説明

フェノール化合物の製造方法

【課題】様々な合成樹脂、医薬品、化成品として非常に重要な化合物であるフェノール及びアルキルフェノール化合物について、プロセスルートが簡潔で、クメン法、トルエン原料酸化的脱炭酸反応法、ベンゼン塩素化加水分解法、ベンゼンスルホン酸アルカリ溶融法等の芳香族化合物に依存しないフェノール化合物の製造方法を提供する。
【解決手段】鉄を含有する固体触媒の存在下にエタノール、好ましくはメタノールとエタノールを反応させるフェノール化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェノール化合物を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フェノール及びアルキルフェノール化合物は様々な合成樹脂、医薬品、化成品の原料と
して非常に重要な化合物である。フェノールの主な製造方法としては1)クメンの酸素酸化によって得られるクメンハイドロパーオキサイドの分解反応によってアセトンと同時に製造する方法(特許文献1)、2)トルエンの酸化により得られる安息香酸を酸化的脱炭酸反応によって製造する方法(特許文献2)、3)ベンゼンを塩素化して得られるモノクロロベンゼンを加水分解する方法、4)ベンゼンをスルホン化して得られるベンゼンスルホン酸をアルカリ溶融する方法などが公知である。(非特許文献1)またアルキルフェノール化合物の製造方法としてはフェノールをアルコール,ハロゲン化アルキル,オレフィン等によってアルキル化することによって製造する方法などが公知である。(非特許文献2)
【0003】
これらの方法では殆どの場合において原油、石炭中に含まれる、或いは分解して得られる芳香族化合物を出発原料としているために最終製品のフェノールやアルキルフェノール化合物に到るまでのプロセスルートは長く、中間工程での分解や精製操作のためにエネルギー消費が激しく、副生廃棄物が多いなど環境負荷の大きい製造方法である。
【0004】
一方でエタノールは植物由来のバイオマス原料を発酵させることによって大量に製造されており、近年では環境負荷の少ない化合物として注目されている。また、メタノールはメタン等の石油ガスを水蒸気改質または部分酸化して得られる合成ガスから直接製造することが可能な副生廃棄物の少ない化合物である。これらから直接フェノールが合成できれば極めて環境負荷の少ないプロセスが構築可能であるが、そのような方法に関する開示例はなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭62−047855号公報
【特許文献2】特開平07−017886号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】工業有機化学第4版, Klaus Weissermel,Hans-Jurgen Arpe著,出口隆ら訳、東京化学同人,p.389−399,1996
【非特許文献2】工業有機化学第4版, Klaus Weissermel,Hans-Jurgen Arpe著,出口隆ら訳、東京化学同人,p403−405,1996
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、従来技術における上記のような課題を解決し、プロセスルートが簡潔で、芳香族化合物に依存しないフェノール化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、以下に示す項目によって解決できることを見出した。

〔1〕鉄を含有する固体触媒の存在下にエタノール、又はメタノールとエタノールを反応させることを特徴とするフェノール化合物の製造方法。
〔2〕前記固体触媒が、金属鉄、酸化鉄、水酸化鉄及びオキシ水酸化鉄から選ばれる、少なくとも1つを含む〔1〕記載の製造方法。
〔3〕気相条件下に流通方式で反応を行うことを特徴とする〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔4〕前記フェノール化合物が、フェノールまたはフェノールの芳香環上の少なくとも一つの水素がメチル基又はエチル基で置換された化合物である〔1〕から〔3〕いずれか記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、鉄を含有する固体触媒の存在下にエタノール、又はメタノールとエタノールを反応させるという非常に簡便なプロセスによってフェノール化合物を製造することを可能とした。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、鉄を含有する固体触媒の存在下にエタノール、またはエタノールとメタノールを反応させるという非常に簡便なプロセスによってフェノール化合物を製造する方法である。エタノール単独で用いることもできるが、メタノールと混合することによりフェノール化合物の収量が増加するため、エタノールとメタノールの両方を用いることが好ましい。両アルコールを用いる場合には混合した状態で触媒上に存在しておればよく、混合方法、供給方法などに特に制限はない。触媒上への供給比率はメタノール/エタノールモル比で25以下であるが、好ましくは0.1〜20、特に好ましくは0.5〜10の範囲である。
【0011】
本反応に用いられるメタノールに特に制限はない。いかなる製法によるメタノールであっても用いることができ、例えばメタン、ブタン、石炭のような主として炭素、水素からなる物質を水蒸気改質または部分酸化して得られる合成ガス(一酸化炭素と水素を含有する混合ガス)から銅系触媒などを用いて高圧接触反応によって製造されたもの、またはメタンの直接または間接的な部分酸化反応によって製造されたもの、木材の乾留液から得られたもの、カルボン酸メチルエステル製造プロセスやメチル化反応プロセスなどから回収されたものなどを用いることができる。その純度や含水率に特に制限はないが、できるだけ高純度なものを用いることが好ましい。
【0012】
本反応に用いられるエタノールに特に制限はない。いかなる製法によるエタノールであっても用いることができ、例えばエチレンの水和反応によって製造されたもの、または合成ガスからロジウム系不均一触媒(固体触媒)や、コバルト及び/またはルテニウム系均一系触媒(錯体触媒)などを用いて製造されたもの、酢酸または酢酸エステルの水素化反応によって製造されたもの、カルボン酸エチルエステルの加水分解反応によって製造されたものなどを用いることができる。また古来から糖質、デンプン質を含有する植物原料の発酵法によるエタノール製造は世界中で広く行われてきているが、近年になって化石燃料に依存しない化学原料や燃料として注目され、可食物以外の原料も含めたバイオマスから製造される“バイオマスエタノール”の製造量が急増しており、これを用いることもできる。
その純度や含水率に、特に制限はない。水とエタノールの共沸組成物(約96重量%)や他の共沸剤を加えて蒸留することで含水率をさらに下げたもの、無水エタノールなどから任意に選ばれたものを用いることができるが、できるだけ高純度なものを用いることが好ましい。
【0013】
本発明に用いられる鉄を含有する固体触媒は、触媒表面に金属鉄または鉄化合物が存在しており、アルコール化合物と作用するものであれば制限はない。
本触媒に含まれる鉄成分の出発原料にも特に制限はなく、金属鉄や鉄原子がとり得る価数の酸化鉄、水酸化鉄、オキシ水酸化鉄、塩化鉄、臭化鉄、硝酸鉄、硫酸鉄、酢酸鉄、ギ酸鉄、蓚酸鉄などの化合物を用いることができる。特に三価の水酸化鉄を出発物質に用いた触媒においてフェノール化合物の生成を良好に認めたことから水酸化鉄を誘導できるような鉄化合物が特に好適である。
さらに、反応時に触媒上の水酸化鉄は少なくとも一部が加熱による脱水作用と、原料アルコール化合物による還元作用を受けていたことから、水酸化鉄のみならず、これが脱水及び/または還元されて生成する鉄化合物も有効である。具体的には、金属鉄またはFeO,α-Fe,γーFe,Fe等の酸化鉄類やFe(OH),Fe(OH)等の水酸化鉄類、FeO(OH)等のオキシ水酸化鉄類、さらにはこれらの混合物または混晶組成物を触媒として用いることが特に好ましい。
本発明の触媒中の鉄含有量に特段の制限はない。また、触媒の形状や粒径についても特段の制限はなく、反応方式や触媒の利用方法などに応じて最適なものを用いることができる。
【0014】
本発明の触媒は鉄を中心とする活性成分以外に添加物を含んでいて良い。添加物は触媒作用を増加させるための助触媒、触媒の成形のために添加される成形助剤や触媒成分を担持するために用いられる触媒担体などである。助触媒成分の例としては周期律表2族〜17族から選ばれる一つまたは二つ以上の元素の化合物があげられる。周期律表1族のアルカリ金属元素としてカリウムなどを添加した場合にはメタノールの分解を伴う副反応が顕著に進行し好ましくない。成型助剤の例としてはグラファイト、スメクタイト、タルク、アルミナゲルなどがあげられる。触媒担体の例としてはシリカ、アルミナ、シリカ−アルミナ、マグネシア、ジルコニア、チタニア、活性炭、シリコンカーバイドなどがあげられる。
【0015】
本発明の鉄を含有する固体触媒の製造方法に特に制限はなく、従来公知な触媒の製造方法を用いることができる。例えばa)鉄化合物の溶液から適当な沈殿剤を用いて沈殿させる方法、b)鉄化合物を触媒担体と混合、混練させる方法、c)鉄化合物の溶液を触媒担体に含浸させる方法などであり適宜これらの方法や、これらを組み合わせた方法を用いることができる。また鉄以外の触媒添加成分を加える場合においても、その添加方法に特に制限はなく、従来公知な方法を用いることができる。例えばa)鉄化合物の溶液に添加成分の化合物も溶解させ、適当な沈殿剤を用いて沈殿させる方法、b)鉄化合物と添加成分の化合物を混合、混練させる方法、c)鉄化合物の溶液に添加成分の化合物も溶解させ、触媒担体に含浸担持させる方法などであり、適宜これらの方法や、これらを組み合わせた方法を用いることができる。さらに触媒は反応にあたって乾燥、焼成、還元等の予備処理をすることも可能であり、その予備処理の条件についても制限はない。
【0016】
本発明の反応は気相、気液混相(トリクル相を含む)のいずれの状態でも行うことができる。そのために原料アルコールを供給し気体または液体のアルコールと触媒と接触させる方法、または原料アルコールよりも高い沸点を持つ溶媒とともにアルコールを供給して触媒と接触させる方法などを用いることができる。低い反応圧力で簡便に反応を行うことができる気相反応がより好適である。本発明の反応における触媒の使用方法は固体触媒を用いる反応方法であれば特に制限はなく、固定床、流動床、懸濁床など従来公知な方式を採用することができる。本発明の反応方式は流通方式、回分方式のいずれであっても良い。触媒と原料アルコールとの接触時間を制御し易いことから流通方式の反応方式がより好適である。反応条件としては、反応温度は通常、200〜600℃、好ましくは250〜450℃で、反応圧力は通常、ゲージ圧で常圧〜15MPa.、好ましくは常圧〜5MPa.、特に好ましくは常圧〜0.5MPa.である。
【0017】
本発明によって得られるフェノール化合物とはフェノールまたはフェノールの芳香環上の少なくとも一つの水素がメチル基及び/またはエチル基で置換された化合物である。例としてはフェノール、o−クレゾール、p−クレゾール、m−クレゾール、2−エチルフェノール、3−エチルフェノール、4−エチルフェノール、2,6−ジメチルフェノール、2,4―ジメチルフェノール、2,3―ジメチルフェノール、2,3,6−トリメチルフェノール、2,4,6―トリメチルフェノール、2−エチル−5−メチルフェノールなどである。
【0018】
フェノールとアルキル化されたフェノール化合物は殆どの場合、混合物として得られ、その比率は反応条件や触媒の性質に大きく依存する。反応温度がより低いか、または触媒と原料との接触時間が短い場合にフェノールの生成を優位にすることができ、反応温度がより高いか、接触時間が長い場合に芳香環がアルキル化されたフェノール化合物の生成を優位にすることが可能である。本発明によるフェノール化合物の生成機構は明らかではないが、フェノールがまず生成し、その後に原料アルコールなどによって逐次的にアルキル化されたフェノール化合物へ転化しているものと推測される。
【実施例】
【0019】
以下に、本発明の方法について実施例および比較例をあげて更に具体的に説明するが、本発明は要旨を超えない限り、これらの実施例に限定されるものではない。
【0020】
アルキルフェノール化合物の空時収量は同時に生成したo-クレゾール(2−メチルフェノール)、m-クレゾール(3-メチルフェノール)、2,6−ジメチルフェノール、2−エチルフェノール、2,4−ジメチルフェノール、2,3−ジメチルフェノールの合計値とした。
【0021】
実施例1
水酸化鉄(添川理化学製試薬)の含水ケーキを磁性皿に広げて100℃,6時間の乾燥処理を行った。得られた塊状物を破砕し、整粒することで粒径0.5〜1.4mmの触媒を得た。この触媒1.58gをガラス製反応管(内径12mm)に充填し、窒素ガスを毎分30mlで流通させながら380℃に加熱し、3時間保持した。その後、窒素ガスを流通したまま、83.9wt%メタノール−16.1wt%エタノール混合溶液(ともに和光試薬を混合)を毎時2.7gで供給して反応を行った。反応管出口でドライアイス−メタノールトラップを用いて生成物を回収し、ガスクロマトグラフ分析した。結果を表1に記載した。
【0022】
実施例2
水酸化鉄(添川理化学製試薬)に酢酸銅として担持量が4.0wt%となるように酢酸銅水溶液を加えて混練した。以降、実施例1と同様の処理によって触媒を調製し、この触媒1.58gを用いて実施例1と同様に反応を行った。結果を表1に記載した。
【0023】
実施例3
実施例1の触媒1.61gを用い、58.2wt%メタノール−41.8wt%エタノール混合溶液(ともに和光試薬)を毎時2.7gで供給し、反応温度を400℃とした以外は実施例1と同様にして反応を行った。結果を表1に記載した。
【0024】
実施例4
実施例1の触媒1.71gを用い、41.0wt%メタノール−59.0wt%エタノール混合溶液(ともに和光試薬)を毎時2.7gで供給し、反応温度を400℃とした以外は実施例1と同様にして反応を行った。結果を表1に記載した。
【0025】
実施例5
実施例1の触媒1.64gを用い、和光純薬製試薬エタノールのみを毎時2.7gで供給し、反応温度を400℃とした以外は実施例1と同様にして反応を行った。結果を表1に記載した。
【0026】
比較例1
実施例1の触媒1.56gを用い、和光純薬製試薬メタノールのみを毎時2.7gで供給した以外は実施例1と同様にして反応を行った。結果を表1に記載した。
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、合成樹脂、医薬品、農薬等の化成品の製造分野で有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄を含有する固体触媒の存在下にエタノール、又はメタノールとエタノールを反応させることを特徴とするフェノール化合物の製造方法。
【請求項2】
前記固体触媒が、金属鉄、酸化鉄、水酸化鉄及びオキシ水酸化鉄から選ばれる、少なくとも1つを含む請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
気相条件下に流通方式で反応を行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記フェノール化合物が、フェノールまたはフェノールの芳香環上の少なくとも一つの水素がメチル基又はエチル基で置換された化合物である請求項1から3いずれか記載の製造方法。

【公開番号】特開2012−250956(P2012−250956A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−126387(P2011−126387)
【出願日】平成23年6月6日(2011.6.6)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】