説明

ピロリ菌増殖抑制効果の予測方法

【課題】フェニル N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体の化合物構造情報を用いて,ピロリ菌の実験ロットに関係なくピロリ菌増殖抑制効果を予測するシステムを提供する.
【解決手段】基準とするピロリ菌増殖抑制効果データから得るフェニル N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体の相対ピロリ菌増殖抑制効果データ及び化合物構造情報を基に,多変量解析を用いてピロリ菌増殖抑制効果のモデルを構築し,さらに遺伝的アルゴリズムを用いてモデルの最適化を行う.これにより,ピロリ菌増殖抑制効果に対する化合物構造情報の寄与度を決定し,これを基にピロリ菌増殖抑制効果の予測を行い,ピロリ菌増殖抑制効果の高い薬剤の開発が可能となる.

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,ピロリ菌増殖抑制効果データを用いて化合物の構造情報を選択するための方法,及びそれにより選択された規定因子を用いて未知化合物におけるピロリ菌増殖抑制効果を予測するための方法に関する.本発明は特にピロリ菌増殖抑制効果データと化合物の構造情報との相関関係を明らかにすることで,ピロリ菌増殖抑制効果に大きく寄与する化合物構造情報を特定し,さらに未知化合物におけるピロリ菌増殖抑制効果を化合物の構造情報を基に予測する方法に関する.
【背景技術】
【0002】
ヘリコバクターピロリ菌(Helicobacter pylori)は,慢性胃炎患者の胃粘膜から分離培養されたグラム陰性のらせん菌である(非特許文献1).このようなピロリ菌は,慢性胃炎や消化性潰瘍だけでなく,胃癌や胃悪性リンパ腫等の重篤な胃疾患の発症にも密接に関連していることが明らかとなっている(非特許文献2).
ピロリ菌感染者は世界人口の半数にも達すると言われているが,全ての感染者が重篤な胃疾患に進展するわけではない.この事実は,ピロリ菌感染から防御する機構が胃粘膜自体に備わることを,示唆している.
ピロリ菌は,胃粘膜の表層から分泌される表層粘液内に棲息するが,粘膜中ないし粘膜深層から分泌される腺粘液中に棲息していない.この腺粘液は,N−アセチルグルコサミンα残基(αGlcNAc残基)とガラクトース残基(Gal残基)とを有するGlcNAcα1→4Galβ残基含有O-グリカンの糖鎖を特徴的に含んでいる.そのため,この糖鎖は,胃粘膜をピロリ菌感染から防御しているという可能性が,示唆されている.
【0003】
非特許文献3には,ピロリ菌増殖に対するαGlcNAc残基の影響について記載されている.αGlcNAc結合を非還元末端に持つコア2分岐型O-グリカン(GlcNAcα1→4Galβ1→4GlcNAcβ1→6(GlcNAcα1→4Galβ1→3)GalNAc)が結合した糖タンパク質類は,ピロリ菌の増殖や運動能を著しく抑制し,同時に菌体の伸長や輪郭の不整・断片化等の著しい変化を起こす旨,記載されている.これら一連の変化は,αGlcNAc残基を持たないO-グリカンでは認めらない.また,前記のαGlcNAc残基を有する糖鎖が存在している時のピロリ菌の形態観察から推察したとおり,菌体の細胞表層にあるグリコシルコレステロール成分(CGL)が有意に減少しているとも記載されている.
ピロリ菌は,CGLを必須とするが,自らCGLを合成できない(非特許文献4).このためピロリ菌は,外界からコレステロールを摂取し,菌の細胞膜付近でグルコースを付加して細胞壁を構築すると,考えられている.前記のαGlcNAc残基を有する糖鎖には,この細胞壁の構築を阻害する性質があると推察される.また,特願2006-070727には,N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体によるピロリ菌増殖抑制効果について開示されている.
【0004】
ピロリ菌の増殖阻害に関する化合物の構造活性相関の試みとしては,ウレアーゼ阻害剤に関し行われている(非特許文献5,6).しかし,CGL合成阻害メカニズムによるピロリ菌増殖抑制効果に関して構造活性相関は検討されていない.前記のN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体のピロリ菌増殖抑制効果は,化合物の大きさなど一つの化合物構造情報を用いた場合には,ピロリ菌増殖抑制効果と化合物構造情報における相関関係が悪くピロリ菌増殖抑制効果を予測することはできない.生物活性と化合物の構造との相関関係については,Hansh-Fujita法による疎水性因子,電子的因子によるモデル構築が行われている(非特許文献7).一般に,非常の多くの化合物構造情報データを用いて重回帰分析などの多変量解析を行った場合には予測性が悪く,有効な予測を行うことは難しい.このため適切なモデルを作成するためには必要な化合物構造情報のみを選択してモデル式を作成する必要がある.必要な因子を選択する試みとして,カルシウムチャンネルアンタゴニストの定量的構造活性相関において,遺伝的アルゴリズム(genetic algorithm;GA)と部分最小二乗法(PLS)をリンクする試みがなされている(非特許文献8).また,GAを用いて生理活性ペプチドを選択する試み(特許文献2,非特許文献9)も行われている.しかし,ピロリ菌増殖抑制効果はインビボ環境で試験されているが,実験ロットの違いによりピロリ菌の増殖活性が異なるため,一概に実験ロットの異なるピロリ菌増殖抑制効果を同様に比較することができない問題があり,従来の方法を適用するのみでは,化合物のピロリ菌増殖抑制効果を予測することが困難であった.
【非特許文献1】Marshall BJ, Warren JR. Lancet 1984; I:1311-1315.
【非特許文献2】Peek RM Jr, Blaser MJ. Nature. Rev. Cancer 2002; 2: 28-37.
【非特許文献3】Kawakubo M., et al. Science 2004; 305: 1003-1006.
【非特許文献4】Hirai Y., et al. J. Bacteriol. 1995; 177: 5327-5333.
【非特許文献5】K・hler C. T., et al. J. Med. Chem. 1995; 38: 4906-4916.
【非特許文献6】Mishra H., et al. Antimicrob. agents chemother. 2002; 46: 2613-2618.
【非特許文献7】Hansch C., et al. Nature 1962; 194: 178-180.
【非特許文献8】Hasegawa K., et al. J. Chem. inf. Comput. Sci. 1997; 37: 306-310.
【非特許文献9】Yokobayashi Y., et al. J. Chem. Soc. Perkin Trans. 1, 1996; 20: 2435-2437.
【特許文献1】WO98/04580
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は,前記の課題を解決するためになされたもので,フェニル N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体の化合物構造情報を用いて,ピロリ菌の実験ロットに関係なくピロリ菌増殖抑制効果を予測するシステムを提供することを目的とする.
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは,ピロリ菌増殖抑制効果の実験の結果を鋭意検討し,本発明に到達した.すなわち,本発明は,下記化学式(1)
GlcNAc-α-O-Y ・・・(1)
(式(1)中,Yは,アルキル基,アルコキシル基,アルケニル基,アルキニル基,アラルキル基,アリール基,ヘテロアリール基,カルボキシル基,アルコキシカルボニル基,水酸基,スルホン基,アミノ基,アルキルアミノ基,アミド基,アミノカルボニル基,ハロゲン基,シアノ基,メルカプト基,及びスルフィド基から選ばれる置換基を有していてもよい芳香環含有基を示す.)
で表されることを特徴とする化学式(1)をピロリ菌増殖抑制剤とし,その化合物構造情報からピロリ菌増殖抑制効果を予測するモデルを構築するための方法であって,以下の工程を含む方法である.
(a) ピロリ菌増殖抑制効果データを取得する工程.
(b) 化合物構造情報を取得する工程.
(c) 工程(a)で得たデータ及び工程(b)で得たデータを用いてPLSによるモデル構築を行う工程.
(d) 工程(c)で得られた予測モデルについて,さらに工程(b)及び工程(c)を任意の回数繰り返すことにより,ピロリ菌増殖抑制効果のより高いモデルを探索する工程.
【0007】
また,ピロリ菌増殖抑制効果を予測するコンピュータ装置であって,以下の手順を含む装置により,行うことができる.
(a)前記の方法で構築されたモデルにおけるピロリ菌増殖抑制効果データと化合物構造情報との関係を示すパラメータを記憶する手段
(b)該モデルにおけるピロリ菌増殖抑制効果データを入力する手段
(c)該モデルにおけるピロリ菌増殖抑制効果データを記憶する手段
(d)該パラメータ(モデル係数)及び化合物構造情報から該モデルに従ってピロリ菌増殖抑制効果を予測演算する手段
(e)予測演算されたピロリ菌増殖抑制効果の値を記憶する手段
(f)該演算されたピロリ菌増殖抑制効果の値より導出した結果を出力する手段
【発明の効果】
【0008】
N−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体は,ピロリ菌の増殖を抑制して,抗菌的に作用するというものである.これらの糖誘導体は,抗生物質投与時のような耐性菌出現の恐れがない.これら糖誘導体のピロリ菌増殖抑制効果を精度良く予測できれば,新しい薬剤開発に有効な方法を提供できる.
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は,実験ロットの異なるピロリ菌の増殖抑制効果データを得るための方法,及びピロリ菌の増殖抑制効果データを用いてピロリ菌増殖抑制効果を規定する化合物構造情報を選択するための方法,選択された化合物構造情報を得るための方法を提供する.また本発明は,上記より選択された化合物構造情報を用いて未知化合物におけるピロリ菌増殖抑制効果を予測するための方法,及びピロリ菌増殖抑制効果を予測するためのコンピュータ装置を提供する.本発明の方法により,未知化合物を分類したり,ピロリ菌増殖抑制効果に基づく新規薬剤開発の策定支援が可能となる.本発明は特に,ピロリ菌増殖抑制効果と化合物の構造情報の相関関係を明らかにすることで,薬剤のピロリ菌増殖抑制効果に大きく寄与する化合物構造情報を特定し,さらに増殖抑制効果未知の化合物における該薬剤のピロリ菌増殖抑制効果を化合物構造情報を基に予測する方法を提供する.
【0010】
以下,本発明の実施例を詳細に説明するが,本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない.
本発明のN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体は,前記化学式(1)のとおりGlcNAc-α-O-Yで示され,Yが置換基を有していてもよい芳香環含有基であるというもので,N−アセチルグルコサミン(GlcNAc)基がαで結合した構造を持っている.このN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体は,脂質であることが好ましい.
その芳香環含有基は,フェニル基;ベンジル基やフェネチル基のようなアラルキル基が好ましく,フェニル基,ベンジル基であると一層好ましい.
その芳香環含有基が有していてもよい置換基は,炭素数1〜24のアルキル基;炭素数1〜24のアルコキシル基,アルケニル基,アルキニル基;ベンジル基のようなアラルキル基;フェニル基のようなアリール基;ヘテロアリール基;カルボキシル基;前記と同様なアルコキシル基を有するアルコキシカルボニル基;水酸基;スルホン基;アミノ基;前記と同様なアルキル基を有するアルキルアミノ基;アミド基;アミノカルボニル基;フルオロ基やクロロ基やブロモ基のようなハロゲン基;メルカプト基;前記と同様なアルキル基やアリール基やアラルキル基を有するスルフィド基が挙げられる.
【0011】
ピロリ菌増殖抑制効果の値については,化学式(1)の化合物濃度の異なる条件におけるピロリ菌増殖抑制効果について,化学式(1)の化合物を加えないネガティブコントロールとの比較から,対数増殖期における抑制率を算出した.また,各濃度において化合物が用量依存性にピロリ菌を増殖抑制するデータを基に,特定の化合物を基準とした相対活性値としてピロリ菌増殖抑制効果の値を導き出すことができる.したがって実験ロットの違いによるピロリ菌の増殖活性の誤差を解消することができた.
【0012】
化合物構造情報を使って特定化合物のピロリ菌増殖抑制効果を定量的に予測する技術を開発することは薬剤開発において不可欠であるが,これまでそれを可能とする方法は開発されていなかった.本発明者らは,多変量解析手法を駆使し,ピロリ菌増殖抑制効果と化合物構造情報との相関関係を定量的に明らかにし,ピロリ菌増殖抑制効果未知検体のピロリ菌増殖抑制効果を精度良く予測するモデルの開発を行った.この目的を達成するために本発明者らは,計量経済学及び計量化学で使用されてきた重回帰分析や新しい多変量解析であるPLSを用いた.この新しい解析法は,化合物の分配係数,分子量などの構造データ,及びピロリ菌増殖抑制効果のそれぞれに対して主成分を導き,この2つの主成分に対してあらためて単回帰分析を実施するものである.主成分を用いることにより,i) 化合物構造情報データが互いに独立でない,ii) 化合物構造情報データがピロリ菌増殖抑制効果検体数と比較して圧倒的に多い,といった統計的制約条件を回避することが可能であった.実施例において本発明者らは,具体的には,各種化合物のピロリ菌増殖抑制効果をインビトロ環境において実測し,これらのデータをPLSにより解析した.
【0013】
更に本発明者らは,ピロリ菌増殖抑制効果に対して寄与度の高い化合物構造情報群を選択しPLSモデルを再構築することにより,少ない化合物構造情報数で高精度のピロリ菌増殖抑制効果予測を行う系の開発を行った.このために本発明者らはGAを用いてモデル再構築を行った. GAは最近工学分野で利用されている最適化手法で,PLSモデルの統計量であるQ2値を最大にし,かつ選択化合物構造情報の数が最小になる化合物構造情報の組み合わせを網羅的に探索できる.GA法では,まず適当な母集団を作成し,評価関数(この場合,Q2値を最大にしかつ選択化合物構造情報の数が最小になる関数)で集団のメンバーをそれぞれ評価し,高い評価値を持つメンバーを選択し,選択,交差,及び変異の操作を適用し,高い評価値をもつ別のメンバーを人工的に作成した.そして,これらの操作を繰り返し,最終的に高い評価値からなる集団を形成した.GAによりQ2値は顕著に増加し,かつ化合物構造情報数を減少させることに成功した.
【0014】
さらに,Q2値の高い化合物構造情報群において外部データによる検証を行い,上記過程を繰り返すことで,多くの化合物のピロリ菌増殖抑制効果を予測することができる化合物構造情報群を選択した.
このように,本発明の方法により,化合物構造情報からピロリ菌増殖抑制効果の規定に関して寄与度の高い化合物構造情報群のみを選択することができた.また,PLSで構築したモデルにおいては,主成分から元の化合物構造情報へ変換が可能であるので,通常の重回帰分析と同様に各化合物構造情報に対する係数(寄与度)を定量的に得ることができる.この係数値を用いて,ピロリ菌増殖抑制効果未知検体の化合物構造情報に基づき,ピロリ菌増殖抑制効果の予測を行った.その結果,計算された予測値は,実際に実験的に決定したピロリ菌増殖抑制効果の度合いと極めて近いものであることが確認された.
【0015】
このように本発明者らは,PLSを用いた化合物構造情報データ及びピロリ菌増殖抑制効果データの解析に基づき,ピロリ菌増殖抑制効果規定に関して寄与度の高い化合物構造情報を選択し,さらにこれらの化合物構造情報を用いてピロリ菌増殖抑制効果の度合いを定量的に予測することに成功した.本発明の方法を用いれば,薬剤に対するピロリ菌増殖抑制効果を規定する重要な化合物構造情報を選択することが可能となる.そして選択された化合物構造情報を測定または計算することにより,任意の検体におけるピロリ菌増殖抑制効果を定量的に予測することができる.本発明のピロリ菌増殖抑制効果の予測方法は,例えばある薬剤が対象とするピロリ菌の増殖抑制に有効であるかを予測するために有用である.また本発明の方法は,例えば未知の検体をピロリ菌増殖抑制効果の予測値に基づき分類するために有用である.
【0016】
本発明のモデル構築においては,ピロリ菌増殖抑制効果データを取得した化合物において,化合物の構造情報を取得する.本発明のモデル構築のためには化合物構造情報データは多いほどよいが,少なくとも2以上の化合物構造情報データ,好ましくは5以上の化合物構造情報データが用いられる.
化合物構造情報データは任意の方法により取得して良く,例えば核磁気共鳴スペクトルの共鳴周波数などの分光学的データ,あるいは分配係数,融点などの物理化学的データ,さらには分子軌道計算により得られる分子軌道のエネルギー値,原子上の電子密度や分子体積などのデータ,各種科学技術プログラムに搭載されている分子屈折,分配係数などの推算値などにより取得することができる.好適には,多数の化合物構造情報を網羅的に可能な方法により取得する.
【0017】
上記のように取得したピロリ菌増殖抑制効果及び化合物構造情報データから,PLSを用いてモデル構築を行う.解析に用いるデータは多いほどよいが,ピロリ菌増殖抑制効果データ数は,少なくとも3以上であり,好ましくは5以上である.これらのデータを本発明に従って解析することにより,特定の化合物とピロリ菌増殖抑制効果の相関関係を明らかにすることができ,解析で得られる各化合物構造情報に対する係数(寄与度)からどの化合物構造情報が重要であるかを定量的に推定することができる.さらに,解析で得られる化合物構造情報に対する係数値を利用して,未知化合物における化合物構造情報データからピロリ菌増殖抑制効果を予測することができる.
【0018】
モデル構築に当たっては,多数の化合物構造情報データから,モデル構築に用いるデータを選択することが好ましい.例えば以下のようにデータ解析に用いる化合物構造情報を選別できる.
i) データの前処理
ii) 統計処理
iii) 化合物構造情報の選択によるモデル最適化
iv) ピロリ菌増殖抑制効果の予測
【0019】
本発明のピロリ菌増殖抑制効果予測は,コンピュータを用いて行うことができる.例えば,モデルから導き出される化合物構造情報とピロリ菌増殖抑制効果の関係式を用いてコンピュータにより化合物構造情報データから増殖抑制効果を予測し,結果を表示させることができる.すなわち本発明は,化合物の増殖抑制効果を予測するコンピュータ装置であって,以下の手段を含む装置を提供する.
(a) 該モデルにおける化合物構造情報データを入力する手段
(b) 該化合物構造情報データを記憶する手段
(c) 該化合物構造情報データ及び該パラメータ(モデル係数)から該モデルに従って増殖抑制効果を予測演算する手段
(d) 予測演算された増殖抑制効果の値を記憶する手段
(e) 該演算された増殖抑制効果又は該増殖抑制効果より導出した結果を出力する手段
【0020】
上記の「パラメータ」とは,PLSにより構築されたモデルから導き出された化合物構造情報データと増殖抑制効果との関係式における定数を言う.
【0021】
また,本発明は,上記本発明の増殖抑制効果予測方法を実行するためのコンピュータプログラムに関する.このコンピュータプログラムは,化合物構造情報データから,特定の化合物の増殖抑制効果の予測値を算出させるものである.さらに本発明は,上記コンピュータプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体を提供する.本発明の記録媒体は,コンピュータが読み取り可能なものであれば特に制限されず,可搬型及び固定型の両方の媒体が含まれる.
【0022】
本発明の上記コンピュータ装置の好ましい態様は,増殖抑制効果予測方法を実行するためのプログラムがハードディスク等の補助記憶装置に格納されたコンピュータ装置である.このコンピュータ装置には,増殖抑制効果予測方法を実行するためのプログラムを制御するための別のプログラムをさらに含んでいてもよい.
【0023】
本発明のコンピュータ装置の構成の一例を図3に示す.入力手段,出力手段,メモリ,及び中央演算装置(CPU)がバス線を介して接続されている.メモリには本発明の処理(タスク)を実行するための各種プログラムが格納されている.また,演算に必要なパラメータが格納されている.CPUは,これらのプログラムの命令を受けて各種演算を行う.このプログラムは,化合物構造情報データ及び上記パラメータを基に増殖抑制効果の予測演算を行うプログラム,及びこのプログラムを制御するための別のプログラムが含まれている.また,予測演算の結果を画像データに加工したり,予測値を基に化合物の分類や候補を選択するプログラムが含まれていてよい.これらプラグラムは1つのプログラムにまとめることも可能である.
【0024】
本発明のコンピュータ装置は,通信媒体と接続されていてもよい.これによりオンライン接続によって化合物構造情報データを受信し,増殖抑制効果予測値を返信することができる.例えばウェブブラウザーを介してオンラインで増殖抑制効果予測を行えるように,コンピュータ装置をインターネット上で利用できるようにすることも可能である.
【実施例】
【0025】
以下に,本発明のN−アセチルグルコサミンα結合糖誘導体の構造情報からピロリ菌増殖抑制効果を予測した例を示す.本発明のN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体は,前記化学式(1)のとおりGlcNAc-α-O-Yで示され,Yが置換基を有していてもよい.本発明の実施例を詳細に説明するが,本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない.
[N−アセチルグルコサミンα結合糖誘導体のピロリ菌増殖抑制効果の解析と予測]
【0026】
(ピロリ菌増殖抑制効果試験)
以下に,本発明のN−アセチルグルコサミンα結合糖誘導体のピロリ菌増殖抑制効果を測定した例を示す.本発明を適用する前記化学式(1)のN−アセチルグルコサミンα結合単糖誘導体の一例であるフェニル N−アセチル−α−D−グルコサミニド(GlcNAcα-O-Ph)について詳細に説明する.
ピロリ菌への効果を以下の手順で確認した.
【0027】
−80℃でブルセラブロス培養液中に凍結保存されているピロリ菌(ATCC)を,ウマ血清10%入り同培養液中(3mL)で35℃,CO215%で40時間震盪培養し,顕微鏡下で菌の動きを観察しグラム染色で陰性であることを観察後,非コッコイド型であるピロリ菌を得た.OD600を測定し,ウマ血清5.5%入りミューラーヒントン培養液に菌数4×107になるように希釈し,計3mLを35℃,CO215%で24時間震盪培養した後顕微鏡で確認し,GlcNAcα-O-Phの効果を確認するための試験に用いるピロリ菌含有培養液(菌濃度;2×107/mL)とした.一方,GlcNAcα-O-Phの45.6μM〜730μMのウマ血清5%入りミューラーヒントン培養液(ピロリ菌を含有しない)をそれぞれ作製し,これらをそれぞれのピロリ菌含有培養液に体積比1:1(全容積100μL,96wellプレート上)で添加,混和した後,35℃,CO215%で,24時間から120時間培養した.一定時間培養後,増殖した菌の濃度をOD600nmで測定し,化合物を添加したものと,添加していないネガティブコントロールとを比較し,増殖抑制効果を見積もった.ネガティブコントロールの定常期の65%のOD600値を基準として,4−ニトロフェニル N−アセチル−α−D−グルコサミニド(GlcNAcα-O-pNP)の増殖抑制効果を100とし,GlcNAcα-O-Phの増殖抑制効果はこれを基準とした相対値の対数値として得た.
【表1】

【0028】
(化合物構造情報データ取得例)
化合物構造情報は,1−オクタノール/水の分配係数(ClogP), Molar Refractivity(CMR), topologicalな極性表面積(ここではPSAと表記し,100で割った値)は, ケンブリッジソフト社のChemOfficeソフトにより算出した.分子体積(ここではVと表記し,100で割った値)は,コンフレックス社のConflexソフトにより,安定構造を解析した後,最安定構造についてケンブリッジソフト社のChemOfficeソフトにより算出した.疎水性因子(π)は,式(π=ClogP(GlcNAc-α-pNP)−ClogP(sample);ここで,ClogP(GlcNAc-α-pNP)はGlcNAcα-O-pNPのClogPの値,ClogP(sample)はサンプルのClogPの値)により計算される値を用いた.Hamettのσ値,TaftのEsは文献データを利用した.ここで,オルト位置換基の電子効果については,相当するパラ位の電子効果で表されるものとした.カルボキシル基のEsの値は,Chartonの立体効果(CV)およびMolar Refractivity (MR)との相関関係を20種類の置換基データをPLSにより解析して得た相関式(Es=-1.796CV-0.010MR-0.049, R2=0.923, Q2=0.865)より計算した値を用いた.Superdelocalizability(Srele, SrNu)は,富士通社のCACheソフトにより算出し,フェニル基上の値を積算し,それぞれΣSrNu,ΣSreleとした.
【表2】

【0029】
(統計処理)
表2における5種類の化合物構造情報データとインビトロの増殖抑制効果データ(log(Gs))の相関関係をPLSで調べた.その結果,4成分で相関係数(R2)0.687,予測的相関係数(Q2)-2.618のモデルが得られた.各化合物構造情報データについて次に,5個の化合物構造情報から予測的相関係数 (Q2)が最大となりかつ選択遺伝子の数が最小となる組み合わせを網羅的に探索するために,GAを用いた.染色体数100,世代数500,成分数4,カットオフ30,生存率30,交差対数5,突然変異率1の条件でGA−PLS解析した.GAによる化合物構造情報の選択は,論文(Rogersら,(1994) J. Chem. Inf. Comput. Sci. 34:854-866;Hasegawa ら (1997) J. Chem. inf. Comput. Sci. 37: 306-310.)に従いコンピュータを用いて実施可能なソフトウェアを作成して実施することができる.その結果,GAにより,予測的相関係数 (Q2)は,図2のように,世代数の増加に従い向上し,安定化している.このGAによる化合物構造情報の選択により, 3個の化合物構造情報で予測的相関係数 (Q2)0.801のモデル,及び1個の化合物構造情報で予測的相関係数 (Q2)0.576のモデルが得られた.このように,PLSによる解析においてモデル最適化を行うことにより,選択化合物構造情報を減少させ,かつPLSモデルにおける予測度(Q2)を高めることに成功した.
【0030】
選択された予測的相関係数 (Q2)0.801のモデルの主な化合物構造情報群とPLSモデルの係数値は,式(2)
log(Gs) = 0.783π + 0.462CMR - 0.444V − 0.556 ・・・(2)
であり,相関係数(R2)は0.996であった.この式には,これまで多くの薬剤に於ける生物活性に対して正相関するとして知られている1−オクタノール/水分配係数から求められる疎水性因子(π)が正の寄与因子として含まれており,選択手法及びモデルの有効性が証明された.
【0031】
(ピロリ菌増殖抑制効果の予測)
GAから得られた3個の化合物構造情報データで構築したモデル式(2)に,表3におけるアグリコンがp-ニトロフェニル,p-カルボキシフェニル,6-ベンゾフラン-2(3H)-オンである3つの化合物構造情報データを適用し得られる増殖抑制効果の予測値は,図2に示すようにその予測性は良好であった.
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明によれば,ピロリ菌増殖抑制効果の未知である化合物の構造情報を解析することにより,化合物を合成する前にピロリ菌増殖抑制効果を予測することができる.したがって本発明は,ピロリ菌増殖抑制効果を持つと考えられる化合物を効率的に合成することが可能となり,ピロリ菌の増殖を抑制する化合物の開発に有用である.
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】GA-PLSによる世代数毎の予測相関係数平均値の変化の一例である.
【図2】GA-PLSにより選別した化合物構造情報を基にPLSモデルを構築し,これを基にピロリ菌増殖抑制効果を予測した結果を示す図である.算出された増殖抑制効果の予測値を縦軸に,実際に実験で決定した増殖抑制効果を横軸にしてグラフで示した.白丸はモデル構築に用いた化合物を,黒丸はモデル構築に用いなかった化合物を示す.
【図3】化合物構造情報データを基にピロリ菌増殖抑制効果を予測演算するコンピュータ装置構造図の一例である.

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式(1)
GlcNAc-α-O-Y ・・・(1)
(式(1)中,Yは,アルキル基,アルコキシル基,アルケニル基,アルキニル基,アラルキル基,アリール基,ヘテロアリール基,カルボキシル基,アルコキシカルボニル基,水酸基,スルホン基,アミノ基,アルキルアミノ基,アミド基,アミノカルボニル基,ハロゲン基,シアノ基,メルカプト基,及びスルフィド基から選ばれる置換基を有していてもよい芳香環含有基を示す.)
で表されることを特徴とする化学式(1)をピロリ菌増殖抑制剤とし,その化合物構造情報からピロリ菌増殖抑制効果を予測するモデルを構築するための方法であって,以下の工程を含む方法:
(a) ピロリ菌増殖抑制効果データを取得する工程
(b) 化合物構造情報を取得する工程
(c) 工程(a)で得たデータ及び工程(b)で得たデータを用いて部分最小二乗法によるモデル構築を行う工程
(d) 工程(c)で得られた予測モデルについて,さらに工程(b)及び工程(c)を任意の回数繰り返すことにより,ピロリ菌増殖抑制効果のより高いモデルを探索する工程
【請求項2】
ピロリ菌増殖抑制効果を予測するコンピュータ装置であって,以下の手順を含む装置.
(a) 請求項1記載の方法で構築されたモデルにおけるピロリ菌増殖抑制効果データと化合物構造情報との関係を示すパラメータを記憶する手段
(b) 該モデルにおけるピロリ菌増殖抑制効果データを入力する手段
(c) 該モデルにおけるピロリ菌増殖抑制効果データを記憶する手段
(d) 該パラメータ(モデル係数)及び化合物構造情報から該モデルに従ってピロリ菌増殖抑制効果を予測演算する手段
(e) 予測演算されたピロリ菌増殖抑制効果の値を記憶する手段
(f) 該演算されたピロリ菌増殖抑制効果の値より導出した結果を出力する手段

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−35789(P2008−35789A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−214910(P2006−214910)
【出願日】平成18年8月7日(2006.8.7)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(000173924)財団法人野口研究所 (108)
【Fターム(参考)】