説明

ビール類の劣化度の評価方法

【課題】ビール類の香味劣化を官能試験によらず、また特定の成分の濃度等を求めることなく評価することを可能にする。
【解決手段】保存されたビール類から水分を除去して調製したサンプルをFT−IRに付してスペクトルを得、これと、製造日当日のビール類から水分を除去して調製したサンプルから得たFT−IRのスペクトルとから差分スペクトルを得、得られた差分スペクトルを多変量解析に付して、保存されたビール類の劣化度を、予め求めた検量線を用いて評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、FT−IRと多変量解析を併用した、ビール類の劣化度を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、ビール類は、新鮮であればあるほど、即ち、製造日からの経過日数(保存日数)が少ないほど、美味しく、製造後、日数が経過するほど香味の劣化が進み、美味しさが損なわれる。製造後のビール類の香味の劣化を正確に評価すること、即ち、予測することは、ビール類の香味の劣化の要因を探って、香味劣化が生じにくいビール類を開発するために重要である。
【0003】
ビール類の香味劣化の程度を評価する方法として、訓練を受けた人間(パネリスト)による官能評価が知られており、これが一般的に用いられている。しかし、官能評価は、パネリストの教育に時間を要し、かつ劣化度の評価の定量性および客観性を確保するために、多くの試料を評価する必要があるという点で、多大な労力を必要とする。また、ビール類を開栓した後は、香気の劣化だけが官能評価により評価可能であり、香味を評価することはできない。
【0004】
そこで、パネリストによらずに、ビール類の香味劣化を評価する手法として、いくつかの提案がこれまでになされてきた。具体的には、例えば、TBA(2-Thiobarbituric Acid)法、化学発光(Chemiluminescence)法、およびESR(Electron spin resonance)法による分析値を利用して香味劣化を評価する方法、ならびにトランス−2−ノネナールの生成量を香味劣化の指標として利用する方法が提案されている。
【0005】
これらの方法は、香味の劣化を評価する手法として有効ではあるものの、測定のために複雑な操作を必要とし、簡便性に劣るという問題を有している。かかる問題を解決する手法として、特許文献1には、苦みというビールに特徴的な味に直接的に関連しており、かつビール中に多量に含まれているイソフムロンに着目し、イソフムロンの異性体の成分比を測定することが提案されている。
【0006】
また、非特許文献1においては、ビールの劣化度を評価する方法ではないが、ビールの品質管理および基準策定において、多変量解析(主成分分析、PLS解析分析)を組み合わせたFTIR分析の有用性が検討されている。ビールサンプルにはガス抜きしたビールを用い、相対濃度、アルコール度、原麦汁比重、pH、乳酸、苦味価、およびEBC色度等が評価されている。この文献には、項目によっては、標準法と同等の正確さで、かつ迅速に結果が得られることが記載されている。
【0007】
さらに、ビール類の劣化度を評価する方法を開示するものではないが、特許文献2および3においても、官能試験によらずに、緑茶および品質予測をする方法がそれぞれ開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−230927号公報
【特許文献2】特開2009−14700号公報
【特許文献3】特開2009−229191号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Dirk W. Lachenmeier; Rapid quality control of spirit drinks and beer using multivariate data analysis of Fourier transform infrared spectra; Food Chemistry, 101 (2007) 825-832
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1においては、イソフムロンのtrans体がcis体に比べて早く分解することに着目して、異性体の比によって劣化度を評価している。しかし、イソフムロンの異性体比を測定するためには、特定の高速液体クロマトグラフ装置を使用する必要があり、必ずしも簡便な方法で測定できるものではない。
【0011】
本発明はかかる実情に鑑みてなされたものであり、簡便な方法で、パネリストによる官能試験の評価結果に近い結果が得られることを可能にする、ビール類の劣化度の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明は、
製造日にビール類から採取して調製したサンプルを、製造日にフーリエ変換赤外分光分析に付して得たスペクトル(A)と、製造後保存されたビール類から採取して調製したサンプルを、フーリエ変換赤外分光分析に付して得たスペクトル(B)とから、差分スペクトルを得ること、および
差分スペクトルを多変量解析して、劣化度を求めること
を、保存日数が異なる複数のサンプルについて実施し、多変量解析により求められる劣化度と実保存日数との関係を示す検量線を作成すること
を含み、
フーリエ変換赤外分光分析に付するサンプルを、採取したビール類から水分を除去することにより調製する、
ビール類の劣化度の評価方法を提供する。この検量線は、劣化度が未知であるビール類の劣化度を評価するために用いられる。
【0013】
即ち、本発明のビール類の劣化度の評価方法は、さらに、
劣化度を測定する対象となるビール類から採取して調製したサンプルを、フーリエ変換赤外分光分析に付して得たスペクトル(C)と、前記スペクトル(A)とから、差分スペクトルを得ること、および
差分スペクトルを多変量解析して得られた値から、前記検量線を用いて、劣化度を評価すること
を一般に含む。スペクトル(C)を得るに際しても、フーリエ変換赤外分光分析に付するサンプルを、採取したビール類から水分を除去することにより調製する。
【0014】
ここで、「ビール類」という用語は、酒税法でいう「ビール」だけでなく、麦芽又は麦を原料の一部とする発泡性の酒(いわゆる「発泡酒」)および発泡性のリキュールをも含む意味で用いられている。即ち、本発明の劣化度の評価方法の対象は、ビール、ならびに麦芽又は麦を原料の一部とする発泡酒および発泡性のリキュール等、麦芽又は麦を原料の一部とする発泡性のアルコール飲料すべてである。本発明の方法は、好ましくは、酒税法でいう「ビール」に適用される。
【0015】
本発明のビール類の劣化度の評価方法は、製造日に採取して調製したサンプル(以下、「製造日サンプル」とも呼ぶ)を、製造日にフーリエ変換赤外分光分析(以下、「FT−IR」と略すことがある)に付して得たスペクトルと、製造日から日数が経過してから採取して調製したサンプル(以下、「保存サンプル」とも呼ぶ)を、採取した日にFT−IRに付して得たスペクトルとの差分スペクトルから、検量線を作成すること、およびこれを用いて劣化度を評価することを特徴とする。この特徴は、ビール類に含まれる成分であって、劣化によりその分子構造(特に官能基)が変化する成分の全体の変化を差分スペクトルとしてとらえて、劣化の評価に用いるので、より正確にビール類の劣化度を評価することを可能にする。
【0016】
また、本発明のビール類の劣化度の評価方法は、FT−IRに付するサンプルを、採取したビール類から水分を除去して調製することを特徴とする。FT−IRに付するサンプルを、採取したビール類から水分を除去したサンプルとすることにより、劣化により化学構造が変化する成分が、各々どれだけが変化したか、すなわち各成分の変化量を、より正確に知ることができる。ビール類をそのままFT−IRに付すると、水による赤外線の吸収が大きいため、そのような変化量を正確に知ることが困難となり、劣化度を測定することが困難となる。
【0017】
本発明の評価方法において、多変量解析する差分スペクトルは、1または複数の特定の波数領域の差分スペクトルとすることが好ましい。特定の波数領域の差分スペクトルを多変量解析することにより、より正確にビール類の劣化度を評価することができる。波数領域の選択は、スペクトル成分が少ない部分を除くことにより、サンプルによる差分スペクトルのバラツキが大きい部分を除くことにより、および/またはノイズ領域を除くことにより、実施される。
【発明の効果】
【0018】
本発明のビール類の劣化度の評価方法は、水分を除いたビール類のサンプルから得られるFT−IRスペクトルを多変量解析して、劣化度を評価するものであり、劣化に関与する多くの成分の分子構造の変化全体を評価に用いるから、より正確な評価を可能にする。また、本発明の評価方法は、特定の成分の濃度等を測定することを要しないので、複雑な操作を要することなく、劣化度の評価を可能にする。かかる本発明の評価方法は、ビール類の劣化をより正確に評価することによって、劣化に強いビール類を開発するためのツールとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明のビール類の劣化度の評価方法で用いる、ビールの劣化度の検量線の一例を示すグラフである。
【図2】本発明のビール類の劣化度の評価方法で用いる、ビールの差分スペクトルの一例であって、評価に用いる特定波数領域を表示した差分スペクトルである。
【図3】温度および製造日からの経過日数を変化させたビールの劣化の傾向を示すグラフである。
【図4】開栓後のビールの劣化の傾向を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明のビール類の劣化度の評価方法は、
1)劣化度の検量線を作成することを少なくとも含み、
一般にはさらに、
2)検量線を用いて、劣化度を評価すること
を含む。劣化度の検量線の作成および検量線を用いた劣化度の評価は、採取されたビール類から水分を除去して調製したサンプルをFT−IRに付して行う。以下にFT−IRに付するビール類のサンプル作製方法について説明する。
【0021】
前述したように、ビール類は、その約95重量%を水が占め、そのままFT−IRに付すると、水による赤外線の吸収が大きいために、ビール類が劣化するときに化学構造が変化する成分の変化を正しく認識することが困難となる。本発明においては、かかる不都合を避けるために、ビール類から水分を除去したサンプルをFT−IRに付す。
【0022】
ビール類から水分を除去する方法として、ビール類を加熱して水分を蒸発させる方法、およびビール類を凍結乾燥させる方法が挙げられる。本発明者らが確認したところ、いずれの方法により水分を除去させた場合でも、水分除去後のビール類から得られるスペクトルにおいて差は見られなかった。また、加熱乾燥により水分を除去したサンプルを用いて作成した検量線および凍結乾燥により水分を除去したサンプルを用いて作成したサンプルにおける検量線ともに、その相関係数および累積寄与率は1に近く、いずれの方法を用いてもよいことを確認した。
【0023】
本発明の評価方法においては、ビール類を加熱して水分を蒸発させる方法、即ち加熱乾燥でサンプルを作製することが好ましい。凍結乾燥と比較して、加熱乾燥の方が、操作が簡易であることによる。加熱乾燥により水分を蒸発させたサンプルは、例えば、50μLのビール類を、プラスチック板に塗布し、50℃に設定した乾燥機で、60分間乾燥させた後、再度、50μLのビール類を塗布して、50℃にて60分間加熱することにより、調製される。凍結乾燥により水分を蒸発させたサンプルは、例えば、200μLのサンプルをプラスチック板に塗布して、−80℃にて凍結した後、真空下(例えば、6.7×10−2Pa以下)で乾燥させることにより、調製される。尤も、加熱乾燥および凍結乾燥の条件は、この条件に限定されるものではない。但し、後述する検量線の作成および検量線を用いた劣化度の評価に際し、加熱乾燥または凍結乾燥の条件はすべてのサンプルについて同じ条件とする必要がある。加熱乾燥または凍結乾燥の条件が異なるサンプルを使用すると、劣化度を正確に評価することができないことがある。
【0024】
また、いずれの方法で乾燥させる場合も、乾燥させたビール類は乾燥処理後、ただちにFT−IRに付することが望ましい。乾燥処理後、時間が経過すると、サンプルが大気中の水分を吸収し、水分による赤外線の吸収が生じて、ビール類の劣化を正しく評価することが困難となるからである。
【0025】
次に検量線の作成方法について説明する。検量線を作成するために、製造日サンプルのFT−IRを測定して、スペクトル(A)を得る。FT−IRは、普通赤外線(600cm−1〜4000cm−1)を用いて実施する。このスペクトル(A)は、保存サンプルから得られるFT−IRスペクトル(B)に対して基準となるものであり、差分スペクトルを求めるために用いられる。ここでいう「製造日」とは、醸造されたビール類が瓶または缶に封入された日をいう。スペクトル(A)は、製造直後のビール類、即ち、製造日に採取され調製されたサンプルを、製造日にFT−IRに付して得る。
【0026】
検量線を求めるためには、保存サンプルのFI−IRのスペクトル(B)を求め、このスペクトル(B)とスペクトル(A)との差分スペクトルを得る操作を繰り返す。より正確な検量線を求めるためには、保存サンプルとして、製造日から経過した日数が異なるサンプルを、できるだけ多く用意することが好ましい。サンプル数が多いほど、検量線の相関係数がより1に近づき、劣化度をより正確に評価することが可能となる。具体的には、製造日〜1年間(365日)保存した、50点以上のサンプルを用意し、それらのスペクトル(B)を求めることが好ましい。また、検量線の作成に際し、保存サンプルには、異なるロットの保存日数が同じサンプルが含まれていてもよい。スペクトル(B)は、検量線作成に用いられるものであるから、保存したビール類の開栓、サンプル用ビール類の採取、サンプル調製、およびFT−IRのスペクトル(B)測定は、同じ日に実施される。
【0027】
スペクトル(A)とスペクトル(B)との差分スペクトルの一例を図2に示す。図2に示すスペクトルは、スペクトル(A)として、製造日のビール(アサヒビール(株)製、商品名「スーパードライ」)から採取サンプルを用い、スペクトル(B)として、製造日から365日経過したビール(アサヒビール(株)製、商品名「スーパードライ」)から採取したサンプルのスペクトルを用いて得た。図2において、グレーで表示された部分のスペクトルは、後述する多変量解析に用いるのに適していない波数領域であり、グレーで表示されていない部分は、多変量解析に適した波数領域である。
【0028】
水分を蒸発させたビール類のサンプルから得られるスペクトルにおいて、3800cm−1以上の高波数領域、および1800cm−1〜2700cm−1の領域においては、スペクトル成分が少ないため、これらの領域における差分スペクトルは多変量解析に適していない。また、1000cm−1付近では、糖の吸収によるスペクトルが観察されるが、この付近のスペクトルはばらつきが大きく、また、スペクトルが大きいため、これもまた、多変量解析に適していない。波数770cm−1以下の領域は、分光器の感度が低く、ノイズ源となるため、多変量解析に適していない。したがって、本発明において、上記の波数領域を除く波数領域の差分スペクトル、例えば、3679cm−1〜2813cm−1、1786cm−1〜1090cm−1、および939cm−1〜777cm−1領域の差分スペクトルを多変量解析することが好ましい。尤も、これらの波数領域は一例であり、ビール類の種類に応じて、他の領域の差分スペクトルを多変量解析に付してよい。
【0029】
図1に、本発明の方法において作成される検量線の一例を示す。検量線の作成手順は次のとおりである。まず、製造日当日のビール(アサヒビール(株)製、商品名「スーパードライ」)から採取した7点の製造日サンプル(それぞれ製造日は異なる)をFT−IR(波数600cm−1〜4000cm−1)に付してスペクトルを得、これらの平均をスペクトル(A)とした。次いで、製造日から2ヶ月(60日)〜1年(365日)の間、暗所で25℃にて保存したビール(いずれもアサヒビール(株)製、商品名「スーパードライ」)から採取した52点の各保存サンプルからFT−IRのスペクトル(B)を得、これからスペクトル(A)を差し引いた差分スペクトルを求めた。各差分スペクトルについて、3679cm−1〜2813cm−1、1786cm−1〜1090cm−1、および939cm−1〜777cm−1領域の差分スペクトルを多変量解析して、劣化度(即ち、多変量解析により予測(または推測される)保存日数)を得、実保存日数との関係を示して、検量線を得た。FT−IRはATR法により実施した。多変量解析は、多変量解析ソフト(Umetrics 販売、商品名「Simca-P」)を用い、1cm−1ごとの差分スペクトルをx変数とし、劣化度として、部分的最小二乗法(PLS)回帰分析により、劣化度(保存日数)(y)を一次関数として求めるように実施した。
【0030】
図1に示すように、実保存日数と、多変量解析により求めた劣化度(保存日数)との間には明らかに相関が見られた。この検量線において、相関係数は0.942であった。なお、波数領域を選択することなく、全波数領域について求めた差分スペクトルから、同様に検量線を求めたところ、相関係数は0.868であり、波数領域を選択したときよりも小さかった。したがって、波数領域を選択した差分スペクトルから求めた検量線が、波数領域を選択していない差分スペクトルから求めた検量線よりも、より正確に劣化度を示すことが分かった。
【0031】
図1に示す検量線を用いることにより、保存日数が不明のビールの劣化度を求めることができる。具体的には、劣化度が未知のビールから水分を蒸発させてサンプルを調製し、これをFT−IRに付してスペクトル(C)を得る。このスペクトル(C)とスペクトル(A)との差分スペクトルを求め、差分スペクトルを多変量解析に付して、劣化度(y)を求めると、その劣化度が、25℃にて、製造日から何日間保存したビールの劣化度に相当するかを知ることができる。
【0032】
さらに、図1に示す検量線を使用して、温度および保存日数との関係を求めることも可能である。図3は、温度および製造日からの経過日数を変化させたビールの劣化の傾向を示すグラフである。図3のグラフは、検量線の作成に用いていないビール(アサヒビール(株)製、商品名「スーパードライ」)を、それぞれ25℃、37℃および50℃にて、それぞれ1週間および2週間保存したものをFT−IRに付して求めたスペクトル(C)と、スペクトル(A)との差分スペクトルから、多変量解析により求めた劣化度を示す。このグラフにおいては、多変量解析により求められる劣化度を、図1に示す検量線において、25℃にて4週間保存したときの劣化度が1.0となるように換算し、劣化評点として求めている。25℃にて4週間保存したときの劣化度の劣化評点を1.0とするのは、本出願人が、官能試験により香味劣化を評価するときに、同条件で保存したときの劣化評点を1.0としていることによる。
【0033】
図3に示すように、25℃で、1週間(7日)および2週間(14日)保存したビールの劣化評点を最小二乗法により解析したところ、y=0.0286x(yは劣化度、xは保存日数)という関係が見出された。また、2週間保存後のビールの劣化評点は、0.4となり、官能試験による劣化評点(0.5)に近いものであった。これにより、本発明の方法によれば、官能試験にかなり近い精度で、劣化度を評価できることがわかった。
【0034】
37℃で保存したビールの劣化評点を、最小二乗法により解析したところ、y=0.0309xという関係が見出された。50℃で保存したビールの劣化評点を、最小二乗法により解析したところ、y=0.0414xという関係が見出された。図3のグラフによれば、各温度で保存したビールの劣化評点の経時変化を、予測することができる。また、この予測によって、温度が高くなればなるほど、また保存日数が長くなればなるほど、ビールの劣化評点(即ち、劣化度)が高くなる関係を確認できた。これらの関係は、官能試験による劣化度の評価の傾向とも一致する。
【0035】
次に、ビールを開栓したときの劣化評点を評価した。具体的には、25℃にて1週間保存後開栓し、1〜7日間、暗所にて室温(25℃)で保存したビール(アサヒビール(株)製、商品名「スーパードライ」)から採取したサンプル、ならびに25℃および50℃にてそれぞれ2週間保存した後開栓し、3日室温(25℃)にて保存したビール、および冷蔵庫(7℃)にて保存したビール(アサヒビール(株)製、商品名「スーパードライ」)から採取したサンプルを、FT−IRに付し、スペクトル(C)を求め、これとスペクトル(A)との差分スペクトルを多変量解析に付して、劣化評点を求めた。
【0036】
より具体的には、
・25℃で1週間保存し、開栓した後、25℃で2日(製造日から9日経過)、6日(製造日から13日)、7日(製造日から14日)保存したビールの劣化評点、
・25℃で2週間保存し、開栓した後、7℃で3日(製造日から17日経過)保存したビールの劣化評点、
・25℃で2週間保存し、開栓した後、25℃で3日(製造日から17日経過)保存したビールの劣化評点、
・50℃で2週間保存し、開栓した後、7℃で3日(製造日から17日経過)保存したビールの劣化評点、および
・50℃で2週間保存し、開栓した後、25℃で3日(製造日から17日経過)保存したビールの劣化評点
を求めた。結果を図4に示す。図4に示すグラフにおいて、点線で示す3つの直線は、図3に示した異なる保存温度で保存したビールの劣化評点に相当する。
【0037】
図4に示すように、開栓後の劣化評点は、開栓前のそれと比較して、経時的により大きく変化した。また、開栓後、室温で保存したビールと、低温度で保存したビールとでは、経時的な劣化評点の上昇に差があり、低温度で保存したものは、劣化評点が上昇しにくかった。これらの結果は、官能試験による劣化度の評価の傾向とも一致する。
【0038】
以上において説明した評価方法は、一実施形態にすぎず、他の実施形態もまた、本発明に含まれる。例えば、前述のように、本発明の評価方法は、酒税法上でいうビールに限定されず、麦芽又は麦を原料の一部とする発泡性の酒(いわゆる「発泡酒」)および発泡性のリキュールにも適用できる。また、検量線は、25℃で保存したビール類から採取したサンプルについて得る必要はなく、他の温度で保存したビール類について作成してよい。また、多変量解析は、PLS法に限定されず、相関性が確保される限りにおいて、他の方法(例えば、PCA、HCA、判別分析)を用いてよい。いずれの方法を用いる場合も、多変量解析は、市販のソフトを用いて実施することができる。
【0039】
以上において説明したように、本発明のビール類の劣化度の評価方法によれば、官能試験によらずに、ビール類の香味劣化を、サンプルの調製も含めて、比較的簡単な方法で評価する(または予測する)ことが可能である。また、本発明のビール類の劣化度の評価方法による評価結果は、官能試験による評価結果と高い相関性を有している。したがって、本発明のビール類の評価方法を用いれば、客観的かつ簡便に劣化度が評価できる。また、本発明の方法は、酸化に強いビール類の開発に資する。さらに、本発明の方法は、ビール類の加速試験を実施して劣化状態を評価する際に利用すること、および保存方法の評価基準を策定する際に利用することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明のビール類の劣化度の評価方法は、特定の処理を施して調製したサンプルを用いて、FT−IRおよび多変量解析を実施することにより、ビール類に含まれる成分全体の劣化度合いを評価することを特徴とする。かかる特徴により、官能試験によらずに、ビール類の香味劣化をより正確に評価(または推測)することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
製造日にビール類から採取して調製したサンプルを、製造日にフーリエ変換赤外分光分析に付して得たスペクトル(A)と、製造後保存されたビール類から採取して調製したサンプルを、フーリエ変換赤外分光分析に付して得たスペクトル(B)とから、差分スペクトルを得ること、および
差分スペクトルを多変量解析して、劣化度を求めること
を、保存日数が異なる複数のサンプルについて実施し、多変量解析により求められる劣化度と実保存日数との関係を示す検量線を作成すること
を含み、
フーリエ変換赤外分光分析に付するサンプルを、採取したビール類から水分を除去することにより調製する、
ビール類の劣化度の評価方法。
【請求項2】
劣化度を測定する対象となるビール類から採取して調製したサンプルを、フーリエ変換赤外分光分析に付して得たスペクトル(C)と、前記スペクトル(A)とから、差分スペクトルを得ること、および
差分スペクトルを多変量解析して得られた値から、前記検量線を用いて、劣化度を評価すること
を含み、
フーリエ変換赤外分光分析に付するサンプルとして、サンプリングされたビール類から水分を除去したサンプルを使用する
ことをさらに含む、請求項1に記載のビール類の劣化度の評価方法。
【請求項3】
多変量解析が、部分的最小二乗法回帰分析である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記差分スペクトルのうち、3679cm−1〜2813cm−1、1786cm−1〜1090cm−1、および939cm−1〜777cm−1領域の差分スペクトルを多変量解析する、請求項1〜3のいずれかに記載のビール類の劣化度の評価方法。
【請求項5】
検量線を作成するときに採取するビール類の保存温度が25℃である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記スペクトル(C)を、検量線を作成するときに採取するビール類の保存温度とは異なる温度で保存されたビール類から採取して調製したサンプルについて得る、請求項2、または請求項2に従属する請求項3〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記スペクトル(C)を保存日数の異なる複数のサンプルについて得、最小二乗法により、前記保存温度における劣化度と保存日数との関係を示す直線を得ることを含む、請求項6に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−168028(P2012−168028A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−29569(P2011−29569)
【出願日】平成23年2月15日(2011.2.15)
【出願人】(311007202)アサヒビール株式会社 (36)
【Fターム(参考)】