説明

フィラメントミシン糸

【課題】ループやゆるみの形成に起因する欠点を改良し、フィラメントの光沢を残しつつ均一な縫目を形成することが可能で、且つ高速縫製性の良好なフィラメントミシン糸を得ること。
【解決手段】極限粘度〔η〕が0.7〜0.9の範囲にあるポリエステルフィラメントAと、該ポリエステルフィラメントAよりも極限粘度〔η〕が0.2〜0.5低く、且つ伸度の大きいポリエステルフィラメントBとが紡糸工程で混繊された紡糸混繊糸から構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィラメントの光沢を残しつつ均一な縫目を形成することが可能で、且つ高速縫製性の良好なフィラメントミシン糸に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フィラメントミシン糸は紡績糸からなるミシン糸に比べて光沢があり、縫目が均一で且つ、ミシン糸強度が高いことから、各種縫製に使用されているが、解撚が起こり易いバック縫い及び千鳥縫いにおける可縫性は紡績糸ミシン糸に比べて劣ると言う欠点を有している。
【0003】
その原因としては、フィラメントミシン糸の特長であるミシン糸強度を高く保つために、極限粘度が通常より高いポリマーを使用して高い熱履歴を加えながら延伸が行なわれるため、その後のミシン糸形成工程で加えられる下撚及び上撚りのトルクがミシン糸の染色後も充分にセットされず、バック縫い及び千鳥縫いの際、解撚が起こって縫目形成がうまく行かないためであると考えられる。
【0004】
このような問題を解決するため、特開平5−106134号公報には、20%以上の伸度差を有する2種のフィラメント糸を複合させ、高伸度糸によりループまたはゆるみを形成させて可縫性に優れたミシン糸を得ることが開示されているが、該ミシン糸においては、2種のフィラメント糸の分離が起こり、縫目の形態に偏りが生じて均一性が劣ったり、染色した際に染着性の差が目立つという問題があった。
【0005】
また、特開平9−78335号公報には、高複屈折率のフィラメント糸と低複屈折率のフィラメント糸とを紡糸混繊し、低複屈折率のフィラメント糸を鞘部に配したフィラメントミシン糸が開示されているが、該ミシン糸は、複屈折率の差のみを利用しているために強度が低下したり、糸がボビンからズレ落ち、スムーズな糸送りができなくなって切断したりすることがあり、従来のフィラメントミシン糸と比べると、取扱い性が悪いという問題があった。
【0006】
【特許文献1】特開平5−106134号公報
【特許文献2】特開平9−78335号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、上述のようなループやゆるみの形成に起因する欠点を改良し、フィラメントの光沢を残しつつ均一な縫目を形成することが可能で、且つ高速縫製性の良好なフィラメントミシン糸を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意検討した結果、紡糸混繊糸を構成するフィラメント糸の極限粘度〔η〕と伸度とを特定の範囲に適宜制御するとき、所望のフィラメントミシン糸が得られることを究明した。
【0009】
かくして本発明によれば、極限粘度〔η〕Fが0.7〜0.9の範囲にあるポリエステルフィラメントAと、該ポリエステルフィラメントAよりも極限粘度〔η〕Fが0.2〜0.5低く、且つ伸度の大きいポリエステルフィラメントBとが紡糸工程で混繊された紡糸混繊糸から構成されていることを特徴とするフィラメントミシン糸が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ループやゆるみの形成に起因する欠点を改良し、フィラメントの光沢を残しつつ均一な縫目を形成することが可能で、且つ高速縫製性の良好なフィラメントミシン糸を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明においては、低伸度糸Aと高伸度糸Bとを同時に紡糸した後、引き揃えて同時に巻き取る、いわゆる紡糸混繊法によりフィラメントミシン糸を得る。具体的には、一般的な複合紡糸機(コンジュゲート紡糸機など)を用いて、極限粘度を異にするポリエステルポリマーを同一口金に導き、混合することなく別々の吐出孔から紡糸して一緒に巻き取る方法、又は、紡糸口金が個々に独立していて、各々のポリマーを単独に紡糸した後、引きそろえて巻き取る方法などが採用でき、要するに、紡糸後の巻取り完了までに、両糸が一緒になっていればいずれでも構わない。
【0012】
本発明で使用するポリエステルとは、全繰り返し単位中の少なくとも90モル%、好ましくは少なくとも95モル%がエチレン−2,6−ナフタレート単位で構成されているポリエチレンナフタレートを示す。ポリエチレンナフタレートは、全繰り返し単位中の10モル%より少ない割合で適当な他の単位(第三成分)を含んでいても差し支えない。かかる第三成分としては(a)2個のエステル形成性官能基を有する化合物、例えばシュウ酸、コハク酸、セバシン酸、ダイマー酸などの脂肪族ジカルボン酸、シクロプロパンジカルボン酸、ヘキサヒドロテレフタル酸などの脂環族ジカルボン酸、フタル酸、イソフタル酸、ナフタレン−2,7−ジカルボン酸、ジフェニルカルボン酸などの芳香族ジカルボン酸、ジフェニルエーテルジカルボン酸、ジフェニルスルホン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸、3,5−ジカルボキシベンゼンスルホン酸ナトリウムなどのカルボン酸、グリコール酸、p−オキシ安息香酸、p−オキシエトキシ安息香酸などのオキシカルボン酸、プロピレングリコール、トリメチレングリコール、ジエチレングリコール、テトラメチレングリコール、ヘキサメチレングリコール、ネオペンチレングリコール、p−キシレングリコール、1,4−シクロヘキサンジメタノール、ビスフェノールA、p,p’−ジヒドロキシフェニルスルホン、1,4−ビス(β−ヒドロキシエトキシ)ベンゼン、2,2−ビス(p−β−ヒドロキシエトキシフェニル)プロパン、ポリアルキレングリコールなどのオキシ化合物、それらの機能的誘導体、前記カルボン酸、オキシカルボン酸、オキシ化合物またはそれらの機能的誘導体から誘導される高重合度化合物や、(b)1個のエステル形成性官能基を有する化合物、例えば安息香酸、ベンジルオキシ安息香酸、メトキシポリアルキレングリコールなどが挙げられる。さらに(c)3個以上のエステル形成性官能基を有する化合物、例えばグリセリン、ペンタエリストール、トリメチロールプロパンなども、重合体が実質的に線状である範囲内で使用可能である。またこれらのポリエステル中には、二酸化チタンなどの艶消し剤、リン酸、亜リン酸、それらのエステルなどの安定剤が含まれてもよいことはいうまでもない。
【0013】
上記の低伸度糸Aは、耐熱性、耐摩耗性、強度の点から極限粘度の大きい事が必要であり、紡糸フィラメント糸の極限粘度〔η〕が0.7〜0.9の範囲にある必要がある。
該極限粘度が0.9を越える場合は、重合に大掛かりな装置が必要となり、コストアップになる。また、高伸度糸Bとしては、極限粘度〔η〕が上記低伸度糸の極限粘度〔η〕より0.2〜0.5低いポリエステルを用いる。これは、高伸度糸Bの極限粘度を下げて殆ど熱応力が発生しない状態にしておき、該高伸度糸Bによってトルクの残留している低伸度糸Aを抱え込ことにより、バック縫い及び千鳥縫いの際のミシン糸のトルク発現を防止するためであり、トルク発現を防止するためには極限粘度の差が0.2以上必要であるが、その差が0.5を越えると、高伸度糸の強力が低くなりすぎ、ミシンがけの際に単繊維の切断が起こり、縫い目が乱れ均一性が低下する原因となる。好ましい極限粘度の差は、0.3〜0.4である。
【0014】
上記高伸度糸Bは低伸度糸Aよりも伸度が大きければ良いが、同一の紡糸条件を採用した場合、通常は極限粘度の低い方が、伸度が大きくなる。上述のように、本発明においては紡糸混繊法を採用するが、これは、紡糸巻き取りまでに低伸度糸Aと高伸度糸Bとが単繊維オーダで混ざるような紡糸巻取り方法を採用することが必要であるからである。
【0015】
特に混ざりの良い紡糸混繊方法としては、先に述べた、紡糸口金が同一であって、紡糸口金の吐出孔をランダムに分散させた口金や、外輪孔と内輪孔から成る口金、或いは半分割型の口金から低伸度糸と高伸度糸を紡糸すれば良い。
【0016】
口金温度は、同一口金で紡糸する場合は両ポリマーに適した温度に設定するが、別個の口金を使用する場合は、それぞれ口金温度を別個に設定すれば良い。紡糸速度については、紡速を高めるほうが延伸後の伸度差は拡大するものの、延伸後の糸強度は低紡速糸に比べ低くなる。従って、糸強度よりも生産性の向上を求めるのであれば高紡速を選択すればよい。さらには、紡糸と延伸が直結された方法で生産してもよく、高速紡糸のみで延伸を達成させる方法を採用してもよい。
【0017】
本発明においては、低伸度糸Aの糸強度は高い程好ましく、少なくとも5.3cN/dtex以上必要である。一方、高伸度糸においても、ミシン掛け時の摩擦や引張応力に耐える1.2cN/dtex以上は必要であり、ミシン糸全体としては3.9cN/dtex以上在れば充分である。
【0018】
低伸度糸Aと高伸度糸Bとの混合割合は、70:30〜90:10程度が好ましい。低伸度糸の混合割合が70:30未満ではミシン糸として必要な応力が不足し、一方、低伸度糸の混合割合が90:10を越えると、高伸度糸の熱セット性が不足してミシン糸のトルク発生を抑えることが難しくなりことがある。好ましい範囲は80:20である。
【0019】
さらに、低伸度糸Aと高伸度糸Bとが充分混ざり合うためには、低伸度糸のフィラメント数は8本以上、高伸度糸のフィラメント数は3本以上が好ましく、これ以下の組合せ本数では混ざりの偏りが生じ、不均一な縫目となることがある。好ましくは、低伸度糸Aと高伸度糸Bとのフィラメント数の合計が15本〜48本の範囲であり、これ以上多いと単繊維繊度が細くなり過ぎて糸強度が下がる欠点があるので好ましくなく、さらに光沢の面からもダル化の方向に向かうので好ましくない。
【0020】
本発明のミシン糸は、従来のミシン糸のようなループやゆるみによらず、極限粘度差及び伸度差による熱セット性の違いを利用して可縫性良好なミシン糸用の原糸を提供するものである。つまり、特開平5−106134号公報に開示されたミシン糸のような大きなループやゆるみを形成させなくとも、ミシン糸中の低伸度糸と高伸度糸が適度にマイグレーションすることで充分な熱セット効果が発現し、縫製中のミシン針及び基布に接するミシン糸中の単繊維部分がランダムに入れ替わるので、熱の伝達が防止され、可縫性が向上するものと推定される。つまり、これによりミシン針と基布から受ける摩擦を一部の繊維が長く引きずることなく、絶えず入れ替わることになり、ダメージを受けるまえに通りすぎることが出来るので、高速縫製に耐えるミシン糸を得ることが出来る。
【0021】
また、本発明においては、ループに起因する縫目の不均一性を極力軽減するため、ミシン糸の染色工程でミシン糸の収縮が起こらないよう、張力を掛けて染めることが好ましい。具体的には、チーズ状に巻き上げたものを染色釜の中で、押しつぶし、多数のチーズを一度に染色する方法が採用できる。この方法であれば、チーズ全体に張力がかかり、繊維同士の密度が高いことから、自己伸長性の高い高伸度糸であってもループは形成されず、均一なフィラメントミシン糸とすることが出来る。
【0022】
ただ、ミシン糸の外観をスパナイズ化させたい時は、弛緩状態でミシン糸を染めることでループ発現させる事は可能である。但し、この場合も、ループの形成はあくまで外観のスパナイズ化程度の小さいものに止めることが好ましい。
【実施例】
【0023】
以下実施例により本発明を詳細に説明する。尚、実施例中の物性は下記の方法により測定した。
(1)極限粘度〔η〕
極限粘度はオルソクロロフェノール中、25℃で常法により測定を行なった。
(2)本縫高速直線可縫性
本縫い1本針ミシンを用いて、4000rpmの速度、ミシン針♯14でT/Rサージ4枚を1分間縫製し、ミシン糸の切断の有りもしくは単糸切れ多発で外観不合格の場合を(×)、単糸切れが発生するも極僅かで実用上問題ない場合を(○)、単糸切れが全く発生しない場合を(◎)として評価した。
(3)バック縫可縫性
本縫い1本針ミシンを用いて、2000rpmの速度、ミシン針♯11でバック方向にT/Rサージ1枚を30cm縫製し、ミシン糸の切断の有りもしくは単糸切れ多発で外観不合格の場合を(×)、単糸切れが発生するも極僅かで実用上問題ない場合を(○)、単糸切れが全く発生しない場合を(◎)として評価した。
【0024】
[実施例1〜4、比較例1〜5]
(原糸の製造)
低伸度用ポリマーとして、極限粘度0.62のポリエチレンナフタレートチップを65Paの真空度下、120℃で2時間予備結晶化した後、同真空下240℃で16〜20時間固相重合を行い、極限粘度0.63〜0.93のポリエチレンナフタレートチップを得た。
また、高伸度用ポリマーとして極限粘度が0.41〜0.71のポリエチレンナフタレートを準備し120℃で2時間予備乾燥を行った後、140℃で4時間本乾燥を行った。
【0025】
上記両ポリマーを、300℃で溶融した後、半分割型の口金を用い、低伸度糸用ポリマーを15ホール、高伸度糸用ポリマーを5ホールから吐出させ、紡糸下方に設けた横吹き紡糸筒内で室温の空気で冷却固化せしめて、両糸が混繊された状態で油剤を付与した後、1200m/分で引き取って180dtex/20フイラメントの未延伸糸を得た。該未延伸糸は144dtexの低伸度糸と36dtexの高伸度糸とで構成されたものであった。
但し、比較例4の未延伸糸は162dtexの低伸度糸と18dtexの高伸度糸で構成されたものであり、また、比較例5の未延伸糸は126dtexの低伸度糸と54dtexの高伸度糸とで構成されたものであった。
【0026】
次に、この未延伸糸を延伸機に掛けて、以下の条件で延伸を行った。即ち、直径90mmの余熱ローラの表面温度を90℃とし、速度200m/分で6ターンさせ、続いて直径120mmの延伸セットローラの表面温度を140℃とし、速度600m/分で4ターンさせて延伸と熱セットを終え、続いて、直径120mmの二次セットローラの表面温度を200℃とし、速度595m/分で4ターンさせて、熱セットを加えた後巻き取った。得られた延伸糸の平均繊度は59dtexであった。
【0027】
(ミシン糸の製造)
上記延伸糸に1050T/MのS撚りを施した後、3本あわせて、700T/MのZ撚りを施しミシン糸とした後、チーズに巻き取り、130℃、40分の染色処理を行なった。染色方法としては、チーズを重ね合わせ、圧縮荷重を掛け延伸糸に張力が掛かった状態で処理した。乾燥後、シリコン系油剤を3%塗布してミシン糸とした。
得られた延伸糸及びミシン糸の性能を表1に示す。尚、延伸糸中の低伸度糸と高伸度糸の強伸度は、延伸糸中より単繊維を各5本ランダムに抜き取り、単繊維強伸測定機に掛けて測定した結果を平均値で表したものである。
【0028】
【表1】

【0029】
実施例1は本縫い及びバック縫いとも良好な可縫性を示した。また、縫製後のミシン糸外観は若干の単糸切れが見られたものの、実用上、全く問題のないレベルであった。
実施例2〜4は本縫い及びバツク縫いとも全く問題のない良好な可縫性を示し、ミシン糸外観も均一で且つ光沢に富むものであつた。
比較例1は本縫い及びバック縫いでミシン糸の切断が起こった。これは強度を保持する低伸度糸の極限粘度が低く、ミシン糸強度が低いことに起因する。
比較例2は本縫いは全く問題なく良好な可縫性をしめしたが、バック縫いではミシン糸の切断が起こった。これは低伸度糸と高伸度糸の極限粘度の差が少なく且つ、高伸度糸の極限粘度が高いのでセット性が悪くなったことに起因する。
比較例3では本縫いバック縫いとも多数の単糸切れや単糸脱落が発生し、外観の均一性に欠けるものであった。これは高伸度糸の極限粘度が低すぎることに起因する。
比較例4は、縫い及びバック縫いでミシン糸の切断が起こった。これは、高伸度糸の熱セット性が不足してミシン糸のトルク発生を抑えることができなくなったことに起因する。
比較例5は、本縫い及びバック縫いともに良好な可縫性を示したが、ミシン糸として必要な強度が不足している。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明によれば、ループやゆるみの形成に起因する欠点を改良し、フィラメントの光沢を残しつつ均一な縫目を形成することが可能で、且つ高速縫製性の良好なフィラメントミシン糸を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
極限粘度〔η〕が0.7〜0.9の範囲にあるポリエステルフィラメントAと、該ポリエステルフィラメントAよりも極限粘度〔η〕が0.2〜0.5低く、且つ伸度の大きいポリエステルフィラメントBとが紡糸工程で混繊された紡糸混繊糸から構成されていることを特徴とするフィラメントミシン糸。
【請求項2】
全繰り返し単位中の少なくとも90モル%がエチレン−2,6−ナフタレート単位であるポリエステルから形成され、ポリエステルフィラメントAとBとの混繊比率が70:30〜90:10である請求項1記載のフィラメントミシン糸。

【公開番号】特開2007−146307(P2007−146307A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−338361(P2005−338361)
【出願日】平成17年11月24日(2005.11.24)
【出願人】(302011711)帝人ファイバー株式会社 (1,101)
【Fターム(参考)】