説明

フェノール類を含有する廃液の処理方法

【課題】フェノール類を含有する廃液中のフェノール類を分解して生物に対して無害化し、後に行なう活性汚泥処理に適した状態にする方法の提供。
【解決手段】導電体の電極板の少なくとも片面に導電性のダイヤモンド被膜が形成された作用電極11と、厚さが0.05ないし0.5mmであって面に穴が開いた電気絶縁体のスペーサ12と、これを挟んで作用電極のダイヤモンド被膜が形成された面と対向する面を有する導電体からなる対極13とからなり、さらに前記スペーサの穴によって形成される一つの空間14にそれぞれ液の導入口および排出口が形成されている電解装置を使用し、前記作用電極と前記対極の間に1.5〜2.5Vの電圧を印加しつつ前記廃液を流通させることにより、フェノール類の環状結合を切断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフェノール類を含有する廃液中のフェノール類を分解して生物に対して無害化し、後に行なう活性汚泥処理に適した状態にする方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フェノール類を含有する廃液は半導体工業など各種の産業で発生することがあるが、生物に対する毒性が強いため活性汚泥法による廃水処理施設に流入するとバクテリアを死滅させて処理の障害となる。したがってフェノール類を含有する廃液は通常の廃水処理工程へ送る前にフェノール類を除去することが求められる。
【0003】
廃液中のフェノール類などの有害化学物質を分解除去する手段として電気化学的酸化による方法が知られている。例えば特開平7−299467号公報(特許文献1)にはドーピングにより電導性にしたダイヤモンドを含む陽極を用いて電気分解することにより、有害物質を分解する方法が記載されている。ダイヤモンドを使用した陽極は従来一般的であった白金などの陽極に比して電流効率が良く、特に従来の電極では効果的では無かった物質に対しても電解を可能にすると説明されている。
【0004】
上記特開平7−299467号公報に記載の電解条件としては、たとえば電極間電圧を4〜7Vとし、電極の面積に対して電流密度50〜100mA/cmといった条件でフェノールやアミノカルボン酸キレートなどを分解することができたとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−299467号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記の特開平7−299467号公報に記載の廃液の処理方法においては、電解反応により酸素や水素が大量に発生し、これら気体成分は電極表面を覆って電極と廃液との接触を妨げて電流効率を低下させることになる。場合によっては電極の電流密度が局部的に極端に大きくなって電極の寿命にも影響する。しかし一方では水の電解の発生は廃液中の有機物の分解に必要なものであって、電解によって生じた活性酸素によって有機物の酸化が進行するのである。
【0007】
したがって特開平7−299467号公報での電解に使用されている装置において、水の電解が生じないような電圧、ダイヤモンド電極を陽極として使用した場合ではたとえば2Vを印加した場合には、活性酸素が供給されないため有機物の分解自体が止まってしまい、廃液処理の目的を達することができない。そこで本発明は水の電気分解によって発生した酸素に依存することなく、電解によって廃液中のフェノール類を分解することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は前記課題を解決するものであって、フェノール類を含有する廃液の処理方法において、導電体の電極板の少なくとも片面に導電性のダイヤモンド被膜が形成された作用電極と、厚さが0.05ないし0.5mmであって面に穴が開いた電気絶縁体のスペーサと、これを挟んで作用電極のダイヤモンド被膜が形成された面と対向する面を有する導電体からなる対極とからなり、さらに前記スペーサの穴によって形成される一つの空間にそれぞれ液の導入口および排出口が形成されている電解装置を使用し、前記作用電極と前記対極の間に1.5〜2.5Vの電圧を印加しつつ前記廃液を流通させることにより、フェノール類の環状結合を切断して分解することを特徴とするフェノール類を含有する廃液の処理方法である。また、電解装置には、作用電極の対極側の面と対向して参照電極が設けられていることも特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば水の電解にエネルギーを費やすこと無く、高い効率で廃液中のフェノール類を分解することができる。これにより廃液のバクテリアに対する毒性を解消できるので、本発明による処理を先行させれば活性汚泥による排水処理の障害になることがない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明に使用する電解装置を示す軸方向に平行な断面図である。
【図2】図1におけるA−A´矢視断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の方法は本発明特有の電解装置に廃液を通すことにより、含有するフェノール類を分解するものであって、水の電解が発生しない範囲の電圧でフェノール類の分子の環状結合を切断することができる。すなわち本発明の方法に使用する電解装置は、導電体の電極板の少なくとも片面に導電性のダイヤモンド被膜が形成された作用電極と、作用電極のダイヤモンド被膜を有する面と0.05ないし1.0mmの間隔をもって対向する導電体からなる対極とを有するものである。
【0012】
図1および図2は本発明に使用する電解装置を示す図であって、図1は軸方向に平行な断面図、図2は図1におけるA−A´矢視断面図である。これらの図において11は作用電極であって(図2では位置関係を2点鎖線で示している)、薄い板状の電導性の基板の少なくとも表側の面、すなわち図1において少なくとも左側の面に導電性のダイヤモンド被膜が形成されている。また12は弗素樹脂など耐薬品性の電気絶縁体からなるスペーサであって、図2に見るように一つの細長い穴121が開いている。また13はチタンなどの耐蝕性を有する導電体のブロックからなる対極であって、スペーサ12を挟んで作用電極11のダイヤモンドが形成された面と対向している。したがって作用電極と対極との間隔はスペーサの厚みによって定められる。
【0013】
上記の作用電極11は導電性の薄板、たとえば厚さが0.7mm程度の導電性のシリコンの単結晶板を基板として数μmの大きさの微細なダイヤモンドの結晶からなる30μm程度の厚さの被膜を形成することによって作成される。ダイヤモンド被膜の形成はアセトンなどの炭素源を含有する水素ガス中でプラズマCVDにより行なえる。なおダイヤモンドに導電性を付与するために酸化硼素などを前記炭素源に溶解することにより硼素をドープする。
【0014】
前記スペーサ12の穴121によって形成される一つの空間14にそれぞれ開口して、被処理液の導入口15および排出口16があるが、これらはいずれも対極13のブロックに設けられている。すなわち被処理液の導入口15および排出口16は対極13のブロックに穴をあけることによって形成され、被処理液の導入、排出のための流体継手17、18が対極のブロックにねじ込まれている。なお19は対極13への通電端子である。
【0015】
また30は参照電極であって、先端が対極と同一面になるように対極のブロックにねじ込んで取り付けられている。ここではAg−AgCl系の例を示しているが、弗素樹脂のような耐薬品性の容器301の中に飽和KCl溶液をゼラチンによりゲル状にしたものが電解液302として充填されている。さらにこの中に表面をAgClにしたAg線が電極材303として挿入されている。また304は参照電極の電解液302と被処理液とを隔てる多孔質セラミックスなどのフィルターである。参照電極は本発明の電解処理装置としては必須のものではないが、作用電極と対極間の正確な電圧を測定するため設けることは好ましい。
【0016】
また作用電極11の電極板の裏面、すなわち対極13と対向する面の反対側には作用電極への通電板20が設けられ、作用電極11に接触している。21は作用電極11への通電端子である。また22は耐薬品性の電気絶縁体からなるシールカバーであって、図示しない複数の止めねじによって前記の対極13のブロックと結合されており、Oリング23、24でシールすることにより電解装置の内部を密閉する。また前記の通電板20の一部にOリング26を設けてその内側に被処理液が入らないようにし、液体を介さず直接に通電板を電極板の裏面に電気的接触させる。また27は対極13の金属ブロック全体を覆うプラスチック製の絶縁カバーである。
【0017】
なお後述のように本発明においては、ダイヤモンド電極では比較的高い電圧範囲でも水の電解が生じないことを利用して、水の電解を発生させずにフェノール類の分解するものである。しかしながら作用電極11の裏面および端面は必ずしもダイヤモンド被膜が形成されているわけではなく、また通電板20についても当然にダイヤモンド被膜が無い。したがって被処理液が電極板などにおけるダイヤモンド被膜が無い部分に回り込むと水の電解が発生するおそれがあるが、作用電極11の電極板の端面や、通電板との接触部分以外の裏面も被処理液との接触を許容する構造にしている。このようにしても液の流れの無い個所では気泡が発生してもその部分に止まり、金属の表面が気泡で覆われて通電しなくなるので水の電解はそれ以上進行しない。もし被処理液が作用電極のスペーサの孔121に面した範囲内に止まるようにシールしようとすると、作用電極と対極の間を大きな力で加圧しなければならず電極板の破損の問題から困難である。したがって上記のように作用電極の電極板における対極と対向する面と反対側の面の一部分、すなわち通電部分以外は被処理液との接触を許容する構造にすることは実用上重要である。
【0018】
本発明の方法は上記のような電解装置を使用して、1.5〜2.5Vの電圧を作用電極と対極間に印加して電解を行なう。本発明における電解処理は水の電解が生じない限度の電圧で行なうものであるが、上記のように電解装置の作用電極としてダイヤモンド電極を使用することにより従来より高い電圧を印加して電解することが可能である。すなわち従来の電解装置における作用電極である白金電極などでは1.2Vを超えると水の電気分解が発生するが、本発明で使用する電解装置は約2.5V(Ag/AgCl基準電極に対して)まで水の電気分解が発生しない。したがって作用電極としてダイヤモンド電極を使用した電解装置では、高い電圧でなければ分解しない分子の原子間の結合を切断することも可能となり、本発明が目的とするフェノール類の分解を行なうことができる。
【0019】
本発明において水が電解しない電圧範囲で分子の原子間の結合を切断するためには、前記のように作用電極11のダイヤモンド被膜を有する面と対極13との間隔を1.0mm以下といった狭い間隙にする必要がある。なお作用電極と対極との間隔は0.05mmより小さいと作用電極と対極とが接触するおそれがあるので、0.05mm以上が適当である。なお、このような電解による分子の原子間の結合の切断が、なぜ作用電極と対極とを0.05ないし1.0mmといった狭い間隙をもって対向させた場合にのみ発生するのかは不明である。
【0020】
先に説明した特開平7−299467号公報に記載のように、水の電解が発生するような高い電圧、たとえば5Vといった電圧で電解を行なえば、電解装置が従来のものであるか本発明特有のものであるかいかんに関係無く、水の電解と並行して溶液中のフェノール類を分解することが可能である。このような分解は電解作用によって直接になされるのではなく、水の電解によって生じた活性酸素すなわち反応性の高いOHラジカルなどによって急速に酸化が進行するものと考えられる。このような水の電解に伴なっての分解は、特開平7−299467号公報に記載のように電極の面積に対して電流密度50〜100mA/cmといった高い電流でなされるが、分解生成物はたとえば水と炭酸ガスが見られ、分解の程度が非常に進行した形になる。
【0021】
これに対して本発明の電解方法ではフェノール類の環状結合を切断して生物に対する毒性が無い物質に変化させるものであって、この後に行なう活性汚泥処理に適合するような廃液に転換するものである。このためにKHPOを含有する溶液中で電解を行なうと活性汚泥処理を促進する物質なので好ましい。フェノール類にはたとえばp−ノニルフェノール、ビスフェノールA、BHT(ジブチルヒドロキシトルエン)、フェニルフェノールなどの薬剤が含まれる。なお被処理液を電解装置に通したときに分解するのはたとえば成分濃度100mMのとき、もとの成分量の3〜5%程度である。したがって廃液の処理には溶液を電解装置に循環させて繰り返し電解すればよい。
【0022】
本発明における電解装置によってフェノール類を分解したときの電解電流は、水を電解する場合と異なり成分濃度によるが、たとえば溶液中の成分濃度10μM(10pmol/μl)あたり1μA〜10μAといった値になる。作用電極の実効面積、すなわちスペーサの穴121に面した部分の面積に対しての電流密度では、成分濃度が100mMのときでも5mA/cmといった程度であって、成分濃度が低くなればそれに従って低くなる。特開平7−299467号公報にあるような水の電解による場合の電流密度は成分濃度に関係なく50〜100mA/cmとなるが、本発明の電解処理においてはこれよりずっと小さく電流効率が非常に良い。
【0023】
なお作用電極と対極との間隔が1.0mmより大きくても、水の電解が生じない電圧範囲において電解電流は観測されるが、これは成分の分解によるものではなく分子からの電子の離脱によるものである。この場合濃度が100μMの試料で検出される電流は0.4μAといった程度であって、本発明の場合よりずっと小さい。
【実施例】
【0024】
(実施例1)
図1および図2に示した電解装置により電解を行なって試料溶液中のフェノールの分解を行なった。電解装置はスペーサ11の厚みが異なるものを使用することにより作用電極11と対極13との間隔を0.2mm、0.5mm、1.0mm、2.0mmと変えた。また参照電極30の先端位置をいずれの場合も対極の電極面と同じにしたので、参照電極と対極との間隔も作用電極と対極との間隔と同じになる。電解装置の作用電極印加電圧はAg/AgCl基準電極に対して2.1V(対極に対しては約2.4V)に設定したが、電源を投入して定常状態に達した後は水の電解は発生しなかった。
【0025】
上記電解装置に100mM−KHPO溶液を0.5ml/minの速度で供給している状態で、フェノールが0.5μg/μl(約5mM)の濃度の試料溶液を20μl電解装置の手前の流路に注入したところ、作用電極と対極との間隔が0.2mm、0.5mm、1.0mmの場合にはそれぞれ380μA、350μA、270μAの電解電流のピークが検出されたが、2.0mmの場合には同じ測定感度で電解電流はわずかしか検出されなかった。電解装置を通した後の溶液をNMRとLC−MSとで分析したところフェノールが分解していることが確認された。
【0026】
(実施例2)
実施例1で使用した電解装置において、作用電極と対極との間隔を0.5mmとし、電解装置の作用電極印加電圧は実施例1と同様にした。ここで100mM−KHPO溶液を0.5ml/minの速度で供給している状態で、フェノールが0.2μg/μl(約2mM)、0.5μg/μl(約5mM)、1.0μg/μl(約11mM)、2.0μg/μl(約21mM)の濃度の試料溶液を20μl電解装置の手前の流路に注入したところ、それぞれ140μA、350μA、690μA、1330μAの電解電流のピークが検出された。濃度が大きくなると電解電流は比例的に増大するが、濃度が大きい範囲では頭打ちの傾向が見られる。
【0027】
(実施例3)
実施例1で使用した電解装置において、作用電極と対極との間隔を0.5mmとし、電解を行なった。試料は100mM−KHPO溶液中に1500ppm(約16mM)のフェノールを含む水溶液30mlであって、1分間2mlの速度で電解装置を循環させた。電解装置の作用電極印加電圧をAg/AgCl基準電極に対して1.9V(対極に対しては約2.1V)に設定したが、電解電流は最大で1.2mAであり時間の経過と共に減少した。なお作用電極の実効面積、すなわちスペーサの穴121に面した部分の面積は約2.8cmである。1時間経過後に溶液中のフェノールの濃度を分析したところ、フェノールが94%減少していた。
【符号の説明】
【0028】
11 作用電極
12 スペーサ
121 穴
13 対極
14 空間
15、16 溶出液の導入口および排出口
17、18 流体継手
19 通電端子
20 通電板
21 通電端子
22 シールカバー
23、24、26 Oリング
27 絶縁カバー
30 参照電極
301 容器
302 電解液
303 電極材
304 フィルター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェノール類を含有する廃液の処理方法において、導電体の電極板の少なくとも片面に導電性のダイヤモンド被膜が形成された作用電極と、厚さが0.05ないし0.5mmであって面に穴が開いた電気絶縁体のスペーサと、これを挟んで作用電極のダイヤモンド被膜が形成された面と対向する面を有する導電体からなる対極とからなり、さらに前記スペーサの穴によって形成される一つの空間にそれぞれ液の導入口および排出口が形成されている電解装置を使用し、前記作用電極と前記対極の間に1.5〜2.5Vの電圧を印加しつつ前記廃液を流通させることにより、フェノール類の環状結合を切断して分解することを特徴とするフェノール類を含有する廃液の処理方法。
【請求項2】
電解装置には、作用電極の対極側の面と対向して参照電極が設けられていることを特徴とする請求項1記載のフェノール類を含有する廃液の処理方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−253356(P2010−253356A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−104542(P2009−104542)
【出願日】平成21年4月22日(2009.4.22)
【出願人】(598165068)有限会社コメット (6)
【Fターム(参考)】