、ニコチンアミド、及び肝細胞成長因子(HGF)を添加することを特徴とする膵臓由来の非腫瘍細胞からインスリン分泌細胞への分化誘導方法。
【請求項22】
膵臓由来の非腫瘍細胞を培養する際、コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩を添加することを特徴とする膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン生成能を増加させる方法。
【請求項23】
膵臓由来の非腫瘍細胞を培養する際、コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩を添加することを特徴とする膵臓由来の非腫瘍細胞のインスリン分泌能を増加させる方法。
【請求項24】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩の存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養することを含む、インスリン生成細胞の製造方法。
【請求項25】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、及びニコチンアミドの存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養することを含む、インスリン分泌細胞の製造方法。
【請求項26】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、ニコチンアミド、及び肝細胞成長因子(HGF)の存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養することを含む、インスリン分泌細胞の製造方法。
【請求項27】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、及びニコチンアミドの存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養し、培養細胞又は培養液からインスリンを単離・精製することを含む、インスリンの製造方法。
【請求項28】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、ニコチンアミド、及び肝細胞成長因子(HGF)の存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養し、培養細胞又は培養液からインスリンを単離・精製することを含む、インスリンの製造方法。
【請求項29】
請求項19に記載の方法により分化が誘導された、インスリン生成細胞。
【請求項30】
請求項20又は21に記載の方法により分化が誘導された、インスリン分泌細胞。
【請求項31】
請求項22に記載の方法によりインスリン生成能が増加した、膵臓由来の非腫瘍細胞。
【請求項32】
請求項23に記載の方法によりインスリン分泌能が増加した、膵臓由来の非腫瘍細胞。
【請求項33】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩を用いることを特徴とするインスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療方法。
【請求項34】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、及びニコチンアミドの存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養し、培養した前記膵臓由来の細胞を用いることを特徴とするインスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療方法。
【請求項35】
コノフィリンまたはその薬理学的に許容される塩、ニコチンアミド、及び肝細胞成長因子(HGF)の存在下で膵臓由来の非腫瘍細胞を培養し、培養した前記膵臓由来の細胞を用いることを特徴とするインスリンの欠乏が関与する疾患の予防及び/又は治療方法。

【国際公開番号】WO2004/099215
【国際公開日】平成16年11月18日(2004.11.18)
【発行日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−506053(P2005−506053)
【国際出願番号】PCT/JP2004/006567
【国際出願日】平成16年5月10日(2004.5.10)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】