説明

ピストンリング

【課題】複層クロムめっきよりも優れた耐焼付性を有すると共に複層クロムめっきと同等以上の加工性を有する溶射皮膜を備えるピストンリングの提供。
【解決手段】硬質相として炭化タングステン及び炭化クロムを含有し、金属結合相としてニッケルを含有する溶射皮膜を備え、前記溶射皮膜は、炭化タングステンの平均粒子径をBET法で0.15μm以上、且つ、0.45μm以下の範囲で調整した硬質粒子を含む、造粒焼結法で作製された溶射粉末を、溶射することによって形成されていることを特徴とするピストンリング。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンリングに関し、特に溶射皮膜を備えるピストンリングに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、ディーゼルエンジン等の内燃機関に設けられたピストンリングは、シリンダライナと摺動する摺動面に、耐焼付性を有する保護皮膜を備えている。従来、かかる保護皮膜としては、複層クロムめっきが多用されていたが、近年、内燃機関のピストンリングの摺動環境の変化により、複層クロムめっきが保護皮膜として残存していても、実機において焼き付きが発生する事例がみられてきた。これは、複層クロムめっきは、均一な皮膜が形成できる反面、皮膜のミクロな焼付き部の脱落が生じ難く、一気に焼き付きが広範囲に拡大し易いためと考えられている。
【0003】
下記特許文献1には、複層クロムめっきに代わる保護皮膜として、溶射皮膜(サーメット溶射皮膜)を備えるピストンリングが開示されている。この溶射皮膜は、硬質相が炭化タングステン(WC)、炭化クロム(Cr)等の硬質粒子からなり、金属結合相がモリブデン(Mo)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)等からなる皮膜であり、複層クロムめっきよりもミクロな皮膜の脱落が生じ易く、優れた耐焼付性を備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−155711号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、この溶射皮膜は、優れた耐焼付性を備えるものの、その硬度及び脆性により、クラック(亀裂)が生じ易く、複層クロムめっきよりも加工性が悪いことから、実用化し難く、実際に実機レベルでは、ほとんど実用化されていないという問題がある。
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、複層クロムめっきよりも優れた耐焼付性を有すると共に複層クロムめっきと同等以上の加工性を有する溶射皮膜を備えるピストンリングの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、上記問題を解決するため鋭意実験を重ねた結果、溶射粉末に含まれる所定の硬質粒子の平均粒子径を、所定の範囲で調整することによって、耐焼付性及び加工性が両立した溶射皮膜を形成できることを見出し、本発明に想到した。
すなわち、上記の課題を解決するために、本発明は、硬質相として炭化タングステン及び炭化クロムを含有し、金属結合相としてニッケルを含有する溶射皮膜を備え、上記溶射皮膜は、炭化タングステンの平均粒子径をBET法で0.15μm以上、且つ、0.45μm以下の範囲で調整した硬質粒子を含む、造粒焼結法で作製された溶射粉末を、溶射することによって形成されている、ピストンリングを採用する。
【0008】
また、本発明においては、上記溶射皮膜は、上記金属結合相としてのニッケルを7.0wt%以上、且つ、18.5wt%以下の範囲で含有するという構成を採用する。
【0009】
また、本発明においては、上記溶射皮膜は、上記金属結合相としてのニッケルを7wt%、上記硬質相としての炭化クロムを20wt%含有し、残部が、上記硬質相としての炭化タングステン及び不可避不純物からなる組成を有するという構成を採用する。
【0010】
また、本発明においては、上記溶射皮膜は、上記金属結合相としてのニッケルを12.5wt%、上記硬質相としての炭化クロムを37.5wt%含有し、残部が、上記硬質相としての炭化タングステン及び不可避不純物からなる組成を有するという構成を採用する。
【0011】
また、本発明においては、上記溶射皮膜の気孔率は、3%以下であるという構成を採用する。
【0012】
また、本発明においては、上記溶射皮膜は、高速フレーム溶射法による溶射によって形成されているという構成を採用する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、複層クロムめっきよりも優れた耐焼付性を有すると共に複層クロムめっきと同等以上の加工性を有する溶射皮膜を備えるピストンリングが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施形態におけるピストンリングの構成を示す概略図である。
【図2】本発明の実施形態における耐焼付性評価試験を説明するための図である。
【図3】本発明の実施形態における加工性評価試験後の試験片の加工面の状態を示す図である。
【図4】本発明の実施形態における加工性評価試験後の試験片の加工面の状態を示す図である。
【図5】本発明の実施形態における炭化タングステンの平均粒子径と、クラック長さ及び焼付時間との関係を示すグラフである。
【図6】本発明の実施形態における炭化タングステンの平均粒子径と、クラック長さ及びビッカース硬さとの関係を示すグラフである。
【図7】本発明の実施形態におけるニッケルのバインダー量と、焼付時間及びビッカース硬さとの関係を示すグラフである。
【図8】本発明の実施形態におけるニッケルのバインダー量と、クラック長さとの関係を示すグラフである。
【図9】本発明の実施形態におけるニッケルのバインダー量と、クラック長さ及び焼付時間との関係を示すグラフである。
【図10】本発明の実施形態におけるニッケルのバインダー量と、クラック長さ及びビッカース硬さとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
【0016】
図1は、本発明の実施形態におけるピストンリング1の構成を示す概略図である。
本実施形態のピストンリング1は、ディーゼルエンジン等の内燃機関が有するピストン100に設けられている。ピストン100は、シリンダライナ101に沿って摺動する構成となっており、ピストンリング1は、その摺動面に、母材2の保護皮膜として溶射皮膜3を有する。
【0017】
溶射皮膜3は、硬質相として炭化タングステン(WC:タングステンカーバイト)及び炭化クロム(Cr:クロムカーバイト)を含有し、金属結合相(バインダー)としてニッケル(Ni)を含有している。この溶射皮膜3は、炭化タングステンの平均粒子径を0.15μm以上、且つ、0.45μm以下の範囲で調整した硬質粒子を含む、造粒焼結法で作製された溶射粉末を、溶射することによって形成されている。
【0018】
造粒焼結法による溶射粉末の作製は、次の通りである。先ず、上記所定の範囲で調整した炭化タングステン粉末を分散媒に添加し、スラリー状とする。このとき、スラリーには、適当な有機バインダーあるいは無機バインダーを添加しても良い。次に、噴霧型造粒機を用いてスラリー状から顆粒状にし、これを焼結し、さらに解砕、分級する。これにより、炭化タングステンの平均粒子径を上記所定の範囲で調整した硬質粒子を含む、造粒焼結法で作製された溶射粉末を作製することができる。
【0019】
原料の炭化タングステン(一次粒子)の平均粒子径の計測には、カンタクローム社製全自動比表面積測定装置、モノソーブを使用したBET(Brunauer, Emmet and Teller's equation)式によって求められる比表面積から下記の式で求められる換算値を使用した。
D = 6/(ρS)
ここで、Dは平均粒子径(μm)を示し、ρはWCの理論密度(15.7(g/cm))を示し、SはBET法で計測された比表面積(m/g)を示す。すなわち、Dは、BET法から求めた粉末の比表面積より、粒子を球体と仮定し、その直径を計算して得られた平均粒子径である。なお、当該BET法に使用したガスは、N−70vol%Heである。
【0020】
したがって、上述した炭化タングステンの平均粒子径を0.15μm以上、且つ、0.45μm以下の範囲で調整するとは、厳密には、BET法による平均粒子径で0.15μm以上、且つ、0.45μm以下の範囲で調整することを意味する。以下説明する平均粒子径も同様に、BET法による平均粒子径を意味する。
本実施形態の溶射皮膜3は、例えば、炭化タングステンの平均粒子径を0.15μmに調整した硬質粒子を含む溶射粉末を、溶射することによって形成されている。
【0021】
炭化タングステン(WC)は、ディーゼルエンジンの燃料油に含まれる硬質粒子に負けない硬さを有し、当該燃料油中硬質粒子によるアブレッシブ摩耗(引っかき摩耗)を抑制するとともに、耐焼付性を向上させることができる。しかしながら、炭化タングステンの平均粒子径が0.45μmを超えると、その硬度及び脆性により、溶射皮膜3にクラック(亀裂)が生じ易くなり、複層クロムめっきよりも加工性が悪くなる。一方、加工性の観点からは、炭化タングステンの平均粒子径は小さいほど好ましいが、0.15μm未満になると耐摩耗性が低下する虞がある。したがって、炭化タングステンの平均粒子径を0.15μm以上、且つ、0.45μm以下の範囲で調整することが好ましい。
【0022】
溶射皮膜3は、金属結合相としてのニッケル(Ni)を7.0wt%以上、且つ、18.5wt%以下の範囲で含有することが好ましい。ニッケルは、金属強度が高すぎず、ミクロな皮膜の脱落を生じさせ易くするため、耐焼付性を向上させることができる。しかしながら、ニッケルが18.5wt%を超えると、逆に、適切に皮膜が脱落し難くなり、複層クロムめっきよりも耐焼付性が悪くなる。一方、ニッケルが7.0wt%未満であると、バインダーとして不十分となる。
【0023】
溶射皮膜3は、特に、金属結合相としてのニッケルを7.0wt%、硬質相としての炭化クロムを20wt%含有し、残部が、硬質相としての炭化タングステン及び不可避不純物からなる組成を有することが好ましい。
また、溶射皮膜3は、特に、金属結合相としてのニッケルを12.5wt%、硬質相としての炭化クロムを37.5wt%含有し、残部が、硬質相としての炭化タングステン及び不可避不純物からなる組成を有することが好ましい。
また、溶射皮膜3は、特に、金属結合相としてのニッケルを18.5wt%、硬質相としての炭化クロムを17.5wt%含有し、残部が、硬質相としての炭化タングステン及び不可避不純物からなる組成を有することが好ましい。
このように、平均粒子径の小さい炭化タングステン(WC)からなる硬質相の比率を高めることにより、気孔率が小さく緻密且つ平滑な溶射皮膜3を形成することができる。
【0024】
溶射皮膜3の気孔率は、3%以下であることが好ましい。気孔率が、3%を超えると、大きな気孔を多数有することとなり、油膜形成能が悪く、皮膜寿命が短くなるためである。なお、ここで言う、気孔率とは、鏡面研磨後の溶射皮膜3の皮膜断面、あるいは、焼結体の断面を、画像解析法によって計測して求めたものである。具体的に、本実施形態では、画像解析ソフトとして、Image-Pro(Media Cybernetics社製)を使用した。
【0025】
溶射皮膜3の気孔率には、溶射法も関係する。したがって、溶射皮膜3の形成には、気孔率が小さく緻密且つ平滑な皮膜を形成するべく、高速フレーム溶射法を採用することが好ましい。高速フレーム溶射法としては、HVOF(High Velocity Oxy Fuel)溶射法、HVAF(High Velocity Air Fuel)法等がある。本実施形態では、HVOF溶射法を使用した。
【0026】
上述の本実施形態のピストンリング1は、溶射皮膜3として、油膜形成能に優れ、且つ、燃料油中硬質粒子に負けない硬さを有し、ミクロな皮膜の脱落が生じ易い皮膜を備えている。具体的に、溶射皮膜3は、気孔率が小さく緻密且つ平滑な皮膜であると共に硬質粒子(WC、Cr)の比率が高く、バインダーの金属(Ni)は強度が高すぎず適切に脱落するものであるため、硬質粒子(WC)の平均粒子径を小さくすることにより、複層クロムめっきよりも優れた耐焼付性を有すると共に複層クロムめっきと同等以上の加工性を実現することができる。
【0027】
[実施例]
以下、実施例により本発明の効果をより明らかにする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0028】
先ず、高速フレーム溶射により複数の試験片を作製した。この試験片作製時の溶射条件は以下の通りである。
溶射機 :高速フレーム溶射機JP‐5000(Praxair/TAFA社製)
酸素流量 :1900 scfh(893 l/min)
灯油流量 :5.1 gph(0.32 l/min)
溶射距離 :380 mm
バレル長さ:4 inches(約100 mm)
粉末供給量:約80 g/min
【0029】
次に、作製した試験片に対して、耐焼付性評価試験及び加工性評価試験を行った。
耐焼付性評価試験は、図2に示すようにして行い、焼付時間の長さを計測し、その耐焼付性を評価した。
耐焼付性評価試験は、次の通りである。図2に示すように、ライナ材10に対して、試験片となるリング材11の溶射皮膜側を所定の荷重で押し付けつつ、ライナ材10を回転させる。始めは、リング材11とライナ材10との間に、潤滑油を供給し、リング材11が複数段階で所定の荷重まで昇圧したら、潤滑油の供給を停止し、油切れによる焼付時間を計測する。
【0030】
加工性評価試験は、作製した溶射皮膜に対して所定深さ研磨加工を行い、当該加工により発生した単位面積当たりのクラック(亀裂)長さを計測し、その加工性を評価した。
図3及び図4は、本発明の実施形態における加工性評価試験後の試験片の加工面の状態を示す図である。図3及び図4中、矢印で示すのが、加工により発生したクラックである。なお、図3及び図4は、1回あたりの切込み深さを0.002mmとしたときの各試験片の加工面の状態を示す(図3(a)〜図3(c)及び図4(a),図4(b))。
【0031】
図5は、本発明の実施形態における炭化タングステンの平均粒子径と、クラック長さ及び焼付時間との関係を示すグラフである。図6は、本発明の実施形態における炭化タングステンの平均粒子径と、クラック長さ及びビッカース硬さとの関係を示すグラフである。なお、図中に示す各目標値は、従来の保護皮膜である複層クロムめっきの値である。
【0032】
図5に示すように、試験片(U−1、U−42、U−31、U−11、U−41)の組成が同じ場合、平均粒子径(φ)が0.15μmまでは炭化タングステン(WC)の平均粒子径(φ)が小さくなるほど、耐焼付性が向上することが分かる。また、炭化タングステン(WC)の平均粒子径(φ)が、0.1μmの試験片U−41、0.15μmの試験片U−11、0.30μmの試験片U−31、0.45μmの試験片U−42、0.60μmの試験片U−1のいずれについても、複層クロムめっきよりも耐焼付性に優れていることが分かる。
【0033】
また、試験片の組成が同じ場合、平均粒子径(φ)が0.15μmまでは炭化タングステン(WC)の平均粒子径(φ)が小さくなるほど、単位面積当たりに発生するクラックが短くなり、加工性が向上していることが分かる。一方、炭化タングステン(WC)の平均粒子径(φ)が、0.15μm未満あるいは0.45μmを超えると、極端にクラックが長くなり、複層クロムめっきよりも加工性が悪くなることが分かる(試験片U−1、試験片U−41参照)。
【0034】
なお、図6に示すように、試験片の組成が同じ場合、炭化タングステン(WC)の平均粒子径(φ)が小さくなるほど、硬さが低下することが分かる(試験片U−41参照)。そして、試験片U−1、試験片U−42、試験片U−31、試験片U−11、試験片U−41のいずれについても、複層クロムめっきよりも硬さに優れていることが分かる。
【0035】
図7は、本発明の実施形態におけるニッケルのバインダー量と、焼付時間及び硬さとの関係を示すグラフである。図8は、本発明の実施形態におけるニッケルのバインダー量と、クラック長との関係を示すグラフである。なお、図中に示す各目標値は、同様に、従来の保護皮膜である複層クロムめっきの目標値である。
【0036】
図7に示すように、試験片(U−11、U−22、U−21)の炭化タングステン(WC)の平均粒子径(φ)が同じ場合、金属結合相としてのニッケル(Ni)のバインダー量(wt%)が小さくなるほど、耐焼付性が向上することが分かる。一方、ニッケル(Ni)のバインダー量が、12.5wt%を超えると、極端に焼付時間が短くなり、複層クロムめっきよりも耐焼付性が悪くなることが分かる(試験片U−21参照)。
【0037】
また、試験片の炭化タングステン(WC)の平均粒子径(φ)が同じ場合、金属結合相としてのニッケル(Ni)のバインダー量が小さくなるほど、硬さが向上することが分かる。そして、試験片U−11、試験片U−22、試験片U−21のいずれについても、複層クロムめっきよりも硬さに優れていることが分かる。
【0038】
なお、図8に示すように、炭化タングステン(WC)の平均粒子径(φ)が同じ場合、試験片U−11、試験片U−22、試験片U−21のいずれについても、複層クロムめっきよりも加工性に優れていることが分かる。
【0039】
図9は、本発明の実施形態におけるニッケルのバインダー量と、クラック長さ及び焼付時間との関係を示すグラフである。図10は、本発明の実施形態におけるニッケルのバインダー量と、クラック長さ及びビッカース硬さとの関係を示すグラフである。なお、図中に示す各目標値は、同様に、従来の保護皮膜である複層クロムめっきの値である。
【0040】
図9に示すように、試験片(U−43、U−11、U−44、U−45、U−46)の炭化タングステン(WC)の平均粒子径(φ)が同じで且つ炭化タングステン(WC)と炭化クロム(CrC)の混合比率が同じ場合、バインダー量が7wt%までは金属結合相としてのニッケル(Ni)のバインダー量が小さくなるほど、硬さが向上することが分かる。そして、試験片U−43、試験片U−11、試験片U−44、試験片U−45、試験片U−46のいずれについても、複層クロムめっきよりも硬さに優れていることが分かる。
【0041】
また、図10に示すように、試験片の炭化タングステン(WC)の平均粒子径(φ)が同じで且つ炭化タングステン(WC)と炭化クロム(CrC)の混合比率が同じ場合、バインダー量が7wt%までは金属結合相としてのニッケル(Ni)のバインダー量(wt%)が小さくなるほど、耐焼付性が向上することが分かる。一方、ニッケル(Ni)のバインダー量が、7wt%未満あるいは18.5wt%を超えると、極端に焼付時間が短くなり、複層クロムめっきよりも耐焼付性が悪くなることが分かる(試験片U−43、試験片U−46参照)。
【0042】
また、図9及び図10に示すように、試験片の炭化タングステン(WC)の平均粒子径(φ)が同じで且つ炭化タングステン(WC)と炭化クロム(CrC)の混合比率が同じ場合、ニッケル(Ni)のバインダー量が、7wt%未満となると、極端にクラックが長くなり、複層クロムめっきよりも加工性が悪くなることが分かる(試験片U−43参照)。
【0043】
以上のことから、炭化タングステンの平均粒子径は0.15μm以上、且つ、0.45μm以下の範囲で調整することが好ましく、また、金属結合相としてのニッケルは7.0wt%以上、且つ、18.5wt%以下の範囲で含有することが好ましい。したがって、このような溶射皮膜3を備えるピストンリング1では、複層クロムめっきよりも優れた耐焼付性を有すると共に複層クロムめっきと同等以上の加工性を有することが可能となる。
【0044】
以上、図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。上述した実施形態において示した各構成部材の諸形状や組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計要求等に基づき種々変更可能である。
【0045】
例えば、本発明は、ディーゼルエンジンのピストンリングだけでなく、他の内燃機関のピストンリングにも適用可能である。
【符号の説明】
【0046】
1…ピストンリング、2…母材、3…溶射皮膜、10…ライナ材、11…リング材、100…ピストン、101…シリンダライナ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質相として炭化タングステン及び炭化クロムを含有し、金属結合相としてニッケルを含有する溶射皮膜を備え、
前記溶射皮膜は、炭化タングステンの平均粒子径をBET法で0.15μm以上、且つ、0.45μm以下の範囲で調整した硬質粒子を含む、造粒焼結法で作製された溶射粉末を、溶射することによって形成されていることを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
前記溶射皮膜は、前記金属結合相としてのニッケルを7.0wt%以上、且つ、18.5wt%以下の範囲で含有することを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項3】
前記溶射皮膜は、前記金属結合相としてのニッケルを7.0wt%、前記硬質相としての炭化クロムを20wt%含有し、残部が、前記硬質相としての炭化タングステン及び不可避不純物からなる組成を有することを特徴とする請求項1または2に記載のピストンリング。
【請求項4】
前記溶射皮膜は、前記金属結合相としてのニッケルを12.5wt%、前記硬質相としての炭化クロムを37.5wt%含有し、残部が、前記硬質相としての炭化タングステン及び不可避不純物からなる組成を有することを特徴とする請求項1または2に記載のピストンリング。
【請求項5】
前記溶射皮膜の気孔率は、3%以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のピストンリング。
【請求項6】
前記溶射皮膜は、高速フレーム溶射法による溶射によって形成されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のピストンリング。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−108174(P2013−108174A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−235852(P2012−235852)
【出願日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【出願人】(591083406)株式会社ディーゼルユナイテッド (30)
【出願人】(000236702)株式会社フジミインコーポレーテッド (126)
【Fターム(参考)】