説明

フィルム劣化防止材、除ガス・調湿材及び酸性ガス除去剤

【課題】本件発明の課題は、雰囲気中の酢酸ガス等の酸性ガスを迅速に除去することができ、且つ、必要に応じて保存容器内をTACフィルム等の保存対象物の保存等に適した湿度に保つことができるフィルム劣化防止材、除ガス・調湿材及び酸性ガス除去剤を提供することにある。
【解決手段】上記課題を解決するため、雰囲気中の酢酸を除去するための酢酸除去剤としてカルボン酸塩を含むことを特徴とするフィルム劣化防止材を提供する。また、酢酸除去剤としてカルボン酸塩を用いた除ガス・調湿材及び、酸性ガス除去剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、三酢酸セルロースフィルムをベースフィルムとした記録保存用フィルムを保存する際に用いるフィルム劣化防止材、及び、環境中に存在する酢酸ガス等の酸性ガスを除去し、必要に応じて雰囲気湿度を所定の湿度に調湿可能な除ガス・調湿材、及び酸性ガス除去剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、三酢酸セルロース(TAC)をベースフィルムとした記録保存用フィルム(以下、「TACフィルム」と称する。)は、「映画フィルム」、「マイクロフィルム」、「写真フィルム」、「磁気記録フィルム」等の形態で、種々の歴史的資料や文献等を記録し、これらを保存するために用いられている。TACフィルムは、過去使用されていたニトロセルロースフィルムと比較すると、耐燃性が高く、安全フィルムと称されると共に、100年以上の保存も可能であると謳われてきた。
【0003】
しかしながら、近年、通常の保存環境下では、ビネガーシンドロームと称される現象が生じ、30年程度でTACフィルムの劣化が始まることが明らかになってきた(例えば、「非特許文献1」参照)。TACフィルムを高湿環境下において保存した場合、温度及び湿度等を要因としてTACの加水分解が生じる。TACの加水分解に伴って発生する酢酸ガスは、触媒として働き、TACの加水分解反応を促進する。ビネガーシンドロームとは、このようなTACの加水分解により生じるフィルムの急激な劣化現象を指す。
【0004】
そこで、保存雰囲気中の湿度を低減すると共に、酢酸ガスを除去するための調湿・吸ガス性成形品が提案されている(例えば、「特許文献1」参照)。特許文献1に記載の調湿・吸ガス性成形品は、熱可塑性樹脂を調湿剤(硫酸マグネシウム)とガス吸収剤とともに混練成形して得られたものである。この調湿・吸ガス性成形品と共にTACフィルムを保存容器内に保存し、酢酸濃度がTACフィルムの加水分解時における汎用容器内の酢酸濃度と同程度になるように酢酸を保存容器内に注入したところ、少なくとも13日目には検出できないレベルにまで除去することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−217913号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「マイクロ化試料30年でもう劣化」:朝日新聞 1993年12月27日、夕刊
【非特許文献2】安江 明夫、「マイクロ資料の劣化−原因と対処」、http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~library/gaiyo/asia_lec/rep/3_yasue.pdf
【非特許文献3】金澤 勇二、「映画用フィルムの劣化」http://www.hozon.co.jp/cap/con-con/archives/kanazawa02.htm
【非特許文献4】「マイクロフィルムの保存の手引き」、(社) 日本画像情報マネジメント協会発行、http://www.kms.gol.com/shiryou/shiryou.htm
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1に記載の調湿・吸ガス性成形品では、保存容器内の酢酸ガス濃度を検出できないレベルにするには、13日程度を要するため、酢酸ガスの除去速度の改善が求められる。上述したように、TACの加水分解時においては酢酸ガスが触媒として機能するため、TACの加水分解を抑制するには保存容器内の酢酸を迅速に除去する必要がある。また、上記調湿・吸ガス性成形品では、主に吸着作用により雰囲気中の酢酸を除去するため、吸着した酢酸を放出する恐れがある。更に、保存容器内において酢酸ガスが継続的に発生若しくは侵入する場合には、酢酸ガスを十分に保存雰囲気から除去することができないという課題があった。
【0008】
また、上記調湿・吸ガス性成形品は、保存容器内の湿度をRH21%程度に保持するように調製されている。これは、保存容器内の湿度が20%RH未満になると、ベースフィルムに支持されている銀乳剤層(ゼラチン層)のひび割れが生じるため保存容器内の湿度を低くしすぎることはできないためであることが考えられる。一方、保存容器内の湿度が40%RHを超えると酢酸ガスの発生が促進される。従って、保存容器内の湿度は20%RH〜40%RHの範囲内に保つ必要がある。
【0009】
そこで、本件発明の課題は、雰囲気中の酢酸ガス等の酸性ガスを迅速に除去することができ、且つ、必要に応じて保存容器内をTACフィルム等の保存対象物の保存等に適した湿度に保つことができるフィルム劣化防止材、除ガス・調湿材及び酸性ガス除去剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、鋭意研究を行った結果、以下のフィルム劣化防止材、除ガス・調湿材及び酸性ガス除去剤を採用することで上記課題を達成するに到った。
【0011】
本件発明に係るフィルム劣化防止材は、雰囲気中の酢酸を除去するための酢酸除去剤としてカルボン酸塩を含むことを特徴とする。
【0012】
本件発明に係るフィルム劣化防止材において、脂肪族カルボン酸塩、芳香族カルボン酸塩、及びポリカルボン酸塩であることが好ましい。また、本件発明では、特にこれらのアルカリ金属塩(ナトリウム塩、カリウム塩等)又はアンモニウム塩が好ましい。
【0013】
本件発明に係るフィルム劣化防止材において、前記カルボン酸塩のうち、雰囲気湿度を20%〜40%の範囲内に維持する調湿能力を有するものを用いることがより好ましい。
【0014】
本件発明に係るフィルム劣化防止材において、前記カルボン酸塩と共に、雰囲気湿度を20%〜40%の範囲内に維持する調湿能力を有する化合物を調湿剤として用いることが好ましい。
【0015】
本件発明に係るフィルム劣化防止材は、少なくとも前記酢酸除去剤を成分とするフィルム劣化防止剤を熱可塑性樹脂と混練成形して得られるものであってもよい。
【0016】
また、本件発明に係るフィルム劣化防止材は、少なくとも前記酢酸除去剤を成分とするフィルム劣化防止剤を袋体の中に封入して成るものであってもよい。
【0017】
さらに、本件発明に係るフィルム劣化防止材は、少なくとも前記酢酸除去剤を成分とするフィルム劣化防止剤をシート状に加工して成るものであってもよい。
【0018】
本件発明に係るフィルム劣化防止材において、外部から視認可能な位置に、雰囲気中の酸性度を表すインジケータを備えることが好ましい。
【0019】
本件発明に係るフィルム劣化防止材において、外部から視認可能な位置に、雰囲気中の湿度を表すインジケータを備えることがより好ましい。
【0020】
本件発明に係る除ガス・調湿材は、雰囲気中の酸性ガスを除去するためのガス除去剤としてカルボン酸塩を含むことを特徴とする。
【0021】
本件発明に係る除ガス・調湿材は、前記カルボン酸塩のうち、雰囲気湿度を所定の値に維持する調湿能力を有するものを用いることが好ましい。
【0022】
本件発明に係る除ガス・調湿材は、前記カルボン酸塩と共に、雰囲気湿度を所定の値に維持する調湿能力を有する化合物を調湿剤として用いることが好ましい。
【0023】
本件発明に係る酸性ガス除去剤は、カルボン酸塩により雰囲気中の酸性ガスを除去させることを特徴とする。
【0024】
なお、本件発明に係る除ガス・調湿材及び酢酸除去剤は、フィルム劣化防止材と同様の構成を備えてもよいのは勿論である。
【発明の効果】
【0025】
本件発明によれば、カルボン酸塩を酢酸除去剤として用いることにより、雰囲気中の酢酸ガス等を迅速に除去することができ、且つ、保存容器内をTACフィルム等の保存対象物の保存に適した湿度に保つことができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施例1の酢酸除去剤(試料1)を用いたときの酢酸濃度変化を示す図である。
【図2】実施例1の酢酸除去剤を用いたときの湿度変化を示す図である。
【図3】実施例2の酢酸除去剤(試料2)を用いたときの酢酸濃度変化を示す図である。
【図4】実施例2の酢酸除去剤を用いたときの湿度変化を示す図である。
【図5】実施例3(試料3)の酢酸除去剤を用いたときの酢酸濃度変化を示す図である。
【図6】実施例4(試料4)の酢酸除去剤を用いたときの酢酸濃度変化を示す図である。
【図7】実施例5(試料5)の酢酸除去剤を用いたときの酢酸濃度変化を示す図である。
【図8】比較例1(比較試料1)の酢酸除去剤を用いたときの酢酸濃度変化を示す図である。
【図9】比較例1の酢酸除去剤を用いたときの湿度変化を示す図である。
【図10】比較例2(比較試料2)の酢酸除去剤を用いたときの酢酸濃度変化を示す図である。
【図11】比較例2の酢酸除去剤を用いたときの湿度変化を示す図である。
【図12】比較例3(比較試料3)の酢酸除去剤を用いたときの酢酸濃度変化及び湿度変化を示す図である。
【図13】比較例4(比較試料4)の酢酸除去剤を用いたときの酢酸濃度変化を示す図である。
【図14】比較例4の酢酸除去剤を用いたときの湿度変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本件発明に係るフィルム劣化防止材、除ガス・調湿材及び酢酸除去剤の実施の形態を説明する。
【0028】
1.フィルム劣化防止材
まず、本件発明に係るフィルム劣化防止材の実施の形態を説明する。本実施の形態のフィルム劣化防止材は、いわゆるTACフィルム等の記録用フィルムを保存する際に、フィルムの劣化を防止するために用いられるものである。特に、本件発明に係るフィルム劣化防止材は、いわゆるビネガーシンドロームの発生を防止、或いはビネガーシンドロームの進行を抑制するために好適に用いることができる。また、本件発明に係るフィルム劣化防止材は、TACフィルムに限らず、PETフィルム等の銀乳剤層(ゼラチン層)を有する記録用フィルムを保存する際に、その銀乳剤層のひび割れを防止することができる。以下では、記録用フィルムとして、主として、TACフィルムを例に挙げて説明する。また、当該フィルム劣化防止材の構成を説明するに先立ち、ビネガーシンドロームを発生又は進行させる要因について説明する。
【0029】
1−1.ビネガーシンドロームの要因
ビネガーシンドロームとは、上述したように、TACの加水分解により生じるフィルムの急激な劣化現象を指す。TACの加水分解を進行させる要因として、(1)TAC合成時の触媒(硫酸)の残存、(2)雰囲気湿度及び雰囲気温度、(3)TACの加水分解に伴い発生する酢酸ガスが考えられる。
【0030】
(1)触媒(硫酸)の残存
TACは、理論的には、セルロースを構成するグルコース単位の3つのヒドロキシル基を全てアセチル化した物質をいう。TACは、工業的には、セルロースと無水酢酸とを反応させることにより得られる。セルロースと無水酢酸との反応の際には、硫酸が触媒として用いられる場合が多い。触媒として用いられた硫酸は製造の過程で取り除かれるが、触媒痕として、TACフィルム内には僅かではあるが硫酸が残存すると考えられる。
【0031】
(2)雰囲気湿度及び雰囲気温度
TACフィルムを保存容器内に保存する場合、この保存容器内の雰囲気湿度及び雰囲気温度が一定の条件に達した場合、上述した硫酸の存在等により、TACの加水分解反応が起こりやすくなる。TACの加水分解反応により、TACはセルロースと、酢酸とに分解する。酢酸が発生すると保存容器内に酢酸臭が発生するようになる。実際の保存条件によっても異なるが、文献(上記「非特許文献2」〜「非特許文献4」参照)によれば、密閉容器内でTACフィルムを湿度50%RH、24℃の条件で保存した場合、保存開始から30年程度で酢酸臭が生じるようになるとされている。また、雰囲気湿度及び/又は雰囲気温度が高いほど、酢酸臭が発生するまでの期間は短くなることが報告されている。当該文献によれば、密閉容器内でTACフィルムを湿度50%RH、30℃の条件でTACフィルムを保存した場合には、15年〜20年程度、湿度70%RH、35℃の条件でTACフィルムを保存した場合には6、7年程度で酢酸臭が出始めるようになるということである。一方、雰囲気湿度が20%RH未満である場合、ベースフィルムに支持されている銀乳剤層(ゼラチン層)のひび割れが生じ、その結果、TACフィルムに記録された情報が損失する恐れがあるため好ましくない。
【0032】
(3)酢酸ガス
TACの加水分解によって酢酸ガスが生じると、この発生した酢酸ガスはTACの加水分解を促進する触媒となる。従って、保存容器内で酢酸臭がするようになると、TACの加水分解が促進されて、急激にTACフィルムの劣化が進行するようになる。
【0033】
1−2.フィルム劣化防止材の構成材料
(1)概要
上記のビネガーシンドロームの要因を鑑みれば、TACフィルムに残存する硫酸を除去するのは困難であることから、ビネガーシンドロームの発生防止又は進行抑制を図るには、保存雰囲気の湿度を調湿すると共に、雰囲気中の酢酸ガスを迅速に取り除く必要がある。当該観点の下、本件発明者等は、カルボン酸塩を酢酸除去剤(及び調湿剤)として採用する本件発明に係るフィルム劣化防止材に想到した。
【0034】
(2)カルボン酸塩
まず、本件発明に係るフィルム劣化防止材の主たる構成材料であるカルボン酸塩について説明する。カルボン酸塩とは、カルボン酸をアルカリにより中和して得られる塩を指し、「−COO」で表される構造を有するものを指す。但し、「M」は、アルカリ金属(Na、K、Li、Rb、Cs)若しくは有機アミン類(特に、第4級有機アミン類)であることが好ましい。ここで、アルカリ金属としては、Na又はKを用いることが好ましく、有機アミン類としては、第4級有機アミン類であるコリン、テトラアルキルアミン等を用いることが好ましい。すなわち、本件発明では、酢酸除去剤としてカルボン酸のアルカリ金属塩又はアンモニウム塩を採用することが好ましく、カルボン酸ナトリウム塩、カルボン酸カリウム塩若しくは、カルボキシル酸の第4級有機アンモニウム塩を採用することが好ましい。なお、カルボン酸は、カルボシル基を有する有機化合物(一般式:RCOOH)を指し、モノカルボン酸、ジカルボン酸及びトリカルボン酸のいずれであってもよい。
【0035】
a)適用可能なカルボン酸塩の種類
本件発明では、カルボン酸塩として、脂肪族カルボン酸塩、芳香族カルボン酸塩及びポリカルボン酸塩を用いることができる。ここで、脂肪族カルボン酸塩とは、芳香族以外の有機化合物であってカルボキシル基を有する化合物の塩を指し、例えば、ステアリン酸塩、酒石酸塩等を用いることができる。芳香族カルボン酸塩とは、芳香族性を有する環式炭化水素及びその誘導体の塩を指し、例えば、安息香酸塩、フタル酸塩等を用いることができる。ポリカルボン酸塩とは、脂肪族カルボン酸及び/又は芳香族カルボン酸を単量体とするポリカルボン酸の塩を指し、例えば、ポリアクリル酸塩、ポリマレイン酸塩、カルボキシメチルセルロース塩等を用いることができる。なお、脂肪族カルボン酸又は芳香族カルボン酸と称した場合、一般に、これらにはポリカルボン酸も含まれると解するが、本件発明では脂肪族カルボン酸又は芳香族カルボン酸と称した場合、主として、これらの単量体を指し、重合体であるポリカルボン酸と区別するものとする。
【0036】
これらのカルボン酸塩は、いずれも雰囲気中の酢酸ガスを取り除くことが可能であり、従来の吸着タイプの吸ガス剤と比較した場合、酢酸を迅速に取り除くことができる。また、従来の吸ガス剤と同量のカルボン酸塩を用いた場合、従来の吸ガス剤と比較すると酢酸を除去可能な量が多い。さらに、酢酸除去量が一定限度に達した場合、それ以上の酢酸を除去することはできなくなるが、従来に比して酢酸除去量が多いため、当該フィルム劣化防止材の取り替え期間を長期化することができる。これと共に、酢酸除去能が経時的に劣化することなく、酢酸除去可能な量に達する前に劣化により酢酸除去が不能になるのを防止することができる。このカルボン酸塩の酢酸除去作用に関与する化学構造部分が多くなるという観点から、中和度の高いカルボン酸塩を用いることが好ましく、当該酢酸除去作用を生じさせやすくするという観点から酸解離定数が酢酸よりも低いカルボン酸の塩を用いることが好ましい。なお、これらの点については後述する。
【0037】
また、カルボン酸塩の中には雰囲気湿度を、TACフィルム等の保存対象物の保存に適した所定の湿度範囲内の値に調湿する調湿能力を有する化合物がある。従って、本件発明では、上記カルボン酸塩のうち、雰囲気湿度を20%〜40%の範囲内に維持する調湿能力を有するものを用いることがより好ましい。このような調湿能力を有するカルボン酸塩を用いることにより、カルボン酸塩を酢酸除去剤としてだけではなく、調湿剤としても用いることができ、別途調湿剤を用意する必要がないため好ましい。
以下、カルボン酸塩の酢酸除去作用及び調湿作用のメカニズムについて説明した上で、酢酸除去剤としてより好ましく用いることのできるカルボン酸塩について説明する。
【0038】
b)酢酸除去作用
まず、カルボン酸塩の酢酸除去作用について説明する。カルボン酸塩の酢酸除去作用は、雰囲気中の酢酸とのイオン交換型若しくは配位結合型の化学反応によるものであると考えられる。雰囲気中に酢酸が存在する場合、カルボン酸塩の「−COO」で表される化学構造部分は酢酸(CHCOOH)とイオン交換型若しくは配位結合型の化学反応を行い、「−COOH]とカルボキシル基に戻る。一方、雰囲気中の酢酸は「CHCOO」となり、中和される。このような作用により、雰囲気中の酢酸がカルボン酸により取り除かれると考えられる。
【0039】
中和度: 従って、上記酢酸除去作用に関与する「−COO」構造部分が全体に占める割合が多くなり、雰囲気中の酢酸を除去する能力が高くなるという観点から、中和度の高いカルボン酸塩を用いることが好ましい。ここで、中和度が高いとは、中和度が少なくとも50%以上であることを指す。中和度が高ければ高い方が酢酸を除去する能力が高くなることから、カルボン酸塩の中和度は70%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましく、100%であることが最も好ましい。
【0040】
酸解離定数: また、上記酢酸除去作用を生じさせやすくするという観点から、上述した様に、酸解離定数が酢酸よりも低いカルボン酸の塩を酢酸除去剤として用いることが好ましい。酢酸の方が酸解離定数が高い場合、雰囲気中に存在する酢酸は、プロトン(H)を放出して酢酸塩を形成し、カルボン酸塩はアルカリ金属イオン(M)若しくは有機アミンを放出してプロトン(H)と結びついた方が系内で安定に存在することができる。このため、上述したイオン交換型若しくは配位結合型の化学反応が起こりやすくなり、それぞれが酢酸塩、或いは、カルボン酸として存在した方が安定になる。従って、酸解離定数が酢酸よりも低いカルボン酸の塩を酢酸除去剤として用いることが好ましい。例えば、ポリアクリル酸塩やポリマレイン酸塩の酸解離定数は、その単量体であるアクリル酸塩やマレイン酸塩の酸解離定数と比較すると低く、且つ、酢酸の酸解離定数よりも低い。また、鎖状構造の長いアルキル基を有するカルボン酸の酸解離定数も酢酸と比較すると低くなる。従って、当該観点から、上記カルボン酸の中でのポリカルボン酸をより好ましく用いることができる。
【0041】
なお、カルボン酸塩の酢酸除去作用は、カルボン酸塩と酢酸との水素結合によっても生じると考えられる。すなわち、カルボン酸塩は、その中和度に応じて分子内にヒドロキシル基を有する。このヒドロキシル基と、雰囲気中の酢酸とが水素結合することにより、雰囲気中の酢酸をカルボン酸塩により捕捉される。これにより、雰囲気中の酢酸濃度を低下させることができる。
【0042】
c)調湿作用
次に、カルボン酸塩の調湿作用について説明する。カルボン酸塩の調湿作用は、飽和塩溶液の調湿作用と同様に考えることができる。つまり、塩類の飽和水溶液と平衡状態にある空気の相対湿度は、塩の種類と溶液の温度で定まる。これは、いわゆる飽和塩法と称される調湿方法の一つである。従って、カルボン酸塩の飽和水溶液を調製した場合、このカルボン酸塩の飽和水溶液と保存雰囲気とが平衡状態にある場合、カルボン酸塩の種類と、溶液の温度、すなわち雰囲気温度とにより、雰囲気湿度を所定の値に調湿することが可能になると考えられる。
【0043】
ここで、本件発明に係るフィルム劣化防止材は、TACフィルム等の保存対象物と共に、例えば、密閉容器内等に収容されて用いられる。従って、取り扱いの容易さを考慮すると、フィルム劣化材から水分が漏洩することは好ましくなく、カルボン酸塩の飽和水溶液を調湿剤として機能させることは避けた方が好ましい。そこで、本件発明者等は、固体である塩は、飽和水溶液から水分を全て除去したものであるという観点から、鋭意研究を行ったところ、固体のカルボン酸塩そのものを用いた場合であっても、飽和水溶液を調製した場合と同様に調湿作用を示すことを確認した。
【0044】
さらに、本件発明者等の鋭意研究の下、カルボン酸塩の中には、TACフィルム等の保存対象物の保存に適した湿度、すなわち保存対象物の劣化を引き起こさない湿度(20%RH〜40%RH)に調湿可能な化合物があることを見出した。具体的には、上述したカルボン酸塩のうち、ポリカルボン酸塩に属する化合物、特に、ポリアクリル酸塩、ポリマレイン酸塩、カルボキシメチルセルロース塩等は、TACフィルムの保存に適した湿度(20%RH〜40%RH)に調湿することができることを見出した。このような調湿能力を有するカルボン酸塩を酢酸除去剤として用いた場合、カルボン酸塩により雰囲気中の酢酸を除去すると共に、雰囲気湿度を一定の値に調湿することが可能になる。
【0045】
従って、上記カルボン酸塩のうち、雰囲気湿度を20%〜40%の範囲内に維持する調湿能力を有するものを用いることがより好ましい。特に、ポリマレイン酸塩、カルボキシメチルセルロース塩等のポリアクリル酸は、当該調湿能力を有すると共に、酸解離定数が酢酸よりも低いため、酢酸除去能も高い。従って、酢酸除去能がより高く、調湿剤を別途設ける必要がないという観点から、中和度の高いポリアクリル酸を酢酸除去剤として用いることが最も好ましい。また、例えば、三次元架橋構造を有するポリアクリル酸は、おむつなどの衛生用品の高吸水材料等として使用されている。本件発明においても三次元架橋構造を有するポリカルボン酸を使用することができ、ポリアクリル酸のように吸水性を有するポリカルボン酸であれば、吸湿した水分を捕捉し、外部に漏出することがないため好ましい。
【0046】
なお、カルボン酸塩が調湿能力を有さない場合であっても、次に説明する調湿剤を別途用意することにより、TACフィルム等の保存に適した湿度に調整することが可能である。このため、酢酸除去剤として用いるカルボン酸塩は、当該調湿能力を必ずしも備える必要はない。
【0047】
(3)調湿剤
本件発明に係るフィルム劣化防止材において、上記カルボン酸塩と共に、雰囲気湿度を20%RH〜40%RHの範囲内の所定の値に維持する調湿能力を有する化合物を調湿剤として用いることができる。上述したとおり、酢酸除去剤として用いるカルボン酸塩が当該調湿能力を有するものである場合、調湿剤を別途用いる必要はない。また、酢酸除去剤として用いるカルボン酸塩が当該調湿能力を有するものであっても、カルボン酸塩の調湿能力を補完するために、別途、調湿剤を用いてもよい。
【0048】
当該調湿剤は、雰囲気湿度を20%RH〜40%RHの範囲内の所定の値に維持することができれば、どのようなものを用いてもよく、特に限定されるものではない。例えば、上述した飽和塩法に基づき、酢酸アルカリ塩(例えば、酢酸ナトリウム塩、酢酸カリウム塩等)等の塩類を用いることができる。また、硫酸マグネシウム等を用いてもよい。
【0049】
フィルム劣化防止材の取り扱い性を考慮した場合、上述した様に、当該調湿剤も固体であることが好ましい。また、多湿環境下において、吸湿した水分を結晶水として、自身の分子構造内に取り込み安定化することが可能な化合物を用いることが好ましい。この場合、吸湿した水分が液体としてフィルム劣化防止材内に存在しないため、外部に水分が漏洩し、フィルム等に水分が付着するのを防止することができる。なお、ポリカルボン酸塩を調湿剤としても用いる場合、或いは、上述した酢酸アルカリ塩は、いずれも吸湿した水分を結晶水として自身の分子構造内に取り込み安定化させることができ、当該観点からもこれらにより保存雰囲気内の調湿を行うことが好ましい。
【0050】
1−3.フィルム劣化防止材の製品態様
次に、本件発明に係るフィルム劣化防止材の製品態様について説明する。当該フィルム劣化防止材は、以下のような製品態様を有し、上記酢酸除去剤としてのカルボン酸塩を成分とするフィルム劣化防止剤の取り扱い性を向上したものであることが好ましい。なお、ここでいうフィルム劣化防止剤は、少なくとも上記酢酸除去剤を成分とするものであり、必要に応じて調湿剤も成分として含むことができる。また、その他、フィルム劣化防止性能を向上するための他の成分を含んでもよい。ここでは、カルボン酸塩、又は、カルボン酸塩と他の成分との混合物を指して、フィルム劣化防止剤と称する。
【0051】
(1)第一の製品態様
本件発明に係るフィルム劣化防止材の第一の製品態様として、上記フィルム劣化防止剤を熱可塑性樹脂と混練成形して得られるものとすることができる。
【0052】
熱可塑性樹脂は、特に、限定することなく公知のものを用いることができる。例えば、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリカーボネート(PC),ポリアセタール(ポリオキシメチレン POM)、ポリテレフタル酸ブチレン(PBT)、ポリテレフタル酸エチレン(PET)、ポリフェニレンオキシド(PPO)、ポリアミド(PA)、エチレン−酢酸ビニル共重合体(EVA)、エチレン−メタクリレート共重合体、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリスチレン(PS)、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体(ABS)、アクリロニトリル−スチレン共重合体(AS)、ポリエステル、ポリアクリル酸エステル、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)等を用いることができ、これらは1種又は2種以上を混合して用いることができる。
【0053】
これらの中でも、成形品に対する水分、ガスの透過性が適切である樹脂を採用することが好ましく、当該観点から、ポリオレフィン樹脂、より好ましくは、低密度ポリエチレン樹脂を用いることが好ましい。
【0054】
なお、フィルム劣化防止材を熱可塑性樹脂と混練成形する際には、公知の方法を採用することができ、特に限定されるものではない。
【0055】
(2)第二の製品態様
また、本件発明に係るフィルム劣化防止材は、上記フィルム劣化防止剤を袋体の中に封入して成るものであってもよい。
【0056】
ここで、袋体とは、例えば、シート状の包装部材を袋状に形成したものを指し、当該袋体の内部にフィルム劣化防止剤を封入した状態で、フィルム劣化防止剤が袋体の外部に漏出しないように形成されたものであることが好ましい。
【0057】
袋体を構成するシート状の包装部材としては、紙、不織布、或いは、食品等の包装に用いられる樹脂等から構成される包装用フィルム等を用いることができる。これらの包装部材についても、袋体の内部に対する水分、ガスの透過性が適切である材料であることが好ましい。また、包装用フィルムとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリアミド等からなるフィルムを用いることができる。ここで、ガス透過性の低いポリエステル、ポリアミド等からなるフィルムについてはごく微小のピンホールを開けて用いることが好ましい。より具体的には、ポリエチレンとしては低密度ポリエチレン(LDPE)、直鎖低密度ポリエチレン(LLDPE)、ポリプロピレンとしては無延伸ポリプロピレン(OPP)、二軸延伸ポリプロピレン(CPP)等が好ましく用いられる。これらの合成樹脂フィルムは単層フィルムのみならず、異なる材質のフィルムを積層した積層フィルムとしても用いられる。これらの積層フィルムとしては、OPP/CPP、OPP/LDPE、PET/LDPE、PET/CPP等の二層フィルム、LDPE/OPP/LDPE、LDPE/CPP/LDPE、CPP/OPP/LDPE等の三層以上のフィルムが挙げられる。
【0058】
(3)第三の製品態様
さらに、本件発明に係るフィルム劣化防止材は、上記フィルム劣化防止剤をシート状に加工して成るものであってもよい。例えば、上述の熱可塑性樹脂等と共に混練して、シート状に加工したものであってもよいし、シート状に加工する方法に特に限定はない。
【0059】
但し、本件発明に係るフィルム劣化防止材は、上記例示した3つの製品態様に限定されるものではなく、どのような製品態様であってもよい。例えば、粉状のフィルム劣化防止剤そのものであってもよく、通気性を有する包装容器内にフィルム劣化防止剤を収容させたものであってもよく、特に限定されるものではない。なお、上記いずれの製品態様を採用した場合であっても、フィルム劣化防止材には以下のインジケータ類を設けることが好ましい。
【0060】
(4)インジケータ類
上述した各製品態様のいずれを採用してもよいが、これらのフィルム劣化防止材には雰囲気中の酸性度を表すインジケータ、及び/又は、雰囲気中の湿度を表すインジケータを設けることが好ましい。これらのインジケータは、フィルム劣化防止材において、外部から視認可能な位置に設けられることが好ましい。雰囲気中の酸性度や湿度を、外部から容易に視認することができるようにするためである。
【0061】
a)酸性度を表すインジケータ
酸性度を表すインジケータとして、例えば、紙等のシート状媒体に、雰囲気中のpHによって呈色が変化する色素(pH指示薬)等を含む溶液を担持させたものを用いることができる。すなわち、pH試験紙と同様の構成を採用することができる。
【0062】
b)湿度を表すインジケータ
湿度を表すインジケータとして、雰囲気中の湿度によって呈色が変化する金属錯体(例えば、CoCl・nHO)等を含むものを採用することができる。
【0063】
2.除ガス・調湿材
2−1.除ガス・調湿材の構成
次に、本件発明に係る除ガス・調湿材の実施の形態を説明する。本件発明に係る除ガス・調湿材は、カルボン酸塩をガス除去剤として用いることを特徴とするものであり、上述したフィルム劣化防止材と略同様の構成を採用することができる。
【0064】
(1)カルボン酸塩
すなわち、カルボン酸塩をガス除去剤として用い、カルボ酸塩により雰囲気中に酢酸等の酸性ガスが存在する場合、上述したイオン交換型の化学反応等によりこれを除去する。但し、当該除ガス・調湿材では、主として、カルボン酸の酸乖離定数よりも高い酸を除去可能である。換言すれば、除去対象とする酸性ガスを構成する化合物の酸解離定数よりも低い酸解離定数を有するカルボン酸の塩を用いることにより、当該酸性ガスを除去することができる。その他の事項に関しては、フィルム劣化防止材において用いる酢酸除去剤と同様に考えることができる。
【0065】
(2)調湿剤
フィルム劣化防止材と同様に、当該除ガス・調湿材は雰囲気湿度を所定の値に調湿する調湿能力を有する調湿剤を含むことが好ましい。ガス除去剤として用いるカルボン酸塩に当該調湿能力がある場合には、調湿剤を別途用意する必要はない。また、調湿剤は、フィルム劣化防止材と同様のものを用いることができる。但し、例えば、当該除ガス・調湿材を保存対象物を保存する際に使用する場合、保存対象物の保存に適した湿度範囲内の所定の値に調湿することのできる調湿剤を用いることが好ましい。
【0066】
2−2.除ガス・調湿材の製品態様及び用途
(1)製品態様
本件発明に係る除ガス・調湿材は、フィルム劣化防止材と同様の製品態様を取ることができる。従って、ここでは説明を省略する。
【0067】
(2)用途
除ガス・調湿材は、フィルム劣化防止材と同様に、酸性ガス、或いは湿度が保存対象物等に悪影響を及ぼす恐れがある場合、保存対象物の劣化を防止するために用いることができる。この場合、例えば、保存対象物と共に除ガス・調湿材を保存容器、或いは、保存庫内などに収容して使用することにより、保存雰囲気中に存在する酸性ガスを取り除くことができ、雰囲気湿度を保存対象物の保存に適した湿度に調湿することができる。
【0068】
また、当該除ガス・調湿材は、保存対象物と共に使用するだけではなく、例えば、居室内の居住性を向上する等、雰囲気中から酸性ガスを除去し、且つ、湿度を所定の値に調湿することが好ましい場合などに用いることができる。例えば、居室内に揮発性有機化合物(VOC(volatile organic compounds))等に起因する酸性ガスが存在する場合、これらの酸性ガスを除去して、居住性を向上する等の目的で用いることができる。
【0069】
3.酢性ガス除去剤
次に、本件発明に係る酸性ガス除去剤について説明する。本件発明に係る酸性ガス除去剤は、カルボン酸塩により雰囲気中の酸性ガスを吸収させることを特徴とする。
【0070】
カルボン酸塩は、フィルム劣化防止材及び/又は除ガス・調湿材で用いる酢酸除去剤と同様のものを用いることができる。また、他の構成についても、調湿剤を別途含まない以外は、フィルム劣化防止材及び/又は除ガス・調湿材と同様の構成及び製品態様を採用することができる。
【0071】
また、当該酸性ガス除去剤の用途は、概ね、除ガス・調湿材と同様であり、雰囲気湿度を調湿する必要性がない場合、他の調湿剤と共に使用する場合などに用いることができる。例えば、当該酸性ガス除去剤をフィルター等のシート状に形成した場合、空気清浄機の吸気経路上に配置し、居室内の酸性ガスを当該フィルター状の酸性ガス除去剤により除去することができる。
【0072】
上記説明した実施の形態は、本件発明の一態様であり、本件発明の趣旨を逸脱しない範囲内において適宜変更することができる。例えば、用途・形状等は特に限定されるものではなく、フィルム劣化防止剤に含まれる成分は、カルボン酸塩を除いて、適宜、種々の機能を付与するための添加剤等を含んでもよいのは勿論である。
【0073】
以下では実施例を挙げて、本件発明をより具体的に説明するが、下記実施例に本件発明が限定されるものではないのは勿論である。また、以下の実施例では、主として、酢酸除去剤として用いるカルボン酸塩の酢酸除去能力と、その調湿能力の有無について評価した結果を示す。
【実施例1】
【0074】
実施例1では、酢酸除去剤(酸性ガス除去剤)として、ポリカルボン酸塩であるポリアクリル酸ナトリウム塩(CHCHCOONa)(和光純薬工業株式会社製:中和度100%、重合度22,000〜70,000)を採用した。そして、これを3.8g計量して、酢酸除去能力及び調湿能力を評価するための試料1とした。
【実施例2】
【0075】
実施例2では、酢酸除去剤として、ポリカルボン酸塩であるカルボキシメチルセルロースナトリウム塩(CMC−Na)(和光純薬工業株式会社製:039−01335)を採用した。そして、これを3.8g計量して、酢酸除去能力及び調湿能力を評価するための試料2とした。
【実施例3】
【0076】
実施例3では、脂肪族カルボン酸塩であるステアリン酸ナトリウム塩(C1835NaO)を酢酸除去剤として採用した。そして、これを3.8g計量して、酢酸除去能力及び調湿能力を評価するための試料3とした。
【実施例4】
【0077】
実施例4では、芳香族カルボン酸塩である安息香酸ナトリウム塩(CCOONa)を酢酸除去剤として採用した。そして、これを3.8g計量して、酢酸除去能力及び調湿能力を評価するための試料4とした。
【実施例5】
【0078】
実施例5では、ヒドロキシカルボン酸塩に属する酒石酸カリウム・ナトリウム4水和物(KNaC・4HO)を酢酸除去剤として採用した。そして、これを3.8g計量して、酢酸除去能力及び調湿能力を評価するための試料5とした。
【比較例】
【0079】
[比較例1]
比較例1では、酸化マグネシウム(MgO)及び酸化アルミニウム(Al)を酢酸除去剤とし、硫酸マグネシウム(MgSO)を調湿剤として用い、これらを熱可塑性樹脂と共に混練成形されたシート状のフィルム劣化防止材を試料とした。具体的には、富士フイルム株式会社から調湿・酢酸ガス吸収シートとして販売されているFUJIFILM KEEPWELL(登録商標)を用いた。このシート状の一片(3.8g)を各実施例の試料と比較評価するための比較試料1とした。
【0080】
[比較例2]
比較例2では、生石灰(CaO)(和光純薬工業株式会社製:036−19655)を酢酸除去剤として採用した。そして、これを3.8g計量して、比較試料2とした。
【0081】
[比較例3]
比較例3では、微粉末状の活性炭(和光純薬工業株式会社製:037−02115)を酢酸除去剤として採用した。そして、これを3.8g計量して、各実施例の試料と比較評価するための比較試料3とした。
【0082】
[比較例4]
比較例4では、各種吸収剤若しくは吸着剤として用いられるモレキュラーシーブス3A 1/A 11/8(和光純薬株式会社製:133−08645)を酢酸除去剤として採用した。そして、これを3.8g計量して、各実施例の試料と比較評価するための比較試料4とした。
【0083】
〈評価〉
以上の試料1〜試料5及び比較試料1〜比較試料4を用いて、各試料の酢酸除去能力と、調湿能力とについて評価した。評価方法及び評価結果の順に説明する。
【0084】
(1)評価方法
まず、湿度計、温度計、pH万能試験紙(ワットマン社製 2600−100A)を容量18.42Lのガラス製のデシケータ内に収容した。ここで、デシケータ内に初めて酢酸ガスを注入すると、デシケータ内の酢酸ガス濃度は時間の経過と共に低下する。これは、酢酸分子がデシケータの壁面(内面)に吸着するためであると考えられる。そこで、本評価に際しては、まず、空の状態のデシケータ内に酢酸ガスを注入し、内部の酢酸ガス濃度が変動しなくなるまで、酢酸ガスを注入して、酢酸分子をデシケータの壁面に飽和吸着させた。
【0085】
上記のようにして酢酸を飽和吸着させた後、デシケータ内に試料を載置した。そして、デシケータを密閉状態に保ちながら、デシケータ内の酢酸ガス濃度が50ppm〜80ppmの範囲で一定濃度となるように酢酸ガスをデシケータ内に注入した。次いで、酢酸ガス注入直後のデシケータ内の酢酸ガス濃度を酢酸ガス検知管(ガステック株式会社製:No81,No81L)を用いて測定した。その後、一定時間毎にデシケータ内の酢酸ガス濃度を測定し、記録した。このとき、デシケータ内に収容された湿度計及び温度計により、デシケータ内の湿度及び温度を測定し、記録した。そして、デシケータ内の酢酸ガス濃度が十分に低くなった場合は、再び、上記の手順により酢酸ガスをディケータ内に注入して、酢酸ガス濃度、湿度及び温度を測定することを数回繰り返し行った。
【0086】
(2)評価結果
以下、図面を参照しながら、各試料及び比較試料の評価結果について説明する。
【0087】
a)試料1
図1に、試料1を用いたときのデシケータ内の酢酸ガス濃度変化を示す。また、図2に、試料1を用いたときのデシケータ内の湿度変化を示す。なお、図1に示す矢印A、B、Cは、それぞれデシケータ内に酢酸ガスが注入された時点を示している(以下、図3、図5、図6、図8において同様である)。
【0088】
酢酸除去能力: 図1に示すように、酢酸除去剤としてポリアクリル酸ナトリウム塩(ポリカルボン酸塩)を用いた場合、デシケータ内に酢酸ガスを注入した直後に酢酸濃度は約65ppmから約10ppmまで大きく低下することが確認された。その後、デシケータ内の酢酸濃度は漸減し、50時間経過後(約2日後)には酢酸濃度は0ppmとなることが確認された。また、図1に示すように、2回目(矢印Bで示す時点)に酢酸ガスを注入した場合も、酢酸ガスが注入された直後にデシケータ内の酢酸濃度は20ppm程度にまで大きく低減し、その後も約120時間経過後(約5日後)にデシケータ内の酢酸濃度は0ppmになった。さらに、3回目(矢印Cで示す時点)に酢酸ガスを注入した場合にも、その直後に酢酸ガス濃度は30ppm程度に大きく低減した後、漸減した。このように、ポリアクリル酸ナトリウム塩は、デシケータ内の酢酸と迅速に上述したイオン交換型の化学反応を行い、デシケータ内に存在する酢酸ガスを迅速に除去可能であり、且つ、酢酸除去能力が極めて高いことが確認された。さらに、デシケータ内に繰返し酢酸ガスを注入した場合にも、高い酢酸除去能力を維持可能であることが確認された。
【0089】
調湿能力: 次に、図2に示すように、デシケータ内の初期湿度は約70%RHであるのに対し、約5時間後に湿度は30%RH近くにまで低減した。その後、デシケータ内の湿度は徐々に低下し、50時間経過以降はデシケータ内の湿度は約20%RHに維持された。従って、ポリアクリル酸ナトリウム塩は、酢酸除去能力だけではなく調湿能力も高いことが確認された。従って、ポリアクリル酸ナトリウム塩を酢酸除去剤及び調湿剤として用いることにより、本件発明に係るフィルム劣化防止材は優れた酢酸除去能力と、調湿能力とを発揮することができることが確認された。
【0090】
b)試料2
次に、図3に、試料2を用いたときのデシケータ内の酢酸ガス濃度変化を示す。また、図4に、試料2を用いたときのデシケータ内の湿度変化を示す。
【0091】
酢酸除去能力: 図3に示すように、酢酸除去剤としてカルボキシメチルセルロースナトリウム塩(ポリカルボン酸塩)を用いた場合も、デシケータ内の酢酸ガス濃度は、酢酸ガスを注入した直後に大きく低減し、約20時間経過後には0ppmになり、高い酢酸除去能力を有することが確認された。また、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩についても、繰返し酢酸ガスをデシケータ内に注入した場合であっても、酢酸ガス注入直後にデシケータ内の酢酸濃度は大きく低減し、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩についても、デシケータ内の酢酸を迅速に除去可能であり、且つ、デシケータ内に繰返し酢酸ガスを注入した場合にも、高い酢酸除去能力を維持可能であることが確認された。
【0092】
調湿能力: 次に、図4に示すように、デシケータ内の初期湿度は約70%RHであるのに対し、約24時間後に湿度は40%RHに低減し、約120時間以降はデシケータ内の湿度を40%RHに維持することが可能であった。従って、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩は、酢酸除去能力だけではなく調湿能力も高く、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩を酢酸除去剤及び調湿剤として用いることにより、本件発明に係るフィルム劣化防止材は優れた酢酸除去能力と、調湿能力とを発揮することができることが確認された。
【0093】
c)試料3〜試料5
次に、図5、図6及び図7に、それぞれ試料3、試料4及び試料5を用いたときのデシケータ内の酢酸ガス濃度変化を示す。
【0094】
酢酸除去能力: 図5及び図7に示すように、試料3(ステアリン酸ナトリウム塩)及び試料5(酒石酸カリウムナトリウム4水和物)の酢酸除去能力は高く、約5時間経過後にデシケータ内の酢酸濃度が0ppmになることが確認された。また、図6に示すように、試料4(安息香酸ナトリウム塩)についても5時間経過後にデシケータ内の酢酸ガス濃度を20ppm以下に低減可能であることが確認された。なお、安息香酸ナトリウム塩については、5時間経過以降のデシケータ内の酢酸ガス濃度の大きな変化は見られなかったが、25時間経過後に再度酢酸ガスをデシケータ内に注入したところ、デシケータ内の酢酸ガス濃度はその直後に大きく低減し、デシケータ内に繰返し酢酸ガスを注入した場合にも、酢酸ガス濃度を低く維持することが可能であることが確認された。
【0095】
調湿能力: 試料3〜試料5については、試料1及び試料2とは異なり、デシケータ内の湿度に変化は見られず、これらは雰囲気湿度を20%RH〜40%RHの範囲内の所定の値に調湿する能力はないと考えられる。従って、試料3〜試料5のような調湿能力は有しないが、酢酸除去能力の高いカルボン酸塩を酢酸除去剤として用いる場合には、他の調湿剤等と組み合わせて用いることが好ましい。
【0096】
d)比較試料1
次に、図8に、比較試料1を用いたときのデシケータ内の酢酸ガス濃度変化を示す。また、図9に、比較試料1を用いたときのデシケータ内の湿度変化を示す。
【0097】
酢酸除去能力: 図8に示すように、比較試料1を用いた場合、試料1〜試料5と比較すると、デシケータ内の酢酸濃度の変化が緩やかであった。また、50時間経過後のデシケータ内の酢酸ガス濃度は0ppmであったが、2回目、3回目と酢酸ガスを繰返し注入するにつれて、デシケータ内の酢酸濃度の変化がさらに緩やかになり、デシケータ内の酢酸濃度を0ppmにすることはできなかった。
【0098】
調湿能力: また、図9に示すように、デシケータ内の湿度は約5時間経過後に30%RH近くにまで低下し、その後は30%RH程度で推移するものの、50時間経過後は徐々に湿度が増加し始めることが確認された。
【0099】
e)比較試料2
次に、図10及び図11に、比較試料2を用いた場合のデシケータ内の酢酸ガス濃度変化及び湿度変化を示す。
【0100】
図10に示すように、比較試料2(生石灰)を用いた場合、20時間経過後にデシケータ内の酢酸ガス濃度は概ね0ppmとなり、比較試料2の酢酸ガス吸収能力は高いことが確認された。一方、図11に示すように、比較試料2は吸湿性が高く、デシケータ内の湿度は5時間経過後に40%RH以下になる。しかしながら、時間の経過と共にデシケータ内の湿度は更に低下し、100時間経過後には10%RHまでに低減することが確認された。従って、生石灰をフィルム劣化防止材として用いた場合、雰囲気湿度を下げる効果はあるが、雰囲気湿度が低くなりすぎてしまい、銀乳剤層のひび割れ等を生じる恐れがあり、好ましくない。
【0101】
f)比較試料3
次に、図12に、比較試料3を用いた場合のデシケータ内の酢酸ガス濃度変化及び湿度変化を示す。
【0102】
図12に示すように、比較試料3(活性炭)を用いた場合、5時間経過後のデシケータ内の酢酸濃度略0ppmとなり、酢酸除去能力が高いことが確認された。しかしながら、デシケータ内の湿度に変化は見られず、調湿能力はないことが確認された。
【0103】
g)比較試料4
次に、図13及び図14に、比較試料4を用いた場合のデシケータ内の酢酸ガス濃度変化及び湿度変化を示す。
【0104】
図13に示すように、比較試料4(モレキュラーシーブス)の酢酸除去能力は十分高いことが確認された。しかしながら、デシケータ内の湿度は数時間経過後に10%RH以下となる。一方、デシケータ内の湿度が最も低下した以降は、徐々に湿度が増加し、150時間経過後には40%RH程度になった。このように、比較試料4は調湿能力がなく、また、湿度変化も大きく不安定であることが確認された。
【0105】
以上より、試料1〜試料5は、比較試料1に対してより高い酢酸除去能力を有し、且つ、より迅速に酢酸を除去可能であることが確認された。また、試料1〜試料5は、デシケータ内に繰返し酢酸ガスが注入された場合であっても、長期に亘って高い酢酸除去能力を維持することができることが確認された。さらに、試料1及び試料2については、調湿剤を別途用いることなく、長時間に亘ってデシケータ内の湿度を一定に調湿可能であることが確認された。一方、比較試料2〜比較試料4はいずれも酢酸除去能力は高いが、調湿能力がない、若しくは、デシケータ内の湿度を一定に保つことができず、好ましくない。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本件発明によれば、カルボン酸塩を酢酸除去剤として用いることにより、雰囲気中の酢酸ガス等を迅速に除去することができ、且つ、保存容器内をTACフィルムやPETフィルム等の保存対象物の保存に適した湿度に保つことができる。従って、TACフィルム等の記録用フィルム(記録材料)を劣化させることなく長期に亘って保存することが可能になり、種々の歴史的資料や文献等を劣化させることなく保存することが可能になる。また、フィルム劣化防止材としてだけではなく、建材等に適用してシックハウス症候群等の対策に供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
雰囲気中の酢酸を除去するための酢酸除去剤としてカルボン酸塩を含むことを特徴とするフィルム劣化防止材。
【請求項2】
脂肪族カルボン酸塩、芳香族カルボン酸塩、及びポリカルボン酸塩である請求項1に記載のフィルム劣化防止材。
【請求項3】
前記カルボン酸塩のうち、雰囲気湿度を20%〜40%の範囲内に維持する調湿能力を有するものを用いる請求項1又は請求項2に記載のフィルム劣化防止材。
【請求項4】
前記カルボン酸塩と共に、雰囲気湿度を20%〜40%の範囲内に維持する調湿能力を有する化合物を調湿剤として用いる請求項1又は請求項2に記載のフィルム劣化防止材。
【請求項5】
少なくとも前記酢酸除去剤を成分とするフィルム劣化防止剤を熱可塑性樹脂と混練成形して得られるものである請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載のフィルム劣化防止材。
【請求項6】
少なくとも前記酢酸除去剤を成分とするフィルム劣化防止剤を袋体の中に封入して成る請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載のフィルム劣化防止材。
【請求項7】
少なくとも前記酢酸除去剤を成分とするフィルム劣化防止剤をシート状に加工して成る請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載のフィルム劣化防止材。
【請求項8】
外部から視認可能な位置に、雰囲気中の酸性度を表すインジケータを備える請求項1〜請求項7のいずれか一項に記載のフィルム劣化防止材。
【請求項9】
外部から視認可能な位置に、雰囲気中の湿度を表すインジケータを備える請求項1〜請求項8のいずれか一項に記載のフィルム劣化防止材。
【請求項10】
雰囲気中の酸性ガスを除去するためのガス除去剤としてカルボン酸塩を含むことを特徴とする除ガス・調湿材。
【請求項11】
前記カルボン酸塩のうち、雰囲気湿度を所定の値に維持する調湿能力を有するものを用いる請求項10に記載の除ガス・調湿材。
【請求項12】
前記カルボン酸塩と共に、雰囲気湿度所定の値に維持する調湿能力を有する化合物を調湿剤として用いる請求項10に記載の除ガス・調湿材。
【請求項13】
カルボン酸塩により雰囲気中の酸性ガスを除去することを特徴とする酸性ガス除去剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−104030(P2013−104030A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−250227(P2011−250227)
【出願日】平成23年11月16日(2011.11.16)
【出願人】(599141227)学校法人関東学院 (14)
【Fターム(参考)】