ピペラジンアルキル誘導体を含有する金属の選択的抽出剤
【課題】カドミウム及び亜鉛から選択される1種以上のベースメタルのイオンを含有する溶液から、カドミウム又は亜鉛のイオンを選択的に抽出する手段を提供する。
【解決手段】式I:
[式中、
R1、R2、R3及びR4は、互いに独立して、水素、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであり(但し、R1が水素のとき、R2は水素ではなく、R3が水素のとき、R4は水素ではない);
L1及びL2は、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンである]
で表される化合物。
【解決手段】式I:
[式中、
R1、R2、R3及びR4は、互いに独立して、水素、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであり(但し、R1が水素のとき、R2は水素ではなく、R3が水素のとき、R4は水素ではない);
L1及びL2は、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンである]
で表される化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属を選択的に吸着する新規ピペラジンアルキル誘導体、該化合物を含有する金属の抽出剤、及び金属の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛は、鋼板のめっき材料に使用される他、マンガン電池又はアルカリ電池等の負極材料にも使用される。カドミウムは、亜鉛と同じ第12族に属する元素であり、亜鉛と同様に鋼板のめっき材料に使用される他、ニッカド電池の負極材料にも使用される。
【0003】
亜鉛は、亜鉛鉱を精錬して製造されるが、亜鉛鉱にはカドミウムが共存していることが多いため、亜鉛鉱から亜鉛を精錬する際に、カドミウムも製造される。このため、亜鉛鉱の精錬時には、亜鉛とカドミウムとを分離・回収する工程が必要となる。
【0004】
亜鉛とカドミウムとは、物理化学的性質が類似しており、随伴して挙動する。このため、通常の分離手段では、亜鉛とカドミウムとを選択的に分離することは困難である。それ故、高純度の亜鉛及び/又はカドミウムを製造するために、より選択性の高い分離手段の開発が必要とされている。
【0005】
特許文献1は、亜鉛を抽出する抽出剤として、ビス−ベンズイミダゾール組成物を記載する。当該文献によれば、上記の組成物を用いることにより、カドミウムを含む亜鉛塩含有液体から亜鉛を抽出することが出来る。
【0006】
特許文献2は、N-置換ピリドン誘導体を有効成分とする亜鉛の選択的抽出剤を記載する。当該文献によれば、亜鉛を含有し、カドミウムが共存している金属溶液からカドミウムを抽出せずに亜鉛を高選択的に抽出することが出来る。
【0007】
特許文献3は、2-エチルヘキシルホスホン酸モノ-2-エチルヘキシルエステルによる溶媒抽出によって亜鉛を抽出する、亜鉛の分離回収方法を記載する。当該文献によれば、高濃度のカドミウムを含有する溶液から亜鉛を効率よく分離することが出来る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5-25139号公報
【特許文献2】特開2007-126716号公報
【特許文献3】特開2008-106348号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、亜鉛とカドミウムとを選択的に分離する手段として、様々な技術が開発されているが、カドミウムを効率よく分離、回収し得る方法は未だ提供されていない。また、亜鉛鉱の湿式精錬における中間材料である硫酸亜鉛水溶液、及びニッカド電池の電極廃液は強酸性水溶液であるため、リン又は硫黄原子を配位子とする抽出剤の場合、抽出剤が酸化により変性し易いという問題も存在した。
【0010】
それ故、本発明は、カドミウム及び亜鉛から選択される1種以上のベースメタルのイオンを含有する溶液から、カドミウム又は亜鉛のイオンを選択的に抽出する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、ピペラジンに脂溶性置換基を導入したピペラジンアルキル誘導体を用いることにより、上記目的を達成出来ることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
【0012】
(1) 式I:
【化1】
[式中、
R1、R2、R3及びR4は、互いに独立して、水素、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであり(但し、R1が水素のとき、R2は水素ではなく、R3が水素のとき、R4は水素ではない);
L1及びL2は、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンである]
で表される化合物。
【0013】
(2) R1、R2、R3及びR4が2-エチル-ヘキサン-1-イルであり、L1及びL2がメチレンである、前記(1)の化合物。
【0014】
(3) 前記(1)又は(2)の化合物を含有する、金属イオンの抽出剤。
【0015】
(4) 金属イオンが金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属イオンである、前記(3)の抽出剤。
【0016】
(5) 金属イオンを含有する水相と前記(1)又は(2)の化合物を含有する有機相とを接触させて、金属イオンを該有機相に抽出する抽出工程を含む、金属イオンの回収方法。
【0017】
(6) 金属イオンが金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属イオンである、前記(5)の方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、カドミウム及び亜鉛から選択される1種以上のベースメタルのイオンを含有する溶液から、カドミウム又は亜鉛のイオンを選択的に抽出する手段を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の金属イオンの回収方法の一実施形態を示す工程図である。
【図2】実施例1の化合物(1,4-ジ{[ジ(2-エチルヘキシル)カルバモイル]メチル}ピペラジン;DDCMP)による塩酸の抽出結果を示す図である。
【図3】実施例1の化合物(DDCMP)による塩酸溶液からの各種金属イオンの抽出率に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を示す図である。
【図4】実施例1の化合物(DDCMP)によるカドミウム(II)の抽出平衡到達時間を示す図である。
【図5】実施例1の化合物(DDCMP)によるカドミウム(II)の分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を示す図である。
【図6】実施例1の化合物(DDCMP)によるカドミウム(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を示す図である。
【図7】実施例1の化合物(DDCMP)によるカドミウム(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を示す図である。
【図8】実施例1の化合物(DDCMP)によるカドミウム(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を示す図である。
【図9】実施例1の化合物(DDCMP)とCdCl2との錯体の推定構造を示す図である。
【図10】実施例1の化合物(DDCMP)による亜鉛(II)の抽出平衡到達時間を示す図である。
【図11】実施例1の化合物(DDCMP)による亜鉛(II)の分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を示す図である。
【図12】実施例1の化合物(DDCMP)による亜鉛(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を示す図である。
【図13】実施例1の化合物(DDCMP)による亜鉛(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を示す図である。
【図14】実施例1の化合物(DDCMP)による亜鉛(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を示す図である。
【図15】実施例1の化合物(DDCMP)とZnCl2との錯体の推定構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
<1. ピペラジンアルキル誘導体>
本発明は、式I:
【化2】
で表される化合物に関する。
【0021】
本明細書において、「アルキル」は、特定の数の炭素原子を含む、直鎖又は分枝鎖の脂肪族炭化水素基を意味する。例えば、「C1-18アルキル」は、少なくとも1個且つ多くても18個の炭素原子を含む、直鎖又は分枝鎖の炭化水素鎖を意味する。好適なアルキルは、限定するものではないが、例えばメチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、sec-ブチル、イソブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、n-ヘキシル、n-ヘプチル、n-オクチル、2-エチルヘキシル、3-メチル-1-イソプロピルブチル、2-メチル-1-イソプロピルブチル、1-tert-ブチル-2-メチルプロピル、n-ノニル、3,5,5-トリメチルヘキシル、デシル、ウンデシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル、ヘキサデシル、ヘプタデシル及びオクタデシル等を挙げることが出来る。
【0022】
本明細書において、「アルケニル」は、前記アルキルの1個以上のC-C単結合が二重結合に置換された基を意味する。好適なアルケニルは、限定するものではないが、例えばビニル、1-プロペニル、アリル、1-メチルエテニル(イソプロペニル)、1-ブテニル、2-ブテニル、3-ブテニル、1-メチル-2-プロペニル、2-メチル-2-プロペニル、1-メチル-1-プロペニル、2-メチル-1-プロペニル、1-ペンテニル、1-ヘキセニル、n-ヘプテニル、1-オクテニル、1-ノネニル、デセニル、ウンデセニル、ドデセニル、トリデセニル、テトラデセニル、ペンタデセニル、ヘキサデセニル、ヘプタデセニル及びオクタデセニル等を挙げることが出来る。
【0023】
本明細書において、「アルキニル」は、前記アルキルの1個以上のC-C単結合が三重結合に置換された基を意味する。好適なアルキニルは、限定するものではないが、例えばエチニル、1-プロピニル、2-プロピニル、1-ブチニル、2-ブチニル、3-ブチニル、1-メチル-2-プロピニル、1-ペンチニル、1-ヘキシニル、1-ヘプチニル、1-オクチニル、1-ノニニル、デシニル、ウンデシニル、ドデシニル、トリデシニル、テトラデシニル、ペンタデシニル、ヘキサデシニル、ヘプタデシニル及びオクタデシニル等を挙げることが出来る。
【0024】
本明細書において、「アリール」は、6〜15の炭素原子数を有する芳香環基を意味する。好適なアリールは、限定するものではないが、例えばフェニル、ナフチル及びアントリル(アントラセニル)等を挙げることが出来る。
【0025】
本明細書において、「アリールアルキル」は、前記アルキルの水素原子の1個が前記アリールに置換された基を意味する。好適なアリールアルキルは、限定するものではないが、例えばベンジル、1-フェネチル及び2-フェネチル等を挙げることが出来る。
【0026】
本明細書において、「アリールアルケニル」は、前記アルケニルの水素原子の1個が前記アリールに置換された基を意味する。好適なアリールアルケニルは、限定するものではないが、例えばスチリル等を挙げることが出来る。
【0027】
上記で説明した基は、それぞれ独立して、非置換であるか、又は1個若しくは複数個のC1-18アルキル、C2-18アルケニル、C2-18アルキニル、C6-15アリール、C7-18アリールアルキル、C8-18アリールアルケニル、C(O)Z(Zは水素、ヒドロキシル、C1-18アルキル、C2-18アルケニル、C2-18アルキニル若しくはNH2である)、OH、Q-C1-18アルキル、Q-C2-18アルケニル、Q-C2-18アルキニル、Q-C6-15アリール、Q-C7-18アリールアルキル(QはO若しくはSである)、ハロゲン、NO2、若しくはNRARB(RA及びRBは、互いに独立して、水素、C1-18アルキル、C2-18アルケニル若しくはC2-18アルキニルである)によって置換することも出来る。
【0028】
なお、本明細書において、「ハロゲン」又は「ハロ」は、フッ素、塩素、臭素又はヨウ素を意味する。
【0029】
本発明者は、式Iで表されるピペラジンアルキル誘導体を用いることにより、ベースメタル(卑金属)のイオン及び貴金属のイオンを含有する塩酸水溶液から貴金属のイオンを選択的に抽出出来ることを見出した。また、ベースメタル(卑金属)のイオン及び貴金属のイオンを含有する塩酸水溶液が低塩酸濃度の場合、該水溶液からカドミウム又は亜鉛のイオンを選択的に抽出出来ることを見出した。式Iで表されるピペラジンアルキル誘導体は、本発明者が見出した新規な化合物である。
【0030】
式Iで表される化合物において、R1、R2、R3及びR4は、互いに独立して、水素、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルである(但し、R1が水素のとき、R2は水素ではなく、R3が水素のとき、R4は水素ではない)ことが好ましく、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであることがより好ましく、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル又はC8-18アルキニルであることが特に好ましく、2-エチル-ヘキサン-1-イルであることがとりわけ好ましい。
【0031】
式Iで表される化合物において、L1及びL2は、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンであることが好ましく、メチレン、エチレン又はプロピレンであることがより好ましく、メチレンであることが特に好ましい。
【0032】
好ましくは、式Iで表される化合物は、R1、R2、R3及びR4が、互いに独立して、水素、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであり(但し、R1が水素のとき、R2は水素ではなく、R3が水素のとき、R4は水素ではない);
L1及びL2が、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンである。
【0033】
より好ましくは、式Iで表される化合物は、R1、R2、R3及びR4が、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであり;
L1及びL2が、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンである。
【0034】
特に好ましくは、式Iで表される化合物は、1,4-ジ{[ジ(2-エチルヘキシル)カルバモイル]メチル}ピペラジン (DDCMP)である。
【0035】
本発明の式Iで表される化合物は、塩又は溶媒和物の形態であってもよい。本明細書において、「式Iで表される化合物」は、該化合物自体だけでなく、その塩又は溶媒和物も意味する。式Iで表される化合物の塩としては、限定するものではないが、例えば塩酸、リン酸、硝酸、硫酸、炭酸、過塩素酸、ギ酸、酢酸、マレイン酸、フマル酸、安息香酸、シュウ酸、クエン酸又はアジピン酸のような無機酸又は有機酸との塩が好ましい。
【0036】
上記のような形態の式Iで表される化合物を用いることにより、ベースメタルのイオン及び/又は貴金属のイオンを含有する水溶液から、金、パラジウム若しくは白金のような特定の貴金属のイオン、又はカドミウム若しくは亜鉛のような特定のベースメタルのイオンを選択的に抽出することが可能となる。
【0037】
<2. ピペラジンアルキル誘導体の製造方法>
本発明はまた、上記で説明した式Iで表される化合物の製造方法に関する。
【0038】
式Iで表される化合物は、式IIa:
【化3】
[式中、R1、R2及びL1は、式Iについて定義したものと同様の意味を表し、X2はハロゲンである]
で表されるハロゲン化アシルアミドと、式IIb:
【化4】
[式中、R3、R4及びL2は、式Iについて定義したものと同様の意味を表し、X2はハロゲンである]
で表されるハロゲン化アシルアミドと、ピペラジンとを反応させてピペラジンをアルキル化するピペラジンアルキル化工程
を含む方法によって製造することが出来る。
【0039】
また、式IIaで表されるハロゲン化アシルアミドは、式IIIa:
【化5】
[式中、L1は、式Iについて定義したものと同様の意味を表し、X1及びX2はハロゲンである]
で表されるハロゲン化アシルハライドと、式IVa:
R1-NH-R2 IVa
[式中、R1及びR2は、式Iについて定義したものと同様の意味を表す]
で表される二級アミンとを反応させて、ハロゲン化アシルハライドをアミド化するアシルアミド化工程
によって、
また、式IIbで表されるハロゲン化アシルアミドは、式IIIb:
【化6】
[式中、L2は、式Iについて定義したものと同様の意味を表し、X1及びX2はハロゲンである]
で表されるハロゲン化アシルハライドと、式IVb:
R3-NH-R4 IVb
[式中、R3及びR4は、式Iについて定義したものと同様の意味を表す]
で表される二級アミンとを反応させて、ハロゲン化アシルハライドをアミド化するアシルアミド化工程
によって、それぞれ製造することが出来る。
【0040】
ピペラジンアルキル化工程は、塩基性条件下で実施されることが好ましい。この場合、使用される塩基は、トリエチルアミン、炭酸カリウム、水酸化ナトリウム、メトキシソーダ又はNaHであることが好ましい。本工程は、クロロホルム、トルエン、キシレン又はTHFのような非プロトン性溶媒存在下で実施することが好ましい。反応温度は、50〜100℃の範囲であることが好ましく、反応時間は、24〜48時間の範囲であることが好ましい。
【0041】
アシルアミド化工程は、塩基性条件下で実施されることが好ましい。この場合、使用される塩基は、トリエチルアミンであることが好ましい。本工程は、クロロホルム、トルエン、キシレン又はTHFのような非プロトン性溶媒存在下で実施することが好ましい。反応温度は、0〜25℃の範囲であることが好ましく、反応時間は、1〜5時間の範囲であることが好ましい。
【0042】
本発明の式Iで表される化合物の製造方法は、ピペラジンアルキル化工程を含む。また、ピペラジンアルキル化工程に加えて、アシルアミド化工程をさらに含んでもよい。
上記の方法により、式Iで表される化合物を製造することが可能となる。
【0043】
<3. 金属イオンの抽出剤>
本明細書において、「ベースメタル」は、非鉄金属のうち、貴金属に含まれない金属を意味し、具体的には、アルミニウム(Al)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)及び鉛(Pb)等の金属、並びにチタン(Ti)、ニッケル(Ni)、カドミウム(Cd)及びタングステン(W)のようなレアメタルを挙げることが出来る。
【0044】
本明細書において、「貴金属」は、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、銀(Ag)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)及び金(Au)を意味する。
【0045】
本発明の金属イオンの抽出剤は、1種以上のベースメタルのイオン及び/又は1種以上の貴金属のイオンを含有する溶液から、金(III)、パラジウム(II)若しくは白金(IV)である貴金属のイオン、又はカドミウム(II)若しくは亜鉛(II)であるベースメタルのイオンを選択的に抽出するために使用することが出来る。より具体的には、金(III)、パラジウム(II)及び/又は白金(IV)を含有する溶液中にロジウム(III)が存在する場合であっても、金(III)、パラジウム(II)又は白金(IV)をそれぞれ選択的に抽出することが出来る。また、カドミウム(II)及び/又は亜鉛(II)を含有する溶液中に、ニッケル(II)、マンガン(II)及び/又はコバルト(II)が存在する場合であっても、カドミウム(II)又は亜鉛(II)をそれぞれ選択的に抽出することが出来る。
【0046】
それ故、本発明の金属イオンの抽出剤は、金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンを選択的に抽出するために使用することが好ましく、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類のベースメタルのイオンを選択的に抽出するために使用することがより好ましい。
【0047】
本発明の金属イオンの抽出剤は、式Iで表される化合物のみを含有してもよく、該化合物に加えて、1種類以上の有機溶媒及び/又は1種類以上の添加剤を含有する希釈剤を更に含有してもよい。有機溶媒としては、限定するものではないが、例えば、トルエン、ベンゼン、キシレン、クロロホルム、1,2-ジクロロエタン、四塩化炭素、n-ヘキサン及びシクロヘキサンを挙げることが出来る。トルエンが好ましい。添加剤としては、限定するものではないが、例えば、2-エチルヘキシルアルコール、オクタノール、デカノール及びノニルフェノールを挙げることが出来る。2-エチルヘキシルアルコールが好ましい。この場合、金属イオンの抽出剤の総質量に対して、5〜20質量%の範囲となるように、添加剤の濃度が設定されることが好ましい。
【0048】
上記のような成分を含有することにより、本発明の金属イオンの抽出剤は、1種以上のベースメタルのイオン及び/又は1種以上の貴金属のイオンを含有する溶液から、金、パラジウム若しくは白金である貴金属のイオン、又はカドミウム若しくは亜鉛であるベースメタルのイオンを選択的に抽出することが可能となる。
【0049】
<4. 金属イオンの回収方法>
通常、金属イオンの酸性水溶液において、金属イオンは酸の共役塩基と中性の錯体又はアニオン性の錯体イオンを形成する。このため、金属イオンは、酸濃度及びpHに依存して、金属イオン及びいくつかの形態の錯体又は錯体イオンからなる平衡状態を形成し得る。
【0050】
本発明の式Iで表される化合物は、アニオンと錯体を形成し得るアミンを有する。本発明者は、1種以上のベースメタルのイオン及び/又は1種以上の貴金属のイオンを含有する水溶液の酸濃度を適宜調整して、該水溶液からなる水相と、本発明の式Iで表される化合物を含有する有機相とを接触させることにより、金(III)、パラジウム(II)若しくは白金(IV)、又はカドミウム(II)若しくは亜鉛(II)を有機相中に選択的に抽出出来ることを見出した。それ故、本発明は、本発明の式Iで表される化合物を用いる金属イオンの回収方法に関する。
【0051】
図1は、本発明の金属イオンの回収方法の一実施形態を示す工程図である。以下、図1に基づき、本発明の方法の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0052】
[3-1. 抽出工程]
本発明の方法は、金属イオンを含有する水相と、式Iで表される化合物(本発明の金属の抽出剤)を含有する有機相とを接触させて、金属イオンを該有機相に抽出する抽出工程(工程S1)を含む。
【0053】
本明細書において、「金属イオンを含有する水相」は、金属イオンを含有する水溶液(水相)を意味する。ここで、上記の金属イオンは、金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンであることが好ましく、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類のベースメタルのイオンであることがより好ましい。上記の金属イオンは、水相中において、1×10-4〜0.1 Mの濃度であることが好ましく、1×10-3〜1×10-2 Mの濃度であることがより好ましい。
【0054】
本工程において使用される水相は、金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンに加え、上記のような貴金属のイオン及びベースメタルのイオンからなる他の金属イオンを含有してもよい。例えば、金(III)、パラジウム(II)及び/又は白金(IV)を含有する水相中にロジウム(III)が存在する場合であっても、金(III)、パラジウム(II)又は白金(IV)をそれぞれ選択的に抽出することが出来る。また、カドミウム(II)及び/又は亜鉛(II)を含有する水相中に、ニッケル(II)、マンガン(II)及び/又はコバルト(II)が存在する場合であっても、カドミウム(II)又は亜鉛(II)をそれぞれ選択的に抽出することが出来る。この場合、他の金属イオンは、それぞれ独立して、1×10-5〜0.1 Mの濃度であることが好ましく、1×10-4〜0.01 Mの濃度であることがより好ましい。かかる水相としては、例えば、亜鉛鉱又はニッカド電池の電極廃液、電子機器の廃棄物、オキソ反応によるアルデヒド製造廃液及び自動車の排ガス触媒などの廃触媒のような金属の酸性廃液、めっき廃液、並びにエッチング廃液などを挙げることが出来る。本工程において使用される水相が他の金属イオンを含有する場合であっても、本発明の方法により、金、パラジウム及び白金からなる群より選択される貴金属のイオン、又はカドミウム及び亜鉛からなる群より選択されるベースメタルのイオンを選択的に抽出することが可能となる。
【0055】
水相中の金属イオンは、通常、酸の共役塩基との塩又は錯体(イオン)の平衡状態で存在する。例えば、カドミウム(II)又は亜鉛(II)を含有する水相が塩酸酸性水溶液の場合、カドミウム(II)は、CdCl2、CdCl3-、CdCl42-、CdCl53-又はCdCl64-のような錯体の形態で、亜鉛(II)は、ZnCl2、ZnCl3-又はZnCl42-のような錯体の形態で、それぞれ存在する。ここで、上記の錯体の形態の金属イオンを含有する水相と、式Iで表される化合物を含有する有機相とを接触させると、式Iで表される化合物のアミノ基がカドミウム(II)又は亜鉛(II)の錯体に配位して新たな錯体を形成し得る。当該錯体は、式Iで表される化合物が有する脂溶性置換基の寄与により有機相中で安定に存在し得るため、カドミウム(II)又は亜鉛(II)を該有機相に抽出することが可能となる。
【0056】
上記のように、水相中の金属イオンは塩又は錯体(イオン)の平衡状態で存在するため、水相の酸濃度に依存してその平衡状態は変化し得る。それ故、水相の酸濃度を適宜調整することにより、ベースメタルのイオン及び貴金属のイオンを含有する水溶液から所望の金属イオンを選択的に抽出することが出来る。
【0057】
水相に含有される酸としては、限定するものではないが、例えば、塩酸、硝酸、硫酸のような鉱酸、ギ酸、酢酸、シュウ酸のような有機酸を挙げることが出来る。塩酸又は硝酸が好ましい。かかる酸は、1種類のみであってもよく、2種類以上の酸からなる混合物であってもよい。上記の酸は、1×10-2〜10 Mの濃度であることが好ましい。
【0058】
より具体的には、本工程に使用される水相は、金(III)を選択的に抽出する場合、0.01〜8 Mの酸を含有することが好ましい。パラジウム(II)を選択的に抽出する場合、0.01〜6 Mの酸を含有することが好ましい。白金(IV)を選択的に抽出する場合、0.01〜6 Mの酸を含有することが好ましい。カドミウム(II)を選択的に抽出する場合、0.01〜8 Mの酸を含有することが好ましい。また、亜鉛(II)を選択的に抽出する場合、0.01〜8 Mの酸を含有することが好ましい。上記の場合、使用する酸は、塩酸又は硝酸が好ましい。
【0059】
本工程において使用される有機相は、本発明の式Iで表される化合物又は金属の抽出剤を含有する。有機相は、液相の形態であってもよく、本発明の式Iで表される化合物を固体の形態で含有するか、或いは該化合物を担体に結合若しくは含浸させた固相の形態であってもよい。
【0060】
有機相が液相の形態の場合には、本発明の式Iで表される化合物、及び場合により上記で説明した1種類以上の有機溶媒及び/又は1種類以上の添加剤を含有する希釈剤を更に含有する溶液又は分散液を有機相として使用し得る。式Iで表される化合物が常温で液体の形態である場合、該化合物をそのまま、又は上記の希釈剤で希釈した形態で使用することが好ましい。この場合、式Iで表される化合物は、0.01〜0.5 Mの濃度であることが好ましい。
【0061】
有機相が固相の形態の場合には、式Iで表される化合物が常温で固体の形態であれば、そのまま水相と接触させることによって使用することが出来る。また、式Iで表される化合物を有機溶媒に溶解し、担体に含浸して使用してもよい。含浸するための担体(樹脂)としては、限定するものではないが、例えば、ポリスチレン樹脂、トリ酢酸セルロース、ポリアクリル酸エステル樹脂や、活性炭、疎水性ゼオライト、シリカ及びポリ塩化ビニル樹脂等を挙げることが出来る。ポリスチレン樹脂、トリ酢酸セルロース、ポリアクリル酸エステル又はポリ塩化ビニル樹脂が好ましい。この場合、式Iで表される化合物は、1〜5 mmol/g担体の範囲で担体に含浸していることが好ましい。
【0062】
本工程において、水相と有機相とを接触させる手段としては、当該技術分野で慣用される様々な手段を使用し得る。有機相が液相の形態の場合、バッチ法又は連続抽出法を使用することが好ましい。また、有機相が固相の形態の場合、バッチ法又はカラム法を使用することが好ましい。
【0063】
有機相が液相の形態の場合、水相と有機相との体積比は、1:10〜10:1の範囲であることが好ましく、1:5〜5:1の範囲であることがより好ましい。水相と有機相とを接触させる温度は、5〜50℃の範囲であることが好ましい。また、バッチ法の場合、水相と有機相とを接触させる時間は、0.5〜48時間の範囲であることが好ましい。
【0064】
有機相が、常温で固体の形態である式Iで表される化合物を含む場合、或いは該化合物が担体に含浸された形態である場合、水溶液中の金属イオン濃度にもよるが、一般的には1 Lの液相に対して1〜5 g程度の有機相を使用することが好ましい。水相と有機相とを接触させる温度は、5〜50℃の範囲であることが好ましい。また、バッチ法の場合、水相と有機相とを接触させる時間は、0.5〜48時間の範囲であることが好ましい。
【0065】
上記の条件で本工程を実施することにより、所望の金属を選択的に有機相に抽出することが可能となる。
【0066】
[3-2. 脱離工程]
本発明の方法は、金属イオンを含有する有機相と水相とを相分離させた後、該有機相と脱離水溶液とを接触させて、有機相から脱離水溶液中に金属イオンを脱離(逆抽出)させる脱離工程(工程S2)を含んでもよい。
【0067】
本工程で使用される脱離水溶液としては、限定するものではないが、例えば、水、塩酸、過塩素酸、硝酸、硫酸、リン酸、ギ酸、酢酸、マレイン酸、フマル酸、安息香酸、シュウ酸、クエン酸及びアジピン酸からなる群より選択される1種以上の酸性水溶液、アンモニア水、水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムからなる群より選択される1種以上のアルカリ性水溶液、チオ尿素、チオシアン酸アンモニウム及びチオシアン酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)のようなキレート化合物、並びにこれらの混合物(例えばチオ尿素及び塩酸の混合物)を挙げることが出来る。金、パラジウム及び白金からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンを逆抽出する場合、アンモニア水、チオ尿素水溶液、チオ尿素及び塩酸の混合水溶液、チオシアン酸アンモニウム、チオシアン酸ナトリウム又はEDTAであることが好ましい。カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンを逆抽出する場合、水、アンモニア水、塩酸水溶液、過塩素酸水溶液、硝酸水溶液、硫酸水溶液、リン酸、ギ酸、酢酸、マレイン酸、フマル酸、安息香酸、シュウ酸、クエン酸又はアジピン酸であることが好ましい。上記の場合において、酸性水溶液は、0.1〜3 Mの濃度であることが好ましい。アルカリ性水溶液は、0.1〜3 Mの濃度であることが好ましい。チオ尿素、チオシアン酸アンモニウム及びチオシアン酸ナトリウム水溶液は、0.1〜3 Mの濃度であることが好ましい。キレート化合物の水溶液は、0.01〜0.1 Mの濃度であることが好ましい。
【0068】
有機相が液相の形態の場合、有機相と脱離水溶液との体積比は、1:10〜10:1の範囲であることが好ましく、1:5〜5:1の範囲であることがより好ましい。有機相と脱離水溶液とを接触させる温度は、5〜50℃の範囲であることが好ましい。また、バッチ法の場合、有機相と脱離水溶液とを接触させる時間は、0.5〜48時間の範囲であることが好ましい。
【0069】
有機相が、常温で固体の形態である式Iで表される化合物を含む場合、或いは該化合物が担体に含浸された形態である場合、1 gに対して30〜100 mLの脱離水溶液を使用することが好ましい。有機相と脱離水溶液とを接触させる温度は、5〜50℃の範囲であることが好ましい。また、バッチ法の場合、有機相と脱離水溶液とを接触させる時間は、0.5〜48時間の範囲であることが好ましい。
【0070】
上記の条件で本工程を実施することにより、所望の金属イオンを効率的に回収することが可能となる。
【0071】
式Iで表される化合物は、本工程の終了後、強酸(塩酸又は硝酸など)及び/又は強アルカリ(水酸化ナトリウムなど)で処理して夾雑物を除去することにより、洗浄してもよい。洗浄後の化合物は、本発明の方法に再使用することが出来る。それ故、本発明の方法は、脱離水溶液中に金属を脱離させた後、有機相を強酸及び/又は強アルカリで処理する洗浄工程(工程S3)を含んでもよい。
【0072】
以上のように、本発明の方法を実施することにより、1種以上のベースメタルのイオン及び/又は1種以上の貴金属のイオンを含有する溶液から、金、パラジウム若しくは白金である貴金属のイオン、又はカドミウム若しくは亜鉛であるベースメタルのイオンを選択的に抽出することが可能となる。
【実施例】
【0073】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0074】
<実施例1:1,4-ジ{[ジ(2-エチルヘキシル)カルバモイル]メチル}ピペラジン (DDCMP)の合成>
【化7】
【0075】
0.16 mol (38.6 g)のジ(2-エチルヘキシル)アミンと0.16 mol (16.2 g)のトリエチルアミンとをクロロホルム中で混合し、氷浴中で約4時間撹拌した。この混合溶液に、0.18 mol (19.9 g)のクロロアセチルクロリドを氷浴中で滴下した。滴下後、室温でさらに19時間撹拌した。反応停止後、得られたクロロホルム溶液を蒸留水で十分に洗浄した。このクロロホルム溶液を硫酸ナトリウムで脱水後、クロロホルムを減圧留去して、2-クロロ-N,N-ジ(2-エチルヘキシル)アセトアミド(CDEHAA)を得た。
【0076】
20 mmol (1.72 g)のピペラジンと40 mmol (4.05 g)のトリエチルアミンとを50 cm3のクロロホルムに溶解させ、室温で撹拌しながら、40 mmol (12.7 g)のCDEHAAを滴下した。滴下後、60℃で31時間、撹拌還流を行った。反応時間は、薄層クロマトグラフィー(TLC)により決定した(展開溶媒 ヘキサン:酢酸エチル=5:1)。反応停止後、得られたクロロホルム溶液を食塩水及び塩酸で順次洗浄し、未反応のCDEHAA及びトリエチルアミンを除去した。この時、相分離後の水相のpHが1であることを確認した。相分離したクロロホルム溶液には塩酸が残存しているため、相分離後のpHが7付近になるまで、水酸化ナトリウム及び蒸留水でクロロホルム溶液を洗浄して、塩酸を除去した。クロロホルム溶液を硫酸ナトリウムで脱水し、クロロホルムを減圧留去した。
【0077】
得られた生成物は、茶色の液体だった。収率は80%だった。FT-IR及び1H-NMRにて生成物の構造を決定した。1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS基準): δ=3.26(t, J=3.8Hz, 8H), δ=3.20(s, 4H), δ=2.82(d, 4H), δ=2.56(d, 4H), δ=1.67(m, 4H), δ=1.26(m, 32H), δ=0.90(m, 24H)。
【0078】
<実施例2: DDCMPによる塩酸の抽出実験>
DDCMPはアミド基を有することから塩酸を抽出し得ると考えられるため、DDCMPによる塩酸の抽出実験を行った。抽出実験は全てバッチ法により行った。水相は、それぞれ所定の塩酸濃度(水素イオン濃度:0.1〜8 mol dm-3;塩化物イオン濃度:0.1〜8 mol dm-3)に調整した。有機相は、希釈剤としてトルエンを用い、DDCMP濃度をそれぞれ所定の濃度(0.005又は0.01 mol dm-3のDDCMP濃度)に調整した。各相を共栓つき三角フラスコにとり、30℃の恒温槽中で、24時間振とうした。その後、水相と有機相とを分取し、平衡後の水相塩酸濃度を、水酸化ナトリウム水溶液を用いた中和滴定により求めた。また、平衡後の有機相塩酸濃度は、水酸化カリウム/エタノールを用いた中和滴定により求めた。
【0079】
抽出特性を評価するために、CorgHCl /[RNN]0を用いた。DDCMPによる塩酸の抽出結果を図2に示す。
【0080】
【化8】
【0081】
図2に示すように、DDCMP濃度0.005及び0.01 mol dm-3(5 mM及び10 mM)の時、それぞれのCorgHCl /[RNN]0の値はほぼ一致した。その値は約2へ収束していると考えられることから、抽出剤1分子で塩酸2分子を抽出していると考えられる。
【0082】
<実施例3: DDCMPによる金属イオンの抽出実験>
抽出実験は、全てバッチ法により行った。水相は、約1×10-3 mol dm-3の金(III)、パラジウム(II)、白金(II)、ロジウム(II)、銅(II)、マンガン(II)、ニッケル(II)、カドミウム(II)、亜鉛(II)、コバルト(II)、鉄(II)、インジウム(III)、ガリウム(III)、サマリウム(III)、ユーロピウム(III)及びイットリウム(III)の塩化物塩を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.1〜8 (0.1, 0.2, 0.3など)mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。各相を10 mlずつ共栓つき三角フラスコに分取し、30℃の恒温槽中で、24時間振とうした。その後、水相を分取し、初期金属濃度及び平衡後の水相中の金属濃度を、原子吸光光度計(PERKIN ELMER Aanalyst100)を用いて測定した。また、有機相中の金属濃度は、物質収支により求めた。平衡後のpHは、pHメーター計(東亜電波工業(株)HM-30S)を用いて測定し、平衡後の塩酸濃度は中和滴定により求めた。
【0083】
金属イオンの抽出特性を評価するため、抽出率E及び分配比Dを以下のように定義した。DDCMPによる塩酸溶液からの各種金属イオンの抽出率に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を図3に示す。
【0084】
【化9】
【0085】
図3に示すように、インジウム(III)、ロジウム(III)、銅(II)、ニッケル(II)、鉄(II)、マンガン(II)及びコバルト(II)は、全塩酸領域においてほとんど抽出されなかった。金(III)及び白金(IV)は、塩酸濃度の影響はほとんどなく、全塩酸領域において100 %の高い抽出率を示した。パラジウム(II)は、低塩酸濃度付近では約100 %の高い抽出率を示すが、塩酸濃度が増加すると抽出率は急激に減少し、その後も少しずつ減少していった。ガリウム(III)は、低塩酸濃度ではほとんど抽出されないが、塩酸濃度が5 mol dm-3付近になると約100 %の高い抽出率を示す。これらの結果から、貴金属とロジウム(III)との分離、高塩酸濃度においてインジウム(III)とガリウム(III)との分離、各塩酸濃度においてカドミウム(II)、亜鉛(II)、ニッケル(II)、マンガン(II)及びコバルト(II)の分離が可能であると考えられる。レアアースは、ほとんど抽出されなかった。
【0086】
<実施例4: DDCMPによるカドミウム(II)の抽出平衡到達時間の測定>
カドミウム(II)の抽出平衡到達時間を決定するため、約0.1×10-3mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.3 mol dm-3)を水相として、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を有機相として、それぞれ使用して、抽出率の経時変化を測定した。DDCMPによるカドミウム(II)の抽出平衡到達時間を図4に示す。
図4に示すように、約30分で平衡に到達した。
【0087】
<実施例5: DDCMPによるカドミウムイオンの分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響>
DDCMPがカドミウム(II)に対して高い選択性を示したので、工業的に重要である塩酸溶液からのカドミウム(II)抽出平衡を詳細に検討した。水相は、約0.1×10-3mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.1〜5 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。平衡後の塩酸濃度は、中和滴定により求めた。DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を図5に示す。
【0088】
図5に示すように、塩酸濃度の増加に伴い、分配比は2次の依存性を示し、増加した。
そこで、この影響が塩化物イオンの影響か、或いは水素イオンの影響かを明らかにするために、以下において分配比に及ぼす水素イオン及び塩化物イオンの影響を調べた。
【0089】
<実施例6: DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響>
塩化物イオン濃度を一定にしたときの分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3 mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む各種水素イオン濃度水溶液(水素イオン濃度:0.01〜0.3 mol dm-3;塩化物イオン濃度:0.3 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。水相は、1 mol dm-3 塩酸と塩化リチウムとを混合することによって調製した。平衡後の水素イオン濃度は、中和滴定を用いて測定した。DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を図6に示す。
【0090】
図6に示すように、水素イオン濃度の増加に伴い、分配比は2次の依存性を示し、増加した。
【0091】
<実施例7: DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響>
水素イオン濃度を一定にしたときの分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3 mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む各種塩化物イオン濃度水溶液(塩化物イオン濃度:0.01〜3 mol dm-3;水素イオン濃度:0.1 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。水相は0.1 mol dm-3塩酸を所定の水素イオン濃度となるように加え、それに塩化リチウムを加えることによって塩化物イオン濃度を調整した。DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を図7に示す。
【0092】
図7に示すように、塩化物イオン濃度の増加に伴い分配比は2次の依存性を示し、増加した。
【0093】
<実施例8: DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響>
カドミウム(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.1及び1 mol dm-3)を、有機相は、0.001〜0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を図8に示す。
【0094】
図8に示すように、傾きは2となったことから、カドミウム(II)1分子に対して抽出剤2分子が関与していると考えられる。この場合、DDCMPとCdCl2との錯体の推定構造を図9に示す。
【0095】
<実施例9: DDCMPによる亜鉛(II)の抽出平衡到達時間の測定>
亜鉛(II)の抽出平衡到達時間を決定するため、約0.1×10-3mol dm-3の塩化亜鉛(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.3 mol dm-3)を水相として、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を有機相として、それぞれ使用して、抽出率の経時変化を測定した。DDCMPによる亜鉛(II)の抽出平衡到達時間を図10に示す。
図10に示すように、約30分で平衡に到達した。
【0096】
<実施例10: DDCMPによる亜鉛イオンの分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響>
DDCMPが亜鉛(II)に対して高い選択性を示したので、工業的に重要である塩酸溶液からの亜鉛(II)抽出平衡を詳細に検討した。水相は、約1×10-3 mol dm-3の塩化亜鉛(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.1〜5 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。平衡後の塩酸濃度は、中和滴定により求めた。DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を図11に示す。
【0097】
図11に示すように、塩酸濃度の増加に伴い、分配比は2次の依存性を示し、増加した。
そこで、この影響が塩化物イオンの影響か、或いは水素イオンの影響かを明らかにするために、以下において分配比に及ぼす水素イオン及び塩化物イオンの影響を調べた。
【0098】
<実施例11: DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響>
塩化物イオン濃度を一定にしたときの分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3 mol dm-3の亜鉛(II)を含む各種水素イオン濃度水溶液(水素イオン濃度:0.01〜0.3 mol dm-3;塩化物イオン濃度:1 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。水相は、1 mol dm-3塩酸と塩化リチウムとを混合することによって調製した。平衡後の水素イオン濃度は、中和滴定を用いて測定した。DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を図12に示す。
図12に示すように、分配比は水素イオン濃度に依存していなかった。
【0099】
<実施例12: DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響>
水素イオン濃度を一定にしたときの分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3 mol dm-3の塩化亜鉛(II)を含む各種塩化物イオン濃度水溶液(塩化物イオン濃度:0.01〜3 mol dm-3;水素イオン濃度:0.1 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。水相は0.1 mol dm-3塩酸を所定の水素イオン濃度となるように加え、それに塩化リチウムを加えることによって塩化物イオン濃度を調整した。DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を図13に示す。
【0100】
図13に示すように、塩化物イオン濃度の増加に伴い分配比は2次の依存性を示し、増加した。
【0101】
<実施例13: DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響>
亜鉛(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3mol dm-3の塩化亜鉛(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.1及び1 mol dm-3)を、有機相は、0.001〜0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を図14に示す。
【0102】
図14に示すように、傾きは1となったことから、亜鉛(II)1分子に対して抽出剤1分子が関与していると考えられる。
この場合、DDCMPとZnCl2との錯体の推定構造を図15に示す。
【0103】
<実施例14: カドミウム(II)及び亜鉛(II)の逆抽出実験>
抽出実験は、全てバッチ法により行った。水相は、約0.1×10-3 mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:3 mol dm-3)又は約0.1×10-3 mol dm-3の塩化亜鉛(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:3 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。各相を100 mlずつ共栓つき三角フラスコに分取し、30℃の恒温槽中で、約24時間振とうした。
【0104】
その後、それぞれ水相と有機相とを分取し、分取した有機相10 mlと、所定の濃度の逆抽出剤を含有する水相(脱離水溶液)10 mlとを共栓つき三角フラスコに取り、再び30℃の恒温槽中で、24時間振とうした。初期金属イオン濃度及び平衡後の水相金属イオン濃度は、原子吸光光度計を用いて測定した。また、有機相中の金属イオン濃度は、物質収支により求めた。
【0105】
DDCMPを含む有機相を用いた場合において、種々の逆抽出剤によるカドミウム(II)及び亜鉛(II)の逆抽出率を表1に示す。なお、逆抽出率(%)は、抽出工程で有機相に抽出されたカドミウム(II)又は亜鉛(II)の総量に対する逆抽出された各金属イオンの割合を意味する。
【0106】
【表1】
【0107】
表1に示すように、どの逆抽出剤(脱離水溶液)を用いても、カドミウム(II)及び亜鉛(II)については、ほぼ100%の逆抽出率を示した。このことから、カドミウム(II)及び亜鉛(II)の抽出には、塩化物イオンが必要であることが示唆された。したがって、DDCMPを含む有機相に抽出されたカドミウム(II)及び亜鉛(II)は、これらの逆抽出剤を用いることにより、ほぼ100%回収及び濃縮出来ることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明の抽出剤は、金(III)、パラジウム(II)及び白金(IV)からなる群より選択される貴金属のイオン、又はカドミウム(II)及び亜鉛(II)からなる群より選択されるベースメタルのイオンを選択的に抽出することが出来る。これにより、電子機器の廃棄物又は廃触媒等の貴金属の酸性廃液から金(III)、パラジウム(II)又は白金(IV)を、亜鉛鉱又はニッカド電池の廃溶液からカドミウム(II)又は亜鉛(II)を選択的に回収することが可能となる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属を選択的に吸着する新規ピペラジンアルキル誘導体、該化合物を含有する金属の抽出剤、及び金属の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛は、鋼板のめっき材料に使用される他、マンガン電池又はアルカリ電池等の負極材料にも使用される。カドミウムは、亜鉛と同じ第12族に属する元素であり、亜鉛と同様に鋼板のめっき材料に使用される他、ニッカド電池の負極材料にも使用される。
【0003】
亜鉛は、亜鉛鉱を精錬して製造されるが、亜鉛鉱にはカドミウムが共存していることが多いため、亜鉛鉱から亜鉛を精錬する際に、カドミウムも製造される。このため、亜鉛鉱の精錬時には、亜鉛とカドミウムとを分離・回収する工程が必要となる。
【0004】
亜鉛とカドミウムとは、物理化学的性質が類似しており、随伴して挙動する。このため、通常の分離手段では、亜鉛とカドミウムとを選択的に分離することは困難である。それ故、高純度の亜鉛及び/又はカドミウムを製造するために、より選択性の高い分離手段の開発が必要とされている。
【0005】
特許文献1は、亜鉛を抽出する抽出剤として、ビス−ベンズイミダゾール組成物を記載する。当該文献によれば、上記の組成物を用いることにより、カドミウムを含む亜鉛塩含有液体から亜鉛を抽出することが出来る。
【0006】
特許文献2は、N-置換ピリドン誘導体を有効成分とする亜鉛の選択的抽出剤を記載する。当該文献によれば、亜鉛を含有し、カドミウムが共存している金属溶液からカドミウムを抽出せずに亜鉛を高選択的に抽出することが出来る。
【0007】
特許文献3は、2-エチルヘキシルホスホン酸モノ-2-エチルヘキシルエステルによる溶媒抽出によって亜鉛を抽出する、亜鉛の分離回収方法を記載する。当該文献によれば、高濃度のカドミウムを含有する溶液から亜鉛を効率よく分離することが出来る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5-25139号公報
【特許文献2】特開2007-126716号公報
【特許文献3】特開2008-106348号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、亜鉛とカドミウムとを選択的に分離する手段として、様々な技術が開発されているが、カドミウムを効率よく分離、回収し得る方法は未だ提供されていない。また、亜鉛鉱の湿式精錬における中間材料である硫酸亜鉛水溶液、及びニッカド電池の電極廃液は強酸性水溶液であるため、リン又は硫黄原子を配位子とする抽出剤の場合、抽出剤が酸化により変性し易いという問題も存在した。
【0010】
それ故、本発明は、カドミウム及び亜鉛から選択される1種以上のベースメタルのイオンを含有する溶液から、カドミウム又は亜鉛のイオンを選択的に抽出する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、ピペラジンに脂溶性置換基を導入したピペラジンアルキル誘導体を用いることにより、上記目的を達成出来ることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
【0012】
(1) 式I:
【化1】
[式中、
R1、R2、R3及びR4は、互いに独立して、水素、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであり(但し、R1が水素のとき、R2は水素ではなく、R3が水素のとき、R4は水素ではない);
L1及びL2は、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンである]
で表される化合物。
【0013】
(2) R1、R2、R3及びR4が2-エチル-ヘキサン-1-イルであり、L1及びL2がメチレンである、前記(1)の化合物。
【0014】
(3) 前記(1)又は(2)の化合物を含有する、金属イオンの抽出剤。
【0015】
(4) 金属イオンが金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属イオンである、前記(3)の抽出剤。
【0016】
(5) 金属イオンを含有する水相と前記(1)又は(2)の化合物を含有する有機相とを接触させて、金属イオンを該有機相に抽出する抽出工程を含む、金属イオンの回収方法。
【0017】
(6) 金属イオンが金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属イオンである、前記(5)の方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、カドミウム及び亜鉛から選択される1種以上のベースメタルのイオンを含有する溶液から、カドミウム又は亜鉛のイオンを選択的に抽出する手段を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の金属イオンの回収方法の一実施形態を示す工程図である。
【図2】実施例1の化合物(1,4-ジ{[ジ(2-エチルヘキシル)カルバモイル]メチル}ピペラジン;DDCMP)による塩酸の抽出結果を示す図である。
【図3】実施例1の化合物(DDCMP)による塩酸溶液からの各種金属イオンの抽出率に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を示す図である。
【図4】実施例1の化合物(DDCMP)によるカドミウム(II)の抽出平衡到達時間を示す図である。
【図5】実施例1の化合物(DDCMP)によるカドミウム(II)の分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を示す図である。
【図6】実施例1の化合物(DDCMP)によるカドミウム(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を示す図である。
【図7】実施例1の化合物(DDCMP)によるカドミウム(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を示す図である。
【図8】実施例1の化合物(DDCMP)によるカドミウム(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を示す図である。
【図9】実施例1の化合物(DDCMP)とCdCl2との錯体の推定構造を示す図である。
【図10】実施例1の化合物(DDCMP)による亜鉛(II)の抽出平衡到達時間を示す図である。
【図11】実施例1の化合物(DDCMP)による亜鉛(II)の分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を示す図である。
【図12】実施例1の化合物(DDCMP)による亜鉛(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を示す図である。
【図13】実施例1の化合物(DDCMP)による亜鉛(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を示す図である。
【図14】実施例1の化合物(DDCMP)による亜鉛(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を示す図である。
【図15】実施例1の化合物(DDCMP)とZnCl2との錯体の推定構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
<1. ピペラジンアルキル誘導体>
本発明は、式I:
【化2】
で表される化合物に関する。
【0021】
本明細書において、「アルキル」は、特定の数の炭素原子を含む、直鎖又は分枝鎖の脂肪族炭化水素基を意味する。例えば、「C1-18アルキル」は、少なくとも1個且つ多くても18個の炭素原子を含む、直鎖又は分枝鎖の炭化水素鎖を意味する。好適なアルキルは、限定するものではないが、例えばメチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、sec-ブチル、イソブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、n-ヘキシル、n-ヘプチル、n-オクチル、2-エチルヘキシル、3-メチル-1-イソプロピルブチル、2-メチル-1-イソプロピルブチル、1-tert-ブチル-2-メチルプロピル、n-ノニル、3,5,5-トリメチルヘキシル、デシル、ウンデシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル、ヘキサデシル、ヘプタデシル及びオクタデシル等を挙げることが出来る。
【0022】
本明細書において、「アルケニル」は、前記アルキルの1個以上のC-C単結合が二重結合に置換された基を意味する。好適なアルケニルは、限定するものではないが、例えばビニル、1-プロペニル、アリル、1-メチルエテニル(イソプロペニル)、1-ブテニル、2-ブテニル、3-ブテニル、1-メチル-2-プロペニル、2-メチル-2-プロペニル、1-メチル-1-プロペニル、2-メチル-1-プロペニル、1-ペンテニル、1-ヘキセニル、n-ヘプテニル、1-オクテニル、1-ノネニル、デセニル、ウンデセニル、ドデセニル、トリデセニル、テトラデセニル、ペンタデセニル、ヘキサデセニル、ヘプタデセニル及びオクタデセニル等を挙げることが出来る。
【0023】
本明細書において、「アルキニル」は、前記アルキルの1個以上のC-C単結合が三重結合に置換された基を意味する。好適なアルキニルは、限定するものではないが、例えばエチニル、1-プロピニル、2-プロピニル、1-ブチニル、2-ブチニル、3-ブチニル、1-メチル-2-プロピニル、1-ペンチニル、1-ヘキシニル、1-ヘプチニル、1-オクチニル、1-ノニニル、デシニル、ウンデシニル、ドデシニル、トリデシニル、テトラデシニル、ペンタデシニル、ヘキサデシニル、ヘプタデシニル及びオクタデシニル等を挙げることが出来る。
【0024】
本明細書において、「アリール」は、6〜15の炭素原子数を有する芳香環基を意味する。好適なアリールは、限定するものではないが、例えばフェニル、ナフチル及びアントリル(アントラセニル)等を挙げることが出来る。
【0025】
本明細書において、「アリールアルキル」は、前記アルキルの水素原子の1個が前記アリールに置換された基を意味する。好適なアリールアルキルは、限定するものではないが、例えばベンジル、1-フェネチル及び2-フェネチル等を挙げることが出来る。
【0026】
本明細書において、「アリールアルケニル」は、前記アルケニルの水素原子の1個が前記アリールに置換された基を意味する。好適なアリールアルケニルは、限定するものではないが、例えばスチリル等を挙げることが出来る。
【0027】
上記で説明した基は、それぞれ独立して、非置換であるか、又は1個若しくは複数個のC1-18アルキル、C2-18アルケニル、C2-18アルキニル、C6-15アリール、C7-18アリールアルキル、C8-18アリールアルケニル、C(O)Z(Zは水素、ヒドロキシル、C1-18アルキル、C2-18アルケニル、C2-18アルキニル若しくはNH2である)、OH、Q-C1-18アルキル、Q-C2-18アルケニル、Q-C2-18アルキニル、Q-C6-15アリール、Q-C7-18アリールアルキル(QはO若しくはSである)、ハロゲン、NO2、若しくはNRARB(RA及びRBは、互いに独立して、水素、C1-18アルキル、C2-18アルケニル若しくはC2-18アルキニルである)によって置換することも出来る。
【0028】
なお、本明細書において、「ハロゲン」又は「ハロ」は、フッ素、塩素、臭素又はヨウ素を意味する。
【0029】
本発明者は、式Iで表されるピペラジンアルキル誘導体を用いることにより、ベースメタル(卑金属)のイオン及び貴金属のイオンを含有する塩酸水溶液から貴金属のイオンを選択的に抽出出来ることを見出した。また、ベースメタル(卑金属)のイオン及び貴金属のイオンを含有する塩酸水溶液が低塩酸濃度の場合、該水溶液からカドミウム又は亜鉛のイオンを選択的に抽出出来ることを見出した。式Iで表されるピペラジンアルキル誘導体は、本発明者が見出した新規な化合物である。
【0030】
式Iで表される化合物において、R1、R2、R3及びR4は、互いに独立して、水素、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルである(但し、R1が水素のとき、R2は水素ではなく、R3が水素のとき、R4は水素ではない)ことが好ましく、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであることがより好ましく、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル又はC8-18アルキニルであることが特に好ましく、2-エチル-ヘキサン-1-イルであることがとりわけ好ましい。
【0031】
式Iで表される化合物において、L1及びL2は、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンであることが好ましく、メチレン、エチレン又はプロピレンであることがより好ましく、メチレンであることが特に好ましい。
【0032】
好ましくは、式Iで表される化合物は、R1、R2、R3及びR4が、互いに独立して、水素、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであり(但し、R1が水素のとき、R2は水素ではなく、R3が水素のとき、R4は水素ではない);
L1及びL2が、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンである。
【0033】
より好ましくは、式Iで表される化合物は、R1、R2、R3及びR4が、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであり;
L1及びL2が、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンである。
【0034】
特に好ましくは、式Iで表される化合物は、1,4-ジ{[ジ(2-エチルヘキシル)カルバモイル]メチル}ピペラジン (DDCMP)である。
【0035】
本発明の式Iで表される化合物は、塩又は溶媒和物の形態であってもよい。本明細書において、「式Iで表される化合物」は、該化合物自体だけでなく、その塩又は溶媒和物も意味する。式Iで表される化合物の塩としては、限定するものではないが、例えば塩酸、リン酸、硝酸、硫酸、炭酸、過塩素酸、ギ酸、酢酸、マレイン酸、フマル酸、安息香酸、シュウ酸、クエン酸又はアジピン酸のような無機酸又は有機酸との塩が好ましい。
【0036】
上記のような形態の式Iで表される化合物を用いることにより、ベースメタルのイオン及び/又は貴金属のイオンを含有する水溶液から、金、パラジウム若しくは白金のような特定の貴金属のイオン、又はカドミウム若しくは亜鉛のような特定のベースメタルのイオンを選択的に抽出することが可能となる。
【0037】
<2. ピペラジンアルキル誘導体の製造方法>
本発明はまた、上記で説明した式Iで表される化合物の製造方法に関する。
【0038】
式Iで表される化合物は、式IIa:
【化3】
[式中、R1、R2及びL1は、式Iについて定義したものと同様の意味を表し、X2はハロゲンである]
で表されるハロゲン化アシルアミドと、式IIb:
【化4】
[式中、R3、R4及びL2は、式Iについて定義したものと同様の意味を表し、X2はハロゲンである]
で表されるハロゲン化アシルアミドと、ピペラジンとを反応させてピペラジンをアルキル化するピペラジンアルキル化工程
を含む方法によって製造することが出来る。
【0039】
また、式IIaで表されるハロゲン化アシルアミドは、式IIIa:
【化5】
[式中、L1は、式Iについて定義したものと同様の意味を表し、X1及びX2はハロゲンである]
で表されるハロゲン化アシルハライドと、式IVa:
R1-NH-R2 IVa
[式中、R1及びR2は、式Iについて定義したものと同様の意味を表す]
で表される二級アミンとを反応させて、ハロゲン化アシルハライドをアミド化するアシルアミド化工程
によって、
また、式IIbで表されるハロゲン化アシルアミドは、式IIIb:
【化6】
[式中、L2は、式Iについて定義したものと同様の意味を表し、X1及びX2はハロゲンである]
で表されるハロゲン化アシルハライドと、式IVb:
R3-NH-R4 IVb
[式中、R3及びR4は、式Iについて定義したものと同様の意味を表す]
で表される二級アミンとを反応させて、ハロゲン化アシルハライドをアミド化するアシルアミド化工程
によって、それぞれ製造することが出来る。
【0040】
ピペラジンアルキル化工程は、塩基性条件下で実施されることが好ましい。この場合、使用される塩基は、トリエチルアミン、炭酸カリウム、水酸化ナトリウム、メトキシソーダ又はNaHであることが好ましい。本工程は、クロロホルム、トルエン、キシレン又はTHFのような非プロトン性溶媒存在下で実施することが好ましい。反応温度は、50〜100℃の範囲であることが好ましく、反応時間は、24〜48時間の範囲であることが好ましい。
【0041】
アシルアミド化工程は、塩基性条件下で実施されることが好ましい。この場合、使用される塩基は、トリエチルアミンであることが好ましい。本工程は、クロロホルム、トルエン、キシレン又はTHFのような非プロトン性溶媒存在下で実施することが好ましい。反応温度は、0〜25℃の範囲であることが好ましく、反応時間は、1〜5時間の範囲であることが好ましい。
【0042】
本発明の式Iで表される化合物の製造方法は、ピペラジンアルキル化工程を含む。また、ピペラジンアルキル化工程に加えて、アシルアミド化工程をさらに含んでもよい。
上記の方法により、式Iで表される化合物を製造することが可能となる。
【0043】
<3. 金属イオンの抽出剤>
本明細書において、「ベースメタル」は、非鉄金属のうち、貴金属に含まれない金属を意味し、具体的には、アルミニウム(Al)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)及び鉛(Pb)等の金属、並びにチタン(Ti)、ニッケル(Ni)、カドミウム(Cd)及びタングステン(W)のようなレアメタルを挙げることが出来る。
【0044】
本明細書において、「貴金属」は、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、銀(Ag)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)及び金(Au)を意味する。
【0045】
本発明の金属イオンの抽出剤は、1種以上のベースメタルのイオン及び/又は1種以上の貴金属のイオンを含有する溶液から、金(III)、パラジウム(II)若しくは白金(IV)である貴金属のイオン、又はカドミウム(II)若しくは亜鉛(II)であるベースメタルのイオンを選択的に抽出するために使用することが出来る。より具体的には、金(III)、パラジウム(II)及び/又は白金(IV)を含有する溶液中にロジウム(III)が存在する場合であっても、金(III)、パラジウム(II)又は白金(IV)をそれぞれ選択的に抽出することが出来る。また、カドミウム(II)及び/又は亜鉛(II)を含有する溶液中に、ニッケル(II)、マンガン(II)及び/又はコバルト(II)が存在する場合であっても、カドミウム(II)又は亜鉛(II)をそれぞれ選択的に抽出することが出来る。
【0046】
それ故、本発明の金属イオンの抽出剤は、金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンを選択的に抽出するために使用することが好ましく、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類のベースメタルのイオンを選択的に抽出するために使用することがより好ましい。
【0047】
本発明の金属イオンの抽出剤は、式Iで表される化合物のみを含有してもよく、該化合物に加えて、1種類以上の有機溶媒及び/又は1種類以上の添加剤を含有する希釈剤を更に含有してもよい。有機溶媒としては、限定するものではないが、例えば、トルエン、ベンゼン、キシレン、クロロホルム、1,2-ジクロロエタン、四塩化炭素、n-ヘキサン及びシクロヘキサンを挙げることが出来る。トルエンが好ましい。添加剤としては、限定するものではないが、例えば、2-エチルヘキシルアルコール、オクタノール、デカノール及びノニルフェノールを挙げることが出来る。2-エチルヘキシルアルコールが好ましい。この場合、金属イオンの抽出剤の総質量に対して、5〜20質量%の範囲となるように、添加剤の濃度が設定されることが好ましい。
【0048】
上記のような成分を含有することにより、本発明の金属イオンの抽出剤は、1種以上のベースメタルのイオン及び/又は1種以上の貴金属のイオンを含有する溶液から、金、パラジウム若しくは白金である貴金属のイオン、又はカドミウム若しくは亜鉛であるベースメタルのイオンを選択的に抽出することが可能となる。
【0049】
<4. 金属イオンの回収方法>
通常、金属イオンの酸性水溶液において、金属イオンは酸の共役塩基と中性の錯体又はアニオン性の錯体イオンを形成する。このため、金属イオンは、酸濃度及びpHに依存して、金属イオン及びいくつかの形態の錯体又は錯体イオンからなる平衡状態を形成し得る。
【0050】
本発明の式Iで表される化合物は、アニオンと錯体を形成し得るアミンを有する。本発明者は、1種以上のベースメタルのイオン及び/又は1種以上の貴金属のイオンを含有する水溶液の酸濃度を適宜調整して、該水溶液からなる水相と、本発明の式Iで表される化合物を含有する有機相とを接触させることにより、金(III)、パラジウム(II)若しくは白金(IV)、又はカドミウム(II)若しくは亜鉛(II)を有機相中に選択的に抽出出来ることを見出した。それ故、本発明は、本発明の式Iで表される化合物を用いる金属イオンの回収方法に関する。
【0051】
図1は、本発明の金属イオンの回収方法の一実施形態を示す工程図である。以下、図1に基づき、本発明の方法の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0052】
[3-1. 抽出工程]
本発明の方法は、金属イオンを含有する水相と、式Iで表される化合物(本発明の金属の抽出剤)を含有する有機相とを接触させて、金属イオンを該有機相に抽出する抽出工程(工程S1)を含む。
【0053】
本明細書において、「金属イオンを含有する水相」は、金属イオンを含有する水溶液(水相)を意味する。ここで、上記の金属イオンは、金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンであることが好ましく、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類のベースメタルのイオンであることがより好ましい。上記の金属イオンは、水相中において、1×10-4〜0.1 Mの濃度であることが好ましく、1×10-3〜1×10-2 Mの濃度であることがより好ましい。
【0054】
本工程において使用される水相は、金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンに加え、上記のような貴金属のイオン及びベースメタルのイオンからなる他の金属イオンを含有してもよい。例えば、金(III)、パラジウム(II)及び/又は白金(IV)を含有する水相中にロジウム(III)が存在する場合であっても、金(III)、パラジウム(II)又は白金(IV)をそれぞれ選択的に抽出することが出来る。また、カドミウム(II)及び/又は亜鉛(II)を含有する水相中に、ニッケル(II)、マンガン(II)及び/又はコバルト(II)が存在する場合であっても、カドミウム(II)又は亜鉛(II)をそれぞれ選択的に抽出することが出来る。この場合、他の金属イオンは、それぞれ独立して、1×10-5〜0.1 Mの濃度であることが好ましく、1×10-4〜0.01 Mの濃度であることがより好ましい。かかる水相としては、例えば、亜鉛鉱又はニッカド電池の電極廃液、電子機器の廃棄物、オキソ反応によるアルデヒド製造廃液及び自動車の排ガス触媒などの廃触媒のような金属の酸性廃液、めっき廃液、並びにエッチング廃液などを挙げることが出来る。本工程において使用される水相が他の金属イオンを含有する場合であっても、本発明の方法により、金、パラジウム及び白金からなる群より選択される貴金属のイオン、又はカドミウム及び亜鉛からなる群より選択されるベースメタルのイオンを選択的に抽出することが可能となる。
【0055】
水相中の金属イオンは、通常、酸の共役塩基との塩又は錯体(イオン)の平衡状態で存在する。例えば、カドミウム(II)又は亜鉛(II)を含有する水相が塩酸酸性水溶液の場合、カドミウム(II)は、CdCl2、CdCl3-、CdCl42-、CdCl53-又はCdCl64-のような錯体の形態で、亜鉛(II)は、ZnCl2、ZnCl3-又はZnCl42-のような錯体の形態で、それぞれ存在する。ここで、上記の錯体の形態の金属イオンを含有する水相と、式Iで表される化合物を含有する有機相とを接触させると、式Iで表される化合物のアミノ基がカドミウム(II)又は亜鉛(II)の錯体に配位して新たな錯体を形成し得る。当該錯体は、式Iで表される化合物が有する脂溶性置換基の寄与により有機相中で安定に存在し得るため、カドミウム(II)又は亜鉛(II)を該有機相に抽出することが可能となる。
【0056】
上記のように、水相中の金属イオンは塩又は錯体(イオン)の平衡状態で存在するため、水相の酸濃度に依存してその平衡状態は変化し得る。それ故、水相の酸濃度を適宜調整することにより、ベースメタルのイオン及び貴金属のイオンを含有する水溶液から所望の金属イオンを選択的に抽出することが出来る。
【0057】
水相に含有される酸としては、限定するものではないが、例えば、塩酸、硝酸、硫酸のような鉱酸、ギ酸、酢酸、シュウ酸のような有機酸を挙げることが出来る。塩酸又は硝酸が好ましい。かかる酸は、1種類のみであってもよく、2種類以上の酸からなる混合物であってもよい。上記の酸は、1×10-2〜10 Mの濃度であることが好ましい。
【0058】
より具体的には、本工程に使用される水相は、金(III)を選択的に抽出する場合、0.01〜8 Mの酸を含有することが好ましい。パラジウム(II)を選択的に抽出する場合、0.01〜6 Mの酸を含有することが好ましい。白金(IV)を選択的に抽出する場合、0.01〜6 Mの酸を含有することが好ましい。カドミウム(II)を選択的に抽出する場合、0.01〜8 Mの酸を含有することが好ましい。また、亜鉛(II)を選択的に抽出する場合、0.01〜8 Mの酸を含有することが好ましい。上記の場合、使用する酸は、塩酸又は硝酸が好ましい。
【0059】
本工程において使用される有機相は、本発明の式Iで表される化合物又は金属の抽出剤を含有する。有機相は、液相の形態であってもよく、本発明の式Iで表される化合物を固体の形態で含有するか、或いは該化合物を担体に結合若しくは含浸させた固相の形態であってもよい。
【0060】
有機相が液相の形態の場合には、本発明の式Iで表される化合物、及び場合により上記で説明した1種類以上の有機溶媒及び/又は1種類以上の添加剤を含有する希釈剤を更に含有する溶液又は分散液を有機相として使用し得る。式Iで表される化合物が常温で液体の形態である場合、該化合物をそのまま、又は上記の希釈剤で希釈した形態で使用することが好ましい。この場合、式Iで表される化合物は、0.01〜0.5 Mの濃度であることが好ましい。
【0061】
有機相が固相の形態の場合には、式Iで表される化合物が常温で固体の形態であれば、そのまま水相と接触させることによって使用することが出来る。また、式Iで表される化合物を有機溶媒に溶解し、担体に含浸して使用してもよい。含浸するための担体(樹脂)としては、限定するものではないが、例えば、ポリスチレン樹脂、トリ酢酸セルロース、ポリアクリル酸エステル樹脂や、活性炭、疎水性ゼオライト、シリカ及びポリ塩化ビニル樹脂等を挙げることが出来る。ポリスチレン樹脂、トリ酢酸セルロース、ポリアクリル酸エステル又はポリ塩化ビニル樹脂が好ましい。この場合、式Iで表される化合物は、1〜5 mmol/g担体の範囲で担体に含浸していることが好ましい。
【0062】
本工程において、水相と有機相とを接触させる手段としては、当該技術分野で慣用される様々な手段を使用し得る。有機相が液相の形態の場合、バッチ法又は連続抽出法を使用することが好ましい。また、有機相が固相の形態の場合、バッチ法又はカラム法を使用することが好ましい。
【0063】
有機相が液相の形態の場合、水相と有機相との体積比は、1:10〜10:1の範囲であることが好ましく、1:5〜5:1の範囲であることがより好ましい。水相と有機相とを接触させる温度は、5〜50℃の範囲であることが好ましい。また、バッチ法の場合、水相と有機相とを接触させる時間は、0.5〜48時間の範囲であることが好ましい。
【0064】
有機相が、常温で固体の形態である式Iで表される化合物を含む場合、或いは該化合物が担体に含浸された形態である場合、水溶液中の金属イオン濃度にもよるが、一般的には1 Lの液相に対して1〜5 g程度の有機相を使用することが好ましい。水相と有機相とを接触させる温度は、5〜50℃の範囲であることが好ましい。また、バッチ法の場合、水相と有機相とを接触させる時間は、0.5〜48時間の範囲であることが好ましい。
【0065】
上記の条件で本工程を実施することにより、所望の金属を選択的に有機相に抽出することが可能となる。
【0066】
[3-2. 脱離工程]
本発明の方法は、金属イオンを含有する有機相と水相とを相分離させた後、該有機相と脱離水溶液とを接触させて、有機相から脱離水溶液中に金属イオンを脱離(逆抽出)させる脱離工程(工程S2)を含んでもよい。
【0067】
本工程で使用される脱離水溶液としては、限定するものではないが、例えば、水、塩酸、過塩素酸、硝酸、硫酸、リン酸、ギ酸、酢酸、マレイン酸、フマル酸、安息香酸、シュウ酸、クエン酸及びアジピン酸からなる群より選択される1種以上の酸性水溶液、アンモニア水、水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムからなる群より選択される1種以上のアルカリ性水溶液、チオ尿素、チオシアン酸アンモニウム及びチオシアン酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)のようなキレート化合物、並びにこれらの混合物(例えばチオ尿素及び塩酸の混合物)を挙げることが出来る。金、パラジウム及び白金からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンを逆抽出する場合、アンモニア水、チオ尿素水溶液、チオ尿素及び塩酸の混合水溶液、チオシアン酸アンモニウム、チオシアン酸ナトリウム又はEDTAであることが好ましい。カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンを逆抽出する場合、水、アンモニア水、塩酸水溶液、過塩素酸水溶液、硝酸水溶液、硫酸水溶液、リン酸、ギ酸、酢酸、マレイン酸、フマル酸、安息香酸、シュウ酸、クエン酸又はアジピン酸であることが好ましい。上記の場合において、酸性水溶液は、0.1〜3 Mの濃度であることが好ましい。アルカリ性水溶液は、0.1〜3 Mの濃度であることが好ましい。チオ尿素、チオシアン酸アンモニウム及びチオシアン酸ナトリウム水溶液は、0.1〜3 Mの濃度であることが好ましい。キレート化合物の水溶液は、0.01〜0.1 Mの濃度であることが好ましい。
【0068】
有機相が液相の形態の場合、有機相と脱離水溶液との体積比は、1:10〜10:1の範囲であることが好ましく、1:5〜5:1の範囲であることがより好ましい。有機相と脱離水溶液とを接触させる温度は、5〜50℃の範囲であることが好ましい。また、バッチ法の場合、有機相と脱離水溶液とを接触させる時間は、0.5〜48時間の範囲であることが好ましい。
【0069】
有機相が、常温で固体の形態である式Iで表される化合物を含む場合、或いは該化合物が担体に含浸された形態である場合、1 gに対して30〜100 mLの脱離水溶液を使用することが好ましい。有機相と脱離水溶液とを接触させる温度は、5〜50℃の範囲であることが好ましい。また、バッチ法の場合、有機相と脱離水溶液とを接触させる時間は、0.5〜48時間の範囲であることが好ましい。
【0070】
上記の条件で本工程を実施することにより、所望の金属イオンを効率的に回収することが可能となる。
【0071】
式Iで表される化合物は、本工程の終了後、強酸(塩酸又は硝酸など)及び/又は強アルカリ(水酸化ナトリウムなど)で処理して夾雑物を除去することにより、洗浄してもよい。洗浄後の化合物は、本発明の方法に再使用することが出来る。それ故、本発明の方法は、脱離水溶液中に金属を脱離させた後、有機相を強酸及び/又は強アルカリで処理する洗浄工程(工程S3)を含んでもよい。
【0072】
以上のように、本発明の方法を実施することにより、1種以上のベースメタルのイオン及び/又は1種以上の貴金属のイオンを含有する溶液から、金、パラジウム若しくは白金である貴金属のイオン、又はカドミウム若しくは亜鉛であるベースメタルのイオンを選択的に抽出することが可能となる。
【実施例】
【0073】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0074】
<実施例1:1,4-ジ{[ジ(2-エチルヘキシル)カルバモイル]メチル}ピペラジン (DDCMP)の合成>
【化7】
【0075】
0.16 mol (38.6 g)のジ(2-エチルヘキシル)アミンと0.16 mol (16.2 g)のトリエチルアミンとをクロロホルム中で混合し、氷浴中で約4時間撹拌した。この混合溶液に、0.18 mol (19.9 g)のクロロアセチルクロリドを氷浴中で滴下した。滴下後、室温でさらに19時間撹拌した。反応停止後、得られたクロロホルム溶液を蒸留水で十分に洗浄した。このクロロホルム溶液を硫酸ナトリウムで脱水後、クロロホルムを減圧留去して、2-クロロ-N,N-ジ(2-エチルヘキシル)アセトアミド(CDEHAA)を得た。
【0076】
20 mmol (1.72 g)のピペラジンと40 mmol (4.05 g)のトリエチルアミンとを50 cm3のクロロホルムに溶解させ、室温で撹拌しながら、40 mmol (12.7 g)のCDEHAAを滴下した。滴下後、60℃で31時間、撹拌還流を行った。反応時間は、薄層クロマトグラフィー(TLC)により決定した(展開溶媒 ヘキサン:酢酸エチル=5:1)。反応停止後、得られたクロロホルム溶液を食塩水及び塩酸で順次洗浄し、未反応のCDEHAA及びトリエチルアミンを除去した。この時、相分離後の水相のpHが1であることを確認した。相分離したクロロホルム溶液には塩酸が残存しているため、相分離後のpHが7付近になるまで、水酸化ナトリウム及び蒸留水でクロロホルム溶液を洗浄して、塩酸を除去した。クロロホルム溶液を硫酸ナトリウムで脱水し、クロロホルムを減圧留去した。
【0077】
得られた生成物は、茶色の液体だった。収率は80%だった。FT-IR及び1H-NMRにて生成物の構造を決定した。1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS基準): δ=3.26(t, J=3.8Hz, 8H), δ=3.20(s, 4H), δ=2.82(d, 4H), δ=2.56(d, 4H), δ=1.67(m, 4H), δ=1.26(m, 32H), δ=0.90(m, 24H)。
【0078】
<実施例2: DDCMPによる塩酸の抽出実験>
DDCMPはアミド基を有することから塩酸を抽出し得ると考えられるため、DDCMPによる塩酸の抽出実験を行った。抽出実験は全てバッチ法により行った。水相は、それぞれ所定の塩酸濃度(水素イオン濃度:0.1〜8 mol dm-3;塩化物イオン濃度:0.1〜8 mol dm-3)に調整した。有機相は、希釈剤としてトルエンを用い、DDCMP濃度をそれぞれ所定の濃度(0.005又は0.01 mol dm-3のDDCMP濃度)に調整した。各相を共栓つき三角フラスコにとり、30℃の恒温槽中で、24時間振とうした。その後、水相と有機相とを分取し、平衡後の水相塩酸濃度を、水酸化ナトリウム水溶液を用いた中和滴定により求めた。また、平衡後の有機相塩酸濃度は、水酸化カリウム/エタノールを用いた中和滴定により求めた。
【0079】
抽出特性を評価するために、CorgHCl /[RNN]0を用いた。DDCMPによる塩酸の抽出結果を図2に示す。
【0080】
【化8】
【0081】
図2に示すように、DDCMP濃度0.005及び0.01 mol dm-3(5 mM及び10 mM)の時、それぞれのCorgHCl /[RNN]0の値はほぼ一致した。その値は約2へ収束していると考えられることから、抽出剤1分子で塩酸2分子を抽出していると考えられる。
【0082】
<実施例3: DDCMPによる金属イオンの抽出実験>
抽出実験は、全てバッチ法により行った。水相は、約1×10-3 mol dm-3の金(III)、パラジウム(II)、白金(II)、ロジウム(II)、銅(II)、マンガン(II)、ニッケル(II)、カドミウム(II)、亜鉛(II)、コバルト(II)、鉄(II)、インジウム(III)、ガリウム(III)、サマリウム(III)、ユーロピウム(III)及びイットリウム(III)の塩化物塩を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.1〜8 (0.1, 0.2, 0.3など)mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。各相を10 mlずつ共栓つき三角フラスコに分取し、30℃の恒温槽中で、24時間振とうした。その後、水相を分取し、初期金属濃度及び平衡後の水相中の金属濃度を、原子吸光光度計(PERKIN ELMER Aanalyst100)を用いて測定した。また、有機相中の金属濃度は、物質収支により求めた。平衡後のpHは、pHメーター計(東亜電波工業(株)HM-30S)を用いて測定し、平衡後の塩酸濃度は中和滴定により求めた。
【0083】
金属イオンの抽出特性を評価するため、抽出率E及び分配比Dを以下のように定義した。DDCMPによる塩酸溶液からの各種金属イオンの抽出率に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を図3に示す。
【0084】
【化9】
【0085】
図3に示すように、インジウム(III)、ロジウム(III)、銅(II)、ニッケル(II)、鉄(II)、マンガン(II)及びコバルト(II)は、全塩酸領域においてほとんど抽出されなかった。金(III)及び白金(IV)は、塩酸濃度の影響はほとんどなく、全塩酸領域において100 %の高い抽出率を示した。パラジウム(II)は、低塩酸濃度付近では約100 %の高い抽出率を示すが、塩酸濃度が増加すると抽出率は急激に減少し、その後も少しずつ減少していった。ガリウム(III)は、低塩酸濃度ではほとんど抽出されないが、塩酸濃度が5 mol dm-3付近になると約100 %の高い抽出率を示す。これらの結果から、貴金属とロジウム(III)との分離、高塩酸濃度においてインジウム(III)とガリウム(III)との分離、各塩酸濃度においてカドミウム(II)、亜鉛(II)、ニッケル(II)、マンガン(II)及びコバルト(II)の分離が可能であると考えられる。レアアースは、ほとんど抽出されなかった。
【0086】
<実施例4: DDCMPによるカドミウム(II)の抽出平衡到達時間の測定>
カドミウム(II)の抽出平衡到達時間を決定するため、約0.1×10-3mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.3 mol dm-3)を水相として、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を有機相として、それぞれ使用して、抽出率の経時変化を測定した。DDCMPによるカドミウム(II)の抽出平衡到達時間を図4に示す。
図4に示すように、約30分で平衡に到達した。
【0087】
<実施例5: DDCMPによるカドミウムイオンの分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響>
DDCMPがカドミウム(II)に対して高い選択性を示したので、工業的に重要である塩酸溶液からのカドミウム(II)抽出平衡を詳細に検討した。水相は、約0.1×10-3mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.1〜5 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。平衡後の塩酸濃度は、中和滴定により求めた。DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を図5に示す。
【0088】
図5に示すように、塩酸濃度の増加に伴い、分配比は2次の依存性を示し、増加した。
そこで、この影響が塩化物イオンの影響か、或いは水素イオンの影響かを明らかにするために、以下において分配比に及ぼす水素イオン及び塩化物イオンの影響を調べた。
【0089】
<実施例6: DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響>
塩化物イオン濃度を一定にしたときの分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3 mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む各種水素イオン濃度水溶液(水素イオン濃度:0.01〜0.3 mol dm-3;塩化物イオン濃度:0.3 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。水相は、1 mol dm-3 塩酸と塩化リチウムとを混合することによって調製した。平衡後の水素イオン濃度は、中和滴定を用いて測定した。DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を図6に示す。
【0090】
図6に示すように、水素イオン濃度の増加に伴い、分配比は2次の依存性を示し、増加した。
【0091】
<実施例7: DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響>
水素イオン濃度を一定にしたときの分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3 mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む各種塩化物イオン濃度水溶液(塩化物イオン濃度:0.01〜3 mol dm-3;水素イオン濃度:0.1 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。水相は0.1 mol dm-3塩酸を所定の水素イオン濃度となるように加え、それに塩化リチウムを加えることによって塩化物イオン濃度を調整した。DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を図7に示す。
【0092】
図7に示すように、塩化物イオン濃度の増加に伴い分配比は2次の依存性を示し、増加した。
【0093】
<実施例8: DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響>
カドミウム(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.1及び1 mol dm-3)を、有機相は、0.001〜0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。DDCMPによるカドミウム(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を図8に示す。
【0094】
図8に示すように、傾きは2となったことから、カドミウム(II)1分子に対して抽出剤2分子が関与していると考えられる。この場合、DDCMPとCdCl2との錯体の推定構造を図9に示す。
【0095】
<実施例9: DDCMPによる亜鉛(II)の抽出平衡到達時間の測定>
亜鉛(II)の抽出平衡到達時間を決定するため、約0.1×10-3mol dm-3の塩化亜鉛(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.3 mol dm-3)を水相として、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を有機相として、それぞれ使用して、抽出率の経時変化を測定した。DDCMPによる亜鉛(II)の抽出平衡到達時間を図10に示す。
図10に示すように、約30分で平衡に到達した。
【0096】
<実施例10: DDCMPによる亜鉛イオンの分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響>
DDCMPが亜鉛(II)に対して高い選択性を示したので、工業的に重要である塩酸溶液からの亜鉛(II)抽出平衡を詳細に検討した。水相は、約1×10-3 mol dm-3の塩化亜鉛(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.1〜5 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。平衡後の塩酸濃度は、中和滴定により求めた。DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす平衡塩酸濃度の影響を図11に示す。
【0097】
図11に示すように、塩酸濃度の増加に伴い、分配比は2次の依存性を示し、増加した。
そこで、この影響が塩化物イオンの影響か、或いは水素イオンの影響かを明らかにするために、以下において分配比に及ぼす水素イオン及び塩化物イオンの影響を調べた。
【0098】
<実施例11: DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響>
塩化物イオン濃度を一定にしたときの分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3 mol dm-3の亜鉛(II)を含む各種水素イオン濃度水溶液(水素イオン濃度:0.01〜0.3 mol dm-3;塩化物イオン濃度:1 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。水相は、1 mol dm-3塩酸と塩化リチウムとを混合することによって調製した。平衡後の水素イオン濃度は、中和滴定を用いて測定した。DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす水素イオン濃度の影響を図12に示す。
図12に示すように、分配比は水素イオン濃度に依存していなかった。
【0099】
<実施例12: DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響>
水素イオン濃度を一定にしたときの分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3 mol dm-3の塩化亜鉛(II)を含む各種塩化物イオン濃度水溶液(塩化物イオン濃度:0.01〜3 mol dm-3;水素イオン濃度:0.1 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。水相は0.1 mol dm-3塩酸を所定の水素イオン濃度となるように加え、それに塩化リチウムを加えることによって塩化物イオン濃度を調整した。DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす塩化物イオン濃度の影響を図13に示す。
【0100】
図13に示すように、塩化物イオン濃度の増加に伴い分配比は2次の依存性を示し、増加した。
【0101】
<実施例13: DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響>
亜鉛(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を調べた。水相は、約0.1×10-3mol dm-3の塩化亜鉛(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:0.1及び1 mol dm-3)を、有機相は、0.001〜0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。DDCMPによる亜鉛(II)の分配比に及ぼす抽出剤濃度の影響を図14に示す。
【0102】
図14に示すように、傾きは1となったことから、亜鉛(II)1分子に対して抽出剤1分子が関与していると考えられる。
この場合、DDCMPとZnCl2との錯体の推定構造を図15に示す。
【0103】
<実施例14: カドミウム(II)及び亜鉛(II)の逆抽出実験>
抽出実験は、全てバッチ法により行った。水相は、約0.1×10-3 mol dm-3の塩化カドミウム(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:3 mol dm-3)又は約0.1×10-3 mol dm-3の塩化亜鉛(II)を含む塩酸水溶液(塩酸濃度:3 mol dm-3)を、有機相は、0.01 mol dm-3のDDCMPを含むトルエン溶液を、それぞれ使用した。各相を100 mlずつ共栓つき三角フラスコに分取し、30℃の恒温槽中で、約24時間振とうした。
【0104】
その後、それぞれ水相と有機相とを分取し、分取した有機相10 mlと、所定の濃度の逆抽出剤を含有する水相(脱離水溶液)10 mlとを共栓つき三角フラスコに取り、再び30℃の恒温槽中で、24時間振とうした。初期金属イオン濃度及び平衡後の水相金属イオン濃度は、原子吸光光度計を用いて測定した。また、有機相中の金属イオン濃度は、物質収支により求めた。
【0105】
DDCMPを含む有機相を用いた場合において、種々の逆抽出剤によるカドミウム(II)及び亜鉛(II)の逆抽出率を表1に示す。なお、逆抽出率(%)は、抽出工程で有機相に抽出されたカドミウム(II)又は亜鉛(II)の総量に対する逆抽出された各金属イオンの割合を意味する。
【0106】
【表1】
【0107】
表1に示すように、どの逆抽出剤(脱離水溶液)を用いても、カドミウム(II)及び亜鉛(II)については、ほぼ100%の逆抽出率を示した。このことから、カドミウム(II)及び亜鉛(II)の抽出には、塩化物イオンが必要であることが示唆された。したがって、DDCMPを含む有機相に抽出されたカドミウム(II)及び亜鉛(II)は、これらの逆抽出剤を用いることにより、ほぼ100%回収及び濃縮出来ることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明の抽出剤は、金(III)、パラジウム(II)及び白金(IV)からなる群より選択される貴金属のイオン、又はカドミウム(II)及び亜鉛(II)からなる群より選択されるベースメタルのイオンを選択的に抽出することが出来る。これにより、電子機器の廃棄物又は廃触媒等の貴金属の酸性廃液から金(III)、パラジウム(II)又は白金(IV)を、亜鉛鉱又はニッカド電池の廃溶液からカドミウム(II)又は亜鉛(II)を選択的に回収することが可能となる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式I:
【化1】
[式中、
R1、R2、R3及びR4は、互いに独立して、水素、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであり(但し、R1が水素のとき、R2は水素ではなく、R3が水素のとき、R4は水素ではない);
L1及びL2は、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンである]
で表される化合物。
【請求項2】
R1、R2、R3及びR4が2-エチル-ヘキサン-1-イルであり、L1及びL2がメチレンである、請求項1の化合物。
【請求項3】
請求項1又は2の化合物を含有する、金属イオンの抽出剤。
【請求項4】
金属イオンが金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンである、請求項3の抽出剤。
【請求項5】
金属イオンを含有する水相と請求項1又は2の化合物を含有する有機相とを接触させて、金属イオンを該有機相に抽出する抽出工程を含む、金属イオンの回収方法。
【請求項6】
金属イオンが金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンである、請求項5の方法。
【請求項1】
式I:
【化1】
[式中、
R1、R2、R3及びR4は、互いに独立して、水素、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C8-18アルキル、C8-18アルケニル若しくはC8-18アルキニル、又は置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C7-18アリールアルキル若しくはC8-18アリールアルケニルであり(但し、R1が水素のとき、R2は水素ではなく、R3が水素のとき、R4は水素ではない);
L1及びL2は、互いに独立して、置換若しくは非置換の直鎖若しくは分岐鎖状C1-5アルキレン、C2-5アルケニレン若しくはC2-5アルキニレンである]
で表される化合物。
【請求項2】
R1、R2、R3及びR4が2-エチル-ヘキサン-1-イルであり、L1及びL2がメチレンである、請求項1の化合物。
【請求項3】
請求項1又は2の化合物を含有する、金属イオンの抽出剤。
【請求項4】
金属イオンが金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンである、請求項3の抽出剤。
【請求項5】
金属イオンを含有する水相と請求項1又は2の化合物を含有する有機相とを接触させて、金属イオンを該有機相に抽出する抽出工程を含む、金属イオンの回収方法。
【請求項6】
金属イオンが金、パラジウム、白金、カドミウム及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種類の金属のイオンである、請求項5の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2013−95692(P2013−95692A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−239158(P2011−239158)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者:日本化学会九州支部、有機合成化学協会九州山口支部、電気化学会九州支部、日本分析化学会九州支部、高分子学会九州支部、繊維学会西部支部、日本農芸化学会西日本支部、化学工学会九州支部 刊行物名:第48回 化学関連支部合同九州大会 外国人研究者交流国際シンポジウム 講演予稿集 掲載頁:173頁(6_8.044) 刊行物発行年月日:2011年7月9日
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者:日本化学会九州支部、有機合成化学協会九州山口支部、電気化学会九州支部、日本分析化学会九州支部、高分子学会九州支部、繊維学会西部支部、日本農芸化学会西日本支部、化学工学会九州支部 刊行物名:第48回 化学関連支部合同九州大会 外国人研究者交流国際シンポジウム 講演予稿集 掲載頁:173頁(6_8.044) 刊行物発行年月日:2011年7月9日
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】
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