説明

ピンホールの評価方法

【課題】異種金属からなる表面層とその下層とを具える積層構造体において、表面層に存在するピンホールを定量的に評価することができるピンホールの評価方法を提供する。
【解決手段】測定対象13の一端をポテンショスタット/ガルバノスタット装置20に接続し、他端側を5M以上のアルカリ溶液(電解液BL)に浸漬した状態で、測定対象13に電位を変化させながら印加したときに生じる電流の変化を計測し、この結果に基づいてピンホールの量(面積)を求める。測定対象13は、Ni/Cu構造体が挙げられる。ニッケル(Ni)めっきにピンホールが存在すると、ピンホールから露出した銅(Cu)がアルカリ溶液により酸化され、電位の変化に伴ってピーク電流が現れる。このピーク電流は、ピンホールの面積と相関がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異種金属の積層構造体において、その表面側に配される表面層に存在するピンホールを定量的に求めるピンホールの評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、異種の金属が積層された積層構造体が工業製品に汎用されている。上記積層構造体として、下地金属の表面を下地金属よりも貴な金属で被覆したものがある。例えば、銅や銅合金は、導電率が高いことから、電子部品の接点材料などに汎用されているが、この用途では、耐食性の向上(腐食や変色からの保護)や摺動性の向上などを目的として、表面に銅よりも貴である金がめっきされることがある。銅や銅合金表面に直接金を被覆すると、経時的に金と銅とが合金化して金の特性(耐食性、柔軟性など)を損なう恐れがあるため、通常、中間層としてニッケルめっきが施される。このAu/Ni/Cu構造体は、FPC(Flexible Printed Circuits)やFFC(Flexible Flat Cable)の導体部に利用されている。
【0003】
上記Au/Ni/Cu構造体において、金めっきにピンホールといった欠陥が存在すると、金よりも卑であるニッケルが加速的に腐食される異種金属接触反応が起こり得る。そのため、表面性状に優れる金めっきを行うことが望まれる。その一手段として、下層のニッケルめっきの出来栄えをよくすることが挙げられる。ニッケルめっきの出来栄えは、ピンホールの多寡に対応すると考えられる(非特許文献1参照)。従って、ピンホールの評価が必要である。
【0004】
上記ピンホールの評価には、従来、塩水噴霧試験(例えば、MIL-STD-202-101D)が汎用されている(非特許文献2参照)。この方法は、測定対象を塩水に曝した後、腐食状態を目視確認し、腐食の程度の大小でピンホールの多寡の推定を行う。或いは、SEM(Scanning Electron Microscope)といった顕微鏡を用いて、ピンホールを実際に目視することもある。
【0005】
一方、非特許文献3は、ステンレス鋼SUS304上に被覆されたTiN膜のピンホール面積率を臨界不働態化電流密度法に基づいて求めることを開示している。この方法は、0.5MのH2SO4(硫酸)+0.05MのKSCN(チオシアン酸カリウム)といった低濃度の溶液に測定対象を浸漬し、この状態で測定対象に電位を変化させながら印加したときの電流密度を測定し、得られた電流密度に基づいて、ピンホールの面積を求める。他方、非特許文献1は、Cu合金素材上にNiめっきを施した測定対象を電気化学的にアノードとして電解処理を行い、めっきの欠陥部分からCuを溶出させることで、明瞭で目視観察し易くできることを開示している。
【0006】
【非特許文献1】「コネクタ・コンタクトのニッケル下地めっき皮膜評価方法の開発」、航空電子技報 No.30(2007.3)
【非特許文献2】「コネクタ金めっきコンタクトにおける塩水噴霧試験およびSO2ガス試験の腐食機構解析」、新谷唯志、社団法人電子情報通信学会、電子情報通信学会技術研究報告 Vol.96,No.318(19961018),pp.7-12
【非特許文献3】「耐食性ドライコーティング膜の欠陥評価の現状」、杉本克久、材料と環境 Vol.44,No.5,pp.308-313(1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
工業製品の品質管理をより高精度に行うためには、ピンホールを定量的に評価することが望まれる。定量すると、例えば、良品と不良品とを区別する指標を明確にできる。
【0008】
しかし、塩水噴霧試験では、定性的な評価(○、△、×)しか行えない。また、塩水噴霧試験は、通常、測定に48時間も要するため、短時間で定量的な測定が行える方法の開発が望まれる。非特許文献1に記載される方法も目視による確認であるため、定性的な評価しか行えない。
【0009】
一方、顕微鏡を用いた場合では、ピンホールが微小であることから倍率が相当大きくないと観察が難しく、せいぜい局所的な評価しかできない。めっきといった金属層の状態をより正確に把握するためには、測定対象をより広い範囲に亘って評価できることが望まれる。
【0010】
他方、非特許文献3に記載される方法では、ピンホールを定量的に評価できる。しかし、この方法は、TiN膜といったセラミックス膜を対象にしており、非特許文献3は、金属層についての具体的な手法や条件を開示していない。
【0011】
そこで、本発明の目的は、異種金属からなる積層構造体において、その表面層に存在するピンホールを定量的に測定可能なピンホールの評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、特定の溶液を用いた電気化学的測定により、ピンホールを定量的に評価する。具体的には、本発明ピンホールの評価方法は、異種の金属で構成される表面層とその下層とを具える積層構造体において、この表面層に存在するピンホールを評価するものであり、上記積層構造体を5M以上のアルカリ溶液に浸漬し、この積層構造体に電位を変化させながら印加したとき、上記下層を構成する金属が上記アルカリ溶液により酸化されることで生じる電流の変化を計測し、得られた計測結果に基づいて、表面層に存在するピンホールの量を求める。
【0013】
例えば、表面層にピンホールがある場合、表面層の下の下層を構成する金属がピンホールから露出する。そこで、露出した金属とは反応し易いが、表面層を構成する金属とは実質的に反応しないような特定の溶液と、上記表面層及び下層を具える積層構造体とを用いた電気化学測定セルを作製して反応に伴う電流を測定し、この測定値をピンホールの量として評価することができる。従って、上記構成を具える本発明方法は、ピンホールを定量的に評価可能である。また、電気化学的な手法を利用することで、塩水噴霧試験や顕微鏡を用いた観察といった従来の手法を比較して、短時間で精度よくピンホールを定量することができる。更に、本発明方法は、測定対象に対して、より広範囲に亘る測定が容易に行える。以下、本発明の構成をより詳しく説明する。
【0014】
本発明方法は、測定対象を電解液に浸漬した状態で測定対象に電位を印加して、この電位を静止電位からずらす操作(電気化学的分極)を行って分極曲線を測定し、この結果を利用して、ピンホールを定量する。例えば、アノード分極を行うと、測定対象上では酸化反応が優位となり、酸化方向への計測過程で、測定対象(特に、表面層のピンホールから露出した下層)の表面に酸化膜が形成される反応が生じ、この反応の多寡がピーク電流(酸化膜の生成ピーク電流)の大小として分極曲線に現れる。具体的には、測定対象の表面層にピンホールが多く存在して、ピンホールから露出する金属(下層の構成金属)の露出量が多くなると、この金属が酸化される量が多くなるため、ピーク電流が大きくなる。
【0015】
上記電解液として、本発明では、濃度が5M(M:モル濃度(モル/リットル))以上の強アルカリ溶液を用いる。具体的なアルカリ溶液は、KOH(水酸化カリウム)溶液やNaOH(水酸化ナトリウム)溶液が挙げられる。濃度が5M未満の低濃度ではピーク電流が現れ難く、適切な定量が難しい。濃度が高いほど、ピンホールから露出した金属との反応量が多くなるため、ピーク電流が大きくなり易いが、7Mを超えても、ピーク電流の増加割合が漸増に留まるため、5〜7Mで十分であると考えられる。溶解度の関係上、KOHは15M程度、NaOHは10M程度までの溶液を作製可能である。なお、非特許文献3に記載の0.5M程度の酸溶液では、本発明で対象とする金属の積層構造体に対して、各層を分離できるようなピークが存在するデータが得られない。また、非特許文献1は溶液組成を開示していないが、文献中の電位-電流曲線にピークが現れておらず、この曲線を用いても定量化は難しいと考えられる。
【0016】
上記アルカリ溶液に測定対象を浸漬したら、所定の掃引速度で掃引して、測定対象に印加する電位を変化させる。掃引速度は、100mV/sec以上とすると、ピーク電流が十分大きく現れて精度よく測定でき、測定時間も短くできて(〜1分程度)好ましい。
【0017】
測定対象は、異種金属からなる複数の金属層から構成される積層構造体とする。これら金属層のうち、表面側に配される表面層は上記アルカリ溶液と反応せず、この表面層の下に存在する下層は、上記アルカリ溶液と反応し易いものとする。表面層の具体的な構成金属は、ニッケル(Ni)、Ni合金が挙げられる。Ni合金は、Ni-P合金,Ni-Bi合金,Ni-Sn合金,Ni-Co合金などが挙げられる。下層の具体的な構成金属は、錫(Sn)、Sn合金、銅(Cu)、Cu合金が挙げられる。Sn合金は、Sn-Ag合金やSn-Bi合金といった鉛フリー半田などが挙げられる。Sn-Ag合金やSn-Bi合金は、Snウイスカが生じ難い。Cu合金は、Cu-Ni合金、Cu-Sn合金、Cu-Zn合金、Cu-Ag合金などが挙げられる。
【0018】
上記表面層及び下層は、単層でも複数層でもよい。即ち、積層構造体は、二層だけでも、三層以上でもよい。三層以上の構造体である場合、下層は、例えば、基材と、基材と表面層との間に介在される中間層とを具え、基材は、銅及び銅合金からなるもの、中間層は、錫及び錫合金からなるものが挙げられる。銅又は銅合金からなる下層(基材)とニッケルやニッケル合金からなる表面層と、適宜中間層とを具える積層構造体は、例えば、電子部品の接点材料に用いられるFPCやFFCの導体部用素材に利用できる。この素材上の所望の位置に、更に金やPt,Rh,Pdといった白金族金属をめっきすることで導体部が製造できる。金めっきなどを施す前の素材に対して本発明方法を適用して素材の良否を定量的に確認することで、最終的製品に不良が生じることを低減し、高品質な製品を生産性よく提供することができると期待される。
【0019】
上記表面層などの各層の形成方法は、電解めっきや無電解めっきといっためっき法の他、CVD法やPVD法といった蒸着法などが挙げられる。形成方法は、金属の種類により適宜選択できる。例えば、ニッケルは電解めっきにより、Ni-P合金は無電解めっきにより形成可能である。めっきは、通常、C,S,Oなどの不純物が含まれる。従って、上記各層がめっき法により形成されたものである場合、上記不純物の含有を許容する(但し、合計で0.1質量%以下とする)。また、上記各層がめっき法により形成されたものである場合、厚さが薄くなるほどピンホールが多くなり易いため、本発明方法によりピンホールを定量することは、品質管理のための情報(例えば、品質改善を行う指標となる情報)の取得などに貢献すると期待される。
【発明の効果】
【0020】
本発明ピンホールの評価方法は、異種の金属からなる積層構造体に対して、その表面側に配される表面層に存在するピンホールを定量的に測定できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
銅(下層)の上にニッケルめっき(表面層)が施されたNi/Cu構造体、錫(下層)の上にニッケルめっき(表面層)が施されたNi/Sn構造体を測定対象とし、電解液として高濃度のアルカリ溶液を用いてアノード分極測定により、表面層のピンホールの定量化を行う。まず、アノード分極測定の基本的な手順を説明する。
【0022】
測定は、図1に示すような三電極方式の電気化学測定セル1を構成して行う。セル1は、電解液BLが注入される容器10と、電解液BLに浸漬される基準電極(RE)11及び対極(CE)12並びに測定対象(WE)13とを具え、両極11,12及び測定対象13の一端はそれぞれ、ポテンショスタット/ガルバノスタット装置20に接続される。ここでは、基準電極11にAg/AgCl、対極12にPtを用い、装置20は市販のものを用い、装置20をポテンショスタットモードとし、所定の掃引速度で電位を掃引する。装置20には、入力手段、記憶手段、演算手段、比較手段、判断手段、表示手段などを具える制御装置(図示せず)を接続させており、電位の掃引、測定結果(分極曲線)の取得などを自動的に行う。
【0023】
表面層にピンホールが存在する場合、測定対象13に印加する電位を変化させると、ピンホールから露出した金属が電解液BLにより酸化されて電流が流れ、酸化膜の生成に伴うピークが現れる。この酸化ピーク電流は、後述のようにピンホールの量に依存するため、この酸化ピーク電流を測定することで、ピンホールを定量できる。
【0024】
<試験例1 高濃度の酸溶液に対するニッケル、銅の反応>
図1に示すセルを用いて、電解液を酸溶液としたときのニッケル、銅の反応を調べた。
【0025】
この試験では、ニッケル板(株式会社ニラコ製、NI-313381、純度99%以上)、銅板(JIS H 3100 C1020P)を用意し、各板は、0.5cm2を露出させ、その他の部分はエポキシ樹脂でマスキングしたものを測定対象とした。電解液は、5Mの硫酸(H2SO4)を用いた。各測定対象を電解液に浸漬したら、電位の掃引を開始し、掃引しながら電流の変化を計測する。掃引速度は、1mV/sとした。その結果を図2に示す。
【0026】
用意した上記測定対象が電解液中で酸化されるものである場合、電解液に浸漬された測定対象は、電位(ここでは、正の電位)の増大に伴って酸化されると、電流が流れ、金属の種類にもよるが、ある電位以上になると、この金属の表面が不働化して電流が小さくなる。その結果、ピークを有する分極曲線(電位-電流曲線)が得られる。用意した上記測定対象が電解液中で酸化されないものである場合、電位が変化しても電流が実質的に流れず、電流値は0mAとなる。
【0027】
図2に示すようにニッケル及び銅はいずれも、高濃度の酸溶液と反応するが、ピーク電流が重なって存在する。従って、酸溶液を用いた場合は、銅のピークデータを選択的に取得することが非常に困難である。
【0028】
<試験例2 高濃度のアルカリ溶液に対するニッケル、銅及び錫の反応>
図1に示すセルを用いて、電解液をアルカリ溶液としたときのニッケル、銅、及び錫の反応を調べた。
【0029】
この試験では、錫板(株式会社ニラコ製、SN-443461、純度99.9%)、試験例1と同様のニッケル板及び銅板を用意し、各板は、2cm2又は1cm2を露出させ、その他の部分は試験例1と同様にマスキングしたものを測定対象とした。電解液は、7MのKOH溶液を用いた。各測定対象を電解液に浸漬したら、電位の掃引を開始し、掃引しながら電流の変化を計測する。掃引速度は、100mV/sとした。その結果を図3(Ni:Cu),図4(Ni:Sn)に示す。
【0030】
銅及び錫は、高濃度のアルカリ溶液と反応し、ニッケルは高濃度のアルカリ溶液と実質的に反応しないため、図3,4の分極曲線に示すように、銅や錫はピークが存在するのに対し、ニッケルは図3,4のグラフにおいて横軸に概ね重なっている。このことから、電解液としてアルカリ溶液を用いることで、銅や錫のピークデータを選択的に取得することができると言える。また、Ni/Cu構造体、Ni/Sn構造体において最表面のニッケルめっきにピンホールが存在した場合、ピンホールから露出した銅や錫の電解液中での反応を電気的な値(ピーク電流)として測定することで、ピンホールの量を測定できると言える。更に、最表面のニッケルめっきの存在は、上記ピーク電流の計測の妨害にならないと言える。
【0031】
この試験から、Ni/Cu構造体やNi/Sn構造体といった異種金属の積層構造体について、特定のアルカリ溶液を用いたアノード分極測定は、表面層のピンホールの定量に利用できると言える。
【0032】
<試験例3 アルカリ溶液の濃度とピーク電流との関係>
図1に示すセルを用いて、電解液の濃度を変化させたときのピーク電流の変化を調べた。
【0033】
この試験では、試験例2で用いた銅板及び錫板と同じものを用意し、銅板は2cm2、錫板は1cm2を露出させ、その他の部分は試験例1と同様にマスキングしたものを測定対象とした。電解液は、0.5〜10MのKOH溶液を用意し、各濃度のKOH溶液に測定対象を浸漬したら、電位の掃引を開始し、掃引しながら電流の変化を計測する。掃引速度は、100mV/sとした。その結果を図5(銅),図6(錫)に示す。
【0034】
図5,6の分極曲線に示すように、アルカリ溶液の濃度が5M以上であると、明瞭なピークが得られることが分かる。5M未満の低濃度であると、ピークが小さく、適切な測定が難しいと考えられる。
【0035】
電解液をNaOH溶液に代えて、同様の試験を行ったところ、上記KOH溶液の場合と同様に濃度が5M以上の場合に明瞭なピークが得られた。
【0036】
上記試験から、Ni/Cu構造体やNi/Sn構造体といった異種金属の積層構造体について、アノード分極測定を行うにあたり、濃度が5M以上のアルカリ溶液を用いることが適切であると言える。
【0037】
<試験例4 測定対象におけるアルカリ溶液との接触面積とピーク電流との関係>
図1に示すセルを用いて、露出面積(電解液と接触可能な接触面積)を異ならせた複数の測定対象を用意し、これらの測定対象のピーク電流を調べた。
【0038】
この試験では、試験例2で用いた銅板及び錫板と同じものをそれぞれ複数用意し、各板に施すマスキング量を異ならせて、露出面積が異なる複数の測定対象を用意し、電解液を7MのKOH溶液、掃引速度を100mV/sとして、試験例2と同様に電流の変化を計測する。その結果を図7(銅),図8(錫)に示す。マスキングは試験例1と同様にして施した。
【0039】
図7,8の分極曲線に示すように、銅及び錫の双方共に、露出面積が大きくなるにつれて、ピーク電流が比例的に大きくなっていることが分かる。このことから、ピンホールから露出した銅や錫が多くなるほど、つまり、ピンホールの面積が大きいほど、ピーク電流が大きくなり、ピンホールの面積とピーク電流とは相関があると言える。従って、Ni/Cu構造体やNi/Sn構造体といった異種金属の積層構造体におけるアノード分極測定のピーク電流値にピンホールの定量性があると言える。
【0040】
<試験例5 掃引速度の依存性>
図1に示すセルを用いて、掃引速度を異ならせてピーク電流を調べた。
【0041】
この試験では、試験例2で用いたものと同様の測定対象(銅及び錫)を用意し、電解液に7MのKOH溶液を用い、種々の掃引速度で試験例2と同様に電流の変化を計測する。その結果、100mV/s未満であると、ピーク電流が単調に減少するため、感度(測定精度)の面に問題があると考えられる。このことから、掃引速度は、100mV/sec以上が好ましく、速いほど感度がよくなる傾向にある。但し、装置の性能上、掃引速度が速過ぎると、応答性に問題が生じて再現性が悪くなる場合がある。
【0042】
(ピンホールの定量)
上記試験の結果から、例えば、以下のようにしてピンホールの具体的な量を求められる。
【0043】
積層構造体を構成する各金属層の構成金属と同様の金属で構成した試料であって、試験例4で説明したように露出面積が異なる複数の試料を照合用測定対象とし、所定の濃度のアルカリ溶液(例えば、7MのKOH溶液)を用いて、図1に示すセルを構築し、所定の掃引速度(例えば、100mV/s)で掃引して、各測定対象のピーク電流を測定し、露出面積とピーク電流との相関データを取得する。そして、実際の積層構造体を測定対象として、相関データの取得に用いたアルカリ溶液と同じものを用いて、同じ条件でピーク電流を測定する。得られたピーク電流を取得した相関データに照合し、相関データにおける電流値に対応した露出面積をピンホールの面積として評価することができる。即ち、ピンホールを定量化することができる。また、このピンホールの面積を用いて、例えば、測定対象の全面積に対するピンホールの面積割合(ピンホール率)を求められる。この方法では、ピンホール率が0.01%程度までの定量化が可能である。なお、上記相関データは、照合用測定対象のn数が多いほど、ピンホールをより高精度に定量できる。
【0044】
ポテンショスタット/ガルバノスタット装置に接続させる制御装置として、上記相関データを記憶する記憶手段と、この記憶手段から呼び出した相関データと得られた測定結果(ピーク電流値)とを照合して、ピンホールの面積を求める照合手段と、得られたピンホールの面積と、予め入力された測定対象の全体面積とからピンホール率を演算する演算手段とを具えるものを利用すると、ピンホール率を自動的に求められる。上記記憶手段には、別途取得した相関データを入力しておく。
【0045】
<試験例6 本発明評価方法の利用>
銅(下層)の表面にニッケルめっき(表面層)を行った試料を作製し、表面層のピンホール率を求めた。
【0046】
この試験では、めっき時間を異ならせることで、めっきの厚さが異なる複数の試料を作製した。試料は、FPCやFFCの導体部用素材を想定し、下層には銅(JIS H 3100 タフピッチ銅)の圧延材(厚さ0.5mm×長さ100mm×幅100mm)を用い、この上にウッド浴、又はワット浴を用いてめっきを行って作製した。めっき条件は公知の条件とした。
【0047】
作製した各試料を測定対象として図1に示すセルを構築し、電解液を7MのKOH溶液、掃引速度を100mV/sとして、試験例2と同様に電流の変化を計測する。ピンホール率の算出は、上述した記憶手段や照合手段、演算手段などを具える制御装置を用いて、自動的に行った。また、この算出にあたり、上述のようにして相関データを予め取得して、記憶手段に入力した。なお、ピンホールの定量(ピンホール率の取得)に要する時間は、測定対象を浸漬してから1分程度であった。
【0048】
図9は、ウッド浴を用いてニッケルめっきを行った試料のアノード分極曲線を示し、図10は、めっき時間(めっき厚さ)とピンホール率との関係を示すグラフである。めっきの厚さは、めっき時間に依存し、時間が長いほど厚い。図9に示すようにめっき時間(めっき厚さ)によってピーク電流が異なり、めっき時間が長いほど、つまり、めっきが厚いほど、ピーク電流が小さい。従って、めっきを厚くすると、ピンホールの量を少なくできると言える。実際にピンホール率を調べて、その結果を表した図10のグラフからも、めっきが厚いほど、ピンホール率が小さいことが分かる。また、図10に示すようにウッド浴及びワット浴のいずれを用いた場合も、めっきが厚いほど、ピンホール率が小さく、特に、ワット浴の方が、ピンホール率が小さい。これらのグラフから、めっき時間(めっき厚さ)を調整することで、ピンホール率をどの程度低減できるかを定量的に把握することができる。例えば、ウッド浴を用いる場合、めっき時間を12秒から2倍の24秒、4倍の48秒とすることで、ピンホール率を14%程度から半分以下の6%程度、更には1/10以下の1%以下にまで低減できることが分かる。或いは、同じめっき時間(12秒)とする場合、ウッド浴ではなくワット浴を用いることで、ピンホール率を14%程度から、2%程度に低減できることが分かる。また、下層を銅から錫(株式会社ニラコ製、SN-443461、純度99.9%)の圧延材に変えて同様の試験を行ったところ、上記銅の場合と同様の結果が得られた。
【0049】
この試験から、アノード分極といった電気化学的な測定において、特定の溶液を用いることで、異種金属の積層構造体の表面層に存在するピンホールを定量的に測定でき、その情報を品質改善の指標に用いることができることが分かる。
【0050】
なお、本発明は、上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明ピンホールの評価方法は、異種金属からなる表面層とその下層とを具える積層構造体において、表面層に存在するピンホールの定量に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】三電極方式の電気化学測定セルの概略構成図である。
【図2】酸溶液を用いた場合のニッケル(Ni)及び銅(Cu)のアノード分極曲線である。
【図3】アルカリ溶液を用いた場合のニッケル(Ni)及び銅(Cu)のアノード分極曲線である。
【図4】アルカリ溶液を用いた場合のニッケル(Ni)及び錫(Sn)のアノード分極曲線である。
【図5】銅(Cu)についてアルカリ溶液の濃度とピーク電流との関係を示すアノード分極曲線である。
【図6】錫(Sn)についてアルカリ溶液の濃度とピーク電流との関係を示すアノード分極曲線である。
【図7】銅(Cu)について露出面積とピーク電流との関係を示すアノード分極曲線である。
【図8】錫(Sn)について露出面積とピーク電流との関係を示すアノード分極曲線である。
【図9】Ni/Cu構造体のアノード分極曲線である。
【図10】めっき時間とピンホール率との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0053】
1 セル 10 容器 11 基準電極 12 対極 13 測定対象
20 ポテンショスタット/ガルバノスタット装置 BL 電解液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
異種の金属で構成される表面層とその下層とを具える積層構造体において、この表面層に存在するピンホールを評価するピンホールの評価方法であって、
前記積層構造体を5M以上のアルカリ溶液に浸漬し、
この積層構造体に電位を変化させながら印加したとき、前記下層を構成する金属が前記アルカリ溶液により酸化されることで生じる電流の変化を計測し、
得られた計測結果に基づいて、前記表面層に存在するピンホールの量を求めることを特徴とするピンホールの評価方法。
【請求項2】
前記表面層は、ニッケル及びニッケル合金から選択される少なくとも1種の金属からなり、
前記下層は、錫、錫合金、銅及び銅合金から選択される少なくとも1種の金属からなることを特徴とする請求項1に記載のピンホールの評価方法。
【請求項3】
前記アルカリ溶液は、KOH溶液又はNaOH溶液であることを特徴とする請求項1又は2に記載のピンホールの評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−168692(P2009−168692A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−8545(P2008−8545)
【出願日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】