説明

フェライト鋼板の変形組織の評価方法

【課題】上記従来技術の現状を踏まえて、変形を受けたフェライト鋼板の変形組織を、迅速かつ大量に計測する方法を提供する。
【解決手段】変形されたフェライト鋼板のミクロ組織の評価において、走査電子顕微鏡を利用して得られる鋼板内部の反射電子像から、フェライト粒内に形成された転位セル構造の形態を示す二値化像を画像処理により抽出し、さらに、電子後方散乱回折法により得られる同一観察視野の結晶方位マップに、抽出された転位セル構造の形態を示す二値化像を重ね合わせることにより、フェライト粒ごとの転位セル構造の形成状態を結晶方位とともに可視化するフェライト鋼板の変形組織の評価方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変形に伴いフェライト鋼板内部に形成される変形組織を走査電子顕微鏡を活用したミクロ組織解析技術により定量的に評価する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フェライト鋼板は、自動車のみならず、家電や建築資材として広範に利用されている。このフェライト鋼板の加工性は、その鋼板を使用して製造される製品や構造物を設計する上で、非常に重要な製品指標である。
フェライト鋼板を成形加工するためには、ある一定以上の応力を負荷して、塑性変形させる必要がある。この塑性変形に伴い、フェライト粒内には転位が形成され、歪みが導入されることとなる。塑性変形初期では、この転位は、粒内に広く分布するが、変形量が多くなると、転位は増殖するとともに、さらに、転位同士が絡み合い堆積する。この転位同士の反応に伴い、フェライト粒内に、転位が集積した領域と転位が殆ど存在しない領域が形成され、これは、一般に、転位セル構造として理解されている(例えば、非特許文献1 参照)。そして、この転位セル構造の形成が、鋼板のマクロな塑性変形挙動に関わる大きな支配要因のひとつとされ、変形様式、変形量のみならずフェライト粒が持つ結晶方位によっても、大きく異なることが知られている。このため、フェライト鋼板の加工性を検討する上で、変形に伴いフェライト粒内に形成される転位セル構造の形成挙動の解明がキーとなっていた。
【0003】
これまで、フェライト鋼板の変形組織の評価には、光学顕微鏡や電子顕微鏡などの顕微鏡技術が活用されてきた。光学顕微鏡では、変形に伴い鋼板表面や内部に形成される変形帯あるいはすべり帯を観察することが可能であるものの、塑性変形挙動を検討する上で重要となるフェライト粒内の転位セル構造の観察や結晶方位の測定は不可能である。一方、電子顕微鏡のひとつであるTEM(透過電子顕微鏡)では、光学顕微鏡で観察不可能であった転位セル構造を観察することが可能である。さらに、電子回折法により、任意のフェライト粒の結晶方位を測定することも可能である。しかし、このTEMを用いた評価方法では、観察試料として薄膜試料を作製する必要があり、その作製に長時間を要する。さらに、フェライト粒から得られる電子回折図形から、結晶方位を評価する場合も、その解析に長時間を要するという問題があった。さらに、フェライト鋼板の変形組織の評価で求められている多数のフェライト粒から転位セル構造と結晶方位の情報を効率よく得るためには、現有のTEMを用いた方法では、自動測定は困難であり、人手を掛け、長時間を費やしてデータの収集する必要があった。このように、従来の光学顕微鏡やTEMを用いた方法では、フェライト鋼板の変形組織の評価を実施する上で必要とされていた、多数のフェライト粒からデータを迅速に収集することが出来ず大きな問題となっていた。
【0004】
【非特許文献1】材料強度の考え方(2004、アグネ技術センター 発行)、240頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
変形を受けたフェライト鋼板の塑性変形挙動を検討する上で、鋼板を形成するフェライト粒ごとの転位セル構造と結晶方位に関する情報を迅速かつ多量に計測する変形組織の評価方法の開発が必要とされていた。
本発明は、上記従来技術の現状を踏まえて、変形を受けたフェライト鋼板の変形組織を、迅速かつ大量に計測する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者を含む研究グループは、変形されたフェライト鋼板の変形組織の評価方法について鋭意研究を進めたところ、SEM(走査電子顕微鏡)を利用した反射電子像により、変形後のフェライト鋼板のミクロ組織を観察する中で、観察条件を最適化することにより、フェライト粒内で転位セル構造が観察されるとともに、画像処理によりその反射電子像から転位セル構造の形態を表す二値化像を抽出できることがわかった。さらに、EBSP(電子後方散乱回折)法により得られる同一観察視野の方位マップに、抽出された転位セル構造の形態を示す二値化像を重ね合わせることにより、フェライト粒ごとの転位セル構造の形成状態を結晶方位とともに可視化できることがわかった。
すなわち、同一のSEM内で、フェライト粒ごとの転位セル構造の形態とその結晶方位を評価することが可能であり、フェライト鋼板の変形組織を、より迅速に評価する方法を発明するに至った。
【0007】
本発明は、前述の知見に基づいて構成されており、その主旨とするところは、以下の通りである。
(1)変形されたフェライト鋼板のミクロ組織の評価において、SEMを利用して得られる鋼板内部の反射電子像から、フェライト粒内に形成された転位セル構造の形態を示す二値化像を画像処理により抽出し、さらに、EBSP法により得られる同一観察視野の方位マップに、抽出された転位セル構造の形態を示す二値化像を重ね合わせることにより、フェライト粒の粒ごとの転位セル構造の形成状態を結晶方位とともに可視化することを特徴とするフェライト鋼板の変形組織の評価方法。
(2)フェライト鋼板に付与する変形量を変化させて測定を繰り返すことにより、フェライト粒ごとの塑性変形挙動を連続的に評価することを特徴とする上記(1)記載のフェライト鋼板の変形組織の評価方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、これまでに困難とされてきた、変形されたフェライト鋼板の塑性変形特性を転位セル構造の形成挙動の観点から迅速に評価することが可能であり、本発明は、フェライト鋼板の加工性向上のための技術開発における評価方法として寄与するところが大きいものである。具体的には、成形後のフェライト鋼板中の変形組織の評価し、局所域における歪み量を定量的に計測することが可能となる。これにより、フェライト鋼板において成形不良の問題が発生した場合、局所域の歪み量を基にその不良原因を特定し、該フェライト鋼板のプレス成形における不良率を低減することが可能となる。さらに、上記評価方法により得られるフェライト粒ごとの塑性変形状態に関する情報を有限要素法などの数値シミュレーションにフィードバックすることにより、その予測精度の大幅な向上が期待できる。この有限要素法の大幅な予測精度の向上により、フェライト鋼板のプレス成形性を格段に改善することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、本発明の内容を詳細に説明する。
まず、フェライト鋼板の塑性変形に伴いフェライト結晶粒内に形成される転位セル構造の概念について説明する。図1に、フェライト鋼板の変形によりフェライト鋼板内部で観察される典型的な転位セル構造を模式的に示す。図1中でフェライト結晶1の粒界2内に示した直線部分が転位セル壁3であり、フェライト鋼板の塑性変形によって転位が高密度に堆積し、壁状に存在する領域である。この転位セル壁3は、フェライト結晶1の結晶面である{110}面、{112}面または、{123}面のうちひとつの結晶面に沿って存在することが多い。この転位セル壁3が沿う結晶面は、透過電子顕微鏡で得られる電子回折図形を解析することにより、決定することが可能である。フェライト鋼板の塑性変形に伴い、フェライト結晶粒内に転位セルが形成されるが、各フェライト結晶粒にかかる応力の方向とその粒が持つ結晶方位との関係、さらには、フェライト結晶1内で活動するすべり系などに関係して、フェライト結晶1内に形成される転位セル構造の形態が異なることが知られている。
ただし、その詳細メカニズムは明らかとなっておらず、今後の研究が待たれるところである。
【0010】
次に、走査型電子顕微鏡(以下、SEM:Scanning Electron Microscopeという)に搭載した反射電子検出器を用いて、フェライト鋼板の変形に伴いフェライト粒内に形成された転位セル構造を観察する方法について説明する。
まず、転位セル構造の形態観察およびフェライト粒の方位解析に用いるSEMの装置構成について説明する。
図2は、本発明で用いるSEMの構成図であり、3つの部分に大別される。ひとつは、SEM本体5であり、電子像を発生するための電子銃6、電子線7を集束させるための集束レンズ8、電子線7を試料片12表面上で走査させるための偏向コイル9、対物レンズ10、試料片12表面から発生する反射電子を検出する反射電子検出器15、試料片12からの電子後方散乱回折像(以下、EBSP :Electron Back Scatter Diffraction Patternという)を検出するEBSP検出器16から構成される。
なお、電子銃6は、試料片12に向けて電子線7を照射し、試料片12の表面からの反射電子像による転位セル構造の形態観察や、試料片12のEBSPによるフェライト粒の結晶方位解析を安定して行うために、サーマルショットキータイプの電界放出型の電子銃であることが望ましい。
【0011】
二つ目は、前記反射電子検出器15により検出された試料片12表面からの反射電子像のデータを取り込み、表示し、さらに画像処理を行う反射電子検出器システム20である。この反射電子検出器システム20は、前記反射電子像のデータを取り込み、記憶するための反射電子像制御部21、この反射電子像を表示するための反射電子像表示部22、反射電子像のデータを二値化処理し、反射電子像から転位セル構造の形態を二値化像として抽出するための画像処理部23で構成される。なお、反射電子像を高感度で検出するために、試料片12 にバイアス電圧を印加できる(試料片に電子線を照射する前にバイアス電圧を設定し印加する。)システムであることが必要である。
【0012】
三つ目は、EBSP法による結晶方位の解析システム17である。このシステムは、前記EBP像のデータを取り込み、記憶するためのEBP制御部18、このEBP像を表示するためのEBP像表示部19で構成され、市販されているシステムを利用できる。
なお、EBSP法による結晶方位の解析システムと前述の反射電子検出器システムとは画像データの送受信が可能なように通信ケーブルで結んだ構成となっており、前者のシステムから得られた結晶方位マップと、後者のシステムから得られた転位セル構造の形態を示す二値化像とを重ね合わせる処理を行うことができる。
【0013】
次に、本発明により、フェライト粒ごとの転位セル構造の形態を結晶方位とともに可視化する具体的な手順について説明する。図3は、その手順を図示したものである。
まず、観察試料の作製方法について説明する。
最初に、変形されたフェライト鋼板からサイズ10mm×10mm程度の試料片を準備する。この試料片について、エメリー紙を用いて機械研磨した後、バフ研磨により鏡面仕上げとする。さらに、電解研磨により、前記機械研磨、バフ研磨の際に形成された試料片表面の変質層を除去する。次に、ビッカース硬度計などの硬さ試験機を用いて、測定範囲を特定するための目印として圧痕を試料表面に付与する。これにより、試料片の同一領域において反射電子像による転位セル構造の観察と電子後方散乱回折法によるフェライト粒の方位測定を実施することが可能となる。
【0014】
上記の手順で準備した試料片をSEM専用の支持台に固定し、SEMの試料室内に挿入後、電子線を発生させ、試料片に照射する。次に、試料ステージの駆動機構を用いて、SEM像を観察しながら試料表面に目印として付与した上記圧痕を見つけ出し、測定範囲を特定する。その後、SEMに搭載された反射電子検出器を挿入し、反射電子像で転位セル構造を観察する。具体的には、加速電圧を15〜20kVに設定し、作業距離(対物レンズと観察試料との距離)を3mm以下とする。さらに、観察試料に印加するバイアス電圧を0.5〜1Vに設定する。
【0015】
これらの観察条件により、フェライト粒内の転位セル構造を構成する転位セル壁を黒い線状のコントラストとして明瞭に観察することができる。このようにして、各フェライト粒の転位セル構造を像観察後、その反射電子像を画像データとして収集して、SEMの制御専用のPC内に格納する。格納する際の画像データにおける一画素当たりの階調は、256階調であれば良い。なお、反射電子像による転位セル構造の観察倍率として、フェライト粒の粒サイズや転位セルのサイズを考え併せると数千倍〜2万倍程度が望ましい。
【0016】
次に、観察により得られた反射電子像から画像処理により転位セル構造の形態を抽出する方法について述べる。画像処理用ソフトウエアは、市販品を利用すれば良い。
まず、観察を通して得られた反射電子像を画像処理ソフトウエア上に読み出し二値化処理を行う。二値化の方法として、ひとつの閾値を設定し二値化処理を行う方法と、2つの閾値を設定し二値化の方法する方法が挙げられる。反射電子像から転位セル構造の形態を抽出するためには、転位セル構造において線状の黒いコントラストとして観察される転位セル壁を強調する画像を適切に抽出することが必要である。このため、処理対象の画像に対して、高精度な二値化処理が可能な二つの閾値の設定が可能な二値化法を利用することが望ましい。さらに、使用する画像処理のソフトウエアでは、二値化処理前の反射電子像と二値化処理後の反射電子像をモニター上に重ね併せて表示することにより、反射電子像から二値化像を適切に抽出する機能があることが望ましい。なお、反射電子像に対する二値化処理時の閾値の設定は、反射電子像の撮影条件が一定ならば、像コントラストの変化の範囲が一定となるため、一度設定すれば良く、これにより、複数の反射電子像を短時間に二値化処理することが可能である。
【0017】
次に、EBSP法により、フェライト粒に対して結晶方位を測定する方法について説明する。EBSP(電子後方散乱回折)法とは、電子線を観察試料上で走査しながら、各測定点で得られる電子後方散乱回折図形を随時解析し、測定点の方位を決定する方法である。この方法によれば、試料表面に存在するフェライト粒の結晶方位の分布をカラーマップ像として可視化することが可能であり、リアルタイムで結晶方位の全自動解析を行うことも出来る。このEBSP(電子後方散乱回折)法により、反射電子像で転位セル構造の観察を行なった測定領域内に存在するフェライト粒について結晶方位を測定する。
【0018】
具体的には、反射電子像の観察したサンプルを試料ステージの駆動機構を利用して、EBSP測定用の検出器に対して60°〜80°の角度をなすように、観察試料を傾斜させる。
次に、SEM像を観察しながら試料表面に目印として付与した圧痕を見つけ出す。その後、結晶方位マップを収集する際の測定範囲を設定し、一点当たりの測定時間や測定の間隔を決定する。測定点一点当たりの測定時間は、測定に使用するシステムのPCの処理能力にもよるが、0.05sec程度であれば良く、効率のよい測定を考えるならば、0.03sec以下が望ましい。また、測定の間隔は、測定対象となるフェライト鋼板の結晶粒のサイズに因るが、そのサイズが数十μm程度であれば、0.5〜1μm程度であれば良い。
【0019】
以上の測定手順により得られたフェライト粒の方位マップに、上述した反射電子像から画像処理により抽出された転位セル構造の形態を示す二値化像を重ね合わせることにより、フェライト粒の粒ごとの塑性変形状態を結晶方位とともに可視化する。
【0020】
本発明の評価方法により、フェライト粒の塑性変形状態を可視化する際の望ましい変形組織として、明瞭な転位セル構造が観察される必要がある。変形量が10%以上のフェライト鋼板では、変形組織が発達し、転位セル構造が観察されるが、変形量が10%未満では、フェライト結晶粒内にランダムに分布する転位が観察されるのみで、明瞭な方向性を有する転位セル構造は観察できない。このため、塑性変形状態を正確に評価するためには、評価するフェライト鋼板の変形量が10%以上であることが望ましい。
また、フェライト単相鋼板のみならず、フェライト結晶粒内に析出物や介在物を含む鋼板についても、今回発明した評価方法により、その塑性変形状態を評価することができる。
【0021】
フェライト粒内の転位セル構造における転位セルの平均間隔は、歪み量とも良い相関を示す。本発明では、任意のフェライト粒の結晶方位とその粒内に形成される転位セル構造の平均セル間隔を統計的に解析することが可能なことから、局所域における歪み量をより精密に評価することができる。さらに、フェライト粒の結晶方位と転位セルの平均間隔から得られる歪み量との関係から、フェライト粒ごとの加工性を評価することにより、フェライト鋼板の加工性を更に向上させる集合組織を提案することも可能である。
【実施例】
【0022】
フェライト鋼板(0.002C−0.003N−0.04Ti:mass%、強度:270MPa、板厚:1.2mm)から、JIS13号B型の圧延方法の引張試験片を準備した。さらに、これらの試験片について引張試験片を用いて、変形量30%の引張試験を実施した。公称相当歪みは、10-3/secである。次に、引張試験片から、変形組織を観察するための試料片を作製した。
まず、引張試験により引張方向に塑性変形を受けた引張試験片の中心部から精密切断機などを用いて、サイズL:10mm×W:10mmの板状の試料片を切り出した。切断された微小試料片をエメリー紙を用いて機械研磨し、さらに、バフ研磨により鏡面仕上げとした。続いて、過塩素酸5%−酢酸95%溶液を用いた電解研磨法により、機械研磨により試料表面に形成された変質層を除去した。さらに、この観察試料にビッカース硬度計を用いて、幅10μm×長さ25μmの測定範囲を特定するために、サイズ50μmの四角錐状の圧痕を4角に付与した。
【0023】
上記の手順によって準備した試料片を専用の支持台に固定し、SEMの試料室内に挿入した。加速電圧15kVに設定した後、電子線を発生させ、試料片に照射した。次に、試料ステージの駆動機構を用いて、SEM像を観察しながら目印として試料表面に付与した圧痕を見つけ出し、測定範囲を特定した。その後、SEMに搭載された反射電子検出器を挿入し、作業距離を3mm、観察試料に印加する電圧を1Vに設定し、フェライト粒内の転位セル構造を観察した。観察時の倍率は、6000倍であった。観察後、反射電子像を一画素当たり256諧調とした画像データとして収集し、SEMの制御専用のPC内にそれらの画像を格納した。
【0024】
次に、観察により得られた反射電子像から画像処理により転位セル構造の形態を抽出した。利用した画像処理用ソフトウエアは、三谷商事株式会社製のWin ROOF プロフェッショナルVer. 5.0である。上述の観察を通して得られた反射電子像を画像処理ソフトウエア上に読み出し、2つの閾値を設定し二値化する方法で二値化処理を行った。さらに、二値化処理前の反射電子像と二値化処理後の反射電子像をモニター上に重ね併せて表示し、二値化処理を適切に実施し、転位セル構造の形態を示す二値化像を抽出した。
【0025】
次に、EBSP法により、フェライト粒の結晶方位を測定し、方位分布をカラーマップ像として可視化した。具体的には、試料ステージの駆動機構を利用して、EBSP測定用の検出器に対して70°の角度をなすように観察試料を傾斜させた。次に、SEM像を観察しながら試料表面に付与した圧痕を見つけ出した。その後、測定範囲を設定し、測定点一点当たりの測定時間を0.05 sec、測定間隔を0.5μmステップで結晶方位マップを収集した。
【0026】
以上の測定手順により得られたフェライト粒の方位マップ(図5)に、反射電子像から画像処理により抽出された転位セル構造の形態を示す二値化像を重ね合わせることにより、フェライト粒の粒ごとの転位セル構造の形態を結晶方位とともに可視化した結果を図6に示す。
以上の結果から、本発明評価法、つまり、SEMを利用して得られる鋼板内部の反射電子像から、画像処理によりフェライト粒内に形成される転位セル構造の形態を示す二値化像を抽出し、さらに、EBSP法により得られる同一視野の結晶方位マップに、抽出された転位セル構造の形態を示す二値化像を重ね合わせる評価方法は、フェライト鋼板の塑性変形状態を精度良く評価するために有効な方法であることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0027】
前述したように、本発明は、フェライト鋼板の加工性を向上するための技術開発における評価法として寄与するところが大きい。具体的には、本発明により、成形不良のフェライト鋼板における不良原因を特定することができ、フェライト鋼板のプレス成形における不良率を低減することが可能となる。したがって、本発明は、鋼板製造技術において利用可能性の高いものである。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】フェライト鋼板で観察される転位セル構造を模式的に示す図である。
【図2】装置の構成を示す図である。
【図3】評価方法の具体的な手順を示す図である。
【図4】反射電子像より抽出された転位セル構造の形態を示す二値化像である。
【図5】EBSP法により得られた方位マップを示す図である。
【図6】EBSP法により得られた方位マップに転位セル構造の形態を示す二値化像を重ね合わせた図である。
【符号の説明】
【0029】
1 フェライト結晶
2 粒界
3 転位セル壁
4 転位セル間隔
5 走査電子顕微鏡本体
6 電子銃
7 電子線
8 集束レンズ
9 偏向コイル
10 対物レンズ
11 走査
12 試料片
13 反射電子
15 反射電子検出器
16 EBSP用検出器
17 EBSP解析システム
18 EBSP表示部
19 EBSP制御部
20 反射電子検出器システム
21 反射電子制御部
22 反射電子像表示部
23 画像処理

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変形されたフェライト鋼板のミクロ組織の評価において、走査電子顕微鏡を利用して得られる鋼板内部の反射電子像から、フェライト粒内に形成された転位セル構造の形態を示す二値化像を画像処理により抽出し、さらに、電子後方散乱回折法により得られる同一観察視野の結晶方位マップに、抽出された転位セル構造の形態を示す二値化像を重ね合わせることにより、フェライト粒ごとの転位セル構造の形成状態を結晶方位とともに可視化することを特徴とするフェライト鋼板の変形組織の評価方法。
【請求項2】
フェライト鋼板に付与する変形量を変化させて測定を繰り返すことにより、フェライト粒ごとの塑性変形挙動を連続的に評価することを特徴とする請求項1に記載されたフェライト鋼板の変形組織の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−315848(P2007−315848A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−143954(P2006−143954)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】